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MIRAgel®による強膜内陥術後20年以上経過した眼球運動障害の2例

2015年9月30日 水曜日

《原著》あたらしい眼科32(9):1359.1362,2015cMIRAgelRによる強膜内陥術後20年以上経過した眼球運動障害の2例林理穂吉田達彌小野久子鷲尾紀章土田展生幸田富士子公立昭和病院眼科TwoCasesofImprovedEyeMovementafterMIRAgelRExtractionRieHayashi,TatsuyaYoshida,HisakoOno,NoriakiWashio,NobuoTsuchidaandFujikoKodaDepartmentofOphthalmology,ShowaGeneralHospital背景:強膜内陥術に用いられたバックル素材MIRAgelR(マイラゲル)は,術後に膨化・変性し晩期合併症をきたすことが知られている.今回,術後長期間を経て眼球運動障害を発症し,マイラゲルの摘出術を行った2例を経験したので報告する.症例:症例1は43歳,男性.1992年にマイラゲルによる左網膜.離手術の既往がある.2013年に複視を自覚し,紹介受診.左眼球運動障害がみられた.マイラゲル摘出術を施行したところ,眼球運動障害は速やかに改善した.症例2は65歳,男性.1993年に同様の左網膜.離手術の既往がある.左眼の上転を自覚し,2014年に紹介受診.左上斜視および左眼球運動障害がみられた.マイラゲル摘出術を施行したところ,眼位・眼球運動障害は著明に改善した.結論:マイラゲルによる網膜.離術後約20年もの長期間を経過した眼球運動障害の2症例を経験したが,いずれも摘出術後早期に顕著な改善が得られた.Purpose:Toreport2casesofimprovedeyemovementafterMIRAgelRextraction.CaseReports:Case1involveda43-year-oldmalewhopresentedwithswellinginhisupperlefteyelidanddiplopiain2013.Hehadpreviouslyundergonescleralbucklingsurgeryforretinaldetachmentinhislefteyein1992.AfterMIRAgelRwasextracted,movementinthateyerapidlyimproved.Case2involveda65-year-oldmalewhopresentedwithleft-eyehypertropiaandmovementdisorderin2014.Hehadpreviouslyundergonescleralbucklingsurgeryinthateyein1993.AfterMIRAgelRextraction,thestrabismusandmovementdisorderinthateyesignificantlyimproved.Conclusions:Thefindingsofthisstudyshow2casesofeyemovementdisorderthatoccurredmanyyearspostretinaldetachmentsurgerythatimmediatelyimprovedafterMIRAgelRextraction.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(9):1359.1362,2015〕Keywords:マイラゲル,強膜内陥術,眼球運動障害.MIRAgelR,scleralbuckling,eyemovementdisorder.はじめにMIRAgelR(以下,マイラゲル)は1980年頃にRefojoら1)により開発された強膜内陥術用のハイドロゲル性のバックル材料である.異物反応がほとんどなく化学的に安定していると考えられたこと,適度な弾力性があり均一な強膜内陥が作られるため死腔ができにくいこと,抗生物質を吸収しかつ徐放するため感染のリスクが低いと考えられたことなどから,当初理想的なバックル素材として使用された1.3).しかし1997年にHwangら4)によってマイラゲルを使用した強膜内陥術10年後に眼球運動障害と複視が出現した症例が発表されて以来,晩期合併症の報告がみられるようになった.わが国では1980年代後半から2000年頃にかけて一部の施設で使用されていたが,2000年以降に晩期合併症が多数報告されるようになり,日本眼科学会から使用注意喚起が行われた5).以後は使用されなくなったものとみられるが,術後長期間を経てエクストルージョン(バックルが結膜下に突出ないし結膜を破って露出する状態5))をはじめとした晩期合併症の報告が相次いでいる6,7).症状としては複視,異物感,眼窩内充満感などがある8).今回強膜内陥術後20年以上経過した症例に眼球運動障害がみられたが,マイラゲル摘出後早期に著明な改善が得られた2例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕林理穂:〒187-8510東京都小平市花小金井8-1-1公立昭和病院眼科Reprintrequests:RieHayashi,DepartmentofOphthalmology,ShowaGeneralHospital,8-1-1Hanakoganei,Kodaira-city,Tokyo187-8510,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(131)1359 I症例〔症例1〕43歳,男性.主訴:左眼の異物感と右方視時の複視.既往歴:1992年に公立昭和病院眼科(以下,当科)にて左裂孔原性網膜.離に対し,強膜内陥術を受けた.手術記録によると#906のマイラゲルが10時から2時方向に縫着されていた.現病歴:2013年頃より左眼の異物感と右方視での複視を自覚するようになり,2013年11月に近医を受診したところ左眼上眼窩部腫瘤と眼球運動障害を指摘され,精査・加療目的にて2013年12月に当科を紹介受診した.初診時所見:眼位は左上斜位,視力は右眼(1.0),左眼(1.0),眼圧は右眼15mmHg,左眼17mmgであった.左眼窩部の鼻側から上方に腫瘤を触知し,同部位の球結膜下にバックル材料と考えられる灰白色の隆起物がみられた(図1A).眼底には左眼の上方,特に上鼻側に非常に強い隆起を認めたが,眼内へのバックルの露出はみられなかった.Hess赤緑試験では左眼において全方向で眼球運動障害がみられた(図2A).Magneticresonanceimaging(MRI)ではT2強調画像にて,腫瘤を触知した部位と一致する左眼窩上鼻側から上耳側にかけて境界明瞭で内部が均一の高信号領域が抽出され,とくに鼻側延長上で眼球に強く食い込んでいた(図1B).図1症例1,2隙灯顕微鏡所見およびMRI画像(T2強調画像)A:結膜下に灰白色の隆起物を認める.B:眼窩内の上鼻側から耳側にかけて境界明瞭で内部が均一性の高信号領域が抽出され,とくに鼻側延長上で眼球に強く食い込んでいる所見がみられる.C:下耳側球結膜下に灰白色の隆起物を認める.D:境界明瞭な高信号領域が眼球耳側半球に沿ってみられ,下直筋の外側まで伸展している.1360あたらしい眼科Vol.32,No.9,2015ABCDA経過:網膜.離に対する強膜内陥術の既往・手術記録およびMRI所見から,本症例は膨化・変性したマイラゲルによる左眼上眼窩部腫瘤および眼球動障害と診断し,2014年1月に球後麻酔下にて経結膜的にマイラゲルを摘出した.マイラゲルは脆弱化しており,鑷子による把持が困難であったため,強膜穿孔に注意しながら鋭匙と冷凍凝固プローブを用い断片化して摘出した.術後経過:術翌日より左上眼窩部腫瘤は消失し,術後2日目で施行したHess赤緑試験では,眼球運動障害が全方向で著明に改善していた(図2B).〔症例2〕65歳,男性.主訴:左眼の眼位異常.既往歴:1993年に当科にて左裂孔原性網膜.離に対し,強膜内陥術を受けていた.手術記録によると#907のマイラゲルが2時から5時方向に縫着されていた.現病歴:2012年頃より左上斜視を自覚するようになったため,2014年7月に近医を受診したところ,左上斜視を指摘され,精査・加療目的にて2014年8月に当科を紹介受診した.初診時所見:眼位は左上斜視,視力は右眼(1.0),左眼(0.4),眼圧は右眼8mmHg,左眼17mmHgであり,眼圧の左右差がみられた.左眼下耳側球結膜下にバックル材料と考えられる灰白色の隆起物を認めた(図1C).眼底は上耳側から下耳側にバックルの隆起と色素沈着がみられたが,眼内B図2症例1のHess赤緑試験A:初診時.左眼は全方向で眼球運動障害がみられる.B:術後2日目.わずかに外転・上転の制限はあるが全方向で改善している.(132) へのバックルの露出はみられなかった.左眼の上斜視が強くHess赤緑試験は不可能であったため,9方向眼位を図に示す(図3A).内転・外転・下転障害を認め,とくに下転はまったくできなかった.MRIでは,T2強調画像にて境界明瞭な高信号領域が眼球耳側半球に沿って抽出され,下直筋の外側まで伸展していた(図1D).経過:網膜.離に対する強膜内陥術の既往・手術記録およびMRI所見から,本症例は膨化・変性したマイラゲルによる左眼球運動障害と診断し,2014年9月に球後麻酔下にて経結膜的にマイラゲルを摘出した.症例1と同様に強膜穿孔に注意しながら鋭匙と冷凍凝固プローブを用い断片化して摘出した.術後経過:術翌日には左上斜視および内転・外転・下転障害は著明に改善し(図3B),また眼圧は7mmHgに低下した.II考按マイラゲルを使用した強膜内陥術後の晩期合併症としてエクストルージョンや眼球運動障害がみられるが,その症状は顕著であるため5),過去に強膜内陥術の既往がある症例に著しい眼球運動障害がみられた場合はマイラゲルの使用を疑う必要がある.治療としてはマイラゲルの摘出がある.手術を行う際はマイラゲルの位置および膨化の程度を確認するためにMRI撮影が有効であるとされている3.5).今回の2症例はともに過去の手術記録が残っていたため,マイラゲルの位置を推定できた.しかしながら,膨化したマイラゲルは当時の縫着部位を超えて大幅に拡大していたことがMRIにて術前に判明しており,とくに症例2においてはマイラゲルが下直筋の外側を通り下鼻側まで伸展していた.このことが術前に確認できていたため,手術の際は摘出に適した切開位置を選択し,下直筋を指標としてマイラゲルにアプローチすることが可能であった.さらにマイラゲルは断片化していたが,取り残すことなく下鼻側の断端まで廓清することができた.長期間経過したマイラゲルは膨化・変性し脆弱化しており,摘出する際は鑷子で把持することができず,ちぎれて断片化してしまうため,鋭匙や冷凍凝固プローブを用いることが推奨されている9).また,マイラゲルと接していた強膜が菲薄化している場合や,マイラゲルが変性して強膜と癒着している場合があり,摘出の際に強膜を損傷する恐れがある3,8).今回の2症例では前述の器具を用いたところ断片化したものを一つひとつ確実に除去することが比較的容易となり,また強膜穿孔などの合併症を起こすことなく摘出することができた.マイラゲルの摘出術後に眼球運動障害や複視の残存がみられるとの報告もあるが10),今回の2症例は強膜内陥術後20(133)AB図3症例2の9方向眼位A:左上斜視が顕著で,下転障害を主とする眼球運動制限がみられる.B:術翌日.左上斜視,内転・外転・下転障害の改善を認める.年以上と相当長期間経過していたにもかかわらず,摘出術後早期に眼球運動障害の著明な改善が得られ,複視の自覚はみられなかった.他のバックル材料による眼球運動障害は結膜やTenon.に侵襲する脂肪癒着症候群がおもな原因と考えられているが11.13),マイラゲルにおいては膨化による容積増大に伴う機械的な可動制限が主因であるために,このような早期の劇的な改善が得られたものと推察される.強膜内陥術にマイラゲルを使用された患者は,現在術後10年以上経過していると考えられる.今回筆者らが経験した2症例も術後20年以上が経過していた.これほどの長期間を経過した症例でも,マイラゲルを摘出することにより眼球運動障害の改善が期待できるため,マイラゲルを使用した強膜内陥術の既往がある場合は長期にわたる経過観察を行い,可能であれば摘出を考慮することが望ましいと考えられる.あたらしい眼科Vol.32,No.9,20151361 文献1)RefojoMF,NatchiarG,LiuHSetal:Newhydrophilicimplantforscleralbuckling.AnnOphthalmol12:88-92,2)MarinJF,TolentinoFI,RefojoMFetal:Long-termcomplicationsoftheMAIhydrogelintrascleralbucklingimplant.ArchOphthalmol110:86-88,19923)江崎雄也,加藤亜紀,水谷武史ほか:MIRAgelR除去を必要とした強膜内陥術後の1例.あたらしい眼科30:16331638,20134)HwangKI,LimJI:Hydrogelexoplantfragmentation10yearsafterscleralbucklingsurgery.ArchOphthalmol115:1205-1206,19975)樋田哲夫,忍足和浩:マイラゲルを用いた強膜バックリング術後長期の合併症について.日眼会誌107:71-75,20036)OshitariK,HidaT,OkadaAAetal:Long-termcomplicationsofhydrogelbuckles.Retina23:257-261,20037)佐々木康,緒方正史,辻明ほか:強膜バックル素材MIRAgelR(マイラゲル)を使用した強膜内陥術々後長期に発症する合併症および治療法の検討.眼臨紀3:12411244,20108)今井雅仁:ハイドロゲルバックル材料マイラゲルと晩期合併症.眼科53:103-111,20119)LeRouicJF,BejjaniRA,ChauvaudD:CryoextractionofepiscleralMIRAgelRbuckleelements.Anewtechniquetoreducefragmentation.OphthalmolSurgLasers33:237239,200210)星野健,松原孝,福島伊知郎ほか:ハイドロジェル(MIRAgelR)を使用した網膜.離手術の術後晩期合併症とその発症頻度についての検討.臨眼59:47-53,200511)HwongJM,WrightKW:Combinedstudyonthecausesofstrabismusaftertheretinalsurgery.KoreanJOphthalmol8:83-91,199412)黒川歳雄,大塚啓子,渕田有里子ほか:網膜.離に対する強膜バックリング術前後での眼位変化.臨眼56:15571562,200213)WrightKW:Thefatadherencesyndromeandstrabismusafterretinaldetachmentsurgery.Ophthalmology93:411-415,1986***1362あたらしい眼科Vol.32,No.9,2015(134)

MIRAgel®除去を必要とした強膜内陥術後の1例

2013年11月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科30(11):1633.1638,2013cMIRAgelR除去を必要とした強膜内陥術後の1例江.雄也加藤亜紀水谷武史小椋俊太郎森田裕吉田宗徳小椋祐一郎名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学ExtractionofMIRAgelRExplantl8YearsafterScleralBucklingSurgeryYuyaEsaki,AkiKato,TakeshiMizutani,ShuntaroOgura,HiroshiMorita,MunenoriYoshidaandYuichiroOguraDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences背景:MIRAgelR(マイラゲル)は強膜内陥術に用いられたバックル素材であるが術後に高率に変性・膨化を起こし,合併症の原因となる.今回18年後に眼球運動障害をきたし,バックル除去に至った症例を経験した.症例:32歳,男性.14歳のとき,左眼強膜内陥術を受け,その後長期にわたり無症状であった.2009年頃から左耳側下方眼瞼隆起を生じ,2011年1月近医を受診,同月当院を受診.初診時,左下眼瞼耳側と球結膜下耳側の隆起を認め,左眼はバックルのためと思われる著しい眼球運動障害があったが,除去希望なく経過観察とした.しかし自覚症状が悪化し,術前のMRI(磁気共鳴画像)でマイラゲルが疑われたため,2011年12月に除去手術を施行.局所麻酔下にて斜視鈎および鋭匙でマイラゲルを除去した.術後MRIにて少量のマイラゲル残存を認めたが,自覚症状および眼球運動障害は著明に改善した.結論:MRIはバックルの種類,位置,残留物の確認に有用であった.膨化したマイラゲルは摘出が困難であるが斜視鈎や鋭匙は除去に有用であった.Purpose:ToreportasuccessfulcaseofMIRAgelRremoval18yearsafterscleralbuckling.Patient:A32-year-oldmalenoticedleftlowereyelidmassin2009.Scleralbucklingprocedurehadbeendoneforretinaldetachmentinhislefteyein1993;therehadbeennosymptomsovertheyears.HewasreferredtoNagoyaCityUniversityhospitalin2011.Highprotrusionwasobservedintheleftlowereyelidandbulbarconjunctiva.Themovementofthelefteyewashighlylimitedbyexplantedscleralbuckle.However,thepatientpreferredobservation.Oneyearlater,hevisitedusagain,seekingremovalsurgery.Magneticresonanceimaging(MRI)suggestedMIRAgelexplants.TheMIRAgelwasextractedcarefullyusingacuretteandastrabismushook.Aftertheoperation,eyemovementwasdramaticallyimprovedinalldirections.Conclusion:MRIwasusefulforidentifyingthematerialandbucklelocation.ItwaspossibletoremovethedegradedMIRAgelsmoothlyandsafely,usingsuchinstrumentsasacuretteandastrabismushook.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(11):1633.1638,2013〕Keywords:マイラゲル,強膜内陥術,晩期合併症,magneticresonanceimaging(MRI).MIRAgelR,scleralbuckling,latecomplication,magneticresonanceimaging(MRI).はじめにMIRAgelR(以下,マイラゲル)は強膜内陥術に用いられたハイドロゲルのバックル素材で,1980年頃から米国で使用され始めた1,2).異物反応が起こりにくいこと,化学的な安定性が高いこと,強膜びらんを形成しにくい適度な弾力性があること,その保水性により抗生物質を吸収して術後に徐放するためシリコーンスポンジよりも感染の危険が少ないと考えられたことなどから,理想的なバックル素材とみなされた.そのためわが国でも1980年代後半から2000年頃まで強膜内陥術に用いられた3.6).当初Tolentinoら7)は術後6.53カ月までの経過観察では特に問題となる合併症はないと報告していたが,Hwangら8)によってマイラゲル使用10年後に起きた合併症の1例が1997年に報告されてから晩期合併症の報告が散見されるようになった9,10).おもな症状は眼瞼皮膚の腫脹あるいは結膜の隆起,異物感,眼球運動障害,複視,充血などであり,これはマイラゲルの膨化変性,脆弱化することによるものであり3,11),改善のためにはマイラゲルの除去が必要となる.しかし摘出の際に,変性・脆弱化し〔別刷請求先〕加藤亜紀:〒467-8601名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学Reprintrequests:AkiKato,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences,1Kawasumi,Mizuho-cho,Mizuho-ku,Nagoya467-8601,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(141)1633 たマイラゲルが断片化し,取り出すことが困難であることが知られている.今回筆者らは,強膜内陥術から18年後に眼球運動障害をきたし,バックル除去に至った症例を経験したので報告する.I症例患者:32歳,男性.主訴:左眼下眼瞼耳側の腫脹と左眼眼球運動障害.既往歴:1993年(14歳)に左眼の裂孔原性網膜.離に対し,他院で強膜内陥術を受けた.網膜は復位し,その後長期にわたり無症状であったため眼科を受診していなかった.現病歴:2009年8月頃に左眼下眼瞼耳側の腫脹と左眼眼球運動障害を自覚するようになったが放置していた.しかし症状が悪化したため2011年1月8日近医を受診した.精査・加療目的で2011年1月24日名古屋市立大学病院眼科(以下,当科)紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼0.1(1.2×sph.7.00D),左眼0.06(0.3×sph.6.50D(cyl.4.00DAx135°).眼圧は右眼11mmHg,左眼12mmHg.前眼部,中間透光体は特記する異常はなかった.左眼下眼瞼耳側に腫瘤を触れ,耳側下方球AB結膜下にバックル素材と思われる灰色透明な隆起物がみられた.左眼の眼底検査では,耳上側から耳下側にかけて著しく高いバックル隆起を認めたが,眼内へのバックルの脱出はなかった.また左眼の眼球運動は全方向において著しく障害されていた(図1A).経過:強膜内陥術に使用されたバックル材料による左眼耳側下方腫瘤と左眼眼球運動障害と考え,バックル除去を勧めたが,本人の手術希望がなく経過観察となった.2011年11月28日に自覚症状が悪化したため再び当科を受診した.左眼下眼瞼耳側の腫瘤(図2A),耳側下方球結膜下のバックル材料による隆起(図2B)は初診時と著変はなく,視力も変化なかった.眼底検査では初診時同様,著しいバックル隆起を認めた(図3A).バックル除去手術を予定したが,異常な隆起性病変からマイラゲル膨隆を疑い,術前にMRI(磁気共鳴画像法)を施行したところT2強調画像において直径8mmを超える帯状の境界明瞭な高信号領域が眼球耳側半球に沿って描出され(図4A.C),縫合部位と思われるところのみ極端に狭まっていた.強い蛇行と変形を認め,マイラゲルであることが示唆された.2011年12月15日左眼バックル除去手術を施行した.局所麻酔下で結膜およびTenon.を注意深く切開し,線維被膜に覆われ膨隆したマイラゲルを露出し右眼左眼上上下下外外内右眼左眼上下上下外外内図1Hess赤緑試験A:初診時.左眼は全方向で眼球運動が障害されている.B:摘出術後.わずかに内転・上転の制限があるが全方向で改善している.1634あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013(142) ABAB図2左眼細隙灯顕微鏡所見(2011年受診時)A:下眼瞼皮膚および眼瞼耳側下方に腫瘤がみられる.B:結膜.耳側下方結膜下にバックル素材による隆起を認める(矢印).AB図3左眼眼底所見(OptosR200Txを用いた広角眼底撮影)A:術前.耳上側から耳下側にかけて著しく高く隆起している.B:術後.バックル除去により隆起が軽減している.た(図5A).マイラゲルは下方から耳側,上方にかけて半周以上存在していたため,半分に切断し,被膜が薄く石灰化がない部分については斜視鈎で圧出し除去した(図5B).マイラゲルの変性が強く被膜の一部が石灰化し,強膜と強く癒着している部分は鋭匙で,強膜穿孔に細心の注意を払いながら除去(図5C)していった.術中に採取され摘出したバックル材料(図5D)の一部を,付着組織を含めて病理組織診断を施行した.術後経過:術翌日より左下眼瞼隆起は改善し,眼球運動はわずかに内転・上転の制限を認めるものの全方向で改善していた(図1B).左眼矯正視力は0.3と術前から改善はなかったが眼底検査ではバックルによる隆起は著明に軽減していた(図3B).術後のMRIでは下部から耳側,上方にかけて少量のマイラゲルの残存がみられたが,大きな断片は認めなかった(図4D,E).摘出標本の病理組織像では,細胞成分に乏しい線維性組織の他,一部に石灰化がみられ,マイラゲル周囲に形成された線維性の被膜と思われた(図6).術後6カ月(143)後までの視力・眼圧,その他の所見は著変なく経過良好であった.II考按今回筆者らはマイラゲルを使用した強膜内陥術から18年後に眼球運動障害をきたし,バックル除去に至った症例を経験した.ハイドロゲルを原材料としたマイラゲルは,化学的な安定性・弾力性から理想的なバックル素材とみなされていたが,術後の膨化変性によりさまざまな合併症が生じて除去が必要となることから2003年には樋田らの報告3)を受けて厚生労働省からは注意喚起の通達が出ており,現在は販売中止になっている.樋田らの報告以外でも2000年前半までは,おもにマイラゲルを用いて強膜内陥術を施行していた医療機関からの合併症の報告が多くみられたが4,6,9.11),近年では報告されることが少なくなった.そのためマイラゲルの販売開始後も従来どおりシリコーンスポンジを使用しマイラゲルを使用していなかった地域・医療機関ではバックル素材としてあたらしい眼科Vol.30,No.11,20131635 AABCDE図4MRIT2強調画像A~C:術前MRI.A)前額断,B)矢状断,C)水平断.境界明瞭な高信号領域が眼球上方から耳側および下方に沿って描出されており,バックル素材はマイラゲルであることが示唆された.D,E:術後MRI.D)前額断,E)多断面再構成画像.下部から耳側,そして上方にかけて少量のマイラゲルの残存を認める.ABCD図5術中写真A:線維被膜に覆われ膨隆したマイラゲルと,圧排され薄くなった下直筋が観察できる.B:斜視鈎によりマイラゲルを圧出した.C:圧出できない部分は鋭匙で摘出.菲薄化した強膜から脈絡膜が透けている(矢印).D:摘出したマイラゲル.強い変性,膨隆を認める.斜視鈎で圧出された断片は比較的形状を保っているが,鋭匙で摘出された部分は細かく断片化している.1636あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013(144) 図6摘出標本の病理組織像(HE染色)細胞成分に乏しい線維性組織の他,一部(矢印)石灰化を認めた.マイラゲル周囲に形成された線維性の被膜と思われた.のマイラゲルに対する認知度が低い.手術後長期経過例では診療録が残っていないことも多く,バックルの膨化に伴い徐々に症状が増悪するような場合には,その経過により眼窩腫瘍と間違われたという報告もある12).今後さらに時間が経過し,若い医師では知らない者がさらに多くなると予側されるため,引き続きマイラゲルの晩期合併症に対する注意喚起が必要であると思われる.強膜内陥術の既往のある患者でマイラゲルに特徴的な所見であるバックルのextrusion(バックルが結膜下に突出ないし結膜を破って露出する)や眼瞼皮膚の腫脹,あるいは眼球運動障害などの症状がみられたときにはマイラゲルによる合併症を疑い,診断・位置把握のため積極的にMRIを施行することが望ましい.膨化変性したマイラゲルは水分を多く含んでいるのでMRIT2強調画像において,境界明瞭な高信号としてバックルが描出される.一方,シリコーンスポンジでは低信号を示す13).MRIからマイラゲルによる合併症と診断された場合は早期の摘出が望ましいが,術後長期を経たマイラゲルは変質してもろくなり,鑷子などで把持して除去しようとしても,断片化してしまい取り出すことが困難である.このように変性したマイラゲルの摘出方法として忍足4)は術野を大きく広げたうえで,斜視鈎などで少しずつ押し出すようにして除去することを推奨している.斜視鈎などによる圧出は手技が簡便であり,時間がかかる点や強膜を損傷する可能性はあるものの代表的な手技と言える.手術用の吸引管を用いた方法も効率が良く比較的強膜損傷の危険が少ないため広く行われているが13),マイラゲルの変性が強く,被膜の一部が石灰化し強膜と強く癒着している症例では吸引のみでは摘出は困難である.いずれの方法でも強膜穿孔は最大の合併症であり,マイ(145)ラゲルと接触していた強膜が菲薄化していたり,マイラゲルを覆う被膜が強膜と強く癒着している場合では,少しずつ強膜を確認しながら時間をかけて摘出を進める必要がある.今回の症例においても,術前に施行したMRIでマイラゲルは左眼球耳側半球に沿ってかなり広範囲に存在しているだけでなく,一部線維性被膜の石灰化所見もみられ,被膜を介して強膜とマイラゲルが癒着している可能性が示唆された.そのためこの症例においては,術野を大きく露出した後,長いマイラゲルを半分に切断し,被膜が薄く石灰化がない半分は斜視鈎でゆっくり圧出し,マイラゲルの変性が強く被膜の一部が石灰化し,強膜と強く癒着している残りの半分は鋭匙を用いて,強膜穿孔に細心の注意を払いながら少しずつ,ゆっくりとマイラゲルを摘出した.途中菲薄化した強膜から脈絡膜が透けている箇所を一部認め,強膜穿孔は容易に起こりうると思われた.時間がややかかる手技ではあったが,マイラゲルの大きな断片の残存はなく,全方向で,眼球運動の改善を得られた.今回の症例をまとめると,1)18年間無症状であったのちにマイラゲルの膨化を示した.2)術前の検査としてMRIが有用であった.3)マイラゲルの除去には斜視鈎と鋭匙を用い,比較的スムーズに除去が可能であった.4)術後に症状の改善がみられた.マイラゲルの膨化は長期間無症状であっても生じうるため,強膜内陥術の既往のある患者には注意が必要であると考えられた.文献1)RefojoMF,NatchiarG,LiuHSetal:Newhydrophilicimplantforscleralbuckling.AnnOphthalmol12:88-92,19802)HoPC,ChanIM,RefojoMFetal:TheMAIhydrophilicimplantforscleralbuckling:areview.OphthalmicSurg15:511-515,19843)樋田哲夫,忍足和浩:マイラゲルを用いた強膜バックリング術後長期の合併症について.日眼会誌107:71-75,20034)忍足和浩:マイラゲルの合併症.眼科手術17:45-48,20045)今井雅仁:ハイドロゲルバックル材料マイラゲルと晩期合併症.眼科53;1:103-111,20116)佐々木康,緒方正史,辻明ほか:強膜バックル素材MIRAgel(マイラゲル)を使用した強膜内陥術々後長期に発症する合併症および治療方法の検討.眼臨紀3:12411244,20107)TolentinoFI,RoldanM,NassifJetal:Hydrogelimplantforscleralbuckling.Longtermobservations.Retina5:38-41,19858)HwangKI,LimJI:Hydrogelexoplantfragmentation10yearsafterscleralbucklingsurgery.ArchOphthalmol115:1205-1206,19979)LaneJI,RandallJG,CampeauNGetal:Imagingofhydrogelepiscleralbucklefragmentationasalatecompliあたらしい眼科Vol.30,No.11,20131637 cationafterretinalreattachmentsurgery.AJNRAmJMIRAgelRの長期の合併症について.臨眼100:577-579,Neuroradiol22:1199-1202,2001200610)KawanoT,DoiM,MiyamuraMetal:Extrusionand12)古谷達之,堀貞夫:MIRAgelRを用いた網膜.離手術後,fragmentationofhydrogelexoplant11yearsafterscleral眼球摘出に至った一例.東女医大誌82:198-201,2012bucklingsurgery.OphthalmicSurgLasers33:240-242,13)荒木陽子,梅田尚靖,ファン・ジェーンほか:手術用汎用吸引管を用いた膨潤マイラゲルの除去.眼臨紀4:79611)本多宏典,増田光司,矢田清身ほか:強膜バックル素材800,2011***1638あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013(146)