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急激な血糖値低下により急性増悪した単純糖尿病網膜症症例の脈絡膜変化

2019年1月31日 木曜日

《第23回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科36(1):102.106,2019c急激な血糖値低下により急性増悪した単純糖尿病網膜症症例の脈絡膜変化山﨑厚志河本由紀美魚谷竜稲田耕大佐々木慎一井上幸次鳥取大学医学部視覚病態学CChoroidalThicknessChangeinaCaseofSimpleTypeDiabeticRetinopathyDeterioratedafterRapidBloodGlucoseControlAtsushiYamasaki,YukimiKawamoto,RyuUotani,KoudaiInata,ShinichiSasakiandYoshitsuguInoueCDivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversityC急激な血糖値低下とともに単純糖尿病網膜症が増殖糖尿病網膜症に移行した症例における脈絡膜厚の変化を観察した.初診時に視力は右眼(0.08),左眼(1.5)で,右眼は増殖型,左眼は単純型の糖尿病網膜症であった.初診時にHbA1cはC12.8%であったが,1カ月でC9.5%に低下し,左眼脈絡膜厚がC211Cμmから244Cμmに増加した.そのC3カ月後,左眼は増殖型に移行し,網膜光凝固術後に脈絡膜厚は菲薄化した.急激に血糖値を降下させた場合,網膜症の悪化に先行して脈絡膜厚の増加をきたす可能性が示唆された.CChangesinchoroidalthicknesswereobservedinacaseofsimplediabeticretinopathythattransitedtoprolif-erativediabeticretinopathyafterrapidbloodglucosecontrol.AtC.rstvisit,visualacuitywas0.08righteyeand1.5lefteye.Therighteyewasproliferativetype,theleftwassimpletypediabeticretinopathy.AtC.rstvisit,HbA1cwas12.8%;however,ithaddecreasedto9.5%inonemonth,andchoroidalthicknessinthelefteyehadincreasedfrom211Cμmto244Cμm.Threemonthslater,thelefteyehadshiftedtoproliferativetype,andchoroidalthicknesshadthinnedafterretinalphotocoagulation.Itissuggestedthatwhenbloodglucoseisrapidlycontrolled,choroidalthicknessmayincreasebeforeretinopathydeterioration.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C36(1):102.106,C2019〕Keywords:糖尿病網膜症,ヘモグロビンCA1c,急激な血糖コントロール,光干渉断層計,中心窩下脈絡膜厚.dia-beticretinopathy,HbA1c,rapidbloodglucosecontrol,opticcoherencetomography,subfovealchoroidalthickness.Cはじめに糖尿病患者における脈絡膜の変化については,病理学的には脈絡膜血管の動脈硬化性変化や基底膜肥厚,管腔の狭窄や閉塞などが古くから報告されており1,2),糖尿病脈絡膜症という概念として確立されているが,生体での詳細な変化は検討がむずかしかった.近年,光干渉断層計(opticcoherencetomography:OCT)の進歩により,生体での構造的変化が解析できるようになり,糖尿病患者における脈絡膜の厚さや構造および網膜症との関係についての研究が進められている.脈絡膜厚に関しては,糖尿病網膜症では重症度に伴い肥厚するという報告3,4)と,逆に菲薄化するという報告5)があるが,血糖の低下により網膜症が悪化したときの脈絡膜厚の変化については報告がない.今回,単純網膜症を有する糖尿病患者において,急激な血糖値低下とともに増殖糖尿病網膜症に移行した時期の中心窩下脈絡膜厚(subfovealCchoroidalthickness:以下SCT)の変化を観察できたので報告する.CI症例患者:25歳,女性.主訴:右視力低下.現病歴:右眼に飛蚊症を自覚し,改善しないため近医受診.右眼硝子体出血の診断にて当院に紹介となった.〔別刷請求先〕山﨑厚志:〒683-8504鳥取県米子市西町C36-1鳥取大学医学部視覚病態学Reprintrequests:AtsushiYamasaki,DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,36-1Nishimachi,Yonago,Tottori683-8504,JAPANC102(102)図1初診時の眼底写真およびフルオレセイン蛍光眼底撮影a:右眼眼底写真,Cb:左眼眼底写真,Cc:右眼フルオレセイン蛍光眼底撮影,Cd:左眼フルオレセイン蛍光眼底撮影.右眼はびまん性硝子体出血をきたしており,左眼はわずかに毛細血管瘤を認める程度の単純糖尿病網膜症であった.図2初診から4カ月後の左眼眼底写真とフルオレセイン蛍光眼底撮影a:左眼眼底写真.アーケード内網膜に線状出血を生じている.Cb:左眼鼻側,Cc:左眼後極部のフルオレセイン蛍光眼底撮影.広範な無灌流領域および乳頭周囲に新生血管を認めた.図3左眼眼底写真とOCTによる脈絡膜厚の変化a,b:初診時(HbA1c:12.8%)の眼底写真およびCOCT(SCT:211Cμm).Cc,d:初診C1カ月後(HbA1c:9.5%)の眼底写真およびCOCT(SCT:244Cμm).Ce,f:初診C4カ月後(HbA1c:7.8%)の眼底写真およびCOCT(SCT:224Cμm).Cg,h:初診C7カ月後(HbA1c:7.2%)の眼底写真およびCOCT(SCT:180Cμm).Ci,j:初診C8カ月後(HbA1c:8.0%)の眼底写真およびCOCT(SCT:174Cμm).Ck,l:初診C9カ月後(HbA1c:8.0%)の眼底写真およびCOCT(SCT:154Cμm).HbA1c左脈絡膜厚右脈絡膜厚12.8%眼内光凝固6月7月10月12月3月図4本症例のHbA1cと中心窩下脈絡膜厚(SCT)の変化HbA1cの降下時に左眼はCSCTが増加し,その後に糖尿病網膜症が悪化した.汎網膜光凝固術後にCSCTは菲薄化した.右眼は硝子体手術と眼内光凝固術後よりCSCTは菲薄化した.PPV:parsplanaCvitrectomy,経毛様体扁平部硝子体切除術.PRP:panretinalphotocoagulation,汎網膜光凝固術.既往歴:I型糖尿病の診断がついていたが,4年前より内科治療を自己中断していた.眼科受診歴はなし.初診時所見:視力は右眼C0.03(0.08C×.5.0D),左眼C0.15(1.5C×.5.0D).眼圧は右眼C15mmHg,左眼C17mmHg.中間透光体は正常で,眼底は右眼に増殖糖尿病網膜症によるびまん性硝子体出血をきたしており,左眼はわずかに毛細血管瘤を認める程度の単純糖尿病網膜症であった(図1).光学式眼軸長測定装置にて眼軸長は右眼C25.86mm,左眼C26.16mm.SCTは右眼は測定不能,左眼はC211Cμmだった.全身所見:I型ミトコンドリア糖尿病でCHbA1cはC12.8%.頸動脈エコーでは内頸動脈の狭窄は認めなかった.右眼は水晶体温存経毛様体扁平部硝子体切除術を行い,増殖膜処理および眼内レーザーで汎網膜光凝固を行い,術後視力は(1.0)と改善した.OCTで観察したところ,術後C1カ月目の右眼CSCTはC199Cμmで左眼より薄かった.術前後でHbA1cはC1カ月でC12.8%からC9.5%に低下した.左眼の網膜症は単純型のまま不変であったが,初診時にC211CμmだったSCTが244μmへ増加した.その後C3カ月間でCHbA1cはC7.8%とゆっくり低下し,SCTはC224Cμmに減少した.左眼アーケード内網膜に線状出血を生じ,フルオレセイン蛍光眼底撮影で無灌流領域および乳頭周囲新生血管を認めたため(図2),網膜光凝固術を施行した.左眼はそのC2カ月後には線維性増殖膜の形成および網膜前出血を生じ,SCTはC180μmとなった.そのC3カ月後には右眼視力は(1.0)と良好であったが,左眼は(0.6)まで低下した.SCTは右眼C129Cμm,左眼C154Cμmまで菲薄化した.以後C2年後の現在まで両眼ともに網膜症の悪化はなく,SCTの大きな変化は認めていない.経過中に黄斑浮腫の発症はみられなかった.左眼眼底写真とCOCTによる脈絡膜厚の変化およびCHbA1cの変化との関係について図3,4に示す.なお,治療経過において本症例の血圧,体重,血清アルブミン量については著明な変化は認めなかった.CII考察急激な血糖降下によって糖尿病網膜症の増悪が生じることは知られている6,7).その原因として,血液凝固能の亢進,線溶低下,赤血球の酸素解離能低下,血液量低下,低血糖による酸素欠乏7,8)などから,内皮細胞の障害や脱落を生じて出血や浮腫を生じることがいわれている.今回筆者らは,急激な血糖降下により生じた糖尿病網膜症の増悪に先行して,脈絡膜の肥厚を生じた症例を経験した.本症例は,片眼の硝子体手術前後でCHbA1c値がC1カ月間でC3%以上の急激な低下を生じ,反対眼の単純型の糖尿病網膜症が増殖型に急激に移行した.血糖値が急激に低下したC1カ月目にCSCTの増加を生じた.糖尿病患者の脈絡膜は糖尿病網膜症の重症度に伴い肥厚するという報告3,4)がある一方で,逆に菲薄化するという報告5)もある.病理組織的には,脈絡膜血管周囲のCPAS(periodicacid-Schi.)染色陽性の結節の形成や血管透過性亢進が間質の体積を増加させて脈絡膜を肥厚させ,脈絡膜毛細血管板における毛細血管の消失や中大血管壁の肥厚と内腔の閉塞が脈絡膜を菲薄化させる原因と考えられている9).ただし,脈絡膜循環には血糖,血圧,腎機能などの全身因子が密接に影響していることが考えられ,これらの全身因子の急激な変化を生じた場合,脈絡膜厚に影響を及ぼす可能性は否定できない.Joらは,強化療法で血糖降下を行った網膜症を有さないII型糖尿病患者において,2週間で脈絡膜厚が有意に増加したと報告しており,網脈絡膜血流の変化に言及している10).脈絡膜血管の血流増加の原因として網脈絡膜血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)濃度の関与を推察している文献はあるが4),血糖値の急激な変化によって網脈絡膜のCVEGF濃度が変化することを示したものはなく,脈絡膜血管の組織学的変化についても不明である.今回,脈絡膜厚増加の点ではまだ網膜症の変化はみられず,網膜症より脈絡膜の変化が先行したように思われた.血糖値の低下により網膜毛細血管閉塞が促進され網膜症の急性増悪を生じるその前段階として,脈絡膜の微小血管異常いわゆる糖尿病脈絡膜症を生じ,脈絡膜血管の透過性亢進とともに脈絡膜厚が増加したものと考えられ,脈絡膜厚が糖尿病網膜症の急性増悪の前兆あるいはパラメーターになりうる可能性が示唆された.軽度の網膜症では,非糖尿病眼に比較して脈絡膜厚が肥厚している報告がある1)ほか,境界型糖尿病の患者では脈絡膜厚の増加がみられ,早期網膜症の前兆となりうるという報告もある11).一般に網膜毛細血管はCblood-reti-nalbarrierがあり自己制御されているが,脈絡膜血管にはこの制御機能がないため12),網膜と脈絡膜は異なる経過を生じるのではないかと考えられている.血糖値の変化に対し,自己制御が利かない脈絡膜の変化が先に生じ,その後に網膜の変化が生じるのではないかと推察された.本症例の経過中,硝子体手術と術中汎網膜光凝固を施行した右眼および増殖型に移行し汎網膜光凝固を行った左眼はSCTが徐々に減少した.汎網膜光凝固術により脈絡膜血流は著明に減少することが知られており,術後に脈絡膜は菲薄し,萎縮傾向を示すことがいわれている4,13,14).汎網膜光凝固によるCVEGF濃度の減少が原因と思われた.正常眼の脈絡膜は,加齢により菲薄化することが知られている.本症例は若年例であり,通常の糖尿病網膜症症例よりSCTが厚いことが考えられるほか,加齢に伴う動脈硬化性変化も少ない可能性が考えられた.しかし,網膜症が重症化し,網膜光凝固や硝子体手術を施行すると,SCTはかなり菲薄化することが示唆された.屈折については,眼軸が長く屈折度が近視に傾くほどCSCTは薄くなる.本症例はC.5.0Dの近視があるが,両眼ともにぶどう腫や網脈絡膜萎縮などの所見はみられず,SCTに強く影響するほどの強度近視ではないように思われた.ただし眼軸長は右眼C25.86Cmm,左眼26.16Cmmで,この左右差が網膜症悪化の差に関与している可能性も考えられた.CIII結論今回,単純型網膜症において,急激な血糖値低下とともに増殖糖尿病網膜症に移行したときのCSCTの変化を観察できた.急激な血糖コントロールを施行する場合,網膜症の悪化に先行してCSCTの増加を生じる可能性が示唆された.単純糖尿病網膜症に対し,やむをえず急激な血糖コントロールを行う場合,OCTによる脈絡膜厚の変化を観察することで,網膜症の増悪に対しての治療の時期を予測できる可能性が示唆された.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)Yano.M:OcularCpathologyCofCdiabeticCmellitus.CAmJOphthalmolC67:21-38,C19692)HidayatCAA,CFineBS:DiabeticCchoroidopathy.CLightCandCelectronmicroscopicobservationsofsevencases.Ophthal-mologyC92:512-522,C19853)XuJ,XuL,DuKFetal:SubfovealchoroidalthicknessindiabetesCandCdiabeticCretinopathy.COphthalmologyC120:C2023-2029,C20134)KimJT,LeeDH,JoeSGetal:Changesinchoroidalthick-nessCinCrelationCtoCseverityCofCretinopathyCandCmacularCedemaCinCtypeC2diabeticCpatients.CInvestCOphthalmolCVisCSciC54:3378-3384,C20135)ShenCZJ,CYangCXF,CXuCJCetal:AssociationCofCchoroidalCthicknesswithearlystagesofdiabeticretinopathyintype2diabetes.IntJOphthalmolC10:613-618,C20176)福田雅俊:糖尿病網膜症の治療.日本糖尿病学会(編):糖尿病学の進歩第C7集,p171-178,診断と治療社,19737)森田千尋,荷見澄子,大森安恵ほか:急激な血糖コントロールの網膜症に及ぼす影響─内科の立場より─.DiabetsCJournalC20:7-12,C19928)BursellSE,ClermontAC,KinsleyBTetal:RetinalbloodC.owCchangesCinCpatientsCwithCinsulin-dependentCdiabeticCmellitusCandCnoCdiabeticCretinopathy.CInvestCOphthalmolCVisSciC37:886-887,C19969)村上智昭:糖尿病と脈絡膜.臨眼C70:1868-1873,C201610)JoCY,CIkunoCY,CIwamotoCRCetal:ChoroidalCthicknessCchangesafterdiabetestype2andbloodpressurecontroleinahospitalizedsituation.ReinaC34:1190-1198,C201711)YazganCS,CArpaciCD,CCelikCHUCetal:MacularCchoroidalCthicknessCmayCbeCtheCearliestCdeterminerCtoCdetectCtheConsetCofCdiabeticCretinopathyCinCpatientsCwithCprediabeticCretinopathyCinCpatientsCwithprediabetes:ACprospectiveCandCcomparativeCstudy.CCurrCEyeCResC42:1039-1047,C201712)Cio.GA,GranstamE,AlmA:Ocularcirculation.Adler’sPhysiologyoftheEye.10thed,(KaufmanPL,AlmA,eds)C,p747-784,Mosby,StLous,200313)OkamotoCM,CMatsuuraCT,COgataN:E.ectsCofCpanretinalCphotocoagulationConCchoroidalCthicknessCandCchoroidalCbloodC.owinpatientswithseverenonproliferativediabet-icretinopathy.RetinaC36:805-811,C201614)OharaCZ,CTabuchiCH,CNakamuraCSCetal:ChangesCinCcho-roidalCthicknessCinCpatientsCwithCdiabeticCretinopathy.CIntCOphthalmolC38:279-286,C2018***