‘内直筋’ タグのついている投稿

Hummelsheim変法により再建可能であった 外傷性内直筋断裂の1例

2019年6月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科36(6):826.829,2019cHummelsheim変法により再建可能であった外傷性内直筋断裂の1例森澤伸小橋理栄古瀬尚長谷部聡川崎医科大学眼科学2CPatientwithTraumaticRuptureofMedialRectusMuscleWhoUnderwentModi.edHummelsheimProcedureShinMorisawa,RieKobashi,TakashiFuruseandSatoshiHasebeCKawasakiMedicalSchoolDepartmentofOphthalmology2C目的:新しく考案されたCHummelsheim変法により再建可能であった外傷性内直筋完全断裂の一症例を報告する.方法:症例はC1歳,女子.外傷による左眼内直筋断裂で,術前,遠見C60Δの外斜視とCGrade5の内転制限がみられた.上・下直筋の耳側C1/2を分離,付着部より切離したうえで,鼻側C1/2の下をくぐらせ,さらに反対側の内直筋付着部端に吊り下げ法にて通糸,移動した筋が水平経線上で互いに接する位置まで前転させ結紮した.結果:術後は著明な眼位改善が得られ,最終検査時(術後C4年)には,眼鏡による遠視矯正下で遠見眼位は正位,内転制限は完治した.遠近とも両眼単一視がみられた.結論:Hummelsheim変法は単独手術として,矯正効果が強く,張り合い筋の後転を併用することがむずかしい筋断裂を原因とする大角度の麻痺性斜視に有効な術式である.CPurpose:Toreporttheclinicalcourseofapatientwithcompletetraumaticruptureofthemedialrectusmus-clewhounderwentanewlydevelopedmodi.cationoftheHummelsheimprocedure.Method:Thepatient,aone-year-oldfemale,hadexotropiaof60prismdioptersandGrade5limitationofadductionofthelefteye.Theverticalmusclesweresplitandthetemporalhalfwasdisinsertedandcrossedbeneaththeremainingnasalhalf.Themus-clesCwereCanchoredCtoCtheCoppositeCendsCofCtheCmedialCrectusCinsertionCandCadvancedCsoCthatCtheCmuscleCendsCtouchedonthehorizontalmeridian.Results:Eyepositionandmovementssigni.cantlyimprovedpostoperatively.AtCtheC.nalvisit(4yearsCaftersurgery),theCdistanceCdeviationCwasCorthophoricCwithCspectacleCcorrectionCforChyperopia,andadductionlimitationhaddisappearedcompletely.Binocularsinglevisionwasobservedinbothnearanddistance.Conclusion:Themodi.edHummelsheimprocedureprovidesastrongcorrectivee.ectasanisolatedsurgeryandmaybeusefulforlargeangledeviationinducedbymusclerupture.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)36(6):826.829,2019〕Keywords:内直筋,外傷,断裂,筋移動術.medialrectusmuscle,trauma,rapture,muscletranspositionsur-gery.Cはじめに内直筋断裂は一般的な外傷性に止まらず,耳鼻咽喉科的手術の合併症1,2)として,比較的頻度の高い斜視疾患である.断裂した内直筋の近位端を発見できれば,これを遠位端と縫合することで治療可能である.しかし,内直筋はまつわり距離が短く,近位端が眼窩内に引き込まれ,術中の発見が困難になることも少なくない.この場合,手術術式としては上下直筋の受動的張力を利用した筋移動術が選択される2,3).しかし,外斜偏位や内転制限が高度なことから,矯正が不完全となることが少なくない.治療効果を高めるため,張り合い筋である外直筋の弱化(後転術)を追加することも考えられるが,断裂した内直筋,筋移動術に必要な上・下直筋に加え,外直筋麻まで前毛様動脈を介する血液循環が失われると,術後,前眼部虚血をきたして失明するリスクが生じる4).〔別刷請求先〕森澤伸:〒700-8505岡山市北区中山下C2-6-1川崎医科大学総合医療センター眼科Reprintrequests:ShinMorisawa,M.D.,KawasakiMedicalSchoolDepartmentofOphthalmology,2-6-1Nakasange,Kita-ku,Okayama700-8505,JAPANC以上の問題を解決するため筆者らは,GuytonのCcrossedCadjustableCtransposition5)を改良したCHummelsheim変法を考案した.外傷性内直筋断裂の症例に適用したところ,良好な結果が得られたので報告する.CI症例症例はC1歳の女児.店舗内で転倒,商品陳列棚の金属フックが左眼を直撃した.フックは内眼角部にくい込み,はずれないため無理に引き離したところ,鼻側結膜が血腫様に膨隆した.近隣の総合病院救急外来に搬送され,翌日撮影した眼窩CCTより,左眼内直筋断裂と診断された(図1).全身麻酔下で眼球の精密検査と整復術が施行された.内直筋は付着部からC3Cmmの位置で完全断裂し,遠位の筋は翻転,結膜上に露出していた.中間透光体・眼底には幸い異常を認めなかったが,内直筋の近位断端が発見できないため,受傷C5病日に斜視手術の目的で当科紹介となった.図1頭部CT水平断内直筋の断裂(.)と内直筋後部筋腹の膨隆がみられた.b正面位(右眼固視)での遠見眼位はCHirschberg法でC60プリズムジオプトリ(CΔ)XT,近見眼位はC75CΔXT’,正中に達しない高度の内転制限(Grade5)を認めた(図2).受傷後C7病日に全身麻酔下で,斜視手術を実施した.C1.手.術.手.技左眼の鼻側C1象限(7時半.10時半)に結膜輪部切開を置き,断裂した内直筋の近位断端を捜索したが同定できなかった.このため,内直筋の遠位(約C3Cmm)を筋付着部から切除し,術式を筋移動術に変更した.GuytonフックCR(Katena)で上直筋を捕捉し,上直筋腱の耳側約C1/2を,付着部より約C15Cmm後方まで鈍的に分割,ポリエステル非吸収糸C6-0SurgidacC.(CovidienCMedtron-ic,CMinneapolis)でCdouble-armedClockingbiteを作製した.付着部から切離後,残された鼻側C1/2の下をくぐらせた(図3a).下直筋腱の耳側C1/2についても同様の操作を行った(図3b).切離した上直筋は内直筋付着部下端へ,下直筋は内直筋付着部上端に,クロスさせる形で,吊り下げ法の要領で強膜に通糸した.2本の縫合糸を均等に牽引しながら筋を前転させ,断端が水平経線上で触れ合う位置で縫合糸を結紮した(図3c).8-0シルク糸で結膜創を埋没縫合して手術を終了した.所要時間や手術操作の難易度は通常のCHummelsheim法と図2術前(7病日)の第一眼位(a)と健眼遮閉時の眼位(b)著明な内転制限を認め,左眼は正中に達しない(Grade5).Cc図3Hummelsheim変法の模式図上直筋(SR)を付着部より分割,耳側C50%を付着部から切離,上直筋鼻側C50%の下をくぐらせた(a).下直筋(IR)も同様(Cb).上直筋は内直筋(MR)付着部下端へ,下直筋は上端へ,吊り下げ法で強膜に通糸し,水平経線上で筋断端が触れ合う位置で結紮した(Cc).図4術後1年3カ月における9方向眼位図5術後1年9カ月における調節性内斜視の発症裸眼では右眼の内斜視がみられたが(Ca),遠視矯正下では正位となった(Cb).差はなかった.また,切離した上・下直筋を前転させる際,特別な抵抗はみられず,操作も容易であった.補強のための追加縫合は行わなかった.C2.術.後.経.過術後遠見でほぼ正位,近見でやや過矯正(14CΔBout)と思われたが,2歳(術後C1年C3カ月)の時点で交代プリズム遮閉試験では遠見正位,近見C2CΔE’であり,内転制限については,術前CGrade5からCGrade0(可動域のC100%まで達する)と,ほぼ完治していた(図4).3歳C8カ月(術後C1年C9カ月)頃から,内斜偏位が(遠見:C12ΔBout,遠:16CΔBout)がみられるようになったため,調節麻痺下の屈折検査を実施したところ,両眼とも中等度の遠視がみられた〔VD=(1.2×+6.25D(+cylC0.50DAx90°),CVS=(1.2×+4.75D+0.75DAx101°)〕.完全矯正眼鏡を処方したところ眼位はほぼ正位となり,調節性内斜視と診断した(図5).最終検査時(術後C3年C3カ月)での屈折矯正下の眼位は遠見正位,近見C6CΔE’であった.近業時のみC10.15°程度のCfaceturnがみられた.Bagolini線条レンズ試験では遠・近見とも両眼単一視がみられ,TNOステレオテスト(ジャパンフォーカス)で近見立体視はC240秒であった.CII考按正中を越えない強度の麻痺性斜視に対する斜視手術としては,一般的に筋移動術が選択される.十分な矯正効果を得るため,過去C100年以上にわたってさまざまな術式や変法が考案されてきた.しかし,筋移動術単独で十分な効果が期待できない症例では,しばしば張り合い筋の後転術が併用される.ところが筋断裂による斜視症例では,神経麻痺と異なり,すでにC4直筋のうちの一筋で,前毛様体動脈の血流が途絶していることに注意すべきである.もし大角度の眼位ずれに対応すべく,上・下直筋全幅を内直筋付着部近傍に移動させ,さらに張り合い筋である外直筋の後転術を加えれば,4直筋すべての前毛様体動脈の血流が失われることとなり,術後に前眼部虚血をきたす.前眼部虚血の眼所見としては,瞳孔偏位,虹彩毛様体炎,虹彩萎縮や併発白内障などに加え,重篤化した場合,角膜瘢痕化,低眼圧,眼球癆により失明する場合もある4).そこで筋断裂による斜視症例では,張り合い筋を無傷に残したまま,いかに筋移動術単独で強力な矯正効果を得るかが治療上のポイントといえる.筋移動術単独の矯正効果(遠見)は,麻痺筋と同側の上・下直筋を半筋腹を用いる古典的なCHummelsheim法でC42CΔ6),上・下直筋全筋を用いた筋移動術ではC26.39CΔ5),筋の切腱を要しない西田法ではC24.36CΔ7)と報告されている.いずれの術式を選択しようとも,本症例の眼位ずれ(60CΔ)を完全に矯正できない.また,移動した上・下直筋を後方で麻痺筋に縫着する方法(posteriorCintermuscularsutures)により,治療効果を増強しうることが報告されている5)が,内直筋が強膜上に残っていない本症例では,縫合を実施することは不可能である.近年,Phamonvaechavanらは新しい筋移動術としてcrossed-adjustabletranspositionを報告した5).この術式は,上・下直筋全幅を付着部から切離した後,通例では断端を麻痺筋付着部の近位端に縫着するのに対し,遠位端(上直筋は付着部下端,下直筋は付着部上端)に吊り下げ術の要領で縫着し,さらにアジャスタブル縫合を置くことで,術後に眼位の微調整を図ろうとするものである.報告では,遠見での平均矯正効果はC48.5CΔ(n=19)で,統計学的な有意差は得られなかったものの,古典的な上・下直筋の全幅を用いる筋移動術の効果C39.3CΔ(n=23)を大きく上回る成績を得た.この方式では,通常の縫着位置に比べ5.14Cmm筋を前転させることが可能となり,さらに筋の走行は麻痺筋の付着部より数mm後方へ偏位するため,posteriorCintermuscularCsuturesに似た効果も期待できる.今回報告した筋移動術は,Hummelsheim法を原型とし,Ccrossed-adjustableCtransposition5)のアイデアを取り入れたものである.麻痺筋と反対側の上・下直筋の半分を付着部から切離し,残された鼻側半分の下をくぐらせ,さらに対側の内直筋付着部に縫着することで,より大きな筋の前転が可能になる.術後C1週目の遠見眼位における矯正効果はC60CΔに達し,これまで報告された筋移動術単独の矯正効果としては,筆者らの知る限り最大であった.残された上・下直筋鼻側C50%は,上下直筋を通る前毛様体動脈の血流の半分を担保し,断裂した内直筋と合わせた血液循環の損失は,計算上は前後転術と同様,2筋に相当する.前眼部虚血の懸念から張り合い筋の後転がむずかしい筋断裂に対する麻痺性斜視の手術術式としてとくに有用であろう.最強度であった内転制限も,最終検査時にはほぼ完治が得られた.理由として,手術が外傷後C7病日で実施され,外直筋の拘縮が最小限であったことが考えられる.また,年少者であることから,術後残余の非共同性の眼位ずれに対して,輻湊眼位における運動性適応力(vergenceadaptation)が強力に作用したのもしれない.内視鏡下副鼻腔アプローチで断裂筋を縫合することで良好な治療成績が得られるとする報告があるが8),完治をめざすには断裂筋の縫合が唯一の選択肢であり筋移動術は避けるべきであるとする意見9)を支持することはできない.結論として,筆者らが報告したCHummelsheim変法は,単独手術であっても強力な矯正効果を期待できる.前眼部虚血の問題から張り合い筋の後転術の併置がむずかしい筋断裂を原因とする大角度の麻痺性斜視では有効な術式になると思われる.本症例の報告については親権者から文章による同意を得た.また川崎医科大学倫理委員会の承認を受けた.また利益相反に該当する事項はない.文献1)ReneC,RoseG,LenthallRetal:Majororbitalcomplica-tionsCofCendoscopicCsinusCsurgery.CBrCJCOphthalmolC85:C598-603,C20012)袴田桂,嘉鳥信忠:鼻内内視鏡手術における眼窩損傷の検討とその対応.耳鼻展望57:40-45,C20143)彦谷明子,西村香澄,堀田喜裕ほか:副鼻腔内視鏡手術中の内直筋損傷に対する斜視手術時期の検討.眼臨C101:C49-52,C20074)SaundersCRA,CBluesteinCEC,CWilsonCMECetal:AnteriorCsegmentischemiaafterstrabismussurgery.SurvOphthal-molC38:456-466,C19945)PhamonvaechavanCP,CAnwarCD,CGuytonDL:AdjustableCsutureCtechniqueCforCenhancedCtranspositionCsurgeryCforCextraocularmuscles.JAAPOSC14:399-405,C20106)NeugebauerCA,CFrickeCJ,CKirschCACetal:Modi.edCtrans-positionCprocedureCofCtheCverticalCrectiCinCsixthCnerveCpalsy.AmJOphthalmolC131:359-363,C20017)MurakiS,NishidaY,OhjiM:Surgicalresultsofamuscletranspositionprocedureforabducenspalsywithouttenot-omyCandCmuscleCsplitting.CAmCJCOphthalmolC156:819-824,C20138)AkiyamaCK,CKarakiCM,CHoshikawaCHCetal:RetrievalCofCrupturedCmedialCrectusCmuscleCwithCanCendoscopicCendo-nasalCorbitalCapproach.CACcaseCreportCandCindicationCforCsurgicaltechnique.AurisNasusLarynxC42:241-244,C20159)HuervaCV,CMateoCAJ,CEspinetR:IsolatedCmedialCrectusCmuscleCruptureCafterCaCtra.cCaccident.CStrabismusC16:C33-37,C2008C***