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MPC ポリマーが点眼用保存剤ベンザルコニウム塩化物の角膜傷害性および薬物眼内移行性へ与える影響

2020年10月31日 土曜日

《原著》あたらしい眼科37(10):1309.1314,2020cMPCポリマーが点眼用保存剤ベンザルコニウム塩化物の角膜傷害性および薬物眼内移行性へ与える影響南実沙*1山口瑞季*1山﨑由夏*1大竹裕子*1櫻井俊輔*2原田英治*2長井紀章*1*1近畿大学薬学部製剤学研究室*2日油株式会社ライフサイエンス事業部CE.ectofMPCPolymeronCornealToxicityandCornealDrugPermeationofBenzalkoniumChlorideinCornealEpithelialCellsMisaMinami1),MizukiYamaguchi1),YukaYamasaki1),HirokoOtake1),ShunsukeSakurai2),EijiHarata2)andNoriakiNagai1)1)FacultyofPharmacy,KindaiUniversity,2)LifeScienceProductsDivision,NOFCorporationC筆者らは生体適合性ポリマーであるCMPCポリマーが一般的な点眼用添加剤ベンザルコニウム塩化物(BAC,0.005.0.02%)の角膜傷害性および薬物眼内移行性に与える影響について検討を行った.まず,不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)を用い,BAC角膜傷害性に対するCMPCポリマーの保護機構を評価したところ,MPCポリマーにCBAC細胞傷害軽減効果が認められた.また,これら細胞傷害軽減機構を明らかにすべく,MPCポリマー処理時におけるCHCE-T細胞増殖性,接着性およびウサギ赤血球モデルを用いた膜安定性を測定したところ,MPCポリマーに高い膜安定化作用が認められた.さらに,MPCポリマー配合または非配合とした市販チモロールマレイン酸塩(TM)点眼液を調製し,ウサギに点眼した際の薬物眼内移行量を調べたところ,MPCポリマー配合・非配合間での眼内CTM挙動は同等であった.以上,点眼剤処方におけるCMPCポリマー使用は,BACの薬物眼内移行性に影響することなく,BAC細胞傷害性を軽減する可能性を示した.本研究結果は,眼科領域におけるCMPCポリマーの応用性拡大につながるものと考えられる.CInthisstudy,weinvestigatedthee.ectof2-methacryloyloxyethylphosphorylcholine(MPC)polymeroncor-nealCtoxicityCandCcornealCdrugCpermeabilityCofCbenzalkoniumchloride(BAC)C.CWeCfoundCthatCtheCMPCCpolymerCattenuatedthedecreaseofcellviabilityinahumancornealepithelialcell-transformed(HCE-T)celllinestimulatedwith0.005-0.02%CBAC.CItCisCknownCthatCtheCcellCgrowth,CcellCadhesion,CandCtheCtolerationConCtheCcellCmembraneCareCrelatedCtoCtheCpreventiveCe.ectCofCHCE-TCviability.CTherefore,CweCinvestigatedCtheCrelationshipCbetweenCtheCMPCpolymerandthosefactors.TheMPCpolymerhadnoe.ectonthecellgrowthandadhesionintheHCE-TcellCline,CyetCitCwasCfoundCtoCenhanceCtheCtolerationConCtheCcellCmembrane,CasCitCshowedCtheCpreventiveCe.ectCforCcellstimulationofBACinrabbitredbloodcells.Inaddition,nodi.erencewasobservedinthecornealdrugperme-abilityofcommerciallyavailabletimololmaleateeyedropswithorwithoutMPCpolymer.TheseresultsshowthataCcombinationCofCBACCandCMPCCpolymerCmayCprovideCaCsafeCtherapyCforCpatientsCrequiringClong-termCeye-dropCadministration.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C37(10):1309.1314,C2020〕Keywords:MPCポリマー,ベンザルコニウム塩化物,角膜毒性,点眼液,チモロールマレイン酸塩.MPCCpoly-mer,benzalkoniumchloride,cornealtoxicity,eyedrops,timololmaleate.Cはじめに加物(保存剤)として使用されており,かつ薬物眼内移行性ベンザルコニウム塩化物(benzalkoniumchloride:BAC)の向上に寄与している.しかし,ドライアイ患者や長期の点は広い抗菌域を有していることから市販点眼液の約C7割に添眼や多剤点眼が必要な緑内障患者などでは,点状表層角膜症〔別刷請求先〕長井紀章:〒577-8502東大阪市小若江C3-4-1近畿大学薬学部製剤学研究室Reprintrequests:NoriakiNagai,Ph.D.,FacultyofPharmacy,KindaiUniversity,3-4-1Kowakae,Higashi-Osaka,Osaka577-8502,CJAPANCCH3CH3CH2CCH2CCOO-CH3COOCH2CH2OPOCH2CH2N+CH3C4H9OCH3mn図1MPCポリマーの化学構造式といった細胞傷害性の眼局所副作用がみられる.このため,角膜傷害性の少ない新たな添加物として,塩化ポリドロニウムやSofZia(トラバタンズ点眼液で用いられる保存システム)といった細胞毒性の低い新規保存剤の開発,配合剤やC1回使い切りタイプの容器やCPFデラミ容器などが開発されている.筆者らもまた,BACにCD-マンニトールやセリシンといった添加物を配合することで,BACの細胞傷害性が軽減できることを報告してきた1,2).このように,処方設計の変更により眼に優しい点眼製剤の開発は現在臨床で重要視されており,さらなる添加物候補の模索が続いている.MPCポリマー(図1)は日油株式会社により製造され,細胞を構成する細胞膜のホスファチジルコリンの極性基をもつ,2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンとブチルメタクリレートとの共重合体である.吸保湿性にすぐれた生体親和性材料であり,すでに人工心臓,ステント,カテーテルなど臨床にて実用化されている安全性の面からも,保湿,皮膚保護,刺激緩和および肌荒れ改善への適用拡大が期待されている.また,MPCポリマーには三次元ヒト角膜モデルに対する細胞毒性軽減効果が認められることが報告されている3).本研究では,これらCMPCポリマーの眼科領域での点眼用添加物としての応用化をめざし,BAC角膜傷害に対するCMPCポリマーの軽減効果およびそのメカニズムについて評価を行った.また,MPCポリマー併用がCBACの薬物眼内移行性に及ぼす影響についても検討した.CI対象および方法1.使用薬物および実験動物点眼用保存剤として多用されているCBACは関東化学から,市販チモロールマレイン酸点眼液C0.5%(0.005%BAC含有)は参天製薬から購入した.また,MPCポリマーは日油から譲渡されたものを用いた.培養細胞は理化学研究所より供与された不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T,RCBNo.1384)4,5)を用い,5.0%ウシ胎児血清を含むCDMEM/F12培地(GIBCO社製)にて培養した.日本白色種雄性ウサギ(2.5.3.0Ckg)は清水実験材料から購入し,近畿大学実験動物規定に従い実験を行った.2.薬物による細胞傷害性評価HCE-TをC96wellプレートにC100Cμl(1C×104個)ずつ播種し,37℃,5%CO2インキュベーター内でC24時間培養後,0,30,60およびC120秒間CMPCポリマー(0.1%またはC0.5%),BAC(0.005%またはC0.02%),およびその組み合わせにて処理し,PBSにてC2回洗浄を行った.その後,各CwellにC100Cμlの培地およびCCellCCountCReagentSF(ナカライテスク製)を加え,37℃,5%CO2インキュベーター内でC1時間処理後,マイクロプレートリーダー(BIO-RAD社製)にてC450Cnmの吸光度(Abs)を測定した.本研究では,薬剤処理後の細胞死亡率(%)を次式(1)により算出した.細胞死亡率(%)=(Abs未処理.Abs薬剤処理)/Abs未処理×100(1)一般的に,点眼された薬物は涙液により希釈され,5分程度で涙点から鼻涙管を介し涙液とともに眼表面から排出される.これら背景から,BAC濃度は市販点眼液中で使用されるC0.005%およびC0.02%とし,処理時間は眼表面上での薬物滞留時間および希釈されていないCBAC濃度での処理といった点を考慮し,処理C120秒後までのCBACによるCHCE-T細胞傷害性とCMPCポリマー併用処理による保護効果を検討した.C3.MPCポリマーによる細胞増殖性評価HCE-T細胞をC96wellプレートにC100Cμl(0.5C×104個)ずつ播種し,37℃,5%CO2インキュベーター内でC24時間培養後,MPCポリマー含有CDMEM/F12培地C100Cμlにて処理を行った.その後24時間培養し,各wellにCellCCountCReagentSFを加え,37℃,5%CO2インキュベーター内で1時間処理を行い,マイクロプレートリーダーにてC450Cnmの吸光度(Abs)を測定することで細胞増殖性を調べた.細胞増殖率は次式(2)により算出した.細胞増殖率(%)=AbsMPCポリマー処理C/Abs未処理×100(2)本研究では,MPCポリマーは終濃度がC0.01,0.1および0.5%になるように添加した.4.MPCポリマーによる細胞接着性評価HCE-T細胞をC96wellプレートにC75Cμl(0.5C×104個)ずつ播種し,終濃度がC0.01,0.1およびC0.5%になるようCPBSで希釈したCMPCポリマーC25Cμlを添加し,37℃,5%CO2インキュベーター内でC12時間培養後,各CwellにCCellCountReagentSFを加え,37℃,5%CO2インキュベーター内で1時間処理を行い,マイクロプレートリーダーにてC450Cnmの吸光度(Abs)を測定することで細胞接着性を調べた.細胞接着率は次式(3)により算出した.細胞接着率(%)=AbsMPCポリマー処理C/Abs未処理×100(3)C5.BAC処理に伴うウサギ赤血球溶血率変化の測定ウサギ耳静脈より採血した血液1CmlとC100Cμlヘパリン(10mg/ml)を混和後,遠心分離(600g,37oC,5分)を行った.その後上清を捨て,沈殿物とCPBSがC1:3となるようにCPBSを加え,さらに遠心分離(400Cg,37oC,5分)を行い,沈殿物の回収を行った.これら洗浄操作をC2回繰り返したものを赤血球標品として実験に用いた.陽性対照とした完全溶血赤血球は,精製水C2Cmlに赤血球標品C40Cμlを添加することで作製した.実験は以下の方法にて行った.赤血球標品C40CμlをCMPCポリマー(0.1%またはC0.5%)およびCBAC含有または非含有の生理食塩水(BAC濃度,8.12Cμg/ml)2Cml中に加え,37oCにてC1時間インキュベートを行った.その後,遠心分離(460Cg,37oC,5分)にて上清を採取し,576Cnmにおける吸光度を測定することでCBAC刺激に伴う溶血率変化を示した.また,MPCポリマー前処理時には,赤血球標品をCMPCポリマー(0.1%またはC0.5%)含有または非含有の生理食塩水にてC30分間インキュベート後,生理食塩水にて洗浄を行い,上記に示した8.12Cμg/mlBACにより刺激を行った実験に用いた.処理後の溶血率(%)算出には次式(4)を用いた.溶血率(%)=Abs試験液/Abs陽性対照×100(4)C6.Invivo薬物眼内移行性評価ペントバルビタールC15Cmg/kg腹腔投およびイソフルランにて吸入麻酔下,ファイコンチューブをつけた注射針(26G)を雄性日本白色種ウサギの角膜輪部から前房内に挿入し,イトーマイクロシリンジ(伊藤製作所)にて眼房水C5Cμlを採取した.その後,MPCポリマー含有,非含有CTM製剤をC50μl点眼し,一定時間ごとに眼房水C5Cμlを採取し,下記CHPLC法にて薬物量の測定を行った.試料C50Cμlに内標p-オキシ安息香酸エチル(4Cμg/ml,MeOHにて溶解)100Cμlを加え,移動相:リン酸緩衝液/メタノール/アセトニトリル(70/20/10v/v/v)を用い測定することでCTM濃度測定を行った.HPLCには,高速液体クロマトグラフィー装置CLabSolutions(島津製作所),およびCInertsilODS-3(2.1C×50Cmm,ジーエルサイエンス)を用い,カラム温度はC35℃とした.また,移動相の流速C0.20Cml/分,検出波長C294(nm),試料注入量C10Cμlとし,オートインジェクターCSIL-20ACを使用した.点眼された薬物は涙液により希釈され,その濃度はおよそ点眼液中のC10%程度となる.さらに眼表面の点眼成分は涙液とともに鼻涙管から排出される.これら生体での薬物挙動とCinvitro実験の結果を考慮し,invivo実験ではCMPCポリマー濃度C10%と設定した.C7.統.計.解.析得られたデータは平均値±標準誤差(SE)として表した.各々の実験値はCStudentのCt-testまたはCDunnettの多重比較検定にて解析した.本研究ではCp値がC0.05以下を有意差ありとした.CII結果1.MPCポリマー添加時におけるBAC角膜上皮細胞傷害性の変化まず,MPCポリマーの細胞傷害性を確認したところ,0.1%およびC0.5%MPCポリマー処理では傷害性は確認されず,処理後の細胞生存率も生理食塩水と同程度であった(図2a).BAC単独処理では細胞傷害が認められ,0.005%BAC処理C120秒後におけるCHCE-T細胞生存率はC55.7%であり(図2b),0.02%BAC処理群では,生存率C0%であった(図2c).一方,これらCBACにCMPCポリマーを併用処理することでCBACの角膜細胞傷害性が軽減され,MPCポリマー併用CBAC0.02%群のC120秒時における細胞生存率はC55.3%と非併用群に比べ有意に高値を示した(図2b,Cc).また,市販TM点眼液をC120秒処理した群では細胞生存率はC49.1%であったが,MPCポリマーを併用することでC76.1%まで細胞傷害性の緩和がみられた(図2d).C2.MPCポリマー処理時における角膜細胞増殖性および細胞接着性の変化細胞が傷害を受けた際の生存率を高める因子として細胞増殖性や細胞接着性の向上が知られている.本研究では,HCE-Tを用いCMPCポリマー自身における細胞増殖性および細胞接着性を測定した(図3).まず,細胞増殖性を検討したところ,0.01.0.5%MPCポリマー処理群の増殖率はPBS処理時の増殖率と同程度であった(図3a).さらに,細胞接着性についても検討したところ,増殖性と同様C0.01.0.5%MPCポリマーに細胞接着能の向上はみられなかった(図3b).C3.CMPCポリマー処理時におけるBAC誘発ウサギ赤血球溶血率の変化図4はCBAC刺激に伴うウサギ赤血球溶血性の変化とCMPCab120120100100細胞生存率(%)8080*60604040202003060901200306090120時間(sec)時間(sec)cd1201200.02%BAC100100細胞生存率(%)*細胞生存率(%)80604080604020*20003060901200TMTM+MPC時間(sec)図2MPCポリマー(MPC)によるBAC細胞傷害軽減効果a:MPC処理がCHCE-Tに与える影響.Cb:MPC処理がC0.005%BAC傷害に及ぼす影響.Cc:MPC処理がC0.02%BAC傷害に及ぼす影響.Cd:MPC処理が市販CTM点眼液傷害に及ぼす影響.平均値C±標準誤差,n=6-10.*p<0.05,vs.BAC.#p<0.05,vs.Saline.Cポリマーによる膜保護効果を示す.BAC刺激により溶血が認められ,8Cμg/mlCBAC刺激による溶血率はC21.2%,10Cμg/CmlBAC刺激ではC98.0%であった(図4b).一方,BACとMPCポリマーを併用処理することで,赤血球の溶血は軽減され,8Cμg/mlおよびC10Cμg/mlBACとC0.5%MPCポリマー併用処理時における溶血率はそれぞれC8.9%,46.3%であり(図4b),MPCポリマーによる膜保護効果は濃度依存的であった.さらに,これらCMPCポリマーのCBAC刺激による溶血抑制効果は,MPCポリマーをC30分間前処理した系においても認められた(図4a).C4.MPCポリマー併用が市販TM点眼液の角膜透過性に与える影響BACは界面活性作用を有していることから,併用時には点眼液の薬物眼内移行性が高まることが知られている.本研究では,緑内障治療薬として多用されている市販CTM点眼液を対象に,MPCポリマー併用および非併用時におけるTMの眼内移行性をウサギにて検討した(図5).市販CTM点眼液点眼C5分後以降から房水中にてCTMが検出され,眼内CTM濃度は点眼C60分後まで緩やかに上昇し,その後減少傾向が認められた.また,MPCポリマー併用時においても点眼C5分後以降でCTMが房水中に移行し,点眼C90分後までの房水中薬物挙動はCMPCポリマー非併用時と類似していた.CIII考按MPCポリマーのCBAC角膜毒性軽減機構について検討するうえで評価モデルの選択は重要である.筆者らはこれまで,各種緑内障治療薬によるCHCE-T傷害作用が,正常ヒト角膜上皮培養細胞への傷害作用に非常に類似し,さらに細胞増殖性,感受性にばらつきが少ないため,HCE-Tが正常ヒト角膜上皮細胞の代わりにCinvitro角膜傷害性評価に使用できることを報告してきた6).そこで本研究ではまず,HCE-Tを用いCMPCポリマーのCBAC角膜毒性軽減機構について検討した.その結果,BACとCMPCポリマーを併用処理することでCBACの角膜細胞傷害性が濃度依存的に軽減された(図2).小林-安藤らはウサギ角膜上皮を用い,MPCポリマーが塩化ポリヘキサニドに対する細胞毒性軽減効果を有することを示しており7),高田らは三次元培養ヒト角膜モデルにaa120120100100細胞増殖率(%)80溶血率(%)8060604040202000PBS0.010.10.581012MPC(%)BAC(mg/ml)bb120120100100細胞接着率(%)80溶血率(%)8060604040202000PBS0.050.10.5MPC(%)BAC(mg/ml)図3MPCポリマー(MPC)がHCE.Tの細胞増図4MPCポリマー(MPC)前処理(a)または併用処理殖(a)および接着(b)に与える影響(b)がBAC刺激による赤血球溶血性に与える影響平均値±標準誤差,n=4.8C.C平均値±標準誤差,n=4.*p<0C.05,vs.Saline.C50マーの細胞毒性軽減機構を検討した.角膜細胞の生存率には細胞増殖,細胞接着および膜安定性TM濃度(mM)の三つが主として関与しており,これらのうち一つまたは複数が高まった際にCinvitro系では細胞生存率が高まると考えC4030られる.本研究にてCMPCポリマー処理時における細胞増殖,C20細胞接着性を測定したところ,MPCポリマーの両機能に対C10する影響は認められなかった(図3).このためCMPCポリマーの膜安定作用の有無について評価した.HCE-Tは刺激時C00102030405060708090にさまざまな防御機構が働き,MPCポリマーの膜のみに対時間(min)する影響を評価することはむずかしい.一方,赤血球は核を図5MPCポリマー(MPC)配合が市販TM点眼液の薬物眼内移行性に与える影響平均値±標準誤差,n=3.て種々市販点眼液の細胞毒性をCMPCポリマーが緩和することを報告している3).本結果はこれら過去の報告を支持するものであり,本結果を踏まえ,HCE-Tを用いてCMPCポリ持たないことから細胞分裂などを行わないのが特徴であり,薬剤自体の直接的な刺激性やそれに対する保護作用の評価が可能である8).この赤血球モデルを用い,BAC刺激に対するCMPCポリマーの膜保護効果を評価したところ,MPCポリマー処理により赤血球の溶血が軽減され,その保護効果は濃度依存的であった(図4).さらに,MPCポリマーを前処理した際にもCMPCポリマーの膜保護効果が認められた.MPCポリマーは生体膜の主要構成成分であるレシチンと類似した構成であり,細胞膜表面に薄い皮膜を形成することが知られている9).これら結果および過去の知見から,MPCポリマーの膜保護効果は,BACが細胞表面を直接刺激するのを防ぐ,または膜の強度を高めることに起因するものと示唆された.BACには界面活性作用があることから,薬物の角膜透過性向上にも寄与している.このためCMPCポリマーがCBACの薬物眼内移行性に影響を与えては,点眼用添加物としての有用性は十分とはいえない.そこで次に,MPCポリマーおよびCBAC併用処理時における薬物眼内移行性を評価した(図5).薬効発現において薬物眼内移行性が必須な市販緑内障治療薬CTM点眼液を対象薬物とし,点眼後の眼房水中薬物挙動をウサギにて測定したところ,MPCポリマー併用,非併用にかかわらず,点眼C5分以降でCTMが房水中に移行し,両群において点眼C90分後までの房水中薬物挙動は類似していた.本結果は,MPCポリマーの膜表面への付着は薬物の膜透過性に影響を及ぼすほどのものではなく,MPCポリマー併用はCBACの薬物角膜透過性に影響しないことを示唆した.以上,MPCポリマーはCBACの薬物角膜透過性促進効果に影響せず,副作用であるCBAC細胞毒性を軽減する可能性があることを示した.今後,MPCポリマーとCBAC抗菌作用の関係についても検討を進めていく予定である.利益相反:長井紀章(カテゴリーF,クラスCIII:日油株式会社)原田英治,櫻井俊輔(カテゴリーE)大竹裕子,南実沙,山口瑞希,山崎由夏(なし)文献1)NagaiN,YoshiokaC,TaninoTetal:DecreaseincornealdamageCdueCtoCbenzalkoniumCchlorideCbyCtheCadditionCofCmannitolCintoCtimololCmaleateCeyeCdrops.CJCOleoCSciC64:C743-750,C20152)NagaiCN,CItoCY,COkamotoCNCetal:DecreaseCinCcornealCdamageCdueCtoCbenzalkoniumCchlorideCbyCtheCadditionCofCsericinintotimololmaleateeyedrops.JOleoSciC62:159-166,C20133)高田洋平,櫻井俊輔,宮本幸治ほか:ヒト重層化培養角膜上皮モデルを用いた眼科用製剤の眼刺激性に関する新規評価手法の開発.あたらしい眼科C31:409-413,C20144)ToropainenE,RantaVP,TalvitieAetal:Culturemodelofhumancornealepitheliumforpredictionofoculardrugabsorption.InvestOphthalmolVisSciC42:2942-2948,C20015)TalianaCL,CEvansCMD,CDimitrijevichCSDCetal:TheCin.u-enceCofCstromalCcontractionCinCaCwoundCmodelCsystemConCcornealCepithelialCstrati.cation.CInvestCOphthalmolCVisCSciC42:81-89,C20016)長井紀章,伊藤吉將,岡本紀夫ほか:抗緑内障点眼薬の角膜障害におけるCInVitroスクリーニング試験:SV40不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)を用いた細胞増殖抑制作用の比較.あたらしい眼科C25:553-556,C20087)小林-安藤亮太,土田衛,猪又潔ほか:MPCポリマーによるポリヘキサメチレンビグアニド(PHMB)製剤の細胞毒性低減効果.日コレ誌C52:265-269,C20108)長井紀章,藤田裕美,伊藤吉將ほか:ウサギ赤血球を用いたベンザルコニウム塩化物の傷害性評価とセリシンによる保護効果.あたらしい眼科C31:729-732,C20149)釈政雄,黒田秀夫,大場愛ほか:両機能リン脂質ポリマー(吸保湿能と角層細胞間脂質バリヤ一機能強化)による角層機能の改善強化.日本化粧品技術者会誌C30:273-285,C1996C***

ウサギ赤血球を用いたベンザルコニウム塩化物の傷害性評価とセリシンによる保護効果

2014年5月31日 土曜日

《第33回日本眼薬理学会原著》あたらしい眼科31(5):729.732,2014cウサギ赤血球を用いたベンザルコニウム塩化物の傷害性評価とセリシンによる保護効果長井紀章*1藤田裕美*1伊藤吉將*1岡本紀夫*2下村嘉一*2*1近畿大学薬学部製剤学研究室*2近畿大学医学部眼科学教室PreventiveEffectofSericinonBenzalkoniumChlorideStimulationofRabbitRedBloodCellsNoriakiNagai1),HiromiFujita1),YoshimasaIto1),NorioOkamoto2)andYoshikazuShimomura2)1)FacultyofPharmacy,KinkiUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,KinkiUniversitySchoolofMedicine筆者らはこれまで,点眼用保存剤ベンザルコニウム塩化物(BAC)とセリシンを併用することで,長期連続使用可能で安全な点眼用保存剤になりうることを報告してきた.本研究では,ウサギ赤血球を用いた細胞傷害評価モデルにより,セリシンでBAC細胞傷害軽減効果について検討を行った.BAC単独処理群では,10μg/mlBAC処理で溶血率は90.1%となったが,セリシン添加によりBACの溶血作用は軽減され,10μg/mlBAC溶液に0.5%セリシンを併用処理した際の溶血率は17.5%であった.また,セリシンによるBAC細胞傷害軽減作用は濃度依存的に増加した.これら結果とは異なり,セリシンで30分間前処理したものでは,BAC刺激に伴う溶血に対し保護効果を示さなかった.以上,セリシン併用処理によるBACの細胞傷害抑制機構の一つに,刺激に対する細胞膜保護が起因することを明らかとした.Wepreviouslyreportedthattheadditionofsericindecreasesthecornealdamagecausedbybenzalkoniumchloride(BAC),andthatapreservativesystemcomprisingBACandsericinprovideseffectivetherapyforpatientsrequiringlong-termeyedroptreatment.Inthepresentstudy,weinvestigatedthepreventiveeffectofsericinonBACstimulationofrabbitredbloodcells.Thehemolysisrateinredbloodcellswas90.1%after10μg/mlBACstimulationfor1h.Weadded0.5%sericintoaffecttherateofhemolysisbyBACstimulation;thehemolysisrateundercombinationtreatmentwith10μg/mlBACand0.5%sericinwas17.5%.Inaddition,thepreventiveeffectofsericinincreasedwithsericinconcentration.Ontheotherhand,thepreventiveeffectagainstBACstimulationwasnotobservedwithsericinpretreatmentfor30min.Theseresultsshowthattheadditionofsericinenhancescellmembranetolerance.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(5):729.732,2014〕Keywords:セリシン,ベンザルコニウム塩化物,ウサギ赤血球,細胞傷害,保存剤.sericin,benzalkoniumchloride,rabbitredbloodcells,cellstimulation,preservative.はじめに眼科領域における薬物療法の中心は点眼薬である.点眼薬の多くは,全身投与薬としてすでに開発されている薬物を点眼薬として製剤化することで開発されてきた.しかし点眼薬の主成分となる薬物(主剤)のみでは点眼薬は製剤として成り立たず,これに製剤設計上必要な薬剤(添加剤)が加えられ初めて製剤となる1).したがって製剤学的観点から点眼薬について考える際には,その点眼薬に含まれる添加剤の種類,添加目的(効果),傷害性(副作用)についても常に考慮しなければならない.一般的に点眼薬には保存剤〔ベンザルコニウム塩化物(BAC)など〕,等張化剤(塩化ナトリウム,ホウ酸,グリセリンなど),緩衝剤(リン酸緩衝液,ホウ酸など),また必要であれば,界面活性剤(ポリソルベート80など),安定化剤〔別刷請求先〕伊藤吉將:〒577-8502東大阪市小若江3-4-1近畿大学薬学部製剤学研究室Reprintrequests:YoshimasaIto,Ph.D.,FacultyofPharmacy,KinkiUniversity,3-4-1Kowakae,Higashi-Osaka,Osaka577-8502,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(103)729 〔エチレンジアミン四酢酸(EDTA)など〕,粘稠化剤〔ポリビニルアルコール(PVA),ヒドロキシプロピルメチルセルロース,ヒドロキシエチルセルロースなど〕などが含まれる1).これら添加剤のなかでも保存剤は,二次汚染を防止し安全に使用するために必要不可欠である.特に,BACは眼科領域において代表的な保存剤であり,パラベン類やクロロブタノールなどの他の保存剤と比較し保存効力が高く,水溶性で化学的にも安定であり,扱いやすいことから点眼薬領域の約7割で使用されている2).しかしながら,BACは細胞傷害性を有し,長期使用により薬剤性角膜上皮傷害がみられることから,近年臨床において問題視されている.このような背景から,点眼回数を減らすなどBAC曝露量を減らすといった試みがなされているが,長期にわたり多剤併用を必要とする眼疾患治療(緑内障など)においては,これらの対策はむずかしいのが現状である3,4).また,近年ではBACを含有しないポリクォッド(塩化ポリドロニウム)およびSofZia(塩化亜鉛,ホウ酸を含むソルビトール緩衝剤保存システム)をそれぞれ保存剤として用いたデュオトラバRやトラバタンズRのような製剤が開発・市販されているが5),上記保存システムはBACと比較し保存効力が低いため,欧米など日本以外の国々では使用が認可されていないのが現状である.一方,微生物の侵入を防ぐ特殊な容器を使用した保存剤非含有製剤も市販されているが,使用法およびコスト面で問題があるため,BACを基盤とした目に優しい点眼用保存システムの開発が切望されている.筆者らはこれまで,カイコ繭由来の絹タンパク質であるセリシンに注目し,セリシンとBAC併用による点眼用保存システム(BAC/セリシン保存システム)が,目に優しく長期連続使用可能な保存剤の開発へ有用であることを報告してきた6).今回,このBAC/セリシン保存システムの細胞傷害保護機構を明確にすべく,ウサギ赤血球モデルを用い,セリシンのBAC細胞傷害保護効果について検討を行った.I対象および方法1.実験動物実験には2.5.3.0kg日本白色種雌性ウサギを用いた.これらウサギは25℃に保たれた環境下で飼育し,飼料(飼育繁殖固形飼料CR-3,日本クレア)および水は自由に摂取させた.動物実験は,近畿大学実験動物規定に従い行った.2.試薬セリシン(30kDa)はセーレン(株)から供与されたものを用いた.BACおよびヘパリンナトリウムは和光純薬,リン酸緩衝生理食塩水(Dulbecco’sPhosphateBufferedSaline:PBS)はGIBCOから購入したものを用いた.3.ウサギ赤血球標品の調製ウサギ耳静脈より採血した血液1mlと100μlヘパリン730あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014(10mg/ml)を混和後,遠心分離(3,000rpm,37oC,5min)を行った.その後上清を捨て,沈殿とPBSが1:3となるようにPBSを加え,さらに遠心分離(2,000rpm,37oC,5min)を行い,沈殿の回収を行った.これら洗浄操作を2回繰り返したものを赤血球標品として本実験に用いた.陽性対照とした完全溶血赤血球は,精製水2mlに赤血球標品40μlを添加することで作製した.4.浸透圧刺激に伴う溶血率変化の測定上記方法中「3.ウサギ赤血球標品の調製」にて示した赤血球標品40μlを0.1.0.5%セリシン含有または非含有の食塩水(125.215mOsm)2ml中に加え,37oCにて1時間インキュベートを行った.その後,遠心分離(2,300rpm,37oC,5min)にて上清を採取し,576nmにおける吸光度の測定をすることで浸透圧刺激に伴う溶血率変化を示した.また,セリシン前処理時には,赤血球標品を0.1.0.5%セリシン含有または非含有の生理食塩水にて30分間インキュベート後,生理食塩水にて洗浄を行い,上記に示した125.215mOsm食塩水により浸透圧刺激を行った.本研究では,処理後の溶血率(%)を次式(1)により算出した.溶血率(%)=(試験液吸光度.空試験吸光度)/(陽性対照吸光度.空試験吸光度)×100(1)5.BAC処理に伴う溶血率変化の測定上記方法中「3.ウサギ赤血球標品の調製」にて示した赤血球標品40μlを0.1.0.5%セリシンおよびBAC含有または非含有の生理食塩水(BAC濃度,8.12μg/ml)2ml中に加え,37oCにて1時間インキュベートを行った.その後,遠心分離(2,300rpm,37oC,5min)にて上清を採取し,576nmにおける吸光度の測定をすることでBAC刺激に伴う溶血率変化を示した.また,セリシン前処理時には,赤血球標品を0.1.0.5%セリシン含有または非含有の生理食塩水にて30分間インキュベート後,生理食塩水にて洗浄を行い,上記に示した8.12μg/mlBACにより刺激を行った実験に用いた.処理後の溶血率(%)算出には上記式(1)を用いた.6.統計学的処理実験結果は平均値±標準誤差(SE)で表した.有意差検定はJAMVer.5.1(日本SAS協会)コンピュータプログラムを用いて行った.各々の実験値はDunnettの多群間比較により解析した.また,本研究ではp値が0.05以下を有意差ありとした.II結果1.セリシンによるBAC細胞傷害保護効果図1は浸透圧変化に伴う溶血性変化とセリシンの保護効果を示す.等張時,赤血球の溶血はみられなかったが,浸透圧を下げていくことで溶血が認められた.これら溶血は200mOsm以下でみられ,140mOsmではほぼ完全に溶血した(104) 100806040200125140155170185200215Hemolyticratio(%)Osmoticpressure(mOsm)A:Saline:0.1%sericin:0.25%sericin:0.5%sericin100806040200125140155170185200215Hemolyticratio(%)B:Saline:0.1%sericin:0.25%sericin:0.5%sericin************100806040200125140155170185200215Hemolyticratio(%)Osmoticpressure(mOsm)A:Saline:0.1%sericin:0.25%sericin:0.5%sericin100806040200125140155170185200215Hemolyticratio(%)B:Saline:0.1%sericin:0.25%sericin:0.5%sericin************Osmoticpressure(mOsm)図1セリシン前処理(A)または併用処理(B)が浸透圧変化による赤血球の溶血へ与える影響平均値±標準誤差,n=5.6,*p<0.05,vs.Saline.(図1A).一方,セリシンを併用処理することで,これら赤血球溶血の保護効果がみられ,155mOsmの条件下0.5%セリシン併用処理群の溶血率は16.3%であり,非処理群と比較し有意に低値を示した(図1B).図2はBAC刺激に伴う溶血性変化とセリシンの保護効果を示す.BAC刺激により溶血が認められ,8μg/mlBAC刺激による溶血率は23.3%,10μg/mlBAC刺激では90.1%であった.セリシン併用処理はBAC刺激に対しても細胞傷害保護効果を示し,8μg/mlBAC刺激時では溶血はほとんど認められず,10μg/mlBAC刺激時における非処理群のそれの17.5%であった.また,浸透圧変化およびBAC刺激時におけるセリシンの保護効果は濃度依存的であった.これらセリシン併用処理実験の結果とは異なり,セリシンを30分間前処理したものでは,浸透圧およびBAC刺激に伴う溶血に対し保護効果を示さず,今回用いたいずれの濃度においても,溶血挙動に差はみられなかった(図1Aおよび図2A).III考按セリシンは,絹糸原糸タンパク質の約20%を占める主要成分である.従来,セリシンは絹糸精製(精練)段階で廃棄されてきた物質であったが,保湿性や抗酸化能をもつことが明らかとなり,近年では産業資材や化粧品などに利用されて(105)100806040200Hemolyticratio(%)A:Saline■:0.1%sericin■:0.25%sericin■:0.5%sericin89101112BACconcentration(mg/ml)10080604020089101112Hemolyticratio(%)B:Saline■:0.1%sericin■:0.25%sericin■:0.5%sericin************BACconcentration(mg/ml)図2セリシン前処理(A)または併用処理(B)がBAC刺激による赤血球の溶血へ与える影響平均値±標準誤差,n=5.8,*p<0.05,vs.Saline.いる7).また,皮膚炎などのアレルギー防止作用を有することも見出され,生物化学領域においても注目されている8,9).筆者らもこれまで,このセリシン溶液点眼により角膜傷害治癒促進効果がみられ,1.5%のセリシン溶液が角膜傷害治療薬として有用であることを見出してきた10).さらに,BACとセリシン併用によりBACの角膜傷害性が緩和され,0.1%のセリシンを用いることで,目に優しく長期連続使用可能な保存剤の開発に繋がる可能性を報告してきた6).本研究では,点眼用保存剤BACとこのセリシンからなるBAC-セリシン点眼用保存システムの開発研究として,ウサギ赤血球モデルを用い,セリシンのBAC細胞傷害保護効果について検討を行った.赤血球は,両面中央が凹んだ円盤状の形をしており,核を持たないことから細胞分裂などを行わないのが特徴である.このため,赤血球を用いることで,薬剤自身の直接的な刺激性やそれに対する保護作用の評価が可能である.そこで今回,この赤血球モデルを用いて浸透圧およびBAC刺激に対するセリシンの細胞保護効果を評価した.まず,浸透圧刺激に対するセリシンの細胞保護効果を検討したところ,等張時,赤血球の溶血はみられなかったが,浸透圧を下げていくことで溶血が認められた.また,セリシンを併用処理することで,赤血球溶血の保護効果がみられ,これら保護効果は濃あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014731 度依存的であった.点眼用保存剤として用いられるBAC刺激に対するセリシンの細胞保護効果を検討したところ,本実験条件において,7μg/ml以上のBAC刺激により溶血が認められ,8μg/mlBAC刺激時の溶血率は23.3%,10μg/mlBAC刺激では90.1%の溶血率であった.さらに,浸透圧刺激と同様,セリシン併用処理はBAC刺激に対しても細胞傷害保護効果を示し,8μg/mlBAC刺激時では溶血はほとんど認められず,10μg/mlBAC刺激では非処理群のそれの17.5%であった.また,BAC刺激に対してもセリシンによる保護効果は濃度依存的であった.これらの結果から,セリシンはBACだけでなく,浸透圧などの外部刺激に対しても細胞保護効果を有し,併用処理により細胞傷害を有する点眼製剤の毒性軽減に有用であることが示唆された.一方,セリシンを前処理した際には,浸透圧およびBAC刺激に対するセリシンの保護効果はみられず,セリシン前処理群と未処理群間で浸透圧,BAC刺激に対し同様の溶血性を示した.これら前処理によりセリシンの細胞保護効果が得られなかった理由として,セリシンによる保護効果が細胞膜の活性化によるものではなく,刺激因子に対する直接的な抵抗性増加に起因するためと考えられた.筆者らはこれまで,目に優しく長期連続使用可能な保存剤の開発を目指した研究にて,invivoおよびinvitro細胞傷害性評価実験系を確立し11,12),BACへのセリシン添加が,BAC本来の使用目的である保存効果,主薬の角膜透過性亢進能および主薬の薬効に対し影響を及ぼさないことを報告してきた6).これら以前および今回の結果から,BAC/セリシン点眼用保存システムはBACの角膜上皮傷害性を抑制するとともに,点眼用保存剤として十分な高い保存効力を有し,主成分の角膜透過性および薬効に影響を及ぼさず,またBACの細胞傷害抑制機構の一つに,セリシンの膜保護能が関わっているものと考えられた.本報告は目に優しく長期連続使用可能な保存剤を開発するうえで有用であるものと考えられる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)川嶋洋一:点眼薬の設計思想.眼科NewInsight第2巻点眼薬─常識と非常識─(木下茂ほか).p6,メジカルビュー社,19942)WhitsonJT,VarnerDL,NetlandPA:Glaucomadrugsandtheocularsurface.RevOphthalmol11:69-77,20063)PisellaPJ,PouliquenP,BaudouinC:Prevalenceofocularsymptomsandsignswithpreservedandpreservativefreeglaucomamedication.BrJOphthalmol86:418-423,20024)JaenenN,BaudouinC,PouliquenPetal:Ocularsymptomsandsignswithpreservedandpreservative-freeglaucomamedications.EurJOphthalmol17:341-349,20075)湖崎惇,大谷伸一郎,鵜木一彦ほか:トラボプロスト点眼液の臨床使用成績眼表面への影響.あたらしい眼科26:101-104,20096)NagaiN,ItoY,OkamotoNetal:Decreaseincornealdamageduetobenzalkoniumchloridebytheadditionofsericinintotimololmaleateeyedrops.JOleoSci62:159166,20137)DashR,AcharyaC,BinduPCetal:Antioxidantpotentialofsilkproteinsericinagainsthydrogenperoxide-inducedoxidativestressinskinfibroblasts.BMBRep41:236241,20088)TsubouchiK,IgarashiY,TakasuYetal:Sericinenhancesattachmentofculturedhumanskinfibroblasts.BiosciBiotechnolBiochem69:403-405,20059)TeradaS,NishimuraT,SasakiMetal:Sericin,aproteinderivedfromsilkworms,acceleratestheproliferationofseveralmammaliancelllinesincludingahybridoma.Cytotechnology40:3-12,200210)NagaiN,MuraoT,ItoYetal:EnhancingeffectsofsericinoncornealwoundhealinginOtsukaLong-EvansTokushimaFattyratsasamodelofhumantype2diabetes.BiolPharmBull32:1594-1599,200911)NagaiN,MuraoT,OeKetal:Invitroevaluationforcornealdamagesbyanti-glaucomacombinationeyedropsusinghumancornealepithelialcell(HCE-T).YakugakuZasshi131:985-991,201112)NagaiN,MuraoT,OkamotoNetal:Comparisonofcornealwoundhealingratesafterinstillationofcommerciallyavailablelatanoprostandtravoprostinratdebridedcornealepithelium.JOleoSci59:135-141,2010***732あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014(106)

点眼薬含有添加剤ベンザルコニウム塩化物およびポリソルベート80 点眼時におけるOLETF ラット角膜傷害治癒の速度論的解析

2011年6月30日 木曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(103)855《第30回日本眼薬理学会原著》あたらしい眼科28(6):855.859,2011c〔別刷請求先〕伊藤吉將:〒577-8502東大阪市小若江3-4-1近畿大学薬学部製剤学研究室Reprintrequests:YoshimasaIto,Ph.D.,FacultyofPharmacy,KinkiUniversity,3-4-1Kowakae,Higashi-Osaka,Osaka577-8502,JAPAN点眼薬含有添加剤ベンザルコニウム塩化物およびポリソルベート80点眼時におけるOLETFラット角膜傷害治癒の速度論的解析長井紀章*1村尾卓俊*1伊藤吉將*1,2岡本紀夫*3下村嘉一*3*1近畿大学薬学部製剤学研究室*2同薬学総合研究所*3近畿大学医学部眼科学教室KineticAnalysisofCornealWoundHealinginOtsukaLong-EvansTokushimaFattyRatInstilledwithBenzalkoniumChlorideandPolysorbate80NoriakiNagai1),TakatoshiMurao1),YoshimasaIto1,2),NorioOkamoto3)andYoshikazuShimomura3)1)FacultyofPharmacy,2)PharmaceutialResearchandTechnologyInstitute,KinkiUniversity,3)DepartmentofOphthalmology,KinkiUniversityFacultyofMedicine本研究は2型糖尿病モデル動物OtsukaLong-EvansTokushimaFatty(OLETF)ラットを用い,点眼薬中に含まれるベンザルコニウム塩化物(BAC)およびポリソルベート80が角膜傷害治癒速度へ与える影響を一次速度の2指数式を用いて速度論的解析を行った.角膜上皮傷害は麻酔下にて,ブレード(BDMicro-SharpTM)を用い角膜上皮を.離することで作製し,添加剤点眼は角膜.離後1日5回行った.生理食塩水点眼群においてOLETFラットでは正常ラットと比較し第一相目(a相:細胞移動)および第二相目(b相:細胞増殖)の両方で角膜傷害治癒遅延が認められた.BACおよびポリソルベート80点眼OLETFラットの角膜傷害治癒速度は,同添加剤点眼群の正常ラットよりもさらに低値を示し,BAC点眼群ではa相およびb相の治癒速度がともに低下し,ポリソルベート80点眼群ではb相の治癒速度の低下が認められた.本報告は,角膜上皮傷害を有する糖尿病患者への安全な点眼薬療法を行うための指針として有用であると考えられる.Inthisstudy,wekineticallyanalyzedcornealwoundhealinginOtsukaLong-EvansTokushimaFatty(OLETF)rats,amodeloftype2diabetesmellitus,instilledwith0.02%benzalkoniumchloride(BAC)and1%polysorbate80usingfirst-orderrateformula.RatcornealepitheliumwasremovedwithaBDMicro-SharpTM,andtheeyedropswereinstilledintorateyes5timesperdayaftercornealepithelialabrasion.Theprocessofcornealwoundhealingwasobservedinthefirstandsecondphase(cellmovementandcellproliferation,respectively);thefirstandsecondphase(aandb)cornealwound-healingrateconstantsinOLETFratsinstilledwithsalinewerelowerthaninnormalrats.IntheOLETFratinstilledwithBACandpolysorbate80,thecornealwound-healingratewasslowerthaninthenormalratinstilledwithBACandpolysorbate80.Inaddition,bothaandbweresignificantlydecreasedinratsinstilledwithBAC;theinstillationofpolysorbate80tendedtodecreasebinbothnormalandOLETFrats.Thesefindingsprovidesignificantinformationforuseindesigningfurtherstudiesaimedateffectivetherapyfordiabeticpatientswithcornealdamage.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(6):855.859,2011〕Keywords:角膜傷害治癒,速度論的解析,ベンザルコニウム塩化物,ポリソルベート80,OLETFラット.cornealwoundhealing,kineticanalysis,benzalkoniumchloride,polysorbate80,OtsukaLong-EvansTokushimaFattyrat.856あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011(104)はじめに薬剤性角膜症は点眼薬による角膜傷害である.この薬剤性角膜症は,点眼薬中の主薬によるものだけでなく点眼薬中に含まれる添加剤〔保存剤(ベンザルコニウム塩化物(BAC)など〕,等張化剤(塩化ナトリウム,ホウ酸,グリセリンなど),緩衝剤(リン酸緩衝液,ホウ酸など),また必要であれば,界面活性剤(ポリソルベート80など),安定化剤(エチレンジアミン四酢酸など),粘稠化剤〔ポリビニルアルコール(PVA),ヒドロキシプロピルメチルセルロース,ヒドロキシエチルセルロースなど)など〕も深く関わっていることが,近年の基礎研究にて明らかとされている1).一方,これら薬剤性角膜症の基礎研究には正常ラットが用いられており,角膜が健常人に比べて脆弱な患者(たとえば糖尿病患者)を対象とした研究はほとんど報告されていない.臨床の場では,角膜が健常人に比べて脆弱な糖尿病患者に対しても眼科領域における薬物療法の中心は点眼薬であり,このことから,糖尿病患者を対象とした点眼薬中に含まれる添加剤の影響を基礎研究にて明らかとすることは非常に重要であると考えられる.糖尿病は,1型と2型に分類され,わが国における糖尿病患者の多くはこの2型糖尿病である.1型糖尿病はインスリンを分泌する膵臓のb細胞破壊により生じる疾患であり,2型糖尿病は,膵臓b細胞の機能減少とインスリン抵抗性を原因とする疾患である.糖尿病の眼における合併症としては糖尿病性角膜疾患が知られており,糖尿病患者の50%またはそれ以上の人に認められる2).糖尿病性角膜症は,糖尿病患者の角膜上皮の傷害治癒の遅延,角膜上皮の脆弱性,バリア機能低下などをひき起こし,臨床的に硝子体の外科手術や網膜の光凝固術中における角膜上皮の傷害や上皮傷害を持続し視力を脅かす疾患として問題視されている3).このような糖尿病患者に対する点眼薬含有添加剤の影響を検討するにあたり,適切なモデル動物および解析法の選択は非常に重要である.OtsukaLong-EvansTokushimaFatty(OLETF)ラットはヒト2型糖尿病のモデルとして知られており,このOLETFの糖尿病発症率は25週齢の雄ラットでほぼ100%である4).高血糖やインスリン抵抗性を介した高インスリン血症は早い段階で生じ,加齢に伴いb細胞の衰退と低インスリン血症をひき起こす4).これらOLETFの生物学的性質の変化は,ヒト2型糖尿病と一致しており,筆者らもこれまで,OLETFラットが糖尿病性角膜変性症の正確なメカニズムを解明する研究に有用なモデルとなりうることを報告してきた4).さらに筆者らは,このOLETFラットと一次速度式を用いた速度論的解析により,経時的な上皮細胞の伸展・移動とその後の上皮基底膜の細胞増殖が観察可能であることを報告した5).本研究では,主たる点眼薬含有添加剤として,高い角膜傷害治癒遅延をひき起こす0.02%BACおよび点眼薬の組成として汎用されている界面活性剤1%ポリソルベート806)を選択し,Long-EvansTokushimaOtsuka(LETO,正常ラット)ラットおよび2型糖尿病モデル動物OLETFラットの角膜傷害治癒へ与える影響について速度論的解析を行った.I対象および方法1.実験動物実験には大塚製薬株式会社徳島研究所から供与された60週齢雄性LETOラット(正常ラット)およびOLETFラットを用いた.これらラットは25℃に保たれた環境下で飼育し,飼料(飼育繁殖固形飼料CE-2,日本クレア)および水は自由に摂取させた.動物実験は,近畿大学実験動物規定に従い行った.2.試薬BACおよびポリソルベート80は和光純薬,生検トレパンはカイインダストリーズ,ブレード(BDMicro-SharpTM,Blade3.5mm,30°)はBectonDickinson,0.4%塩酸オキシブプロカイン点眼液(ベノキシールR点眼液)は参天製薬,フルオレセイン液(フルオレサイトR静注500mg)は日本アルコンから購入したものを用いた.3.BACおよびポリソルベート80点眼液の調製と点眼法0.02%BACおよび1%ポリソルベート80点眼液の濃度は眼科領域で適用例のある濃度を参照し,そのなかでも高濃度のものを用いた.すべての点眼液は0.2μmのメンブランフィルター(Sartorius社)を用いて滅菌濾過を行い,調製した点眼液は滅菌済みの点眼用容器に充.し,使用時まで遮光,冷所(4℃)にて保存した.実験時にはこの点眼溶液を,角膜.離直後から3時間間隔(9:00,12:00,15:00,18:00,21:00)で1日5回,実験終了まで点眼(1回40μl)した.対照(control)には生理食塩液(大塚製薬)を用いた.4.ラット血中グルコース,トリグリセリド,コレステロールおよびインスリン値の測定血中グルコース(Glu)およびトリグリセリド(TG)はロシュ社製AccutrendGCTにより測定し,コレステロール(Cho),インスリン測定には和光社製CholesterolE-Testキットおよび森永生科学研究所製ELISAInsulinキットをそれぞれ用いた.5.ラット角膜上皮.離モデルを用いた角膜傷害治癒解析ラットをペントバルビタールナトリウム(30mg/kg,ソムノペンチルR,共立製薬)にて全身麻酔後,生検トレパンおよびブレードを用い角膜上皮を円形に.離した〔生理食塩水点眼正常ラット,11.49±0.51mm2;BAC点眼正常ラット,11.50±0.93mm2;ポリソルベート80点眼正常ラット,11.01±0.59mm2;生理食塩水点眼OLETFラット,11.71±1.40mm2;BAC点眼OLETFラット,10.81±0.23mm2;ポ(105)あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011857リソルベート80点眼OLETFラット,10.96±0.95mm2(mean±SE,n=3.5)〕.角膜上皮欠損部分は角膜.離後0,12,24,36,48,60,72時間後に,1%フルオレセイン含有0.4%ベノキシール点眼液にて染色し,トプコン社製眼底カメラ装置TRC-50Xにデジタルカメラを装着したものを用いて撮影を行い4),画像解析ソフトImageJにて角膜上皮欠損部分の面積の推移を数値化することで表した.角膜傷害度(%)は,角膜上皮.離直後の創傷面積の比として表し,角膜傷害治癒速度は一次速度の2指数式(1)にて算出した角膜治癒速度定数(aおよびb,hr.1)として表した5).aおよびbはそれぞれ第一相と第二相における角膜傷害治癒速度定数を示す.Wt=A・e.a・t+B・e.b・t(1)ここで,tは角膜.離後0~72時間の時間,Wtはt時間における角膜傷害度(%),AおよびBはそれぞれ第一相,第二相における寄与率(%)を示す.6.統計解析データは,平均±標準誤差として表した.有意差はStudent’st-testにて解析し,0.05未満のp値を有意な差として示した.II結果表1には60週齢正常およびOLETFラットの体重,血中Glu,TG,Choおよびインスリン値を示す.60週齢OLETFラットでは,Glu,TG,Choは正常ラットより高値を示したが,体重およびインスリン値は低値を示した.図1には生理食塩水点眼群における正常およびOLETFラットの角膜傷害度を示す.OLETFラットでは正常ラットと比較し角膜傷害治癒遅延が認められた.図2および3は角膜.離を施した正常(図2)およびOLETFラット(図3)へのBAC,ポリソルベート80点眼群における角膜傷害度を示す.また,表2は一次速度の2指数式を用いたBACおよびポリソルベート80点眼群における角膜傷害治癒速度を示す.BACおよびポリソルベート80点眼群では,正常およびOLETFラットともに生理食塩水点眼群(コントロール群)と比較し角膜傷害治癒の遅延がみられた.また,BACおよびポリソルベート80点眼OLETFラットの角膜傷害治癒速度は,同添加剤点眼群の正常ラットよりも低値を示し,角膜傷害治癒遅延の強さはBAC>ポリソルベート80であった.BACおよびポリソルベート80点眼正常およびOLETFラットにおいて第一相目(細胞移動)および第二相目(細胞増殖)の治癒過程を検討したところ,BAC点眼群ではaおよびbがともに有意に低下表1正常およびOLETFラットにおける体重と糖尿病関連血液検査値正常ラットOLETFラット体重(g)560.0±17.8430.0±14.7*グルコース(mg/dl)142.7±3.7269.0±12.1*トリグリセリド(mg/dl)159.0±14.0345.0±8.7*コレステロール(mg/dl)91.7±14.5273.3±15.8*インスリン(ng/dl)107.4±6.179.4±6.1*平均値±標準誤差.n=3.*p<0.05vs.各項目における正常ラット.100806040200Time(hr)0122436486072Cornealwound(%)***○:正常ラット●:OLETFラット図1生理食塩水点眼正常およびOLETFラットにおける角膜上皮傷害治癒平均値±標準誤差,n=4~5,*p<0.05,vs.正常ラット.○:Saline▲:BAC■:Polysorbate80Time(hr)0122436486072Cornealwound(%)100806040200*****図20.02%BACまたは1%ポリソルベート80点眼液点眼が正常ラット角膜上皮傷害治癒に与える影響平均値±標準誤差,n=4~5,*p<0.05,vs.生理食塩水点眼群.○:Saline▲:BAC■:Polysorbate80Time(hr)0122436486072Cornealwound(%)100806040200****図30.02%BACまたは1%ポリソルベート80点眼液点眼がOLETFラット角膜上皮傷害治癒に与える影響平均値±標準誤差,n=4~5,*p<0.05,vs.生理食塩水点眼群.858あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011(106)し,ポリソルベート80点眼群ではb第二相目の治癒速度の低下傾向が認められた.III考按近年,点眼薬の使用による点状表層角膜症や眼瞼炎といった眼局所への副作用や,患者からのしみる,かすむ,眼が充血するなど,点眼薬による角膜傷害の訴えが注目されている.さらに,糖尿病患者の角膜は健常人と比較し脆弱であるため,点眼薬により強い角膜傷害が予想される.したがって,点眼薬が糖尿病患者の角膜傷害治癒へ与える影響を明らかにすることは,糖尿病患者への安全な点眼薬療法において非常に重要である.眼科領域における薬物療法の中心は点眼薬であるが,点眼薬の主成分となる薬剤(主剤)のみでは点眼薬は製剤として成り立たず,これに製剤設計上必要な薬剤(添加剤)が加えられ初めて製剤となる.したがって,製剤学的観点から点眼薬について考える際には,その点眼薬に含まれる添加剤の種類,添加目的(効果),傷害性(副作用)についても常に考慮しなければならない.臨床では,添加剤の一つである保存剤BACの角膜傷害性が問題視されており,BAC非含有の点眼薬(トラバタンズR)なども注目されている.筆者らもまたWistar系ラットを用い,この点眼薬含有添加剤のなかでもBACが強い角膜傷害治癒遅延をひき起こすことを明らかとしてきた1).本研究ではこのBACと点眼薬の組成として汎用されている界面活性剤ポリソルベート80を用い,正常ラットおよび2型糖尿病モデル動物OLETFラットの角膜傷害治癒へ与える影響について速度論的解析を行った.保存剤や界面活性剤など添加剤の角膜傷害性について評価を行ううえで,試験系の選択は非常に重要である.角膜上皮は5~6層の細胞層から構成され,基底細胞と表層細胞に大きく分けられる.このうち基底細胞は分裂増殖機能と接着機能を,表層細胞はバリア機能および涙液保持機能を担っている.この4つの機能のどれか1つでも破綻した際角膜上皮傷害が認められるが,なかでも薬剤の影響を特に受けやすいとされているのが分裂機能とバリア機能である7).角膜上皮の損傷治癒は,細胞の分裂・増殖,伸展・移動によって行われており,Thoft&Friendはこの角膜上皮の修復機構をXYZ理論(X:細胞分裂,Y:細胞移動,Z:細胞脱落)として,健常な角膜上皮では上記の3つの間にX+Y=Zの公式が成立することを提唱した8).本実験で用いた角膜上皮.離モデルは,角膜上皮を.離することによって人工的にZを増大させた状態(X+Y<Z)である.この角膜上皮.離モデルを用いた点眼薬や添加剤の角膜傷害性試験はX:細胞分裂およびY:細胞移動へ与える影響について評価を行うものであり,オキュラーサーフェスの状態を維持しつつ,添加剤が角膜上皮細胞分裂および移動機能へ与える影響を検討するのに適している8).本研究ではこれら角膜上皮.離モデルを用いた点眼薬の傷害性比較試験法を用い検討を行った.一方,本研究は正常な状態と糖尿病状態時において点眼薬が角膜傷害治癒へ与える影響の比較検討を目的としているため,添加剤であるBAC(0.02%)およびポリソルベート80(1%)の使用濃度および点眼回数は,眼科領域で適用可能な濃度を基本としつつ,これら添加剤が角膜傷害治癒へ与える影響を明確に観察するため,臨床で用いられる濃度と同程度もしくは高めの濃度を用い,点眼回数は多めの1日5回とした1).生理食塩水点眼群(コントロール群)においてOLETFラットでは正常ラットと比較し角膜傷害治癒遅延が認められた.BACは保存剤として多用され,基礎研究および臨床研究にて,BACによる角膜傷害または角膜損傷治癒遅延作用はよく知られている9).また,ポリソルベート80は,主薬の溶解性向上のために多用される界面活性剤であり,皮膚に対する局所刺激性が報告されている6).筆者らもまた,Wistar系ラットを用い,BACがポリソルベート80と比較し強い角膜傷害治癒遅延を有することを報告している1).今回の糖尿病モデル動物OLETFラットを用いた実験系においても,BACおよびポリソルベート80点眼群では,正常およびOLETFラットともにコントロール群と比較し角膜傷害治癒の遅延がみられ,その角膜傷害治癒遅延の強さは,筆者らが以前に報告したWistar系ラットを用いた結果と同様,ポリソルベート80点眼群と比較しBAC点眼群で強い角膜傷害治癒遅延が認められ,BACおよびポリソルベート80点眼OLETFラットの角膜傷害治癒速度は,同添加剤点眼群の正表2角膜上皮.離後の正常およびOLETFラットにおける角膜傷害治癒の速度論的パラメータ正常ラットOLETFラット生理食塩水BACポリソルベート80生理食塩水BACポリソルベート80A(%)81.2±10.366.7±3.076.3±6.564.5±10.166.9±5.065.8±9.3a(×10.3,hr.1)49.1±2.436.4±4.0*146.8±5.842.7±3.031.2±3.2*242.2±3.0B(%)22.6±9.640.1±3.326.5±4.439.4±9.840.5±5.039.5±9.4b(×10.3,hr.1)48.7±2.532.2±5.0*144.2±7.238.1±3.4*128.9±3.2*232.4±3.6aおよびbはそれぞれ第一相と第二相における角膜傷害治癒速度定数,AおよびBはそれぞれ第一相,第二相における寄与度(%)を示す.平均値±標準誤差.n=4.5.*1p<0.05vs.生理食塩水点眼正常ラット.*2p<0.05vs.生理食塩水点眼OLETFラット.(107)あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011859常ラットよりもさらに低値を示した.また,正常およびOLETFラットともに,BAC点眼群ではaおよびbが有意に低下し,ポリソルベート80点眼群ではbの低下傾向が認められた.筆者らはこれまでOLETFラットおよび一次速度の2指数式を用いた速度論的解析により,第一相目は経時的な上皮細胞の伸展・移動を示し,第二相目は上皮基底膜の細胞増殖を反映することを明らかにするとともに,角膜傷害治癒遅延時には第二相の寄与率が大きくなることを報告している5).したがって,添加剤の添加によるその角膜傷害治癒過程の低下傾向は,正常およびOLETFラットで類似しており,正常およびOLETFラットともに,BAC点眼は上皮細胞の伸展・移動とその後の上皮基底膜の細胞増殖に影響を与え,ポリソルベート80ではおもに上皮基底膜の細胞増殖に影響を与えることで角膜傷害治癒遅延をひき起こすものと示唆された.今後,糖尿病患者に対し角膜傷害性の少ない点眼薬を調製するためには,さらなる研究が必要である.現在筆者らは等張化剤,緩衝剤,粘稠化剤など,点眼薬調製に用いられる他の添加剤が角膜傷害性へ与える影響についても明確にすべく,OLETFラットおよび角膜上皮.離モデルを用い比較検討を行っているところである.以上,本研究では,正常およびOLETFラットで,BACやポリソルベート80点眼液の角膜傷害治癒遅延機構は同様であるが,正常ラットと比較しもともと角膜傷害治癒速度が遅いOLETFラットではBACやポリソルベート80点眼時に強い角膜傷害治癒遅延が起こることを明らかとした.この結果は角膜傷害治癒時の細胞伸展や増殖能が低い糖尿病患者では,健常人では影響の少ないような細胞伸展や増殖どちらか一方のみに影響を与えるような添加剤においても,強い角膜傷害治癒遅延をひき起こす可能性を示唆した.本報告は,今後角膜上皮傷害を有する糖尿病患者への安全な点眼薬療法において有用であると考えられる.文献1)NagaiN,MuraoT,OkamotoNetal:Comparisonofcornealwoundhealingratesafterinstillationofcommerciallyavailablelatanoprostandtravoprostinratdebridedcornealepithelium.JOleoSci59:135-141,20102)ZagonIS,KlocekMS,SassaniJWetal:Useoftopicalinsulintonormalizecornealepithelialhealingindiabetesmellitus.ArchOphthalmol125:1082-1088,20073)PerryHD,FoulksGN,ThoftRAetal:Cornealcomplicationsafterclosedvitrectomythroughtheparsplana.ArchOphthalmol96:1401-1403,19784)NagaiN,MuraoT,ItoYetal:EnhancingeffectsofsericinoncornealwoundhealinginOtsukaLong-EvansTokushimaFattyratsasamodelofhumantype2diabetes.BiolPharmBull32:1594-1599,20095)NagaiN,MuraoT,OkamotoNetal:KineticanalysisoftherateofcornealwoundhealinginOtsukalong-evansTokushimaFattyrats,amodeloftype2diabetesmellitus.JOleoSci59:441-449,20106)MezeiM,SagerRW,StewartWDetal:Dermatiticeffectofnonionicsurfactants.I.Gross,microscopic,andmetabolicchangesinrabbitskintreatedwithnonionicsurfaceactiveagents.JPharmSci55:584-590,19667)俊野敦子,岡本茂樹,島村一郎ほか:プロスタグランディンF2イソプロピルウノプロストン点眼液による角膜上皮障害の発症メカニズム.日眼会誌102:101-105,19988)ThoftRA,FriendJ:TheX,Y,Zhypothesisofcornealepithelialmaintenance.InvestOphthalmolVisSci24:1442-1443,19839)DeSaintJeanM,DebbaschC,BrignoleFetal:Toxicityofpreservedandunpreservedantiglaucomatopicaldrugsinaninvitromodelofconjunctivalcells.CurrEyeRes20:85-94,2000***

ラタノプロスト点眼液0.005%「サワイ」の角結膜障害性の評価

2010年12月31日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(89)1721《原著》あたらしい眼科27(12):1721.1726,2010cはじめにラタノプロストはプロスタノイドFP受容体と高い親和性をもつプロスタグランジンF2a(以下,PGF2a)誘導体である.PGF2a誘導体を有効成分とするPG関連薬は,緑内障病型を選ばない強い眼圧下降効果があり,全身副作用が少ないことから,近年では世界的に第一選択薬として高く評価されている.しかし,PG関連薬は結膜充血,角膜炎,色素沈着,刺激感などの局所的副作用をひき起こすことが指摘されている.これらの局所的副作用は主剤であるPGF2a誘導体自体の影響のほかに,点眼液中に含まれる防腐剤の細胞毒性およびアレルギー反応が関与しているとされている1).点眼液に使用される防腐剤のなかでも,溶解性が良く,抗菌力および防腐力が強いベンザルコニウム塩化物が頻用されており,0.001~0.02%の濃度で使用されている2).しかし,ベンザルコニウム塩化物は防腐剤としての高い有用性をもつ反面,角結膜の上皮細胞に対する細胞毒性があり2,3),それによる眼表面への障害が問題視されている4).また,ベンザルコニウム塩化物の細胞毒性作用にはアポトーシスが関与していることが示唆されている3,5).ラタノプロスト点眼液0.005%「サワイ」(以下,ラタノプ〔別刷請求先〕伊田昌弘:〒532-0003大阪市淀川区宮原5-2-30沢井製薬株式会社学術部Reprintrequests:MasahiroIda,MedicalInformationDepartment,SawaiPharmaceuticalCo.,Ltd.,5-2-30Miyahara,Yodogawa-ku,Osaka532-0003,JAPANラタノプロスト点眼液0.005%「サワイ」の角結膜障害性の評価小倉岳治*1片岡博文*1大坪義和*1伊藤吉將*2*1沢井製薬株式会社生物研究部*2近畿大学薬学部製剤学研究室EvaluationofCorneoconjunctivalDamagefromLatanoprostEyedrops0.005%「SAWAI」TakeharuOgura1),HirofumiKataoka1),YoshikazuOhtsubo1)andYoshimasaIto2)1)BiologicalResearchDepartment,SawaiPharmaceuticalCo.,Ltd.,2)LaboratoryofAdvancedDesignforPharmaceuticals,SchoolofPharmacy,KinkiUniversity眼表面への局所的副作用を考慮して開発されたジェネリック医薬品であるラタノプロスト点眼液0.005%「サワイ」について,invivoおよびinvitroにおける細胞毒性およびアポトーシス誘導能を測定し,角結膜障害性を評価した.本点眼液をヒト結膜由来の培養細胞に曝露したところ,細胞生存率は経時的に低下したが,対照品であるキサラタンR点眼液0.005%と比して高い生存率であった.また,細胞核の凝集は軽度で,断片化DNA量の増加は認められなかった.さらに,ウサギにラタノプロスト点眼液0.005%「サワイ」を頻回点眼したところ,結膜上皮層のTUNEL(TdTmediateddUTP-biotinnick-endlabeling)陽性細胞の増加は認められず,単回点眼後の涙液中へのグルタチオン漏出も認められなかった.以上の結果,ラタノプロスト点眼液0.005%「サワイ」の細胞毒性およびアポトーシス誘導能は低く,角結膜障害性は低いと考えられた.Corneoconjunctivaldamagecausedbythegenericformulationoflatanoprost,Latanoprosteyedrops0.005%「SAWAI」,wasevaluatedonthebasisofcytotoxicityandpro-apoptoticeffectsinhumanconjunctivalcellsinvitro,andinrabbitsinvivo.Invitro,thetestformulationtriggeredcelldeathofChangconjunctivacells,thoughlessthanwiththebrandedformulation,XalatanReyedrops0.005%.NoDNAfragmentationandlessevidentnuclearcondensationwereobservedincellstreatedwiththetestformulation.Invivo,frequentinstillationofthetestformulationtorabbiteyeshadnoeffectonthenumberofTUNEL-positivecellsintheepitheliallayeroftheconjunctiva.Exudationofglutathioneintotearfluidwasnotincreasedbysingleinstillationofthetestformulation.TheseresultssuggestthatLatanoprosteyedrops0.005%「SAWAI」causeslesscorneoconjunctivaldamage.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(12):1721.1726,2010〕Keywords:ラタノプロスト,角結膜障害,細胞毒性,アポトーシス,ベンザルコニウム塩化物.latanoprost,corneoconjunctivaldamage,cytotoxicity,apoptosis,benzalkoniumchloride.1722あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(90)ロスト点眼液「サワイ」)は1mL中にラタノプロスト50μgを含有する点眼液であり,先発医薬品であるキサラタンR点眼液0.005%(以下,キサラタンR点眼液)と同一の有効成分を同量含有するジェネリック医薬品として開発された6).両製剤はともに防腐剤としてベンザルコニウム塩化物を含有するが,ラタノプロスト点眼液「サワイ」は角結膜障害を考慮し,ベンザルコニウム塩化物を減量して処方設計されている.そこで,新たに筆者らが開発したラタノプロスト点眼液「サワイ」について,角結膜に対する障害性を評価することを目的として,ヒト成人結膜由来細胞株およびウサギを用いて,細胞毒性およびアポトーシス誘導能を測定し,角結膜障害性を評価したので報告する.I実験材料および方法1.被験物質ラタノプロスト点眼液「サワイ」(沢井製薬),キサラタンR点眼液(ファイザー)を用いた.陰性対照としてinvitroではEagle’sminimumessentialmedium(以下,EMEM,Sigma),invivoではリン酸緩衝生理食塩水(以下PBS,和光純薬)を,陽性対照として0.02%ベンザルコニウム塩化物(和光純薬)を用いた.2.使用細胞ヒト成人結膜由来細胞であるChangconjunctiva細胞はDSファーマバイオメディカルより入手した.細胞は50IU/mLペニシリン(Invitorogen),50μg/mLストレプトマイシン(Invitorogen)および10%ウシ胎児血清(BioWhittaker)を添加したEMEMにて培養し,各試験には対数増殖期の細胞を用いた.3.使用動物12週齢の雄性NZWウサギを日本エスエルシーより入手し,馴化飼育の後,試験に用いた.なお,動物実験はすべて沢井製薬動物実験倫理委員会により承認され,動物実験承認規定に準拠し実施した.4.Invitro細胞毒性試験96穴マイクロプレートにChangconjunctiva細胞を20,000cells/wellで播種し,コンフルエントになるまで培養した.培養上清を除去し,PBSで1回洗浄し,被験物質を50μL添加した.37℃で5~30分間インキュベート後,薬液を除去し,PBSで2回洗浄し,MTS法(CellTiter96AQueousOneSolution,Promega)にて490nm(対照640nm)の吸光度を測定することにより生存細胞を測定した.生存率は下式より算出した.なお,試験は5回くり返し実施した.生存率(%)=(処理群の吸光度)÷(陰性対照の吸光度)×1005.細胞核の形態学的観察Changconjunctiva細胞をチャンバースライド(8well,BDFalcon)に45,000cells/wellで播種し,コンフルエントになるまで培養した.PBSで1回洗浄後,被験物質を100μL添加し,37℃で20分間インキュベートした.PBSで2回洗浄後,4%ホルマリンで固定し,10μg/mLDAPI(4¢,6-diamidino-2-phenylindole,同仁化学)を添加した後,蛍光顕微鏡下にて核の形態学的観察を行った.6.細胞内断片化DNA量の測定細胞内の断片化DNAは,細胞DNAフラグメンテーションELISA(enzyme-linkedimmunosorbentassay;酵素免疫測定法)キット(Roche)を用いて測定した.Invitro細胞毒性試験と同様に96穴プレートに培養したChangconjunctiva細胞にBrdU(bromodeoxyuridine;ブロモデオキシウリジン)を10μMとなるように添加し,18時間培養した.PBSで洗浄後,被験物質を50μL添加し,37℃で20分間インキュベートした.氷冷したPBSを150μL添加し,3,500rpmで1分間遠心後,上清を除去し,細胞溶解液を200μL添加した.室温で30分間インキュベート後,3,500rpmで10分間遠心し,上清中の断片化DNA量をELISAにて測定した.なお,試験は5回くり返し実施した.7.頻回点眼後のウサギ結膜におけるアポトーシス誘導能の測定ウサギに被験物質50μLを5分ごとに10回点眼し,24時間後にペントバルビタールの過剰投与による致死後,結膜を摘出した.摘出結膜は10%中性緩衝ホルマリン溶液で固定後,作製した薄切標本について,InsituApoptosisDetectionKit(タカラバイオ)を用いてTUNEL染色後,ヨウ化プロピジウム(同仁化学)で対比染色した.TUNEL陽性細胞を蛍光顕微鏡下でカウントし,結膜上皮層面積当たりの数を算出した.試験にはウサギ20羽の両眼,計40眼を使用し,各群5例で実施した.8.単回点眼後のウサギ涙液中グルタチオン濃度の測定ウサギに被験物質200μLを結膜.内に点眼し,薬液が流出しないように下瞼を引きながら1分間保持した.貯留する涙液をマイクロピペットで採取し,グルタチオン(以下,GSH)濃度を高速液体クロマトグラフィー(HPLC)法にて測定した.涙液70μLに内部標準溶液(1μg/mLシステアミン)20μLおよびジチオストレイトール10μL(終濃度0.1mM)を添加し,室温で30分間インキュベートし還元した.発蛍光試薬として1mMABD-Fを100μL添加し,50℃で5分間インキュベート後,0.1MHClを60μL添加し反応を停止した.この反応液について,逆相HPLC法(使用カラム:ImtaktCadenzaCD-C18100×4.6mm3μm,蛍光検出:EX380nm/EM510nm)にて涙液中総GSH濃度を定量した.試験にはウサギ3羽の両眼,計6眼を使用した.試(91)あたらしい眼科Vol.27,No.12,20101723験は4×4クロスオーバー法で実施し,1週間の休薬期間をおいてPBS,ベンザルコニウム塩化物,続いてラタノプロスト点眼液「サワイ」またはキサラタンR点眼液の順に点眼した.II結果1.Invitro細胞毒性試験図1にヒト結膜細胞に点眼液を曝露した際の生存率の経時的変化を示した.キサラタンR点眼液を曝露すると5分後に生存率は9.8%となり,生存率は急激に低下した.また,0.02%ベンザルコニウム塩化物を曝露した場合も同様の時間的推移を示し,急激に生存率が低下した.それに対し,ラタノプロスト点眼液「サワイ」では5,10および20分後の生存率はそれぞれ78.9%,76.8%および41.2%で,30分後には15.7%まで減じるものの,いずれの時点においてもキサラタンR点眼液よりも高い生存率であった.2.細胞核の形態学的変化ヒト結膜細胞にキサラタンR点眼液および0.02%ベンザルコニウム塩化物を曝露すると,顕著な核の凝集が認められた0255075100曝露時間(分)051015202530生存率(%ofControl)図1ヒト結膜由来細胞における細胞毒性試験(5例平均±SD)培養細胞を各被験物質に曝露後,経時的に生細胞をMTS法にて測定した.●:ラタノプロスト点眼液「サワイ」,○:キサラタンR点眼液,×:0.02%ベンザルコニウム塩化物.A.コントロール(EMEM)B.ラタノプロスト点眼液「サワイ」C.キサラタンR点眼液D.0.02%ベンザルコニウム塩化物図2ヒト結膜由来細胞における核の形態学的変化培養細胞を各被験物質に20分間曝露後,DAPI(4¢,6-diamidino-2-phenylindole)染色した.1724あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(92)(図2CおよびD).これに対し,ラタノプロスト点眼液「サワイ」を曝露した際は,一部の細胞で核の凝集が認められるものの,凝集度は軽度であった(図2B).3.細胞内断片化DNA量図3に示したように,ヒト結膜細胞にラタノプロスト点眼液「サワイ」を曝露しても,細胞内の断片化DNA量に変化は認められなかった.それに対し,キサラタンR点眼液を曝露すると有意な断片化DNAの増加が認められた.4.頻回点眼後のウサギ結膜におけるアポトーシス誘導能5分ごとに10回連続点眼後のウサギ結膜をTUNEL染色し,アポトーシス細胞を測定した(図4).キサラタンR点眼液および0.02%ベンザルコニウム塩化物点眼群では,コントロールと比して有意なTUNEL陽性細胞の増加が認められた.それに対し,ラタノプロスト点眼液「サワイ」点眼群ではTUNEL陽性細胞の増加は認められなかった.5.単回点眼後のウサギ涙液中GSH濃度単回点眼後のウサギ涙液中の総GSH濃度を測定した(図5).キサラタンR点眼液および0.02%ベンザルコニウム塩化物点眼群では,コントロールと比して有意な涙液中GSH濃度の増加が認められた.それに対し,ラタノプロスト点眼液「サワイ」点眼群では涙液中GSH濃度の増加は認められなかった.III考按緑内障は特徴的な視神経の変化と視野欠損を呈する進行性の疾患である.その原因はさまざまであるが,緑内障進行の最大のリスクファクターは眼圧であり,眼圧を下降させることが緑内障治療の基本となっている.眼圧下降治療は薬物治療が基本であり,薬剤選択のポイントには最小限の薬剤で設定した目標眼圧を達成できるような薬理学的側面がある一方,副作用,年齢,社会的経済的な側面も考慮して患者のqualityoflife(QOL)を損ねない配慮も必要である7).局所的副作用の側面として,PG関連薬では結膜充血,角膜上皮障害,しみるなどの刺激症状などが高頻度で起こることが知られている.このような局所的副作用は有効成分のほか,点眼液に含まれる添加物,特に防腐剤が原因となっている2,3).緑内障における点眼治療は生涯にわたって継続し,目標眼圧の達成に多剤併用を必要とすることも多く,これらの多面的要因により薬剤の変更や治療の中止を余儀なくされる場合もある.点眼液は主薬の有効性,溶解性および安定性のほか,刺激性,無菌性などさまざまな因子を考慮し,可溶化剤,等張化剤,pH調節剤,防腐剤など添加物を用いて処方設計される.キサラタンR点眼液のジェネリック医薬品であるラタノプロスト点眼液「サワイ」はこれらの添加物を効率よく配合することにより,キサラタンR点眼液と同等の眼圧下降作用を有しながら6),安定性を向上させて室温保存を可能とした.さらに添加物のなかでも局所的副作用のおもな原因であるベンザルコニウム塩化物の濃度を減じ,かつ防腐剤としての効力を十分に発揮させることを可能とした.そこで,本研究ではラタノプロスト点眼液「サワイ」の角結膜における局所的副作用を評価することを目的とし,invivoおよびinvitroにおける細胞毒性およびアポトーシス誘導能を測定した.Invitroでヒト結膜細胞にラタノプロスト点眼液「サワイ」およびキサラタンR点眼液を曝露した際,いずれの群においても細胞死が誘導された.しかし,ラタノプロスト点眼液「サワイ」ではキサラタンR点眼液と比較して細胞生存率は高率であった.また,ラタノプロスト点眼液「サワイ」による長時間の曝露でも顕著な生存率の低下が認められたが,これは高濃度の薬剤を長時間曝露した場合であり,ヒトに点眼した場合は点眼刺激による涙液分泌増加のために薬剤濃度が速やかに希釈され,余剰な薬剤は流出すること,さらには涙液交換率が約17%/分2)であることを考慮すると,臨床上,細胞の生死にはほとんど影響を与えないと考えられる.Invivoにおける細胞毒性の指標として涙液中GSH濃度を測定した.GSHは涙液腺からは分泌されないが,角結膜に多量に含有されており,角結膜組織の物理的,生化学的,生理学的な変化によりその表面や内部から流出するため,流出したGSH量が角結膜の障害性を反映すると考えられている8).ウサギにキサラタンR点眼液を単回点眼した際,涙液中のGSH濃度の有意な増加が認められたが,ラタノプロスト点眼液「サワイ」では認められなかった.これらの結果から,本点眼液はキサラタンR点眼液と比較して細胞毒性は低く,角結膜組織への障害性は軽減されていると考えられた.0.250.200.150.100.050.00吸光度####**コントロール(EMEM)ラタノプロスト点眼液「サワイ」キサラタンR点眼液0.02%BAC図3ヒト結膜由来細胞における細胞内断片化DNA量の比較(5例平均±SD)培養細胞を各被験物質に20分間曝露後,ELISAにて細胞内の断片化DNA量を測定した.BAC:ベンザルコニウム塩化物.##:p<0.01vsControlbyDunnetttest,**:p<0.01byttest.(93)あたらしい眼科Vol.27,No.12,20101725ベンザルコニウム塩化物は角膜上皮細胞や結膜上皮細胞のアポトーシスを誘導することが知られている.ベンザルコニウム塩化物を含有する点眼液でも同様の報告があり,これが点眼液による細胞毒性の機序の一つと考えられている3,5).本研究で用いたinvivoでウサギに頻回点眼するモデルは,点眼液の毒性の有無を鋭敏に評価できるとされており,キサA.コントロール(PBS)B.ラタノプロスト点眼液「サワイ」C.キサラタンR点眼液D.0.02%ベンザルコニウム塩化物E.TUNEL陽性細胞数(5例平均±SD)6005004003002001000TUNEL陽性細胞(個/mm2)###*コントロール(PBS)ラタノプロスト点眼液「サワイ」キサラタンR点眼液0.02%BAC図4頻回点眼後のウサギ結膜のTUNEL染色像5分ごと10回点眼し,24時間後に結膜を採取してTUNEL染色(緑)およびPI(ヨウ化プロビジウム)染色(赤)した.BAC:ベンザルコニウム塩化物.#,##:p<0.05,0.01vsControlbyDunnetttest,*:p<0.05byt-test.6.05.04.03.02.01.00.0涙液中グルタチオン(μg/mL)####**コントロール(PBS)ラタノプロスト点眼液「サワイ」キサラタンR点眼液0.02%BAC図5単回点眼後の涙液中グルタチオン濃度(6例平均±SD)結膜.内に各被験物質を1分間貯留させ,貯留液中の総グルタチオン濃度を測定した.BAC:ベンザルコニウム塩化物.##:p<0.01vsControlbyDunnetttest,**:p<0.01byt-test.1726あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(94)ラタンR点眼液あるいはベンザルコニウム塩化物の点眼により,角結膜における炎症反応の惹起およびアポトーシスの誘導が報告されている5,9).しかし,ラタノプロスト点眼液「サワイ」を頻回点眼してもアポトーシス(TUNEL陽性)細胞数の増加は認められなかった.また,invitroでヒト結膜細胞に曝露しても,アポトーシスの指標となる核の凝集は軽度で,DNAの断片化は認められなかった.これらの結果から,ラタノプロスト点眼液「サワイ」による結膜上皮細胞に対するアポトーシス誘導能は低いものと考えられた.ラタノプロスト点眼液「サワイ」に使用されているベンザルコニウム塩化物以外の添加物(トロメタモール,クエン酸,d-マンニトール,グリセリン,ヒプロメロースおよびポリソルベート80)について,ヒト結膜細胞における細胞毒性試験を実施した結果,いずれの添加物についても本点眼液に含有する濃度では細胞毒性は認められなかった(データ示さず).各添加物の相互作用あるいは保護作用などの影響は未知であるが,本点眼液はキサラタンR点眼液に対し,ベンザルコニウム塩化物濃度を約半分へ減じており,両製剤の細胞毒性およびアポトーシス誘導能の差異は,ベンザルコニウム塩化物含有量の違いがその一因と考えられる.本研究はヒト結膜細胞を用いたinvitro試験およびウサギを用いたinvivo試験の結果であり,まだ臨床的な検証はされていない.しかし,本研究の結果は点眼液の処方を検討することにより,細胞毒性を軽減させることが可能であることを示しており,同一主薬の製剤でも同等の効果を維持しながら,臨床使用における角結膜障害リスクを低減させることが可能であることを示唆している.点眼液の処方設計と局所的副作用に関する臨床的な検証はまだ不十分であり,今後のさらなる検討が必要である.以上,ヒト結膜由来細胞およびウサギを用いてラタノプロスト点眼液「サワイ」の角結膜障害性を評価した結果,その細胞毒性およびアポトーシス誘導能は低く,角結膜障害性は低いと考えられた.また,本検討で行ったいずれの試験においても,本点眼液の毒性は対照に用いたキサラタンR点眼液と比して軽度であった.よって,ラタノプロスト点眼液「サワイ」は角結膜障害発生のリスク低減という意味で有用性が期待できると考えられた.文献1)相良健:オキュラーサーフェスへの影響─防腐剤の功罪.あたらしい眼科25:789-794,20082)中村雅胤,西田輝夫:防腐剤の功罪.眼科NewInsight2点眼薬─常識と非常識(大橋裕一編),p36-43,メジカルビュー社,19943)GuenounJM,BaudouinC,RatPetal:Invitrostudyofinflammatorypotentialandtoxicityprofileoflatanoprost,travoprost,andbimatoprostinconjunctiva-derivedepithelialcells.InvestOphthalmolVisSci46:2444-2450,20054)PisellaPJ,PouliquenP,BaudouinC:Prevalenceofocularsymptomsandsignswithpreservedandpreservativefreeglaucomamedication.BrJOphthalmol86:418-423,20025)LiangH,BaudouinC,PaulyAetal:Conjunctivalandcornealreactionsinrabbitsfollowingshort-andrepeatedexposuretopreservative-freetafluprost,commerciallyavailablelatanoprostand0.02%benzalkoniumchloride.BrJOphthalmol92:1275-1282,20086)竹内譲,沖田祐佳,上野眞義ほか:ラタノプロスト点眼液0.005%「サワイ」の健康成人における薬力学的試験.診療と新薬47:298-303,20107)相原一:緑内障点眼薬─選択のポイント.あたらしい眼科25:751,20088)開繁義,石田俊郎,狩野真由美:涙液の生化学的分析による眼局所用薬剤の角膜障害性の評価.日眼会誌92:1553-1564,19889)LiangH,Brignole-BaudouinF,Rabinovich-GuilattLetal:Reductionofquaternaryammonium-inducedocularsurfacetoxicitybyemulsions:aninvivostudyinrabbits.MolVis14:204-216,2008***

ベンザルコニウム塩化物を低減した新処方タフルプロスト点眼液の眼内移行性および眼圧下降作用

2010年5月31日 月曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(119)691《原著》あたらしい眼科27(5):691.694,2010cはじめに0.0015%タフルプロスト点眼液(タプロスR点眼液0.0015%,以下タフルプロスト)は,旭硝子株式会社と参天製薬株式会社の共同で開発された日本発のプロスタグランジンF2a誘導体を含有する点眼剤で,緑内障・高眼圧症治療剤として良好な眼圧下降効果だけでなく,眼血流改善効果が期待されている薬剤として2008年12月に発売された.緑内障は視野異常が生じる視神経の疾患であるが,眼圧下降が唯一エビデンスのある治療方法であり,眼圧下降剤の点眼と手術によって治療される1).眼圧下降剤の点眼は長期にわたること,また眼圧をコントロールするために多剤併用される傾向にあることから,各点眼液に含まれる添加物による角膜上皮の障害が問題とされることがある.点眼液の代表的な添加剤であるベンザルコニウム塩化物(BAK)は,角膜状〔別刷請求先〕深野泰史:〒630-0101生駒市高山町8916-16参天製薬株式会社研究開発センターReprintrequests:YasufumiFukano,Research&DevelopmentCenter,SantenPharmaceuticalCo.,Ltd.,8916-16Takayama-cho,Ikoma,Nara630-0101,JAPANベンザルコニウム塩化物を低減した新処方タフルプロスト点眼液の眼内移行性および眼圧下降作用深野泰史小谷敬子中村雅胤河津剛一参天製薬株式会社研究開発センターIntraocularPenetrationandIntraocularPressure-LoweringEffectofNewFormulation0.0015%TafluprostOphthalmicSolutionwithReducedBenzalkoniumChlorideYasufumiFukano,NorikoOdani-Kawabata,MasatsuguNakamuraandKouichiKawazuResearch&DevelopmentCenter,SantenPharmaceuticalCo.,Ltd.目的:ベンザルコニウム塩化物(BAK)濃度を低減した新処方タフルプロスト点眼液を点眼したときのタフルプロストの眼内移行性および眼圧下降作用を,現処方と比較検討した.方法:タフルプロスト点眼後の眼内移行性は,雄性日本白色ウサギを用いて角膜,房水および虹彩毛様体中のタフルプロストカルボン酸体(タフルプロストの活性本体)濃度を測定し評価した.眼圧下降作用の評価は雄性正常眼圧サルを用いて実施した.結果:タフルプロスト点眼後の角膜,房水および虹彩毛様体中タフルプロストカルボン酸体濃度の最高濃度(Cmax),消失半減期(T1/2)および組織中濃度-時間下曲線面積(AUC)は処方間でほぼ同じであり,房水移行性も同等であった.眼圧下降作用も強度,経時変化ともに処方間に違いはみられなかった.結論:タフルプロストの眼内移行性および眼圧下降作用は,BAK濃度の影響を受けることなく,現処方と新処方でほぼ同じであった.Thepurposeofthisstudywastoevaluatetheinfluenceofbenzalkoniumchloride(BAK)concentrationin0.0015%tafluprostophthalmicsolution(TaprosR0.0015%)onthepenetrationoftafluprostacid,thepharmacologicalactivemetabolite,intoeyetissuesinrabbits,andtoassessitsintraocularpressure(IOP)-loweringeffectinmonkeys.Currentandnew(reducedBAKconcentration)formulationsweretopicallydosedontorabbitormonkeyeyes.Pharmacokineticprofilesoftafluprostacidinrabbitcornea,aqueoushumorandiris-ciliarybodydidnotshowanysignificantdifferencebetweenthetwoformulations.Themaximumconcentrationoftheacidinrabbitaqueoushumorforthenewformulationwasstatisticallyequivalenttothatforthecurrentformulation.ComparisonoftheformulationsastotheireffectonIOPinmonkeysdemonstratedsimilarresultsforbothdiurnalIOPandmaximumIOPreduction.Inconclusion,thenewformulationoftafluprostophthalmicsolutionwithreducedBAKisequivalenttothecurrentformulationintermsofbothpharmacokineticsandefficacy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(5):691.694,2010〕Keywords:タフルプロスト,ベンザルコニウム塩化物,眼内移行性,眼圧下降作用.tafluprost,benzalkoniumchloride,intraocularpenetration,intraocularpressureloweringeffect.692あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(120)態の変化や炎症などの角膜上皮障害を誘発するポテンシャルを有することが多数報告されている2.5).一方,点眼剤の品質保持のためには,容器などで工夫された製剤でない限り防腐剤は必要である.そこで,角膜への安全性と防腐効力のバランスがとれた防腐剤と防腐剤濃度を設定する処方が必要とされる.今回,タフルプロスト点眼液中に含有されるBAK濃度を見直し,防腐効果と角膜安全性の両面からバランスのとれた濃度6)に低減する新処方を見出した.本研究では,眼内移行動態,眼圧下降作用の両観点より,現処方と新処方の比較検討を行った.I実験材料1.点眼液試験には,参天製薬で製造された現処方タフルプロスト(タフルプロスト0.0015%含有)およびBAK濃度を現処方の1/10に低減した新処方タフルプロスト(タフルプロスト0.0015%含有)を用いた.2.測定用標準物質測定用標準物質として使用したタフルプロストカルボン酸体および内標準物質は,旭硝子株式会社にて合成された.3.実験動物眼内移行動態試験には,日本白色ウサギ(雄性)を使用した.眼圧試験には,正常眼圧カニクイザル(Macacafascicularis,雄性)を使用した.本研究は,「動物実験倫理規程」,「参天製薬(株)の動物実験における倫理の原則」,「動物の苦痛に関する基準」などの参天製薬株式会社社内規程を遵守し,実施した.II実験方法1.眼内移行性評価日本白色ウサギ(雄性)の同一個体の左眼に現処方,右眼に新処方タフルプロストをそれぞれ50μlずつ単回点眼し,点眼後15,30分,1,2,4および8時間に角膜,房水および虹彩毛様体を採取した(各時点4例).点眼後のタフルプロストは速やかにタフルプロストカルボン酸体(タフルプロストの活性本体)に代謝される7)ことから,眼内移行性評価には眼組織中タフルプロストカルボン酸体濃度を液体クロマトグラフ-タンデム型質量分析計(LC-MS/MS)を用いて測定した.組織中タフルプロストカルボン酸体濃度の薬物動態パラメータは,平均組織中濃度より算出した.房水移行の同等性は,点眼後30分における房水中タフルプロストカルボン酸体濃度について,90%信頼区間法により確認した(各処方14例).生物学的同等性は,房水中タフルプロストカルボン酸体濃度の対数値について二元配置分散分析を行い,残差の平均平方を用いて算出した現処方点眼時に対する新処方点眼時の差の90%信頼区間がlog(0.80).log(1.25)を満たすとき,同等と判断した.2.現処方あるいは新処方タフルプロスト点眼後の眼圧測定試験には,無麻酔下での眼圧測定に対し十分馴化されたことを確認した正常眼圧の雄性カニクイザルを使用した.現処方タフルプロスト,新処方タフルプロスト,現処方基剤,あるいは新処方基剤を1群8例の雄性正常眼圧サルの片眼に20μl単回点眼し眼圧を測定した.眼圧は,点眼直前ならびに点眼後2,4,6および8時間に,圧平式眼圧計を使用して盲検下で測定した.眼圧下降作用は,点眼後の各眼圧測定時間の眼圧値から点眼直前の眼圧値を引いた眼圧下降幅のなかの最大値である最大眼圧下降幅で評価した.III結果1.眼内移行性現処方および新処方タフルプロスト点眼後の角膜,房水および虹彩毛様体中タフルプロストカルボン酸体濃度推移および薬物動態パラメータを,図1および表1に示す.タフルプロストカルボン酸体は,角膜および虹彩毛様体では点眼後1または2時間まで,房水では点眼後4時間まで定量可能であった.タフルプロストカルボン酸体濃度は角膜では点眼後15分,房水および虹彩毛様体では点眼後30分に最高となり,その後時間経過に従って消失し,いずれの処方でもほぼ同様な推移を示した.また,薬物動態パラメータである最高濃度(Cmax),消失半減期(T1/2)および組織中濃度-時間下曲線面積(AUC)も処方間でほぼ同じであった.点眼後30分における房水中タフルプロストカルボン酸体濃度により,房水移行の同等性を確認したところ,房水中タフルプロストカルボン酸体濃度は,現処方で6.10±2.38ng/ml,新処方で5.52±1.13ng/mlであった(平均値±標準偏差).これら房水中タフルプロストカルボン酸体濃度の対数値について,処方および個体を要因とする二元配置分散分析を行った.現処方点眼時に対する新処方点眼時の差の90%信頼区間はlog(0.829).log(1.096)であり,生物学的同等性の基準〔log(0.80).log(1.25)〕を満たし,両処方のタフルプロストカルボン酸体房水移行性は同等であると判断できた.2.眼圧下降作用正常眼圧サルにおける各点眼群の最大眼圧下降幅(点眼前後の眼圧差の最大値)を図2に,眼圧実測値の経時変化を図3に示す.現処方タフルプロスト点眼群は,正常眼圧サルに対して眼圧下降作用を示し,その最大眼圧下降幅は2.2±0.5mmHg(平均値±標準誤差)で,現処方基剤群(0.6±0.1mmHg)に比し有意であった.新処方タフルプロスト点眼群は,新処方基剤群(0.5±0.1mmHg)に比し有意な眼圧下降作用を認め,その最大眼圧下降幅は2.5±0.7mmHgであった.現処方タフルプロスト点眼群と新処方タフルプロスト点眼群の最大眼圧下降幅は,2群間で統計学的な有意差は認められなかった.また,眼圧実測値の経時変化においても処方間で明確な違いはみられなかった.(121)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010693以上の結果から,タフルプロスト点眼液の現処方と新処方の眼圧下降作用に明確な差は認められなかった.IV考按本研究において,タフルプロスト点眼液中のBAK濃度の低減化は,タフルプロストカルボン酸体の眼内移行性に影響を与えなかった.この結果は,両処方間で眼圧下降作用に差がなかったことによっても裏付けられた.一般にBAKは,それ自身の界面活性作用や角膜上皮細胞表1タフルプロスト点眼液現処方および新処方単回点眼後のウサギ眼組織中タフルプロストカルボン酸体濃度の薬物動態パラメータ組織処方Cmax(ng/mlまたはng/g)Tmax(時間)T1/2(時間)AUC0-8hr(ng・hr/mlまたはng/g)AUC0-inf(ng・hr/mlまたはng/g)角膜現処方3070.250.30193189新処方3180.250.54236229房水現処方7.630.50.6712.912.6新処方8.750.50.7714.814.5虹彩毛様体現処方3.070.50.673.673.65新処方5.990.50.866.336.68各値は4例の平均組織中濃度より算出.0A45040035030025020015010050012投与後時間(時間):現処方:新処方角膜中濃度(ng/g)340B12108642012投与後時間(時間):現処方:新処方房水中濃度(ng/ml)340C12108642012投与後時間(時間):現処方:新処方虹彩毛様体中濃度(ng/g)34図1タフルプロスト点眼液現処方および新処方単回点眼後のウサギ眼組織中タフルプロストカルボン酸体濃度推移A:角膜,B:房水,C:虹彩毛様体.各値は4例の平均値±標準偏差を示す.43210現処方基剤新処方基剤NS**現処方タフルプロスト新処方タフルプロスト最大眼圧下降幅(mmHg)図2正常眼圧サルにおけるタフルプロスト点眼液現処方および新処方の単回点眼時の最大眼圧下降幅各値は8例の平均値±標準誤差を示す.*:p<0.05(Aspin-Welchのt検定),NS:有意差なし(Studentのt検定).2019181716150眼圧(mmHg)024点眼からの時間(hr)68:現処方基剤:現処方タフルプロスト:新処方基剤:新処方タフルプロスト図3正常眼圧サルにおけるタフルプロスト点眼液現処方および新処方の単回点眼時の眼圧の経時変化各値は8例の平均値±標準誤差を示す.694あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(122)間隙の拡張作用によって,薬物の角膜透過性を亢進する場合があることが報告されており8.10),タフルプロストと同じプロスタグランジンF2a誘導体であるトラボプロストについても,トラボプロストカルボン酸体のウサギ眼内移行性がBAK含有点眼液に比べて非含有点眼液で低下したことが知られている.しかしながら,トラボプロストのBAK非含有点眼液にはBAKに代えてホウ酸や塩化亜鉛などが添加されており,それによる薬物の眼内移行性への影響は不明であるため,一概にBAK濃度による眼内移行性の変化とは考えられない.筆者らはすでに,ラタノプロスト点眼液点眼後のラタノプロストカルボン酸体のウサギ房水移行性が,BAK0.02%含有および非含有処方間で違いがないことを報告している11).さらに今回の検討により,タフルプロストについてもタフルプロストカルボン酸体のウサギ房水移行性が,BAKの濃度によらず変化しないことが確認できた.BAKによる角膜透過性亢進の感受性はヒトではウサギよりも低いことが示唆されている12)ことから,プロスタグランジン系点眼液中のBAK濃度は,臨床適用範囲では,活性本体のヒト眼内移行性に影響しないと考える.プロスタグランジンF2a誘導体の眼圧下降反応性は,ウサギでは低くサルで高いことが知られており13),タフルプロストでは正常眼圧サルにおいて点眼液濃度0.0002%.0.005%で,高眼圧サルにおいて点眼液濃度0.0002%.0.0025%で濃度依存的な眼圧下降作用の増強が認められている14).また,健常人に対して,タフルプロストは0.0025%.0.005%で濃度依存的に眼圧下降作用を示す15).これらの結果から,サルにおいてはヒトとほぼ同じ濃度範囲で濃度依存的な眼圧下降作用を示すと考えられ,サルはヒトの有効性を比較的よく反映していると考える.本研究において,正常眼圧サルの眼圧下降作用はタフルプロストの現処方と新処方で明確な差はなかった.このことから,ヒトにおいてもタフルプロストの眼圧下降作用に点眼液中BAK濃度は影響せず,タフルプロストの現処方と新処方の眼圧下降作用に差はないと考えられる.以上,現処方とBAK濃度を低減した新処方のタフルプロストを用いて眼内移行動態,眼圧下降作用の両点を比較検討した結果,薬物動態面,薬効面ともにBAK濃度が影響を与えることはなかった.点眼液に含有されるBAKは,炎症や点状角膜表層症などの症状を誘発する原因とも考えられることから,BAK濃度を低減した新処方タフルプロストは,今までと変わらない薬効のうえに,角膜上皮細胞の安全性にも配慮された点眼液6)となることが期待される.謝辞:本研究にご協力をいただいた石田成弘氏,倉島宏明氏,三枝祐史氏,後藤干城氏,寺嶋達雄氏に感謝いたします.文献1)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン(第2版).日眼会誌110:777-814,20062)BaudouinC,LiangH,HamardPetal:TheocularsurfaceofglaucomapatientstreatedoverthelongtermexpressesinflammatorymarkersrelatedtobothT-helper1andT-helper2pathways.Ophthalmology115:109-115,20083)PisellaPJ,PouliquenP,BaudouinC:Prevalenceofocularsymptomsandsignswithpreservedandpreservativefreeglaucomamedication.BrJOphthalmol86:418-423,20024)JaenenN,BaudouinC,PouliquenPetal:Ocularsymptomsandsignswithpreservedandpreservative-freeglaucomamedications.EurJOphthalmol17:341-349,20075)LeungEW,MedeirosFA,WeinrebRN:Prevalenceofocularsurfacediseaseinglaucomapatients.JGlaucoma17:350-355,20086)AsadaH,Takaoka-ShichijoY,NakamuraMetal:Optimizationofbenzalkoniumchlorideconcentrationin0.0015%tafluprostophthalmicsolutionfrompointsofocularsurfacesafetyandpreservativeefficacy.YakugakuZasshi130(6),20107)FukanoY,KawazuK:Dispositionandmetabolismofanovelprostanoidantiglaucomamedication,tafluprost,followingocularadministrationtorats.DrugMetabDispos37:1622-1634,20098)SasakiH,NaganoT,YamamuraKetal:Ophthalmicpreservativesasabsorptionpromotersforoculardrugdelivery.JPharmPharmacol47:703-707,19959)SasakiH,YamamuraK,MukaiTetal:Enhancementofoculardrugpenetration.CritRevTherDrugCarrierSyst16:85-149,199910)McCareyB,EdelhauserH:Invitrocornealepithelialpermeabilityfollowingtreatmentwithprostaglandinanalogswithorwithoutbenzalkoniumchloride.JOculPharmTher23:445-451,200711)FukanoY,AsadaH,KimuraAetal:Influenceofbenzalkoniumchlorideonthepenetrationoflatanoprostintorabbitaqueoushumorafterocularinstillations.AAPSJ8(S2),200612)BursteinNL:Preservativealterationofcornealpermeabilityinhumansandrabbits.InvestOphthalmolVisSci25:1453-1457,198513)StjernschantzJW:FromPGF2a-isopropylestertolatanoprost:AreviewofthedevelopmentofXalatan:theProctorLecture.InvestOphthalmolVisSci42:1134-1145,200114)TakagiY,NakajimaT,ShimazakiAetal:PharmacologicalcharacteristicsofAFP-168(tafluprost),anewprostanoidFPreceptoragonist,asanocularhypotensivedrug.ExpEyeRes78:767-776,200415)SuttonA,GilvarryA,RopoA:Acomparative,placebocontrolledstudyofprostanoidfluoroprostaglandinreceptoragoniststafluprostandlatanoprostinhealthymales.JOculPharmacolTher23:359-365,2007***

ニューキノロン系抗菌点眼薬と非ステロイド抗炎症点眼薬の培養家兎由来角膜細胞に対する影響

2009年3月31日 火曜日

———————————————————————-Page1(117)3990910-1810/09/\100/頁/JCLSあたらしい眼科26(3):399403,2009cはじめに点眼薬の製剤設計においては,薬効だけでなく①角膜透過性および組織内移行性を含めた有効性,②角結膜および眼組織に対する安全性,③薬物の配合変化などの安定性,④さし心地(点眼時の眼刺激性)の4つの条件が要求される.これらの条件を満たすために,通常,点眼薬には主成分となる主剤のほかに,等張化剤,緩衝剤,防腐剤,可溶化剤,安定化剤,懸濁化剤,粘稠化剤などが含まれている1).これらの成〔別刷請求先〕福田正道:〒920-0293石川県河北郡内灘町大学1-1金沢医科大学感覚機能病態学(眼科学)Reprintrequests:MasamichiFukuda,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,KanazawaMedicalUniversity,Daigaku1-1,Uchinada-machi,Kahoku-gun,Ishikawa920-0293,JAPANニューキノロン系抗菌点眼薬と非ステロイド抗炎症点眼薬の培養家兎由来角膜細胞に対する影響福田正道佐々木洋金沢医科大学感覚機能病態学(眼科学)CytotoxicEfectsofNewQuinoloneAntibioticOphthalmicSolutionsandNonsteroidalAnti-InlammatoryOphthalmicSolutionsonCulturedRabbitCornealCellLineMasamichiFukudaandHiroshiSasakiDepartmentofOphthalmology,KanazawaMedicalUniversity目的:4種類のニューキノロン系抗菌点眼薬,および2種類の非ステロイド性抗炎症点眼薬の培養家兎由来角膜細胞(SIRC)に対する影響を比較検討した.方法:SIRC(2×105cells)を培養5日後に4種類のニューキノロン系抗菌点眼薬〔0.5%LVFX(レボフロキサシン),0.3%GFLX(ガチフロキサシン),0.3%TFLX(トスフロキサシン),0.5%MFLX(モキシフロキサシン)〕および2種類の非ステロイド性抗炎症点眼薬(ジクロフェナクナトリウム点眼液0.1%,ブロムフェナクナトリウム水和物点眼液0.1%)1mlを060分間接触させ,生存細胞数をCoulterカウンターで計測し50%細胞致死時間〔CDT50(分)〕を算出した.結果:4種類のニューキノロン系抗菌点眼薬のCDT50はいずれも60分以上と長く,細胞障害への影響は少なかった.2種類の非ステロイド性抗炎症点眼薬のCDT50はジクロフェナクナトリウム点眼液では1.16分,ブロムフェナクナトリウム水和物点眼液では2.56分と,いずれも高度の細胞障害が認められ,両薬剤間で有意差を認めた(p<0.001,Studentt-検定).結論:4種類のニューキノロン系抗菌点眼薬の細胞障害への影響は少なかったのに対し,2種類の非ステロイド性抗炎症点眼薬は細胞障害性が強いことが示唆された.Weinvestigatedtheeectsof4newquinoloneantibioticophthalmicsolutions〔(0.5%LVFX(levooxacin),0.3%GFLX(gatioxacin),0.3%TFLX(tosuoxacin),and0.5%MFLX(moxioxacin)〕and2nonsteroidalanti-inammatoryophthalmicsolutions(0.1%diclofenacsodiumophthalmicsolutionand0.1%bromfenacsodiumhydrateophthalmicsolution)onaculturedrabbitcornealcellline(SIRC).CulturedSIRC(2×105cells)incubatedfor5dayswereexposedtothe6solutionsfor060min.SurvivingcellswerecountedbyaCoultercounter,and50%celldeathtime(CDT50;min)wascalculated.Cytotoxiceectsofthe4newquinoloneophthalmicsolutionswerealllowgrade(CDT50;>60min).Cytotoxiceectsof0.1%diclofenacsodiumophthalmicsolution(CDT50;1.16min)and0.1%bromfenacsodiumhydrateophthalmicsolution(CDT50;2.56min)werehighgrade;asignicantdierencewasnoted(p<0.001,Student’st-test).Theseresultssuggestthatthecytotoxiceectsofthe4newquinoloneophthalmicsolutionsarelessthanthoseofthe2nonsteroidalophthalmicsolutionstested.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(3):399403,2009〕Keywords:ニューキノロン系抗菌点眼薬,非ステロイド性抗炎症点眼薬,培養家兎由来角膜細胞(SIRC),防腐剤,ベンザルコニウム塩化物.newquinoloneantibioticophthalmicsolutions,nonsteroidalanti-inammatoryophthalmicsolutions,culturedrabbitcornealcellline(SIRC),preservative,benzalkoniumchloride.———————————————————————-Page2400あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009(118)分はいずれもアレルギー反応などによって角結膜に障害をひき起こす可能性があるが,なかでも防腐剤は難治性の障害を起こしうることから特に注意が必要である2,3).現在,細菌性外眼部感染症や眼科周術期においては,幅広い抗菌スペクトルを有するニューキノロン系抗菌点眼薬や抗炎症作用を有する非ステロイド性抗炎症点眼薬などが汎用されているが,一定期間,反復点眼する必要があることを考えると安全性の確保も大きな関心事の一つである.本研究では4種類のニューキノロン系抗菌点眼薬,および2種類の非ステロイド性抗炎症点眼薬の培養家兎由来角膜細胞(SIRC)に対する影響を比較検討した.I実験材料および方法〔実験材料〕検討した点眼液は,レボフロキサシン水和物(LVFX)点眼液0.5%(クラビットR点眼液0.5%:参天製薬),トスフロキサシントシル酸水和物(TFLX)点眼液0.3%(トスフロR点眼液0.3%:ニデック,オゼックスR点眼液0.3%:大塚製薬),ガチフロキサシン水和物(GFLX)0.3%点眼液(ガチフロR0.3%点眼液:千寿製薬),モキシフロキサシン塩酸塩(MFLX)点眼液0.5%(ベガモックスR点眼液0.5%:アルコン),以上4種類のニューキノロン系抗菌点眼薬,およびジクロフェナクナトリウム点眼液0.1%(ジクロードR点眼液0.1%:わかもと製薬),ブロムフェナクナトリウム水和物点眼液0.1%(ブロナックR点眼液0.1%:千寿製薬),以上2種類の非ステロイド性抗炎症点眼薬である.なお,TFLX点眼液0.3%は,2製品のうちトスフロR点眼液0.3%を使用した.各点眼薬の添加物については表1,2に示した.細胞は,DME(Dulbeccomodiedeagle)-10%FBS(fatalbovineserum)培地で37℃,5%CO2下で培養した家兎由来角膜細胞(ATCCCCL60SIRC)を使用した.〔実験方法〕1.各種点眼薬のSIRCに対する影響SIRC(2×105cells)を35×10mm細胞培養ディッシュ(FALCONR)のDME-10%FBS培地で5日間培養後,コンフルエントになった状態で,前記4種類のニューキノロン系抗菌点眼薬および2種類の非ステロイド性抗炎症点眼薬を各々1ml,0,2,4,8,15,30,60分間接触させた後,シャ表1ニューキノロン系抗菌点眼薬の有効成分と添加物クラビットR点眼液0.5%トスフロR点眼液0.3%*オゼックスR点眼液0.3%ガチフロR0.3%点眼液ベガモックスR0.5%点眼液有効成分(1ml中)レボフロキサシン水和物(LVFX)トスフロキサシントシル酸水和物(TFLX)ガチフロキサシン水和物(GFLX)モキシフロキサシン塩酸塩(MFLX)5mgトスフロキサシンとして2.04mgガチフロキサシンとして3mgモキシフロキサシンとして5mg添加物塩化ナトリウム硫酸アルミニウムカリウム塩化ナトリウムホウ酸pH調整剤ホウ砂塩酸等張化剤塩化ナトリウム水酸化ナトリウムpH調整剤2成分pH調整剤pH6.26.84.95.55.66.36.37.3浸透圧1.01.10.91.1(生理食塩水に対する比)0.91.1(0.9w/v%塩化Na液に対する比)0.91.1(0.9塩化Na液に対する比)*トシル酸トスフロキサシン(TFLX)は,2製品のうちトスフロR点眼液0.3%を使用した.表2非ステロイド性抗炎症点眼薬の有効成分と添加物ジクロードR点眼液(0.1%)ブロナックR点眼液(0.1%)有効成分ジクロフェナクナトリウム1mg/mlブロムフェナクナトリウム水和物1mg/ml添加物ホウ酸ホウ砂クロロブタノールポビドンポリソルベート80ホウ酸,ホウ砂,乾燥亜硫酸ナトリウムエデト酸ナトリウム水和物,ポビドンポリソルベート80ベンザルコニウム塩化物水酸化ナトリウムpH6.07.58.08.6浸透圧約1.0———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009401(119)ーレに残存した細胞数をCoulterカウンターで計測し50%細胞致死時間〔CDT50(分)〕を算出した.CDT50は,得られた生存率を基にして,時間-細胞死の曲線が二次関数になると仮定し,最小近似法で二次関数を決定後,細胞死が50%になる時間を算出した.二次方程式の解の公式,ax2+bx+c=0(≠0),x=b±-4ac/2aを用いた.CDT50を基準に,①5分以内(高度障害),②530分(中度障害),③30分以上(低度障害)に分類した.2.塩化ベンザルコニウムのSIRCに及ぼす影響SIRC(2×105cells)をDME-10%FBS培地で5日間培養後,生理食塩水と各濃度のベンザルコニウム塩化物溶液(0.01%,0.002%,0.005%)を各々1ml,0,2,4,8,15,30分間接触させた後,シャーレに残存した細胞数をCoulterカウンターで計測しCDT50を算出した.II結果1.各種点眼薬のSIRCに対する影響(図1,2)4種類のニューキノロン系抗菌点眼薬のCDT50はいずれも60分以上で,細胞障害の程度は低く,角膜障害への影響は少ないと考えられた.2種類の非ステロイド性抗炎症点眼薬は接触時間の経過とともに細胞生存率が徐々に減少し,CDT50はジクロフェナクナトリウム点眼液では1.16分,ブロムフェナクナトリウム水和物点眼液では2.56分と,いずれも高度の細胞障害が認められた.また,その影響はジクロフェナクナトリウム点眼液0.1%で有意に大きかった(p<0.001,Studentt-検定).2.ベンザルコニウム塩化物のSIRCに及ぼす影響(図3)生理食塩液,0.002%および0.005%ベンザルコニウム塩化物溶液のCDT50はいずれも30分以上と長く,細胞障害への影響は少なかったが,0.01%溶液では8.1分であり中度の障害がみられた.III考按筆者らはこれまでにSIRCを用いて種々の点眼薬の角膜細胞への影響を評価している.このSIRCは米国の細胞バンクにある家兎の角膜由来の樹立細胞で,世界的にさまざまな分野の研究に用いられている.眼の角膜障害試験においても広く使用されており,筆者らはSIRCを用いた角膜障害の評価法を独自に開発し,これまでに数多くの薬物の評価を行っている1,9).また,未公開の成績であるが,予備実験において筆者らはSIRCで得た抗菌点眼薬の細胞障害の成績とヒト由来角膜上皮細胞株(HCE-T)を用いた成績では大きな差がないことを確認したうえで,SIRCを実験に用いている.今回は,有効成分が抗菌作用を示し添加物に防腐剤が含まれていないニューキノロン系抗菌点眼薬に着眼し,防腐剤を含む非ステロイド性抗炎症点眼薬との角膜細胞への影響の相理時間(分)生存率(%)20406080100012340*:p<0.001Student’st-testn=5~6*******:ブロムフェナクナトリウム2.56:ジクロフェナクナトリウム水和物1.16CDT50(分)図2非ステロイド系抗菌点眼薬のSIRCへの影響分=5~6CDT50(分)020406080100051525301020:ベンザルコニウム塩化物0%(生食)>30:ベンザルコニウム塩化物0.002%>30:ベンザルコニウム塩化物0.005%>30:ベンザルコニウム塩化物0.01%8.1図3ベンザルコニウム塩化物溶液のSIRCへの影響0分1分4分8分15分30分60分TFLX100.097.691.596.194.496.895.9GFLX100.092.587.392.295.189.975.8LVFX100.096.698.193.491.179.661.4MFLX100.086.289.680.076.567.552.8図1ニューキノロン抗菌点眼薬のSIRCへの影響=4~6生存率(%)処理時間(分)———————————————————————-Page4402あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009(120)違を検討した.眼科医療に携わる者にとって,点眼薬の安全性を知ることは,臨床において大変重要な事項である.点眼薬による角膜上皮障害は主剤あるいは添加物による細胞毒性が直接かかわると考えられる3).添加物の一つである防腐剤には,ベンザルコニウム塩化物,クロロブタノール,パラオキシ安息香酸エステル類などが使用されているが,これらは難治性の角膜上皮障害をひき起こす可能性が報告されている3).認可市販されている点眼薬のうち,60%にベンザルコニウム塩化物が使用されているといわれており4),その濃度は0.0010.01%である5,6).高橋ら7)は,ヒト結膜上皮細胞を用いた細胞毒性試験においてベンザルコニウム塩化物は低濃度でも細胞に障害を認めるため,通常濃度としては0.00250.005%が妥当であるとしながらも,たとえ0.0025%でも頻回点眼により粘膜障害を生じる可能性があることを報告している.点眼薬の角膜細胞障害性の客観的評価方法についてこれまであまり検討されてこなかったが,筆者らはCDT50(分)を指標とする評価方法を考案し,活用している.今回もSIRCを5日間培養した後,各点眼薬を一定時間接触させてシャーレに残存した細胞数をCoulterカウンターで計測して生存率(%)を算出し,培養細胞に接触してから細胞生存率が50%にまで減少した時点の時間で評価した.今回の検討では,薬剤接触後60分間測定を行ったが,4種類のニューキノロン系抗菌点眼薬のCDT50はいずれも60分以上であり,細胞障害は低度であることが確認された.また,臨床的には05分までの点眼早期におけるCDT50が重要な意味をもつと考えているが,今回の成績では,いずれの点眼薬の早期の生存率も高く,角膜障害性が低いことが予想された.細胞障害性が低かった原因として,主剤そのものの細胞障害性が低いことに加え,防腐剤が含まれておらず,添加物の数も少なかったことが推察される.なお,点眼薬の接触時間とともにMFLX点眼液,LVFX点眼液,GFLX点眼液,TFLX点眼液の順で細胞生存率の減少がみられた.4薬剤間の有意差は検討していないが,TFLX点眼液における生存率減少カーブは緩やかであり,細胞障害への影響が最も少ない結果であった.この結果は,薬液添加後72時間培養後の細胞増殖に対する影響をみた櫻井ら8)の報告と異なるものとなったが,これは櫻井らが主剤の原末を溶解して使用したのに対して,本研究では臨床での影響を直接評価するために点眼液をそのまま用いたことなどが理由にあげられる.今回,家兎由来SIRC細胞で角膜障害性を評価したが,その一方で,多くの研究者によって角膜実質細胞に対しても評価が行われ,角膜上皮細胞との相違点が明らかにされている811).一方,非ステロイド性抗炎症点眼薬においては,防腐剤のベンザルコニウム塩化物が点眼による副作用として角膜上皮障害を起こすことが報告されている12).ジクロフェナクナトリウム点眼液においては,主剤とクロロブタノールとの相互作用により細胞障害が増加している可能性が高いことを,筆者らは確認している13).また,主剤である非ステロイド性抗炎症薬が角膜上皮障害を起こしうることも示唆されており,その原因としてシクロオキシゲナーゼ阻害によりリポキシゲナーゼが活性化され,生成されたさまざまなケミカルメディエーターにより炎症細胞の浸潤が起こる,細胞増殖抑制作用による,角膜知覚低下によるなどさまざまな説が提唱されている14).今回の検討において,ジクロフェナクナトリウム点眼液のCDT50は1.16分,ブロムフェナクナトリウム水和物点眼液では2.56分であり,両薬剤ともに高度の細胞障害がみられた.ジクロフェナクナトリウム点眼液には防腐剤としてクロロブタノールが,ブロムフェナクナトリウム水和物点眼液にはベンザルコニウム塩化物が含まれており,角膜障害には主剤そのものの影響に加え,これら防腐剤の影響があったものと推察される.ブロムフェナクナトリウム水和物点眼液では,主剤以外に種々の添加物を含み,特にベンザルコニウム塩化物を含んでいることが障害の大きな原因ではないかと考えている.ベンザルコニウム塩化物を含まないジクロフェナクナトリウム点眼液において細胞障害が有意に強かったが,これは白内障術後の角膜上皮障害について検討した進藤ら11)の報告とも一致する.防腐剤を含めた添加物の濃度は各点眼薬により異なり,その種類も多いことから,ベンザルコニウム塩化物以外の添加物またはその濃度が複雑に角膜上皮に影響を及ぼしている可能性がある.したがって,主剤はもちろん防腐剤を含めた添加物の種類およびその濃度による影響については今後の検討課題である.いずれにしろ,今回検討したニューキノロン系抗菌点眼薬はいずれも角膜細胞への影響が少ないことがCDT50を用いた評価で確認された.客観的評価に基づく今回の結果は,細菌性外眼部感染症および眼科周術期におけるニューキノロン系抗菌点眼薬の有用性を細胞障害性,すなわち安全性の側面から裏付ける有意義な知見といえよう.文献1)福田正道,村野秀和,山本佳代ほか:クロモグリク酸ナトリウム点眼液の角膜細胞への影響.あたらしい眼科22:1675-1678,20052)小玉裕司:コンタクトレンズと点眼薬.日コレ誌49:268-271,20073)植田喜一,柳井亮二:シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズとマルチパーパスソリューション,点眼薬.あたらしい眼科25:923-930,20084)中村雅胤,山下哲司,西田輝夫ほか:塩化ベンザルコニウムの家兎角膜上皮に対する影響.日コレ誌35:238-241,19935)高橋信夫,佐々木一之:防腐剤とその眼に与える影響.眼科31:43-48,1989———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009403(121)6)島潤:点眼剤の防腐剤とその副作用.眼科33:533-538,19917)高橋信夫,向井佳子:点眼用防腐剤塩化ベンザルコニウムの細胞毒性とその作用機序─細胞培養学的検討─.日本の眼科58:945-950,19878)櫻井美晴,羽藤晋,望月弘嗣ほか:フルオロキノロン剤が角膜上皮細胞および実質細胞に与える影響.あたらしい眼科23:1209-1212,20069)SeitzB,HayashiS,WeeWRetal:Invitroeectofami-noglycosidesanduoroquinolonesonkeratocytes.InvestOphthalmolVisSci37:656-665,199610)LeonardiA,PapaV,FregonaIetal:Invitroeectsofuoroquinoloneandaminoglycosideantibioticsonhumankeratocytes.Cornea25:85-90,200611)CutarelliPE,LassJH,LazarusHMetal:Topicaluoro-quinolones:antimicrobialactivituabdinvitrocornealepi-thelialtoxicity.CurrEyeRes1:557-563,199112)新城百代,仲村佳巳,酒井寛ほか:防腐剤を含まないb遮断薬による角膜上皮障害の改善.臨眼97:539-542,200313)福田正道,山代陽子,萩原健太ほか:ジクロフェナクナトリウム点眼薬の培養家兎角膜細胞に対する障害性.あたらしい眼科22:371-374,200514)進藤さやか,飯野倫子,大下雅世ほか:白内障術後の非ステロイド抗炎症薬による角膜上皮障害.眼紀56:247-250,2005***