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治療的深層層状角膜移植が奏効したヘルペス・真菌混合角膜感染症の1例

2019年8月31日 土曜日

《原著》あたらしい眼科36(8):1087.1091,2019c治療的深層層状角膜移植が奏効したヘルペス・真菌混合角膜感染症の1例伊崎亮介川村朋子下川亜希佐伯有祐内尾英一福岡大学医学部眼科学教室CACaseofSuccessfulTherapeuticDeepAnteriorLamellarKeratoplastyonMixedHerpeticandFungalCornealInfectionRyosukeIzaki,TomokoTsukahara-Kawamura,AkiShimogawa,YusukeSaekiandEiichiUchioCDepartmentofOphthalmology,FukuokaUniversitySchoolofMedicineC目的:ヘルペス性角膜炎として治療中に真菌重複感染が判明した症例に対し,治療的角膜移植が奏効した症例を経験したので報告する.症例:62歳,男性.2014年C3月に当科紹介受診し,前房水のCpolymerasechainreaction(PCR)法によって,右眼単純ヘルペスウイルス(HSV)角膜内皮炎と診断され,改善し近医で経過観察されていたが,2014年12月に右眼視力低下のため,抗ヘルペスウイルス治療を再開されたが,改善しないためにC2015年C1月に再診し,入院治療となった.真菌性角膜炎に対し,フルコナゾール点滴およびピマリシン眼軟膏と角膜掻爬によるC3者併用療法を開始したが,病巣は拡大した.角膜擦過物の包括的CPCR検査の結果,HSVおよび真菌C28SのCDNAが陽性であったため,抗ヘルペス治療に加えて,ボリコナゾール全身局所治療と1%ピマリシン眼軟膏を併用し,臨床所見は改善がみられた.治療期間などを考慮して,治療的角膜移植として深層層状角膜移植をC2015年C2月に施行した.術後速やかに右眼角膜所見は改善し,現在まで再発なく経過は良好で右眼視力=(0.8)である.結論:治療に抵抗する重症角膜感染症の補助診断に包括的CPCRが有効であった.HSVと真菌の混合角膜感染症例の治療に治療的深層層状角膜移植が有効であった.CPurpose:Wereportthecaseofapatienttreatedasherpetickeratitiswithcon.rmedmixedfungalinfectionduringCtheCclinicalCcourse,CwhoCwasCtreatedCwithCtherapeuticCkeratoplasty.CCase:AC62-yearColdCmaleCwasCdiag-nosedashavingkeratouveitisassociatedwithherpessimplexvirus(HSV)C,ascon.rmedbypolymerasechainreac-tion(PCR)fromanteriorchamberspecimeninMarch2014;hewasfollowedbyalocalophthalmologist.InDecem-ber2014,henotedhazyvisioninhisrighteyeandwastreatedwithantiherpeticdrugs,butwasagainreferredtoourChospitalCinCJanuaryC2015CdueCtoCclinicalCregressionCinChisCrightCeye.CInCspiteCofCanti-fungalClocalCandCsystemicCtreatment,withrepeatedcornealscrapings,thecorneallesionenlarged.HSV-DNAandfungal28SDNAwereposi-tiveCinCcomprehensiveCPCRCofCcornealCscraping.CThen,CafterCcombinationCtherapyCwithCantiviralCandCantifungalCagents,CsystemicCandClocalCvoriconazoleCwithCpimaricin1%CeyeCointment,CcornealC.ndingsCshowedCgradualCresolu-tion.Consideringthelongstandingclinicalcourse,therapeuticdeepanteriorlamellarkeratoplasty(DALK)wascar-riedCoutCinCFebruaryC2015.CPromptCcureCinCtheCrightCeyeCwasCobtainedCaftersurgery;thereCwasCnoCrecurrence,CandCbest-correctedCvisualCacuityCofC0.8CwasCmaintainedCinCtheCrightCeye.CConclusions:ComprehensiveCPCRCwasCusefulCforCdiagnosingCrefractoryCinfectiousCcornealCkeratitis.CTherapeuticCDALKCwasCe.ectiveConCmixedCherpeticCandfungalcornealinfection.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C36(8):1087.1091,C2019〕Keywords:真菌性角膜炎,ヘルペス性角膜炎,深層層状角膜移植,治療的角膜移植.fungalkeratitis,herpetickeratitis,deepanteriorlamellarkeratoplasty,therapeutickeratoplasty.C〔別刷請求先〕内尾英一:〒814-0180福岡市城南区七隈C7-45-1福岡大学医学部眼科学教室Reprintrequests:EiichiUchio,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,FukuokaUniversitySchoolofMedicine,7-45-1Nanakuma,Jonan,Fukuoka814-0180,JAPANCはじめに真菌性角膜炎は重症な角膜感染症であり,治療薬の選択が限られていることから重症化し,視力予後が不良なことも少なくない.酵母型真菌によるものと糸状菌型真菌によるものとでは臨床像も異なり,とくに臨床早期には細菌性角膜炎やヘルペス性角膜炎などとの鑑別が困難で治療が遅れる症例もある.これまでヘルペス性角膜炎と真菌性角膜炎を合併した報告は少ない1.4).今回筆者らはヘルペス性角膜炎として治療中に真菌性角膜炎の重複感染が判明した感染症例に,治療的深層層状角膜移植(deepanteriorlamellarkeratoplasty:DALK)が奏効したまれなC1例を経験したので報告する.CI症例患者:62歳,男性.高血圧の既往歴があり,内服治療中であった.現病歴:2014年C3月に近医で右眼高眼圧と右眼角膜浮腫を指摘され,当科を紹介受診した.採取した前房水をCpoly-meraseCchainreaction(PCR)法により,単純ヘルペスウイルス(herpesCsimplexvirus:HSV)が陽性であったため,HSV角膜内皮炎と診断し,バラシクロビルとプレドニゾロン内服およびベタメタゾンC0.1%点眼などの治療によって改善した.2014年C6月には右眼視力=0.8(1.2)となったため,近医で経過観察となったが,それ以降もベタメタゾンC0.1%点眼は継続されていた.2014年C12月初旬から右眼視力低下と充血を自覚し,近医を受診し,ヘルペス角膜内皮炎の再発と診断され,バラシクロビル内服を投与されいったん改善したが,2週間後に悪化がみられた.アシクロビル眼軟膏を追加投与されたが,改善しないために,2015年C1月C2日に当科を再度受診した.再診時眼所見は以下のとおりである.右眼視力=0.2(0.8C×.1.25D(cyl.1.5DAx45°),左眼視力=0.2(1.2C×.2.75D(cyl.0.5DAx175°),右眼眼圧=15mmHg,左眼眼圧=13CmmHg.左眼の前眼部,中間透光体,眼底に異常はなかった.右眼には,結膜充血,毛様充血が中等度みられた.角膜は中央から耳側に角膜潰瘍およびCDes-cemet膜皺襞,角膜後面沈着物が軽度あり,さらに類円形の上皮下混濁がみられた(図1).前房は正常深度で炎症細胞C2+であった.虹彩はC4時部に後癒着があり,水晶体には核性混濁がみられた.眼底には異常はなかった.外来で採取した角膜擦過物の細菌培養から表皮ブドウ球菌が検出されたため,抗菌薬の局所全身治療を開始した.このとき,真菌の培養検査も行ったが陰性であった.HSVイムノクロマト法検査(チェックメイトヘルペスアイCR)も陰性であった.しかしその後も改善がみられず,1月C22日には角膜所見から真菌性角膜炎が疑われたため入院となった.入院後,フルコナゾール点滴およびピマリシン眼軟膏と角膜掻爬による三者併用療法を行ったが,角膜病巣の拡大を認めた(図2).そこで,いったん真菌性角膜炎に対するフルコナゾール点滴およびピマリシン眼軟膏と角膜掻爬による三者併用療法を中止し,抗菌薬治療に抗ヘルペス薬治療としてファムシクロビル内服,アシクロビル眼軟膏,続いてビダラビン軟膏を行った.しかし角膜浸潤巣が拡大し,前房蓄膿も生じてきたため,抗真菌薬治療を再開した.1月C29日に角膜掻把を行い,角膜擦過物に対して原因微生物の包括的CPCR検査4)を行った.その結果から,HSV-DNA:2.04C×104copies/ml,続いて真菌C28Sr(ribosomalDNA):1.67C×102Ccopies/mlが検出され,これまでの臨床経過から真菌性角膜炎の重複感染があると診断した.ボリコナゾール点滴およびボリコナゾールC1%点眼薬をピマリシン眼軟膏に追加して抗真菌薬治療を再開した後,毛様充血が改善し前房蓄膿も消失したが,角膜浸潤,免疫輪は増悪し,右眼視力は手動弁に低下した(図3).これまですでに再発後C50日以上の薬物治療経過もあることを考慮し,眼球深部への真菌の波及を防ぐ目的などから,治療的角膜移植としてCDALKをC2月C24日に行った.角膜実質深部まで空気注入を繰り返しながら,膿瘍病変を除去し,厚みを揃えたC8Cmm径の角膜を移植した.手術後速やかに右眼角膜所見は改善し,現在まで再発なく経過は良好で右眼視力=(0.8C×HCL)である(図4).なお切除角膜切片の細菌培養検査は陰性で,病理標本からも真菌は検出されなかった.これまでの本症例の治療経過を図5に示す.CII考按ヘルペス角膜炎に真菌性角膜炎を合併した症例は少なく,わが国では現在までC4例報告されているのみである1.3).塩田らはその臨床的特徴について地図状潰瘍,角膜中央部が不透明で凹凸不整である,および潰瘍周辺部がジグザグで強い浸潤を伴う特徴があると報告している1).しかしその臨床所見はヘルペス角膜炎と真菌性角膜炎のいずれかにみられるものであり,臨床像による診断は容易ではない.海外でも同様の症例は少なく,筆者らの渉猟した限りではヘルペス角膜炎の既往があり,治療中にCPaecilomyceslilacinusによる真菌性角膜炎となった症例の報告がある4).活動性と考えられるヘルペス角膜炎とは必ずしもいえないので,同様の重複感染とはいえないかもしれないが,この症例は消炎のために複数回の全層角膜移植を必要としたと報告されている4).ヘルペス角膜炎と真菌性角膜炎の重複感染の確定診断を行うためには,病巣である角膜擦過物からのウイルス分離と真菌の直接顕鏡あるいは分離培養検査が必要であるが,臨床の現場では最近はCPCR法が広く行われており,多種類の病原微生物が推定される状況では包括的CPCR検査がしばしば行われている5).今回の症例では,迅速診断法のイムノクロマト法ではHSVは陰性であったが,角膜擦過物からCHSV-DNAが陽性であり,DNAコピー数も多かったことからCHSVによるヘ図1当科初診時右眼角膜所見(2015年1月2日)中央耳側に角膜潰瘍があり,Descemet膜皺襞,角膜後面沈着物および類円形角膜上皮下混濁がみられた.図32015年2月23日の右眼角膜所見抗真菌薬と抗ヘルペス薬治療併用後,毛様充血の改善などがみられたが,視力は手動弁となった.ルペス角膜炎と診断した.一方,包括的CPCR検査における真菌C28SrDNAはC1.67C×102copies/mlと少量であり,角膜擦過物は眼外検体であることからコンタミネーションの可能性も否定できなかったが,抗真菌薬を再開後に今回は明らかに臨床所見が改善したことなどから,真菌性角膜炎の合併もあると診断した.この症例の経過はこれまで述べたように複雑で,最初の抗真菌薬を含む三者併用療法に反応しなかったにもかかわらず,包括的CPCR検査判明後のC2回目の抗真菌薬治療に反応した理由としては,点滴薬剤がフルコナゾールからボリコナゾールに変更されたこと,また内服薬ではあるがファムシクロビルも投与されており,第一回目の三者併用療法の際とは異なり,抗ウイルス薬治療も同時に行われてい図22015年1月26日の右眼角膜所見抗真菌薬治療にもかかわらず,角膜潰瘍の拡大がみられた.図4最終受診時の右眼角膜所見その後白内障手術も行われ,右眼視力は(0.8)である.たことの効果のC2点が考えられた.結局この症例からは真菌の同定はできなかったが,ボリコナゾールとフルコナゾールへの治療反応の相違などから6,7)は,酵母型のCCandidaよりも糸状菌型のCFusariumなどが示唆される6).薬物治療に抵抗性の重症型角膜感染症に対する外科的治療の方法や適応については,まだ広く認められたものはない.ただし,とくに重症である真菌性角膜炎8,9)やアカントアメーバ角膜炎10,11)に関しては,治療的角膜移植の成績についてこれまでもいくつかの報告がある.いずれも,DALKの治療成績9,11)が全層角膜移植(penetratingCkeratoplasty:PK)8,10)よりも優れており,アカントアメーバ角膜炎では混濁治癒後の光学的移植であるCPKが治療的なCPKよりも治療成績が優真菌28S-PCR陽性HSV-PCR陽性視力入院治療的DALK0.80.60.40.21/21/121/222/22/122/24日付LVFX:レボフロキサシンMOFX:モフロキサシンCMX:セフメノキシムGM:ゲンタマイシンCEPM:セフェピムCZOP:セフォゾプランMEPM:メロペネムVACV:バラシクロビルFCV:ファムシクロビルAra-C:ビダラビンVRCZ:ボリコナゾールFLCZ:フルコナゾールPMR:ピマリシン図5本症例の入院治療経過上側に局所治療薬物,下側に全身治療薬物を示す.HSV:単純ヘルペスウイルス,PCR:polymerasechainreaction,DALK:深層層状角膜移植をそれぞれ示す.れていると報告されている12).真菌性角膜炎は一般にアカントアメーバ角膜炎よりも重症であり,XieらはCFusariumが60%を占める多数例の真菌性角膜炎の検討で,治療的なDALKは治療有効例がC93%で,術後C2週以内の再発率がC7%と低く,ほとんどの症例で視力C0.3以上が得られたと報告しており9),三者併用療法の一つである病巣掻爬を可能な限り広く行うCDALKは,PKに多くみられる拒絶反応などの合併症もほとんどなく,有用な治療法であったと考える.しかし術後にステロイド点眼薬を使用することを含め,術後経過観察は注意深く行う必要がある.当科では術前の抗真菌薬の全身・局所投与を少なくともC2週間行い,前房に炎症が生じる時期に至る前にCDALKを行う方針としているが,このような真菌性角膜炎に対する早期治療的CDALKは近年多くの施設で行われてきている.一方で,薬物治療によって,真菌性角膜炎を治療できることも従来から報告13)されているため,薬物治療と外科的治療の選択が重要と思われる.本症例では薬物治療を継続することも考慮したが,前房蓄膿の合併やステロイド点眼が予後不良となる危険因子であること,また病巣の確実な掻爬を併用することによって,治癒率は90%を超えるという報告14)もあり,長期間のステロイド点眼を背景因子に有する本症例には,確実な掻爬の延長としてのCDALKが有効であったと考えられる.文献1)塩田洋,西内貴子,井上須美子:角膜ヘルペスと角膜真菌症の合併したC2例.臨眼C35:1331-1334,C19812)阿部真知子,田村修,高岡裕子:角膜ヘルペスに真菌(Fusarium)感染を合併した角膜潰瘍のC1症例.臨眼C40:C154-155,C19863)四宮加容:角膜ヘルペスと角膜真菌症を合併したC1例.あたらしい眼科C15:117-119,C19984)MalechaMA,TarigopulaS,MalechaMJ:Successfultreat-mentCofPaecilomyceslilacinuskeratitisinapatientwithahistoryCofCherpesCsimplexCvirusCkeratitis.CCorneaC25:C1240-1242,C20065)SugitaCS,COgawaCM,CShimizuCNCetal:UseCofCaCcompre-hensivepolymerasechainreactionsystemfordiagnosisofocularCinfectiousCdiseases.COphthalmologyC120:1761-1768,C20136)MarangonFB,MillerD,GiaconiJAetal:InvitroCinvesti-gationofvoriconazolesusceptibilityforkeratitisandendo-phthalmitisfungalpathogens.AmJOphthalmolC137:520-525,C20047)WiederholdNP:Antifungalresistance:currentCtrendsCandCfutureCstrategiesCtoCcombat.CInfectCDrugCResistC10:C249-259,C20178)ChenWL,WuCY,HuFRetal:TherapeuticpenetratingkeratoplastyCforCmicrobialCkeratitisCinCTaiwanCfromC1987CtoC2001.CAmJOphthalmolC137:736-743,C20049)XieCL,CShiCW,CLiuCZCetal:LamellarCkeratoplastyCforCtheCtreatmentoffungalkeratitis.CorneaC21:33-37,C200210)RobaeiD,CarntN,MinassianDCetal:TherapeuticandopticalkeratoplastyinthemanagementofAcanthamoebakeratitis:riskCfactors,Coutcomes,CandCsummaryCofCtheClit-erature.Ophthalmology122:17-24,C201511)SarnicolaCE,CSarnicolaCC,CSabatinoCFCetal:EarlyCdeepCanteriorClamellarkeratoplasty(DALK)forCacanthamoebaCkeratitisCpoorlyCresponsiveCtoCmedicalCtreatment.CCorneaC35:1-5,C201612)SabatinoCF,CSarnicolaCE,CSarnicolaCCCetal:EarlyCdeepCanteriorClamellarCkeratoplastyCforCfungalCkeratitisCpoorlyCresponsiveCtoCmedicalCtreatment.Eye(Lond)C31:1639-1646,C201713)BourcierT,SauerA,DoryAetal:Fungalkeratitis.JFrOphtalmolC40:e307-e313,C201714)WangJY,WangDQ,QiXLetal:Modi.edulcerdebride-mentinthetreatmentofthesuper.cialfungalinfectionofthecornea.IntJOphthalmolC11:223-229,C2018***

輪部移植5年後にヘルペス性角膜炎を発症した1例

2013年6月30日 日曜日

《第49回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科30(6):837.840,2013c輪部移植5年後にヘルペス性角膜炎を発症した1例唐下千寿*1矢倉慶子*1寺坂祐樹*2宮崎大*1井上幸次*1*1鳥取大学医学部視覚病態学*2国民健康保険智頭病院眼科ACaseofHerpeticKeratitis5YearsafterLimbalTransplantationChizuTouge1),KeikoYakura1),YukiTerasaka2),DaiMiyazaki1)andYoshitsuguInoue1)1)DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,NationalHealthInsuranceChizuHospital目的:上皮内癌に対する輪部移植後にヘルペス性角膜炎を生じ,拒絶反応と鑑別が困難であった1例の報告.症例:88歳,男性.2006年10月,左眼の上皮内癌切除と輪部移植術を施行.その後,近医にて経過観察となり,拒絶反応予防のため継続的に0.1%フルオロメトロン点眼が使用されていた.2011年10月,近医再診時,広範な角膜上皮欠損を認め,翌日鳥取大学眼科紹介受診となった.移植片は一様に浮腫をきたしていたが,中央角膜には浮腫を認めなかったため,当初拒絶反応と診断した.しかし,ヘルペス性角膜炎の可能性も考え,ベタメタゾン点眼,バラシクロビル内服,抗菌薬点眼・眼軟膏で治療を開始した.その後涙液のreal-timepolymerasechainreactoin(PCR)にて1.2×106copies/200μleyewash液のherpessimplexvirus(HSV)-DNAが検出されたため,単純ヘルペスウイルス角膜炎と診断した.そこでアシクロビル眼軟膏を追加し,ベタメタゾン点眼を0.1%フルオロメトロン点眼に変更した.以後,上皮欠損・輪部浮腫ともに軽快したが,移植片に付着した脱落しかけた上皮を除去してreal-timePCRに供したところ,1.6×104copies/sampleのHSV-DNAが依然検出された.そこで0.1%フルオロメトロン点眼を中止したところ,1週間後には涙液のreal-timePCRにて,HSV-DNA陰性化を確認した.結論:非定型的なヘルペス性角膜炎の診断にはreal-timePCRが有用である.ステロイド薬使用例では既往の有無にかかわらず,単純ヘルペスウイルス角膜炎を鑑別疾患の一つとして考慮する必要がある.Purpose:Toreportacaseofherpetickeratitis5yearsafterlimbaltransplantation.Case:InOctober2006,thepatient,a88-year-oldmale,underwentresectionofcarcinomainsituandlimbaltransplantationinhislefteyeatTottoriUniversityHospital.Thereafter,hehadbeenfollowedbyalocalclinicwhileusing0.1%fluorometholoneophthalmicsolutiontopreventrejectionconsecutively.InOctober2011,extensivecornealepithelialdefectwasobservedandhewasreferredtoTottoriUniversityHospital.Diffuseedemawasobservedinthelimbalgraft,butnoedemawasnotedinthehostcornea;rejectionwasthereforediagnosedandtreatmentwithbetamethasoneophthalmicsolutionwasinitiated.However,consideringthepossibilityofherpetickeratitis,oralvalacyclovirwasalsoprescribed.SinceHSV-DNA(1.2×106copies/200μleyewash)wasdetectedinthetearsamplebyreal-timepolymerasechainreaction(PCR),thediagnosiswasherpessimplexviruskeratitis.Acyclovirophthalmicointmentwasaddedandthebetamethasoneophthalmicsolutionwaschangedto0.1%fluorometholoneophthalmicsolution.Subsequently,cornealepithelialdefectandlimbaledemareduced.However,HSV-DNA(1.6×104copies/sample)wasstilldetectedinthedetachedcornealepitheliumhangingfromthegraft;the0.1%fluorometholoneophthalmicsolutionwasthereforestopped.Oneweeklater,HSV-DNAwasnotdetectedinthetearsamplebyreal-timePCR.Conclusions:Real-timePCRisusefulfordiagnosingatypicalherpessimplexviruskeratitis.Thepossibilityofherpetickeratitisshouldbeconsideredinpatientstreatedwithsteroid,irrespectiveofpasthistoryofherpetickeratitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(6):837.840,2013〕Keywords:輪部移植,ヘルペス性角膜炎,単純ヘルペスウイルス,拒絶反応,ステロイド.limbaltransplantation,herpetickeratitis,herpessimplexvirus,rejection,steroid.〔別刷請求先〕唐下千寿:〒683-8504米子市西町36-1鳥取大学医学部視覚病態学Reprintrequests:ChizuTouge,M.D.,DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,36-1Nishimachi,Yonago,Tottori683-8504,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(115)837 はじめに上皮型のヘルペス性角膜炎は特徴的な樹枝状角膜炎を呈した場合,診断はむずかしくないが,非定型的な形をとった場合や,別の角膜疾患の経過中に生じた場合は,その鑑別はしばしば困難である.今回筆者らは,角結膜上皮内癌に対する輪部移植後にヘルペス性角膜炎を生じ,拒絶反応と鑑別が困難であった1例を経験したので報告する.I症例および所見症例:88歳,男性.現病歴:2000年9月から,近医眼科にて左眼角膜びらんで経過観察されていた.悪化時には角膜潰瘍を生じることもあった.2004年6月,精査目的に鳥取大学眼科(以下,当科)紹介受診され,impressioncytologyを施行したが悪性所見はなく,経過観察となった.しかし翌年,病変の悪化を認め,2005年4月,鼻下側角結膜病変切除術を施行した.病理診断は上皮内癌であり,術後,インターフェロンa-2b点眼を使用した.2006年9月,角結膜腫瘍が再発し,2006図12007年6月:術後8カ月の前眼部写真移植角膜の透明性は維持されている.年10月,上皮内癌切除術と輪部移植術を施行した.術後は近医にて経過観察となり,拒絶反応予防の目的で継続的に0.1%フルオロメトロン点眼を使用していた.術後,移植角膜の透明性は保たれていた(図1).2011年10月近医再診時,1週間前からの左眼眼脂と流涙の訴えがあり,広範な角膜上皮欠損を認めたため,翌日当科紹介受診となった.前医にて経過観察中,左眼視力は矯正0.5であったが,当科受診時には0.1に低下していた.角膜移植片の浮腫・混濁と,hostからgraftに連なる広範な上皮欠損を認めた(図2,3).前房細胞や角膜後面沈着物は認めなかった.同日当科入院となった.II治療経過鑑別診断として,上皮型・実質型の拒絶反応の可能性と,ヘルペス性角膜炎の可能性を考えた.本症例は輪部移植を行っており,内皮と実質は本人の角膜であり,周辺の移植片の実質はアロ由来で,上皮もアロ由来の可能性が高い.拒絶反応はアロの上皮と実質に対して起こるので,上皮がアロ由来であれば本症例のように,拒絶反応によって上皮が広範に脱落し,移植角膜に限局して浮腫が起きることは十分考えられる.一方,本症例がヘルペス性角膜炎であれば,感染が起こるのはむしろ三叉神経のつながっているhostの角膜のはずであり,中央に浮腫がなく移植角膜のみに限局して一様に浮腫をきたす可能性は少ないのではないかと考えた.そのため単純ヘルペス角膜炎の可能性も否定はできないが,拒絶反応の可能性が高いと判断した.一応両眼の涙液をeyewash法にて採取し,ヘルペスウイルスのreal-timepolymerasechainreaction(PCR)に供し,初期治療としてベタメタゾン点眼(左眼1日6回)を開始し,念のためバラシクロビル内服(1,000mg/日)を併用することとした.その他,セフメノキシム点眼(左眼1日6回),オフロキサシン眼軟膏(左眼1日2回)を追加した.図2当科受診時前眼部写真(2011年10月)角膜移植片の浮腫と混濁を認める.図3当科受診時フルオレセイン染色写真(2011年10月)Hostからgraftに連なる広範な上皮欠損を認める.838あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(116) 図4退院6カ月後の前眼部写真角膜中央の表層混濁は認めるが,移植角膜の浮腫・混濁は認めない.その翌日,real-timePCRの結果が判明し,右眼涙液から51copies/200μleyewash液,左眼涙液から1.2×106copies/200μleyewash液のherpessimplexvirus(HSV)DNAが検出された.両者ともvaricella-zostervirus(VZV)DNAは陰性であった.右眼のHSV-DNA量は病因とは言えない量であったが,左眼からは病因と考えられる量のHSVが検出されており1),単純ヘルペスウイルス角膜炎と診断した.コピー数が多いことから,大きな上皮欠損は地図状角膜炎であると考え,アシクロビル眼軟膏(左眼1日5回)を追加した.上皮型に対して,通常ステロイド薬は禁忌とされるが,急に中止した場合,強い炎症を起こす可能性があるため,フルオロメトロン点眼(左眼1日3回)に変更した.以後上皮欠損,輪部浮腫ともに軽快した.拒絶反応であればステロイド薬の減量により病状は悪化するはずだが,本症例はヘルペス性角膜炎の治療に反応して軽快しているため,2011年11月初旬にフルオロメトロン点眼を中止した.数日後,角膜上皮は全被覆したが,角膜輪部の混濁・浮腫は残存しており,拒絶反応を併発している可能性と,ヘルペス性角膜炎の実質型を合併している可能性の両者を考え,ステロイド薬点眼(0.1%フルオロメトロン点眼,左眼1日3回)を再開した.4日後,セフメノキシム点眼とアシクロビル眼軟膏を減量した(左眼1日3回).この時点で,HSVが陰性化したのを確認する目的で,涙液を採取し,real-timePCRに供した.また,数日後,移植片鼻側に脱落しかけた上皮があったため,これを切除してreal-timePCRに供した.その結果,涙液には,19copies/200μleyewash液,角膜上皮には1.6×104copies/sampleのHSV-DNAが依然として検出された(両者ともVZV-DNAは陰性であった).この結果からフルオロメトロン点眼を再開したことでHSVを増加させた可能性を考え,再度フルオロメトロン点眼を中止し,アシクロビル眼軟膏を左眼1日5回に増量した.1週間後,再度(117)図5退院6カ月後のフルオレセイン染色写真角膜上皮に不整を認める.涙液をreal-timePCRに供し,HSV-DNAの陰性化を確認した.この時点で移植角膜の浮腫・混濁とも軽快傾向であるため退院となり,以後近医眼科にてアシクロビル眼軟膏を漸減して経過観察した.退院4カ月後,輪部浮腫の悪化,血管侵入の再燃のため,0.1%フルオロメトロン点眼を再開した.退院6カ月後には角膜中央の表層性混濁と角膜上皮の不整のため,左眼視力は0.05pと不良であったが,移植角膜の浮腫・混濁は認められず,状態は落ちついていた(図4,5).III考按拒絶反応は移植片に対する遅延型過敏反応であり,上皮型では浮腫状に隆起した線状病変・上皮欠損,実質型では上皮下混濁・角膜浮腫・血管侵入がその特徴である.ヘルペス性角膜炎の上皮型はHSVが上皮で増殖した状態であり,末端膨大部,上皮内浸潤,縁どられたような辺縁を伴った樹枝状病変や地図状角膜炎が特徴である.本症例の前眼部所見は,上皮欠損は認めるものの,ヘルペス性角膜炎の特徴的所見は呈しておらず,また,血管侵入は弱いものの,輪部移植角膜の混濁・浮腫は拒絶反応の特徴に類似したものと考えられた.しかし,real-timePCRでHSV-DNAが多量に検出され,治療経過ではアシクロビル眼軟膏開始とステロイド薬の減量後,上皮欠損・輪部浮腫がともに軽快治癒しており,ヘルペス性角膜炎が本症例の原因と考えられた.本症例の前眼部所見のうち,角膜移植片に限局した浮腫はヘルペス性角膜炎だけでは説明しにくく,ヘルペス感染による炎症のため周辺の移植片に拒絶反応様の所見が誘発された可能性や,拒絶反応に続発してヘルペス性角膜炎を発症した可能性も考えられる.つぎに,ヘルペス感染の経路について検討してみる.今振り返ると,本症例の病歴に当院受診の1週間前からの眼脂があたらしい眼科Vol.30,No.6,2013839 あり,これは拒絶反応では認められない自覚症状で,推測になるが,最初にヘルペス性結膜炎として発症し,三叉神経を介するのではなく,眼表面を角膜輪部(graft)から中央(host)にかけてヘルペス感染が拡大したと考えると,hostでなくgraftに所見が強かった説明がつくのかもしれない.角膜移植後の非定型的なヘルペス感染の文献は,1990年Beyerらが,偽水晶体性水疱性角膜症の患者で角膜移植後早期にhost-graftjunctionに沿った上皮欠損を認め,病巣よりHSVが分離された症例を報告している2).日本でも切通らが外傷後に生じた角膜白斑に対して全層角膜移植術を行った患者で,拒絶反応治療中にhost-graftjunctionに沿った不整形の上皮欠損を認め,擦過角膜よりHSVが分離された症例を報告している3).両者ともhost-graftjunctionに沿った不整形な上皮欠損の形を呈しており,上皮型ヘルペス角膜炎に特徴的な所見を呈していない点で,本症例と類似していた.角膜移植後の上皮型ヘルペス角膜炎の報告には,樹枝状角膜炎という形態によって診断された報告4.7)もあれば,本症例のように,形態からはヘルペス角膜炎の診断が困難なものもある.樹枝状角膜炎を呈さない非定型的な単純ヘルペスウイルス角膜炎の診断にはPCRによるウイルスDNAの検出が有用であり8,9),さらに治療効果の判定には,real-timePCRによるウイルス量の測定が有用である.本症例でもreal-timePCRにより正しい診断が可能となり,治療方針の決定にも有益であった.また,ステロイド薬使用例で角膜上皮欠損を生じた場合,既往の有無にかかわらず,ヘルペス性角膜炎を鑑別疾患の一つとして考慮する必要があると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)Kakimaru-HasegawaA,KuoCH,KomatsuNetal:Clinicalapplicationofreal-timepolymerasechainreactionfordiagnosisofherpeticdiseasesoftheanteriorsegmentoftheeye.JpnJOphthalmol52:24-31,20082)BeyerCF,ByrdTJ,HillJMetal:Herpessimplexvirusandpersistentepithelialdefectsafterpenetratingkeratoplasty.AmJOphthalmol109:95-96,19903)切通洋,井上幸次,根津永津ほか:角膜移植後拒絶反応治療中に発生した非定型的上皮型角膜ヘルペスの1例.あたらしい眼科11:1923-1925,19944)FineM,CignettiFE:Penetratingkaratoplastyinherpessimplexkeratitis.Recurrenceingrafts.ArchOphthalmol95:613-616,19775)CohenEJ,LaibsonPR,ArentsenJJ:Cornealtransplantationforherpessimplexkeratitis.AmJOphthalmol95:645-650,19836)迎亮二,村田稔,雨宮次生ほか:全層角膜移植後15年を経て再発したヘルペス性角膜炎の1例.臨眼83:769770,19897)秋山朋代,杤久保哲男,清水康平ほか:全層角膜移植術5年後に発症した角膜ヘルペス.あたらしい眼科13:15551557,19968)YamamotoS,ShimomuraY,KinoshitaSetal:DetectionofherpessimplexvirusDNAinhumantearfilmbythepolymerasechainreaction.AmJOphthalmol117:160163,19949)KoizumiN,NishidaK,AdachiWetal:DetectionofherpessimplexvirusDNAinatypicalepithelialkeratitisusingpolymerasechainreaction.BrJOphthalmol83:957-960,1999***840あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(118)