‘前向き試験’ タグのついている投稿

正常人での眼圧の季節変動

2009年5月31日 日曜日

———————————————————————-Page1(105)6850910-1810/09/\100/頁/JCLS19回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科26(5):685688,2009cはじめに眼圧には季節変動があるといわれている.正常人の眼圧の季節変動に関しては多数の報告15)があるが,プロスペクティブに検討した報告1)は少ない(表1).これらの報告に共通しているのは,正常眼の眼圧には季節変動があり,12月から2月にかけて高く,7月から9月にかけて低いことである.しかし眼圧の測定方法は,Schiotz眼圧計1),Goldmann圧平式眼圧計24),非接触型眼圧計5)とそれぞれ異なる.また対象は同一症例を1年間にわたって経過観察した報告は少なく1),健康診断などでその期間に得られた多数例の結果をレトロスペクティブに検討している報告が多い25).眼圧の季節変動を検討する際は個人差を排除する必要があり,そのためには同一症例での比較が好ましいと考える.そこで今回筆者らはプロスペクティブに,正常人の同一症例を1年間にわたり毎月眼圧を測定し,眼圧の季節変動を検討した.I対象および方法2007年1月から12月まで,毎月眼圧を測定できた正常人48例48眼を対象とした.男性22例,女性26例,年齢は〔別刷請求先〕設楽恭子:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3井上眼科病院Reprintrequests:KyokoShidara,M.D.,InouyeEyeHospital,4-3Kanda-surugadai,Chiyoda-ku,Tokyo101-0062,JAPAN正常人での眼圧の季節変動設楽恭子*1井上賢治*1若倉雅登*1井上治郎*1富田剛司*2*1井上眼科病院*2東邦大学医学部眼科学第二講座SeasonalVariationofIntraocularPressureinNormalSubjectsKyokoShidara1),KenjiInoue1),MasatoWakakura1),JiroInouye1)andGojiTomita2)1)InouyeEyeHospital,2)2ndDepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySchoolofMedicine目的:プロスペクティブに,正常人における眼圧の季節変動の有無を検討する.対象および方法:2007年1月から12月に毎月眼圧を測定できた正常人48例48眼を対象とした.眼圧は毎月20±3日にGoldmann圧平式眼圧計で測定した.季節の振り分けは春35月,夏68月,秋911月,冬122月とし,各季節の平均眼圧値を比較した.さらに年間の眼圧変動幅が小さい(4mmHg以下,13例)症例と大きい(5mmHg以上,35例)症例に分け,各季節の平均眼圧値を比較した.結果:各季節の眼圧は全症例では春14.4±2.7mmHg,夏14.1±2.5mmHg,秋13.4±2.5mmHg,冬14.5±2.9mmHgで,秋の眼圧が有意に低かった.眼圧変動幅が小さい症例では各季節の眼圧に差がなく,大きい症例では秋の眼圧が有意に低かった.結論:正常人の眼圧には季節変動がある.眼圧は秋に低い傾向が認められた.Weprospectivelyinvestigatedtheintraocularpressure(IOP)in48eyesof48normalsubjects(males:22eyes,females:26eyes;meanage:39.1±10.0yrs).WecheckedIOPviaGoldmannapplanationtonometeronthe20thofeverymonth(±3days)for1yearandcomparedthemeanIOPsoftheseasons.WedenedspringasMarchtoMay,summerasJunetoAugust,autumnasSeptembertoNovemberandwinterasDecembertoFebru-ary.Wedividedthesubjectsintotwogroups(IOPvariationmorethan5mmHgorlessthan4mmHg)andcom-paredthemeanIOPforeachseason.ThemeanseasonalIOPsforallsubjectswerespring:14.4±2.7mmHg,sum-mer:14.1±2.5mmHg,autumn:13.4±2.5mmHgandwinter:14.5±2.9mmHg.ThemeanIOPforautumnwassignicantlylowerthanthemeansforotherseasons;itwasalsosignicantlylowerthanforotherseasonsinsub-jectswhoseIOPvariedmorethan5mmHg.ThisstudysuggeststhatIOPofnormaleyesundergoesseasonalvaria-tion.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(5):685688,2009〕Keywords:季節変動,眼圧,前向き試験,正常人.seasonalvariation,intraocularpressure,prospective,normalsubjects.———————————————————————-Page2686あたらしい眼科Vol.26,No.5,2009(106)2258歳,39.1±10.0歳(平均±標準偏差)であった.正常人の判定は,近視や乱視以外の眼科的疾患を有さず,眼底検査で視神経乳頭陥凹拡大など緑内障性の変化を認めず,Humphrey静的視野検査で異常がなく,かつ初回眼圧値が21mmHg以下とした.眼圧の測定方法は毎月20±3日の午前中に,Goldmann圧平式眼圧計で同一検者が同一の細隙灯顕微鏡を用いて測定した.眼圧は両眼測定したが,解析には右眼のデータを用いた.なお,検者には対象の前月までの眼圧値がわからない状況とした.1年間にわたり測定された眼圧値を以下の3項目で検討した.1)全例での年間の眼圧変動の有無.2)全例での眼圧の季節変動の有無.3)年間の眼圧の変動幅が4mmHg以下と5mmHg以上に分け,眼圧の季節変動の有無.季節の振り分けは気象庁のホームページと過去の報告3)により春は35月,夏は68月,秋は911月,冬は122月とした.ただし,年間の眼圧の変動幅は1年間で月別の眼圧の最高値と最低値の差とした.検定方法はANOVA(analysisofvari-ance,分散分析)およびBonferroni/Dunnet法を用いた.調査の実施にあたり対象には調査の主旨を説明し,インフォームド・コンセントを得た.II結果全症例での年間の眼圧変動はなかった(図1).全症例での各季節の眼圧は春14.4±2.7mmHg,夏14.1±2.5mmHg,秋13.4±2.5mmHg,冬14.5±2.9mmHgであった(図2).秋の眼圧は春,夏,冬に比べて有意に低かった(p<0.0001).年間の変動幅が4mmHg以下の症例は13例(27.1%),男性3例,女性10例,年齢は2251歳,34.0±10.6歳であった.各季節の眼圧は春13.5±2.9mmHg,夏13.8±2.9mmHg,秋13.3±3.0mmHg,冬13.4±2.9mmHgであった(図3).季節ごとで変動はなかった.年間の眼圧の変動幅が5mmHg以上の症例は35例(72.9%),男性19例,女性16例,年齢は2358歳,40.9±9.2歳であった.各季節の眼圧は,春14.9±2.9mmHg,夏14.3±2.4mmHg,秋13.4±2.4mmHg,冬15.0±2.9mmHgであった(図4).季節ごとの眼圧変動を認め,秋が春,夏,冬に比べて有意に低かった(p<0.0001).表1正常眼の眼圧変動地域対象(人)最高眼圧(mmHg)時期最低眼圧(mmHg)時期Blumenthal1)イスラエル6317.7±0.51,2月14.1±0.47,8月Klein2)アメリカ4,92615.714月15.279月逸見3)山梨県1915.72,4月13.69月Giufre4)イタリア1,06215.4±4.4冬14.3±3.4秋森5)岩手県6,33612.1±2.712月11.0±2.58月01月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月2月眼圧(mmHg)201816141210図1年間の眼圧変動眼圧図3年間の変動幅が4mmHg以下の症例での各季節の眼圧***眼圧図2全症例での各季節の眼圧*p<0.0001,ANOVAおよびBonferroni/Dunnet.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.5,2009687(107)III考按正常人の眼圧の季節変動に関する報告がある15).Blu-menthalら1)はイスラエルで63人の正常人の眼圧をSchiotz眼圧計で1年間のうち8回以上は測定して比較した.眼圧は11月から2月にかけて有意に高く,7月と8月が低かった.Kleinら2)はアメリカで住民健診での4,926人(男性2,135人,女性2,721人)の眼圧をGoldmann圧平式眼圧計で測定して比較した.眼圧は1月から4月にかけて有意に高く,7月から9月にかけて低かった.Giufreら4)はイタリアで住民健診での1,062人(男性474人,女性588人)の眼圧をGold-mann圧平式眼圧計で測定して比較した.眼圧は冬が春,夏,秋に比べて有意に高かった.日本では逸見ら3)は19人の正常人の眼圧をGoldmann圧平式眼圧計で測定して比較した.眼圧は2月と4月が高く,7月から9月にかけて低かった.森ら5)は集団検診で6,336人(男性3,687人,女性2,649人)の眼圧を非接触型眼圧計で測定して比較した.眼圧は12月が高く,8月が低かった.12月の眼圧は11月を除いた4月から10月までのすべての月に対して有意に高かった.しかし対象月は4月から12月までで,1月から3月までは調査から除外されていた.いずれの報告15)も眼圧は季節変動を有し,冬が高かった.今回の1年間にわたる正常人48名の眼圧変動は各月ごとには差はなかったが,9月から12月にかけて眼圧が低い傾向を認めた.これは眼圧には季節変動を呈するという過去の報告15)と一致するが,冬に眼圧が高くはなく,秋に眼圧が低かった.さらに,今回は年間の眼圧の変動幅での季節変動を検討した.年間の眼圧の変動幅が5mmHg以上の変動の大きい症例では眼圧は季節変動を呈しており,そのような症例が72.9%存在した.しかし,今回は症例数が少なく,また60歳以上の高齢者が対象に含まれていないため今後さらなる検討が必要である.ヒトの眼圧調整機序については自律神経機能が深く関与していると考えられ,第一は,交感神経のa受容体刺激により毛様体血管が収縮して限外濾過が減少する.第二は,毛様体のb受容体を介してATP(アデノシン三リン酸)よりサイクリックAMP(アデノシン一リン酸)を生じる過程が房水産生に重要な役割を果たし,b遮断薬が房水産生を抑制する.第三は,副交感神経刺激により毛様体筋が収縮し線維柱帯間隙を拡大することによって房水排出率を増加させることが知られている6).交感神経機能は寒冷にさらされたときに亢進し,血中および尿中カテコラミン含量は冬に有意な上昇が認められ,そのため冬に交感神経機能が亢進すると考えられている.その結果,カテコラミンの上昇がb受容体を介した房水産生を増加させ,寒冷期に眼圧が上昇すると考えられている7,8).気象庁から発表されたデータによると,2007年の年平均気温は全国的に高く,東京も同様で,さらに記録的な暖冬であった9).特に,1月,2月,8月,9月は例年に比し平均気温は1.5度高く,4月と7月は低温であった.今回,季節の振り分けを春は35月,夏は68月,秋は911月,冬は122月としており,春の気温は例年通りであり,夏は7月が低く8月が高かったことから気温は例年通り,秋は9月が例年以上に気温が高く,冬も1月,2月に気温が高かったことから1年を通してみると,例年よりも秋と冬の気温が高かったことがわかる.このことが,今回秋の眼圧が他の季節に比して低かったことの一因と考えられる.また,冬は過去の報告15)と同様に眼圧が高い傾向は認めたが,有意差がなかったのは,冬が例年より気温が高かったことが影響していると考えられる.逸見ら3)によると過去の報告で眼圧の季節変動を認めているのはいずれも年間の平均気温の差が15℃以上の地域である.2007年の東京の年平均気温は,最低気温は2月の8.6℃,最高気温は8月の29.0℃で,最高と最低気温で15℃以上の差がある.日本では年間の寒暖の差があり,冬に気温が下がるので眼圧の季節変動が起こりやすいと考えられる.今回筆者らは,プロスペクティブに正常人の眼圧変動を調査した.正常人には従来から指摘されているとおり眼圧の季節変動があり,秋に低かった.今後は緑内障患者での眼圧の季節変動を検討する予定である.文献1)BlumenthalM,BlumenthalR,PeritzEetal:Seasonalvariationinintraocularpressure.AmJOphthalmol69:608-610,19702)KleinBEK,KleinR,LintonKLPetal:Intraocularpres-sureinanAmericancommunity.InvestOphthalmolVisSci33:2224-2228,19923)逸見知弘,山林茂樹,古田仁志ほか:眼圧の季節変動.日眼会誌98:782-786,19944)GiufreG,GiammancoR,DardanoniGetal:Prevalenceofglaucomaanddistributionofintraocularpressureinapopulation.ActaOphthalmolScand73:222-225,19955)森敏郎,谷藤泰寛,玉田康房ほか:集団検診受診者から***0春秋冬夏眼圧(mmHg)201816141210図4年間の変動幅が5mmHg以上の症例での各季節の眼圧*p<0.0001,ANOVAおよびBonferroni/Dunnet.———————————————————————-Page4688あたらしい眼科Vol.26,No.5,2009(108)測定した眼圧の分析.あたらしい眼科14:437-439,19976)BartelesSP,RothO,JumbrattMMetal:Pharmacologicalefectsoftopicaltimololintherabbiteye.InvestOphthal-molVisSci19:1189-1197,19807)長滝重智,比嘉敏明:房水産生機構.緑内障の薬物療法(東郁郎編),p12-19,ミクス,19908)古賀貴久,谷原秀信:緑内障と眼圧の季節変動.臨眼55:1519-1522,20019)気象庁.平成20年報道発表資料.気象統計情報:http://www.date.jma.go.jp***