《原著》あたらしい眼科41(3):345.348,2024c眼内レンズ強膜内固定術後の眼球擦過によりハプティックが露出し急性感染性眼内炎を生じたと思われた1例西江緑*1小林顕*2白尾裕*3*1石川県済生会金沢病院眼科*2金沢大学附属病院眼科*3医療法人社団浅ノ川浅ノ川総合病院眼科CACaseofAcuteInfectiousEndophthalmitisCausedbyHapticExposurefromtheConjunctivaafterFlangedSuturelessIntrascleralIntraocularLensFixationMidoriNishie1),AkiraKobayashi2)andYutakaShirao3)1)DepartmentofOphthalmology,SaiseikaiKanazawaHospital,2)3)DepartmentofOphthalmology,AsanogawaGeneralHospitalCDepartmentofOphthalmology,KanazawaUniversityHospital,目的:眼内レンズ強膜内固定術(フランジ法)後の眼内炎症例はこれまでに数例しか報告がない.今回新たなC1例を報告する.症例:59歳,男性.2010年C9月に両眼の超音波水晶体乳化吸引術および眼内レンズ挿入術を施行.2021年C5月,右眼の眼内レンズ亜脱臼の診断で当院へ紹介され,右眼に眼内レンズ強膜内固定術(フランジ法)を行った.2021年C9月,右眼に眼痛と視力低下を訴え,当院を紹介受診.初診時に細隙灯顕微鏡検査で,右眼前房に高度の細胞浮遊と硝子体混濁を認め,8時の位置のフランジが結膜から露出していた.同日,硝子体手術とフランジの強膜内埋没を行った.硝子体液培養は陰性であったが,抗菌薬溶液での硝子体洗浄により迅速に治癒したため,細菌性眼内炎と診断した.アレルギー性結膜炎のため患者が頻回に眼球圧迫したことでフランジの露出と,それに伴う眼内炎が生じたと考えられた.結論:眼球を圧迫する可能性のある患者には慎重な術式選択が必要である.CPurpose:Toreportararecaseofinfectiousendophthalmitiscausedbyhapticexposurefromtheconjunctivafollowing.angedsuturelessintrascleralintraocularlens(IOL).xation.Case:A59-year-oldmaleunderwentbilat-eralphacoemulsi.cationandIOLimplantationinSeptember2010.InMay2021,hewasreferredforrighteyeIOLsubluxation,CandCunderwentCsuturelessCintrascleral.xation(.angedCtechnique)C.CInCSeptemberC2021,CheCpresentedCcomplainingCofCrightCeyeCpainCandCdecreasedCvision.CExaminationCrevealedCcellC.oaters,CvitreousCopacities,CandCanCexposed.angeatthe8-o’clockposition.Vitrectomyand.angeburialwereperformed.Thoughvitreous.uidcul-tureCwasCnegative,CrapidCimprovementCafterCantibioticCirrigationCledCtoCtheCdiagnosisCofCbacterialCendophthalmitis.CWeCtheorizeCthatCtheChapticCexposureCandCassociatedCendophthalmitisCwasCcausedCbyCtheCpatient’sCfrequentCpres-suretohiseyeduetoallergicconjunctivitis.Conclusion:Itisimportanttobecautiouswhenselectingthesurgicaltechniqueinpatientswhoareatriskofocularcompression.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C41(3):345.348,C2024〕Keywords:眼内レンズ強膜内固定術,フランジ法,術後眼内炎.suturelessintrascleralintraocularlens.xation,.angedtechnique,postoperativeendophthalmitis.Cはじめに2007年のCGaborらによる報告以来,眼内レンズ(intraocu-larlens:IOL)強膜内固定術式が発展してきた1).従来の毛様溝縫着術で起こりうる縫合糸による炎症や感染,縫合糸の劣化による眼内レンズの脱臼や亜脱臼など,縫合糸関連の合併症を排除できることが利点である.山根らはC30ゲージ針を用いて低侵襲にCIOL固定が可能となるダブルニードル法を開発した2).この眼内レンズ強膜内固定術(フランジ法)後に眼内炎に至った症例は,これまでに数例しか報告されていない.Karacaらは山根法によるCIOL強膜内固定後の遅発性眼内炎のC1例を報告しており,Obataらは露出したハプティックによる眼内炎のC1例を報告している3,4).今回,眼〔別刷請求先〕西江緑:〒920-0353石川県金沢市赤土町二C13-6石川県済生会金沢病院眼科Reprintrequests:MidoriNishie,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SaiseikaiKanazawaHospital,13-6Akatsuchimachi,Kanazawa,Ishikawa920-0353,JAPANC図1硝子体手術開始時の手術用顕微鏡からの所見術前に著明な結膜充血と結膜浮腫を認めた.眼内レンズ強膜内固定術のフランジ形成部分はC2時方向とC8時方向に確認され,8時方向ではフランジの先端が結膜より露出していた(.).内レンズ強膜内固定術(フランジ法)を施行された患者が,自身で眼球圧迫しハプティックが露出したことが原因と思われる術後眼内炎のC1例を経験したので報告する.CI症例患者:59歳,男性.主訴:右眼の眼痛と霧視.現病歴:2010年,両眼の白内障に対して超音波水晶体乳化吸引術およびCIOL挿入術を当院で施行された(AN6KA,興和).2021年C5月,視力低下を主訴に近医眼科を受診した.右眼のCIOL亜脱臼の診断で当院へ紹介され,同月,右眼の経毛様体扁平部硝子体切除術およびCIOL強膜内固定術フランジ法を施行された.2021年C9月CX-1日深夜より右眼の眼痛を,X日より右眼霧視を自覚した.近医眼科を受診し右眼虹彩炎と診断され,同日当科へ紹介された.既往歴:アレルギー性結膜炎(花粉症),痛風.内服薬:ロキソプロフェンCNa錠C60Cmg,レバミピド錠100mg,フェブキソスタット錠C20mg.点眼薬:市販品の抗アレルギー点眼薬.家族歴:特記事項なし.初診時検査所見:視力右眼(0.01C×IOL)(best),左眼(1.0C×IOL)(best).眼圧右眼C13mmHg,左眼C17mmHg.眼軸長R26.0mm,L26.0mm.右眼細隙灯顕微鏡所見では,隅角に周辺虹彩前癒着や結節はなく,高度の前房細胞の浮遊と前房蓄膿があり,著明な結膜充血と結膜浮腫を伴っていた(図1).角膜後面やCIOL表面に肉芽腫性の沈着物はなかった.IOL強膜内固定術のフランジ形成部分はC2時方向とC8時方向に確認され,8時方向で図2硝子体手術中の手術用顕微鏡からの所見術中,強膜圧迫により容易にC8時方向のハプティックが露出した(.).はフランジの先端が結膜より露出していた(図1).硝子体細胞を多数認めた.眼底の透見性は不良であった.血液検査に特記すべき異常はなかった.CII経過2021年C9月CX日,入院のうえ,同日経毛様体扁平部硝子体洗浄を施行した.灌流前に硝子体カッターの吸引チューブから,硝子体液を採取し培養検体とした.灌流液にはバンコマイシン塩酸塩とセフタジジム水和物を混合した.術中,強膜圧迫により容易にC8時方向のハプティックが露出した(図2).硝子体中やハプティックに菌塊は目視されなかった.眼底に色調変化はなかった.露出したハプティックは,CT-.xationtechniqueに準じて強膜を半層切開し,ヨードで強膜トンネル周囲を洗浄した後フランジ部分を埋没させ,8-0バイクリル糸を用いて強膜をC1糸縫合した5).バンコマイシンとセフタジジムの静脈内投与をC1週間行った.X+1日には前房細胞は速やかに減少傾向となった.硝子体培養を行ったが,起因菌は検出されなかった.術後速やかに眼内細胞が減少したこと,眼底に異常がなかったことから外因性の感染性眼内炎と診断した.術後右眼矯正視力はC1.0へ回復した.CIII考察本症例はCIOL強膜内固定術からC3カ月経過した時点で発症した眼内炎であり,鑑別疾患としては遅発性術後感染性眼内炎,直近に生じた急性感染性眼内炎,内因性感染性眼内炎,非感染性眼内炎があげられる.遅発性の感染性眼内炎としては,角膜後面沈着物やCIOL上の肉芽腫性沈着物を認めないこと,自覚症状の出現から前房蓄膿が生じるまでの期間がC24時間程度と短いことが矛盾していた.術前に非感染性眼内炎の可能性は否定できなかったが,急性感染性眼内炎が否定できないこと,眼底透見性不良であることから硝子体手術の適応とした.硝子体洗浄と抗生物質の投与によって速やかに完治したこと,眼底所見に異常がなかったことから,硝子体培養は陰性であったが急性感染性眼内炎と診断した.EndophthalmitisCVitrectomyCStudy(EVS)では白内障手術後眼内炎症例のC5.10%がグラム陰性菌であり,約C90%がグラム陽性菌で,約C70%がバンコマイシン感受性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌であった7).灌流内にはCEVSでの起因菌をほとんどカバーするセフタジジム水和物とバンコマイシン塩酸塩を使用した.EVSではCIOL二次挿入後の眼内炎患者には硝子体切除が有益とされており,ハプティックが露出していることもあり最善と思われる硝子体手術を施行した.また,EVSでは抗生物質の静脈内投与の有無で転帰に有意差がなかったが,EVSで使用されたアミカシン硫酸塩よりも眼内移行性の優れたセフタジジム水和物が使用可能であったことから投与を行った.問診によりC9月は花粉症の増悪のため頻繁に眼球を擦っていたことが判明した.手術中ハプティックが強膜圧迫によって容易に出し入れされたことから,本症例は患者自身で眼球圧迫したことによりハプティックの露出を生じたことに起因すると考えられた.縫着法では術後眼内炎などの合併症が複数報告されており,従来の縫着法によるCIOL二次挿入法と比較してCIOL強膜内固定術フランジ法では種々の合併症が少ないことが一つの利点である6).しかし,IOL強膜内固定術フランジ法後の長期安全性はまだわかっておらず,術後晩期合併症の報告はこれまでに数例しかない.Karacraらはフランジ法によるIOL強膜内固定術後の遅発性眼内炎を報告している3).典型的な遅発性眼内炎では後.に白色プラークがみられ,アクネ菌を起因菌とするが,Karacraらの報告では水晶体.や硝子体が除去されていたにもかかわらず,強膜内固定術後C3カ月程度でアクネ菌を起因菌とする遅発性眼内炎を発症した.ハプティックは結膜下に確認され,硝子体基底部にプラークがあったことから強膜トンネルからの侵入と推論されている.また,ObataらはCIOL強膜内固定術(他院での手術のため術式の詳細はなく,写真からフランジは確認できないためフランジ法ではなく強膜半層切開での固定と思われる)の後C3年での眼内炎を報告しており,ハプティックの結膜上への露出とハプティック周囲の白色プラークを認めていた4).強膜が菲薄化しており,強膜トンネルから穿孔してハプティックが露出したものと推察されている.本症例ではハプティックは露出しておらず,フランジの先端のみが露出している状態であった.Obataらの症例とは機序が異なり,患者の用手的眼球圧迫により強膜が陥凹し,ハプティックが眼内・眼外への露出を繰り返した際に,菌が侵入したものと考えられた.プラークがなく,自覚症状の出現から前房蓄膿形成までの期間が短いことから強毒菌の侵入と推察された.今回,フランジの露出に起因する感染性眼内炎症例を経験し,術式の検討が必要と思われた.太田は,T-.xationの際,術直後の眼内レンズの位置ずれ予防のためにC9-0ナイロン糸で支持部と強膜床を一糸縫合後,創口からの漏れ予防と術後の眼内炎対策で,T字強膜創をC8-0バイクリル糸で一糸縫合することを推奨した5).本症例ではCT-.xationに準じて再固定を行い,以降の経過観察においてハプティックの露出は認めていない.IOL強膜内固定法では感染性眼内炎予防としてハプティックを強膜内に適切に埋め込み,結膜からの露出を回避することが重要とされる8).IOL強膜内固定後にハプティックが結膜から露出する原因としては結膜とハプティックが擦れ合うことと考えられている.結膜による被覆がない場合,眼表面と硝子体空の間に開放性の瘻孔が存在するため眼内炎のリスクを高める可能性がある.一般的にハプティックが露出している場合は外科的修復を必要とする.Pakravanらは強膜内固定後のハプティックの露出例C19眼の検討で,5眼(26%)に結膜炎の既往があったことを報告している9).19眼中3眼(16%)に強膜バックルの手術歴,2眼(10%)チューブシャントの手術歴があり,結膜に手術歴のある眼では,結膜が脆弱で露出を生じる可能性があると指摘している9).本症例では初回手術において理想的な固定状態ではなかった可能性や,フランジのサイズが適切ではなかったために強膜内に完全に埋没されていなかった可能性がある.アトピー皮膚炎の素因をもつ患者や,アレルギー性結膜炎などの既往がある患者など,頻回に目を圧迫あるいは擦過する可能性のある患者に対しては,IOL強膜内固定フランジ法の適応は慎重になるべきと考えた.また,そのような患者にIOL強膜内固定フランジ法を施行した際には,眼球を強く擦らないように指導が必要である.文献1)GaborCSG,CPavlidisMM:SuturelessCintrascleralCposteriorCchamberCintraocularClensC.xation.CJCCataractCRefractCSurgC33:1851-1854,C20072)YamaneCS,CSatoCS,CMaruyama-InoueCMCetal:FlangedCintrascleralCintraocularClensC.xationCwithCdouble-needleCtechnique.COphthalmology124:1136-1142,C20173)KaracaCU,CKucukevciliogluCM,COzgeCGCetal:LateConsetCendophthalmitisaftersuturelessintrascleralIOLimplanta-tionwithYamaneTechnique.IntJOphthalmolC14:1449-1451,C20214)ObataCS,CKakinokiCM,CSaishinCYCetal:EndophthalmitisCfollowingexposureofahapticaftersuturelessintrascleralintraocularlens.xation.JVitreoretinDis3:1,C20185)太田俊彦:眼内レンズ強膜内固定術T-.xationtechnique.眼科手術C29:24-31,C20166)SchechterRJ:Suture-wickendophthalmitiswithsuturedposteriorCchamberCintraocularClenses.CJCCataractCRefractCSurg16:755-756,C19907)TheEndophthalmitisVitrectomyStudyGroup:Resultsoftheendophthalmitisvitrectomystudy.ArandomizedtrialofCvitrectomyCandCintravenousCantibioticsCforCtheCtreat-mentCofCpost-operativeCbacterialCendophthalmitis.CArchCOphthalmolC113:1479-1496,C19958)WernerL:FlangeCerosion/exposureCandCtheCriskCforCendophthalmitis.CJCCataractCRefractCSurgC47:1109-1110,C20219)PakravanP,PatelV,ChauVetal:Hapticerosionfollow-ingCsuturelessCscleral-.xatedCintraocularClensCplacement.COphthalmolRetinaC7:333-337,C2022***