0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(91)663《第43回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科27(5):663.666,2010cはじめに強膜炎は,日常診療で遭遇することが珍しくない疾患であるが,自然軽快する症例から眼球摘出や失明に至る症例まで,その臨床像はさまざまである.強膜炎の約25.50%に全身性の免疫関連疾患がみられることが知られており1),感染性のものとしてヘルペスや梅毒,結核,非感染性のものとして関節リウマチ,血清反応陰性脊椎関節症,再発性多発軟骨炎などが知られている2).しかし,わが国における多数例についての統計報告は少なく,荒木ら3)の75例や黒坂ら4)の106例,伊東ら5)の170例があるのみである.今回筆者らは,日本医科大学付属病院眼科(以下,当科)における最近の4年間の強膜炎および上強膜炎患者について統計学的検討を行った.I対象および方法2004年4月.2008年3月の4年間に当科外来を受診した強膜炎・上強膜炎患者59例(男性23例,女性36例)を対象とし,血液検査などの臨床検査結果の異常値の頻度,全身〔別刷請求先〕若山久仁子:〒113-8603東京都文京区千駄木1-1-5日本医科大学眼科学教室Reprintrequests:KunikoWakayama,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NipponMedicalSchool,1-1-5Sendagi,Bunkyo-ku,Tokyo113-8603,JAPAN日本医科大学付属病院眼科における強膜炎患者の統計的観察若山久仁子堀純子塚田玲子伊藤由紀子高橋浩日本医科大学眼科学教室ReviewofScleritisandEpiscleritisatNipponMedicalSchoolHospitalKunikoWakayama,JunkoHori,ReikoTsukada,YukikoItoandHiroshiTakahashiDepartmentofOphthalmology,NipponMedicalSchool目的:過去4年間の強膜炎,上強膜炎の解析.対象:2004年から2008年までの4年間に当科を受診した強膜炎,上強膜炎患者59例.結果:男性23例,女性36例.平均年齢52.6歳.全体の52.5%が前部びまん性強膜炎で,ついで上強膜炎,前部結節性強膜炎,前部壊死性強膜炎,後部強膜炎と続いた.臨床検査結果に異常を示した割合は92%であり,異常頻度の高いものに蛋白分画,補体価,抗核抗体,リウマチ因子,免疫グロブリン値などがあった.約22%に全身性随伴疾患を認め,頻度の高い疾患として関節リウマチが38.5%,サルコイドーシスと再発性多発軟骨炎が各15.4%を占め,他に結核,血清反応陰性関節炎,トキソプラズマがあった.強膜炎の精査を契機に随伴疾患の診断に至った症例は69.2%であった.結論:強膜炎患者の9割が臨床検査結果に異常を呈し,約7割に随伴疾患が発見された.強膜炎診療における全身精査は重要である.Purpose:Toreviewcasesofscleritisandepiscleritisinourdepartment.Cases:Thisretrospectivestudyinvolved59newcasesofscleritisandepiscleritisduring4years,through2008.Results:Theseriescomprised23malesand36females,withanaverageof52.6years.Thetypeofscleritiswasdiffuseanteriorin52.6%,followedbyepiscleritis,nodularanteriorscleritis,necrotizinganteriorscleritisandposteriorscleritis.Ofourcases,92%hadabnormalresultsinlaboratorytests.Anassociatedsystemicdiseasewasrecognizedin13/59patients(22%);rheumatoidarthritiswasfoundin5ofthe13(38.5%),followedbysarcoidosisin2(15.4%),andrelapsingpolychondritisin2(15.4%).Thefindingofassociatedsystemicdiseasewasaresultoftheinitialdiagnosisin9ofthe13patients(69.2%).Conclusion:92%ofourcasesshowedabnormalresultsinlaboratorytests.Specificattentionisneededtodetectassociateddiseasewhenscleritisisdiagnosedinitially.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(5):663.666,2010〕Keywords:強膜炎,上強膜炎,全身性随伴疾患,関節リウマチ.scleritis,episcleritis,associatedsystemicdisease,rheumatoidarthritis.664あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(92)性随伴疾患についてレトロスペクティブに検討した.臨床所見に基づく分類はWatson分類6)に準じた.すなわち,今回の対象を上強膜炎,前部びまん性強膜炎,前部結節性強膜炎,前部壊死性強膜炎,後部強膜炎の5つに大別し,患者数,年齢,性別,異常を示した検査項目や全身性随伴疾患などについて検討した.強膜炎の原因検索のための臨床検査項目として,血算,生化学検査に加えて免疫グロブリン,リウマチ因子,補体価など表1にあげた検査を施行した(表1).II結果1.患者数,年齢,性別対象期間中の当科における全初診患者に対する強膜炎新患患者の割合は約0.3%(59/20,412人)であった.内眼炎初診患者における割合は13.6%(59/433人)であった7).初診時の年齢は22.83歳で,全体の平均年齢は52.6歳(男性48.6歳,女性54.9歳)であった.分布は20歳代から80歳代にわたり,40歳代でのみ男性に多い以外は他の年代ではすべて女性に多く,30歳代と50.60歳代に多いという二峰性のピークを示した.性別は男性23例,女性36例で,1:1.57と女性に多い傾向であった(図1).2.部位別・形状別分類強膜炎の約52.5%が前部びまん性強膜炎で最も多く,ついで上強膜炎27.1%,前部結節性強膜炎17%,前部壊死性強膜炎1.7%,後部強膜炎1.7%と続いた.男女比では上強膜炎のみ男性に多く,他は女性に多くみられた(図2).上強膜炎,前部結節性強膜炎は50歳代に最も多く,前部びまん性強膜炎は60歳代に最も多かった.前部壊死性強膜炎と後部強膜炎に関しては,症例数が少ないため,今後継続した観察が必要と思われる(図3).3.臨床検査結果全強膜炎患者のうち,臨床検査結果に何らかの異常を示した割合は92%で,男性では76%,女性では100%すべての症例で何らかの異常を認めた.異常頻度の高いものとして,蛋白分画〔そのうちアルブミン(Alb),a1,a2,gグロブリン〕,補体価(CH50,C3),抗核抗体(ANA),免疫グロブリン,リウマチ因子(RF),C反応性蛋白(CRP)などがあった(表2).また,ツベルクリン反応で強陽性を認めた4例のうち,1例は胸部X線上も異常陰影を認め,呼吸器内科で結核の診断に至った(表2).病型別では,症例の50%以上に異常を示したa2グロブリンは,検査を実施していなかった前部壊死性強膜炎を除い表1検査項目血算,生化学,血液像免疫グロブリン(IgG,IgA,IgM)リウマチ因子(RF,RAPA)補体価(CH50,C3)蛋白分画(Alb,a1,a2,b,g)抗核抗体(ANA)抗好中球細胞質抗体(ANCA)アンギオテンシン変換酵素(ACE)トキソプラズマ抗体抗マイクロソーム抗体ツベルクリン反応胸部X線23年齢(歳)□男性■女性例数741614121086420~1011~1021~3031~4041~5051~6061~7071~8081~903587122321図1強膜炎,上強膜炎患者症例の性別・年齢別分布□後部強膜炎■前部壊死性■前部結節性■前部びまん性■上強膜炎1614121086420例数年齢(歳)~1011~1021~3031~4041~5051~6061~7071~8081~90図3部位別・形状別分類における年齢別分布前部びまん性(31例,52.5%)男性11女性20前部結節性(10例,17%)男性1女性9前部壊死性(1例,1.7%)男性0女性1上強膜炎(16例,27.1%)男性10女性6後部強膜炎(1例,1.7%)男性0女性1図2部位別・形状別分類(93)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010665て,どの病型でも全般的に異常高値を示した.上強膜炎は,a2グロブリンとリウマチ因子では高い異常頻度を示したが,他の病型で異常頻度の高いCH50やC3といった補体価や抗核抗体では異常を示さず,検査所見陽性の割合が低い傾向にあった(表3).4.全身性随伴疾患全強膜炎患者の13例(男性4例,女性9例),約22%に全身性随伴疾患を認め,そのうち5例(38.5%)は関節リウマチであった.ついで再発性多発軟骨炎,サルコイドーシスが2例(約15.4%)であり,他に血清反応陰性脊椎関節症,結核,交感性眼炎,トキソプラズマが各1例であった(図表4全身性随伴疾患上強膜炎前部後部びまん性結節性壊死性16例31例10例1例1例59例(%)Total1831013(22.0%)関節リウマチ再発性多発軟骨炎サルコイドーシス血清反応陰性脊椎関節症結核交感性眼炎トキソプラズマ010000021201112001000100000000000005(8.5%)2(3.4%)2(3.4%)1(1.7%)1(1.7%)1(1.7%)1(1.7%)()内の数字は全59例における割合を示す.表3病型別分類における異常頻度の高い検査項目症例数a2(%)26/48(54.2)CH50(%)11/29(37.9)C3(%)1/5(20)ANA(%)6/33(18.2)RF(%)7/50(14)上強膜炎167/12(58.3)0/7(0)0/1(0)0/10(0)3/14(21.4)強膜炎前部結節性106/8(75)3/4(75)1/3(33.3)0/7(0)2/8(25)前部びまん性3112/27(44.4)7/17(41.2)0/1(0)6/25(24)2/27(7.4)前部壊死性1─────後部11/1(100)1/1(100)0/0(0)0/1(0)0/1(0)*異常値を示した例数/検査した例数(%).再発性多発軟骨炎:2例(15.4%)サルコイドーシス:2例(15.4%)血清反応陰性脊椎関節症:1例(7.7%)結核:1例(7.7%)交感性眼炎:1例(7.7%)トキソプラズマ:1例(7.7%)関節リウマチ:5例(38.5%)図4全身性随伴疾患表2異常を示した検査項目項目頻度(異常値の例数/検査例数)蛋白分画66.7%(32/48)Albumin27.1%(13/48)a110.4%(5/48)a254.2%(26/48)b4.2%(2/48)g10.4%(5/48)CH5037.9%(11/29)C320.0%(1/5)ANA8.2%(6/33)RF14.0%(7/50)免疫グロブリン14.9%(7/47)IgA4.3%(2/47)IgE6.4%(3/47)IgG2.1%(1/47)IgM2.1%(1/47)CRP10.2%(5/49)抗マイクロソーム抗体7.5%(3/40)ANCA(MPO)7.1%(1/14)WBC6.3%(3/48)RAPA5.1%(2/39)ZTT5.0%(2/40)CPK4.8%(2/42)ツベルクリン反応:陰性4.8%(1/21):強陽性19.1%(4/21)Xp異常陰影19.1%(4/21)666あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(94)4).このうち,強膜炎の精査がきっかけで随伴疾患の診断に至った症例は69.2%であり,平均年齢は52.6歳であった.病型別では,関節リウマチに随伴した強膜炎の病型は,前部びまん性強膜炎が2例,結節性2例,壊死性が1例であった.一方,再発性多発軟骨炎では上強膜炎,前部びまん性強膜炎1例ずつで,サルコイドーシスでは2例とも前部びまん性強膜炎であった(表4).III考按わが国において,強膜炎の多数例について検討した報告は3報ある.それらと今回の結果を比較した.また,今回は欧米の報告とも比較検討するため,Watsonら6)による病型別分類に従い,上強膜炎も含め検討した.本研究における症例数は4年間で59例で,年間平均約14例である.これは他施設の年間約6.8例3.5)という結果に比べ多いことがわかった.男女比は,従来の欧米の報告では,強膜炎は女性に多い疾患とされ,わが国の報告でも同様だが,慶應義塾大学4)でのみ男性に多いという報告である.当科は他の大学での報告と同じく女性に多いという結果を示していた.平均年齢も既報とほぼ同様で,50歳前後であった.年齢分布は30歳代と50.60歳代に多いという二峰性の分布を示しており,既報と比較すると伊東ら5)の上強膜炎の分布でも同様に二峰性の分布を示していた.臨床分類において最も多かった前部びまん性強膜炎は,当科では52.5%であり,伊東ら5)の57.7%,黒坂ら4)の約60%の報告とほぼ一致していた.欧米のWatsonら6),Tuftら8)の40%前後と比し,わが国では前部びまん性強膜炎の割合が高いと推測される.全身の臨床検査結果で何らかの異常を認めた割合は,全強膜炎の92%,男性では76%,女性ではすべての症例で異常を認めたが,これは女性のほうが膠原病の発生が多いことや眼炎症疾患の頻度が高いことなどが背景としてうかがえる.強膜炎の臨床検査項目として,当科では血算,生化学,血液像に加えて免疫グロブリン(IgG,IgA,IgM),リウマチ因子(RF),補体価(CH50,C3),蛋白分画,抗核抗体(ANA),抗好中球細胞質抗体,アンギオテンシン変換酵素(ACE),抗マイクロソーム抗体,トキソプラズマ抗体,ツベルクリン反応,梅毒血清,胸部X線などを実施している.過去の報告において,RF高値の頻度は,Lachmannら9)の29%を除くと13.5.18.0%4.6,8)であり,当科の14%とほぼ同様の結果であった.抗核抗体陽性は当科では18.2%であり,他施設の20.5%4)や25%5)とほぼ同様である.しかし,抗核抗体は健常人でも低力価(40.160倍程度)の抗核抗体を検出することはまれではないといわれており,他の検査項目や問診などにより検査結果は総合的に判断することが必要と思われる.病型別の検査所見陽性の割合は,当科では上強膜炎が低い傾向にあったが,これは伊東ら5)の報告と同様であった.強膜炎と全身性疾患の関連はよく知られており,約25.50%に免疫関連疾患を合併するといわれている1).当科での合併率は22%であった.すべての施設で最も多いとされている随伴疾患は,関節リウマチで共通していた.頻度は当科では11.6%(強膜炎43例中5例,上強膜炎では0例)であり,黒坂ら4)の3.8%を除き他施設の10.1.15%3,6,8)と同様であった.随伴疾患を認めたもののうち,約7割が強膜炎を契機に随伴疾患の診断に至った.当科では,強膜炎患者に上記の検査項目を施行しスクリーニングするとともに,詳しい問診を施行している.検査結果に異常を認めた症例,問診から随伴疾患の合併が疑われたりする症例については,リウマチ科や膠原病内科,呼吸器内科などと連携し,可能な限りその発見に努めている.このことにより,このような高い発見率になったと思われる.強膜炎において全身性随伴疾患の検索は重要である.なお,今回の対象症例においては,随伴疾患を認めた症例と認めなかった症例との間で,臨床検査結果の異常頻度に差を認めなかった.当科では,今後も症例を増やして継続した検討を行いたいと考えている.文献1)SmithJR,MackensenF,RosenbaumJT:Therapyinsight:scleritisanditsrelationshiptosystemicautoimmunedisease.NatClinPractRheumatol3:219-226,20072)堀純子:強膜炎と全身性疾患.日本の眼科79:1-5,20083)荒木かおる,中川やよい,多田玲ほか:最近11年間における強膜炎75例の解析.臨眼41:1075-1078,19874)黒坂裕代,村木康秀,鈴木参郎助:慶應義塾大学眼科における強膜炎106例の検討.眼紀45:797-803,19945)伊東崇子,園田康平,有山章子ほか:九州大学眼科における20年間の強膜炎の検討.臨眼60:1213-1217,20066)WatsonPG,HayrehSS:Scleritisandepiscleritis.BrJOphthalmol60:163-191,19767)伊藤由紀子,堀純子,塚田玲子ほか:日本医科大学付属病院眼科における内眼炎患者の統計的観察.臨眼63:701-705,20098)TuftSJ,WatsonPG:Progressionofscleraldisease.Ophthalmology98:467-471,19919)LachmannSM,HazlemanBL,WatsonPG:Scleritisandassociateddisease.BrMedJ1:88-90,1978***