《第20回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科33(1):115.118,2016c当院のロービジョンケアにおける糖尿病網膜症患者と他の疾患患者との比較上野恵美*1柴田拓也*1黒田有里*1堀貞夫*1井上賢治*2*1西葛西・井上眼科病院*2井上眼科病院ComparisonbetweenPatientswithDiabeticRetinopathyandThosewithOtherDiseasesinLowVisionCareatOurHospitalEmiUeno1),TakuyaShibata1),YuriKuroda1),SadaoHori1)andKenjiInoue2)1)NishikasaiInouyeEyeHospital,2)InouyeEyeHospital目的:糖尿病網膜症(DR)患者のロービジョンエイドの傾向を検討する.対象および方法:対象は,2012年10月.2014年10月に補助具選定検査を行った患者110名.A群:DR(30名),B群:黄斑変性・網脈絡膜萎縮(24名),C群:緑内障・網膜色素変性(30名),D群:その他疾患・疾患が重複するもの(26名)に分け,視力の良いほうの眼の矯正視力,患者のニーズ,処方した補助具,身体障害者手帳の取得率を診療録から後ろ向きに調査した.結果:平均対数視力は,A群0.70,B群0.91,C群0.67,D群0.49であった.羞明の訴えは,読字・書字困難の訴えに比べ視力が有意に高かった(p<0.05).A群では,遮光眼鏡の処方数と拡大鏡・携帯用拡大読書器の処方数は,ほぼ同数であった.B群は拡大鏡・携帯用拡大読書器の処方がやや多く,C,D群は遮光眼鏡の処方が多かった.結論:DRは病状が多岐にわたることもあり,処方された補助具もさまざまであった.Purpose:Toconsiderthetendencyoflowvisionaidfordiabeticretinopathy(DR)patients.SubjectsandMethods:Subjectswere110patientswhounderwentanaidselectioncheckfromOctober2012toOctober2014.Patientsweredividedinto4groups:groupA:DR(30patients);groupB:Maculardegenerationandretinochoroidalatrophy(24patients);groupC:Glaucomaandretinitispigmentosa(30patients)andgroupD:otherdiseases(26patients).Inreviewingthemedicalrecordsofthesepatients,weretrospectivelyinvestigatedthevisualacuityofeyeswithbettereyesight,patientneeds,prescribedaidandphysicaldisabilitycertificateacquisitionrate.Results:TheaverageeyesightwasgroupA0.70,groupB0.91,groupC0.67andgroupD0.49logMAR.Patientswhocomplainedofphotophobiahadsignificantlybettereyesightthanpatientswhocomplainedofreadingandwritingdifficulty.(p<0.05)IngroupA,absorptivelensesandmagnifiersorclosed-circuittelevisionwereprescribedtothesameextent.IngroupB,prescriptionofmagnifiersorclosed-circuittelevisionwasslightlygreater.IngroupsCandD,absorptivelenseswereprescribedthemost.Conclusion:ThesymptomsinDRtransferinvariousways,sotheprescribedaidswerealsovarious.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(1):115.118,2016〕Keywords:糖尿病網膜症,ロービジョン,ロービジョンケア.diabeticretinopathy,lowvision,lowvisioncare.はじめにレーザー光凝固や硝子体手術の技術の向上により,糖尿病網膜症(diabeticretinopathy:DR)も治療や進行の予防が可能な疾患となりつつある.しかし,内科治療の中断や全身状態の悪化などにより,眼底出血や牽引性網膜.離を起こし,ロービジョン(lowvision:LV)の状態となる患者も後を絶たない.それらの患者のqualityofvision(QOV)を向上させるためには,遮光眼鏡や拡大鏡などのLVエイドが有効である.疾患ごとのLVケアの特徴についての報告は多いが,DRに特化したものは少ない.竹田らはDR群と全疾患群で,処方された補助具の種類に差はなかったとしている1).〔別刷請求先〕上野恵美:〒134-0088東京都江戸川区西葛西3-12-14西葛西・井上眼科病院Reprintrequests:EmiUeno,NishikasaiInouyeEyeHospital,3-12-14Nishikasai,Edogawa-ku,Tokyo134-0088,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(115)115D群白内障第1次硝子体糖尿病網膜症27%加齢黄斑変性7%その他の黄斑変性6%網脈絡膜萎縮8%緑内障12%網膜色素変性15%網膜疾患5%角膜疾患4%視神経疾患3%眼瞼痙攣3%3%過形成遺残2%その他5%A群B群C群図1各群の疾患内訳今回筆者らは,DR以外の疾患も群別に分け,DR患者には他疾患と比較して補助具の処方内容に差異があるかを調査した.I対象および方法対象は2012年10月.2014年10月に当院で補助具選定検査を行った患者110名(男性42名,女性68名),平均年齢は67.3±14.12(平均±標準偏差)歳であった.年齢,優位眼(視力の良いほうの眼)の矯正対数視力,患者のニーズ,身体障害者手帳の所持率,処方した補助具について,診療録から後ろ向きに調査を行った.なお,近用眼鏡には加入度数を強めたハイパワー眼鏡も含めている.今回の調査では,補助具選定検査から処方となった例のみ確認できたため,通常の眼鏡検査から処方になったハイパワー眼鏡は数に含まれていない.対象者を,疾患別に4つの群に分けて検討した.A群はDR30名(27%),B群は黄斑変性・網脈絡膜萎縮24名(21%),C群は緑内障・網膜色素変性30名(27%),D群はその他疾患・疾患が重複するもの26名(25%)である(図1).II結果各群の平均年齢はA群66.2±11.4歳,B群73.9±8.7歳,C群66.2±13.8歳,D群63.7±18.6歳であった.加齢黄斑変性を含むB群が,他の群より有意に年齢が高かった(p<0.05).年代の分布を示す(図2).各群の優位眼の平均対数視力はA群0.70±0.46,B群0.91±0.59,C群0.67±0.57,D群0.49±0.66であった.中心部が障害されやすいB群が一番視力が悪く,B群とD群の間に有意差がみられ,その他の群間では有意差は認められなかった(p<0.05).116あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016(%)5040302010010代20代30代40代50代60代70代80代A群B群C群D群図2各群の年齢分布表1各群のニーズ(人)A群B群C群D群羞明1472020読字・書字困難191688羞明と読字・書字困難3003重複あり表2各群のニーズ別障害者手帳取得率(%)A群B群C群D群羞明57.185.785.025.0読字・書字困難42.162.562.550.0各群のニーズはA群では,羞明と読字・書字困難の訴えがほぼ同数であり,B群では読字・書字困難の訴えが多く,C群D群では羞明の訴えが多かった(表1).ただし,すでに遮光眼鏡・近用眼鏡・拡大鏡などを使用している患者もおり,それらを使用すれば不自由がないという場合,ニーズとして出てこないこともあった.優位眼の対数視力の平均は,羞明の訴えの患者は0.60±0.59,書字・読字困難の訴えの患者は0.84±0.54で,羞明の訴えの患者のほうが視力は有意に高かった(p<0.05).また,羞明の訴えは視力に関係なく現れたが,読字・書字困難の訴えは,各群ともおおむね0.80位から出現した.各群のニーズ別の身体障害者手帳,取得率を示す(表2).A群は手帳取得率がやや低く,B群,C群の羞明の訴えの患者は手帳取得率が高かった.各群において処方された補助具の内訳を示す(表3).A群では遮光眼鏡と読字・書字用の補助具が同数であり,拡大鏡の処方のうち約半数の6個がLEDライト付きルーペだった.B群は,ニーズとしては,読字・書字が多かったものの,現在の補助具が合っている,または中心暗点のため倍率を変更しても見え方が変わらない,という理由で読字・書字用補助具の処方とならない例があった.C群には網膜色素変(116)表3処方した補助具(例数)A群B群C群D群遮光眼鏡1461919読字・書字用補助具(合計)14974拡大鏡11442拡大読書器2300近用眼鏡1031単眼鏡0001タイポスコープ0200性が含まれているため,遮光眼鏡が多かった.D群の多くはニーズがはっきりしており,それに沿った処方がされていた.処方された遮光眼鏡の色系統と視感透過率を数が少ないB群以外で検討すると,A群では視感透過率50.60%代が78.6%を占めた.C群では,屋内用と屋外用を分けて作る症例もあり,視感透過率の高いものと低いものの両極に分かれる傾向がみられた.D群は視感透過率の高いものが多かった(表4).色系統では,A群はグレー系(35.7%),C群はブラウン系(31.6%)・グリーン系(36.8%),D群はグレー系(57.9%)が多かった.III考察今回の筆者らの調査では,DRが全体の27%を占め,DRへの補助具選定の必要性の高さがわかった.小林らの2009年のアンケート調査2)では,優位眼の矯正対数視力が2.0.0.4で,これまでにLVケアを受けたことがない患者のうち,37%がDRであったことから,LVケアを必要とするDR患者が潜在していることが予想される.LVケアを受けるDR患者は,働き盛りの若年者が多いという報告1)もあるが,今回の筆者らの調査では60代以上が約83%を占めた.手術目的で紹介される若い患者も多いが,手術後は紹介元の病院に戻り,当院ではLVケアに至らない例もあったため,50代以下が少ない結果となった.また,若年者でも,すでに仕事を辞め,生活保護を受けており,仕事のために補助具を求める必要がないという患者もいた.今回の調査では高齢の患者が多かったが,国立障害者リハビリテーションセンター(以下,国リハ)のLVクリニックでもその傾向がみられる3).また,65歳以上の視覚障害の原因疾患としてはDRが28%,緑内障が15%という報告もある4).高齢者は全身状態も悪く,補助具を用いて何がしたいかという意志が弱い例も多いことから,動機づけが難しいと思われる.今回の調査の視力の内訳としては,A群では,0.4.1.0の症例が63%を占め,視力良好例が多かった(図3).B群で(117)表4視感透過率別の遮光眼鏡処方数(例数)視感透過率(%)A群B群C群D群11.20013021.30002031.40001041.50103151.60822961.70310171.80206481.900214調光レンズ0010図3各群の視力分布(%)■1.4~■1.04~1.3■0.4~1.0■0.04~0.3■~0(logMAR)A群B群C群D群6.76.763.320.23.325.020.837.54.212.513.313.333.326.713.315.47.726.93.846.2は,83%が優位眼対数視力0.4以下であり,視力障害の顕著な症例が多かった.C群は視野障害が先行することが多く,0.0より良い視力を13%含むが,視力が低下してからLVケアに至る例も多く,平均視力は0.67であった.D群は0.0より良い視力を46%含むが,標準偏差が大きかった.国リハのLVクリニックではDRは視力不良例が多く3),また竹田らの調査1)でも,対数視力0.3以上は3%しかいなかったが,当院ではA群で同等以上の視力が23%いた.今回の調査が補助具選定を行った患者の検討であったため,視力不良の患者は補助具を諦めていたという可能性もある.B群では中心暗点,C群では視野狭窄のような典型的な状況がみられたのに対し,A群では黄斑浮腫や硝子体出血などによる視機能低下の状況は患者ごとに異なった.そのため,A群は,B群とC群の間を取ったようなニーズが表れ(表1),処方された補助具もさまざまで,一定の傾向はなかった.患者のニーズを聞き,現在の視機能の状態を検査し,適切な補助具を処方することが基本となる.DR患者は,読字・書字困難の訴えだけでなく,羞明の訴えも多いことがわかった.一般に羞明の原因は,入射光路に光の散乱を引き起こす病変があることや,眼底に反射を増強する病変があることといわれている5).硝子体手術や白内障手術,レーザー光凝固施行後に羞明を訴えやすいとされている7,8)が,同様の症例でも羞明の訴えがないこともある.まあたらしい眼科Vol.33,No.1,2016117た,羞明は視力に関係なく現れるため,患者への聴き取りがとくに必要である.DRでは硝子体出血や硝子体手術が度重なる症例もあり,身体障害者手帳の申請時期や補助具を選定する時期の検討が難しいことがある.LVケアを提案しても,外科的治療で治ると考えている患者には受け入れられないこともある.しかし,視力不良期間が長くなるにつれ,LVケアへの希望が減っていくという報告8)もあるため,医師と相談のうえ,比較的早期に補助具の存在を知らせておくような対応が必要であると考える.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)竹田宗泰,竹田峰陽:糖尿病網膜症患者に対する視覚補助具の有用性.眼紀54:947-951,20032)小林薫,荻嶋優,宮田真由美ほか:アンケート調査から考える西葛西井上眼科病院のロービジョンケア.日本ロービジョン学会誌9:108-112,20093)久保明夫:糖尿病を伴うロービジョン.月刊眼科診療プラクティス61,ロービジョンへの対応(丸尾敏夫ほか編),p100-101,文光堂,20004)高橋広:高齢者におけるロービジョンケア.眼紀000:1110-1114,20005)梁島謙次:第8章視覚障害の特性別ケア.コンパクト眼科学18ロービジョンケア(梁島謙次編),p231-263,金原出版,20046)西脇友紀:V糖尿病患者のロービジョンケア.眼科プラクティス7,糖尿病眼合併症の診療指針(樋田哲夫編),p222227,文光堂,20067)吉田ゆみ子,新井三樹:VI疾患への対応糖尿病網膜症.ロービジョンケア-疾患への対応(新井三樹編),p98-104,メジカルビュー社,20038)林由美子,奥村詠里香,中川拓也ほか:富山大学付属病院眼科におけるロービジョン患者へのアンケート調査結果.日視会誌42:191-199,2013***118あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016(118)