《原著》あたらしい眼科29(5):697.699,2012c激症型サイトメガロウイルス網膜炎を発症しガンシクロビル全身投与で良好な視力を得た小児の1例武田祐介山下英俊山形大学医学部眼科学講座ACaseofFulminantCytomegalovirusRetinitisinaChild,withGoodPrognosisfollowingSystemicGanciclovirTreatmentYusukeTakedaandHidetoshiYamashitaDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,YamagataUniversitySchoolofMedicine激症型サイトメガロウイルス網膜炎を発症したが,ガンシクロビル全身投与で良好な視力を得た小児の1例について報告する.症例は11歳の女児で,左中耳炎を契機に左上咽頭部の横紋筋肉腫と診断された.山形大学医学部附属病院小児科に入院し,化学療法と放射線療法を施行.約1年後に10日前からの右眼の暗黒感を主訴に当科を受診.視力は右眼(0.5)で,眼底所見および,採血で白血球中サイトメガロウイルス抗原が陽性であったことより,右眼のサイトメガロウイルス網膜炎と診断した.ガンシクロビル静脈内投与を開始.その後,網膜炎は軽快し,約1カ月後には右眼(1.0)まで改善した.サイトメガロウイルス網膜炎において,全身状態を評価して,ただちに全身的な治療薬投与によって治療を開始することが有効と思われた.早期治療により硝子体注射などが回避できれば,特に小児の場合は,身体的・心理的負担が軽減できると考えられた.Wereportacaseoffulminantcytomegalovirusretinitisinachild,withgoodprognosisfollowingsystemicganciclovirtreatment.Thepatient,an11-year-oldfemalewithleftotitismedia,wasdiagnosedwithrhabdomyosarcomaattheleftrhinopharynx.ShewasreferredtotheDepartmentofPediatricsofYamagataUniversityHospital,andunderwentchemotherapyandradiotherapy.Oneyearlater,shevisitedourclinicwithaphoseinherrighteye;visualacuityintheeyewas(0.5).Clinicalfindingsofvoluminoushardexudate,withprominenthemorrhageandpositiveassayresultsforcytomegalovirus-antigenemiainwhitebloodcells,suggestedcytomegalovirusretinitisintherighteye.Intravenousgancicloviradministrationasinitialtherapyrelievedtheretinitisafteronemonthoftreatment.Visualacuityimprovedto1.0.Thiscaseshowsthatsystemicadministrationofganciclovircanbeeffectiveforcytomegalovirusretinitis,inlieuofintravitrealinjection.Thistreatmentmodalityisusefulinchildren.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(5):697.699,2012〕Keywords:サイトメガロウイルス網膜炎,小児,ガンシクロビル,全身投与.cytomegalovirusretinitis,child,ganciclovir,systemicadministration.はじめにサイトメガロウイルス網膜炎はおもに易感染性宿主に認められ,これまで後天性免疫不全症候群や血液疾患に関わる報告が多数なされてきた1).筆者らは悪性腫瘍治療中にサイトメガロウイルス網膜炎を発症したが,治療により改善した小児の1例を経験した.全身状態が不良な際には硝子体注射が選択されることもあるが,今回は全身治療により良好な視力を得ることができたので報告する.I症例患者:11歳,女児.主訴:右眼の眼前暗黒感.既往歴:特記事項なし.現病歴:平成22年6月下旬に近医耳鼻科で左中耳炎とし〔別刷請求先〕武田祐介:〒990-9585山形市飯田西2-2-2山形大学医学部眼科学講座Reprintrequests:YusukeTakeda,M.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,YamagataUniversitySchoolofMedicine,2-2-2Iidanishi,YamagataCity990-9585,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(117)697ababて加療されたが,耳閉感と鼻閉が改善しなかった.内視鏡検査とX線検査を施行したところ,腫瘍性病変が疑われた.CT(コンピュータ断層撮影)とMRI(磁気共鳴画像)で左上咽頭部の腫瘍と,両頸部の小リンパ節を認め,生検の結果は横紋筋肉腫であった.同年8月6日に化学療法施行目的に山形大学医学部附属病院小児科に入院した.8月7日より横紋筋肉腫の中等度リスク群として化学療法(ビンクリスチン,アクチノマイシンD,シクロフォスファミドの3剤併用)を開始し,11月5日から放射線療法を併用した.化学療法は計14クール,放射線治療は計50.4Gy施行した.平成23年8月2日,治療の効果判定で小児科入院中に,10日前からの右眼の眼前暗黒感を主訴に眼科を受診した.初診時の眼所見:視力は右眼0.3(0.5×sph+0.5D),左眼1.5(矯正不能),眼圧は右眼17mmHg,左眼17mmHgで,両眼とも前眼部に炎症所見は認めなかった.眼底検査で右眼の視神経乳頭を中心として,鼻側から上方にかけて白色病変と出血を認めた(図1).黄斑部にも病変は及んでいた.中心窩・傍中心窩には漿液性網膜.離を認めたが,白色病変と出血は認めなかった.左眼の眼底には特記事項は認めなかった.初診時の全身所見:末梢血の血液検査では,白血球数1,860/μl,赤血球数331万/μl,血小板21.3万/μl,Hb(ヘモグロビン)10.9g/dlと,特に白血球数が低値であった.化学療法は,約1カ月前に終了していた.眼科受診の約2週間前に白血球数が640/μlまで低下したが,その後,増加傾向にあった.経過:特徴的な眼底所見と,化学療法による易免疫状態から,右眼のサイトメガロウイルス網膜炎を疑った.小児科入院中であったため,ただちに採血を依頼したところ,白血球中サイトメガロウイルス抗原(以下,アンチゲネミア検査)が陽性(14.19/スライド)であった.臨床経過と眼底所見から,右眼の激症型サイトメガロウイルス網膜炎と診断した.他の臓器には明らかなサイトメガロウイルス感染を示唆する所見は認めなかった.また,抗体検査では,サイトメガロウイルスIg(免疫グロブリン)Gが陽性,IgMは陰性であった.小児科での入院を継続し,初期療法として,8月3日より160mg(5mg/kg/回)1日2回の静注を施行した.その後,骨髄抑制は認めず,明らかに眼底所見が改善したため,初期投与量で継続した.治療開始30日目となる9月1日には眼底の白色病変と出血はさらに軽快し,アンチゲネミア検査の結果は陰性化した.経過良好のため,維持療法として9月6日にパラガンシクロビル900mg/日の内服に移行した.図1初診時の眼底写真と光干渉断層計像図2約2カ月後の眼底写真と光干渉断層計像a:網膜血管に沿う出血を伴った白色病変.a:網膜出血と白色病変は明らかに減少した.b:漿液性網膜.離を認める.b:漿液性網膜.離は消失した.698あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012(118)その後も眼底所見で再燃を認めなかった.そもそもの治療対象であった左上咽頭部の横紋筋肉腫は画像検査上消失してリンパ節転移も認めなかったため,9月13日に退院し,以後,眼科・小児科ともに外来通院となった.9月20日の受診時には右眼の眼前暗黒感は消失して,下方視野障害を自覚するのみとなった.視力は右眼0.6(1.0×sph.0.5D)まで改善した(図2).II考按サイトメガロウイルス網膜炎の診断は,眼底所見,眼局所の感染の証明,全身における感染の証明,免疫不全状態にあることを総合的に判断するべきとされている2).本症例では,左上咽頭部横紋筋肉腫の治療のために長期にわたる化学療法が施行され,免疫不全の状態にあった.血液検査から全身におけるサイトメガロウイルス感染が証明された.アンチゲネミア検査は,眼内ではなく末梢血中における評価であり,網膜炎があっても陰性の場合があること,再燃のマーカーとなりにくいことなどの過去の報告3.5)に留意する必要がある.本症例では眼底が典型的な激症型サイトメガロウイルス網膜炎の所見を示していた.前房内に炎症所見を認めなかったため,前房穿刺で検体を採取し,polymerasechainreaction(PCR)による検査を行うことは,意義が少ないものと判断した.以上より,右眼のサイトメガロウイルス網膜炎と診断し早急に治療を開始した.ガンシクロビル点滴を開始後,眼底所見の明らかな改善を認め,治療的診断をすることもできた.サイトメガロウイルス網膜炎の治療法は,点滴治療としてはガンシクロビル,ホスカルネット,内服治療ではバルガンシクロビルがある.しかし,副作用としてガンシクロビルには骨髄抑制が,ホスカルネットには腎障害があり,全身的にこれらが投与困難な場合には,ガンシクロビルの硝子体注射が選択肢としてあげられる.ガンシクロビル硝子体注射の有効性はわが国でも報告されており6),外来通院が可能となる利点もある.本症例では,化学療法・放射線療法施行後で小児科入院中であったため,小児科管理のうえで,初期投与量であるガンシクロビル5mg/kg/回,1日2回の静注で治療を開始した.その後,明らかな骨髄抑制を認めなかったため,減量や薬剤変更などせず治療継続ができた.バルガンシクロビル内服に移行後も再燃を認めず,最小限の侵襲で治療することができた.骨髄抑制によりガンシクロビル継続が困難であった場合には,ホスカルネット静注への変更かガンシクロビル硝子体注射が必要であったと考えられる.治療の効果判定としては,眼底検査(受診ごとに眼底写真施行)と,採血によるアンチゲネミア検査をおもに用いた.初診時に病変は黄斑部まで及んでいたが,治療により右眼視力は(0.5)から(1.0)まで回復した.これは,白色病変が中心窩や傍中心窩まで及んでおらず,視力低下の主体が漿液性網膜.離であったためと考えられる.治療開始が遅れた場合や初期治療に反応しなかった場合は,視力回復は困難であったと予想される.白色病変の領域は沈静化して萎縮巣となったが,外来通院後も網膜裂孔や網膜.離は認めていない.本症例は,後天性免疫不全症候群によるものではなく,このまま免疫状態の改善が続き,化学療法再開の予定がなければ,バルガンシクロビル内服の終了も十分に期待できる.後天性免疫不全症候群や血液疾患だけでなく,悪性腫瘍の治療中に発症するサイトメガロウイルス網膜炎にも十分に注意する必要がある.サイトメガロウイルス網膜炎を疑った場合,ただちに全身状態を評価して,治療開始することが有効であると思われた.本症例では治療に反応し,ガンシクロビルの点滴が継続できたため,順調に内服・外来治療に移行することができた.結果的に,良好な視力を得ることができた.早期治療により薬剤の変更や硝子体注射などが回避できれば,特に小児の場合は,身体的・心理的負担が大きく軽減できるとも考えられた.文献1)HollandGN,PeposeJS,PettitTHetal:Acquiredimmunedeficiencysyndrome,ocularmanifestations.Ophthalmology90:859-873,19832)永田洋一:サイトメガロウイルス感染.あたらしい眼科20:321-326,20033)PannutiCS,KallasEG,MuccioliCetal:Cytomegalovirusantigenemiainacquiredimmunodeficiencysyndromepatientswithuntreatedcytomegalovirusretinitis.AmJOphthalmol122:847-852,19964)HoshinoY,NagataY,TaguchiHetal:Roleofthecytomegalovirus(CMV)-antigenemiaassayasapredictiveandfollow-updetectiontoolforCMVdiseaseinAIDSpatients.MicrobiolImmunol43:959-96519995)WattanamanoP,ClaytonJL,KopickoJJetal:ComparisonofthreeassaysforcytomegalovirusdetectioninAIDSpatientsatriskforretinitis.JClinMicrobiol38:727-732,20006)藤野雄次郎,永田洋一,三好和ほか:AIDS患者に発症したサイトメガロウイルス網膜炎に対するガンシクロビル硝子体注射療法.日眼会誌100:634-640,1996***(119)あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012699