《原著》あたらしい眼科38(12):1499.1503,2021c酸性組織固定剤の誤使用による化学眼外傷の2例北原あゆみ内野裕一羽藤晋稲垣絵海榛村重人坪田一男慶應義塾大学医学部眼科学教室CTwoCasesofOcularAcidicChemicalBurnsAyumiKitahara,YuichiUchino,ShinHatou,EmiInagaki,ShigetoShimmuraandKazuoTsubotaCDepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicineC緒言:化学眼外傷では短時間で眼表面が広範に傷害され,輪部機能不全や角膜混濁から視力障害へ至ることも多い.原因物質によって酸外傷とアルカリ外傷に分けられるが,今回,筆者らは酸性組織固定剤の誤使用による化学眼外傷をC2例経験したので報告する.症例1:66歳,男性.尋常性疣贅治療薬であるグルタルアルデヒド液を左眼に誤点眼し,左眼痛を主訴に慶應義塾大学病院(以下,当院)救急外来を受診した.初診時は結膜上皮浮腫,その後に広範囲な角結膜上皮欠損を認め,受傷後C3日目には上眼瞼結膜に厚い偽膜も出現した.初診時からの点眼加療と偽膜除去の処置のみで受傷後C8日目には全上皮化した.症例2:4カ月,女児.前医で涙道ブジー施行時に誤ってホルマリンにて涙道洗浄され,左眼を受傷し,受傷後翌日,当院紹介受診となった.初診時は強い結膜浮腫,角膜上皮欠損,角膜下方に浮腫を認めた.点眼加療で上皮化したが,受傷約C5カ月後より偽翼状片と癒着性内斜視を認めたため,受傷約C10カ月後に偽翼状片切除および羊膜移植術,受傷C1年C9カ月後に癒着性内斜視に対して水平前後転術を施行した.結論:酸性化学外傷により眼表面上皮欠損と炎症を生じるが,適切な治療により輪部機能を温存でき,良好な角膜上皮化が得られることが示唆された.しかしながら,晩発性の合併症も認められることがあるため,長期的な経過観察が必要と考えられた.2症例とも薬剤の誤使用が原因となっており,使用する薬剤容器や保管方法について注意する必要があると考えられた.CPurpose:Toreporttwocasesofocularacidicchemicalburns.CaseReports:Case1involveda66-year-oldmanwhopresentedaftermistakenlyinstillingglutaraldehydesolution,a.xativeusedforthetreatmentofverrucavulgaris,intohislefteye.Conjunctivalepithelialedema,cornealepithelialdefect,andthickpseudomembranewereobservedduringtreatment.At8dayspostinjury,thecornealdefecthadcompletelyepithelialized.Case2involveda4-month-oldgirlwhowasreferredfromanotherclinicafterformalinwasmistakenlyadministeredwhileunder-goingClacrimalCductCirrigationCinCherCleftCeye.CConjunctivalCedemaCandCepithelialCdefectCwereCobserved.CAfterC2Cweeksoftreatmenttocontrolin.ammationandacceleratere-epithelialization,theocularsurfacewasperfectlyepi-thelialized.CHowever,CatC5CmonthsCpostCinjury,CpseudopterygiumCandCadhesiveCesotropiaCwereCobserved.CThus,CsheCunderwentCpseudopterygiumCresectionCsurgery,CandCamnioticCmembraneCtransplantationCandCstrabismusCsurgeryCwasperformed.Conclusion:Inbothcases,duetotheremaininglimbalfunction,cornealepithelializationwasgoodwithoutcornealopaci.cation.However,lateonsetcomplicationsmayoccur,solong-termfollow-upisnecessaryinpatientswithocularchemicalburns..〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C38(12):1499.1503,C2021〕Keywords:化学眼外傷,酸性外傷,角結膜上皮欠損,偽翼状片,癒着性内斜視.ocularsurfacechemicalburn,acidburn,cornealandconjunctivalepithelialdefect,pseudopterygium,adhesiveesotropia.Cはじめにとして酸では硝酸,硫酸,塩酸,酢酸1),アルカリでは苛性化学眼外傷では短時間で眼表面が広範に傷害され,輪部機ソーダ2),生石灰3),アンモニア,クレゾール,ベンジン,能不全や角膜混濁から視力障害へ至ることも多い.原因物質塩素ガス,催涙ガスによる受傷が報告されているが4,5),グ〔別刷請求先〕北原あゆみ:〒160-8582東京都新宿区信濃町C35慶應義塾大学医学部眼科学教室Reprintrequests:AyumiKitahara,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,35Shinanomachi,Shinjuku,Tokyo160-8582,JAPANCdg図1症例1の初診時,受傷15時間後,受傷3日後の前眼部所見,誤使用した20%グルタルアルデヒドの容器a,b:初診時.結膜上皮浮腫が著明だが角膜上皮欠損はなく,palisadesofVogtは全周残存していた.Cc,d:受傷C15時間後.結膜上皮浮腫が著明となり,75%の角膜上皮欠損を認め,木下分類でCGrade2の所見であった.Ce,f:受傷C3日後.30%の角膜上皮欠損,下方球結膜の結膜上皮びらんと壊死した上皮を認めた.Cg:受傷C3日後.上眼瞼結膜上の厚い偽膜を認めた.Ch:誤使用したC20%グルタルアルデヒドの容器.ルタルアルデヒド,ホルマリンをはじめとする酸性組織固定剤に関する報告はまれである.酸は組織蛋白を凝固するが,アルカリは細胞膜を融解するため,一般に酸外傷のほうが予後はよいとされているが,晩発性の合併症についての報告はまれである.今回筆者らは酸性組織固定剤の誤使用による化学眼外傷をC2例経験し,1例で晩発性の合併症を認めたので報告する.CI症例〔症例1〕66歳,男性.主訴:左眼痛.現病歴:2016年C5月中旬,午後C9時半頃,点眼容器に保存されていた尋常性疣贅治療薬であるC20%グルタルアルデヒド(図1h)を,普段就寝前に使用している緑内障点眼薬と間違えて左眼に点眼した.直後にC15分流水で洗ったが,眼痛が持続したため慶應義塾大学病院救急外来を受診した.救急外来にて救急科医師に生理食塩水(以下,生食)でC15分程度洗眼されたのち,眼科(以下,当科)を受診した.初診時所見:左眼矯正視力はC1.2,眼圧はC16CmmHg,結膜上皮浮腫が著明であったが,角膜上皮欠損はなくCpali-sadesofVogtは全周残存していた.前房内炎症は認めなかった(図1a,b).抗炎症目的にベタメタゾンリン酸エステルナトリウムC0.1%点眼をC1日C4回,感染予防目的にC1.5%レボフロキサシン点眼をC1日C4回開始した.経過:受傷後C15時間経過した再診時には,左眼矯正視力はC0.05と低下,眼圧はC25CmmHgと上昇,結膜上皮浮腫が前日より著明となり,角膜は下方を中心にC75%の上皮欠損を認め,木下分類でCGrade2の所見であった(図1c,d).抗炎症と角膜上皮化を目的とし,ベタメタゾンリン酸エステルナトリウムC0.1%点眼をC1日C6回へ増量,1%アトロピン硫酸塩水和物点眼液をC1日C2回,トロピカミド・フェニレフリン硫酸塩点眼液をC1日C2回,0.1%ヒアルロン酸点眼液をC1日C6回,オフロキサシン眼軟膏をC1日C1回追加した.受傷C3日後には角膜は上方から上皮化し,角膜上皮欠損はC30%と図2症例1の受傷8日後,受傷4カ月後の前眼部所見a,b,c:受傷C8日後.角膜は全上皮化し,眼瞼結膜上皮がわずかに欠損した.Cd,e:受傷C4カ月後.結膜,角膜に異常を認めない.なったが(図1e),下方球結膜に結膜上皮びらんと壊死した上皮(図1f),上眼瞼結膜上に厚い偽膜を認めた(図1g).壊死した上皮と偽膜を除去し,抗炎症効果増強目的にベタメタゾンリン酸エステルナトリウムC0.1%点眼をC1時間ごとに増量,上皮欠損の遷延化が見込まれたため,角膜上皮保護目的に治療用連続装用コンタクトレンズ(エアオプティクスEXアクア)を処方した.受傷C8日後には角膜は全上皮化し,眼瞼結膜上皮がわずかに欠損するのみとなったため(図2a~c),コンタクトレンズを中止し,点眼を漸減した.受傷C4カ月後には左眼矯正視力C1.2,眼圧C15CmmHg,角結膜に異常を認めず終診とした(図2d,e).〔症例2〕4カ月,女児.現病歴:前医が左眼の先天鼻涙管閉塞症に対しブジーを行う際,涙道洗浄用の生食が足りず,10%ホルマリンを生食と間違えて追加(生食:10%ホルマリン=1:2)した溶液で涙道洗浄を開始した.その後患児の様子から誤使用に気づき,生食C1,000Cmlで洗眼した.ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム・フラジオマイシン硫酸塩軟膏とオフロキサシン眼軟膏点入を開始し,当科に紹介した.初診時(受傷翌日)所見:左眼結膜の全周浮腫,充血を認め,鼻側は白色化して虚血傾向であり,結膜.のCpHはC7.5.8.0であった.角膜上皮欠損はC95%程度,輪部上皮は全周残存するも,pallisadesofVogtは鼻側C1/3が消失していた.角膜中央から下方にかけての実質浮腫,Descemet膜皺襞を認め,木下分類ではCGrade3aの所見であった.経過:生食C1,000Cmlで洗眼,ベタメタゾンリン酸エステルナトリウムC0.1%点眼C1日C5回,エリスロマイシン・コリスチン点眼C1日C5回,オフロキサシン眼軟膏.入C1日C1回を開始した.受傷C4日後,角膜鼻側輪部に虚血所見を認めるものの,上耳側から上皮化を認め,角膜上皮欠損はC85%程度となった.実質浮腫は残存していたため(図3a~c),抗炎症効果増強目的にベタメタゾンリン酸エステルナトリウム0.1%点眼をC2時間おきに増量した.受傷C11日後には結膜充血は残存するものの,結膜浮腫は軽減,角膜は完全に上皮化したため(図3d,e),ベタメタゾンリン酸エステルナトリウムC0.1%点眼をC5回に減量した.受傷C2カ月半後に角膜は正常所見となったが,受傷C5カ月後から偽翼状片が出現した(図4a).受傷C7カ月後には偽翼状片が進行し基底部が拡大,CforcedCductiontestで抵抗ある外転障害を認めた(図4b).受傷約C8カ月後に左眼内斜視を認めたため,1日C2時間の右眼遮閉を開始,受傷C10カ月後に左眼偽翼状片切除術と羊膜移植術を施行した.術C1週間後より右眼ペナリゼーション目的にアトロピン点眼を開始した.受傷C12カ月後にはCforcedCductiontestでやや抵抗あり,左眼癒着性内斜視と診断した.受傷C1年C7カ月後,Hirshberg法でC30°,Krimsky法でC40CΔの内斜視を認めたため,受傷C1年C9カ月後に左外直筋短縮術(5Cmm)と内直筋後転術(5Cmm)を施行した.斜視術後は右眼アイパッチやアトロピンによるペナリゼーションを施行し,受傷C2年C4カ月後(斜視術後C7カ月後),Hirshberg法でC15°の内斜視を認めるが交代固視はできており,視力発達はよいと考えられた.角膜透明化は問題なく,偽翼状片の再発はなかった(図4c,d).現在は左眼流涙症を認めており涙小管が閉鎖していると考えられるが,日常生活に支障はなく,造影検査や涙道内視鏡検査は未実施で経過観察してい図3症例2の受傷4日後,受傷11日後の前眼部所見a,b,c:受傷C4日後.角膜鼻側輪部に虚血所見を認めるが,上耳側は上皮化し,角膜上皮欠損はC85%程度,実質浮腫は残存していた.d,e:受傷C11日後.結膜充血が残存するものの結膜浮腫は軽減,角膜は完全に上皮化した.Cab左眼左眼耳側鼻側耳側鼻側図4症例2の受傷5カ月後,受傷7カ月後の前眼部所見,受傷2年4カ月後(斜視術後7カ月後)の眼位a:受傷C5カ月後.鼻側に偽翼状片が出現した.Cb:受傷C7カ月後.鼻側の偽翼状片が進行し,基底部が拡大している.c,d:受傷2年4カ月後(斜視術後C7カ月後).Hirshberg法で15°の内斜視を認めるが交代固視は可能であった.る.CII考按化学眼外傷の予後は原因物質の性質,角膜・輪部上皮障害・炎症の程度により影響を受ける6).原因物質は酸性物質とアルカリ物質に分けられる.酸性物質は組織蛋白を凝固し変性した組織がバリアとなり7,8),また透過性が低いため深部に達せず,障害が角膜・輪部実質に及ぶことが少ないため,酸外傷は一般的に予後がよいとされている7)が,晩発性合併症に対する報告は少ない.一方アルカリ物質では組織蛋白のゲル化と細胞膜の脂質のけん化による細胞膜の融解が起こり,上皮細胞のバリアは破壊され,脂溶性のため容易に上皮層を透過する7,8)ため,アルカリ外傷のほうが酸外傷に比べ予後が悪い.また,急性期化学外傷の重症度を受傷程度と範囲により分類したものに木下分類があり,予後を予測することができる(表1)9).木下分類のCGrade1やCGrade2では軽度の結膜充血・腫脹や角膜上皮障害のみで,数日から数週間で治癒する.輪部機能が残存して表1角結膜の重症度分類(木下分類)Grade1結膜充血角膜上皮欠損なしCGrade2結膜充血角膜上皮欠損あり(部分的)CGrade3a結膜充血あるいは部分的壊死全角膜上皮欠損ありpalisadesofVogt一部残存CGrade3b結膜充血あるいは部分的壊死全角膜上皮欠損ありpalisadesofVogt完全消失CGrade4半周以上の輪部結膜壊死全角膜上皮欠損ありpalisadesofVogt完全消失いるCGrade3aでは受傷後早期からの消炎と治療用コンタクトレンズなどの適切な治療により,軽度の結膜侵入や血管新生を伴うものの,残存する輪部機能により角膜上皮障害の治癒が期待できる.Grade3b,4では長期にわたる炎症,遷延性角膜上皮欠損を経て角膜実質の瘢痕治癒に至り,視力予後は不良である1).症例C1で誤使用されたグルタルアルデヒドはCpH5.0の酸性組織固定剤である.2.4%の濃度で電子顕微鏡標本作製における前固定液として用いられ,固定力が強く微細構造の形態保持に優れているが,浸透速度が遅く浸透力は低い10).実際の臨床所見として初診時は木下分類でCGrade2であり,輪部機能が温存されたことで比較的短期間に良好な角膜上皮化を得ることができ,角膜混濁を認めなかったと考えられる.また,誤使用直後の疼痛により,患者自身が受傷後速やかに自己洗眼したことも,輪部機能低下をきたすことなく晩発性合併症を認めなかった理由の一つと考えられた.症例C2で誤使用されたC10%ホルマリンはホルムアルデヒドを約C3.7%含むCpH3.2前後の酸性組織固定剤である.ホルマリンは組織への浸透力が強く,無色透明で組織が着色しない利点があり,多くの染色法に適していることから,日常の病理組織標本作製に汎用されている.固定原理はホルムアルデヒドが標本蛋白質中のアミノ基と反応してヒドロキシメチル基が生じ,これがアミノ基と反応することによってメチレン架橋が形成され蛋白質が安定化することである10).症例C2は木下分類でCGrade3aであり,輪部機能が残存したため角膜は再上皮化したと考えられた.しかし,症例C1とは異なり受傷C5カ月後頃より偽翼状片を認め,その後癒着性内斜視を生じた.これについてはホルマリンの組織への浸透力の強さとともに,受傷直後の患児の啼泣は処置に対する嫌悪のみと捉え,洗眼を施行するまでに時間を要し,輪部上皮深部の角膜上皮幹細胞まで浸透したため,少なくとも鼻側の輪部機能に影響を及ぼしたと考えられた.このようにホルマリンよる化学眼外傷では晩発性の合併症が生じることがあるため,長期的な経過観察が必要であると考えられた.(文献C9より引用)今回のC2症例は本来点眼すべきでない薬剤を誤使用された.症例C1ではグルタルアルデヒドの容器が緑内障点眼の容器と類似していたこと,症例C2では劇薬であるホルマリンが生食などの日常診療で使用する薬剤と同じ場所に保管され,保管容器の表示が他の薬剤と区別しづらかったことが原因と推測された.このような事故を防ぐために,点眼薬と外用薬で容器の形状を変える,点眼薬と外用薬は分けて保管する,危険な薬品は日常診療で使用する薬剤とは別の棚などで保管し,とくに危険薬剤については保管容器の表示を工夫する必要があると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)中村隆宏:角膜化学外傷への対処法を教えてください.あたらしい眼科23(臨増):104-106,C20062)近藤秀美,播田実浩子,田辺法子:アルカリ薬傷の初期治療.日本災害医学会会誌C35:831-833,C19873)印南素子,村上順子,幸塚悠一:石灰飛入によるアルカリ外傷のC3例.眼紀42:1992-1997,C19914)栗本晋二:薬物腐食.眼科C25:923-927,C19835)高野隆行,平野晴子,石川克也:最近C1年間の眼化学傷の検討.日本災害医学会会誌C39:13-17,C19916)IyerCG,CSrinivasanCB,CAgarwalS:AlgorithmicCapproachCtoCmanagementCofCacuteCocularCchemicalCinjuries-I’sCandCE’sofManagement.OculSurfC17:179-185,C20197)葛西浩:薬物による角膜腐食・火傷による角膜傷害.眼科当直医・救急ガイド(眼科プラクティス編集委員会編)第2刷,p86-88,文光堂,20048)P.sterCDA,CP.sterRR:AcidCinjuriesCofCtheCeye.CCorneaC3rdEdition,p1187-1192,Elsevier,USA,20119)木下茂:化学腐食,熱傷.眼科救急処置マニュアル(深道義尚編),p150-155,診断と治療社,199210)松原修,鴨志田伸吾,大河戸光章ほか:固定法.病理/病理検査学最新臨床検査学講座,p202-211,医歯薬出版株式会社,2016***