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顕微鏡的多発血管炎治療中に網膜動脈分枝閉塞症を 発症した1 例

2023年2月28日 火曜日

《原著》あたらしい眼科40(2):271.277,2023c顕微鏡的多発血管炎治療中に網膜動脈分枝閉塞症を発症した1例飯田由佳*1林孝彰*1倉重眞大*2丹野有道*2中野匡*3*1東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科*2東京慈恵会医科大学葛飾医療センター腎臓・高血圧内科*3東京慈恵会医科大学眼科学講座CACaseofBranchRetinalArteryOcclusionduringTreatmentofMicroscopicPolyangiitisYukaIida1),TakaakiHayashi1),MahiroKurashige2),YudoTanno2)andTadashiNakano3)1)DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversityKatsushikaMedicalCenter,2)DivisionofNephrologyandHypertension,DepartmentofInternalMedicine,TheJikeiUniversityKatsushikaMedicalCenter,3)DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversitySchoolofMedicineC目的:全身性の抗好中球細胞質抗体(ANCA)関連血管炎に網膜動脈閉塞症の合併例の報告は少ない.今回,顕微鏡的多発血管炎(MPA)治療中に網膜動脈分枝閉塞症を発症したC1例を報告する.症例:78歳,男性.13年前にMPO-ANCA高値(600CEU)を認め,腎生検の結果CMPAと診断され,ステロイドと免疫抑制薬内服加療中であった.右眼下方視野異常を自覚したC2日後に東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科を受診した.血清学的検査で,MPO-ANCAは陰性化していた.右眼の視力は(0.9)であった.眼底の血管アーケード内上方に網膜の白濁所見を認め,光干渉断層計画像で病変部網膜内層に高反射帯がみられた.光干渉断層血管撮影では病変部の網膜血管の描出不良を認め,フルオレセイン蛍光造影検査を施行し網膜動脈分枝閉塞症と診断された.慢性腎臓病ならびにCMPAに対して加療中であったため,アスピリン腸溶錠による加療を行った.発症C3カ月後,右眼視力(1.2)を維持していた.結論:MPAに対する治療によってCMPO-ANCAが陰性化しても,その経過中に網膜動脈分枝閉塞症は起こりうる.CPurpose:ThereChaveCbeenCfewCreportsCofsystemicCantineutrophilCcytoplasmicCantibody(ANCA)C-associatedCvasculitisCcomplicatedCwithCretinalCarteryCocclusion.CHereCweCreportCaCcaseCofCbranchCretinalCarteryCocclusion(BRAO)thatCoccurredCduringCtreatmentCofCmicroscopicpolyangiitis(MPA)C,ConeCofCtheCmostCcommonCformsCofCANCA-associatedvasculitis.Casereport:A78-year-oldmalewhohadanincreasedMPO-ANCAlevel(600EU)CandCwhoCwasCdiagnosedCwithCMPACafterCaCrenalCbiopsyC13CyearsCagoCandCwasCbeingCtreatedCwithCcorticosteroidsCandimmunosuppressivedrugspresentedwithalowervisual.eldabnormalityinhisrighteyeat2daysafterthesymptomConset.CSerologicCtestingCshowedCthatCMPO-ANCACwasCnegative,CandCbest-correctedCvisualCacuityCinChisCrighteyewas0.9.Funduscopyrevealedawhitishlesioninthesuperiorretinawithinthevasculararcade.Opticalcoherencetomography(OCT)revealedChyperre.ectiveCbandsCinCtheCinnerClayerCofCtheCretinaCatCtheClesion,CandCOCTangiographyshowedpoorvisualizationofretinalbloodvesselsinthelesion,.nallyleadingtothediagnosisofBRAOby.uoresceinangiography.SincethepatientwasundertreatmentforchronickidneydiseaseandMPA,hewastreatedwithaspirinenteric-coatedtablets.At3monthspostonset,thepatientmaintainedagoodvisualacu-ityCofC1.2CinCtheCrightCeye.CConclusion:BRAOCcanCoccurCduringCtheCcourseCofCMPA,CevenCafterCMPACtreatmentChasmadeMPO-ANCAnegative.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C40(2):271.277,C2023〕Keywords:ANCA関連血管炎,顕微鏡的多発血管炎,網膜動脈閉塞症,光干渉断層計,光干渉断層血管撮影.an-tineutrophilcytoplasmicantibody(ANCA)C-associatedvasculitis,microscopicpolyangiitis,retinalarteryocclusion,Copticalcoherencetomography,opticalcoherencetomographyangiography.C〔別刷請求先〕林孝彰:〒125-8506東京都葛飾区青戸C6-41-2東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科Reprintrequests:TakaakiHayashi,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversityKatsushikaMedicalCenter,6-41-2Aoto,Katsushika-ku,Tokyo125-8506,JAPANCはじめに全身性の抗好中球細胞質抗体(antineutrophilCcytoplasmicantibody:ANCA)関連血管炎は小血管(毛細血管,細小動・静脈)を主体とした壊死性血管炎で,ANCA陽性率が高いことを特徴とする1,2).肉芽腫性病変のみられないものが顕微鏡的多発血管炎(microscopicCpolyangiitis:MPA)と定義され,指定難病(告示番号C43)に認定されている.厚生労働省作成(https://www.nanbyou.or.jp/entry/245)によるMPAの診断基準を表1に示す.主要症候のC2項目以上を満たし,組織所見が陽性の例,あるいは主要症候の①「急速進行性糸球体腎炎」および②「肺出血又は間質性肺炎」を含め2項目以上を満たし,myeloperoxidase(MPO)-ANCAが陽性の例はCDe.nite(確実例)と診断される.MPA罹患者の男女比はほぼC1:1で,好発年齢はC55.74歳と高齢者に多い.発熱,体重減少,易疲労などの全身症状とともに,組織の出血や虚血・梗塞による徴候が出現する.網膜動脈閉塞症(retinalCarteryocclusion:RAO)は,血管閉塞部位によって,網膜中心動脈閉塞症(centralRAO:CRAO)と網膜動脈分枝閉塞症(branchRAO:BRAO)に分類される3).CRAOは急激な視力障害をきたす疾患で,網膜中心動脈への血栓や塞栓によって発症する.一方,BRAOは,網膜中心動脈の枝の網膜動脈が閉塞し発症する.過去に,ANCA関連血管炎にCRAOを合併した報告例は少ない.今回筆者らは,MPA治療中にCBRAOを発症した症例を経験したので報告する.CI症例患者:78歳,男性.主訴:右眼下方視野異常.現病歴:13年前の東京慈恵会医科大学葛飾医療センター(以下,当院)腎臓・高血圧内科受診時,全身性の高度炎症所見(白血球数C13,800/μl,CRP21.6Cmg/dl,血液沈降速度1時間値C140Cmm),腎障害(血清CCr値C2.97Cmg/dl),MPO-ANCAの抗体価高値(600CEU,基準値:20CEU未満)を認めた.白血球分画で好酸球数の増加はみられなかった.その後,出血性胃潰瘍がみられ,腎生検で急速進行性糸球体腎炎所見も認められた.MPAの主要症候のC2項目以上を満たし,かつ主要組織所見から確実例(表1)と診断された.診断後,ステロイドパルス療法および免疫抑制薬(タクロリムス水和物カプセルC2Cmg/日およびアザチオプリンC50Cmg/日)の治療により軽快し,約C1年半前よりプレドニゾロンC7.5Cmg/日および免疫抑制薬(ミコフェノール酸モフェチルC500Cmg/日)内服加療にて通院中であった.MPO-ANCAの直近C2年間の推移としてC1.0.4.5CU/ml(基準値:3.5CU/ml以下)であった.今回,2日前からの右眼下方視野の霧視を訴え当院眼科初診となった.既往歴:MPA,慢性腎臓病,高血圧,糖尿病,胃潰瘍,肺気腫,急性虫垂炎術後,右結腸切除後,肥満,帯状疱疹.初診時眼所見:視力は右眼C0.6(0.9C×sph+1.25D(cylC.1.75DCAx95°),左眼C0.4(0.9C×sph+1.25D(cyl.2.00DCAx85°),眼圧は右眼13mmHg,左眼10mmHgであった.両眼ともに偽水晶体眼である以外は,前眼部・中間透光体に特記すべき異常はなく,虹彩毛様体炎や強膜炎の所見はみられなかった.右眼眼底の血管アーケード内上方に網膜白濁とドルーゼンを認め,左眼眼底にはドルーゼンと視神経乳頭耳側下方に網膜神経線維欠損を認めた(図1).右眼黄斑部光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT,CirrusCHD-OCT5000)検査を施行し,中心窩の上方から耳側網膜内層に高反射帯所見を認め,同部位の網膜神経線維層は肥厚していた(図2).光干渉断層血管撮影(OCTangiography:OCTA,CirrusCHD-OCT5000)では,右眼の黄斑部上方網膜の網膜血管ならびに網膜毛細血管の描出不良を認めた(図2).同日,フルオレセイン蛍光造影検査を施行したところ,耳側に向かう網膜動脈の充盈遅延を認めた(図3).造影早期(造影C19秒,22秒,27秒後)から造影中期・後期(造影C44秒,1分10秒,7分11秒後)の画像(図3)をよく観察すると,閉塞動脈の起始部は視神経乳頭の耳側辺縁部からではなく中心部付近に存在していたことから,BRAOと診断した.一方,糖尿病網膜症の所見はみられなかった.血液検査所見:赤血球数,血小板数,凝固系,肝機能,電解質値に異常なし,白血球数C8,800/μl,CRP0.54Cmg/dl,血液沈降速度C1時間値C43Cmmと軽度の炎症反応を認めた.白血球分画は,好中球C79.5%,リンパ球C16.9%,単球C3.2%,好酸球C0.2%,好塩基球C0.2%でやや好中球の割合が高かった.Cr2.23Cmg/dl,eGFR23Cml/分/1.73CmC2,LDLコレステロール129mg/dl,HbA1c7.1%,MPO-ANCAC1.7U/ml,proteinase3(PR3)C-ANCA1.0CU/ml,リウマトイド因子C11.4CIU/ml,抗ストレプトリジン-O抗体20CIU/ml,可溶性CIL-2レセプター(solubleCinterleukin-2receptor:sIL-2R)604CU/ml,Cb-D-グルカンC6.0Cpg/ml,T-SPOT.TB(-)であり,腎障害に加えCsIL-2Rの軽度上昇を認めた.MPO-ANCAは陰性化していた.経過:発症から約C48時間経過しており,積極的な加療希望がなかったこと,慢性腎臓病ならびにCMPAに対してプレドニゾロンC7.5Cmg/日および免疫抑制薬内服加療中であったことから,内科医の許可を得て,同日よりアスピリン腸溶錠(100Cmg/日)のみ開始した.内服直後からふらつきを自覚し,自己中断していたため,クロピドグレル硫酸塩に変更した.変更後にふらつきは改善した.原因精査の目的で頸動脈超音波検査を施行し,両側総頸動脈分岐部から内頸動脈・外頸動脈にかけて高輝度プラーク(図4)を認めたが,閉塞や明らかな狭窄を疑う所見はみられなかった.頭部・眼窩単純表1顕微鏡的多発血管炎の診断基準(1)主要症候①急速進行性糸球体腎炎②肺出血または間質性肺炎③腎・肺以外の臓器症状:紫斑,皮下出血,消化管出血,多発性単神経炎など(2)主要組織所見細動脈・毛細血管・後毛細血管細静脈の壊死,血管周囲の炎症性細胞浸潤(3)主要検査所見①CMPO-ANCA陽性②CCRP陽性③蛋白尿・血尿,BUN,血清クレアチニン値の上昇④胸部CX線所見:浸潤陰影(肺胞出血),間質性肺炎(4)診断のカテゴリー①CDe.nite(確実例)(a)主要症候のC2項目以上を満たし,組織所見が陽性の例(b)主要症候の①および②を含めC2項目以上を満たし,MPO-ANCAが陽性の例②CProbable(疑い例)(a)主要症候のC3項目を満たす例(b)主要症候のC1項目とCMPO-ANCA陽性の例(5)鑑別診断①結節性多発動脈炎②多発血管炎性肉芽腫症(旧称:ウェゲナー肉芽腫症)③好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(旧称:アレルギー性肉芽腫性血管炎/チャーグ・ストラウス症候群)④川崎病動脈炎⑤膠原病(全身性エリテマトーデス,関節リウマチなど)⑥CIgA血管炎(旧称:紫斑病性血管炎)参考事項(1)主要症候の出現するC1.2週間前に先行感染(多くは上気道感染を認める例が多い.(2)主要症候①②は約半数例で同時に,その他の例ではいずれか一方が先行する.(3)多くの例でCMPO-ANCAの力価は疾患活動性と平行して変動する.(4)治療を早期に中止すると,再発する例がある.(5)除外項目の諸疾患は壊死性血管炎を呈するが,特徴的な症候と検査所見から鑑別できる.難病情報センターのホームページ(https://www.nanbyou.or.jp/entry/245)より抜粋.図1初診時の眼底写真右眼眼底(左)にアーケード内上方の網膜白濁とドルーゼンを認め,左眼眼底(右)にはドルーゼンと視神経乳頭耳側下方に網膜神経線維欠損を認める.ab図2初診時の右眼黄斑部OCTおよびOCTA画像a:OCTのCganglioncellanalysisでは,中心窩の上方から耳側網膜内層に高反射帯所見を認め,同部位の網膜神経線維層は肥厚している.Cb:網膜全層のセグメンテーションによるCOCTA(3×3mm)で,黄斑部上方網膜の網膜血管ならびに網膜毛細血管の描出不良を認める.MRI検査を施行したところ,加齢性白質病変を認め,潜在的なCsmallCvesseldiseaseの存在が疑われた.MRI再評価の目的で脳神経外科にコンサルトし,クロピドグレル硫酸塩内服継続となった.Goldmann動的視野検査では右眼は網膜の病変部に一致した部位(中心下方)の視野障害を認め,左眼に視野異常はみられなかった.発症C2カ月後,右眼視力(1.0),OCT検査で右眼病変部の網膜神経線維層は菲薄化し,OCTAでは,病変部の網膜血管の血流シグナルは回復していたが,網膜毛細血管の血流シグナルは他の部位と比べ低下していた(図5).最終受診時(発症C3カ月後),右眼視力(1.2)を維持していた.CII考按今回,MPAに対してステロイドおよび免疫抑制薬内服加療中に,BRAOを発症した高齢男性例を報告した.全身性のCANCA関連血管炎は,MPAのほかに多発血管炎性肉芽腫症(旧称:Wegener肉芽腫症)と好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(旧称:アレルギー性肉芽腫性血管炎/Churg-Strauss症候群)がある2).MPO-ANCAは,MPAと好酸球性多発血管炎性肉芽腫症で高率に検出され,PR3-ANCAは多発血管炎性肉芽腫症で検出されることが多い2).過去にCMPO-ANCAもしくはCPR3-ANCAが検出され,RAOを発症した報告例は大きくC2種類に分けられ,ANCA陽性で全身性のCANCA関連血管炎と診断されている症例と診断されていない症例である.これまでにわが国からCANCA陽性にCRAOもしくは毛様網膜動脈閉塞症を合併した報告例に関する文献検索を行った.全身性のCANCA関連血管炎の診断には至っていないものの,片眼性にCCRAOを発症し,血清学的検査でCMPO-ANCAが検出されたC4例の報告がある4.7).このC4例のうちC3例5.7)は高齢者で,1例4)はC26歳の男性であった.一方,小山らは,MPO-ANCAが検出された多発血管炎性肉芽腫症に対する治療直後に両眼のCBRAOを合併したC72歳の女性例を報告している8).58歳の男性が片眼のCCRAOを発症し,その後CPR3-ANCAが検出され多発血管炎性肉芽腫症と診断された報告例もある9).また,MPO-ANCA陽性の好酸球性図3初診時の右眼フルオレセイン蛍光造影写真各写真右上に造影開始からの時間経過を示す.造影早期(造影C19秒後)から後期(造影C7分C11秒後)にかけて観察すると,耳側に向かう網膜動脈の充盈遅延を認める(→).造影中期(造影C1分C10秒後)から閉塞網膜動脈の造影が観察される.造影早期(造影C19秒,22秒,27秒後)から造影中期・後期(造影C44秒,1分C10秒,7分C11秒後)の拡大画像をよく観察すると,閉塞動脈の起始部は視神経乳頭の辺縁部からではなく中心部付近に存在している.図4総頸動脈分岐部の超音波画像(長軸像)a:右総頸動脈分岐部から内頸動脈起始部に高輝度プラーク(.)を認める.Cb:左総頸動脈分岐部に高輝度プラーク(.)を認める.図5発症2カ月後の右眼黄斑部OCTおよびOCTA画像a:黄斑部COCTのCganglionCcellanalysisでは,病変部の網膜神経線維層は菲薄化している.Cb:網膜全層のセグメンテーションによるOCTA(3×3mm)で,病変部網膜血管の血流シグナルは回復しているが,網膜毛細血管の血流シグナルは他の部位と比べ低下している.多発血管炎性肉芽腫症にCCRAOを合併した高齢者C3例の報告10.12)や,好酸球性多発血管炎性肉芽腫症に両眼のCCRAOの合併例の報告もある13).これらC4例10.13)のCCRAOは,好酸球性多発血管炎性肉芽腫症の診断もしくは治療直後に発症している.一方,全身性のCANCA関連血管炎に毛様網膜動脈閉塞症を合併した報告例として,片眼性の毛様網膜動脈閉塞症発症直後にCMPO-ANCA陽性の好酸球性多発血管炎性肉芽腫症と診断されたC48歳の女性の報告があった14).MPO-ANCA陽性CMPAで経過観察されていた本症例は,フルオレセイン蛍光造影検査(図3)で右眼CBRAOと診断された.過去の報告をまとめると,全身性のCANCA関連血管炎と診断されていなくても,ANCAが検出されればCRAOを合併する可能性があり,PR3-ANCA陽性例に比べCMPO-ANCA陽性例の報告が多かった.また,発症時期に関しては,RAO/毛様網膜動脈閉塞症の発症を機にCANCA関連血管炎と診断された症例,ANCA関連血管炎の診断もしくは治療直後に発症した症例に分類された.本症例は,MPAと診断されたC13年後にCBRAOを発症した.筆者らが調べた限り,本症例のようにCMPAの確実例と診断され,その診断・治療前後においてCRAOもしくは毛様網膜動脈閉塞症を合併した報告例はなかった.このことから,全身性のCANCA関連血管炎のなかでもCMPAにCRAOを合併することは,まれな病態である可能性が示唆された.一方で,本症例は,発症時の年齢がC78歳と高齢で,コントロールは比較的良好であったものの,高血圧と糖尿病の存在,慢性腎臓病の加療中であったこと,さらに,頸動脈超音波検査で両側性に高輝度プラーク(図4)を認めたことから,MPAとは関係なく,BRAOを発症した可能性は否定できなかった.しかし,少なくともCMPAの存在がCBRAO発症のリスクを高めた可能性は考えられる.過去の報告と照らし合わせると,ANCA陽性であれば全身性のCANCA関連血管炎の診断の有無にかかわらず,RAO/毛様網膜動脈閉塞症は起こりうる合併症である.本症例を経験し,治療によってCMPO-ANCAが陰性化しても,MPAの経過中にCBRAOを発症する可能性がある.本論文の要旨は,第C38回日本眼循環学会(富山,2022)にて発表した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)日本循環器学会ほか:血管炎症候群の診療ガイドライン(2017年改訂版).p54-60,C20182)高田秀人,針谷正祥:血管炎ANCA関連血管炎.日本臨床C77:531-542,C20193)HayrehSS:AcuteCretinalCarterialCocclusiveCdisorders.CProgRetinEyeResC30:359-394,C20114)渡辺一順,加瀬学:網膜中心動脈閉塞症を呈したCP-ANCA陽性網膜血管炎.あたらしい眼科C17:1429-1432,C20005)YasudeT,KishidaD,TazawaKetal:ANCA-associatedvasculitisCwithCcentralCretinalCarteryCocclusionCdevelopingCduringCtreatmentCwithCmethimazole.CInternCMedC51:C3177-3180,C20126)土橋直史,八田和大,石丸裕康ほか:網膜中心動脈閉塞症,糸球体腎炎,間質性肺炎,脳梗塞,肥厚性硬膜炎を合併したCANCA関連血管炎の一例.日本リウマチ学会総会・学術集会プログラム・抄録集C03:660,C20167)高木麻衣,小林崇俊,高井七重ほか:ANCA関連血管炎に発症した網膜中心動脈閉塞症のC1例.眼臨紀C10:960,C20178)小山里香子,本間栄,坂本晋ほか:気管支粘膜病変と全身の血管炎が顕著であったCPR3-ANCA陰性ヴェゲナー肉芽腫症疑いのC1例.日本呼吸器学会雑誌C41:646-650,C20039)小林大介,和田庸子,村上修一ほか:網膜中心動脈閉塞で発症したCWegener肉芽腫症の一例.中部リウマチC40:C100-101,C201010)山下嘉郎,村上一雄,横田英介ほか:網膜中心動脈閉塞症,多発大腸潰瘍の合併を認めたアレルギー性肉芽腫性血管炎の1例.愛媛医学C25:128-133,C200611)AsakoCK,CTakayamaCM,CKonoCHCetal:Churg-StraussCsyndromeCcomplicatedCbyCcentralCretinalCarteryCocclu-sion:caseCreportCandCaCreviewCofCtheCliterature.CModCRheumatolC21:519-523,C201112)井上千鶴,中道悠太,杉山千晶ほか:前部虚血性視神経症と網膜中心動脈閉塞症が併発したアレルギー性肉芽腫性血管炎(Churg-Strauss症候群)の症例.臨眼C67:369-376,C201313)UdonoCT,CAbeCT,CSatoCHCetal:BilateralCcentralCretinalCarteryCocclusionCinCChurg-StraussCsyndrome.CAmCJCOph-thalmolC136:1181-1183,C200314)安田貴恵,信藤肇,波多野裕二ほか:眼症状を伴ったアレルギー性肉芽腫性血管炎(Churg-Strauss症候群)のC1例.臨床皮膚科C55:1027-1030,C2001***

メラノーマに対するEncorafenib/Binimetinib 併用療法 直後に中心窩網膜外層異常をきたした1 例

2022年11月30日 水曜日

《原著》あたらしい眼科39(11):1554.1560,2022cメラノーマに対するEncorafenib/Binimetinib併用療法直後に中心窩網膜外層異常をきたした1例後藤真依*1林孝彰*1,2脇裕磨*3延山嘉眞*3中野匡*1*1東京慈恵会医科大学眼科学講座*2東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科*3東京慈恵会医科大学皮膚科学講座CACaseofFovealOuterRetinalAbnormalitiesImmediatelyPostEncorafenib/BinimetinibCombinationTherapyforMalignantMelanomaMaiGoto1),TakaakiHayashi1,2),YumaWaki3),YoshimasaNobeyama3)andTadashiNakano1)1)DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversityKatsushikaMedicalCenter,3)DepartmentofDermatology,TheJikeiUniversitySchoolofMedicineC目的:メラノーマに対するCBRAF阻害薬(encorafenib)とCMEK阻害薬(binimetinib)の併用療法直後に中心窩網膜外層異常をきたしたC1例を報告する.症例:41歳,男性.BRAF遺伝子変異陽性の転移性メラノーマに対して,encorafenib/binimetinib併用療法が施行され,翌日に両眼の歪視と視力障害を訴え眼科を受診した.矯正視力は右眼1.2,左眼C1.0であった.眼底に異常はなかったが,光干渉断層計(OCT)検査で,右眼は中心窩網膜のCellipsoidCzoneからCinterdigitationzone(IZ)にかけてやや肥厚しその部位が低反射となっており,左眼は中心窩網膜のCIZが不明瞭となっていた.MEK網膜症と診断後,encorafenib/binimetinib併用療法を中止・休薬し,休薬後COCT所見は改善した.休薬C3週後,全視野刺激網膜電図ならびに多局所網膜電図が施行され,両眼ともに正常範囲内の振幅を示し,網膜機能障害はみられなかった.結論:encorafenib/binimetinib併用療法直後にCMEK網膜症は起こりうる.CPurpose:ToreportacaseoffovealouterretinalabnormalitiesimmediatelypostBRAF-inhibitor(encorafenib)CandMEK-inhibitor(binimetinib)combinationCtherapyCforCmalignantCmelanoma.CCase:AC41-year-oldCmaleCpre-sentedCwithCbilateralCblurredCvisionCandCdecreasedCvisualacuity(VA)atC1CdayCafterCundergoingCencorafenib/bin-imetinibCcombinationCtherapyCforCBRAFCmutation-positiveCmetastaticCmelanoma.CHisCbest-correctedCVACwasC1.2CODCandC1.0COS.CFunduscopyC.ndingsCrevealedCnoCabnormality,CyetCopticalCcoherencetomography(OCT)imagingCrevealedCaCslightCthickeningCfromCtheCellipsoidCzoneCtoCtheCinterdigitationzone(IZ),CwhoseCpartsCalsoCshowedChypore.ectivity,CatCtheCfoveaCinCtheCrightCeye,CandCblurredCIZCatCtheCfoveaCinCtheCleftCeye.CThus,CtheCpatientCwasCdiagnosedCwithCMEKCretinopathy,CandCtheCencorafenib/binimetinibCcombinationCtherapyCwasCdiscontinued.CTheCOCTC.ndingsCimprovedCafterCdiscontinuation.CAtC3-weeksCpostCdiscontinuation,Cfull-.eldCelectroretinographyCandCmultifocalelectroretinographywereperformedandshowedthattheamplitudeswerewithinnormallimitsinbotheyes,CthusCindicatingCnoCretinalCdysfunction.CConclusion:MEKCretinopathyCcanCoccurCimmediatelyCpostCencorafenib/binimetinibcombinationtherapy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)39(11):1554.1560,C2022〕Keywords:悪性黒色腫,BRAF遺伝子変異,BRAF阻害薬,MEK阻害薬,MEK網膜症,光干渉断層計,漿液性網膜.離.malignantmelanoma,BRAFCmutation,BRAFinhibitor,MEKinhibitor,MEKretinopathy,opticalcoher-encetomography,serousretinaldetachment.Cはじめにその進行期メラノーマに対して,殺細胞性抗腫瘍薬である悪性黒色腫(以下,メラノーマ)は,年間1,500人からdacarbazineが近年まで第一選択薬であったが,有効性は限2,000人が発症するが,欧米人に比べその発症率は低い1).定的であった.2014年以降,免疫チェックポイント阻害剤メラノーマはしばしば遠隔転移を起こしてから診断される.である抗CCTLA-4抗体製剤(ipilimumab)や抗CPD-1抗体製〔別刷請求先〕林孝彰:〒125-8506東京都葛飾区青戸C6-41-2東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科Reprintrequests:TakaakiHayashi,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversityKatsushikaMedicalCenter,6-41-2Aoto,Katsushika-ku,Tokyo125-8506,JAPANC1554(114)剤(nivolumab,pembrolizumab),および,BRAF阻害薬であるCvemurafenibがわが国で承認され,ついでC2016年に,分子標的薬であるCBRAF阻害薬(dabrafenib)とCMEK(mitogen-activatedCproteinkinase)阻害薬(trametinib)の併用療法が承認された.2019年C1月,BRAF阻害薬(encorafenib)とCMEK阻害薬(binimetinib)の併用療法2)が,BRAF遺伝子変異を有する根治切除不能なメラノーマに対して新たに保険収載され,注目を浴びている.BRAF阻害薬とCMEK阻害薬の併用療法における眼有害事象として,黄斑部を含む漿液性網膜.離の発症が海外で報告された3.5).とくにCMEK阻害薬が網膜色素上皮(RPE)に対し毒性を示すことから,MEK網膜症(MEKretinopathyもしくはCMEKCinhibitor-associatedretinopathy)とよばれている6.8).今回,筆者らは,BRAF遺伝子変異陽性のメラノーマと診断されCencorafenib/binimetinib併用療法直後に視力障害を訴え,光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)検査で,中心窩網膜外層障害をきたしたC1例を報告する.CI症例患者:41歳,男性.主訴:両眼の歪視と視力低下.現病歴:右前腕原発CBRAF遺伝子変異(p.V600E)陽性の転移性メラノーマ(pT4bN3M1b,pStageIV)に対して,東京慈恵会医科大学附属病院(以下,当院)皮膚科で,これまでCnivolumab単剤療法,ipilimumab/nivolumab併用療法,およびCdabrafenib/trametinibの併用療法が施行された.しかし,免疫関連有害事象(immune-relatedCAdverseEvents:irAE)である肺障害や腫瘍の進行を認めたため中止となった.つぎにCencorafenib/binimetinib併用療法が予定され,治療前に当院眼科初診となった.自覚症状はなく,視力は右眼(1.5C×sph.5.50D(.0.50DAx150°),左眼(1.2C×sph.4.50D(.1.00DAx15°)であった.両眼ともに強膜炎や虹彩炎などの前眼部炎症所見はなく,中間透光体および眼底に異常所見はなかった.共焦点走査レーザー検眼鏡装置(SpectralisCHRA,CHeidelberg社)を用いた眼底自発蛍光写真においても,異常自発蛍光はみられなかった.黄斑部のCOCT(CirrusCHD-OCT5000,カールツァイス社)検査で,網膜外層異常を示す所見はなかった(図1).20日後,Cencorafenib450Cmg/日とCbinimetinib90Cmg/日の併用療法が開始された.翌日,両眼の歪視と視力障害を訴え,併用療法開始C5日後に当院眼科再初診となった.既往歴:右前腕の黒色結節を主訴にC4年前に当院皮膚科を図1黄斑部OCTの水平方向・垂直方向Bスキャン画像(encorafenib/binimetinib併用療法前)両眼ともに網膜外層異常を示す所見はみられない.図2黄斑部OCTの水平方向・垂直方向Bスキャン画像(併用療法開始5日後)右眼は中心窩網膜のCellipsoidzoneからCinterdigitationzone(IZ)にかけてやや肥厚しその部位が低反射となっており,左眼は中心窩網膜のCIZが不明瞭となっている.また,併用療法前と比べ,部分的にCIZから網膜色素上皮のラインが肥厚する所見(.)が両眼で観察されている.図3黄斑部OCTの水平方向・垂直方向Bスキャン画像(併用療法休薬1週後)黄斑部COCTにおいて中心窩Cinterdigitationzoneの不明瞭化が両眼にみられる.正常例症例杆体応答100μV25ms最大応答100μV10ms50μV錐体応答10ms30-Hzフリッカ10ms50μV図4全視野刺激網膜電図両眼ともに杆体応答,最大応答,錐体応答,30-Hzフリッカ,いずれも正常例と比較し正常範囲内の振幅を示している.受診し,今回の原発メラノーマの最初の診断を受けている.その他,特記すべき事項なし.初診時眼所見:視力は右眼C0.1(1.2C×sph.5.50D(.0.25DCAx150°),左眼C0.1(1.0C×sph.3.75D(.0.75DCAx30°),眼圧は右眼C17CmmHg,左眼C20CmmHgであった.併用療法前に比べ,左眼はわずかに遠視化していた.強膜炎,虹彩炎,硝子体混濁はみられず,眼底にも明らかな異常所見はみられなかったが,黄斑部COCTで,右眼は中心窩網膜のCellipsoidzone(EZ)からCinterdigitationCzone(IZ)にかけてやや肥厚しその部位が低反射となっており,左眼は中心窩網膜のCIZが不明瞭となっていた(図2).また,併用療法前と比べ,部分的にIZから網膜色素上皮(retinalCpigmentepithelium:RPE)のラインが肥厚する所見が両眼で観察された(図2).経過:両眼の中心窩に網膜外層障害を認めたため,メラノーマの進行がみられないことを確認し,皮膚科医の最終判断でCencorafenib/binimetinib併用療法を中止・休薬した.休薬C1週後の視力は右眼(1.0),左眼(1.0)であった.黄斑部OCTにおいて中心窩CIZの不明瞭化が両眼にみられたものの改善していた(図3).休薬C3週後,歪視の自覚症状は残っていたため,網膜機能評価として,全視野刺激網膜電図(LE-4000,トーメーコーポレーション),ならびに多局所網膜電図(LE-4100,トーメーコーポレーション)を国際臨床視覚電気生理学会の推奨する条件で記録した9.11).全視野刺激網膜電図(図4)および多局所網膜電図(図5)においていずれの反応も,両眼ともに正常範囲内の振幅を示した.Hum-図5多局所網膜電図両眼ともに正常範囲内の振幅(応答密度)を示している.phrey静的視野(SITA-standard,プログラム中心C10-2)検査を施行し,中心窩閾値は右眼C37dB,左眼C39CdBと良好で,明らかな感度低下はみられなかった.今後,encorafenib/binimetinib薬を減量したうえで,併用療法再開を検討している.CII考按Encorafenib/binimetinib併用療法における眼有害事象のなかで,網膜下液が貯留する漿液性網膜.離は,中心性漿液性脈絡網膜症のCOCT所見に類似し,欧米ではCMEK網膜症として報告されている6,7).しかし,欧米に比べ,日本ではメラノーマの有病率が低いこと1),さらにCBRAF遺伝子変異陽性メラノーマの割合が低いこと1)もあり,日本から網膜障害に関連する有害事象の報告はほとんどない.筆者らがPubmedと医中誌を調べた限り,過去にCencorafenib/bin-imetinibの併用療法後に漿液性網膜.離をきたした報告はC1例のみであった12).筆者らの症例のように中心窩の網膜外層障害(図1)をきたした報告例はなかった.しかし,2022年2月C14日に小野薬品工業株式会社(URL:https://www.ono-oncology.jp/medical/products/braftovi-mektovi#)が公表したCMEK阻害薬・binimetinibの副作用発現情報のなかで,426件のうち眼障害はC105件に発現し,網膜障害や漿液性網膜.離などの有害事象も多数報告されている.また,encorafenib/binimetinibの併用療法に関する適正使用ガイド(https://www.ono-oncology.jp>BRA+MEK_guide_1)のなかで,眼関連副作用発現時のフローチャートが作製されており,投与継続か休薬すべきかの判断の参考となる.本症例は,encorafenib/binimetinib併用療法開始前に,免疫チェックポイント阻害剤(抗CPD-1抗体および抗CTLA-4抗体製剤)が使用されていた.本症例のように,転移性メラノーマに対して,encorafenib/binimetinib併用療法施行前に,免疫チェックポイント阻害薬が投与されていることは多い.免疫チェックポイント阻害薬投与後にさまざまなCirAEが発生することがあり,grade1(軽微な副作用),grade2(中等度の副作用),grade3(重度の副作用),grade4(生命を脅かす副作用)に分類される.irAEが出現する頻度は抗CPD-1抗体単剤療法でC10.20%(grade1からC4まで)と報告されている13).一方,ipilimumab/nivolumab併用療法に関してはCgrade3以上に限ってもC30.60%に生じるとされ,注意すべき有害事象である14).眼関連CirAEの出現頻度は高くないものの,強膜炎,ぶどう膜炎,Vogt-小柳-原田病類似病態が発症しうることが報告されている15).本症例では,encorafenib/binimetinib併用療法直前に眼科的検査が施行され,過去に使用されていた免疫チェックポイント阻害薬による眼関連CirAEは観察されなかった.しかし,encorafenib/binimetinib併用療法翌日に歪視と視力障害を訴えたことから,本併用療法による眼有害事象として両眼の中心窩網膜外層障害が引き起こされたと考えられた.過去のencorafenib/binimetinib併用療法後に漿液性網膜.離を認めたCOCT所見4,6,7)と照らし合わせると,本症例のCOCT所見でみられた中心窩網膜のCEZからCIZにかけてやや肥厚する所見(図1)ならびに部分的にCIZからCRPEのラインが肥厚する所見(図1)は,漿液性網膜.離出現の前段階で生じた所見・MEK網膜症である可能性が考えられた.Urner-Blochら16)は,binimetinibによる漿液性網膜.離などのMEK網膜症の病因として,アレルギー反応や自己免疫応答によるものではなく,活動性の高いCRPEに直接的な毒性を示すことによる可能性を指摘している.筆者らが調べた限り,過去にCMEK網膜症に対して電気生理学的に網膜機能を評価した報告は少ない.vanLintら17)は,転移性メラノーマに対してCMEK阻害薬(trametinib)投与後に視機能障害を訴えた症例に全視野刺激網膜電図を施行したところ,杆体応答が著しく低下し,錐体応答も低下していたことを報告している.この症例は,MEK阻害薬休薬1カ月後に再度全視野刺激網膜電図が施行され,杆体応答ならびに錐体応答が改善したものの,休薬C2カ月後に病状悪化により死亡している17).筆者らの症例は,encorafenib/bin-imetinib併用療法の休薬C3週後に全視野刺激網膜電図(図4)および多局所網膜電図(図5)を記録し,両眼ともに正常範囲内の振幅を示したことから,MEK網膜症の急性期(併用療法直後)にたとえ振幅が低下していたとしても,不可逆的な変化は生じていなかったと考えられた.また,同時に全視野刺激網膜電図を記録することにより,転移性メラノーマによってまれに起こるメラノーマ関連網膜症の除外診断に繋がった.メラノーマ関連網膜症では,メラノーマが網膜COn型双極細胞に発現しているCTRPM1蛋白と同一の抗原性を有する蛋白を産生し,それに対する自己抗体の出現によって,網膜COn型双極細胞が選択的に障害され,完全型停在性夜盲類似の網膜電図所見を呈することがわが国から報告されている18,19).本症例では実際,視力障害を自覚した直後すなわち,網膜外層障害の出現直後に多局所網膜電図を記録していれば振幅が低下していた可能性が考えられる.今回,MEK網膜症を発症したため,encorafenib/binimetinib併用療法を休薬したが,生命予後を考慮した場合,実際は非常にむずかしい判断であった.今後は転移性メラノーマの病状進行に対して,どの程度のCMEK網膜症の病態を許容していけるかが重要なポイントであり,可能であればCMEK網膜症急性期に多数例で網膜電図による視機能評価を行う必要があると考えられるが,まれな病態であることから現実的には困難である.本症例を経験し,薬剤による眼有害事象を正確に評価するうえで,encorafenib/binimetinib併用療法施行前に,視力やCOCT検査を含む眼科的評価が重要であると考えられた.また,encorafenib/binimetinib併用療法開始後は,MEK網膜症の発症に留意し,眼症状を訴えた場合,速やかに眼科的精査を行う必要がある.利益相反:林孝彰(経済的支援:ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社(AMO),株式会社リィツメディカル,株式会社ユニハイト,バイエル薬品株式会社,日本アルコン株式会社,千寿製薬株式会社,第一三共株式会社,株式会社オグラ,ノバルティスファーマ株式会社,株式会社栗原医療器械店,中外製薬株式会社,田辺三菱製薬株式会社,わかもと製薬株式会社,講演料・その他:参天製薬株式会社,千寿製薬株式会社,第一三共株式会社,ヤンセンファーマ株式会社,中外製薬株式会社,ノバルティスファーマ株式会社,日産化学株式会社),延山嘉眞(経済的支援:中外製薬株式会社,田辺三菱製薬株式会社,アッヴィ合同会社,サノフィ株式会社,講演料・その他:中外製薬株式会社,田辺三菱製薬株式会社,ヤンセンファーマ株式会社,科研製薬株式会社,一般社団法人日本血液製剤機構,MSD株式会社),中野匡(経済的支援:参天製薬株式会社,エイエムオージャパン株式会社,株式会社クリュートメディカルシステムズ,協和医科器械株式会社,バイエル薬品株式会社,大塚製薬株式会社,株式会社アイオーエルメディカル,株式会社栗原医療器械店,千寿製薬株式会社)文献1)藤澤康:【皮膚悪性腫瘍(第C2版)上─基礎と臨床の最新研究動向─】メラノーマメラノーマの疫学.日本臨床(臨増)79:13-18,C20212)上原治:【皮膚悪性腫瘍(第C2版)上─基礎と臨床の最新研究動向─】メラノーマメラノーマの治療分子標的薬CEncorafenib+Binimetinib.日本臨床(臨増)C79:376-381,C20213)SchoenbergerCSD,CKimSJ:BilateralCmultifocalCcentralCserous-likeCchorioretinopathyCdueCtoCMEKCInhibitionCforCmetastaticCcutaneousCmelanoma.CCaseCRepCOphthalmolCMedC2013:673796,C20134)Urner-BlochU,UrnerM,StiegerPetal:TransientMEKinhibitor-associatedCretinopathyCinCmetastaticCmelanoma.CAnnOncolC25:1437-1441,C20145)WeberML,LiangMC,FlahertyKTetal:Subretinal.uidassociatedCwithCMEKCinhibitorCuseCinCtheCtreatmentCofCsystemiccancer.JAMAOphthalmolC134:855-862,C20166)vanCDijkCEH,CvanCHerpenCCM,CMarinkovicCMCetal:CSerousCretinopathyCassociatedCwithCmitogen-activatedCproteinCkinaseCkinaseinhibition(Binimetinib)forCmeta-staticCcutaneousCandCuvealCmelanoma.COphthalmologyC122:1907-1916,C20157)TyagiCP,CSantiagoC:NewCfeaturesCinCMEKCretinopathy.CBMCOphthalmolC18:221,C20188)MettlerCC,CMonnetCD,CKramkimelCNCetal:OcularCsafetyCpro.leCofCBRAFCandCMEKinhibitors:DataCfromCtheCWorldCHealthCOrganizationCPharmacovigilanceCDatabase.COphthalmologyC128:1748-1755,C20219)McCullochCDL,CMarmorCMF,CBrigellCMGCetal:ISCEVCStandardCforCfull-.eldCclinicalelectroret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未破裂内頸動脈瘤に対するフローダイバーターステント留置 術後に網膜内層虚血に伴うParacentral Acute Middle Maculopathy を発症した1 例

2022年9月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科39(9):1281.1287,2022c未破裂内頸動脈瘤に対するフローダイバーターステント留置術後に網膜内層虚血に伴うParacentralAcuteMiddleMaculopathyを発症した1例林孝彰飯田由佳東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科CACaseofParacentralAcuteMiddleMaculopathywithIntraretinalIschemiathatDevelopedImmediatelyPostFlow-DivertingStentTreatmentforanUnrupturedInternalCarotidArteryAneurysmTakaakiHayashiandYukaIidaCDepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversityKatsushikaMedicalCenterC目的:未破裂内頸動脈瘤に対するフローダイバーターステント留置術後に網膜内層虚血に伴うCparacentralCacuteCmiddlemaculopathy(PAMM)を発症したC1例を報告する.症例:47歳,女性.海綿静脈洞部の未破裂左内頸動脈瘤に対するフローダイバーターステント留置術直後に左視野異常を自覚し,留置術C11日後に東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科を受診した.矯正視力は両眼それぞれC1.5であった.左眼中心窩の鼻側上方に約C1/3.1/2乳頭径の黄白色病変を認めた.光干渉断層計で病巣部の網膜神経線維層から外網状層にかけての高反射ラインに加え,内顆粒層の高反射ラインを認めた.光干渉断層血管撮影では,高反射部に一致して表層および深層毛細血管網の血流シグナルが低下しており,網膜内層虚血に伴うCPAMMと診断した.発症C38日後の左眼矯正視力はC1.5と不変で,自覚症状の改善はなかった.結論:フローダイバーターステント留置術の血栓塞栓性合併症として,網膜内層虚血に伴うCPAMMは起こりうる.CPurpose:Toreportacaseofparacentralacutemiddlemaculopathy(PAMM)withintraretinalischemiathatdevelopedimmediatelypost.ow-divertingstent(FDS)treatmentforanunrupturedinternalcarotidartery(ICA)Caneurysm.CCaseReport:AC47-year-oldCfemaleCexperiencedCvisualC.eldCdisturbanceCinCherCleftCeyeCimmediatelyCpostCFDSCtreatmentCforCanCunrupturedCleftCICACaneurysm,CandCpresentedCatCourCdepartmentC11CdaysClater.CHerCbest-correctedvisualacuity(BCVA)was1.5ODand1.5OS,andafundoscopyexaminationrevealedayellowish-whiteClesionCofCone-thirdCtoCone-halfCdiscCdiameterCinCsizeClocatedCsuperior-nasalCofCtheCfovea.COpticalCcoherencetomography(OCT).ndingsrevealedhyperre.ectivebandsattheleveloftheinnernuclearlayer,aswellasfromthenerve.berlayertotheouterplexiformlayer.OCTangiography.ndingsrevealeddecreasedblood-.owsignalsinCtheCsuper.cialCandCdeepCcapillaryCplexus,CthusCleadingCtoCaCdiagnosisCofCPAMMCwithCintraretinalCischemia.CAtC38-dayspostonset,herleft-eyeBCVAremainedat1.5,yetthesymptomsdidnotimprove.Conclusion:PAMMwithintraretinalischemiaisathromboemboliccomplicationthatcanoccurpostFDStreatment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C39(9):1281.1287,C2022〕Keywords:paracentralacutemiddlemaculopathy,光干渉断層計,光干渉断層血管撮影,内頸動脈瘤,フローダイバーターステント.paracentralacutemiddlemaculopathy,opticalcoherencetomography,opticalcoherenceto-mographyangiography,internalcarotidarteryaneurysm,.owdiverterstents.C〔別刷請求先〕林孝彰:〒125-8506東京都葛飾区青戸C6-41-2東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科Reprintrequests:TakaakiHayashi,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversityKatsushikaMedicalCenter,6-41-2Aoto,Katsushika-ku,Tokyo125-8506,JAPANCはじめにParacentralCacuteCmiddlemaculopathy(PAMM)は,2013年にCSarrafらによって報告され,光干渉断層計(opti-calcoherencetomography:OCT)で内顆粒層と外網状層のラインが高反射を示す所見を呈する1).光干渉断層血管撮影(OCTangiography:OCTA)を用いた研究で,PAMMは網膜血管が深層に向かう網膜毛細血管網の虚血がその本態と考えられている2,3).PAMMは,傍中心窩急性中間層黄斑症と訳されることがあるが,本報告ではCPAMMと表記する.未破裂脳動脈瘤に対する血管内治療として,これまでコイル塞栓術が施行されてきた.しかし,大型動脈瘤や紡錘状動脈瘤に対してはコイル塞栓術施行が困難となること,コイル塞栓術だけでは大型およびネックの広い脳動脈瘤において再開通率が高いなどの問題点が指摘されていた4,5).2015年に未破裂内頸動脈瘤に対して新たな治療法として,フローダイバーターステント(.owdiverterstents:FDS)留置術が保険収載された.これは動脈瘤をまたぐように脳血管にフローダイバーターというステントを入れ血流が動脈瘤に入るのを防ぐ治療法である.2020年C9月に「頭蓋内動脈ステント(脳動脈瘤治療法CFlowDiverter)適正使用指針」第C3版(最新版)が策定された6).今回,筆者らは,未破裂無症候性内頸動脈瘤に対するFDS留置術後に,網膜内層虚血に伴うCPAMMを発症した症例について報告する.CI症例患者:47歳,女性.主訴:左視野異常.現病歴:海綿静脈洞部に位置し内側へ膨隆する未破裂無症候性左内頸動脈瘤(長径C8Cmm)に対して,他院でCFDS留置術が施行され,全身麻酔覚醒直後から左中心部の視野異常を自覚した.5日後に他院眼科受診し,左眼黄斑部異常を認めたため,FDS留置術C11日後に東京慈恵会医科大学葛飾医療センター(以下,当院)眼科へ初診となった.FDS留置術C2週前より,アスピリンおよびクロピドグレル硫酸塩による抗血小板薬C2剤併用療法(dualantiplateletCtherapy:DAPT)が施行され,当院初診時もCDAPTが継続されていた.既往歴:高血圧,糖尿病,脂質異常症など基礎疾患はなし.初診時眼所見:視力は右眼C0.1(1.5C×sph.3.50D(.1.00DCAx150°),左眼0.1(1.5C×sph.3.50D(.0.25DCAx120°),眼圧は右眼C13CmmHg,左眼C13CmmHgであった.両眼ともに前眼部および中間透光体に異常所見はなかった.眼底所見として,右眼眼底に異常はなかったが,左眼中心窩の鼻側上方に約C1/3.1/2乳頭径の黄白色病変を,視神経乳頭上方に小さな網膜表層出血を認めた(図1a).黄斑部COCT(CirrusHD-OCT5000)のCBスキャン・水平断画像で,黄白色病変中央部では網膜神経線維層から外網状層にかけて高反射ラインを(図1b),そのやや上方で内顆粒層に高反射ラインを(図1c)認め,PAMM所見と考えられた.OCTA(CirrusHD-OCT5000)では,高反射部に一致して表層網膜毛細血管網および深層網膜毛細血管網の血流シグナルが低下(図2)しており,網膜内層虚血に伴うCPAMMと診断した.フルオレセイン蛍光造影検査(.uoresceinangiography:FA)を施行し,造影早期では黄白色病変部の網膜毛細血管充盈遅延・ブロックによる低蛍光を認め,造影中期でも病変部網膜毛細血管の造影不良を認めた(図3).黄白色病変は,網膜内層の循環不全によるものと考えられた.また,FA造影早期に血管アーケード内に多数の斑状低蛍光の所見がみられ,局所的脈絡膜充盈遅延と考えられた.血液検査を施行し,赤血球数・白血球数・血小板数,凝固系,電解質に異常値はなかった.肝機能および腎機能は正常であった.経過:FDS留置術後でCDAPTが継続されていたことから,当院では無治療で経過観察となった.その後自覚症状は不変であった.発症C38日後の左眼矯正視力はC1.5と不変で,黄白色病変は消失した(図4).OCTでは,病変部の網膜神経線維層から外網状層にかけて菲薄化し,相対的に外顆粒層が肥厚していた(図4).Humphrey静的視野(SITA-standard,プログラム中心C10-2)で,中心窩閾値はC37CdBと良好で中心下方に感度低下(MD値:C.2.6CdBp<5%,PSD値:4.71CdBp<1%)を認めた(図5).経過中,症状の改善・悪化はみられなかった.CII考按今回,未破裂内頸動脈瘤に対するCFDS留置直後に網膜内層虚血に伴うCPAMMを発症したC1例を報告した.PubMedと医中誌を調べた限り,FDS留置後にCPAMMを発症した報告例はなかった.本症例は,基礎疾患が存在しなかったこと,内頸動脈瘤が眼動脈に近い近位部に位置していたこと,FDS留置術直後に同側眼に網膜内層虚血に伴うCPAMMを発症していることから,FDS留置術と関連して本疾患が発症したと考えられた.2020年C9月に日本脳神経外科学会,日本脳卒中学会,日本脳神経血管内治療学会から,「頭蓋内動脈ステント(脳動脈瘤治療法CFlowDiverter)適正使用指針」第C3版が策定された6).FDS留置の適応は,内頸動脈の錐体部から床上部に位置し,最大径C5Cmm以上のワイドネックまたは紡錘状動脈瘤で,症候性・無症候性は問わないとなっている6).本症例も長径C8Cmmの海綿静脈洞部に位置する動脈瘤で,FDS留置術の適応であったと考えられる.周術期管理として,術前C10日以上前よりCDAPT投与が開始され,術中はヘパリン全身投与により活性化凝固時間をC250.300秒(コントローab図1初診時の眼底写真と左眼病変部OCTのBスキャン・水平断画像a:右眼に異常はなかったが,左眼中心窩の鼻側上方に約C1/3.1/2乳頭径の黄白色病変を,視神経乳頭上方に小さな網膜表層出血を認める.Cb:OCTにおいて黄白色病変中央部では,網膜神経線維層から外網状層にかけて高反射ラインを認める.c:そのやや上方では,内顆粒層に高反射ラインを認める.ル比C2.2.5倍)に維持し,術後は,DAPTをC6カ月投与す物表面での血小板活性化による白色血栓予防の目的で術前かることが推奨されている6).本症例に関して,術中の詳細はらCDAPTが行われる.FDS留置術の術後合併症として,血はっきりしないが,術後もCDAPTが継続されていた.一般栓塞栓性および出血性の合併症がある6).海外の国際共同研的に,血管内治療では術中の血流うっ滞による赤色血栓予防究におけるCFDS留置術の合併症率は,虚血性脳卒中がC4.7で全身ヘパリン化による抗凝固療法が行われ,ステント留置%,脳出血はC2.4%で,動脈瘤破裂はC0.6%とわずかであっ図2左眼黄斑部のOCTA画像(初診時)上段は,表層毛細血管網を捉えたセグメンテーションを示す.OCTCenface像の高反射部に一致して血流シグナルが低下している.下段は,深層毛細血管網を捉えたセグメンテーションを示す.病変部の血流シグナルが低下している.C図3初診時の左眼フルオレセイン蛍光造影写真造影早期(造影開始C14秒,16秒,24秒)では黄白色病変部の網膜毛細血管充盈遅延・ブロックによる低蛍光を認め,造影中期(造影開始C3分C11秒)でも病変部網膜毛細血管の造影不良を認める.また,造影早期(造影開始C14秒,16秒,24秒)に血管アーケード内に多数の斑状低蛍光の所見がみられる.図4左眼眼底写真と病変部OCTのBスキャン・水平断画像(発症38日後)黄白色病変は消失している.OCTでは,病変部の網膜神経線維層から外網状層にかけて菲薄化し,相対的に外顆粒層が肥厚している.た7).一方,眼動脈から分岐する網膜中心動脈の閉塞など眼PAMMは,OCTで内顆粒層の高反射を示す所見として合併症の記述はなかった7).本症例では,FDS留置術後に眼報告され1),その後,網膜血管が深層に向かう網膜毛細血管外症状は出現しなかった.網の血流障害・虚血によって引き起こされる病態として報告図5左眼Humphrey静的視野(SITA.standard,プログラム中心10.2)(発症38日後)中心窩閾値はC37dB,中心下方に感度低下(MD値:C.2.6CdBp<5%,PSD値:4.71CdBp<1%)を認める.されている2).PAMMは,単独で発症することもあるが,糖尿病網膜症,高血圧性網膜症,網膜動脈閉塞症,網膜静脈閉塞症など網膜血管閉塞疾患に合併してみられることが多い3,8).筆者らは,脳動脈瘤に対するコイル塞栓術後にPAMMを発症したC2例を報告している9).眼動脈の近位部に位置する内頸動脈瘤だけでなく,遠位部に位置する前交通動脈瘤に対するコイル塞栓術後であってもCPAMMは発症する9).このようにCPAMMは,脳血管内治療に関連する血栓塞栓性合併症として起こりうる.PAMMは網膜毛細血管の存在しない中心窩無血管域には発生しないため,PAMMを単独で発症した場合,中心視力は保たれることが多い.しかし,中心窩無血管域周囲の網膜毛細血管網が障害されると,視野異常の自覚は必発である8,9).逆に,黄斑部外にCPAMMが発症した場合,気づくことなく過ぎ去っていく可能性が考えられる.本症例に発症した網膜内層虚血に伴うCPAMMは中心窩に近く(図1,2),視野異常を自覚し,視野検査でも中心下方の感度低下が続いていた(図5).本症例では,その病変とは別に,FA早期で局所的脈絡膜充盈遅延による多数の斑状低蛍光の所見がみられた(図3).同様な所見は,巨細胞性動脈炎に合併したCPAMMでもみられていることから10),眼動脈から分岐する短後毛様動脈系にも循環障害が生じた可能性が示唆された.PAMMの長期経過に関する報告は少ない.筆者らは,2.5年以上経過観察したCPAMMのC2例について検討し,視野障害は改善せず持続していることを報告した8).このことから,PAMMでは組織虚血によって不可逆的な網膜神経細胞障害が生じ,視野障害が永続すると考えられる.PAMMの治療に関して,原疾患があればその治療を優先するが,PAMM自体に有効な治療法はない.最後に本症例では,FDS留置術の全身麻酔覚醒直後から左視野異常を自覚していたことから,FDS留置術と関連して網膜内層虚血に伴うCPAMMが発症したと考えられた.FDS留置術の血栓塞栓性合併症として,PAMMは起こりうる.FDS留置術は,PAMMの新たな発症要因と考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)SarrafCD,CRahimyCE,CFawziCAACetal:ParacentralCacuteCmiddlemaculopathy:aCnewCvariantCofCacuteCmacularCneuroretinopathyCassociatedCwithCretinalCcapillaryCisch-emia.JAMAOphthalmolC131:1275-1287,C20132)Nemiro.CJ,CKuehleweinCL,CRahimyCECetal:AssessingCdeepretinalcapillaryischemiainparacentralacutemiddleCmaculopathyCbyCopticalCcoherenceCtomographyCangiogra-phy.AmJOphthalmolC162:121-132,Ce121,C20163)ScharfCJ,CFreundCKB,CSaddaCSCetal:ParacentralCacuteCmiddleCmaculopathyCandCtheCorganizationCofCtheCretinalCcapillaryplexuses.ProgRetinEyeResC81:100884,C20214)MurayamaCY,CNienCYL,CDuckwilerCGCetal:GuglielmiCdetachableCcoilCembolizationCofCcerebralaneurysms:11Cyears’experience.JNeurosurgC98:959-966,C20035)RaymondCJ,CGuilbertCF,CWeillCACetal:Long-termCangio-graphicCrecurrencesCafterCselectiveCendovascularCtreat-mentCofCaneurysmsCwithCdetachableCcoils.CStrokeC34:C1398-1403,C20036)日本脳神経外科学会,日本脳卒中学会,日本脳神経血管内治療学会策定:頭蓋内動脈ステント(脳動脈瘤治療用CFlowDiverter)適正使用指針第C3版.20207)KallmesCDF,CHanelCR,CLopesCDCetal:InternationalCretro-spectivestudyofthepipelineembolizationdevice:amul-ticenteraneurysmtreatmentstudy.AJNRAmJNeurora-diolC36:108-115,C20158)NakamuraCM,CKatagiriCS,CHayashiCTCetal:LongitudinalCfollow-upCofCtwoCpatientsCwithCisolatedCparacentralCacuteCmiddleCmaculopathy.CIntCMedCCaseCRepCJC12:143-149,C20199)NakamuraCM,CKatagiriCS,CHayashiCTCetal:ParacentralCacuteCmiddleCmaculopathyCafterCendovascularCcoilCemboli-zation.RetinCasesBriefRepC15:281-285,C202110)KasimovCM,CPopovicCMM,CMicieliJA:ParacentralCacuteCmiddleCmaculopathyCassociatedCwithCanteriorCischemicCopticneuropathyandcilioretinalarteryocclusioningiantcellarteritis.JNeuroophthalmolC42:e437-e439,C2022***

新型コロナワクチン接種後にValsalva 網膜症の発症が 疑われた1 例

2022年6月30日 木曜日

《原著》あたらしい眼科39(6):839.844,2022c新型コロナワクチン接種後にValsalva網膜症の発症が疑われた1例飯田由佳*1林孝彰*1中野匡*2*1東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科*2東京慈恵会医科大学眼科学講座CACaseofSuspectedValsalvaRetinopathyPostCOVID-19VaccinationYukaIida1),TakaakiHayashi1)andTadashiNakano2)1)DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversityKatsushikaMedicalCenter,2)DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversitySchoolofMedicineC目的:新型コロナワクチン接種後にCValsalva網膜症の発症が疑われたC1例を報告する.症例:40歳,男性.モデルナ社製の新型コロナワクチン初回接種のC7日後,突然の右眼視力低下を自覚し,改善しないため,接種C14日後に東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科を受診した.基礎疾患はなかった.右眼の視力は(0.5)であった.眼底検査で,右眼黄斑部に長径約C1乳頭径の網膜表層出血を認め,光干渉断層計画像で網膜最表層に高反射帯として検出された.光干渉断層血管撮影では,高反射帯部に一致する網膜血管および網膜毛細血管網が描出されなかった.フルオレセイン蛍光造影検査では,造影早期から中期にかけて出血部のブロックによる低蛍光を認める以外,異常所見はなかった.発症要因ははっきりしなかったが,Valsalva網膜症による網膜出血を疑い経過観察とし,出血は徐々に自然吸収され,右眼視力は(1.5)に回復した.結論:ワクチン接種との因果関係ははっきりしないが,新型コロナワクチン接種後にCVal-salva網膜症を疑う網膜出血は起こりうる.CPurpose:ToreportacaseofsuspectedValsalvaretinopathypostcoronavirusdisease2019(COVID-19)vac-cination.CCasereport:AC40-year-oldCmaleCwasCseenCatCaClocalCclinicCafterChisCright-eyeCvisualacuity(VA)sud-denlyCdecreasedC7CdaysCpostCinitialCinjectionCofCaCCOVID-19vaccine(Moderna)C.CHeCwasCreferredCtoCourCdepart-ment7-dayslaterduetonoimprovementofsymptoms.Therewasnounderlyingdisease,andhisright-eyebest-correctedVA(BCVA)wasC0.5.CFundusCexaminationCofCthatCeyeCrevealedCaCsuper.cialCretinalChemorrhageCofCapproximatelyCone-discCdiameterCinCtheCmacula,CandCopticalCcoherencetomography(OCT)revealedCaChyperre.ectivelesioninthesuper.ciallayeroftheretina.OCTangiographyshowedabsenceofanyretinalbloodandCcapillaryCvesselsCcorrespondingCtoCtheChyperre.ectiveClesion.CFluoresceinCangiographyCshowedCnoCabnormalC.ndings,however,earlytomid-phaseimagesshowedhemorrhage-relatedblockedhypo.uorescence.Valsalvareti-nopathyCwithCretinalChemorrhageCwasCsuspected,CandCtheCpatientCwasCfollowed.CHowever,CtheCcauseCremainedCunclear.CSpontaneously,CtheChemorrhageCwasCgraduallyCabsorbed,CandCBCVACrecoveredCtoC1.5.CConclusion:CAlthoughCtheCrelationshipCbetweenCtheCCOVID-19CvaccinationCandCtheCdevelopmentCofCtheCretinalChemorrhageCisCunclear,aretinalhemorrhagecausedbysuspectedValsalvaretinopathycanoccurpostvaccination.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C39(6):839.844,C2022〕Keywords:新型コロナワクチン,網膜出血,Valsalva網膜症,光干渉断層計,光干渉断層血管撮影.COVID-19Cvaccine,retinalhemorrhage,Valsalvaretinopathy,opticalcoherencetomography,opticalcoherencetomographyan-giography.Cはじめに国ファイザー社製と米国モデルナ社製のコロナウイルス修飾現在,日本国内で実施されている新型コロナワクチンのなウリジンCRNAワクチンが実用化されている.両者ともに,かで,メッセンジャーCRNA(mRNA)ワクチンとして,米新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のスパイク蛋白質をコ〔別刷請求先〕林孝彰:〒125-8506東京都葛飾区青戸C6-41-2東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科Reprintrequests:TakaakiHayashi,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversityKatsushikaMedicalCenter,6-41-2Aoto,Katsushika-ku,Tokyo125-8506,JAPANCードするCmRNAを脂質膜に包んだ製剤である.ワクチン接種によって,体内にスパイク蛋白質を発現させ,中和抗体産生および細胞性免疫応答が誘導され,新型コロナウイルス感染症予防や感染後の重症化リスクを軽減するなどの効果が期待されている.このような効果とともに副反応が生じうる.接種後に起こりやすい副反応として,注射した部分の痛み,倦怠感,頭痛,筋肉痛,悪寒,関節痛,下痢,発熱,接種部の腫脹が報告されている.大部分の症状は,接種の翌日をピークに発現することが多く,数日以内に回復する.重篤ではあるものの頻度の低い副反応として,アナフィラキシー,Guillain-Barre症候群,急性散在性脳脊髄炎,心筋炎・心膜炎,接種後死亡などの報告もある.接種後の副反応に関しては,厚生労働省のホームページ(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/vaccine_hukuhannou.html)にその詳細が記載されている.ワクチン接種後の眼症状に関しては,基本的にアナフィラキシーに伴う症状が多く,視神経疾患や網脈絡膜疾患の報告は少ない1).Valsalva網膜症は,Valsalva法による胸腔内圧もしくは腹腔内圧の上昇により,網膜表層の毛細血管が破裂し,網膜表層出血をきたす病態で,排便時のいきみ,咳,嘔吐,筋力トレーニング,性行為,圧迫による外傷などによって起こる(EyeWiki:https://eyewiki.aao.org/Valsalva_Retinopathy).通常,網膜表層出血は自然吸収する.今回,筆者らは,モデルナ社新型コロナワクチン接種C1週後にCValsalva網膜症の発症が疑われた患者を経験したので報告する.CI症例患者:40歳男性.主訴:右視力低下.現病歴:モデルナ社新型コロナワクチン(COVID-19ワクチンモデルナ筋注)のC1回目接種を受け,翌日C37.5℃の発熱および接種部の強い筋肉痛の副反応を認めた.接種C2日後に解熱し,筋肉痛も徐々に改善した.接種C7日後,突然の右眼視力低下を認めた.症状が改善しないため,接種C14日後に近医受診し,右眼黄斑部の網膜出血を指摘された.右眼の矯正視力は(0.4)であった.接種C20日後,東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科に紹介受診となった.既往歴:アレルギー疾患も含め特記すべき事項なし.薬剤アレルギー歴なし.C00DC.1.(00DC.2.sph×(0.5初診時眼所見:視力は右眼0.15Ax20°),左眼C0.15(1.2C×sph.1.75D(.1.00DAx165°),眼圧は右眼C10CmmHg,左眼C12CmmHgであった.眼痛,瞳孔異常,眼球運動障害はみられなかった.両眼ともに前眼部および中間透光体に異常所見はなかった.眼底所見として,右眼黄斑部に長径約C1乳頭径の網膜出血を認めたが,左眼に異常はなかった(図1).黄斑部の光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT,CirrusCHD-OCT5000)のBスキャン・水平断画像で,出血は網膜最表層に高反射帯として検出され,その後方はシャドーとなっていた(図2).光干渉断層血管撮影(OCTangiography:OCTA,CirrusCHD-OCT5000)では,高反射帯部に一致して網膜血管および網膜毛細血管網は描出されなかったが,それ以外の部位の血流シグナルに異常所見はみられなかった(図3).検査後,詳細な問診を行ったが,発症直前にCValsalva法による胸腔もしくは腹腔内圧が急激に上昇するような行為・行動を聴取できなかった.発症から当院初診時まで視力障害の自覚症状は不変であったため,経過観察とした.図1初診時の眼底写真右眼黄斑部に長径約C1乳頭径の網膜出血を認めるが,左眼に異常はみられない.図2右眼病変部OCTのBスキャン・水平断画像(初診時)出血に一致する部位の網膜最表層に高反射帯が検出され,その後方はシャドーとなっている.図3右眼黄斑部のOCTA(3×3mm)画像(初診時)網膜全層を捉えたセグメンテーションを示す.OCTのCBスキャンおよびCenface像の高反射部に一致した網膜血管および網膜毛細血管網は描出されていない.図4右眼フルオレセイン蛍光造影写真(初診から6日後)造影早期(1分C15秒,左図)から中期(4分C25秒,右図)にかけて網膜出血のブロックによる低蛍光を認める以外,異常所見はみられない.図5右眼黄斑部のOCTA(3×3mm)画像(初診から約3カ月後)網膜全層を捉えたセグメンテーションを示す.網膜出血が存在した部位の網膜血管および網膜毛細血管網は描出されている.血液検査所見:赤血球数,白血球数,血小板数,凝固系,肝機能,腎機能,電解質値に異常はなし.白血球分画は,好中球C54.1%,リンパ球C38.7%,単球C6.5%,好酸球C0.5%,好塩基球C0.2%と基準範囲内であった.また,TCC189Cmg/dl,LDL-C107Cmg/dl,HDL-C45Cmg/dl,HbA1c5.2%,リウマトイド因子C3.0CIU/ml,MPO-ANCA1.0CU/ml,PR3-ANCA1.0CU/ml,CRP0.04Cmg/dl,赤血球沈降速度C2Cmm(1時間値)と異常値はなかった.感染症に関する血清学的検査において,HBs抗原・抗体陰性,HCV抗体陰性,HIV抗体陰性,単純ヘルペスCIgM陰性,水痘・帯状疱疹ウイルスIgM陰性,サイトメガロウイルスCIgM陰性,梅毒CRPR陰性,梅毒CTP抗体陰性,T-SPOT.TB陰性,Cb-D-グルカン陰性であった.経過:網膜前出血の原因を明らかにする目的で,当院初診からC6日後にフルオレセイン蛍光造影検査(.uoresceinangiography:FA)を施行した.造影早期から中期にかけて出血部のブロックによる低蛍光を認める以外,異常所見はなかった(図4).また,左眼に異常所見はなかった.高血圧,脂質異常症,糖尿病など基礎疾患がなかったこと,突然の視力低下を自覚したこと,網膜表層部の出血であったこと,OCTAならびにCFAで網膜出血部以外に異常所見を認めなかったことから,Valsalva網膜症による網膜出血を疑い,経過観察とした.右眼視力は,初診からC16日後に(0.7),1.5カ月後に(1.2)と改善し,網膜出血は徐々に吸収されていった.初診から約C3カ月後の最終受診時,右眼視力(1.5),網膜表層出血は完全に吸収され,OCTAでは網膜出血が存在した部位の網膜血管および網膜毛細血管網は描出されていた(図5).経過中,左眼に眼症状や視力低下はみられなかった.CII考按新型コロナワクチン接種後の眼症状に関して,基本的にアナフィラキシーに伴う症状以外の報告は,わが国では少ない1).新型コロナワクチン接種後に発症した視神経や網脈絡膜疾患に関するわが国からの報告として,ANCA陽性視神経炎(発症は接種C4日後)2),非動脈炎性虚血性視神経症(発症は接種C7日後)3),網膜動静脈閉塞症(発症は接種C2日後)4),急性網膜壊死(発症は接種C2日後)5),網膜静脈分枝閉塞症(発症は接種翌日)6),多発消失性白点症候群(発症は接種6日後)7)の症例が報告されている.海外からも類似した疾患の報告があり,眼炎症に起因する網脈絡膜疾患や網膜血管閉塞性疾患が多い8.10).一方,中心性漿液性脈絡網膜症(発症は接種C69時間後)11)や裂孔原性網膜.離(発症は接種10日後)12)の報告もある.このように新型コロナワクチン接種と網脈絡膜疾患発症との因果関係ははっきりしないものの,ワクチン接種後にさまざまな網脈絡膜疾患が起こりうる.本症例では,基礎疾患がなかったこと,突然の視力低下を認めたこと,黄斑部の網膜表層出血,OCTAならびにCFAで出血部位以外に異常所見がみられなかったことから,Val-salva網膜症を疑った.しかし,発症直前に胸腔もしくは腹腔内圧が急激に上昇するような行為・行動を聴取できなかった.口外しにくい行為があった可能性は否定できないが,唯一,発症C7日前にモデルナ社新型コロナワクチン接種を受けたことが普段と異なる行動であった.Valsalva網膜症の発症機序を考慮すると,新型コロナワクチン接種との因果関係ははっきりしない.過去に,眼に痛みを感じ強くこすったあとにCValsalva網膜症様の網膜前出血をきたした症例13),通常の下部消化管内視鏡検査中に痛みを感じたあと14)やコカインの鼻腔内吸引後15)にCValsalva網膜症を発症した報告例もある.このように一見,Valsalva法とは関連しないと思われる行為などであってもCValsalva網膜症は起こるのかもしれない.本症例では,新型コロナワクチン接種とは関係なく,視力低下の直前にCValsalva法と意識せずとった行動と視力障害の関係を結びつかせる問診が十分にできなかった可能性,また発症から当院初診までC20日経過しており行動記憶が徐々に曖昧になっていた可能性は否定できない.今回筆者らは,モデルナ社新型コロナワクチン接種C1週後にCValsalva網膜症の発症が疑われた患者を経験した.ワクチン接種との因果関係ははっきりしないが,過去の報告と照らし合わせると,新型コロナワクチン接種後はさまざまな網脈絡膜疾患が起こりうる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)毛塚剛司:新型コロナワクチンの眼科的副反応について.日本の眼科C92:643-644,C20212)TakenakaT,MatsuzakiM,FujiwaraSetal:Myeloperox-idaseCanti-neutrophilCcytoplasmicCantibodyCpositiveCopticCperineuritisCafterCmRNACcoronavirusCdisease-19Cvaccine.CQJMC114:737-738,C20213)TsukiiR,KasuyaY,MakinoS:Nonarteriticanteriorisch-emicopticneuropathyfollowingCOVID-19vaccination:CConsequenceCorCcoincidence.CCaseCRepCOphthalmolCMedC2021:5126254,C20214)IkegamiCY,CNumagaCJ,COkanoCNCetal:CombinedCcentralCretinalCarteryCandCveinCocclusionCshortlyCafterCmRNA-SARS-CoV-2vaccination.QJMC114:884-885,C20225)IwaiS,TakayamaK,SoraDetal:AcaseofacuteretinalnecrosisCassociatedCwithCreactivationCofCvaricellaCzosterCvirusCafterCCOVID-19Cvaccination.COculCImmunolIn.amm:1-3,C20216)TanakaCH,CNagasatoCD,CNakakuraCSCetal:ExacerbationofbranchretinalveinocclusionpostSARS-CoV2vaccina-tion:CaseCreports.CMedicine(Baltimore)C100:e28236,C20217)InagawaS,OndaM,MiyaseTetal:MultipleevanescentwhiteCdotCsyndromeCfollowingCvaccinationCforCCOVID-19:ACcaseCreport.Medicine(Baltimore)C101:e28582,C20228)SenM,HonavarSG:Afterthestorm:Ophthalmicmani-festationsCofCCOVID-19Cvaccines.CIndianCJCOphthalmolC69:3398-3420,C20219)LeeCYK,CHuangYH:OcularCmanifestationsCafterCreceiv-ingCCOVID-19vaccine:ACsystematicCreview.CVaccines(Basel)C9202110)NgCXL,CBetzlerCBK,CNgCSCetal:TheCeyeCofCthestorm:CCOVID-19CvaccinationCandCtheCeye.COphthalmolCTherC11:81-100,C202211)FowlerCN,CMendezCMartinezCNR,CPallaresCBVCetal:Acute-onsetCcentralCserousCretinopathyCafterCimmuniza-tionCwithCCOVID-19CmRNACvaccine.CAmCJCOphthalmolCCaseRepC23:101136,C202112)SubramonyCR,CLinCLC,CKnightCDKCetal:BilateralCretinalCdetachmentsCinCaChealthyC22-year-oldCwomanCafterCMod-ernaCSARS-COV-2Cvaccination.CJCEmergCMedC61:e146-e150,C202113)UchidaCK,CTakeyamaCM,CZakoM:Valsalva-likeCretinopa-thyCspontaneouslyCoccurredCafterCocularCmassage.CCaseCRepOphthalmolC6:88-92,C201514)ObohAM,WeilkeF,SheindlinJ:ValsalvaretinopathyasaCcomplicationCofCcolonoscopy.CJCClinCGastroenterolC38:C793-794,C200415)KarasavvidouCEA,CAthanasopoulosCGP,CKonstasCAGCetal:ValsalvaCretinopathyCassociatedCwithCintranasalCcocaineabuse:ACcaseCreport.CEurCJCOphthalmolC29:CNP5-NP8,C2019C***

治療前に光干渉断層計所見の著明な改善を認めたAcute Syphilitic Posterior Placoid Chorioretinitis(ASPPC)の 1 例

2022年5月31日 火曜日

《第54回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科39(5):660.665,2022c治療前に光干渉断層計所見の著明な改善を認めたAcuteSyphiliticPosteriorPlacoidChorioretinitis(ASPPC)の1例永田篤加藤大輔日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院眼科ACaseofAcuteSyphiliticPosteriorPlacoidChorioretinitis(ASPPC)inwhichOCTFindingsRevealedSpontaneousResolutionBeforeTreatmentAtsushiNagataandDaisukeKatoCDepartmentofOphthalmology,JapaneseRedCrossAichiMedicalCenterNagoyaDainiHospitalC目的:AcuteCsyphiliticCposteriorCplacoidchorioretinitis(ASPPC)に特徴的なCOCT像は多く報告されているが,病態は不明である.今回治療前早期に急速にCOCT像の改善を認めたC1例を報告する.症例:52歳,男性.1週間前に急に右中心暗点を自覚し近医より紹介受診.視力は右眼C0.03(0.15),左眼C0.05(1.0),右眼黄斑部に黄白色非隆起性病変(placoidlesion:PL)を認めた.眼底自発蛍光,フルオレセイン蛍光造影で過蛍光所見,インドシアニングリーン蛍光造影で低蛍光をCPLより縦に広い範囲に認めた.OCT所見はCellipsoidzone(EZ)の消失,PL部位の色素上皮ラインの不正隆起を認めた.梅毒反応陽性を認めCASPPCと診断した.受診C23日後のCOCTでCPLの消失とCOCT所見の改善を認めた.結論:画像所見から免疫機序の炎症反応が示唆された.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCacuteCsyphiliticCposteriorCplacoidchorioretinopathy(ASPPC)inCwhichCopticalCcoherencetomography(OCT)imagingCrevealedCspontaneousCimprovementCinCtheCearlyCstageCpriorCtoCtreatment.CCaseReport:ThisCstudyCinvolvedCaC52-year-oldCmaleCwithCcentralCscotomaCinChisCrightCeyeCforC1CweekCpriorCtoCpresentation.Hisbest-correctedvisualacuitywas0.15ODand1.0OS,andayellowishplacoidlesionwasobservedinCtheCmacularCregionCofCtheCrightCeye.CFundusCauto.uorescenceCandC.uoresceinCangiographyCshowedChyper.uorescence,CandCindocyanineCgreenCangiographyCrevealedChypocianescenceCinCtheCupperCmacularCregion.COCT.ndingsshoweddisruptionoftheellipsoidzone(EZ)andnodularthickeningoftheretinalpigmentepitheli-um(RPE),whichcorrespondedtothelesionoftheangiographicallydamagedarea.Syphilisserology.ndingswerepositive,CandCheCwasCdiagnosedCasCASPPC.CHowever,CatC23-daysCpostCpresentation,COCTCimagingCrevealedCresolu-tionoftheinitialEZandRPE.ndings.Conclusion:Inthiscase,multimodalretinalimaging.ndingssuggestedanimmuneresponsetoASPPC.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)39(5):660.665,C2022〕Keywords:梅毒,ASPPC,梅毒性ぶどう膜炎,光干渉断層計.syphilis,ASPPS,syphiliticuveitis,opticalcoher-encetomography.Cはじめに床像を示すため診断に難渋することが多い.虹彩炎,強膜梅毒患者はC2010年以降わが国では急速に増加しており,炎,網膜血管炎,硝子体混濁などを認めるが,特異的な所見日常診療の場で遭遇する機会が増えてくると考えられる.梅はないためぶどう膜炎の鑑別には常に梅毒を考慮する必要が毒による眼病変は多彩で,そのなかのぶどう膜炎も多彩な臨ある.一方acutesyphiliticposteriorchorioretinitis(ASPPC)〔別刷請求先〕永田篤:〒466-8650愛知県名古屋市昭和区妙見町C2-9日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院眼科Reprintrequests:AtsushiNagata,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,JapaneseRedCrossAichiMedeicalCenterNagoyaDainiHospital,2-9Myokencho,Syowa-ku,Nagoya-shi,Aichi466-8650,JAPANC660(110)はC1988年に初めて報告され1),Gassらが後にCASPPCと命名した梅毒性ぶどう膜炎の一つである2).所見が特徴的で,さらに最近は光干渉断層計(opticalCcoherenceCtomogra-phy:OCT)像も多く報告され3,5,6),鑑別を要する類似したOCT像を呈する疾患もあるが,この眼底所見とCOCT所見の特徴を知っていれば,梅毒血性反応を行い,陽性となれば診断は比較的容易である.しかし,ASPPCの病態はよくわかっていない.今回治療前早期に急速にCOCT像の改善を認めたC1例を経験したので,その特徴につき考察する.CI症例患者:52歳,男性.主訴:右中心暗点.既往歴:1年前亀頭に皮疹が出現し皮膚科で経過観察し自然に改善した.2019年C5月頃口内炎がよくできた.現病歴:2019年C11月C24日に急に右中心暗点を自覚し近医を受診し,原因不明の視力障害精査目的にてC12月C2日に当院を紹介受診した.当科初診時視力は右眼C0.03(0.15C×.8.0D),左眼C0.05(1.0C×.7.5D(cyl.1.5DAx170°),眼圧は右眼C13CmmHg,左眼C15CmmHgであった.前眼部,中間透光体に異常所見は認めず,眼底には,右眼黄斑部に境界明瞭な淡い非隆起性の黄色網膜外層病変(placoidlesion:PL)を認めた.左眼は異常所見を認めなかった(図1).黄斑部CPLはCOCT所見の網膜色素上皮(retinalCpigmentCepithe-lium:RPE)ラインの不整隆起を認め,一部は結節状の小隆起を認めた.Ellipsoidzone(EZ)の消失も認めた.さらに,冠状断では逆三角で示す範囲の外境界膜ラインの消失,EZの消失や不連続所見,RPEラインの結節状隆起を認めた(図2).冠状断連続切片ではCPLの範囲の横径の幅で上方に帯状に同様の網膜外層異常を認めた.初診時の右眼眼底自発蛍光(fundusauto.uorescence:FAF),フルオレセイン蛍光造影(.uoresceinCfundusangiography:FA),インドシアニングリーン蛍光造影(indocyanineCgreenangiography:IA)で各々の検査はCPL以外の広い範囲の障害部位を描出した.FAは時間の経過とともに過蛍光を示し,IAではCPLは造影後期で強い低蛍光,その他の病巣も顆粒状の低蛍光を示した.またC3検査で描出された異常部位範囲はおおよそ一致し,その縦の範囲はCOCT冠状断の異常部位と一致していた(図3).左眼はいずれも異常を認めなかった.以上の所見より,また年齢,性別,既往歴から梅毒性ぶどう膜炎を疑い,とくにCASPPCを疑い採血を行った.梅毒血性反応CrapidplasmaCregain(RPR)128倍,treponemaCpallidumChemag-glutination(TPHA)81,920倍,HIV陰性,HBs抗原陰性,HCV陰性であった.その他の全身所見に異常は認めなかった.RPR,TPHAの抗体価高値より梅毒性ぶどう膜炎,ASPPCと診断した.当院総合内科にて髄液検査を施行し,CTPHA10,240倍を認め,第C2期梅毒と診断された.初診からC15日後のC12月C17日の右眼視力は矯正C0.4に改善し中心暗点の自覚症状も改善を認めた.右眼眼底のCPLは消退しOCTではCPL部位のCRPEラインの不整隆起も改善を示し,12月C25日にはCEZも改善を認めた.視力は矯正C0.5に改善を認めた.しかし,FAFの過蛍光領域は拡大を示した(図4).治療はC12月C26日から開始し総合内科にてセフトリアキソンC2CgをC1日のみ注射し,翌日よりペニシリンCGをC400万単位,6日間点滴治療を行った.治療後の経過ではCOCTの外層の異常所見は翌年のC2月C7日時点でほぼ改善を認め,図1初診時眼底右眼黄斑部に境界明瞭な淡い非隆起性の黄色網膜外層病変(placoidlesion)が認められる.図2初診時右眼OCT所見a:冠状断.黄斑部CPL部位(→)の範囲のCRPEラインの不整隆起を認め,一部は結節状の小隆起を認めた.EZの消失も認めた.で示す範囲(黄斑部上方)の外境界膜ラインの消失,EZの消失や不連続所見,RPEラインの結節状隆起を認めた.Cb:水平断.PL部位(→)の範囲にCRPEラインの不整隆起を認めた.bdf図3右眼の初診時所見a:カラー眼底写真.淡いCPLを認めた.Cb:FAF.PLから上方に帯状に過蛍光を認めた.Cc:FA(1分C9秒).わずかに黄斑部上方に点状の過蛍光を認めた.Cd:FA(15分C17秒).PLを含んで上方に過蛍光所見を認めた.Ce:IA(1分C9秒).PLにわずかな低蛍光像を認めた.Cf:IA(15分C17秒).PLは強い低蛍光像を示し,PLと連続して顆粒状の低蛍光所見を認めた.図4右眼治療前のOCT水平断像とFAF所見a,b:12月C17日.初診からC15日後でCFAFは初診時より過蛍光領域の拡大を認める.OCTではCPL部位のCRPEの肥厚の改善を認めた.c,d:12月C25日.FAFはさらに過蛍光領域の拡大を認める.OCTではCPL部位はCRPEの肥厚は消退しCEZの回復を認めた.黄斑上方のCEZも一部断続的であるが改善を認めた.FAFも過蛍光領域は消失した.3月C6日には視力は矯正C1.0に改善した(図5).全身的にはその後もとくに異常所見は認めなかった.CII考按Enandiらの報告では過去に報告されたCASPPCの論文をレビューしC16症例のCASPPCの患者の臨床的,血管造影的特徴を考察している4).平均発症年齢C40歳,9例が両眼性,7例がC2期梅毒の皮膚粘膜所見の既往あり,9例がCHIV陽性であった.眼底後極部に大きなCPLを認めCFAで病変部の過蛍光所見を認め,抗菌薬治療により短期間にCPLの消失と視力の改善を認めている.ASPPCは眼に起こる梅毒病変のなかで頻度はまれではあるがはっきりとした特徴的な所見を示すと結論づけている.OCT所見の特徴としてはCPLに一致して外境界膜,EZ,interdigitationzoneの消失,RPEの不整隆起,凹凸変化,結節状の小隆起を認めることが報告されている3.6).本症例は片眼の黄斑部CPLとその範囲以上の広範囲に網膜外層障害所見を認めた.さらに当院受診のC1年前に陰茎亀頭の皮疹が出現していた.これらのことから梅毒感染,ASPPCを強く疑い診断に至った.HIV感染の合併も可能性としてあるため抗体検査を行ったが陰性であった.当院で経験した症例の所見の特徴として,PLはC2週間という短期間で,かつ無治療の段階で自然消失を認め,OCTではCRPEラインの不整隆起像も同様に急速に改善を認めた.無治療で早期に改善した理由は不明であったが,このことは既報でも同様の報告があるが7,8)これらの報告でもCHIV感染はなく,免疫状態が正常で他の全身徴候がなく軽い状態のASPPCであったためと考察している.本症例でもCHIVは陰性であったため同様のことが考えられるが,EnandiらはHIV陽性患者と陰性患者で臨床的特徴と長期の視力予後で違いはなかったと述べている4).つぎに本症例では検眼鏡所見ではほとんどわからないCPL以外の病変をCOCT,FA,FAF,IAのマルチモーダルイメージングで明瞭に描出した.初診時これらの検査ではCOCT冠状断のCEZ,RPEラインの異常範囲とCFAF,FA,IAの異常範囲は一致を認めた.OCTでは網膜外層の障害の特徴図5右眼治療後のOCT水平断像とFAF所見a,b:2020年C1月C6日.FAFで一部過蛍光領域の残存を認める.OCT所見はわずかにCEZの不整を認めるのみであった.視力は矯正C0.7に改善した.Cc,d:202年C2月C7日.FAFで過蛍光所見は消退を認め,OCT所見はほぼ正常となった.視力は矯正C0.8に回復した.と範囲を示し,FAFでは障害の範囲におおよそ一致した高輝度所見を明瞭に示した.時間的経過とともに範囲は拡大し視力やCOCTの改善にやや遅れて改善を認めた.FAFでは過去の報告でも高輝度を示すことが報告されているが4,5,9)CPLに一致かその周辺の同心円状の高輝度所見の報告が多く,本症例のようにCPLから連続して縦に長く認めた例は筆者らが調べた限りではなかった.高輝度を示す理由としてCMatus-motoら9)は高輝度の範囲はCPLの範囲に限局していてCRPEの機能不全によるリポフスチンの蓄積と一部視細胞外節の不完全な貪食とによるとし,それが眼底所見のCPLとして認めると考察している.さらに本症例ではCIA所見で異常部位を明瞭に描出している.ASPPCのCIA所見はCPL部位の低蛍光を認めるが4,5),本症例では後期相においてCPL部位の強い低蛍光と上方に連続した病変の顆粒状の低蛍光を認めた.低蛍光部位はCFAFの高輝度部位,FAの後期相とほぼ一致を認めた.他のASPPCの報告を調べても筆者らが調べた限り当症例のようにCPL以外の範囲にも非常に明瞭な低蛍光像,顆粒状の低蛍光像を示した報告は認めなかった.ASSPPCの病態ついてはいまだ明らかではない.本症例で得られた異常所見から推測すると,他の報告同様9,10),病変は急性の局所性炎症によりCRPEの障害を起こしリポフスチンがおもに黄斑部のCRPE上に沈着しそれが眼底所見ではPLとして観察され,またCOCTでみられる顆粒状のCRPEの隆起所見も部分的な沈着であり,それはCIAで認めた顆粒状の低蛍光所見として認め,異常部位全体が低蛍光を示したのは沈着によるブロックと考えた.広い範囲の外層障害を起こしたが,それはCOCTのCEZの消失として認め,黄斑部にCPL所見を示したのは周辺網膜と黄斑部の代謝や解剖学的な違いからか,障害の程度の違いからか,リポフスチンの沈着を多く認めたためではないかと推測した.縦に帯状に障害を認めた理由は不明である.炎症反応をCRPEに起こす機序は依然不明であるが梅毒感染後に起こるなんらかの免疫応答が推測され,本症例ではCHIV感染がなく正常の免疫応答が働き早期の炎症の改善に伴い駆梅治療前の短期間に良好な視力に改善したと考えた.今回筆者らが経験した症例はCplacoidlesionのみならず広い範囲に網膜外層障害を認めたC1例で,マルチモーダルイメージングが診断の助けとなった.今後梅毒やCHIV感染の増加に伴い日常診療でCOCTで網膜外層異常を認めた場合ASPPCも重要な鑑別候補にあがると考えた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)DeSouzaEC,JalkhAE,TrempleCLetal:Unusualcen-tralCchorioretinitisCasCtheC.rstCmanifestationCofCearlyCsec-ondarysyphilis.AmJOphthalmolC105:271-276,C19982)GassJD,BraunsteinRA,ChenowethRG:Acutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis.OphthalmologyC97:1288-1297,C19903)BristoP,PenasS,CarneioAetal:Spectral-domainopti-calcoherencetomographyfeaturesofacutesyphiliticpos-teriorretinitis:theroleofautoimmuneresponseinpatho-genesis.CaseRepOphthalmolC2:39-44,C20114)EnandiCCM,CNeriCP,CAdelmanCRACetal:AcuteCsyphiliticCposteriorCplacoidchorioretinitis:reportCofCaCcaseCseriesCandCcomprehensiveCreviewCofCtheCliterature.CRetinaC32:C1915-1941,C20125)PichiCF,CGiardellaCAP,CCunninghamCETCJrCetal:SpectralCdomainopticalcoherencetomography.ndingsinpatientswithCacuteCsyphiliticCposteriorCplacoidCchorioretinopathy.CRetinaC34:373-384,C20146)BurkholderBM,LeungTG,OstheimerTAetal:SpectraldomainCopticalCcoherenceCtomographyC.ndingsCinCacuteCsyphiliticCposteriorCplacoidCchorioretinitis.CJCOphthalmicCIn.ammInfectC4:2,C20147)JiYS,YangJM,ParkSW:EarlyresolvedacutesyphiliticposteriorCplacoidCchorioretinitis.COptomCVisCSciC92:S55-S58,C20158)BaekCJ,CKimCKS,CLeeWK:NaturalCcourseCofCuntreatedCacuteCsyphiliticCposteriorCplacoidCchorioretinitis.CClinCExperimentOpthalmolC44:431-433,C20169)MatsumotoCY,CSpaideRF:Auto.uorescenceCimagingCofCacuteCsyphiliticCposteriorCplacoidCchorioretinitis.CRetinalCCases&BriefReportsC1:123-127,C200710)佐藤茂,橋田徳康,福島葉子ほか:Acutesyphiliticpos-teriorCplacoidchorioretinitis(ASPPC)を呈した梅毒性ぶどう膜炎のC3例.臨眼72:1263-1272,C2018***

内境界膜下出血に対してNd:YAG レーザーを用いた 内境界膜穿破後のOCT 所見

2021年9月30日 木曜日

《原著》あたらしい眼科38(9):1118.1122,2021c内境界膜下出血に対してNd:YAGレーザーを用いた内境界膜穿破後のOCT所見加納俊祐*1木許賢一*2八塚洋之*2久保田敏昭*2*1加納医院*2大分大学医学部眼科学講座OCTFindingsafterNd:YAGLaserPhotoDisruptionforSub-InternalLimitingMembraneHemorrhageShunsukeKano1),KenichiKimoto2),HiroyukiYatsuka2)andToshiakiKubota2)1)KanoClinics,2)DepartmentofOpthalmology,OitaUniversityFacultyofMedicineC目的:外傷性内境界膜下出血に対して,Nd:YAGレーザー(以下,YAG)にて内境界膜を穿破したあとの内境界膜の変化を光干渉断層計(OCT)で観察したC1例を報告する.症例:36歳の男性.雑木の牽引作業中に断裂したロープによって両眼の眼球打撲を生じた.両眼の前房出血のため大分大学眼科を紹介受診した.右眼には内境界膜下出血があり,YAGで内境界膜を穿破した.内境界膜下出血は速やかに硝子体腔に拡散し,穿破してC3時間後には穿破部をCOCTで同定することができたが,穿破部はC2日後には同定できなくなった.穿破当初は内境界膜と神経線維層との間に空洞があったが,内境界膜下出血の消退に伴い消失した.その後も,黄斑部には膜様反射があり,OCTでも膜が描出されるが,網膜外層には変化はなく,視力低下や歪視の訴えはない.結論:内境界膜下出血に対して内境界膜をCYAGで穿破したあとの変化をCOCTで観察できた.穿破孔は数日で閉鎖し,平坦化した内境界膜は網膜前膜による皺を呈した.CPurpose:Toreportopticalcoherencetomography(OCT).ndingspostNd:YAGlaser(YAG)membranotomyforatraumaticsub-internallimitingmembrane(ILM)hemorrhage.Case:A36-year-oldmaleexperiencedbilat-eralocularbruisingduetoaropebreakingwhilehaulingsmallfallentrees,andwasreferredtotheOitaUniversi-tyHospitalduetobilateraltraumatichyphema.Fundusexaminationrevealedasub-ILMhemorrhageinhisrighteye,andhewasadmittedtothehospital.WethenperformedYAGmembranotomyoftheILM.Thesub-ILMhem-orrhageCrapidlyCdi.usedCintoCtheCvitreousCcavity,CandCalthoughCtheCmembranotomyCsiteCwasCidenti.edCbyCOCTC3Choursaftertheperforation,itcouldnotbedetected2dayslater.Soonaftertheperforation,acavitywasobservedbetweentheILMandtheCnerveC.berlayer,CyetCitdisappearedwithCtheCdisappearanceCofthesub-ILMChemorrhage.Posttreatment,fundusexaminationrevealedamembranousre.exonthemacula,andthemembranewasvisual-izedbyOCT,buttherewasnoabnormalchangeintheouterlayeroftheretinaandnocomplaintofvisualdistur-bancefromthepatient.Conclusion:OCT.ndingsrevealedtime-dependentchangesoftheILMpostYAGmem-branotomyCforCaCsub-ILMChemorrhage,Chowever,CtheCperforationCwasCclosedCwithinCaCfewCdaysCandCtheC.attenedCILMshowedawrinkleandresultedinepiretinalmembrane.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)38(9):1118.1122,C2021〕Keywords:内境界膜下出血,Nd:YAGレーザー,光干渉断層計.sub-internallimitingmembranehemorrhage,Nd:YAGlaser,opticalcoherencetomography.はじめに界膜を穿破した後に光干渉断層計(OCT)で評価した報告は網膜前出血や内境界膜下出血に対して,Nd:YAGレーザ多くない.筆者らは眼球打撲傷によって生じた内境界膜下出ー(以下,YAG)で内境界膜を穿破して硝子体腔に出血をド血に対して内境界膜を穿破して治療を行った後の内境界膜のレナージする治療法が行われることがある1).しかし,内境変化をCOCTで追うことができたので報告する.〔別刷請求先〕加納俊祐:〒879-2441大分県津久見市中央町C3-14加納医院Reprintrequests:ShunsukeKano,KanoClinics,3-14Chuomachi,Tsukumi-shi,Oita879-2441,JAPANC1118(136)I症例36歳,男性.家族歴,既往歴に特記すべき事項なし.2018年C9月C17日,雑木の牽引作業中に断裂した直径C10.12Cmmほどのロープで両眼を打撲した.視力低下を自覚して近医眼科を受診し,両眼の前房出血のため当科を紹介受診した.初診時所見:VD=30cm手動弁(矯正不能),VS=0.02(0.3C×sph.6.50D),RT=21mmHg,LT=22mmHg.前眼部は右眼に外傷性散瞳があり,両眼に前房出血があった.右眼眼底に硝子体出血および黄斑部に境界明瞭な血腫があった.血腫の辺縁は神経線維層が出血で染色され,刷毛状に毛羽立っていた.OCTでは胞状に膜が突出していた.内部は出血による高輝度反射があり,ニボーを形成していた.右眼の内境界膜下出血と診断した(図1,2).左眼眼底には網膜振盪および網膜出血があり外傷性黄斑円孔を生じていた.安静目的に入院して経過をみたが,内境界膜下出血の移動や消退はなく,前房出血も消退したため,2018年C9月C22日にCYAGで内境界膜を穿破し,出血を硝子体腔にドレナージすることとした.機器はセレクタオフサルミックレーザーシステム(日本ルミナス社)で,レンズはトランスエークエー図1初診時の右眼広角眼底写真後極にはニボーを形成する大きな内境界膜下出血を生じていた.前房出血のため不鮮明な画像となっている.(AmJOphthalmolC136:763-766,C2003)図2内境界膜穿破後の眼底写真・OCT上:内境界膜穿破C1分後の眼底写真.内境界膜下出血は速やかに穿破部(C.)から後部硝子体皮質ポケット,そして硝子体腔へと拡散した.下:Nd:YAGレーザー穿破3時間後の右眼OCT.内境界膜穿破部()が同定できた.図3右眼OCT(黄斑部・垂直断)と視力の経時的変化内境界膜下出血の吸収に伴い,内境界膜と神経線維層との間の空洞は消失し,視力も改善した.ター(VOLK社)を使用した.条件はC3.0CmJで黄斑外下方に1発照射し,内境界膜を穿破した.出血は速やかに穿破部から後部硝子体皮質ポケット,そして硝子体腔に拡散していった(図2a).3時間後にはCOCTで穿破部を同定することができ,穿破部は出血が排出されるのに伴って硝子体腔に向けて突出するような形状をとっていた.穿破部の裂隙の幅は67Cμmで,突出の幅はC258Cμmであった(図2b).穿破部は1日後には同定できたが,2日後には同定できなくなった.術後,内境界膜と神経線維層との間に空洞が生じていたが,内境界膜下出血がしだいに吸収されていくに伴い,6カ月後には消失した.また,視力は内境界膜下出血の吸収に伴い,しだいに改善した(図3).硝子体腔に排出された出血は器質化し,硝子体腔の下方に少量残存している.黄斑部には黄斑前膜様の反射があり,OCTでも高輝度の膜様物が描出され,軽度の網膜皺襞があるが,網膜外層には変化はなく,視力低下や歪視の訴えはない(図4).一方,左眼は受傷当日から外傷性黄斑円孔を生じていたが,1週間後には全層円孔となり,徐々に円孔径が拡大し,円孔縁の外網状層に.胞形成が生じてきた.自然閉鎖は期待できないと考えたため,受傷C1カ月後に手術を行った.水晶体を温存して硝子体を円錐切除したあとに後部硝子体.離を作製し,アーケード血管内の内境界膜をC3乳頭径ほど.離した.眼内を空気で置換して術後は腹臥位とした.術後C5日で黄斑円孔は閉鎖したことが確認できた.以後,黄斑円孔の再発はない.1年C9カ月後の最終受診時にはCVD=(1.2),VS=(1.2),CRT=15CmmHg,LT=19CmmHgであった.歪視の自覚はない.CII考按Valsalva網膜症やCTerson症候群,白血病などの血液疾患,網膜細動脈瘤,加齢黄斑変性,糖尿病網膜症などによって内境界膜下出血を生じることがあり,出血が遷延して視力障害をきたす場合には治療が必要となる1.3).内境界膜下出血に対してCYAGで内境界膜を穿破し,出血を硝子体腔に拡散させる治療法はC1989年にCGabelらにより報告された1).わが国での報告もあり,後部硝子体.離の生じている高齢者は硝子体が液化しているため,出血が速やかに硝子体腔へ拡散し吸収されることが期待できる.そのため,よい適応とされる3).合併症としては,黄斑円孔,裂孔原性網膜.離,網膜前膜,一過性の網膜前の空洞などがあると報告されている2,4).本症例で,内境界膜を穿破した直後は,出血の流出のために検眼鏡やCOCTで穿破部を同定することはできなかった.図4最終受診時の右眼眼底写真とOCT黄斑部には膜様反射がある.OCTでも膜が高輝度として描出され,軽度の網膜牽引も伴っている.しかし,流出が止まるにつれて,OCTで内境界膜穿破部の同定,直径の計測が可能となった.孔の縁は硝子体側に突出しており,裂隙部の幅はC67μmであり,突出部の幅は258Cμmであった.穿破部の同定が不可能だったため,内境界膜穿破直後の裂隙の幅は不明だが,内境界膜下出血の流出に伴って裂隙や突出部の幅は広がった可能性がある.翌日には突出はなくなり孔の縁は平坦化していた(図5).内境界膜下出血の流出に伴って縁が突出していたものが,流出の停止によって平坦化したものと考えられた.内境界膜下出血が硝子体腔に排出されるに伴い,内境界膜と網膜神経線維層との間には空洞が生じた.術翌日にも穿破部を同定できたが,2日目にはCOCTで穿破部を同定することは不可能となった.内境界膜と神経線維層との空洞は一過性のもので,内境界膜下血腫の消失に伴いしだいに縮小していき,2カ月後には消失した.また,6カ月後には内境界膜下出血も吸収された.既報でも内境界膜下血腫にCYAGで内境界膜穿破を行った症例で,OCTで経過を追った報告はいくつかある5.7).本症例でもみられたように,一過性に網膜前の空洞が生じたことも報告されている.この空洞の発生原因としては,既報では,網膜下血腫が排出された後に増殖細胞が内境界膜上を覆って穿破部を被覆し,網膜前の凸型の空洞を形成したという仮説が立てられている5).本症例で穿破部の同定ができなくなったのも,穿破部を細胞が被覆して閉鎖されたことが原因と考えられる.また,その後は内境界膜下出血の排出は止まり,僚眼の手術時に数日間腹臥位となったが,その間に内境界膜下出血が硝子体腔に排出されて減少することはなかった.残存した出血はおそらく網膜側に吸収されたと思われる.空洞消失後,OCTでは網膜前に高輝度の膜が描出されるようになり,中心窩の網膜内層は牽引されて平坦化している.現状では視力低下や歪視はないため経過観察をしており,高輝度反射の膜は表面に細胞増殖を伴った内境界膜と考えられるが,画像上の判別は困難である.もし,今後手術で膜を.離するようなことになれば,病理検査を行う予定である.既報では,内境界膜下血腫に対する内境界膜穿破後に生図5右眼OCT(内境界膜穿破部)穿破当日は穿破孔の縁は硝子体側に突出していたが,翌日には突出はなくなり,孔の縁は平坦化していた.じた網膜前膜に対して硝子体手術を施行した際,インドシアニングリーンで染色されない網膜前膜があり,.離した内境界膜の病理学的検査では内境界膜の網膜側にはマクロファージ内にヘモジデリンが付着していたと報告されている8).前述の仮説に従うと,内境界膜上にグリア細胞などによる細胞増殖が生じて穿破部を被覆した後も細胞増殖が遷延し,二次性に内境界膜と一体となった網膜前膜を発症した可能性が考えられた.CIII結論内境界膜下血腫に対して内境界膜をCYAGで穿破した後の変化をCOCTで観察できた.穿破孔は数日で閉鎖し,穿破C6カ月後には内境界膜と神経線維層との間の空洞は消失した.空洞の消失により平坦化した内境界膜はちりめん状の皺を呈した.文献1)GabelCV,CBirngruberCR,CGunter-KoszukaCHCetal:Nd-YAGlaserphotodisruptionofhemorrhagicdetachmentoftheCinternalClimitingCmembrane.CAmCJCOphthalmolC107:C33-37,C19892)MaeyerCKD,CGinderdeurenCRV,CPostelmansCLCetal:Sub-innerClimittingCmembranehemorrhage:causesCandCtreat-mentCwithCvitrectomy.CBrCJCOphthalmolC91:869-872,C20073)森秀夫,太田眞理子,鈴木浩之:黄斑部内境界膜下血腫に対するCNd:YAGレーザー治療.眼科手術C22:113-181,C20094)UlbigCMW,CNabgouristasCG,CRothbacherCHHCetal:Long-termCresultsCafterCdrainageCofCpremacularCsubhyaloidChemorrhageCintoCtheCvitreousCwithCaCpulsedNd:YAGClaser.ArchOphththalmolC116:1465-1469,C19985)MayerCCH,CMennelCS,CRodriguesCEBCetal:PersistentCpremacularCcavityCafterCmembranotomyCinCValsalvaCreti-nopathyevidentbyopticalcoherencetomography.RetinaC26:116-118,C20066)HeichelCJ,CKuehnCE,CEichhorstCACetal:Nd:YAGClaserChyaloidotomyCforCtheCtreatmentCofCacuteCsubhyaloidChem-orrhage:acomparisonoftwocases.OphthalmolTherC5:C111-120,C20167)Vaz-PereiraS,BaratAD:Multimodalimagingofsubhya-loidhemorrhageinValsalvaretinopathytreatedwithNd:CYAGlaser.OphthalmolRetinaC2:73,C20188)KwokCAK,CLaiCTY,CChanNR:EpiretinalCmembraneCfor-mationCwithCinternalClimitingCmembraneCwrinklingCafterNd:YAGClaserCmembranotomyCinCValsalvaCretinopathy.CAmJOphthalmolC136:763-766,C2003(140)

前視野緑内障と早期緑内障の黄斑部網膜神経節細胞複合体異常領域面積評価

2019年7月31日 水曜日

《第29回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科36(7):942.947,2019c前視野緑内障と早期緑内障の黄斑部網膜神経節細胞複合体異常領域面積評価水上菜美*1山下力*1,2家木良彰*1瀬戸口義尚*1後藤克聡*1荒木俊介*1春石和子*1,2三木淳司*1,2桐生純一*1*1川崎医科大学眼科学1教室*2川崎医療福祉大学リハビリテーション学部視能療法学科CAbnormalGanglionCellComplexAreainPreperimetricandEarlyGlaucomaNamiMizukami1),TsutomuYamashita1,2),YoshiakiIeki1),YoshinaoSetoguchi1),KatsutoshiGoto1)CAraki1),KazukoHaruishi1,2),AtsushiMiki1,2)andJunichiKiryu1)C,Syunsuke1)DepartmentofOphthalmology,KawasakiMedicalSchool,2)DepartmentofOrthoptics,FacultyofRehabilitation,KawasakiUniversityofMedicalWelfareC目的:前視野緑内障(PPG)と早期緑内障(EG)の検出における網膜神経節細胞複合体(GCC)異常領域面積(GCC異常面積)の有用性について検討した.対象および方法:対象はCPPG群C34眼,EG群C34眼,正常対照群C34眼である.スペクトラルドメイン光干渉断層計のCRTVue-100を用い,GCCパラメータ(GCC厚,FLV,GLV),cpRNFL厚,乳頭形態を測定した.GCC解析ソフトを用い,正常眼データのC5%未満のCGCC異常面積を算出した.受信者動作特性曲線下面積(AUC)を用い,緑内障検出力を評価した.結果:GCC異常面積パラメータは,正常対照群,PPG群,EG群の順で大きかった.PPGのCAUCは全体のCGCC異常面積がもっとも高値を示した(0.998).GCC異常面積の領域別評価では,耳側領域のCAUCが鼻側領域に比べ高かった.結論:GCC異常面積はCPPGの検出に有用な新たなパラメータであることが示唆され,とくに耳側の評価が有用であると考えられる.CPurpose:CToCevaluateCtheCdiagnosticCabilityCofCtheCganglionCcellcomplex(GCC)signi.canceCmapCwithCspec-tral-domainCopticalCcoherencetomography(SD-OCT)inCdetectingCpreperimetricglaucoma(PPG)andCearlyCperi-metricglaucoma(EG).CSubjectsandMethods:CAnalyzedCwereC34controlCeyes,C34eyesCwithCPPGCandC34eyesCwithCEG.CGCCCparameters,CcircumpapillaryCretinalCnerveC.berlayer(cpRNFL)thicknessCandCopticCnerveChead(ONH)parametersCwereCmeasuredCbySD-OCT(RTVue-100).AbnormalCareasCofCtheCGCCConCSD-OCTCimages(yellowandredareas;pixelsat1%and5%level,respectively,insigni.cancemapofGCCmeasurements)werequanti.edCwithCsoftwareCforCanalyzingCsectoralCGCC.CTheCabilityCofCtheCGCCCparameters,CcpRNFLCthicknessCandCONHparameterstodiscriminatebetweenglaucomatousandnormaleyeswasexaminedusingtheareaunderthecurve(AUC)ofCreceiverCoperatingcharacteristics(ROC).CResults:CAbnormalCareasCofCtheCGCCCinCbothCPPGCandCEGweresigni.cantlydecreasedincomparisontocontroleyes.Signi.cantly,intheAUCofPPG,abnormalareasoftheCGCCCwerehighest(0.998).InCtheCevaluationCaccordingCtoCtheCregionCofCGCCCabnormalCareas,CAUCsCofCbothCPPGandEGwerehigherinthetemporalregionthaninthenasalregion.Conclusion:CItissuggestedthatGCCabnormalareaswereusefulfordetectingPPG.EvaluationofthetemporalregionofGCCabnormalareasisusefulfordetectinglocalizedretinalganglioncelldamageduetoearlyglaucomatousopticneuropathy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)36(7):942.947,C2019〕Keywords:前視野緑内障,早期緑内障,光干渉断層計,網膜神経節細胞複合体.preperimetricCglaucoma,earlyglaucoma,opticalcoherencetomography,ganglioncellcomplex.C〔別刷請求先〕水上菜美:〒701-0192倉敷市松島C577川崎医科大学眼科学C1教室Reprintrequests:NamiMizukami,DepartmentofOphthalmology,KawasakiMedicalSchool,577Matsushima,Kurashiki701-0192,CJAPANCはじめに前視野緑内障(preperimetricCglaucoma:PPG)は,眼底検査において緑内障性視神経乳頭所見や網膜神経線維層欠損所見などの緑内障を示唆する異常がありながらも,通常の自動静的視野検査で視野欠損を認めない状態のことである1).光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)の進歩により,網膜神経節細胞(retinalganglioncell:RGC)の障害を容易に捉え,定量化することが可能となり,緑内障診断において有用な検査となっている.PPGの診断はCOCTが主体となっているが,一般に用いられている黄斑部網膜神経節細胞複合体(ganglionCcellcomplex:GCC)厚の実測値による確率判定では,緑内障極初期の局所的なCRGCの障害が平均化して判定されるためCPPGの初期変化を検出できない可能性が考えられる.一方で,Kanamoriら2)は黄斑C6C×6Cmmの網膜神経線維層(retinalCnerveC.berlayer:RNFL)厚および神経節細胞層(ganglionCcelllayer:GCL)+内網状層(innerCplexiformlayer:IPL)厚マップを用いて詳細なグリッド解析を行い,確率マップで1%以下の点がCRNFLの走行に沿って連続した場合をクラスターと定義し,PPGの診断力を定性的に検討したところ,高い診断力が得られたことを報告している.また,Rimayantiら3)は早期緑内障(earlyCglaucoma:EG)以降の緑内障性視神経症の検出においてCGCC異常領域面積(GCC異常面積)による定量解析が高い診断力であったことを報告している.そこで筆者らは,GCC異常面積を領域別かつ定量的に評価することで緑内障極初期の局所的な構造障害を捉えられる可能性に着目し,PPGとCEGを対象に,GCC異常面積による緑内障性視神経症の検出力について検討した.CI対象および方法対象はC2015年C4月.2018年C2月に川崎医科大学附属病院眼科でCPPGもしくはCEGと診断され,スペクトラルドメインCOCT(spectraldomain-OCT:SD-OCT)とCHumphrey静的視野計(CarlCZeissMeditec)を施行したCPPG群C34眼,EG群C34眼および年齢を適合させた正常対照群C34眼とした.今回の研究は,川崎医科大学附属病院倫理委員会の承認のもとに行われた(承認番号C3028).本研究におけるCPPGの定義は,緑内障専門医による検眼鏡および眼底写真を用いた観察において,緑内障性視神経乳頭所見や網膜神経線維層欠損所見などの緑内障を示唆する異常はあるが,Humphrey静的視野計(中心C30-2SITA-Satan-dardまたはCSITA-Fast)で,AndersonPatellaの基準4)である1)パターン偏差確率プロットで,p<5%の点がC3個以上隣接して存在し,かつそのうちC1点がCp<1%,2)パターン標準偏差がCp<5%,3)緑内障半視野テストが正常範囲外を満たさない症例とした.EG群はCAndersonPatellaの基準を満たした症例で,Anderson-Hodapp分類を用い,meandeviation(MD)値がC.6CdB以上の初期症例と定義した.視野検査は,OCT施行後からC3カ月以内に測定し,固視不良,偽陽性,偽陰性のすべてがC20%未満の結果のみを採用した.各群において,矯正視力がC0.8未満の者,C±6D以上の屈折異常がある者,緑内障以外の眼疾患を有する者,内眼手術の既往がある者は対象から除外した.SD-OCTはCRTVue-100(Optovue社)を用い,スキャンプロトコルはGCC,ONH,3DDiscとした.OCTはsignalstrengthindexがC45以上のデータを採用した.検討項目は,黄斑部直径C6Cmm範囲内のCGCCパラメータ(GCC厚,glob-allossvolume:GLV,focallossvolume:FLV),視神経乳頭中心から直径C3.4Cmm部位の視神経乳頭周囲網膜神経線維層(circumpapillaryretinalnerve.verlayer:cpRNFL)厚,乳頭形態パラメータ(乳頭陥凹面積,リム面積,C/D横径比,C/D縦径比,陥凹体積,リム体積,神経乳頭体積)とした.GLVおよびCFLVは,年齢別正常データベースとの差をもとにCGCC厚の菲薄化をパーセント表示するプログラムである.GLVはCGCCのスキャンエリア全体の菲薄化,FLVは局所的な菲薄化を意味する.GLVはCdeviationmapの0%以下のCdeviation値の合計をCGCCmapのトータルデータポイント数で割って算出している.FLVはCdeviationmapおよびCpatternCdeviationmapを使用して算出しており,devi-ation値が0%以下であり,かつ,patterndeviation値が5%以下であるポイントのCdeviation値の合計をCGCCmapのトータルデータポイント数で割って算出される.GCC異常面積の算出には,筆者らが株式会社スーパーワンと共同開発したCRTVue-100のCGCC厚解析ソフト(スーパーワン)5)を用いて行った.スーパーワンは,4ファイル(xmlファイル,GCC厚,signi.cancemap,deviationmap)のデータを入力し,画像およびテキストファイルとして解析結果を出力し,それらの有効範囲内の色要素を取り出し,1pixel当たりのCred,yellow,greenの面積を算出することができる.今回は,signi.cancemapを用い中心窩を中心として垂直および水平経線にC4分割したCGCC異常面積(正常眼データの5%未満)のセクター別面積を算出した(図1).統計学的検討は,正常眼とCPPG群およびCEG群の比較は,Kruskal-Wallis検定で比較検討を行い,そこで有意差が得られた場合はCSche.e多重比較法を行った.受信者動作特性曲線下面積(areaCunderCtheCreceiverCoperatingcurve:AUC)を用い,緑内障性視神経症の検出力を評価した.AUCの比較はCMedCalc(MedCalcCSoftwareInc)を用いた.統計学的分析は,統計解析ソフトCSPSSStatistics23.0(IBM-SPSSInc)を使用した.危険率5%未満を統計学的に有意とした.図1GCC解析ソフトにより解析した結果(左眼)GCC厚(上),signi.cancemap(中),deviationmap(下)の中心窩を中心にC4分割されたデータが数値化される.表1患者背景pvalueCNormalgroupCPPGgroupCEGgroupCNormalvs.PPGCNormalvs.EGCPPGvs.EGC年齢(歳)C65.5±6.0C62.4±11.2C65.2±12.0C0.1609C0.6296C0.6370等価球面度数(D)C.2.1±1.5C.2.1±2.2C.1.7±2.2C0.1376C0.0687C0.4601MD(dB)C0.3±1.3C.0.3±1.5C.2.2±2.1C0.3128C0.0001C0.0024PSD(dB)C1.7±0.3C1.9±0.5C4.4±2.9C0.1678C0.0001C0.0001VFI(%)C99.5±0.7C99.0±1.0C94.5±4.5C0.1482C0.0001C0.0001平均値±標準偏差.MD:meandeviation,PSD:patternstandarddeviation,VFI:visualC.eldindex.II結果PPG群,EG群,正常対照群の年齢,屈折値,MD値,PSD値,visualC.eldindex(VFI)値の結果を表1に示す.各群において,年齢および等価球面度数に有意差はなかった.MD値,PSD値,VFI値は正常対照群とCPPG群で有意差がなかったが,EG群では正常対照群,PPG群と有意差を認めた.各群におけるCGCC異常面積の結果を表2に示す.GCC異常面積は,正常対照群C0.18C±0.11Cmm2,PPG群C6.66C±4.76Cmm2,EG群C12.33C±5.90Cmm2の順で有意に拡大していた.また,セクター別の評価においては,PPG群は正常群よりも全セクターで拡大し,EG群はCPPG群よりも下鼻側,上耳側で有意に拡大していた.各COCTパラメータによる緑内障性視神経症の検出力の結果を表3に示す.PPGのCAUCは,GCC異常面積がもっとも高値を示しC0.998,平均CcpRNFL厚C0.932やCFLVC0.949よりも有意に高く,GLV0.982とは同等であった.EG群におけるCGCC異常面積のCAUCは,cpRNFL厚,GCC厚パラメータと差がなかった.また,GCC異常面積の領域別評価では,PPG群ではCGCC異常面積の耳側領域(上:0.959,下:0.957)のCAUCが,鼻側領域(上:0.855,下:0.784)に比べて有意に高かった(それぞれ,p=0.0182,p=0.0038).EG群においても同様の結果であった.視神経乳頭パラメータは,PPG群,EG群どちらも他のパラメータの検出力には及ばなかった.表2GCC異常面積の実測値pvalueCNormalgroupCPPGgroupCEGgroupCNormalvs.PPGCNormalvs.EGCPPGvs.EGCGCC異常面積(mmC2)CWholeC0.18±0.11C6.66±4.76C12.33±5.90C0.0001C0.0001C0.0405CSuperiornasalC0.03±0.02C1.32±1.15C1.76±1.19C0.0001C0.0001C0.2889CInferiornasalC0.04±0.02C0.98±1.08C1.66±1.30C0.0004C0.0001C0.0481CSuperiortemporalC0.06±0.07C2.38±2.02C4.62±2.64C0.0001C0.0001C0.0430CInferiortemporalC0.05±0.05C1.98±2.08C4.30±3.05C0.0001C0.0001C0.0691表3各パラメータの緑内障検出力Normalvs.PPGCNormalvs.EGCAUCC95%CILowerboundCUpperboundCpvalueCAUCC95%CICLowerboundCUpperboundCpvaluecpRNFLparametersCAverageC0.9317C0.8662C0.9971p<C0.001C1.0000C1.0000C1.0000p<C0.001CSuperiorC0.9191C0.8511C0.9871p<C0.001C1.0000C1.0000C1.0000p<C0.001CInferiorC0.9152C0.8454C0.9851p<C0.001C0.9965C0.9890C1.0041p<C0.001CSTC0.8932C0.8136C0.9727p<C0.001C0.9935C0.9808C1.0062p<C0.001CTUC0.8685C0.7776C0.9594p<C0.001C0.9537C0.9010C1.0064p<C0.001CTLC0.8222C0.7241C0.9204p<C0.001C0.8672C0.7854C0.9490p<C0.001CITC0.9109C0.8410C0.9808p<C0.001C0.9836C0.9548C1.0123p<C0.001CINC0.8123C0.7058C0.9188p<C0.001C0.9022C0.8228C0.9817p<C0.001CNLC0.6916C0.5604C0.8228C0.0042C0.8581C0.7562C0.9601p<C0.001CNUC0.7292C0.6039C0.8546p<C0.001C0.9308C0.8682C0.9934p<C0.001CSNC0.8387C0.7437C0.9336p<C0.001C0.9260C0.8569C0.9951p<C0.001CONHparametersCRimVC0.7924C0.6819C0.9028p<C0.001C0.8153C0.7142C0.9164p<C0.001CNHVC0.7868C0.6733C0.9003p<C0.001C0.8036C0.6995C0.9077p<C0.001CCupVC0.5731C0.4350C0.7112C0.2997C0.5061C0.3641C0.6480C0.9334CODAC0.5112C0.3710C0.6515C0.8751C0.6704C0.5389C0.8019C0.0111CC/DRC0.7664C0.6545C0.8784p<C0.001C0.7189C0.5972C0.8406p<C0.001CHC/DRC0.6817C0.5528C0.8105C0.0057C0.6981C0.5710C0.8252C0.0022CVC/DRC0.8170C0.7183C0.9158p<C0.001C0.8525C0.7576C0.9475p<C0.001CRimAC0.7829C0.6704C0.8953p<C0.001C0.8283C0.7327C0.9238p<C0.001CCupAC0.6708C0.5402C0.8015C0.0104C0.5740C0.4358C0.7121C0.2939CGCCparametersCAverageC0.9715C0.9312C1.0117p<C0.001C1.0000C1.0000C1.0000p<C0.001CSuperiorC0.9351C0.8620C1.0082p<C0.001C0.9697C0.9121C1.0274p<C0.001CInferiorC0.9792C0.9522C1.0062p<C0.001C0.9983C0.9941C1.0024p<C0.001CFLVC0.9490C0.9044C0.9935p<C0.001C0.9888C0.9712C1.0063p<C0.001CGLVC0.9818C0.9537C1.0100p<C0.001C1.0000C1.0000C1.0000p<C0.001GCC異常面積CWholeC0.9983C0.9941C1.0024p<C0.001C1.0000C1.0000C1.0000p<C0.001CSuperiornasalC0.8547C0.7479C0.9614p<C0.001C0.9537C0.8976C1.0099p<C0.001CInferiornasalC0.7837C0.6610C0.9065p<C0.001C0.9455C0.8892C1.0018p<C0.001CSuperiortemporalC0.9593C0.9149C1.0038p<C0.001C0.9922C0.9763C1.0081p<C0.001CInferiortemporalC0.9567C0.8970C1.0165p<C0.001C0.9948C0.9861C1.0036p<C0.001ST:superiorCtemporal,CTU:temporalupper,CTL:temporalClower,CIT:inferiorCtemporal,CSN:superiorCnasal,NU:nasalCupper,NL:nasallower,IN:inferiornasal,AUC:areaunderthereceiveroperatingcharacteristiccurves,CI:con.denceinterval.(107)あたらしい眼科Vol.36,No.7,2019C945III考察本研究ではCPPGおよびCEGの診断パラメータとしてCOCTによるCGCC異常面積の検出力を検討した結果,GCC異常面積は他のCOCTパラメータに比べてCPPGの検出力が高いことが明らかとなった.本研究におけるCGCC異常面積は,正常対照群よりもCPPG群,PPG群よりもCEG群の順で大きかった.Kimら6)の緑内障と診断された同一患者をC3年間追跡した検討では,cpRNFL厚,GCL+IPL厚の異常領域面積が経時的に増加し,緑内障の進行評価に有用であると報告している.そのため,本研究の結果は,病期の進行に伴うCRGCの障害を反映した結果であり,GCC異常面積においても緑内障の進行に伴い拡大すると考えられる.したがって,GCC異常面積を経時的に評価することは緑内障初期の進行評価に有用であると思われ,OCTの新たなパラメータとして期待される.GCC異常面積によるCPPGの検出力は,平均CcpRNFL厚やCFLVよりも有意に高い結果となり,GLVとは同等であった.cpRNFL厚がCGCC異常面積よりも検出力が低かった理由としては,cpRNFL厚は個人差によるばらつきが存在すること,極早期の網膜神経線維層欠損が存在しても平均化されるためにその局所の変化を捉えられないことがあげられる.また,局所的な菲薄化の割合を反映するCFLVでは,patterndeviation値がC5%以下であるポイントを用いて算出されているため,緑内障極初期のわずかなCGCCの菲薄化が異常として検出されない可能性が考えられる.一方,GCC厚全体における菲薄化の割合を反映するCGLVでは,deviationmapにおけるC0%以下のCdeviation値の合計を用いて算出されているため,PPGにおけるわずかなCGCC厚の減少を検出できたと考えられる.したがって,PPGの検出に有用なCOCTパラメータはCGCC異常面積とCGLVであることが示唆された.つぎにCGCC異常面積によるCEGの検出力は,cpRNFL厚やCGCC厚パラメータと同等の検出力であった.Rimayantiら3)は,初期・中期・後期の緑内障においてCGCC異常面積は診断に有用な指標であり,初期緑内障においてはCGCC異常面積が全体CcpRNFL厚よりも検出力が高く,GCC厚パラメータと同等の検出力であったと報告している.そのため,EGにおいてもCGCC異常面積はCcpRNFL厚やCGCC厚パラメータと同様に早期の緑内障性視神経症の検出に有用であると考えられる.GCC異常面積におけるセクター別の検討では,PPG群,EG群ともに,耳側領域のCAUCが鼻側領域に比べて高かった.Mwanzaら7)は,黄斑部耳側CGCL+IPL厚は,鼻側に比べて緑内障検出力が高く,緑内障性初期変化は黄斑耳側から起きていると報告している.そのため,GCC異常面積はCGCL+IPL厚と同様に耳側領域の検出力が高く,緑内障初期における黄斑耳側のCRGC障害を反映した結果であると考えられる.また,これまでCPPGの検出にはCGCL厚における上下非対称性の評価が有用であると報告されている8).しかし,本研究の結果から,PPGの検出には上下非対称性の評価だけでなく,GCC異常面積における黄斑部の耳側と鼻側の左右非対称性の評価も有用であることが示唆された.また,本研究において耳側領域のCAUCが鼻側領域よりも高くなった理由として,RTVue-100のCGCC測定領域は測定領域中心が中心窩から耳側にC0.75Cmmずれており,耳側面積の解析範囲が鼻側面積に比べて広く解析されていることが影響している可能性も考えられた.視神経乳頭パラメータはCPPGおよびEG群ともに他のOCTパラメータよりも検出力が低い結果となった.以前に筆者ら9)は,RTVue-100によるCGCC厚,cpRNFL厚,GLV,FLVはいずれも緑内障性視野障害を初期から反映しており,視神経乳頭パラメータよりも緑内障性視神経症の検出に有用なパラメータであることを報告した.視神経乳頭パラメータが他のOCTパラメータよりも検出力が低かった理由として,視神経乳頭の個人差10)による影響が考えられる.したがって,PPGやCEGにおける視神経乳頭パラメータは,他のOCTパラメータに比べて早期の緑内障性視神経症による変化を捉えにくいと考えられる.今回の検討により,GCC異常面積はCPPGの診断に有用な新たなパラメータであることが示された.また,PPGやCEGにおける早期の緑内障性視神経症による局所的なCRGCやその軸索の障害の検出には,耳側領域のCGCC異常面積を評価し,耳側と鼻側の左右非対称性を観察することが有用であると考えられる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン(第C4版).日眼会誌C122:5-53,C20182)KanamoriA,NakaM,AkashiAetal:Clusteranalysesofgrid-patternCdisplayCinCmacularCparametersCusingCopticalCcoherencetomographyforglaucomadiagnosis.InvestOph-thalmolVisSciC54:6401-6408,C20133)RimayantiCU,CLatiefCMA,CArinatawatiCPCetal:WidthCofCabnormalCganglionCcellCcomplexCareaCdeterminedCusingCopticalCcoherenceCtomographyCtoCpredictCglaucoma.CJpnJOphthalmol58:47-55,C20144)AndersonCDR,CPatellaVM:AutomatedCstaticCperimetry.CMosby,St.Louis,19995)山下力,三木淳司:外側膝状体以降の視路疾患のCOCT.神眼C31:181-191,C20146)KimHJ,JeoungJW,YooBWetal:PatternsofglaucomaprogressionCinCretinalCnerveC.berCandCmacularCganglionCcell-innerplexiformlayerinspectral-domainopticalcoher-enceCtomography.JpnJOphthalmolC61:324-333,C20177)MwanzaJC,DurbinMK,BudenzDLetal:Glaucomadiag-nosticCaccuracyCofCganglionCcell-innerCplexiformClayerthickness:comparisonCwithCnerveC.berClayerCandCopticCnervehead.OphthalmologyC119:1151-1158,C20128)NakanoN,HangaiM,NakanishiHetal:Maculargangli-onCcellClayerCimagingCinCpreperimetricCglaucomaCwithCspeckleCnoise-reducedCspectralCdomainCopticalCcoherenceCtomography.OphthalmologyC118:2414-2426,C20119)山下力,家木良彰,後藤克聡ほか:スペクトラルドメインCOCTによる網膜神経線維層厚と黄斑部網膜内層厚の視野障害との相関.あたらしい眼科C26:997-1001,C200910)Ho.mannCEM,CZangwillCLM,CCrowstonCJGCetal:OpticCdisksizeandglaucoma.SurvOphthalmolC52:32-49,C2007***

急激な血糖値低下により急性増悪した単純糖尿病網膜症症例の脈絡膜変化

2019年1月31日 木曜日

《第23回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科36(1):102.106,2019c急激な血糖値低下により急性増悪した単純糖尿病網膜症症例の脈絡膜変化山﨑厚志河本由紀美魚谷竜稲田耕大佐々木慎一井上幸次鳥取大学医学部視覚病態学CChoroidalThicknessChangeinaCaseofSimpleTypeDiabeticRetinopathyDeterioratedafterRapidBloodGlucoseControlAtsushiYamasaki,YukimiKawamoto,RyuUotani,KoudaiInata,ShinichiSasakiandYoshitsuguInoueCDivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversityC急激な血糖値低下とともに単純糖尿病網膜症が増殖糖尿病網膜症に移行した症例における脈絡膜厚の変化を観察した.初診時に視力は右眼(0.08),左眼(1.5)で,右眼は増殖型,左眼は単純型の糖尿病網膜症であった.初診時にHbA1cはC12.8%であったが,1カ月でC9.5%に低下し,左眼脈絡膜厚がC211Cμmから244Cμmに増加した.そのC3カ月後,左眼は増殖型に移行し,網膜光凝固術後に脈絡膜厚は菲薄化した.急激に血糖値を降下させた場合,網膜症の悪化に先行して脈絡膜厚の増加をきたす可能性が示唆された.CChangesinchoroidalthicknesswereobservedinacaseofsimplediabeticretinopathythattransitedtoprolif-erativediabeticretinopathyafterrapidbloodglucosecontrol.AtC.rstvisit,visualacuitywas0.08righteyeand1.5lefteye.Therighteyewasproliferativetype,theleftwassimpletypediabeticretinopathy.AtC.rstvisit,HbA1cwas12.8%;however,ithaddecreasedto9.5%inonemonth,andchoroidalthicknessinthelefteyehadincreasedfrom211Cμmto244Cμm.Threemonthslater,thelefteyehadshiftedtoproliferativetype,andchoroidalthicknesshadthinnedafterretinalphotocoagulation.Itissuggestedthatwhenbloodglucoseisrapidlycontrolled,choroidalthicknessmayincreasebeforeretinopathydeterioration.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C36(1):102.106,C2019〕Keywords:糖尿病網膜症,ヘモグロビンCA1c,急激な血糖コントロール,光干渉断層計,中心窩下脈絡膜厚.dia-beticretinopathy,HbA1c,rapidbloodglucosecontrol,opticcoherencetomography,subfovealchoroidalthickness.Cはじめに糖尿病患者における脈絡膜の変化については,病理学的には脈絡膜血管の動脈硬化性変化や基底膜肥厚,管腔の狭窄や閉塞などが古くから報告されており1,2),糖尿病脈絡膜症という概念として確立されているが,生体での詳細な変化は検討がむずかしかった.近年,光干渉断層計(opticcoherencetomography:OCT)の進歩により,生体での構造的変化が解析できるようになり,糖尿病患者における脈絡膜の厚さや構造および網膜症との関係についての研究が進められている.脈絡膜厚に関しては,糖尿病網膜症では重症度に伴い肥厚するという報告3,4)と,逆に菲薄化するという報告5)があるが,血糖の低下により網膜症が悪化したときの脈絡膜厚の変化については報告がない.今回,単純網膜症を有する糖尿病患者において,急激な血糖値低下とともに増殖糖尿病網膜症に移行した時期の中心窩下脈絡膜厚(subfovealCchoroidalthickness:以下SCT)の変化を観察できたので報告する.CI症例患者:25歳,女性.主訴:右視力低下.現病歴:右眼に飛蚊症を自覚し,改善しないため近医受診.右眼硝子体出血の診断にて当院に紹介となった.〔別刷請求先〕山﨑厚志:〒683-8504鳥取県米子市西町C36-1鳥取大学医学部視覚病態学Reprintrequests:AtsushiYamasaki,DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,36-1Nishimachi,Yonago,Tottori683-8504,JAPANC102(102)図1初診時の眼底写真およびフルオレセイン蛍光眼底撮影a:右眼眼底写真,Cb:左眼眼底写真,Cc:右眼フルオレセイン蛍光眼底撮影,Cd:左眼フルオレセイン蛍光眼底撮影.右眼はびまん性硝子体出血をきたしており,左眼はわずかに毛細血管瘤を認める程度の単純糖尿病網膜症であった.図2初診から4カ月後の左眼眼底写真とフルオレセイン蛍光眼底撮影a:左眼眼底写真.アーケード内網膜に線状出血を生じている.Cb:左眼鼻側,Cc:左眼後極部のフルオレセイン蛍光眼底撮影.広範な無灌流領域および乳頭周囲に新生血管を認めた.図3左眼眼底写真とOCTによる脈絡膜厚の変化a,b:初診時(HbA1c:12.8%)の眼底写真およびCOCT(SCT:211Cμm).Cc,d:初診C1カ月後(HbA1c:9.5%)の眼底写真およびCOCT(SCT:244Cμm).Ce,f:初診C4カ月後(HbA1c:7.8%)の眼底写真およびCOCT(SCT:224Cμm).Cg,h:初診C7カ月後(HbA1c:7.2%)の眼底写真およびCOCT(SCT:180Cμm).Ci,j:初診C8カ月後(HbA1c:8.0%)の眼底写真およびCOCT(SCT:174Cμm).Ck,l:初診C9カ月後(HbA1c:8.0%)の眼底写真およびCOCT(SCT:154Cμm).HbA1c左脈絡膜厚右脈絡膜厚12.8%眼内光凝固6月7月10月12月3月図4本症例のHbA1cと中心窩下脈絡膜厚(SCT)の変化HbA1cの降下時に左眼はCSCTが増加し,その後に糖尿病網膜症が悪化した.汎網膜光凝固術後にCSCTは菲薄化した.右眼は硝子体手術と眼内光凝固術後よりCSCTは菲薄化した.PPV:parsplanaCvitrectomy,経毛様体扁平部硝子体切除術.PRP:panretinalphotocoagulation,汎網膜光凝固術.既往歴:I型糖尿病の診断がついていたが,4年前より内科治療を自己中断していた.眼科受診歴はなし.初診時所見:視力は右眼C0.03(0.08C×.5.0D),左眼C0.15(1.5C×.5.0D).眼圧は右眼C15mmHg,左眼C17mmHg.中間透光体は正常で,眼底は右眼に増殖糖尿病網膜症によるびまん性硝子体出血をきたしており,左眼はわずかに毛細血管瘤を認める程度の単純糖尿病網膜症であった(図1).光学式眼軸長測定装置にて眼軸長は右眼C25.86mm,左眼C26.16mm.SCTは右眼は測定不能,左眼はC211Cμmだった.全身所見:I型ミトコンドリア糖尿病でCHbA1cはC12.8%.頸動脈エコーでは内頸動脈の狭窄は認めなかった.右眼は水晶体温存経毛様体扁平部硝子体切除術を行い,増殖膜処理および眼内レーザーで汎網膜光凝固を行い,術後視力は(1.0)と改善した.OCTで観察したところ,術後C1カ月目の右眼CSCTはC199Cμmで左眼より薄かった.術前後でHbA1cはC1カ月でC12.8%からC9.5%に低下した.左眼の網膜症は単純型のまま不変であったが,初診時にC211CμmだったSCTが244μmへ増加した.その後C3カ月間でCHbA1cはC7.8%とゆっくり低下し,SCTはC224Cμmに減少した.左眼アーケード内網膜に線状出血を生じ,フルオレセイン蛍光眼底撮影で無灌流領域および乳頭周囲新生血管を認めたため(図2),網膜光凝固術を施行した.左眼はそのC2カ月後には線維性増殖膜の形成および網膜前出血を生じ,SCTはC180μmとなった.そのC3カ月後には右眼視力は(1.0)と良好であったが,左眼は(0.6)まで低下した.SCTは右眼C129Cμm,左眼C154Cμmまで菲薄化した.以後C2年後の現在まで両眼ともに網膜症の悪化はなく,SCTの大きな変化は認めていない.経過中に黄斑浮腫の発症はみられなかった.左眼眼底写真とCOCTによる脈絡膜厚の変化およびCHbA1cの変化との関係について図3,4に示す.なお,治療経過において本症例の血圧,体重,血清アルブミン量については著明な変化は認めなかった.CII考察急激な血糖降下によって糖尿病網膜症の増悪が生じることは知られている6,7).その原因として,血液凝固能の亢進,線溶低下,赤血球の酸素解離能低下,血液量低下,低血糖による酸素欠乏7,8)などから,内皮細胞の障害や脱落を生じて出血や浮腫を生じることがいわれている.今回筆者らは,急激な血糖降下により生じた糖尿病網膜症の増悪に先行して,脈絡膜の肥厚を生じた症例を経験した.本症例は,片眼の硝子体手術前後でCHbA1c値がC1カ月間でC3%以上の急激な低下を生じ,反対眼の単純型の糖尿病網膜症が増殖型に急激に移行した.血糖値が急激に低下したC1カ月目にCSCTの増加を生じた.糖尿病患者の脈絡膜は糖尿病網膜症の重症度に伴い肥厚するという報告3,4)がある一方で,逆に菲薄化するという報告5)もある.病理組織的には,脈絡膜血管周囲のCPAS(periodicacid-Schi.)染色陽性の結節の形成や血管透過性亢進が間質の体積を増加させて脈絡膜を肥厚させ,脈絡膜毛細血管板における毛細血管の消失や中大血管壁の肥厚と内腔の閉塞が脈絡膜を菲薄化させる原因と考えられている9).ただし,脈絡膜循環には血糖,血圧,腎機能などの全身因子が密接に影響していることが考えられ,これらの全身因子の急激な変化を生じた場合,脈絡膜厚に影響を及ぼす可能性は否定できない.Joらは,強化療法で血糖降下を行った網膜症を有さないII型糖尿病患者において,2週間で脈絡膜厚が有意に増加したと報告しており,網脈絡膜血流の変化に言及している10).脈絡膜血管の血流増加の原因として網脈絡膜血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)濃度の関与を推察している文献はあるが4),血糖値の急激な変化によって網脈絡膜のCVEGF濃度が変化することを示したものはなく,脈絡膜血管の組織学的変化についても不明である.今回,脈絡膜厚増加の点ではまだ網膜症の変化はみられず,網膜症より脈絡膜の変化が先行したように思われた.血糖値の低下により網膜毛細血管閉塞が促進され網膜症の急性増悪を生じるその前段階として,脈絡膜の微小血管異常いわゆる糖尿病脈絡膜症を生じ,脈絡膜血管の透過性亢進とともに脈絡膜厚が増加したものと考えられ,脈絡膜厚が糖尿病網膜症の急性増悪の前兆あるいはパラメーターになりうる可能性が示唆された.軽度の網膜症では,非糖尿病眼に比較して脈絡膜厚が肥厚している報告がある1)ほか,境界型糖尿病の患者では脈絡膜厚の増加がみられ,早期網膜症の前兆となりうるという報告もある11).一般に網膜毛細血管はCblood-reti-nalbarrierがあり自己制御されているが,脈絡膜血管にはこの制御機能がないため12),網膜と脈絡膜は異なる経過を生じるのではないかと考えられている.血糖値の変化に対し,自己制御が利かない脈絡膜の変化が先に生じ,その後に網膜の変化が生じるのではないかと推察された.本症例の経過中,硝子体手術と術中汎網膜光凝固を施行した右眼および増殖型に移行し汎網膜光凝固を行った左眼はSCTが徐々に減少した.汎網膜光凝固術により脈絡膜血流は著明に減少することが知られており,術後に脈絡膜は菲薄し,萎縮傾向を示すことがいわれている4,13,14).汎網膜光凝固によるCVEGF濃度の減少が原因と思われた.正常眼の脈絡膜は,加齢により菲薄化することが知られている.本症例は若年例であり,通常の糖尿病網膜症症例よりSCTが厚いことが考えられるほか,加齢に伴う動脈硬化性変化も少ない可能性が考えられた.しかし,網膜症が重症化し,網膜光凝固や硝子体手術を施行すると,SCTはかなり菲薄化することが示唆された.屈折については,眼軸が長く屈折度が近視に傾くほどCSCTは薄くなる.本症例はC.5.0Dの近視があるが,両眼ともにぶどう腫や網脈絡膜萎縮などの所見はみられず,SCTに強く影響するほどの強度近視ではないように思われた.ただし眼軸長は右眼C25.86Cmm,左眼26.16Cmmで,この左右差が網膜症悪化の差に関与している可能性も考えられた.CIII結論今回,単純型網膜症において,急激な血糖値低下とともに増殖糖尿病網膜症に移行したときのCSCTの変化を観察できた.急激な血糖コントロールを施行する場合,網膜症の悪化に先行してCSCTの増加を生じる可能性が示唆された.単純糖尿病網膜症に対し,やむをえず急激な血糖コントロールを行う場合,OCTによる脈絡膜厚の変化を観察することで,網膜症の増悪に対しての治療の時期を予測できる可能性が示唆された.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)Yano.M:OcularCpathologyCofCdiabeticCmellitus.CAmJOphthalmolC67:21-38,C19692)HidayatCAA,CFineBS:DiabeticCchoroidopathy.CLightCandCelectronmicroscopicobservationsofsevencases.Ophthal-mologyC92:512-522,C19853)XuJ,XuL,DuKFetal:SubfovealchoroidalthicknessindiabetesCandCdiabeticCretinopathy.COphthalmologyC120:C2023-2029,C20134)KimJT,LeeDH,JoeSGetal:Changesinchoroidalthick-nessCinCrelationCtoCseverityCofCretinopathyCandCmacularCedemaCinCtypeC2diabeticCpatients.CInvestCOphthalmolCVisCSciC54:3378-3384,C20135)ShenCZJ,CYangCXF,CXuCJCetal:AssociationCofCchoroidalCthicknesswithearlystagesofdiabeticretinopathyintype2diabetes.IntJOphthalmolC10:613-618,C20176)福田雅俊:糖尿病網膜症の治療.日本糖尿病学会(編):糖尿病学の進歩第C7集,p171-178,診断と治療社,19737)森田千尋,荷見澄子,大森安恵ほか:急激な血糖コントロールの網膜症に及ぼす影響─内科の立場より─.DiabetsCJournalC20:7-12,C19928)BursellSE,ClermontAC,KinsleyBTetal:RetinalbloodC.owCchangesCinCpatientsCwithCinsulin-dependentCdiabeticCmellitusCandCnoCdiabeticCretinopathy.CInvestCOphthalmolCVisSciC37:886-887,C19969)村上智昭:糖尿病と脈絡膜.臨眼C70:1868-1873,C201610)JoCY,CIkunoCY,CIwamotoCRCetal:ChoroidalCthicknessCchangesafterdiabetestype2andbloodpressurecontroleinahospitalizedsituation.ReinaC34:1190-1198,C201711)YazganCS,CArpaciCD,CCelikCHUCetal:MacularCchoroidalCthicknessCmayCbeCtheCearliestCdeterminerCtoCdetectCtheConsetCofCdiabeticCretinopathyCinCpatientsCwithCprediabeticCretinopathyCinCpatientsCwithprediabetes:ACprospectiveCandCcomparativeCstudy.CCurrCEyeCResC42:1039-1047,C201712)Cio.GA,GranstamE,AlmA:Ocularcirculation.Adler’sPhysiologyoftheEye.10thed,(KaufmanPL,AlmA,eds)C,p747-784,Mosby,StLous,200313)OkamotoCM,CMatsuuraCT,COgataN:E.ectsCofCpanretinalCphotocoagulationConCchoroidalCthicknessCandCchoroidalCbloodC.owinpatientswithseverenonproliferativediabet-icretinopathy.RetinaC36:805-811,C201614)OharaCZ,CTabuchiCH,CNakamuraCSCetal:ChangesCinCcho-roidalCthicknessCinCpatientsCwithCdiabeticCretinopathy.CIntCOphthalmolC38:279-286,C2018***

眼内リンパ腫の経過中にAZOOR様網膜病変を認めた1例

2018年11月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科35(11):1563.1566,2018c眼内リンパ腫の経過中にAZOOR様網膜病変を認めた1例牧野輝美1,2)小川俊平1,2)中野匡1)酒井勉1,3)*1東京慈恵会医科大学附属病院眼科*2厚木市立病院眼科*3東京慈恵会医科大学附属第三病院眼科CACaseofIntraocularLymphomawithAcuteZonalOccultOuterRetinopathy-likePhenotypeTerumiMakino1,2)C,ShumpeiOgawa1,2)C,TadashiNakano1)andTsutomuSakai1,3)1)DepartmentofOphthalmology,JikeiUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,AtsugiCityHospital,3)DepartmentofOphthalmology,JikeiDaisanHospitalC目的:Barileらは,眼内リンパ腫の初期病変として急性帯状潜在性網膜外層症(AZOOR)様網膜病変を報告した.今回筆者らも同様の症例を経験したので報告する.症例:56歳,男性.2011年C6月より硝子体混濁を伴う汎ぶどう膜炎を認め,眼内リンパ腫を疑い硝子体生検を行うも確定診断は得られなかった.2012年C5月,感覚性失語,頭痛が出現し,頭部CMRIにて右側頭葉に腫瘤を認めた.びまん性大細胞型CB細胞リンパ腫と診断され,化学療法と放射線療法が開始された.2014年C2月から光視症,左眼視力低下がみられた.光干渉断層計では黄斑部視細胞内節Cellipsoidzone(EZ)の不明瞭化,多局所網膜電図では黄斑部の応答密度の低下を認めた.2週後,自覚症状の改善,EZの明瞭化が確認された.2015年C2月,右眼にも同症状を認めたが自然寛解した.結論:眼内リンパ腫関連網膜症の表現型の一つとしてCAZOOR類似の網膜症に留意する必要がある.CPurpose:ToCreportCaCcaseCwithCacuteCzonalCoccultCouterretinopathy(AZOOR)C-likeCphenotypeCsecondaryCtoCintraocularlymphoma.Case:A56-year-oldmalepresentedwithpanuveitiswithvitreousopacityfrom2011June.DiagnosticCvitrectomyCwasCperformedCforCexaminationCofCintraocularClymphoma,CbutCtheCresultsCdidCnotCleadCtoCdiagnosisofintraocularlymphoma.In2012May,hecomplainedofheadacheandhadsensoryaphasia.BrainMRIshowedatumorintherighttemporallobe,leadingtodiagnosisofdi.uselargeB-celllymphoma.In2014Febru-ary,CheCcomplainedCofCacuteCreducedCvisionCwithCphotophobiaCinCtheCleftCeye.CFunduscopicCexaminationCofCtheCleftCeyeshowednoabnormallesion.Spectral-domainopticalcoherencetomographyrevealeddisruptionoftheellipsoidzone(EZ)andCmultifocalCelectroretinogramCdemonstratedCaCdecreaseCofCcentralCamplitude,CsuggestingCAZOOR.CTwoCweeksClater,CthereCwasCrecoveryCofCEZ,CwithCresultantCspontaneousCresolutionCofCmacularCmorphologyCandCfunctioninsixmonths.In2015February,therighteyehadthesameconditionandclinicalcourse.Conclusion:CCliniciansshouldbeawareofAZOOR-likephenotypeinatypicalmanifestationsofintraocularlymphoma.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C35(11):1563.1566,C2018〕Keywords:眼内リンパ腫,B細胞リンパ腫,急性帯状潜在性網膜外層症,光干渉断層計,多局所網膜電図.intra-ocularlymphoma,Bcelllymphoma,AZOOR,opticalcoherencetomography,multifocalelectroretinogram.Cはじめに眼内リンパ腫には,眼および中枢神経を原発とするものと,全身の悪性リンパ腫の経過中に眼内に病変を生じるものがある.このうちとくに眼に初発するリンパ腫は,眼内原発リンパ腫(primaryintraocularlymphoma:PIOL)とよばれる.PIOLは,組織学的にその大部分が非CHodgkinびまん性大細胞型CB細胞リンパ腫に分類され,悪性度がきわめて高い1,2).加えてCPIOLは,診断に難渋するいわゆる仮面症候群の代表的疾患である.ぶどう膜炎に類似した所見は,いわゆる炎症反応とは異なり腫瘍細胞播種によるものであるが,ステロイドに反応があるため鑑別は容易ではない.眼内リンパ腫の眼底所見として,硝子体混濁,黄白色の網膜下浸潤病変,漿液性網膜.離,.胞様黄斑浮腫様所見,視神経乳頭浮腫,網膜血管炎様所見,黄斑部卵黄様病巣があげ〔別刷請求先〕牧野輝美:〒105-8461東京都港区西新橋C3-25-8東京慈恵会医科大学附属病院眼科Reprintrequests:TerumiMakino,DepartmentofOphthalmology,JikeiUniversitySchoolofMedicine,3-25-8Nishishimbashi,Minato-ku,Tokyo105-8461,JAPANCられる.これらに加えてCBarileらは,2013年にCPIOLの初期病変として急性帯状潜在性網膜外層症(acutezonaloccultouterretinopathy:AZOOR)類似の網膜症が認められたC1症例を報告した3).今回筆者らは,眼内リンパ腫経過中にCAZOOR類似の網膜症が認められた症例を経験したので報告する.CI症例患者:56歳,男性.初診日:2011年C7月6日.主訴:両視力低下,飛蚊症.既往歴:高血圧.現病歴:2011年C6月末より両眼の視力低下,飛蚊症を自覚し,近医で両眼硝子体混濁を指摘され,同年C7月C6日東京慈恵会医科大学附属病院(以下,当院)紹介受診となった.初診時所見:視力はCVD=0.4(1.5C×-0.75D(cyl-1.25DAx95°),VS=0.3(1.5C×.1.25D(cyl.1.00DAx95°)で,眼圧は両眼C18CmmHgであった.両眼に豚脂様角膜後面沈着物,前房内細胞およびオーロラ様硝子体混濁を認めた.採血,胸部CX線に異常はなかった.硝子体混濁の改善がみられなかったため,眼内リンパ腫を疑い,同年C8月C9日左眼硝子体生検を施行した.硝子体液の精査の結果は,細胞診クラスCIII,IL-10:1,310Cpg/dl,IL-6:286Cpg/dlで,IgH再構成は認めなかった.同年C7月のCPET-CT,胸腹部造影CCT,頭部CMRIでは異常はなかった.確定診断が得られなかったこと,右眼硝子体混濁が改善しないことから,2012年C3月6日,右眼の硝子体生検を施行した.硝子体液の精査の結果は,細胞診クラスCIII,IL-10:1,320Cpg/dl,IL-6:324Cpg/dlで,IgH再構成は認めなかった.この時点で,眼内リンパ腫の確定診断は得られなかったが,眼内リンパ腫疑いとして診断した.術後に自覚症状の改善が認められ,全身精査で有意な所見がなかったことから経過観察となった.2012年C6月から頭痛,感覚性失語が出現するようになり,当院脳神経外科を受診した.頭部CMRIにて右側頭葉に約C32mmの腫瘤が指摘され(図1),6月C18日開頭生検を施行し,病理検査からびまん性大細胞型CB細胞リンパ腫(DLBCL)の診断に至った.この結果から,本症例は眼内リンパ腫(PIOL疑い)と診断し,眼病変が脳に転移した可能性を考慮した.7月C3日よりメトトレキサート(MTX)大量投与を開始するも,副作用として肝障害がみられ,2コース目以降投与量をC80%に減量し,計C4コースを行った.9月C7日より全脳照射(眼球含む)40CGy/20Cfrも開始され,11月には脳病変の寛解が得られた.この間,視覚に関する自覚症状はなかった.2014年C2月C19日に左眼視力低下,光視症を自覚し,当院眼科を再診した.再診時視力はCVD=0.4(1.5C×.0.75D(cylC.1.25DAx95°),VS=0.3(0.7C×.1.25D(cyl.1.00DAx95°)で,眼圧は両眼C18CmmHgであった.検眼鏡的に眼底に有意な所見はなかったが,自発蛍光では左眼黄斑部に軽度過蛍光領域がみられた(図2).光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)において,ellipsoidCzone(EZ),interdigitationCzone(IZ)の不明瞭化(図3上)を認めたが,網膜色素上皮層には不整な所見を認めなかった.多局所網膜電図では黄斑部の応答密度の著明な低下を認めた(図3下).血液検査にて,自己抗体含め,抗網膜抗体は陰性であった.以上よりCAZOOR類似の網膜症と診断し,経過観察の方針となった.その後,2週で自覚症状および視力の改善,EZの明瞭化を認め,6カ月後に視力(1.0)となり,EZはほぼ復活した(図4).多局所網膜電図でも黄斑部応答密度の改善がみられた(図5).その後も再発なく経過.2015年C2月右眼にも同様の症状,所見を認めたが,自然に寛解した.2016年C3月に精巣への転移,7月には脳病変の再発を認め,その後肺炎を合併し,8月C23日に永眠された.CII考察本症例の特徴は,眼内リンパ腫の経過中に光視症を呈し,OCTでCEZの不明瞭化による網膜外層の形態的障害と,mfERGで応答密度の低下による網膜外層の機能的障害を認めたことであり,眼内リンパ腫の背景がなければCAZOORの診断に合致する点である.AZOORはC1992年にCGassらが報告した原因不明の網膜外層障害疾患群である4).若年から中年の健康な女性の片眼あるいは両眼に好発し,光視症,または視野障害を主症状とする.AZOORの診断は,検眼鏡的に網膜に異常所見はみられず,多局所網膜電図とCOCTで視野異常部位での網膜外層の機能・形態障害を証明することで診断される5).mfERGでは視野異常部位に一致した応答密度の低下が,OCTでは同部位に不明瞭なCEZやCIZが認められる6).また,近年では眼底自発蛍光で視野異常部位に一致して過蛍光所見がみられることが報告されている6).しかし,AZOORの病因はいまだに明らかではない.Gassらは外層網膜へのウイルス感染が原因である可能性を示唆した4).その後,原因として自己免疫性機序と炎症7,8),抗網膜抗体9,10)が重要な役割を担うとされた.これらの自己免疫による網膜の障害は,自己免疫性網膜症(autoimmuneretinopathy;AIR)とよばれる.一方,上皮由来の悪性腫瘍により自己免疫反応を生じ,視細胞を傷害するものは癌関連網膜症(cancerCassoicatedCretinopa-thy:CAR)11)とよばれ,上皮由来以外の悪性腫瘍であるリンパ腫や肉腫などによる視細胞の障害は腫瘍関連網膜症(paraneoplasticretinopathy)とよばれる.病因としては神図1頭部MRI頭部CMRIにて右側頭葉腹側に約C33Cmm大の比較的境界明瞭な腫瘤を認める.水平断(左),冠状断(右).図2眼底自発蛍光写真眼底自発蛍光では黄斑部に軽度過蛍光領域(円内)を認めた.図3多局所網膜電図多局所網膜電図では黄斑部の応答振幅の著明な低下を認めた.図5多局所網膜電図多局所網膜電図で黄斑部応答密度の改善がみられた.経組織に発現している蛋白が腫瘍組織に異所性に発現することにより,腫瘍組織に発現した蛋白と網膜の蛋白がともに非自己と認識され,自己抗体が発現し攻撃を受けることによると考えられている.CARの症状は比較的急速に進行する夜盲と視野狭窄である.AZOORで求心性視野狭窄を生じることはまれで,CARもしくはリンパ腫による腫瘍関連網膜症とは鑑別される.また,本症例において抗網膜抗体は陰性であった.本症例はCAZOORの特徴的な眼所見をすべて有しており,その診断自体は困難ではないが,眼内リンパ腫との関連が不明で,経過観察にあたっては慎重を要した.PIOLにCAZOOR類似の網膜症を呈したという報告は,筆者らが検索したところCBarileらの報告12)のみであった.Barileらの報告は,PIOLにみられた緩徐に進行したCAZOOR類似の網膜症であったが,本症例は急性発症で自然寛解が得られたこと,反対眼にも発症したことが相違点としてあげられる.これらの点から,本症例は眼内リンパ腫関連網膜症の新しい表現型の可能性が示唆される.以上,Barileらの症例と本症例の報告から,AZOORあるいはCAZOOR類似の網膜症が疑われた場合には,眼内リンパ腫の可能性があることも考慮されるべきである.眼内リンパ腫がCAZOOR類似の網膜症を引き起こす病態としては二つのことが考えられる.Barile12)らが推察する自己免疫性機序による視細胞障害の可能性とCKeinoら12)が指摘するCRPEへのリンパ球浸潤によるCRPEの機能障害と視細胞障害の可能性である.Keinoら12)はC13例C21眼の眼内リンパ腫の経時的CSD-OCT所見を検討し,経過中にC47.6%にEZの破綻,33.3%に網膜色素上皮(retinalCpigmentCepithe-lium:RPE)もしくはCRPEより内層にChyper-re.ectivenodulesが認められることを,さらにChyper-re.ectiveCnod-ulesはCMTX治療で減少あるいは消失することを報告した.本症例においては,OCT上CRPEには有意な所見を認めなかったこと,MTX大量療法後の寛解期に本病変を発症し無治療で自然寛解したことから,Barileらの自己免疫性機序による視細胞障害の可能性が疑われる.本症例では,無治療で自然寛解したが,経過観察で視機能障害の悪化が懸念される場合には,積極的な治療が必要になるかもしれない.自己免疫の関与が推察されることから,AZOORに準じて副腎皮質ステロイドや免疫抑制薬の全身治療が有効13,14)である可能性が示唆されるが,抗腫瘍効果を期待してCMTXやリツキシマブの硝子体内注射も考慮される必要があると考える12,15).積極的な抗腫瘍治療は,再発,反対眼の発症,他の臓器への転移を防ぐことで生命予後を改善するかもしれない.謝辞:本研究はCJSPS科研費C17K18131の助成を受けたものです.文献1)CJahnkeCK,CKorfelCA,CKommCJCetal:IntraocularClym-phoma2000-2005:resultsCofCaCretrospectiveCmulticentreCtrial.CGraefesCArchCClinCExpCOphthalmolC244:663-669,C20062)SagooCMS,CMehtaCH,CSwampillaiCAJCetal:PrimaryCintra-ocularlymphoma.SurvOphthalmolC59:503-516,C20143)BarileGR,GargA,HoodDCetal:UnilateralretinopathysecondaryCtoCoccultCprimaryCintraocularClymphoma.CDocCOphthalmolC127:261-269,C20134)GassJD:AcuteCzonalCoccultCouterCretinopathy.CDondersLecture:TheCNetherlandsCOphthalmologicalCSociety,CMaastricht,CHolland,CJuneC19,C1992.CJCClinCNeuroophthal-molC13:79-97,C19935)MrejenCS,CKhanCS,CGallego-PinazoCRCetal:AcuteCzonalCoccultCouterretinopathy:aCclassi.cationCbasedConCmulti-modalimaging.JAMAOphthalmolC132:1089-1098,C20146)FujiwaraT,ImamuraY,GiovinazzoVJetal:Fundusauto-.uorescenceCandCopticalCcoherenceCtomographicC.ndingsCinacutezonaloccultouterretinopathy.RetinaC30:1206-1216,C20107)JampolLM,WireduA:MEWDS,MFC,PIC,AMN,AIBSE,andAZOOR:OneDiseaseorMany?RetinaC15:373-378,C19958)JampolCLM,CBeckerKG:WhiteCspotCsyndromesCofCtheretina:ahypothesisbasedonthecommongenetichypoth-esisCofCautoimmune/in.ammatoryCdisease.CAmCJCOphthal-molC135:376-379,C20039)TagamiM,MatsumiyaW,ImaiHetal:Autologousanti-bodiestoouterretinainacutezonaloccultouterretinopa-thy.JpnJOphthalmolC58:462-472,C201410)QianCX,WangA,DeMillDLetal:Prevalenceofantiret-inalantibodiesinacutezonaloccultouterretinopathy:Acomprehensivereviewof25cases.AmJOphthalmolC176:C210-218,C201711)SawyerRA,SelhorstJB,ZimmermanLEetal:BlindnesscausedCbyCphotoreceptorCdegenerationCasCaCremoteCe.ectCofcancer.AmJOphthalmolC81:606-613,C197612)KeinoH,OkadaAA,WatanabeTetal:Spectral-domainopticalcoherencetomographypatternsinintraocularlym-phoma.OculImmunolIn.ammC24:268-273,C201613)ChenCSN,CYangCCH,CYangCM:SystemicCcorticosteroidsCtherapyCinCtheCmanagementCofCacuteCzonalCoccultCouterCretinopathy.JOphthalmol793026,C201514)SaitoCS,CSaitoCW,CSaitoCMCetal:AcuteCzonalCoccultCouterCretinopathyCinJapaneseCpatients:clinicalCfeatures,CvisualCfunction,CandCfactorsCa.ectingCvisualCfunction.CPLoSCOneC10:e0125133,C201515)SouCR,COhguroCN,CMaedaCTCetal:TreatmentCofCprimaryCintraocularClymphomaCwithCintravitrealCmethotrexate.CJpnCJOphthalmolC52:167-174,C2008***

Acute Syphilitic Posterior Placoid Chorioretinitisの1例

2017年6月30日 金曜日

《第50回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科34(6):857.861,2017cAcuteSyphiliticPosteriorPlacoidChorioretinitisの1例熊野誠也*1武田篤信*1,2仙石昭仁*1清武良子*1,3川野庸一*3園田康平*1*1九州大学大学院医学研究院眼科学分野*2国立病院機構九州医療センター眼科*3福岡歯科大学総合医学講座眼科学分野ACaseofAcuteSyphiliticPosteriorPlacoidChorioretinitisSeiyaKumano1),AtsunobuTakeda1,2),AkihitoSengoku1),RyokoKiyotake1,3),YoichiKawano3)andKoh-HeiSonoda1)1)DepartmentofOphthalmology,KyushuUniversityGraduateSchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,KyushuMedicalCenter,3)SectionofOphthalmology,DepartmentofGeneralMedicine,FukuokaDentalCollegeAcutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis(ASPPC)は梅毒性ぶどう膜炎のなかでもまれな病型である.眼所見,画像所見,血清および前房水の梅毒抗体価上昇からASPPCと診断した1例を報告する.症例は39歳,女性.1週間前からの左眼視力低下を主訴に来院した.左眼黄斑部に網膜下黄白色扁平病変がみられた.光干渉断層計では,左眼黄斑部では視細胞内節エリプソイドと外境界膜の消失,また網膜色素上皮から外顆粒層へ突出した結節性病変がみられた.血清および前房水の梅毒抗体価上昇からASPPCと診断した.髄液中の梅毒抗体価上昇から神経梅毒の合併も考慮しペニシリン点滴治療を開始した.治療に速やかに反応し,以後再燃はみられていない.ASPPCが疑われた場合には血清および前房水の梅毒抗体価測定が診断に有用なことがある.A39-year-oldfemalewasreferredtoourhospitalduetoseveresuddenvisuallossinherlefteyeforaweek.Ophthalmicexaminationshowedyellowishplacoidlesionsinvolvingthemaculainthelefteye.Opticcoherencetomographyrevealedthatbothellipsoidzoneandouterlimitedmembranehaddisappeared,andthattherewerenodularlesionsprojectingbetweentheretinalpigmentepitheliumandoutergranularlayerattheyellowishplacoidlesions.Thepatientwasdiagnosedashavingacutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis(ASPPC),basedonpositiveresultsofserologyforsyphilisinserumandaqueoushumor.Thepatientwassuccessfullytreatedwithhigh-doseintravenouspenicillin,inviewofpositiveserologyresultsforsyphilisinthespinal.uid.Serologictestingofocular.uids,aswellasserum,isusefulfordiagnosingASPPC.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(6):857.861,2017〕Keywords:梅毒,acutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis,光干渉断層計,前房水,梅毒血清反応.syph-ilis,acutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis,opticalcoherencetomography,ocular.uids,serologyforsyphi-lis.はじめに近年,わが国の梅毒患者報告数は2014年で1,671人,2015年で2,698人と急増しており,とくに若年女性の増加が顕著である1).梅毒性ぶどう膜炎はおもに梅毒第2期以降でみられ,その臨床像は多彩で特徴的な眼所見に乏しい2).Acutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis(ASPPC)は1988年,第2期にみられた中心性網脈絡膜炎としてdeSouzaらによって報告され3),黄斑部に大型の円板状黄白色病変を呈する特徴から1990年にGassらによりASPPCと命名された4).筆者らはASPPCと診断した1例を経験したので報告する.I症例患者:39歳,女性.主訴:左眼視力低下.既往歴:2015年2月,甲状腺乳頭癌摘出術を受けた.術〔別刷請求先〕熊野誠也:〒812-8582福岡市東区馬出3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学分野Reprintrequests:SeiyaKumano,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KyushuUniversityGraduateSchoolofMedicine,3-1-1Maidashi,Higashi-ku,Fukuoka-shi,Fukuoka812-8582,JAPAN前に梅毒感染は検出されなかった.現病歴:2016年1月に左眼視力低下を自覚し1週間後に近医受診.左眼後部強膜炎と診断され,左眼トリアムシノロンアセトニドのTenon.下注射を施行されるも改善がみられず,精査加療のため九州大学病院眼科に紹介となった.初診時所見:視力は右眼0.08(1.2×sph.3.00D),左眼Vs=0.03(0.04×sph.2.50D).眼圧は右眼15mmHg,左眼16mmHg.両眼とも前眼部に炎症所見はみられず,中間透光体にSUN分類で1+の硝子体混濁がみられた.眼底は両眼に視神経乳頭の軽度の発赤腫脹がみられ,左眼には黄斑部を中心に約6乳頭径大の円板状黄白色病変がみられた(図1).光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)では,左眼黄斑部に視細胞内節エリプソイド(photoreceptorinnersegmentellipsoid:ellipsoidzone)と外境界膜の消失,および,網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)から外顆粒層へ突出した結節性病変がみられた(図2).右眼黄斑部にOCT上特記すべき所見はなかった.フルオレセイン蛍光眼底造影検査(.uoresceinfundusangiography:FA)では,右眼アーケード上方と左眼黄斑部で造影初期には顆粒状の過蛍光がみられ,造影後期にはその増強を認めた.右眼は検眼鏡的にはみられなかった病変が蛍光眼底造影ではみられ,左眼と同様に造影初期には顆粒状の過蛍光,造影後期にはその増強がみられた.インドシアニングリーン蛍光眼底造影検査(indocyaninegreenfundusangiography:IA)では,両眼とも同部位で造影初期には低蛍光,造影後期にはFAの過蛍光部位に一致した蛍光漏出を認めた(図3a).眼底自発図1眼底写真両眼に視神経乳頭の軽度の発赤腫脹,左眼黄斑にかけて約6乳頭径大の円板状黄白色病変がみられた.図2光干渉断層計左眼黄斑部では視細胞内節エリプソイドと外境界膜の消失,網膜色素上皮から外顆粒層へ突出した結節性病変(白矢印)がみられた.図3蛍光眼底検査,眼底自発蛍光検査a:(FA)右眼アーケード上方と左眼黄斑部で造影初期には顆粒状の過蛍光がみられ,造影後期にはその増強を認めた.(IA)両眼とも同部位で造影初期には低蛍光,造影後期にはFAの過蛍光部位に一致した蛍光漏出を認めた.b:(FAF)両眼とも同部位で過蛍光がみられた.図4Goldmann視野検査右眼は明らかな視野異常はみられなかったが,左眼は中心暗点がみられた.蛍光検査(fundusauto-.uorescence:FAF)においても同部位で過蛍光がみられた(図3b).中心フリッカー値は右眼39.8Hz,左眼22.8Hzであった.Goldmann視野検査(Gold-mannperimeter:GP)では,右眼には異常はみられず,左眼に中心暗点がみられた(図4).全身検査所見:胸部X線では異常所見がなく,ツベルクリン反応は弱陽性であった.血液検査ではCRP0.64mg/dlと軽度上昇,また梅毒血清反応では,ラテックス凝集法(Treponemapallidumlatexagglutinationtest:TPLA)1,662.0TU,rapidplasmareagintest(RPR)18.0RUと陽性を示した.ヒト免疫不全ウイルス(humanimmunode.-ciencyvirus:HIV)抗体検査は陰性であった.前房水の梅毒抗体価はTPLA8倍と上昇していた.髄液検査では糖108mg/dl,蛋白65mg/dl,白血球数20/mm3,蛍光トレポネーマ抗体吸収試験(.uorescenttreponemalantibody-absorptiontest:FTA-ABS)8倍と上昇していた.発熱およびリンパ節腫脹や皮疹,粘膜疹などはみられなかった.治療経過:眼所見および全身検査所見よりASPPCと診断図5治療開始後の光干渉断層計,Goldmann視野検査a:治療開始前にみられた外境界膜の一部消失や網膜色素上皮から突出した結節性病変は消失していた.b:治療開始1カ月(右)から3カ月(左)後と中心暗点領域の改善を認めた.し,神経梅毒の合併を考慮しベンジルペニシリンカリウム2,400万単位/日の経静脈投与を14日間行った.治療開始1カ月後,左眼視力は(1.0)まで改善した.治療開始3カ月後,OCTで初診時にみられた外境界膜の一部消失やRPEからの結節性突出は消失していた(図5a).FAFでは右眼で過蛍光は消失し,左眼では一部残存するもその後増悪はみられなかった.GPでは左眼で中心暗点が縮小していた(図5b).梅毒血清反応ではTPLA28.5TU,RPR1.5RUまで低下し,眼底病変の再発はみられていない.II考按ASPPCの特徴として,半数は片眼性で平均年齢は40歳,約80%に前房や硝子体に炎症がみられ,黄斑部に大型の円板状黄白色病変がみられる5).画像所見では,spectral-domainOCTにてellipsoidzoneと外境界膜の消失,RPEの肥厚や結節性突出などが報告されており6.8),本症例でも過去の報告と一致していた.また,FAで病変部は初期で低蛍光,後期にかけて増強する過蛍光とleopardspottingとよばれる部分的な低蛍光を呈すると報告されており4,5),本症例でも同様であった.ASPPCの病変の主座については,過去の報告における画像所見から脈絡膜毛細血管板.RPE.網膜視細胞層にあると考えられている3,4)が,さらに本症例ではFAFで過蛍光を呈していたことから機能的にRPEレベルの異常も考えられた.鑑別診断として,画像所見からは急性帯状潜在性網膜外層症や多発消失性白点症候群,また片眼性急性特発性黄斑症などがあげられたが6),臨床所見のみでは鑑別が困難であった.本症例では眼所見や画像所見に加え,血清および前房水中の梅毒抗体価が上昇したことからASPPCと診断した.梅毒性ぶどう膜炎は眼内にTreponemapallidum(TP)が直接浸潤して生じるとされている.神経梅毒では髄液中の梅毒抗体価上昇や細胞数,蛋白増多などの炎症所見が検出されるが,これは中枢神経系にTPが直接浸潤し炎症が励起されることに起因する9).本症例では前房水中の梅毒抗体価が上昇したことから,ASPPCの病態にTPの眼内直接浸潤の関与が示唆された.また,polymerasechainreaction(PCR)を利用した眼微量検体での迅速で網羅的な病原体遺伝子検索法が開発されており10),今回のような症例に用いることで診断がより迅速で効率的になる可能性について,今後検討が必要であると考えられた.梅毒は性感染症であり,海外では20.70%にHIV感染との合併が報告されている11).HIV感染合併例では梅毒性ぶどう膜炎の頻度が高く,非典型的であり,重篤化することがある12).本症例では発症約1年前の血液検査では梅毒感染は検出されておらず,その後の性交渉による感染が疑われている.HIV感染は検出されなかったが,ASPPCの症例ではHIV感染の検索を進めると同時に,パートナーを含めた感染拡散や再感染の防止に努める必要があると考えられた.また梅毒は感染症法により全数把握対象疾患の5類感染症に定められており,診断した医師は7日以内に最寄りの保健所に届け出ることが義務づけられている.梅毒性ぶどう膜炎では第2期以降に出現するため,治療は一般の駆梅療法第2期に準じて行う13).また,ASPPCの患者の約25%に神経梅毒の合併があると報告されている9).本症例では髄液中の蛋白増多,細胞数増多,梅毒抗体価上昇がみられたため,神経梅毒に準じた治療を行った.治療によく反応したものの,初診時OCTにみられたellipsoidzoneと外境界膜の消失は治療開始3カ月後にも一部残存していた.そのためASPPCの治療では,神経梅毒の合併がなくても長期的な神経網膜の保護を考慮した強力な治療を行う必要性があると考えられた.また,駆梅療法としての抗生物質投与にステロイドを併用した報告がある14).本症例では前医でステロイド局所投与が行われていたこともあり,ステロイド全身投与は行わなかった.しかし,抗炎症による神経保護の観点からASPPCに対してはステロイド全身投与についても検討する必要があるかもしれない.以上,梅毒性ぶどう膜炎のなかでもまれな病型であるASPPCの1例を報告した.本症例では短期間で重篤な視力低下がみられたが,眼所見よりASPPCを疑い,血液検査や眼内液の梅毒抗体価の測定を行うことで早期に診断,治療を行うことが可能であった.RPE障害を伴うぶどう膜炎において梅毒検査は重要であると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)岩橋千春,大黒伸行:梅毒.あたらしい眼科33:953-956,20162)八代成子:梅毒性ぶどう膜炎.所見から考えるぶどう膜炎(園田康平,後藤浩編):p226-231,医学書院,20133)deSouzaEC,JalkhAE,TrempeCLetal:Unusualcen-tralchorioretinitisasthe.rstmanifestationofearlysec-ondarysyphilis.AmJOphthalmol105:271-276,19884)GassJD,BraunsteinRA,ChenowethRG:Acutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis.Ophthalmology97:1288-1297,19905)EandiCM,NeriP,AdelmanRAetal:Acutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis:reportofacaseseriesandcomprehensivereviewoftheliterature.Retina32:1915-1941,20126)関根裕美,八代成子,大平文ほか:画像所見よりacutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitisを疑い駆梅療法が奏効した1例.日眼会誌119:266-272,20157)PichiF,CiardellaAP,CunninghamETJretal:Spectraldomainopticalcoherencetomography.ndingsinpatientswithacutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinopathy.Retina34:373-384,20148)BurkholderBM,LeungTG,OstheimerTAetal:Spectraldomainopticalcoherencetomography.ndingsinacutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis.JOphthalmicIn.ammInfect4:2,20149)松室健士,納光弘:炎症性疾患スピロヘータ感染症梅毒トレポネーマ.別冊領域別症候群シリーズ神経症候群1,日本臨躰26:615-619,199910)SugitaS,OgawaM,ShimizuNetal:Useofacompre-hensivepolymerasechainreactionsystemfordiagnosisofocularinfectiousdiseases.Opthalmology120:1761-1768,201311)LeeSY,ChengV,RodgerDetal:Clinicalandlaboratorycharacteristicsofocularsyphilis:anewfaceintheeraofHIVco-infection.JOphthalmicIn.ammInfect5:26,201512)ChessonHW,He.el.ngerJD,VoigtRFetal:EsimatesofprimaryandsecondarysyphilissrateinpersonswithHIVintheUnitedStates,2002.SexTransmDis32:265-269,200513)後藤晋:疾患別くすりの使い方梅毒性ぶどう膜炎.眼科診療プラクティス11,眼科治療薬ガイド(本田孔士編),p138-139,文光堂,199414)原ルミ子,三輪映美子,佐治直樹ほか:網膜炎として発症した梅毒性ぶどう膜炎の1例.あたらしい眼科25:855-859,2008***