‘前房水の細胞診’ タグのついている投稿

前房水細胞診で肺癌と同型細胞(classV)が検出された難治性ぶどう膜炎の1例

2016年3月31日 木曜日

432あたらしい眼科Vol.6103,23,No.3(102)4320910-1810/16/\100/頁/JCOPY《第49回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科33(3):432.434,2016cはじめに仮面症候群をきたす疾患として,成人では悪性リンパ腫と転移性腫瘍が多く,小児では網膜芽細胞腫と白血病が多い1).転移性腫瘍のほとんどは脈絡膜転移で,腫瘤を形成することが多い.一方,虹彩毛様体に転移している場合は前部ぶどう膜炎症状を呈することがある.今回,急激な眼圧上昇を伴うぶどう膜炎と診断した症例が,腫瘤病変をきたさない肺癌転移による仮面症候群であっ〔別刷請求先〕岡部智子:〒143-8541東京都大田区大森西7-5-23東邦大学医療センター大森病院眼科Reprintrequests:TomokoOkabe,DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOmoriMedicalCenter,7-5-23Omorinishi,Ota-ku,Tokyo143-8541,JAPAN前房水細胞診で肺癌と同型細胞(classV)が検出された難治性ぶどう膜炎の1例岡部智子*1丸山貴大*2岡島行伸*1山口由佳*1鈴木佑佳*1若山恵*3堀裕一*1*1東邦大学医療センター大森病院眼科*2済生会横浜市東部病院*3東邦大学医療センター大森病院病理学講座ACaseofIntractableUveitisinWhichaCellTypeSimilartoLungCancerWasDetectedbyCytodiagnosisoftheAnteriorAqueousTomokoOkabe1),TakahiroMaruyama2),YukinobuOkajima1),YukaYamaguchi1),YukaSuzuki1),MegumiWakayama3)andYuichiHori1)1)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOmoriMedicalCenter,2)SaiseikaiYokohamashiTobuHospital,3)DepartmentofPathology,TohoUniversityOmoriMedicalCenter目的:肺癌からの仮面症候群であった腫瘍性病変を認めない難治性ぶどう膜炎の症例を報告する.症例:78歳の男性.肺腺癌で化学療法中の2014年5月,左眼の視力低下にて近医を受診した.ぶどう膜炎,眼圧上昇に対して点眼薬および点滴を繰り返したが奏効せず,東邦大学医療センター大森病院に紹介された.初診時,左眼視力手動弁,左眼圧50mmHg,角膜全面の浮腫・瞳孔縁にフィブリン様の膜が付着し,眼底は透見できなかった.ぶどう膜炎による続発緑内障として,ステロイド系のTenon.下注射を行ったが改善しなかったため,緑内障治療用インプラント挿入術を施行した.前房中の細胞診にて肺癌の組織型と同じ腺癌細胞が検出された.片眼性の急激な高度な眼圧上昇を伴うぶどう膜炎においては,固形癌による仮面症候群の可能性も留意する必要がある.Purpose:Toreportacaseofintractableuveitisinwhichaneoplasticlesionwasfoundtobeacaseofmas-queradesyndromefromlungcancer.Case:A78-year-oldmaleundergoingchemotherapyforapulmonaryadeno-carcinomahadpresentedwithblurringofvisioninhislefteyefromMay2014.Hewasdiagnosedwithuveitisandhadhighintraocularpressure.Herepeatedlyreceivedeyedropsandintravenousfeeding,butintraocularpressurecontrolwasbad.Medicaltreatmentsurgerywasperformed.Initialmedicalexaminationofhislefteyeshowedcor-rectedvisualacuityofhandmotion,intraocularpressure50mmHgandcorneaedema,fibrin-likefilmtopupilbor-derandnonvisiblefundus.Secondaryglaucomaduetouveitiswasdoubtedandsub-Tenon’scapsuleinjectionofcorticosteroidwasperformed,buttherewasnoimprovement.Hethenreceivedimplantforglaucomatreatmentofintraocularpressure.Adenocarcinomaofthesametypeaslungcancerwasdetectedbycytodiagnosisofananteri-oraqueousfloater.Inuveitiswithunilateralsuddenriseinhighintraocularpressure,thepossibilityofmasqueradesyndromeduetosolidcarcinomashouldbeconsidered.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(3):432.434,2016〕Keywords:難治性ぶどう膜炎,肺癌,仮面症候群,前房水の細胞診.intractableuveitis,lungcancer,masquer-adesyndrome,cytodiagnosisofanterioraqueous.432(102)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY6103,23,No.3(102)4320910-1810/16/\100/頁/JCOPY《第49回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科33(3):432.434,2016cはじめに仮面症候群をきたす疾患として,成人では悪性リンパ腫と転移性腫瘍が多く,小児では網膜芽細胞腫と白血病が多い1).転移性腫瘍のほとんどは脈絡膜転移で,腫瘤を形成することが多い.一方,虹彩毛様体に転移している場合は前部ぶどう膜炎症状を呈することがある.今回,急激な眼圧上昇を伴うぶどう膜炎と診断した症例が,腫瘤病変をきたさない肺癌転移による仮面症候群であっ〔別刷請求先〕岡部智子:〒143-8541東京都大田区大森西7-5-23東邦大学医療センター大森病院眼科Reprintrequests:TomokoOkabe,DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOmoriMedicalCenter,7-5-23Omorinishi,Ota-ku,Tokyo143-8541,JAPAN前房水細胞診で肺癌と同型細胞(classV)が検出された難治性ぶどう膜炎の1例岡部智子*1丸山貴大*2岡島行伸*1山口由佳*1鈴木佑佳*1若山恵*3堀裕一*1*1東邦大学医療センター大森病院眼科*2済生会横浜市東部病院*3東邦大学医療センター大森病院病理学講座ACaseofIntractableUveitisinWhichaCellTypeSimilartoLungCancerWasDetectedbyCytodiagnosisoftheAnteriorAqueousTomokoOkabe1),TakahiroMaruyama2),YukinobuOkajima1),YukaYamaguchi1),YukaSuzuki1),MegumiWakayama3)andYuichiHori1)1)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOmoriMedicalCenter,2)SaiseikaiYokohamashiTobuHospital,3)DepartmentofPathology,TohoUniversityOmoriMedicalCenter目的:肺癌からの仮面症候群であった腫瘍性病変を認めない難治性ぶどう膜炎の症例を報告する.症例:78歳の男性.肺腺癌で化学療法中の2014年5月,左眼の視力低下にて近医を受診した.ぶどう膜炎,眼圧上昇に対して点眼薬および点滴を繰り返したが奏効せず,東邦大学医療センター大森病院に紹介された.初診時,左眼視力手動弁,左眼圧50mmHg,角膜全面の浮腫・瞳孔縁にフィブリン様の膜が付着し,眼底は透見できなかった.ぶどう膜炎による続発緑内障として,ステロイド系のTenon.下注射を行ったが改善しなかったため,緑内障治療用インプラント挿入術を施行した.前房中の細胞診にて肺癌の組織型と同じ腺癌細胞が検出された.片眼性の急激な高度な眼圧上昇を伴うぶどう膜炎においては,固形癌による仮面症候群の可能性も留意する必要がある.Purpose:Toreportacaseofintractableuveitisinwhichaneoplasticlesionwasfoundtobeacaseofmas-queradesyndromefromlungcancer.Case:A78-year-oldmaleundergoingchemotherapyforapulmonaryadeno-carcinomahadpresentedwithblurringofvisioninhislefteyefromMay2014.Hewasdiagnosedwithuveitisandhadhighintraocularpressure.Herepeatedlyreceivedeyedropsandintravenousfeeding,butintraocularpressurecontrolwasbad.Medicaltreatmentsurgerywasperformed.Initialmedicalexaminationofhislefteyeshowedcor-rectedvisualacuityofhandmotion,intraocularpressure50mmHgandcorneaedema,fibrin-likefilmtopupilbor-derandnonvisiblefundus.Secondaryglaucomaduetouveitiswasdoubtedandsub-Tenon’scapsuleinjectionofcorticosteroidwasperformed,buttherewasnoimprovement.Hethenreceivedimplantforglaucomatreatmentofintraocularpressure.Adenocarcinomaofthesametypeaslungcancerwasdetectedbycytodiagnosisofananteri-oraqueousfloater.Inuveitiswithunilateralsuddenriseinhighintraocularpressure,thepossibilityofmasqueradesyndromeduetosolidcarcinomashouldbeconsidered.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(3):432.434,2016〕Keywords:難治性ぶどう膜炎,肺癌,仮面症候群,前房水の細胞診.intractableuveitis,lungcancer,masquer-adesyndrome,cytodiagnosisofanterioraqueous.432(102)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY 図1初診時の左眼の前眼部写真前房は深く,瞳孔は中等度散大.角膜浮腫が強く前房内炎症細胞や角膜後面沈着物は不詳だが,瞳孔縁にフィブリンが検出していた.た症例を経験したので報告する.I症例患者は78歳,男性で,主訴は眼痛および嘔気である.2014年5月上旬に左眼の視力低下を自覚し,近医を受診した.左眼のぶどう膜炎および眼圧上昇を認め,タフルプロストを処方された.その後も眼圧は下がらず,ブリンゾラミド・チモロールマレイン酸塩・ベタメタゾンの点眼追加およびアセタゾラミド内服を開始したが眼圧下降せず,2.3日おきにグリセオール点滴を繰り返していた.6月5日,東邦大学医療センター大森病院に紹介された.初診時視力は,右眼0.08(1.2×.3.0D(cyl.0.75DAx100°),左眼手動弁(矯正不能),眼圧は,右眼18mmHg,左眼50mmHgであった.前眼部所見は左眼に強い角膜浮腫があり,前房は深く,瞳孔は中等度散大していた.前房内炎症細胞や角膜後面沈着物は角膜浮腫のため不明であったが,瞳孔縁にフィブリンを認めた(図1).眼底は透見できなかった.肺腺癌に対する化学療法中の末期で,前立腺肥大症,逆流性食道炎,糖尿病があった.眼科的には72歳時に両眼の白内障手術を受けた.初診時,前房水のPCR(polymerasechainreaction)検査では単純ヘルペスウイルス(HSV),水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV),サイトメガロウイルス(CMV)のDNAは検出されなかった.ベタメタゾンリン酸エステルナトリウムのTenon.下注射を施行したが,眼所見は改善しなかった.その後も眼圧高値が続き,嘔気・嘔吐で体力を消耗していたため,6月7日左眼緑内障治療用インプラント挿入術(バルベルト緑内障インプラント使用)を施行した.術後眼圧は3.17mmHgで推移した.術後診察にて眼底には明らかな病図2緑内障インプラント挿入術後4日目の左眼の前眼部写真前房内全体に浮遊物を認めた.バルベルトチューブは前房内に挿入した.図3前房水の細胞診標本(Papanicolau染色,対物100倍)核腫大と核形不整を認め,核小体が目立ち,核偏在性で泡沫状の細胞質を有す異型細胞を小集塊状・散在性に認める.変はなかった.術後,前房内の白色・綿花状の浮遊物が次第に増加してきたため(図2),術後5日目に左眼の前房洗浄を施行した.前房水および前房内浮遊物の細胞診(図3)では,核腫大,核形不整,核小体の目立つ異型細胞(classV)が小集塊から散在性にみられた.これらの異型細胞は核小体が目立ち,核偏在性で細胞質が泡沫状であることから腺癌を考えるとの診断結果で肺癌の組織型(腺癌)と一致していた.その後,患者は7月上旬に死亡した.(103)あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016433 II考按今回の症例は,急激で高度な眼圧上昇をきたす難治性ぶどう膜炎が肺癌転移の仮面症候群であった.仮面症候群をきたす原因疾患は,眼CNS悪性リンパ腫や全身性悪性リンパ腫を代表とするが,ほかにも,転移性眼内腫瘍や網膜芽細胞腫などがあり,良性腫瘍や眼内異物などでも仮面症候群となりえる2,3).仮面症候群の多くで硝子体混濁や前部ぶどう膜炎などの所見を伴っているが,眼圧が上昇している症例報告は少なく,眼内悪性リンパ腫による仮面症候群で新生血管緑内障が発症し,線維柱帯切除術を施行し改善した症例4)や,バーキットリンパ腫による仮面症候群で虹彩腫瘤・毛様体腫脹を生じ,眼圧47mmHgと上昇し放射線治療で改善した症例5)などの報告がある.今回の症例では,グリセオール点滴にて眼圧が一時的に下降しても同日の夜には眼痛・嘔気が出現しており,すでに癌末期であり体力がなく,連日の通院は困難であった.そのため,強い炎症がある状態で敢えて手術療法を選択した.緑内障手術の術式としては線維柱帯切除術も検討したが,術後の眼圧コントロールの煩雑性と患者の体力を考えて,より安定すると思われた緑内障治療用インプラント挿入術(バルベルト緑内障インプラント)を選択した.インプラント術後に前房内の炎症細胞の増加は目立たなかったが,次第に白色・綿花状の浮遊物が出現し,沈殿することはなく前房内全体に増加してきたため,前房洗浄とその細胞診を行った.前房洗浄では吸引にて容易に除去できるものもあれば,虹彩に張り付いているようで鑷子ではがすようなものもあった.この時点で初めて癌転移の可能性が強いと考えて細胞診を行った.病歴から仮面症候群についてもう少し検討するべきであったと痛感している.肺癌によるぶどう膜転移部位については,上野らは83%が脈絡膜,16%が虹彩,1%が毛様体と報告6)し,坂本らは85%が脈絡膜,15%が虹彩と報告7)しており,毛様体への転移はまれである.今回,前眼部超音波検査は施行しておらず,毛様体の詳細は明らかではないが,毛様体に転移していた可能性が考えられる.本症例における眼圧上昇の原因としては,毛様体の腫脹により虹彩が後ろから圧迫され隅角が閉塞されて高度の眼圧上昇を招いた可能性,腫瘍細胞による線維柱帯が目詰まりを起こした可能性が考えられた.改めて隅角鏡や超音波生体顕微鏡(ultrasoundbiomicroscopy:UBM)での隅角検査の重要性を痛感した.片眼性の急激で高度な眼圧上昇を伴うぶどう膜炎において,腫瘍性病変を認めなくても,仮面症候群の原因として肺癌などの固形癌も考慮することが必要である.その診断には細胞診が不可欠である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)岩田大樹,北市伸義,石田晋ほか:仮面症候群.臨眼64:1650-1655,20102)中尾久美子:仮面症候群.臨眼68:66-72,20143)鈴木参郎助:仮面症候群.日本の眼科69:1155-1158,19984)降旗叶恵,仲村佳已,仲村優子ほか:仮面症候群と思われるブドウ膜炎に続発した血管新生緑内障の1症例.眼臨94:551-552,20005)菅原美香,園田康平,吉川洋ほか:造血器悪性腫瘍に伴い特異な虹彩腫瘤,毛様体腫脹を呈した仮面症候群2例.眼紀57:609-613,20066)上野脩幸,玉井嗣彦,野田幸作ほか:胞状網膜.離で発症した肺癌のぶどう膜転移例─本邦における各種癌のぶどう膜転移例についての考察─.眼紀37:560-568,19867)坂本純平,後藤浩:転移性ぶどう膜腫瘍28例の臨床的検討.眼臨101:180-182,2007***(104)