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3D Visual Function Trainer-ORTe を用いた上斜筋麻痺患者の9方向眼位検査

2016年6月30日 木曜日

《原著》あたらしい眼科33(6):915.919,2016c3DVisualFunctionTrainer-ORTeを用いた上斜筋麻痺患者の9方向眼位検査保科美希*1石川均*2後関利明*1半田知也*2佐藤司*1清水公也*1*1北里大学病院眼科*2北里大学医療衛生学部視覚機能療法学Nine-directionDeviationExaminationofSuperiorObliqueParalysisUsingthe3DVisualFunctionTrainer-ORTeMikiHoshina1),HitoshiIshikawa2),ToshiakiGoseki1),TomoyaHanda2),TsukasaSato1)andKimiyaShimizu1)1)DepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicine,KitasatoUniversity,2)OrthopticsandVisualScience,DepartmentofRehabilitation,SchoolofAlliedHealthSciencesKitasatoUniversity目的:上斜筋麻痺患者における9方向眼位測定において,3DVisualFunctionTrainer-ORTeと大型弱視鏡の眼位測定値と測定時間を比較検討した.対象および方法:対象は上斜筋麻痺と診断された8例(男性7例,女性1例,平均年齢43.8±28.6歳)である.9方向眼位測定(中心より15°)は3DVisualFunctionTrainer-ORTe(ORTe:ジャパンフォーカス社),大型弱視鏡(ClementClarke社)を用い,測定値と測定時間を比較検討した.ORTeの9方向眼位検査距離は25cm,大型弱視鏡は光学的遠見である.結果:水平偏位量は,ORTeは大型弱視鏡と比較し外方偏位となり(p<0.01),回旋偏位量は各方向によってばらつくものの大きく測定される傾向にあったが,垂直偏位量に有意差は認められなかった.上斜筋麻痺患者の9方向眼位測定時間はORTeでは平均5.2分,大型弱視鏡では17.5分であり,有意にORTeのほうが短時間であった(p<0.01).結論:ORTeは検査距離の違いによる特徴を考慮すれば,簡便かつ迅速に測定でき,臨床における上斜筋麻痺患者の検査,診断に有用な機器である.Purpose:Comparisonbetweennine-directiondeviationandmeasurementtimeobtainedusinga3DVisualFunctionTrainer-ORTe(ORTe)andamajoramblyoscopeinpatientswithsuperiorobliqueparalysis.Subjectsandmethods:Thisstudywasconductedin8patientswithsuperiorobliqueparalysis.Nine-directiondeviationvalues(15degreesfromcenter)andmeasurementtimeweredeterminedusingbothdevices.Results:Inhorizontaldeviation,exodeviationwiththeORTewasgreaterthanwiththemajoramblyoscope(p<0.01).MeanvaluesofexcycloductionwerealsogreaterwiththeORTethanwiththemajoramblyoscope,inmostdirections.However,verticaldeviationdidnotdiffersignificantlybetweenthetwo.Measurementtime(minutes)withtheORTe/amblyoscopewas5.2/17.5,respectively.Conclusion:TheORTehassomedisadvantagesintermsofmeasurementvalues,butenablesquickandeasyexaminations.TheORTecanthereforebedeemedpotentiallyusefulinclinicalapplication.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(6):915.919,2016〕Keywords:3DVisualFunctionTrainer-ORTe,上斜筋麻痺,9方向眼位,回旋偏位,大型弱視鏡.3DVisualFunctionTrainer-ORTe,superiorobliqueparalysis,nine-direction,cyclodeviation,majoramblyoscope.はじめに上斜筋麻痺は上下斜視の原因としてもっとも多い疾患であり,おもに麻痺眼の内下転制限,外方回旋偏位を生じる1).臨床的診断として,Parksのthree-steptestやBielschowsky頭部傾斜試験,眼位写真,Hesschart,大型弱視鏡,doubleMaddoxrodtest,眼底写真が診断の助けとなる2).外方回旋偏位は通常の交代プリズム遮閉試験のみでは検出されにくく,Hesschartでも下転制限のように検出されやすいため,上斜筋麻痺の診断は困難である場合が多い3).そのため大型弱視鏡の併用が有用とされている.〔別刷請求先〕保科美希:〒252-0375神奈川県相模原市南区北里1-15-1北里大学病院眼科Reprintrequests:MikiHoshina,DepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicine,KitasatoUniversity,1-15-1,Kitasato,Minamiku,Sagamihara,Kanagawa252-0375,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(155)915 大型弱視鏡は回旋偏位やわずかな上下偏位の定量が可能であり,異なった検者でも安定した結果が得られやすい.一方で,測定可能年齢には限界があり,測定には熟練を要する4).また,9方向眼位測定は検者が鏡筒を各方向に動かし測定,結果の記録を行うため,長時間の検査となり,患者への負担は無視できない.近年,複数の視機能検査・訓練を1台で行える3DVisualFunctionTrainer-ORTe(ORTe:ジャパンフォーカス社)が開発された.なかでも9方向眼位測定プロクラム(3DVFTHESS)は明室での測定が可能で,簡単なマウス操作により表1対象症例症例年齢麻痺眼A.P.C.T.正面眼位(Δ)*N:近見F:遠見150左眼N:8X’8LH’F:6LH(T)25左眼N:4E’5LH(T)’F:5LH(T)359左眼N:5LHT’F:2E5LHT420左眼N:4X’2LH’F:4X4LH(T)578右眼N:18XT’6RHT’F:6XT4RHT644左眼N:14XT’18LHT’F:25LHT714右眼N:18XT’18RHT’F:8X20RHT869左眼N:6X’10LHT’F:10LHT*X:外斜位,XT:外斜視,E:内斜位,H:上斜位,HT:上斜視.()は間欠性を示す.ab短時間で測定でき,検者の主観が入らず熟練度に左右されない利点を有する5).ORTeは検査結果の自動解析・保存が可能で臨床的な有用性が高いが,大型弱視鏡など従来機器と測定条件が異なるため,互換性など検証が必要である.今回,筆者らは3DVisualFunctionTrainer-ORTeと大型弱視鏡を用いて上斜筋麻痺患者における9方向眼位の測定値と測定時間を比較検討したので報告する.I対象および方法対象は北里大学病院を受診し上斜筋麻痺と診断された8例であり,年齢,性別,麻痺眼の詳細は表1に示す.全例,矯正視力(1.0)以上で軽度白内障以外の器質的疾患のないものとした.9方向眼位(中心より15°)をORTe,大型弱視鏡で測定し,測定値と測定時間を比較検討した.ORTeは専用フルハイビジョン3Dモニタおよび円偏光眼鏡により両眼分離され,明室下の簡単なマウス操作で9方向眼位測定の測定を行う(図1).固視点は第一眼位のみ検者が呈示し,被検者が固視眼視標(丸の中心)と検査眼視標(矢印の頂点)が重なったところで,マウスをクリックすることで水平,垂直偏位量が測定される.その後マウスホイールを動かし,矢印の線と格子状の線が平行となったところでもう一度クリックすることで回旋偏位量が測定される.自動的に結果が記録され,測定結果の印刷,保存が可能である.図13DVisualFunctionTrainer-ORTe(ORTe:ジャパンフォーカス社)a:ORTeの外観.偏光眼鏡を装用し,すべてマウス操作で測定を行う.b:測定結果.水平,垂直偏位が線で結ばれ,回旋偏位が棒の傾きで示され,下段には測定値が表示される.図は症例No.2の結果を示す.916あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016(156) 大型弱視鏡は,被検者が鏡筒を動かし,固視眼視標(枠)と検査眼視標(十字)を一致させる.その後垂直,回旋偏位量を定量するため検者がノブを動かす.測定結果は検者が用紙に記録し,その後電子カルテに入力する.2機種間の測定条件の違いについては表2に示した.検討項目は各眼,各方向測定における平均測定値(水平,垂直,回旋)と測定時間,結果記載完了時間をORTeと大型弱視鏡間で比較検討した.なお測定時間は検査開始から検査終了までの時間,記載完了時間は,検査開始から検査結果の記載が完了するまでの時間とした.統計解析にはWilcoxonの順位和検定を用い,有意水準は危険率5%未満とした.105II結果上斜筋麻痺患者の9方向眼位検査測定におけるORTeと表2ORTeと大型弱視鏡の比較ORTe大型弱視鏡操作検査距離矯正方法検査視標両眼分離被検者25cm近見矯正矢印と丸円偏光眼鏡検者光学的遠見完全屈折矯正十字と丸鏡筒ORTe麻痺眼■大型弱視鏡麻痺眼■ORTe健眼■大型弱視鏡健眼図2平均測定値:水平偏位量─ORTeと大型弱視鏡の比較全方向ORTeのほうが有意に外方偏位となった(*p<0.05,Wilcoxonsigned-ranktest)結果は平均±標準偏差で表示.下方(マイナス)は外方偏位,上方(プラス)は内方偏位を示す.外上転上転内上転外転正面内転外下転下転内下転偏位量(°)0-5-10-15ORTe麻痺眼■大型弱視鏡麻痺眼12■ORTe健眼■大型弱視鏡健眼10偏位量(°)86420外上転上転内上転外転正面内転外下転下転内下転図3平均測定値:垂直偏位量麻痺眼,健眼ともに全方向において有意な差は認められなかった(p>0.05,Wilcoxonsigned-ranktest).(157)あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016917 ORTe麻痺眼■大型弱視鏡麻痺眼■ORTe健眼■大型弱視鏡健眼********12*108642偏位量(°)0外上転上転内上転外転正面内転外下転下転内下転図4平均測定値:回旋偏位量ORTeのほうが有意に外方回旋となる方向もあった(*p<0.05,Wilcoxonsigned-ranktest)が,一定の規則は認められなかった.結果は平均±標準偏差で表示.ORTe■大型弱視鏡051015202530時間(min)**則は認められなかった.ORTe,大型弱視鏡それぞれ,測定時間は平均5.2分,17.5分,結果記載完了時間は平均6.8分,21.4分であり,どちらも有意にORTeのほうが短時間であった(p<0.01)(図5).III考按本検討において,水平偏位量は全方向で,麻痺眼,健眼ともにORTeのほうが有意に外方偏位となった.これらの結5.2±2.517.4±3.06.7±2.521.5±2.5測定時間記載完了時間図5平均測定時間測定時間,参照時間はORTeのほうが有意に短時間であった(*p<0.05,Wilcoxonsigned-ranktest).結果は平均±標準偏差で表示.大型弱視鏡の水平・垂直・回旋偏位の平均測定値を図2~4に示す.水平偏位量についてORTeは大型弱視鏡と比較し9方向すべてにおいて有意に外方偏位を示し(p<0.01),健眼固視(測定眼:麻痺眼)では全方向平均で9.2°大型弱視鏡より外方偏位の値となった.一方,垂直偏位量はORTeと大型弱視鏡の測定結果に有意な差は認められなかった.麻痺眼固視(測定眼:健眼)においても同様の結果を示した.回旋偏位量はORTeのほうが全体的に大きな値となった.健眼固視(測定眼:麻痺眼)では上転,外転,正面,外下転,下転,内下転で有意差を認め(p<0.05),麻痺眼固視(測定眼:非麻痺眼)では内上転,外転,正面方向で有意差を認めた(p<0.05).しかし,9方向でバラつきがあり,一定の規918あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016果はORTeとLeesscreen(HESS)を比較すると外斜位の被検者はORTeではより外斜傾向が強く出る6)との報告と一致した.同様に交代プリズム遮閉試験において遠見と近見の測定結果を比較すると,近見検査のほうが,融像性輻湊,調節性輻湊が加わり外方偏位となる7)との報告もあり,本検討も距離の違いにより外方偏位に測定された可能性が示唆された.垂直偏位量に関して遠藤らは,ORTeとLeesscreen(HESS)を比較し,有意差はみられなかった6)と報告しており,本検討でも同様の結果となった.一方で回旋偏位量についての報告は少ない.本検討ではORTeは大型弱視鏡と比較しバラつきはあるものの回旋偏位量が大きく測定される傾向であった.この原因として,一つは,測定方法の違いが考えられた.大型弱視鏡は検者が回旋ノブを操作し,定量するのに対し,ORTeは被検者がマウスホイールを操作し,測定値が記録される.全被検者に同様の操作説明は行っているが,被検者のマウスホイールの動かし方の違いが結果に影響した可能性が考えられた.また,一般(158) 的に上斜筋,下斜筋は外転位になるとそれぞれ内方,外方回旋作用が強くなることが知られている8).しかし,今回は上斜筋麻痺患者を対象としているため,外転位での内方回旋作用が働かず相対的に外方回旋作用が強くなる.今回,ORTeの水平偏位測定結果は全方向外方偏位であったため,外方回旋が誘発されORTeの回旋偏位量が増加した可能性が考えられた.しかし本検討は,症例数が少ないため,個々の測定結果のばらつきが解析に影響している可能性や,先天,後天上斜筋麻痺を含んでいるため,前者と後者で融像域による測定結果への影響についての検討が今後の課題である.測定,記載完了時間に関しては,ORTeは測定と同時に検査を記録し,印刷が可能であるため,結果の入力の必要がない.一方,大型弱視鏡は各方向での測定結果を検査員が記録用紙に記載し,その後電子カルテに入力を行うため,さらに時間に差が生まれたものと考えられる.結論として,ORTeは検査距離の違いによる特徴を考慮すれば,簡便かつ迅速に測定でき,臨床における上斜筋麻痺患者の検査・診断に有用な機器である.文献1)丸尾敏夫,久保田伸枝,深井小久子:視能学.p349,355,文光堂,20052)佐伯美和,佐藤美穂:上斜筋麻痺.OCULISTA25:75-83,20153)松本富美子:視能訓練士としての神経眼科における役割.神眼30:158-164,20134)丹治弘子:大型弱視鏡.日視会誌28:73-79,20005)半田知也:日本発の次世代両眼視機能検査・訓練装置─3DVisualFunctionTrainer-ORTe-─.眼臨紀8:332-337,20156)後関利明,半田知也,遠藤高生ほか:3Dビジュアルファンクショントレイナー.神眼31:364-369,20147)河口充,松岡久美子,池田結佳ほか:健常者の眼位.眼臨紀3:185-192,20108)RobinsonDA:Aquantitativeanalysisofextraocularmusclecooperationandsquint.InvestOphthalmol14:801-825,1975***(159)あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016919

上斜筋萎縮の定量的判定基準値の検討

2014年2月28日 金曜日

《原著》あたらしい眼科31(2):295.298,2014c上斜筋萎縮の定量的判定基準値の検討河野玲華*1,2大月洋*3*1岡山大学医学部眼科学*2河野眼科*3岡山済生会総合病院眼科EvaluatingQuantitativeAssesment,viaMagneticResonanceImaging,ofSuperiorObliqueMuscleAtrophyReikaKono1,2)andHiroshiOhtsuki3)1)DepartmentofOphthalmology,OkayamaUniversityMedicalSchool,2)KonoEyeClinic,3)DivisionofOphthalmology,OkayamaSaiseikaiGeneralHospital目的:上斜筋萎縮・低形成(萎縮)の判定基準を定量化し,上斜筋麻痺に占める上斜筋萎縮の割合を解析する.対象および方法:片眼上斜筋麻痺17例と正常被験者14例を対象に磁気共鳴画像から上斜筋筋腹の最大断面積を算出し,正常被験者の上斜筋筋腹の最大断面積の二変量正規楕円(95%)から逸脱する症例を上斜筋萎縮と判定した.健側に対する患側上斜筋の断面積比を求め,上斜筋萎縮(+)と判定する基準断面積比を算出した.結果:8例(47%)に萎縮を認めた.萎縮(+)の平均(レンジ)断面積比は,0.49(0.0.75)であった.一方,萎縮(.)では,0.98(0.86.1.14)で,正常被験者と有意差がなかった.結論:断面積比(患側/健側)が0.75以下は,萎縮(+)と判定され,片眼性の上斜筋麻痺の約50%に上斜筋の萎縮を認めた.Purpose:Toevaluatethequantitativeassessment,viamagneticresonanceimaging(MRI),ofsuperiorobliquemuscle(SO)atrophy/hypoplasia(abbreviateatrophy)andthefrequencyofSOatrophyinpatientswithunilateralSOpalsy.SubjectsandMethods:Weexamined17patientswithunilateralSOpalsyand14normalsubjects,usingorbitalMRI.Maximumcross-sectionsofbilateralSO(SOareas)weremeasuredontheimages.SOatrophywasdeterminedwhenSOareasdeviatedfromthe95%bi-variantnormalellipse,ascomputedfromnormalsubjectSOareas.SOatrophywasdefinedintermsofipsilesional/contralesionalSOarearatio.Results:SOatrophywasdeterminedin8patients(47%).Themeanratiowas0.49(range,0.0.75)inpatientswithSOatrophy.Conclusions:SOatrophycouldbedefinedquantitativelyasaratioof0.75orless.Approximately50%ofpatientsexhibitedSOatrophyintheimages.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(2):295.298,2014〕Keywords:上斜筋麻痺,磁気共鳴画像,上斜筋萎縮,上斜筋低形成,断面積比.superiorobliquepalsy,magneticresonanceimaging,superiorobliquemuscleatrophy,superiorobliquemusclehypoplasia.はじめに9方向むき眼位の眼球偏位に加えて頭部傾斜試験の結果を参考にするのが上斜筋麻痺の標準的な診断方法である.しかし,磁気共鳴画像(magneticresonanceimaging:MRI)をはじめとする画像検査の導入は診断レベルをより正確なものに変えつつあり,画像検査により上斜筋麻痺の病態が次第に明らかにされてきている.具体的には上斜筋の筋腹萎縮や低形成(萎縮),上斜筋腱・滑車の形態異常の症例が報告されるようになり,画像検査の重要性が増している.Hortonらによって,MRI画像を用いた上斜筋萎縮の報告1)をはじめとして,上斜筋はおもに定性的に評価されてきた.そこで,上斜筋萎縮を定量化する方法を確立し,上斜筋麻痺に占める萎縮の頻度を検討したので報告する.I対象および方法岡山大学病院眼科外来を受診し,インフォームド・コンセントが得られた30例の片眼性上斜筋麻痺を対象に,眼窩MRIを撮像し,上斜筋萎縮の定量的評価法と上斜筋麻痺に占める上斜筋の萎縮の割合を病型別に検討した.撮像にはMRI(GeneralElectricSignaHorizon1.5T,〔別刷請求先〕河野玲華:〒700-8558岡山市北区鹿田町2-5-1岡山大学医学部眼科学Reprintrequests:ReikaKono,DepartmentofOphthalmology,OkayamaUniversityMedicalSchool,2-5-1Shikata-cho,Kita-ku,Okayama700-8558,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(135)295 SignaExcite3T)を使用した.T1強調像で,1.5Tの使用では検査眼の眼前にサーフェイスコイルを装着させ,3Tの使用時にはヘッドコイルを用いて撮像した.解剖学的眼窩軸と直交する冠状断撮像を,1.5T使用時は,スライス厚2mm,マトリックスサイズ256×256,撮像領域80×80mm,撮像時間211秒,繰り返し時間400msec,エコー時間13msec,加算回数2の撮像条件で,3T使用時は,スライス厚3mm,マトリックスサイズ256×256,撮像領域120×120mm,撮像時間104秒,繰り返し時間750msec,エコー時間11.6msec,加算回数1の撮像条件でそれぞれ撮像した.病歴から先天性,あるいは遅発性(代償不全型)の片眼性上斜筋麻痺と臨床診断した17例を対象2)に,MRI撮像画像をNIHImage(RasbandWS,U.S.NationalInstituteofHealth,Bethesda,MD,http://rsb.info.nih.gov/ij/)を用いて,両側上斜筋最大断面積を計測2.4)し,正常被験者(正常群)14例3)の左右の上斜筋最大断面積の二変量正規楕円(95%)から逸脱する症例を上斜筋萎縮と規定した.つぎに,健側に対する患側の上斜筋最大断面積の比(正常群については,右側に対する左側の上斜筋最大断面積比)を計算し,最大断面積比を上斜筋萎縮,非萎縮,正常の3群間で比較した.このような手順を踏んで上斜筋萎縮と判定する上斜筋最大面積比(患側/健側)の基準値を算出した.基準値の算出に用いた17例とは別に,13例の片眼性上斜筋麻痺を対象に,ImageJ(RasbandWS,U.S.NationalInstituteofHealth,Bethesda,MD,http://rsb.info.nih.gov/ij/)を用いて,上斜筋最大面積比(患側/健側)から,先に算出した基準に従い上斜筋萎縮の有無を判別した.そののち,30y=1.00x+0.01,r2=0.892520151050051015202530右側上斜筋最大面積(mm2)図1左右の上斜筋最大断面積の関係実線楕円は14例の正常被験者の上斜筋最大面積(×)における95%二変量正規楕円,点線は直線回帰(p<0.0001)を示す.上斜筋麻痺(●)は,二変量正規楕円(95%)にほぼ含まれる9例を上斜筋非萎縮群,二変量正規楕円(95%)を明らかにはずれる8例を上斜筋萎縮群に分類した.左側上斜筋最大面積(mm2)13例に先の17例を加えた片眼性上斜筋麻痺30例を対象に,病歴から先天性,遅発性(代償不全型),後天性の3群に病型を分類して,各病型における上斜筋萎縮の占める割合を解析した.具体的には,病歴を参考に幼少期から頭位異常や眼位異常を認めるものを先天性,発症時期や病因が明確に特定できず複視や眼精疲労などの代償不全症状が出現した時点で診断されるものを遅発性(代償不全型),外傷など原因が特定できるものを後天性として分類した.II結果図1に,17例の片眼性上斜筋麻痺と14例の正常被験者の両側の上斜筋最大断面積を示す.正常被験者の平均年齢(標準偏差)は,34.3(15.4)歳(レンジ,21.73歳),上斜筋麻痺のそれは46.4(17.9)歳(レンジ,17.83歳)であった3).正常被験者(正常群)の両側の上斜筋最大断面積の二変量正規楕円(95%)から逸脱する症例を上斜筋萎縮と規定したところ,17例中8例を萎縮あり(上斜筋萎縮群),9例を萎縮なし(上斜筋非萎縮群)と判定した.17例の両側上斜筋最大断面積をもとに患側/健側上斜筋最大面積の比を計算し,前述の判定に基づいて分類された萎縮群,非萎縮群,正常被験者の各群間における,上斜筋最大断面積比の平均,95%信頼区間,中央値,最小値,最大値を求めた(表1).萎縮群の8例の患側の上斜筋最大断面積比は,平均で0.49であり,最大で0.75であった.一方,非萎縮群の9例の上斜筋最大断面積比は,正常被験者のそれと平均値,最大値,最小値は類似し,統計学的にも両者の間には有意差を認めなかった.以上より,片眼性上斜筋麻痺における萎縮の判定基準を,健表1患側.健側上斜筋最大面積の比上斜筋萎縮群上斜筋非萎縮群正常群患側/健側(8例)患側/健側(9例)左側/右側(14例)平均(標準偏差)0.49(0.24)0.98(0.09)1.00(0.07)95%信頼区間0.28.0.690.90.1.050.96.1.04中央値0.580.980.99最小値.最大値0.0.750.86.1.140.86.1.12上斜筋萎縮群vs上斜筋非萎縮群,p<0.0001;上斜筋萎縮群vs正常群,p<0.0001;上斜筋非萎縮群vs正常群,p=0.98(Tukey-KramerのHSD検定,a=0.05).表2片眼性上斜筋麻痺の病型別の上斜筋萎縮の頻度病型上斜筋萎縮例(%)先天性(7例)5(71.4%)遅発性(代償不全型)(16例)7(43.8%)後天性(7例)3(42.9%)計(30例)15(50.0%)296あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014(136) 右左上斜筋上斜筋図2眼窩MRI冠状断:左眼遅発性上斜筋麻痺(52歳,女性)左眼の上斜筋萎縮を認める.健側に対する患側の上斜筋最大断面積比は約50%.側に対する患側の上斜筋最大断面積比(患側/健眼)が0.75以下とした.先の17例を含む30例の片眼性上斜筋麻痺を病歴から3病型に分類したところ,先天性7例,遅発性16例,後天性7例であった.各症例の上斜筋最大断面積比を算出し,萎縮の判定基準を上斜筋最大断面積比0.75以下として,萎縮の有無を判定した.表2に,片眼性上斜筋麻痺の病型別の上斜筋萎縮の頻度を示す.3病型に占める萎縮の頻度は,それぞれ先天性71.4%,遅発性43.8%,後天性42.9%,全体では50.0%であった.病型別の萎縮の頻度には統計学的に有意差を認めなかった.III考按Satoら5)は,上斜筋麻痺の上斜筋体積の左右の比を計測し,75%以上を非萎縮,50.75%を軽度,25.50%を中等度,25%以下を重度と分類して,萎縮度を評価している.正常コントロールを用いず,一個体内で上斜筋体積の左右の比を計測するこの方法は比較的簡便であり臨床で用いやすいという利点があるものの,両側性の症例には応用できないという欠点がある.筆者らは2,3),正常者の左右の上斜筋最大断面積の二変量正規楕円(95%)を外れるものを上斜筋萎縮と規定し,片眼性上斜筋麻痺と臨床診断された症例の上斜筋萎縮の判定を行った結果をこれまで報告している.この解析方法は,症例によっては両側性の萎縮の判定も可能であるものの,解析が煩雑であるという欠点があった.他方,今回採用した解析方法は上斜筋最大面積の測定のみであり上斜筋体積の測定と比較しても簡便であり,片眼性のみに限られるが,臨床上有用と思われる.加えて,Clarkら6)は,上斜筋萎縮を認めた上斜筋麻痺の上斜筋最大面積と上斜筋体積を計(137)測し,いずれも正常者の約50%であることを報告しており,このことからも上斜筋萎縮の判定は上斜筋最大面積,上斜筋体積のいずれにも応用が可能と思われる.今回の検討結果を含めた,これまでの解析結果を総合的に考慮すれば,健側に対する患側の上斜筋の最大断面積,あるいは体積が75%以下であれば,上斜筋萎縮と判定するのが妥当と判断される.臨床経験からも,軽度の萎縮と判定できる症例,明らかな萎縮と判定できる症例(図2)では,それぞれ75%,50%程度の萎縮があると推察される.今回,新たに採用した解析方法で上斜筋麻痺の50%に上斜筋萎縮を認めた.Demerら7)も,臨床診断された上斜筋麻痺の47%に上斜筋萎縮と収縮力の低下を認めたと報告している.逆にいえば上斜筋麻痺と臨床診断されるものの上斜筋形態異常を認めない症例が半数あるということであり,これらの症例においては,上斜筋異常以外の病因も探る必要があるのではないだろうか.筆者らの解析では,上斜筋萎縮の占める割合は先天性が最も多かったが,病型の間には有意差はなかった.他方,Ozkanら8)は,先天性と後天性の間に上斜筋萎縮の程度には差がないことを報告している.しかし,今回の解析とSatoら5)が行った病型分類(遅発性を後天性に含める)の方法は異なるものの,Satoらも,先天性の75.9%,後天性の55.6%に萎縮を認めたと報告し,今回の解析結果と同様,上斜筋萎縮の割合が病型で異なることを指摘している.Ozkanらは上斜筋萎縮の明らかな症例を対象としており,上斜筋萎縮を認める症例であればその程度には病因による差を認めないのかもしれない.上斜筋形態異常の評価については,患側の上斜筋最大面積あるいは体積が健側の75%以下で上斜筋萎縮と判定するのあたらしい眼科Vol.31,No.2,2014297 が適当と思われる.今回採用した判定基準では,上斜筋麻痺と臨床診断された約50%に上斜筋形態異常を認めたことを報告した.この論文は,第66回日本臨床眼科学会(2012)で発表した内容を一部修正・追加したものであり,文部科学省科学研究費補助金(20592044,22591964)の援助を受けた.文献1)HortonJC,TsaiRK,TruwitCLetal:Magneticresonanceimagingofsuperiorobliquemuscleatrophyinacquiredtrochlearnervepalsy.AmJOphthalmol110:315-316,19902)KonoR,OkanobuH,OhtsukiHetal:AbsenceofrelationshipbetweenobliquemusclesizeandBielschowskyheadtiltphenomenoninclinicallydiagnosedsuperiorobliquepalsy.InvestOphthalmolVisSci50:175-179,20093)KonoR,OkanobuH,OhtsukiHetal:Displacementoftherectusmusclepulleyssimulationgsuperiorobliquepalsy.JpnJOphthalmol52:36-43,20084)KonoR,DemerJL:Magneticresonanceimagingofthefunctionalanatomyoftheinferiorobliquemuscleinsuperiorobliquepalsy.Ophthalmology110:1219-1229,20035)SatoM,YagasakiT,KoraTetal:Comparisonofmusclevolumebetweencongenitalandacquiredsuperiorobliquepalsiesbymagneticresonanceimaging.JpnJOphthalmol42:466-470,19986)ClarkRA,DemerJL:Enhancedverticalcontractilitymagneticresonanceimaginginsuperiorobliquepalsy.ArchOphthalmol129:904-908,20117)DemerJL,MillerMJ,KooEYetal:Trueversusmasqueradingsuperiorobliquepalsies:Musclemechanismsrevealedbymagneticresonanceimaging.UpdateonStrabismus&PediatricOphthalmology(LennerstrandG),p303-306,CRCPress,BocaRaton,19958)OzkanS,AribalME,SenerECetal:Magneticresonanceimaginginevaluationofcongenitalandacquiredsuperiorobliquepalsy.JPediatrOphthalmolStrabismus34:29-34,1997***298あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014(138)

Synoptophore を用いたListing 平面の3D 表現の試み

2011年6月30日 木曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(143)895《原著》あたらしい眼科28(6):895.898,2011cはじめに正面位から任意の眼位へ至る眼球運動は,赤道面上の1つの軸まわりの回転運動で行われるという法則をListingの法則という1).この軸上平面をListing平面という.Listingの法則によれば,平面上の軸まわりの回転運動には,回旋運動が混入しない.最近の研究では,サーチコイルを用いて上下,水平,回旋成分の3要素を取り入れてListing平面を解析する方法が登場しており2),滑車神経麻痺や外転神経麻痺ではListing平面が耳側へ回転することが報告されている3.5).また,健常者においても輻湊と上下転運動に伴いこの平面が傾斜することが示されている6,7).しかし,サーチコイルは電極を埋め込んだコンタクトレンズを直接角膜に接着させて計測するので侵襲が大きく,また限られた施設でのみ検査可能であるという問題がある.Synoptophoreは多くの施設で日常診療に用いられており,回旋偏位を測定できる器械である.Somaniら8)はsynoptophoreを用いて輻湊と上・下転運動が及ぼす回旋偏位を解析し,両眼間のListing平面の差を解析し,興味ある結果を報告している.この方法は侵襲もなく簡便に行えるが,Somani〔別刷請求先〕宮田学:〒700-8558岡山市北区鹿田町2-5-1岡山大学大学院医歯薬学総合研究科眼科学教室Reprintrequests:ManabuMiyata,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OkayamaUniversityGraduateSchoolofMedicine,DentistryandPharmaceuticalSciences,2-5-1Shikata-cho,Kita-ku,Okayama700-8558,JAPANSynoptophoreを用いたListing平面の3D表現の試み宮田学長谷部聡大月洋岡山大学大学院医歯薬学総合研究科眼科学教室PilotStudyof3DGraphicalRepresentationofListing’sPlaneUsingaSynoptophoreManabuMiyata,SatoshiHasebeandHiroshiOhtsukiDepartmentofOphthalmology,OkayamaUniversityGraduateSchoolofMedicine,DentistryandPharmaceuticalSciences目的:上斜筋麻痺のListing平面が傾斜しているという報告があり,これを検証するために,synoptophoreを用いて健常者と上斜筋麻痺の回旋偏位を測定し,Listing平面を3Dで解析したので報告する.方法:健常者2例,先天上斜筋麻痺1例を対象とした.被検者にsynoptophoreを用いて25カ所の眼位で片眼ずつ上下にずらした水平線の視標を平行になるように回転させるよう指示し,そのときの偏位を記録した.遠見と近見で測定した.各眼位における偏位(水平,垂直,回旋)のデータを,三次元曲面で回帰した.結果:健常者ではListing平面は遠見で鉛直な平面となったが,近見では傾斜した.上斜筋麻痺では,遠見・近見ともListing平面の傾斜を認めた.結論:synoptophoreを利用してListing平面を3Dで表現できた.上斜筋麻痺では健常者と異なり,遠見・近見ともにListing平面の傾きが観察され,異常な傾き知覚(スラント感覚)が生じている可能性がある.Purpose:Ithasbeenreportedthatpatientswithsuperiorobliquepalsy(SOP)showatiltedListing’splane(LP).WemeasuredthetorsionaldeviationsofonepatientwithSOPandtwohealthysubjects,usingasynoptophoretorepresenttheLPsin3D.Methods:Thesubjectsrotatedthetarget,withahorizontallineshiftedverticallyineacheye,tobeinparallelatfarandneardistanceusingasynoptophorein25gazepoint;wethenrecordedthedeviationandregressedhorizontal,verticalandtorsionalelementstoacurvedsurface.Results:Thehealthysubjects’Listing’splaneswereperpendicularatfardistanceandtiltedatneardistance.TheplaneoftheSOPpatientwastiltedatbothfarandneardistances.Conclusions:WewereabletorepresentListing’splanesin3Dusingasynoptophore.TheListing’splaneoftheSOPpatientdifferedfromthoseofthehealthysubjects.TheSOPpatientmighthaveanabnormalslantperception.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(6):895.898,2011〕Keywords:Listing平面,回旋偏位,スラント感覚,シノプトフォア,上斜筋麻痺.Listing’splane,cyclodeviation,slantperception,synoptophore,superiorobliquepalsy.896あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011(144)らは上下20°,0°の3点の正中位における30°,20°,10°,0°の各輻湊角で回旋偏位を測定している.しかし水平方向眼位については計測していない.筆者らは,健常者および上斜筋麻痺患者を対象に水平方向の偏位も含め,上下水平偏位における回旋偏位をsynoptophoreで測定し,測定点を曲面に回帰させることで,Listing平面の両眼間の差の測定を試みたので報告する.I対象および方法1.対象健常者2例(A:男性,32歳,B:男性,48歳),両眼先天上斜筋麻痺1例(C:女性,40歳)を対象とした.A,Bの正面位における遠見眼位は正位,近見眼位はそれぞれ4°,3°外斜位であった.Cの正面位における遠見眼位は内斜偏位5°,右眼上斜偏位1°,回旋偏位0°であり,近見眼位は上下水平偏位はなく,外方回旋偏位2°であった.全症例に検査の目的・方法を詳細に説明し,同意を得た.2.方法使用した器具はsynoptophoreR(model2001,Haag-Streit,UK)と,筆者らが作成した視標であった.視標は,融像刺激の円と固視点,片眼ずつ上下にずらした水平線で構成した(図1).水平線の長さは6.2cm(視角に換算すると22.7°)でSomaniら8)が使用した視標に準じた.上下,水平方向それぞれ±20°,±10°,0°の組み合わせ,計25カ所(5×5)を注視させ,それぞれの位置での回旋偏位を測定した.回旋偏位の測定は,被検者が右眼の視標をsynoptophoreのノブを回転させることにより,左眼の水平線に平行になるように調整し,ちょうど水平になった時点での回旋偏位を検者が記録した.測定は遠見と近見(3D調節負荷,3MA輻湊)で実施し,試行回数はトータルで50回であった.各向き眼位における偏位(水平:H°,垂直:V°,回旋:T°)データに対し,三次元曲面を回帰し,両眼間のListing平面の差を求めた.ただし,Listing平面は眼球運動における回転軸の集合であり,このように単純にプロットしたものではないが,Listing平面と同等のものと考えた.解析ソフトはJMP(version5.0.1a,SASInstituteInc,USA)を使用した.II結果全症例において注視方向すべてで視標の融像が可能であった.被検者3名の回帰曲面の計算式は,T=k1*H2+k2*V2+k3*H*V+k4*H+k5*V+k6(T:torsionaldeviation[deg.],H:horizontaldeviation[deg.],V:verticaldeviation[deg.],k1-6:constant)で表現できた.各被検者の係数を表1に示す.この回帰曲面を図2に示す.これらの曲面は左眼を基準としたListing平面の両眼間の差とみなすことができる.健常1.健常者A2.健常者BHTVHTV3.患者CTHV図2a遠見時における回旋偏位の回帰曲面T:回旋偏位(右:内方,左:外方),V:上下偏位(上:上方,下:下方),H:水平偏位(手前:左方,奥:右方).1.健常者A2.健常者B3.患者CTHVTHVTHV図2b近見時における回旋偏位の回帰曲面T:回旋偏位,V:上下偏位,H:水平偏位.表1各被検者における回帰曲面の計算式の係数k1k2k3k4k5k6A遠見時.0.0012.0.000400.00044.0.018.0.0044.1.1A近見時.0.001.0.000730.000840.00140.090.1.8B遠見時0.001.0.000220.000590.0032.0.011.0.67B近見時.0.00061.0.000410.00044.0.0290.12.0.45C遠見時0.00033.0.000300.000260.00620.0480.010C近見時0.0013.0.00071.0.000340.000600.14.1.5図1視標左:左眼の視標,右:右眼の視標.(145)あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011897者では遠見時に回帰曲面は第一眼位に鉛直な平面となったが,近見時(輻湊時)には回帰曲面の傾きが観察された.つまり,上転時には内方回旋偏位,下転時には外方回旋偏位が生じていることがわかった.しかもこの偏位の大きさは垂直方向の角度の大きさに依存しており(elevation-dependent),水平方向の角度には依存しない.一方,上斜筋麻痺患者では,遠見時にも健常者と同様の傾きが観察され,近見時ではこの傾向が増大した.III考按筆者らは,synoptophoreを用いた方法で,両眼単一融像ができている状況下では,健常者に回旋視差刺激を提示するとスラント感覚が生じることを報告した9).すなわち,垂直線条に外方回旋視差を与えると上端が奥に傾くスラント感覚が生じ,逆に内方回旋視差を与えると上端が手前に傾くスラント感覚が生じる.今回の結果は,健常被検者でも輻湊すると上転時に内方回旋偏位,下転時に外方回旋偏位が生じることを示している.もし回旋視差0°の垂直線条を提示すれば上転時には外方回旋視差が与えられた状況と類似し,上端が奥へ傾くスラント感覚が生じ,逆に下転時には内方回旋視差が与えられた状況と類似し,上端が手前に傾くスラント感覚が生じると考えられる.上斜筋麻痺では遠見時にもこのelevation-dependentの回旋偏位が生じるため,常に異常なスラント感覚が生じている可能性がある.このことから上斜筋麻痺では,健常者とは異なる視空間覚を構築していると想定される.Listingの法則を保つ機序として2つ考えられている.眼窩プリーによる機械的機序10)と神経学的順応機序11)である.健常者では輻湊をすると,直筋のプリーが1.9°外方回旋するが,Listing平面が耳側へ傾斜することとは矛盾すると報告されている12).このことから,斜筋の神経支配がこの傾斜へ関与しているとされている.本研究でも健常者における輻湊時のListing平面は耳側に傾斜しており,原因としてはこの点があげられると考える.サーチコイルにより得られるListing平面は片眼ずつであり,synoptophoreにより得られるListing平面は両眼間の差であるので,単純に比較することはできないが,今回の上斜筋麻痺症例の結果はサーチコイルを用いた研究と同様の結果が得られたと考えられる.つまり,下方視で外方回旋偏位を認め,上方視により減少傾向を認めた.これは,下方視において上斜筋のともひき筋である下直筋が大きく寄与したためである.つまり,下方視では下直筋の外方回旋作用のほうが麻痺した上斜筋の内方回旋作用を上回っているのである.一方,上方視では麻痺した上斜筋が内方回旋作用に寄与しないため,外方回旋偏位が小さくなったと考えられる5).今回の計測方法について考察する.まず,上下にずらした水平な線条を平行に合わせる方法と,左右にずらした垂直な線条を平行に合わせる方法は同等であったという報告8)があり,時間的効率を考慮して,今回採用した視標は上下にずらした水平な線条のみとした.つぎに,Listing平面は両眼視ではなく,単眼視の眼球運動に関わる法則の基本をなすものである.サーチコイル法は片眼の絶対的なListing平面を測定可能であるが,synoptophoreでは両眼間のListing平面の差を計測することになる.Listing平面の差が0となるのは,両眼に回旋偏位がない場合と,片眼に内方回旋,反対眼に外方回旋が起こる場合が考えられるが,実際にはこのようなことは起こりえない.日常診療における回旋偏位の測定では両眼間の差が測定されるので,今回の方法で問題はないと考える.今後の臨床応用を見すえた場合,synoptophoreを用いたほうがより現実的である.3点目に,計測の再現性の問題がある.遠見と近見を合わせて50回の試行が必要であり,1シリーズの検査のみで長時間を要したためである.症例数が不足しているが,今回の研究により水平方向の偏位は回旋に影響を及ぼさないことが示唆された.Somaniらのように水平方向の計測は行わず,上下方向のみの計測とすれば,検査時間を短縮できるので,再現性を評価することもできるし,臨床応用も可能であると考える.4点目に,頭位固定の課題がある.顎と前額部をしっかり固定されているので,前後・左右の傾きはないといえる.また斜め方向の傾きはsynoptophoreの接眼レンズを覗いている限りほとんどないと考えられる.斜め方向にずれて,これが眼球の反対回旋を誘発させていたとしても両眼間の回旋偏位の差は生じないし,反対回旋運動は頭部傾斜の約1/10と小さいので無視できる.5点目に,この方法では3Dで視覚化した曲面により,感覚的に回旋偏位の変化を容易にとらえられるようになる点で有用であるといえる.結論として,synoptophoreを用いて健常者と上斜筋麻痺のListing平面を解析し,3Dで表現したところ,異なるListing平面を認めた.上斜筋麻痺では,異常なスラント感覚が生じている可能性がある.本研究は科学研究費補助金(22591964)の援助を受けた.本論文の内容は第62回日本臨床眼科学会で発表した.文献1)VonNoordenGK,CamposEC:BinocularVisionandOcularMotility.6thed,p60-62,CVMosby,StLouis,20022)FermanL,CollewijnH,VandenBergAV:AdirecttestofListing’slaw-II.Humanoculartorsionmeasuredunderdynamicconditions.VisionRes27:939-951,19873)WongAM,TweedD,SharpeJA:AdaptiveneuralmechanismforListing’slawrevealedinpatientswithsixthnervepalsy.InvestOphthalmolVisSci43:112-119,2002898あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011(146)4)WongAM,SharpeJA,TweedD:AdaptiveneuralmechanismforListing’slawrevealedinpatientswithfourthnervepalsy.InvestOphthalmolVisSci43:1796-1803,20025)SteffenH,StraumannDS,WalkerMFetal:Torsioninpatientswithsuperiorobliquepalsies:dynamictorsionduringsaccadesandchangesinListing’splane.GraefesArchClinExpOphthalmol246:771-778,20086)MokD,RoA,CaderaWetal:RotationofListing’splaneduringvergence.VisRes32:2055-2064,19927)MikhaelS,NicolleD,VilisT:RotationofListing’splanebyhorizontal,verticalandobliqueprism-includeeyevergence.VisRes35:3243-3254,19958)SomaniRAB,HutnikC,DeSouzaJFXetal:UsingasynoptophoretotestListing’slawduringvergenceinnormalsubjectsandstrabismicpatients.VisionRes38:3621-3631,19989)MiyataM,HasebeS,OhtsukiHetal:Assessmentofcyclodisparity-inducedslantperceptionwithasynoptophore.JpnJOphthalmol49:137-142,200510)DemerJL:Theorbitalpulleysystem-arevolutioninconceptsoforbitalanatomy.AnnNYAcadSci956:17-32,200211)SchorCM,MaxwellJS,McCandlessJetal:Adaptivecontrolofvergenceinhumans.AnnNYAcadSci956:297-305,200212)DemerJL,KonoR,WrightW:Magneticresonanceimagingofhumanextraocularmusclesinconvergence.JNeurophysiol89:2072-2085,2003***