0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(127)1449《原著》あたらしい眼科27(10):1449.1453,2010cはじめに現在,国内で年間約100万件以上行われている白内障手術は,単に視力の改善を目的とするだけでなく,より優れた視機能(qualityofvision:QOV)を求めるようになっている.その背景には手術手技の向上や機器の改良などの要因のほかに眼内レンズ(intraocularlens:IOL)の進歩があげられる1).すなわちIOLに着色化や非球面化などの付加価値をつけ,網膜保護や高いコントラスト効果を期待するものである.近年登場した多焦点IOLは,従来の単焦点IOL挿入後に生じる調節機能喪失に対し,老視矯正の側面をもつ付加価値IOLである.この多焦点IOLを使用した白内障手術は2008年7月に先進医療として認可された.多焦点IOL挿入眼の視機能に関する報告2,3)は数多くされているが,高次収差について検討した国内での報告は少ない.今回筆者らは,2種類の多焦点IOLと単焦点IOL挿入眼の高次収差について比較検討した.I対象および方法2007年8月.2008年10月にバプテスト眼科クリニックにて白内障手術を施行し,その際に挿入した多焦点IOLのNXG1(ReZoomR,屈折型,AMO社)とSA60D3(ReSTORR,〔別刷請求先〕山村陽:〒606-8287京都市左京区北白川上池田町12バプテスト眼科クリニックReprintrequests:KiyoshiYamamura,M.D,BaptistEyeClinic,12Kamiikeda-cho,Kitashirakawa,Sakyo-ku,Kyoto606-8287,JAPAN多焦点眼内レンズ挿入眼の高次収差山村陽*1稗田牧*2中井義典*2木下茂*2*1バプテスト眼科クリニック*2京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学PostoperativeWavefrontAnalysisofMultifocalIntraocularLensKiyoshiYamamura1),OsamuHieda2),YoshinoriNakai2)andShigeruKinoshita2)1)BaptistEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine目的:多焦点眼内レンズ(IOL)挿入眼の高次収差について検討した.方法:多焦点IOLのNXG1(ReZoomR)とSA60D3(ReSTORR)および単焦点IOLのSN60ATを白内障手術によって6眼ずつ挿入した.術後3カ月の視力,コントラスト感度,高次収差(全高次収差,コマ様収差,球面様収差,球面収差,解析径:3,4,5,6mm)を測定した.結果:全症例で術後遠方矯正視力は1.0以上であり,遠方矯正下近方視力は多焦点IOLが有意に良好であった.コントラスト感度はSN60ATで高い傾向があった.全高次収差,コマ様収差,球面様収差は解析径に関係なくIOL間に有意な差はなかった.球面収差はSA60D3とSN60ATでは解析径が増えるにつれて増加したが,NXG1では解析径5,6mmでは減少した.結論:3種類のIOL挿入眼において,解析径5,6mmでは球面収差に違いがみられた.Wereporttheclinicalresultsofmultifocalintraocularlens(IOL)implantation.MultifocalrefractiveIOL(NXG1:ReZoomR),multifocaldiffractiveIOL(SA60D3:ReSTORR)andmonofocalIOL(SN60AT)wereimplantedin6eyeseach.At3monthspostoperatively,distanceandnearvisualacuity(VA)andcontrastsensitivityweretested,andwavefrontanalysiswasperformedwith3,4,5and6mmopticalzones.AlleyesachievedcorrecteddistanceVAof≧1.0,butshowedastatisticallysignificantdifferenceinuncorrectednearVAbetweenmultifocalandmonofocalIOL.TheSN60AThadatendencytowardhighercontrastsensitivityvaluethanthemultifocalIOLs.ThesphericalaberrationofSA60D3andSN60ATshowedincreasewhileincreasingopticalzones,butthatofNXG1waslesswiththe5and6mmzonesthanwiththe3and4mmzones.ThesedifferentIOLtypesresultedinmeasurablydifferentpostoperativesphericalaberrationpatterns.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(10):1449.1453,2010〕Keywords:多焦点眼内レンズ,単焦点眼内レンズ,コントラスト感度,高次収差,球面収差.multifocalintraocularlens,monofocalintraocularlens,contrastsensitivity,higher-orderaberration,sphericalaberration.1450あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(128)回折型,Alcon社)および単焦点IOLのSN60AT(Alcon社)のそれぞれ6眼ずつを対象とした.採用基準は,年齢60歳以下で白内障以外に眼疾患がなく,角膜乱視1.0D以下の症例とした.術式は,上方強角膜2.4.3.0mm小切開にて超音波水晶体乳化吸引術を施行し,IOLを.内固定した.IOL度数は,眼軸長をIOLMaster(ZEISS社)で測定し,目標屈折度を多焦点IOLは遠方正視に,単焦点IOLはやや近視寄り(.0.5.1.0D)としてSanders-Retzlaff-Kraff/theoretical(SRK-T)式を用いて算出した.明所と暗所における瞳孔径はOPDscan(NIDEK社)で測定した.患者背景についてはIOL間に差は認められなかった(表1).検討項目は,術後3カ月の遠方と近方視力,コントラスト感度,高次収差とした.コントラスト感度はCSV-1000(VectorVision社)を用いて明所にて測定し,各周波数における対数コントラスト感度値とAULCF(areaunderthelogcontrastsensitivityfunction)値を調べた.高次収差はOPDscanを用いて術後の角膜と眼球の高次収差を暗所散瞳下にて測定した.測定項目は全高次収差(S3+S4+S5+S6),コマ様収差(S3),球面様収差(S4),球面収差とし,解析径を3,4,5,6mmとした.統計学的検討はOne-factorANOVA,Tukey-Kramer検定を用い,有意確率5%未満を有意とした.II結果1.視力遠方矯正視力は各IOL挿入眼で1.0以上であった.近方裸眼視力はNXG1,SA60D3,SN60ATでそれぞれ0.61,0.62,0.21であり,遠方矯正下近方視力はそれぞれ順に0.61,0.64,0.26であり,近方視力はNXG1とSA60D3がSN60ATに比べ有意に良好であった(p<0.01).術後屈折度数(自覚的等価球面度数)は,IOL間に有意差はなかった(表2).2.コントラスト感度すべての空間周波数でIOL間に有意差はなかったが,SN60ATの感度が高く,高周波数領域ではSA60D3の感度低下の傾向がみられた(図1).AULSF値を比較するとSN60AT(1.10±0.06),NXG1(1.07±0.14),SA60D3(1.02±0.23)の順に小さかったが,IOL間に有意差はなかった.表1患者背景NXG1SA60D3SN60ATp値症例数3例6眼4例6眼4例6眼性別(男/女)2/11/32/2年齢(歳)44.3±20.5(18.60)53.0±3.7(49.57)57.0±6.9(43.60)0.24眼軸長(mm)25.02±2.0726.23±1.3924.61±0.810.19明所瞳孔径(mm)3.72±0.583.62±0.474.04±0.820.51暗所瞳孔径(mm)5.89±0.925.40±0.765.54±1.010.63表2視力NXG1SA60D3SN60ATp値遠方裸眼視力1.221.080.63p<0.05遠方矯正視力1.341.181.170.29近方裸眼視力0.610.620.21p<0.01遠方矯正下近方視力0.610.640.26p<0.01近方矯正視力0.660.710.85p<0.01術後屈折度数(D).0.17±0.26.0.27±0.30.0.54±0.430.1700.20.40.60.811.21.41.61.82空間周波数(cycles/degree)361218対数コントラスト感度NXG1SA60D3SN60ATp=0.45p=0.11p=0.07p=0.06図1コントラスト感度すべての空間周波数でIOL間に有意差はなかったが,SN60ATの感度が高く,高周波数領域ではSA60D3の感度低下の傾向がみられた.(129)あたらしい眼科Vol.27,No.10,201014513.高次収差角膜については,各成分で解析径にかかわらずIOL間に有意差はなかった(図2).眼球については,全高次収差,コマ様収差,球面様収差は解析径にかかわらずIOL間に有意差はなく,解析径が増加するにつれ収差量も増加していた(図3.5).球面収差は,解析径3,4mmではIOL間に有意差はなかったが,5mmではNXG1,SA60D3,SN60ATでそれぞれ0.02±0.08μm,0.11±0.12μm,0.14±0.05μmとなり,NXG1はSN60ATよりも有意に球面収差が少なかっ□:NXG1■:SA60D3■:SN60AT10.80.60.40.203456全高次収差解析径(mm)3456解析径(mm)収差量(μm)10.80.60.40.20収差量(μm)10.80.60.40.20収差量(μm)10.80.60.40.20収差量(μm)0.070.050.070.150.120.180.310.250.340.540.490.60コマ様収差0.060.040.060.400.390.500.240.200.310.130.100.163456解析径(mm)球面様収差0.030.030.030.070.070.070.340.270.240.180.140.133456球面収差解析径(mm)0.020.010.010.060.040.030.300.210.160.160.110.08図2高次収差(角膜)平均値を記載.各成分で解析径にかかわらずIOL間に有意差はなかった.0.170.150.140.270.270.240.430.450.380.840.690.561.41.210.80.60.40.203456解析径(mm)収差量(μm)□:NXG1■:SA60D3■:SN60AT図3全高次収差(眼球)平均値を記載.解析径にかかわらずIOL間に有意差はなく,解析径が増加するにつれ収差量も増加していた.1.41.210.80.60.40.203456解析径(mm)収差量(μm)□:NXG1■:SA60D3■:SN60AT0.140.130.130.180.220.210.360.370.320.700.550.45図4コマ様収差(眼球)平均値を記載.解析径にかかわらずIOL間に有意差はなく,解析径が増加するにつれ収差量も増加していた.10.80.60.40.203456解析径(mm)収差量(μm)□:NXG1■:SA60D3■:SN60AT0.080.050.040.150.090.070.130.160.160.330.270.28図5眼球様収差(眼球)平均値を記載.解析径にかかわらずIOL間に有意差はなく,解析径が増加するにつれ収差量も増加していた.1452あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(130)た(p<0.01).解析径6mmでは,それぞれ順に.0.24±0.28μm,0.19±0.16μm,0.25±0.06μmとなり,NXG1はSA60D3とSN60ATよりも有意に球面収差が少なかった(p<0.01).SA60D3とSN60ATでは解析径が増加するにつれ球面収差は増加していたが,NXG1では解析径5,6mmで球面収差が減少し,6mmでは負の球面収差を生じていた(図6).III考按近年,白内障術後のQOVが大きく問われるようになり,視力だけでなくコントラスト感度や高次収差などを用いた視機能評価が重要になっている.高次収差については,核白内障や非球面IOL,素材・デザインの異なるIOLに関する報告4.6)があるが,多焦点IOL挿入眼7.10)に関する国内での報告は少ない.今回,2007年に医療材料としての承認を受けたNXG1とSA60D3を使用して術後の視力,コントラスト感度,高次収差について検討した.視力については,近方裸眼視力と遠方矯正下近方視力ともに,NXG1とSA60D3がSN60ATに比べ有意に良好であり,多焦点IOLの挿入効果が現れていると考えられた.コントラスト感度は視覚系の空間周波数特性を測定し,通常の視力検査では不十分とされる見え方の質が評価できる自覚的検査である.SA60D3では,光量の分配と光の損失によるコントラスト感度低下が生じるとされ,瞳孔径が大きくなる夜間に遠方への入射光の配分を多くしてこの欠点を補っている11).一般に多焦点IOLでは単焦点IOLよりもコントラスト感度が低下し,特に回折型は高周波数領域で低下しや10.80.60.40.20-0.2-0.434******56解析径(mm)**:p<0.01収差量(μm)□:NXG1■:SA60D3■:SN60AT0.050.020.010.120.050.050.020.110.14-0.240.190.25図6球面収差(眼球)平均値を記載.解析径3,4mmではIOL間に有意差はなかったが,5,6mmではNXG1とそれ以外のIOL間に有意差を認めた.NXG1では解析径5,6mmで球面収差が減少し,6mmでは負の収差を生じていた.432Zone1234553.5D3.5D3.5D3.5D432Zone1234552.1mm4.3mm4.6mm3.45mm図8NXG1光学部の表面構造Zone2,4では近方視用に3.5Dの屈折力を加入した設計になっている.図7OPDmapNXG1ではZone2(白矢印)に一致して眼屈折力の高い円環状の部位がみられる.NXG1SA60D3SN60AT(131)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101453すいが,本研究ではIOL間に有意差はみられなかった.高次収差については,術後の角膜高次収差が各IOL挿入眼で差がないことを確認したうえで,眼球の高次収差を評価した.OPDscanは,検影法の原理で測定した眼屈折度数誤差分布(OPDmap)をZernike解析して収差成分を定量し,解析径を任意に設定できる波面センサーである12).本研究では,眼球の全高次収差,コマ様収差,球面様収差は解析径にかかわらずIOL間に有意差はなかったが,球面収差については,解析径5,6mmではNXG1と他のIOL間に有意差を認め,SN60ATとSA60D3では解析径が増えるにつれ増加していたが,NXG1では解析径5,6mmで減少していた.今回使用したIOLの光学部直径はすべて6.0mmとなっており,SN60ATは球面レンズ,SA60D3は中央3.6mmがアポダイズ回折構造,周辺が単焦点構造となっている球面レンズであるために,解析径の増加につれ球面収差は増加したものと考えられた.一方,NXG1は中央より同心円状の5つのゾーンを設け,Zone1,3,5は遠方視用として,Zone2,4は3.5Dの屈折力が加入された設計になっており近方視に用いられる(図7,8).このZone2,4によって,NXG1は光学部表面が球面ではなく非球面効果をもつような構造になり,結果的に解析径の増加につれ球面収差が減少したのではないかと考えられた.Hartmann-Shack型の波面センサーを用いて解析径5mmで球面収差を検討した海外の報告によると,Ortizら8)はReZoomR(0.17±0.07μm)とReSTORR(0.06±0.04μm)で有意差があり,Zelichowskaら9)もReZoomR(0.15±0.01μm)とReSTORR(0.09±0.00μm)で有意差があったとしている.また,Rochaら7)やTotoら10)は,ReSTORRのアポダイズ回折構造が非球面効果をもたらしている可能性があると報告している.しかし,Gatinel13)やCharmanら14,15)は,回折型の多焦点IOL挿入眼の高次収差測定に関して,解析に必要な測定ポイント数が少ないことや測定光源として近赤外光を用いると可視光に比べて回折効率が低下することなどを理由に,測定結果が不正確であると報告している.本研究では解析径5mmにおける球面収差はNXG1,SA60D3それぞれ0.02±0.08μm,0.11±0.12μmで,Ortizら8)やZelichowskaら9)の報告とは異なりNXG1のほうが球面収差が少なかったが,その後も経過観察可能であったNXG1挿入眼2例4眼の球面収差について,新たにHartmann-Shack型の波面センサーKR-1W(TOPCON社)を用いて検討した結果,解析径4mmでは0.07±0.02μm,6mmでは.0.10±0.04μmとなり,解析径6mmではOPDscanの測定結果と同様にNXG1では負の球面収差が生じていることが確認できた.今回,多焦点IOLのNXG1とSA60D3および単焦点IOLのSN60AT挿入眼の高次収差を比較検討した結果,解析径5,6mmにおいて球面収差に違いがあった.本論文の要旨は第32回日本眼科手術学会総会にて発表した.文献1)松島博之:眼内レンズ─最近の進歩.臨眼61:697-704,20072)中村邦彦,ビッセン宮島弘子,大木伸一ほか:アクリル製屈折型多焦点眼内レンズ(ReZoomR)の挿入成績.あたらしい眼科25:103-107,20083)ビッセン宮島弘子,林研,平容子:アクリソフRApodized回折型多焦点眼内レンズと単焦点眼内レンズ挿入成績の比較.あたらしい眼科24:1099-1103,20074)FujikadoT,KurodaT,MaedaNetal:Wavefrontanalysisofaneyewithmonoculartriplopiaandnuclearcataract.AmJOphthalmol137:361-363,20045)比嘉利沙子,清水公也,魚里博ほか:非球面および球面IOL挿入眼の高次波面収差の比較.臨眼59:1089-1093,20056)渕端睦,二宮欣彦,前田直之ほか:光学部および支持部の素材,デザイン,光学特性の異なる眼内レンズ挿入眼の高次収差の比較.臨眼61:1255-1259,20077)RochaKM,ChalitaMR,SouzaCEetal:WavefrontanalysisandcontrastsensitivityofamultifocalapodizeddiffractiveIOL(ReSTOR)andthreemonofocalIOLs.JRefractSurg21:808-812,20058)OrtizD,AlioJL,BernabeuGetal:Opticalperformanceofmonofocalandmultifocalintraocularlensesinthehumaneye.JCataractRefractSurg34:755-762,20089)ZelichowskaB,RekasM,StankiewiczAetal:Apodizeddiffractiveversusrefractivemultifocalintraocularlenses:opticalandvisualevaluation.JCataractRefractSurg34:2036-2042,200810)TotoL,FalconioG,VecchiarinoLetal:Visualperformanceandbiocompatibilityof2multifocaldiffractiveIOLs.JCataractRefractSurg33:1419-1425,200711)茨木信博:多焦点眼内レンズの最近の進歩.臨眼62:1035-1039,200812)鈴木厚,大橋裕一:OPDスキャンの臨床応用.あたらしい眼科18:1363-1367,200113)GatinelD:LimitedaccuracyofHartmann-ShackwavefrontsensingineyeswithdiffractivemultifocalIOLs.JCataractRefractSurg34:528-529,200814)CharmanWN,Montes-MicoR,RadhakrishnanH:CanwemeasurewaveaberrationinpatientswithdiffractiveIOLs?.JRefractSurg33:1997,200715)CharmanWN,Montes-MicoR,RadhakrishnanH:Problemsinthemeasurementofwavefrontaberrationforeyesimplantedwithdiffractivebifocalandmultifocalintraocularlenses.JRefractSurg24:280-286,2008***