《第22回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科29(6):831.834,2012cラタノプロスト・チモロールマレイン酸塩2剤併用から配合剤への切り替え効果に関する長期的検討木内貴博*1井上隆史*2高林南緒子*1大鹿哲郎*3*1筑波学園病院眼科・緑内障センター*2井上眼科医院*3筑波大学医学医療系眼科Long-termEfficacyafterSwitchingfromUnfixedCombinationofLatanoprostandTimololMaleatetoFixedCombinationTakahiroKiuchi1),TakafumiInoue2),NaokoTakabayashi1)andTetsuroOshika3)1)DepartmentofOphthalmology/GlaucomaCenter,TsukubaGakuenHospital,2)3)DepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicine,UniversityofTsukubaInoueEyeClinic,ラタノプロストとチモロールマレイン酸塩の2剤併用療法中の広義開放隅角緑内障16例16眼を対象とし,配合剤へ切り替えたときの眼圧変化とアドヒアランスについて2年間の観察を行った.平均眼圧は切り替え前が14.4±2.7mmHg,切り替え後が14.8±2.3mmHgで差はなく(p=0.088),経時的にも有意な変化はみられなかった(p=0.944).アドヒアランスに関し,完全点眼達成率は切り替え前が18.8%であったのに対し,切り替え後は62.5%へと有意に改善した(p=0.012).しかしながら,切り替え前は無点眼日があったとする患者が皆無であったのに対し,切り替え後は1日でも点眼忘れがあった例が37.5%にも及んだ.配合剤への切り替えは眼圧に影響を及ぼさず,アドヒアランスの改善が期待できる.ただし,切り替え後の点眼のさし忘れは1日を通してまったく治療が行われないことを意味し,注意が必要である.Weevaluatedintraocularpressure(IOP)andadherenceafterswitchingfromunfixedcombinationoflatanoprostandtimololmaleatetofixedcombinationin16eyesof16patientswithopenangleglaucomafortwoyears.AverageIOPbeforeandafterswitchingwas14.4±2.7mmHgand14.8±2.3mmHg,respectively;nosignificantdifferencewasfound(p=0.088),norwasanystatisticallysignificantdifferenceobservedinthetimecourseofchangesinIOP(p=0.944).Drugadherencerateincreasedsignificantly,from18.8%to62.5%asaresultofswitching(p=0.012).Aftertheswitch,37.5%ofpatientsfailedtocompletethefixedcombinationsolutioninstillationregimenforatleastoneday,whiletherewerenosuchfailuresbeforetheswitch.SwitchingtoafixedcombinationoflatanoprostandtimololmaleatedidnotinfluenceIOPandwashelpfulinimprovingadherence.Attentionmustbepaid,however,tothefactthatfailureofinstillationaftertheswitchmeansthatglaucomatreatmentsarenotbeingadministeredthroughouttheentireday.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(6):831.834,2012〕Keywords:ラタノプロスト,チモロールマレイン酸塩,配合剤,眼圧,アドヒアランス.latanoprost,timololmaleate,fixedcombinationophthalmicsolution,intraocularpressure,adherence.はじめに近年,わが国でも眼圧下降薬として配合剤が使用できるようになり,緑内障に対する薬物療法の選択肢が広がりつつある.わが国初の配合剤は,プロスタグランジン関連薬であるラタノプロストとb遮断薬である0.5%チモロールマレイン酸塩を組み合わせた,ラタノプロスト・チモロールマレイン酸塩(ザラカムR配合点眼液,ファイザー)であり,2010年4月の上市をもって配合剤処方の門戸が開かれることとなったが,海外では2000年にスウェーデンで初めて承認されて以来,現在に至るまで100カ国以上で発売されており,すでに緑内障薬物療法の一翼を担う存在となっている.必然的に,本剤に関する臨床研究は外国人を対象としたものが圧倒〔別刷請求先〕木内貴博:〒305-0854茨城県つくば市上横場2573-1筑波学園病院眼科Reprintrequests:TakahiroKiuchi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TsukubaGakuenHospital,2573-1Kamiyokoba,Tsukuba,Ibaraki305-0854,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(109)831的に多く,なかでも多剤併用療法から配合剤へ切り替える方法により,眼圧の推移やアドヒアランスの変化などを検討したものが多勢を占める1.5).ところが,欧米人と日本人とでは,緑内障の疾患構成に違いがあること6,7)や,薬剤に対する反応性が異なる可能性もあることなどから,わが国でも配合剤に関するデータベース作りが急務と思われるが,発売後間もないこともあり,そのような臨床試験はあまり行われていない.さらに,いくつか散見される学術集会レベルの報告をみても,症例の組み入れ条件が一定でなかったり,観察期間が短期限定であったりするものがほとんどである.そこで今回,ラタノプロストとチモロールマレイン酸塩に限定し,これら2剤による併用療法から配合剤1剤へ切り替えたときの眼圧の推移およびアドヒアランスの変化について,比較的長期にわたる観察を行って検討したので報告する.I対象および方法1.対象ラタノプロスト(キサラタンR点眼液0.005%,ファイザー)と2回点眼のチモロールマレイン酸塩(チモプトールR点眼液0.5%,MerckSharp&Dohme)の2剤併用にて,2年以上にわたり治療が継続されてきた広義開放隅角緑内障の患者を対象とした.著しい眼表面疾患を有する者,眼圧値に影響を及ぼす可能性のある眼疾患および全身疾患を有する者,眼圧下降のための外科治療およびレーザー治療の既往のある者,組み入れ前の1年以内に別の眼圧下降薬(ラタノプロスト以外のプロスタグランジン関連薬やチモロールマレイン酸塩以外のb遮断薬を含む)へ変更または追加,あるいは点眼中止のあった者は除外とし,上記の基準を満たし,かつ,十分な説明のうえで同意の得られた18例が本研究に組み入れられた.最終的に,決められた通院スケジュールを遵守できなかった2例が除外され,16例を検討の対象とした.性別は男性10例,女性6例,平均年齢は62.2±13.1歳(39.80歳)であった.全症例とも点眼治療は両眼になされており,検討には右眼のデータを採用した.なお,本研究は筑波大学附属病院倫理委員会の承認を得て行われた.2.点眼スケジュール切り替え前の2剤併用時は,ラタノプロストの夜1回とチモロールマレイン酸塩の朝夕2回の点眼スケジュールであったが,その後,休薬期間なしに配合剤であるラタノプロスト・チモロールマレイン酸塩への切り替えを行い,切り替え後は夜のみ1回点眼を指示した.3.検討事項切り替え前後における眼圧の推移およびアドヒアランスの変化について調査を行った.眼圧に関しては2カ月ごとに,切り替え前1年と切り替え後1年,つまり計2年間にわたって追跡を行い,切り替え前後それぞれの期間における全測定832あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012値の平均の比較,および,切り替え前後を通じた経時変化について検討した.なお,各々の患者について,切り替え前にはすべての眼圧測定時刻が3時間以内であったことを確認し,切り替え後も同様の時間帯に測定を行った.アドヒアランスに関しては,切り替え前1カ月と,切り替え1年経過時,すなわち本研究終了直前1カ月間の点眼状況をアンケート方式にて抽出した.切り替え前は2剤で3回点眼がノルマであるため,1日のうち1回でも点眼忘れがあれば,その日は不完全点眼日として,また1日を通じてまったく点眼しなかった日があれば,これを無点眼日と定義して,それぞれ該当日数をカウントした.一方,切り替え後は1剤のみ1回点眼となるため,点眼をさし忘れた日があれば,その日は必然的に無点眼日とみなした.そのうえで,1カ月間の該当日数を,なし(完全な点眼ノルマ達成),1日以上4日以内,5日以上8日以内に区分し,切り替え前後のアドヒアランスの変化を検討した.4.統計学的解析平均眼圧の比較にはWilcoxonの符号付順位和検定を,眼圧の経時変化については一元配置分散分析を,アドヒアランスの検討にはFisherの直接確率検定またはKruskal-Wallis検定を用い,危険率5%未満を有意とした.II結果1.眼圧の推移平均眼圧は,切り替え前が14.4±2.7mmHg,切り替え後が14.8±2.3mmHgで有意な差はなかった(p=0.088).切り替え前と比較して,切り替え後の平均眼圧変化が1mmHg以内に維持されていた症例とそれより下降した症例の合計は全体の75%を占めており,逆に1mmHg以上上昇したのは25%にみられたが,そのほとんどは1mmHgを若干超えた程度の軽微な上昇の範囲にとどまっていた(図1).切り替え前後の眼圧の変化を図2に示す.経過中,有意な変化はみられなかった(p=0.944).なお,今回の検討では,眼圧測定25%75%■:>+1mmHg■:±1mmHg:<-1mmHg020406080100(%)図1切り替え前後の平均眼圧の変化切り替え前と比較して,切り替え後の平均眼圧変化が1mmHg以内に維持されていた例とそれより下降した例の合計は全体の75%を占めており,逆に1mmHg以上上昇したのは25%にみられた.(110)切り替え眼圧(mmHg)-6MLAT+TIMLTFC+6M-12M+12M2520151050図2眼圧の経時変化経過中,有意な変化はみられなかった(p=0.944).LAT:ラタノプロスト,TIM:チモロールマレイン酸塩,LTFC:ラタノプロスト・チモロールマレイン酸塩(配合剤).すべての測定点において眼数は16眼.切り替え眼圧(mmHg)-6MLAT+TIMLTFC+6M-12M+12M2520151050図2眼圧の経時変化経過中,有意な変化はみられなかった(p=0.944).LAT:ラタノプロスト,TIM:チモロールマレイン酸塩,LTFC:ラタノプロスト・チモロールマレイン酸塩(配合剤).すべての測定点において眼数は16眼.前日および当日の点眼を忘れた例はなかった.2.アドヒアランスの変化1カ月の間,点眼忘れがまったくなかった症例の割合,すなわち完全点眼達成率は,切り替え前がわずか18.8%であったのに対し,切り替え後は62.5%へと大幅に改善した(p=0.012).点眼遵守状況の詳細を図3に示す.無点眼日数のみを抽出すると切り替え前後で有意な差はなかったものの(p=0.070),切り替え前の不完全点眼日数と切り替え後の無点眼日数との間には有意差が認められ(p=0.036),切り替え後は点眼忘れの頻度が減少していた.しかしながら,切り替え前は無点眼日が皆無であった,つまり,毎日なんらかの点眼がなされていたのに対し,切り替え後は,たとえ1日でも点眼忘れがあったとする例が37.5%に及んでいることも判明した.III考按緑内障診療において唯一の治療的エビデンスを有するのは眼圧下降であり,特別な事情がない限り,まずは点眼による治療が優先される.一般に,点眼は1剤から開始されるのが通例であるが,眼圧下降が不十分であると判断されたときは薬剤の変更や追加が考慮される8).当然ながら,目標眼圧達成のノルマが厳格になればなるほど多剤併用療法にシフトされる傾向が強くなり,それに伴いアドヒアランスの低下や副作用発現の増加といったトラブルも増すことになる.一方,2種類の独立した薬効を併せ持つ配合剤には,薬剤数と点眼回数の減少に伴う患者の利便性の向上が期待できる,複数の点眼薬の連続点眼による洗い流し効果がない,防腐剤の曝露量が減少するため眼表面疾患の発症リスクを最小限にできるなどといったさまざまな利点を有することが指摘されている9).したがって,配合剤の適切な使用は,多剤併用療法が抱えるいくつかの欠点を補う可能性があり,現在のところ,(111)不完全LAT点眼日数+TIM無点眼日数LTFC無点眼日数0%80%100%18.8%68.7%12.5%100%62.5%20%40%60%31.3%6.2%:なし/月■:1~4日/月■:5~8日/月図3点眼遵守状況完全点眼達成率は切り替え前の18.8%から切り替え後は62.5%へと有意に改善した(p=0.012)が,切り替え前は無点眼日があるとする患者が皆無であったのに対し,切り替え後は1日でも点眼忘れがあった例が37.5%に認められた.LAT:ラタノプロスト,TIM:チモロールマレイン酸塩,LTFC:ラタノプロスト・チモロールマレイン酸塩(配合剤).配合剤の成分を含む2種類の点眼からの切り替え,あるいは,単剤に別の薬効をもつ薬剤の追加を考慮する際などにおいて,投与が検討されうる立ち位置にあるものと考えられる.多剤併用と配合剤との比較試験に関する海外からの報告を参照すると,眼圧下降効果は配合剤へ変更後も同等と結論づけるものが多いなか1.3),Hamacherらはさらに下降4),Diestelhorstらはむしろ上昇したとしている5).このうち上昇に転じたとするDiestelhorstらの検討5)では,配合剤の点眼時刻が朝8時であった点が,夜に点眼をさせたとする他の報告とは異なるため,解釈には若干注意が必要である.今回は,切り替え前の治療薬をラタノプロストと2回点眼のチモロールマレイン酸塩のみに限定したことに加え,除外基準を厳格化することで研究精度をできるだけ保つよう努めただけでなく,切り替え前後それぞれ1年という比較的長期にわたる観察期間を設定したため,組み入れ症例数は少数にとどまったが,眼圧に関しては,経時的にも平均値の比較においても切り替え前後で有意差を認めず,この点については海外の多くの報告と同様であった.平均眼圧の変化に関してPoloら3)は,切り替え後,79%の症例が1mmHg以内に維持,または,それより下降したとしており,これも今回の筆者らの結果と類似している.したがって,2剤併用療法から配合剤へ切り替えたときの眼圧下降効果は,多くの症例で同等であると考えて差し支えないと思われる.一方,点眼に対する動機付けを強いられる今回のような臨床試験とは異なり,実際の日常臨床においては,少なくとも多剤併用時の点眼忘れの頻度はもっと高いものであると推察される.そのような状況下において配合剤へ変更した場合,臨床試験のときと比べ,患者は利便性の向上感をより強く自覚することが予想され,そうなると点眼遵守度の大幅な改善が期待されることから,切り替え後の眼圧はさらに下降する可能性が考えられあたらしい眼科Vol.29,No.6,2012833る.よって,今回の筆者らの結果も踏まえて考察するに,配合剤は,少なくとも眼圧に関しては比較的安心感をもって使用できるものであると思われる.従来から,点眼薬数や点眼回数の増加によるアドヒアランスの悪化が指摘されている10)が,配合剤はこれを改善させうることが報告されている2).今回の検討でも,点眼忘れがまったくなかったとする症例の割合が,切り替え後は大幅に増加したことに加え,切り替え前の不完全点眼日数との比較においても,切り替え後の点眼忘れの頻度は有意に減少し,アドヒアランスは明らかに改善したことが示された.一方で,切り替え前は無点眼日が皆無であった,つまり,3回点眼という完全なノルマを達成できなかった日であっても,ラタノプロストまたはチモロールマレイン酸塩の両方,あるいは,どちらか一方が,1回ないし2回は点眼されていたのに対し,切り替え後は,たとえ1日であっても無点眼日があったとする例が37.5%に及んでいることも判明した.Okekeらは,1日1回の単剤点眼でさえ,実際に点眼回数が守られていたのは約7割にすぎないことを報告しており11),このことは今回の筆者らの結果を裏づけるものであると思われる.配合剤であるラタノプロスト・チモロールマレイン酸塩のみで治療を行う場合,点眼忘れのあった日は,1日を通して治療がまったく行き渡らないことを意味しており,したがって,切り替えにより包括的にアドヒアランスが向上したとしても,これを無条件で歓迎するのは危険である.万一,無点眼日の眼圧が大幅に上昇しているとすれば,眼圧の日々変動が大きくなり,結果,緑内障性視神経症の悪化につながらないとも限らない.よって,配合剤に切り替えた後の点眼忘れには特に注意を払い,これまでにも増して点眼指導の徹底を図ることが重要であると思われる.一方,本研究の組み入れ症例数はきわめて少ないものであったため,今回の結果をもってただちに結論を導き出すのは時期尚早といえる.今後,わが国においても大規模かつ多施設での試験が積極的に行われることを期待し,多くの貴重なデータの蓄積を待ちたいところである.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)DiestelhorstM,LarssonLI:A12-week,randomized,double-masked,multicenterstudyofthefixedcombinationoflatanoprostandtimololintheeveningversustheindividualcomponents.Ophthalmology113:70-76,20062)DunkerS,SchmuckerA,MaierH:Tolerability,qualityoflife,andpersistencyofuseinpatientswithglaucomawhoareswitchedtothefixedcombinationoflatanoprostandtimolol.AdvTher24:376-386,20073)PoloV,LarrosaJM,FerrerasAetal:Effectondiurnalintraocularpressureofthefixedcombinationoflatanoprost0.005%andtimolol0.5%administeredintheeveninginglaucoma.AnnOphthalmol40:157-162,20084)HamacherT,SchinzelM,Scholzel-KlattAetal:Shorttermefficacyandsafetyinglaucomapatientschangedtothelatanoprost0.005%/timololmaleate0.5%fixedcombinationfrommonotherapiesandadjunctivetherapies.BrJOphthalmol88:1295-1298,20045)DiestelhorstM,LarssonLI:A12weekstudycomparingthefixedcombinationoflatanoprostandtimololwiththeconcomitantuseoftheindividualcomponentsinpatientswithopenangleglaucomaandocularhypertension.BrJOphthalmol88:199-203,20046)IwaseA,SuzukiY,AraieMetal:Theprevalenceofprimaryopen-angleglaucomainJapanese:theTajimiStudy.Ophthalmology111:1161-1169,20047)YamamotoT,IwaseA,AraieMetal:TheTajimiStudyreport2:prevalenceofprimaryangleclosureandsecondaryglaucomainaJapanesepopulation.Ophthalmology112:1641-1648,20058)日本緑内障学会:緑内障診療ガイドライン第3版.日眼会誌116:3-46,20129)石川誠,吉冨健志:緑内障治療薬配合剤.あたらしい眼科27:1357-1361,201010)DjafariF,LeskMR,HarasymowyczPJetal:Determinantsofadherencetoglaucomamedicaltherapyinalong-termpatientpopulation.JGlaucoma18:238-243,200911)OkekeCO,QuigleyHA,JampelHDetal:Interventionsimprovepooradherencewithoncedailyglaucomamedicationsinelectronicallymonitoredpatients.Ophthalmology116:2286-2293,2009***834あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(112)