‘前房内空気置換’ タグのついている投稿

白内障術後Descemet 膜剝離の治療に難渋した1 例

2024年5月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科41(5):592.596,2024c白内障術後Descemet膜.離の治療に難渋した1例横田智香小林隆幸国家公務員共済組合連合会吉島病院眼科CARefractoryCaseofDescemetMembraneDetachmentafterCataractSurgeryChikaYokotaandTakayukiKobayashiCDepartmentofOphthalmology,FederationofNationalPublicServiceandA.liatedPersonnelMutualAidAssociations,YoshijimaHospitalC目的:白内障術後にデスメ膜.離(Descemetmembranedetachment:DMD)を診断し,治療に難渋した症例を報告する.症例:74歳,男性.数カ月前から左眼視力低下が進行したため吉島病院眼科を受診した.左眼の視力は(0.15)であった.左眼の核白内障と黄斑前膜に伴う視力低下と診断し,左眼白内障手術,硝子体手術を行った.術中に角膜浮腫を生じ,手術翌日の診察で左眼CDMDを診断した.2度の前房内気体注入を行ったがCDMDは治癒しなかった.3度目の前房内空気注入は細隙灯顕微鏡でCDescemet膜の位置を確認しながら行ったところ,正確に前房内空気注入を行うことができ,Descemet膜の接着を得られた.注入した空気が吸収した後もCDMDの再発はなく左眼視力(0.7)まで改善した.結論:白内障術後CDMDに対して,細隙灯顕微鏡を用いて処置を行うことでCDescemet膜の接着が得られたC1例を経験した.CPurpose:ToreportachallengingcaseofDescemetmembranedetachment(DMD)followingcataractsurgery.Case:A74-year-oldmalepresentedtotheDepartmentofOphthalmologyatYoshijimaHospitalwithprogressivevisionlossinhislefteyeandabest-correctedvisualacuityof0.15.Hewasdiagnosedwithcataractandepiretinalmembraneinthateye,andsubsequentlyunderwentcataractsurgeryandvitrectomy.Intraoperativecornealede-maoccurred,andDMDwasobservedat1-daypostoperative.Despitetwoattemptsatintracameralairtamponade,DMDwasnotcured.Athirdintracameralairtamponadeguidedviatheuseofaslitlampwasperformed,result-inginaccurateinjectionandsuccessfulreattachment.Followingcompletegasabsorptioninthetreatedeye,therewasnorecurrenceofDMDandvisualacuityimprovedto0.7.Conclusion:WepresentacaseofDMDaftercata-ractsurgeryinwhichDescemetmembranereattachmentwassuccessfullyachievedthroughtreatmentguidedbyuseofaslitlamp.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)41(5):592.596,C2024〕Keywords:デスメ膜.離,白内障手術,前房内空気置換.Descemetmembranedetachment,cataractsurgery,intracameralairtamponade.Cはじめにデスメ膜.離(Descemetmembranesetachment:DMD)は内眼手術後,眼外傷後に生じうる疾患である.DMDを発症すると角膜内皮細胞のポンプ機能が失われ,角膜浮腫を生じ,視機能低下をきたす1).DMDの原因となる内眼手術としてもっとも多いのが白内障手術であるが2,3),白内障術中に作製した角膜切開創のCDescemet膜の裂け目に沿って房水が流れ込むことで発症すると考えられている2).白内障術後DMDはまれな合併症ではなく,注意深い観察を行うと多くの症例に生じていたという報告がある4).軽症のCDMDは自然軽快することが多いが,まれに重症CDMDを生じた場合には早急な治療を行うことが必要である.今回広範囲なCDMDを生じ,複数回の処置を行ったがCDescemetの膜の接着を得られず,最終的に細隙灯顕微鏡で観察しながら前房内空気注入を行ったことでCDMDを治すことができたC1例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕横田智香:〒730-0822広島市中区吉島東C3-2-33吉島病院眼科Reprintrequests:ChikaYokota,M.D.,DepartmentofOphthalmology,FederationofNationalPublicServiceandA.liatedPersonnelMutualAidAssociations,YoshijimaHospital,3-2-33Yoshijima-higashi,Naka-ku,Hiroshima-shi,Hiroshima730-0822,JAPANC592(120)図1初診時眼所見a,c:右眼の前眼部写真と眼底三次元画像解析(opticalcoherencetomography:OCT)画像であり,軽度白内障と,黄斑部COCTでは一部網膜色素上皮の不整を認めるのみだった.Cb:左眼前眼部写真であり,Emery-Little分類2.3程度の核白内障がある.Cd:左眼COCT画像であり,網膜前膜と中心窩陥凹の消失がある.CI症例患者:74歳,男性.主訴:左眼視力低下.既往歴:高血圧症,心房細動.現病歴:数カ月前からの左眼視力低下がありC2022年C7月吉島病院眼科を初診した.左眼白内障,黄斑前膜を認め,2022年C10月左眼白内障手術と硝子体手術を行うこととなった.初診時所見:矯正視力は右眼(1.2),左眼(0.15),眼圧は右眼C13CmmHg,左眼C12CmmHgであった.左眼核白内障,左眼黄斑前膜(図1)を認めた.術前検査時のスペキュラーマイクロスコープCEM-4000(トーメーコーポレーション)による評価では角膜内皮数は右眼C2,808/mmC2,左眼角膜内皮細胞数C3,092/mmC2であり,滴状角膜などの角膜内皮異常はなかった.術中記録:2022年C10月左眼白内障と黄斑前膜に対して白内障手術と硝子体手術を行った.麻酔はC2%リドカイン塩酸塩水和物CTenon下麻酔,創はC12時にC2.75Cmmの強角膜C3面切開,10時とC2時にC1mmのサイドポートを作製した.前.切開のためにC26CGチストトームをC10時のサイドポートから挿入した際に,サイドポートの角膜切開創においてわずかなCDMDを生じCDescemet膜が翻転した.その後の前.切開,ハイドロダイセクション,超音波乳化吸引術後の際にはDMDの拡大を認めなかった.創口閉鎖のためにハイドレーションを行い,その後C27CGシステムを用いて硝子体手術を行った.黄斑前膜の除去を行っている最中に角膜浮腫を生じ,眼底の視認性が低下したが,角膜上皮掻把により透明性は改善したため,手術を続行し,予定どおりの術式を完了し,手術を終了した.術後経過:手術翌日,細隙灯顕微鏡での診察を行い,広範囲に及ぶCDMDと著明な角膜浮腫を認めた.DMDは広範囲に及び,自然軽快はむずかしいと考え,前房内ガス注入を行うこととした.仰臥位になり,顕微鏡下で処置を行った.耳下側にCDMDを生じていない部位があったため,そこへ新たにサイドポートを作製し,27G鈍針でC20%六フッ化硫黄(SFC6)の前房内注入を行った.20%CSFC6を前房内のC80%程度置換し,処置後は仰臥位とした(図2).処置翌日,角膜浮腫の改善はなく,前房内ガスはC50%残存しており,DMDの詳細な評価はできなかった.処置C3日後にガスがほぼ消失したところ,角膜全体にCDMDを再度認めた.初回処置時にCSF6の注入量が十分でなかったことを反省点とし,また前房内気体注入の角膜内皮毒性(5)を懸念し,2回目の処置時にはCSF6ではなく空気を用いて前房内完全置換を行った.初回処置時に作製したサイドポートに,27CG鋭針のベベルを圧着させて空気注入を行った.この方法をとることで前房内の完全空気置換を行うことができた.処置C3時間後に眼痛を生じ,左眼眼圧C60CmmHgに上昇した.瞳孔ブロックを生じた図2手術翌日の左眼前眼部写真a,b:中央から下方にかけてCDescemet膜.離(.)がある.c:耳下側のCDescemet膜.離を生じていない部分から処置を行った.図32回目処置後の左前眼部写真a:処置直後,前房内はC100%空気置換された.b:処置C3時間後に瞳孔ブロックを生じた(.).c:前房内空気部分除去後,Descemet膜.離を生じた(.).ため空気注入で使用したサイドポートにC27CG鋭針を挿入し前房内空気の部分除去を行ったところ,DMDを再度認めた(図3).その際,残存した空気がCDescemet膜上に存在していたため,空気注入部位が誤っていたことが判明した.3度目の処置時は角膜内皮後面に確実に空気を注入するために,細隙灯顕微鏡の観察下で処置を行った.まず洗眼を行い,開瞼器をかけた.その状態で眼周囲が不潔にならないように看護師に誘導してもらいながら座位で細隙灯顕微鏡に顔を乗せ,処置中に頭が動かないように頭部を看護師が固定しつづけた.27CG鈍針を前回処置時のサイドポートから挿入したが,鈍針ではCDescemet膜を穿破できなかった.30CG鋭針を今までの処置で使用したサイドポートとは別部位の耳下側角膜輪部から刺入した.針先がCDescemet膜を穿破したことを確認し,空気注入を行った.完全前房内空気置換を行うことができたが,2回目の処置時に注入したCDescemet膜前面の空気が残存したため,2回目の処置時に使用したサイドポートへC30G針を刺入し,創口を圧迫することで残存したDescemet膜前面の空気を除去した.3度目の前房内完全空気置換後も処置C3時間後に瞳孔ブロックを生じたため,耳下側角膜輪部の創にC30CG針を再度挿入し,前房内空気の部分除去を行った.空気はC50%程度に減少したが,DMDの再燃はなく,角膜の透明性は良好であった(図4).処置翌日には完全に空気が消失したが,その後もCDMDの再発はなかった.術後半年時点でCDMDの再発はなく,角膜透明性を維持している.術後半年CVD=(0.7)まで向上し,内皮細胞数はC2,518/mm2と保たれていた(図5).CII考察今回,白内障術後にCDMDと診断し,その治療に難渋した1例を報告した.白内障手術に併発するCDMDは主創口から生じることがもっとも多いと考えられており2),術中COCTで主創口を観察したCDaiらの報告では,133例中C125例(94%)でCDMDを生じていた6).既報では白内障術後CDMDは0.04.0.5%とまれな合併症であるという報告もあったが1,2),白内障術後全例で前眼部三次元画像解析(anteriorsegmentopticalCcoherencetomography:AS-OCT)を行った報告ではC36.7%,82.0%にCDMDを生じていた4,7).白内障手術では,周辺に存在しているCDMDや小さなCDMDは検眼鏡検査のみでは見落とされることが多いと考えられる.DMDを疑う所見ではCAS-OCTの撮像が詳細な病状把握には有効であると考える.本症例ではCAS-OCTがなかったため細隙灯顕微鏡の観察のみだったが,広範囲な丈の高いCDMDであった図43回目処置後の左眼前眼部写真a:前房内完全空気置換を行った.Cb:前房内空気部分除去後,前房内の空気はC50%程度となったが,Descemet膜.離は再発せず,角膜透明性を維持した.ため診断はむずかしくなかった.本症例では術中にCDMDの拡大を把握できておらず,また術後の動画検証においても,DMDがいつ拡大したのかは不明であった.推測にはなるが,サイドポートからの器具の出し入れの際にCDescemet膜の翻転を生じており,創口閉鎖のためのハイドレーションにより.離が広がった可能性を考えた.山口らは,白内障術後CDMD6症例中C3症例がハイドレーションをきっかけに拡大したと報告しており,術中にCDMDを生じている症例では角膜内方弁にかかる位置でハイドレーションを行うと灌流液が迷入しやすいため,DMDの拡大を回避するために切開創側面の角膜実質に針先を向ける方法が安全であると考えられている8).チストトームの出し入れの際に,針先が角膜内皮側に当たることでCDMDを生じるので,器具の出し入れの際には注意が必要であり,またCDMDを生じた場合はハイドレーションの方法にも配慮が必要である.DMDは自然軽快するものが存在するが,自然軽快を得られずCDMDが長期間持続するとCDescemet膜の線維化を生じる.自然軽快を得られにくいと予想される症例では早期に治療を検討すべきである.DMDの予後予測の分類として,Mackoolらは.離の大きさ(1Cmm未満か,1Cmm以上か)9),Mulhernらは.離の部位(周辺部のみか,中央も含むか)10)を提唱している.DMDの治療基準はまだ確立したものはないが,視軸にかかるような.離範囲の大きなCDMDでは早期治療介入を検討するべきだろう.DMDの治療方法としては前房内気体注入によるタンポナーデがもっとも一般的である.これは角膜内皮移植(Des-cemetCstrippingCautomatedCendothelialkeratoplasty:DSAEK)において角膜内皮グラフトをホスト角膜実質裏面に接着させる際に用いる手技と同様である.DSAEKでは眼圧がC30.60CmmHgに上昇する程度の完全前房気体置換を少なくともC15分間行うことが接着のために重要と考えられている10).前房内完全気体置換を行う時間は術者により異なる図5術後半年の左眼前眼部写真Descemet膜.離の再発はなく,角膜透明性を維持した.が,DSAEK310症例をまとめたCRoyらの報告では,瞳孔ブロックや空気による角膜内皮障害を懸念して処置後C1時間後に前房内気体を完全に除去したが,術後CDescemet膜.離を生じた割合はC1.3%と低かった11).また,本症例でも完全前房内空気置換後C3時間で前房内空気の部分除去を行ったが,Descemet膜の接着を得られた.完全前房内気体置換を行うと,数時間後に瞳孔ブロックを生じることが多い.角膜内皮移植(DescemetCmembraneCendothelialkeratoplasty:DMEK)では瞳孔ブロック予防のため前房内空気注入を行う前に周辺虹彩切除術を行うことがあるが,周辺虹彩切除術を行っていても瞳孔ブロックを生じた報告がある12).よって前房内完全空気置換を行った後は瞳孔ブロックの予防のために処置後早期に前房内空気の部分除去を行うか,眼圧上昇をきたした際にすぐに処置ができるように慎重な処置後のフォローを行う必要がある.処置方法は.離範囲が広範囲に及ぶ場合はCDescemet膜を観察しながらでないと適切な位置に注入を行うことがむずかしい.よって広範囲CDMDの場合は細隙灯顕微鏡またはCAS-OCTでCDescemet膜の後方に注入針が入ったことを確認したうえで注入を行うべきである.本症例のようにCDescemet膜.離が角膜全体に及んだ場合は鈍針でDescemet膜を穿破することがむずかしいため注入針は鋭針を用いるべきと考える.また,DMDでは部分的なCDes-cemet膜の亀裂から房水が流入しているので,DSAEKと比較しCDescemet膜前面のフルイド除去がむずかしいことが予想される.本症例においても誤って注入したCDescemet膜前面の空気をサイドポートから除去したが,丈の高い.離となっている場合はCDescemet膜前面のフルイドを除去することが接着率向上につながると考える.結論として,本症例は広範囲に及ぶCDMDであり視力低下が著明であったため早期処置を行った.処置用顕微鏡にAS-OCTやスリット照明が搭載されていなかったため,適切な部位に空気を注入することができず,複数回の処置が必要となったが,診察用の細隙灯顕微鏡を用いることで対応することができた.DMDを生じた際にCAS-OCTが搭載された顕微鏡がない場合でも本方法であれば多くの施設で施行可能であると考える.DMDは適切な処置を行えば,治癒率の高い疾患であるので,処置の必要があれば積極的に行うべきである.文献1)ChowCVW,CAgarwalCT,CVajpayeeCRBCetal:UpdateConCdiagnosisCandCmanagementCofCDescemet’sCmembraneCdetachment.CurrOpinOphthalmolC24:356-361,C20132)TiCSE,CCheeCSP,CTanCDTCetal:DescemetCmembraneCdetachmentCafterCphacoemulsi.cationsurgery:riskCfac-torsCandCsuccessCofCairCbubbleCtamponade.CCorneaC32:C454-459,C20133)MulhernCM,CBarryCP,CCondonP:ACcaseCofCDescemet’sCmembraneCdetachmentCafterCphacoemulsi.cationCsurgery.CBrJOphthalmolC80:185-186,C19964)XiaY,LiuX,LuoLetal:EarlychangesinclearcorneaincisionCafterphacoemulsi.cation:anCanteriorCsegmentCopticalCcoherenceCtomographyCstudy.CActaCOphthalmolC87:764-768,C20095)LandryH,AminianA,Ho.artLetal:CornealendothelialtoxicityCofCairCandCSF6.CInvestCOphthalmolCVisCSciC52:C2279-2286,C20116)DaiCY,CLiuCZ,CWangCWCetal:Real-timeCimagingCofCinci-sion-relatedDescemetmembranedetachmentduringcat-aractsurgery.JAMAOphthalmolC139:150-155,C20217)FukudaCS,CKawanaCK,CYasunoCYCetal:WoundCarchitec-tureCofCclearCcornealCincisionCwithCorCwithoutCstromalChydrationCobservedCwithC3-dimensionalCopticalCcoherenceCtomography.AmJOphthalmolC151:413-419,C20118)山口大輔,西村栄一,早田光孝ほか:治療を要した小切開水晶体乳化吸引術後のデスメ膜.離.臨眼C71:1723.1729,C20179)MackoolCRJ,CHoltzSJ:DescemetCmembraneCdetachment.CArchOphthalmolC95:459-463,C197710)GharraM,AchironA,NaftaliLetal:Wound-assistedairinjectionCinCDescemetCstrippingCautomatedCendothelialCkeratoplasty.AmJOphthalmolCaseRepC26:1-3,C202211)LehmanRE,CopelandLA,StockEMetal:Graftdetach-mentrateinDSEK/DSAEKaftersame-daycompleteairremoval.CorneaC34:1358-1361,C201512)LivnyE,BaharI,LevyIetal:“PI-lessDMEK”:ResultsofCDescemet’sCmembraneCendothelialCkeratoplasty(DMEK)withoutCaCperipheralCiridotomy.CEyeC33:653-658,C2019C***