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眼内レンズ縫着術後の縫着糸による壊死性強膜炎の1 例

2022年2月28日 月曜日

《原著》あたらしい眼科39(2):235.238,2022c眼内レンズ縫着術後の縫着糸による壊死性強膜炎の1例山岡正卓*1五十嵐勉*1有馬武志*1國重智之*1岩崎優子*2高瀬博*2高橋浩*1*1日本医科大学眼科学教室*2東京医科歯科大学大学院医歯学研究科眼科学CACaseofScleromalaciaPerforansafterSutureFixationofIntraocularLensMasatakaYamaoka1),TsutomuIgarashi1),TakeshiArima1),TomoyukiKunishige1),YukoIwasaki2),HiroshiTakase2)andHiroshiTakahashi1)1)DepartmentofOphthalmology,NipponMedicalSchool,2)DepartmentofOphthalmology&VisualScience,GraduateSchoolofTokyoMedicalandDentalUniversityC緒言:左眼黄斑円孔に対して硝子体手術および眼内レンズ縫着術施行後,露出した縫着糸断端による強膜炎および強膜融解を発症した症例に対して強膜移植が有効であったC1例を報告する.症例:80歳,女性.2010年,前医にて左黄斑円孔に対して硝子体手術および眼内レンズ縫着術を施行.2018年C11月,左眼耳側の縫着糸断端の露出と周囲の強膜充血を認め抗菌薬点眼で加療するも,2019年C2月,強膜融解,豚脂様角膜後面沈着物が認められた.抗菌点眼薬C2剤,ステロイド点眼でいったん症状改善したが症状再燃し,強膜移植目的に日本医科大学付属病院眼科を紹介受診した.当科初診時,右眼視力(1.0),左眼視力(0.4),右眼眼圧C14.5CmmHg,左眼眼圧C13.5CmmHg.8月に融解強膜部位に保存強膜移植を施行した.術後,抗菌薬・ステロイド点眼,およびステロイド内服C30Cmgから漸減投与にシクロスポリンC100Cmg内服を併用,1年後シクロスポリンC50Cmgのみでグラフトは生着良好で経過している.結論:眼内レンズ縫着後に発症した強膜融解に保存強膜移植は有効であった.CPurpose:Toreportararecaseinwhichscleraltransplantationwase.ectiveforscleromalaciaperforansduetoCanCexposedCintraocularlens(IOL).xationCsuture.CCaseReport:AnC80-year-oldCwomanCwhoChadCundergoneCvitrectomyformacularholeandIOL.xationatanotherhospitalin2010wasreferredtoourclinicwithscleroma-laciaperforansduetoanexposed.xationsutureinJuly2019.Attheotherhospital,therootoftheexposedsuturehadbeencuto.,andseveralantibioticsandbetamethasonesodiumphosphatemedicationswereprescribed,whichresultedinnoimprovement.InAugust2019,preservedscleraltransplantationwasperformedatthemeltedscleralsite.Postoperatively,antibacterialandsteroideyedrops,startedwithoralsteroids30Cmgandthen100Cmgofcyclo-sporine,CwereCalsoCprescribed.CToCdate,CtheCgraftChasCbeenCsuccessfullyCattachedCwithConlyC50CmgCofCcyclosporine.CConclusion:TheCpreservedCscleralCtransplantationCwasCe.ectiveCforCscleromalaciaCperforansCdueCtoCanCexposedC.xationsuture.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C39(2):235.238,C2022〕Keywords:保存強膜移植,強膜融解,露出縫着糸断端.preservedscleraltransplantation,scleromalaciaperfo-rans,exposed.xationsuture.Cはじめに壊死性強膜炎は比較的まれな疾患であるが,そのC40%が失明に至るといわれている1).壊死性強膜炎に伴う組織穿孔に対しては強膜や羊膜を用いた移植治療が一般的であり,その有効性についてはすでにいくつか報告されているが,わが国における報告は,そのほとんどが関節リウマチなどの全身疾患に合併したものか,白内障や翼状片などの前眼部手術後に発症したものである2,3).今回,左眼黄斑円孔に対して硝子体手術および眼内レンズ縫着術施行後,露出した縫着糸の断端露出を契機に生じた壊死性強膜炎に対して,強膜移植が〔別刷請求先〕山岡正卓:〒113-8602東京都文京区千駄木C1-1-5日本医科大学付属病院眼科Reprintrequests:MasatakaYamaoka,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NipponMedicalSchool,1-1-5,Sendagi,Bunkyo-ku,Tokyo113-8602,JAPANC図1前医2018年11月菲薄化した強膜が透見される.有効であったC1例を経験したので報告する.CI症例患者:80歳,女性.主訴:左眼疼痛.現病歴:2010年前医にて左眼特発性黄斑円孔に対して硝子体手術および眼内レンズ毛様溝縫着術を施行された.2018年C11月,左眼耳側に術中使用された縫着糸である10-0ポリプロピレン糸断端の露出と周囲の強膜充血が出現,感染性強膜炎を疑い抗菌薬点眼で加療したが,2019年C2月,局所強膜は融解し,豚脂様角膜後面沈着物を伴う虹彩炎を認めた.露出縫合糸根部を切離し,塗沫培養で陰性.抗菌点眼薬C2剤(セフメノキシム塩酸塩C4回/日,1.5%レボフロキサシンC4回/日),ステロイド点眼(ベタメタゾンリン酸エステルナトリウムC4回/日)で軽度の改善示すも,同年C7月に強膜充血が再発し,融解傾向が増悪したため,外科的治療目的に同年C8月C1日,日本医科大学付属病院眼科(以下,当科)紹介受診となった.既往歴:2型糖尿病(HbA1c:7.2%,57歳で指摘),自己免疫疾患の指摘なし.家族歴:母:糖尿病.初診時眼科的所見:視力は右眼C0.4(1.0pC×sph.1.00D(cyl.2.00DAx60°),左眼0.06(0.4pC×sph.2.00D(cylC.6.00DAx40°),眼圧は右眼14mmHg,左眼13mmHgであった.左眼前房内に炎症細胞C1+程度あり,豚脂様角膜後面沈着物が認められた.左眼耳側強膜に充血あり,縫合糸断端部分より強膜融解が認められていた.中間透光体,後眼部には特記すべき異常所見は認められなかった.前医C2018年再診時(図1)と当科C2019年初診時(図2)の前眼部写真を示す.図22019年当科初診時強膜菲薄化に加え壊死の進行,融解を認める.CII経過2019年C8月C13日,当科入院のうえ,同日,穿孔部位に対して保存強膜移植術施行した.病変部結膜を切除したところ,強膜は菲薄化しており融解を認め,ぶどう膜の露出が認められた.強膜切除による穿孔のリスクを鑑みて今回は強膜切除を行わなかった.その後,保存強角膜から強膜グラフトを病変サイズ(7CmmC×5mm)に合わせて切離して作製し(図3),10-0ナイロン糸にて被覆縫合し,結膜は完全被覆された(図4)4).なお,前医にて露出縫合糸の根部で切離した経緯があり,本手術では断端を確認することができなかったため,術中の改めての処理は行わなかった.術翌日退院とし,外来にて経過観察となった.術翌日から点眼としてC1.5%レボフロキサシン・0.1%ベタメタゾンリン酸エステルナトリウムをC4回/日,プレドニゾロン内服C30Cmgから開始し術後管理を行った.グラフト生着が良好だったため,術後C3週までにプレドニゾロン内服を終了とした.術後C9日からシクロスポリンC100Cmg内服を開始し,術後C1年経過した現在までにトラフ値を計測しながらシクロスポリンC50Cmgまで漸減した.移植片は生着良好であり,移植片上には結膜被覆を認め安定的に経過している.また,前房・硝子体にも炎症所見はなく,眼底にも異常所見を認めていない.2020年C7月C16日現在,視力は右眼(0.8CpC×sph.0.50D(cyl.2.00DCAx80°),左眼(0.5CpC×sph.2.50D(cyl.2.00DAx65°),眼圧は右眼C15mmHg,左眼C15CmmHgである.本症例では術前・術後で検眼鏡的に明らかな眼内レンズの偏移は認めらなかったが,角膜の形状もほぼ変化なく,術後C9カ月後に乱視軸は安定した.前眼部COCTなどの検査機器が導入されておらず,術前・術後の乱視軸の変化の原因については画像情報は得られていないが,検眼鏡的には明らかなではなかった眼内レンズの偏位が起きていたものと推測される.術後経過を示した図3術中写真①保存強膜から病変サイズ(7CmmC×5Cmm)にグラフト作製した.図5術後ステロイド内服終了時移植片の拒絶反応を認めず,移植片上には結膜が被覆している.前眼部写真を図5,6に示す.CIII考察強膜炎は,重症度の違いにより軽症のものから順に,びまん性,結節性,壊死性のC3病型に分類される.びまん性,結節性はステロイド治療が有効であるが,壊死性強膜炎にまで進行すると治療困難例が多く,予後不良である5).本症例のような外因性を除く内因性強膜炎の発症機序はCIII型アレルギー反応によると考えられている6).本症例では前医にて抗菌薬点眼およびステロイド点眼にて加療されていたが治癒には至らず,その炎症の遷延にはC20年来の糖尿病の影響も否定できないが,縫合糸の位置から壊死が始まっていたため,縫合糸が直接の誘因と考えられた.発症から時間が経過していることもあり,保存的に治療しても改善が見込めないと判図4術中写真②保存強膜をC10-0ナイロンC7針で強膜縫合した.図6術1年後拒絶反応なく,結膜充血が消失している.断し,手術治療が選択された.壊死性強膜炎に対する外科的治療では,①周辺健常部まで含めた強膜壊死巣の除去,②保存強膜による病巣部の修復補.,③移植強膜片の結膜による完全被覆が重要であると考えられる.①は強膜壊死の再発,進行防止と,移植片を確実に縫着し縫合糸の術後早期の脱落を防ぐために必要であり,③は機械的な刺激から移植片を保護するのみならず,血流の供給による移植片の生着,同化を促進し,術後早期の消炎と眼表面の安定した再構築のために貢献する.強膜欠損部を補.する方法としては新鮮角膜,保存角膜,保存強膜,羊膜,硬膜がある7).比較的入手しやすい組織は保存角膜,保存強膜,羊膜であったが,本症例では強膜融解部が広範であることに加え,当院では羊膜移植の認定施設ではないため,保存強膜による強膜移植で対応した.保存強膜は,エチルアルコール,グリセリン,ホルマリンなどの固定液で保存されたものと,冷凍保存強膜に大別され使用されている.本症例で使用した冷凍強膜は,ホルマリンなどで懸念される組織毒性もなく,拒絶反応の可能性も少ない.また,解凍までの時間もC1時間前後と短くてすみ,冷凍保存強膜が強膜補.材料として最適なものと考えられた1).ただし,術後縫合糸の脱落とともに移植片の露出や,減張を行っても結膜の完全な被覆が不可能なこともあり,その場合には自己結膜移植や羊膜移植の追加も有効であると考えられる6).重篤な壊死性強膜炎に対して移植術を行った場合,強膜壊死再発により移植片の癒着が満足に進まない場合もあり,術後早期からの免疫抑制薬使用を推奨する報告もある8).その点,本症例ではシクロスポリン内服が有効であったと考えられる.本症例のように薬物治療への反応が乏しく,亜急性に進行する壊死性強膜炎に対しては,急速な進行を示す壊死性強膜炎と同様に,積極的な早期手術が有効な治療法であるといえる.文献1)WatsonCPG,CHayrehSS:ScleritisCandCepischleritis.CBrJOphthalmolC60:163-191,C19762)酒井義生,山之内叶一,中塚和夫:強角膜軟化症に対する強膜移植術のC3例.眼紀41:717-721,C19903)宮坂英世,後藤晋,中村桂三ほか:白内障術後に発症した強角膜軟化症に対する治療,日眼会誌C99:735-738,C19974)菅野彰,西塚弘一:白内障術後に生じた穿孔性強膜軟化症.あたらしい眼科30:83-84,C20135)湯浅武之助:強膜炎.外眼部・前眼部疾患C2(真鍋礼三,市川宏編).新臨床眼科全書C6B,p142-156,金原出版,C19926)後藤晋,星田美和,小林義治:感染性壊死性強膜炎に対する保存強膜移植術,眼科手術13:117-121,C20007)椋野洋和,牛島美和,片上千加子:保存強膜移植術と施行した強膜穿孔のC1症例.眼紀53:847-850,C20028)楠哲夫,志賀早苗,下村嘉一ほか:両眼白内障術後に発症した穿孔性強膜軟化症のC1例.眼科手術C10:543-547,C19979)生野恭司:強膜炎.文光堂,眼感染症治療戦略(大橋裕一編),眼科診療プラクティスC21,p138-141,1996***