《原著》あたらしい眼科29(9):1276.1280,2012c落屑緑内障に対する再度の線維柱帯切開術の成績竹下弘伸山本佳乃越山健山川良治久留米大学医学部眼科学講座SurgicalOutcomeofRepeatTrabeculotomyforExfoliationGlaucomaHironobuTakeshita,YoshinoYamamoto,TakeshiKoshiyamaandRyojiYamakawaDepartmentofOphthalmology,KurumeUniversitySchoolofMedicine目的:落屑緑内障に対する線維柱帯切開術(trabeculotomy:LOT)後の眼圧上昇に対し再度LOTを施行した症例について検討した.対象および方法:落屑緑内障に対し初回LOTを施行した285眼のうち,再LOTを施行し術後3カ月以上経過観察が可能であった症例24例26眼(白内障同時手術8眼,LOT単独18眼)を対象とした.初回LOTから再手術LOTまでの期間は平均49.7±27.7カ月,再手術後の観察期間は平均19.8±22.5カ月であった.再LOTは,初回LOT後に少なくとも1年以上眼圧下降効果が得られていた症例に行った.結果:再LOT後の眼圧および薬剤スコアは,術前と比較して有意に下降した(p<0.05).眼圧20mmHg以下でのKaplan-Meier生命表法を用いた生存率(18カ月)は76.2%であった.追加処置が必要であった合併症は1眼のみであった.結論:落屑緑内障において初回LOT後の再LOTは,重篤な合併症はみられず眼圧下降が得られたPurpose:Toevaluatethesurgicaloutcomeofrepeattrabeculotomy(LOT)forexfoliationglaucoma.Methods:InitialLOTwasperformedin285eyes,ofwhich26eyes(24cases)requiredrepeatLOT.AverageperiodbetweeninitialandrepeatLOTwas49.7±27.7months;follow-upperiodwas19.8±22.5months.Intraocularpressure(IOP)hadbeencontrolledforatleastoneyearafterinitialLOT.Results:IOPandmedicationscoreafterrepeatLOTdecreasedsignificantlycomparedwithbeforesurgery(p<0.05).Kaplan-Meiersurvivalanalysisshowedthesuccessrate(IOP≦20mmHg)at18monthstobe76.2%.Oneeyehadacomplicationrequiringadditionalprocedure.Conclusions:Inexfoliationglaucoma,withIOPcontrolledforatleastoneyearafterinitialLOT,repeatLOThadIOP-loweringeffectwithoutseriouscomplications.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(9):1276.1280,2012〕Keywords:落屑緑内障,線維柱帯切開術,再手術,眼圧,生存率.exfoliationglaucoma,trabeculotomy,repeattrabeculotomy,intraocularpressure,survivalrate.はじめに落屑緑内障は,高齢者に多く,発見時すでに高眼圧と進行した視機能障害を有する症例が多いとされており,治療に関しても薬剤抵抗性で外科的な治療を必要とすることが多く,予後不良の症例も少なくない1).落屑緑内障に対する初回手術として線維柱帯切開術(trabeculotomy:LOT)が有効であることは多数報告されており2.4),当院においても落屑緑内障に対する初回手術はLOTを標準術式としている.しかし,本疾患に有効とされているLOT後の成績も長期経過では眼圧下降効果は減弱し眼圧コントロールが再度不良となってくることがあり,再手術が必要となった場合,術式選択に苦慮することがある.そこで,今回,初回手術としてLOT(単独手術もしくは白内障同時手術)の落屑緑内障に対し再手術として再度LOT(単独手術もしくは白内障同時手術)を施行した症例の術後成績をretrospectiveに検討した.I対象および方法対象は1999年2月から2009年12月までに,落屑緑内障に対し初回LOTを行った285眼(白内障同時手術165眼,LOT単独120眼)のうち,再LOTを施行し術後3カ月以上経過観察が可能であった症例24例26眼(白内障同時手術8眼,LOT単独18眼)である.男性14例15眼,女性10例〔別刷請求先〕竹下弘伸:〒830-0011久留米市旭町67久留米大学医学部眼科学講座Reprintrequests:HironobuTakeshita,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KurumeUniversitySchoolofMedicine,67Asahi-machi,Kurume-city,Fukuoka830-0011,JAPAN127612761276あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(100)(00)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY11眼,再LOT時の平均年齢は73.1±9.1歳,初回LOTから再手術LOTまでの期間は平均49.7±27.7カ月,再手術後の観察期間は平均19.8±22.5カ月であった.再手術時の再LOTの選択基準は,初回LOT後に少なくとも1年以上,緑内障点眼薬の使用を含め眼圧20mmHg以下にコントロールされていたが,その後に眼圧が21mmHg以上に再上昇した場合を再LOTの適応とした.なお,急激な視野狭窄の進行を認めていた場合には線維柱帯切除術(trabeculectomy:LECT)を行った.初回手術としてLOTおよび白内障同時手術を施行し,再手術としてLOT単独手術を施行したものをA群,すでに白内障手術後で初回LOTを単独で施行し,再手術として再度LOT単独手術を施行したものをB群,初回手術としてLOTを単独で施行し,再手術としてLOTおよび白内障同時手術を施行したものをC群とした.A群11眼,B群7眼,C群8眼であった.対象の内訳を表1に示し,対象の背景を表2に示す.平均年齢はA群,B群に比べC群で有意に若かっ表1対象の内訳既往手術初回LOT再LOTA群─LOT+PEA+IOLLOT単独B群PEA+IOLLOT単独LOT単独C群─LOT単独LOT+PEA+IOLLOT:線維柱帯切開術,PEA+IOL:超音波水晶体乳化吸引術+眼内レンズ挿入術.た(p<0.05).症例数,再LOTまでの期間,術後観察期間は各群に有意差はなかった.手術方法は,初回LOTを白内障同時手術で同一創より施行した症例では,再手術として耳側もしくは鼻側の下方象限よりLOTを施行した.初回LOTを下方象限より施行した症例では,その対側の下方象限より再LOTを施行した.なお,白内障同時手術では超音波水晶体乳化吸引術(phacoemulsificationandaspiration:PEA)および眼内レンズ(intraocularlens:IOL)挿入術を角膜切開で行い,LOTにおいてはsinusotomyおよびdeepsclerectomyの両方またはいずれかを併用した.術後は,前房内に逆流した血液がSchlemm管内壁切開部を覆い,流出路障害を起こさないように,術創を避ける方向に側臥位をとらせた.検討項目は再LOT後の眼圧経過,薬剤スコア,生存率,合併症,視力,湖崎分類での視野の経過を検討した.薬剤スコアは緑内障点眼1剤を1点,炭酸脱水酵素阻害薬の内服を2点と換算した.生存率はKaplan-Meier生命表法を用い,2回連続で眼圧が20mmHgを超えた時点,炭酸脱水酵素阻害薬内服を追加した時点,再手術を追加した時点を死亡と定義した.II結果再LOT前後の全体における眼圧経過を図1に示す.再LOT前の平均眼圧は,28.1±5.9mmHgであった.再LOT後の平均眼圧は,術後24カ月まで有意な眼圧下降していた表2対象の背景全体A群B群C群眼数平均年齢(歳)再LOTまでの期間(月)観察期間(月)2673.1±9.149.7±27.719.8±17.81177.3±4.859.0±32.719.8±22.5775.6±9.942.0±23.514.8±7.1865.1±8.3*43.7±22.724.2±17.7*p<0.05(Mann-Whitney検定).4035302520151050術前13******眼圧(mmHg)n=21n=15n=11n=8n=26n=26n=26術前136121824眼圧(mmHg):A群:B群:C群*********40353025201510506121824観察期間(月)観察期間(月)図1眼圧経過(全体)図2眼圧経過(群別)術後24カ月まで眼圧は有意に下降した(Wilcoxonsigned-A群およびC群において術後18カ月時点まで有意に眼圧下降ranktest:p<0.05).していた(Wilcoxonsigned-ranktest:p<0.05)が,B群では再LOT後3カ月以降の有意な眼圧下降はなかった.(101)あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012127776543210薬剤スコア(点)******n=21n=15n=11n=8n=26n=26n=26薬剤スコア(点)*********:A群:B群:C群7654321076543210薬剤スコア(点)******n=21n=15n=11n=8n=26n=26n=26薬剤スコア(点)*********:A群:B群:C群76543210術前136121824術前1361218観察期間(月)観察期間(月)図3薬剤スコア(全体)図4薬剤スコア(群別)平均薬剤スコアは24カ月時点まで有意な薬剤スコアの減少をA群およびC群では経過中再LOT前と比較して有意に減少し認めた(Wilcoxonsigned-ranktest:p<0.05).ていた(Wilcoxonsigned-ranktest:p<0.05).B群では術後3カ月以降の有意な薬剤スコアの減少はなかった.10076.2%A群100%C群83%B群43%10080生存率(%)8060生存率(%)60404020006121824観察期間(月)図5生存率(全体)眼圧20mmHg以下でのKaplan-Meier生命表法を用いた生存率は,術後18カ月時点で76.2%であった.(Wilcoxonsigned-ranktest:p<0.05).再LOT前後の群別における眼圧経過を図2に示す.再LOT前の全体における平均眼圧は,A群29.6±6.5mmHg,B群28.1±2.4mmHg,C群26.0±6.9mmHgであった.再LOT後の平均眼圧は,A群およびC群において術後18カ月時点まで有意に眼圧下20006121824観察期間(月)図6生存率(群別)眼圧20mmHg以下でのKaplan-Meier生命表法を用いた生存率は,術後18カ月時点でA群100%,B群43%,C群83%であった.1.0降していた(p<0.05)が,B群では再LOT後3カ月以降の有意な眼圧下降はなかった(図2).再LOT前の全体における平均薬剤スコアは4.7±1.1点で最終視力0.1あり,再LOT後の平均薬剤スコアは24カ月時点まで有意な薬剤スコアの減少を認めた(p<0.05)(図3).再LOT前の各群における平均薬剤スコアは,A群4.4±1.1点,B群5.2±0.9点,C群4.3±1.0点であった.3カ月時点でA群およびC群では1点前後に減少し,その後両群とも徐々に増加する傾向がみられたが,経過中の薬剤スコアは再LOT前と比較して有意に減少していた(p<0.05).B群では術後3カ月以降の有意な薬剤スコアの減少はなかった(図4).眼圧20mmHg以下でのKaplan-Meier生命表法を用いた生存率は,術後18カ月時点で全体76.2%(図5),A群100%,B群43%,C群83%(図6)であった.1278あたらしい眼科Vol.29,No.9,20120.01光覚弁0.010.11.0術前視力図7視力経過術前と最終視力を比較して2段階以上視力が低下したのは2眼(7.7%)であった.術中・術後合併症は,1週間以上遷延した前房出血を2眼に認めた.また,Descemet膜.離を1眼,4mmHg以下の低眼圧を2眼,トラベクロトームの早期穿破を1眼に認め(102)最終視IaIbIIaIIbIIIaIIIbIVVaVbVbVaIVIIIbIIIaIIbIIaIbIa術前視野図8視野経過湖崎分類による術前と最終視野を比較して視野狭窄が進行したのは5眼(19%)であった.た.追加処置が必要であった合併症は,前房出血の遷延に対し前房洗浄を要した1眼のみであった.再LOTの術前と最終視力の経過を図7に示す.術前と比較して2段階以上視力が低下した症例は2眼(7.7%)あり,その原因は視野狭窄の進行と考えられた.再LOTの術前と最終視野を図8に示す.再LOT前後の視野は,5眼(19%)に視野狭窄が進行した.そのうち2眼は視力低下した症例と一致しており末期緑内障の進行によるものであった.III考察落屑緑内障に対するLOTの有効性と安全性については,すでに多くの報告4,5)があり,当院でも初回手術は下方からのLOTを第一選択としていることが多い.LOTの術後眼圧は,10mmHg台後半に落ち着くことが多いとされて2,4.6)おり,緑内障点眼薬を併用しても眼圧値が20mmHg未満の5年生存率は65.73.5%であると報告されている4,5,7).しかし,再手術が必要となったときは,術式の選択に苦慮することがある.そこで,今回,初回LOT後の再LOTの術後成績の検討を行った.禰津ら3)は再度LOTを施行する有効性について,初回LOTで眼圧コントロールの改善が得られた症例では再度眼圧コントロールが得られるとしている.しかし,初回LOT無効例においてはSchlemm管以後の生理的な流出路が何らかの原因により廃用性に機能を失っている可能性があり,その場合は他の術式に頼らざるをえないと述べている.落屑緑内障に対する初回LOT後の再LOTの報告として福本ら7)は,落屑緑内障に対し初回LOT後に1年以上にわたって眼圧下降が得られていた症例に対しては再度LOTが有効であるとしている.再手術としてLOT単独とLOT併用白内障手術を比較した場合,LOT併用白内障手術(103)のほうが眼圧,生存率,点眼スコアは良好であったと報告している.今回の検討では,眼圧コントロールについて,眼圧値は24カ月時点において術前と比較し有意に眼圧下降しており,20mmHg未満の生存率は18カ月時点で76.2%と良好な結果が得られ,同様な結果であった.落屑緑内障の眼圧上昇の機序について伊藤ら8),猪俣ら9)は,まず線維柱帯内皮細胞の変性が起こり,線維柱層板肥厚と,線維柱帯間隙の狭窄または閉塞,線維柱帯における落屑物質の形成貯留,さらに虹彩色素上皮などの変性により形成された落屑物質や遊離した色素上皮顆粒,それらを貪食したマクロファージなどが狭くなった線維柱帯間隙に貯留することなどの機序が重なって房水流出抵抗が増大し発生すると述べている.隅角で局所産生された落屑物質が傍Schlemm管結合組織内に集積し,その結果同部とSchlemm管の変性が起こり,房水流出抵抗の増大とそれに続く眼圧上昇をきたすと報告されている1,10).今回,対象を既往手術,手術の順番で群分けし検討を行った.白内障手術既往眼に初回LOTを行い,眼圧が再上昇し再度LOTを行ったB群においては有意に眼圧下降効果が不良であった.B群は白内障手術既往眼で再LOT時すでに3回目の手術となり,他群より1回多く手術による炎症を受けている.落屑症候群を伴う眼では,白内障手術後にも落屑物質が産生される11)ことがいわれており,白内障手術による炎症の既往による変化と落屑物質の線維柱帯への蓄積が房水流出障害を起こし,LOTの再手術の眼圧下降効果を減弱させている可能性があると推測した.しかし,各群の症例数は少なく経過観察期間も短いため,既往手術と手術の順番が手術成績に関連があるかについては,今後も症例数を増やし長期的に検討を要すると考えられた.再LOT後の視力,視野経過については,視力低下が2眼(7.7%),視野進行が5眼(19%)に認められた.寺内ら12)は,LOT後の視力低下は12.2%に認められ,その原因は視野進行に伴うものであり,このうち白内障の進行による8.2%は白内障手術によって改善したと報告している.当院における再LOT後の視力低下は,全症例が眼内レンズ挿入眼であるため白内障進行による視力低下はなく,再LOT前に湖崎分類Ⅳ期の症例が再LOT後に湖崎分類Vb期に進行し,いずれも視野狭窄の進行に伴うものであった.視野狭窄が進行した5眼(19%)は,いずれも湖崎分類IIIa期以上の症例であった.このうち3眼(12%)は再LOT後の眼圧が18mmHg以下でコントロールされていたものの視野狭窄が進行していた.そのため術後の経過観察を行ううえでは,視野の進行度を考慮した目標眼圧を設定しコントロールすることが重要であると考えられた.再手術の術式選択においても目標眼圧がlow-teensである場合,LOTにおける眼圧下降には限界があるとも考えられる.しかし,再度LOTを選択すあたらしい眼科Vol.29,No.9,20121279るかLECTを選択するかは,視野の進行度や年齢,生活スタイル,全身状態,キャラクターなど症例個々の背景により異なるため,単純に答えは見いだせない.今回の検討から,LOTではLECTでみられるような重篤な合併症13)はみられず,術後管理が容易である点,初回LOTの対側下方から再LOTを行うことで上方結膜を温存する点からも,少なくとも初回LOT後に1年以上眼圧下降効果が得られ視野も進行していない症例に対しては,再度下方からLOTを選択してよいと考えられた.今後も症例数を増やし長期的に検討していきたいと考えている.文献1)布田龍佑:落屑緑内障.眼科手術19:291-295,20062)松村美代,永田誠,池田定嗣ほか:水晶体偽落屑症候群に伴う開放隅角緑内障に対するトラベクロトミーの有効性と術後の眼圧値.あたらしい眼科9:817-820,19923)禰津直久,寺内博夫,沖波聡ほか:トラベクロトミー複数回手術例の経過.眼臨80:499-501,19864)TaniharaH,NegiA,AkimotoMetal:Surgicaleffectsoftrabeculotomyabexternoonadulteyeswithprimaryopenangleglaucomaandpseudoexfoliationsyndrome.ArchOphthalmol111:1653-1661,19935)稲谷大:線維柱帯切開術の術後管理のポイントは?あたらしい眼科25(臨増):172-174,20086)浦野哲,三好和,山本佳乃ほか:白内障手術を併用した上方および下方からの線維柱帯切開術の検討.あたらしい眼科25:1148-1152,20087)福本敦子,後藤恭孝,黒田真一郎ほか:落屑緑内障に対するトラベクロトミー後の再手術の検討.眼科手術22:525528,20098)伊藤憲孝,猪俣孟:緑内障を伴う落屑症候群の隅角および虹彩の病理組織学的研究.日眼会誌89:838-849,19859)猪俣孟,田原昭彦,千々岩妙子ほか:落屑緑内障の臨床と病理.臨眼48:245-252,199410)Schlozter-SchrehardtU,NaumannGOH:落屑症候群形態学および合併症.NaumannGOHed:眼病理学II,p13531404,シュプリンガー・フェアラーク東京,199711)名和良晃,辰巳晃子,山本浩司ほか:落屑症候群での超音波乳化吸引術後の落屑物質産生の組織学的観察.臨眼51:1393-1396,199712)寺内博夫,永田誠,松村美代ほか:TrabeculotomyProspectiveStudy(術後10年の成績).あたらしい眼科17:679-682,200013)宮田博,市川有穂,杉坂英子:落屑緑内障に対するトラべクレクトミーの手術成績.あたらしい眼科24:952-954,2007***1280あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(104)