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Knapp 法が奏効したDouble Elevator Palsy(DEP)の1 例

2022年1月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科39(1):123.126,2022cKnapp法が奏効したDoubleElevatorPalsy(DEP)の1例錦織奈美川田浩克日景史人井田洋輔大黒浩札幌医科大学眼科学教室ACaseofDoubleElevatorPalsy(DEP)SuccessfullySurgicallyTreatedbytheKnappProcedure,aFullTendonWidthVerticalTranspositionoftheHorizontalRectiNamiNishikiori,HirokatsuKawata,FumihitoHikage,YosukeIdaandHiroshiOhguroCDivisionofOphthalmology,SapporoMedicalUniversityC背景:手術療法が奏効したCdoubleelevatorpalsy(以下DEP)のC1例を経験したので報告する.症例:4歳,男児.出生時より右眼上転障害および眼瞼下垂に気づいていた.近医眼科を受診し画像検査にて外眼筋の左右差や頭部疾患を認めずCDEPの診断となった.その後手術目的で札幌医科大学附属病院紹介受診となった.当院初診時,視力は右眼(0.7),左眼(1.2).眼位は右眼下斜視C30CΔで,眼球運動は右眼上転制限を認めた.また,外見上右眼眼瞼下垂を認めていた.5歳時,右眼にCKnapp法(水平直筋上方移動術)を施行した.術後眼位は右眼下斜視C4CΔとなり,右眼上転制限や眼瞼下垂の改善も認められた.結論:本症例においてCDEPに対してCKnapp法は非常に有効であった.今後,多くの症例の蓄積によりCKnapp法の有効性の確定および長期予後を検証していくことが重要であると考えられた.CPurpose:Toreportacaseofdoubleelevatorpalsy(DEP)successfullysurgicallytreatedbytheKnappproce-dure,CaCfullCtendonCwidthCverticalCtranspositionCofCtheChorizontalCrecti.CCasereport:AC4-year-oldCboyCwhoChadCupturndisorderandptosisinhisrighteyesincebirthwasreferredtoourdepartmentforsurgicaltreatmentafterbeingdiagnosedwithDEPatalocalclinic.Uponexamination,30prismdiopters(PD)hypotropiaandupturndisor-der,aswellasptosis,weredetectedinhisrighteye,andtheKnappprocedurewasperformed.Postsurgery,thehypotropiaintherighteyewasreducedto4PDandtheupturndisorderandptosiswereimproved.Conclusion:CThiscaseindicatesthattheKnappproceduremightbeverye.ectivesurgicaltreatmentforDEP,however,futurelong-termstudiesinvolvingalargenumberofpatientsisneededtocon.rmthee.ectivenessoftheprocedure.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C39(1):123.126,C2022〕Keywords:DEP,下斜視,上転障害,Knapp法.doubleelevatorpalsy(DEP)C,hypotropia,upturndisorder,Knappmethod.Cはじめに両上転筋麻痺(doubleCelevatorpalsy:DEP)は上直筋および下斜筋の麻痺により起こる単眼性上転障害で,先天性および後天性が報告されている1.3).多くの患者で眼瞼下垂および偽眼瞼下垂の合併が認められる4.6).先天性の発症にかかわる神経機構については,いまだにはっきりと解明されておらず,原因に関しては不明な点が多いが,責任病巣については上直筋から下斜筋に至る核上性線維が近接して走行する視蓋前域との報告がある7).先天性および症状の固定した後天性CDEPに対しては手術が適応となり,麻痺眼の下斜筋の短縮かCtucking,上直筋の短縮,非麻痺眼の上直筋と下斜筋の後転,あるいは上直筋切腱水平筋部分移動術などの手術法がある4,8).今回,筆者らが行ったCKnapp法(水平筋上方移動術)は麻痺した上直筋の付着部位に内直筋と外直筋の付着部を移動させるという術式であり(図1),水平直筋の力を上方向に変換することにより上転障害の改善が期待できる2,4,9,10).過去にKnapp法により良好な成績が得られた報告が散見されるが,〔別刷請求先〕錦織奈美:〒060-8556札幌市中央区南C1条西C17丁目札幌医科大学眼科学教室Reprintrequests:NamiNishikiori,M.D.,Ph.D.,DivisionofOphthalmology,SapporoMedicalUniversity,East17,S1,Chuo-ku,Sapporo,Hokkaido060-8556,JAPANC上直筋右眼図1Knapp法上直筋の付着部位に,内直筋と外直筋の付着部を移動させる.今回筆者らは先天性のCDEPに対してCKnapp法を施行し,同様に良好な結果を得た症例を経験したので報告する.CI症例患者:4歳,男児.主訴:右眼上転障害,右眼眼瞼下垂.現病歴:出生時より右眼の上転障害と眼瞼下垂に気づいていた.4歳時近医眼科を受診し右眼弱視およびCDEPの診断となった.近医初診時,視力は右眼C0.3(0.4×+2.50D),左眼C0.6(0.8×+3.00D)でありC1年半ほど左眼C3時間遮閉の弱視治療を行っていた.その後視力は右眼C0.5(0.7×+3.75D(cyl.2.75DAx170°),左眼C1.0となり,DEP手術目的で札幌医科大学病院眼科(以下,当科)紹介受診となった.既往歴:特記すべきことなし.家族歴:特記すべきことなし.札幌医科大学附属病院眼科(以下,当科)初診時所見:視力は右眼C0.6(0.7×+1.5D),左眼C1.0(1.2×+1.75D(cylC.0.75DAx20°).眼位は角膜反射法にて,左眼固視で正面視,外転時,内転時とも右眼下斜視C15°,近遠方視での交代プリズム遮閉試験(alternateCprismCcovertest:APCT)にて右眼下斜視C30CΔで,眼球運動は右眼の全方向における上転制限を認めた.右眼の内転,下転,外転は良好で,左眼に眼球運動障害を認めなかった.右眼眼瞼下垂も認め,瞼裂幅は右眼C2.5Cmm,左眼C9Cmmであった(図2).前眼部,中間透光体,眼底に異常はなく,屈折値はトロピカミド,フェニレフリン塩酸塩点眼+シクロペントラート点眼下にて右眼+1.0D,左眼+1.5Dであった.前医療機関で行ったCT検査にて,画像上外眼筋の左右差や欠損はなく,また頭蓋内病変も認められなかった(図3).診断:以上の所見より,右眼のCDEPと診断した.Bell現象は陽性であったことから,核上性麻痺と考えられた.経過:右眼上転障害改善のため,5歳時にCKnapp法を施行した.手術中の右眼の上転方向への牽引試験は陰性であった.術後C2週間の眼位はC4CΔ下斜視と良好な結果が得られ,右眼の内上転および外上転制限や眼瞼下垂の改善が認められた.術後の眼位および眼瞼下垂の推移として,術後C4カ月でC0.4CΔ下斜視,術後C8カ月でC4CΔ下斜視ときわめて安定した結果が得られている.また,内上転制限,外上転制限も改善を認め,瞼裂幅も右眼C7Cmm,左眼C9Cmmで,眼瞼下垂に関しても整容的治癒が得られ,良好な結果を得ることができた(図4).CII考察DEPは向き眼位にて上転障害に変化のない上直筋および下斜筋の麻痺により起こる単眼性上転障害である.後天性も報告されているが先天性が多く認められる2).今回,筆者らが経験した症例は,単眼性の上転障害に眼瞼下垂を伴う先天性のCDEPと診断した.責任病巣に関してはその部位は特定されてはいないが,CT検査で頭蓋内病変はなく,Bell現象が陽性であったことから,核上性麻痺に伴う上転制限を呈する先天性CDEPであると考えられた.また,DEPの多くの患者で眼瞼下垂および偽眼瞼下垂の合併が認められる4.6).本症例も,Knapp法施行後,患眼の眼瞼下垂は軽減したものの,健眼と比較して下垂の残存が認められたことから,眼瞼下垂と偽眼瞼下垂が合併していたものと予想される.一般的に,術前の眼瞼下垂および偽眼瞼下垂の鑑別として,偽眼瞼下垂は,患眼固視時に患眼の眼瞼下垂の改善を認めることで区別されるが5,6),Knapp法施行後の眼瞼下垂改善の予測および眼瞼下垂手術の追加の検討をするうえでも,術前に眼瞼下垂と偽眼瞼下垂の鑑別,ないし合併を確認しておくことが望ましいと考えられた.興味深いことに,CalderiaはC10症例の報告のうちC8症例で麻痺眼が右眼であり11),過去の報告でも同様に麻痺眼が右眼である症例が多いことを報告している.Knapp法を施行した母坪らのC2症例4),光辻らのC1症例5),牧野らのC2症例12),森らのC1症例6)も麻痺眼は右眼であった.今回の筆者らの症例も同様に麻痺眼は右眼であり,先天性CDEPの原因として,責任病巣の局在を示唆する可能性も考えられる.Knapp法の治療効果として,KnappらによるC15例の報告ではC38CΔ(21.55CΔ)の矯正効果があると報告されている1).また,WatsonらのC2症例ではC30CΔ13),CooperらのC4例ではC25CΔ9),Barsoum-HomsyらのC2例ではC29CΔ10),BurkeらのC13例ではC21.1CΔであり14),CalderiaのC10例による報告ではC36.3CΔの矯正効果があったと報告されている11).本症例ではC26CΔの矯正効果が認められ,過去のCKnapp手術の矯正効果と同等なものであった.これはCKnapp法の矯正効果が比較的安定したものであることを示唆すると思われる.今回の症例のみでは断言できないが,偏位量がC30CΔを図2術前眼位眼球運動は右眼上転制限を認めた(上右,上中央,上左).正面視で右眼下斜視C30CΔ,瞼裂幅は右眼C2.5Cmm,左眼C9Cmmで右眼眼瞼下垂を認めた(中央).図34歳時頭部眼窩部CT検査外眼筋の左右差,および欠損は認めなかった.超えるような先天性CDEP症例に対してはCKnapp法を第一選択としてよいと考えられる.しかしながら,長期予後としては術後経過とともに矯正量が増えていく場合があり,最終的には過矯正となる報告もある11).また,上直筋に萎縮のない症例において,経過観察期間とともに矯正効果が増加したという報告もある12).逆に,図4術後眼位眼球運動は右眼上転制限の改善を認めた.正面視で右眼下斜視C4CΔ,瞼裂幅は右眼C7Cmm,左眼C9Cmmで右眼眼瞼下垂の改善を認めた.変動する術後経過に対して,先行するCKnapp法に加えて非麻痺眼に対する外直筋後転内直筋前転術および上直筋後転術など複数の手術を行うことで良好な結果を得た症例報告もある6).本症例では,8カ月経過した現在でも上下の眼位ずれがC4Δ以下,水平斜視C4CΔ以下と良好な結果を維持しているが,先述のように,長期的経過観察中における眼位の変動が多数報告されており,本症例も長期にわたる十分な経過観察をしたうえで,必要に応じて追加手術を検討していきたいと考えている.今後,上下斜視の追加手術が必要な場合は垂直直筋の前後転術で対応する予定である.また,水平斜視の合併時では,Knapp法で水平筋を移動しているため,非麻痺眼での水平筋手術により水平眼位を矯正するなどの術式を検討していく必要があると思われる6,15).以上のように,DEPに対する手術治療としてCKnapp法を最初に選択することが望ましいと考えられるが,複数回の手術が必要であった報告も認められれるため,今後の推移に十分な経過観察が必要であると思われた.CIII結語上下偏位量がC30CΔを超えるような先天性CDEP症例に対しては,Knapp法を第一選択としてよいと考えられる.文献1)KnappP:TheCsurgicalCtreatmentCofCdouble-elevatorCparalysis.TransAmOphthalmolSocC67:304-323,C19692)坂上達志,岩重博康,久保田伸枝ほか:DoubleCelevatorpalsyとその手術.眼臨C82:2355-2365,C19883)三村治:DoubleCelevatorCpalsy.神経眼科C1:452-453,C19844)母坪雅子,木井利明,稲場深里ほか:先天性CDoubleEleva-torPalsy2症例の手術経験.臨眼C95:637-639,C20015)光辻辰馬,菅澤淳,江富朋彦:Knapp法および上下直筋の後転短縮術を施行した先天性CdoubleCelevatorpalsyのC1例.臨眼C101:888-890,C20076)森真喜子,中馬秀樹,河野尚子ほか:手術療法が奏効したCdoubleelevatorpalsyの一例.眼紀C6:195-198,C20137)沼田このみ,狩野俊哉:DoubleCelevatorpalsyのC1例.眼紀C39:1456-1462,C19888)BrooksSE,OlitskySE,deBarrosRibeiroG:AugmentedHummelsheimprocedureforparalyticstrabismus.JPedi-atrOphthalmolStrabismusC37:189-195,C20009)CooperCEL,CGreenspanJ:OperationCforCdoubleCelevatorCparalysis.JPediatrOphthalmolStrabismusC8:8-14,C197110)Barsoum-HomsyM:CongentialCdoubleCelevatorCpalsy.CJPediatrOphthalmolStrabismusC20:185-191,C198311)CalderiaJA:VerticalCtranspositionCofCtheChorizontalCrec-tusCmusclesCforCcongenital/earlyConset“acquired”doubleCelevatorpalsy:ACretrospectiveClongCtermCstudyCofC10CconsecutiveCpatients.CBinoculCVisCStrabismusCQC15:C29-38,C200012)牧野伸二,木野内理恵子,保沢こずえほか:DoubleCeleva-torpalsyにおけるCKnapp法の手術成績と上直筋の画像所見.臨眼C100:659-663,C200613)WatsonAG:Anewoperationfordoubleelevatorparesis.TransCanOphthalmolStrabismusC8:8-14,C197114)BurkeCJP,CRubenCJB,CScottWE:VerticalCtranspositionCofCtheChorizontalrecti(KnappCprocedure)forCtheCtreatmentCofdoubleelevatorpalsy:e.ectivenessandlong-termsta-bility.BrJOphthalmolC76:734-737,C199215)仁科幸子,鎌田裕子,平形恭子:水平筋上方移動術施行例の検討.臨眼C99:320-325,C2005***

眼部打撲による外傷性動眼神経麻痺の1例

2016年5月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科33(5):746〜748,2016©眼部打撲による外傷性動眼神経麻痺の1例宇田川さち子*1大久保真司*1高比良雅之*1柿﨑裕彦*2杉山和久*1*1金沢大学医薬保健学域医学系眼科学*2愛知医科大学眼形成・眼窩・涙道外科ACaseofTraumaticOculomotorNervePalsyduetoOcularContusionSachikoUdagawa1),ShinjiOhkubo1),MasayukiTakahira1),HirohikoKakizaki2)andKazuhisaSugiyama1)1)DepartmentofOphthalmology,KanazawaUniversityGraduateSchoolofMedicalScience,2)DepartmentofOphthalmology,AichiMedicalUniversitySchoolofMedicine眼部打撲による外傷性動眼神経麻痺の1例を経験した.症例は22歳,男性.手甲部が右眼部に当たり,同日に金沢大学附属病院・救急外来を受診した.右眼球運動障害,右軽度眼瞼下垂,右眼散瞳(右眼直接・間接反射消失)がみられ,眼窩部CT(computedtomography)で右上下眼瞼皮下血腫,皮下気腫がみられたが,明らかな眼窩壁骨折はなく,眼窩部MRI(magneticresonanceimaging)で右下直筋,外直筋に血腫,腫脹がみられた.約2週間後には,眼瞼下垂は消失,眼球運動障害は徐々に改善し,約3カ月後には正面視と日常生活範囲での複視は消失した.最終受診時には眼瞼下垂や日常生活範囲内での複視はなかったが,右上転障害と右内眼筋障害が残存した.Wereportacaseoftraumaticoculomotornervepalsyduetoocularcontusion.A22-year-oldmale,whohadstruckhisrighteyewiththebackofhishand,visitedKanazawaUniversityHospitalwithmotilitydisorderandmydriasis(lossofbothdirectandindirectreflex)inhisrighteyeandmildrightuppereyelidptosis.Computedtomography(CT)scansshowedsubcutaneoushematomaandemphysemaoftherightupperandlowereyelids,butnoorbitalwallfracture.Magneticresonanceimaging(MRI)revealedhematomaandswellingintherightinferiorandlateralrecti.Theptosisdisappearedandtheoculomotordisorderimprovedin2weeks;diplopiaatprimarypositionandindailylifedisappearedin3months.Athisfinalvisit(inthe8thmonth),limitedrighteyeelevationandintraocularmuscledisorderstillremained.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(5):746〜748,2016〕Keywords:眼窩部打撲,外傷性動眼神経麻痺,上転障害,内眼筋障害.ocularcontusion,traumaticoculomotornervepalsy,limitedelevation,intraocularmuscledisorder.はじめに眼部打撲では眼窩吹き抜け骨折の報告が多数みられるが,外傷性動眼神経麻痺の報告は,トラップドア型の眼窩吹き抜け骨折に動眼神経の下斜筋枝が巻き込まれたという2例の報告のみである1).外傷性動眼神経障害の回復は,通常,眼瞼下垂,外眼筋麻痺の順に生じ,瞳孔異常の回復は遅れるとされている2).今回,眼部打撲による外傷性動眼神経麻痺の1例を経験したので報告する.I症例患者:22歳,男性.主訴:眼窩部の打撲と眼痛,眼瞼腫脹.家族歴:特記すべきことなし.既往歴:特記すべきことなし.現病歴:2012年7月4日の午前4時頃,ワインのコルクを抜こうとしたときに手甲部が右眼部に当たり,同日に金沢大学附属病院救急外来を受診した.右眼球運動障害がみられ,眼窩部CTで右眼瞼皮下血腫,皮下気腫を認めたが,明らかな眼窩壁骨折はなかった.MRIでは,脳ヘルニアなど頭蓋内病変はなく,動眼神経を圧迫する占拠性病変も認められなかった.また,右眼外直筋,右眼下直筋に血腫,腫脹がみられた(図1b).同日,眼科初診となった.眼科初診時所見:視力は,VD=0.4(0.9×sph+2.00(cyl−1.50DAx160°),VS=1.2(n.c.)であり,右眼に眼瞼腫脹と軽度の眼瞼下垂がみられた.右眼の前眼部所見では,結膜下出血や散瞳がみられた.明所での瞳孔径は右眼6.5mm,左眼2.5mm,暗所でのそれは右眼7.5mm,左眼4.5mmであった.右眼の対光反射は直接・間接ともに消失していた(図1,2).右眼に1%ピロカルピン塩酸塩点眼液を点眼すると縮瞳がみられた.右眼球運動障害を認め,とくに内ひき・下ひき・上ひき制限が著明で,右動眼神経麻痺が疑われた.上方視後すぐに下方視を指示した際に右眼の内方回旋がみられたことより,右滑車神経麻痺の合併はないと思われた.全方向での複視を生じていた.治療:受傷1週間後からステロイドの内服(プレドニゾロン,30mg/日)を開始した.14日後には,眼瞼下垂は消失し,その後,眼球運動障害は徐々に改善した.受傷82日後には,正面視と日常生活範囲での複視が消失していたため,プレドニンの内服を中止とした.最終受診時所見:視力はVD=(1.2×sph+1.25(cyl−0.50DAx5°),VS=(1.2×sph+0.50D),近見視力NVD=0.25(0.9×sph+2.00(cyl−0.50DAx5°),NVS=1.0(1.0×sph+0.50)で,右眼の近見視力測定の際には,+0.75Dの近見加入を必要とした.眼瞼下垂や日常生活範囲内での複視は認められなかったが,右眼の上転障害が残存し(図3a,b),対光反射および輻湊時の縮瞳が不十分であった(図3c).II考按外傷による動眼神経麻痺は,二次性のものが多く,重症頭部外傷に伴う脳ヘルニアが原因で生じるものが大多数であり,それ以外の一次性によるものは1%程度といわれている3,4).一次性動眼神経麻痺である外傷性動眼神経単独麻痺は比較的まれであり,発生頻度は0〜15%と報告されている5,6).しかし,一次性の動眼神経麻痺は比較的よく回復するので,報告自体は少数ではあるが,実際はそれほどまれなものではないと考えられる.眼部打撲では眼窩吹き抜け骨折の報告が多数みられるが,外傷性動眼神経麻痺の報告は,トラップドア型の眼窩吹き抜け骨折に動眼神経の下斜筋枝が巻き込まれたという2例の報告のみである1).本症例では,MRIで右眼外直筋,右眼下直筋に血腫,腫脹がみられた.眼瞼下垂は眼瞼浮腫の消失とともに受傷14日後には消失したため,動眼神経麻痺による眼瞼下垂ではなく,眼瞼浮腫および皮下血腫によるものと考えられた.瞳孔は,1%ピロカルピン塩酸塩点眼液によって縮瞳がみられたことから,瞳孔括約筋の障害による外傷性散瞳ではなく,副交感神経線維の障害であることが示唆された.右眼の近見視力測定時に+0.75Dの付加が必要であり,調節力の低下が示唆されたこと,また,対光反射および輻湊時の縮瞳が左眼に比べて不十分であったことからも,上記推測が支持されるものと考える.軽微な外傷による毛様体神経節障害はよく知られているところではあるが,本症例も右眼部打撲によって,毛様体神経節障害が生じ動眼神経の副交感神経の障害が残存したと考えられる.瞳孔障害に関しては,頭部外傷による一次性動眼神経麻痺の報告では,腹側表面を走行する瞳孔線維がとくに損傷され内眼筋麻痺は難治性となる7)ことが指摘されている.上転障害の残存については,下直筋の筋内出血により,治癒過程で瘢痕化もしくは線維化が生じたためと考えられる.その結果,下直筋の伸展障害が生じ,上転障害が残存したものと推測される.また,動眼神経内においてpupillaryfiberは中脳を出た直後は背内側表面を走行し,硬膜貫通部周囲では腹側表面を走行するが8),この解剖学的特徴から,外傷の際には動眼神経下枝がもっとも影響を受けやすいと考えられる.本症例ではとくに下直筋,下斜筋,副交感神経線維の障害が生じ,それに加え,下直筋の伸展障害による上転障害が合併したと推測された.しかし,今回はfocedductiontest(牽引試験)を施行していないため,上転障害の原因が伸展障害によるものであるのか,神経麻痺によるものであるのかの鑑別は困難である.以上のことから,外傷による外眼筋の物理的損傷および動眼神経麻痺が合併した眼球運動障害である可能性が示唆された.本症例では,眼球運動障害はある程度の改善がみられたが,瞳孔運動障害,調節障害すなわち,内眼筋障害の回復は十分ではなかった.文献1)KakizakiH,ZakoM,IwakiMetal:Incarcerationoftheinferiorobliquemusclebranchoftheoculomotornerveintwocasesoforbitalfloortrapdoorfracture.JpnJOphthalmol49:246-252,20052)KaidoT,TanakaY,KanemotoYetal:Traumaticoculomotornervepalsy.JClinNeurosci13:852-855,20063)MemonMY,PaineWE:Directinjuryoftheoculomotornerveincraniocerebraltrauma.JNeurosurg35:461-464,19714)NagasekiY,ShimizuT,KakizawaTetal:Primaryinternalophthalmoplegiaduetoheadinjury.ActaNeurochir97:117-122,19895)ChenCC,PaiYM,WangRFetal:Isolatedoculomotornervepalsyfromminorheadtrauma.BrJSportsMed39:e34,20056)MuthuP,PrittyP:Mildheadinjurywithisolatedthirdnervepalsy.EmergMedJ18:310-311,20017)勝野亮,小林士郎,横田裕行ほか:一次性動眼神経麻痺をきたした軽症頭部外傷の2症例.BRAINandNERVE:神経研究の進歩60:89-91,20088)角田茂,京井喜久男,内海庄三郎ほか:一側性動眼神経単独麻痺に関する研究.奈良医学雑誌37:605-609,1986図1a初診時の9方向むき眼位写真正面視では右眼外斜視,右眼は上転,下転,内転障害が著明である.図1b初診時,MRI(冠状断面)の脂肪抑制併用T1強調画像(左),脂肪抑制併用T2強調画像(右)頭蓋内病変はなく,右外直筋,右下直筋に血腫,腫脹がみられた(矢印).図2初診時の瞳孔所見(暗室)左眼2.5mm,暗室では右眼7.5mm,左眼4.5mmで瞳孔不同がみられた.右眼は直接・間接対光反射は消失,左眼は直接および間接対光反射は迅速かつ完全であった.図3a最終受診時(受傷後252日)の9方向眼位写真右上方視時に右眼の遅動がみられる.図3b最終受診時(受傷後252日)のHess赤緑試験の結果右眼の上転制限がみられる.図3c右眼の瞳孔所見(細隙灯顕微鏡スリット光による直接対光反射)右眼に細隙灯顕微鏡の強いスリット光を当てても,直接対光反射は不十分であった.〔別刷請求先〕宇田川さち子:〒920-8641石川県金沢市宝町13-1金沢大学医薬保健学域医学系眼科学Reprintrequests:SachikoUdagawa,DepartmentofOphthalmology,KanazawaUniversityGraduateSchoolofMedicalScience,13-1Takara-machi,Kanazawa,Ishikawa920-8641,JAPAN0794160-181あ0/た160910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(123)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016747748あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(124)