《第24回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科37(3):327?331,2020?全身疾患に起因する眼症状を有する患者の視機能障害と補助具による対処橋本佐緒里*1荻嶋優*1黒田有里*1田中宏樹*1井上順治*1堀貞夫*2井上賢治*2*1西葛西・井上眼科病院*2井上眼科病院VisualImpairmentCausedbySystemicDiseaseandCopingwithVisualAidsSaoriHashimoto1),YuOgishima1),YuriKuroda1),HirokiTanaka1),JunjiInoue1),SadaoHori2)andKenjiInoue2)1)NishikasaiInouyeEyeHospital,2)InouyeEyeHospitalはじめに糖尿病などの全身疾患を有する患者に,視力低下,視野異常,眼位異常,眼球運動障害などの視機能の低下をきたすことが知られている.厚生労働省「平成26年患者調査の概況」では糖尿病の総患者数は316万6,000人であり,前回(平成23年)の調査から46万人以上増加していた.社会の高齢化により,全身疾患を有する患者数は増加の一途をたどり,それに伴い全身疾患に起因する眼症状を訴える患者も増加している1).西葛西・井上眼科病院(以下,当院)は,網膜・硝子体疾患の診断・治療を専門としており,糖尿病をはじめとする全身疾患を有する患者が多く来院し,これらの眼疾患に対応し〔別刷請求先〕橋本佐緒里:〒134-0088東京都江戸川区西葛西3-12-14西葛西・井上眼科病院Reprintrequests:SaoriHashimoto,NishikasaiInouyeEyeHospital,3-12-14Nishikasai,Edogawa-ku,Tokyo134-0088,JAPANている.当院ではさまざまな原因で起こる視機能の低下に対する治療の一環として,不自由さの改善のために遮光眼鏡や拡大鏡,プリズム眼鏡などの補助具に関する特殊検査の予約を設けている.検査の際に日常どのようなことに不自由を感じているのかを詳しく聞き取り,その訴えに応えるために適切な補助具を選定している.眼疾患ごとの補助具選定の特徴についてはこれまでも報告されているが,全身疾患に起因する眼症状とその対応に関する文献は少なく,竹田らは全眼疾患において処方された補助具の種類に差はなかったとし,上野らも処方された補助具はさまざまで,一定の傾向はなかったとしている2,3).今回筆者らは,当院で受診した糖尿病をはじめとする全身疾患に起因する視機能障害を有する患者の眼症状を検討し,視機能の低下に対する治療の一環としてどのような補助具などを用いて対処したかについて疾患別に診療録から後ろ向きに調査した.また,全体の約半数を占めた糖尿病の症例では,網膜症なし,単純網膜症,増殖前網膜症,増殖網膜症の四つの病期に分け,各病期の眼症状と対処についても調査したので報告する.I対象および方法対象は2015年5月?2018年4月に当院で受診し,全身疾患に起因する視機能の低下で視機能検査を受けた患者83例(男性45名,女性38名,平均年齢68.4±12.9歳)である.方法は,診療録より眼症状を視力低下,羞明,視野異常,複視,色覚異常,変視に分け,これらの訴えに対してどのような対処をしたかについて疾患ごとに調べた.今回の調査では,白内障や緑内障,網膜色素変性症や加齢黄斑変性症などの眼疾患が原因で視機能検査を受けた症例や,原因が全身疾患と判別できない症例は対象から除外した.また,複数の全身疾患を有する症例に関しては,対象患者の重複がないよう視機能検査を受ける原因となった眼症状から,原因疾患を判別し検討した.II結果全身疾患に起因すると思われる視機能検査を受けた患者83例の疾患の内訳は,糖尿病が45例(54%)ともっとも多く,ついで頭蓋内疾患が19例(23%)であった.以下,高血圧8例(10%),精神疾患5例(6%),甲状腺疾患3例(4%),ミトコンドリア病2例(2%),原田病1例(1%)であった(表1).眼症状は,視力低下40例,羞明31例,視野障害13例,複視31例であった(重複あり)(表2).糖尿病患者のもっとも多かった眼症状は視力低下34例,ついで羞明が23例であった.視力低下の原因はおもに糖尿病網膜症による黄斑部の病変が27例と多く,ついで視神経萎縮が15例であった(重複あり).頭蓋内疾患,高血圧,甲状腺疾患,ミトコンドリア病のもっとも多かった眼症状は複視であった.複視の原因は,頭蓋内疾患では脳出血後の後遺症,高血圧は外眼筋栄養血管の微小循環障害,甲状腺疾患は甲状腺機能異常による甲状腺眼症,ミトコンドリア病は慢性進行性外眼筋麻痺であった.精神疾患の眼症状は全例が羞明で,向精神薬濫用による薬剤性の眼瞼けいれんが原因であった.原田病はぶどう膜炎による視力低下であった.糖尿病と頭蓋内疾患は視力低下,羞明,視野異常,複視と眼症状が多岐にわたっていた.視機能検査でどのような対処を行ったかを疾患別に示す(表3).糖尿病のもっとも多かった対処は視力低下,羞明に対して遮光眼鏡22例であった.頭蓋内疾患,高血圧,甲状腺疾患,ミトコンドリア病では複視に対してプリズム眼鏡が多かった.精神疾患では羞明に対して遮光眼鏡が多く,そのうち2例はクラッチ付きの遮光眼鏡が処方された.原田病は視力低下に対して拡大鏡の選定がされていた.糖尿病と頭蓋内疾患では矯正眼鏡,遮光眼鏡,拡大鏡・拡大読書器,プリズム眼鏡など,眼症状への対処も多岐にわたっていた.処方に至らなかった例では,元々持っている補助具を誤った方法で使用していたことが発覚し,使用方法を再度指導することで満足を得られた症例や,低視力の症例では検査を行っても患者が期待する見え方に至らず,現状と変化が得られないため処方をせずに様子をみた症例など,さまざまであった.視機能検査を行ったきっかけの内訳を示す(表4).医師からのアプローチが疾患全体で31例(34%),視能訓練士からのアプローチが13例(16%),患者からのアプローチが36例(43%)であり,医療従事者からの提案がやや多い結果となった.ここからは約半数を占めた糖尿病45例を四つの病期に分け,各病期の眼症状と対処を示す.各病期の内訳は,網膜症なしが6例(13%),単純網膜症が5例(11%),増殖前網膜症が0例,増殖網膜症が34例(76%)であった(表5).糖尿病の病期別の年齢,視力がよいほうの眼の矯正小数視力,眼症状と対処について示す(表6).網膜症なしでは,小数視力が0.3?1.2,平均1.0と視力良好の症例が多かった.訴えた眼症状は外眼筋栄養血管の微小循環障害による複視が多く,対処はプリズム眼鏡が多かった.単純網膜症では,小数視力が0.08?0.8,平均0.5であった.増殖網膜症では,指数弁?小数視力1.0,平均0.3と,病期別のなかでもっとも視力が悪かった.単純網膜症の眼症状は黄斑部の病変による視力低下,羞明が多く,増殖網膜症の眼症状は黄斑部の病変や視神経萎縮による視力低下,羞明が多かった.対処は単純網膜症,増殖網膜症とも遮光眼鏡が多かった.増殖網膜症では全例が汎網膜光凝固術(pan-retinalphotocoagulation:PRP)施行後の症例であった.表1全身疾患の内訳(n=83)頭蓋内甲状腺ミトコン表2疾患別眼症状の内訳(n=83)頭蓋内甲状腺ミトコン症状の重複あり.表3疾患別対処の内訳(n=83)頭蓋内甲状腺ミトコン拡大読書器眼鏡スコープITサポートとは電子情報支援技術を用いた障害者支援のことである.対処の重複あり.表4視機能検査に結びついたきっかけ(n=83)表5糖尿病患者の病期分類(n=45)医師視能訓練士患者不明網膜症なし単純網膜症増殖前網膜症増殖網膜症症例数3113366症例数65034表6糖尿病網膜症の病気別属性と眼症状および対処(n=45)網膜症なし(6例)単純網膜症(5例)増殖網膜症(34例)年齢(平均)57?85歳(69歳)62?75歳(70歳)40?84歳(68歳)視力(平均)0.3?1.2(1.0)0.08?0.8(0.5)指数弁?1.0(0.3)眼症状(重複あり)視力低下1例複視5例視力低下3例羞明3例視野異常1例視力低下30例羞明20例視野異常5例複視1例対処(重複あり)矯正眼鏡2例プリズム眼鏡5例矯正眼鏡1例遮光眼鏡3例拡大鏡1例拡大読書器1例矯正眼鏡5例遮光眼鏡19例拡大鏡12例プリズム眼鏡1例タイコスコープ1例III考察今回調査した全身疾患では,糖尿病と頭蓋内疾患は眼症状が多岐にわたり,対処もさまざまであった.これは,糖尿病網膜症の重症度によっても病状が異なるためであり,頭蓋内疾患は障害部位によって視野障害や眼筋麻痺など影響される眼症状が異なるためである4?7).今回の調査では高血圧疾患の眼症状のほとんどが複視であったが,視力低下を訴えた1例は高血圧由来の網膜静脈分子閉塞症による黄斑浮腫であったことから,高血圧による眼症状も多岐にわたることが考察される.糖尿病が原因で遮光眼鏡の検査を行った症例では,患者の好みの色を重視して選定されたものと,眩しさの軽減重視で選定されたものが半数ずつであった.そのため,今回の調査では色系統の傾向や特徴的な結果を得ることはできなかったが,乾らも遮光眼鏡の色や透過率において疾患による特異な傾向はなかったと報告している8).糖尿病が原因で拡大鏡・拡大読書器の検査を行った症例では,読みたい文字の大きさや,使用距離,視力,視野など個々のニーズと眼症状によって選定が行われていた.今回の筆者らの調査では特徴的な結果は得られなかったが,乾らは拡大鏡の度数には視力と視野が大きく関係し,低視力者ほど度数が大きくなり,視野狭窄がある患者では,残存中心視野の大きさと形が拡大鏡の度数に関係したと述べている9).これらのことから,患者一人一人によって異なる日常の不自由さを軽減するためには,どのような症状を抱えているのかを詳しく聴取し,患者の潜在的ニーズを汲み取ったうえで補助具の選定を適切に行う必要があると考える.眼症状に特徴がみられる疾患では,各疾患の眼症状が起こる原因をあらかじめ理解しておくことが,適切な補助具の選定に繋がると考える.ただし,眼症状に先入観をもつことなく,患者が訴える眼症状や日常の不自由さを理解したうえで対応することが,どのような場合でも重要であると考える.糖尿病では45例中28例に黄斑症がみられたが,色覚異常,変視は全疾患で訴えがみられなかった.これは「見づらい」「見えなくなった」など視力低下の眼症状に集約されたためと考えられる.見づらさの内容はさまざまで,眩しくて見づらい羞明,中心暗点などの視野異常,歪んで見づらい変視,霞みや老眼などを区別する必要がある.なかには低視力のため,歪みや色を判別できないと思われる症例もあった.また,糖尿病の眼症状では視力低下についで羞明が多くみられ,病期や視力に関係はみられなかった.これは,糖尿病に伴うさまざまな眼合併症のなかには羞明を訴える疾患が多いためと考えられる.一般に羞明の原因は,入射光路に光の散乱を引き起こす病変や,眼底に反射を増強する病変があることがあげられるが,その他,白内障手術,PRP施行後に羞明を訴えやすいとされている10).今回の筆者らの調査でも糖尿病で羞明を訴えた症例は,黄斑症,視神経萎縮,PRP施行後で多くみられたが,同様の症例でも羞明の訴えがないこともあった.「視力低下」「羞明」に集約される眼症状の内容は多岐にわたるため,眼症状を見逃さないためにも問診の際は具体的に尋ねる必要がある.今回の調査結果で視機能検査を行った糖尿病の症例は45例であったが,網膜・硝子体を専門としている当院としては少ない印象を受けた.また,外来で問診を行う視能訓練士から視機能検査に結びついたきっかけは16%と低い結果であったことから,問診時の聞き取りをより積極的に行うことで視機能検査のきっかけが増え,適切な検査の実施と補助具の選定により患者のqualityoflife向上につながると考える.すでに補助具を使用している患者でも,とくに糖尿病に関しては全身状態によって眼症状が変化しやすいため,再度選定が必要である症例は少なくない.また,視機能検査の際の聞き取りにて補助具を誤って使用していたことが発覚した症例も数例あったことから,選定後の使用状況の確認も重要であると考える.今回の調査では,診療録から後ろ向きに検討を行ったため,患者のその後の満足度については調査できなかった.問診時に使用状況の確認を行うことで満足度も測れるため,今後の課題としたい.今回糖尿病などの全身疾患に起因する眼症状とその対応について調査を行った.患者が抱えるさまざまな眼症状による不自由さを理解し,治療の一環として適切な検査の実施と補助具の選定などを援助する必要があることがわかった.文献1)KnudtsonMD,KleinBE,KleinR:Age-relatedeyedis-ease,visualimpairment,andsurvival:theBeaverDamEyeStudy.ArchOphthalmol124:243-249,20062)竹田宗泰,竹田峰陽:糖尿病網膜症患者に対する視覚補助具の有用性.眼紀54:947-951,20033)上野恵美,柴田拓也,黒田有里ほか:当院のロービジョンケアにおける糖尿病網膜症患者と他の疾患患者との比較.あたらしい眼科33:115-118,20164)宮本和明:眼球運動麻痺をみたら.あたらしい眼科30:753-759,20135)田口朗:複視と全身疾患.あたらしい眼科27:917-923,20106)大鹿哲郎,大橋裕一:麻痺性斜視,特殊な斜視の治療.専門医のための眼科診療クオリファイ22:275-277,20147)中村桂子:糖尿病によるロービジョン患者のものの見え方,見えにくさの評価.看護技術48:34-40,20028)乾有利,宇津木航平,河端陽子ほか:真生会富山病院アイセンターにおける遮光眼鏡処方の傾向.臨眼70:543-548,20169)乾有利,永森麻菜美,植田芳樹ほか:ロービジョン外来で処方した拡大鏡の倍率と患者の視機能の検討.臨眼72:551-556,201810)南稔浩,中村桂子,澤ふみ子ほか:大阪医科大学における遮光眼鏡の検討.日視会誌36:133-139,2007◆**