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急性リンパ性白血病寛解期に両眼に相次いで発症した浸潤性視神経症の1例

2016年7月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科33(7):1073〜1077,2016©急性リンパ性白血病寛解期に両眼に相次いで発症した浸潤性視神経症の1例仲嶺盛*1,2早坂香恵*1澤口昭一*2*1那覇市立病院眼科*2琉球大学大学院医学研究科・医科学専攻眼科学講座ACaseofSuccessivelyInvolvedInfiltrativeOpticNeuropathyinCompleteRemissionStageofAcuteLymphoblasticLeukemiaSakariNakamine1,2),KaeHayasaka1)andShoichiSawaguchi2)1)DepartmentofOphthalmology,NahaCityHospital,2)DepartmentofOphthalmology,RyukyuUniversitySchoolofMedicine症例は30歳,女性.急性リンパ性白血病の寛解期に軽度の右眼痛,頭痛を訴え眼科を受診した.右眼に軽度の乳頭浮腫と網膜血管の拡張,蛇行を認めた.経過中,右眼に急激な視力低下を訴え,再受診した.右眼の浸潤性視神経症が疑われ,放射線治療を行ったが失明に至った.右眼失明し放射線治療終了後の20日目に同様に左眼痛と頭痛・吐き気を訴え受診した.左眼にも同様に軽度の乳頭浮腫と網膜静脈の蛇行が出現した.浸潤性視神経症と診断し,早急に放射線治療(+髄腔内化学療法)を行い視機能を温存できた.Wereportacaseofa30-year-oldfemalewithbilateralinfiltrativeopticneuropathyduringcompleteremissionofacutelymphoblasticleukemia(ALL).Firstcomplainingofrightocularpainandheadache,shewasreferredtoanophthalmologist,showingmilddiscedemawithdilatedandtortuousretinalvesselsinherrighteye.Duringthefollowup,shecomplainedofsuddenvisuallossinherrighteye,stronglysuggestingALL-relatedinfiltrativeopticneuropathy.Radiationtherapywasthenapplied,butvisuallosscontinued.At20daysaftercompletionofradiationtherapy,sheagaincomplainedofleftocularpain,headacheandnausea.InfiltrativeopticneuropathyassociatedwithALLwasdiagnosed.Earlyradiationtherapywasappliedtogetherwithintra-thecalanticancerchemotherapy,andvisualfunctionwassustainedthereafter.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(7):1073〜1077,2016〕Keywords:急性リンパ性白血病,両眼性浸潤性視神経症,放射線治療,寛解期.acutelymphoblasticleukemia,bilateralinfiltrativeopticneuropathy,radiationtherapy,incompleteremissionstage.はじめに急性リンパ性白血病(acutelymphoblasticleukemia:ALL)の予後はその治療法の進歩により近年著しく改善した.一方で,生存期間の延長とともに白血病細胞の中枢神経への浸潤による再発は増加傾向にある.わが国においても中枢神経,とくに視神経にALLによる白血病細胞が浸潤する報告例が増加している1〜5).さらに急性骨髄性白血病,悪性リンパ腫の視神経浸潤の報告も増加している.その理由として,視神経は血液・脳(眼)関門内の組織であり,またその解剖学的特徴から抗癌剤全身投与の効果が及びにくいことがあげられている1,6).今回,筆者らは短期間に両眼に相ついで発症したALLによる浸潤性視神経症(infiltrativeopticneuropathy:If-ON)を経験し,早期発見および放射線治療を含めた早期治療の重要性を再確認した.これまでのIf-ONの報告と比較し,放射線治療を中心とした治療内容,治療までの期間とその予後を中心に検討し報告する.I症例患者は30歳,女性.既往症にALLがあり,以前に右眼黄斑部の出血を認めており,視力不良があった.ALLは全身化学療法により寛解していた.平成27年7月24日の定期受診時に軽度の右眼痛と頭痛を訴え,眼底には右網膜血管の軽度の拡張・蛇行,乳頭浮腫を認めた(図1).視力は右眼0.04(0.3×sph−6.0D(cyl−1.0DAx180°),左眼0.04(1.2×sph−5.0D(cyl−1.0DAx180°)であった.内科主治医からは,ALLは寛解期とのことであり,経過観察となった.8月3日起床時,右眼光覚を消失し再受診した.視力は右眼光覚なし,左眼矯正1.5であった.右眼眼底には高度の乳頭浮腫,網膜静脈の拡張・蛇行と火炎状網膜出血を認め,蛍光眼底検査では右眼網膜動・静脈はほぼ閉塞していた(図2).左眼眼底に異常は認めなかった.眼窩MRI造影検査(8月5日)では右眼視神経が眼窩内で著しく腫大し,視神経周囲に高信号を認めた(図3).末梢血を含めた検査データに異常はなく,ALLは血液学的寛解の状態であった.骨髄検査(8月18日)ではALL再発徴候はなかった.ALLの既往,眼科所見,MRI所見からIf-ONとそれに伴う網膜中心動・静脈閉塞症が強く疑われた.8月7日から2.0Gy×15回の右眼視神経照射を開始した.右眼痛,頭痛は放射線治療開始後消失したが,右眼視力は光覚なしであった.退院後20日目(9月24日)に左眼痛,頭痛・吐き気を主訴に再度受診した.眼底検査では左眼視神経乳頭に軽度の浮腫と網膜静脈の蛇行が観察された(図4).蛍光眼底検査は正常であった.造影MRI検査では右眼と同様に左眼視神経の腫大,視神経周囲の高信号を認めた(図5).髄液検査(9月25日)で白血病細胞が確認され,ALLの再発・再燃,左眼If-ONと診断された.9月25日より左眼視神経に2.0Gy×15回の放射線治療と26日より抗癌剤の髄腔内投与を開始した.放射線治療と抗癌剤髄注によって症状の消失,乳頭浮腫の改善と,左眼矯正視力1.2を維持している.II考按血液学的に寛解期のALL症例にIf-ONを両眼に相ついで発症した1例を経験した.If-ONは眼科的には視神経症,視神経乳頭炎様の所見を呈し,眼窩造影MRI検査が有用である.その臨床所見は症例ごとに多様であり,その診断に苦慮することも多く,治療開始の時期も症例ごとにさまざまである.多くの症例では視力低下を主訴に受診するが,本症例の右眼はもともと視力が不良のため患者の視力に関する訴えはなく,また内科的に寛解期にあったため診断に手間取った.CTあるいは造影CTだけでも進行例は十分診断可能であるとの報告もあり1,7),既往歴を考慮し,乳頭浮腫が確認された時点で早急にCTを含めた画像検査を行う必要がある.表1,2にわが国におけるIf-ONの報告をまとめ,この15症例27眼についてその臨床経過,治療までの期間,活動内容について検討した.まず,臨床所見として乳頭浮腫を24眼に認めた.また,眼底出血,網膜血管蛇行は19眼に,網膜中心動脈閉塞症(centralretinalarteryocculusion:CRAO)は2眼にそれぞれ認めた.今回の筆者らの症例を含め,眼底検査では軽度の乳頭浮腫,網膜血管の拡張・蛇行を見逃さないことが重要である.また,血液学的寛解期における発症は11眼であり,そのうち9眼では髄液検査で異常を認めなかった.本症例は血液学的寛解期に発症し,また左眼発症の際に髄液で白血病細胞を認めた.髄液検査陽性は確定診断に至るが,寛解期では多くの症例で陰性であることを理解する必要がある.眼窩CTやMRIで異常所見を認めた症例は25眼で,画像検査は診断のうえできわめて重要である.造影MRIは診断のうえで重要で,その所見として視神経腫脹や視神経周囲の増強効果を認め,また視神経周囲の白血病細胞の浸潤部位はMRI・shortT1inversionrecovery(STIR)像でリング状に白く描出される8).If-ONの治療としては,放射線治療と抗癌剤の髄腔内投与の併用が効果的である5,8,9).視神経は放射線感受性が低く,白血病細胞は放射線感受性が高いため発症早期からの放射線照射が推奨される1,4,5,10).一方,全身化学療法は抗癌剤が血液-脳関門を通過しにくいため効果が期待できず1,5),また髄腔内化学療法も単独ではその効果は期待できない4,5).表2に示すように,わが国ではほとんどの症例で放射線治療が行われている.ステロイドパルス治療は2例で行われているが,これは当初(特発性)視神経炎として診断・加療されていたが,その後の全身検査で胃癌からの転移であることが明らかとなった症例である.図6は治療前後のlogarithmofminimalangleofresolution(logMAR)視力変化である.放射線無治療群(▲・■)は放射線治療群(●)に比べ視力不良となる傾向がみられる.図7に放射線治療の開始時期をIf-ON発症から10日未満(●),10日〜1カ月(■),1カ月以上(▲)で記した.発症後1カ月以上経過してから放射線治療を開始した群(▲)では明らかに視力は不良であり,とくに2例はCRAOを発症した.視力低下を自覚した時点から放射線治療開始までの期間が,If-ONの視力予後を決定する重要な因子である1).今回の文献的検討からは発症後,可能な限り早期に,遅くとも1カ月以内に放射線治療を開始することが重要であり,その点からも早期発見・早期診断は重要である.白血病細胞によるIf-ONは血液学的寛解期においても発症することに十分留意し,わずかな患者の訴えや軽度の眼底所見の変化を見逃さず,疑わしいようであればMRIやCT検査による視神経の評価や髄液検査などを早期に行い診断・治療につなげる必要がある.文献1)中尾佳男,中林正雄,多田玲:放射線治療が奏効した浸潤性視神経症.臨眼33:853-858,19772)山崎有香里,山田晴彦,寺井実知子ほか:予防的な全脳脊髄放射線照射が無効で,再発時に浸潤性視神経症をみた急性リンパ性白血病の1例.眼紀54:60-64,20033)平野佳男,滝昌弘,高木規夫:白血病により視神経乳頭浮腫をきたした2例.臨眼57:691-695,20034)駒井潔,宮崎茂雄,青山さつきほか:放射線治療が有効であった白血病性視神経症の1剖検例.眼紀44:926-931,19935)NikaidoH,MishimaH,OnoHetal:Luekemicinvolvementoftheopticnerve.AmJOphthalmol105:294-298,19886)脇本直樹,吉田昌功,中村幸嗣ほか:視神経浸潤をきたし,放射線照射が奏効した急性骨髄性白血病の1例.臨放40:613-616,19957)松村明,木村章:乳頭浮腫を初発徴候とした浸潤性視神経症の2例.眼臨89:670-673,19958)徳丸阿耶,大内敏宏:Meningiealenhancement─最近の知見─.画像診断13:740-750,19939)MurrayKH,PaolinoF,GoldmanJMetal:Ocularinvolvementinleukemia.Reportofthreecases.Lancet16:829-831,197710)RosenthalAR:Ocularmanifestationofleukemia,Areview.Ophthalmology90:899-905,1983図1眼底写真(平成27年7月24日)定期検査の際の右眼底所見.軽度の乳頭浮腫と網膜静脈の軽度の怒張と蛇行が観察される.図2眼底写真(平成27年8月3日)右眼視力低下時の右眼底所見.乳頭浮腫,火炎状出血,高度の網膜静脈の怒帳と蛇行を認める.蛍光眼底検査(下)では後期相においても動脈・静脈造影は陰性であった.図3眼窩造影MRI(平成27年8月5日)右視神経に著しい腫脹を認め,脂肪抑制T1強調画像で右視神経周囲に造影効果を認める.図4眼底写真(平成27年9月24日)左眼に軽度の乳頭浮腫と軽度の網膜静脈の蛇行が観察される.蛍光眼底造影検査では異常なかった.図5眼窩造影MRI(平成27年9月24日)両側視神経の著しい腫脹を認め,脂肪抑制T1強調画像で両側視神経周囲に強い造影効果を認める.表1浸潤性視神経の過去の報告(15症例27眼)年齢性別病名罹患眼右左症例治療前治療後治療前治療後51M膠芽細胞腫両0.6SI+1.50.01平成3年石黒ら18MAML両1.5Sl−1.21.2平成7年松村ら57M悪性リンパ腫両0.011.50.011.5平成7年松村ら62FAPL両Sl+1.2mm1.2平成7年玉田ら42MAML両0.0110.1Sl−平成8年西勝ら60M悪性リンパ腫右Sl+11.21.2平成9年田中ら70M悪性リンパ腫右0.080.10.30.3平成10年飯野ら58M胃癌両0.9Sl+mmSl+平成10年辻ら62FAML両0.11.20.011.2平成11年岩崎ら14FAML両1.51.5mm0.04平成11年村田ら28FALL両11.20.150.9平成15年山崎ら44MAML両mm0.40.040.6平成15年平野ら18MALL両0.110.81.2平成16年井上ら59M胃癌両1.51.21.20.3平成20年木村ら74FAML右0.7mm0.90.9平成23年芳原ら浸潤性視神経の原疾患,治療前後の視力変化,報告年月をまとめた.表2表1の症例の治療内容(15症例27眼)放射線治療+化学療法(髄注)17(16)眼*放射線治療+骨髄移植2眼放射線治療+ステロイド3眼ステロイドパルス+化学療法1眼ステロイドパルスのみ4眼*放射線治療+化学療法(髄注)では17眼中,16眼において髄腔内投与が行われた.図6治療前後のlogMAR視力の変化放射線治療併用群(●),化学療法+ステロイド(■)とステロイドパルス(▲)の3群に分類し治療の効果を示した.放射線治療を併用しない群では視力の悪化傾向がみられる.図7放射線治療の開始時期とlogMAR視力による予後発症後10日以内,10日〜1カ月,1月以上の3群で検討した.とくに1カ月以上経過してから放射線治療を開始した群(▲)は視力がとくに不良であった.またこの中の2眼でCRAOを発症した.〔別刷請求先〕仲嶺盛:〒903-0125沖縄県中頭郡西原町字上原207番地琉球大学大学院医学研究科・医科学専攻眼科学講座Reprintrequests:SakariNakamine,DepartmentofOphthalmology,RyukyuUniversitySchoolofMedicine,207Uehara,Nishiharacho,Nakagami-gun,Okinawa903-0125,JAPAN0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(147)10731074あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016(148)(149)あたらしい眼科Vol.33,No.7,201610751076あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016(150)(151)あたらしい眼科Vol.33,No.7,20161077