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眼窩先端部症候群7例の原因と臨床経過の検討

2024年9月30日 月曜日

《原著》あたらしい眼科41(9):1135.1140,2024c眼窩先端部症候群7例の原因と臨床経過の検討小林嶺央奈*1,2渡辺彰英*2外園千恵*2*1舞鶴赤十字病院眼科*2京都府立医科大学眼科学教室CInvestigationoftheCausesandClinicalCoursesin7CasesofOrbitalApexSyndromeReonaKobayashi1,2)C,AkihideWatanabe2)andChieSotozono2)1)DepartmentofOphthalmology,JapaneseRedCrossSocietyMaizuruHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicineC眼窩先端部症候群に必要な初期対応を明らかにするため,2009.2020年に京都府立医科大学附属病院眼科を受診したC7例の原因,治療,臨床経過を後ろ向きに検討した.患者の内訳は男性C6例,女性C1例,平均年齢C71歳,原因は副鼻腔炎C2例,眼窩先端部腫瘍C3例,特発性眼窩炎症とCTolosa-Hunt症候群がC1例であった.副鼻腔炎のC2例はともに真菌性で抗真菌薬投与を行うも失明した.腫瘍C3例はびまん性大細胞型CB細胞性リンパ腫,眼窩副鼻腔腫瘍,眼窩炎症性偽腫瘍で,リンパ腫に対し化学療法,炎症性偽腫瘍に対しステロイドパルス療法を行い,炎症性偽腫瘍例で視力が改善した.眼窩副鼻腔腫瘍は生検で確定診断に至らず,腎機能障害のためステロイド治療を行えず失明した.特発性眼窩炎症,Tolosa-Hunt症候群にステロイドパルス療法を行い視力が改善した.眼窩先端部症候群が疑われる際は迅速に画像検査を行い,副鼻腔に病変があれば耳鼻咽喉科での速やかな生検が必要である.CPurpose:ToCinvestigateCtheCcausesCandCclinicalCcoursesCinC7CcasesCofCorbitalCapexsyndrome(OAS)C.CCasereport:Thisstudyinvolved7OAScases(6males,1female;meanage:71years)seenatKyotoPrefecturalUni-versityCofCMedicine,CKyoto,CJapanCfromC2009CtoC2020.CCausesCincludedsinusitis(2cases)C,CorbitalCapextumors(3cases),idiopathicorbitalin.ammation(1case)C,andTolosa-Huntsyndrome(1case)C.Inthe2sinusitiscases,bothfungal,CblindnessCoccurredCdespiteCantifungalCtreatment.CTheC3CtumorCcases,Crespectively,CinvolvedCaCdi.useClargeCB-cellClymphoma,CanCorbitalCethmoidCsinusCtumor,CandCanCin.ammatoryCpseudotumor.CChemotherapyCwasCper-formedforthelymphomacase,andcorticosteroidpulsetherapywasadministeredforthein.ammatorypseudotu-morCcase.CImprovementCinCvisionCwasCobservedCinCtheCin.ammatoryCpseudotumorCcase.CCorticosteroidCpulseCimprovedvisionintheidiopathicorbitalin.ammationandTolosa-Huntsyndromecases.Conclusion:RapidtestingforfungalsinusitisisvitalwhenOASissuspected,andimagingandabiopsybyanotolaryngologistisnecessaryinthepresenceofsinuslesions.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C41(9):1135.1140,C2024〕Keywords:眼窩先端部症候群,副鼻腔炎,真菌感染,ステロイドパルス.orbitalapexsyndrome,sinusitis,fungalinfection,steroidpulse.Cはじめに眼窩先端部症候群は眼窩部から眼窩深部の病変により視神経管および上眼窩裂を走行する神経が障害され,全眼球運動障害と視力障害をきたす疾患である.類縁疾患として眼球運動障害と三叉神経の障害による知覚麻痺を主体とする上眼窩裂症候群や海綿静脈洞症候群があるが,眼窩先端部症候群の疾患概念としては,眼球運動障害や三叉神経障害に加えて視神経障害をきたしたものが本症候群と定義される1)(図1).原因は副鼻腔炎やサルコイドーシス,ANCA関連血管炎,炎症性疾患,感染症,腫瘍,肥厚性硬膜炎など多岐にわたる.とくに真菌性副鼻腔炎が原因の場合は致死率が高く,注意が必要である2).国内での眼窩先端部症候群について複数症例をまとめた報告は少ない3.5).今回筆者らは眼窩先端部症候群のC7症例について原因,臨床経過について検討し,必要な初期対応について若干の知見を得たので報告する.〔別刷請求先〕小林嶺央奈:〒624-0906京都府舞鶴市字倉谷C427舞鶴赤十字病院眼科Reprintrequests:ReonaKobayashi,DepartmentofOpthalmology,MaizuruRedCrossHospital,427Kuratani,Maizuru,Kyoto624-0906,JAPANC眼球運動障害上眼窩裂症候群三叉神経第1枝の刺激症状・知覚麻痺海綿静脈洞症候群眼窩先端部症候群視神経障害図1眼窩先端部症候群の類縁疾患(今日の眼科疾患治療方針第3版.679-680,医学書院,2016,BadakereCA,CPatil-ChhablaniP:Orbitalapexsyndrome:Areview.EyeBrainC11:63-72,C2019より改変)表1対象症例のまとめ症例性別年齢原疾患治療治療前視力治療後視力再発C1男性C71真菌性副鼻腔炎CESSCVRCZCVD=(0C.2)CVD=SL-なしC2男性C78真菌性副鼻腔炎CESSCAMPH-BCVS=30Ccm/CFCVS=SL-なしC3男性C74CDLBCLR-CHOP療法CVS=(0C.5)CVS=(0C.8)なしC4男性C75炎症性偽腫瘍CMPSLpuluseCVS=30Ccm/CF不明不明C5男性C85眼窩副鼻腔腫瘍経過観察CVS=(0C.8)CVS=SL+不明C6女性C76Tolosa-Hunt症候群CMPSLpulseCVS=(0C.6)CVS=(0C.7)なしC7男性C66特発性眼窩炎症CMPSLpulseCVD=(C0.15)CVD=(0C.8)なしMPSL:methylprednisolone,ESS:endoscopicsinussurgery,VRCZ:voriconazole,AMPH-B:amphoteri-cin,DLBCL:di.uselargeB-celllymphoma.I方法2009年C1月.2020年C12月に京都府立医科大学附属病院眼科(以下,当科)を受診し,眼窩先端部症候群と診断した7症例について診療録をもとに原因,治療,臨床経過を検討した.画像検査で眼窩先端部に病変を認め,動眼神経麻痺や外転神経麻痺による眼球運動障害,三叉神経第一枝の障害のいずれかの障害に加えて視神経障害があったものを眼窩先端部症候群と診断した.II結果7例の内訳は男性C6例,女性C1例,年齢はC66.85歳(平均C71.7C±6.3歳)であった(表1).原因となった疾患は,副鼻腔炎がC2例,眼窩先端部腫瘍がC3例,Tolosa-Hunt症候群がC1例,特発性眼窩炎症がC1例であった(図2).副鼻腔炎C2例はともに真菌性副鼻腔炎であり,耳鼻咽喉科での内視鏡下副鼻腔手術(endoscopicCsinussurgery:ESS)による生検で真菌塊を認めた.症例C1の原因真菌はCAsper-gillusCfumigatusであったが,症例C2は生検部位より真菌が検出されたが真菌の種類を同定することはできなかった.症例C1は他科入院中に視力低下がみられ,当科紹介となった.当科初診時の右眼矯正視力はC0.2であったが軽度白内障を認めるのみで,眼瞼下垂および眼球運動障害を認めなかった.その数日後より眼瞼下垂,眼球運動障害を生じ,画像検査で副鼻腔炎および眼窩先端部に占拠性病変を認め(図3),耳鼻咽喉科のCESSで真菌塊を認めたことから抗真菌薬による治療が開始された.視力低下を自覚してからすでに約C3週間が経過しており,治療の効果は乏しく失明となった.症例C2は左眼の眼瞼下垂と視力低下の症状から始まり,次第に悪化して全眼球運動障害を呈したため画像検査を行った図3症例1における頭蓋内MRIT1強調画像(Ca),T2強調画像(Cb).水平断画像(Cb)で眼窩部に低信号の病変を認める.T2強調STIR画像(Cc).右篩骨洞後方から眼窩先端部および海綿静脈洞にかけて病変を認める.ところ,蝶形骨洞内に軟部陰影を認めた(図4).しかし,症状が出現してから受診までの日数が長く,抗真菌薬による治療が開始されるまで約C1カ月が経過しており,投薬の効果なく失明となった.眼窩先端部腫瘍によるC3症例はそれぞれ,びまん性大細胞型CB細胞性リンパ腫(di.useClargeCB-celllymphoma:DLBCL),炎症性偽腫瘍,眼窩副鼻腔腫瘍であった.症例C3は,篩骨洞の軟部陰影が骨破壊を伴い,眼窩先端部や海綿静脈洞へ進展していた.耳鼻咽喉科でのCESS術中所見から真菌感染が疑われたため抗真菌薬による治療が開始されたが,生検結果からCDLBCLと診断されたため,血液内科へ紹介となり化学療法が行われた.矯正視力は白内障手術が行われた影響もあり,治療前後でC0.5からC0.7まで改善した.症例C4は,前医にて心臓カテーテル治療の入院中に視野欠損を自覚,視力が光覚弁となり精査加療のため当院へ紹介となった.MRI検査を行ったところ眼窩先端部に炎症性腫瘤を認めた.副鼻腔炎を認めず,採血上も真菌感染は否定的であったため,診断的治療としてステロイドパルス療法を行った.指数弁まで視力は回復したが,その後は前医へ転院され,前医にてステロイドパルス療法継続となったため治療後の視力は不明である.症例C5は,眼窩および篩骨洞後方の骨破壊を伴う腫瘍であった(図5).耳鼻咽喉科での生検では炎症細胞の浸潤や肉芽組織,線維性組織を認めるのみで積極的に腫瘍を疑う病理結果ではなく,確定診断に至らなかった.病変が広範囲にわたり手術不可能であったこと,透析中で腎機能障害があることを考慮し,ステロイド治療を行わずに経過観察の方針となった.当科初診時の視力は裸眼視力でC0.8であったが,眼窩先端部への病変の進展により光覚弁となった.Tolosa-Hunt症候群の症例6,特発性眼窩炎症の症例C7の2症例はステロイドパルス療法が行われた.症例C6は治療前後で視力はC0.6からC0.7とわずかな改善がみられたのみであbcd図4症例2におけるCT・MRI画像a,b:CT画像.左蝶形骨洞内から眼窩先端部に軟部陰影および,左内側壁の骨破壊を認める.Cc,d:MRI画像.T2強調画像(Cd)で左蝶形骨洞および眼窩先端部に低信号の病変を認める.った.一方,症例C7では治療前後でC0.15からC1.0と著明な視力改善を認め,眼球運動障害の改善も認めた.CIII考按眼窩先端部症候群は眼窩部から眼窩深部の病変により視力低下や眼球運動障害をきたす比較的まれな疾患である.原因は多岐にわたり,原因疾患によって治療方針も異なる.原因検索のため,MRIやCCT,必要に応じて造影検査も追加する.また,血液検査で全血液計測やCCRP,肝・腎機能に加え,ANCA関連血管炎やサルコイドーシス,IgG4関連疾患,悪性リンパ腫などを考慮した検査を行う.今回の検討で真菌性副鼻腔炎が原因となったC2例は,その他の症例と比較して視機能の改善に乏しく,重篤な経過となった.既報でも副鼻腔炎が原因となる眼窩先端部症候群のうち,とくに真菌感染症によるものは重篤な転機をたどった報告もあり注意が必要である6.9).真菌性副鼻腔炎は周辺部組織に浸潤する浸潤型と,周辺浸潤を伴わない非浸潤型に分けられる.浸潤型副鼻腔真菌症はC2.3%とまれであるが10)頭蓋内にまで及んだ浸潤型眼窩先端部症候群では死亡例も報告されている6).また,真菌感染のなかでも頻度の高いCAsper-gillusCfumigatusは空気中の胞子から体内に吸入されることで感染し,さらに血管との親和性が高いため血管壁を突破し全身へ散布される.血栓症や動脈瘤,膿瘍といった合併症の報告もあり6.8)早期の診断と治療が重要と考えられる.真菌感染症による副鼻腔炎が原因となった眼窩先端部症候群を画像所見のみで診断することはむずかしい.しかし,真菌性副鼻腔炎では真菌内のアミノ酸代謝産物の鉄,マグネシウム,マンガンが常磁性体効果を有し,T2画像で低信号を示すとされており,画像上の特徴として留意すべきである11,12).また,採血で真菌感染を示唆するCb-Dグルカンが陰性のこともあり9)b-Dグルカンが陰性であるからといって真菌感染の可能性を除外することはできない.本検討でも真菌性副鼻腔炎のC2症例はCb-Dグルカンは陰性であった.そのため速やかに耳鼻咽喉科で副鼻腔手術による病変部位の生検を行い,真菌を証明することが重要となる.越塚らは,診断と治療の時間を要し死亡に至った浸潤型副鼻腔真菌症による眼窩先端部症候群の症例報告から,副鼻腔真菌症での生検の重要性を説いている13).最近では内視鏡手術の発達により安全で低侵襲な生検が行えるようになっており,易感染性患者での眼窩先端部症候群では浸潤型副鼻腔真菌症を念頭に,適切な時期に慎重に内視鏡生検を行う必要性を指摘している.本検討の症例C1は,当初は視力低下のみで眼瞼下垂や眼球運動障害などの症状に乏しく,副鼻腔真菌症による眼窩先端部症候群の診断には至らなかった.視力低下を自覚して数日してから眼瞼下垂や眼球運動障害が出現し,耳鼻咽喉科での内視鏡手術と副鼻腔の生検を行い副鼻腔真菌症の診断に至った.症例C2では画像検査で骨破壊を認め,浸潤型副鼻腔真菌症となっていた.これらのC2症例は既往に糖尿病や慢性腎臓病といった易感染性の全身疾患を有し,ハイリスク患者であった.こうした患者では真菌感染を念頭に,早期の鼻内視鏡による副鼻腔炎の生検が必要であったと考えられる.また,篩骨洞後方や蝶形骨洞など内視鏡手術が困難な深部の病変で生検が困難な場合や,病変部が小さく画像による判断がむずかしい患者では診断に難渋する.こうした症例に対しては患者背景の詳細な聴取や経時的な臨床経過,放射線科医や耳鼻咽喉科医,眼科医の複数の専門医の意見を総合的に判断し,治療方針を決定する必要がある.診断的治療を行う場合は,安易なステロイド投与が感染の悪化を招くことがあるため注意しなくてはならない.炎症性腫瘍やCTolosa-Hunt症候群,特発性眼窩炎症が原因となった症例4,6,7に関してはステロイドパルス療法で視機能の改善がみられた.炎症性疾患が原因である患者に対してはステロイドによる治療を積極的に行うことで良好な視力が得られると考えられる.しかし,悪性リンパ腫や真菌感染ではステロイド治療により一時的に鎮静化しても,その後再燃し病状を悪化させ,結果として予後が悪くなることがある.そのためステロイド治療前に,悪性リンパ腫や真菌感染症による眼窩先端部症候群を否定しておくことが望ましい.画像検査や採血で真菌感染が疑われ,患者背景に易感染性のある場合はステロイド治療を開始する前に,耳鼻咽喉科で病変部位の生検を依頼する必要があると考えられる.以上,当科における眼窩先端部症候群のC7例の原因と臨床図5症例5におけるCT画像眼窩後方の篩骨洞側に骨欠損像を認める.経過を報告した.眼窩先端部症候群のうち真菌感染による副鼻腔炎が原因であった症例は,結果的に抗真菌薬治療開始が遅れたことで視力予後が不良であった.眼窩先端部症候群を疑った際には,まず画像検査にて真菌感染による副鼻腔炎が原因であるかどうかを疑い,副鼻腔に病変があれば速やかに耳鼻咽喉科へ依頼し生検を施行することが重要である.また,副鼻腔炎を伴わない場合はその他の原因疾患を想起し検査を進め,適切な診断および治療につなげる必要がある.文献1)KjoerI:ACcaseCofCorbitalCapexCsyndromeCinCcollateralCpansinusitis.ActaOphthalmolC23:357,C19452)TurnerJH,SoudryE,NayakJVetal:SurvivaloutcomesinCacuteCinvasiveCfungalsinusitis:aCsystematicCreviewCandquantitativesynthesisofpublishedevidence.Laryngo-scopeC123:1112-1118,C20083)二宮高洋,檜森紀子,吉田清香ほか:東北大学における眼窩先端部症候群C19例の検討.神経眼科36:404-409,C20194)藤田陽子,吉川洋,久冨智朗ほか:眼窩先端部症候群の6例.臨眼59:975-981,C20055)中島崇,青山達也,奥沢巌ほか:眼窩尖端症候群をきたした数例についての解析.臨眼32:930-936,C19786)津村涼,尾上弘光,末岡健太郎ほか:浸潤型蝶形骨洞アスペルギルス症による死亡例と生存例.あたらしい眼科C39:1256-1260,C20227)YipCCM,CHsuCSS,CLiaoCWCCetal:OrbitalCapexCsyndromeCdueCtoCaspergillosisCwithCsubsequentCfatalCsubarachnoidChemorrhage.SurgNeurolIntC3:124,C20128)戸田亜以子,坂口紀子,伊丹雅子ほか:副鼻腔真菌症に続発した海綿静脈洞血栓症と内頸動脈瘤による眼窩先端部症候群のC1例.臨眼72:1277-1283,C20189)甘利達明,澤村裕正,南館理沙ほか:非浸潤型副鼻腔アスペルギルス感染症により視神経症を呈したC1例.臨眼C74:C907-912,C2020C10)FukushimaT,ItoA:Fungalinfection.JpnClinMedC41:CneseCde.ciencyCinAspergillusCniger:evidenceCofC84-97,C1983CincreasedCproteinCdegradation.CArchCMicrobialC141:266-11)ZinreichCSJ,CKennedyCDW,CMalatCJCetal:FungalCsinus-268,C1985itis:DiagnosisCwithCCTCandCMRCimaging.CRadiology13)越塚慶一,花澤豊行,中村寛子ほか:眼窩先端症候群を伴C169:439-444,C1988った浸潤型副鼻腔真菌症のC2症例.頭頸部外科C25:325-12)MaCH,CKubicekCCP,CRohrM:MetabolicCe.ectsCofCmanga-332,C2015***

片眼の下転障害を初発とし,全眼球運動障害に至ったMiller Fisher症候群の1例

2017年9月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科34(9):1330.1333,2017c片眼の下転障害を初発とし,全眼球運動障害に至ったMillerFisher症候群の1例山本美紗古川真二郎平森由佳寺田佳子原和之地方独立行政法人広島市立病院機構広島市立広島市民病院眼科CACaseofMillerFisherSyndromewithTotalOphthalmoplegiainBothEyesDevelopedafterOnsetofUnilateralInfraductionDe.ciencyMisaYamamoto,ShinjiroFurukawa,YukaHiramori,YoshikoTeradaandKazuyukiHaraCDepartmentofOphthalmology,HiroshimaCityHiroshimaCitizensHospital目的:今回筆者らは左下直筋障害で発症し,全眼球運動障害へ進行したCMillerFisher症候群のC1例を経験したので報告する.症例:31歳,女性.前日からの複視の精査加療目的で当科を受診.初診時,主訴は下方視時の複視であった.眼球運動検査で左眼下転障害を認めた.自覚的に左眼下直筋の作用方向で複像間距離が最大であった.全身の神経学的検査では異常は認められなかった.頭部磁気共鳴画像検査で左上顎洞炎の所見を認め,複視の原因として炎症の波及が疑われた.4日後,歩行障害,全眼球運動障害が出現した.これらの所見と抗体測定により,MillerFisher症候群と診断された.CPurpose:WereportacaseofMillerFishersyndromewithtotalophthalmoplegiainbotheyesaftertheonsetofleftinferiorrectusmusclepalsy.Case:A31-year-oldfemalewithacuteonsetdiplopiaatdownwardgazefromthepreviousdaywasreferredtous.Eyeexaminationrevealedinfraductiondefectinthelefteye.VerticaldiplopiaappearedCwithCtheCdownwardCgazeConlyCandCincreasedCwithClowerCleftward.CGeneralCneurologicalCexaminationCdidCnotshowanyabnormalities.Leftmaxillarysinusitiswasdetectedwithmagneticresonanceimaging,thein.amma-tionwasconsideredtobeacauseofherverticaldiplopia.After4days,shedevelopedataxiaofgaitandtotaloph-thalmoplegia.CBasedConCtheCaboveC.ndingsCandCidenti.cationCofCantibodiesCinCserum,CMillerCFisherCsyndromeCwasCdiagnosed.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(9):1330.1333,C2017〕Keywords:MillerFisher症候群,副鼻腔炎,全眼球運動障害,先行感染.MillerFishersyndrome,sinusitis,totalophthalmoplegia,priorinfection.Cはじめに眼球運動は虚血,頭蓋内病変,炎症などさまざまな疾患により障害される1).悪性腫瘍や動脈瘤による報告もあり1),眼球運動障害の原因を早期に特定することは臨床上重要である.眼球運動障害を伴い,重症化すれば全身的に異常をきたす疾患としてCMillerCFisher症候群(MillerCFisherCsyn-drome:MFS)がある.MFSは,1956年にCMillerCFisherによって報告された急性に発症する外眼筋麻痺,運動失調,深部腱反射の低下をC3徴とする疾患である2).眼球運動所見は両眼の全眼球運動障害を呈することが知られている.MFSの約C9割に先行感染の既往が認められており,眼球運動障害をきたす患者に対して,先行感染の既往を聴取することはCMFSの鑑別において重要であると報告されている3,4).今回筆者らは,左下直筋障害で発症し,全眼球運動障害へ進行したCMFSのC1例を経験し,初診時の問診によるCMFSの鑑別が重要であると考えられたため,報告する.CI症例31歳,女性.左上顎歯痛により,歯科を受診したところ左副鼻腔炎を指摘され,翌日耳鼻咽喉科を受診.左急性副鼻〔別刷請求先〕山本美紗:〒730-8518広島市中区基町C7-33地方独立行政法人広島市立病院機構広島市立広島市民病院眼科Reprintrequests:MisaYamamoto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,HiroshimaCityHiroshimaCitizensHospital,7-33Motomachi,Nakaku,Hiroshima730-8518,JAPAN1330(118)腔炎と診断され,抗菌薬内服による治療を開始された.しかし,同日夕方から発熱,頭痛,複視が出現し,翌日再度耳鼻咽喉科を受診.副鼻腔炎の増悪が疑われ精査加療目的で,2016年C3月下旬当院耳鼻咽喉科を紹介で初診.さらに同日,複視の精査目的のため当科を紹介で初診.当科初診時所見:主訴は前日からの下方視時の複視であった.視力は両眼とも矯正で(1.0).眼位は交代遮閉試験で軽度の外斜位.眼球運動検査で左眼下転障害を認めた.眼瞼下垂は認められなかった.Hess赤緑試験で左眼の下転,上転障害が認められた(図1上).しかし,自覚的には左眼下直筋の作用方向で複像間距離が最大であり,正面視と上方視で複視の訴えはなかった.両眼単一視野検査では,下方注視のみで複視が認められた(図1下).瞳孔は正円同大で,対光反射も直接反応,間接反応ともに迅速であった.前眼部,中間透光体,眼底に異常は認められなかった.副鼻腔CcomputedCtomography(CT)では,左上顎洞に陰影所見が認められた(図2a).採血検査で,CRP値はC0.212と高値を示した.複視の原因としては上顎洞炎の所見は軽度であると考え,全身的な精査も含めて神経内科に精査を依頼した.全身の神経学的な検査では異常を認めなかった.頭部magneticCresonanceCimaging(MRI)で,両側の上顎洞と視図1初診時のHess赤緑試験と両眼単一視野上:Hess赤緑試験.左眼下転,上転障害が認められた.下:両眼単一視野.下方注視時のみ複視が認められた.C神経が高輝度に描出された(図2b).年齢と性別を考慮し視神経炎および多発性硬化症も疑われた.しかし,矯正視力は良好で視力低下の訴えはなく,視神経乳頭および瞳孔所見は正常であった.さらにCMRI上,頭部に異常は認められず全身に神経学的な異常を認めなかったことから多発性硬化症は否定された.複視の原因として上顎洞と視神経の高輝度所見は左側に優位に認められており,上顎洞の炎症が眼窩内に波及したと考えた.眼窩内への炎症の波及以外に複視の原因と考えられる異常所見を認めず,左眼窩下直筋近傍への上顎洞炎の波及と診断され経過観察となった.経過:2日後より症状が悪化し前回受診時よりC4日後,耳鼻科を再診.歩行障害,力が入りにくいなどの神経学的異常が認められたため,神経内科,眼科へ再び精査目的で受診.再診時の眼球運動検査では,左眼瞼下垂および,両眼の全眼球運動障害が認められた(図3).両側性の外眼筋麻痺と歩行障害の所見からCMFSを疑い,再度詳細に問診を行ったところ,10日前に発熱の既往があった.抗体検査では抗CGQ1b図2CT,MRI所見a:CT.左上顎洞に陰影所見が認められた.Cb:MRI.両側の上顎洞と視神経が高輝度に描出された.図3再診時の9方向眼球運動写真両眼ともに全眼球運動が認められた.抗体陽性でありCMFSの診断が確定した.入院加療が行われ,免疫グロブリン大量静注法がC5日間施行された.加療C4日目より症状の改善を認め,約C1カ月後の再診時には眼球運動障害,歩行障害ともに消失していた.CII考按眼球運動はさまざまな疾患により障害され,なかには悪性腫瘍や動脈瘤など生命予後にかかわる重症例の報告もあり,眼球運動障害の原因を早期に特定することは臨床上重要である1).今回筆者らは,片眼の左眼下直筋障害で発症し,全眼球運動障害に進行したCMFSを経験した.初診時には症状が軽度であったため,複数の診療科を受診しさまざまな検査が行われたが診断に至らなかった.MFSについてC3徴が揃わない不完全例が多く報告されている.全眼球運動障害または両側性外転神経麻痺を示したMFSについての報告では3,4),発症直後の眼球運動所見が不明である.MFSは臨床症状のピークに向かうにつれて全身状態が悪化することから眼球運動障害も同様の経過を辿ると考えられる.本症例は,左下直筋の単筋障害で発症し,全身症状の増悪とともに全眼球運動障害へと進行した.これは過去に両側性眼球運動障害と報告された症例においても,片眼性あるいは単筋の眼球運動障害であった可能性を示唆する.歩行障害や全外眼筋麻痺などの所見を示していればCMFSの診断は容易であると考えられる.しかし,患者はCMFSの診断が行われるまでに複数の医療機関を受診するとの報告があり4),MFSは本症例のように発症初期には典型的な両眼性眼球運動障害を示さない可能性があると考えられた.よって急性発症の眼球運動障害を呈する症例においては,片眼性で単筋の障害であったとしてもCMFSの可能性を念頭に置く必要があると考える.MFSのC3徴以外の特徴として先行感染の存在,眼瞼下垂,顔面神経麻痺,瞳孔障害,眼球運動痛,四肢のしびれ,異常感覚が報告されている3,4).なかでも先行感染は約C9割に認められることが報告されている.感染症状から神経症状発現までの期間は同日発症からC30日までの範囲で,2週間以内が約C9割を占める3,4).MFSの感染因子はCCampylobacterjejuni,HaemophilusCin.uenzaeなどが知られている5).HaemophilusCin.uenzaeが感染因子として示唆された副鼻腔炎によるCMFSの報告もある6,7).本症例は上顎洞炎の原因菌の同定は行っていないが,上顎洞炎発症から半日以内に複視が出現しており,10日前の発熱の既往が先行感染として疑わしいと考えられた.本症例はCHess赤緑試験で左眼に上転障害も認められた.上転障害があれば上方視時にも複視を自覚すると考えられるが,複視は下方視時のみで認められている.正面視で上下斜視を認めていないことから,下転障害とともに上転も障害されていた可能性はあるが,下転障害に比べ軽度であったために視診および自覚的検査では検出できなかったと考えた.教科書的に後天性眼球運動障害の診断における問診には家族歴,既往歴,発症状況,日内変動,疼痛,全身疾患の有無などの記載がある8).しかし,先行感染の既往については見逃されやすいと考えられた.今回,左下直筋障害で発症し,全眼球運動障害へ進行したCMFSのC1例を経験した.後天性眼球運動障害の原因が判明してない段階では,MFSの可能性を考慮し,単筋の運動障害が疑われても先行感染の既往の聴取が臨床上簡便かつ重要であると考えた.文献1)Yano.CM,CDukerCJ:ParalyticCStrabismus.COphthalmologyC4thEdition,1225-1232,e2,ELSEVIER,London,20142)FisherCM:AnCunusualCvariantCofCacuteCidiopathicCpoly-neuritis(syndromeofophthalmoplegia,ataxiaandare.ex-ia).NEnglJMedC255:57-65,C19563)大野新一郎:Fisher症候群.あたらしい眼科30:775-781,2013染が示唆されたFisher症候群.日耳鼻C111:628-631,C4)大野新一郎,三村治,江内田寛:Fisher症候群C19例の2008臨床解析.日眼会誌119:63-67,C20157)小川雅也,古賀道明,倉橋幸造ほか:Haemophilusin.uen-5)KogaCM,CYukiCN,CTaiCTCetCal:MillerCFisherCsyndromeCzae感染の先行が示唆されたCFisher症候群のC1例.脳神経CandHaemophilusin.uenzaeinfection.NeurologyC57:686-54:431-433,C2002691,C20019)三村治:神経眼科診察法.神経眼科を学ぶ人のために,6)井上博之,古閑紀雄,石田春彦ほか:蝶形骨洞炎の先行感p17-18,医学書院,2014***

涙囊炎に合併した副鼻腔画像所見

2017年7月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科34(7):1065.1068,2017c涙.炎に合併した副鼻腔画像所見五嶋摩理*1,2齋藤勇祐*2小栗真美*2山本英理華*1尾碕憲子*1川口龍史*1村上喜三雄*1松原正男*2齋藤誠*3*1がん・感染症センター都立駒込病院眼科*2東京女子医科大学東医療センター眼科*3がん・感染症センター都立駒込病院臨床研究支援室ComputedTomographyImagingofSinusinDacryocystitisMariGoto1,2),YusukeSaito2),MamiOguri2),ErikaYamamoto1),NorikoOzaki1),TatsushiKawaguchi1),KimioMurakami1),MasaoMatsubara2)andMakotoSaito3)1)DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanKomagomeHospital,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversityMedicalCenterEast,3)DivisionofClinicalResearchSupport,TokyoMetropolitanKomagomeHospital目的:涙.炎を合併した鼻涙管閉塞における鼻腔や副鼻腔の異常をcomputedtomography(CT)で調べ,炎症の関与および手術に際しての留意点を予測した.対象および方法:涙.鼻腔吻合術の術前に副鼻腔CTを施行した片側性の慢性涙.炎症例36例の患側におけるCT所見を健側と比較検討した.結果:副鼻腔炎と副鼻腔炎術後例の合計は,患側のみが9例,健側のみが1例であり,患側に有意に多かった.鼻中隔弯曲は,患側と健側への弯曲がそれぞれ5例ずつで,両側の狭鼻腔を3例に認めた.本人の記憶にない鼻骨骨折と患側の眼窩壁骨折が1例ずつ発見された.結論:慢性涙.炎における副鼻腔の炎症は,健側に比べて患側で有意に多かった.Purpose:Toreporton.ndingsinthenasalcavityandsinusbycomputedtomography(CT)incasesofdac-ryocystitis,forassessmentofunderlyingin.ammatoryfactorsandsurgicalprecautions.Method:Investigatedwere36unilateralcasesofchronicdacryocystitisthatunderwentsinusCTpriortodacryocystorhinostomy(DCR).CT.ndingswerecomparedwiththefellowside.Result:Sinusitiscasespluspostsurgicalsinusitiscasestotaled9onthedacryocystitissideonly,versusoneonthefellowsideonly,provingastatisticallysigni.cantdi.erence.Nasalseptumwasdeviatedtothedacryocystitissidein5casesandtothefellowsidein5cases.Threecasesshowedbilaterallynarrownasalcavity.Asymptomaticfracturewasfoundinthenasalboneandtheorbital.oorindi.erentcases.Conclusion:In.ammationofthesinusonthedacryocystitissidewassigni.cantlymorefrequentthanonthefellowside.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(7):1065.1068,2017〕Keywords:CT,涙.炎,副鼻腔炎,無症候性骨折,涙.鼻腔吻合術.computedtomography,dacryocystitis,si-nusitis,asymptomaticbonefracture,dacryocystorhinostomy.はじめに鼻涙管閉塞の発生には,炎症が関与するとされる1,2).Kallmanらは,鼻涙管は,解剖学的に鼻腔や副鼻腔と隣接しているため,これらの部位の炎症が,鼻涙管に波及する可能性があると指摘している3).筆者らは,涙.炎を合併した鼻涙管閉塞における鼻腔や副鼻腔の異常をcomputedtomography(CT)で調べ,炎症の関与および手術に際しての留意点を予測したので報告する.I対象および方法対象は,平成23年8月.平成27年1月に,東京女子医科大学東医療センターまたは都立駒込病院において,涙.鼻腔吻合術の術前検査として副鼻腔CTを施行した片側性の慢性涙.炎(涙管通水時に排膿を認める鼻涙管閉塞)症例36例36側(男性11例,女性25例),年齢28.95歳(平均70.3±標準偏差13.5歳)である.患側は,右が22例,左が14例であった.〔別刷請求先〕五嶋摩理:〒113-8677東京都文京区本駒込3-18-22がん・感染症センター都立駒込病院眼科Reprintrequests:MariGoto,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanKomagomeHospital,CenterforCancerandInfectiousDiseases,3-18-22Honkomagome,Bunkyo-ku,Tokyo113-8677,JAPAN表1副鼻腔CTの結果年齢性別患側副鼻腔炎*副鼻腔炎術後*鼻中隔弯曲**その他*72男左左眼窩内壁骨折(図3)77女左左75女右左73女右右85女右右左鼻骨骨折75男右右(真菌性)(図1)64女左左78女右右,左32女右右82男右81男右右左71男左狭鼻腔(図2)66女右右狭鼻腔74女右83女左80女左左右75女左66男右82女左28女右44女左左右74男左61女左63女右右69女右63女左60女左60女右左77男右狭鼻腔67男右右72男右72女右75女右79男右右79女右右95女左右患側におけるCT所見を健側と比較検討した.検討項目は,副鼻腔炎の有無(副鼻腔に膿の貯留が認められるものを副鼻腔炎と診断した),副鼻腔手術の既往,鼻中隔弯曲の方向,狭鼻腔ならびに骨折の有無とした.II結果(表1)副鼻腔炎:患側の慢性上顎洞炎を男性11例中2例(19%),女性25例中5例(20%)に認めた.このうち男性1例で石灰化を伴い,真菌性副鼻腔炎と考えられた(図1).ほか男性1例,女性2例が患側の上顎洞炎術後であった.一方,健側における慢性上顎洞炎は女性1例で,健側の上顎洞炎術後例は,両側術後の女性1例のみであった.副鼻腔炎合併例と副鼻腔炎術後例を合計すると,36例中11例(30.5%)であった.これらを患側と健側に分けて検討すると,患側のみが9例,健側のみが1例となり,副鼻腔の炎症は,術後例も含めると,有意差をもって涙.炎と同側に認められた(二項検定,p=0.039).鼻中隔弯曲と狭鼻腔:鼻中隔弯曲は患側方向,健側方向にそれぞれ5例ずつ,いずれも男性1例,女性4例に認められた.このうち,上顎洞炎も合併した症例は,健側に弯曲した2例であったため,上顎洞炎を合併しない鼻中隔弯曲例に限ると,この2例を除く8例中,患側への弯曲が5例(62%)となった.患側への弯曲例も,全例涙.鼻腔吻合術鼻内法が施行できた.一方,両側の狭鼻腔は男性2例,女性1例に認められ(図2),涙.鼻腔吻合術鼻外法が適応となった.骨折:鼻骨骨折と眼窩壁骨折が1例ずつ発見された.鼻骨骨折は女性の健側にみられ,軽度であった.一方,男性の患側における眼窩内壁骨折では,眼窩内容の脱出も伴っていたが(図3),複視や眼球運動制限などの自覚症状はなかった.涙.鼻腔吻合術は鼻内法で行ったが,のみの使用を避けた.いずれの症例も,撮影後の問診で外傷歴が判明した.III考按鼻涙管閉塞は,中高年の女性に多く,顔面骨格の違いが性差の背景にある可能性が指摘されている4).一方,鼻涙管閉塞においては,鼻性の要因が関与し,炎症が遷延・再燃しやすい可能性が推察されている3,5).上岡は,涙道閉塞307例の術前検討で,副鼻腔炎が18例,副鼻腔炎術後が19例,鼻中隔弯曲が4例,顔面骨骨折が男性のみで3例認められたと報告している5).このことから,副鼻腔の炎症ないし術後の炎症が涙道閉塞の契機になった可能性が考えられた.上岡の報告では,副鼻腔炎と副鼻腔炎術後例の合計は,307例中37例(14%)となるが,涙.炎合併の有無に関する記載がなく,涙.炎を合併しない閉塞例も含まれることが本検討と異なると考えられる.一方,Dinisらは,60例の涙.炎症例におけるCT所見か*太字は患側,**太字は患側方向.図1真菌性副鼻腔炎合併例のCT右真菌性上顎洞炎(★)を合併した右鼻涙管閉塞例.図2両側狭鼻腔例のCT両側の狭鼻腔(.)を認める左鼻涙管閉塞例.涙.鼻腔吻合術は鼻外法で施行した.★図3眼窩壁骨折合併例のCT左眼窩内壁骨折(.)を合併した左鼻涙管閉塞例.涙.鼻腔吻合術は鼻内法で行ったが,のみの使用を避けた.ら,副鼻腔炎の頻度が対照群と比較して差がなかったとしている6).しかし,これら既報においては,健側と患側に分けての検討がされていない.筆者らは,涙.炎を合併した片側性の鼻涙管閉塞例について検討を行い,副鼻腔炎と副鼻腔炎術後例を合わせると,患側に有意に多いという結果を得た.本検討でみられた副鼻腔炎はいずれも上顎洞炎であったが,上顎洞は,鼻涙管に近接し,中鼻甲介の下方に位置する自然孔である半月裂孔に開口するため,この部位の炎症が鼻涙管にも波及した可能性がある3).副鼻腔炎術後例に関しては,術前の副鼻腔の炎症のほか,手術そのものによる炎症の影響も考えられる5).Leeらは,39例中25例(64%)で鼻中隔が鼻涙管閉塞側に弯曲していたと報告している4).この報告では,副鼻腔所見についての言及がないが,今回の鼻中隔弯曲における検討で,上顎洞炎の関与を除外すると,患側への弯曲例は8例中5例(62%)となり,Leeらの結果とほぼ一致する.以上のことから,鼻中隔の弯曲による鼻腔の狭さ,鼻涙管に隣接した副鼻腔の炎症,あるいは術後炎症のいずれもが鼻涙管閉塞の発生や涙道内の炎症と関連している可能性が推測される.なお,患側への弯曲があっても,涙.鼻腔吻合術鼻内法は可能であり,術式への影響はなかった.術式に影響した因子としては,両側の狭鼻腔と患側の眼窩内壁骨折があった.前者では涙.鼻腔吻合術鼻外法を行い,後者では,涙.鼻腔吻合術鼻内法の際に,のみの使用を避けた.なお,本検討には含まれなかったが,鼻涙管閉塞におけるCTでは,腫瘍性病変や鼻腔の広汎なポリポーシスが発見されることもあるため7),これらの疾患も念頭においた術前精査が肝要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)LindbergJV,McCormickSA:Primaryacquirednasolac-rimalductobstruction.Aclinicopathologicreportandbiopsytechnique.Ophthalmology93:1055-1063,19862)TuckerN,ChowD,StocklFetal:Clinicallysuspectedprimaryacquirednasolacrimalductobstruction.Clinico-pathologicreviewof150patients.Ophthalmology104:1882-1886,19973)KallmanJE,FosterJA,WulcAEetal:Computedtomog-raphyinlacrimalout.owobstruction.Ophthalmology104:676-682,19974)LeeJS,LeeHL,KimJWetal:Associationoffaceasym-metryandnasalseptaldeviationinacquirednasolacrimalductobstructioninEastAsians.JCraniofacSurg24:1544-1548,20135)上岡康雄:鼻と涙道疾患─鼻・副鼻腔疾患と涙道疾患との関連─.耳展42:198-202,19997)FrancisIC,KappagodaMB,ColeIEetal:Computed6)DinisPG,MatosTO,AngeloP:Doessinusitisplayatomographyofthelacrimaldrainagesystem:Retrospec-pathologicroleinprimaryacquiredobstructivediseaseoftivestudyof107casesofdacryostenosis.Ophthalmicthelachrymalsystem?OtolaryngolHeadNeckSurg148:PlastReconstrSurg15:212-226,1999685-688,2013***

眼窩膿瘍をきたした眼窩底骨折の1例

2014年8月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科31(8):1239.1242,2014c眼窩膿瘍をきたした眼窩底骨折の1例玉井一司*1山田麻里*1高野晶子*2間宮紳一郎*3*1名古屋市立東部医療センター眼科*2名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学*3間宮耳鼻咽喉科ACaseofOrbitalAbscessafterOrbitalBlowoutFractureKazushiTamai1),MariYamada1),ShokoTakano2)andShinichiroMamiya3)1)DepartmentofOphthalmology,NagoyaCityEastMedicalCenter,2)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences,3)MamiyaENTClinic目的:眼窩吹き抜け骨折後に眼窩膿瘍を生じた1例を報告する.症例:21歳,男性でラグビーの練習中に右眼部を打撲した.上方視で複視があり,CT(コンピューター断層撮影)で右眼窩底骨折がみられた.複視は上方視のみであったため無治療で経過観察していたが,受傷10日後に右眼球の突出と全方向の運動制限が出現した.CTでは右眼窩下方に異常陰影があり,眼球は上方へ圧排され,上顎洞および篩骨洞に混濁がみられた.急性副鼻腔炎に伴う眼窩膿瘍と診断し,内視鏡下副鼻腔手術により膿汁をドレナージした.術後眼球運動は著明に改善した.結論:眼窩吹き抜け骨折後の副鼻腔炎による眼窩膿瘍は稀な合併症である.内視鏡下副鼻腔手術により眼窩内および副鼻腔の膿汁をドレナージすることが有効と考える.Purpose:Toreportacaseoforbitalabscessafterorbitalblowoutfracture.Case:A21-year-oldmalesufferedblunttraumatohisrightorbitwhileplayingrugby.Hehaddoublevisionatuppergaze.Computedtomography(CT)showedfractureoftherightorbitalfloor.Hewasfollowedwithouttreatmentbecausedoublevisionoccurredonlywithuppergaze.Tendayslater,hereturnedwithexophthalmosandlimitedocularmotilityatallgazesintherighteye.CTdisclosedanabnormalshadowdisplacingtheglobesuperiorlyintheinferiorpartoftherightorbit,andopaquemaxillaryandethmoidalsinuses.Hewasdiagnosedwithacuteparanasalsinusitiswithorbitalabscess.Endoscopicsinussurgerywasperformed,withdrainageofpurulentfluid.Postoperatively,heshowedmarkedimprovement,withincreasedocularmotility.Conclusion:Orbitalabscesswithparanasalsinusitisisararecomplicationoforbitalblowoutfracture.Endoscopicsinussurgerytodrainorbitalandparanasalabscessappearstobeeffective.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(8):1239.1242,2014〕Keywords:眼窩膿瘍,眼窩吹き抜け骨折,副鼻腔炎,内視鏡下副鼻腔手術.orbitalabscess,orbitalblowoutfracture,paranasalsinusitis,endoscopicsinussurgery.はじめに眼窩底骨折は,眼部鈍的外傷により,急激な眼窩内圧の上昇をきたし,最も脆弱な眼窩下壁に骨折が生じるものである.受傷後に眼球運動障害,複視,眼球運動痛などを呈することが多いが,眼窩内膿瘍をきたすことは稀である1,2).今回,筆者らは,受傷10日後に眼窩内膿瘍を形成し,内視鏡下副鼻腔手術により良好な経過をたどった1例を経験したので報告する.I症例患者:21歳,男性.主訴:両眼複視.現病歴:2010年11月14日,ラグビーの練習中に右眼を他選手の頭部で打撲した.受傷直後から両眼複視があり,11月16日に近医眼科を受診した.右眼窩吹き抜け骨折を疑われ,11月17日に名古屋市立東部医療センター眼科(以下,当科)を紹介され受診した.既往歴,家族歴:特記する所見はない.〔別刷請求先〕玉井一司:〒464-8547名古屋市千種区若水1-2-23名古屋市立東部医療センター眼科Reprintrequests:KazushiTamai,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,NagoyaCityEastMedicalCenter,1-2-23Wakamizu,Chikusa-ku,Nagoya464-8547,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(159)1239 図1初診時頭部CT右眼窩下壁骨折があり,眼窩内の軟部組織が上顎洞内に陥入している.ab図3頭部MR眼窩,上顎洞,篩骨洞内の異常陰影は,T1強調像(a)で低信号,T2強調像(b)で高信号を示した.初診時所見:視力は,右眼0.04(1.5×.8.0D(cyl.3.0DAx170°),左眼0.05(1.5×.8.0D(cyl.2.75DAx175°)で,眼圧は右眼15mmHg,左眼14mmHgであった.眼位は正面視では正位であったが,右眼上転制限があり,上方視で両眼複視がみられた.前眼部・中間透光体,眼底には両眼とも特記する異常はなかった.頭部CT(コンピュータ断層撮影)で,右眼窩下壁骨折が認められ,眼窩軟部組織が上顎洞内に陥入しており,眼窩内に数カ所気腫がみられた(図1).複視は上方視のみで出現し,自覚的に軽減傾向があったため無治療で経過観察していた.11月24日朝から右眼瞼腫脹が生じ,1240あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014acb図2再診時所見右眼瞼腫脹,眼球突出があり,眼球は上方に偏位している(a).頭部CTでは,眼窩内下方に異常陰影があり,眼球は上方へ圧排されている.右上顎洞,篩骨洞に異常陰影の充満がみられる(b,c).次第に増強した.11月26日からは正面視でも複視が出現するようになったため11月27日当科を再診した.再診時,右上下眼瞼は腫脹し,右眼球の突出,結膜充血がみられ,全方向で運動制限を示した(図2a).右眼視力は矯正1.0,眼圧は22mmHgで眼内に炎症所見はなかった.頭部CTでは,右眼窩内の下方に異常陰影を認め,眼球は上方へ圧排され,下直筋の同定が困難であった.右上顎洞,篩骨洞にも異常陰影の充満がみられた(図2b,c).頭部MRI(核磁気共鳴画像)では異常陰影はT1強調像で低信号,T2強調像で高信号を呈した(図3).採血検査では,CRP(C反応性蛋白)6.4,(160) WBC(白血球)8,490であった.副鼻腔および眼窩内の膿瘍が疑われるため,当院耳鼻咽喉科に依頼し,同日内視鏡下で右上顎洞および篩骨洞開放術を施行し,多量の膿汁をドレナージした.術後はセフトリアキソンナトリウム点滴(2g/日)を5日間投与した.その後,術中に採取した膿汁の細菌培養検査で化膿レンサ球菌が検出されたため,同菌に感受性のあったクラリスロマイシン内服(400m/日)を投与した.右眼瞼腫脹,眼球突出は,手術翌日から速やかに軽快し,12月17日には上方視でわずかに複視が出現する程度に眼球運動も改善した(図4a).同日の頭部CTでは,右眼窩内の異常陰影は消失し,右上顎洞の粘膜肥厚が残存するものの副鼻腔の含気は良好となった(図4b,c).12月24日には上方視での複視は消失した.抗菌薬の投与は12月24日で終了し,その後再燃はみられていない.II考按眼窩蜂巣炎や眼窩膿瘍は,副鼻腔炎,歯性感染,血行感染などによって引き起こされることが多く3,4),眼窩外傷により生じることは稀である1,2).眼窩壁骨折後に眼窩内炎症を生じる頻度については,Simonらが眼窩骨折497例について検討し,4例(0.8%)に眼窩蜂巣炎がみられ,そのうち2例(0.4%)で眼窩膿瘍に進展したと報告している2).これら4例はいずれも上顎洞や篩骨洞から眼窩に炎症が波及し,蜂巣炎に至っている,受傷から眼窩内炎症が出現するまでの期間については受傷後7日以内の場合が多いが,受傷から5.6週経過して生じた症例もみられる2,5.9).本症例では,受傷後10日後から眼瞼腫脹を自覚しており,その頃には眼窩内に炎症が波及していたことが推定される.受傷前の既往について,Simonらの報告では受傷前から上気道感染の既往があったものが4例中2例あり2),Silverらは3例中2例で副鼻腔炎,他の1例で上気道感染を繰り返していたと述べている6).平田らの症例では,3例中2例で慢性副鼻腔炎を合併していた9).受傷前に上顎洞や篩骨洞の炎症があれば,骨折後に眼窩との間に交通が生じることにより,炎症が眼窩内に波及しやすくなる.したがって,副鼻腔炎の既往がある場合は,骨折後の感染拡大に特に留意が必要である.しかし,本症例のように副鼻腔炎や上気道感染の既往がなくても,受傷後に生じた副鼻腔の炎症が眼窩炎症に進展した報告例がみられる5,8,9).機序として,眼窩壁骨折後は,骨片や浮腫,出血などにより,副鼻腔の開口部が閉鎖されてドレナージ効果が失われるため洞内に感染が生じやすくなり,さらに貯留した血液が細菌の繁殖を促す培地として作用し,感染拡大を助長することが考えられる4,6).眼窩感染の誘引として,受傷後に強く鼻をかむことを指摘した報告がみられる2,6,8,9).Simonらの症例2)では,4例中2例で,福田らの報告9)では,3例すべてで外傷後に強く鼻を(161)abc図4内視鏡下副鼻腔手術3週間後の所見右眼瞼腫脹,眼球突出は消失し,眼位は正位となった(a).頭部CTでは,眼窩内の異常陰影は消失し,下直筋が同定される.右上顎洞の粘膜肥厚がみられるが,含気は良好である(b,c).かんだ既往があった.これらのなかには受傷後5週経過して眼窩感染を生じた症例も含まれており2),受傷後はやや長期にわたって,鼻を強くかまないように指導することが望ましいと考える.受傷後に感染予防の目的で,抗菌薬を投与することについては議論がある2,6.8).予防投与を推奨する報告6,8)もみられるが,Simonらは,4例中3例で受傷直後から経口抗菌薬が投与されていたにもかかわらず眼窩蜂巣炎を発症したことから感染予防効果を疑問としており2),今後さらに多数の症例で比較検討することが必要と思われる.あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141241 治療については,抗菌薬全身投与による保存的治療で軽快した例もみられるが2,5),ほとんどの場合はドレナージや副鼻腔手術を必要とする2,4,6.9).特に眼窩膿瘍を形成した場合は,視神経障害や頭蓋内へ感染進展の可能性があるため速やかな対応が必要である.本症例ではCTおよびMRIで膿瘍性病変が眼窩下方に充満し,視神経への炎症波及が危惧されたため,緊急で耳鼻咽喉科医による内視鏡下副鼻腔手術を行った.眼窩下壁骨折部を介して眼窩内膿瘍の吸引除去が可能であった.起炎菌としては,黄色ブドウ球菌,レンサ球菌,表皮ブドウ球菌などのグラム陽性菌が報告されているが5.9),嫌気性菌も指摘されており2),嫌気性培養も必須である.本症例では,膿瘍の細菌培養から化膿連鎖球菌が検出され,感受性のある抗菌薬の使用により再燃なく良好な経過が得られた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)BurmJS,ChungCH,OhSJ:Pureorbitalblowoutfracture:newconceptsandimportanceofmedialorbitalblowoutfracture.PlastReconstrSurg103:1839-1849,19992)SimonGJB,BushS,SelvaDetal:Orbitalcellulitis:ararecomplicationafterorbitalblowoutfracture.Ophthalmology112:2030-2034,20053)O’RyanF,DiloretoD,BarderDetal:Orbitalinfections:clinical&radiographicdiagnosisandsurgicaltreatment.JOralMaxillofacSurg46:991-992,19884)HarrisGJ:Subperiostealabscessoftheorbit.ArchOphthalmol101:751-757,19835)GoldfarbMS,HoffmanDS,RosenbergS:Orbitalcellulitisandorbitalfracture.AnnOphthalmol19:97-99,19876)SilverHS,FucciMJ,FlanaganJCetal:Severeorbitalinfectionasacomplicationoforbitalfracture.ArchOtolaryngolHeadNeckSurg118:845-848,19927)PatersonAW,BarnardNA,IrvineGH:Naso-orbitalfractureleadingtoorbitalcellulitis,andvisuallossasacomplicationofchronicsinusitis.BrJOralMaxillofacSurg32:80-82,19948)DhariwalDK,KitturMA,FarrierJNetal:Post-traumaticorbitalcellulitis.BrJOralMaxillofacSurg41:21-28,20039)平田佳史,角谷徳芳,伊藤芳憲ほか:眼窩骨折後に眼窩膿瘍を発症した3例.日形会誌29:12-18,2009***1242あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(162)