《原著》あたらしい眼科31(9):1369.1373,2014cレバミピド点眼液が奏効した糸状角膜炎の3症例池川和加子山口昌彦白石敦坂根由梨原祐子鄭暁東鈴木崇井上智之井上康大橋裕一愛媛大学大学院感覚機能医学講座視機能外科学分野EfficacyofRebamipideOphthalmicSolutionforTreatment-ResistantFilametaryKeratitis:ThreeCaseReportsWakakoIkegawa,MasahikoYamaguchi,AtsushiShiraishi,YuriSakane,YukoHara,XiaodongZheng,TakashiSuzuki,TomoyukiInoue,YasushiInoueandYuichiOhashiDepartmentofOphthalmology,EhimeUniversitySchoolofMedicine背景:糸状角膜炎(filamentarykeratitis:FK)は,角膜上皮障害を起点に角膜糸状物を形成する慢性疾患で,強い異物感を伴い治療に難渋することも多い.今回レバミピド点眼液(RM)が奏効した糸状角膜炎の3例を報告する.症例:症例1:79歳,女性.Sjogren症候群.両総涙小管閉塞にて涙小管チューブ挿入術後にドライアイが顕性化し,角膜全面にFKが多発した.ヒアルロン酸点眼,ベタメタゾン点眼,ソフトコンタクトレンズ(SCL)連続装用にて軽快せず,RMを追加したところSCL非装用でもFKの出現は認められず,RM単独で18カ月間寛解状態である.症例2:90歳,男性.両角膜実質炎後混濁の角膜移植後で,0.1%フルオロメソロン点眼(FL)が投与されている.ドライアイによる点状表層角膜症(SPK)が出現し,ジクアホソルナトリウム点眼(DQ)を追加したところFKが出現した.DQを中止したが軽快せず,RMを開始したところFKは消失し,RM単独で18カ月間寛解状態である.症例3:67歳,女性.右顔面神経麻痺の既往.最初右下方,両角膜下方にFKが出現するようになり,DQ,FLを投与したが軽快せず,DQをRMに変更したところFKは消失し,RM単独で15カ月間寛解状態である.結論:従来の治療に抵抗性のFKに対してRMは有効であると考えられた.Threecasesoffilamentarykeratitis(FK)inwhichrebamipideophthalmicsolution(RM)waseffectivearereported.Case1:FKappearedalloverthebilateralcornealsurfaces.SinceFKtherapycomprisinghyaluronicacid,betamethasoneophthalmicsolutionandsoftcontactlens(SCL)continuouswearwasnoteffective,RMwasadministrated.Subsequently,FKhasbeencontrolledwithoutSCLfor18months,withRMonly.Case2and3:DiquafosolNaophthalmicsolution(DQ)and0.1%fluorometholonewereadministratedfordry-eyetherapy;howeverFKdidnotimprove.AfterDQwasreplacedwithRM,FKimprovedimmediatelyandhasbeencontrolledfor18monthsinCase2and15monthsinCase3,withRMonly.RMisefficaciousforconventionaltreatment-resistantFK.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(9):1369.1373,2014〕Keywords:糸状角膜炎,レバミピド点眼液,ドライアイ,角膜上皮障害,炎症,ムチン.filamentarykeratitis,rebamipideophthalmicsolution,dryeye,cornealepithelialdisorder,inflammation,mucin.はじめに糸状角膜炎(filamentarykeratitis:FK)は,種々の眼表面疾患や眼瞼疾患が複合的に関与して発症し,眼手術後や眼外傷後などに発症頻度が高まることが知られている1,2).FKの治療は,綿棒などにより角膜糸状物を物理的に除去した後,多くの症例で合併しているドライアイに対して,人工涙液点眼やヒアルロン酸点眼などを用い,ほとんどの例において眼表面炎症が病態に関与しているため,低濃度ステロイド点眼やシクロスポリン点眼を併用する.しかし,これらの保存療法だけでは再発を繰り返す場合も多く,バンデージ効果を図るためにメディカルユースソフトコンタクレンズ(MSCL)の連続装用を行うが,寛解状態を保つためには,〔別刷請求先〕山口昌彦:〒791-0295愛媛県東温市志津川愛媛大学大学院感覚機能医学講座視機能外科学分野Reprintrequests:MasahikoYamaguchi,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,EhimeUniversitySchoolofMedicine,Shitsukawa,Toon,Ehime791-0295,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(121)1369しばしばMSCLから離脱困難となり,継続中に角膜感染症の発生などが問題となる.このように,FKに対してはさまざまな治療が行われるものの,治癒させるのはきわめて困難な疾患であるといえる.レバミピド点眼液(ムコスタRUD点眼液2%,大塚製薬,以下RM)は,2012年1月にドライアイ治療薬として発売され,実験的には,結膜杯細胞増加作用3),角膜ムチン様物質増加作用3,4),角膜上皮創傷治癒促進作用3,4)を有することが報告されている.また臨床的にも,ドライアイの自他覚症状を改善させる5,6)ことが明らかになっており,新しい作用機序をもったドライアイ治療薬として注目されている.今回筆者らは,これまでの既存の治療には抵抗性であったFKに対し,RMを投与することによって,長期寛解状態に持ち込めた3症例を経験したので報告する.I症例〔症例1〕69歳,女性.既往例として,Sjogren症候群が存在する.2006年10月,両側の総涙小管狭窄症による流涙症に対して,両側の鼻涙管シリコーンチューブ挿入術を施行した.2008年5月から両眼の乾燥感を自覚し始め,軽度の角結膜上皮障害がみられたため,人工涙液点眼(ソフトサンティア点眼液,参天製薬)と0.1%ヒアルロン酸ナトリウム点眼液(ヒアレインR点眼液0.1%,参天製薬)をそれぞれ両眼に1日6回投与し,途中からヒアルロン酸点眼液を防腐剤無添加の0.1%ヒアルロン酸ナトリウム点眼液(ヒアルロン酸ナトリウムPF点眼液0.1%「日点」,日本点眼薬研究所)に変更して経過観察していた.2012年2月8日に左眼角膜下方にFKが出現し異物感が増強してきたため,オフロキサシン眼軟膏(タリビッドR眼軟膏,参天製薬,以下TV)を開始したが軽快せず,2週間後には左眼角膜中央にも多数のFK(図1b)がみられるようになってきたため,消炎が必要と考えて0.1%ベタメタゾン点眼液(リンベタPF眼耳鼻科用液0.1%,日本点眼薬研究所)を左眼に1日3回で開始した.しかし,左眼はFKによる異物感が軽快しないため,MSCL連続装用を開始したところ,異物感はコントロール可能になり,左眼の0.1%ベタメタゾン点眼は中止した.4月5日には右眼にもFKを認めるようになり異物感が増強してきたため(図1a),両眼ともMSCL連続装用となった.その後,右眼はMSCL装用を中止しても異物感のコントロールは可能であったが,左眼はMSCL装用を止めるとFKが増悪する状態を繰り返したため,左眼はMSCL継続のまま6月21日にRM両眼1日4回を開始した.右眼は8月2日以降FKがほとんど認められなくなり(図1c),左眼は9月6日以降MSCLを中止してもFKの再発はみられず(図1d),異物感も消失した.その後,ときに軽微なFKの再発がみられるものの,強い異物感を訴えるようなFKの出現はなくなり,RM単独投与で18カ月間,寛解状態を維持している.〔症例2〕60歳,男性.両眼の角膜実質炎後の角膜混濁に対して,右眼は表層角膜移植術,左眼は全層角膜移植術をacbd図1症例1a:右眼FK多発期.角膜中央.下方にFKを認める.b:左眼FK多発期.角膜ほぼ全面にFKを認める.c:右眼RM投与6週目.FKはほぼ消失している.d:左眼RM投与11週目.FKはほぼ消失している.1370あたらしい眼科Vol.31,No.9,2014(122)acbdacbd図2症例2a:右眼FK発現時.角膜下方にFKを認める.b:左眼FK発現時.角膜下方にFKを認める.c:右眼RM投与3週目.FKは消失している.d:左眼RM投与3週目.FKはほぼ消失している.受けている.2008年ごろから両眼のSPKが増加し,FKを繰り返すようになった.2011年4月,右眼に再度表層角膜移植を行い,0.1%フルオロメソロン点眼液(フルメトロンR点眼液0.1%,参天製薬,以下FL)とレボフロキサシン点眼液(クラビットR点眼液0.5%,参天製薬)を1日3回投与していた.2012年1月,両眼角膜中央の点状表層角膜症(superficialpunctatekeratitis:SPK)が軽快せず,涙液層破壊時間(tearfilmbreakuptime:BUT)も両眼とも1秒と短縮していたため,ドライアイ改善の目的でジクアホソルナトリウム点眼液(ジクアスR点眼液3%,参天製薬,以下DQ)を追加したが,同年3月に右眼角膜下方に,4月に左眼角膜下方にFKを認めるようになった(図2a,b).FKが改善しないため,DQとFLを中止し,RMを両眼に1日4回で開始したところ,投与後3週目に両眼のFKが消失した(図2c,d).その後,RM投与のみとしたが,自覚症状を伴うようなFKの出現はなくなり,RM単独投与で18カ月間,寛解状態を保っている.〔症例3〕57歳,女性.右側顔面神経麻痺の既往はあるが,閉瞼状態は回復しており,明らかな兎眼はみられなかった.2011年7月,右眼の充血,流涙感,異物感を訴え,両眼のBUTは1秒,両角膜下方にSPKが存在し,右眼角膜下方にはFKがみられたため,ドライアイ治療の目的でDQとFLを開始した.その後,右眼のFKは出現,消失を繰り返していたが,2012年6月には左眼角膜下方にもFKを認(123)めるようになったため,TVOを追加した(図3a,b).同年8月再診時,両眼のFKが軽快しないため,DQを中止し,RMを両眼に1日4回で開始したところ,投与2週間目にFKは消退した(図3c,d).その後,RM単独投与で15カ月間,寛解状態を維持している.3症例のまとめを表1に示す.II考察Taniokaらは,臨床例から得られた角膜糸状物サンプルを免疫組織化学的に解析し,その発生メカニズムについて詳細に考察している7).すなわち,角膜上皮障害を起点として,上皮細胞成分をコアにその周囲にムチンが絡みつき,瞬目に伴う摩擦ストレスの影響下に基底細胞レベルから上皮が.離されることにより形成されるという.その結果,瞬目とともに糸状物が動くことで角膜知覚が刺激され,持続的な異物感を伴うようになる.したがって,治療戦略としては,起点となっている角膜上皮障害を速やかに修復させるとともに,炎症などによる分泌型ムチンの増加を抑制し,ドライアイやその他の要因による涙液クリアランスの悪化を改善させ,炎症起因物質やムチンをできる限り早く眼表面から排除することが必要である.しかし,SCLによる眼表面保護効果を除けば,ヒアルロン酸など,これまでの点眼薬治療では,上記の病態を持続的に改善させるのは困難であった.RMは,動物実験や培養角膜上皮による実験から,結膜杯あたらしい眼科Vol.31,No.9,20141371acbdacbd図3症例3a:右眼FK発現時.角膜下方にFKを認める.b:左眼FK発現時.角膜下方にFKを認める.c:右眼RM投与2週目.FKは消失している.d:左眼RM投与2週目.FKは消失している.表1糸状角膜炎3症例の所見と治療(まとめ)症例1(79歳,女性)症例2(90歳,男性)症例3(67歳,女性)全身疾患Sjogren症候群――眼疾患の既往総涙小管閉塞にて両)涙小管チューブ挿入術後角膜実質炎にて両)角膜移植後右)顔面神経麻痺(閉瞼不全なし)FK出現部位両)角膜全面,右<左両)下方,右≒左両)下方,右≒左RM投与前治療軟膏――オフロキサシン眼軟膏ステロイド点眼0.1%ベタメタゾン点眼0.1%フルオロメトロン点眼0.1%フルオロメトロン点眼ドライアイ治療0.1%ヒアルロン酸点眼ジクアホソル点眼ジクアホソル点眼SCL装用+――RM投与後FK消失までの期間右)6週,左)11週両)3週両)2週RM投与後FK寛解持続期間18カ月18カ月15カ月FK:filamentarykeratitis,RM:rebamipideophthalmicsolution.細胞増加作用3),角膜ムチン様物質増加作用3,4),角膜上皮創傷治癒促進作用3,4)が確認されている.また,治験における結果から,臨床的にもドライアイの治療に有効であることが報告されている5,6).さらに,抗炎症作用を介して,角膜上皮の治癒促進に働く可能性が示されている8,9).RMは,分泌型および膜結合型ムチンの増加による涙液安定性の向上と抗炎症作用を含む角膜上皮創傷治癒作用によって,FKの起点となる遷延性の角膜上皮障害を改善させ,FKの再発を抑制している可能性がある.症例2と3においては,ドライアイによる角膜上皮障害の1372あたらしい眼科Vol.31,No.9,2014悪化と考えられたため,DQを追加したがFKは改善しなかった.DQには,RMと同様に分泌型ムチンおよび膜結合型ムチンを増やす作用があり,そのうえ,結膜上皮細胞からの水分移動作用があるため,RMと同様に涙液安定性を向上させて,ドライアイを改善し,FK抑制の方向へ働くことが予想される.しかし,この2症例ではDQの追加投与では改善がみられず,RMへの変更によって改善が得られた.このことは,RMが眼表面ムチンを増やすうえに,角膜上皮障害の治癒促進という作用も持ち合わせているため,FKの発症をその機序のより上流で抑制している可能性があるのではない(124)かと推察される.また,3症例とも最終的には,ヒアルロン酸点眼やステロイド点眼を使用せずにRMのみでFKがコントロールできている点においても,FKに対するRMの有効性が示されているところであると思われた.他方,眼瞼下垂や眼瞼内反症などの眼瞼疾患においては,涙液クリアランスの悪化や眼表面摩擦の亢進がFK発症の原因になることが知られている10).これらのケースではFKの発症部位もドライアイによるものとは異なっており,観血的な眼瞼異常の是正により初めて寛解する.今回の3症例には,眼瞼下垂や眼瞼内反症などの要因はみられなかったが,眼瞼異常が主因となって生じるFKに対するRM投与の有効性については今後の検討課題である.以上,種々の治療に対する反応が不良で,RMへの変更投与が奏効したFKの3症例を提示した.RMは,その薬理作用によって種々のFKの発症要因を抑制し,長期間にわたって自覚症状および他覚所見を寛解させるのではないかと考えられた.文献1)KinoshitaS,YokoiN:Filamentarykeratitis.TheCorneafourthedition(FosterCS,AzarDT,DohlmanCHeds),p687-692,Philadelphia,20052)DavidsonRS,MannisMJ:Filamentarykeratitis.Cornea2ndedition(KrachmerJH,MannisMJ,HollandEJeds),p1179-1182,ElsevierInc,20053)UrashimaH,OkamotoT,TakejiYetal:Rebamipideincreasestheamountofmucin-likesubstancesontheconjunctivaandcorneaintheN-acetylcysteine-treatedinvivomodel.Cornea23:613-619,20044)TakejiY,UrashimaH,AokiAetal:Rebamipideincreasesthemucin-likeglycoproteinproductionincornealepithelialcells.JOculPharmacolTher28:259-263,20125)KinoshitaS,AwamuraS,OshidenKetal:Rebamipide(OPC-12759)inthetreatmentofdryeye:arandomized,double-masked,multicenter,placebo-controlledphaseIIstudy.Ophthalmology119:2471-2478,20126)KashimaT,AkiyamaH,MiuraFetal:Resolutionofpersistentcornealerosionafteradministrationoftopicalrebamipide.ClinOphthalmol6:1403-1406,20127)TaniokaH,YokoiN,KomuroAetal:Investigationofcornealfilamentinfilamentarykeratitis.InvestOphthalmolVisSci50:3696-3702,20098)KimuraK,MoritaY,OritaTetal:ProtectionofhumancornealepithelialcellsfromTNF-a-induceddisruptionofbarrierfunctionbyrebamipide.InvestOphthalmolVisSci54:2572-2760,20139)TanakaH,FukudaK,IshidaWetal:RebamipideincreasesbarrierfunctionandattenuatesTNFa-inducedbarrierdisruptionandcytokineexpressioninhumancornealepithelialcells.BrJOphthalmol97:912-916,201310)北澤耕司,横井則彦,渡辺彰英ほか:難治性糸状角膜炎に対する眼瞼手術の検討.日眼会誌115:693-698,2011***(125)あたらしい眼科Vol.31,No.9,20141373