———————————————————————- Page 1(111)ツ黴 1110910-1810/10/\100/頁/JCOPYツ黴ツ黴ツ黴ツ黴ツ黴 あたらしい眼科 27(1):111 114,2010cはじめにハンセン病はらい菌による感染症で,眼合併症の一つとして強膜炎を発症することが知られている1 3).また,本病の臨床的治癒期にも強膜炎は生じ,ごくまれに壊死性強膜炎になり重篤な視力障害を起こすこともある4,5).これまでに,通常の白内障手術後の合併症で壊死性強膜炎を発症し失明した報告6 8)はまれであるが散見される.しかし,強膜炎の既往眼に白内障手術を行い術後成績の検討した報告はきわめて少ない2,9).1996 年,筆者らはハンセン病性ぶどう膜炎患者の白内障に対して超音波水晶体乳化吸引術(phacoemulsi cationツ黴 and aspiration:PEA)と眼内レンズ(intraocularツ黴 lens:IOL)挿入術を施行し術後短期の成績を報告10)した.しかし,同疾患の強膜炎既往眼の白内障に対し PEA を行い,術後成績を検討した報告はない.今回,ハンセン病性強膜炎既往眼に対して PEA+IOL 挿入術を施行し,5 年以上経過観察できた症例の長期成績をまとめたので報告する.〔別刷請求先〕上甲覚:〒180-8610 武蔵野市境南町 1-26-1武蔵野赤十字病院眼科Reprint requests:Satoru Joko, M.D., Department of Ophthalmology, Musashino Red Cross Hospital, 1-26-1 Kyonan-cho, Musashino 180-8610, JAPANハンセン病性強膜炎既往者の白内障手術長期成績上甲覚*1堀江大介*2*1 武蔵野赤十字病院眼科*2 国立療養所多磨全生園眼科Long-Term Outcome of Cataract Surgery in Patients with Scleritis due to LeprosySatoru Joko1) and Daisuke Horie2)1)Department of Ophthalmology, Musashino Red Cross Hospital, 2)Department of Ophthalmology, National Leprosarium, Tama-Zensho-En目的:ハンセン病性強膜炎既往者の白内障に施行した超音波水晶体乳化吸引術と眼内レンズ挿入術の長期成績を調べること.対象:ハンセン病性強膜炎の既往者で,白内障手術後 5 年以上経過観察できた 9 例 11 眼を対象とした.手術時平均年齢は 69 歳(59 76 歳),平均経過観察期間は 11 年(8 年 3 カ月 13 年 1 カ月)であった.結果:術中,重篤な合併症はなかった.術後最高視力は全例で 2 段階以上改善し,0.5 以上であった.最終視力は 10 眼(91%)で 2 段階以上の改善を維持し,0.5 以上は 6 眼(55%)であった.強膜炎の再発はなかったが,兎眼のある患者に角膜上皮障害が多くみられ,視力低下のおもな原因の一つであった.結論:本症例での小切開による白内障手術は,安全で有用であった.視力改善率は高いが,長期的には視力の低下する症例があり,ハンセン病関連の眼合併症に注意が必要であった.Thisツ黴 isツ黴 aツ黴 reportツ黴 onツ黴 theツ黴 long-termツ黴 outcomeツ黴 ofツ黴 phacoemulsi cationツ黴 cataractツ黴 extractionツ黴 andツ黴 intraocularツ黴 lens(IOL)implantationツ黴 inツ黴 patientsツ黴 withツ黴 aツ黴 historyツ黴 ofツ黴 scleritisツ黴 dueツ黴 toツ黴 leprosy.ツ黴 Weツ黴 retrospectivelyツ黴 reviewedツ黴 theツ黴 medical records of 11 eyes of 9 patients who had observed for 8 or more years postoperatively. Their ages ranged from 59 to 76 years, averageing 69 years.;mean follow-up period was 11 years after surgery. No signi cant intraoperative complications occurred. All 11 eyes showed best visual acuity of 0.5 or better. The last recorded visual acuity was 0.5 or better in 6 eyes(55%)and had improved by 2 or more lines in 10 eyes(91%). Visual acuity below 0.5 was due to the corneal and/or macular disorders. Pacoemulsi cation with IOL implantation is safe and e ective in lep-rosy patients with scleritis, though leprosy-related ocular complications occur frequently and a ected vision.〔Atarashii Ganka(Journal of the Eye)27(1):111 114, 2010〕Key words:ハンセン病(らい),強膜炎,白内障手術,超音波水晶体乳化吸引術,眼内レンズ.Hansen’s disease(leprosy), scleritis, cataract surgery, phacoemulsi cation and aspiration, intraocular lens.———————————————————————- Page 2112あたらしい眼科Vol. 27,No. 1,2010(112)I対象および方法対象は 1994 年 3 月から 1995 年 7 月の間に多磨全生園において,同一術者が PEA と IOL 挿入術を施行後,5 年以上経過観察できたハンセン病性強膜炎の既往がある 9 例 11 眼である.男性 6 例 7 眼,女性 3 例 4 眼,手術時平均年齢は69 歳(59 76 歳)であった.明らかな強膜の菲薄化を伴う症例はなかった.これらの症例に関して,2008 年 3 月末までの診療録をレトロスぺクティブにまとめた.術前の患者背景を表 1 に示す.強膜炎の炎症鎮静期間は平均 125 カ月(24 267 カ月)であった.症例 3 の 1 眼を除いた 10 眼はぶどう膜炎の既往もあり,その炎症鎮静期間は平均 24 カ月(11 38 カ月)であった.術後経過観察期間は,平均 11 年 1 カ月(8 年 3 カ月 13年 1 カ月)であった.なお,関節リウマチなどの膠原病を合併した症例は含まれていない.手術方法の概要を以下に記載する.手術用顕微鏡には TOPCONツ黴 OMS-600,超音波の装置はAlconツ黴 10000Master を使用した.麻酔は,全例 Tenonツ黴 下による浸潤麻酔で行った.4 mm以下の小瞳孔の症例は,瞳孔縁部分切開とツ黴 exibleツ黴 irisツ黴 retractor(Griesツ黴 Haberツ黴 社)を使用し瞳孔領の確保を行った.PEA は divideツ黴 andツ黴 conquer法で行い,全例 IOL を挿入した.使用した IOL は,シングル・ピースの polymethylmethacrylate(PMMA)レンズ(Alconツ黴 LX90BDツ黴 CILCO)と 3 ピースのアクリルソフトレンズ(Alcon MA60BM)である.PMMA レンズを挿入した,症例 1 6 の右眼までの切開創の幅は,強角膜 6.0 m mであった.切開創は 10-0 ナイロン糸の連続縫合をした.症例 6 の左眼から症例 9 は,強角膜を 3.5 4.0 m m切開しアクリルソフトレンズを挿入した.創は無縫合であった.手術終了時,デキサメタゾンリン酸ナトリウム 0.5 mlの結膜下注射を行った.II結果術前,術後の視力変化を表 2 に示す.術後最高視力は,全例で少数視力が 4 段階以上改善し 0.5以上であった.最終視力は 10 眼(91%)で視力の改善を維持できたが,0.5 以上は 6 眼(55%)と約半減した.術中・術後のおもな併発・合併症は表 3 に示す.後 破損した症例 9 では 外に IOL を固定した.その他に,特に重篤な合併症は起こさなかった.術後の眼疾患は角膜障害が最も多く 10 眼(91%)にみられ,うち 8 眼は術前より兎眼があった.前房内炎症の再燃は表 1術前の患者背景症例手術時年齢性別術眼術前強膜炎発症回数*術前強膜炎鎮静期間菌検査陰性期間術前のおもな眼疾患術後経過観察期間166 歳男性左1 回(2)3年1カ月32 年13年1カ月266 歳男性左4 回(2)8年11カ月 3年兎眼,角膜混濁,緑内障12年6カ月374 歳男性左3 回(0)22年3カ月13 年兎眼8年3カ月470 歳女性右3 回(9)14年11カ月15 年角膜混濁12年6カ月576 歳男性左2 回( )18年3カ月23 年角膜混濁9年0カ月659 歳女性右3回3年8カ月18 年兎眼12年10カ月左2回4年7カ月兎眼,高眼圧12年10カ月765 歳男性右2 回(0)20年2カ月10 年兎眼,角膜混濁,外反症11年10カ月876 歳男性右2回2年8カ月33 年兎眼12年10カ月左3回2年0カ月兎眼12年10カ月969 歳女性右3 回(0)14年4カ月21 年兎眼,角膜混濁,外反症12年4カ月 *:()内は僚眼の強膜炎発症回数.症例 5 の右眼は 33 歳のとき眼球摘出. ただし,1955 1960 年(昭和 30 35 年)以前の病歴は不明な点が多いので,発症回数はあくまでも参考データ.表 2術前・術後視力症例術前矯正小数視力術後視力最高5 年前後*最終10.151.01.01.020.20.70.20.630.21.21.20.640.020.80.20.250.40.80.60.46(右)0.151.20.81.06(左)0.21.50.90.870.041.00.70.58(右)0.040.5─0.38(左)0.060.7─0.390.040.60.60.3*: 症例 1 7,9 の平均 62 カ月(50 71 カ月)後の視力. 症例 8 は 5 年前後の受診歴なし.———————————————————————- Page 3あたらしい眼科Vol. 27,No. 1,2010113(113)4 眼(36%)に発症し,4 眼とも術前にぶどう膜炎の既往があった.しかし,本症例では強膜炎の術後再発はなかった.最終視力が 0.5 未満に低下した 5 眼のおもな原因は,角膜障害が 4 眼,黄斑障害が 1 眼であった.角膜障害 4 眼のうち3 眼は術前より兎眼がみられた.後発白内障は 6 眼(55%)に生じ,Nd:YAG レーザーによる後 切開を行った.III考按ハンセン病の原因であるらい菌は,末梢神経に寄生し慢性の経過をたどる.眼球は神経組織に富んだ器官であり,神経親和性のあるヘルペスウイルス同様,らい菌の好発部位でもある.そして両病原菌は強膜炎の合併率が高いことで知られている1 3,11).これまで,ハンセン病患者(既往者)に白内障手術を行い術後成績を検討した報告は多数あるが,本疾患の強膜炎既往眼に白内障手術を行い検討した報告2)は少ない.1987 年,井上ら2)はハンセン病療養所 8 施設で,水晶体 内摘出術(intracapsularツ黴 cataractツ黴 extraction:ICCE)が行われた症例を,術前のハンセン病眼合併症と術後の視力改善率について検討している.1974 年 12 月から 1982 年 10 月の期間に手術が行われた 376 眼中 129 眼(34%)に強膜炎の既往があった.その 129 眼中 106 眼(83%)は,術後視力の2 段階以上の改善をみたと報告した.今回の症例の術後最高視力は,全例で改善し矯正小数視力0.5 以上と良好であった.ICCE と比べて PEA は小切開で手術侵襲が小さいので良好な術後視力を得られたと思われる.最終視力は 10 眼(91%)で改善を維持したが,兎眼に伴う角膜上皮障害や前房内炎症の再燃に伴う黄斑変性で視力は低下傾向を示した.これまでに,ハンセン病患者で白内障手術後の長期成績を検討した報告は少ない12).通常の白内障手術より,高頻度に失明した報告13)もあるので,本疾患は長期に注意深い経過観察が大切である.井上ら2)の報告では術後合併症の検討をしていないが,本症例は 4 眼(36%)に前房内炎症の再燃を生じた.経過 1 年以内に 2 眼(18%)に生じ,2 年目以降にも 2 眼(18%)が再燃を起こしている.この 4 眼はぶどう膜炎の既往もあり,前房内炎症の再燃には注意が必要と考えた.ただし,理由は不明であるが,術後 6 年目以降は全例再発を起こしていない.また,術後に強膜炎の再発はなかった.その理由として,強膜炎の炎症鎮静期間が,全例 24 カ月以上と長期であったことが可能性として考えられた.本症例 9 例(11 眼)の皮膚塗抹検査における菌指数は,平均 20 年間陰性であった.すなわち,臨床的に長期間治癒の状態であった.しかし,強膜炎とぶどう膜炎(8 例 10 眼)の炎症鎮静期間は,それぞれ平均 125 カ月(24 267 カ月)と24 カ月(11 38 カ月)であった.ハンセン病は全身的に治癒の状態でも,なぜ眼炎症性疾患の再燃を起こしやすいのかは不明である3,4).術中,Zinn 小帯断裂を生じた 1 眼に前房内炎症の再燃が,術後 4 年目と 5 年目以降の 2 回生じている.この 1 眼は男性の症例で,術中合併症がなく前房内炎症の再燃がみられた 2例 3 眼は女性であった.女性に多い傾向がみられたが,症例を増やして統計学的に検討する必要がある.後 破損は 1 眼に生じたが,特に重篤な術後合併症はなかった.最近の白内障手術は当時(1995 年)よりも小切開で,使用する機器の性能も格段に向上している.したがって,本疾患における手術そのものの安全性は高いと思われるが,角膜混濁が強い症例もあるので,適応には十分注意する必要があ る14).今回,9 例 11 眼のハンセン病性強膜炎の既往眼で,白内障手術長期成績をまとめることができた.一施設で,強膜炎既往眼の白内障手術を多数例検討するのはむずかしい.今後,多施設での検討が必要と考える.本論文の要旨は,第 113 回日本眼科学会総会(学術展示)で発表 3おもな術中合併症・術後併発症症例術中合併症おもな術後合併・併発症術後,前房中の炎症再燃時期後発白内障:YAGレーザーの時期1特記すべきことなし1年3カ月後2角膜上皮障害1年3カ月後3角膜上皮障害3年4カ月後4角膜上皮障害,高度の IOL 細胞沈着,黄斑変性1年7カ月後5角膜上皮障害9 カ月後6(右)角膜上皮障害1 年後3年10カ月後6(左)角膜上皮障害11 カ月,2 年,4 年 4 カ月後7Zinn 小帯断裂角膜上皮障害,IOL 偏位4年3カ月,5年9カ月後4 カ月後8(右)角膜上皮障害,高眼圧8(左)角膜上皮障害9後 破損角膜上皮障害,前部硝子体脱出———————————————————————- Page 4114あたらしい眼科Vol. 27,No. 1,2010(114)表した.文献 1) Rawal RC, Kar PK, Desai RN et al:A clinical study of eyeツ黴 complicationsツ黴 inツ黴 leprosy.ツ黴 Indianツ黴 Jツ黴 Lepr 56:232-240, 1984 2) 井上愼三,松村香代子,鈴木秀樹:癩患者の白内障手術,癩眼合併症と術後視力.臨眼 41:615-618, 1987 3) 上甲覚,沼賀二郎,藤野雄次郎ほか:らい(ハンセン病)の上強膜炎とヒト主要組織適合抗原.日眼会誌 101:167-172, 1997 4) Poon A, Maclea H, Mckelvie P:Recurrent scleritis in lep-romatous leprosy. Aust NZ J Ophthalmol 26:51-55, 1998 5) Rathinam SR, Khazaei HM, Job CK:Histopathological study of ocular erythema nodosum leprosum and post-therapeutic scleral perforation:a case report. Indian J Ophthalmol 56:417-419, 2008 6) Bloom eld SE, Becker CG, Christian CL et al:Bilateral necrotizing scleritis with marginal corneal ulceration after cataract surgery in a patient with vasculitis. Br J Ophthal-mol 64:170-174, 1980 7) Salamon SM, Mondino BJ, Zaidman GW:Peripheral cor-neal ulcers, conjunctival ulcers, and scleritis after cataract surgery. Am J Ophthalmol 93:334-337, 1982 8) 宮坂英世,後藤晋,中村桂三ほか:白内障術後に発症した強角膜軟化症に対する治療.日眼会誌 99:735-738, 1995 9) Chirls IA, Norris JW, Norris JW 3rd:Uncomplicated cata-ract surgery in a patient with scleritis. J Cataract Refract Surg 17:865-866, 1991 10) 上甲覚:ハンセン病患者の白内障に対する超音波水晶体乳化吸引術と眼内レンズ挿入術.日本ハンセン病学会雑誌 65:170-173, 1996 11) 福田昌彦:帯状ヘルペスウイルスによる前眼部病変について教えてください.あたらしい眼科 17(臨増):145-147, 2000 12) 上甲覚,堀江大介:片眼失明のハンセン病性ぶどう膜炎患者の白内障手術成績.臨眼 63:465-469, 2009 13) 岡野美子,松尾信彦,吉野美重子ほか:らいの失明原因.臨眼 48:291-293, 1994 14) 上甲覚:Hansen 病性ぶどう膜炎の白内障手術(1)術前の基礎.あたらしい眼科 26:343-345, 2009***