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当院のロービジョンケアにおける糖尿病網膜症患者と他の疾患患者との比較

2016年1月31日 日曜日

《第20回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科33(1):115.118,2016c当院のロービジョンケアにおける糖尿病網膜症患者と他の疾患患者との比較上野恵美*1柴田拓也*1黒田有里*1堀貞夫*1井上賢治*2*1西葛西・井上眼科病院*2井上眼科病院ComparisonbetweenPatientswithDiabeticRetinopathyandThosewithOtherDiseasesinLowVisionCareatOurHospitalEmiUeno1),TakuyaShibata1),YuriKuroda1),SadaoHori1)andKenjiInoue2)1)NishikasaiInouyeEyeHospital,2)InouyeEyeHospital目的:糖尿病網膜症(DR)患者のロービジョンエイドの傾向を検討する.対象および方法:対象は,2012年10月.2014年10月に補助具選定検査を行った患者110名.A群:DR(30名),B群:黄斑変性・網脈絡膜萎縮(24名),C群:緑内障・網膜色素変性(30名),D群:その他疾患・疾患が重複するもの(26名)に分け,視力の良いほうの眼の矯正視力,患者のニーズ,処方した補助具,身体障害者手帳の取得率を診療録から後ろ向きに調査した.結果:平均対数視力は,A群0.70,B群0.91,C群0.67,D群0.49であった.羞明の訴えは,読字・書字困難の訴えに比べ視力が有意に高かった(p<0.05).A群では,遮光眼鏡の処方数と拡大鏡・携帯用拡大読書器の処方数は,ほぼ同数であった.B群は拡大鏡・携帯用拡大読書器の処方がやや多く,C,D群は遮光眼鏡の処方が多かった.結論:DRは病状が多岐にわたることもあり,処方された補助具もさまざまであった.Purpose:Toconsiderthetendencyoflowvisionaidfordiabeticretinopathy(DR)patients.SubjectsandMethods:Subjectswere110patientswhounderwentanaidselectioncheckfromOctober2012toOctober2014.Patientsweredividedinto4groups:groupA:DR(30patients);groupB:Maculardegenerationandretinochoroidalatrophy(24patients);groupC:Glaucomaandretinitispigmentosa(30patients)andgroupD:otherdiseases(26patients).Inreviewingthemedicalrecordsofthesepatients,weretrospectivelyinvestigatedthevisualacuityofeyeswithbettereyesight,patientneeds,prescribedaidandphysicaldisabilitycertificateacquisitionrate.Results:TheaverageeyesightwasgroupA0.70,groupB0.91,groupC0.67andgroupD0.49logMAR.Patientswhocomplainedofphotophobiahadsignificantlybettereyesightthanpatientswhocomplainedofreadingandwritingdifficulty.(p<0.05)IngroupA,absorptivelensesandmagnifiersorclosed-circuittelevisionwereprescribedtothesameextent.IngroupB,prescriptionofmagnifiersorclosed-circuittelevisionwasslightlygreater.IngroupsCandD,absorptivelenseswereprescribedthemost.Conclusion:ThesymptomsinDRtransferinvariousways,sotheprescribedaidswerealsovarious.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(1):115.118,2016〕Keywords:糖尿病網膜症,ロービジョン,ロービジョンケア.diabeticretinopathy,lowvision,lowvisioncare.はじめにレーザー光凝固や硝子体手術の技術の向上により,糖尿病網膜症(diabeticretinopathy:DR)も治療や進行の予防が可能な疾患となりつつある.しかし,内科治療の中断や全身状態の悪化などにより,眼底出血や牽引性網膜.離を起こし,ロービジョン(lowvision:LV)の状態となる患者も後を絶たない.それらの患者のqualityofvision(QOV)を向上させるためには,遮光眼鏡や拡大鏡などのLVエイドが有効である.疾患ごとのLVケアの特徴についての報告は多いが,DRに特化したものは少ない.竹田らはDR群と全疾患群で,処方された補助具の種類に差はなかったとしている1).〔別刷請求先〕上野恵美:〒134-0088東京都江戸川区西葛西3-12-14西葛西・井上眼科病院Reprintrequests:EmiUeno,NishikasaiInouyeEyeHospital,3-12-14Nishikasai,Edogawa-ku,Tokyo134-0088,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(115)115 D群白内障第1次硝子体糖尿病網膜症27%加齢黄斑変性7%その他の黄斑変性6%網脈絡膜萎縮8%緑内障12%網膜色素変性15%網膜疾患5%角膜疾患4%視神経疾患3%眼瞼痙攣3%3%過形成遺残2%その他5%A群B群C群図1各群の疾患内訳今回筆者らは,DR以外の疾患も群別に分け,DR患者には他疾患と比較して補助具の処方内容に差異があるかを調査した.I対象および方法対象は2012年10月.2014年10月に当院で補助具選定検査を行った患者110名(男性42名,女性68名),平均年齢は67.3±14.12(平均±標準偏差)歳であった.年齢,優位眼(視力の良いほうの眼)の矯正対数視力,患者のニーズ,身体障害者手帳の所持率,処方した補助具について,診療録から後ろ向きに調査を行った.なお,近用眼鏡には加入度数を強めたハイパワー眼鏡も含めている.今回の調査では,補助具選定検査から処方となった例のみ確認できたため,通常の眼鏡検査から処方になったハイパワー眼鏡は数に含まれていない.対象者を,疾患別に4つの群に分けて検討した.A群はDR30名(27%),B群は黄斑変性・網脈絡膜萎縮24名(21%),C群は緑内障・網膜色素変性30名(27%),D群はその他疾患・疾患が重複するもの26名(25%)である(図1).II結果各群の平均年齢はA群66.2±11.4歳,B群73.9±8.7歳,C群66.2±13.8歳,D群63.7±18.6歳であった.加齢黄斑変性を含むB群が,他の群より有意に年齢が高かった(p<0.05).年代の分布を示す(図2).各群の優位眼の平均対数視力はA群0.70±0.46,B群0.91±0.59,C群0.67±0.57,D群0.49±0.66であった.中心部が障害されやすいB群が一番視力が悪く,B群とD群の間に有意差がみられ,その他の群間では有意差は認められなかった(p<0.05).116あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016(%)5040302010010代20代30代40代50代60代70代80代A群B群C群D群図2各群の年齢分布表1各群のニーズ(人)A群B群C群D群羞明1472020読字・書字困難191688羞明と読字・書字困難3003重複あり表2各群のニーズ別障害者手帳取得率(%)A群B群C群D群羞明57.185.785.025.0読字・書字困難42.162.562.550.0各群のニーズはA群では,羞明と読字・書字困難の訴えがほぼ同数であり,B群では読字・書字困難の訴えが多く,C群D群では羞明の訴えが多かった(表1).ただし,すでに遮光眼鏡・近用眼鏡・拡大鏡などを使用している患者もおり,それらを使用すれば不自由がないという場合,ニーズとして出てこないこともあった.優位眼の対数視力の平均は,羞明の訴えの患者は0.60±0.59,書字・読字困難の訴えの患者は0.84±0.54で,羞明の訴えの患者のほうが視力は有意に高かった(p<0.05).また,羞明の訴えは視力に関係なく現れたが,読字・書字困難の訴えは,各群ともおおむね0.80位から出現した.各群のニーズ別の身体障害者手帳,取得率を示す(表2).A群は手帳取得率がやや低く,B群,C群の羞明の訴えの患者は手帳取得率が高かった.各群において処方された補助具の内訳を示す(表3).A群では遮光眼鏡と読字・書字用の補助具が同数であり,拡大鏡の処方のうち約半数の6個がLEDライト付きルーペだった.B群は,ニーズとしては,読字・書字が多かったものの,現在の補助具が合っている,または中心暗点のため倍率を変更しても見え方が変わらない,という理由で読字・書字用補助具の処方とならない例があった.C群には網膜色素変(116) 表3処方した補助具(例数)A群B群C群D群遮光眼鏡1461919読字・書字用補助具(合計)14974拡大鏡11442拡大読書器2300近用眼鏡1031単眼鏡0001タイポスコープ0200性が含まれているため,遮光眼鏡が多かった.D群の多くはニーズがはっきりしており,それに沿った処方がされていた.処方された遮光眼鏡の色系統と視感透過率を数が少ないB群以外で検討すると,A群では視感透過率50.60%代が78.6%を占めた.C群では,屋内用と屋外用を分けて作る症例もあり,視感透過率の高いものと低いものの両極に分かれる傾向がみられた.D群は視感透過率の高いものが多かった(表4).色系統では,A群はグレー系(35.7%),C群はブラウン系(31.6%)・グリーン系(36.8%),D群はグレー系(57.9%)が多かった.III考察今回の筆者らの調査では,DRが全体の27%を占め,DRへの補助具選定の必要性の高さがわかった.小林らの2009年のアンケート調査2)では,優位眼の矯正対数視力が2.0.0.4で,これまでにLVケアを受けたことがない患者のうち,37%がDRであったことから,LVケアを必要とするDR患者が潜在していることが予想される.LVケアを受けるDR患者は,働き盛りの若年者が多いという報告1)もあるが,今回の筆者らの調査では60代以上が約83%を占めた.手術目的で紹介される若い患者も多いが,手術後は紹介元の病院に戻り,当院ではLVケアに至らない例もあったため,50代以下が少ない結果となった.また,若年者でも,すでに仕事を辞め,生活保護を受けており,仕事のために補助具を求める必要がないという患者もいた.今回の調査では高齢の患者が多かったが,国立障害者リハビリテーションセンター(以下,国リハ)のLVクリニックでもその傾向がみられる3).また,65歳以上の視覚障害の原因疾患としてはDRが28%,緑内障が15%という報告もある4).高齢者は全身状態も悪く,補助具を用いて何がしたいかという意志が弱い例も多いことから,動機づけが難しいと思われる.今回の調査の視力の内訳としては,A群では,0.4.1.0の症例が63%を占め,視力良好例が多かった(図3).B群で(117)表4視感透過率別の遮光眼鏡処方数(例数)視感透過率(%)A群B群C群D群11.20013021.30002031.40001041.50103151.60822961.70310171.80206481.900214調光レンズ0010図3各群の視力分布(%)■1.4~■1.04~1.3■0.4~1.0■0.04~0.3■~0(logMAR)A群B群C群D群6.76.763.320.23.325.020.837.54.212.513.313.333.326.713.315.47.726.93.846.2は,83%が優位眼対数視力0.4以下であり,視力障害の顕著な症例が多かった.C群は視野障害が先行することが多く,0.0より良い視力を13%含むが,視力が低下してからLVケアに至る例も多く,平均視力は0.67であった.D群は0.0より良い視力を46%含むが,標準偏差が大きかった.国リハのLVクリニックではDRは視力不良例が多く3),また竹田らの調査1)でも,対数視力0.3以上は3%しかいなかったが,当院ではA群で同等以上の視力が23%いた.今回の調査が補助具選定を行った患者の検討であったため,視力不良の患者は補助具を諦めていたという可能性もある.B群では中心暗点,C群では視野狭窄のような典型的な状況がみられたのに対し,A群では黄斑浮腫や硝子体出血などによる視機能低下の状況は患者ごとに異なった.そのため,A群は,B群とC群の間を取ったようなニーズが表れ(表1),処方された補助具もさまざまで,一定の傾向はなかった.患者のニーズを聞き,現在の視機能の状態を検査し,適切な補助具を処方することが基本となる.DR患者は,読字・書字困難の訴えだけでなく,羞明の訴えも多いことがわかった.一般に羞明の原因は,入射光路に光の散乱を引き起こす病変があることや,眼底に反射を増強する病変があることといわれている5).硝子体手術や白内障手術,レーザー光凝固施行後に羞明を訴えやすいとされている7,8)が,同様の症例でも羞明の訴えがないこともある.まあたらしい眼科Vol.33,No.1,2016117 た,羞明は視力に関係なく現れるため,患者への聴き取りがとくに必要である.DRでは硝子体出血や硝子体手術が度重なる症例もあり,身体障害者手帳の申請時期や補助具を選定する時期の検討が難しいことがある.LVケアを提案しても,外科的治療で治ると考えている患者には受け入れられないこともある.しかし,視力不良期間が長くなるにつれ,LVケアへの希望が減っていくという報告8)もあるため,医師と相談のうえ,比較的早期に補助具の存在を知らせておくような対応が必要であると考える.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)竹田宗泰,竹田峰陽:糖尿病網膜症患者に対する視覚補助具の有用性.眼紀54:947-951,20032)小林薫,荻嶋優,宮田真由美ほか:アンケート調査から考える西葛西井上眼科病院のロービジョンケア.日本ロービジョン学会誌9:108-112,20093)久保明夫:糖尿病を伴うロービジョン.月刊眼科診療プラクティス61,ロービジョンへの対応(丸尾敏夫ほか編),p100-101,文光堂,20004)高橋広:高齢者におけるロービジョンケア.眼紀000:1110-1114,20005)梁島謙次:第8章視覚障害の特性別ケア.コンパクト眼科学18ロービジョンケア(梁島謙次編),p231-263,金原出版,20046)西脇友紀:V糖尿病患者のロービジョンケア.眼科プラクティス7,糖尿病眼合併症の診療指針(樋田哲夫編),p222227,文光堂,20067)吉田ゆみ子,新井三樹:VI疾患への対応糖尿病網膜症.ロービジョンケア-疾患への対応(新井三樹編),p98-104,メジカルビュー社,20038)林由美子,奥村詠里香,中川拓也ほか:富山大学付属病院眼科におけるロービジョン患者へのアンケート調査結果.日視会誌42:191-199,2013***118あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016(118)

ロービジョン者におけるガボールパッチを用いたコントラスト感度測定

2010年12月31日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(121)1753《原著》あたらしい眼科27(12):1753.1758,2010cはじめに社会の高齢化や食の欧米化による視覚障害が増加している.糖尿病網膜症や緑内障による視覚障害は働き盛りの40~50代で起こることも多く生活困難に直結することから,眼科診療におけるロービジョンケアのニーズが高まっている1).大規模病院やそれを専門とする一部の病院ではロービジョン専門外来が設けられ,ニーズに応える体制は少しずつ整ってきている2)が,その個別性の高さや対コスト面などの問題から,すべての眼科診療で環境が整ってきているわけではなく,まだ多くのロービジョン者が十分な情報も得られないまま不自由な生活を余儀なくされている.視覚障害更生訓練施設を紹介し生活訓練につなげていることもあるが,それらの専門施設は少数かつ通所の不便なところにあることが多い.重度のロービジョン者にとっては治療の継続・定期検査を兼ねながら,生活の場に近い医療の場でケアを受けられる状況になることが望ましい.〔別刷請求先〕小町祐子:〒324-8501栃木県大田原市北金丸2600-1国際医療福祉大学保健医療学部視機能療法学科Reprintrequests:YukoKomachi,DepartmentofOrthopticsandVisualSciences,InternationalUniversityofHealthandWelfare,2600-1Kitakanemaru,Ohtawara-shi,Tochigi324-8501,JAPANロービジョン者におけるガボールパッチを用いたコントラスト感度測定小町祐子山田徹人新井田孝裕国際医療福祉大学保健医療学部視機能療法学科ContrastSensitivityFunctioninLowVision,asMeasuredUsingGaborPatchesYukoKomachi,TetsutoYamadaandTakahiroNiidaDepartmentofOrthopticsandVisualSciences,InternationalUniversityofHealthandWelfare既存のコントラスト感度(contrastsensitivityfunction:CSF)測定装置では高度な視機能低下を示すロービジョン者での測定は困難である.そこで低い空間周波数域を測定できるCSF測定装置を試作しロービジョン者のCSF測定を行った.対象は中心視野が保たれている網膜色素変性症患者,視力0.02~1.2の8名とした.CRTディスプレイ上に左右30°傾けたガボール刺激を呈示し,傾きの方向の応答によりCSFを測定した.全例0.12~2.4cycles/degree(以下cpd)の低い空間周波数域で測定可能であった.CSF曲線は平均0.24cpdで最大となり1.2cpd以上で急激な感度低下,3.6cpd以上では全例測定不能であった.CSFは視力値と相関がみられたが,視能率とはほとんど相関がみられなかった.視野5°未満の強い求心性視野狭窄が認められているにもかかわらず低い空間周波数域での応答が得られたことから,視野検査では測定できない保有視覚が残存している可能性も考えられた.CSF測定は日常に近い視機能を評価しており,より生活に即したロービジョンケアの有効な一助になると考えられた.Tostudythedailyvisualperformanceofindividualswithlowvision,wedevisedcontrastsensitivityfunction(CSF)measuringequipmentcapableofmeasuringlowspatialfrequencyregions.WeusedtheequipmenttomeasureCSFinlowvisionsubjectscomprising8retinitispigmentosapatientswhohadconcentriccontraction.GaborpatchstimuliwerepresentedonaCRTdisplaythatwasinclined30°totherightorleft.Perceptioninaregionof0.12-2.4cpdwaspossible.Formeasuredspatialfrequency,correlationwasseeninlogMARandcontrastsensitivity,butnotinSinouritsu(:ratioofremainingvisualfield)oreachspatialfrequency.Thepossibilitythat“Possessionvisualfield”thatwewerenotabletounderstandingbythevisualfieldtestremainedwasthoughtforthereasonswhyeventheobjectpersonwhohadastrongconcentriccontractionoflessthan5°wasabletomeasureitatalowspatialfrequency.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(12):1753.1758,2010〕Keywords:ロービジョン,コントラスト感度,ガボールパッチ,求心性視野狭窄,日常に近い視機能.lowvision,contrastsensitivityfunction,Gaborpatch,concentriccontraction,assessmentofvisualfunctionindailylife.1754あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(122)コントラスト感度(contrastsensitivityfunction:CSF)の測定は,日常視を反映する検査として3~5)ロービジョン者に対しても有用であることは以前から知られている6,7).視力や視野の検査は統制された一定の条件下での評価でしかなく,日常の見え方とは直結しない.残された視覚機能を生活上生かすための情報を必要としているロービジョン者にとって視力と視野の検査だけではロービジョンの十分な評価とはいえない.一般診療でロービジョン者のCSF測定を行い日常視の概要をつかむことで,生活困難の軽減・解消に役立つ情報を提供すれば,時間をかけた専門的なケアが不可能でもニーズと現実のギャップを多少は解消することができるのではないだろうか.しかし,空間周波数刺激を用いた既存のCSF測定装置では,高度な視機能低下をきたしている症例での測定は困難なことが多い.そこで,ロービジョン者でも測定可能な空間周波数刺激の大きさを検討することから,ロービジョン者の日常視機能評価法として日常診療で短時間に行えるCSF測定法を考えることを目的として研究を行った.I対象および方法対象は,視覚障害者更生施設利用者のうち中心視野の残存している網膜色素変性症患者8名16眼とした.倫理規定に則り研究協力の同意を得られた方々17名に,基礎的視機能検査として(1)他覚的屈折検査,(2)自覚的屈折検査,(3)表1対象者基礎的視機能検査結果と視能率年齢(歳)・性別検査眼視力字ひとつS面(D)C面(D)乱視軸(°)眼内レンズ視能率(%)128・男性RELE1.21.0.0.5.0.25.0.75.2.25170157.415.18247・男性RELE0.080.08.2.25.545.36346・男性RELE0.60.7.3.5.3.0.5408.579.64445・男性RELE0.080.09.2.5.0.5.1.1.51701012.3213.21547・男性RELE0.060.15.3.1.3.14090○○5.719.11619・男性RELE0.20.02.5.5.8.317011.252.14731・男性RELE0.20.1500○○1.071.07844・男性RELE0.20.70.5.0.5403.575.36RE:右眼,LE:左眼.図1刺激表示パネルを表示したCRTディスプレイ図2測定刺激(ガボールパッチ)の一例本研究で使用したガボール刺激のうち,0.48cpdと0.92cpdの視標.0.48cpd0.92cpd(123)あたらしい眼科Vol.27,No.12,20101755東大式視野計による動的視野検査,(4)近見視力検査の実施と疾患名の聞き取り調査を行い,本研究の対象に該当する8名に近見視力測定とCSF測定を実施した.年齢は19~47歳(平均37.4歳),全員男性であった.(3)の視野測定に際し,中心視野については近見視力によって得られた値にて矯正を行った.検査後視能率を算出し,結果の検討に用いた.視能率の算出方法は身体障害者福祉法判定基準に則った.基礎的検査の結果と視能率を表1に示す.CSF測定プログラムは,ノート型パーソナルコンピュータ(PC)AppleiBookG4とプログラム開発ソフトLabVIEW(NATIONALINSTRUMENTS)にて作成した.測定刺激にはガボール(Gabor)パッチを用いた.PC画面上に刺激表示パネルとパネル上に正方形の刺激表示窓を作成し,表示窓左方に刺激空間周波数,コントラスト数値操作用アイコンと縞刺激の傾き方向および角度制御用のアイコンを設置した.視標呈示は,刺激表示窓のみを20型CRTディスプレイ(SONYPVM-20M2MDJ)上に表示して行った.2つの刺激数値制御アイコンは被験者の視界には入らないよう設定され,験者は手元のPC画面上でアイコンを操作し,刺激条件を変化させて測定を行った(図1).検査距離50cm,CRT画面上の刺激呈示窓の大きさは幅22.8×高さ23.0cmで視角約25°とした.刺激空間周波数は,最も低いものを0.12cycles/degree(以下,cpd)とし,等比段階的に空間周波数を上げながら測定不能のレベルまで行った.ガボールパッチは縞の本数は一定の状態で,みかけの視野は空間周波数に比例して小さくした.CSFの測定には,正弦波格子にガウス(Gauss)関数をかけたガボールパッチ(図2)を用いた.左右片眼ずつ,各空間周波数で左右に30°傾けたガボールパッチをコントラストの低いほうから順に呈示し,見えたところで傾きの方向を応答してもらい,方向に偏らず確実に正答できる値を閾値として採用した.刺激呈示パネルは1条件で回答が得られるごとに手動でパネル交換を行って呈示した.また,縞の残像を排除するため1回答ごとに背景輝度を一定にした無地のパネルを呈示した.刺激がガボールパッチであることから,空間周波数が高くなるとともにみかけの刺激視野が小さくなってしまうこと,対象者の視野が求心狭窄であり固視点があることで縞刺激が見えづらくなってしまうことを考え,固視点を定めずに行った.したがって,対象者に最初に刺激窓の四隅を確認させ,その中心部をぼんやり固視するよう指示することで刺激呈示中心への固視の誘導を行った.また,測定中は験者が常に固視状態の監視を行った.明るさ条件は,刺激呈示用CRTディスプレイの平均輝度125cd/m2で,室内照度は一般家庭の部屋テレビ鑑賞時の明るさを参考に平均220luxとした8).屈折矯正は,調節力の低下・不全に対しては,検査距離に合わせて加入を行った.上記の条件で対象者の測定が可能であることを確認した後,4名の健常者において同様の測定を行い,結果の検討の参考とした.空間周波数(cpd)コントラスト感度1101001,0000.1110図4健常者8眼のCSF感度曲線1101001,0000.1110空間周波数(cpd)コントラスト感度対象者1左眼対象者2左眼図3対象16眼のCSF感度曲線ロービジョン対象者8名16眼のコントラスト感度曲線.1756あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(124)II結果対象者の矯正視力は0.02~1.2(平均0.19),屈折は近視もしくは正視であった(表1).8名16眼中2名4眼は眼内レンズ挿入眼であった.対象者の視野は,周辺に島状視野が残存しているものを含め全例求心性狭窄で,視能率は最も広いもので13%強,最小のものは1%強のものもあった.視力と視能率の関係は,視能率が2%と最も不良であったものは視力も不良であったが,視能率が10%を超えるものでも視力が(0.1)以下のものや,視力が(1.0)以上でも視能率10%未満などばらつきがみられ,視力不良=視能率の低下といった関連は認められなかった.全眼のCSFの結果を図3に,健常者4名の結果を図4に示す.ロービジョン対象者では0.12~2.4cpdの低空間周波数帯域で応答が得られ,最も低いCSFを示したものでも0.48cpdまで測定が可能であった.CSFの空間周波数に対する特性(以下,CSFプロファイル)は各眼のなかでも測定空間周波数による感度の変動がみらればらつきが大きいが,おおむね0.24~1.2cpd付近で感度上昇し,それ以上では感度低下を示すbandpass型を示す傾向が認められた.1.2cpd以上ではいずれも急激な感度低下が認められ,2.4cpdより高い空間周波数は全例測定不能であった.同じ条件下で健常0.12cpd0.24cpd0.48cpd0.6cpd0.92cpd1.2cpd2.4cpd2.521.510.5021.510.50対数最小分離閾角(logMAR)対数コントラスト感度(logCSF)2.521.510.5021.510.50対数最小分離閾角(logMAR)対数コントラスト感度(logCSF)2.521.510.5021.510.50対数最小分離閾角(logMAR)対数コントラスト感度(logCSF)2.521.510.5021.510.50対数最小分離閾角(logMAR)対数コントラスト感度(logCSF)2.521.510.5021.510.50対数最小分離閾角(logMAR)対数コントラスト感度(logCSF)2.521.510.5021.510.50対数最小分離閾角(logMAR)対数コントラスト感度(logCSF)2.521.510.5021.510.50対数最小分離閾角(logMAR)対数コントラスト感度(logCSF)p=0.016p=0.009p=0.010p=0.002p=0.006p=0.014p=0.007図5空間周波数ごとの視力とCSFの相関グラフコントラスト感度と最小分離閾角の対数をグラフにした.いずれの空間周波数でも相関が認められた.(125)あたらしい眼科Vol.27,No.12,20101757者4名8眼を測定したところ,5.2cpdまで測定可能であった.健常者のCSFプロファイルは低空間周波数帯域での感度が一定に高く,2.4cpdから緩やかな感度低下,4.8cpdで急激な感度低下を示すlowpass型となった.視能率5%強でほぼ同じであった視力良好例と不良例では,視力(1.0)の対象者1左眼の場合,低空間周波数帯域では正常被験者に比しやや低い感度で推移し,1.0cpd付近で感度上昇,2.4cpdで感度が下がるbandpass型を示した.それより高い空間周波数刺激では100%に近いコントラストでも視認できなかった.一方,視力(0.08)の対象者2の左眼では,1.0cpd付近でわずかに感度上昇しbandpass型を示してはいるが,全体に低い感度でほぼ平坦に推移した.低い空間周波数帯域で,視力の差によるCSFの差が認められた.視力をlogMAR値に換算し,測定した空間周波数ごとにCSFとの相関関係をグラフに示した(図5).いずれの空間周波数でも相関がみられ,特に,0.48~1.2cpdでは危険率0.01以下の比較的強い相関が認められた(p<0.002~0.009).一方,同じ視力値を示した対象眼のCSFを比較すると,それぞれ異なるCSFプロファイルを描く例が多く,同じようなプロファイルを示したものはほとんど認められなかった.同様に,各空間周波数と視能率との関係を調べると,視能率が1~13%の狭い範囲に限られているなかでCSFにはばらつきがみられ,ほとんど相関は認められなかった.空間周波数が高くなるほどCSFのばらつきが大きくなる傾向が認められたが,視能率が同程度の場合でもCSFが良好なものと不良なものがみられた.空間周波数2.4cpdでは,一部を除いて全体にCSFが低下した.視能率がきわめて低いものについては,空間周波数を変化させても低い感度でほぼ平坦に推移した.III考察ロービジョン者のコントラスト感度については近年,羞明に対する遮光眼鏡の効果判定として文字視標を用いたコントラスト視力の測定が行われている9).しかし,文字の判読は日常視の一側面に過ぎない.日常視環境にはさまざまな大きさ,形のものが存在し,輪郭も鮮明でなく低コントラストのなかで周囲を識別している.このような状況を反映するものとして縞刺激を用いた空間周波数特性の測定は,視覚の包括的な機能の評価として有用である.したがって,ロービジョン者にも空間周波数刺激を用いたCSF測定を行うことで,日常行動を想定した情報を提供できるものと考えられる.しかし,既存のCSF測定装置では高度な視機能低下をきたしている症例の測定は困難なことが多い.CSFは輝度や縞の本数,その他さまざまな要素から影響を受けている.刺激視野の大きさによる感度変化はその一つであり,ある大きさまでは刺激視野が広いほうがコントラスト感度がよくなり,より正確な周波数特性を測定できるとされている10~14).また,高い空間周波数は視力とよく相関する.したがって,刺激視野の大きさや視力の影響を受ける空間周波数を用いたCSFの測定が,視力・視野ともに大きく障害され生活全般に支障をきたしている重度のロービジョン者に対して測定困難あるいは不能になることは当然といえる.そこで,本研究では低空間周波数帯域に重点を置いて測定を行うことで,重度のロービジョン者でも測定可能な空間周波数帯域を確認した.その結果,視力(0.02)の対象者でも空間周波数1cpd以下であれば,測定が可能であった.重度の視力障害でも中心視野が保有されていれば,1cpd程度の低空間周波数帯域でCSFの測定が可能であることがわかった.ところで,本研究対象者の保有視野は,最も広くて18°であり,方向により中心0°に迫る狭窄を示すものもあった.一方,測定した最も低い空間周波数0.12cpd刺激の1cycleの視角は8.33°であり,黒・白どちらかの縞1本でも4.1°以上の視角をもつ刺激である.縞と縞の境界を判別することによって縞刺激を視認すると仮定しても4°以上の視野が残存していることが必要である.しかし,それを下回る保有視野の対象者でも0.12~0.48cpdの低空間周波数刺激帯域での測定が可能であった.このようなきわめて低い空間周波数帯域で縞刺激の視認が可能であった理由は不明であるが,保有視野を超える視角の低空間周波数刺激で応答が得られたことから,視野検査だけでは捉えきれない視覚能力が残存している可能性がある.Goldmann視野計のⅤの視標は直径9.03mmで視角約2°,Humphery視野計ではさらに小さいIIIの視標が使われていることから,本研究で応答の得られた空間周波数域よりも高い空間周波数域の刺激といえる.したがってロービジョン者が視認するには刺激が小さく,そのため刺激の検出がむずかしく,視野が小さく測定されている可能性もある.既存のいわゆる「視野検査」では検出しきれない視野が残存している可能性があり,CSF測定によってその存在を明らかにすることが可能なのではないかと考えられた.測定した各空間周波数での視力とCSFとの相関では,いずれの空間周波数でも相関が認められた(図4).一般にCSFにおいて視力とよく相関するのは10cpd以上の高空間周波数帯域であり,本研究でロービジョン者に測定可能であった0.12~2.4cpdの範囲は低空間周波数帯域である.視力との関係においても,低い空間周波数帯域で相関が認められた理由は不明である.一方,同じ視力値の例で異なったCSFプロファイルを示したことについては,たとえば視力(0.08)の3眼の場合,CSFプロファイルが高めに推移した1眼は,比較的中心部に保有する視野が広くかつ各方向にほぼ均等に残存していた.他の2眼は同一対象者の左右眼の結1758あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(126)果であり視能率は5%余りでほとんど差はみられなかったが,視野の形状が左眼視野の下方,内方で1~2°と非常に狭くなっていることが,右眼の保有視野の状態と異なる点であり,左眼CSFが右眼に比し全体的に低く推移している理由となっている可能性もあると考えられた.このように,残存している保有視野の広さと形状や,本研究では確認できていないが眼底の器質的変化もCSFに影響を与えている可能性を考慮する必要があると思われた.視能率と各空間周波数の関係は,研究対象者の視能率が平均約6%でばらつきも大きくないにもかかわらずCSFプロファイルが大きなばらつきを示していることから,ほとんど相関が認められなかった.視野中心部のCSFでは,広さのみならず視覚受容野の感度が影響していると考えられ,GoldmannやHumpheryといった量的に感度分布を計測できる視野の結果を用いて検討する必要があると考えられた.また,より多岐にわたる保有視野の形状との関連も検討を進める必要があり,広さと感度を合わせて今後の課題としたい.今回の刺激装置では空間周波数が上がるにつれ刺激の縞が細くなり,刺激呈示用CRTディスプレイの走査線の太さに近づくことになった.2.4cpd視標付近からはロービジョン対象者のみならず正常被験者からもたびたび走査線の存在が「気になる」といった発言がなされており,縞刺激視認の阻害要因となった可能性がある.走査線は水平に走っており,縞刺激は左右30°に必ず傾きをもって呈示されたため混同されることはなかったが,応答に際し心理的影響があったことは無視できない.正常被験者の結果が,一般に健常者で感度が高い中空間周波数帯域で感度低下し,5.2cpdまでしか応答が得られなかった結果をみても,低い空間周波数を測定するために高い空間周波数が犠牲になったと考えられる.ディスプレイ表示の広さの制約のために検査距離を50cmという短距離に設定した結果,かえって画面の走査線まで視認されてしまうこととなった.また,羞明を感じやすい網膜色素変性症である対象者のなかにはCRTディスプレイ画面にまぶしさを感じる者もあった.これらの要因は結果の不安定さや値の低下の原因要素となりうるものと考えられ,刺激の与え方,呈示機器,条件など,ロービジョン者を被験者とする測定に際し,今後さらに考慮を要すべき点であった.これらの点を改善することで,さらに良好な測定結果が得られる可能性も考えられる.測定条件の改善や対象者の条件をさらに広げて測定することにより,日常診療でロービジョン者に行えるCSF測定環境を考えていく必要がある.日常診療で短時間に行えるロービジョンケアの一環として,ロービジョン者に行えるCSF測定について検討を行った.視野検査では測定できない視機能が残存している可能性もあり,日常生活に即した形での情報を提供できる可能性が高いと考えられた.今後,測定条件や対象を広げ,より日常に即した視機能評価として活用できる情報基盤を構築したいと考えている.文献1)佐渡一成:眼科日常診療で行うべきロービジョンケア.日本の眼科74:333-336,20032)佐渡一成:眼科診療所におけるロービジョンケア─小規模診療所で考えていること,伝えたいこと─.あたらしい眼科22:948-952,20053)大頭仁,河原哲夫:視覚系の空間周波数特性とその臨床眼科への応用.東京医学83:63-70,19754)BartenPGJ:ContrastSensitivityoftheHumanEyeanditsEffectsonImageQuality.SPIE,USA,19995)OwsleyC,SloaneM:Contrastsensitivity,acuity,andtheperceptionof‘real-world’targets.BrJOphthalmol71:791-796,19876)簗島謙次:ロービジョンケアマニュアル.p18-20,南江堂,20007)川嶋英嗣:Ⅲ.視機能と行動の評価2)コントラスト感度.眼科プラクティス14,ロービジョンケアガイド,p90-93,文光堂,20078)岩崎弘治,藤根俊之:液晶テレビの輝度制御技術.シャープ技報98:26-28,20089)石井雅子,張替涼子,阿部春樹:新潟大学におけるロービジョン者に対する遮光眼鏡処方の状況.日本ロービジョン学会誌8:159-165,200810)FrederickenRE,BexPJ,VerstratenFAJ:HowbigisaGaborPatch,andwhyshouldwecare?JOptSocAmA14:1-12,199711)PeliE,ArendLE,YoungGMetal:Contrastsensitivitytopatchstimuli:Effectsofspatialbandwidthandtemporalpresentation.SpatialVision7:1-14,199312)RobsonJG,GrahamN:Probabilitysummationandregionalvariationincontrastsensitivityacrossthevisualfield.VisionRes21:409-418,198113)塩入諭:コントラスト感度関数.視覚情報処理ハンドブック,p193-210,日本視覚学会,200014)蘆田宏:ガボール視覚刺激と空間定位.VISION18:23-27,2006***

ロービジョン患者の疾患別不自由度の特徴

2008年6月30日 月曜日

———————————————————————-Page1(145)8950910-1810/08/\100/頁/JCLS《原著》あたらしい眼科25(6):895898,2008cはじめに視機能の低下は,それまで視覚を用いて支障なく行っていた動作や読み書き,歩行などの行動を困難にし,視覚障害者の生活の質(qualityoflife:QOL)の低下をもたらす.一方,視覚障害等級は,視力・視野障害の程度によって判定されており,視覚障害者の障害程度を評価する基準として定められたものである〔身体障害者福祉法施行規則第5条(昭和25年4月6日厚生省令15)〕.しかし,視力,視野ともに他〔別刷請求先〕柳澤美衣子:〒113-8655東京都文京区本郷7-3-1東京大学大学院眼科・視覚矯正科Reprintrequests:MiekoYanagisawa,DepartmentofOphthalmology,UniversityofTokyoGraduateSchoolofMedicine,7-3-1Hongou,Bunkyou-ku,Tokyo113-8655,JAPANロービジョン患者の疾患別不自由度の特徴柳澤美衣子*1,2国松志保*1加藤聡*1北澤万里子*1田村めぐみ*1落合眞紀子*1庄司信行*2,3*1東京大学大学院眼科・視覚矯正科*2北里大学大学院医療系研究科・臨床医科学群・眼科学*3北里大学医療衛生学部・リハビリテーション学科・視覚機能療法学専攻QualityofLifeCharacteristicsEvaluationinPatientswithVariousOcularDiseasesMiekoYanagisawa1,2),ShihoKunimatsu1),SatoshiKato1),MarikoKitazawa1),MegumiTamura1),MakikoOchiai1)andNobuyukiSyoji3)1)DepartmentofOphthalmology,UniversityofTokyoGraduateSchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,UniversityofKitasatoGraduateSchoolofMedicine,3)DepartmentofRehabilitation,OrthopticsandVisualScienceCourse,KitasatoUniversity,SchoolofAlliedHealthSciences目的:ロービジョン(LV)患者の不自由度について調査を行い,疾患ごとに等級別に検討した.方法:外来を受診した269例中の受診が多かった上位3疾患(緑内障108例,黄斑変性44例,糖尿病網膜症34例)の186例を対象とした.障害等級分布は,1・2級100例,3・4級44例,5・6級42例であった.Sumiの問診票により不自由度を数値化後,総和を項目数で除した不自由度を算出し,等級別に比較検討をした.結果:1・2級で緑内障と糖尿病網膜症,または緑内障と黄斑変性の間に有意差を認めた(p=0.0005,ANOVA).黄斑変性,糖尿病網膜症にて等級間に有意差を認めた(p<0.0001,ANOVA)が,緑内障では,等級間で不自由度に有意差はなかった(p=0.06,ANOVA).結論:1・2級において緑内障は黄斑変性,糖尿病網膜症に比べ,不自由度が有意に低く,黄斑変性では等級別に不自由度が異なった.Toinvestigatedierencesinqualityoflife(QOL)characteristicsamongvariousdiseasesinpatientswithvisu-alhandicaps,weanalyzedtheQOLcharacteristicsassociatedwiththreediseasesin186visuallyhandicappedJapa-nesepatients(glaucoma:108cases,maculardegeneration:44cases,diabeticretinopathy:34cases).Usingapre-viouslydevelopedquestionnaire,weassesseddisabilityindexes(DI),asaQOLcharacteristicinpatientswiththesediseases.Regardingrst-andsecond-gradehandicaps,totalDIdieredbetweenglaucoma+diabetespatientsandglaucoma+maculardegenerationpatients(p=0.0005,ANOVA).TheDIdieredbetweenhandicapsinmaculardegeneration+diabetespatients(p<0.0001,ANOVA).Inpatientswithglaucoma,theDIdidnotdieramongvisu-alhandicapgrades(p=0.06,ANOVA).Withrst-andsecond-gradehandicaps,theDIofpatientswithglaucomawaslowerthanthoseofpatientswithotherdiseases.Inaddition,theDIofpatientswithmaculardegenerationdieredaccordingtothegradeofvisualhandicap.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(6):895898,2008〕Keywords:視覚障害,視覚障害等級,不自由度,ロービジョン,緑内障,黄斑変性,糖尿病網膜症.visualim-pairment,visualhandicapgrades,thedisabilityindexes,lowvisioncare,glaucoma,maculardegeneration,diabeticretinopathy.———————————————————————-Page2896あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(146)1・2級と3・4級の間で差がみられることが多く,実際に1・2級と3・4級で不自由度に相違がみられるかを調べるために,視覚障害等級を1・2級,3・4級,5・6級の3段階に再分類し,3疾患それぞれにおける不自由度の相違を等級別に比較検討を行った.全症例,全疾患において総合不自由度の相違を,分散分析(ANOVA)を用いて比較し,Tukey-Kramerにて検討した.全解析において,p<0.05を有意と覚的な評価であるため,視覚障害等級が必ずしも視覚障害者のQOLを正しく反映しているとは限らない1).そのため視覚障害者のQOL評価として視覚障害者の視点に立脚した指標が必要であると考えられるようになってきた.以前からロービジョン(LV)患者の日常生活のQOLを調査する報告は数報あり27),緑内障,黄斑変性などの疾患別のQOLの評価なども報告されている8,9).以前の国松らの報告7)では,QOLの評価としてSumiの問診票10)を用いて疾患別にLV患者の不自由度を調査し,視覚障害等級との相関を検討しており,全体では障害等級と不自由度の相関があったと報告している.しかし同程度の等級でも疾患によって不自由度に差があるかどうか詳細は不明である.そこで今回筆者らは,国松らと同じSumiの問診票を用いてLV患者の不自由度を調査し,疾患ごとに視覚障害等級別の不自由度を比較検討した.I対象および方法2002年4月から2007年6月に東京大学医学部附属病院眼科(以下,当院)LV外来を受診し,視覚障害による障害者手帳を取得している269例(男性149名,女性120名)中,受診が多かった上位3疾患の186例を対象とした.3疾患の内訳は,緑内障108例,黄斑変性44例,糖尿病網膜症34例であり,対象の平均年齢は66.7±13.8歳であった.各疾患(緑内障,黄斑変性,糖尿病網膜症)別に,年齢,男女比,視覚障害等級の内訳を表1に示す.それぞれの相違を,分散分析(ANOVA)を用いて比較し,Tukey-Kramerにて検討した.年齢においてのみ疾患別に有意差がみられ,特に黄斑変性と緑内障,黄斑変性と糖尿病網膜症で黄斑変性の年齢が有意に高い結果となった.対象症例に対して,Sumiの問診票を用い,問診より「文字,文章,歩行,移動,食事,着衣整容,その他」(表2)の7項目に関し,不自由さを数値化(非常に不便=2,やや不便=1,ほとんど不便を感じない=0)し,総和を項目数で除した値を患者の総合不自由度として評価した.疾患別の視覚障害等級の分布の差についてはc2検定を行った.視覚障害者手帳取得者に対する福祉サービスにおいて表1背景(歳)男/女(人数)1・2級/3・4級/5・6級(人数)緑内障10865.0±15.070/3873/19/16黄斑変性4472.4±10.623/2110/19/15糖尿病網膜症3464.9±10.818/1617/6/11p*0.007*0.25*<0.0001***ANOVA,**c2検定.表2Sumiの問診票1)新聞の見出しの大きい文字は読めますか.2)新聞の細かい文字を読めますか.3)辞書などの細かい文字は読めますか.4)電話帳や住所録の活字は読めますか.5)駅の料金表や路線図は見えますか.読字(文章)6)文章の読み書きに不自由を感じますか.7)縦書きの文章を書くとき,曲がってしまうことはよくありますか.8)文章を一行読んだ後,次の行に移るとき,見失うことはよくありますか.歩行(家の近所への外出について)9)見づらくて歩きづらいことはありますか.10)ひとりで散歩はできますか.11)信号を見落とすことはありますか.12)歩行中,人やものにぶつかることはありますか.13)階段を昇り降りするとき,つまずくことはよくありますか.14)道路に段差があったとき,気づかないことはありますか.15)知人とすれ違っても,相手から声をかけられないとわからないことはありますか.16)人や走行中の車が脇から近づいてくるのがわからないときがありますか.移動(交通機関(電車,バス,タクシーなど)を利用した外出)17)見づらくて外出に不自由を感じることはありますか.18)知らないところに外出するとき,付き添いは必要ですか.19)タクシーを拾うとき,空車かどうかわからないことはありますか.20)電車やバスでの移動に不自由を感じますか.21)夜間の外出は見づらくて不安を感じますか.食事22)見づらくて食事に不自由を感じることはありますか.23)見づらくて食べこぼしたりすることはありますか.24)お茶やお湯を注ぐとき,こぼすことはよくありますか.25)おはしでおかずをつかむとき,つかみそこねることはありますか.着衣整容26)下着の表裏がわかりづらいことがありますか.27)お化粧やひげ剃りの際,自分の顔は見えますか.その他28)テレビは見えますか.29)床に落とした物を探すのに苦労することがありますか.30)電話に顔を近づけないとかけづらいことがありますか.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008897(147)3・4級,5・6級のそれぞれで総合不自由度に有意差があり,糖尿病網膜症では1・2級の総合不自由度が3・4級,5・6級に比べ有意に高い結果となった.緑内障の1・2級の総合不自由度が有意に低くなった原因として,疾病の進行過程が大きく影響すると思われる.緑内障ではおもな障害が求心性視野障害であり,それも比較的長い時間をかけてゆっくり進行する疾患であると考えられる.それに比べ,黄斑変性のおもな障害は中心視力障害であり,糖尿病網膜症では視力障害と視野障害の両方であり,レーザー瘢痕や網膜血管床閉塞領域,牽引性網膜離などによる不規則な視機能低下を伴うこともある.以上のことから,緑内障の1・2級の総合不自由度が低かった原因を考えると,障害の進行がゆっくりである疾患では不自由さに徐々に慣れていくため不自由さを訴える程度が軽くなった,つまり不自由度が低くなったと考えられる.疾病の進行過程を考えてみると,徐々に視機能を失っていく疾患とある時を境に急に視機能が低下する疾患を比較すると,ある時点で同じ視機能の状態であったとしても不自由さの自覚は異なると考えられる.たとえば,緑内障や網膜色素変性症などのように比較的障害の進行が徐々に進む疾患の場合は,不自由さにも徐々に慣れていき,不自由さの訴えが少なくなると考えられる.一方,ある時を境に急に症状が変化することが比較的起こりやすい黄斑変性や糖尿病網膜症は不自由さに慣れていないため不自由さを強く訴える傾向があるのではないかと考えられた.そのうえ,障害者手帳の申請の視覚に関する2つの項目のうち,緑内障患者では,視野障害がおもな原因であり,求心性視野障害のほうが重度障害に認定されやすい可能性も考えられた.黄斑変性や糖尿病網膜症のようにおもな障害が視力障害でした.II結果原因疾患の上位3疾患(緑内障,黄斑変性,糖尿病網膜症)において,視覚障害等級1・2級で比較したときのみ3疾患に有意差がみられた(p=0.0005,ANOVA,図1).緑内障と黄斑変性,緑内障と糖尿病網膜症それぞれで有意差がみられ(緑内障:1.32±0.40,黄斑疾患:1.62±0.19,糖尿病網膜症:1.67±0.22,Tukey-Kramer),緑内障の1・2級の総合不自由度が黄斑変性,糖尿病網膜症の総合不自由度に比べ有意に低い結果となった.一方,3・4級,5・6級においては3疾患で有意差はみられなかった(それぞれp=0.86,p=0.68,ANOVA).また視覚障害等級間における総合不自由度を検討してみると,黄斑変性,糖尿病網膜症において視覚障害等級別に有意差がみられた(両者ともp<0.0001,ANOVA,図2).黄斑変性では,どの等級間でも有意差があり(1・2級:1.62±0.19,3・4級:1.27±0.36,5・6級:0.95±0.37,Tukey-Kramer),糖尿病網膜症では,1・2級の総合不自由度が3・4級,5・6級に比べ有意に高い結果となった(1・2級:1.67±0.22,3・4級:1.26±0.35,5・6級:1.04±0.41,Tukey-Kramer).緑内障では視覚障害等級別に総合不自由度の差はなかった(p=0.06,ANOVA).III考按本研究では,疾患別,視覚障害等級別にLV患者の不自由度を知るために,当院を受診したLV患者に対して,視機能の評価とともにSumiの問診票を用いて,総合不自由度について調査した.等級別で検討してみると緑内障1・2級の総合不自由度が,黄斑変性,糖尿病網膜症に比べ有意に低い結果となった.疾患別でみてみると,黄斑変性では1・2級,図2疾患別における視覚障害等級の不自由度緑内障では等級間の不自由度に有意差はみられなかった(p=0.06).黄斑変性ではどの等級間でも有意差がみられ(p<0.0001),糖尿病網膜症では1・2級と3・4級,1・2級と5・6級で有意差がみられた(p<0.0001).*NS*:ANOVA,Tukey-Kramer21.61.20.80.40緑内障黄斑変性糖尿病網膜症総合不自由度**NS**:1・2級:3・4級:5・6級図1視覚障害等級別における3疾患の不自由度1・2級において3疾患の不自由度に有意差がみられた(p=0.0005).3・4級,5・6級では有意差はみられなかった(p=0.86,p=0.68).NSNSNS*:ANOVA,Tukey-Kramer21.61.20.80.401・2級3・4級5・6級総合不自由度**:緑内障:黄斑変性:糖尿病網膜症———————————————————————-Page4898あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(148)2)ScottIU,ScheinOD,WestSetal:Functionalstatusandqualityoflifemeasurement:amongophthalmicpatient.ArchOphthalmol112:329-335,19943)平島育美,山縣祥隆,並木マキほか:兵庫医科大学病院眼科におけるQualityofLifeアンケート調査.眼紀51:1134-1139,20004)西脇友紀,田中恵津子,小田浩一ほか:ロービジョン患者のQualityofLife(QOL)評価と潜在的ニーズ.眼紀53:527-531,20025)MendesF,SchaumbergDA,NavonSetal:Assessmentofvisualfunctionaftercornealtransplantation:Thequal-ityoflifeandpsychometricassessmentaftercornealtransplantation(Q-PACT)study.AmJOphthalmol135:785-793,20036)柳澤美衣子,国松志保,加藤聡ほか:重度視覚障害者における疾患別生活不自由度.あたらしい眼科23:1235-1238,20067)国松志保,加藤聡,鷲見泉ほか:ロービジョン患者の生活不自由度と障害等級.日眼会誌111:454-458,20078)湯沢美都子,鈴鴨よしみ,李才源ほか:加齢黄斑変性のqualityoflifeの評価.日眼会誌108:368-374,20049)浅野紀美江,川瀬和秀,山本哲也:緑内障患者のQualityofLifeの評価.あたらしい眼科23:655-659,200610)SumiI,ShiratoS,MatsumotoSetal:Therelationshipbetweenvisualdisabilityandvisualeldinpatientswithglaucoma.Ophthalmology110:332-339,2003ある疾患では,「見ようとする対象が見えない」ため,不自由さを本人がより自覚しやすく,不自由さを強く訴えることもあげられる.そのため最も自覚しやすいと考えられる視力の値が低くなれば,不自由さの自覚も比例して大きくなることが考えられる.このことが黄斑変性,糖尿病網膜症において1・2級,3・4級,5・6級の等級間で総合不自由度に有意差があった原因と思われる.以上の観点から,LV患者の視覚障害による不自由さを知るには,実際の視力,視野などの視機能の状態だけでなく,現在に至るまでどのように症状が変化してきたかという経過も知る必要がある.今後,LV患者のQOLを詳細に知るためには障害の経過を含めた状態,視野の障害部位による不自由度の差など視機能の状態を細かく分けて調べることが必要であると思われた.また視覚障害による各疾患に特有な日常生活への影響を評価するためには,総合不自由度の比較だけでなく,「読字」や「歩行」などの項目別にみた不自由度の検討も今後必要である.文献1)山縣祥隆:視野障害者の日常生活における能力障害の評価.眼紀58:269-273,2007***