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仰臥位が保持困難な症例に対する術者立位での白内障手術の経験

2019年1月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科36(1):121.125,2019c仰臥位が保持困難な症例に対する術者立位での白内障手術の経験佐々木拓*1,2杉本昌彦*2坂本里恵*2,3有馬美香*4近藤峰生*2*1岡波総合病院眼科*2三重大学大学院医学系研究科神経感覚医学講座眼科学教室*3松阪市民病院眼科*4鈴鹿中央総合病院眼科CCataractSurgeryinthePatientWhoCannotLieFlatTakuSasaki1,2)C,MasahikoSugimoto2),SatoeSakamoto2,3)C,MikaArima4)andMineoKondo2)1)DepartmentofOphthalmology,OkanamiGeneralHospital,2)DepartmentofOphthalmology,MieUniversityGraduateSchoolofMedicine,3)DepartmentofOphthalmology,HospitalofMatsusakaCityPeople,4)DepartmentofOphthalmology,SuzukaGeneralHospitalC目的:術中仰臥位保持が困難な患者に対し,体位調整のうえ,術者が立位で白内障手術を行ったので報告する.症例:44歳,女性.糖尿病に伴う左眼白内障を認め,初診時の左眼矯正視力C0.2であった.手術加療を希望されたが,シャルコー・マリー・トゥース病に伴う呼吸不全があり,非侵襲的人工呼吸器による呼吸管理が必要で,仰臥位保持は困難であった.背部にクッションを挿入し,45°程度の半座位とすることで,顔を上方に向けることが可能となった.しかし頭位が相対的に上がったため,ベッドの高さなどの調整をもってしても術者が座位での執刀実施は困難であった.このため術者は立位で白内障手術を実施した.術者は右足のみで顕微鏡と白内障手術装置の操作を行い,大きな周術期合併症もなく経過し,術後の左眼矯正視力はC1.0に改善した.結論:仰臥位保持が困難な症例であっても,患者ならびに術者の適切なポジショニングにより白内障手術の実施が可能である.CPurpose:ToreportacaseofcataractsurgeryperformedwiththesurgeoninastandingpositionforapatientwithCmedicalCproblemsCinCmaintainingCaCsupineCposition.CCase:AC44-year-oldCfemaleCpresentedCwithCcataractCinCherCleftCeyeCwithCaCdecimalCbest-correctedCvisualCacuityCofC0.2.CAlthoughCsurgicalCtreatmentCwasCplanned,CitCwasCdi.cultforthepatienttomaintainasupinepositionbecauseofrespiratorydi.cultiesfromCharcot-Marie-Toothdisease(hereditarymotorandsensoryneuropathy)C.Positioningthepatientinasemi-seatedpositionallowedustoturnCherCfaceCupward.CHowever,CbecauseCtheCheadCpositionCwasCelevated,CweChadCtoCperformCtheCsurgeryCinCtheCstandingCposition.CTheCsurgeryCwasCcompletedCwithoutCcomplications,CandCvisualCacuityCimprovedCtoC1.0.CConclu-sions:Theseresultsindicatethatitispossibletoperformcataractsurgeryonpatientswhohavedi.cultymain-tainingasupineposition,byplacingtheminasemi-seatedposition,enablingthesurgeontoperformthesurgerywhilestanding.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C36(1):121.125,C2019〕Keywords:仰臥位保持困難,術者立位,シャルコー・マリー・トゥース病,非侵襲的人工呼吸器.di.cultyinsu-pineposition,surgeryinstandingposition,Charcot-Marie-Toothdisease,non-invasivepositivepressureventilation.Cはじめに一般的な手術加療は仰臥位で行われることが多いが,適切な体位が取れないことがしばしば問題となる.たとえば円背の高齢者や,頸部損傷などの対応に苦慮することがある.また,体位変動に伴う呼吸機能障害を生じる症例では体位の保持のみならず,麻酔方法の選択にも影響を与えることが多い.マイクロサージェリーである眼科手術においてさえ,患者の状態に配慮した適切な術中体位保持が安全な手術の遂行に必須である.シャルコー・マリー・トゥース病(Charcot-Marie-Tooth〔別刷請求先〕杉本昌彦:〒514-8507三重県津市江戸橋C2-174三重大学大学院医学系研究科神経感覚医学講座眼科学教室Reprintrequests:MasahikoSugimoto,DepartmentofOphthalmology,MieUniversityGraduateSchoolofMedicine,2-174Edobashi,Tsu,Mie514-8507,JAPANC図1NPPVマスクによる呼吸管理a:NPPVマスク装着による呼吸管理.患者の日常生活におけるCNPPVマスク装着状態を示す.マスクは額部と.部のC2本のバンドにより強く顔面に密着固定されている.Cb:手術開始前の術野清潔確保.清潔な術野を確保するため,NPPVマスクを含んだ広範囲にドレッシング材を貼布したうえで敷布を行った.NPPV:non-invasivepositivepressureventilation.disease:CMT)とは,緩徐に進行する遺伝性ニューロパチーである.一般に小児期に発症するが,生命予後は比較的良好な疾患である1).典型的症状として,四肢遠位部優位の筋萎縮や感覚障害を認める.また,横隔神経麻痺による呼吸不全が本疾患に合併することも知られている.体位変換により症状が増悪し,立位では横隔膜が下降することで機能的残気量の改善を認めるのに対し,仰臥位では腹腔内容物が胸腔内に挙上することに伴って横隔膜も挙上し,胸腔拡大に障害を生じる.呼吸補助筋による代償が行われるものの,それでも換気量が十分に確保できない場合,容易に呼吸不全の状態に陥るため,外部からの呼吸補助が必要となる2).呼吸補助器具としては,鼻カニューレ・簡易酸素マスク・開放型酸素マスクなどの低流量システムや,ベンチュリマスク・ネブライザー式酸素吸入器・リザーバ付酸素マスクなどの高流量システムが用いられる3).また,低換気の場合,二酸化炭素血症の程度によっては非侵襲的陽圧換気法(non-invasiveCposi-tiveCpressureventilation:NPPV)による呼吸管理が考慮される4).とくに胸郭変形や拡張制限による拘束性換気障害・神経筋疾患を伴う患者に対し,マスク装着によるCNPPVは簡便で有効な呼吸補助療法として広く用いられている.今回CCMTによる呼吸障害を呈し,術中の仰臥位保持が困難な患者に対し,体位調整とCNPPV管理により,術者立位で白内障手術を行った症例を経験したので報告する.CI症例患者:44歳,女性.既往歴:小児期よりCCMTを指摘されていた.神経学的症状の進行は緩徐で日常生活動作に問題はないが,就寝時(仰臥位時)にはマスク装着によるCNPPVを必要としていた.20歳代から糖尿病を罹患し,網膜症については汎網膜光凝固が施行されていた.家族歴:特記事項なし.現病歴:43歳時に左眼の視力低下を自覚し近医を受診.左眼硝子体出血と白内障を認めた.硝子体出血は自然消退したが,白内障による視力低下を認めた.仰臥位保持困難にて,全身管理下での手術が必要とのことで当院紹介となった.初診時視力:右眼矯正視力C0.9,左眼矯正視力C0.2.前眼部所見:角膜・前房は清明で前房深度は深かった.中間透光体所見:両眼ともCEmery-Little分類CII度,とくに左眼で強い皮質混濁を伴う核白内障を認めた.後眼部所見:右眼CAIIIp,左眼CBIV(福田分類)の糖尿病網膜症を認めた.左眼は硝子体出血を下方に軽度認めるものの,眼底が十分透見できる程度の混濁を残す程度であった.経過:すでに硝子体出血は消退していることから,左眼の視力低下は白内障によるものであると考え,左眼白内障手術を計画した.全身麻酔では術中換気不全が生じる可能性もあり,局所麻酔での手術を実施することとなった.手術の実施に伴い,原疾患に起因する①呼吸管理,②仰臥位保持のC2点が問題となった.①呼吸管理CMTに伴う呼吸不全があり,経鼻酸素カニューレや通常の酸素マスクなどの代替え器具による酸素投与では十分な換図2執刀時の実際a:執刀時の患者体位保持.背部にクッションを挿入し,約C45°の半座位とした(破線).ベッドは最低位まで下げられているが,頭位は相対的に高くなっている.Cb:執刀時の術者体位.術者座位での執刀実施が困難となったため,術者は立位で執刀している.Cc:執刀時のフットスイッチ配置.術者は右足のみで顕微鏡ならびに白内障手術装置のフットスイッチ操作を行うことが必要であった.顕微鏡のフットスイッチ(黒矢印),白内障手術装置のフットスイッチ(白矢印)を示す.Cd:術中所見.マスクとの干渉を避けるため,耳側切開で手術は行われている.片足での操作となったため,弱拡大で実施されている.気が得られず,通常用いているCNPPVマスクによる呼吸管し,頭位が相対的に上がったため,ベッドの高さなどの調整理が必要であった(図1a).しかし,NPPVマスクは通常のをもってしても術者が座位での執刀実施が困難となった(図マスクよりも大きく,清潔術野確保が困難となった.このたC2a).このため術者が立位で執刀することで超音波乳化吸引め,NPPVマスクを含んだ広範囲にドッレシング剤を貼っ白内障手術を実施した(図2b).術者は右足のみで顕微鏡なたうえで敷布を行い,術野を確保した(図1b).らびに白内障手術装置のフットスイッチ操作を行った(図②仰臥位保持C2c).ボトル高はこの頭位を基準としてキャリブレーション仰臥位を取ることでCNPPVマスク装着下であっても換気を行った.超音波白内障手術装置はCIn.nitiCvisionCsystem障害が発生したため,手術用椅子ならびに手術ベッドを使用(Alcon,FortWorth,Tx,USA)を用い,低灌流条件で行っした通常の仰臥位保持は困難であった.半座位の姿勢ならばた(引きがけ条件:ボトル高75cmHC2O,吸引流量28ml/換気が確保できたため,背部にクッションを挿入し,45°程min,吸引圧320mmHg).度の半座位とした.手術前に,この手術体位の保持が可能と術中の換気増悪などの急変時には気管内挿管などの救命救なることをシミュレーションし,実施可能と判断した.しか急処置が必要となる可能性も危惧された.このため麻酔科医立ち会いのもと執刀した.マスクとの干渉を避けるため,耳側切開で手術は開始した.2.4Cmmの強角膜切開で行ったが,これは角膜切開では創が角膜寄りになるため,相対的にハンドピースが立ち上がり操作性の低下を生じることや,破.などの術中トラブルに対して柔軟に対応できないと考えたためである.散瞳不良であったため,虹彩切開を実施し散瞳を確保した.手術に際し,両手の位置は従来の耳側切開ととくに変更はなかったが,フットスイッチ操作に注意して行った.片足での操作となったため,顕微鏡倍率は弱拡大として,ピント調節が最小限となるように行った.破砕吸引時には顕微鏡操作(左足操作)を極力減らし超音波手術装置の操作(右足操作)に専念し,右足の踵を軸にして踏み込みを調整した.核硬度はCII度程度であり,前房はおおむね安定していたが,サージが併発したため適宜ボトル高を下げながら実施した.強角膜切開創を作製後にCDivideC&Conquer法による核処理を行い,眼内レンズを挿入し,術中換気不全や不穏もなく,手術を終了した(図2d).周術期合併症もなく経過し,術後の左眼矯正視力はC1.0に改善した.CII考按仰臥位保持困難な患者に対するポジショニング調整による白内障手術症例を今回示した.近年,手術手技や機器の進歩により,白内障手術をはじめとする眼科手術は低侵襲かつ短時間での実施が可能となっている.古くから円背の高齢者など術中体位保持に問題のある症例では頭や足に枕を入れるなど体位の工夫により術中の患者負担を減らしうることが報告されているが5),本症例のように何らかの換気障害がある患者では,眼科手術といえども全身状態の急変につながる可能性があり配慮が必要である.これに対し種々の試みが報告されている.Fineらは,換気障害のある患者に対し座位のままで顔のみ上方を向く形での白内障手術を報告している6)が,頸椎損傷など,上方を向けない患者に対しては適応がない.Angらは手術用患者椅子を傾けて半座位とし,かつ顕微鏡の鏡筒を傾けることで“Face-to-Face”の状態にすることで下方切開によるアプローチで白内障手術を行ったとして報告している7).しかしながら術者の腕は伸ばしたままで可動制限がある状態での執刀となり,加えて下方切開による術後感染も危惧される,と考察している.これらの方法はいずれも,手術用患者椅子のほうが従来の手術用ベッドに比し,体位ならびに頭位の変更が柔軟に行うことが可能であるという前提で行われている.しかし,その反面,急変時の気管内挿管などの救命処置に障害が生じる可能性がある.実際に本症例では術前に麻酔医より全身管理処置への移行が容易なベッドでの執刀が推奨された.筆者らはこのような制限のもと,患者に半座位を取ってもらうため,椅子ではなくクッションを用いた手術用ベッドでの執刀を選択した.今回の患者はCNPPVマスク装着による周術期の換気管理が必要であった.NPPVマスクには,完全に顔面に密着させるCfullCfaceタイプのものと鼻部のみに圧迫装着させるnasalタイプのものがある.本症例で用いられていたCfullfaceタイプは安定した換気が確保できる反面,大型であるため術中使用時に清潔術野の確保への障害となるという問題点があった.事前に呼吸器内科にコンサルトし,他機種での換気を試みたが,肥満が強くCfullfaceタイプ以外での実施は困難であった.清潔術野はドレッシング材料を穴空きドレープ下に貼布することで容易に確保できたが,ドレープ下のマスクのために鼻側での手術操作に支障を生じた.このため本例では耳側切開を選択した.このように従来やり慣れた状態とは異なるものの,NPPVマスクに関しては想定内での対応が可能であった.今回の患者体位の選択は換気障害の管理に重点をおいたものであるが,その反面,術者が立位で行わなければならないという問題点も発生した.術者立位で執刀することはマイクロサージェリーを行う他科においても決して珍しいことではない.しかし,白内障手術では顕微鏡のみならず白内障手術装置の双方の操作が場合により同時に行われる点が異なっている.完全な手術を施行するためには,本来ならば前.切開や核破砕など術中の微細な操作は強拡大下での,フットスイッチによる微細な焦点操作が,必要である.本例では,顕微鏡の性能向上により,低倍率であっても術中に比較的良好な視認性が確保された.加えて,散瞳不良ではあるものの患者年齢も若く,白内障の核硬度も低かったため安全な手術を完遂することができた.しかし,高齢者で核硬度が高い症例や,Zinn小帯脆弱症例などのいわゆる難症例,またより厳密な顕微鏡操作が要求される硝子体手術症例などでは,立位での執刀はむずかしいかもしれない.安全な手術の実施には機器の精度や術者の技量などを考慮して術式や体位を選択することが肝要である.今回,筆者らは換気障害による仰臥位保持が困難な患者に対し,患者ならびに術者の適切なポジショニングにより体位を調整することで白内障手術を行った.適切な手術体位の選択は重要であるがそれに伴い,通常の術式とは異なる問題点が生じる.利点・欠点を踏まえ,患者が不利益を被らない手術・麻酔方法や体位を選択する必要がある.文献1)中川正法:Charcot-Marie-Tooth病の診断と治療・ケア.CPeripheralNerveC22:125-131,C20112)畠山修司,鈴木純子,村上亨ほか:横隔膜の機能不全によると考えられる呼吸不全を呈したCCharcot-Marie-Tooth病の1例.日呼吸会誌C38:637-641,C20003)日本呼吸ケア・リハビリテーション学会酸素療法マニュア6)FineCIH,CHo.manCRS,CBinstockS:Phacoemulsi.cationル作成員会(編):酸素療法マニュアル(酸素療法ガイドラCperformedCinCaCmodi.edCwaitingCroomCchair.CJCCataractイン改訂版).2017CRefractSurg22:1408-1410,C19964)陳和夫:酸素療法と非侵襲的換気.日本呼吸ケア・リハ7)AngGS,OngJM,EkeT:Face-to-faceseatedpositioningビリテーション学会誌C25:168-173,C2015CforCphacoemulsi.cationCinCpatientsCunableCtoClieC.atCfor5)沖波聡:手術の体位.臨眼C48:103,C1994Ccataractsurgery.AmJOphthalmolC141:1151-1152,C2006***