《原著》あたらしい眼科39(2):239.243,2022c全層角膜移植を施行したAxenfeld-Rieger症候群の4例島優作内野裕一三田村浩人片山泰一郎平山オサマ根岸一乃榛村重人慶應義塾大学医学部眼科学教室CPenetratingKeratoplastyinFourCasesofAxenfeld-RiegerSyndromeYusakuShima,YuichiUchino,HirotoMitamura,TaiichiroKatayama,OsamaHirayama,KazunoNegeshiandShigetoShimmuraCDepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicineCAxenfeld-Rieger症候群(ARS)は前眼部形成異常を特徴とする先天疾患であり,臨床上は治療抵抗性の緑内障や水疱性角膜症(BK)による視力低下が問題となる.今回,ARS患者に生じたCBKに対して,全層角膜移植(PKP)を施行したC4症例C5眼の長期経過を報告する.症例は平均年齢C57C±4.0歳,観察期間はC7カ月からC20年.全例で緑内障を発症し,緑内障手術を施行した.5眼中C4眼でCPKP後にCBKが再発し,複数回のCPKPを施行した.全例でCPKP術後は良好な視力回復を得た.ARS患者に生じたCBKに対するCPKPは一時的な視機能回復には効果があるが,PKPは,BKの再発により複数回の手術を繰り返す可能性が高く,慎重かつ十分なインフォームド・コンセントのもとに治療方針を決定すべきである.Axenfeld-Riegersyndrome(ARS)isacongenitaldiseasecharacterizedbyanteriorsegmentdysplasia,whichisCassociatedCwithCtreatment-resistantCglaucomaCandClossCofCvisionCdueCtoCbullouskeratopathy(BK)C.CThisCstudyCinvolved5eyesof4ARSpatients(meanage:57C±4.0years)thatunderwentpenetratingkeratoplasty(PKP)forBK,withafollow-upperiodrangingfrom7monthsto20years.Allpatientswerediagnosedwithglaucoma,andsubsequentlyunderwentglaucomasurgery.In4ofthe5eyes,BKrecurredafterPKPandmultiplePKPwereper-formed,CandCallCpatientsChadCgoodCvisualCrecoveryCafterCPKP.CAlthoughCPKPCforCBKCinCpatientsCwithCARSCisCe.ectiveintemporarilyrestoringvisualfunction,PKPislikelytoberepeatedmultipletimesduetoBKrecurrence,andthetreatmentplanshouldbedecidedundercarefulandsu.cientinformedconsent.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C39(2):239.243,C2022〕Keywords:Axenfeld-Rieger症候群,前眼部形成異常,全層角膜移植,水疱性角膜症,続発緑内障.Axenfeld-Riegersyndrome,anteriorsegmentdysgenesis,penetratingkeratoplasty,bullouskeratopathy,secondaryglaucoma.CはじめにAxenfeld-Rieger症候群(Axenfeld-RiegerCsyndrome:ARS)は前眼部の両眼性の形成異常と,歯牙,顔面骨,四肢の異常といった全身合併症を伴う先天性疾患である1.5).前眼部所見としてはCSchwalbe線の前方偏位である後部胎生環,瞳孔偏位,偽多瞳孔,irisstrandなどが特徴的である.神経堤細胞の遊走・分化の異常が原因と考えられており6),その発症率はC20万人にC1人と報告され,常染色体優性遺伝の形式をとる2,4,7).臨床上,緑内障と水疱性角膜症(bullouskeratopathy:BK)が好発することが知られており,ARSの約C50%が緑内障を発症するとされ1,2,4),治療抵抗性であることが多く,臨床上もっとも問題となる8).ARSはその希少性ゆえに,外科的治療の予後を検討した報告はきわめて少ない8).今回筆者らは,ARSを有する患者に生じたCBKに対して全層角膜移植(penetratingCkeratoplasty:PKP)を施行した4症例,5眼の長期経過を報告する.CI症例〔症例1〕53歳,女性.〔別刷請求先〕島優作:〒160-8582東京都新宿区信濃町C35慶應義塾大学医学部眼科学教室Reprintrequests:YusakuShima,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,35Shinanomachi,Shinjuku-ku,Tokyo160-8582,JAPANC図1症例1の左眼所見a:2008年C4月.BK再発時.角膜浮腫を認める.Cb:2008年C4月.PKP術直後.良好な視力回復(0.7)を得た.Cab図2症例2の右眼所見a:2017年C2月.当院初診時.著明な角膜浮腫と視力低下(0.05)を認める.Cb:2018年9月.2回目のPKP術後.良好な視力回復(1.2)を得た.主訴:両眼視力低下.既往歴:特記すべき事項なし.現病歴:出生時から両眼の視力低下を認め,前医にてARSと診断された.前医にてC34歳時に左眼の小角膜,36歳時に左眼のCBKに対してそれぞれCPKPを施行したのち,薬物治療に抵抗性の左眼高眼圧(40CmmHg程度)が持続するため,緑内障手術施行目的にC36歳時に慶應義塾大学病院(以下,当院)紹介受診となった.経過:当院初診時,両眼の瞳孔偏位,偽多瞳孔,隅角全周閉塞を認めた.眼以外に明らかな全身合併症は認めなかった.矯正視力は右眼(0.6),左眼(0.4),眼圧は右眼C10mmHg,左眼C40CmmHg.36歳時に左眼線維柱帯切除術を施行し眼圧下降を得た.しかし,その後も左眼のCBKの再発に対し,PKPをC42.48歳時に合計4回施行した(図1).52歳時に再度左眼のCBKを再発し,そのときの眼圧が27CmmHgであり,同年に左アーメド緑内障バルブ手術を施行した.53歳時の最終診察時の左眼の矯正視力は(0.05),眼圧はC10CmmHgで,Goldmann視野計で左鼻上側の視野障害を認めた(湖崎分類CIII-a相当).現在はC5回目のCPKPに向けてドナー待ちの状態である.〔症例2〕61歳,男性.主訴:両眼視力低下.既往歴:特記すべき事項なし.現病歴:55歳時に左眼の角膜潰瘍(詳細不明)にて前医受診し,ARSと両眼続発緑内障と診断された.56歳時に左眼線維柱帯切除術を施行した.57歳時に左眼白内障手術を施行し,術後にCBKを発症した.同年に左眼の角膜移植目的に当院初診となった.経過:当院初診時,矯正視力は右眼(0.05),左眼(0.01),両眼とも著明な角膜浮腫を認め,両眼CBKと診断した(図2).眼以外に明らかな全身合併症は認めなかった.57歳時に両眼のCPKPを施行した.その後右眼は白内障の進行とC21.22CmmHg程度の高眼圧を認めたため,他院にてC58.59歳時に右眼の白内障手術と線維柱帯切除術を施行した.59図3症例3の右眼所見a:2020年C1月.当院初診時.瞳孔偏位,全周性の周辺虹彩前癒着を認める.Cb:2020年C3月.PKP術後.良好な視力回復(1.0)を得た.歳時に再度両眼の視力低下を認め,当院を受診した.このとき,矯正視力は右眼(0.15),左眼(0.01),両眼の角膜浮腫を認めCBKの再発と診断した.同年に両眼に対してそれぞれ2回目のCPKPを施行した.61歳時の最終受診時に左眼のBK再発を認め,矯正視力は右眼(0.9),左眼(0.01),眼圧は右眼C15CmHg,左眼C12CmmHgで,Humphrey視野計で右眼は鼻側C2象限,左眼は全周性の視野障害を認めたが,中心視野は残存していた.現在はC3回目のCPKPに向けてドナー待ちの状態である.〔症例3〕61歳,男性.主訴:右眼視力低下.既往歴:3回の内斜視手術.現病歴:前医にて両眼前眼部形成異常と内斜視で経過観察されていた.60歳時から右眼の視力低下を自覚し,右眼CBKと診断され,角膜移植施行目的に当院紹介となった.経過:当院初診時,右眼矯正視力は(0.1),瞳孔偏位,全周性の周辺虹彩前癒着,著明な角膜浮腫を認めCARSと診断した(図3).61歳時に右眼CPKPを施行した(図4).PKP後は右眼矯正視力(1.0)と良好な視力回復を得たものの,術後の右眼眼圧はC36.38CmmHgで推移し,降圧点眼にも反応しなかったため,61歳時にアーメド緑内障バルブ手術と白内障手術の同時手術を施行した.同年の最終診察時の左眼の矯正視力は(0.9),眼圧はC32CmmHgで,Goldmann視野計では明らかな視野障害の進行はみられなかった(湖崎分類CI相当).〔症例4〕53歳,男性.主訴:両眼視力低下.既往歴:特記すべき事項なし.現病歴:生下時より両眼前眼部形成異常を指摘され近医にて経過観察されていた.15歳時に両眼視力低下を自覚し,当院紹介受診となった.図4症例4の右眼所見2012年C2月.2回目のCPKP術後.良好な視力回復(0.8)を得た.経過:当院初診時,右眼矯正視力は(0.7),後部胎生環,偽多瞳孔,瞳孔変異を認め,ARSと診断した.また,続発緑内障と診断し,点眼治療を開始した.その後点眼のみでは眼圧コントロールがつかず,26歳時に右眼,36歳時に左眼に線維柱帯切除術を施行した.36歳時から右眼視力低下を自覚し,BKと診断した.37歳時に右眼CPKP,38歳時に右眼白内障手術を施行した.術後は右眼矯正視力(0.8)程度で良好な視力回復を得たものの,44歳時に再度視力低下を自覚し,右眼矯正視力は(0.1),角膜浮腫を認めCBKと診断した.45歳時にC2回目の右眼CPKPを施行した(図4).その後右眼眼圧はC11.27CmmHgで推移し,点眼治療では眼圧コントロールがつかず,46歳時に右眼バルベルト緑内障インプラント手術を施行した.53歳時の最終診察時の右眼の矯正視力は(0.4),眼圧はC13CmmHgで,Goldmann視野計で左鼻上側の視野障害を認めた(湖崎分類CIII-a相当).表14症例のまとめ症例C153歳,女性症例C261歳,男性症例C361歳,男性症例C453歳,男性部位左眼右眼左眼右眼右眼観察期間20年2カ月5年11カ月9カ月38年緑内障有有有有緑内障手術線維柱帯切除術アーメド線維柱帯切除術線維柱帯切除術アーメド線維柱帯切除術バルベルトPKP回数6回2回2回1回2回PKP後のCBK再発回数5回1回2回0回1回最終診察時視力・眼圧(0C.05)C/10CmmHg(0C.9)C/15CrnmHg(0C.01)C/12CmmHg(0C.9)C/32CmmHg(0C.4)C/13CmmHg最終診察時視野湖崎分類CIII-a鼻側C2象限視野障害*全周性視野障害中心視野残存*湖崎分類CI湖崎分類CIII-aアーメド:アーメド緑内障バルブ手術,バルベルト:バルベルト緑内障インプラント手術,PKP:全層角膜移植,BK:水疱性角膜症.*Humphrey視野計で施行.4症例C5眼の臨床経過を表1に示す.経過中に全例で緑内障を発症し,緑内障手術(線維柱帯切除術もしくはチューブシャント術)を施行した.5眼中C2眼は初回CPKP術前に,4眼はCPKP後に緑内障手術を施行した.5眼中C4眼でCPKP後にCBKが再発し,複数回のCPKPを施行した.全例でCPKP後は良好な視力回復が得られ,拒絶反応や感染を生じた症例は認めなかった.PKP施行からCBK再発までの期間はばらつきがあり,最短ではC10カ月,最長で約C7年であった.CII考按ARSを有する患者に生じたCBKに対して,PKPを施行したC4症例の経過について報告した.いずれもCPKP施行後は良好な視力回復が得られ,グラフトの拒絶反応や感染を生じた症例は認められなかった.一方で,経過のなかでCBKの再発がしばしば生じ,複数回のCPKPを要した.ARSの原因遺伝子として前眼部の発生に深くかかわる転写因子をコードするCPITX2やCFOXC1などが同定されている.ARSにおける角膜内皮異常についてCShieldsらは,典型的には軽度の大きさ・形態のばらつきを伴う程度であり,加齢や緑内障,内眼手術の既往があるとその傾向が目立つと報告している2,4).ARSにおける内皮細胞密度減少の機序は明らかになっていないが,PITX2の変異と内皮細胞異常の関連を示したCARSの家系調査も複数存在し9,10),神経堤細胞の遊走・分化の異常による前眼部の構造異常が一因として考慮される.ARS患者に生じたCBKに対する治療として,PKPのほかに角膜内皮移植(DSAEK,DMEK)も考慮されうる.しかし,前眼部の形態異常(とくに虹彩異常)による手術操作,空気タンポナーデの可否や,線維柱帯切除術による濾過胞の有無などを含め,患者ごとに適応を慎重に検討する必要がある.また,本症例のなかには術後の眼圧コントロールに苦慮したケースが多く含まれる.一般に,PKP後は周辺虹彩前癒着による狭隅角や,長期のステロイド点眼による続発緑内障が問題となることが多い11,12).ARS患者における眼圧上昇の機序としてはCirisstrandによる房水流出抵抗の増加や,線維柱帯を含めた隅角の形成不全など複数の原因が考えられる.開放隅角と閉塞隅角の両方の要素の眼圧上昇を伴い,多くの症例で薬物治療に抵抗し,眼圧コントロールに複数回の外科的治療を要すると報告されている2,8).緑内障手術の術式は,ARSの場合,隅角形成不全を伴うことから線維柱帯切開術は選択されにくく,高い眼圧下降効果を期待し濾過手術(線維柱帯切除術もしくはチューブシャント術)が選択されることが多い.本疾患のように複数回の角膜移植を必要とする患者には,人工角膜移植が考慮される.現在もっとも普及しているCBostonCkeratoprosthesistype1(BostonKPro)は,わが国では未承認であるが,複数の報告で数年の経過においてC9割程度の高い生着率が報告されている13,14).人工角膜移植はCPKPと比較し,移植回数の減少を期待できる一方で,通常の眼圧測定ができず術後の緑内障の管理がむずかしい点や,増殖膜の増生が問題として考えられる.また,比較的若年から角膜移植を要し,長期経過をたどることの多いCARS患者においては,長期予後のさらなる検討が必要である.以上から,ARS患者に生じたCBKに対するCPKPは一時的な視機能回復には効果があるが,PKPは,BKの再発により複数回の手術を繰り返す可能性が高く,慎重かつ十分なインフォームド・コンセントのもとに治療方針を決定すべきであるといえる.文献1)FitchCN,CKabackM:TheCAxenfeldCsyndromeCandCtheCRiegersyndrome.JMedGenetC15:30-34,C19782)ShieldsCMB,CBuckleyCE,CKlintworthCGKCetal:Axenfeld-Riegersyndrome.Aspectrumofdevelopmentaldisorders.SurvOphthalmolC29:387-409,C19853)WaringCGO,CRodriguesCMM,CLaibsonPR:AnteriorCcham-berCcleavageCsyndrome.CACstepladderCclassi.cation.CSurvCOphthalmolC20:3-27,C19754)ShieldsMB:Axenfeld-RiegerCsyndrome:aCtheoryCofCmechanismanddistinctionsfromtheiridocornealendothe-lialCsyndrome.CTransCAmCOphthalmolCSocC81:736-784,C19835)Sei.CM,CWalterMA:Axenfeld-RiegerCsyndrome.CClinCGenetC93:1123-1130,C20186)WilsonME:CongenitalCirisCectropionCandCaCnewCclassi.cationCforCanteriorCsegmentCdysgenesis.CJCPediatrCOphthalmolStrabismusC27:48-55,C19907)ChildersCNK,CWrightJT:DentalCandCcraniofacialCanoma-liesofAxenfeld-Riegersyndrome.JOralPatholC15:534-539,C1986C8)ZepedaCEM,CBranhamCK,CMoroiCSECetal:SurgicalCout-comesCofCglaucomaCassociatedCwithCAxenfeld-RiegerCsyn-drome.BMCOphthalmolC20:172,C20209)KniestedtCC,CTaralczakCM,CThielCMACetal:ACnovelCPITX2CmutationCandCaCpolymorphismCinCaC5-generationCfamilyCwithCAxenfeld-RiegerCanomalyCandCcoexistingCFuchs’CendothelialCdystrophy.COphthalmologyC113:1791,C200610)QinCY,CGaoCP,CYuCSCetal:AClargeCdeletionCspanningCPITX2CandCPANCRCinCaCChineseCfamilyCwithCAxenfeldCRiegersyndrome.MolVisC4:670-678,C202011)AyyalaRS:Penetratingkeratoplastyandglaucoma.SurvOphthalmolC45:91-105,C200012)山田直之,森重直行,柳井亮二ほか:原因疾患と角膜移植後眼圧上昇の相関.臨眼C56:1355-1360,C200213)GoinsKM,KitzmannAS,GreinerMAetal:Bostontype1keratoprosthesis:VisualCoutcomes,CdeviceCretention,Candcomplications.CorneaC35:1165-1174,C201614)AravenaCC,CYuCF,CAldaveAJ:Long-termCvisualCout-comes,Ccomplications,CandCretentionCofCtheCBostonCtypeCICkeratoprosthesis.CorneaC37:3-10,C2018***