《第51回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科32(4):577.581,2015cFusarium角膜炎2症例による初期治療の検討若月優稲田紀子庄司純日本大学医学部視覚科学系眼科学分野EvaluationoftheEfficacyofAntifungalTherapyinTwoCasesofFusariumKeratitisYuWakatsuki,NorikoInadaandJunShojiDivisionofOphthalmology,DepartmentofVisualSciences,NihonUniversitySchoolofMedicineピマリシン局所療法が有効であったFusarium角膜炎2症例を報告する.症例1:58歳,男性.病巣は,角膜中央部の集簇した不整形混濁から棍棒状混濁を伴う偽樹枝状病巣に進行した.角膜擦過物のpolymerasechainreaction(PCR)法でFusariumDNAが検出され,その後Fusarium属が培養された.ボリコナゾールによる治療からピマリシン局所投与に切り換え,約2カ月で治癒した.症例2:56歳,女性.病巣は小型の偽樹枝状病変であり,角膜擦過物のPCR法でFusariumDNAが検出された.ピマリシン眼軟膏を使用し,約4週間で治癒した.Fusarium角膜炎の早期診断に,偽樹枝状病変の棍棒状混濁とPCR法によるFusariumDNAの検出が有用であった.ピマリシン局所療法は,Fusarium角膜炎の初期治療として有用であると考えられた.Purpose:Toevaluatetheeffectivenessofpimaricinophthalmicsolutionantifungaltreatmentin2casesofFusariumkeratitis.CaseReport:Case1involvedacornealulcerpatientwithafrequentoccurrenceofanirregular,club-typeopacityinthecentralcorneathathadprogressedtopseudodendritickeratitis.CultivationtestingofcornealabrasionspecimensobtainedfromthepatientrevealedFusarium,andpolymerasechainreaction(PCR)testingrevealedFusariumDNA.Thepatientwassuccessfullytreatedbychangingthetherapyfromvoriconazoleinjectiontotopicalpimaricinophthalmicsolutionandointment,yetthecornealabscessleftascarposthealing.Case2involvedacornealulcerpatientwithpseudodendritickeratitis.PCRtestingofacornealabrasionspecimenobtainedfromthepatientrevealedFusariumDNA.Theinfectiouskeratitiswassuccessfullyhealedbytreatingthepatientwithpimaricinophthalmicointment.Conclusions:Clinicalobservationofaclub-typeopacityinthecorneallesionanddetectionofFusariumDNAbyPCRwerefoundtobeusefulasanearlydiagnosticapproachfortreatingFusariumkeratitis,andtopicallyadministeredpimaricinophthalmicsolutionmayprovetobeavitalinitialpathwayfortreatingFusariumkeratitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(4):577.581,2015〕Keywords:Fusarium角膜炎,ピマリシン,初期治療,polymerasechainreaction,真菌性角膜炎.Fusariumkeratitis,pimaricin,empirictherapy,polymerasechainreaction,fungalkeratitis.はじめに感染性角膜炎の原因微生物は,細菌,真菌,ウイルスおよび原虫に大別される.感染性角膜炎の原因微生物に占める真菌の割合は6.20%と報告されている1).また,真菌性角膜炎の原因真菌として,酵母菌のCandida属,糸状菌であるFusarium属,Aspergillus属Penicillium属,Alternaria属などがあげられるが,近年,Fusarium属による症例が増加しているとされている.しかしながら,真菌性角膜炎を初期に診断することはむずかしく,その理由として多彩な臨床症状を示すことに加え,角膜病巣擦過による塗抹検査や分離培養検査の検出率が低値であることがあげられる.また,糸状菌においては抗真菌薬に対して抵抗性を示すことがあるため,治療診断という面からも難渋することがある.さらに,Fusarium属は臨床株によって薬剤感受性が異なることが指摘されており,初期の薬剤選択に苦渋することがある.今回,ピマリシンが奏効したFusarium角膜炎2例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕若月優:〒101-8369東京都千代田区神田駿河台1-6日本大学病院眼科Reprintrequests:YuWakatsuki,M.D.,DivisionofOphthalmology,NihonUniversityHospital,1-6KandaSurugadai,Chiyoda-ku,Tokyo101-0062,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(113)577I症例〔症例1〕58歳,男性.主訴:左眼視力低下,眼痛.既往歴:口唇ヘルペス,スポーツ時のみ1日使い捨てソフトコンタクトレンズ(SCL)を装用.現病歴:2013年5月に1日使い捨てSCL使用中,左眼に違和感を自覚した.翌日ゴルフを行った後に視力低下と眼痛が出現し,近医眼科を受診した.モキシフロキサシン塩酸塩点眼液および0.1%フルオロメトロン点眼液,セフポドキシムプリキセル錠を処方されるも改善傾向なく,発症後3日目に当院紹介受診した.初診時所見:視力は右眼(1.5),左眼(0.02)であり,眼圧は右眼13mmHg,左眼20mmHgであった.左眼は毛様充血を伴う結膜充血を認め,角膜中央部に不整形混濁の集簇がみられたが,角膜上皮に潰瘍はなかった(図1a).虹彩炎がみられるが,前房蓄膿はみられなかった.初診後2日目には,不整形混濁から棍棒状混濁を伴う偽樹枝状病変に進行し,前房内炎症も増加した(図1b).角膜病巣擦過を施行し,塗抹検査および細菌分離培養検査を施行したが,菌の検出はab図1症例1:左眼前眼部写真a:初診時.結膜・毛様充血,角膜中央部に不整形角膜混濁の集簇がみられる.b:初診後2日目.角膜病巣は拡大し,棍棒状混濁を伴う偽樹枝状病変がみられる.みられなかった.前医での治療は中止し,ピマリシン眼軟膏1日1回点入,ボリコナゾール静注液1日4回点眼,ゲンタマイシン点眼液1日3回点眼で加療開始したが,上皮欠損を伴う角膜混濁は円板状に進行し,角膜混濁の辺縁は棍棒状病変を伴っていた.初診後7日目に加療目的に入院となった.8日目(図2a)に2回目の角膜病巣擦過し,塗抹検査,分離培養検査(細菌,真菌,アカントアメーバ),herpessimplexvirus(HSV)およびアメーバDNRのpolymerasechainreaction(PCR)法を行った.塗抹検査で菌の検出はなく,細菌分離培養検査からCorynebacterium属,Propionibacteriumacnesが極少検出された.また,PCR法ではHSVDNAが陽性であったが,175copies/sampleであり,無症候性排出と判断した.アカントアメーバは,培養・PCR法ともに陰性であった.15日目には角膜混濁はさらに広がり,前房蓄膿も出現した(図2b).同日,アメーバ寒天培地よりFusarium属が疑われる菌糸と三日月形の大分生子を認め,分離培養検査,スライドカルチャーを施行後Fusarium属が同定された(図3a).また,2回目の角膜擦過時の検体をPCR法で再検査したところ,Fusarium属が陽性であった.Fusarium属のPCR法はEF1-a(140bp)をターゲット遺伝子に行った2).薬剤感受性試験ではすべての抗真菌薬に対して耐性を示したが(図4b),初診後17日目からはボリコナゾール静注液点眼を減量し,ピマリシン点眼液1日6回,ピマリシン眼軟膏1日1回とピマリシン局所投与を増量した治療内容に変更した.28日目には角膜混濁は部分的に消退しはじめ,前房蓄膿も消失し(図2c),47日目には角膜混濁は縮小した(図2d).その後,抗真菌薬は中止したが経過は良好であり,初診後約7カ月では左眼視力(0.6)であった.〔症例2〕患者:56歳,女性.主訴:左眼眼痛.既往歴:コンタクトレンズ装用歴なし現病歴:2014年1月,燃やしていた枯草の灰が左眼に入った後から主訴が出現し,その4日後に近医を受診した.モキシフロキサシン点眼液,ブロムフェナクナトリウム点眼液で加療するも所見の悪化を認め,発症後6日目に当科に紹介受診した.初診時所見:視力は,右眼(1.5),左眼(1.0)であり,左眼に軽度の結膜充血と毛様充血がみられた.角膜中央部に小型の棍棒状病変を伴う偽樹枝状病巣と前房内炎症を認めた(図4a).初診時に角膜病巣を擦過し,分離培養検査を行うとともに真菌感染を疑いFusarium属のDNA-PCRを施行した.分離培養検査結果からは,a-Streptocococcus属が極少検出されたのみで,真菌は検出されなかった.しかし,PCR法ではFusarium属DNAが陽性であったため,モキシフロキサシン点眼液1日3回点眼,ピマリシン眼軟膏1日3回点入で加療開始し,初診後1カ月で瘢痕治癒した(図578あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015(114)abdcabdc図2症例1:左眼前眼部写真(経過)a:初診後8日目.病巣は円盤状に拡大している.b:初診後15日目.病巣はさらに拡大し,前房蓄膿がみられる.c:初診後28日目.ピマリシン局所治療12日目.円盤状病巣内の混濁が部分的に消退している.d:初診後47日目.角膜混濁は軽減している.4b).II考按Fusarium属は,土壌や植物の病原菌として自然界に広く分布している糸状真菌である.眼科領域では,真菌性角膜炎の原因菌として知られ,Fusariumsolaniによる真菌性角膜炎は1970年代以降増加傾向にあることが知られている3).Fusarium属をはじめとする糸状菌は農村型角膜真菌症であるとされ,草木や土壌関連の外傷によって糸状菌が角膜に侵入し感染すると考えられている.しかし,今回報告した2症例に外傷の既往はなく,症例1ではSCL装用時に違和感を自覚していることから,角膜上皮障害が存在していた可能性があるものの,その後に行ったゴルフとFusarium感染の関与は不明である.また,症例2では感染症発症までのエピソードとして燃やした灰の飛入があげられるが,今回の真菌感染症の主要な誘因であるか否かは不明であった.したがって,明確な外傷の既往がなくても,屋外活動の既往がみられる場合には,真菌性角膜炎も念頭に診断および検査を進めることが重要であると考えられた.今回の2症例に共通してみられた角膜所見としては,棍棒状病変を伴う偽樹枝状病巣があげられ,Fusarium角膜炎のabMIC:μg/mlMCFGAMPH-B5-FCFLCZ>16>2.0>64>64ITCZVRCZMCZPMR>8>4.0>16>8.0MCFG:ミカファンギンITCZ:イトラコナゾールAMPH-B:アムホテリシンBVRCZ:ボリコナゾール5-FC:フルシトシンMCZ:ミコナゾールFLCZ:フルコナゾールPMR:ピマリシン図3症例1:培養検査結果と薬剤感受性試験結果a:真菌肉眼所見(真菌分離培地),スライドカルチャー写真(フェノールコットンブルー染色),b:薬剤感性試験結果.すべての抗真菌薬に対して,耐性(R)の判定であった.初期病変の特徴的臨床所見であると考えられた.糸状菌による真菌性角膜炎の臨床所見としてKaufmanが提唱した1.病巣の大きさに比べ強い炎症反応,2.羽毛状病巣(hyphatelesion),3.硬く隆起した病巣,4.前房蓄膿,5.endothelial(115)あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015579abab図4症例2:左眼前眼部写真a:初診時.角膜中央部やや耳側に小型の棍棒状病変を伴う偽樹枝状病巣がみられる.b:初診後15日目.角膜病巣部は瘢痕化している.plaque,6.免疫輪の6徴が知られているが,感染初期に6徴を示すことは少ない.また,副腎皮質ステロイド(ステロイド)薬使用の有無,全身状態などによって角膜所見が非典型的な所見になるため,臨床診断に苦慮することが多いと考えられる.症例1では,ステロイド点眼薬の使用によって病態がマスクされていた可能性がある.さらに,1回目の角膜擦過物から真菌が検出されなかったことから確定診断に至らず,当科受診初期に抗真菌薬を中心にした治療を行う判断がつかなかった.また,真菌性角膜炎の進行速度は,細菌感染に比べ緩徐で,亜急性から慢性であるとされている.しかし,今回の2症例では自覚症状出現後約1週間の期間で急速に病巣は増悪しており,Fusarium角膜炎では棍棒状病変の有無とその病変の進行速度に関しても注意を要すると考えられた.真菌性角膜炎の確定診断には角膜病巣擦過物からの病原菌の同定が必要であり,微生物学的検査としては塗抹検査と分離培養検査を施行する.しかしながら,微生物学的検査は,同定までに時間を要し,初期病巣では採取できる擦過物の量が少ないため,検査項目が限定される.今回使用したPCR法は少量の検体で検査が可能であり,短時間で結果が得られるため,治療薬を選択する際の補助診断として有用であると580あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015考えられる.症例2については,初期病巣の検査にPCR法を組み入れることによって,培養検査が陰性であったにもかかわらず早期に診断が可能となり,治療も良好な結果が得られた.Fusarium属の抗真菌薬に対する薬剤感受性は,臨床分離株によって差がみられる4,5).わが国では1985年にピマリシン点眼液,1990年にピマリシン眼軟膏が発売され,真菌性角膜炎のおもな治療薬として使用されていた.ピマリシンはわが国で市販されている唯一の眼科用剤であり,真菌細胞膜のエルゴステロールと結合し膜透過性を変化させ,真菌細胞に対して殺菌効果を示す.さらに,角膜上皮.離眼では角膜組織への高濃度移行がみられるとされる一方で,結膜充血や使用時の刺激感といった副作用のために第1選択薬としては敬遠される傾向にあった.したがって,ピマリシンの副作用回避の手段として,Fusarium角膜炎への有効性が報告されているアンホテリシンB,ボリコナゾールなどを組み合わせる治療法などが試みられてきた6.9).しかし,近年ではボリコナゾールと比較し,ナタマイシン(ピマリシン)がFusarium角膜炎への治療効果が高いと報告されている4,10).症例1では,薬剤感受性試験結果がすべての抗真菌薬に対して耐性であったにもかかわらず,臨床効果はボリコナゾールが無効,ピマリシンは有効であった.したがって,本2症例の治療経過からも,Fusarium角膜炎を疑う症例におけるピマリシン局所投与(点眼・眼軟膏)は,初期治療として有効な治療薬であり,第1選択薬として有用であると考えられた.真菌性角膜炎は,発生頻度が少ない角膜炎であるものの,原因真菌が確定した症例の治療薬の効果判定を十分に行い,症例を集積していくことが,今後の治療法確立に有用であると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)熊倉重人:角膜炎.眼科54:1272-1276,20122)ItahashiM,HigakiS,FukudaMetal:Detectionandquantificationofpathogenicbacteriaandfungiusingreal-timepolymerasechainreactionbycyclingprobeinpatientswithcornealulcer.ArchOphthalmol128:535540,20103)三井幸彦:角膜真菌症にフザリウム感染が増加した原因.あたらしい眼科7:127-130,19904)PrajnaNV,KrishnanT,MascarenhasJetal:Themycoticulcertreatment:arandomizedtrialcomparingnatamycinvsvoriconazole.JAMAOphthalmol131:422-429,20135)LalithaP,SunCQ,PrajnaNVetal:Invitrosusceptibilityoffilamentousfungalisolatesfromacornealulcerclinical(116)trial.AmJOphthalmol157:318-326,20146)平山雅俊,大口剛司,松本幸裕ほか:アムビゾームとブイフェンドによる治療を行った角膜真菌症の1例.あたらしい眼科28:115-122,20117)朝生浩,稲田紀子,杉本哲理ほか:コンタクトレンズ装用者に発症した真菌性角膜炎の2例.眼科54:1207-1212,20128)佐々木香る,樋口かおり,加来裕康ほか:フサリウムによる角膜真菌症におけるAmBisomeの使用経験.あたらしい眼科29:391-396,20129)稲田紀子:真菌性角膜炎・アカントアメーバ角膜炎.眼科55:1212-1218,201310)SunCQ,PrajnaNV,KrishnanTetal:ExpertpriorelicitationandBayesiananalysisoftheMycoticUlcerTreatmentTrialI.InvestOphthalmolVisSci54:4167-4173,2013***(117)あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015581