《第46回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科30(5):670.674,2013c裂孔原性網膜.離に対する強膜内陥術後に生じた交感性眼炎の1症例吉田淳*1原雄将*2佐藤幸裕*1川島秀俊*1*1自治医科大学眼科学講座*2日本大学医学部視覚科学系眼科学分野ACaseofSympatheticOphthalmiaafterScleralBucklingforRhegmatogenousRetinalDetachmentAtsushiYoshida1),YusukeHara2),YukihiroSato1)andHidetoshiKawashima1)1)DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversity,2)DivisionofOphthalmology,DepartmentofVisualSciences,NihonUniversitySchoolofMedicine交感性眼炎(sympatheticophthalmia)は,その多くが外傷後の発症であるが,内眼手術後の交感性眼炎発症も報告が散見される.今回筆者らは,裂孔原性網膜.離に対する強膜内陥術後に交感性眼炎を発症した症例を経験した.症例は17歳,男性で,右眼の裂孔原性網膜.離に対し,全身麻酔下でシリコーンスポンジ(MIRA#504)による強膜内陥術,冷凍凝固および網膜下液排液を施行.網膜は復位し経過観察となったが,術後80日頃より,両眼の霧視を自覚.頭痛と耳鳴りの自覚症状があり,眼底検査で両眼の漿液性網膜.離がみられ,髄液検査にて無菌性髄膜炎が認められた.交感性眼炎と診断しステロイドパルス療法と内服漸減療法を施行した.治療開始後速やかに網膜下液は消失し,以後再燃はみられなかった.頻度はきわめて低いものの,網膜.離に対する強膜内陥術の際も,交感性眼炎の発症に留意した術後経過観察が必要であると考える.Sympatheticophthalmia(SO),occasionallycausedbyoculartrauma,canalsobecausedbyintraocularsurgery.Weexperienceda17-year-oldmalepatientwhodevelopedsympatheticophthalmiaafterscleralbucklingusingsiliconesponge(MIRA#504),cryopexyandsubretinaldrainageforrhegmatogenousretinaldetachmentinhisrighteye.Thevisualdisorderrecoveredafterscleralbuckling,but80daysaftertheoperationthepatientbecameawarethathisbinoculareyesighthadbeenfailing;healsohadaheadacheandhearingdifficulties.Fundusexaminationshowedbinocularserousretinaldetachment,andcerebrospinalfluidexaminationrevealedtheexistenceofasepticmeningitis.HewasdiagnosedasSO.Corticosteroidpulsetherapyandoralcorticosteroidmedicationwereadministered.Thesubretinalfluiddisappearedsoonafterthistreatment,andhasnotrecurred.ItisspeculatedthattheincidenceofSOafterscleralbucklingisverylownowadays,yetitdoesoccur.WeshouldthereforekeepinmindthepossibilityofSOthroughoutthescleralbucklingpostoperativeperiod.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(5):670.674,2013〕Keywords:交感性眼炎,強膜内陥術,裂孔原性網膜.離,ぶどう膜炎.sympatheticophthalmia,scleralbuckling,rhegmatogenousretinaldetachment,uveitis.はじめに交感性眼炎(sympatheticophthalmia)は,片眼の外傷や手術によって,ぶどう膜が傷口から外界にさらされて炎症を起こした後,数カ月経過して,その僚眼にもVogt-小柳-原田病(以下,原田病)と同一の漿液性網膜.離を伴う両眼性汎ぶどう膜炎が発症する疾患である.その多くが開放性眼外傷後の発症とされ,その頻度は外傷後の0.2.1%といわれている1).一方で,内眼手術後の交感性眼炎発症は術後0.01%前後2)とされ,硝子体手術後に限定すると,0.06.0.97%2.5)と高めになっている.検索しえた範囲では,わが国では硝子体手術後に発症した報告が散見されるのみである3,4,6,7).交感性眼炎は,眼外傷後や内眼手術後およそ2週間から数〔別刷請求先〕吉田淳:〒329-0498栃木県下野市薬師寺3311-1自治医科大学眼科学講座Reprintrequests:AtsushiYoshida,M.D.,DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversity,3311-1Yakushiji,Shimotsukeshi,Tochigi329-0498,JAPAN670670670あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013(92)(00)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY年で発症するが,全体の約70%が受傷後あるいは術後3カ月以内に発症すると報告されている8).原田病と比べて,発症時に感冒様症状・頭痛や耳鳴りなどの眼外症状に乏しいといわれるものの,その治療は原田病と同一で,ステロイドパルス療法やステロイド内服漸減療法が一般的である.今回筆者らは,裂孔原性網膜.離の症例に強膜内陥術を合併症なく実施し,その80日後に交感性眼炎を発症した17歳,男性を経験したので,報告する.I症例患者は17歳,男性で,右眼視野欠損を主訴に近医受診.右眼の網膜周辺部10時方向の円孔を原因とする裂孔原性網膜.離を指摘された.手術治療目的にて自治医科大学眼科(以下,当科)を紹介され,2011年8月30日に初診した.既往歴としてアトピー性皮膚炎があったが現在は寛解している.当科初診時,視力は右眼0.05(1.2×sph.8.50D(cyl.0.50DAx45°),左眼0.06(1.2×sph.8.00D(cyl.0.75DAx170°).眼圧は右眼13mmHg,左眼15mmHg.外眼部,前眼部,前部硝子体に特記すべき所見はなかった.当科初診時の眼底検査にて,右眼眼底の上耳側に網膜格子状変性とその耳側に円孔があり,周辺に広範囲に.離がみられたものの,黄斑.離には至っていなかった(図1).なお,左眼眼底に異常所見はなかった.入院にて全身麻酔下でシリコーンスポンジ(MIRA#504)による強膜内陥術,冷凍凝固および網膜下液排液を施行.術後7日目に経過良好にて退院,以降は外来での経過観察となった.術後13日目の再診時,右眼視力0.05(1.2×sph.7.50D(cyl.1.75DAx45°),右眼眼圧17mmHgで,外眼部,前眼部,前部硝子体に特記すべき所見はなく,右眼網膜は復位していた(図2).以後も.離再発はなく,著しい術後炎症は認めなかった.その後,術後80日目頃より両眼のかすみを自覚,術後85日目に当科再診.視力は右眼0.03(0.8×sph.9.00D(cyl.0.75DAx25°),左眼0.02(0.7×sph.7.00D(cyl.0.50DAx160°).眼圧は右眼17mmHg,左眼15mmHg.両眼前房と前部硝子体には微細な炎症細胞がみられた.眼底検査にて,両眼とも後極部を中心に漿液性網膜.離がみられ視神経乳頭も軽度発赤していた.また,OCT(光干渉断層計)検査でも後極部を中心に漿液性網膜.離が確認された(図3).フルオレセイン眼底造影検査にて,造影早期に後極部主体に多数の点状蛍光漏出が,後期では蛍光貯留がみられた(図4).インドシアニングリーン眼底造影検査は施行しなかった.同日採血検査を施行したところ,Ca(カルシウム):9.9mg/dlと高値で,HLA(ヒト白血球抗原)-DR4陽性であったが,WBC(白血球):9000/μl,CRP(C反応性蛋白):0.27mg/dl,VZV(水痘帯状ヘルペスウイルス)-IgG:380IU/ml,ト(93)図1初診時の右眼眼底写真(合成)上耳側周辺部に格子状変性(白矢印)があり,その耳側に円孔(青矢印)がある.円孔から丈の低い網膜.離が生じているが,黄斑.離はない.図2右眼の裂孔原性網膜.離に対する強膜内陥術後13日目の眼底写真(合成)上耳側にシリコーンスポンジによる強膜内陥を認める.網膜下液もなく復位している.キソプラズマ抗体:<16倍,ACE(アンギオテンシン変換酵素):11.8mU/dl,Hb(ヘモグロビン)A1C(JDS):4.75%,赤血球沈降速度:5mm/h,尿Ca:11mg/dlと正常範囲であり,HSV(単純ヘルペスウイルス)-IgG,CMV(サイトメガロウイルス)-IgG,HTLV(ヒトT細胞白血病ウイルス)-1抗体,梅毒RPR(迅速血漿レアギン試験),抗核抗体は陰性であった.尿定性,胸部X線検査に異常所見はなかった.発熱はなかったものの,頭痛・耳鳴りの自覚症状がああたらしい眼科Vol.30,No.5,2013671abcdabcd図3強膜内陥術後80日目の両眼眼底写真とOCT像a,c:右眼.b,d:左眼.両眼とも視神経は発赤しており,後極部に漿液性網膜.離がみられる.abcd図4強膜内陥術後80日目の蛍光眼底写真a,c:右眼.b,d:左眼.造影早期に後極部主体に多数の点状蛍光漏出が,後期では蛍光貯留がみられる.672あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013(94)abcdabcd図5ステロイドパルス療法開始から23日目の両眼眼底写真とOCT像a,c:右眼.b,d:左眼.両眼ともに視神経の発赤がわずかに残っているものの,漿液性網膜.離は消失している.り,腰椎髄液検査にて,細胞数は168/3μlと増加し,無菌性髄膜炎の所見を示していた.以上の結果より,強膜内陥術後の交感性眼炎と診断し,術後89日目より3日間ステロイドパルス療法,以後ステロイド薬内服療法をプレドニゾロン60mgより漸減投与した.局所療法として,ステロイド点眼薬とトロピカミド点眼薬を開始した.ステロイドパルス療法開始8日目には漿液性網膜.離は消失し退院となった.ステロイドパルス療法開始から23日目の再診時,視力は右眼0.02(1.2×sph.9.0D),左眼0.02(1.2×sph.8.0D),眼圧は右眼19mmHg,左眼19mmHg.眼底検査およびOCT検査にて,漿液性網膜.離は消失していた(図5).その後ステロイド薬誘発性によると思われる眼圧上昇がみられたが,ラタノプロストの点眼追加により正常眼圧を維持できた.パルス療法開始から6カ月後の再診時点で,視力は右眼0.02(1.2×sph.9.0D),左眼0.02(1.2×sph.8.0D),眼圧は右眼14mmHg,左眼16mmHg.プレドニゾロン内服5mg継続中であるが,交感性眼炎の再燃はなく,明らかな夕焼け状眼底も示していない.また,ステロイド白内障もみられていない.以後,外来にて経過観察となっている.II考察英国において1997年に交感性眼炎の発症に関する大規模でprospectiveな調査が報告9)されている.これによると,交感性眼炎の発症頻度は人口10万人当たり0.03人と低いものの,交感性眼炎18例中10例(56%)は内眼手術が原因であった.調査の時期,国(人種)で頻度が影響されると思われるが,prospectiveな調査で交感性眼炎中の内眼術後の頻度は56%という高い値を示している.交感性眼炎自体の発症頻度が低いため,内眼手術後交感性眼炎の発症頻度も低いという印象があるが,実際は考えられている以上に高頻度に起こりうることをこの報告は示唆している9).しかし一方で,硝子体手術と強膜内陥術を併用した症例での報告がみられるものの,1回のみの強膜内陥術単独手術が原因で交感性眼炎に至った症例報告は,検索しえた範囲では見当たらない.一般に,交感性眼炎は開放性眼外傷や内眼術後に発症すると考えられているが,過去の報告では,鈍的外傷後に発症した症例もみられる10,11).本症例はアトピー性皮膚炎の既往を有しているが,重症のアトピー性皮膚炎患者では,.痒感から顔面の殴打癖がみられることが知られており,鈍的眼外傷から交感性眼炎が誘発されたとする考察も可能ではある.また,裂孔原性網膜.離の発症以前に交感性眼炎や原田病がすでに存在していたという可能性も完全には否定できない.しかし,本症例においてアトピー性皮膚炎は寛解しており,殴打癖の既往もなかった.外来初診時,右眼の裂孔原性網膜.離以外に,漿液性網膜.離や視神経乳頭の発赤,中間透光体の炎症所見は認めていない.仮に殴打癖などの鈍的外傷が過去にあったとしても,数年以上の経過が考えられ,交感性眼(95)あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013673炎の約70%が外傷3カ月以内の発症である8)ことを考えると,鈍的外傷による交感性眼炎の可能性は低いと思われる.偶発的に原田病が合併した可能性もあるが,本症例では,網膜復位術の約80日後に交感性眼炎が発症しており,3カ月以内の発症であることからも,網膜復位術によって誘発されたとするのが妥当と考えた.すなわち,本症例は1回の強膜内陥術後に生じたまれな交感性眼炎の症例と思われる.では,具体的に網膜復位術のどのような手技,処置が誘因となったのか.強膜内陥術は予定どおり約90分程度の手術時間で,硝子体切除やガス置換などは行われておらず,術中の合併症もなかった.若年のため全身麻酔下で施行されたが,全身麻酔が誘因となったとは考えにくい.術後網膜は復位しており再.離もなく,また著しい術後炎症もみられなかった.術中の手技で交感性眼炎を誘発する可能性のあるものを考えると,排液時の露出した脈絡膜に対するジアテルミー凝固か,脈絡膜への穿刺があげられる.そもそも,外傷や手術時にどのような因子が交感性眼炎を誘発するのかは厳密には解明されていないが,何らかの刺激が網脈絡膜へ浸潤した白血球の活性化を促し,自己免疫性炎症を誘発すると考えられている1).同様に網膜硝子体手術後に発症する交感性眼炎は,手術自体の侵襲が刺激となって末梢リンパ球が何らかの脈絡膜自己抗原に応答することにより発症するのではないかと推測されている12).硝子体手術後に比べて,強膜内陥術後に交感性眼炎の報告が少ないのは,両手術の間に手術の侵襲による自己免疫炎症の誘発に差があるからかもしれない.以上より,本症例は,強膜内陥術自体の網脈絡膜への物理的刺激により発症に至ったまれなケースなのではないかと考えた.III結語内眼手術後とりわけ強膜内陥術後に交感性眼炎が起きる頻度は非常に低いと思われるが,今回,強膜内陥術後に発症した症例を経験した.強膜内陥術において,たとえ術中合併症がなくても,交感性眼炎の発症にも留意した経過観察が必要と考える.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)MarakGE:Recentadvancesinsympatheticophthalmia.SurvOphthalmol24:141-156,19792)GassJDM:Sympatheticophthalmiafollowingvitrectomy.AmJOphthalmol93:552-558,19823)井上俊輔,出田秀尚,石川美智子ほか:網膜・硝子体手術後にみられた交感性眼炎の臨床的検討.日眼会誌92:372376,19884)久保町子,沖波聡,細田泰子ほか:硝子体手術後に発症した交感性眼炎.眼紀40:2280-2286,19895)KilmartinDJ,DickAD,ForresterJV:Sympatheticophthalmiariskfollowingvitrectomy:shouldwecounselpatients?BrJOphthalmol84:448-449,20006)HarutaM,MukunoH,NishijimaKetal:Sympatheticophthalmiaafter23-gaugetransconjunctivalsuturelessvitrectomy.ClinOphthalmol22:1347-1349,20107)田尻健介,南政宏,今村裕ほか:硝子体手術後に交感性眼炎をきたしたアトピー性網膜.離の1例.眼紀54:1001-1004,20038)AlbertDM,Diaz-RohenaR:Ahistoricalreviewofsympatheticophthalmiaanditsepidemiology.SurvOphthalmol34:1-14,19899)KilmartinDJ,DickAD,ForresterJV:ProspectivesurveillanceofsympatheticophthalmiaintheUKandRepublicofIreland.BrJOphthalmol84:259-263,200010)武田英之,水木信久:脈絡膜破裂を伴う鈍的外傷後に発症した交感性眼炎の一例.眼臨紀3:362-364,201011)BakriSJ,PetersGB3rd:Sympatheticophthalmiaafterahyphemaduetononpenetratingtrauma.OculImmunolInflam13:85-86,200512)ShindoY,OhnoM,UsuiHetal:Immunogeneticstudyofsympatheticophthalmia.Antigens49:111-115,1997***674あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013(96)