《原著》あたらしい眼科37(10):1322.1326,2020c網膜静脈閉塞症発症とコントロール不良高血圧の存在─仮面高血圧を考慮して土屋徳弘*1,3戸張幾生*2宮澤優美子*2西山功一*2,4田中公二*3森隆三郎*3*1表参道内科眼科内科*2表参道内科眼科眼科*3日本大学病院眼科*4オリンピア眼科病院CDevelopmentofRetinalVeinOcclusionandPresenceofUncontrolledHypertensioninConsiderationofMaskedHypertensionNorihiroTsuchiya1,3),IkuoTobari2),YumikoMiyazawa2),KoichiNishiyama2,4),KojiTanaka3)andRyusaburoMori3)1)OmotesandoInternalMedicine&OphthalmologyClinic,InternalMedicine,2)OmotesandoInternalMedicine&OphthalmologyClinic,Ophthalmology,3)DivisionofOphthalmology,DepartmentofVisualSciences,NihonUniversitySchoolofMedicine,4)OlympiaOphthalmologyHospitalC目的:網膜静脈閉塞症(retinalveinocclusion:RVO)発症時の血圧コントロール状態に関し,家庭血圧(仮面高血圧)を考慮し後ろ向きに検討する.対象および方法:対象はCRVOを発症し表参道内科眼科の眼科を受診し,同時に全身状態検索のため同院内科受診に同意したC130例.内科では高血圧の既往・降圧薬内服の有無の問診と診察室血圧を測定し,診察室血圧正常例には仮面高血圧検索のため家庭血圧測定(起床時・就寝前)が行われた.結果:130例中,高血圧ありの診断C129例(99.2%)(降圧薬内服中C34例C26.2%).内訳は診察室血圧C140/90CmmHg以上の高血圧C84例(64.6%),診察室血圧C140/90CmmHg未満かつ家庭血圧C135/85CmmHg以上の仮面高血圧C45例(34.6%).診察室血圧140/90CmmHg未満かつ家庭血圧C135/85CmmHg未満の非高血圧C1例(0.8%).高血圧と診断されたC129症例は,降圧薬治療の有無にかかわらず診察室血圧または家庭血圧が治療目標値を超えており,コントロール不良・管理不良の高血圧状態であった.考按:RVO発症例は,高血圧が無治療ならば降圧治療の開始が,また降圧薬内服中でも治療の再検討が必要な病態であることが示唆された.CPurpose:Toretrospectivelyanalyzethebloodpressure(BP)controlstatusatthetimeofretinalveinocclu-sion(RVO)onsetinconsiderationofthepatient’shomeBP(maskedhypertension).SubjectsandMethods:ThisretrospectiveCstudyCinvolvedC130CRVOCpatientsCinCwhomCBPCcontrolCwasCexaminedCinCconsiderationCofCmaskedChypertension.Results:Ofthe130patients,129(99.2%)werediagnosedwithhypertension.Therewere85(65.4%)patientsCwithCanCo.ceCBPCofC≧140/90mmHg.CThereCwere44(33.8%)patientsCwithCanCo.ceCBPCof<C140/90CmmHgandahomeBPof≧135/85CmmHg(maskedhypertension).Therewas1patientwithano.ceBPof<140/90CmmHgandahomeBPof<135/85CmmHg.Inall129patientsdiagnosedwithhypertension,thehyper-tensionwasuncontrolled.Conclusion:The.ndingsinthisstudysuggestthatincasesinwhichRVOdevelops,ifhypertensionisnotbeingtreated,treatmentwithanantihypertensivetherapyshouldbestarted,andthatevenifthepatientiscurrentlybeingtreatedwithanantihypertensivedrug,thetreatmentshouldbereexamined.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)37(10):1322.1326,C2020〕Keywords:網膜静脈閉塞症,仮面高血圧,家庭血圧,コントロール不良高血圧.retinalveinocclusion:RVO,maskedhypertension,homebloodpressure,uncontrolledhypertension.Cはじめに意な相関がみられたと報告され,140/90CmmHg以上の高血網膜静脈閉塞症(retinalCveinocclusion:RVO)は全身的圧だけでなく,130/80CmmHg以上の正常高値血圧のレベルな因子との関連で,久山町研究では高血圧の罹患との間に有からCRVO発症のリスクが増加すると報告されている1).RVO〔別刷請求先〕土屋徳弘:〒107-0061東京都港区北青山C3-6-16表参道内科眼科Reprintrequests:NorihiroTsuchiya,M.D.,Ph.D.,OmotesandoInternalMedicine&OphthalmologyClinic,3-6-16Kitaaoyama,Minato-ku,Tokyo107-0061,JAPANC発症においては高血圧合併の有無だけでなく血圧コントロールの状態が重要な要因として考えられる.また,現在の高血圧治療ガイドライン2,3)では,高血圧の診断と血圧コントロール状態の判断や管理において,仮面高血圧を考慮した家庭血圧が重要とされている.これまでのRVOにおける高血圧に関する報告は,健康診断データを基にしたCRVO既往のある症例における高血圧合併の有病率を検討した疫学研究であり,実際にCRVOを発症したときの診察室血圧値に関する報告は少ない.さらにCRVO発症時の仮面高血圧の有無や血圧コントロール・管理状態に関する検討はなされていない.内科と眼科の併設されている筆者らのクリニックでは,眼科を受診したCRVO発症例はCRVOの危険因子とされている全身状態を検索するため,内科においても同時に診察し血圧など全身状態を詳細に観察している.診察室血圧正常例においては,高血圧治療ガイドライン2,3)に従い仮面高血圧検索のため家庭血圧測定を指示している.今回筆者らはCRVO発症時に測定された診察室血圧値と,診察室血圧正常例において測定された家庭血圧値を後ろ向き横断的に調査し,RVO発症時のコントロール不良高血圧の存在に関し検討した.CI対象および方法対象はC2012年C3月.2020年C2月に新規にCRVO(網膜静脈分枝閉塞症CbranchCretinalCveinocclusion:BRVOと網膜中心静脈閉塞症Ccentralretinalveinocclusion:CRVO)を発症し表参道内科眼科の眼科を受診した患者で,同時に全身状態検索のため同院内科受診に同意したC130例.BRVO102例,CRVO28例.内科で高血圧の既往・降圧薬内服の有無の問診と診察室血圧測定などの内科的診察が行われた.診察室血圧正常例に関しては,仮面高血圧検索のため家庭血圧測定(起床時・就寝前)が行われた.血圧測定と高血圧診断に関してはC2014年およびC2019年高血圧治療ガイドライン2,3)に従って行われた.高血圧の診断は両ガイドラインとも,診察室血圧C140/90CmmHg以上,家庭血圧C135/85CmmHg以上とし,診察室血圧と家庭血圧の診断が異なる場合は家庭血圧の診断を優先するとされている.診察室血圧は内科医が聴診器を使ったコロトコフ法で測定し,血圧C140/90CmmHg以上は高血圧と診断した.診察室血圧が正常範囲であるC140/90CmmHg未満の症例は,仮面高血圧検索のために家庭血圧測定が指示され,朝起床時と夜就寝前の家庭血圧測定がなされた.家庭血圧計は日本国内で市販されている上腕カフ・オシロメトリック法の自動家庭血圧計が用いられた(わが国の血圧計は医薬品医療機器総合機構によって認可を得て販売されており,「自動血圧計の精度は日本の製造会社の装置であれば問題なし」と高血圧治療ガイドライン2,3)に明記されている).家庭血圧測定はガイドラインの推奨どおりに行われ,朝起床後(起床後C1時間以内で排尿後・朝食前・朝の服用前)と,夜就床前,それぞれ座位1.2分間の安静後に測定された.家庭血圧は最低C5日間以上測定し,135/85CmmHg以上を認めた場合に仮面高血圧と診断した.全症例の年齢・性別・身長・体重・BMIが調べられた.調査期間において,すでに他の内科通院中であるとの理由や,他院より降圧薬が処方されているなどの理由により当院内科受診の同意を得られなかった症例は対象から除外した.統計学的な検討は対応のないCt検定を使用し,p<0.05をもって有意差ありと判定した.本研究は表参道内科眼科の倫理審査委員会で承認後,ヘルシンキ宣言を順守して実施された.研究情報は院内掲示などで通知公開され,研究対象者が拒否できる機会を保障した.CII結果表1に患者背景を示す.RVO全C130例の内訳は男:女55:75,平均年齢C66.2歳C±11.2歳(41.91歳),BRVO102例,CRVO28例,降圧薬内服中C34例.全C130例の診察室血圧値はC146.3C±18.5/83.9±11.1CmmHg(96.202/58.116mmHg)であった.図1に高血圧診断手順とその内訳を示す.全C130例中高血圧ありの診断C129例(99.2%降圧薬内服中C34例,26.2%).内訳は診察室血圧C140/90CmmHg以上の高血圧C84例(64.6%.うち降圧薬内服中C25例,19.2%),診察室血圧C140/90CmmHg未満かつ家庭血圧C135/85CmmHg以上の仮面高血圧C45例(34.6%.うち降圧薬内服中C9例,6.9%).診察室血圧および家庭血圧正常かつ降圧薬内服がない非高血圧C1例(0.8%).図2に降圧薬内服治療の有無による血圧コントロール状態を示す.全C130例中C34例(26.2%)は,RVO発症時にすでに降圧薬服用中であった.そのうちC25例(19.2%)は診察室血圧がガイドラインで示されている診察室血圧治療目標値の140/90CmmHgを超えており,管理不良高血圧と診断された.残りC9例(6.9%)は診察室血圧が正常域であったが,家庭血表1対象者の背景n=130C性別(例)男性C55:女性C75年齢(歳)C66.2±11.2(41.91)BMI(kg/mC2)C23.7±4.4(15.8.37.4)病型(例)BRVO102:CRVO28降圧剤服用有:無(例)34:96収縮期血圧(mmHg)C146.3±18.5(96.202)拡張期血圧(mmHg)C83.9±11.1(58.116)BMI:bodymassindex.平均値±標準偏差.診察室血圧測定家庭血圧測定図1高血圧診断手順BP:bloodpressure(mmHg).診察室血圧測定診察室血圧測定家庭血圧測定家庭血圧測定図2降圧薬内服治療有無別の血圧コントロール状態BP:bloodpressure(mmHg).圧が家庭血圧治療目標値のC135/85CmmHgを超えており,コントロール不良の高血圧(治療中仮面高血圧)と診断された.全C130例中C96例(73.8%)はCRVO発症時に降圧薬の服用がなかった.そのうちC59例(45.4%)は診察室血圧がC140/90mmHgを超えており無治療の高血圧と判断された.診察室血圧が正常範囲であったC37例(28.5%)においても,36例(27.7%)は家庭血圧がC135/85CmmHgを超えており,無治療の高血圧(仮面高血圧)と判断された.1例のみが家庭血圧も正常の非高血圧であった.降圧薬の内服がなく診察室血圧・家庭血圧ともに正常域であったC1例を除き,130例中C129例が降圧薬内服の有無を問わずコントロール不良の高血圧と判断された.表2に降圧薬内服中症例と降圧薬内服のない症例との比較検討を示す.降圧薬服用の有無で比較すると,診察室血圧がC152.4±19.6vs144.2±17.6CmmHg(p=0.013)と降圧薬服用症例のほうが高値であった.表2降圧薬有無の比較による患者背景項目降圧剤服用ありn=34降圧剤服用なしn=96p値性別(例)男性C15:女性C19男性C16:女性C56C0.403年齢(歳)C67.4±9.16C65.7±11.8C0.237BMI(kg/mC2)C24.0±3.3C23.6±4.8C0.173収縮期血圧(mmHg)C152.4±19.6C144.2±17.6C0.013拡張期血圧(mmHg)C85.1±13.8C83.5±9.9C0.199BMI:bodymassindex.平均値±標準偏差.Unpairedttestで比較した.有意水準p<0.05.III考按RVOにおける高血圧の存在は,その有病率の高さとリスクファクターとしての重要性が久山町研究1)でも示されている.同研究では血圧がC130/80CmmHg以上の正常高値レベルからCRVOが多かったことも報告されており,RVO発症時においては高血圧有無の判断だけでなく,血圧の絶対値に対する検討が必要と考えられた.現在の高血圧診断・治療においては家庭血圧測定の重要性が示されている.高血圧治療ガイドライン2,3)においては,仮面高血圧は非高血圧を示す一般住民のC10.15%,高血圧治療中でコントロール良好な診察室血圧が収縮期C140CmmHg未満かつ拡張期C90CmmHg未満の高血圧患者のC9.23%にみられるとしている4).また同ガイドラインでは仮面高血圧患者の臓器障害と心血管イベントのリスクは,未治療か治療中かにかかわらず持続性高血圧患者と同程度と示されている5).そのため同ガイドラインでは「家庭血圧を指標とした降圧治療の実施を強く推奨する」と明示している.また高血圧患者の治療管理率(降圧薬を服用している患者における診察室血圧が収縮期C140CmmHg未満かつ拡張期C90CmmHg未満)は男性約C33.44%,女性約C43.48%としており6),高血圧の診断を受け降圧薬を服用している患者においても,実際は血圧コントロール不良である可能性がある.RVOと高血圧の関連に関しての検討では,これら家庭血圧を指標とした仮面高血圧の存在や治療管理率を考慮した最新の高血圧診療における視点を考慮することが必要と考えられる.今回筆者らは,RVO発症時に内科にて全身状態や血圧が観察された症例に関し検討した.診察室血圧正常例においては家庭血圧測定が施行された.それにより診察室高血圧の有無に加え,仮面高血圧や治療中仮面高血圧の存在が確認された.またCRVO発症時の血圧値が実測され,RVO発症時の血圧コントロール状態に関し検討が可能であった.その結果,既報告以上にCRVOにおける高血圧の有病率は高率であった.また高血圧ありと判断された症例は,降圧薬服用の有無を問わず全例が診察室血圧高値または家庭血圧が高値であり,コントロール不良の高血圧と判断された.コントロール不良の高血圧の存在は,高血圧治療の不十分または破綻を示している.RVOを発症した症例は,降圧薬内服の有無にかかわらず高血圧治療の開始や再検討が必要な状態であることが示唆された.本研究の限界と今後の課題を述べる.今回の研究では診察室血圧高値例の家庭血圧は計測されていなかった.そのため白衣高血圧の存在が確認できなかった.白衣高血圧に関しては高血圧治療ガイドライン2,3)では「白衣高血圧は非高血圧より予後不良である可能性が高い.」とされており,家庭血圧値にかかわらず診察室血圧高値は血圧コントロール不良と考えられた.今回の研究ではCRVO発症におけるコントロール不良の高血圧の存在の深いかかわりが示唆されたが,その病理は明らかではない.筆者らはCRVO発症機転における高血圧の関与に関し,全身循環における静脈灌流と動脈硬化時の血管に生ずる血管生物学的変化を考慮した病態生理をこれまでに発表したが7,8),より一層の検討が必要であると考えられる.高血圧が重要な危険因子である疾患として脳血管疾患・冠動脈疾患・腎疾患が広く認知されており,それらの発症や予後は高血圧治療の影響を強く受ける.今回の研究ではCRVOもこれらの疾患と同様である可能性が示唆されたが,実臨床においては高血圧治療とCRVOの関連に関してはほとんど報告がない.RVOは眼科疾患として扱われているが,RVO発症は全身の循環障害存在のサインともとらえられ,内科・高血圧専門医との密接な連携が必要な病態であると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)YasudaM,KiyoharaY,ArakawaSetal:PrevalenceandsystemicriskfactorsforretinalveinocclusioninageneralJapaneseCpopulation:TheCHisayamaCStudy.CInvestCOph-thalmolVisSciC51:3205-3209,C20102)日本高血圧学会:高血圧治療ガイドライン2014(JSH2014).日本高血圧学会,20143)日本高血圧学会:高血圧治療ガイドライン2019(JSH2019).日本高血圧学会,20194)KarioCK,CShimadaCK,CSchwartzCJECetal:SilentCandCclini-callyovertstrokeinolderJapanesesubjectswithwhite-coatCandCsustainedChypertension.CJCAmCCollCCardiolC38:C238-245,C20015)MatsuiY,EguchiK,IshikawaJetal:Subclinicalarterialdamageinuntreatedmaskedhypertensivesubjectsdetect-edCbyhomebloodpressuremeasurement.AmJHypertensC20:385-391,C20076)三浦克之:新旧(1980-2020年)のライフスタイルからみた国民代表集団大規模コホート研究:NIPPONDATA80/90/2010/2020平成C30年度総括・分担研究報告書.20197)土屋徳弘:血圧変動に伴う網膜静脈変化と黄斑浮腫変化─網膜は血圧変動による血管障害を直接観察できる臓器─.血圧C25:696-703,C20188)土屋徳弘,戸張幾夫:高血圧・動脈硬化と網膜静脈閉塞症.日本の眼科C89:1368-1376,C2018***