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分娩時に発症した両眼性のValsalva 網膜症の1例

2011年5月31日 火曜日

734(13あ2)たらしい眼科Vol.28,No.5,20110910-1810/11/\100/頁/JC(O0P0Y)《原著》あたらしい眼科28(5):734.737,2011cはじめにValsalva網膜症は1972年にDuaneらが報告した疾患で,咳・嘔吐・いきみに代表されるValsalva手技による急激な静脈圧の上昇を誘因として発症する突発性の出血性網膜症である1~7).後極や視神経乳頭周囲の内境界膜下出血あるいは網膜前出血が主体となる1~4)が,硝子体出血4)や網膜内出血・網膜下出血5,6)が認められることもある.発症の原因として嘔吐・重いものを持ち上げる・歯科におけるインプラント手術6)など,さまざまなものがこれまで報告されている.今回筆者らは経腟分娩直後に両眼性に発症したValsalva網膜症の1例を経験したのでここに報告する.〔別刷請求先〕高木健一:〒812-8582福岡市東区馬出3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学分野Reprintrequests:KenichiTakaki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KyushuUniversityGraduateSchoolofMedicine,3-1-1Maidashi,Higashi-ku,Fukuoka812-8582,JAPAN分娩時に発症した両眼性のValsalva網膜症の1例高木健一*1今木裕幸*1貴福香織*1園田康平*2上野暁史*3蜂須賀正紘*4藤田恭之*4石橋達朗*1*1九州大学大学院医学研究院眼科学分野*2山口大学大学院医学研究科眼科学*3大島眼科病院*4九州大学大学院医学研究院生殖発達医学専攻生殖常態病態学講座生殖病態生理学ACaseofBilateralValsalvaRetinopathyCausedduringVaginalDeliveryKenichiTakaki1),HiroyukiImaki1),KaoriKifuku1),KouheiSonoda2),AkifumiUeno3),MasahiroHachisuka4),YasuyukiFujita4)andTatsurouIshibashi1)1)DepartmentofOphthalmology,KyushuUniversityGraduateSchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,YamaguchiUniversityGraduateSchoolofMedicine,3)OhshimaEyeHospital,4)DepartmentofGynecologyandObstetrics,KyushuUniversityGraduateSchoolofMedicine症例は37歳,女性.妊娠41週1日で子宮内胎児死亡の診断後,経腟分娩施行した.分娩直後より両眼の視野異常を自覚し翌日当科紹介受診,両眼底に内境界膜下・網膜下出血を認めValsalva網膜症の診断に至った.発症後5日目,両眼にNd:YAGレーザーによる内境界膜切開術を施行した.右眼黄斑部に網膜下出血が及んでいたため,発症後7日目に硝子体切除術および液-空気置換術を施行した.両眼ともに出血は吸収され,視力は改善傾向であった.本症例が重症化した原因として貧血による網膜細小血管壁の脆弱性の存在や子宮内胎児死亡による凝固線溶系の異常亢進から惹起された凝固因子の欠乏が考えられている.Valsalva網膜症は保存的に経過観察されたりNd:YAGレーザーによる内境界膜切開のみで加療されたりすることの多い疾患だが,本症例のように重症化し早期の硝子体手術を要する場合もあると考えられた.WereportacaseofbilateralValsalvaretinopathycausedbystrainingduringvaginaldelivery.Thepatient,a37-year-oldfemale,tookvaginaldeliveryforintrauterinefetaldeath.Immediatelyafterdelivery,shecomplainedaboutbilateralvisualfieldloss.Fundusexaminationshowedbilateralsubmembrenousandsubretinalhemorrhagethroughoutthepostpole.Initially,shewastreatedbybilateralmembranotomywithneodymium-YAGlaser,andexaminedastothesubretinalhemorrhage.Shethenunderwentvitrectomyandfluid-airexchangeintherighteye,thesubretinalhemorrhagebeingonthemacula.Hervisualactuivitygraduallyimprovedpostopratively.Increasedretinalvesselpermeabilitycausedbyanemia,andcoagulationandfibrinolyticsystemactivitycausedbyintrauterinefetaldeathhadworsenedhercondition.ThiscasedemonstratesthepossibleeffectivenessofvitrectomyinsuchaseverecaseofValsalvaretinopathy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(5):734.737,2011〕Keywords:Valsalva網膜症,分娩,硝子体手術,内境界膜下出血,網膜下出血.Valsalvaretinopathy,delivery,vitrectomy,submembranoushemorrhage,subretinalhemorrhage.(133)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011735I症例患者:37歳,女性.主訴:両眼視野異常.既往歴:特記事項なし.現病歴:妊娠経過良好で,妊娠糖尿病・妊娠高血圧症の合併も認めなかった.2007年12月18日(妊娠41週1日)陣痛発来するも胎児心拍認められず,子宮内胎児死亡の診断に至った.同日九州大学病院周産母子センターへ入院し,経腟分娩施行した.分娩直後より両眼視野異常を自覚し,改善傾向ないため12月19日九州大学病院眼科(以下,当科)初診となった.分娩前所見(2007年12月18日):赤血球4.08×106/μl,ヘモグロビン12.7g/dl,血小板13.9万/μl,プロトロンビン時間11.6sec,PT-INR(プロトロンビン時間国際標準比)0.99,APTT(活性化部分トロンボプラスチン)時間34.9sec,フィブリノーゲン344mg/dl(正常値150~400),AT(アンチトロンビン)-III活性76%(正常値80~120),血清フィブリン分解産物(fibrindegradationproducts:FDP)33.4μg/ml(正常値0~5.0),トロンビンアンチトロンビン複合体80.0ng/ml以上(正常値0~3.0),D-ダイマー9.6μg/ml(正常値0~0.5).分娩時所見:分娩中血圧170/100mmHg程度で推移し,分娩後100/65mmHg程度へ低下.分娩中の出血は1,340mlで弛緩出血が遷延した.初診時検査所見:視力は右眼0.03(0.04×sph+11.0D(cyl.1.5DAx180°),左眼0.02(0.03×sph+10.0D(cyl.1.0DAx180°),眼圧は右眼5mmHg,左眼8mmHg,両眼ともにRL図1初診時眼底所見R:右眼,L:左眼,両眼ともにニボーを伴う大量の内境界膜下出血を認め,網膜下出血,網膜出血を認める.複数の軟性白斑を認め,動脈は白線化している.図2a右眼YAGレーザー内境界膜切開術後眼底所見内境界膜下出血が減少したことで,黄斑部に網膜下出血が及んでいることが確認された.図2b右眼硝子体手術後(術後19日目)眼底所見出血は著明に吸収され,黄斑直下の網膜下出血が移動した.736あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(134)前眼部中間透光体に著変なく,両眼底にニボーを形成する内境界膜下出血および網膜下出血が認められた(図1).両眼とも後部硝子体.離は認められなかった.採血にて赤血球2.39×106/μl,ヘモグロビン7.4g/dlと貧血が認められた.経過:分娩直後に発症したという病歴,ニボーを形成する特徴的な内境界膜下出血がみられたことからValsalva網膜症の診断に至った.2007年12月23日(発症後5日目)両眼にNd:YAGレーザーによる内境界膜切開術を施行した.左眼は内境界膜下出血が拡散し,黄斑部が透見可能となった.右眼は内境界膜下出血の拡散後黄斑部に網膜下出血が及んでいた(図2a)ため,2007年12月25日(発症後7日目)組織プラスミノーゲン活性化因子(tissueplasminogenactivator:t-PA)を硝子体腔内投与後(クリアクターR4,000単位/200μlを200μl術前6時間に投与),硝子体切除術+液-空気置換術を施行し,網膜下出血を黄斑直下より移動させた.これら処置・手術後に出血は両眼ともに吸収され(図2b,図3),視力も術後徐々に改善傾向を示した.2009年11月時点で右眼視力(0.9),左眼視力(0.8)である.II考按本症例は,Valsalva網膜症のなかでも両眼性に大量に出血した重症例である.Valsalva網膜症は,咳や嘔吐などのValsalva手技による急激な胸腔内圧・腹腔内圧の上昇が惹起する急激な静脈圧の上昇を誘因として発生する網膜毛細血管の破綻による比較的まれな出血性網膜症である1~7).黄斑部に出血が存在せず比較的視力が良好な症例もある4)が,黄斑部に出血が及んだ場合は急激な視力低下をきたす1~3,5~7).誘因となるValsalva手技は,嘔吐1)・重いものを持ち上げる2)・歯科におけるインプラント手術6)などさまざまなものが報告されている.周産期における発症はわが国では他に松本が悪阻による嘔吐を誘因とした例を報告している7).本症例においては病歴から分娩時の怒責が発症の起点と考えられている.Valsalva網膜症は内境界膜下出血が主体となることが多い2,3,7)ため,保存的経過観察1,4,7),あるいは黄斑部に出血が及んでいる場合にNd:YAGレーザーによる内境界膜切開術で加療することが多い2).また,内境界膜下出血が遷延化した場合などで硝子体手術を施行されることもある3).いずれの場合も視力予後はおおむね良好で,出血前の視力とほぼ同等まで回復することが多いとされている1~7).子宮内胎児死亡は死亡胎児由来の組織トロンボプラスチンが母体血中に侵入することで凝固異常をひき起こすことがある8).本症例でもFDPやトロンビンアンチトロンビン複合体の上昇など凝固線溶系の亢進が認められ,凝固因子が消費性に欠乏した状況であった.本症例ではさらに分娩後に弛緩出血が遷延したことにより貧血も発症しており,網膜細小血管壁の脆弱性が存在していた9)と考えられる.こうした凝固因子欠乏および網膜細小血管壁の脆弱性により,本症例はこれまでの報告にあるValsalva網膜症の症例よりも易出血性を呈しており,両眼に大量の出血をきたすという重篤な結果を招いたと思われる.本症例は両眼の内境界膜下出血に対してNd:YAGレーザーによる内境界膜切開術でドレナージを行ったところ,右眼黄斑部に網膜下出血が確認され,視力予後が悪いことが予想された.このため右眼に対してt-PA併用下の硝子体切除術および液-空気置換術を施行し,良好な視力温存を得ていRL図3治療後約17カ月目,2009年07月22日の眼底所見R:右眼,L:左眼,出血はほぼ吸収された.黄斑部付近に変性を認める.(135)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011737る.前述のとおりValsalva網膜症は通常視力予後の良好な疾患であるが,本症例の場合は早期の硝子体手術による黄斑部網膜下出血の移動を行わなかった場合,良好な視力温存はむずかしかったと思われる.本症例の経過から子宮内胎児死亡および分娩後の貧血はValsalva網膜症が重症化しやすい要素であること,Valsalva網膜症にも早期の硝子体手術が必要な例があることが考えられた.文献1)DuaneTD:Valsalvahemorrhagicretinopathy.TransAmOphthalmolSoc70:298-313,19722)KhanMT,SaeedMU,ShehzadMSetal:Nd:YAGlasertreatmentforValsalvapremacularhemorrhages:6monthfollowup:alternativemanagementoptionsforpreretinalpremacularhemorrhagesinValsalvaretinopathy.IntOphthalmol28:325-327,20083)大原真紀,本合幹,池田恒彦:Valsalva洞刺激によると考えられる網膜前出血に硝子体手術を施行した1例.あたらしい眼科19:1633-1636,20024)雑賀司珠也,宮本香,田村学ほか:Valsalvamaneuverによると考えられる網膜前および硝子体出血の1例.臨眼45:1789-1791,19915)HoLY,AbdelghaniWM:Valsalvaretinopathyassociatedwiththechokinggame.SeminOphthalmol22:63-65,20076)KreokerK,WedrichA,SchranzR:Intraocularhemorrhageassociatedwithdentalimplantsurgery.AmJOphthalmol122:745-746,19967)松本行弘:妊娠期における眼合併症としてのValsalva網膜症.眼臨101:666-670,20078)山本樹生:産科疾患の診断・治療・管理異常妊娠子宮内胎児死亡.日産婦誌59:N-670-N-671,20079)野村菜穂子,前田朝子,河本道次ほか:貧血に両眼性網膜出血を合併した1症例について.眼紀41:355-359,1990***