0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(125)1137《第20回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科27(8):1137.1140,2010cはじめにトラベクレクトミー(以下,レクトミー)をはじめとする緑内障濾過手術後の重大な合併症に上脈絡膜出血(以下,SCH)があり,その頻度は2~6.2%といわれる1~3).SCH発症の危険因子として,眼局所としては,無水晶体,強度近視,無硝子体,術前の高眼圧,術中術後の代謝拮抗剤使用,術後の低眼圧,浅前房,脈絡膜.離などがあげられ,全身的には高齢,全身麻酔でのbucking,術後の嘔吐,咳,いきみ,抗凝固療法,血小板減少症などがある1~5).硝子体手術後の長期経過中しばしば緑内障の発症をみるが,今回硝子体手術既往眼にレクトミーを施行したところ,術後に網膜同士が密着(kissing)して眼内レンズのすぐ後方にまで迫る重症のSCHを発症し,視力はほとんど光覚を失うまでに低下したが,無治療にて治癒し,視力0.3を得た症〔別刷請求先〕森秀夫:〒534-0021大阪市都島区都島本通2-13-22大阪市立総合医療センター眼科Reprintrequests:HideoMori,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaCityGeneralHospital,2-13-22Miyakojima-hondori,Miyakojima-ku,OsakaCity,Osaka534-0021,JAPANトラベクレクトミー術後に重症の上脈絡膜出血を発症し自然治癒した無硝子体眼の1例森秀夫濱島紅大阪市立総合医療センター眼科ACaceofanAvitreousEyewithPost-TrabeculectomySeriousSuprachoroidalHemorrhagethatHealedSpontaneouslyHideoMoriandKoHamashimaDepartmentofOphthalmology,OsakaCityGeneralHospitalトラベクレクトミー(以下,レクトミー)施行後重症の上脈絡膜出血(SCH)を発症し,無治療で治癒した症例を経験したので報告する.症例は74歳,女性の左眼.2004年10月網膜静脈分枝閉塞症に硝子体手術(白内障摘出,眼内レンズ挿入併施)を施行した.2007年9月から眼圧上昇により点眼治療を開始し,2008年11月19日レクトミーを施行した.術前視力は0.7であった.術後眼圧は6~8mmHgで推移していたが,術後7日目に網膜同士が密着するSCHを発症し,視力は光覚弁となったが,眼圧は11mmHgで眼痛もなかったため経過観察とした.SCHは発症5日目から吸収しはじめ,14日目に視神経乳頭が観察され,23日目に網膜皺襞を残して消失した.皺襞は発症52日で消失し,視力は0.3となったが,1年後も改善はない.無硝子体眼はSCH発症の危険因子であり,レクトミー施行後は低眼圧予防に細心の注意を払うべきである.Wereportacaseofpost-trabeculectomy(TLE)serioussuprachoroidalhemorrhage(SCH)thathealedspontaneously.Thepatient,a74-year-oldfemale,underwentvitrectomycombinedwithcataractsurgeryforretinalbranchveinocclusioninherlefteyeinOctober2004.Becausetheintraocularpressure(IOP)increasedabnormallyfromSeptember2007,pressure-loweringophthalmicsolutionwasinitiated.TLEwasperformedonNovember19,2008.Preoperativevisualacuitywas0.7.PostoperativeIOPwas6~8mmHg.SeriousSCHwithadjacentportionsoftheretinaadheringtoeachother,developedat7dayspostoperatively.Visualacuitywaslightperception:IOPwas11mmHg.Thepatientdidnotcomplainofpain,andremainedunderobservation.TheSCHbegansubsidingin5days.Theopticdiscwasvisiblein14days.TheSCHdisappearedin23daysleavingretinalfolds.Theretinalfoldsdisappearedin52days.Visualacuitywas0.3andremainsunchangedoveroneyear.TLEperformedonanavitreouseye,beingoneofriskfactorsofSCH,requiresgreatcarefortheavoidanceofpostoperativehypotony.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(8):1137.1140,2010〕Keywords:トラベクレクトミー,上脈絡膜出血,脈絡膜.離,硝子体手術,続発緑内障.trabeculectomy,suprachoroidalhemorrhage,choroidaldetachment,vitrectomy,secondaryglaucoma.1138あたらしい眼科Vol.27,No.8,2010(126)例を経験したので報告する.I症例患者:74歳,女性の左眼.2004年10月網膜静脈分枝閉塞症に対し硝子体手術(白内障摘出,眼内レンズ挿入術併施)を施行した.2007年9月より眼圧が27mmHgに上昇したため,点眼治療を開始した.隅角は開放していた.しかし眼圧コントロール不良に陥り,2008年11月19日にレクトミー(マイトマイシンC使用)を施行した.術前視力は0.7であった.術後は良好なブレブが形成され,前房深度は正常で,眼圧は6~8mmHgで推移した.術後5日目に眼底3象限に周辺から中間周辺部にかけて丈の低い脈絡膜.離を認めたため,圧迫眼帯を開始した.前房深度は正常であった.術後7日目のスリットランプによる観察にて,突然の浅前房化に伴い,周辺部の無血管の網膜同士が褐色調に盛り上がって密着し,眼内レンズのすぐ後方に迫る所見を認めた(図1).また,同時に少量の硝子体出血も認めた.患者の自覚的には,前日までは特に視力低下はなかったが,発症日には視界が真っ暗になったと訴え,視力は耳側最周辺でのみかろうじて光覚を弁ずるまでに低下していた.スリットランプの所見から重症のSCHの発症を疑ったが,眼圧は11mmHgで眼痛もなかったため,とりあえず圧迫眼帯を続けて経過観察とし,消退しなければ血腫除去術を施行することとしたが,突然ほとんど光覚を失ったことから患者の精神的不安は大きく,しかもこの状態は以後1週間続くことになった.発症2日以後も眼圧は9~11mmHgで推移し,発症後4日目に施図1上脈絡膜出血(SCH)発症当日の前眼部写真前房は浅い.眼内レンズ(矢頭)後方に,盛り上がって互いに密着(kissing)した網膜(矢印)を認める.視力は耳側最周辺でのみ光覚(+).眼圧は11mmHg.図3SCH発症7日目の眼底写真SCHは若干吸収されたが,依然kissing状態が続く.視力は光覚弁.眼圧10mmHg.耳側鼻側図2SCH発症4日目のB.modeecho網膜は互いにkissingしている.視力は光覚のみ.眼圧は10mmHg.図4SCH発症15日の眼底写真視神経乳頭が観察可能となる.視力は眼前手動弁.眼圧は17mmHg.(127)あたらしい眼科Vol.27,No.8,20101139行したBモードエコー検査では,脈絡膜.離が硝子体腔を充満し,対面する網膜が広範囲にkissingしている所見が得られた(図2).SCHは発症5日目からわずかに吸収しはじめ,発症7日目にはその丈が低くなって眼底写真が撮影可能となったが,依然として網膜のkissing状態は続いた(図3).しかしこのころから周辺部の光覚(+)の範囲の拡大傾向がみられた.このため血腫除去術は施行せず,経過観察を続けることとした.発症12日目には眼圧は15~19mmHgとなり,視野の中心部以外は光覚を回復し,SCHの吸収は続いた.発症14日目にはやっと視神経乳頭が観察可能となり,視野の中心も光覚が戻り視力は眼前手動弁となった(図4).SCHは発症23日目にほぼ消失し,視力は0.08となったが,網膜全体に皺襞を認め,特に下方に著明であった(図5).網膜皺襞は発症後52日で消失し,視力は0.3に改善した.発症後1年余りの現時点でもブレブは保たれ,眼圧は10mmHg台後半を維持しているが,視力は0.3に留まっている.II考按緑内障術後のSCHと,すべての内眼手術中に起こりうる駆逐性出血とは,重篤さは異なるものの同様の発症機序が想定されている.すなわち典型的には,低眼圧,脈絡膜静脈のうっ滞と漿液滲出,脈絡膜.離,毛様動脈の伸展破綻の諸段階を経て生じるとされ6),この説は摘出人眼7)やウサギを使った実験8)での組織学的検討によって支持されている.SCHの種々の危険因子のうち,今回の症例では,高齢,無硝子体,術中代謝拮抗剤使用,術後の脈絡膜.離があてはまる.無硝子体眼は硝子体のタンポナーデ効果がないため,脈絡膜.離が拡大しやすく,今回の症例では前房深度は正常で,眼圧は6~8mmHgと著しい低眼圧でないにもかかわらず上記の機序が進行してSCHに至ったものと考えられる.SCHの治療として,経強膜的血腫除去と自然吸収を待つ方法とがある.発症時の眼圧に着目すると,SCH発症時に非常な高眼圧をきたしている場合,一般に血腫除去が行われる4.6,9).Frenkelら4)はレクトミー術前視力0.05であった症例が,SCH発症時眼圧が55mmHgまで上昇し,一旦光覚を喪失したが,即日血腫除去とレクトミーの流出路再建を併施し,最終視力0.07を得た症例を報告している.筆者らも,SCH発症時眼圧が70mmHgまで上昇し,視力は指数弁に低下して,即日血腫除去を施行したが,効果が不十分であったため,さらに2回の血腫除去と流出路再建をくり返した結果,最終視力は術前の0.4~0.5を回復できた症例を経験している5).一方,SCHの発症時に眼圧が上がらなかった症例や,一時的に上昇しても,自然にまたは内科的治療によって眼圧下降が得られた症例については,血腫除去か自然吸収待ちかの選択は報告者によってさまざまである.SCHの程度が軽ければ自然吸収待ちが多いようである6)が,重症例の場合,早期に血腫除去を行うか10),数日経過をみてもSCHが軽快してこなければ血腫除去に踏み切る場合が多い2,6,11).今回の症例は重篤な網膜のkissing状態が10日以上も続き,血腫除去術に踏み切るかどうか迷ったが,光覚(+)の範囲が拡大傾向を示したことで経過観察を続け,結果的には自然治癒が得られた.文献的にも今回の症例と同様に,kissingに至った重篤症例での自然吸収の報告がある12).血腫除去術施行症例にも,自然吸収症例にも,良好な視力を得たとする報告が散見される4,5,9,12)ものの,一般的にSCHの予後は悪く,失明~光覚弁も珍しくない9~11).これは網膜.離や増殖硝子体網膜症の合併があることも一因である9~11).多数例を検討した報告3)では,SCH前と後での平均logMAR視力はそれぞれ0.72と1.36(小数視力ではそれぞれおよそ0.2と0.04に相当)であったとしているので,今回SCH吸収後に得られた0.3の視力は比較的良好な範疇に入ると思われる.今回の症例では,SCH発症後も痛みがなく,眼圧も良好であったため経過観察とした.発症後5日目からわずかに吸図5SCH発症23日の眼底写真SCHは消失.網膜全体に皺襞を認めるが,下方に著明.視力は0.08.眼圧は17mmHg.1140あたらしい眼科Vol.27,No.8,2010(128)収傾向が認められ,光覚(+)の範囲は拡大してゆき,発症後3週間で脈絡膜.離はほぼ消失した.視力は3週間で0.08,2カ月弱で0.3となったが,その後は発症後1年余りの現在も改善は認められず,術前の0.7には及ばない.無硝子体眼はレクトミー後のSCH発症危険因子であり,本症例を含めた2例の自験例5)から,無硝子体眼にレクトミーを施行した場合は術後の低眼圧予防に細心の注意が必要と思われる.また,低眼圧をきたす危険の少ない非穿孔性トラベクレクトミー13)やトラベクロトミーなどの術式の採用も考慮すべきと思われた.文献1)RudermanJM,HarbinTSJr,CampbelDG:Postoperativesuprachoroidalhemorrhagefollowingfilterationprocedures.ArchOphthalmol104:201-205,19862)TheFluorouracilFilteringSurgeryStudyGroup:Riskfactorsforsuprachoroidalhemorrhageafterfilteringsurgery.AmJOphthalmol113:501-507,19923)TuliSS,WuDunnD,CiullaTAetal:Delayedsuprachoroidalhemorrhageafterglaucomafiltrationprocedures.Ophthalmology108:1808-1811,20014)FrenkelRE,ShinDH:Preventionandmanagementofdelayedsuprachoroidalhemorrhageafterfiltrationsurgery.ArchOphthalmol104:1459-1463,19865)森秀夫,山口真:トラベクレクトミー術後に上脈絡膜出血を発症するも視機能を保持しえた血小板減少症例.あたらしい眼科26:829-832,20096)GresselMG,ParrishRK,HeuerDK:Delayednonexpulsivesuprachoroidalhemorrhage.ArchOphthalmol102:1757-1760,19847)WolterJR,GarfinkelRA:Ciliochoroidaleffusionasprecursorofsuprachoroidalhemorrhage:Apathologicstudy.OphthalmicSurg19:344-349,19888)BeyerCF,PeymanGA,HillJM:Expulsivechoroidalhemorrhageinrabbits.Ahistopathologicstudy.ArchOphthalmol107:1648-1653,19999)GivensK,ShieldsB:Suprachoroidalhemorrhageafterglaucomafilteringsurgery.AmJOphthalmol103:689-694,198710)小島麻由,木村英也,野崎実穂ほか:緑内障手術により上脈絡膜出血をきたした2例.臨眼56:839-842,200211)木内良明,中江一人,堀裕一ほか:線維柱帯切除術の1週後に上脈絡膜出血を起こした1例.臨眼53:1031-1034,199912)ChuTG,CanoMR,GreenRLetal:Massivesuprachoroidalhemorrhagewithcentralretinalapposition.ArchOphthalmol109:1575-1581,199113)丸山勝彦,白土城照:非穿孔性トラベクレクトミーの良い適応.眼科診療プラクティス98:182,2003***