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内境界膜下出血に対してNd:YAG レーザーを用いた 内境界膜穿破後のOCT 所見

2021年9月30日 木曜日

《原著》あたらしい眼科38(9):1118.1122,2021c内境界膜下出血に対してNd:YAGレーザーを用いた内境界膜穿破後のOCT所見加納俊祐*1木許賢一*2八塚洋之*2久保田敏昭*2*1加納医院*2大分大学医学部眼科学講座OCTFindingsafterNd:YAGLaserPhotoDisruptionforSub-InternalLimitingMembraneHemorrhageShunsukeKano1),KenichiKimoto2),HiroyukiYatsuka2)andToshiakiKubota2)1)KanoClinics,2)DepartmentofOpthalmology,OitaUniversityFacultyofMedicineC目的:外傷性内境界膜下出血に対して,Nd:YAGレーザー(以下,YAG)にて内境界膜を穿破したあとの内境界膜の変化を光干渉断層計(OCT)で観察したC1例を報告する.症例:36歳の男性.雑木の牽引作業中に断裂したロープによって両眼の眼球打撲を生じた.両眼の前房出血のため大分大学眼科を紹介受診した.右眼には内境界膜下出血があり,YAGで内境界膜を穿破した.内境界膜下出血は速やかに硝子体腔に拡散し,穿破してC3時間後には穿破部をCOCTで同定することができたが,穿破部はC2日後には同定できなくなった.穿破当初は内境界膜と神経線維層との間に空洞があったが,内境界膜下出血の消退に伴い消失した.その後も,黄斑部には膜様反射があり,OCTでも膜が描出されるが,網膜外層には変化はなく,視力低下や歪視の訴えはない.結論:内境界膜下出血に対して内境界膜をCYAGで穿破したあとの変化をCOCTで観察できた.穿破孔は数日で閉鎖し,平坦化した内境界膜は網膜前膜による皺を呈した.CPurpose:Toreportopticalcoherencetomography(OCT).ndingspostNd:YAGlaser(YAG)membranotomyforatraumaticsub-internallimitingmembrane(ILM)hemorrhage.Case:A36-year-oldmaleexperiencedbilat-eralocularbruisingduetoaropebreakingwhilehaulingsmallfallentrees,andwasreferredtotheOitaUniversi-tyHospitalduetobilateraltraumatichyphema.Fundusexaminationrevealedasub-ILMhemorrhageinhisrighteye,andhewasadmittedtothehospital.WethenperformedYAGmembranotomyoftheILM.Thesub-ILMhem-orrhageCrapidlyCdi.usedCintoCtheCvitreousCcavity,CandCalthoughCtheCmembranotomyCsiteCwasCidenti.edCbyCOCTC3Choursaftertheperforation,itcouldnotbedetected2dayslater.Soonaftertheperforation,acavitywasobservedbetweentheILMandtheCnerveC.berlayer,CyetCitdisappearedwithCtheCdisappearanceCofthesub-ILMChemorrhage.Posttreatment,fundusexaminationrevealedamembranousre.exonthemacula,andthemembranewasvisual-izedbyOCT,buttherewasnoabnormalchangeintheouterlayeroftheretinaandnocomplaintofvisualdistur-bancefromthepatient.Conclusion:OCT.ndingsrevealedtime-dependentchangesoftheILMpostYAGmem-branotomyCforCaCsub-ILMChemorrhage,Chowever,CtheCperforationCwasCclosedCwithinCaCfewCdaysCandCtheC.attenedCILMshowedawrinkleandresultedinepiretinalmembrane.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)38(9):1118.1122,C2021〕Keywords:内境界膜下出血,Nd:YAGレーザー,光干渉断層計.sub-internallimitingmembranehemorrhage,Nd:YAGlaser,opticalcoherencetomography.はじめに界膜を穿破した後に光干渉断層計(OCT)で評価した報告は網膜前出血や内境界膜下出血に対して,Nd:YAGレーザ多くない.筆者らは眼球打撲傷によって生じた内境界膜下出ー(以下,YAG)で内境界膜を穿破して硝子体腔に出血をド血に対して内境界膜を穿破して治療を行った後の内境界膜のレナージする治療法が行われることがある1).しかし,内境変化をCOCTで追うことができたので報告する.〔別刷請求先〕加納俊祐:〒879-2441大分県津久見市中央町C3-14加納医院Reprintrequests:ShunsukeKano,KanoClinics,3-14Chuomachi,Tsukumi-shi,Oita879-2441,JAPANC1118(136)I症例36歳,男性.家族歴,既往歴に特記すべき事項なし.2018年C9月C17日,雑木の牽引作業中に断裂した直径C10.12Cmmほどのロープで両眼を打撲した.視力低下を自覚して近医眼科を受診し,両眼の前房出血のため当科を紹介受診した.初診時所見:VD=30cm手動弁(矯正不能),VS=0.02(0.3C×sph.6.50D),RT=21mmHg,LT=22mmHg.前眼部は右眼に外傷性散瞳があり,両眼に前房出血があった.右眼眼底に硝子体出血および黄斑部に境界明瞭な血腫があった.血腫の辺縁は神経線維層が出血で染色され,刷毛状に毛羽立っていた.OCTでは胞状に膜が突出していた.内部は出血による高輝度反射があり,ニボーを形成していた.右眼の内境界膜下出血と診断した(図1,2).左眼眼底には網膜振盪および網膜出血があり外傷性黄斑円孔を生じていた.安静目的に入院して経過をみたが,内境界膜下出血の移動や消退はなく,前房出血も消退したため,2018年C9月C22日にCYAGで内境界膜を穿破し,出血を硝子体腔にドレナージすることとした.機器はセレクタオフサルミックレーザーシステム(日本ルミナス社)で,レンズはトランスエークエー図1初診時の右眼広角眼底写真後極にはニボーを形成する大きな内境界膜下出血を生じていた.前房出血のため不鮮明な画像となっている.(AmJOphthalmolC136:763-766,C2003)図2内境界膜穿破後の眼底写真・OCT上:内境界膜穿破C1分後の眼底写真.内境界膜下出血は速やかに穿破部(C.)から後部硝子体皮質ポケット,そして硝子体腔へと拡散した.下:Nd:YAGレーザー穿破3時間後の右眼OCT.内境界膜穿破部()が同定できた.図3右眼OCT(黄斑部・垂直断)と視力の経時的変化内境界膜下出血の吸収に伴い,内境界膜と神経線維層との間の空洞は消失し,視力も改善した.ター(VOLK社)を使用した.条件はC3.0CmJで黄斑外下方に1発照射し,内境界膜を穿破した.出血は速やかに穿破部から後部硝子体皮質ポケット,そして硝子体腔に拡散していった(図2a).3時間後にはCOCTで穿破部を同定することができ,穿破部は出血が排出されるのに伴って硝子体腔に向けて突出するような形状をとっていた.穿破部の裂隙の幅は67Cμmで,突出の幅はC258Cμmであった(図2b).穿破部は1日後には同定できたが,2日後には同定できなくなった.術後,内境界膜と神経線維層との間に空洞が生じていたが,内境界膜下出血がしだいに吸収されていくに伴い,6カ月後には消失した.また,視力は内境界膜下出血の吸収に伴い,しだいに改善した(図3).硝子体腔に排出された出血は器質化し,硝子体腔の下方に少量残存している.黄斑部には黄斑前膜様の反射があり,OCTでも高輝度の膜様物が描出され,軽度の網膜皺襞があるが,網膜外層には変化はなく,視力低下や歪視の訴えはない(図4).一方,左眼は受傷当日から外傷性黄斑円孔を生じていたが,1週間後には全層円孔となり,徐々に円孔径が拡大し,円孔縁の外網状層に.胞形成が生じてきた.自然閉鎖は期待できないと考えたため,受傷C1カ月後に手術を行った.水晶体を温存して硝子体を円錐切除したあとに後部硝子体.離を作製し,アーケード血管内の内境界膜をC3乳頭径ほど.離した.眼内を空気で置換して術後は腹臥位とした.術後C5日で黄斑円孔は閉鎖したことが確認できた.以後,黄斑円孔の再発はない.1年C9カ月後の最終受診時にはCVD=(1.2),VS=(1.2),CRT=15CmmHg,LT=19CmmHgであった.歪視の自覚はない.CII考按Valsalva網膜症やCTerson症候群,白血病などの血液疾患,網膜細動脈瘤,加齢黄斑変性,糖尿病網膜症などによって内境界膜下出血を生じることがあり,出血が遷延して視力障害をきたす場合には治療が必要となる1.3).内境界膜下出血に対してCYAGで内境界膜を穿破し,出血を硝子体腔に拡散させる治療法はC1989年にCGabelらにより報告された1).わが国での報告もあり,後部硝子体.離の生じている高齢者は硝子体が液化しているため,出血が速やかに硝子体腔へ拡散し吸収されることが期待できる.そのため,よい適応とされる3).合併症としては,黄斑円孔,裂孔原性網膜.離,網膜前膜,一過性の網膜前の空洞などがあると報告されている2,4).本症例で,内境界膜を穿破した直後は,出血の流出のために検眼鏡やCOCTで穿破部を同定することはできなかった.図4最終受診時の右眼眼底写真とOCT黄斑部には膜様反射がある.OCTでも膜が高輝度として描出され,軽度の網膜牽引も伴っている.しかし,流出が止まるにつれて,OCTで内境界膜穿破部の同定,直径の計測が可能となった.孔の縁は硝子体側に突出しており,裂隙部の幅はC67μmであり,突出部の幅は258Cμmであった.穿破部の同定が不可能だったため,内境界膜穿破直後の裂隙の幅は不明だが,内境界膜下出血の流出に伴って裂隙や突出部の幅は広がった可能性がある.翌日には突出はなくなり孔の縁は平坦化していた(図5).内境界膜下出血の流出に伴って縁が突出していたものが,流出の停止によって平坦化したものと考えられた.内境界膜下出血が硝子体腔に排出されるに伴い,内境界膜と網膜神経線維層との間には空洞が生じた.術翌日にも穿破部を同定できたが,2日目にはCOCTで穿破部を同定することは不可能となった.内境界膜と神経線維層との空洞は一過性のもので,内境界膜下血腫の消失に伴いしだいに縮小していき,2カ月後には消失した.また,6カ月後には内境界膜下出血も吸収された.既報でも内境界膜下血腫にCYAGで内境界膜穿破を行った症例で,OCTで経過を追った報告はいくつかある5.7).本症例でもみられたように,一過性に網膜前の空洞が生じたことも報告されている.この空洞の発生原因としては,既報では,網膜下血腫が排出された後に増殖細胞が内境界膜上を覆って穿破部を被覆し,網膜前の凸型の空洞を形成したという仮説が立てられている5).本症例で穿破部の同定ができなくなったのも,穿破部を細胞が被覆して閉鎖されたことが原因と考えられる.また,その後は内境界膜下出血の排出は止まり,僚眼の手術時に数日間腹臥位となったが,その間に内境界膜下出血が硝子体腔に排出されて減少することはなかった.残存した出血はおそらく網膜側に吸収されたと思われる.空洞消失後,OCTでは網膜前に高輝度の膜が描出されるようになり,中心窩の網膜内層は牽引されて平坦化している.現状では視力低下や歪視はないため経過観察をしており,高輝度反射の膜は表面に細胞増殖を伴った内境界膜と考えられるが,画像上の判別は困難である.もし,今後手術で膜を.離するようなことになれば,病理検査を行う予定である.既報では,内境界膜下血腫に対する内境界膜穿破後に生図5右眼OCT(内境界膜穿破部)穿破当日は穿破孔の縁は硝子体側に突出していたが,翌日には突出はなくなり,孔の縁は平坦化していた.じた網膜前膜に対して硝子体手術を施行した際,インドシアニングリーンで染色されない網膜前膜があり,.離した内境界膜の病理学的検査では内境界膜の網膜側にはマクロファージ内にヘモジデリンが付着していたと報告されている8).前述の仮説に従うと,内境界膜上にグリア細胞などによる細胞増殖が生じて穿破部を被覆した後も細胞増殖が遷延し,二次性に内境界膜と一体となった網膜前膜を発症した可能性が考えられた.CIII結論内境界膜下血腫に対して内境界膜をCYAGで穿破した後の変化をCOCTで観察できた.穿破孔は数日で閉鎖し,穿破C6カ月後には内境界膜と神経線維層との間の空洞は消失した.空洞の消失により平坦化した内境界膜はちりめん状の皺を呈した.文献1)GabelCV,CBirngruberCR,CGunter-KoszukaCHCetal:Nd-YAGlaserphotodisruptionofhemorrhagicdetachmentoftheCinternalClimitingCmembrane.CAmCJCOphthalmolC107:C33-37,C19892)MaeyerCKD,CGinderdeurenCRV,CPostelmansCLCetal:Sub-innerClimittingCmembranehemorrhage:causesCandCtreat-mentCwithCvitrectomy.CBrCJCOphthalmolC91:869-872,C20073)森秀夫,太田眞理子,鈴木浩之:黄斑部内境界膜下血腫に対するCNd:YAGレーザー治療.眼科手術C22:113-181,C20094)UlbigCMW,CNabgouristasCG,CRothbacherCHHCetal:Long-termCresultsCafterCdrainageCofCpremacularCsubhyaloidChemorrhageCintoCtheCvitreousCwithCaCpulsedNd:YAGClaser.ArchOphththalmolC116:1465-1469,C19985)MayerCCH,CMennelCS,CRodriguesCEBCetal:PersistentCpremacularCcavityCafterCmembranotomyCinCValsalvaCreti-nopathyevidentbyopticalcoherencetomography.RetinaC26:116-118,C20066)HeichelCJ,CKuehnCE,CEichhorstCACetal:Nd:YAGClaserChyaloidotomyCforCtheCtreatmentCofCacuteCsubhyaloidChem-orrhage:acomparisonoftwocases.OphthalmolTherC5:C111-120,C20167)Vaz-PereiraS,BaratAD:Multimodalimagingofsubhya-loidhemorrhageinValsalvaretinopathytreatedwithNd:CYAGlaser.OphthalmolRetinaC2:73,C20188)KwokCAK,CLaiCTY,CChanNR:EpiretinalCmembraneCfor-mationCwithCinternalClimitingCmembraneCwrinklingCafterNd:YAGClaserCmembranotomyCinCValsalvaCretinopathy.CAmJOphthalmolC136:763-766,C2003(140)

分娩時に発症した両眼性のValsalva 網膜症の1例

2011年5月31日 火曜日

734(13あ2)たらしい眼科Vol.28,No.5,20110910-1810/11/\100/頁/JC(O0P0Y)《原著》あたらしい眼科28(5):734.737,2011cはじめにValsalva網膜症は1972年にDuaneらが報告した疾患で,咳・嘔吐・いきみに代表されるValsalva手技による急激な静脈圧の上昇を誘因として発症する突発性の出血性網膜症である1~7).後極や視神経乳頭周囲の内境界膜下出血あるいは網膜前出血が主体となる1~4)が,硝子体出血4)や網膜内出血・網膜下出血5,6)が認められることもある.発症の原因として嘔吐・重いものを持ち上げる・歯科におけるインプラント手術6)など,さまざまなものがこれまで報告されている.今回筆者らは経腟分娩直後に両眼性に発症したValsalva網膜症の1例を経験したのでここに報告する.〔別刷請求先〕高木健一:〒812-8582福岡市東区馬出3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学分野Reprintrequests:KenichiTakaki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KyushuUniversityGraduateSchoolofMedicine,3-1-1Maidashi,Higashi-ku,Fukuoka812-8582,JAPAN分娩時に発症した両眼性のValsalva網膜症の1例高木健一*1今木裕幸*1貴福香織*1園田康平*2上野暁史*3蜂須賀正紘*4藤田恭之*4石橋達朗*1*1九州大学大学院医学研究院眼科学分野*2山口大学大学院医学研究科眼科学*3大島眼科病院*4九州大学大学院医学研究院生殖発達医学専攻生殖常態病態学講座生殖病態生理学ACaseofBilateralValsalvaRetinopathyCausedduringVaginalDeliveryKenichiTakaki1),HiroyukiImaki1),KaoriKifuku1),KouheiSonoda2),AkifumiUeno3),MasahiroHachisuka4),YasuyukiFujita4)andTatsurouIshibashi1)1)DepartmentofOphthalmology,KyushuUniversityGraduateSchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,YamaguchiUniversityGraduateSchoolofMedicine,3)OhshimaEyeHospital,4)DepartmentofGynecologyandObstetrics,KyushuUniversityGraduateSchoolofMedicine症例は37歳,女性.妊娠41週1日で子宮内胎児死亡の診断後,経腟分娩施行した.分娩直後より両眼の視野異常を自覚し翌日当科紹介受診,両眼底に内境界膜下・網膜下出血を認めValsalva網膜症の診断に至った.発症後5日目,両眼にNd:YAGレーザーによる内境界膜切開術を施行した.右眼黄斑部に網膜下出血が及んでいたため,発症後7日目に硝子体切除術および液-空気置換術を施行した.両眼ともに出血は吸収され,視力は改善傾向であった.本症例が重症化した原因として貧血による網膜細小血管壁の脆弱性の存在や子宮内胎児死亡による凝固線溶系の異常亢進から惹起された凝固因子の欠乏が考えられている.Valsalva網膜症は保存的に経過観察されたりNd:YAGレーザーによる内境界膜切開のみで加療されたりすることの多い疾患だが,本症例のように重症化し早期の硝子体手術を要する場合もあると考えられた.WereportacaseofbilateralValsalvaretinopathycausedbystrainingduringvaginaldelivery.Thepatient,a37-year-oldfemale,tookvaginaldeliveryforintrauterinefetaldeath.Immediatelyafterdelivery,shecomplainedaboutbilateralvisualfieldloss.Fundusexaminationshowedbilateralsubmembrenousandsubretinalhemorrhagethroughoutthepostpole.Initially,shewastreatedbybilateralmembranotomywithneodymium-YAGlaser,andexaminedastothesubretinalhemorrhage.Shethenunderwentvitrectomyandfluid-airexchangeintherighteye,thesubretinalhemorrhagebeingonthemacula.Hervisualactuivitygraduallyimprovedpostopratively.Increasedretinalvesselpermeabilitycausedbyanemia,andcoagulationandfibrinolyticsystemactivitycausedbyintrauterinefetaldeathhadworsenedhercondition.ThiscasedemonstratesthepossibleeffectivenessofvitrectomyinsuchaseverecaseofValsalvaretinopathy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(5):734.737,2011〕Keywords:Valsalva網膜症,分娩,硝子体手術,内境界膜下出血,網膜下出血.Valsalvaretinopathy,delivery,vitrectomy,submembranoushemorrhage,subretinalhemorrhage.(133)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011735I症例患者:37歳,女性.主訴:両眼視野異常.既往歴:特記事項なし.現病歴:妊娠経過良好で,妊娠糖尿病・妊娠高血圧症の合併も認めなかった.2007年12月18日(妊娠41週1日)陣痛発来するも胎児心拍認められず,子宮内胎児死亡の診断に至った.同日九州大学病院周産母子センターへ入院し,経腟分娩施行した.分娩直後より両眼視野異常を自覚し,改善傾向ないため12月19日九州大学病院眼科(以下,当科)初診となった.分娩前所見(2007年12月18日):赤血球4.08×106/μl,ヘモグロビン12.7g/dl,血小板13.9万/μl,プロトロンビン時間11.6sec,PT-INR(プロトロンビン時間国際標準比)0.99,APTT(活性化部分トロンボプラスチン)時間34.9sec,フィブリノーゲン344mg/dl(正常値150~400),AT(アンチトロンビン)-III活性76%(正常値80~120),血清フィブリン分解産物(fibrindegradationproducts:FDP)33.4μg/ml(正常値0~5.0),トロンビンアンチトロンビン複合体80.0ng/ml以上(正常値0~3.0),D-ダイマー9.6μg/ml(正常値0~0.5).分娩時所見:分娩中血圧170/100mmHg程度で推移し,分娩後100/65mmHg程度へ低下.分娩中の出血は1,340mlで弛緩出血が遷延した.初診時検査所見:視力は右眼0.03(0.04×sph+11.0D(cyl.1.5DAx180°),左眼0.02(0.03×sph+10.0D(cyl.1.0DAx180°),眼圧は右眼5mmHg,左眼8mmHg,両眼ともにRL図1初診時眼底所見R:右眼,L:左眼,両眼ともにニボーを伴う大量の内境界膜下出血を認め,網膜下出血,網膜出血を認める.複数の軟性白斑を認め,動脈は白線化している.図2a右眼YAGレーザー内境界膜切開術後眼底所見内境界膜下出血が減少したことで,黄斑部に網膜下出血が及んでいることが確認された.図2b右眼硝子体手術後(術後19日目)眼底所見出血は著明に吸収され,黄斑直下の網膜下出血が移動した.736あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(134)前眼部中間透光体に著変なく,両眼底にニボーを形成する内境界膜下出血および網膜下出血が認められた(図1).両眼とも後部硝子体.離は認められなかった.採血にて赤血球2.39×106/μl,ヘモグロビン7.4g/dlと貧血が認められた.経過:分娩直後に発症したという病歴,ニボーを形成する特徴的な内境界膜下出血がみられたことからValsalva網膜症の診断に至った.2007年12月23日(発症後5日目)両眼にNd:YAGレーザーによる内境界膜切開術を施行した.左眼は内境界膜下出血が拡散し,黄斑部が透見可能となった.右眼は内境界膜下出血の拡散後黄斑部に網膜下出血が及んでいた(図2a)ため,2007年12月25日(発症後7日目)組織プラスミノーゲン活性化因子(tissueplasminogenactivator:t-PA)を硝子体腔内投与後(クリアクターR4,000単位/200μlを200μl術前6時間に投与),硝子体切除術+液-空気置換術を施行し,網膜下出血を黄斑直下より移動させた.これら処置・手術後に出血は両眼ともに吸収され(図2b,図3),視力も術後徐々に改善傾向を示した.2009年11月時点で右眼視力(0.9),左眼視力(0.8)である.II考按本症例は,Valsalva網膜症のなかでも両眼性に大量に出血した重症例である.Valsalva網膜症は,咳や嘔吐などのValsalva手技による急激な胸腔内圧・腹腔内圧の上昇が惹起する急激な静脈圧の上昇を誘因として発生する網膜毛細血管の破綻による比較的まれな出血性網膜症である1~7).黄斑部に出血が存在せず比較的視力が良好な症例もある4)が,黄斑部に出血が及んだ場合は急激な視力低下をきたす1~3,5~7).誘因となるValsalva手技は,嘔吐1)・重いものを持ち上げる2)・歯科におけるインプラント手術6)などさまざまなものが報告されている.周産期における発症はわが国では他に松本が悪阻による嘔吐を誘因とした例を報告している7).本症例においては病歴から分娩時の怒責が発症の起点と考えられている.Valsalva網膜症は内境界膜下出血が主体となることが多い2,3,7)ため,保存的経過観察1,4,7),あるいは黄斑部に出血が及んでいる場合にNd:YAGレーザーによる内境界膜切開術で加療することが多い2).また,内境界膜下出血が遷延化した場合などで硝子体手術を施行されることもある3).いずれの場合も視力予後はおおむね良好で,出血前の視力とほぼ同等まで回復することが多いとされている1~7).子宮内胎児死亡は死亡胎児由来の組織トロンボプラスチンが母体血中に侵入することで凝固異常をひき起こすことがある8).本症例でもFDPやトロンビンアンチトロンビン複合体の上昇など凝固線溶系の亢進が認められ,凝固因子が消費性に欠乏した状況であった.本症例ではさらに分娩後に弛緩出血が遷延したことにより貧血も発症しており,網膜細小血管壁の脆弱性が存在していた9)と考えられる.こうした凝固因子欠乏および網膜細小血管壁の脆弱性により,本症例はこれまでの報告にあるValsalva網膜症の症例よりも易出血性を呈しており,両眼に大量の出血をきたすという重篤な結果を招いたと思われる.本症例は両眼の内境界膜下出血に対してNd:YAGレーザーによる内境界膜切開術でドレナージを行ったところ,右眼黄斑部に網膜下出血が確認され,視力予後が悪いことが予想された.このため右眼に対してt-PA併用下の硝子体切除術および液-空気置換術を施行し,良好な視力温存を得ていRL図3治療後約17カ月目,2009年07月22日の眼底所見R:右眼,L:左眼,出血はほぼ吸収された.黄斑部付近に変性を認める.(135)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011737る.前述のとおりValsalva網膜症は通常視力予後の良好な疾患であるが,本症例の場合は早期の硝子体手術による黄斑部網膜下出血の移動を行わなかった場合,良好な視力温存はむずかしかったと思われる.本症例の経過から子宮内胎児死亡および分娩後の貧血はValsalva網膜症が重症化しやすい要素であること,Valsalva網膜症にも早期の硝子体手術が必要な例があることが考えられた.文献1)DuaneTD:Valsalvahemorrhagicretinopathy.TransAmOphthalmolSoc70:298-313,19722)KhanMT,SaeedMU,ShehzadMSetal:Nd:YAGlasertreatmentforValsalvapremacularhemorrhages:6monthfollowup:alternativemanagementoptionsforpreretinalpremacularhemorrhagesinValsalvaretinopathy.IntOphthalmol28:325-327,20083)大原真紀,本合幹,池田恒彦:Valsalva洞刺激によると考えられる網膜前出血に硝子体手術を施行した1例.あたらしい眼科19:1633-1636,20024)雑賀司珠也,宮本香,田村学ほか:Valsalvamaneuverによると考えられる網膜前および硝子体出血の1例.臨眼45:1789-1791,19915)HoLY,AbdelghaniWM:Valsalvaretinopathyassociatedwiththechokinggame.SeminOphthalmol22:63-65,20076)KreokerK,WedrichA,SchranzR:Intraocularhemorrhageassociatedwithdentalimplantsurgery.AmJOphthalmol122:745-746,19967)松本行弘:妊娠期における眼合併症としてのValsalva網膜症.眼臨101:666-670,20078)山本樹生:産科疾患の診断・治療・管理異常妊娠子宮内胎児死亡.日産婦誌59:N-670-N-671,20079)野村菜穂子,前田朝子,河本道次ほか:貧血に両眼性網膜出血を合併した1症例について.眼紀41:355-359,1990***