《原著》あたらしい眼科36(7):948.951,2019c糖尿病網膜症によるロービジョン者の糖尿病の自己管理における困難の要因と対策─半構成的面接調査の結果から─小泉麻美東京労災病院看護部CChallengesandSupportforSelf-managementofPatientswithVisionLossduetoDiabeticRetinopathy:FindingsfromSemi-structuredInterviewsMamiKoizumiCNursingDepartment,TokyoRosaiHospitalC目的:糖尿病網膜症によるロービジョン者が,糖尿病の自己管理を行うなかで経験した困難と必要な支援を明らかにする.方法:東京労災病院に通院する糖尿病網膜症によるロービジョン者C16名を対象とし,半構成的面接を行い,質的記述的に分類した.結果:糖尿病網膜症によるロービジョン者の困難なこととして,四つのカテゴリー【買い物の困難】【調理の困難】【移動の困難】【薬剤管理の困難】が抽出された.また,視力の程度によらず,見えにくさを自覚している対象者においても同様の困難を経験していた.そのため,見えないことが,糖尿病の食事療法である食品の選択や調理に影響し,糖尿病の自己管理に影響を与えていた.糖尿病と診断された時点で,糖尿病網膜症の発症や進行に備え,糖尿病の自己管理が継続でき,生活の再構築がはかれるような支援をしていくことが重要である.CPurpose:Toclarifythechallengesexperiencedbypatientswithvisionlossfromdiabeticretinopathy,regard-ingCtheirCself-managementCofCdiabetesCandCtheCnecessaryCsupportCsystems.CMethods:Semi-structuredCinterviewsCwereCconductedCwithC16patientsCwhoChadCvisionClossCdueCtoCdiabeticCretinopathyCandCpresentedCtoCHospitalCA.CInterviewswerethenqualitativelyanddescriptivelyanalyzed.Results:Thechallengesconfrontingthesepatientswereclassi.edintofourcategories:shopping,mealpreparation,mobility,andmedicationmanagement.Allpartici-pantsCreportedCsimilarCchallenges,CregardlessCofCvisionCimpairmentCdegree.CVisionClossCthereforeCa.ectedCself-man-agement,CparticularlyCofCdiet,CincludingCselectionCofCfoodCandCmealCpreparation.CItCisCimportantCtoCsupportCpatientsCfromCtheCtimeCtheyCareCdiagnosedCwithCdiabetesCsoCthatCtheyCcanCcontinueCtheirCdiseaseCself-managementCandCregainindependentdailylivingevenafterdiabeticretinopathycausesvisionloss.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)36(7):948.951,C2019〕Keywords:糖尿病網膜症,ロービジョン者,糖尿病の自己管理,生活.diabeticretinopathy,visionloss,self-managementofdiabetes,dailyliving.Cはじめに糖尿病は慢性疾患であることから,糖尿病患者の多くは,ロービジョン状態になっても食事療法や運動療法,毎日の内服薬やインスリン自己注射を欠かすことができず,自己管理を継続しなければならない.しかしながら,糖尿病網膜症によるロービジョン者が,よりよい血糖コントロールを維持するために,どのように自己管理しながら生活しているのか,その実態は明らかになっていない.そこで,糖尿病網膜症によるロービジョン状態の患者が経験する困難を明らかにし,必要なケアを検討する必要があると考えた.糖尿病患者がロービジョン状態になり経験した困難の実態〔別刷請求先〕小泉麻美:〒143-0013東京都大田区大森南C4-13-21東京労災病院看護部Reprintrequests:MamiKoizumi,NursingDepartment,TokyoRosaiHospital,4-13-21Oomoriminami,Ota-ku,Tokyo143-0013,JAPANC948(110)を報告する.CI方法1.対象・期間2014年C7.9月に東京労災病院眼科通院中の糖尿病網膜症と診断されたロービジョン者C16名を対象とした.C2.調査方法(質問内容含む)対象者の概要は,対象者の同意を得て診療録記載の数値から分類し,1人C1.2回,20.80分の面接を実施した.家族の同席は本人の判断に委ね,面接は面談室で行った.面接中の会話は許可を得てCICレコーダに録音し,逐語録を作成した.対象者の概要に関しては,一部を単純集計し,面接調査の内容に関しては,質的記述的に分類した.質問項目は家族と同居しているか,普段の買い物はどうしているか,困ったことや不便なことはないか,食事の支度は自分でしているか,洗い物などの片づけはどうしているかなどである.久保1)は,視機能低下によって社会生活に適応しにくくなった行動を再び適応させるためには,少しの工夫だけでも多くの効果があると述べている.また,山田2)は,視覚障害者の身辺処理として,身だしなみや入浴,貨幣の区別,掃除,洗濯,インスリン注射などで困らない人は多くみられたと述べていた.それらを参考に,今回の調査の目的を踏まえ,糖尿病の自己管理における困難を明らかにするため手技的日常生活動作(activitiesCofdailyCliving:ADL)を中心にインタビューガイドを作成した.なお,糖尿病網膜症によるロービジョン者の基本的CADLである移動,階段昇降,入浴,トイレの使用,食事,排泄などについてもインタビューガイドの流れのなかで確認し現状を把握することとした.C3.用語の定義ロービジョン者:視力の程度にかかわらず,視覚的に困難を感じている人.中食:総菜やコンビニ弁当などの調理済み食品を自宅で食べること.CII倫理的配慮本研究は東京労災病院倫理委員会の承認を受けて実施した.対象者には,研究の主旨と目的および調査への協力は自由意志であること,回答しなくても不利益を被らないこと,個人が特定されることのないようプライバシーの保護および倫理的配慮について万全の注意を払うこと,データは研究目的以外では使用せず,学会発表,論文として公表することを依頼文で十分説明し,研究が終了後データを破棄することを伝えた.また,同意文書への署名・提出をもって同意の確認とした.III結果対象者C16名全員が増殖前網膜症や増殖網膜症と診断されていた.視力の状態は,良眼の視力がC0.03.0.6とさまざまであった.また,全盲の対象者はCSL(+)からCSL(C.)であった.対象者の年代はC30.80歳代であり,平均年齢はC67.3歳(SD14.6),罹病年数C20.7年(SD12.8),糖尿病の血糖コントロールの状態は,1名が不明であったが,HbA1cの平均はC7.5%(SD1.7)であった.また,職業はC14名が無職であり,そのうちC7名が生活保護受給者であった.面接時の家族の同伴はC1名であった.視覚障害者の程度はC1級がC1名,2級がC1名,3級がC1名となっていた.しかし,視覚障害の障害等級に該当するが認定を受けていない対象者がC5名いた.理由は,「聞いたことがないし自分はそこまで悪くないと思う」(4名),「認定を受けてもたいしたサービスは受けられないだろうし,認定とかどうでもいい」(1名)であった.日常生活訓練はC1名のみがC1日のみの歩行訓練を受講していたが,他のC15名は受講経験なしであった.1日歩行訓練を受けた対象者のみ白杖を使用していた.身体障害者手帳や福祉サービスの説明を聞いたことがある対象者はC5名であった.対象者の困難なこととして,四つのカテゴリーとC17のサブカテゴリー,56のコードが抽出された(表1).本文中のカテゴリーは【】で示した.1)【買い物の困難】【買い物の困難】は,商品の値段や内容,商品に記載されているカロリーや塩分,蛋白量,賞味期限や重量,電子レンジの加熱時間が見えないことであり,不自由さを感じながら生活していた.また,見えなくなる前の生活体験を活かし,自分自身の感覚や小売店で聞きながら買うことでそれらの問題に対処していた.支払いにおいても,多くの対象者がお金の判別がむずかしく,余分に支払ったり釣銭を間違えられたり不快な体験をしていた.また,糖尿病の食事療法では商品購入時にカロリー表示や塩分表示を確認してから購入するよう医療者から指導を受けていたが,見えないために適切な食品が選択できず医療者から指導されたことが実行できないと自分自身を責めていた.2)【調理の困難】【調理の困難】は,調味料や水,火加減,焼き加減ができない,なんでも茹でるか煮てしまうであり,調理法がワンパターン化していた.また,煮えたかわからず鍋を焦がす,異物混入が発見できない,食器が割れたりしていることに気づけない,洗い物の汚れが見えないであった.それらのことから調理をおっくうと感じ,中食が中心の食事となっている傾向があった.また,男性においてはロービジョン者になる以表1カテゴリーとサブカテゴリー,その基となったコードカテゴリーサブカテゴリー代表的なコード金銭の管理がむずかしい5円とC50円,5千円札とC1万円札などお金の区別がつかない釣銭を間違えられる,余分にお金を支払ったなどの不快な体験値段が見えない値段を見ないで適当に買う値段が見えないので店員に聞く外出先でルーペを使うことに抵抗がある【買い物の困難】商品の表示が見えない賞味期限が見えないカロリーや塩分,蛋白質量,重量表示が見えない電子レンジの加熱時間が見えない商品の選択ができない家族や店員に売り場を聞かないと買えないのでめんどくさい商品に顔を近づけることで周囲に嫌悪感を示されるお弁当を見てもおかずが肉なのか魚なのかわからない1人で外出できない買い物は必ず誰かと一緒に行く馴染みの店にしか行けない信頼できる店員がいる気心の知れた店にしか行けない他者に買い物を依頼する他者が自分の気に入った物を買ってこないので不満火加減の調節ができない炎が見えないので火加減の調節ができない包丁を使用することがむずかしい包丁の刃が見えない食材の焼き色が見えない焼き色がわからず,火が通っているかわからない生煮えにならないよう茹でる,煮るしか調理法がない【調理の困難】味つけがむずかしい調味料の量が見えない水加減の調節がむずかしいお米を炊飯する際に,水の加減がわからず失敗する洗い物ができない食器についた汚れが見えない家族からの調理の制限火事になることや食器の破損に気づけず危ないと制限食卓の準備ができない料理の中の異物に気づけない【移動の困難】移動に不安がある段差が見えずにつまずいたり転倒する乗り物の行先表示や運賃表が見えない信号の色が見えない【薬剤管理の困難】薬剤管理間違いインスリンの単位の目盛りが見えないインスリン製剤を取り違え打ち間違えたことがある複数ある点眼薬や内服薬の識別ができない薬袋の文字や効能が書かれた紙が見えない前から調理を行う習慣がないという対象者もおり,茹でることさえもめんどくさいと話していた.また,家族と同居している対象者は,自分の能力の限界を認識したうえで,焼き物は家族がいるときに行う,買い物は家族と一緒に行うようにしていると家族に協力を求め,対処していた.さらに,調理の困難の流れのなかで外食について聞くと,対象者C5名がメニューが見えないから外食はしないと返答し,見えないことで食の楽しみが縮小していることがうかがえた.3)【移動の困難】【移動の困難】は,バスや電車の運賃表,行き先表示が見えない,段差が見えないのでよく転ぶ,人に挨拶されても誰だかわからないので相手に不快感を与えてしまう,人にぶつかってしまう,信号の色が見えない,外に出るのが怖い,夜間外出できないなどであった.移動の困難により,日常的な買い物すらも自粛する様子がみられ,運動療法について問うと,やらなければいけないことはわかっているができていないと全員が認識していた.4)【薬剤管理上の困難】2種類のインスリンや点眼薬の識別に迷うことや,取り違え,錠剤の識別ができず飲み間違えた経験があり,薬のシートの切り込みの入れ方を薬によって変えてみたり,シートの裏を黒く塗り識別が容易にできるよう対象者個々に薬を取り違えないよう工夫していた.CIV考察対象者は,糖尿病は食事や運動に気をつけなければいけないと認識してはいるものの,買い物が思うようにできないことや調理方法の偏りから,栄養バランスが乱れる結果となり,医療者に指導されたことができないことや過去に治療を自己中断したことを振り返り,今まで糖尿病の治療に真剣に取り組んでこなかった自分を反省し,自責の念を抱えていた.さらに,運動療法も思うようにできず体重や血糖値のコントロールが十分にできないことから,合併症が悪化するのではないか,透析になるのではないか,失明するのではないかと不安を感じていた.また,糖尿病網膜症は増殖期に進行するまで自覚症状がないことが多く,光凝固療法後や黄斑浮腫,硝子体出血,牽引性網膜.離,血管新生緑内障などが生じた際の自覚症状により,ぼやけて見える,まぶしい,中心暗点,視野狭窄などによって移動や買い物,薬物管理において困難を感じ,糖尿病の管理をよりいっそう困難にしている現状があった.糖尿病網膜症が進行しても,日常生活に対する支障を最低限に抑えるために糖尿病と診断された時点で,糖尿病の自己管理が継続でき,糖尿病網膜症が発症しないこと,あるいは進行せずに生活の再構築が図れるような支援をしていくことが重要であると考える.高田ら3)の調査では,外出時の転倒や衝突の経験は,視機能においてロービジョン者のほうが全盲者よりも多く,「危険な外出」経験が多かったと報告している.ロービジョン者は保有視覚が活用できることから,全盲者と比べて安全との誤解が生じやすいことが理由としてあげられる.したがって,糖尿病の自己管理能力を向上させるためには,外出などの移動が安全にできることが自立度を高め,食事療法や運動療法を実践する意欲にもつながると考えられる.また,新井4)は,「患者がもっている視覚を有効に利用できるようになることで自立を助けることが可能である」と報告している.そのことからも,個々の見え方や視覚障害による困難なことを把握し,ときに地域で多職種と連携しながら,ロービジョン者の自立を支援することがさらに糖尿病の自己管理能力を高めていくことにもつながると考えられる.CV結論糖尿病網膜症によるロービジョン者の困難として四つのカテゴリー【買い物の困難】【調理の困難】【移動の困難】【薬剤管理の困難】が明らかとなった.進行した糖尿病網膜症によりロービジョン状態になったロービジョン者の見えない状態,見えにくい状態のなかで糖尿病の自己管理を行う苦労や不安なことを聞きながら,個別の身体的・心理的課題に合わせて,食事療法や薬物療法を行うための情報提供を行い対応することで糖尿病の自己管理が向上することが考えられる.患者が残存視機能を活用できるよう,個々の患者の状態に合わせた遮光眼鏡や拡大鏡に関する説明,社会保障制度や日常生活を安心して過ごすためのアドバイス,訓練施設に関する情報提供が眼科の日常診療のなかで実施できるよう体制を確立していく必要がある.文献1)久保明夫:ロービジョンへの対応/生活訓練,ロービジョンへの対応,眼科診療プラクティス3:72-74,C20002)山田幸男,高澤哲也,平沢由平ほか:中途視覚障害者のリハビリテーション第C5報.眼紀50:687-691,C19993)高田明子,佐藤久夫:地域で生活する視覚障害者の外出状況と支援ニーズ.社会福祉学53:94-107,C20124)新井三樹:糖尿病網膜症による視力低下患者の自立支援.眼紀56:311-315,C20055)辰巳佳寿恵:中途障害者のリハビリテーションにおける課題.大阪ソーシャルサービス研究紀要,49-74,C20016)正木治恵:慢性病患者へのケア技術の展開,QualityCNurs-ingC2:1020-1025,C19967)望月小百合:糖尿病性網膜症による視力障害のある患者への自己管理に向けて.川崎市立川崎病院看護部教育委員会,C37-40,C20068)下中紀代子:増殖糖尿病網膜症患者の糖尿病管理に対する姿勢の実態.眼科ケア6:776-780,C20049)西川みどり:血糖コントロールのためのロービジョンエイドの活用と支援.看護技術48:57-61,C200210)黒田久美世,中村真由美,宮崎和恵:糖尿病網膜症による視力障害者への日常生活援助.眼科ケア8:80-85,C200611)工藤良子,荒川和子,工藤翔子:中途視覚障害者の家族が抱える問題と家族へのケア.眼紀57:553-558,C200612)堀田一樹,佐生亜希子:視覚障害による身体障害者手帳取得の現況と課題.日本の眼科74:17-19,C200313)CARROLLTJ,松本征二監修,樋口正純訳:失明.日本盲人福祉委員会,196114)横田美恵子:糖尿病網膜症による視覚障害者のリハビリテーション看護の実際.臨床看護24:1775-1788,C199815)坂本洋一:視覚障害リハビリテーション概論.p64-65,太洋社,2007***