《原著》あたらしい眼科30(11):1629.1632,2013c回折型多焦点眼内レンズ挿入後不満例の検討ビッセン宮島弘子*1吉野真未*1大木伸一*1南慶一郎*1平容子*2*1東京歯科大学水道橋病院眼科*2眼科龍雲堂醫院EvaluationofUnsatisfiedPatientsfollowingDiffractiveMultifocalIntraocularLensImplantationHirokoBissen-Miyajima1),MamiYoshino1),ShinichiOki1),KeiichiroMinami1)andYokoTaira2)1)DepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollegeSuidobashiHospital,2)RyuundoEyeClinic目的:回折型多焦点眼内レンズ(IOL)挿入後の不満例の割合と要因を検討した.対象および方法:東京歯科大学水道橋病院および眼科龍雲堂醫院において白内障手術時に回折型多焦点IOLが挿入された252例464眼のうち,挿入後3カ月以上経過しても見え方に不都合を訴える例を不満群,それ以外をコントロール群とし,不満群の割合,不満の原因および術前後の患者背景を検討した.結果:不満群は全体の6.7%で,コントラスト感度低下が原因と思われる自覚的な見え方への訴えが多かった.不満群はコントロール群と比較して,術前矯正視力が良好,術後裸眼・矯正近方視力が不良,コントラスト感度が低下していた.年齢,性別,術後屈折および裸眼・矯正遠方視力,残余屈折矯正目的にて施行のLASIK(laserinsitukeratomileusis),眼鏡装用率には有意差を認めなかった.結論:多焦点IOL挿入後の不満例の頻度は低いが,術前の期待度に比べコントラスト感度低下に起因する見え方や近方視力不良が原因となっていることが示唆された.Itiswellknownthatsomepatientscomplainaboutvisualqualityfollowingimplantationofthediffractivemultifocalintraocularlens(IOL).Of252patients(464eyes)whoreceiveddiffractivemultifocalIOLs,the6.7%whocomplainedaboutvisualqualityat3monthspostoperatively(dissatisfiedgroup)werecomparedtotheotherpatients(controlgroup).Higherriskofdissatisfactionwasfoundinpatientswithbetterpreoperativecorrectedvisualacuity,lowerpostoperativecontrastsensitivityanduncorrected/correctednearvisualacuities.Therewerenogroupdifferencesinpatientage,gender,postoperativerefraction,uncorrected/correcteddistancevisualacuities,LASIK(laserinsitukeratomileusis)forresidualrefractiveerrororspectacleusage.Althoughtherateofdissatisfiedpatientswaslow,visualsymptomsbasedonlowercontrastsensitivityandpoornearvisualacuityseemtobethemainreasonsfordissatisfaction.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(11):1629.1632,2013〕Keywords:多焦点レンズ,回折,不満,裸眼視力,コントラスト感度.multifocallens,diffraction,dissatisfaction,uncorrectedvision,contrastsensitivity.はじめに白内障手術時において,多焦点眼内レンズ(IOL)を用いた水晶体再建術が2008年に先進医療として認められ,施設基準を満たした医療機関は260施設以上(2013年時点,厚生労働省のウェブサイトによる)となっている.しかし,症例数は,2012年度で約4,000件と白内障手術の年間100.120万件の0.5%にも満たない数である.回折型多焦点IOLは,挿入後,良好な遠方と近方裸眼視力が得られ,日常生活における眼鏡依存度を減らすことができることから1.4),患者のQOL(qualityoflife)の向上が期待できる.一方,このような利点があるにもかかわらず症例数が少ないのは,手術費が単焦点IOLを用いた水晶体再建術と同じ保険適用でなく全額患者負担になること,多焦点IOL挿入後の不満例があることが考えられる5,6).今後,多焦点IOLが普及していくなか,不満例の割合および原因を知ることが重要と考え,回折型多焦点IOLが挿入された症例に対して後ろ向きに調〔別刷請求先〕ビッセン宮島弘子:〒101-0061東京都千代田区三崎町2-9-18東京歯科大学水道橋病院眼科Reprintrequests:HirokoBissen-Miyajima,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollegeSuidobashiHospital,2-9-18Misaki-cho,Chiyoda-ku,Tokyo101-0061,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(137)1629査を行った.I対象および方法対象は2003年10月から2009年1月までに,東京歯科大学水道橋病院,および眼科龍雲堂醫院にて白内障手術時に回折型多焦点IOLが挿入された252例464眼である.挿入されたIOLはSA60D3,SN60D3,SN6AD3(アルコン社,274眼),および,ZM900(AMO社,190眼)で,手術は同じ術者が両施設で行った.術後3カ月以降の診察時に満足度を①非常に不満,②不満,③不満なくまあまあ,④満足,⑤非常に満足の5段階に分け聞き取り調査し,①および②を不満群,③から⑤をコントロール群とした.なお,多焦点IOL挿入後の屈折誤差に対しては希望があればLASIK(laserinsitukeratomileusis)による屈折矯正手術を施行し,後発白内障による視力障害がある場合はYAGレーザー後.切開を行った.これらの症例では,LASIKあるいはYAGレーザー後.切開後に満足度を調査した.不満例となった要因としては,年齢,性別,多焦点IOL挿入前の視力と屈折(等価球面度数,角膜乱視度数),挿入後の追加手術の有無(LASIK,YAGレーザー後.切開術),および挿入後の裸眼および矯正視力(遠方,近方),屈折(等価球面度数,自覚乱視度数),コントラスト感度,および,眼鏡装用状況を検討した.コントラスト感度は,CSV-1000(VectorVision社)を用いて遠方矯正下で測定した.各要因について不満群とコントロール群で統計学的に検定し,p<0.05を有意差ありとした.II結果1.不満例の割合と理由不満群は252例464眼中,17例31眼と全症例の6.7%で,5.6%は両眼挿入例(14眼),1.2%は片眼挿入例(3眼)であった.不満の理由は,“膜がかかったように見える”,“全体がかすむ”といったコントラスト感度低下に起因する視機能低下が62.5%と最も多く,“近くが見えない”(12.5%)“遠くも近くも見えない”(2.5%)と裸眼視力が期待以下であ(,)った例が15%,視力の左右差が2.5%の割合であった.2.不満例の要因a.術前の年齢,性別多焦点IOL挿入時の平均年齢は,不満群が64.8±8.2歳,コントロール群が65.0±11.0歳で両群間に有意差はなかった(p=0.90,対応のないt検定).両群の年齢分布を図1に示す.不満群は60代が47%で最も多かった.性別は不満群の88.2%が女性,11.8%が男性,コントロール群の69.4%が女性,30.6%が男性と女性が多かったが有意1630あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013不満群コントロール群50歳未満60~69歳47%70~79歳29%50~59歳80~89歳9%50~59歳24%5%15%60~69歳35%70~79歳36%図1術前の年齢分布表1術後処置不満群コントロール群眼数(不満群内での割合)眼数(コントロール群内での割合)YAGレーザ1(3.2%)13(3.0%)LASIK5(16.1%)29(6.7%)LASIKのみ有意差あり(p<0.05.c2検定).表2術後視力および屈折値不満群コントロール群遠方裸眼視力0.980.94矯正視力1.191.20近方裸眼視力0.610.72矯正視力0.780.95屈折等価球面(D)自覚乱視(D).0.06±0.45.0.39±0.56.0.05±0.46.0.57±0.52差はなかった(p=0.10,c2検定).b.術前視力および屈折遠方矯正小数視力の平均は不満群が0.97,コントロール群が0.61と,不満群のほうが良好であった(p=0.0005,Mann-Whitney検定).等価球面度数は不満群が.2.9±4.6D,コントロール群が.1.1±4.0Dと不満群で術後屈折が有意に近視寄りであった(p=0.046,t検定).角膜乱視は不満群が.0.8±0.4D,コントロール群が.0.8±0.6Dと両群とも1D以下であった.c.術後処置(表1)多焦点IOL挿入後に残余屈折異常の矯正目的でLASIKが施行された34眼のうち不満群は5眼,YAGレーザー後.切開が施行された14眼のうち不満群は1眼で,コントロール群で同処置を行った割合と比べて有意差はなかった(p=0.052,0.94,c2検定).d.挿入後の視力および屈折遠方視力(裸眼および矯正),近方視力(裸眼,遠方矯正下,および矯正),屈折値(等価球面度数,自覚円柱度数)の(138)CSV-1000ContrastSensitivityコントロール群不満群SpatialFrequency(CyclesPerDegree)12,18cpdで有意差あり(p=0.025,t検定)図2装用眼鏡の種類結果を表2に示す.近方視力は,裸眼,遠方矯正下,矯正とも不満群は有意に低下していた(p=0.011).それ以外の項目では両群間に有意差を認めなかった.e.コントラスト感度両群とも60.69歳の正常範囲に入っていたが(図2),不満群が12,18cpdにてコントロール群に比較して有意に低下していた(p=0.025,t検定).f.眼鏡装用状況不満群が16.2%,コントロール群が9.4%で両群に有意差はなかった(p=0.24,c2検定).装用眼鏡の種類は不満群で遠用40%,中間用20%,近方40%,コントロール群で遠用41%,中間用21%,近用38%と両群とも類似した傾向であった.III考按多焦点IOL挿入後は,単焦点IOL挿入後より不満を訴える例が多く,その程度が重篤な場合が多いことが危惧されている.すでに多焦点IOL挿入後の不満例について報告があるが,後発白内障,残余屈折,瞳孔径により視機能障害があり,これらの問題に対して処置を行うことで改善したというものである5,6).しかし,改善しない場合は多焦点IOLの摘出となり,回折型のみならず屈折型でも報告されている7,8).今回は,多焦点IOLのなかで挿入頻度が高い回折型における不満を訴える割合,術前あるいは術後の要因を検討した.(139)まず,不満例の割合だが,今までの報告は不満を訴えた症例が32例43眼5),49例76眼6)と複数施設における結果のため症例数は多いが,挿入された施設での不満例の割合は不明である.今回の6.7%という不満例の割合から,術前に適応を検討し,術後に何らかの処置をしても多焦点IOL挿入後に10%以下の割合で不満を訴える可能性があることを術者が知っておくことは重要と考える.今回の症例はLASIKやYAGレーザー後の不満例としたが,海外の不満例の報告と同様に術後屈折誤差や後発白内障例をすべて含めると全体の10.4%となり,不満を訴える例でも適切な処置を行うことで一部の症例では解決できることがわかる.不満の理由として全体の半数以上を占めた“膜がかかったよう”,“全体がかすむ”というのは,海外の報告で“blurredvision”が最も多かった結果と一致していた5.7).しかし,海外の報告では,これらの症例で後発白内障例にはYAGレーザー,不同視や乱視例には屈折矯正手術を施行し症状が改善しているが,本報告はこれらの処置を行っても不満を訴える例で,別の要因を考える必要がある.年齢,性別については不満例とコントロール群で有意差を認めなかったが,術前矯正視力が良好な例ほど不満を訴える可能性が高いことがわかった.術前に視力が低下している症例ほど術後の改善度が明らかに認識されるが,術前の視力が良好な症例は,術後に視力が改善しても見え方の質,すなわちコントラスト感度の低下をより自覚しやすく,そのため満足度が低い可能性がある9).欧米で白内障による視力低下がない場合でも,老眼への対処として多焦点IOLを挿入する際,不満を訴えやすい結果と類似する10).術後処置について,今回の検討は,視力に影響すると思われる屈折誤差,後発白内障がある場合,LASIKやYAGレーザー後.切開術を行ってからの満足度とした.施行率は両群で差がなかったが,これらの処置を施しても不満が残る例があることに注意すべきである.YAGレーザーは,多焦点IOLを摘出して単焦点IOLに交換する可能性を念頭におき安易に施行すべきでないとされている5).術後裸眼および矯正視力は,一般的に最も不満の原因につながる要素である.挿入されたIOLは近方加入度数が+4.0D,光学部全体が回折型,中央3.6mm径がアポダイズ回折型の2種類だが,明室における視力検査結果に差はでにくいと考えた.遠方視力は裸眼および矯正とも両群で有意差を認めなかったが,近方視力は裸眼,遠方矯正下,矯正とも不満群で有意に低下していた.挿入した不満群に近視眼が多かったことから,近方視力への期待度が高く,視力が出にくかったことが不満の原因につながっていた可能性は否定できない.術後コントラスト感度は不満例において中から高周波数領域で低下しており,これは自覚的な見え方に対する不満と一あたらしい眼科Vol.30,No.11,20131631致する.回折型デザインの欠点はコントラスト感度の低下であるが,多くの症例は両眼挿入で比較的良好なコントラスト感度が保たれている.事前にどのような症例でコントラスト感度低下を自覚するのか予測できないため,不満例をできるだけ少なくするには術前に十分な説明をし,患者の十分な理解を得て挿入することが重要である.眼鏡装用率は不満例のほうが高かったが,統計学的な有意差はなかった.見え方に不満がある場合,多少の屈折矯正でも自覚的な見え方が改善することに期待し,眼鏡装用を試みる場合が多いためと思われる.その他,不満の訴えとして,夜間のグレア・ハローがあるが,本症例における不満例でこれらの症状を訴える例はなかった.近年,高次収差が測定できるようになり,視機能を検討するうえで有用な検査法とされている.回折型IOL挿入眼では測定が困難な場合があり,本症例群で信頼できる結果が得られた症例数が限られたため,不満の要因としての検討は行わなかった.装置の測定ポイント数が増え,以前より測定可能な症例が増えているので,今後,高次収差と不満例についても検討していきたい.不満の要因として,その他にドライアイやIOL偏位があげられるが,本症例の不満例には人工涙液点眼を処方し,何らかの改善がみられるか確認している.IOL位置については,普通瞳孔で回折リングの位置で偏位が確認できるが,視機能に影響を及ぼすような偏位例はなかった.これらのことから,不満例の要因は,回折型デザイン特有のコントラスト感度低下に起因する見え方の不都合,あるいは近方視力が期待度以下であったことが考えられる.不満例をゼロにすることは不可能だが,術前にコントラスト感度低下に伴う見え方および現実的な近方の見え方を説明し,理解が得られなかったり,不安がある場合には多焦点IOLの挿入を見合わせることを考慮すべきである.特に術前視力が良好な症例ではこれらの点に留意すべきと考えられた.文献1)ビッセン宮島弘子,林研,平容子:アクリソフRApodized回折型多焦点眼内レンズと単焦点眼内レンズ挿入成績の比較.あたらしい眼科24:1099-1103,20072)AlfonsoJF,Fernandez-VegaL,AmhazHetal:Visualfunctionafterimplantationofanasphericbifocalintraocularlens.JCataractRefractSurg35:885-892,20093)KohnenT,NuijtsR,LevyPetal:Visualfunctionafterbilateralimplantationofapodizeddiffractiveasphericmultifocalintraocularlenseswitha+3.0Daddition.JCataractRefractSurg35:2062-2068,20094)ビッセン宮島弘子,林研,吉野真未ほか:近方加入+3D多焦点眼内レンズSN6AD1の白内障摘出眼を対象とした臨床試験成績.あたらしい眼科27:1737-1742,20105)WoodwardMA,RandlemanJB,StultingRD:Dissatisfactionaftermultifocalintraocularlensimplantation.JCataractRefractSurg35:992-997,20096)DeVriesNE,WebersCA,TouwslagerWRetal:Dissatisfactionafterimplantationofmultifocalintraocularlenses.JCataractRefractSurg37:859-865,20117)GalorA,GonzalezM,GoldmanDetal:Intraocularlensexchangesurgeryindissatisfiedpatientswithrefractiveintraocularlenses.JCataractRefractSurg35:1706-1710,20098)鳥居秀成,根岸一乃,村戸ドールほか:羞明感と眼精疲労により多焦点眼内レンズを交換した2例.臨眼64:459463,20109)鳥居秀成:多焦点眼内レンズのコントラスト感度とグレア・ハロー症状.眼科手術26:419-425,201310)PeposeJS:Maximizingsatisfactionwithpresbyopia-correctingintraocularlenses.Themissinglinks.AmJOphthalmol146:641-648,2008***1632あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013(140)