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急性原発閉塞隅角症の治療成績

2022年11月30日 水曜日

《原著》あたらしい眼科39(11):1544.1548,2022c急性原発閉塞隅角症の治療成績木村友哉青木修一郎宮本寛知木下貴正清水美穂森潤也畑中彬良山崎光理今泉寛子市立札幌病院眼科CTreatmentOutcomesforAcutePrimaryAngleClosureYuyaKimura,ShuichiroAoki,HirotomoMiyamoto,TakamasaKinoshita,MihoShimizu,JunyaMori,AkiraHatanaka,HikariYamasakiandHirokoImaizumiCDepartmentofOphthalmology,SapporoCityGeneralHospitalC目的:当院における急性原発閉塞隅角症に対する治療成績を検討すること.対象および方法:2008年C8月.2021年C7月に,急性原発閉塞隅角症(発作)のために当科を受診したC41例C44眼を対象とし,その臨床像と1)発作眼への治療と2)僚眼の経過・治療について後ろ向きに調査した.結果:1)発作眼では初回治療として水晶体再建術が選択されていた症例がC75%ともっとも多く,ついでレーザー虹彩切開術が選択されていた.水晶体再建術における合併症は12%にみられた.術後矯正視力は中央値C0.8で,高眼圧がC1カ月以上遷延した症例はC1例C2眼であった.2)僚眼のうちC79%の症例で外科的治療を行った.外科的治療を行わなかったC8眼中C1眼で経過観察中に発作がみられた.考按:急性原発閉塞隅角症に対しては水晶体再建術が行われることが多かったが,術中合併症の確率が高く,十分な準備が必要である.CPurpose:Toevaluatethetreatmentoutcomesforacuteprimaryangleclosure.CasesandMethods:Thisret-rospectivestudyinvolved44eyesof41patientswithacuteprimaryangleclosurewhowereseenbetweenAugust2008andJuly2021.Inallcases,the(1)treatmentadministeredtothea.ectedeyesandthe(2)courseandtreat-mentCinCtheCfellowCeyesCwereCinvestigated.CResults:(1)LensCreconstructionCwasCtheCinitialCtreatmentCin75%CofCthecases,followedbylaseriridotomy.In12%ofthecasesthatunderwentlensreconstructionsurgery,intraopera-tiveCcomplicationsCoccurred.CTheCmedianCpostoperativeCcorrectedCvisualCacuityCwasC0.8,CandCocularChypertensionClastedformorethan1monthin1case.In79%ofthefelloweyes,surgicaltreatmentwasperformed.In1ofthe8eyesCthatCdidCnotCundergoCsurgicalCtreatment,CacuteCangleCclosureCoccurredCduringCtheCfollow-upCperiod.CConclu-sion:AlthoughClensCreconstructionCsurgeryCwasCperformedCinCmanyCcases,CadequateCpreparationCisCnecessary,CasCintraoperativecomplicationscanoftenoccur.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)39(11):1544.1548,C2022〕Keywords:急性原発閉塞隅角症,閉塞隅角,レーザー虹彩切開術,水晶体再建術.acuteprimaryangleclosure,angleclosure,laseriridotomy,lensreconstructionsurgery.Cはじめに急性原発閉塞隅角症(acuteCprimaryCangleclosure:APAC)は,原発閉塞隅角症のうち急激かつ高度な眼圧上昇をきたし,早期に適切な処置を行わなければ不可逆的な視機能障害を残す.外科的治療が第一選択である1)が,どの術式を選択するかは患者背景や医療環境に依存すると考えられ,実臨床における検討が必要である.わが国における近年の急性原発閉塞症に対する治療の実態についてのまとまった報告は少ない.そこで今回,当院のCAPACに対する治療成績を調査,検討した.CI対象および方法2008年C8月.2021年C7月に当科を受診したCAPACの症例のうち,初診時に外科的治療が行われていなかった症例41例44眼(女性34例36眼,男性7例8眼)の診療録を後ろ向きに調べた.対象者の組み入れについては,まず上記期〔別刷請求先〕青木修一郎:〒113-8655東京都文京区本郷C7-3-1東京大学医学部附属病院眼科Reprintrequests:ShuichiroAoki,DepartmentofOphthalmology,TheUniversityofTokyoHospital,3-1Hongo7-chome,Bunkyo-ku,Tokyo113-8655,JAPANC1544(104)間において当院の電子カルテで「急性原発閉塞隅角緑内障」または「(急性)緑内障発作」の病名が登録された患者カルテ番号をすべて検索し,各番号のカルテ記載から,同期間に急性の隅角閉塞と高眼圧がみられること,続発性の隅角閉塞が否定されていることを条件とした.方法は,1)APACを発症した眼(発作眼)の症例の発作時年齢,推定される発症契機,発症から初回の外科的治療までの日数,行われた各外科的治療の症例数,麻酔方法,年代別の外科的治療の内訳,各治療における合併症,術後眼圧経過,最終受診時の矯正小数視力を検討した.また2)僚眼の外科的介入の有無と内容を検討した.CII結果対象群の年齢は平均C72.2±8.32(49.95)歳,発作時の発作眼視力は中央値C0.1(光覚なし.1.2)であった.眼軸長は発作眼では平均C22.10±0.87(20.2.24.4)mm,僚眼では平均C21.89±0.81(19.5.23.9)mmであった.また発作時眼圧は平均C56.8±11.0(38.76)mmHgであった.C1.発作眼の検討両眼同時発症がC3例C6眼みられた.発作の契機が推定される症例(6例C7眼)の内訳は,医療機関で散瞳剤点眼後に発症したC4例C4眼,慢性閉塞隅角症へのピロカルピン点眼液の中止後に発症したC1例C1眼,心臓血管外科の全身麻酔手術C2日後で,抗コリン作用を有する抗不整脈薬投与後に発症した1例C2眼であった.全症例で外科的治療が行われていた.紹介元の内科的処置によって初診時にすでに眼圧が下降していたC2例C2眼を除く39例C42眼で,急性発作の解除を待たずに初回の外科的治療が行われた.これらのC42眼において発症から初回外科的治療までの経過日数(図1)は中央値C2日であり,7日以内の症例がC33例C34眼,認知症やインフルエンザなどで受診が遅れ,本人や関係者の申告から発作から当院受診までに数週間からC1カ月以上経過していたと思われる症例がC6例C8眼であった.発作眼の外科的治療(図2)はC33眼(75%)で初回に水晶体再建術を行い,そのうちC2眼では当初レーザー虹彩切開術(laseriridotomy:LI)を試みたが,浅前房などによりLIは施行できなかった.LIのみを行った症例はC2眼(5%)あった.初回CLI後に水晶体再建術を追加した症例がC18%(8眼)あった.これらの症例のうちC2眼はCLI後も眼圧下降が得られないため水晶体再建術に線維柱帯切除術を併施,1眼は眼圧が再上昇したために水晶体再建術を追加した.他のC5眼は,眼圧は下降したが狭隅角が解消されないため,あるいは白内障による視力低下のために水晶体再建術を追加していた.初回に観血的周辺虹彩切除術を行いそのC2週間後に水晶体再建術を行った症例がC1眼(2%)あった.以上の外科的治療のなかで,水晶体再建術のC5例C5眼のみ,疼痛または認知症などにより術中安静が保てないため全身麻酔で行い,他は局所麻酔で行った.当院におけるCAPACの症例数は増加傾向にあり,近年では初回から水晶体再建術を行う症例の割合が高い(2017年以降はC92%)傾向にあった(図3).発作眼で水晶体再建術を実施したC42眼のうち,眼圧下降のため手術開始時に硝子体切除を併施したものが8眼(19%)あった.術中に水晶体.拡張リング(capsularCtensionring:CTR)を使用した症例はなく,Zinn小帯脆弱がC5眼,半周未満のCZinn小帯断裂所見がC1眼,半周以上のCZinn小帯断裂がC2眼にみられた(後述の症例①と④).術中合併症はC12%(4例C5眼)にみられ,後.破損がC3眼,上脈絡膜腔出血がC1眼,眼内レンズ(intraocularlens:IOL)非挿入で終了がC5眼であった.これらC4例C5眼について詳述する.症例①は初診時両眼同時発作例の左眼で,問診などから眼圧上昇から介入までにC1カ月程度の長期間が推定された症例であった.左眼水晶体超音波乳化吸引後に半周以上のCZinn小帯断裂を認め,その後上脈絡膜腔出血を生じたため手術終14122眼(5%)1眼(2%)10LIのみ観血的周辺虹彩切除後に症例数(眼)白内障手術8642図1急性原発隅角閉塞症眼の初回外科的治療までの日数中央値はC2日であった.受診までにC13日からC1カ月以上経過し図2急性原発隅角閉塞症眼に対する外科的治療の内訳ていた症例がC6例C8眼あった.75%の症例で初回に水晶体再建術を行われていた.白内障手術LI後白内障手術LIのみ図3年代別症例数と急性原発隅角閉塞症眼への外科的治療の内訳調査期間における対象眼の数を約C4年ごとに分けて示す.当院におけるCAPACの症例数は増加傾向にある.近年では初回に水晶体再建術を行う眼の割合が高い.了とした.術後光覚がないことからCIOL挿入を行わなかった.症例②は角膜白斑のある両眼同時発作例で,受診日に左眼水晶体超音波乳化吸引(後.破損,前部硝子体切除併施)のみ,右眼は周辺部虹彩切除を行い終了とした.高眼圧が持続する右眼に対して後日に全身麻酔下水晶体再建術(後.破損あり硝子体切除併施)を行った.角膜混濁があることやIOL挿入に伴う合併症のリスクを考慮し両眼ともCIOLは挿入せず,無水晶体眼用眼鏡装用とした.症例③は術中に半周程度のCZinn小帯断裂を認め,二期的CIOL挿入の方針とし終了した.僚眼もその後CAPACを発症した(後述).本人が他疾患で入院予定となったことや家族の希望によりCIOL固定のための再手術は行わなかった.症例④は僚眼も狭隅角であり,認知症があること,家族の支援の制約など社会的背景により頻回の通院が困難なことから,全身麻酔下で両眼同時水晶体再建術を行った.発作眼は後.破損を生じ前部硝子体切除を併施し,予測される視機能や合併症のリスクなどを考慮してCIOL挿入せず終了した.最後の外科的加療の日から当院最終受診日までの経過観察期間は中央値C30日(3日.5年)であった.現在も当科で経過観察されている症例を除いて,最終受診後は全症例で近医に紹介されており,紹介先からの返信が得られていたが,その後再紹介された症例はなかった.水晶体再建術を行った全症例において,術後翌日に,前房深度が深いとの記載が確認されたが,隅角検査および周辺虹彩前癒着の評価がなされている眼はみられなかった.術後(複数回の外科的介入を行った場合は最後の手術後)翌日,1週間後,1カ月後の眼圧は,それぞれC12.5±6.9(2.32),15.2±5.7(7.38),13.3±3.1(9.28)mmHgであった(欠測は除外して算出).術後C2週以降から最終受診日まで眼圧C21CmmHg未満を維持したの1眼(3%)1眼(3%)経過観察中に既発症で介入済み発作あり図4急性原発隅角閉塞症眼の僚眼の経過僚眼C38眼のうちC79%(30眼)で外科的治療が予定され,予定どおり行われた.初診から外科的治療までの日数の中央値はC12日であった.は,初回水晶体再建術を行ったC31例C33眼ではC30例C31眼で,1例C2眼(症例①)で高眼圧が遷延した.LIのみのC2例2眼では術後眼圧C21CmmHg未満を維持した.12例C13眼では最終受診時に麻痺性散瞳がみられた.最終受診時視力は中央値C0.8(光覚なし.1.2)であった.また,初回水晶体再建術を行ったC31例C33眼のうちC14例C14眼(42%)は最終受診時矯正視力C0.8以上であった(術後視力不明のC2例C3眼を除く).最終受診時視力がC0.3以下であったのはC9例C11眼であった.そのうちC5例C5眼では他の眼疾患が併存しており,視力低値に関与していると考えられた(網膜色素変性,滲出型加齢黄斑変性,黄斑浮腫,弱視,網膜静脈閉塞症が各C1眼).残りC6眼のうちC2例C2眼は手動弁であり,いずれも視神経乳頭蒼白がみられた.2例C4眼は症例①と②である.併存眼疾患を有する上述のC5眼を除き,かつ最終受診日が術後C2週間以上であるC32眼に限ると,最終受診時視力中央値はC1.0(光覚なし.1.2)で,視力C0.8以上はC24眼(75%)であった.ほぼ全例で発作眼の術前にスペキュラマイクロスコピーが撮影されていたが,角膜浮腫のため角膜内皮面が不鮮明であり,数例を除いて術前内皮細胞密度は不明であった.発作眼の術後の角膜内皮細胞密度はC2,349.3±377.8(1,391.3,011)/Cmm2であった.C2.僚眼の経過両眼同時発作症例以外の僚眼C38眼のうち,32眼では初診からC1カ月以内の診療記録において細隙灯顕微鏡検査または前眼部光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)検査による浅前房または狭隅角の記載が確認できたが,6眼では記載がなく不明であった.僚眼C38眼のうちC30眼(79%)で外科的治療が予定され,予定どおりに行われた.初診から外科的治療までの日数の中央値はC12日であった.22眼で水晶体再建術のみを行った.LI後水晶体再建術を行った症例がC4眼,LIのみを行った症例がC4眼であった(図4).全症例で治療後経過観察期間中の眼圧上昇はなかった.予定どおり行われたC26眼の水晶体再建術のうちC3眼(12%)でCZinn小帯脆弱・断裂があったが,いずれもCCTRを要せずCIOL.内固定で終了した.その他の術中・術後合併症はなかった.僚眼の外科的介入前後の角膜内皮細胞密度は術前C2,591.8±377.8(1,646.3,134),術後C2,439.1C±347.8(1,564.2,904)/mmC2であった.一方,外科的治療をせずに経過観察を行ったC8眼のうち,1眼は以前に急性閉塞隅角症を発症し他院でCLIが行われていた.またC1眼(症例③の僚眼)では初診からC20日目にCAPACを発症し,緊急で全身麻酔下で水晶体再建術を行った.半周のCZinn小帯断裂がみられ,硝子体切除を併施し,IOLは二期的固定の方針として終了した(その後の経過は前記).他のC6眼では経過観察期間中に隅角閉塞の進行や急性閉塞隅角症の発症はなかった.CIII考察APACに対する外科的治療にはCLI,周辺虹彩切除術,水晶体再建術という選択肢がある.LIは水疱性角膜症を合併するリスクがある2)が,外来で即日施行可能であり,比較的若年で白内障のない患者が良い適応と考えられる.ただし,角膜浮腫や著しい浅前房のためCLIが困難な場合があり,本検討でもC2眼でCLIを試みたものの施行不能であった.また,LI後にも狭隅角や高眼圧が改善しない症例がC3眼みられた.LIおよび周辺虹彩切除術は相対的瞳孔ブロック因子の解消に有効である3)が,複数の隅角閉塞機序が関与している可能性があるため,術後も眼圧および前房・隅角の経過に留意する必要があると考えられる.水晶体再建術は,他の隅角閉塞機序であるプラトー虹彩因子や水晶体因子を解消するのにも有効であり4,5),明らかな白内障がある患者においては視力・屈折改善の意義もある.ただし,APACに対する水晶体再建術は,角膜浮腫,浅前房,Zinn小帯脆弱といった要因により,術中合併症のリスクが高い.本検討でも水晶体再建術ではCZinn小帯脆弱・断裂および術中合併症の頻度は通常より高率という結果であった.そのため,熟練した術者が執刀することや,場合によっては全身麻酔を考慮すること,臨時手術という制限のなかでも硝子体切除,CTR挿入,IOL縫着またはCIOL強膜内固定に必要時に対応可能であるように十分な準備を行い手術に臨むことといった対策が求められる.当院の位置する札幌市とその周辺地域では高齢者数が増加している.また,当院は網膜硝子体手術を行える術者が複数名おり,臨時で全身麻酔手術が可能な総合病院である.そのような患者層および医療機関の背景は治療選択に一定の影響を与えていると考えられる.たとえば高齢化に関連して,認知症のために覚醒下での外科的治療が不可能であり,社会的背景からC1回の治療で隅角閉塞を確実に解除するために全身麻酔下で両眼の水晶体再建術を行った症例④もあった.年代別の外科的治療の内訳の推移は,高齢化に伴い初回から水晶体再建術を選択するか,LI後に水晶体再建術を行う割合が増加していることを示しており,今後もその傾向は強まることが予想される.近年の当院の方針として,明らかな白内障があればAPACに対しては速やかに初回から水晶体再建術を行っている.上述のような水晶体再建術中合併症を防ぐための方策として,角膜上皮浮腫に対しては角膜上皮.離やグリセリン点眼を行い,前.の視認性を確保するためトリパンブルー染色を行っている.また,薬物治療による術前の眼圧下降が十分でない場合は,安定した前房を確保するために,開始時に少量の硝子体切除を併施することがあるが,眼内炎や上脈絡膜腔出血の発生に注意を要する.また,分散型の粘弾性物質を角膜裏面に保持することで手術侵襲による角膜内皮障害を少なくするよう努めている.急性原発閉塞発症後の僚眼はCAPACをきたしうる6,7)ため,明らかな浅前房や狭隅角などリスクの高い場合8)は,隅角閉塞機序を判断したうえでの適切な外科的介入を検討すべきである1).ただし,発作眼の僚眼に対し水晶体再建術を行う場合には,今回の検討ではC12%で術中にCZinn小帯異常がみられたことや,浅前房が想定されることから,通常の水晶体再建術よりもリスクが高いことを念頭におく必要がある.本検討は紹介例を含む当院の受診症例のみを対象とし,軽症例は少ないと思われるため,年齢や臨床像において実際の母集団から偏りがあることは否定できない.また,診療記録を参照する後ろ向き研究であるため,測定値や術中所見の不正確さが結果に影響を与えた可能性がある.術後視野異常や視神経障害についても可能であれば検討すべきであるが,当院の特性上,術後安定した症例は早期に紹介元に逆紹介することが多く,それらを評価していない症例が大半を占めていた.CIV結論当院ではCAPACのC75%の症例で発作眼に対して初回水晶体再建術を行っていた.術後視力の中央値はC0.8であり,高眼圧の遷延はほとんどの眼でみられなかった.水晶体再建術では術中合併症をきたす確率が高く,十分な準備と術中の工夫が必要である.また,計画的に外科的治療を行った僚眼では術後経過は良好であった.文献1)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン改訂委員会:緑内障診療ガイドライン(第C5版).日眼会誌C126:85-177,C20232)AngLP,HigashiharaH,SotozonoCetal:Argonlaseriri-dotomy-inducedCbullousCkeratopathyCaCgrowingCproblemCinJapan.BrJOphthalmolC91:1613-1615,C20073)JiangY,ChangDS,ZhuHetal:LongitudinalchangesofangleCcon.gurationCinprimaryCangle-closureCsuspects:CtheCZhongshanCAngle-ClosureCPreventionCTrial.COphthal-mologyC121:1699-1705,C20144)Azuara-BlancoCA,CBurrCJ,CRamsayCCCetal:E.ectivenessCofCearlyClensCextractionCforCtheCtreatmentCofCprimaryangle-closureCglaucoma(EAGLE):aCrandomisedCcon-trolledtrial.LancetC388:1389-1397,C20165)NonakaCA,CKondoCT,CKikuchiCMCetal:CataractCsurgeryCforresidualangleclosureafterperipherallaseriridotomy.OphthalmologyC112:974-979,C20056)LoweRF:AcuteCangle-closureglaucoma:theCsecondeye:anCanalysisCofC200Ccases.CBrCJCOphthalmolC46:641-650,C19627)EdwardsRS:Behaviourofthefelloweyeinacuteangle-closureglaucoma.BrJOphthalmolC66:576-579,C19828)WilenskyJT,KaufmanPL,FrohlichsteinDetal:Follow-upofangle-closureglaucomasuspects.AmJOphthalmolC115:338-346,C1993***

原発閉塞隅角緑内障に対するレーザー虹彩切開術の角膜内皮細胞に及ぼす長期的影響

2020年4月30日 木曜日

《原著》あたらしい眼科37(4):490.492,2020c原発閉塞隅角緑内障に対するレーザー虹彩切開術の角膜内皮細胞に及ぼす長期的影響窪倉真樹子中元兼二白鳥宙髙野靖子高橋浩日本医科大学眼科学教室CLong-TermE.ectofLaserIridotomyonCornealEndothelialCellDensityinCasesofPrimaryAngle-ClosureGlaucomaMakikoKubokura,KenjiNakamoto,NakaShiratori,YasukoTakanoandHiroshiTakahashiCDepartmentofOphthalmology,NipponMedicalSchoolC日本医科大学付属病院緑内障外来を受診した患者のうち,原発閉塞隅角症(PAC)および原発閉塞隅角緑内障(PACG)患者を対象に,レーザー虹彩切開術(LI)による角膜内皮細胞密度(CD)への影響を調べた.CD減少率を目的変数,LI施行日から最終CCD検査日までの期間(観察期間)を説明変数として回帰分析を行った.PAC(G)患者は15例26眼(男性3例5眼,女性12例21眼),年齢64±12歳,LI施行日からの観察期間はC34.5±15.7月であった.CDはCLI:治療前C2,810±173個/mm2,治療後C2,682±197個/mm2で有意に減少していた(p=0.02).CD減少率と観察期間との間に有意な正の関係があった(CD減少率=.0.4+0.1×観察期間(月),p=0.046,r2=0.16).PAC(G)に対する予防的CLIでは,CDは年間C1.6%減少し,約C40年間で半減すると予測された.CWeevaluatedthee.ectoflaseriridotomy(LI)oncornealendothelialcelldensity(ECD)inprimaryangle-clo-sureandprimaryangle-closureglaucomapatients.Thesubjectswere26eyesof15cases(male:3cases,5eyes;female:12Ccases,C21eyes).CTheCmeanCpatientCageCwasC64±12Cyears,CandCtheCmeanCfollow-upCperiodCwasC34.5±15.7months.ThemeancornealECDsigni.cantlydecreasedfrom2,810±173Ccells/mm2CpreLIto2,682±197Ccells/Cmm2CpostLI(p=0.02).Asigni.cantcorrelationwasfoundbetweentherateofcornealECDreductionandlengthofthepostoperativeobservationperiod(p=0.046).CornealECDwasestimatedtodecrease1.6%peryearpostLI,withanestimatedlossof50-percentat40-yearspostoperative.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)37(4):490.492,C2020〕Keywords:原発閉塞隅角症,原発閉塞隅角緑内障,レーザー虹彩切開術,角膜内皮細胞,長期的影響.primaryCangleclosure,primaryangleclosureglaucoma,laseriridotomy,cornealendothelialcell,long-terme.ect.Cはじめに緑内障はわが国の中途失明原因の第一位であるが1),原発閉塞隅角緑内障(primaryCangleCclosureglaucoma:PACG)は原発開放隅角緑内障に比し数倍失明率が高く2),臨床上注意を要する緑内障病型である.また,原発閉塞隅角症(pri-maryangleclosure:PAC)は無治療で経過観察すると,5年以内にC22%がCPACGに移行することが報告されており3),PACG発症予防のため外科的治療が必要である.わが国における緑内障の治療指針を示した緑内障診療ガイドライン第4版では,瞳孔ブロックによるCPACおよびCPACGに対しては,レーザー虹彩切開術(laseriridotomy:LI)または水晶体再建術が標準治療となっている4).LIは外来で簡便に瞳孔ブロックを解除できるので有用な治療法であるが,術後長期を経て発症する水疱性角膜症の合併はいまだ皆無ではない5.7).今回,筆者らは日本医科大学付属病院眼科(以下,当科)における急性緑内障発作の既往のないCPACおよびCPACGに対するCLIが角膜内皮細胞に及ぼす影響を後ろ向きに検討し,角膜内皮障害への長期的影響が予測できたので報告する.〔別刷請求先〕窪倉真樹子:〒113-8603東京都文京区千駄木C1-1-5日本医科大学眼科学教室Reprintrequests:MakikoKubokura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NipponMedicalSchool,1-1-5Sendagi,Bunkyo-ku,Tokyo113-8603,JAPANC490(114)0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(114)C4900910-1810/20/\100/頁/JCOPY3,5003,000LI後細胞密度(個/mm2)LI後眼圧(mmHg)151052,500005101520LI前眼圧(mmHg)図1LI前後の眼圧変化眼圧はCLI前後で有意差はなかった(p=0.60).C1510500102030405060702,0002,0002,5003,0003,50025LI前細胞密度(個/mm2)図2LI前後の角膜内皮細胞密度の変化角膜内皮細胞密度はCLI施行後にC129C±136個/mmC2有意に減少していた(p=0.02).しているものとした.LIの術式は全例アルゴンレーザー・Nd:YAGレーザー法であった.アルゴンレーザー(グリーン)で穿孔予定部位周囲を照射し虹彩を伸展菲薄化後,Nd:YAGレーザーで穿孔した.それぞれのレーザー設定と照射数は,アルゴンレーザーにて第一段階としてC200Cμm,0.2秒,200CmWでC4発,第二段階としてC50Cμm,0.02秒,1,000CmWでC10.20発したのち,Nd:YAGレーザーにてC1.5CmJで1.2発照射とし,全例この範囲で施行した.CD減少率(%)-5観察期間(月)図3CD減少率と観察期間との関係CD減少率と観察期間との間に有意な正の関係があった(CD減少率=0.4+0.1×観察期間(月),rC2=0.16,Cp=0.046).CI対象および方法2016年C6月.2016年C11月に当科を受診した患者のうち,緑内障専門医(K.N.)が施行した予防的CLI後のCPACおよびPACG患者を対象とした.内訳は,年齢(平均値C±標準偏差)C64±12歳(39.78歳),男性C3例(5眼),女性C12例(21眼)のC15例C26眼であった.病型の内訳は,PACがC11例C19眼,PACGがC4例C7眼であった.選択基準は,LI前後に角膜内皮細胞測定が行われているものとした.除外基準は,内眼手術の既往,滴状角膜,Fuchs角膜内皮ジストロフィなど,緑内障以外の眼疾患を有するものとした.PACおよびCPACGの診断は,LI術前のカルテ所見より行った.緑内障診療ガイドライン4)に準じて,PACは,原発隅角閉塞によって眼圧上昇(少なくともC20CmmHgをC1回でも超える)をきたしている,もしくは周辺虹彩前癒着があるが緑内障性視神経症がないものとした.PACGはCPACに緑内障性視神経症を有角膜内皮細胞はスペキュラマイクロスコープCSP-2000P(トプコン)を用いて測定し,角膜中央部のデータを解析に用いた.視力,眼圧,角膜内皮細胞密度(celldensity:CD)(個/Cmm2)をCLI前後で比較した(WilcoxonCsigned-ranktest).また,CD減少率を[(LI前CCD-最終観察時CCD)/LI前CCD]C×100(%)として算出し,目的変数をCCD減少率,説明変数をCLI施行日から最終角膜内皮細胞検査日までの期間(観察期間)として,直線回帰分析を行った.統計解析は,JMP8(SASInstitute社)を用いて,有意水準p<0.05(両側検定)で検定した.CII結果1.視力(logMAR)および眼圧の変化視力については,LI前後で視力測定が行われていたC15例24眼で検討した.LI前(平均値C±標準誤差):.0.06±0.04(.0.08.0),LI後:0.02C±0.20(C.0.08.0.7)(p=0.03)であり,白内障進行により有意に低下した.また,眼圧の検討では,LI前:13.8C±3.8CmmHg(7.5.21CmmHg),LI後:C13.5±3.7CmmHg(8.21CmmHg)であり,LI前後に有意差はなかった(p=0.60,図1).C2.CDの変化およびCD減少率と観察期間との関係観察期間はC34.5C±15.7月であった.角膜内皮細胞数はCLI前:2,810C±173/mm2,LI後:2,682C±197mm2であり,LI(115)あたらしい眼科Vol.37,No.4,2020C491施行後にC129C±136個/mmC2有意に減少していた(p=0.02,図2).また,目的変数をCCD減少率(%),説明変数を観察期間(月)として直線回帰分析を行ったところ,両者に有意な正の関係があった〔CD減少率=0.4+0.1×観察期間(月),Cr2=0.16,Cp=0.046,図3〕.CIII考按今回,アルゴンレーザー・Nd:YAGレーザー法によるLIが施行されたCPACおよびCPACG患者を対象に,LIの角膜内皮細胞への影響について後ろ向きに検討したところ,LI後のCCD減少率はC1.6%/年であり,加齢によるCCD減少率は0.3.0.7%/年8)に比し早かった.また,これは同様の検討をした宇高らの報告9)におけるCCD減少率C1%/年より早かった.本検討の結果から算出すると,CDはCLI施行後約C40年間で半減することがわかった.ただし,回帰式の決定係数はCr2=0.16と低く,回帰式の精度の問題がある.PACGにおけるCLI後では,通常,眼圧は有意に下降することが多いが10),今回の検討では有意な眼圧下降はなかった.この原因として,対象にCPACGの割合が少ないこと,治療前に眼圧下降薬が使用されている症例が含まれていることなどが考えられる.本検討の問題点および限界としては,①CCDがCLI前後で1回ずつしか測定されていないため,測定値の精度が低い可能性があること,②大学病院での後ろ向き研究のため,通院困難などの理由で近医に転院した症例が多く,結果として症例数が少ないこと,③今回対象から除外された症例のなかには,LIではなく水晶体再建術が施行されたものも多く,とくに隅角閉塞機序に水晶体因子の影響が強い症例などは除外されている可能性が高いこと,などがあげられる.最近,白内障のないCPACおよびCPACGを対象としたCLIと水晶体再建術の前向き比較試験(EAGLEstudy)10)の結果が報告され,水晶体再建術のほうが,LIより生活の質,経済面および眼圧コントロールにおいて優れていることが高いエビデンス・レベルで実証された.そのため,最近ではPACおよびCPACGにおける第一選択は水晶体再建術となりつつある11).しかし,PACおよびCPACGに対する水晶体再建術は通常の手術に比し手術難易度が高いため,術中合併症のリスクがより高くなることが知られている4).元来,水晶体再建術でもCCDは減少し,ときに水疱性角膜症もきたしうるという問題もある5).ただし,角膜内皮細胞の再生医療の進歩は目覚ましく12),将来は,LIによるものも含めて水疱性角膜症が現在ほど重篤な合併症の扱いではなくなる可能性がある.今回の結果からCPACおよびCPACGに対するCLIによって,CD減少率は年間C1.6%/年減少し,CDはCLI後約C40年間で半減すると予測された.LIは簡便で瞳孔ブロック解除に有用な治療法であるが,現時点では年齢およびCLI前のCCDを考慮して慎重に適応を決める必要がある.文献1)白神史雄:厚生労働科学研究研究費補助金,難治性疾患克服研究事業2)QuigleyCHA,CBromanAT:TheCnumberCofCpeopleCwithCglaucomaCworldwideCinC2010CandC2020.CBrCJCOphthalmolC90:262-267,C20063)ThomasCR,CParikhCR,CMuliyilCJCetal:Five-yearCriskCofCprogressionofprimaryangleclosuretoprimaryangleclo-sureglaucoma:ACpopulation-basedCstudy.CActaCOphthal-molScandC81:480-485,C20034)日本緑内障学会:緑内障診療ガイドライン第C4版.日眼会誌C122:5-53,C20185)ShimazakiJ,AmanoS,UnoTetal:NationalsurveryonbullouskeratopathyinJapan.CorneaC26:274-278,C20076)SchwartzAL,MartinNF,WeberPAetal:Cornealdecom-pensationCafterCargonClaserCiridectomy.CArchCOphthalmolC106:1572-1574,C19887)LimLS,HoCL,AngLPetal:Inferiorcornealdecompen-sationfollowinglaserperipheraliridotomyinthesuperioriris.AmJOphthalmolC142:166-168,C20068)天野史郎:正常者の角膜内皮細胞.あたらしい眼科C26:C147-152,C20099)宇高靖,横内裕敬,木本龍太ほか:レーザー虹彩切開術が角膜内皮細胞密度に与える長期的影響.あたらしい眼科C28:553-557,C201110)Azuara-BlancoCA,CBurrCJ,CRamsayCCCetal:E.ectivenessCofCearlyClensCextractionCforCtheCtreatmentCofCprimaryangle-closureCglaucoma(EAGLE):aCrandomisedCcon-trolledtrial.LancetC388:1389-1397,C201611)KimCYY,CJungHR:ComparisonCofC2007-2012CKoreanCtrendsinlaserperipheraliridotomyandcataractsurgeryrates.JpnJOphthalmolC58:40-46,C201412)KinoshitaCS,CKoizumiCN,CUenoCMCetal:InjectionCofCcul-turedcellswithaROCKinhibitorforbullouskeratopathy.NEnglJMedC378:995-1003,C2018***(116)

急性原発閉塞隅角緑内障に対する超音波乳化吸引術と虹彩切開術との比較

2013年3月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科30(3):397.400,2013c急性原発閉塞隅角緑内障に対する超音波乳化吸引術と虹彩切開術との比較高井祐輔佐藤里奈久保田綾恵松原明久野崎実穂安川力小椋祐一郎名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学ComparativeStudyofPhacoemulsificationandAspirationorLaserIridotomyforAcutePrimaryAngleClosureGlaucomaYusukeTakai,RinaSato,AyaeKubota,AkihisaMatsubara,MihoNozaki,TsutomuYasukawaandYuichiroOguraDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences急性原発閉塞隅角症を含む急性原発閉塞隅角緑内障に対する初回治療として,超音波乳化吸引術(phacoemulsificationandaspiration:PEA)あるいは虹彩切開術を施行した症例について検討した.対象は,平成15年1月から平成20年7月までに当院を受診し,該当する21例23眼.内訳は,PEAを施行した群(PEA群)8例9眼,レーザー虹彩切開術(laseriridotomy:LI)または周辺虹彩切除術(peripheraliridectomy:PI)を施行した群(LI/PI群)13例14眼であった.これらの症例において,年齢,術前術後の視力,術前および術後の最終眼圧,術後使用した眼圧下降薬数,眼軸長,手術までの日数,追加手術を必要とした症例数について,PEA群とLI/PI群で比較検討した.平均年齢はPEA群では74.9±8.1歳,LI/PI群では72.5±4.5歳であった.術後に使用した眼圧下降薬の本数,追加手術を必要とした症例数に関しては,ともにLI/PI群のほうが多く,有意な差を認めた(p<0.05).年齢,術前と術後の平均視力および眼圧,眼軸長,手術に至るまでの日数には有意な差を認めなかった.Weevaluatedthefirsttreatmentof23eyes(21patients)withacuteprimaryangleclosureoracuteprimaryangleclosureglaucomathatunderwentphacoemulsificationandaspiration(PEA)orlaseriridotomy(LI/PI)duringa5-yearperiod(PEAgroup:9eyes;LI/PIgroup:14eyes).Weanalyzedage,visualacuity,intraocularpressure,axiallength,dateofoperationandcasesundergoingadditionalsurgery.Averageagewas74.9±8.1yearsinthePEAgroupand72.5±4.5yearsintheLI/PIgroup.Thereweresignificantdifferencesbetweenthegroupsintermsofnumbersofeyedropsandcasesundergoingadditionalsurgery(p<0.05).Nocorrelationwasfoundwithage,visualacuity,intraocularpressure,axiallengthordateofoperation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(3):397.400,2013〕Keywords:急性原発閉塞隅角症,急性原発閉塞隅角緑内障,超音波乳化吸引術,レーザー虹彩切開術,周辺虹彩切除術.acuteprimaryangleclosure,acuteprimaryangleclosureglaucoma,phacoemulsificationandaspiration,laseriridotomy,peripheraliridectomy.はじめに緑内障診療ガイドライン1)における急性原発閉塞隅角症(acuteprimaryangleclosure:APAC)を含む急性原発閉塞隅角緑内障(acuteprimaryangleclosureglaucoma:APACG)の治療方針は,まず薬物治療による処置後,レーザー虹彩切開術(laseriridotomy:LI)を,LIが不可能な場合は周辺虹彩切除術(peripheraliridectomy:PI)を施行するとなっている.しかし,近年ではLIを施行しても眼圧が下降しない症例に超音波乳化吸引術および眼内レンズ挿入術(phacoemulsificationandaspiration+intraocularlens:PEA+IOL)を施行したところ眼圧下降を得たという報告2)や,LIやPIを施行せずに,PEAを第一選択として施行し,眼圧下降を得たという報告もみられる3.5).さらに,LIを施行した群とPEAを施行した群での手術成績を比較したとこ〔別刷請求先〕高井祐輔:〒467-8601名古屋市瑞穂区瑞穂町川澄1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学Reprintrequests:YusukeTakai,M.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences,1Kawasumi,Mizuho-cho,Mizuho-ku,Nagoya467-8601,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(111)397 ろ,PEA施行群のほうがLI施行群よりも眼圧下降にすぐれ,再手術例も少ないとの報告もある6,7).今回,筆者らは,当院でAPACあるいはAPACGと診断され,D-マンニトール(マンニットールR)点滴,アセタゾラミド(ダイアモックスR)内服,ピロカルピン塩酸塩(サンピロR)点眼の薬物治療を行った後に初回手術としてLIあるいはPIを施行した群とPEAを施行した群について,その治療効果をレトロスペクティブに比較検討したので報告する.I対象および方法平成15年1月から平成20年7月までに名古屋市立大学病院眼科を受診し,APACあるいはAPACGと診断された21例23眼(2例の両眼同時発症を含む)について検討した.男性4例,女性17例,平均年齢は73.4±6.1歳(63.87歳)であった.内訳は,PEAを施行した群(PEA群)8例9眼,LIまたはPIを施行した群(LI/PI群)13例14眼であった(表1,2).また,術者による偏りはみられたが,レトロスペクティブに検討したため,術式に関する明確な振り分け方はなかった.これらの症例において,年齢,術前術後の視力,術前および術後の最終眼圧,術後使用した眼圧下降薬数,眼軸長,手術までの日数,追加手術を必要とした症例数について,PEA群とLI/PI群で比較検討し(unpairedt-test),p<0.05をもって有意差ありとした.II結果比較検討項目を表3に示す.経過観察期間はPEA群では7.5±1.0カ月(0.5.42カ月),LI/PI群では22.2±1.5カ月(0.5.83カ月)と若干の違いはみられたものの,有意な差を認めなかった.平均年齢はPEA群では74.9±8.1歳(63.87歳),LI/PI群では72.5±4.5歳(64.80歳)で有意差はなかった.術前の平均logMAR(logarithmicminimumangleofresolution)視力はPEA群では0.56±0.64(.0.08.1.70),LI/PI群では1.39±1.04(0.22.2.70),術後の平均表1PEA群症例一覧症例年齢(歳)性別薬物治療後眼圧(mmHg)術前眼圧(mmHg)術式術後眼圧(mmHg)最終眼圧(mmHg)術後使用薬剤数1右眼85女性3643PEA+IOL1211─2右眼69女性3464PEA+IOL1111─3右眼63男性2056PEA+IOL1915─4右眼71女性1738PEA+IOL1814─4左眼71女性1557PEA+IOL1412─5右眼72女性4042PEA+IOL+GSL911─6右眼78女性966PEA+IOL811─7左眼87女性N/A59PEA+IOL168─8左眼74女性N/A36PEA+IOL10152GSL:隅角癒着解離術,N/A:notavailable(データなし).表2LI/PI群症例一覧症例年齢(歳)性別薬物治療後眼圧(mmHg)術前眼圧(mmHg)術式術後眼圧(mmHg)最終眼圧(mmHg)術後使用薬剤数追加手術1右眼72女性1557LI1515─2右眼79男性N/A40LI111113右眼75男性2455LI1529─4右眼80女性3055LI1213─5左眼73男性2854LI242416右眼69女性1442LI99─7右眼74女性N/A56LI4418左眼73女性N/A46LIN/A143ECCE+Vit+GSL+IOL(*1)毛様体光凝固術9左眼76女性1846PI18182PEA+IOL10左眼64女性N/A62PI41151PEA+IOL11右眼70女性2060LI1016─PEA+IOL11左眼70女性3160LI21132PEA+IOL12左眼70女性3053LI1110─ECCE(*2)13左眼67女性5868PI10101PEA+IOLECCE:水晶体.外摘出術,N/A:notavailable(データなし).*1:後.破損,水晶体亜脱臼を認めた.*2:毛様小体断裂を認めた.398あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013(112) 表3PEA群とLI/PI群間の比較検討項目第一選択としてLIあるいはPIを施行していたが,PEAをPEA群LI/PI群p値施行した症例もみられた.観察期間(月)7.5±1.022.2±1.5NS今回の筆者らの結果においても,レトロスペクティブの検年齢(歳)74.9±8.172.5±4.5NS討ではあるが,術後に使用した眼圧下降薬の本数,追加手術術前視力(logMAR)0.56±0.641.39±1.04NSを必要とした症例数において有意な差を認め,眼圧下降には術後視力(logMAR)0.29±0.300.18±0.21NS24.4±12.027.1±14.1NSPEAのほうが有用であるとの結果を得た.薬物治療後(mmHg)術前眼圧(mmHg)51.2±11.553.9±7.9NS今回の検討において,LI/PI施行後にも,なお眼圧コント最終眼圧(mmHg)12.0±2.314.7±6.4NSロールが不良な症例が50%に認められた.これらは,隅角術後使用した眼圧下降0.2±0.70.9±0.90.048閉塞が残存しており,PEAが必要となった症例と考えられ薬数(本)眼軸長(mm)21.6±0.9021.8±1.07NSる.PEAは,水晶体の容積を減らし,瞳孔ブロックを解除手術までの日数4.6±5.31.8±2.0NSする他に,毛様突起の前方移動を改善させるため8),閉塞隅追加手術を必要とした070.0032角を解除するために有効であり9),著明な高眼圧をきたすよ眼数うな隅角閉塞をきたしている症例にはより適していると考えNS:notsignificant(有意差なし).られる.しかし,このような症例には,縮瞳薬やLI/PI術後の炎症による散瞳不良症例や,LI/PI後の術後の房水経路のlogMAR視力はPEA群では0.29±0.30(0.10.0.39),LI/PI変化による水晶体核硬化の急激な進行10)の他にも,水晶体群では0.18±0.21(.0.08.0.70)で,術前術後ともLI/PI亜脱臼,毛様小体断裂などを合併している例もあり,手術手群でやや不良であったが,統計学的有意差はみられなかっ技には注意を要する.一方で,急性緑内障発作後の初回手術た.初期の薬物治療後の眼圧はPEA群では24.4±12.0としてPEAをする際も,前房が非常に浅い,瞳孔ブロックmmHg(15.40mmHg),LI/PI群では27.1±14.1mmHgが残存し眼圧が高いため角膜混濁が強い,毛様小体の脆弱を(14.58mmHg),術前眼圧はPEA群では51.2±11.5認める,散瞳不良などの症例も多く,手術方法を選択するうmmHg(36.66mmHg),LI/PI群では53.9±7.9mmHg(40えで,術者の技量も十分考慮する必要がある..68mmHg),最終診察時における眼圧はPEA群では12.0また,LI後に角膜内皮細胞障害による水疱性角膜症11)の±2.3mmHg(8.15mmHg),LI/PI群では14.7±6.4mmHg発症が報告されており,初回手術にPEAを行うほうが,こ(4.29mmHg)で眼圧に関して有意差はなかった.眼軸長のような合併症を減らすことができる可能性が考えられる.はPEA群では21.6±0.90mm(20.47.22.90mm),LI/PI今回,角膜内皮細胞密度の経過を追うことはできなかった群では21.8±1.07mm(20.44.23.38mm),手術に至るまでが,急性緑内障発作によっても角膜内皮細胞密度は減少するの日数はPEA群では4.6±5.3日(0.14日),LI/PI群ではうえに,PEAを施行することによってさらに減少し,術後1.8±2.0日(0.6日)で,これらの項目も有意な差はみられの炎症も強いため12),一長一短があると思われ,今後角膜内なかった.PEA群,LI/PI群ともに術施行時の合併症はな皮細胞密度の長期経過については検討を要すると思われる.かった.術後に使用した眼圧下降薬の本数は,PEA群ではPI後の合併症には,白内障の進行や瞳孔領虹彩後癒着の発0.2±0.7本(0.2本),LI/PI群では0.9±0.9本(0.3本)で生がある.そのため,すでに白内障を認める場合は,PI同あり統計学的に有意な差を認めた(p<0.05).PEA群では様観血的な処置としてPEAを選択するほうがよいと考えら追加手術を必要とした症例は認められなかったのに対して,れることもある13).LI/PI群では7眼で追加手術を施行しており,有意な差を認今回の筆者らの検討では,APACあるいはAPACGに対めた(p<0.05).LI/PI群において14眼中7眼(50%)が術する初回手術として,PEAのほうが,LI/PIよりも眼圧下後の眼圧コントロール不良のため,追加でPEAあるいは水降には有用であるという結果であった.瞳孔ブロック解除を晶体.外摘出術を施行した.その際,合併症として,1眼に目的としたPEAにはいまだ賛否両論があるが,LI後に後.破損と水晶体亜脱臼,1眼に毛様小体断裂を認めた.PEAを施行された症例では,角膜内皮細胞密度は有意に減III考按少しているとの報告もあり14),近い将来に白内障手術を要する症例では,初回からPEAを選択したほうが侵襲も少なく,近年,APACあるいはAPACGに対する初回手術法とし適していると考えられた.てLIまたはPIと比較してPEAが有効であるという報告がみられるようになってきた2.7).当院においてもAPACある文献いはAPACGのうち,高眼圧による角膜浮腫で視認性が悪い症例や,極度の浅前房のため手術操作が困難な症例では,1)阿部春樹,北澤克明,桑山泰明ほか:緑内障診療ガイドラ(113)あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013399 イン(第2版).日眼会誌110:777-814,20062)YoonJY,HongYJ,KimCY:Cataractsurgeryinpatientswithacuteprimaryangle-closureglaucoma.KoreanJOphthalmol17:122-126,20033)家木良彰,三浦真二,鈴木美都子ほか:急性緑内障発作に対する初回手術としての超音波白内障手術成績.臨眼59:289-293,20054)ImaizumiM,TakakiY,YamashitaH:Phacoemulsificationandintraocularlensimplantationforacuteangleclosurenottreatedorpreviouslytreatedbylaseriridotomy.JCataractRefractSurg32:85-90,20065)SuWW,ChenPY,HsiaoCHetal:Primaryphacoemulsificationandintraocularlensimplantationforacuteprimaryangle-closure.PLoSOne6:e20056,20116)JacobiPC,DietleinTS,LukeCetal:Primaryphacoemulsificationandintraocularlensimplantationforacuteangle-closureglaucoma.Ophthalmology109:1597-1603,20027)LamDS,LeungDY,ThamCCetal:Randomizedtrialofearlyphacoemulsificationversusperipheraliridotomytopreventintraocularpressureriseafteracuteprimaryangleclosure.Ophthalmology115:1134-1140,20088)NonakaA,KondoT,KikuchiMetal:Anglewideningandalterationofciliaryprocessconfigurationaftercataractsurgeryforprimaryangleclosure.Ophthalmology113:437-441,20069)NonakaA,KondoT,KikuchiMetal:Cataractsurgeryforresidualangleclosureafterperipherallaseriridotomy.Ophthalmology112:974-979,200510)LimLS,HusainR,GazzardGetal:Cataractprogressionafterprophylacticlaserperipheraliridotomy:potentialimplicationsforthepreventionofglaucomablindness.Ophthalmology112:1355-1359,200511)森和彦:レーザー虹彩切開術と角膜障害.医学のあゆみ234:278-281,201012)西野和明,吉田富士子,齋藤三恵子ほか:超音波水晶体乳化吸引術および眼内レンズ挿入術を第一選択の治療とした急性原発閉塞隅角症および急性原発閉塞隅角緑内障.あたらしい眼科26:689-697,200913)北澤克明,白土城照:緑内障手術の合併症とその対策周辺虹彩切除術,アルゴンレーザー虹彩切開術の合併症とその対策.眼科25:1423-1430,198314)宇高靖,横内裕敬,木本龍太ほか:レーザー虹彩切開術が角膜内皮細胞密度に与える長期的影響.あたらしい眼科28:553-557,2011***400あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013(114)

急性原発閉塞隅角症の僚眼に対する異なる治療後の角膜内皮細胞密度の変化

2011年6月30日 木曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(109)861《第21回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科28(6):861.864,2011c急性原発閉塞隅角症の僚眼に対する異なる治療後の角膜内皮細胞密度の変化西野和明吉田富士子新田朱里齋藤三恵子齋藤一宇医療法人社団ひとみ会回明堂眼科・歯科ComparisonofCornealEndothelialCellDensityafterDifferentTherapiesfortheFellowEyesinCasesofUnilateralAcutePrimaryAngle-ClosureKazuakiNishino,FujikoYoshida,AkariNitta,MiekoSaitoandKazuuchiSaitoKaimeidohOphthalmic&DentalClinic目的:急性原発閉塞隅角症(あるいは緑内障)=APAC(G)の僚眼に対しては発作を予防する目的でレーザー虹彩切開術(LI)や超音波水晶体乳化吸引術および眼内レンズ挿入術(PEA+IOL)などが行われるが,それらの異なる治療後の角膜内皮細胞密度の変化を比較検討した.対象および方法:対象は過去23年間に回明堂眼科・歯科を受診し,片眼がAPAC(G)と診断された症例の僚眼で原発閉塞隅角症(疑いや緑内障も含む)と診断された53眼,男性6眼,女性47眼.発症時の平均年齢は69.4±8.3歳,APAC(G)発症からの平均観察期間は85.1±68.9カ月.症例を3群に分類,LIのみを施行したLI群(24眼),PEA+IOLのみを施行したPEA群(9眼),LIを最初に施行し後日PEA+IOLを行ったLI-PEA群(20眼).計画的.外摘出術,周辺虹彩切除術など各種緑内障手術を施行した症例を除外した.それぞれの群で術前と術直後,術前と最終観察日の角膜内皮細胞密度を比較検討.LIとPEAに要したエネルギー量も比較検討した.結果:角膜内皮細胞密度の術前術後の変化で有意差が認められたのは,LI-PEA群の術前と最終観察日の比較のみで(p<0.005),2,615.1±585.2cells/mm2から1,955.6±526.5cells/mm2へと減少した.LIに要したエネルギーは有意差はないが,LI-PEA群がLI群より多く(p=0.083),PEAに要したエネルギーもLI-PEA群がPEA群より多かった(p<0.05).結論:APAC(G)の僚眼に対する治療としてLI-PEAが選択された場合,角膜内皮細胞密度はかなり減少した.これはLI-PEA群でLIやPEAに要したエネルギー量が他群より多かったためと考えられる.LIに多くのエネルギーを使用した症例でその後にPEA+IOLが行われる場合,角膜内皮細胞の減少に注意する必要がある.Purpose:Toretrospectivelydeterminethelong-termoutcomeofcornealendothelialcelldensityafterdifferenttherapiesforthefelloweyesincasesofunilateralacuteprimaryangle-closure(APAC).Methods:Subjectscomprised53individualswhowereexaminedatKaimeidohOphthalmic&DentalClinicduringthepast23years,atameantimepointof85.1±68.9monthsafteraunilateralepisodeofAPAC.Subjectswereclassifiedinto3groups:thelaseriridotomy-onlygroup(LI;24eyes),thephacoemulsification,aspirationandintraocularlensimplantationgroup(PEA+IOL;9eyes)andthePEAafterLIgroup(LI-PEA;20eyes).Cornealendothelialcelldensitywascomparedineachgroupbetweenpreoperative,postoperativewithinonemonth,andfinalobservationday.LIandPEAenergywerealsocompared.Results:SignificantdecreaseincornealendothelialcelldensitywasfoundonlybetweenpreoperativeandfinalobservationdayinLI-PEAgroup(p<0.005),from2,615.1±585.2cells/mm2to1,955.6±526.5cells/mm2.NodifferenceinLIenergywasfoundbetweenLIgroupandLI-PEAgroup,buttotalamountofPEAenergywashigherinLI-PEAgroupthaninPEA+IOLgroup(p<0.05).Conclusions:CornealendothelialcelldensitydecreasedafterLI-PEAbecausehigherenergywasusedinbothLIandPEA.IfhighenergyLIisusedasthefirsttreatment,subsequentPEA+IOLmustbedonecarefullytoprotectcornealendothelialcelldensity.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(6):861.864,2011〕〔別刷請求先〕西野和明:〒062-0020札幌市豊平区月寒中央通10-4-1回明堂眼科・歯科Reprintrequests:KazuakiNishino,M.D.,KaimeidohOphthalmic&DentalClinic,10-4-1Tsukisamuchu-o-dori,Toyohira-ku,Sapporo062-0020,JAPAN862あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011(110)はじめに急性原発閉塞隅角症(acuteprimaryangle-closure)あるいは急性原発閉塞隅角緑内障(acuteprimaryangle-closureglaucoma)(以下,両者合わせて急性発作)の僚眼は,急性発作眼と同等な眼球構造を有するため急性発作が起こる可能性が高く,予防的な処置の必要性あるいは有効性が報告されている1,2).また国内においても日本緑内障学会の診療ガイドラインで予防的なレーザー虹彩切開(laseriridotomy:LI)あるいは周辺虹彩切除(peripheraliridectomy:PI)は絶対的な適応とされている3).しかしながら超音波水晶体乳化吸引術および眼内レンズ挿入術(phacoemulsification,aspirationandintraocularlensimplantation:PEA+IOL)が急性発作眼の僚眼のみならず原発閉塞隅角症疑(primaryangle-closuresuspect:PACS),原発閉塞隅角症(primaryangle-closure:PAC),原発閉塞隅角緑内障(primaryangleclosureglaucoma:PACG)などに対してLIより安全でかつ有効であるとの十分なエビデンスは得られていない4~6).そこで今回筆者らは急性発作眼の僚眼に対するLIとPEA+IOLの中長期の安全性を確認する目的で,術前術後の角膜内皮細胞密度を後ろ向きに比較検討したので報告する.I対象および方法1987年から2010年までの間,回明堂眼科・歯科を受診し,急性発作と診断された症例の僚眼でかつ,PACS,PACあるいはPACGと診断された眼球(以下,非発作眼)53眼,男性6眼,女性47眼.これら非発作眼は急性発作眼と比較し,屈折値,眼軸長,中心前房深度,水晶体厚のいずれも統計的な有意差を認めなかった7).急性発作発症時の平均年齢は69.4±8.3歳,急性発作発症からの平均観察期間は85.1±68.9カ月.非発作眼をつぎのように3群に分類した.LIのみを施行したLI群(24眼),PEA+IOLのみを施行したPEA群(9眼),最初にLIを施行し後日PEA+IOLを施行したLI-PEA群(20眼).治療方法の選択は厳密ではないものの,2007年以前は第一選択としてLIを優先し,それ以降はPEA+IOLの選択が増加した.LI-PEA群において白内障手術の適応とした基準は,視力障害のほか眼圧の安定化などを目的とした総合的な判断による.各群の治療から角膜内皮細胞密度の最終観察日までの期間はLI群で68.6±51.2カ月,PEA群は12.6±5.5カ月,LI-PEA群は61.1±38.2カ月.ただし,LI-PEA群の期間はPEA+IOL施行後から最終観察日までとし,LI施行後からPEA+IOL施行までの平均期間は43.3±45.8カ月であった.このように経過観察期間が各群で異なることから,その治療の時期を,LI群はLI期,PEA群はPEA期,LI-PEA群はLI-PEA期と定義した.PEA群の1眼,LI-PEA群のLIの5眼を除く,LIおよびPEA+IOLを同一術者(K.N.)が行った.LI-PEA群のなかで,5例はLI施行時にNd:YAGレーザーを使用していない.2000年以降は角膜内皮細胞保護を目的として,分散型粘弾性物質のヒアルロン酸ナトリウム/コンドロイチン硫酸エステルナトリウム(ビスコートR)を使用している(27眼/PEA+IOL,総数29眼).超音波白内障手術の使用装置は2006年11月からInfinitiRvisionsystem(Alcon)を使用しているが,それ以前は1991年8月から1995年10月まで10000MasterR(Alcon),その後2006年11月までは20000LegacyR(Alcon)を使用していた.計画的.外摘出術,周辺虹彩切除術を含む各種緑内障手術を施行した症例を除外した.それぞれの群でまず術前と術直後(術後約1カ月以内),ついで術前と最終観察日の角膜内皮細胞密度を比較検討(対応のあるt検定),その後各群の最終観察日の角膜内皮細胞密度をそれぞれの群間で比較した(Welchのt検定).ただしLI-PEA群の術前とはLI施行前のことである.角膜内皮細胞密度の測定機種はスペキュラーマイクロスコープ(SP-1000TOPCON,SP2000PTOPCON,SP-3000PTOPCON)で,それぞれを発売順に使用した.LIの合計エネルギー(J)をアルゴンレーザーの出力(W)×照射時間(S)×回数(第1,第2段階のそれぞれの合計)+追加Nd:YAGレーザー(J)として計算し,白内障手術時における超音波の累積使用エネルギー(cumulativedissipatedenergy:CDE)を平均超音波パワー(%)×使用時間(S)として計算した.そのうえで,LI群とLI-PEA群のLIに要したエネルギー量を比較,ついでPEA群とLIPEA群のPEAに要したエネルギー量を比較検討した(Welchのt検定).いずれの統計的な検定もp<0.05を有意差ありとした.II結果それぞれの治療前のベースラインとなる角膜内皮細胞密度には統計的な有意差を認めず各群はほぼ同等な状態であった.まず術前,術直後の比較においては,いずれの群も統計的な有意差は認めないが,LI-PEA群では約350cells/mm2と一番減少している(p=0.07)(図1).つぎに術前,最終観察日の比較においては,LI-PEA群で2,615.1±585.2cells/〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(6):000.000,2011〕Keywords:急性原発閉塞隅角症,僚眼,レーザー虹彩切開術,超音波白内障手術,角膜内皮細胞密度.acuteprimaryangle-closure,felloweye,laseriridotomy,phacoemulsificationaspirationandintraocularlensimplantation,cornealendothelialcelldensity.(111)あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011863mm2から1,955.6±526.5cells/mm2へと有意に減少した(p<0.005).その他の群では有意差は認められなかった(図2).それぞれの群の最終観察日で比較すると,LI群とPEA群では差はないが,LI-PEA群はPEA群に比べると角膜内皮細胞密度は少なく(p<0.01),LI群に比べるとかなり少ない(p<0.0001).LIに要したエネルギーはLI群とLI-PEA群の群間で統計的な有意差はない(p=0.083)が,LI-PEA群ではLI群の約2倍のエネルギーが使用されている(図3).PEAに要したエネルギーはPEA群よりLI-PEA群が多かった(p<0.05)(図4).すべての群で術後から最終観察日までの間,急性発作を発症した症例はなく急性発作を予防するという意味ではいずれの群でも目的は達成されている.III考按急性発作眼に対する治療としては,従来LIあるいはPIが行われていた8).しかし近年の白内障手術の技術的な進歩や急性発作のメカニズムをまとめて解決する目的あるいはLI後の重篤な合併症である水疱性角膜症を防ぐ目的から,PEA+IOLを初回治療として選択し良好な結果が得られているとの報告が相次ぐようになってきた9~11).筆者らも現在追試中である12).しかしながら急性発作眼が治療前に受けた障害の程度はさまざまである.つまり自覚症状が軽症の充血,霧視から重症の眼痛,頭痛,吐気までさまざまであること,急性発作が発症してから来院するまでの日数にばらつきがあること,引き金となった要因が単一でないこと,プラトー虹彩形状の有無など虹彩根部の状況や周辺虹彩前癒着の程度がさまざまであること,さらには点眼薬,内服,点滴などによる効果も一様ではないことなど障害の程度は千差万別である.したがって治療方法を単純にLIあるいはPIだけと決められず,段階的あるいは同時に白内障手術(PEA+IOL,計画的.外摘出術)あるいは緑内障手術(隅角癒着解離術,線維柱帯切除術)を選択することも念頭に置かなければならない.このように障害の程度が異なる急性発作眼に対しては,仮に同一の治療方法であってもその有効性や安全性を比較することはむずかしい.一方,急性発作眼の僚眼は急性発作眼のように大きな障害は受けていないため,異なる治療方法を選択した場合,その有効性や安全性を相対的に比較検討しやすい状況にあると考えられる.今回の検討で非発作眼に対する治療としてLI-PEA群が選択された場合,白内障手術直後に角膜内皮細胞密度はかなり減少し,それは5年以上の経過を経てさらに有意に減少した.この理由は,術者のLI-PEA期とLI期におけるLI施行方法が若干異なっていたためと考えられる.LIの使用エネルギー量はLI-PEA群とLI群で比較し統計的な有意差はみられないものの,LI-PEA群では約2倍のエ3,5003,0002,5002,0001,5001,0005000LI群PEA群LI-PEA群角膜内皮細胞密度(cells/mm2)■:術前■:術直後NSNSNS対応のあるt検定2,7072,7382,7052,5542,6152,258図1各群の術前と術直後の角膜内皮細胞密度の比較各群の術前,術後で統計的な有意差はみられない.LI-PEA群のLIとPEAまでの間隔は43.3±45.8カ月.3,5003,0002,5002,0001,5001,0005000LI群PEA群LI-PEA群角膜内皮細胞密度(cells/mm2)■:術前■:最終NSNSp<0.005対応のあるt検定2,7072,6972,7052,5372,6151,944図2各群の術前と最終観察日の角膜内皮細胞密度の比較LI-PEA群のみに著明な減少がみられた.PEA群累積使用エネルギー(CDE)LI-PEA群p<0.054035302520151050図4PEAに要したエネルギーの比較:PEA群とLI.PEA群(Welchのt検定)LI群使用エネルギー(J)LI-PEA群NS(p=0.083)43.532.521.510.50図3LIに要したエネルギーの比較:LI群とLI.PEA群(Welchのt検定)864あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011(112)ネルギーが使用されている.これはLI-PEA期には術者の20年くらい前の症例や術者以外がLIを実施した症例が含まれていることと関係している.LI-PEA期における術者の標準的なLIは,第2段階で使用した照射条件の1,000mW,0.05秒を穿孔した後もしばらく続け,虹彩に200μm程度の穴が開いたことを確認した後Nd:YAGレーザーに切り替えるという方法であった.さらにLI-PEA群のなかには術者以外がLIを実施したものも含まれ,その際にはNd:YAGレーザーが併用されず,より多くのエネルギー量が使用された.その後LI期になると第2段階で使用した前述と同じ照射条件をgun-smokeが認められたのち,ただちにNd:YAGレーザーに切り替えるようにしたため少ないエネルギー量で済むようになった.これらのことからLI-PEA群では相対的に多くのエネルギーを要したLIにより虹彩後癒着の合併,白内障の進行,Zinn小帯への侵襲などがあったと考えられる.したがってLI-PEA群ではPEA群に比べ白内障手術の手術手技が複雑化し,より多くのエネルギーが必要になり,相対的に多くの侵襲を受け,角膜内皮細胞密度が減少したと推定される.各群の経過観察期間にはばらつきがある.とりわけPEA群の術後の経過観察期間は他の群に比べ短く,すべての群を同等に比較することはできない.ただPEA群の角膜内皮細胞密度の減少幅が年率約20cells/mm2と少ないことから,もしこれが直線的に減少すると仮定すれば,5年でわずか約100cells/mm2の減少となり,LI-PEA群ほどの減少はみられないと推定される.このことを検証する意味でもPEA群の症例数をさらに加えるとともに長期の経過観察期間が必要になる.さらに今後はLI群のなかで白内障手術を施行しLI-PEA群に移行する症例も増加することが予想されるため,より長期で多数例の比較検討が可能となる.本研究は単一施設の少数例での検討であり,しかも研究デザインが後ろ向きであるためエビデンスレベルが高いとはいえない.さらに検討期間が23年と長期に及んだためスペキュラーマイクロスコープ,手術装置,粘弾性物質などが数回変更されたほか,症例の大半に対して同一術者が治療を担当したため,施行方法の変更や改善があり同一技量の手術であったともいえない.しかしながら今回の研究から少なくともLI後の白内障手術,とりわけLIに多くのエネルギーを要した症例では白内障手術時の侵襲が大きくなると考えられ,角膜内皮細胞密度の減少に注意する必要がある.以上のことから非発作眼の急性発作を予防する有効な治療方法で,かつ中長期的に角膜内皮細胞を保護するためには,屈折値や白内障の程度,隅角の状態などにもよるが,非発作眼に対しては最初からPEA+IOLを選択するほうが望ましい症例もあると考えられる.さらに最終的には非発作眼のみならず急性発作に対する治療方針を決定するうえでも,今回の検討結果が参考になるかどうか,今後さらに症例を重ね検討していく予定である.さらに将来的には,よりエビデンスレベルの高い結果を得るために複数多施設による前向きで無作為なデザインによる研究が必要と考えた.文献1)LoweRF:Acuteangle-closureglaucoma.Thesecondeye:ananalysisof200cases.BrJOphthalmol46:641-650,19622)SawSM,GazzardG,FriedmanGS:Interventionsforangle-closureglaucoma.Anevidence-basedupdate.Ophthalmology110:1869-1879,20033)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン(第2版).日眼会誌110:777-814,20064)野中淳之:原発隅角閉塞緑内障治療の第一選択はレーザー虹彩切開術かPEA+IOLか?:PEA+IOL推進の立場から.あたらしい眼科24:1027-1032,20075)大鳥安正:原発隅角閉塞緑内障治療の第一選択はレーザー虹彩切開術か水晶体再建術(PEA+IOL)か?あたらしい眼科24:1015-1020,20076)山本哲也:原発隅角閉塞緑内障治療の第一選択はレーザー虹彩切開術かPEA+IOLか?:レーザー虹彩切開術擁護の立場から.あたらしい眼科24:1021-1025,20077)西野和明,吉田富士子,新田朱里ほか:急性原発閉塞隅角症あるいは急性原発閉塞隅角緑内障の両眼同時発症例と片眼発症例の比較.臨眼64:1615-1618,20108)AngLP,AungT,ChewPT:AcuteprimaryangleclosureinanAsianpopulation:long-termoutcomeofthefelloweyeafterprophylacticlaserperipheraliridotomy.Ophthalmology107:2092-2096,20009)JacobiPC,DietleinTS,LuekeCetal:Primaryphacoemulsificationandintraocularlensimplantationforacuteangle-closureglaucoma.Ophthalmology109:1597-1603,200210)ZhiZM,LimASM,WongTY:Apilotstudyoflensextractioninthemanagementofacuteprimaryangleclosureglaucoma.AmJOphthalmol135:534-536,200311)LamDSC,LeungDYL,ThamCCYetal:Randomizedtrialofearlyphacoemulsificationversusperipheraliridotomytopreventintraocularpressureriseafteracuteprimaryangleclosure.Ophthalmology115:1134-1140,200812)西野和明,吉田富士子,齋藤三恵子ほか:超音波水晶体乳化吸引術および眼内レンズ挿入術を第一選択の治療とした急性原発閉塞隅角症および急性原発閉塞隅角緑内障.あたらしい眼科26:689-694,2009***

レーザー虹彩切開術が角膜内皮細胞密度に与える長期的影響

2011年4月30日 土曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(97)553《原著》あたらしい眼科28(4):553.557,2011cはじめにレーザー虹彩切開術(laseriridotomy:LI)は原発閉塞隅角緑内障や緑内障発作(急性原発閉塞隅角症または急性原発閉塞隅角緑内障)の治療として長年にわたり施行されてきた1).しかし,わが国ではLI後に水疱性角膜症(bullouskeratopathy:BK)を発症することが近年話題となっており2),その発症メカニズムについてさまざまな説が唱えられている3)が,推測の域を出ていない.多くの説でさまざまなメカニズムによりLI後に角膜内皮細胞が慢性的に減少するとされており,これを証明するには多数の患者を対象としてLI前後の角膜内皮細胞の変化を長期間にわたって調べる必要がある.しかし,このような研究を行うことは非常に困難であるため,今回はおもにLI後の経過年数と角膜内皮細胞密度(cornealendotherialcelldensity:CD)の間に相関があるかについて調査した.I対象および方法2009年7月から12月までの6カ月間に当科を受診し,過去にLIを受けた82例150眼について,LI後の経過年数とCDの相関,緑内障発作の既往の有無,白内障手術の既往の有無とその前後のCDを調査した.対象となった82例の内訳は,男性21例,女性61例,年齢は19~88歳で,平均年〔別刷請求先〕宇高靖:〒286-8523成田市飯田町90-1成田赤十字病院眼科Reprintrequests:YasushiUtaka,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NaritaRedCrossHospital,90-1Iidacho,Narita,Chiba286-8523,JAPANレーザー虹彩切開術が角膜内皮細胞密度に与える長期的影響宇高靖横内裕敬木本龍太渡部美博成田赤十字病院眼科Long-TermInfluenceofLaserIridotomyontheCornealEndothelialCellDensityYasushiUtaka,HirotakaYokouchi,RyutaKimotoandYoshihiroWatanabeDepartmentofOphthalmology,NaritaRedCrossHospital2009年7月から12月までの6カ月間に当科を受診した患者のうち,過去にレーザー虹彩切開術(LI)を受けた82例150眼について,LI後の角膜内皮細胞密度(CD)の経時的変化を調べた.緑内障発作(急性原発閉塞隅角症または急性原発閉塞隅角緑内障)や白内障手術の既往がない140眼において,予防的LI後CDの有意な減少はなかった.このうちLI前のCDが測定されていた35眼では,CDの年平均減少率は1%であり,加齢性変化に比べてやや高かった.緑内障発作時にLIを施行した10眼でもLI後CDの有意な減少はなかったが,LI後に白内障手術を受けた26眼では,術後CDは有意に減少した.レーザーの総照射エネルギーはLI後のCDの経年変化と相関がなかった.Weretrospectivelyinvestigatedcornealendothelialcelldensity(CD)changeafterlaseriridotomy(LI)in150eyesof82patientsseenatourdepartmentfromJulytoDecember2009.Oftheseeyes,140thathadnopasthistoryofacuteangle-closure(AAC)orcataractsurgeryunderwentprophylacticLI.TheseeyessubsequentlyshowednostatisticallysignificantreductioninCD;in35ofthem,CDwasmeasuredbeforeLI;theyshowedanaverageCDreductionperyearof1%,whichisslightlyhigherthanreductionduetonormalaging.Intheother10eyes,LIwasperformedtotreatAAC;intheseeyesalso,CDdidnotchangeafterward.However,in26eyesthatunderwentcataractsurgeryafterLI,CDreducedsignificantly.NocorrelationwasfoundbetweenlasertotalenergyandCDchange.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(4):553.557,2011〕Keywords:レーザー虹彩切開術,角膜内皮細胞密度,閉塞隅角緑内障,白内障手術.laseriridotomy,cornealendothelialcelldensity,angle-closureglaucoma,cataractsurgery.554あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(98)齢は74歳であった.LIを受けた時期は25年前から6カ月前であった.他院でLIを受けたなどの事情でLI前のCDが不明な症例は65例113眼あった.当院でLIを受け施行条件の記録があった症例はLIの総照射エネルギー(J)を計算した.当院ではすべてアルゴンレーザーかマルチカラーレーザー(半導体レーザー)を使用しており,YAGレーザーを使用した例はなかった.白内障手術はすべて超音波白内障手術と眼内レンズ挿入術であった.CDの測定にはKONANSPECULARMICROSCOPE(MODEL:NSP-9900およびSP-8000)を用いた.糖尿病の有無についても調査したところ,82例中26例が糖尿病に罹患していた.白内障手術以外の内眼手術既往のある患者は除外した.また,LI後に白内障手術を施行した症例のうち白内障手術前のCDが不明な症例は,LIと白内障手術の影響を区別できないので除外した.症例の詳細を緑内障発作と白内障手術の既往の有無で分類して,表1に示した.II結果1.LI後のCDの経年変化緑内障発作の既往がなく,白内障手術未施行(ただし,施行済みであっても施行前のCDが記録されている症例を含めた)の140眼において,LI後の経過年数とCDの間に統計学的に有意な相関を認めなかった(Spearmanの相関係数rs=.0.050,p=0.558)(図1).2.LI前後のCDの変化図1の140眼のうち,LI前のCDが記録されていた35眼に対して,LI前とLI後のCDの経年変化を症例ごとの対応を保って図2に示した.これらの症例について,LI前のCDを1としたときのLI後のCD(LI前後のCD比=LI後のCD/LI前のCD)を図3に示した.単回帰分析により,LI後の経過年数とLI前後のCD比には弱い相関があり(相関係数r=.0.341,p=0.045),回帰直線はy=.0.010x+1.02であった.表1対象の詳細LI施行時の緑内障発作の既往なしあり合計LI後の白内障手術の既往なしありなしあり該当数114眼26眼9眼1眼150眼82例のうち男性21例,女性61例.年齢19~88歳,平均年齢74歳.0510152025LI後の経過年数(年)n=1404,0003,5003,0002,5002,0001,5001,0005000LI後の角膜内皮細胞密度(cells/mm2)図1レーザー虹彩切開術(LI)後の角膜内皮細胞密度(CD)の経年変化LI後の経過年数とCDの間に統計学的に有意な相関を認めなかった.Spearmanの相関係数rs=.0.050,p=0.558.02468101214LI前後の角膜内皮細胞密度(cells/mm2)LI後の経過年数(年)n=354,0003,5003,0002,5002,0001,5001,0005000図2レーザー虹彩切開術(LI)前後の角膜内皮細胞密度(CD)の変化緑内障発作の既往がなく白内障手術未施行の症例のうち,LI前にも角膜内皮細胞密度を計測した症例ごとにその変化を示した.1.41.210.80.60.40.2002468101214LI前後の角膜内皮細胞密度の相対的変化LI後の経過年数(年)n=35図3レーザー虹彩切開術(LI)前後の角膜内皮細胞密度(CD)の変化(相対値)症例ごとにLI前のCDを1として,LI後のCDを相対値として求めた.単回帰分析でp=0.05,回帰直線y=.0.010x+1.02(図中点線)であった.(99)あたらしい眼科Vol.28,No.4,20115553.緑内障発作がCDに与える影響緑内障発作時に治療としてLIを施行した10眼(A群)について,予防的LIを施行した140眼(B群)とともに,LI後のCDの経年変化を図4に示した.A群において,LI後の経過年数とCDの間に統計学的に有意な相関を認めなかった(Spearmanの相関係数rs=.0.245,p=0.462).またA群とB群について,LI後のCDの平均値に統計学的に有意な差を認めなかった(Student’st-test,p=0.124)(図5).4.白内障手術がCDに与える影響LI後に白内障手術を施行した26眼に対して,白内障手術前と手術後のCDの平均値はpairedt-testで有意な差を認めた(p=0.0002)(図6).LI後の白内障手術によってCDの平均値は2,416cells/mm2から2,125cells/mm2に変化し,12%の減少を認めた.5.LIの総照射エネルギーがCDに与える影響図3に示したLI前後のCD比を求めた35眼について,LIの総照射エネルギーとLI前後のCD比の関係を図7に示した.LIの総照射エネルギーとLI前後のCD比に有意な相関は認めなかった(Pearsonの相関係数r=0.194,p=0.265).6.糖尿病がCDの減少に及ぼす影響図1に示した140眼について糖尿病の有無で分けると,糖尿病なしが92眼でLI後のCDの平均値2,613(標準偏差356)cells/mm2,糖尿病ありが48眼でLI後のCDの平均値2,567(標準偏差377)cells/mm2であった.Studentt-testで両者に有意な差は認めなかった(p=0.481).0510152025LI後の角膜内皮細胞密度(cells/mm2)LI後の経過年数(年)A群:緑内障発作時にLI施行(n=10)B群:予防的LI施行(n=140)4,0003,5003,0002,5002,0001,5001,0005000図4緑内障発作時にレーザー虹彩切開術(LI)を施行した症例での角膜内皮細胞密度(CD)の経年変化緑内障発作時にLIを施行した症例において,LI後の経過年数とCDの間に統計学的に有意な相関を認めなかった.Spearmanの相関係数rs=.0.245,p=0.462.3,0002,5002,0001,5001,000角膜内皮細胞密度(cells/mm2)LI後の白内障手術前対応する白内障手術後平均値±標準偏差n=262,1252,416**図6レーザー虹彩切開術(LI)後の白内障手術による角膜内皮細胞密度(CD)の変化LI後の白内障手術前後のCDは統計学的に有意な差があった.**Pairedt-testp=0.0002.3,5003,0002,5002,0001,5001,0005000角膜内皮細胞密度(cells/mm2)n=140B群:予防的LI施行緑内障発作既往なし白内障手術既往なしNS平均値±標準偏差n=10白内障手術既往なしA群:緑内障発作時にLI施行2,7552,598図5緑内障発作時のレーザー虹彩切開術(LI)と予防的LIにおけるLI後の角膜内皮細胞密度(CD)の比較緑内障発作時にLIを施行した場合と予防的LIを施行した場合で,LI後のCDに統計学的に有意な差を認めなかった.Student’st-testp=0.124.1.41.210.80.60.40.2005101520LI前後の角膜内皮細胞密度の相対的変化レーザー総照射エネルギー(J)n=35図7レーザー虹彩切開術(LI)におけるアルゴンレーザーまたはマルチカラーレーザー(半導体レーザー)の総照射エネルギーとLI前後の角膜内皮細胞密度の相対的変化LIにおけるレーザー総照射エネルギーとLI前後の角膜内皮細胞密度の相対的変化に有意な相関を認めなかった.Pearsonの相関係数r=0.194,p=0.265.556あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(100)7.LI後にBKを発症した症例LI後にBKを発症した症例として,両眼の予防的LI後に左眼のみBKを発症した症例が1例あった.しかしLI前に一度もCDを測定しておらず,BK発症後は左眼のCDが測定不能となりデータが得られなかったため,今回の症例には右眼のデータしか含まれていない.同時期のLIによって角膜内皮細胞の障害に顕著な左右差がでた症例として紹介する.症例:74歳,男性.1989年6月,糖尿病にて当院内科に入院中,眼脂を主訴に当科初診.視力は右眼0.3(矯正1.2),左眼0.3(矯正1.0).同年9月に狭隅角眼に対して両眼の予防的LIを受けた.LIはアルゴンレーザーで施行され,総照射エネルギーは右眼18.9J,左眼12.7Jであった.糖尿病に対する定期的な眼底検査が必要であり,1994年から単純糖尿病網膜症を認めていたが,通院は中断しがちであり血糖コントロールも不良であった.2006年7月,左眼の視力低下を主訴に4年ぶりに受診し,左眼にBKを認めた.視力は右眼0.2(矯正0.6),左眼0.04(矯正不能).CDは右眼2,092cells/mm2,左眼は測定不能であった.その後他院で左眼の全層角膜移植術を受けた.2009年10月,右眼の角膜は滴状角膜などの異常はなく,CDは2,114cells/mm2であった.III考按1.LI後のCDの減少率LI後のCDの変化について,YAGレーザーによるLI後の1年間でCDの平均値が1,800cells/mm2から1,670cells/mm2に有意に減少したとの報告4)やLI前後の1年間で角膜内皮細胞の面積が19%増加したとの報告5)があるが,本報告のように長期的な変化を追った報告は少ない.図1.3に示したとおり,ほとんどの症例でLI後10年以上CDの大きな減少を認めていない.加齢によるCDの減少率は1年で0.3~0.7%と報告されている6).本報告ではLI後のCDの減少率は1年で1.0%(図3)であり,加齢のみでの減少よりやや大きくなっている.しかし今後もこの減少率が維持されると仮定すると,LI前のCDが2,000cells/mm2以上あれば,50年経過してもCDは1,200cells/mm2程度あり,BKが発症することはない.このようにLI後のCDの減少率はBKを発症させるほど高くなく,LI後の症例の多くに共通した角膜内皮細胞を障害するメカニズムがあるとは考えにくい.したがって,LI後のBKは何らかの特定の要因をもった症例に限定して発症すると考えられる.2.緑内障発作時のLIと予防的LIでのCDの変化緑内障発作後のCDの変化については,緑内障発作眼の僚眼との比較で11.6.33%の有意な減少があると報告されており7~9),LIの有無にかかわらず緑内障発作眼のCDは減少すると考えられる.しかし,今回の結果では緑内障発作時に治療としてLIを施行した群と予防的LIを施行した群において,LI後のCDに有意な差はなかった.これまでの報告と一致しなかった原因として,今回の症例では緑内障発作時に早期に治療が開始され,高眼圧の持続時間が短かったことが推測される.3.白内障手術によるCDの変化LI後の白内障手術によってCDは有意に減少した.白内障手術によるCDの減少は周知の事実であるが,LI施行例は浅前房,Zinn小帯脆弱などのため通常の白内障手術より合併症のリスクが高いと考えられる.近年,緑内障発作の治療として一次的に超音波白内障手術と眼内レンズ挿入術を行うべきとする意見もある10)が,今回の調査の結果から少なくとも短期的には白内障手術のほうがCDの減少率は高く,また白内障手術には眼内炎や駆逐性出血などの重篤な合併症が起こりうる.したがって緑内障発作の治療もしくは予防としてLIを行うか白内障手術を行うかは,白内障の程度や視力,年齢などを考慮して症例ごとに慎重に検討すべきである.4.LIの総照射エネルギーがCDに及ぼす影響LIを施行するにあたってはより少ない総照射エネルギーが望ましいとされ,アルゴンレーザーの場合10~20Jに収めるべきとされている3).図7に示した症例はすべてアルゴンレーザーまたはマルチカラーレーザー(半導体レーザー)によるLIで総照射エネルギーは20J未満であり,いわゆる過剰凝固はなかった.適正な総照射エネルギーの範囲内であれば角膜内皮細胞の障害に大差はないと考えられる.5.LI後にBKを発症した症例についてこの血糖コントロール不良な糖尿病患者は同時期に予防的LIを受け,レーザーの総照射エネルギーに大差がないにもかかわらず,LI後17年目に左眼のみBKを発症しており,右眼のCDはLI後20年を経ても正常範囲内である.このような症例の存在は,LI後のBKがLIの施行条件や糖尿病の罹患の有無に必ずしも依存していないことを示していると考えられ,本報告の結果とも合致している.文献1)AngLP,AngLP:Currentunderstandingofthetreatmentandoutcomeofacuteprimaryangle-closureglaucoma:anAsianperspective.AnnAcadMedSingapore37:210-214,20082)ShimazakiJ,AmanoS,UnoTetal:NationalsurveyonbullouskeratopathyinJapan.Cornea26:274-278,20073)大橋裕一,島.潤,近藤雄司ほか:特集レーザー虹彩切開術後水疱性角膜症を解剖する!.あたらしい眼科24:849-900,20074)WuSC,JengS,HuangSCetal:Cornealendothelialdam(101)あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011557ageafterneodymium:YAGlaseriridotomy.OphthalmicSurgLasers31:411-416,20005)HongC,KitazawaY,TanishimaT:Influenceofargonlasertreatmentofglaucomaoncornealendothelium.JpnJOphthalmol27:567-574,19836)天野史郎:正常者の角膜内皮細胞.あたらしい眼科26:147-152,20097)BigarF,WitmerR:Cornealendothelialchangesinprimaryacuteangle-closureglaucoma.Ophthalmology89:596-599,19828)Malaise-StalsJ,Collignon-BrachJ,WeekersFJ:Cornealendothelialcelldensityinacuteangle-closureglaucoma.Ophthalmologica189:104-109,19849)ThamCC,KwongYY,LaiJSetal:Effectofapreviousacuteangleclosureattackonthecornealendothelialcelldensityinchronicangleclosureglaucomapatients.JGlaucoma15:482-485,200610)JacobiPC,DietleinTS,LuekeCetal:Primaryphacoemulsificationandintraocularlensimplantationforacuteangle-closureglaucoma.Ophthalmology109:1597-1603,2002***

白内障手術により進行が遅延したレーザー虹彩切開術後の角膜内皮障害の2 例

2010年11月30日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(105)1587《原著》あたらしい眼科27(11):1587.1591,2010cはじめにレーザー虹彩切開術(laseriridotomy:LI)は,閉塞隅角緑内障の治療,あるいは狭隅角眼の緑内障発作の予防的治療として広く用いられてきた.しかし1984年にPollack1)によりLI後水疱性角膜症が紹介されて以来,今日に至るまでLIにより角膜内皮障害が発生した症例の報告2~4)が多数なされている.特にわが国における発生数は突出しており,LI後水疱性角膜症は角膜移植患者の24.2%を占め5),原因疾患の第2位となっている.LI後の角膜内皮障害の機序については諸説あげられているが,明確な病態の解明にはいまだ至っていない.園田ら6)は予防的LI後に角膜内皮障害が発生した症例が,白内障手〔別刷請求先〕永瀬聡子:〒305-0821つくば市春日3-18-1高田眼科Reprintrequests:SatokoNagase,M.D.,TakadaEyeClinic,3-18-1Kasuga,TsukubaCity305-0821,JAPAN白内障手術により進行が遅延したレーザー虹彩切開術後の角膜内皮障害の2例永瀬聡子*1松本年弘*2吉川麻里*2佐藤真由美*2新井江里子*2榎本由紀子*2三松美香*2仙田由宇子*2呉竹容子*2*1高田眼科*2茅ヶ崎中央病院眼科CataractSurgery-inducedStabilizationofCornealEndotheliumDecompensationfollowingLaserIridotomySatokoNagase1),ToshihiroMatsumoto2),MariYoshikawa2),MayumiSato2),ErikoArai2),YukikoEnomoto2),MikaMimatsu2),YukoSenda2)andYokoKuretake2)1)TakadaEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,ChigasakiCentralHospital目的:予防的レーザー虹彩切開術(LI)後に角膜内皮障害が発生した症例に,白内障手術を施行したところ内皮障害の進行が遅延した2例の報告.症例:症例1は76歳,女性.平成11年7月両眼に予防的LIを施行.術後,角膜内皮細胞密度は5年後より急激に減少し始め,8年後の時点で,両眼の角膜内皮細胞密度は下方・中央・上方の順で著しく減少していた.平成20年3月に左眼,平成21年5月に右眼の白内障手術を施行.平成22年2月の時点で,両眼とも角膜内皮細胞密度の急激な減少は停止している.症例2は69歳,女性.平成13年6月近医で予防的LIを施行され,同年7月茅ヶ崎中央病院を受診した.このとき角膜内皮細胞に異常所見はなかった.しかしLI施行4年半後内皮細胞は著明に減少していた.平成18年2月両眼の白内障手術を施行.平成21年10月の時点で角膜内皮細胞密度の減少は停止している.結論:白内障手術による房水循環の変化は,下方型LI後角膜内皮細胞障害の進行を遅延させる可能性がある.Wereporttwocasesinwhichcataractsurgerymayhaveinducedstabilizationofcornealendotheliallosssecondarytoprophylacticlaseriridotomy.Laseriridotomyhadbeenperformedfornarrowangleinbotheyesoftwofemales(78and69yearsofage).Cornealendothelialcellsoppositetheiridotomysitedecreasedafterseveralyears,thelowersectionmostrapidlyandthecentermoreslowly;theslowestrateofdecreasewasobservedintheuppersectionofthecornealendothelialcells.Wesubsequentlyperformedthecataractsurgery,withintraocularlensimplantation.Inbothcases,thecornealendothelialcellpopulationhasremainedstablethusfar.Theseresultssuggestthattheaqueousflowisreturningintotheanteriorchambernotviatheiridotomysite,butthroughthepupil.Thisstabilizescornealendothelialcelllossduetoprophylacticlaseriridotomy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(11):1587.1591,2010〕Keywords:角膜内皮細胞障害,レーザー虹彩切開術,白内障手術.cornealdecompensation,laseriridotomy,cataractsurgery.1588あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(106)術の施行により内皮障害の進行が停止したと報告している.今回筆者らも園田らと同様に白内障手術によりLI後内皮障害の進行が遅延したと思われる2症例を経験した.これらの症例から水晶体再建術が下方型LI後内皮障害の進行を予防する機序についても考察したので報告する.I症例〔症例1〕76歳,女性.初診:平成11年5月24日.既往歴・家族歴:特記すべきことなし.現病歴:半年前からの流涙を主訴に茅ヶ崎中央病院眼科(以下,当科)を受診.初診時所見:視力は右眼0.8(1.0×.0.25D(cyl.0.75DAx60°),左眼0.4(1.0×+1.25D(cyl.0.75DAx90°),眼圧は両眼9mmHgであった.隅角は両眼Shaffer分類1~2度で,周辺部虹彩前癒着(peripheralanteriorsynechia:PAS)が右眼に2カ所,左眼に1カ所みられた.中間透光体では両眼に皮質白内障がみられた.角膜内皮細胞密度は角膜中央で右眼2,652/mm2,左眼2,463/mm2で,変動係数(coefficientofvalue:CV)値および六角形細胞率とも正常範囲内であった.眼軸長は両眼22.68mmとやや短く,前房深度は右眼2.09mm,左眼2.10mmと浅前房であった.経過:平成11年7月12日閉塞隅角緑内障発作の可能性が高いと考え,右眼に対し耳上側にLI(アルゴンレーザー使用・総エネルギー量10.7J)を施行した.ついで7月26日左眼に対し耳上側にLI(総エネルギー量8.3J)を施行した.LI後の消炎には0.1%フルオロメトロン点眼Rおよびプラノプロフェン点眼を1日4回2週間投与した.その後数カ月ごとに眼圧や視野などを定期的に観察し,角膜内皮細胞については1,2年ごとに角膜中央の角膜内皮細胞密度の検査を実施していた.角膜内皮細胞密度はLI施行後,数年は緩徐な減少を示し,その後は加速度的に減少していた(図1).右眼の角膜内皮細胞密度はLI後9年の時点で,上方が2,358,中央が1,328,下方が602/mm2,左眼の角膜内皮細胞密度はLI後8年8カ月の時点で,上方が2,325,中央が666,下方が615/mm2で,両眼とも角膜下方が最も強く障害されていた(図2).このとき隅角は両眼Shaffer分類2度でPASが右眼に6カ所,左眼に5カ所みられ,隅角の閉塞が進行していた.角膜後面色素沈着は両眼の角膜中央やや下方に散在し01224角膜内皮細胞密度(/mm2)362,6522,6522,1881,9921,9481,5771,7001,3289937136662,1002,1642,4752,4634860経過月数両眼LI7284961081203,0002,5002,0001,5001,0005000左眼白内障手術:右眼:左眼図1症例1:角膜中央部の角膜内皮細胞密度の経過LI~白内障手術直前まで.図2症例1:LI後約9年の部位別角膜内皮細胞写真上段が右眼(LI後9年),下段が左眼(LI後8年8カ月)で,左から角膜上方・中央・下方.(107)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101589てみられ,Emery-Little分類grade2の核白内障が両眼にみられた.視力は右眼が1.0(1.2),左眼が1.0(1.2)と良好であったが,LI後の角膜内皮障害が白内障手術により進行が停止した症例の報告6)があること,角膜内皮細胞密度が加速度的に減少してきていること,特に角膜下方に強い障害がみられていることなどから,白内障手術による房水循環の変化が有効な治療になるかもしれないと考え,まず角膜内皮細胞密度のより悪い左眼に対し平成20年3月4日超音波水晶体乳化吸引術(phacoemulsificationandaspiration:PEA)および眼内レンズ(intraocularlens:IOL)挿入術を耳側強角膜3mm切開で,ソフトシェル法(ビスコートRとヒーロンVRを使用)にて施行した.白内障手術後は,0.1%ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム液を1日4回1カ月間,0.1%ジクロフェナクナトリウム点眼液を3カ月間投与し,消炎を十分に行った.白内障手術後,角膜中央および下方の角膜内皮細胞密度は減少が停止した(図3).左眼の経過から白内障手術により角膜内皮細胞障害が緩和される可能性が高いと考え,平成21年5月12日右眼のPEA+IOL挿入術を左眼と同様の方法で耳側強角膜3mm切開にて施行した.白内障手術後,左眼と同様に角膜内皮細胞密度の減少はほぼ停止している(図4).〔症例2〕69歳,女性.初診:平成13年7月17日.家族歴:特記すべきことなし.既往歴:平成13年5月29日右眼に,6月12日左眼に近医で予防的LIを施行(施行条件の詳細は不明).現病歴:両眼の網膜裂孔に対する網膜光凝固術を目的に,近医より当科を紹介され受診.初診時所見:視力は右眼0.4(1.0×.1.00D(cyl.1.25DAx110°),左眼0.9(1.0×+0.25D(cyl.1.00DAx90°),眼圧は右眼が16mmHg,左眼が14mmHgであった.隅角は両眼ともShaffer分類3度でPASはみられなかった.両眼底に網膜裂孔がみられた.角膜中央の角膜内皮細胞密度は右眼が2,673/mm2,左眼が2,631/mm2で,CV値および六角形細胞率とも正常範囲内であった.眼軸長は右眼23.08mm,左眼22.79mmで,前房深度は右眼2.97mm,左眼3.04mmであった.経過:初診日(LI後約1カ月)に両眼の網膜裂孔に網膜光凝固術を施行した.以降,年に1回程度の経過観察をしていたが,角膜内皮細胞の検査はしていなかった.平成17年12月15日(LI後4年半)右眼0.4(0.5×.3.25D(cyl.1.25DAx105°),左眼0.3(0.4×+0.50D(cyl.1.75DAx100°)と核白内障(Emery-Little分類grade3)による視力低下がみられ,白内障手術を希望したため,角膜中央の角膜内皮細胞密度を検査したところ右眼が498/mm2,左眼が1,587/mm2と著明な減少がみられた.このとき隅角は両眼Shaffer分類3度でPASはなかった.また角膜後面色素沈着もみられなかった.白内障手術により右眼は角膜移植が必要になる可能性が高いことを説明したうえで,平成18年2月21日左眼に,続いて2月23日右眼に白内障手術を症例1と同様の方法で施行し,術後の点眼も同様に行い,十分に消炎を行った.白内障手術後,視力は右眼0.7(1.0),左眼0.5(1.0)と改善し,角膜中央の角膜内皮細胞密度の減少もほぼ停止した036912経過月数15182124角膜内皮細胞密度(/mm2)2,3256665886391,6866156364976071,0185831,5179707988257126653,0002,5002,0001,5001,0005000左眼白内障手術:上方:中央:下方647図3症例1:左眼の白内障術後部位別角膜内皮細胞密度の経過経過月数:上方:中央:下方036912角膜内皮細胞密度(/mm2)2,3412,5122,1052,3252,0202,2179937016676336677186166636936046226193,0002,5002,0001,5001,0005000右眼白内障手術図4症例1:右眼の白内障術後部位別角膜内皮細胞密度の経過経過月数:右眼:左眼01224364860728496108120角膜内皮細胞密度(/mm2)2,6311,5871,0441,1241,0201,1002,6784984965167378063,0002,5002,0001,5001,0005000両眼LI施行両眼白内障手術図5症例2:角膜中央部の内皮細胞密度の経過1590あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(108)(図5).白内障術後3年8カ月(LI後8年)の時点で角膜内皮細胞密度は右眼が上方で964,中央で806,下方で781/mm2,左眼が上方で1,760,中央で1,100,下方で894/mm2で,両眼とも角膜下方で最も角膜細胞密度は減少していた(図6).II考按今回の筆者らが経験した2例はいずれも狭隅角眼に対し施行された予防的LIで,長い経過を経て,両眼性に内皮障害が発生していた.まだ水疱性角膜症には至っていないが,角膜の上方・中央・下方における角膜内皮細胞密度を比較したところ,LI施行部位から離れた下方の角膜内皮細胞が最も強く障害されていた.よってこれらは下方型水疱性角膜症に進展する可能性があった症例だと考えた.下方型LI後水疱性角膜症の特徴として,京都府立医科大学は角膜移植を目的に紹介された症例91眼のうち14.3%を占め,その原疾患として狭隅角が84.6%で,予防的LIの症例が多く含まれていたと報告している7).LI後の角膜内皮障害の発生メカニズムにはいくつかの説が報告されている.まず第1はLI施行前から存在する角膜内皮細胞の異常である.糖尿病・滴状角膜・Fuchs角膜変性症・偽落屑症候群などがあげられている2,3,8).第2が術直前および術直後の要因で,急性緑内障発作に伴う低酸素環境やレーザーの過剰照射などで,術後に角膜内皮細胞密度を急激に減少させると考えられている9).第3はLI後も持続する要因に基づくもので,慢性の炎症に由来する「血液・房水柵破綻説」7)や「マクロファージ説」10)と房水動態の異常に由来する「房水ジェット噴流説」11)や「内皮創傷治癒説」12)があげられている.角膜内皮障害はそれらの病態がいくつか複合して発症していると考えられている.症例1の角膜中央の角膜内皮細胞密度はLI後5年くらいまでは緩徐な減少傾向を示し,その後加速度的に減少していた.そして白内障手術後は減少が停止し,むしろ改善傾向がみられた.症例2ではLI後4年半で大きく減少していた角膜中央の角膜内皮細胞密度が,白内障手術後は減少が停止し,白内障術後3年では角膜内皮細胞密度はやや改善した状態で安定していた.これらのことからつぎのような仮説を考えた.浅前房による房水の温流速度の低下による前房全体の房水循環不全(房水対流の減弱または消失)とLI切開窓からの房水の噴出と流入による局所の房水循環不全(房水乱流の発生)が生じているため,房水に淀みが生じ,LIにより産生された何らかの化学物質が前房内からうまく排出されず,前房内の局所(今回の症例では下方)に少しずつ蓄積され,年数を経るごとに強くなる角膜下方の角膜内皮障害を発生させた.そしてさらに障害を受けて脱落した角膜内皮細胞を補償しようと,角膜中央の内皮細胞が遊走を始めるが,遊走中の内皮細胞は脱落しやすいため,内皮細胞の減少が早まるといった悪循環が形成されたのではないかと推測した.この結果,角膜上方は比較的角膜内皮細胞が温存され,中央,下方と行くに従って,障害が強くなったのではないかと考えた.白内障手術は前房内に蓄積していた化学物質を洗浄し,瞳孔を介する生理的な房水循環を復活させ6),かつLI切開窓を図6症例2:白内障術後3年8カ月の部位別角膜内皮細胞写真上段が右眼,下段が左眼で,左から角膜上方・中央・下方.(109)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101591介した房水の流れを減少させることで,房水の淀みを解消する.そして深前房になることで房水の対流が復活し,化学物質の蓄積が解消されることで,下方の角膜内皮細胞密度の減少が停止し,上方から中央へ,さらに下方へと数年の時間を経て角膜内皮細胞が移動・伸展して安定した状態になったものと考えた.加えていずれの症例も両眼性であったことや同じような症例でもまったく角膜内皮細胞障害をきたさない症例も多数存在することから,既存の角膜内皮細胞の易障害性の存在も推定された.陳ら3)の報告にあるような角膜の脆弱性をきたす原因とされる糖尿病,滴状角膜,Fuchs角膜変性などがないのに,通常のまったく問題のなかった白内障手術で,大きく角膜内皮細胞が減少する症例をわれわれはときに経験することがあることからも,原因不明の角膜内皮細胞易障害性をもつ症例が存在する可能性があり,今回の症例もそれに当たるものと考えた.今回筆者らはLIによる下方型の角膜内皮細胞障害が,白内障手術により停止または遅延した2例を経験した.LIを施行した症例では角膜内皮細胞密度を定期的(年1回程度)に観察し,減少傾向がみられたときには,どの部位からの角膜内皮細胞減少かを検討し,その結果下方型の角膜内皮細胞障害が疑われる症例では,上方の角膜内皮細胞が健全なうちに房水循環を改善させる水晶体再建術を施行することが,LI後水疱性角膜症の発症を予防する重要なポイントになると思われた.本論文の要旨は第34回角膜カンファランス(2010年)で発表した.文献1)PollackIP:Currentconseptinlaseriridotomy.IntOphthalmolClin24:153-180,19842)SchwartzAL,MartinNF,WeberPA:Cornealdecompensationafterargonlaseriridotomy.ArchOphthalmol106:1572-1574,19883)陳栄家,百瀬皓,沖坂重邦ほか:レーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症の組織病理学的観察.日眼会誌103:19-136,19994)金井尚代,外園千恵,小室青ほか:レーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症に関する検討.あたらしい眼科20:245-249,20035)島.潤:レーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症─国内外の状況─.あたらしい眼科24:851-853,20076)園田日出男,中枝智子,根本大志:白内障手術により進行が停止したレーザー虹彩切開術後の角膜内皮減少症の1例.臨眼58:325-328,20047)東原尚代:レーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症─血液・房水棚破綻説─.あたらしい眼科24:871-878,20078)大橋裕一:レーザー虹彩切開術後水疱性角膜症を解剖する!.あたらしい眼科24:849-850,20079)妹尾正,高山良,千葉桂三:レーザー虹彩切開術後水疱性角膜症─過剰凝固説─.あたらしい眼科24:863-869,200710)山本聡,鈴木真理子,横尾誠一ほか:レーザー虹彩切開術後水疱性角膜症の発症機序─マクロファージ説─.あたらしい眼科24:885-890,200711)山本康明:レーザー虹彩切開術後水疱性角膜症の病態─房水ジェット噴流説─.あたらしい眼科24:879-883,200712)加治優一,榊原潤,大鹿哲郎:レーザー虹彩切開術後水疱性角膜症の発症機序─角膜内皮創傷治癒説─.あたらしい眼科24:891-895,2007***

角膜内皮細胞が減少している原発閉塞隅角症および原発閉塞 隅角緑内障に対する白内障手術後の角膜内皮細胞の変化

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1(133)5490910-1810/10/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科27(4):549553,2010cはじめに原発閉塞隅角症(primaryangle-closure:PAC)および原発閉塞隅角緑内障(primaryangle-closureglaucoma:PACG)に対する治療としては,薬物治療ではなく手術治療が第一選択とされる1).外来にて短時間で簡便に施行可能で,合併症が少ないレーザー虹彩切開術(laseriridotomy:LI)はPAC(G)の治療の中心として位置づけられている.しかしながらLI後の眼圧コントロールは中長期的には不良であることが報告されている2).またLIの晩期合併症として,近年わが国において水疱性角膜症(bullouskeratopathy:BK)の発症が注目されている3).一方,PAC(G)の発症には水晶体が大きく関与することが知られており,白内障手術もPAC(G)症例において隅角開大効果,眼圧コントロールの両面において有効であることが報告されている46).しか〔別刷請求先〕江夏亮:〒903-0125沖縄県中頭郡西原町字上原207琉球大学医学部高次機能医科学講座視覚機能制御学分野Reprintrequests:RyoEnatsu,M.D.,DepartmentofOphthalmology,UniversityofRyukyusFacultyofMedicine,207Uehara,Nishihara-cho,Nakagami-gun,Okinawa903-0125,JAPAN角膜内皮細胞が減少している原発閉塞隅角症および原発閉塞隅角緑内障に対する白内障手術後の角膜内皮細胞の変化江夏亮*1酒井寛*2與那原理子*2平安山市子*2新垣淑邦*2早川和久*2澤口昭一*2*1江口眼科病院*2琉球大学医学部高次機能医科学講座視覚機能制御学分野PhacoemulsicationandAspirationforPrimaryAngle-ClosureandPrimaryAngle-ClosureGlaucomawithCornealEndothelialCellLossRyoEnatsu1),HiroshiSakai2),MichikoYonahara2),IchikoHenzan2),YoshikuniArakaki2),KazuhisaHayakawa2)andShoichiSawaguchi2)1)EguchiEyeHospital,2)DepartmentofOphthalmology,UniversityofRyukyusFacultyofMedicine超音波水晶体乳化吸引術(phacoemulsicationandaspiration:PEA)と眼内レンズ(intraocularlens:IOL)挿入術を行った原発閉塞隅角症(primaryangle-closure:PAC)および原発閉塞隅角緑内障(primaryangle-closureglau-coma:PACG)の症例のうち,術前の角膜内皮細胞密度が1,000cells/mm2以下まで減少していた11例15眼の術後角膜内皮細胞密度および術後経過について検討し,症例を呈示する.術後1カ月に1眼が水疱性角膜症(bullousker-atopathy:BK)を発症した.術後2,6,12カ月の平均角膜内皮細胞減少率は11.4%,13.0%,および15.4%であった.角膜内皮細胞密度1,000cells/mm2以下のPACおよびPACG症例に対する白内障手術は,術後のBK発症を考慮して行うことが求められる.Weevaluatedcornealendothelialcelllossafterphacoemulsicationcataractsurgeryin15primaryangle-clo-sure(PAC)andprimaryangle-closureglaucoma(PACG)eyesthatalreadyhadcornealendothelialcelldecreasetolessthan1,000cells/mm2.At1monthafterthesurgery,oneeyedevelopedbulluskeratopathy.Averagecornealendothelialcellreductionof11.4%,13.0%and15.4%wereobservedat2,6,and12monthsaftersurgery,respectively.InPACandPACGeyeswithcornealendothelialcelldecreasetolessthan1,000cells/mm2,bullouskeratopathyshouldbepreoperativelyconsideredasapossiblecomplicationfollowingpost-phacoemulsicationsur-gery.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(4):549553,2010〕Keywords:角膜内皮細胞,原発閉塞隅角症,超音波水晶体乳化吸引術,レーザー虹彩切開術,水疱性角膜症.cornealendotheliumcell,primaryangle-closure,phacoemulsicationandaspiration,laseriridotomy,bulluskeratopathy.———————————————————————-Page2550あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(134)し白内障手術の合併症として角膜内皮細胞減少が考えられており,白内障手術後の角膜内皮細胞減少率は過去の検討において平均7%前後と報告されている7,8).BKの原因としては手術に関連する医原性のものが過半数を占めており,その内訳として第1位に白内障手術,第2位にLIがあげられている9).そのため,角膜内皮障害を有するPAC(G)に対する治療としてはLI,白内障手術のどちらもBK発症を念頭に置く必要があると考えられる.今回筆者らは術前の角膜内皮細胞密度が1,000cells/mm2以下と強度の角膜内皮障害を有するPACおよびPACGの症例に対して超音波水晶体乳化吸引術(phacoemulsicationandaspiration:PEA)と眼内レンズ(intraocularlens:IOL)挿入術を施行し,術後の角膜内皮細胞密度について検討したので報告する.I対象および方法対象は2004年12月から2005年11月までに琉球大学医学部附属病院眼科において熟練した同一術者により耳側角膜切開の単独手術でPEA+IOLを行ったPACおよびPACG症例のうち,術前の角膜内皮細胞密度が1,000cells/mm2以下であった11例15眼である.術後に通院を自己中断したことにより,術後6カ月以上経過観察できなかった症例は今回の検討から除外した.PAC(G)の診断はISGEO(Inter-nationalSocietyofGeographicalandEpidemiologicalOph-thalmology)分類に準拠し,2名の緑内障専門医により隅角鏡検査および超音波生体顕微鏡検査(ultrasoundbiomicro-scope:UBM)を施行し診断した.対象の内訳は男性2例,女性9例,年齢は6684歳(平均76.5歳)であった.急性緑内障発作の既往があるものが3眼〔発作後LI施行1眼,周辺虹彩切除術(peripheraliridectomy:PI)施行1眼,未処置1眼〕,予防的LI施行後5眼,未治療7眼であった.眼軸長は21.0522.94mm(平均21.90mm),前房深度は1.282.48mm(平均1.72mm),水晶体核硬度はEmery-Little分類にてGrade1が5眼,Grade2が7眼,Grade3が3眼であった.術後観察期間は最短6カ月,最長52カ月で平均25.7カ月であった.白内障手術を選択した理由として,①緑内障発作眼およびその僚眼(3眼)や,②UBM上機能的隅角閉塞が全周性にあり(2眼),緑内障発作の危険が高いと判断された,③LI施行後,抗緑内障薬使用にても眼圧コントロールが不良であった(1眼)といった閉塞隅角治療を目的とした例,④進行性の角膜内皮細胞減少を認めており(3眼),角膜内皮減少の進行を抑えることを目的とした,もしくは角膜内皮細胞減少の進行により今後いっそう白内障手術が困難になっていくと予測された例,⑤白内障による視力低下のため手術希望が強く(6眼),視力改善を目的とした例があった.術前にBK発症の可能性,治療としての角膜移植術の必要性について十分に説明し同意を得て手術を施行した.手術は点眼麻酔下に耳側透明角膜3.2mm切開で行った.灌流液はエピネフリンを0.2ml/500ml添加したBSSプラスR(日本アルコン)を使用し,粘弾性物質としてオペガンハイR(参天製薬)+ビスコートR(日本アルコン)を用いたソフトシェルテクニック10)を用いた.前切開は27ゲージ針チストトームにて行った.アルコン社製インフィニティRにてPEA施行した後,折り畳み式アクリル眼内レンズを,インジェクターを用いて挿入した.角膜切開創には手術終了時ハイドレーションを用い,縫合は行わなかった.術中合併症は認めなかった.術前,術後の診察時に非接触性角膜内皮細胞測定装置(TOPCONMicroscope,SP2000PR)を用いて角膜中央部を撮影し角膜内皮細胞密度を測定した.II結果15眼中1眼で術後1カ月にBKを発症した.他の14眼は経過観察中,角膜は透明性を維持していた.術前角膜内皮細胞密度483968cells/mm2(平均730.3±152.5)に対して術後2カ月の角膜内皮細胞密度は433927cells/mm2(平均639.9±136.4),術後6カ月の角膜内皮細胞密度は348927cells/mm2(平均642.3±178.2),術後12カ月の角膜内皮細胞密度は416822cells/mm2(平均620.8±144.2)であった.術前に比べて,術後2カ月,術後6カ月,術後12カ月の角膜内皮細胞密度は有意に減少していた(p<0.05,Wil-coxon符号付順位和検定).術後2カ月,術後6カ月,術後12カ月の角膜内皮細胞密度の間に有意差はなかった(図1).術後2カ月の角膜内皮細胞減少率は最高51.2%で平均11.4%,術後6カ月の角膜内皮細胞減少率は最高40.0%で平均13.0%,術後12カ月の角膜内皮細胞減少率は最高手術前(n=15)2カ月後(n=14)6カ月後(n=14)12カ月後(n=10)1,000900800700600500400角膜内皮細胞密度(cells/mm2)***図1術前後の角膜内皮細胞密度の平均値術前に比べて術後2カ月,術後6カ月,術後12カ月の角膜内皮細胞密度は有意に減少していた(*p<0.05,Wilcoxon符号付順位和検定).術後2カ月,術後6カ月,術後12カ月の角膜内皮細胞密度の間に有意差はなかった.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010551(135)45.3%で平均15.4%であった.LogMAR視力にて2段階以上改善した例が8眼,不変が6眼,2段階以上悪化した例が1眼であった(図2).眼圧は全体としては術前後で有意な変化を認めなかったが,眼圧33mmHgの1眼において眼圧は14mmHgに低下した(図3).今回の検討した症例の一覧を示し(表1),BK発症例(症例1)および角膜内皮細胞減少率が特に高かった3症例(症例2,3,4),そして緑内障発作に対してアルゴンレーザーおよびYAGレーザーによるLIを施行した後より進行性の角膜内皮細胞減少を認めていた症例(症例5)を呈示する.〔症例1.BK発症〕緑内障発作に対してPIを施行されていた.他眼はLI後にBKを発症していた.前房深度は1.48mmであった.隅角鏡検査では全周性の周辺虹彩前癒着(peripheralanteriorsyn-echia:PAS)があった.眼圧コントロールは30mmHg以上と不良であったうえ,白内障による視力低下が進行したため手術を施行した.術後1カ月でBKを発症し,角膜内皮細胞密度は測定不能であった(図4).本人の希望により角膜移植術は施行せずに経過観察となった.術後の眼圧は14mmHgまで低下した.〔症例2.角膜内皮細胞減少率-40.0%〕他眼も角膜内皮細胞密度700cells/mm2台であった.前房深度は1.79mmであった.UBMおよび隅角鏡検査にて4/4周の機能的隅角閉塞があった(図5).緑内障発作の危険が高いと判断し手術を施行した.角膜内皮細胞減少率は術後2,6カ月で24.1%,40.0%であった.経過観察中角膜は透明性を維持していた.表1対象の詳細症例年齢(歳)核硬度眼軸長(mm)前房深度(mm)角膜内皮細胞密度角膜内皮細胞減少率(%)視力備考術前6カ月後術前術後173G222.521.48558BKBK0.40.3LI(),PI(+),glaattack(+),guttata()284G121.801.7979047440.00.40.5LI(),PI(),glaattack(),guttata()366G221.942.1650634831.20.50.8LI(),PI(),glaattack(),guttata(+)472G322.301.5788857535.20.20.6LI(+),PI(),glaattack(),guttata(+)564G222.481.39633726+14.60.91.0LI(+),PI(),glaattack(+),guttata()676G321.621.5473965211.80.41.2LI(+),PI(),glaattack(),guttata()774G222.781.6760647321.90.51.0LI(),PI(),glaattack(+),guttata()881G323.041.52483488+1.00.31.2LI(+),PI(),glaattack(),guttata()973G320.541.5792274719.00.30.8LI(+),PI(),glaattack(),guttata()1066G221.882.04722927+28.40.70.7LI(),PI(),glaattack(),guttata(+)1174G222.821.8969155919.10.81.0LI(),PI(),glaattack(),guttata()1284G221.631.9072050929.30.30.5LI(),PI(),glaattack(),guttata()1373G220.021.8896880017.40.060.04LI(+),PI(),glaattack(),guttata()1458G221.051.288758493.00.91.0LI(),PI(),glaattack(),guttata()1568G222.122.48853865+1.40.71.0LI(),PI(),glaattack(),guttata()BK:水疱性角膜症,LI:レーザー虹彩切開術,PI:周辺虹彩切除術,glaattack:急性緑内障発作,guttata:滴状角膜.00.20.40.60.8術前視力(LogMAR視力)術後視力(LogMAR視力)11.21.41.41.210.80.60.40.20-0.2図2術前視力と術後視力(n=15眼)改善した例が8眼,不変が6眼,悪化した例が1眼であった.3530252015105005101520術前眼圧(mmHg)術後眼圧(mmHg)253035図3術前眼圧と術後眼圧(n=15眼)術前後の眼圧は統計学的に有意な変化は認めなかった.術前に33mmHgであった1眼では14mmHgまで低下した.———————————————————————-Page4552あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(136)〔症例3.角膜内皮細胞減少率-31.2%〕両眼に滴状角膜を認め,他眼の角膜内皮細胞密度も500cells/mm2台であった.この症例の子供も両眼とも角膜内皮細胞密度800cells/mm2台であった.上記よりFuchs角膜内皮ジストロフィが疑われた.前房深度は2.16mmであった.角膜内皮細胞密度の減少が進行性であり,白内障による視力低下もあったため手術を施行した.術後2カ月では角膜内皮細胞は減少していなかったが,術後6カ月の角膜内皮減少率は31.2%であった.経過観察中角膜は透明性を維持していた.〔症例4.角膜内皮細胞減少率-35.2%〕緑内障発作に対してLI施行されていた.前房深度は1.57mmであった.隅角鏡検査では3/4周にPASがあり,眼圧は2022mmHgであった.白内障による視力低下が進行し,本人の手術希望が強く手術を施行した.術後2,6,12カ月の角膜内皮細胞減少率は51.2,35.2,30.0%であったが,経過観察中角膜は透明性を維持していた.術後眼圧は2022mmHgであった.〔症例5.角膜内皮細胞減少率+14.6%〕LI前2,397cells/mm2であった角膜内皮細胞密度は進行性に減少し,白内障手術前は633cells/mm2であった.術後2,6,12カ月の角膜内皮細胞減少率は+11.4,+14.7,+29.9%であった.術後30カ月までの期間,角膜内皮細胞は減少していなかった.III考按PEA+IOLの術後,約0.3%の症例にBKを発症するとの報告がある11).角膜内皮細胞密度の低い症例において,PEA+IOLはさらなる細胞密度の低下をもたらしBK発症の可能性があり,手術は困難であった.しかし近年の白内障手術機器の革新や,角膜内皮保護に有用とされるソフトシェル法の開発などの技術の進歩により,角膜内皮細胞数の少ない症例に対してもより積極的に手術が行われるようになってきた.白内障手術後の角膜内皮細胞減少率は過去の検討において平均7%前後と報告されている7,8).今回の検討では術後6カ月の角膜内皮細胞減少率は平均13.0%であり,過去の報告に比べて高い結果であった.理由としては,全例が浅前房の症例で前房深度2mm以下の例を15眼中12眼含んでいたこと,緑内障発作の既往がある例や両眼性もしくは進行性に角膜内皮細胞が減少していた例のように,術前より角膜内皮細胞の脆弱性が予測される例を含んでいたことが考えられた.今回の検討では手術前より進行性に角膜内皮細胞が減少していた例を3眼含んでいた.症例5のLI施行後の1眼では白内障手術後より角膜内皮細胞減少の進行が停止していた.過去に白内障手術により進行が停止したLI後の角膜内皮減少症の1例が報告されている12).LI後の房水灌流異常が白内障手術によって除去されたことにより角膜内皮細胞減少が図5症例2の超音波生体顕微鏡(UBM)写真4/4周に機能的隅角閉塞があった.図4症例1の術前後の細隙灯顕微鏡写真A:術前の細隙灯顕微鏡写真.B:術後の細隙灯顕微鏡写真.術後1カ月で水疱性角膜症を発症した.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010553(137)停止したと仮説づけられているが,今回筆者らが経験した症例もこの仮説を支持するものと考えた.症例3のFuchs角膜内皮ジストロフィが疑われた症例では,片眼は角膜内皮細胞の減少は進行し,片眼は経過観察中角膜内皮細胞の減少は進行しなかった.進行性の角膜内皮減少症に対する白内障手術の影響については報告が少なく,今後検討していく必要があると思われた.高度の角膜内皮障害を認める例における白内障手術は,リスクは高いものの良好な視力の維持や長期的な眼圧コントロールを得るためには必要な治療法である.最も適切な手術時期を決定するためにも今回の検討結果は有用な情報を与えると思われた.まとめ今回の検討では15眼中1眼でBKを発症し,術後6カ月の角膜内皮細胞減少率は最高40.0%,平均13.0%であった.高度の角膜内皮障害を有する症例においても白内障手術は視力の維持や良好な眼圧コントロールを得るためには必要な治療法であるが,術後のBK発症を考慮して行うことが求められると考えた.文献1)阿部春樹,桑山泰明,白柏基宏ほか:緑内障診療ガイドライン(第2版).日眼会誌110:779-814,20062)AlsaqoZ,AungT,AnqLPetal:Long-termclinicalcourseofprimaryangle-closureglaucomainanAsianpopulation.Ophthalmology107:2300-2304,20003)AngLP,HigashiharaH,SotozonoCetal:Argonlaseriri-dotomy-inducedbullouskeratopathyagrowingprobleminJapan.BrJOphthalmol91:1613-1615,20074)JacobiPC,PietleinTS,LukeCetal:Primaryphacoe-mulsicationandintraocularlensimplantationforacuteangle-closureglaucoma.Ophthalmology109:1597-1603,20025)NonakaA,KondoT,KikuchiMetal:Cataractsurgeryforresidualangleclosureafterperipherallaseriridotomy.Ophthalmology112:974-979,20056)NonakaA,KondoT,KikuchiMetal:Anglewideningandalterationofciliaryprocesscongurationaftercata-ractsurgeryforprimaryangleclosure.Ophthalmology113:437-441,20067)佐古博恒,清水公也:眼内レンズ移植眼における角膜内皮細胞の変化.IOL4:102-106,19908)池田芳良,三方修,内田強ほか:IOL挿入眼の角膜内皮細胞長期経過観察.IOL6:247-253,19929)ShimazakiJ,AmanoS,UnoTetal:NationalsurveyonbullouskeratopathyinJapan.Cornea26:274-277,200710)MiyataK,NagamotoT,MaruokaSetal:Ecacyandsafetyofthesoft-shelltechniqueincaseswithahardlensnucleus.JCataractRefractSurg28:1546-1550,200211)PoweNS,ScheinOD,GieserSCetal:Synthesisoftheliteratureonvisualacuityandcomplicationsfollowingcat-aractextractionwithintraocularlensimplantation.Cata-ractPatientOutcomeResearchTeam.ArchOphthalmol112:239-252,199412)園田日出男,中枝智子,根本大志:白内障手術により進行が停止したレーザー虹彩切開術後の角膜内皮減少症の1例.臨眼58:325-328,2004***