《第55回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科40(5):669.673,2023c先天性角化不全症に併発したサイトメガロウイルス網膜炎の1例佐々木翔太郎*1臼井嘉彦*1後藤浩*1田中裕子*2後藤明彦*2*1東京医科大学臨床医学系眼科学分野*2東京医科大学血液内科学分野CACaseofCytomegalovirusRetinitiswithDyskeratosisCongenitaShotaroSasaki1),YoshihikoUsui1),HiroshiGoto1),YukoTanaka2)andAkihikoGoto2)1)DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity,DepartmentofHematology,2)TokyoMedicalUniversityC緒言:典型的なサイトメガロウイルス(CMV)網膜炎としての臨床所見を呈しながらも免疫不全の原因を特定できず,遺伝子検索によって死亡後に先天性角化不全症の診断に至ったC1例を経験したので報告する.症例:症例はC55歳,男性.両眼の視力低下を自覚し,近医でぶどう膜炎と診断され東京医科大学附属病院眼科を紹介受診した.初診時視力は右眼(0.6),左眼(1.0)であり,黄白色滲出班と網膜出血の眼底所見に加え,前房水を用いたCPCR検査でCCMV-DNAが陽性であったことからCCMV網膜炎と診断し,免疫不全の原因検索とともにバラガンシクロビルの内服治療を開始した.網膜炎は改善と増悪を繰り返したが原疾患の特定には至らず,肺炎を発症して死の転帰をたどった.血液検体の遺伝子検索により,免疫不全の原因として先天性角化不全症が関与していたことが判明した.結論:先天性角化不全症にCCMV網膜炎が発症することがある.CPurpose:Toreportacaseofcytomegalovirusretinitiswithdyskeratosiscongenita.Casereport:A55-year-oldmalecomplainingofbilateraldecreasedvisionwasreferredtoourhospitalafterbeingdiagnosedwithuveitisatanearbyclinic.Atinitialexamination,hiscorrectedvisualacuitywas0.6ODand1.0OS.Basedontypicalfun-dus.ndingsandpositiveCMV-DNAinreal-timePCRusingaqueoushumor,hewasdiagnosedwithcytomegalovi-rus(CMV)retinitis.Whileinvestigatingthecauseoftheimmunode.ciency,treatmentwithoralvalganciclovirwasstarted.Theretinitisrepeatedlyimprovedandexacerbated,yetthesystemicdiseasewasnotidenti.ed,andeven-tuallyCpneumoniaCdeveloped,CleadingCtoCdeath.CGeneticCanalysisCofCautopsyCspecimensCrevealedCthatCdyskeratosisCcongenitawasinvolvedinthecauseoftheimmunode.ciency.Conclusions:Variouspathologicalconditionsshouldbeassumedforthecauseofimmunode.ciencyinthebackgroundofCMVretinitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C40(5):669.673,C2023〕Keywords:サイトメガロウイルス網膜炎,先天性角化不全症,免疫不全.cytomegalovirusretinitis,dyskeratosiscongenita,immunode.ciency.Cはじめにサイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)網膜炎の多くは,免疫抑制状態下で宿主に潜伏感染したウイルスの再活性化により生じる疾患である1).一方,先天性角化不全症はテロメア長の維持機能の障害を背景とし,免疫不全を発症する造血不全症候群である.先天性角化不全症はC100万人にC1人の頻度で発生し,染色体上のテロメアを構成する分子異常が本態とされる.これまでに複数の遺伝子変異が同定され,皮膚,粘膜,神経系,肺などの全身臓器の異常を合併する2,3).今回筆者らは,基礎疾患が不明なまま両眼のCCMV網膜炎を発症し,治療に難渋しながら,患者の死亡後に遺伝子検索によって先天性角化不全症の診断に至った症例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕佐々木翔太郎:〒160-0023東京都新宿区西新宿C6-7-1東京医科大学臨床医学系眼科学分野Reprintrequests:ShotaroSasaki,DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity,6-7-1Nishishinjuku,Shinjuku-ku,Tokyo160-0023,JAPANCd図1当院初診時の眼底およびフルオレセイン蛍光造影検査所見a:右眼.鼻上側に黄白色滲出病変と一部に網膜出血がみられる.Cb:左眼.鼻上側に黄白色滲出病変と一部に網膜出血がみられる.Cc:右眼.鼻側の滲出性病変に一致した蛍光漏出と組織染,耳側には無灌流領域がみられる.Cd:左眼.視神経乳頭の過蛍光,鼻側の滲出性病変に一致した蛍光漏出と組織染,耳側に無灌流領域がみられる.I症例患者:55歳,男性.主訴:両眼の視力低下.現病歴:20XX年C7月に,1年半前からの右眼の視力低下と半年前からの左眼の視力低下を主訴に近医を受診.両眼の角膜後面沈着物,硝子体混濁,周辺部網膜に滲出性病変と網膜出血を認めたため,精査加療目的で東京医科大学附属病院(以下,当院)眼科を紹介受診した.既往歴:特記すべき事項なし.初診時眼所見:矯正視力は右眼C0.04(0.6C×sph.5.50D(cyl.1.00DCAx100°),左眼C0.06(1.0C×sph.4.75D(cylC.0.50DCAxC80°),眼圧は右眼10.0mmHg,左眼16.0mmHgであった.細隙灯顕微鏡検査では,両眼に微塵状角膜後面沈着物と前房内に細胞(1+)を認めた.両眼の眼底には鼻上側を中心とした黄白色滲出病変と網膜出血がみられた(図1).また,両眼とも軽度の硝子体混濁を伴っていた.フルオレセイン蛍光造影(.uoresceinangiography:FA)では,両眼の滲出性病変に一致する蛍光漏出と組織染,左眼の視神経乳頭に過蛍光がみられた(図1).さらに両眼の耳側に無血管野を思わせる網膜の無灌流領域がみられた.全身検査所見:血液検査結果では,汎血球減少がみられ,C7HRP陽性,末梢血CCMV-DNAとCCD4/CD8は高値を示した(表1).造影コンピュータ断層撮影(computedtomog-raphy:CT)では,間質性肺炎,脾腫と大動脈周囲のリンパ節腫大の所見がみられた(図2).RealCtimeCpolymeraseCchainreaction(PCR)法を用いて前房水中のCCMV-DNAを測定した結果,右眼からC7.6C×104copies/ml,左眼からC3.9表1初診時の血液検査所見白血球C2,300C/μl総蛋白C8.2Cg/dlCIgGC2,797Cmg/dl好中球C75.7%CLDC230CU/lCIgAC1,449Cmg/dl好酸球C1.7%CALPC118CU/lCIgMC118Cmg/dl好塩基球C0.4%CASTC59CU/lCCH50C68C/mlリンパ球C16.2%CALTC38CU/l抗核抗体C40倍単球C6.0%総ビリルビンC0.32Cmg/dlCACEC15.4CIU/I/37C℃赤血球C2.54C×106/尿素窒素C14.1Cmg/dlCRPR陰性CHbC8.8C/μlクレアチニンC0.79Cmg/dlCTPLA陰性CHtC26%CNaC140Cmmol/dlHBs抗原陰性CMCVC102CfLCKC3.5Cmmol/dlHCV抗体陰性CMCHC34CPgCClC111Cmmol/dlHIV抗原陰性CMCHCC33.8%CHbA1cC4.6%CC7HRPC301/50,000個血小板C78C103/μ血糖C99Cmg/dlCCMV-DNAC5.7C×104/mlCCRPC0.79Cmg/dlCCD4/CD8C5.56尿酸C8.0Cmg/dl可溶性CIL-2RC1,316CU/l図2当院初診時の造影CT所見a:間質性肺炎がみられる(.).b:脾腫がみられる(*).c:大動脈周囲のリンパ節腫大がみられる(.).×104copies/mlが検出された.経過:眼底所見に加え,血液検査でCC7HRP陽性,前房水からCCMV-DNAが高コピー数検出されたことからCCMV網膜炎と診断し,ただちにバラガンシクロビルの内服治療(800Cmg/日)を開始した.同時に当院の血液内科にCCMV網膜炎発症の背景となる原疾患の精査を依頼した.血液内科で施行した骨髄生検では白血病やリンパ腫などの血液疾患は否定的であり,明らかな原疾患は不明であった.バラガンシクロビルの投与開始後,もともと存在した汎血球減少の状態から副作用によってさらに白血球数の減少(2,300/μlから1,100/μl)を認めたため,投与開始からC3週間後にバラガンシクロビル投与を中止し,中止期間中に両眼の網膜滲出病変の悪化と左眼視神経乳頭の腫脹がみられたため(図3),中止からC1カ月後,入院のうえバラガンシクロビルよりも汎血球減少の副作用が少ないホスカルネット点滴投与(12Cg/日)による治療を開始した.ホスカルネットの投与開始後,網膜炎の所見は徐々に改善傾向にあったが,腎機能障害が出現したため投与開始からC2週間後に減量し,腎機能に応じて投与量を調整しながら投与を継続した.C7HRPは一度陰転化したが,その後,再度陽性となり,耐性化も考慮してホスカルネットの投与開始からC4週後にガンシクロビル点滴の投与へ変更した.ガンシクロビルへの変更後はCC7HRPは低値を維持し,両眼の網膜滲出病変および左眼の視神経乳頭の腫脹は改善傾向を示したため(図4),変更からC2週後に退院とし,ab図3入院時の眼底所見a:右眼.黄白色滲出病変の悪化がみられる.b:左眼.黄白色滲出病変の悪化,視神経乳頭の腫脹がみられる.ab図4退院時の眼底写真a:右眼.黄白色滲出病変の改善がみられる.b:左眼.黄白色滲出病変と視神経乳頭腫脹の改善がみられる.バラガンシクロビル内服治療へ変更した.網膜炎はしばらく増悪なく経過していたが,退院のC7カ月後に右眼の硝子体出血と網膜.離が出現したため,水晶体再建術+硝子体手術+網膜輪状締結術+シリコーンオイル充.術を施行した.術後,硝子体出血は消失し,網膜の復位が得られ,術後経過は良好であったが,肺炎の増悪により呼吸状態の悪化がみられた.抗菌薬,ステロイドなどによる加療を行うも呼吸機能は改善せず,術後C4週後に永眠された.死亡後,血液検体の遺伝子検査により,DKC1:NM_001363.4:c.1346G>A;Cp.(Arg449Gln)の変異と,テロメア長の短縮が確認された.原発性免疫不全の原因として,遺伝子検査の結果と,汎血球減少,間質性肺炎,骨粗鬆症,白髪過多の臨床所見から,最終的に血液内科で先天性角化不全症と診断された.CII考按今回,典型的なCCMV網膜炎としての臨床所見を呈しながらも,背景に潜む免疫不全の原因を特定できず,遺伝子検索によって死亡後に先天性角化不全症の診断に至ったまれな症例を経験した.先天性角化不全症は,テロメア長の維持機能の障害を背景とし,爪の萎縮,口腔内白斑,皮膚色素沈着を三主徴とする先天性造血不全症候群である3).これらの三主徴を併せ持つ典型例以外にも,多彩な全身症状を呈するものから,血液減少のみがみられるものもあるとされる.全身症状としては低身長・発育遅延,肝障害,小頭症,小脳失調,頭髪の喪失・白髪,肺病変,骨粗鬆症などがみられる2,3).本症例では三主徴の所見はみられなかったが,血球減少,白髪過多,肺病変,骨粗鬆症の全身症状を認めた.また,健常人と比較して悪性腫瘍を合併する頻度が高いことが報告されているが4),根本的な治療法はなく対症療法が主となる.血球減少については再生不良性貧血に準じた治療法が試みられている.中等症には蛋白同化ホルモンを投与し,重症と診断された場合には,同種造血幹細胞移植が選択される2).筆者らが調べた限りでは,先天性角化不全症に併発したCMV網膜炎の症例はこれまでにC2例ほど報告されている5,6).1例はCCMV網膜炎の原因検索の過程で上肢,体幹部の皮膚色素沈着,爪萎縮,口腔内白斑の臨床所見がみられたことが手がかりとなり,先天性角化不全症と診断された症例であった.他のC1例は本症例のように皮膚や爪,口腔内の所見はなく,骨髄障害,汎血球減少から先天性角化不全症と診断され,CMV網膜炎を併発した症例であった.CMV網膜炎発症の原因となる基礎疾患は,悪性リンパ腫,白血病,関節リウマチ,後天性免疫不全症候群(acquiredimmunode.ciencyCsyndrome:AIDS),多発性骨髄腫,多発性肉芽腫性血管炎,多発性筋炎,糖尿病などと多岐にわたっている7,8).かつてCCMV網膜炎の原因疾患として猛威を振ったCAIDS患者については多剤併用療法(highlyactiveanti-retroviraltherapy:HAART)の導入により,CMV網膜炎の発生頻度は導入前よりC10.20%程度に減少したと報告されている9).一方,近年では血液腫瘍疾患や担癌患者,臓器移植後などの免疫不全状態にある患者の割合が増加していることが報告されている10,11).それらに加えて,CMV網膜炎は本症例のようにきわめてまれな基礎疾患を背景に発症することがあるため,治療とともに他の診療科と密に連携した原因検索を行うことが重要であると考えられる.文献1)MunroCM,CYadavalliCT,CFontehCCCetal:CytomegalovirusCretinitisCinCHIVCandCnon-HIVCindividuals.CMicroorganismsC8:55,C20202)厚生労働科学研究費補助金(難治性疾患政策研究事業)特発性造血障害に関する調査研究班(研究代表者:三谷絹子):特発性造血障害疾患の参照ガイド(令和元年度改訂版),C2020http://zoketsushogaihan.umin.jp/resources.html3)ShimamuraCA,CAlterBP:PathophysiologyCandCmanage-mentCofCinheritedCboneCmarrowCfailureCsyndromes.CBloodCRevC24:101-122,C20104)AlterBP,GiriN,SavageSAetal:Cancerindyskeratosiscongenita.BloodC113:6549-6557,C20095)HaugS,RandhawaS,FuAetal:Cytomegalovirusretini-tisCinCdyskeratosisCcongenita.CRetinCCasesCBriefCRepC7:C29-31,C20136)ParchandCS,CBarwadA:CytomegalovirusCretinitisCasCaCpresentingCfeatureCofCmultisystemdisorder:dyskeretosisCcongenita.MiddleEastJOphthalmolC24:219-221,C20177)柳田淳子,蕪城俊克,田中理恵ほか:近年のサイトメガロウイルス網膜炎の臨床像の検討.あたらしい眼科C32:699-703,C20158)蓮見由紀子,石原麻美,澁谷悦子ほか:サイトメガロウイルス網膜炎20例C27眼の臨床像の検討.あたらしい眼科C74:1569-1575,C20209)JabsCDA,CAhujaCA,CVanCNattaCMCetal:CourseCofCcyto-megalovirusretinitisintheeraofhighlyactiveantiretro-viraltherapy:.ve-yearCoutcomes.COphthalmologyC117:C2152-2161,C201010)XhaardCA,CRobinCM,CScieuxCCCetal:IncreasedCincidenceCofcytomegalovirusretinitisafterallogeneichematopoieticstemCcellCtransplantation.CTransplantationC83:80-83,C200711)YanagisawaK,OgawaY,HosogaiMetal:Cytomegalovi-rusCretinitisCfollowedCbyCimmuneCrecoveryCuveitisCinCanCelderlyCpatientCwithCrheumatoidCarthritisCundergoingCadministrationofmethotrexateandtofacitinibcombinationCtherapy.JInfectChemotherC23:572-575,C2017***