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COVID-19 のワクチン接種後の両眼同時発症 急性原発閉塞隅角症

2024年7月31日 水曜日

《第34回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科41(7):843.846,2024cCOVID-19のワクチン接種後の両眼同時発症急性原発閉塞隅角症桑野和沙渡邉友之小川俊平渡邉朗中野匡東京慈恵会医科大学眼科学講座CACaseofBilateralAcutePrimaryAngleClosureFollowingCOVID-19VaccinationKazusaKuwano,TomoyukiWatanabe,SyunpeiOgawa,AkiraWatanabeandTadashiNakanoCDepartmentofOphthalmology,JikeiUniversitySchoolofMedicineC緒言:近年,COVID-19関連眼炎症性疾患発症の報告が散見される.今回筆者らはCCOVID-19ワクチン接種翌日に両眼同時発症した急性原発閉塞隅角症(APAC)の症例を経験したので報告する.症例:69歳,女性.4回目ワクチン接種翌日に右眼の羞明,痛みを自覚し,前医を受診した.眼圧は両眼C62CmmHg,浅前房,中等度散瞳を認め,両眼APACの診断で当院に紹介受診となった.眼軸長は両眼C24Cmm程度で,続発性を考慮して薬物治療を行い,発作は解除されたが,X+13日に右眼CAPACが再発し,同日右眼水晶体再建術を施行した.左眼はC1カ月後に左眼水晶体再建術を施行し,APACの再発はない.原因検索目的の血液検査,胸部CX線写真では異常所見を認めなかった.考察:両側同時発症のCAPACはまれで,既報の多くが続発性である.本症例は明らかな誘因を指摘できずCCOVID-19のワクチンの影響が否定できない.明確な因果関係については今後のデータの集積が必要である.CPurpose:Toreportacaseofbilateralacuteprimaryangleclosure(APAC)followingCOVID-19vaccination.Case:ThisCstudyCinvolvedCaC69-year-oldCfemaleCpatientCinCwhomCanCintraocularCpressureCofC62CmmHg,CshallowCanteriorchambers,andmoderatemydriasiswereobservedinbotheyesat1dayafterherfourthCOVID-19vacci-nation.ShewasreferredtoourhospitalwithadiagnosisofAPACinbotheyes.HerseizureswereresolvedwithdrugtreatmentinconsiderationofsecondaryAPAC,yet13dayslater,recurrenceofAPACwasobservedinherrighteyeandphacoemulsi.cationsurgerywasperformed.Onemonthlater,phacoemulsi.cationsurgerywasper-formedonherlefteye.Noabnormal.ndingswerefoundinbloodtestsandchestX-raysperformedtoelucidatethecause.Conclusion:Nocleartriggercouldbeidenti.edinthiscase,yetthein.uenceoftheCOVID-19vaccinecannotberuledout.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C41(7):843.846,C2024〕Keywords:COVID-19,ワクチン,両眼同時発症,APAC.COVID-19,vaccination,bilateralsimultaneousonset,APAC.Cはじめに急性原発閉塞隅角緑内障(primaryCangleCclosureCglauco-ma;PACG)および急性原発閉塞隅角症(acuteCprimaryCangleclosure;APAC)では,しばしば眼圧が著しい高値となり,視力低下,霧視,虹視症,眼痛,頭痛,悪心・嘔吐,対光反射の減弱・消失などの症状を呈する.対応が遅れると重篤な視野障害や,失明に至る.このため早期に原因を特定し,眼圧を低下させる必要がある.通常CAPACはその特徴的な症状と所見から診断は容易であるが,両側同時発症のAPACはまれであり,これまでの報告でも多くが続発性であり,原因検索が必要となる.これまでCVokt-Koyanagi-Haradasyndrome(VKH)に続発するもの,薬物性,手術麻酔後,ウイルス感染,Weill-Marchesani症候群,両眼虹彩.胞,小眼球症に続発するもの,および蛇咬傷などの報告がある.新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対するワクチン接種後の眼合併症としては,視神経障害,ぶどう膜炎,ヘルペス性角膜炎,角膜移植拒絶反応,網脈絡膜炎などが報告されている.今回筆者らは,COVID-19ワクチン接〔別刷請求先〕桑野和沙:〒105-8461東京都港区西新橋C3-25-8東京慈恵会医科大学眼科学講座Reprintrequests:KazusaKuwano,DepartmentofOphthalmology,JikeiUniversitySchoolofMedicine,3-25-8Nishi-Shimbashi,Minato-ku,Tokyo105-8461,JAPANC図1来院時の前眼部光干渉計所見CASIA2(トーメーコーポレーション)にて,浅前房(上段),iridotrabecularcontact(ITC)にて広範囲な隅角閉塞(下段)を認める.種の翌日に,両眼同時に著明な高眼圧,浅前房,中等度散瞳を呈したCAPAC症例を経験した.原因検索のための採血,胸部CX線ではぶどう膜炎を疑う所見はみられず,COVID-19ワクチンとの関連を否定できなかった.今回の症例について,既報のワクチン関連眼疾患の考察を加え報告する.CI症例症例はC69歳,女性で,X-1日,COVID-19ワクチン(ファイザー社)のC4回目を接種した.X日,深夜C1時ころテレビを見ている際に右眼の羞明,痛みを自覚するも様子をみていた.X+1日,症状が改善しないため前医を受診した.視力は右眼C0.07(0.5C×sph.4.50D(cyl.0.50DAx125°),左眼0.01(1.0C×sph.3.25D(cyl.0.75DAx50°)で,両眼の眼圧はC62CmmHgであった.急性緑内障発作が疑われグリセオール点滴後に当院へ紹介受診となった.当院の来院時眼圧は右眼C56CmmHg,左眼C19CmmHgで,両眼ともに浅前房と中等度散瞳を認めた.前眼部光干渉断層計CCASIA2(トーメーコーポレーション)(図1)では両眼ともに浅前房がみられ,前房深度は右眼C1.59Cmm,左眼C1.65Cmm,iridotrabecularcontact(ITC)indexは右眼C92.8%,左眼C80.0%,LT(lensthickness)は右眼C5.43mm,左眼C5.47mm,LV(lensvault)は右眼C0.87mm,左眼C0.81mm,眼軸長は右眼C24.09mm,左眼C23.84Cmmであった.両眼ともに眼底には,漿液性網膜.離や脈絡膜肥厚,波打ち所見などを認めず,VKHは否定的であった.右眼眼底(図2)には耳側網膜に白色病変を認め,同日に施行したフルオレセイン/インドシアニングリーン蛍光造影検査(FA/ICGA)では同部位からの蛍光漏出を認めたが,その他炎症所見などを認めなかった.原因検索のための採血では有意な所見はなく,胸部CX線では肺門部リンパ節腫脹などサルコイドーシスを疑う所見を認めなかった.続発性のCAPACと診断しCD-マンニトール点滴,ピロカルピン塩酸塩点眼,ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム点眼薬物治療で眼圧下降を試みた.X+2日発作が解除されないためピロカルピン塩酸塩点眼からアトロピン硫酸塩水和物点眼に切り替えたところ発作は解除された.視力は右眼(0.9C×sph.3.25D(cyl.0.50DAx100°),左眼C0.01(1.0C×sph.2.50D(cyl.0.50DAx65°),眼圧は右眼11mmHg,左眼C13CmmHgに下降した.前房深度は右眼C1.76Cmm,左眼はC1.69Cmm,ITCIndexは右眼C39.2%,左眼C44.7%に改善した(図3).病状や網膜視神経の状態を経時的に観察し,原因疾患を探索した.X+11日再発を認めないためアトロピン硫酸塩水和物点眼を中止したところCX+13日に右眼の視力低下,頭重感で受診し,視力は右眼(1.0C×sph.3.50D(cyl.1.25DAx90°),右眼眼圧40mHg,前房深度1.62mm,ITCIndex右眼C33.6%であった.発作解除時と比較して浅前房化しておりCAPACの再発と判断して,右眼水晶体再建術を行い発作の解除とその後の眼圧下降を得た.また,左眼に対しては,X+1CM,左水晶体再建術を施行し経過観図2右眼の眼底写真と蛍光造影写真眼底写真(Ca)では,右眼耳側網膜に白色病変を認める.視神経乳頭陥凹拡大は認めない.蛍光造影写真(Cb)では同部位に軽度の蛍光漏出を認めるが,その他に血管炎などは指摘できない.図3X+2日の前眼部光干渉計所見CASIA2にて前房深度の拡大(上段),ITCにて図C1と比べて閉塞範囲(下段)の改善を認める.察を行ったがCAPACの再発は認められなかった.どう膜炎,中心性漿液性脈絡網膜症(CSCR),VKH再活性CII考察化,急性帯状性潜在性外網膜症(AZOOR)および多発性脈絡膜炎などがある1.3).一般的に両眼同時発症のCAPACは稀COVID-19ワクチン接種後に報告された眼の合併症には,であるが,これまでに複数の症例報告されており,その多く外転神経麻痺,動眼神経麻痺,顔面神経麻痺/ベル麻痺,多が続発性であるため本症例においてもぶどう膜炎,薬剤性,発性脳神経麻痺,ヘルペス性角膜炎,急性黄斑神経網膜症ウイルス感染など,APACの誘因を検索したが,原因の特(AMN),傍中心性急性中部黄斑症(PAMM),上眼静脈血定には至らなかった.このため,COVID-19のワクチンの栓症(SOVT),角膜移植拒絶反応,前部ぶどう膜炎,汎ぶ影響を否定できない.Singhら4)は,米国のワクチン有害事象報告システムCVaccineCAdverseCEventCReportingCSystem(VAERS)を用いてCCOVID-19のワクチン接種後に緑内障が増加したかを検討し報告した.この際の緑内障は,緑内障(タイプ不明),閉塞隅角緑内障,開放隅角緑内障,ぶどう膜炎による緑内障を含めて発生率が検討されたが発生は非常に稀であった.ワクチン接種後の緑内障の特徴として,投与後1週間以内のC50.70代の女性に多く認められたが,その因果関係に関してはさらなる評価が必要と結論している.COVID-19ワクチン接種後の眼の炎症反応を説明するメカニズムとして,ワクチンとぶどう膜ペプチドの分子相同性,III型過敏反応,およびワクチン接種によって誘発されるその他の自然免疫反応によって二次的に生成される抗原の活性化などが示唆されている5,6).また,既報によれば,COVIDワクチンのC2回目の投与後にぶどう膜炎を発症した症例が多く,これは用量依存性の高い反応がその一因であると考察されている7).APACの成因としては,①相対的瞳孔ブロック,②プラトー虹彩,③水晶体因子,④水晶体後方因子(毛様体因子など),が複合的に関与している可能性が高い8).また,APAC発症の解剖学的リスク因子には,浅前房,浅い虹彩角膜角,水晶体膨隆に伴う水晶体肥厚,短眼軸があげられる9).本症例はそのうち前者C3項目を満すCAPACのハイリスク群で,そこにCCOVID-19ワクチンが発症機転となって,①.④が複合的に関与し,両眼同時にCAPACが発症した可能性がある.ぶどう膜炎の際に近視化がみられる機序として,Zinn小体弛緩と水晶体凸面の増加が報告されている10).またAPAC発症時には水晶体の前方移動による近視化が認められることがある.本症例では発作時には右眼C.1.25D,左眼C.0.75Dの近視化を認め,水晶体凸面のパラメータの一つであるCLVは右眼C0.87mm,左眼0.81mmと高値であった.両者は,発作解除時には,屈折の近視は軽減し,LVも右眼0.65Cmm,左眼C0.46Cmmと軽減していた.しかし,このような近視化がCAPACの誘因・原因であるのか,結果であるのかは不明であり,今後,さらにCAPACの発症機序については検討が必要と思われた.CIII結論両側同時発症のCAPACはまれで,既報の多くが続発性である.本症例は,解剖学的なリスクを有したが他にCAPACの明らかな誘因を指摘できず,COVID-19ワクチンの影響が否定できない.両者の明確な因果関係を立証するには,今後のデータの集積,解析が必要である.文献1)IchhpujaniCP,CParmarCUPS,CDuggalCSCetal:COVID-19Cvaccine-associatedCocularCadversee.ects:anCoverview.Vaccines(Basal)C10:1879,C20222)Habot-WilnerCZ,CNeriCP,COkadaCAACetal:COVIDCvac-cine-associatedCuveitis.COculCImmunolCIn.ammC6:1198-1205,C20233)WangMTM,NiedererRL,McGheeCNJetal:COVID-19vaccinationandtheeye.AmJOphthalC240:79-98,C20224)SinghCRB,CParmarCUPS,CChoCWCetal:GlaucomaCcasesCfollowingCSARS-CoV-2vaccination:VAERS.CVaccines(Basel)C10:1630,C20225)WatadCA,CDeCMarcoCG,CMahajnaCHCetal:Immune-medi-atedCdiseaseC.aresCorCnew-onsetCdiseaseCinC27CsubjectsCfollowingmRNA/DNASARS-CoV-2vaccination.Vaccines(Basel)C9:435,C20216)TeijaroCJR,CFarberDL:COVID-19vaccines:modesCofCimmuneactivationandfuturechallenges.NatRevImmu-nolC4:195-197,C20217)LiS,HoM,MakAetal:Intraocularin.ammationfollow-ingCOVID-19vaccination.IntOphthalmolC8:2971-2981,C20238)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン改訂委員会:緑内障ガイドライン(第C5版).日眼会誌126:98,C20229)LeeCHS,CParkCJW,CParkSW:FactorsCa.ectingCrefractiveCoutcomeaftercataractsurgeryinpatientswithahistoryofCacuteCprimaryCangleCclosure.CJpnCJCOphthalmolC58:C33-39,C201410)HerbortCCP,CPapadiaCM,NeriCP:MyopiaCandCin.ammation.CJOphthalmicVisResC6:270-283,C2011***

視野検査後に確認された両眼同時発症の急性原発閉塞隅角緑内障の1例

2010年6月30日 水曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(117)831《原著》あたらしい眼科27(6):831.834,2010cはじめに東洋人における慢性閉塞隅角緑内障(primaryangle-closureglaucoma:PACG)の発症は,相対的瞳孔ブロック,プラトー虹彩形状,水晶体因子,虹彩水晶体隔膜の前進と隅角閉塞など,眼球内部の構造的な問題が複雑に関与して発症すると考えられている1,2).また急性原発閉塞隅角症(acuteprimaryangle-closure:APAC)あるいは急性原発閉塞隅角緑内障(acuteprimaryangleclosure-glaucoma:APACG)〔以下両者を合わせてAPAC(G)と略す〕は,さらに何らかの要因が加わり急速に眼圧が上昇した状態である.原発である以上明らかな誘因がないことが条件となり,薬物や疾患などが眼圧上昇の候補と考えられる続発の場合3.8)とは区別される.しかしながら実際に何らかの誘因があるにもかかわらず,それが何であるか明らかでない症例をAPAC(G)と診断される場合もあると考えられ,原発であるか続発であるかの境界線は不明瞭である.今回筆者らは,視野検査後に両眼同時に発症していることが確認されたAPAC(G)を経験した.筆者らの知る限りにおいては「視野検査が誘因となり続発的に急性閉塞隅角緑内障が発症した」とする報告がないことなどから,視野検査を唯一の誘因と断定することはむずかしく,本症を基本的には原発のAPAC(G)としながらも,視野検査が要因の一つになった可能性のある症例として報告〔別刷請求先〕西野和明:〒062-0020札幌市豊平区月寒中央通10-4-1医療法人社団ひとみ会回明堂眼科・歯科Reprintrequests:KazuakiNishino,M.D.,KaimeidohOphthalmic&DentalClinic,10-4-1Tsukisamuchu-o-dori,Toyohira-ku,Sapporo062-0020,JAPAN視野検査後に確認された両眼同時発症の急性原発閉塞隅角緑内障の1例西野和明吉田富士子新田朱里齋藤三恵子齋藤一宇医療法人社団ひとみ会回明堂眼科・歯科ACaseofSimultaneousBilateralAcutePrimaryAngle-ClosureGlaucomaafterVisualFieldTestKazuakiNishino,FujikoYoshida,AkariNitta,MiekoSaitoandKazuuchiSaitoKaimeidohOphthalmic&DentalClinic目的:視野検査後に両眼同時に発症していたことが確認された急性原発閉塞隅角緑内障の1例を報告する.症例および所見:67歳,女性.右眼の視野検査(Humphrey30-2)の後,眼圧が右眼44mmHg,左眼42mmHgと上昇.頭痛や吐き気などの自覚症状や充血,角膜浮腫などの細隙灯顕微鏡検査所見がみられなかったものの,周辺前房がvanHerick1/4以下と極端に狭かったため,両眼同時に発症した急性原発閉塞隅角緑内障と診断.同日虹彩レーザー切開術を施行.翌日には眼圧が右眼23mmHg,左眼17mmHgと安定した.結論:眼圧が高く隅角が閉塞している症例では,視野検査後に眼圧を再検する必要がある.Purpose:Toreportacaseofsimultaneousbilateralacuteprimaryangle-closureglaucomaaftervisualfieldtest.CaseandFindings:Ina67-year-oldfemale,intraocularpressure(IOP)inbotheyeselevatedafterHumphrey30-2visualfieldtestingoftherighteye;therightIOPwas44mmHgandtheleftwas42mmHg.Wediagnosedtheimmediateoccurrenceofsimultaneousbilateralacuteprimaryangle-closureglaucoma.Laseriridotomywaspromptlyperformedonbotheyes.Thenextday,bothIOPswerestable,at23mmHgintherighteyeand17mmHginthelefteye.Conclusion:AttentionmustbepaidtoIOPaftervisualfieldtestingincasesofangleclosurewithhighIOP.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(6):831.834,2010〕Keywords:視野検査,誘発要因,両眼同時発症,急性原発閉塞隅角緑内障.visualfieldtest,inducingfactor,simultaneousbilateral,acuteprimaryangle-closureglaucoma.832あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(118)する.I症例患者:67歳,女性.初診日:2003年2月21日.主訴:健康診断にて緑内障を指摘されたため,精査を希望.既往歴:2003年1月6日健康診断にて上部消化管内視鏡検査を受けた.その際前処置として臭化ブチルスコポラミン(ブスコパンR)20mgが筋注された.家族歴:特記すべきことはなし.初診時所見:視力は右眼=0.6(0.8×+0.75D(cyl.0.5DAx20°),左眼=0.6(0.7×+0.5D(cyl.0.5DAx20°).細隙灯顕微鏡検査では周辺前房がvanHerick1/4以下とかなり狭く,眼圧は非接触型の眼圧計で3回測定し平均が右眼28.7mmHg,左眼22.3mmHgであった.未散瞳ながら右眼C/D(陥凹乳頭)比0.9,左眼C/D比0.8と視神経乳頭陥凹が大きく,さらに右眼の耳上側の網膜神経線維欠損を認めたため,すぐに右眼のみの視野検査(Humphrey30-2)を行った(図1a).検査後に患者は眼痛,頭痛や吐き気などの自覚症状はなかったものの,視野検査時に記録された瞳孔径が6.6mmと中等度に散大していたことや,検査前に眼圧が高く浅前房であったことなどから,念のためGoldmannの圧平眼圧計で眼圧測定したところ,右眼44mmHg,左眼42mmHgと上昇していた.さらに同時刻に非接触型の眼圧計でも3回測定し平均が右眼48.0mmHg,左眼42.3mmHgと上昇していた.細隙灯顕微鏡では,周辺前房深度がほとんどvanHerick0/4と視野検査前より狭くなっていたことから,結膜充血,角膜浮腫などはみられなかったものの,発症して間もない両眼のAPAC(G)〔右眼はAPACG,左眼はAPAC〕と診断し,同日両眼にレーザー虹彩切開術を施行した.隅角検査では,両眼ともにSchlemm管レベルまでの周辺虹彩前癒着(peripheralanteriorsynechiae:PAS)が約50%みられた.翌日には眼圧が右眼23mmHg,左眼17mmHgと安定し,翌日以降は2%ピロカルピンを使用しながら眼圧が両眼とも20mmHg以下で推移した.2003年2月21日に左眼の視野検査(Humphrey30-2)を行った(図1b).経過:APAC(G)の発症から約1年後,点眼をラタノプロスト1剤に切り替え,眼圧は両眼ともに11.17mmHgと安定して推移したが,白内障の進行により視力が右眼=0.3(0.6×.1.0D(cyl.0.75DAx40°),左眼=0.4(0.6×.1.5D(cyl.1.0DAx20°)と低下し,しかもやや近視化したため,2006年10月25日に左眼,10月31日に右眼の超音波水晶体乳化吸引術+眼内レンズ挿入術を施行した.術前の眼圧はラタノプロスト単剤の使用で右眼15mmHg,左眼13mmHgと安定,角膜内皮細胞密度(TOPCONスペキュラーマイクロスコープSP-3000P)は右眼2,906/mm2,左眼3,103/mm2と手術を施行するには十分であった.ちなみに同時に測定した角膜厚は右眼0.476mm,左眼0.486mmで図1a初診日2003年2月21日に行った右眼の視野検査(Humphrey30-2)検査のため暗室にいた時間は約15分.検査中は吐き気や頭痛などの自覚症状はなく,特に問題なく検査を終了したが,検査中の瞳孔径は6.6mmと中等散大していた.上下ともに鼻側に穿破する視野欠損が認められ,検査終了の時点では進行したPACGと診断したが,検査ののち右眼の眼圧が44mmHg,左眼の眼圧が42mmHgと上昇していることが確認されたため右眼の診断をAPAC(G)に変更した.図1b2003年2月28日に行った左眼の視野検査(Humphrey30-2)鼻側などに孤立暗点が認められるが,視神経乳頭には緑内障による変化がはっきりせず,暗点は緑内障によるものと判断せず,発作当日の診断をAPACとした.この検査の7日前にはすでにレーザー虹彩切開術が施行されており(2003年2月21日),さらに2%ピロカルピンを使用しながら眼圧は両眼ともに20mmHg以下に落ちついている.(119)あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010833あった.眼軸長角膜厚測定装置(TOMEY,AL-1000)による測定で,眼軸長(角膜厚を含む)は右眼23.03mm,左眼23.25mm,中心前房深度(角膜厚を含む)は右眼2.38mm,左眼2.23mm,水晶体厚は右眼5.41mm,左眼5.44mmであった.手術は前房深度が浅いことやZinn小体が弱いなどの難点はあったものの,大きな問題もなく終了した.最終診察日である2009年11月27日現在の視力は,右眼=0.4(1.0×.0.5D(cyl.0.5DAx165°),左眼=0.8(1.0×.0.25D(cyl.0.75DAx180°)と良好,眼圧はラタノプロスト単剤の使用で右眼16mmHg,左眼15mmHgと安定,角膜内皮細胞密度は右眼2,811/mm2,左眼2,909/mm2と減少がみられない.視神経乳頭所見(図2a,b)や,視野欠損も7年間でほとんど進行がみられない(図3a,b).II考按原発閉塞隅角症(primaryangle-closure:PAC)あるいは原発閉塞隅角緑内障(primaryangle-closureglaucoma:PACG)の背景となる危険因子としては,女性,高齢者,東アジアなどの民族,浅前房,短い眼軸長,遺伝などがあげられる2).眼球内部の問題としては相対的瞳孔ブロック,プラトー虹彩形状,水晶体因子,虹彩水晶体隔膜の前進と隅角閉塞などがあげられ,それらのメカニズムが複雑に関与し発症すると考えられている1).本症は遺伝を除けば,その他の危図2a2009年2月27日に行った左眼の視野検査(Humphrey30-2)図1bにみられた孤立暗点はみられず,6年間の経過で悪化は認められない.図2b2009年9月4日に行った右眼の視野検査(Humphrey30-2)初診時と比較し大きな変化は認められない.図3b2009年11月27日の左眼の眼底写真C/D比は約0.8で上方のrim幅は下方に比べ狭いが,耳側のrim幅は十分である.経過中,視神経乳頭出血は認められなかった.図3a2009年11月27日の右眼の眼底写真C/D比は約0.9で上下のrim幅は狭い.経過中,視神経乳頭出血は認められなかった.834あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(120)険因子をすべて有し,レーザー虹彩切開術が奏効したことから相対的瞳孔ブロックのメカニズム,さらに白内障手術により眼圧が安定したことから虹彩水晶体隔膜の前進と隅角閉塞のメカニズムも有していたと考えられる.さらにAPAC(G)はPACあるいはPACGの危険因子やメカニズムのほか,何らかの要因が加わり発症すると考えられ,本症の場合も45日前に内視鏡検査が施行され,その前処置として臭化ブチルスコポラミンが使用されていたことから,この薬剤の抗コリン作用が,PACGとして緩やかに進行してきた本症を急性化させる要因の一つになったと考えられる.実際初診日にはすでに細隙灯顕微鏡検査で周辺前房がvanHerick1/4以下と極端に狭く,両眼の眼圧が25mmHg前後と上昇がみられ,さらに視野検査のあと周辺前房深度はvanHerick0/4と狭くなり,瞳孔は中等度に散大し,眼圧は45mmHg近くまで上昇したことから,本症を視野検査が最終的な誘因になったAPAC(G)と診断して問題ないと思われる.筆者らの知る限りにおいて「視野検査がAPAC(G)の発症要因になった」とする報告はないが,「開放隅角緑内障の患者に対して視野検査を行った直後に有意な眼圧上昇がみられた」とする報告はある9).その報告によれば緑内障眼の約半数で視野検査直後に2mmHg以上,平均で5.5mmHgの眼圧上昇がみられたが,健常者ではそのような眼圧変動はみられなかったという.その眼圧変動のメカニズムは不明であるが,緑内障患者にとって視野検査が何らかの眼圧上昇の要因になる可能性があることを示唆する興味深い報告である.一方,閉塞隅角緑内障に対する同様の研究報告はあまりみられないが,眼圧上昇の誘発試験としては,暗室試験,(暗室)うつむき試験,散瞳試験が知られている.ちなみに暗室試験は患者が眠らないように注意をしながら,60.90分間暗室にいて眼圧上昇を確認するもので,8mmHg以上の上昇をもって陽性としている10).本症では患者が視野検査のため暗室の中にいた時間は約15分間(視野検査自体は12分58秒)と暗室検査に比べれば短時間ではあったものの,視野検査は緊張を強いられるものであり,交感神経が優位な状態であったと考えられることから,結果的に視野検査は短時間ながら暗室試験と同等な誘発試験になり,APAC(G)をひき起こしたのではないかと考えている.本症ではたまたま初診時に眼底検査より視野検査を優先したが,もし仮にこの患者に通常どおり散瞳して眼底検査をしていたら,やはり同様に急性緑内障発作を発症していたであろう.むしろその場合,縮瞳処置や眼圧対策がより困難になっていたと考えられる.ちなみに当院で経過観察中のAPAC(G)は63例75眼で11),ほとんどの症例で誘因は明らかではないが,本症のように少数ながら最終的な誘因の候補がある.具体的には視野検査が本症を含めると2例3眼,白内障手術前の散瞳処置が1例1眼,また統合失調症の薬物治療が1例2眼である.いずれにしても本症は7年間という長期の経過にもかかわらず,視力,眼圧が良好なうえ,角膜内皮細胞密度の減少や視野の悪化が認められないなど,発症して間もない時期に適正な初期処置を行うことがいかに重要であるかを改めて痛感する症例であった.APAC(G)の発症直後あるいは発症しつつあるときの眼症状は本症のように眼痛,視力低下などの自覚症状が乏しく,充血,角膜浮腫などの客観的な所見も乏しいと考えられる.患者の帰宅後に眼圧がさらに上昇し,自覚症状を伴うAPAC(G)へと悪化するのを避ける意味でも,とりわけ初診時に眼圧が高い閉塞隅角の症例では,眼底検査後はもちろんのこと視野検査後にも眼圧測定を行うことが望ましいと考えた.内科的なコメントを下さった北海道社会保険病院の定岡邦昌先生に深謝いたします.文献1)WangN,WuH,FanZ:PrimaryangleclosureglaucomainChineseandWesternpopulations.ChiMedJ115:1706-1715,20022)AmerasingheN,AungT:Angle-closure:riskfactors,diagnosisandtreatment.ProgBrainRes173:31-45,20083)SbeityZ,GvozdyukN,AmdeWetal:Argonlaserperipheraliridoplastyfortopiramate-inducedbilateralacuteangleclosure.JGlaucoma18:269-271,20094)ZaltaAH,SmithRT.:Peripheraliridoplastyefficacyinrefractorytopiramate-associatedbilateralacuteangle-closureglaucoma.ArchOphthalmol126:1603-1605,20085)MohammedZS,SimiZU,TariqSMetal:Bilateralacuteangleclosureglaucomaina50yearoldfemaleafteroraladministrationofflavoxate.BrJClinPharmacol66:726-727,20086)PandyVA,RheeDJ:Reviewofsulfonamide-inducedacutemyopiaandacutebilateralangle-closureglaucoma.ComprOphthalmolUpdate8:271-276,20077)CerutiP,MorbioR,MarraffaMetal:Simultaneousbilateralacuteangle-closureglaucomainapatientwithsubarachnoidhemorrhage.JGlaucoma17:62-66,20088)KumarRS,GriggJ,FarinelliAC:Ecstacyinducedacutebilateralangleclosureandtransientmyopia.BrJOphthalmol91:693-695,20079)RecuperoSM,ContestabileMT,TavernitiLetal:Openangleglaucoma:variationsintheintraocularpressureaftervisualfieldexamination.JGlaucoma12:114-118,200310)栗本康夫:誘発試験の有用性.眼科プラクティス11,緑内障診療の進め方.p138-139,文光堂,200611)西野和明,吉田富士子,新田朱里ほか:急性原発閉塞隅角症または急性原発閉塞隅角緑内障の両眼同時発症例と片眼発症例の比較.臨眼64,2010,印刷中