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フィラデルフィア染色体陽性急性リンパ球性白血病の眼内浸潤の1例

2018年1月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科35(1):152.155,2018cフィラデルフィア染色体陽性急性リンパ球性白血病の眼内浸潤の1例杉本恭子眞下永春田真実下條裕史大黒伸行独立行政法人地域医療機能推進機構大阪病院眼科COcularIn.ltrationinaPatientwithPhiladelphiaChromosomePositiveAcuteLymphocyticLeukemiaKyokoSugimoto,HisashiMashimo,MamiHaruta,HiroshiShimojyoandNobuyukiOhguroCDepartmentofOphthalmology,JapanCommunityHealthCareOrganizationOsakaHospitalフィラデルフィア染色体陽性急性リンパ球性白血病(Ph+ALL)の眼内浸潤症例を経験したので報告する.患者は55歳,男性.Ph+ALLに対し血液学的寛解とされていたが,左眼霧視を自覚し,2014年C3月に当院を紹介受診した.左眼には前房細胞,角膜後面沈着物および前房蓄膿を認めたが網膜病変を認めなかった.1週間後に前房蓄膿は自然消退していた.4月に左眼に網膜前蓄膿を認めたがC1カ月後に自然軽快した.8月に左眼に前房蓄膿が再発し,軽快せず眼圧上昇をきたしたため,前房洗浄,および前房水の細胞診を施行した.BCR/ABL陽性の幼弱なリンパ球(フィラデルフィア染色体陽性)を認め,Ph+ALLの眼内浸潤と診断した.メトトレキサート硝子体注射を複数回施行し症状は軽快した.眼内浸潤およびその自然消退を繰り返す疾患にはCBehcet病があるが,本症例のように急性白血病の眼内浸潤でも自然消退することがありうる.CAC55-year-oldCmale,CinChematologicCremissionCphaseCofCPhiladelphiaCchromosomeCpositiveCacuteClymphocyticleukemia(Ph+ALL)wasCreferredCtoCourChospitalCwithCblurredCvisionCinChisCleftCeyeCinCMarchC2014.CTheCleftCeyeChadaqueouscells,keraticprecipitatesandhypopyon,butnoretinallesions.Oneweeklater,thehypopyonhaddis-appearedbyitself.InApril,preretinalabscessinthelefteyewasrevealed,butitagaindisappearedspontaneously1CmonthClater.CHeCrelapsedCwithCanteriorCuveitisCandChypopyonCinCtheCleftCeyeCinCAugust.CTheChypopyonCwasCnotCrelieved.CConsequently,CintraocularCpressureCincreased.CAnteriorCchamberCirrigationCwithCaqueousC.uidCcytologyCwasperformed,andBCR/ABL-positiveleukemiccellsconsistentwiththediagnosisofPh+ALLweredetected.HereceivedCmultipleCintravitrealCmethotrexateCinjectionsCandCtheCsymptomCwasCrelieved.CSpontaneouslyCresolvingCattacksofhypopyonuveitisarehighlycharacteristicofBehcet’sdisease.However,inthiscasetheacuteleukemiamustbeconsideredthecauseoftheattacks.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)35(1):152.155,C2018〕Keywords:フィラデルフィア染色体陽性急性リンパ球性白血病,前房蓄膿,網膜前蓄膿,メトトレキサート,自然消失.Philadelphiachromosomepositiveacutelymphocyticleukemia,hypopyon,preretinalabscess,methotorex-ate,spontaneouslyresolving.Cはじめにこれまで,急性リンパ球性白血病の眼内浸潤の報告例は散見される.しかし,フィラデルフィア染色体陽性急性リンパ球性白血病(PhiladelphiaCchromosomeCpositiveCacuteClym-phoblasticleukemia:Ph+ALL)の眼内浸潤の報告例は非常にまれである.Ph+ALLは急性リンパ球性白血病のC15.30%を占め,その他の急性リンパ球性白血病に比べて予後不良とされている1).今回,筆者らは,Behcet病における眼発作のごとく,眼内浸潤およびその自然消失を繰り返すCPh+ALL症例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕杉本恭子:〒553-0083大阪府大阪市福島区福島C4-2-78独立行政法人地域医療機能推進機構大阪病院眼科Reprintrequests:KyokoSugimoto,M.D,,DepartmentofOpthalmology,JapanCommunityHealthCareOrganizationOsakaHospital,4-2-78Fukusima,Fukusima-ku,Osaka-city,Osaka553-0083,JAPAN152(152)I症例患者:55歳,男性.主訴:左眼の霧視.現病歴:2014年C1月中旬左眼に霧視を自覚.2月上旬に他院血液内科より眼科に院内紹介された.左眼に前房細胞C2+,前房蓄膿,微細な角膜後面沈着物を認めるも後眼部には炎症所見を認めなかった.ステロイド頻回点眼および結膜下注射を数回施行するも症状は改善しなかったため,同年C3月中旬CJCHO大阪病院に紹介受診となった.既往歴:Ph+ALLに対し同種造血幹細胞移植(2013年C7月),高血圧,小児喘息.経過:初診時,視力は右眼C0.1(1.2C×sph.2.50D(cyl.1.00DCAx80°),左眼0.07(1.0C×sph.3.00D(cyl.0.75DAx140°)で,眼圧は右眼C15mmHg,左眼C15mmHgであった.陰部潰瘍,口腔粘膜のアフタ性潰瘍,皮膚症状は認めなかった.左眼細隙灯顕微鏡検査では,微細な細胞が角膜後面に付着し,前房細胞C3+であった.前房蓄膿を認めたが(図1a),前房蓄膿は頭位によって可動性を有さなかった.そのためCBehcet病のような可動性を有する好中球主体の前房蓄膿とは異なると診断した.眼底写真は前房炎症により軽度透見不良を認めたが,この時点で網膜や硝子体に明らかな病巣は認めず,視神経にも異常を認めなかった.前房水の細胞診を予定していたが,1週間後再受診したとき,前房蓄膿は自然に消退していたため,前房水の細胞診は中止となり経過観察となった(図1b).また,このとき,前房の細胞浸潤は自然に消退していた.4月受診時,網膜前にニボー様の白色塊の形成を認めたが,網膜脈絡膜病巣を認めず硝子体混濁も認めなかった(図2a).感染性ではないと判断し,経過観察したところ,1カ月後に自然消退していた(図2b).8月,左眼に再度前房蓄膿が出現したが,前回自然に消退したため自然消失する可能性を考え経過観察となった.しかし,今回は前房蓄膿が自然消失せず,徐々に増悪し,9月上旬には瞳孔領にかかるほど増悪した.また,左眼の眼圧も徐々に増悪し,47CmmHgまで上昇した(図3a).入院のうえ,左眼前房水の細胞診および前房洗浄を施行し,術中メトトレキサート(MTX)硝子体注射を行った.術中,虹彩に線維性増殖膜の付着を認め,.離除去を試みたが癒着が強く一部は残存した.細胞診の結果,classVで幼弱なリンパ球を認め,FISH法による染色体解析を行ったところ,BCR/ABL転座(フィラデルフィア染色体陽性)を認め,CPh+ALL眼内浸潤と診断した.術後,線維性増殖膜の残存部に合致して虹彩ルベオーシスが存在し,左眼にベバシズマブ硝子体注射を施行した.その後も左眼にCMTX硝子体注射を週C2回施行した.5回目のCMTX投与後,副作用による角膜上皮障害を認めたものの,前房蓄膿,虹彩ルベオーシスは軽快したためC9月下旬に退院となった(図3b).その後眼症状の再発なく,全身病状も安定していたが,2015年C5月四肢に皮膚結節,頸部に軟部腫瘤が出現し,前医にて皮膚生検の結果CPh+ALLの浸潤病巣と診断された.その後骨髄,末梢血にも白血病細胞が出現したため,9月より化学療法を開始した.同年C10月右眼に前房蓄膿を認めたためC11月入院のうえ,右眼に計C3回CMTX硝子体注射施行し,MTXによる角膜上皮障害を認めたものの,前房蓄膿は軽快し退院となった.その後眼症状の再発は認めなかったが,Ph+ALLの全身症状が増悪し,前医にてC2度目の同種造血幹細胞移植を施行された.最終受診日(2016年C6月)の視力は右眼(1.2C×sph.2.50D(cyl.1.00DCAx75°),左眼(1.2C×sph.3.5D(cyl.2.0DAx15°)で眼圧は右眼13mmHg,左眼C15CmmHgであった.CII考察前房蓄膿が生じるぶどう膜炎としてCBehcet病,急性前部ぶどう膜炎が代表的であるが,その他に潰瘍性大腸炎,糖尿病など全身疾患に伴うぶどう膜炎,眼内炎,腫瘍による仮面症候群などでも生じる.経過中前房蓄膿,眼底病変が出現し自然消失するぶどう膜炎の鑑別疾患としてCBehcet病が重要である.本症例で眼内浸潤が経過観察にて自然軽快し,繰り返した点についてはCBehcet病に類似している2).しかし,今回の症例では初診時,有痛性口腔内アフタ性潰瘍,結節性紅斑などの皮疹,陰部潰瘍などCBehcet病を疑う全身症状は認めなかった.また,本症例で出現した前房蓄膿はCBehcet病に特徴的なニボーを形成したが,体位変換などで移動する前房蓄膿ではなかった点で異なっていた.白血病における眼内病変には,網膜への浸潤による網膜出血,綿花状白斑,脈絡膜浸潤による網膜.離,硝子体混濁,貧血・血小板減少・白血球増多などの造血障害により生じる網膜症,中枢性白血病に二次的に生じる乳頭浮腫や視神経萎縮などの視神経症,また日和見感染など多彩な症状があげられる.しかし,虹彩に浸潤しぶどう膜炎症状を呈することは比較的まれであるとされている.Rothovaらは仮面症候群において前房内浸潤は全体のC12%程度だと報告している3).白血病に伴うぶどう膜炎の診断は,眼所見から仮面症候群を疑い,前房穿刺,骨髄穿刺などを行い確定される.白血病の寛解期に眼症状が全身症状に先発して現れることが少なくないため,白血病の既往をもつ患者にぶどう膜炎症状が出現した場合は注意が必要である.CPh+ALLの眼内浸潤に関しては滲出性網膜.離が生じた症例や前房蓄膿が出現した症例が報告されている4,5).また,今回の筆者らの報告と同様にCPh+ALLに合併した眼症状として全身症状に先立ち前房蓄膿が生じ,前房水の細胞診によ図1a2014年3月初診時:左眼細隙灯顕微鏡写真図1b2014年3月(初診から1週間後):左眼細隙灯顕微鏡写真前房蓄膿を認める.前房蓄膿は自然消退している.図2a2014年4月:左眼眼底写真図2b2014年5月:左眼眼底写真網膜前蓄膿の出現を認めた.網膜前蓄膿はC1カ月後自然消退した.図3a2014年9月初旬:左眼細隙灯顕微鏡写真図3b2014年9月下旬:左眼細隙灯顕微鏡写真前房蓄膿が増悪し,瞳孔領にかかっている.前房蓄膿,前眼部炎症は消退し,虹彩ルベオーシスも改善している.りCPh+ALL再発が指摘された症例が報告されている5).全身所見が出現していない時点で自然消退する前房蓄膿をきたした場合,Behcet病だけでなくCALLの可能性も考慮してその後の経過を注意深くみていく必要があると思われる.以前から成人の急性リンパ球性白血病の再発・難治症例対して大量のCMTX療法が救助療法として行われてきた.最近では,成人の急性リンパ球性白血病に対する寛解後療法に大量のCMTXを用いた治療プロトコールも増えている.今回全身の眼以外でのCALLの明らかな再発がなかったため,眼内浸潤に対して局所療法(MTX硝子体注射)を複数回施行した結果,著効した.前房蓄膿によりCPh+ALLの再発を指摘された症例の報告はあるが,この報告では治療について言及されておらず6),Ph+ALLの眼内病変に対して,MTX硝子体注射により治療した報告は見つからなかった.ALLの眼浸潤で全身化学療法をしない場合(眼局所治療の場合),放射線治療が一般的であるが,今回の経験により,原発性眼内悪性リンパ腫と同様に,ALLの眼内浸潤に対してもCMTXの硝子体注射で制御できる可能性があるのではないかと考えられた.今回の症例の大きな特徴は,経過観察中に一度前房蓄膿および網膜前蓄膿が自然に改善したことである.自然消退するメカニズムはよくわかっていないが,自然消失した理由としてCgraftCversusCleukemia(GVL)効果の関与がありうる.GVL効果とは,移植されたドナーの骨髄中のCT細胞がレシピエントの白血病細胞を傷害する有益な免疫拒否反応のことである.本症例ではCPh+ALLに対しCHLA半合致骨髄移植されていた.寛解期にCPh+ALLが再発し,白血病細胞の眼内浸潤により前房蓄膿,網膜前蓄膿が出現したが,GVL効果により白血病細胞の浸潤がいったん抑えられ,自然消失した可能性が考えられる.その後炎症の改善に伴いCGVL効果が減弱し,前房蓄膿が再度出現したと推論できる.本症例はCPh+ALLの寛解期とされながらも眼内浸潤を認めた.前房蓄膿や網膜前蓄膿が自然消退する代表疾患にはBehcet病があるが,本症例のようにCALLの眼内浸潤により生じる蓄膿も自然消退することがありうるため,鑑別疾患として留意する必要がある.また自然消退しない場合,MTX眼局所治療が原発性眼内悪性リンパ腫と同様に選択肢となりうることが示された.文献1)OttmannCOG,CWassmannCB:TreatmentCofCPhiladelphiaCchromosome-postiveCacuteClymphoblastiClukemia.CHema-tologiyAmSocHematolEducProgram1:118-122,C20052)鈴木潤:前房蓄膿.所見から考えるぶどう膜炎(園田康平,後藤浩編),p81-88.医学書院,20133)RothovaCA,COoijmanCF,CKerkho.CFCetCal:UveitisCMas-queradeSyndoromes.Ophthalmology108:386-399,C20014)YiCDH,CRashidCS,CCibasCESCetCal:AcuteCunilateralCleuke-micChypopyonCinCanCadultCwithCrelapsingCacuteClympho-blasticleukemia.AmJOphthalmolC139:719-721,C20055)KimCJ,CChangCW,CSagongCM:BilateralCserousCretinalCdetachmentCasCaCpresentingCsignCofCacuteClymphoblasticCleukemia.KoreanJOphthalmolC24:245-248,C20106)Hurtado-SarrioM,Duch-SamperA,Taboada-EsteveJetal:AnteriorCchamberCin.ltrationCinCaCpatientCwithCPh+acuteClymphoblasticCleukemiaCinCremissionCwithCimatinib.CAmJOphthalmolC139:723-724,C2005***

漿液性網膜剝離を主症状とした眼内悪性リンパ腫の1例

2016年3月31日 木曜日

《第49回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科33(3):427.431,2016c漿液性網膜.離を主症状とした眼内悪性リンパ腫の1例曽我拓嗣*1稲用和也*2戸塚清人*1杉本宏一郎*1本田紘嗣*1陳逸寧*1田中理恵*3蕪城俊克*3野本洋平*1*1旭中央病院眼科*2東京警察病院眼科*3東京大学医学部附属病院眼科ACaseofBilateralIntraocularLymphomawithRapidProgressionofSerousRetinalDetachmentHirotsuguSoga1),KazuyaInamochi2),KiyohitoTotsuka1),KoichiroSugimoto1),KojiHonda1),Yi-NingChen1),RieTanaka3),ToshikatsuKaburaki3)andYoheiNomoto1)1)DepartmentofOphthalmology,AsahiGeneralHospital,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanPoliceHospital,3)DepartmentofOphthalmology,TheUniversityofTokyoHospital経過中に急激な漿液性網膜.離の進行を認めた眼内悪性リンパ腫の1例を経験した.症例は73歳,男性.中枢神経原発悪性リンパ腫に対してメトトレキサート大量療法を施行され,寛解していたが,3年後に右眼の視力低下を自覚.矯正視力は右眼指数弁,左眼1.0.初診から2週間後に右眼下方に胞状の漿液性網膜.離が出現し,4週間後には全.離となった.左眼の後極部にも漿液性網膜.離を生じ,矯正視力は0.02に低下した.右眼生検の結果,硝子体細胞診classIII,IL10は80,500pg/mlと高値を示し,中枢神経原発悪性リンパ腫の既往から,眼内悪性リンパ腫と診断した.メトトレキサート硝子体注射10回,メトトレキサートとデキサメサゾンの髄腔内注射3回施行し,両眼の漿液性網膜.離は速やかに消失した.漿液性網膜.離をみた場合には,眼内悪性リンパ腫の可能性を忘れてはならない.メトトレキサート硝子体注射はその治療に有効であった.A73-year-oldmalewhohadbeendiagnosedwithmalignantlymphomawastreatedwithhigh-dosemethotrexateandachievedcompleteremission.Threeyearslater,henoticeddecreasedvisioninhisrighteye.Twoweeksafterthat,serousretinaldetachmentoccurredintherighteye;by4weeksafter,totalretinaldetachmenthadoccurred.Serousretinaldetachmentalsooccurredintheposteriorpoleofthelefteye.CytologyofthesubretinalfluidshowedclassIIIandhighconcentrationofinterleukin-10inthevitreousfluid,stronglysuggestingintraocularmalignantlymphoma.Weadministered10intravitrealinjectionsofmethotrexateinbotheyesand3intraspinalinjectionsofmethotrexateanddexamethasone.Theserousretinaldetachmentdisappearedrapidlyafterthetreatment.Bilateralserousretinaldetachmentwasobservedinacaseofintraocularmalignantlymphoma.Intravitrealmethotrexateinjectionwaseffectiveforthetreatmentofserousdetachmentassociatedwithintraocularlymphoma.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(3):427.431,2016〕Keywords:眼内悪性リンパ腫,漿液性網膜.離,メトトレキサート,硝子体注射.intraocularlymphoma,serousdetachment,methotrexate,intravitrealinjection.はじめに眼内悪性リンパ腫(intraocularlymphoma:IOL)はB細胞型リンパ腫がほとんどで,ぶどう膜炎に類似した眼所見を呈するため誤診されやすく,仮面症候群ともよばれ,注意すべき疾患である.悪性度は高く,とくに脳中枢神経系に播種しやすい.IOLは,眼・中枢神経系原発悪性リンパ腫(82%)とその他の臓器原発の眼への播種(18%)に分けられ,前者は眼内のみに留まるもの(15%)と脳中枢神経に播種するもの(68%)があるとされている1).IOLの50.80%は,診断時またはその後数年以内に中枢神経系悪性リンパ腫を発症する2.5).そのため,IOLは眼科疾患のなかでも生命予後の悪い疾患として知られている.元来まれな疾患とされていたが,近年は世界的に発症率の増加が報告されており,わが国においても2009年に基幹病院に初診したぶどう膜炎患者の〔別刷請求先〕曽我拓嗣:〒289-2511千葉県旭市イ1326旭中央病院眼科Reprintrequests:HirotsuguSoga,M.D.,DepartmentofOphthalmology,AsahiGeneralHospital,1326I,Asahi,Chiba289-2511,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(97)427 2.5%を占めるようになっている6).IOLにおける眼所見は,硝子体混濁(91%),網膜下浸潤病変(57%),虹彩炎(31%),角膜後面沈着物(25%)などが多いとされているが,漿液性網膜.離を呈することはまれである2).今回,急激な漿液性網膜.離の進行をきたし,診断に苦慮した眼内悪性リンパ腫の1症例を経験したので報告する.I症例患者:73歳,男性.2011年2月頭痛を訴え,近医内科を受診し,同月旭中央病院脳神経外科を紹介された.頭部MRIを施行したところ,右前頭葉・側頭葉に造影効果を伴う病変を認めた.抗血小板薬を内服中であり,構音障害,左上下肢の不全麻痺などの症状の進行が速かったため,脳病変の組織生検は施行されなか図1初診時(2014年5月27日)眼底写真,光干渉断層計(OCT)像,蛍光眼底造影検査(FA)上段:眼底写真.右眼の後極部網膜に網膜下白色滲出病変,左眼の黄斑部の下耳側に白点の網膜滲出物(.)がみられた.中段:OCT.右眼は滲出性網膜.離を認める,左眼には異常を認めない.下段:FA.右眼の網膜下白色滲出病変部に沿って蛍光漏出による過蛍光,周辺部血管からも蛍光漏出による過蛍光を認める.左眼には異常を認めない.428あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016(98) 図2初診から10日目(2015年6月6日)の右眼眼底写真とOCT像下方に胞状の漿液性網膜.離が出現した.図3初診から27日目(2015年6月23日)の眼底写真とOCT像右眼漿液性網膜.離が拡大し全.離となり,視力は手動弁に低下.左眼も漿液性網膜.離が進行し,左眼視力は(0.02)と著明に低下.った.MRIの造影所見から中枢神経原性悪性リンパ腫と診断し,当院内科で2011年2.9月にメトトレキサート(MTX)大量療法(5,000mg)を施行され,2011年9月には頭部MRI所見から寛解状態と診断されていた.家族歴,既往歴には特記すべきことはない.2014年5月16日頃から右眼の視力低下を自覚し,近医眼科を受診した.5月27日近医眼科より右眼ぶどう膜炎の精査加療目的で旭中央病院を紹介され受診した.初診時矯正視(99)力は右眼20cm/指数弁(矯正不能),左眼0.7(1.0×sph+1.75D(cyl.0.50DAx120°).眼圧は右眼8mmHg,左眼5mmHgであった.両眼とも白内障(Emery-Littlegrade2)があるのみで,角膜後面沈着物や前房炎症はみられなかった.右眼の後極部網膜に網膜下白色滲出病変,左眼の黄斑部の下耳側に白点の網膜滲出物を認めた(図1).蛍光眼底造影では右眼後極部に強い蛍光漏出を,そして周辺部の毛細血管からも軽度の蛍光漏出を認めた(図1).眼所見から,内因性あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016429 図4MTX4回終了後(2015年8月5日)両眼の漿液性網膜.離は消失した.右眼上耳側部の出血部は網膜下組織採取部位である.ぶどう膜炎,感染性ぶどう膜炎,眼内悪性リンパ腫の可能性が考えられた.5月30日,感染性ぶどう膜炎の鑑別のため,右眼前房穿刺を施行し,ヘルペスウイルスDNAに対するpolymerasechainreaction(PCR)検査と細菌培養検査を行った.単純ヘルペスウイルス,帯状ヘルペスウイルス,サイトメガロウイルスDNAのPCR検査はすべて陰性.細菌培養検査も陰性であった.5月29日,頭部MRI,6月2日,PETを施行したが,脳悪性リンパ腫の再発はみられなかった.6月6日,右眼底下方に胞状の漿液性網膜.離が出現し,右眼視力は手動弁に低下した(図2).眼内悪性リンパ腫の可能性を考え,6月9日,再度右眼前房穿刺を施行し,細胞診を行ったが,細胞成分は検出されず判定不能であった.同日,左眼矯正視力は1.0であったが,網膜に白色斑点増加,硝子体混濁が出現した.6月23日,右眼漿液性網膜.離が拡大して全.離となり(図3),右眼矯正視力は手動弁に低下した.また,左眼の後極部にも漿液性網膜.離が出現し,左眼の矯正視力も0.02と著明に低下した.眼内悪性リンパ腫,感染性ぶどう膜炎の可能性を考え,6月23日,右眼硝子体手術を施行した.手術は硝子体液の生検を目的とし,23Gシステムで2portを設置し,無還流で無希釈硝子体液を約1.8ml採取した.硝子体液の病理細胞診の判定はclassIで430あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016あった.IL-10,IL-6は測定していなかった.6月30日(初診より34日目),右眼の漿液性.離に加えて硝子体混濁の増強を認めた.眼内悪性リンパ腫を強く疑い,確定診断のために右眼に対し23Gシステムにて経毛様体扁平部水晶体切除術+硝子体茎離断術+経網膜的網膜下組織生検+シリコーンオイル注入術を施行した.今回は硝子体切除のみならず,網膜下液,網膜下組織の採取も行った.網膜病巣部は黄白色で軽度の平坦な隆起がみられた.網膜下組織は,右眼上耳側の.離網膜部位に医原性裂孔を作製し,23G鉗子と垂直剪刀を用いて採取した.その結果,硝子体細胞診はclassII,網膜下液細胞診はclassIII,網膜下液と硝子体液の細菌培養は陰性,網膜下組織の病理組織診は好酸球を主体とするアレルギー性の変化との判定であった.一方,右眼硝子体中のIL-10は80,500pg/ml,IL-6は366pg/mlとIL-10が著明に高値であった.右眼の網膜下液細胞診がclassIIIであること,硝子体中のIL-10が著明に高値であること,脳悪性リンパ腫の既往があることから,眼内悪性リンパ腫と診断した.両眼に対してMTX0.4mg硝子体注射(1週間ごと8回,その後1カ月ごと2回)を開始した.一方,7月9日に髄液検査の結果,髄液細胞数8/μl,髄液細胞診はclassIIであり,髄液中に明らかな悪性細胞は検出されなかった.しかし,細(100) 胞数は増加していたため,悪性リンパ腫の髄腔内浸潤を考慮し,MTX15mg+デキサメサゾン(DEX)3.3mgの髄腔内注射を毎月1回,合計3回施行した.MTX硝子体注射治療を開始後,両眼の漿液性網膜.離は速やかに減少し,約4週間後にはほぼ消失した.8月5日,矯正視力右眼手動弁,左眼0.04.両眼の漿液性網膜.離は消失していた(図4).両眼にMTX硝子体注射4回目を施行した.10月22日,矯正視力右眼手動弁,左眼0.01であった.両眼にMTX硝子体注射10回目を施行し,同時に両眼から前房水採取し,IL-10,IL-6濃度測定を行ったところ,右眼IL-10:10pg/ml,IL-6:101pg/ml(IL-10/IL-6比=0.09),左眼IL-10:4pg/ml以下,IL-6:484pg/ml(IL10/IL-6比=0.008)であった.眼内の炎症所見や漿液性網膜.離は消失したため,両眼とも眼内悪性リンパ腫の寛解が得られたと判定した.その後,眼内,頭蓋内ともに悪性リンパ腫の再燃を認めなかった.2015年2月19日,小脳,延髄梗塞後の肺炎で永眠された.II考按漿液性網膜.離を生じた眼内悪性リンパ腫の報告としては,草場ら7)の自覚症状出現から約5カ月後に下方の漿液性網膜.離を生じた眼内悪性リンパ腫の症例や,山本ら8)の自覚症状出現から2カ月後に漿液性網膜.離を生じたびまん性大細胞型B細胞リンパ腫の症例がある.また,木村らはわが国の眼内悪性リンパ腫症例217例について多施設研究で臨床像の検討を行い,網膜.離を2例(0.9%)に認めた,と報告している2).今回の症例は自覚症状出現から1カ月以内に漿液性網膜.離を生じており,既報に比べても急激な進行であったといえる.MTX硝子体注射治療を開始後に両眼の漿液性網膜.離は速やかに減少し,4週間後には消失した.MTX硝子体注射は眼内悪性リンパ腫に伴う漿液性網膜.離の治療に有効であった.本症のような漿液性網膜.離は眼内悪性リンパ腫ではまれであるが,硝子体混濁や黄白色の網膜下浸潤病変を伴う漿液性網膜.離の症例は眼内悪性リンパ腫の可能性がある.CNSリンパ腫が全身化学療法でいったん寛解しても,その後眼内に再発することはしばしばある.眼内悪性リンパ腫は脳播種を起こしやすいことが知られており,脳播種を起こすと生命予後は不良となりやすい9).したがって,本症のような症例では,積極的に眼内悪性リンパ腫を疑って硝子体生検を施行し,確定診断をめざす必要があると考えられた.確定診断は硝子体の細胞診にIL-10/IL-6濃度の測定や,異型リンパ球の単クローン性を免疫組織学的に証明することなどの補助的な診断を組み合わせて行われることが多い10).今回の症例では硝子体の細胞診および網膜下組織生検では確(101)定診断には至らなかったが,硝子体液のIL-10/IL-6濃度比を優先し,臨床所見を考慮したうえで眼内悪性リンパ腫と診断し,メトトレキサート硝子体注射に踏み切ったところ,著効が得られた.文献2に記載されているように,細胞診による眼内リンパ腫の検出率(44.5%)は,IL-10/IL-6ratioによる検出率(91.7%)に劣っていることがわかっている.本症例で眼内悪性リンパ腫を疑って硝子体原液を採取した際には,検体を遠心分離し,上澄みをIL-10/IL-6ratio測定に用い,沈渣を細胞診に用いるべきであった.本症例は悪性リンパ腫の既往があるものの,全身化学療法で寛解しており,今回も全身的な再発はないと診断されていた.他臓器での悪性リンパ腫の既往も眼内悪性リンパ腫を疑う重要な根拠の一つとなると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)CorriveauC,EasterbrookM,PayneD:Lymphomasimulatinguveitis(masqueradesyndrome).CanJOphthalmol21:144-149,19862)KimuraK,UsuiY,GotoH:Clinicalfeaturesanddiagnosticsignificanceoftheintraocularfluidof217patientswithintraocularlymphoma.JpnJOphthalmol56:383389,20123)DeangelisLM,HormigoA:Treatmentofprimarycentralnervoussystemlymphoma.SeminOncol31:684-692,20044)PetersonK,GordonKB,HeinemannMHetal:Theclinicalspectrumofocularlymphoma.Cancer72:843-849,19935)AkpekEK,AhmedI,HochbergFHetal:Intraocularcentralnervoussystemlymphoma:clinicalfeatures,diagnosis,andoutcomes.Ophthalmology106:1805-1810,19996)OhguroN,SonodaKH,TakeuchiMetal:The2009prospectivemulti-centerepidemiologicsurveyofuveitisinJapan.JpnJOphthalmol56:432-435,20127)草場留美子,田口千香子,吉村浩一ほか:経過中に特異な眼底所見を呈した眼内悪性リンパ腫の1例.臨眼59:17931798,20048)山本紗也香,杉田直,岩永洋一ほか:メトトレキセート硝子体注射が著効した滲出性網膜.離を伴う網膜下増殖型のびまん性大細胞型B細胞リンパ腫の1例.臨眼62:14951500,20089)FerreriAJ,BlayJY,ReniMetal:Relevanceofintraocularinvolvementinthemanagementofprimarycentralnervoussystemlymphomas.AnnOncol13:531-538,200210)横田真子,高瀬博,今井康久ほか:眼内悪性リンパ腫が疑われた1例に対する遺伝子解析とサイトカイン測定.日眼会誌107:287-291,2003あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016431