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強膜炎と辺縁系脳炎を発症した再発性多発軟骨炎の1 例

2024年6月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科41(6):733.739,2024c強膜炎と辺縁系脳炎を発症した再発性多発軟骨炎の1例案浦加奈子*1,2渡辺芽里*1川島秀俊*1*1自治医科大学眼科学講座*2原眼科病院CRelapsingPolychondritisPresentingasScleritisandLimbicEncephalitisKanakoAnnoura1,2)C,MeriWatanabe1)andHidetoshiKawashima1)1)DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversity,2)HaraEyeHospitalC目的:強膜炎の治療中に耳介腫脹と辺縁系脳炎を併発し,耳介生検で再発性多発軟骨炎(RP)の診断に至った症例を報告する.症例:46歳,男性.両眼の充血と強度の眼痛で当科を紹介受診,プレドニゾロン内服C30Cmg/日を開始した.7カ月かけて漸減終了したが,軽度の充血は持続していた.内服終了後C1カ月で両耳介の腫脹が出現,意識障害で当院へ救急搬送された.MRIで辺縁系脳炎を認め,耳介生検でCRPの診断が確定した.内科でステロイドパルスC2回,エンドキサンパルスC3回,リツキシマブ投与C4回が投与され,その後トシリズマブ導入,メトトレキサート,デキサメタゾン内服を併用した.高次機能障害は残存したが全身症状の悪化はなく,退院となった.退院後C2カ月でステロイド点眼も中止したが眼症状の再燃なく経過している.結論:強膜炎においてCRPは鑑別診断として考慮すべき疾患である.さらに,RPは中枢神経系の合併症を非常にまれだが伴うことがあるので,留意すべきである.CPurpose:Toreportacaseofdevelopingauricularswellingandlimbicencephalitisduringtreatmentforscleri-tis,CleadingCtoCaCdiagnosisCofrelapsingCpolychondritis(RP)viaCauricularCbiopsy.CCase:AC46-year-oldCmaleCwasCreferredCtoCourCdepartmentCdueCtoCrednessCandCsevereCocularCpainCinCbothCeyes.COralprednisolone(30Cmg/day)Cwasprescribed,andtheconditionwasresolvedoveraperiodof7months.However,swellingofbothauriclesthenappeared,andhewasrushedtotheemergencyroomatourhospitalduetoimpairedconsciousness.Magneticreso-nanceCimagingCrevealedClimbicCencephalitis,CandCauricularCbiopsyCcon.rmedCaCdiagnosisCofCRP.CForCtreatment,Cste-roidpulsetherapy,intravenouscyclophosphamide,rituximab,tocilizumab,methotrexate,anddexamethasonewereadministered.Higherbraindysfunctionremained,butsystemicsymptomsdidnotworsen,andhewasdischargedwithnosubsequentrecurrenceofeyesymptoms.Conclusions:Amongscleritispatients,RPshouldbeconsidered,asitcanbeaccompaniedbycomplicationsofthecentralnervoussystem.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C41(6):733.739,C2024〕Keywords:強膜炎,再発性多発軟骨炎,耳介生検,辺縁系脳炎.scleritis,recurrentpolychondritis,auricularbi-opsy,limbicencephalitis.Cはじめに再発性多発軟骨炎(relapsingCpolychondritis:RP)は,全身の軟骨組織に特異的に,再発性の炎症をきたす比較的まれな難治性疾患である1).中枢神経系の合併症を伴うこともあるが,非常にまれであり1,4),今回,筆者らは強膜炎の治療中に耳介腫脹と辺縁系脳炎を併発し,耳介生検でCRPの確定診断に至ったC1例を経験したので報告する.CI症例患者:46歳,男性.主訴:両眼の充血と眼痛.既往歴:特記事項なし.現病歴:20XX年C9月頃より両眼の充血と眼痛があり,近医を受診,0.1%ベタメタゾン点眼頻回投与や,デキサメタゾン結膜下注射が施行されたが改善せず,右眼C32CmmHg,左眼C26CmmHgと眼圧上昇も認め,0.1%ベタメタゾン点眼液C2時間おき,ブリンゾラミド・チモロールマレイン酸塩配合点眼液が投薬されたうえで,20XX年C11月に精査加療目的で当院紹介初診となった.初診時所見:視力は右眼(1.2),左眼(1.2).眼圧は右眼〔別刷請求先〕案浦加奈子:〒329-0498栃木県下野市薬師寺C3311-1自治医科大学眼科学講座Reprintrequests:KanakoAnnoura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversity,3311-1Yakushiji,Shimotsuke,Tochigi329-0498,JAPANC図1a初診時前眼部所見(右眼/左眼)両眼とも角膜は透明で,びまん性に強膜充血を認めた.図1b初診時超音波Bモード(右眼/左眼)明らかな強膜肥厚は認めなかった.18CmmHg,左眼C19CmmHg.両眼とも角膜は透明で,びまん性に強膜充血を認めた.前房内炎症はなく,水晶体は軽度の白内障があったが,後眼部に異常所見は認めなかった.超音波CBモード検査では,明らかな強膜肥厚は認めなかった(図1a,b).臨床検査所見:初診時の血液検査では,白血球C7,800/μl,C反応性蛋白(CRP)はC0.45Cmg/dlと軽度の上昇を認めるのみで,リウマチ因子,抗核抗体,抗白血球細胞質抗体(P-ANCA,C-ANCA)の上昇はなかった.その他特記すべき異常は認めなかった.経過:疼痛が非常に強く,感染が原因ではない強膜炎として,初診時よりプレドニゾロン(PSL)30Cmg/日内服を開始した.眼症状は改善傾向であったため,20XX年C12月頃よりCPSL10mg/日へ漸減したが,充血の再燃を認め,PSL20mg/日へ増量とし,両眼へデキサメタゾン結膜下注射も行った.その後は眼症状は落ち着いたため,20XX+1年1月頃よりCPSL15mg/日に減量したところ,記憶障害,食欲不振,不眠,不安症状などが出現した.精神症状はCPSL内服の影響もあると考え,20XX+1年C2月頃からCPSL10Cmg/日へ,3月頃よりC5mg/日,4月頃よりC2.5mg/日へ減量したが,同時期から多弁,妄想,幻聴が出現した.5月頃よりCPSLはさらにC1Cmg/日に減量としたが,症状は改善せず,精神科を受診した.器質的疾患の除外目的で血液検査と頭部CMRIが施行された.血液検査では,白血球C7,400/μl,Hb12.7Cg/dl,MCV100C.の軽度の正球性正色素性貧血,CRPはC0.02と上昇はなく,ビタミンCB12はC620Cpg/mlと正常範囲内であった.葉酸はC3.1Cng/mlと低下を認めたが,アルコール多飲歴もなく,経過観察とされた.MRIでは活動性のある病変はなしと判断された(図2a).精神科ではステロイドを誘引とした双極性障害として,抗精神病薬が処方された.眼所見は落ち着いており,20XX+1年C6月頃よりCPSLは中止とした.軽躁状態や不安症状は改善したが,記憶障害は残存した.7月頃より,両耳介の腫脹を認めていたが,経過観察としていた.8月頃からは吃逆や咳き込みなどの症状も認めた.図2a精神科受診時の頭部MRI(FLAIR画像)同時期に軽度の結膜充血が出現しており,点眼強化で経過観察としていた.9月C5日にC37.9℃の発熱を認めたが,内科受診はせず,自然経過で解熱した.9月C7日,筋強直を伴う意識障害にて当院へ救急搬送となった.入院までの経過を図3に示した.血液検査では,白血球C10,700/μl,CRP4.91Cmg/dlと上昇を認め,両側耳介に発赤・腫脹を認めた(図2b).ビタミンB1はC37Cng/mlと正常であった.髄液検査では単核球優位の細胞数上昇(細胞数:22/μl,単核球C16/μl,多形核球C6/μl)とCIL-6の上昇(872Cpg/ml)を認めた.頭部CMRIでは辺縁系脳炎を認め(図2c),同日神経内科に緊急入院となった.ヘルペス性脳炎と診断され,アシクロビルが投与開始された.けいれん重責状態に対しては抗てんかん薬が投与され,人工呼吸器が装着された.翌日には意識障害,耳介の発赤・腫脹は改善傾向にあったが,9月C15日のCMRI検査で両側海馬傍回と両側尾状核,左外障,右側頭葉皮質にも異常信号を認めた(図2d).入院時の両耳介所見,強膜炎の既往からRPが疑われ,同日耳介生検が行われた.病理結果ではCRPの所見として了解可能であり,確定診断となった(図2e).髄液CHSV-DNA-PCRは陰性が確認され,アシクロビル内服は中止となった.アレルギーリウマチ科へ転科し,9月C30日よりステロイドパルスを開始した.入院中,脳波検査やMRI検査,髄液検査所見に応じてステロイドパルスC2回,エンドキサンパルスC3回,リツキシマブ投与C4回が施行された.20XX+2年C1月よりトシリズマブを導入,3月よりメトトレキサートC6Cmg/週を追加,12Cmg/週まで増量し,メトトレキサートC12CmgとデキサメタゾンC2.25Cmg内服のみで経過観察となった.炎症後の顕著な脳実質の萎縮に伴い(図2f),高次機能障害は残存したが,全身症状の悪化はなく,20XX+2年5月図2b入院時耳介所見両耳介の発赤腫脹を認めている.に退院となった.眼所見については,内科でステロイドパルス加療開始後C9日後の往診では,充血は完全に消退していた.その後も所見の悪化はなく,退院後C2カ月でステロイド点眼も中止としたが,現在も再燃なく経過している(図2g).CII考按RPは,全身の軟骨組織に特異的に再発性の炎症をきたす比較的まれな難治性疾患である.日本における患者数はC400.500人と推定されている.さまざまな年齢で発症するが,発症年齢のピークはC40.50代で,性差はないとの報告が多い1).臨床症状は,耳介軟骨炎,非びらん性の炎症性多発関節炎,鼻軟骨炎,皮膚病変(特有の皮疹はなく,口内アフタ,結節性紅斑,紫斑など非特異的な皮膚症状を呈する)や,肺炎・気管支炎のほか,心臓血管病変として,大動脈弁閉鎖不全症や僧帽弁閉鎖不全症,心膜炎,心筋炎,心筋梗塞,不整図2c入院時頭部MRI(FLAIR画像)両側海馬傍回,右尾状核にCFLAIRで異常高信号(白丸部分)を認め,辺縁系脳炎を生じていた.図2d入院10日後MRI(FLAIR画像)両側海馬傍回と両側尾状核,左外障,右側頭葉皮質にも異常信号の増悪を認めた(白丸部分).脈(房室ブロック,上室性頻脈),大血管の動脈瘤などが起こることがある.呼吸器合併症や心血管病変は死亡の原因となる.また,まれに腎障害および骨髄異型性症候群,白血病を認め,重症化する1,4).初発症状は耳介の疼痛,発赤が多く,患者のC80.90%にみられる.耳介が崩壊すると外耳道閉塞をきたし,伝音性難聴となることもある1,4).眼病変はC50.65%の患者にみられ,強膜炎,上強膜炎,結膜炎,ぶどう膜炎が中心であるが,視神経乳頭炎を伴い重症化することもある.強膜炎の原因疾患としては,関節リウマチ,ANCA関連血管炎などについで多く,強膜炎患者の約2.4%を占める1).中枢神経症状としては脳炎や髄膜炎,脳梗塞,脳出血を合併することがあるが,わが国ではまれであり,全経過のなかで,1割にも満たない.男性に有意に多く,死亡率はC18%と高い1,4).血液検査は特異的な所見に乏しいが,炎症状態に応じて血沈亢進,CRP上昇がみられる.正球性正色素性貧血を呈することもある.33%が抗CTypeIIコラーゲン抗体陽性,22.66%が抗核抗体陽性,約C16%がリウマチ因子陽性,24%でANCA陽性となるが,今回の患者では,抗CTypeIIコラーゲン抗体は測定しておらず,他の抗体も陰性であった1).図2e耳介軟骨病理軟骨周囲に軽度.中等度の炎症細胞の浸潤を認め,軟骨辺縁部は好酸性を帯び,周囲間質との境界が一部で不明瞭になっていることから再発性多発軟骨炎として了解可能であった.図2f退院時頭部MRI(FLAIR画像)脳実質全体の顕著な萎縮により,くも膜下腔が目立っている.図2g退院5カ月後の前眼部所見強膜炎病態は完全に消退し,炎症の再燃なく経過している.表1McAdamらの診断基準(1976年)2)1.両側性耳介軟骨炎2.非びらん性,血清陰性,炎症性多関節炎3.鼻軟骨炎4.眼炎症5.気道軟骨炎6.蝸牛あるいは前庭機能障害※C6項目のうちC3項目以上が陽性.表2Damianiらの診断基準(1979年)3)1.McAdamらの診断基準でC3項目以上が陽性2.McAdamらの診断基準でC1項目以上が陽性で,確定的な病理組織所見3.軟骨炎が解剖学的に離れたC2カ所以上で認められ,ステロイド/ダプソン治療に反応して改善する場合診断には,McAdamの基準とCDamianiの基準が用いられるが(表1,2)2,3),本症例においては,McAdamの基準はC2項目のみ該当で診断基準を満たさなかったが,Damianiの基準では病理組織所見とあわせて確定診断に至った.今回の症例で生じた辺縁系脳炎とは,海馬,扁桃体などを含めた大脳辺縁系が障害される脳炎のことをさし,臨床症状としては幻覚・妄想・興奮・抑うつなどの精神症状,それらに基づく異常行動,意識障害,けいれん発作などを生じる5).自己免疫性脳炎で呈することの多い臨床所見であり6),頭部MRIのC.uidCattenuatedCinversionrecovery(FLAIR)画像やCdi.usionweightedCimage(DWI)において両側性に側頭葉内側の異常信号変化を認めた場合に同疾患の可能性が高いといわれている7).まれではあるがCRPにも合併することがあり2,12),発症機序としては,全身性エリテマトーデスなど図3内科入院までの経過に類似した中枢神経系の血管炎に起因するもの8)と考えられている.自己免疫性脳炎の治療としては,第一選択免疫療法として,メチルプレドニゾロンパルス療法(intravenousmethyl-prednisolone:IVMP),免疫グロブリン大量静注(intrave-nousimmunoglobulin:IVIg),血液浄化療法などを単独もしくは組み合わせて行い,第二選択免疫療法として,リツキシマブあるいはシクロホスファミドによる治療が行われる.近年では,第二選択免疫療法で効果がみられない患者に対して,形質細胞の産生を阻害するプロテアソーム阻害薬(bort-ezomib),インターロイキンC6受容体阻害薬(tocilizumab),低用量インターロイキンC2療法で改善がみられたとの報告もある7,9,10).RPに伴うものでは,ステロイド単剤での治療11)や,ジアフェニルスルホン(ダプソン),シクロホスファミド,メトトレキサート,シクロスポリンの併用や,インフリキシマブを用いた治療報告がある12).今回の症例でも,同様の加療が用いられ,高次機能障害は残存したが,全身症状は改善した.本症例では当初ステロイド精神病が疑われたが,精神症状が辺縁系脳炎の初期症状であった可能性は高く,その時点で神経内科に相談を行うことで早期に治療介入を行うことが開始できた可能性は否めない.反省すべき点であったと考える.強膜炎の診断においては,RPも念頭に身体診察や問診を行うべきと考えられる.さらにCRPにおいては,非常にまれではあるが中枢神経症状を合併することがあるため,経過中に精神症状の変化があれば速やかに神経内科との連携を図ることが必要と考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)田中理恵,蕪城俊克:再発性多発軟骨炎.あたらしい眼科C33:941-946,C20162)McAdamLP,CO’HanlanCMA,CBluestoneCRCetal:Relapsingpolychondritis:prospectiveCstudyCofC23CpatientsCandCaCreviewCofCtheCliterature.Medicine(Baltimore)C55:193-215,C19763)DamianiCJM,CLevineHL:RelapsingCpolychondritis-reportCoftencases.LaryngoscopeC89:929-946,C19794)鈴木登:新薬と臨牀69:131-137,C20205)近江翼,金井講治,陸馨仙:総合病院で行われる自己免疫性脳炎の治療の実際.当センターで経験したC7症例をふまえて.精神科救急20:100-109,C20176)木村有喜男,千葉英美子,重本蓉子:自己免疫性辺縁系脳炎.画像診断42:1092-1093,C20227)木村暁夫:神経免疫疾患の最新治療.日本内科学会雑誌C110:1601-1610,C20218)StewartCSS,CAshizawaCT,CDudleyAWCJrCetal:CerebralCvasculitisCinCrelapsingCpolychondritis.CNeurologyC38:150-152,C19889)ScheibeCF,CPrussCH,CMengelCAMCetal:BortezomibCforCtreatmentCofCtherapy-refractoryCanti-NMDACreceptorCencephalitis.NeurologyC88:366-370,C201710)AbboudCH,CProbascoCJ,CIraniCSRCetal:Autoimmuneencephalitis:proposedrecommendationsforsymptomaticandlong-termmanagement.JNeurolNeurosurgPsychia-tryC92:897-907,C202111)藤原聡,善家喜一郎,岩田真治ほか:脳炎を発症した再発性多発軟骨炎のC1例.脳神経外科C40:247-253,C201212)KondoT,FukutaM,TakemotoAetal:Limbicencepha-litisassociatedwithrelapsingpolychondritisrespondedtoin.iximabCandCmaintainedCitsCconditionCwithoutCrecur-renceCafterCdiscontinuationCNagoyaCJCMedCSciC76:361-368,C2014C***