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副鼻腔真菌症による両眼性鼻性視神経症で片眼失明した1例

2017年10月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科34(10):1470~1473,2017副鼻腔真菌症による両眼性鼻性視神経症で片眼失明した1例武田昌也*1井上裕治*2森樹郎*3*1東京警察病院眼科*2自治医科大学眼科学講座*3虎の門病院眼科CACaseofUnilateralBlindnessFollowingBilateralRhinogenicOpticNeuropathyMasayaTakeda1),YujiInoue2)andMikiroMori3)1)DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanPoliceHospital,2)DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversity,3)DepartmentofOphthalmology,ToranomonHospital免疫機能障害をきたす基礎疾患はとくにないが,両眼に鼻性視神経症を発症した症例を経験した.症例はC75歳,女性.右眼周囲,頭部,頸部痛,右眼視力低下を自覚し,近医を受診した.両眼白内障と診断され,右眼白内障手術施行後,右眼光覚なしとなり,左眼はCGoldmann動的視野検査(GP)で中心暗点および耳側と上方の感度低下を認めた.頭部CMRI(magneticCresonanceCimaging)検査で右蝶形骨洞に高信号を認め,虎の門病院紹介となった.左眼CHum.phrey静的視野検査C30-2では中心部上方に絶対暗点,鼻側と耳側に感度低下を認めた.頭部CCT(computedtomogra.phy)検査で右後部篩骨洞に軟部陰影を認め,さらに下垂体前壁の骨破壊像を認めた.浸潤型副鼻腔真菌症を疑い,耳鼻咽喉科で両側蝶形骨洞開放術による減圧および内視鏡下鼻内副鼻腔手術を施行した.検体からCAspergillusfumigatusが検出されたため,ボリコナゾール(ブイフェンド.)を投与開始した.その後,右眼視力は光覚なしのまま改善はみられなかった.左眼視力,限界フリッカ値(CFF),中心暗点には大きな変化は認められなかったが,耳側の視野障害は徐々に改善した.CWeCreportCaC75-year-oldCfemaleCwhoCsu.eredCbilateralCvisualCimpairmentCfollowingCparanasalCsinusCfungalCinfection.Thepatientpresentedwithperiorbitalpain,headacheandvisualimpairmentinherrighteye,whichhadnotrecoveredfromcataractsurgeryanddiminishedtonolightperception.Centralscotomaandsensitivitydepres.sionwerepresentinthelefteye.Magneticresonanceimaging(MRI)showedenhancementintherightsphenoidalsinus.CComputedCtomography(CT)disclosedCaCsoftCtissueCandCboneCdefectCinCtheCparanasalCsinus.CSheCunderwentCradicalantrotomywithsystemicantifungaltreatment.Nasalbiopsyidenti.edAspergillusfumigatus.Despitetreat.ment,nolightperceptioncontinuedintherighteye;critical.ickerfrequency(CFF)andcentralscotomadidnotrecoverinthelefteye,whilesensitivitydepressioninthelefteyerecoveredslowly.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(10):1470~1473,C2017〕Keywords:副鼻腔真菌症,鼻性視神経症,視力障害.paranasalsinus,aspergillosis,rhinogenicopticneuropathy,visualimpairment.Cはじめに鼻性視神経症は,副鼻腔.胞あるいは副鼻腔炎により視神経の障害をきたす疾患である.多くは片眼性であるが,両眼性の報告もある1).原因菌として,StreptcoccusCpneumoni-ae,HaemophilusCin.uenzae,StaphylococcusCaureus,MoraxellaCcatarrhalisなどが多いが,真菌感染により生じるものもある1~4).副鼻腔の真菌感染は,上顎洞に生じることが多いが,蝶形骨洞や後部篩骨洞に生じた場合は視神経に炎症が波及しやすいため,鼻性視神経症となることがある5,6).糖尿病や肝疾患など免疫能低下の症例に多いことが報告されている7,8).とくに免疫能の低下した症例では頭蓋底に浸潤して死に至る〔別刷請求先〕武田昌也:〒164-8541東京都中野区中野C4-22-1東京警察病院眼科Reprintrequests:MasayaTakeda,DepatrmentofOphthalomology,TokyoMetropolitanPoliceHospital,4-22-1Nakano,Nakano-ku,Tokyo164-8541,JAPAN1470(132)こともある9).しかし,眼底所見に乏しい場合は,診断が遅れることがある.今回,免疫能低下をきたす基礎疾患がとくにないが,両眼に鼻性視神経症を発症した症例を経験したので報告する.CI症例患者:75歳,女性.主訴:右眼視力低下.既往歴:うつ,非結核性抗酸菌症,骨粗鬆症,過活動膀胱の既往があるが,受診時には改善しており,常用薬はなかった.現病歴:2014年C1月に右眼周囲,頭部,頸部の痛みが出現し,3月より右眼視力低下を自覚した.4月に他院を受診し,右眼矯正視力C0.3,左眼矯正視力C0.5で,両眼に核白内障が認められた.視力低下は白内障が原因と判断され,5月に右眼の白内障手術を施行したが,自覚的には視力は改善せず,4日後に右眼光覚なしとなった.左眼はCGoldmann動的視野検査(Goldmannperimeter:GP)にて,中心暗点を認図1左眼Goldmann動的視野検査(2014年5月)中心暗点,上方の感度低下を認める.め,上方の内部イソプターが狭窄していた(図1).頭部MRI(magneticCresonanceCimaging)検査にて右蝶形骨洞に高信号を認めたため,虎の門病院耳鼻咽喉科に紹介され,6月に眼科を受診した.初診時所見:視力は右眼光覚なし,左眼矯正視力C0.4,眼圧は右眼C13CmmHg,左眼C13CmmHg,限界フリッカ値(criti-図2眼底写真右眼視神経乳頭が若干蒼白で,一部網膜の萎縮を認めた.左眼視神経乳頭下方辺縁の菲薄化を認めた.図3左眼Humphrey静的視野検査30-2(2014年6月)中心部上方に絶対暗点,とくに下鼻側に強い感度低下を認めた.図4頭部単純CT右後部篩骨洞に軟部陰影,下垂体前壁に骨破壊像を認めた.図5左眼Goldmann動的視野検査(2014年6月)術前と比較し,中心暗点の大きさは著変なかった.図6左眼Humphrey静的視野検査30.2a:6-1C2014年C6月,Cb:6-2C2014年C7月,Cc:6-32014年C10月.耳側の感度低下は徐々に改善した.CcalCflickerCfrequency:CFF)は右眼計測不能,左眼C33CHz薄化を認めた.であった.前眼部,中間透光体に異常所見はなかった.両眼Humphery静的視野検査C30-2では左眼中心部上方に感度底は豹紋状で(図2),右眼の視神経乳頭は若干蒼白で傾斜し低下を認めた.視神経乳頭陥凹拡大が下方にあるため,緑内ていた.左眼の視神経乳頭の色調は良好だが,下方辺縁の菲障の合併が考えられた.また,耳側と下鼻側に感度低下を認めた(図3).頭部CCT(computedCtomography)検査では,右後部篩骨洞の軟部陰影と下垂体前壁の骨破壊像を認めた(図4).血液検査に特記すべき異常はなかった.臨床経過:CTでの骨破壊像より浸潤型副鼻腔真菌症が疑われたため,6日後に耳鼻咽喉科で両側蝶形骨洞開放術による減圧および内視鏡下鼻内副鼻腔手術を施行した.術中,右後部篩骨洞に膿性貯留物,炎症性粘膜肥厚,少量の菌塊を認め,真菌感染が強く疑われた.骨破壊を認めたが,明らかな骨欠損は認めなかった.術後に右副鼻腔洗浄とリボソーマルアンホテリシンCB(アムビゾーム.)の全身投与を開始した.術C5日後に検体からAspergillusCfumigatusが検出され,ボリコナゾール(ブイフェンド.)の全身投与を開始した.術C7日後,視力は両眼とも改善せず,CFFは右眼計測不能,左眼C29CHzであった.GPでの中心暗点の大きさも著明な変化はなく(図5),右眼球周囲の痛みは残存していた.2014年C10月まで経過を観察したが,視力とCCFFに変化はなかった.視野は,中心部上方の暗点は残存したが,耳側の感度低下は徐々に改善した(図6).CII考察副鼻腔真菌症は,免疫機能低下が発症に関係していると考えられているが,基礎疾患を合併しない症例も多い7).原因菌はCAspergillusがC80%以上を占める7,8).Aspergillusは,口腔,鼻腔,副鼻腔に常在し病原性に乏しいので,健常人ではアスペルギルス症が発症することは少ない.本症例は,高齢ではあるが比較的免疫機能が保たれていたにもかかわらず,副鼻腔真菌症が発症した.視力低下を生じたが,白内障の合併があり,加えて鼻症状を欠いていたので,鼻性視神経症の診断が遅れた.本症例は,両眼の鼻性視神経症であった.通常は片眼性のことが多いが,両眼性のものも報告されている1,10,11)ため,両眼性の視神経障害においても鼻性視神経症を鑑別に入れる必要がある.鼻性視神経症は副鼻腔.腫や副鼻腔炎による視神経への圧迫,循環障害あるいは炎症の間接的な波及が発症の原因として考えられている12).本症例は浸潤型ではあったが,明らかな骨欠損は認められなかったので,両眼ともに炎症の間接的波及により発症した可能性がある.北川らは,副鼻腔真菌症が原因の両眼鼻性視神経症をC1例報告している1).右篩骨洞内に真菌感染があり,右眼の失明は直接感染,1カ月後の左眼の失明は炎症の波及によると考察している.本症例においても感染巣から近い右眼が先に発症し,離れている左眼の発症は遅れたと考えられる.浸潤型は頭蓋内に波及すると生命予後が不良であり,北川らの症例は,初診からC2カ月後に真菌性髄膜炎のため死亡した.本症例ではCCT所見では骨破壊を認めたが,術中所見では明らかな骨欠損までは認めず,眼窩および頭蓋内への感染が生じなかったため,生命予後が良好であったと考えられる.副鼻腔真菌症では,発症から手術までの期間がC2カ月を超えると視力予後が不良であると報告されている13).本症例では自覚症状出現より手術までの期間はC3カ月程度であった.診断の遅れがあり,浸潤型であったため,右眼は光覚の回復は認められず,左眼の回復も限定的であった.副鼻腔真菌症による両眼性鼻性視神経症の症例を経験したので報告した.診断まで時間がかかり片眼は失明したが,適切な治療により他眼の視力は保たれ視野の改善が認められた.視機能低下の症例では,鼻性視神経症も鑑別に入れ,早期に診断することが重要である.文献1)北川裕,高橋現一郎,後藤聡ほか:副鼻腔真菌症から両眼失明に至ったC1例.あたらしい眼科C24:1377-1380,C20072)三橋純子,島川眞知子,平井由児ほか:侵襲性副鼻腔アスペルギルス症に合併した鼻性視神経症の一例.眼臨紀C3:C353-357,C20103)後島史行,藤岡正人,國弘幸伸ほか:蝶形骨洞真菌症のC2症例.耳鼻喉頭科・頭頸部外科75:566-570,C20034)竇一博,中静隆之,佐藤新兵ほか:眼窩深部痛で発症し眼科先端症候群をきたした副鼻腔アスペルギルス症のC1例.あたらしい眼科29:1705-1708,C20125)田中章浩,吉田誠克,諫山玲名ほか:眼科先端症候群を呈した非浸潤型副鼻腔アスペルギルス症のC1例.臨床神経学C51:219-222,C20116)FatterpekarG,MukherjiS,ArbealezAetal:FungaldisC.easesoftheparanasalsinuses.SeminUltrasoundCTMRC20:391-401,C19997)大河喜久,佐伯忠彦,渡辺大志:鼻副鼻腔真菌症C74例の臨床的検討.耳鼻喉頭科・頭頸部外科83:859-864,C20118)長谷川稔文,雲井一夫:鼻副鼻腔真菌症C54例の臨床的検討.耳鼻咽喉科臨床98:853-859,C20059)高宮優子,飯村滋朗,今野渉ほか:眼窩先端部へ進展した副鼻腔真菌症のC1症例.耳鼻咽喉科展望C51:308-313,C200810)阿部恵子,鈴木利根,中村昌弘ほか:著明な視力回復を認めた両眼性鼻性視神経症のC1例.眼紀51:680-686,C200011)HiratsukaCY,CHottaCY,CAkariCYCetCal:RhinogenicCopticCneuropathyCcausedCbilateralClossCofClightCperception.CBrJOphthalmolC82:99-100,C199812)井街讓:鼻性視神経炎について.眼臨C76:1345-1355,C198213)門井千春,武田憲夫:鼻性視神経症(炎)の検討.眼紀44:C47-52,C1993***

眼窩深部痛で発症し眼窩先端症候群をきたした副鼻腔アスペルギルス症の1例

2012年12月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科29(12):1705.1708,2012c眼窩深部痛で発症し眼窩先端症候群をきたした副鼻腔アスペルギルス症の1例竇一博中静隆之佐藤新兵岸本修一上順子森樹郎虎の門病院眼科ACaseofParanasalSinusFungalInfectionDevelopingOrbitalApexSyndromeKazuhiroDou,TakayukiNakashizuka,ShinpeiSato,ShuichiKishimoto,JunkoKamiandMikiroMoriDepartmentofOphthalmology,ToranomonHospital緒言:副鼻腔真菌症は浸潤型と非浸潤型に分類される.免疫不全患者に発生しやすい浸潤型では眼窩先端症候群を呈することがあり,生命予後も不良である.今回,頭痛を初発症状として,眼窩先端症候群をきたした副鼻腔真菌症の1例を経験したので報告する.症例:2型糖尿病を有し,血液透析療法中の76歳,男性.頭痛,右眼痛のため脳神経外科,神経内科受診するも原因不明.当科受診時は異常を認めなかったが,1カ月後の再診時には視力低下,中心フリッカー値低下を認めた.Magneticresonanceimaging(MRI)では右視神経周囲に高信号域を認め,造影computedtomography(CT)では右下眼窩裂が開大しその内部は軟部組織濃度であった.耳鼻咽喉科・脳神経外科との協診にてステロイドパルス療法が選択されたが,1週間後に病状は増悪し,右眼光覚消失,全眼球運動障害が出現した.b-d-グルカン値が上昇したため生検を行ったところ,Aspergillusfumigatusが検出され診断に至った.抗真菌薬投与,副鼻腔ドレナージを行うも右下眼窩裂の軟部組織病変から隣接する篩骨洞,蝶形骨洞,上顎洞へ感染拡大したたため,副鼻腔根治術を施行した.その後,眼球運動は回復したが光覚を失ったままであった.退院後18カ月経過しているが,再発は認めていない.結語:高齢者,糖尿病といった易感染性の背景をもつ患者が眼窩先端症候群を呈する場合には他科と協力し,真菌感染症を念頭において診療すべきである.Weexperiencedacaseofparanasalsinusfungalinfectionthatdevelopedorbitalapexsyndrome.Thepatient,a76-year-oldmalewithdiabetesmellituswhowasreceivingperiodichemodialysis,complainedofrightperiorbitalpainandheadache,thecauseofwhichcouldnotbedeterminedbyneurologists.Onemonthlater,thevisualacuityofhisrighteyedecreased(0.3);magneticresonanceimagingshowedenhancementaroundtherightopticnerveandcomputedtomographydisclosedadilatedinferiororbitalfissurefilledwithaninhomogeneousmass.OpticneuritisandTolosa-Huntsyndromewasstronglysuspected;steroidpulsetherapywaschosen.Oneweeklater,hisheadachehadreduced,whereashisrighteyehadlostlightsensationanddevelopedophthalmoplegia.Bloodtestrevealedelevatedb-d-glucan;nasalendoscopicbiopsyidentifiedAspergillusfumigatus.Afterantifungaltherapythepatientunderwentdebridementsurgery,whichreducedophthalmoplegiabutdidnotrestorelightsensation.At18monthsafterthesurgerytheoralantifungalagentisstillbeingadministered,withoutdiseaserelapse.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(12):1705.1708,2012〕Keywords:眼痛,副鼻腔真菌症,眼窩先端症候群,Tolosa-Hunt症候群.periorbitalpain,paranasalsinusfungalinfection,orbitalapexsyndrome,Tolosa-Huntsyndrome.はじめにて,眼窩先端症候群をきたした副鼻腔真菌症の1例を経験し副鼻腔真菌症は浸潤型と非浸潤型に分類される.免疫不全たので報告する.患者に発生しやすい浸潤型では眼窩先端症候群を呈することがあり,生命予後も不良である.今回,頭痛を初発症状とし〔別刷請求先〕竇一博:〒105-8470東京都港区虎ノ門2-2-2虎の門病院眼科Reprintrequests:KazuhiroDou,M.D.,DepartmentofOphthalmology,ToranomonHospital,2-2-2Toranomon,Minato-ku,Tokyo105-8470,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(115)1705 abab図1MRIT2強調画像a:視神経所見,b:篩骨洞所見.右視神経周囲の高信号(矢印)および右篩骨洞内の高信号(矢頭)を認めた.I症例患者:76歳,男性.全身疾患:20年来の2型糖尿病,高血圧があり,数年前より血液透析療法を行っていた.眼科既往歴:両眼とも水晶体再建術,汎網膜光凝固術を施行され,当科に定期通院していた.現病歴:2010年7月上旬より頭痛,右眼痛のため脳神経外科,神経内科受診するも原因不明であった.疼痛が増悪し,当科受診した.初診時所見:視力は右眼(0.9×sph+1.25D(cyl.2.0DAx100°),左眼(0.9×sph+3.25D(cyl.3.25DAx85°),眼圧は右眼9mmHg,左眼10mmHgであった.角結膜,眼内レンズ,硝子体に異常所見は認められず,眼底には汎網膜光凝固術後のレーザー痕を認めるが,以前と著変がなかったため経過観察となった.臨床経過:症状は改善せず,8月下旬再診時,右眼視力が(0.3)に低下し,中心フリッカー値(CFF)では右眼16Hz,左眼36Hzと左右差を認めた.眼球運動は正常であり,血液検査では特記すべき異常値を認めなかった.Magneticresonanceimaging(MRI)では右視神経周囲に高信号域を認め,右篩骨洞内にも軽度の高信号を認めた(図1).耳鼻咽喉科コンサルトをした結果,篩骨洞の高信号所見は非特異的なものであるとの判断であった.視神経炎を疑い,同日よりプレドニゾロン(プレドニンR)30mg内服を開始し,3日後より入院となった.入院日撮影された造影computedtomography(CT)では,右下眼窩裂が開大し,その内部は軟部組織濃度であった(図2).骨破壊所見は認められなかった.脳神経外科・耳鼻咽喉科と合同カンファレンスを行い,腫瘍性病変や1706あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012図2造影CT右下眼窩裂の開大と軟部組織濃度の病変(矢印)を認めた.Tolosa-Hunt症候群による続発性視神経炎が最も疑わしいとの結論であったが,高齢者かつ透析患者であり開頭術を要するような生検は侵襲性が高いと判断され,診断的治療としてステロイドパルス療法(ソルメドロールR1,000mg)が選択され,入院1週間後より3日間行われた.ステロイドパルス療法開始日に行われた造影MRIでは,右下眼窩裂内にT1・T2強調画像でともに低信号を示す病変を認め,右篩骨洞内にもT1強調画像で低信号,T2強調画像で淡い高信号を示す病変を認めた(図3).ステロイドパルス療法により痛みは改善したが,パルス療法終了後より右眼上転・外転運動障害を認め,その1週間後には右眼瞼下垂,右全外眼筋麻痺,光覚なしとなった.9月下旬の採血にてb-d-グルカン(116) abab図3造影MRIa:T1強調画像,b:T2強調画像.右下眼窩裂内にT1・T2強調画像でともに低信号を示す病変(矢印)を認め,右篩骨洞内にはT1強調画像で低信号,T2強調画像で淡い高信号を示す病変(矢頭)を認めた.図4単純CT右蝶形骨洞内の粘膜肥厚・液体貯留を認めた.値が14.2pg/ml(基準値11以下)に上昇し(9月上旬では8.3pg/ml),CT検査では右蝶形骨洞内の粘膜肥厚・液体貯留を認めた(図4).確定診断のため耳鼻咽喉科にて右内視鏡下鼻副鼻腔手術(篩骨洞,蝶形骨洞開放)を行ったところ,炎症性浮腫状粘膜と貯留液を認めたが明らかな真菌塊は認めなかった.病理検体からは分節とY字分岐を伴う糸状真菌が多量検出され,副鼻腔アスペルギルス感染症(Aspergillusfumigatus)と診断された.術後よりアムホテリシンB(アムビゾームR)投与を開始したが,画像上では篩骨洞内の粘膜浮腫の増悪,上顎洞への液体貯留を認め,真菌感染の進行と考えられた.副鼻腔洗浄ドレナージを連日行い,10月上旬に内視鏡下副鼻腔根治術(蝶形骨洞,上顎洞,篩骨洞の掻爬,洗浄)を施行した.この際も明らかな真菌塊は認められなかった.術後も抗真菌薬治療を継続し,11月上旬に再度生検を行ったが,依然アスペルギルス菌糸が多数認められた.本人および家族がこれ以上の精査,外科的治療を希望しなかったため,抗真菌薬をボリコナゾール(ブイフェンドR),ミカファンギンナトリウム(ファンガードR)などに変更しながら内科的に治療を行った.11月中旬には右眼眼球運動が改善し,軽度の内転・上転・下転運動を認めるようになり,11月下旬には外転運動も認められるようになった.12月中旬には眼球運動は全方向で問題なく認められるようになったが,視力は光覚なしのままであった.CT上も著変がなく,病状は安定していたため,12月下旬退院となった.退院後もイトラコナゾール(イトリゾールR)の内服を継続し,現在も感染症内科外来通院中である.II考察副鼻腔真菌症は非浸潤型と浸潤型に分類され1),非浸潤型は副鼻腔内にとどまり予後良好だが,浸潤型は眼窩や頭蓋内へ進展するため重症化しやすい2).浸潤型は全副鼻腔真菌症例の10%以下であり,頭痛や.部痛,眼痛で始まり,視力障害,眼筋麻痺,眼球突出などが続発することが多い2).また,浸潤型のほとんどは免疫不全患者に発生し,健常者に発生することは非常にまれである3).副鼻腔真菌症の原因菌はアスペルギルスが80%以上を占め,罹患洞は上顎洞,篩骨洞,蝶形骨洞の順に多い2,4).上顎洞真菌症では鼻汁,鼻閉などの鼻症状や.部痛・違和感を伴うことが多いが,蝶形骨(117)あたらしい眼科Vol.29,No.12,20121707 洞真菌症では鼻症状が乏しく,視力障害,頭痛,顔面痛などを訴える2).また,蝶形骨洞を原発巣とする場合,解剖学的に隣接する海綿静脈洞や視神経に浸潤しやすいため浸潤型となりやすく,眼窩先端症候群をひき起こすことがある5,7).眼窩先端症候群とは上眼窩裂を走行する動眼神経,滑車神経,三叉神経,外転神経および視神経の障害を主徴とする症候群で,腫瘍,炎症,外傷など種々の疾患が原因となるが,副鼻腔真菌症もまれに原因となる5.7).鑑別が困難な症例では,ステロイド薬投与後の症状増悪で真菌症に気づくこともあり,過去にはTolosa-Hunt症候群と診断され,ステロイド薬治療後に死亡に至った真菌性副鼻腔炎の症例も報告されている8).副鼻腔真菌症から眼窩先端症候群をきたした場合,頭蓋内浸潤を起こし,真菌の脳血管浸潤により脆弱な真菌性脳動脈瘤が形成され,脳出血や脳梗塞の原因となることがある9,10).頭蓋内浸潤を起こした場合の死亡率は90%を超えるとの報告もある11).そのため,炎症性疾患としてステロイド薬治療を開始する前に,真菌感染を血液検査,画像検査などで除外することは非常に重要であり,画像診断上,疑わしき病変があれば確定診断のため生検術を優先させるべきである.鼻腔などから採取された検体からの菌培養検査では,真菌の検出率は10%程度と低いため,あまり有用ではない4).b-d-グルカン値は陰性例もあるため初期診断に有効でないこともある6)が,陽性例では診断や治療経過・再発の評価に用いられる12).画像診断では,CTでの骨壁・副鼻腔粘膜肥厚,副鼻腔内の軟部陰影・石灰化陰影,骨破壊像が特徴的な所見とされ,特に石灰化陰影は90%以上の症例で認められる2).真菌塊は増殖するとその中央部が壊死に陥り,リン酸カルシウムや硫酸カルシウムが沈着するため,同部はCTで高吸収域となるためと考えられている13,14).また,真菌の産生する蛋白質の影響で,MRIではT1強調画像で低信号,T2強調画像で著明な低信号を呈する15).本症例では初期のCTやMRIで真菌症特有の所見がなく,診断が困難であった.初期のMRI(T2強調画像)においては,篩骨洞の高信号所見があったものの,耳鼻科専門医による読影でも判断が困難なものであった.臨床所見からは腫瘍性病変やTolosa-Hunt症候群などによる続発性視神経炎が最も疑われたが,高齢者かつ透析患者であり開頭術を要するような生検は侵襲性が高いと判断され,診断的治療としてステロイドパルス療法が選択された.ステロイド薬投与が真菌感染の活動を助長した可能性は否定できない.右眼失明,全眼球運動障害などの症状が出現し,b-d-グルカン値も上昇したため,耳鼻科にて生検を行ったところ,アスペルギルスが病理学的に検出され,診断に至った.抗真菌薬投与,副鼻腔ドレナージを行うも右下眼窩裂の軟部組織病変から隣接する篩骨洞,蝶形骨洞,上顎洞へ順次感染が拡大した.根治術後は徐々に改善し,幸いにも生命予後不良な頭蓋内浸潤は起1708あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012きなかったが,罹患眼は光覚を失ったままであった.高齢者,糖尿病といった易感染性の背景をもつ患者が眼窩先端症候群を呈する場合には真菌感染も念頭におく必要がある.特に画像診断上真菌感染を否定できない病巣を認める場合には,確定診断のため積極的に生検を行うべきである.炎症性疾患と診断され,ステロイド薬全身投与を開始された後で症状が増悪する場合には,改めて感染症の可能性を強く疑う必要がある.文献1)JamesF,HoraMC:Primaryaspergillosisoftheparanasalsinusesandassociatedarea.Laryngoscope75:768-773,19652)大河喜久,佐伯忠彦,渡辺太志:鼻副鼻腔真菌症74例の臨床的検討.耳喉頭頸83:859-864,20113)GirishF,SureshM,AndresAetal:Fungaldiseasesoftheparanasalsinuses.SeminUltrasoundCTMR20:391401,19994)長谷川稔文,雲井一夫:鼻副鼻腔真菌症54例の臨床的検討.耳鼻臨床98:853-859,20055)田中章浩,吉田誠克,諌山玲名ほか:眼窩先端症候群を呈した非浸潤型副鼻腔アスペルギルス感染症の1例.臨床神経51:219-222,20116)鴨嶋雄大,澤村豊,岩崎善信ほか:眼窩先端症候群にて発症した浸潤型副鼻腔.眼窩アスペルギルス症の1例.脳神経外科35:1013-1018,20077)Sivak-CallcottJA,LivesleyN,NugentRAetal:Localisedinvasivesino-orbitalaspergillosis:characteristicfeatures.BrJOphthalmol88:681-687,20048)MarcusMM,WilliamY,AlberDMetal:AspergillusinfectionoftheorbitalapexmasqueradingasTolosa-Huntsyndrome.ArchOphthalmol125:563-566,20079)RobertWH,AlexJ,WilliamBetal:Mycoticaneurysmandcerebralinfarctionresultingfromfungalsinusitis.AJNRAmJNeuroradiol22:858-863,200110)杉山拓,黒田敏,中山若樹ほか:眼窩先端部症候群で発症した内頸動脈浸潤した副鼻腔真菌症の3症例.脳神経外科39:155-161,201111)ColemanJM,HoggGG,RosenfeldJVetal:Invasivecentralnervoussystemaspergillosis:curewithliposomalamphotericinB,itraconazole,andradicalsurgery─casereportandreviewoftheliterature.Neurosurgery36:858-863,199512)NakanishiW,FujishiroY,NishimuraSetal:Clinicalsignificanceof(1-3)-b-D-glucaninapatientwithinvasivesino-orbitalaspergillosis.AurisNasusLarynx36:224-227,200913)StammbergerH,JakseR,BeaufortFetal:Aspergillosisofparanasalsinuses.AnnOtolRhinolLaryngol93:251256,198414)熊澤博文,中村晶彦:上顎洞真菌症のCT像の検討.耳鼻臨床78:1935-1941,198515)ZinreichSJ,KennedyDW,MalatJetal:Fungalsinusitis:diagnosiswithCTandMRimaging.Radiology169:439-444,1988(118)