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円蓋部基底線維柱帯切除術後における留置糸に関連した微小膿瘍様病変の検討

2013年3月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科30(3):401.404,2013c円蓋部基底線維柱帯切除術後における留置糸に関連した微小膿瘍様病変の検討加藤弘明森和彦池田陽子生島徹小林ルミ今井浩二郎木下茂京都府立医科大学視覚機能再生外科学EvaluationofNylon-Suture-RelatedMicro-Abscess-LikeLesionsinPostoperativePhaseofFornix-BasedTrabeculectomyHiroakiKato,KazuhikoMori,YokoIkeda,TohruIkushima,LumiKobayashi,KojirouImaiandShigeruKinoshitaDepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine目的:円蓋部基底線維柱帯切除術(TLE)後,留置糸近傍に白色の円形.楕円形をした微小膿瘍様病変(microfocus:MF)がみられることがある.今回筆者らはTLE術後早期のMF出現率と治療経過を検討した.対象および方法:平成18年1月からの1年間に当科にてTLE単独または白内障同時手術を行った79例93眼(男性48例55眼,女性31例38眼,平均年齢65.7歳)を対象とし,入院中に出現したMFの頻度,時期,部位,治療経過を後ろ向き研究で検討した.なお,MF出現時にはセフメノキシム(CMX)点眼を追加し,MFが改善しない場合には留置糸を抜去した.結果:全症例中MFは42眼(45.2%)にみられ,平均出現日は術後9.0±4.8日,出現部位は水平留置糸(上方)が19眼(45.2%)と最多であった.CMX点眼のみで消失した症例は4眼で,留置糸抜去後には全例で消失した.結論:円蓋部基底TLEでは平均術後9日に約半数の症例でMFが出現し,留置糸抜去にて速やかに消失した.Purpose:Followingfornix-basedtrabeculectomy(TLE),white,round/ellipticalmicro-abscess-likelesions(microfoci:MF)areoftenobservednearthenylonsutures.Weinvestigatedthefrequency,timeandlocationofMFemergence,andtheirclinicalcourses.SubjectsandMethods:Enrolledinthisstudywere93eyesof79subjectswhounderwentTLEwithorwithoutcataractsurgery.ToeyesinwhichMFappearedafterTLE,cefmenoxim(CMX)eyedropswereinstilled.IfCMXwasineffective,thesuturewasremoved.Results:In42eyes(45.2%),MFappearedin9.0±4.8daysafterTLE.In19ofthoseeyes(45.2%),MFemergedatthesuperiorsiteofthehorizontalnylonsuture;in4eyes,MFdisappearedbyCMXinstillation;intheremainingeyes,MFdisappearedafternylonsutureremoval.Conclusion:InalmosthalfofthepatientswhounderwentTLE,MFappearedinapproximately9postoperativedays.Inallcases,however,MFdisappearedfollowingremovalofnylonsutures.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(3):401.404,2013〕Keywords:マイクロフォーカス,微小膿瘍様病変,円蓋部基底線維柱帯切除術,バイオフィルム.microfocus,micro-abscess-likelesion,fornix-basedtrabeculectomy,biofilm.はじめに線維柱帯切除術(trabeculectomy;TLE)の術式として,近年は輪部基底TLEにかわり,広い術野が得られ手術操作がしやすく,濾過胞の維持もよい円蓋部基底TLEが行われるようになっている1.4).しかし,円蓋部基底TLEでは角膜輪部側からの房水漏出が一番の問題となり,それを防止するために角膜輪部に縫合が必要であり,その方法の一つとして輪部のcompressionsutureがある5).術後,この留置糸の近傍に白色の円形.楕円形をした微小膿瘍様の病変が出現することがあり,筆者らの経験からこの病変は抗菌薬点眼の追加投与や,留置糸の抜去により消退することがわかっている.病変の外見からは細菌による微小膿瘍やバイオフィルム6,7)の可能性が高いと考え,筆者らはこの病変をmicrofocus(MF)とよぶことにした.これまで円蓋部基底TLE後にみられる本病変に関する報告は,筆者らの知る限りない.〔別刷請求先〕加藤弘明:〒602-8566京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町465京都府立医科大学視覚機能再生外科学Reprintrequests:HiroakiKato,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,465Kajii-cho,Hirokoji-agaru,Kawaramachi-dori,Kamigyo-ku,Kyoto602-8566,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(115)401 表1対象の病型内訳病型症例数平均年齢(歳)TLE施行眼白内障併用TLE施行眼原発開放隅角緑内障(広義)44眼65.7±11.116眼28眼原発閉塞隅角緑内障11眼70.7±12.42眼9眼血管新生緑内障15眼62.5±10.114眼1眼落屑緑内障3眼71.7±4.622眼1眼その他の続発緑内障20眼64.9±13.013眼7眼今回,筆者らは円蓋部基底TLE術後早期におけるMF出現の頻度,時期,部位ならびにその後の治療経過についての検討を行ったので報告する.I対象および方法平成18年1月1日から12月31日までの1年間に,当科にて円蓋部基底TLE単独または白内障同時手術を行った症例79例93眼(男性48例55眼,女性31例38眼,年齢65.7±11.4歳)を対象とした.対象の病型内訳は表1に示すとおりであり,施行した円蓋部基底TLEの術式としては以下のとおりである.結膜円蓋部を切開後,半層強膜弁を作製し,0.04%マイトマイシンCを含ませたサージカルスポンジを3分留置させた.その後,生理食塩水300mlで洗浄し,線維柱帯を切除して強膜弁をwatertightに10-0ナイロン糸で5糸縫合した.さらに,輪部結膜を角膜輪部に対して10-0ナイロン糸で端々縫合し,角膜輪部に対して水平方向および子午線方向にcompressionsutureを留置した(図1).なお,手術は3人の術者により行われ,術後全例にノルフロキサシン点眼および塩酸ベタメタゾン点眼を1日4回行った.これらの症例の術後早期(入院期間:16.4±7.3日)におけるMF(図2a.c)出現の頻度,時期,部位および出現後の治療経過を後ろ向き研究で検討した.水平留置糸端々縫合糸子午線留置糸強膜フラップ図1円蓋部基底線維柱帯切除術における糸の留置部位図2円蓋部基底線維柱帯切除術後に微小膿瘍様病変(microfocus:MF)がみられた3症例a.cのいずれも水平留置糸近傍に白色の円形.楕円形状のMFが複数みられる.402あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013(116) II結果当科での円蓋部基底TLE術後眼におけるMFの出現数と出現時期の分布は図3のとおりであり,MFの出現頻度は45.2%(93眼中42眼),出現時期は術後9.3±4.8日であった.出現部位は水平留置糸部:34眼(81.0%)〔上方:19眼(45.2%),耳側:4眼(9.5%),全体:5眼(12.0%),不明:6眼(14.3%)〕,端々縫合糸・子午線留置糸部:3眼(7.1%),詳細不明:5眼(12.0%)と水平留置糸部が最も多く,そのうち約半数が結紮部のある水平留置糸部(上方)に生じた(図4).MFが出現した42眼のうち,入院中に抜糸が可能であった3眼に関しては抜糸にてMFの消失を認めた.また,抜糸ができなかった39眼においてはセフメノキシム(CMX)点眼を追加することで,4眼でMFの消失を認めた.CMX点眼の追加でもMFが消失しなかった残り35眼においても,発生数(眼)76543210510152025術後日数(日)図3円蓋部基底線維柱帯切除術後における微小膿瘍様病変(MF)の出現数と出現日の分布MFの出現頻度は45.2%であり,出現時期は術後9.3±4.8日であった.水平留置糸部:34眼(81.0%)上方(①):19眼(45.2%)耳側(②):4眼(9.5%)全体(①+②):5眼(12.0%)不明:6眼(14.3%)①②端々縫合糸・子午線留置糸部:3眼(7.1%)詳細不明:5眼(12.0%)図4円蓋部基底線維柱帯切除術後における微小膿瘍様病変(MF)の出現部位MFの出現部位は,水平留置糸部:34眼(81.0%)〔上方:19眼(45.2%),耳側:4眼(9.5%),全体:5眼(12.0%)不明:6眼(14.3%)〕,端々縫合糸・子午線留置糸部:3眼(,)(7.1%),詳細不明:5眼(12.0%)と水平留置糸部(上方)が最も多かった.(117)MFの数や大きさの維持または減少を認め,最終的には退院後の外来通院中に抜糸を行うことでMFは消失した.また,今回の検討では濾過胞感染をきたした症例はみられなかった.III考按角膜移植術後において角膜の縫合糸の近傍に,MFと同様の白色病変がみられることがあり,それは縫合糸浸潤あるいは縫合糸感染(sutureabscess)とよばれる8).その発症機序として,手術直後に縫合糸に対して細胞浸潤が起こる場合と,手術後の長期経過において縫合糸の弛緩や断裂が原因で病原体が侵入して感染症が成立する場合があるとされるが,前者において,その起源が感染症なのか,生体側の免疫反応なのか,はっきりとした結論は出されていない.円蓋部基底TLE術後にみられるMFの出現時期は術後9.3±4.8日と比較的早期であり,MFの起源についても,感染症の可能性と,縫合糸に対する生体側の免疫反応の可能性が考えられた.ただ,TLE術後の結膜縫合糸の培養から60%の症例において細菌が検出されることが報告されており9),抗菌薬点眼(CMX)を追加することでMFが消退していること,また今回の検討では術後すべての症例に免疫抑制薬であるリン酸ベタメタゾン点眼を併用していることから,MFの起源が縫合糸に対する生体側の免疫反応である可能性よりも,感染症(特にその外見からノルフロキサシンに耐性のある細菌によるバイオフィルム6,7))である可能性のほうが高いと考えられた.本来ならMFを採取して病理学的検討を行いたいところではあるが,MFは結膜上皮内に存在しており,術後早期の創部の接着が十分でない時期に,濾過胞近傍の結膜の処置を行うことは創部からの房水流出の危険性を高め,濾過胞感染症のリスクを高めると考えられたため,MFの採取および病理学的検討は困難と判断した.CMX点眼の追加によってMFが完全に消退したのは39眼中4眼だけであったが,残りの35眼においては,MFの数や大きさの維持または減少がみられた.CMX点眼の追加がない場合は日を追ってMFの数が増加し,大きさが増大していくため,完全に消退しないまでもCMX点眼にMFの抑制効果が認められたと考えられる.一般にバイオフィルムに対して抗菌薬投与のみでは奏効しにくく,またCMXが殺菌的にというよりは静菌的に作用していると考えると,MFの起源が感染症(細菌によるバイオフィルム)であると考えるほうが合理的であると考えられた.上記を踏まえてMFが水平留置糸部(上方)に多くみられた理由についても考察すると,水平留置糸部(上方)は常に上眼瞼によって覆われているうえに,結紮部が存在し,かつ瞬目による眼瞼の動きに対して垂直に糸が存在していることから,眼瞼の動きに対して平行に糸が存在する端々縫合糸・あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013403 子午線留置糸部と比較して,瞬目時に眼脂や涙液の滞留が起こりやすいため,細菌がバイオフィルムを形成しやすい環境にあると考えられ,もしMFの起源が生体側の免疫反応であるとすれば,MFは水平留置糸部だけでなく端々縫合糸・子午線留置糸部にも同頻度で出現するはずである.全層角膜移植術後に縫合糸に付着したバイオフィルムから縫合糸感染へ進展した報告があり10),MFが細菌によるバイオフィルムである可能性があることを考えると,円蓋部基底TLE術後においてもMFの出現から縫合糸感染,ひいては濾過胞感染症へと進展する危険性があることが推察される.TLE術後の縫合糸留置に関連して感染兆候を示した症例の報告もみられ5,11),円蓋部基底TLE術後は可及的速やかに留置糸を抜去すべきと考えられるが,早期の留置糸抜去は房水流出の危険性を高め,また房水流出が濾過胞感染症をひき起こす可能性を高めるとされている12.14).そのため,留置糸を速やかに抜去することができない術後早期においてMFが出現した場合には,抗菌薬点眼(CMX)を追加して濾過胞感染症へと進展する危険性を軽減するよう対処することが望ましいと考えられる.今回の検討で円蓋部基底TLE術後眼の45.2%と比較的高頻度にMFの出現を認めたことから,円蓋部基底TLE術後においては,診察時に十分な注意を払い,MFを早期に発見するとともに,MFが出現した時点で濾過胞感染症につながる危険性を考慮して,速やかに抗菌薬点眼(CMX)を追加して対処することが望ましいと考えられた.文献1)吉野啓:線維柱帯切除術─輪部基底と円蓋部基底.眼科手術21:167-171,20082)AlwitryA,PatelV,KingAW:Fornixvslimbal-basedtrabeculectomywithmitomycinC.Eye19:631-636,20053)BrinckerP,KessingSV:Limbus-basedversusfornixbasedconjunctivalflapinglaucomafilteringsurgery.ActaOphthalmol70:641-644,19924)TraversoCE,TomeyKF,AntoniosS:Limbal-vsfornixbasedconjunctivaltrabeculectomyflaps.AmJOphthalmol104:28-32,19875)平井南海子,森和彦,青柳和加子ほか:緑内障術中・術後におけるCompressionSutureの有用性.眼科手術18:387-390,20056)亀井裕子:細菌バイオフィルムとスライム産生.あたらしい眼科17:175-180,20007)ZegansME,ShanksRMQ,O’TooleGA:Bacterialbiofilmsandocularinfections.OculSurf3:73-80,20058)LeaheyAB,AveryRL,GottschJDetal:Sutureabscessesafterpenetratingkeratoplasty.Cornea12:489-492,19939)大竹雄一郎,谷野富彦,山田昌和ほか:線維柱帯切除術後の結膜縫合糸における細菌付着.あたらしい眼科18:677680,200110)柿丸晶子,川口亜佐子,三原悦子ほか:レボフロキサシン耐性コリネバクテリウム縫合糸感染の1例.あたらしい眼科21:801-804,200411)BurchfieldJC,KolkerAE,CookSG:Endophthalmitisfollowingtrabeculectomywithreleasablesutures.ArchOphthalmol114:766,199612)堀暢栄,望月清文,石田恭子ほか:線維柱帯切除後の濾過胞感染症の危険因子と治療予後.日眼会誌113:951963,200913)HirookaK,MizoteM,BabaTetal:Riskfactorsfordevelopingavascularfilteringblebafterfornix-basedtrabeculectomywithmitomycinC.JGlaucoma18:301-304,200914)MochizukiK,JikiharaS,AndoYetal:IncidenceofdelayedonsetinfectionaftertrabeculectomywithadjunctivemitomycinCor5-fluorouraciltreatment.BrJOphthalmol81:877-883,1997***404あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013(118)