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細胞性急性リンパ性白血病治療中に発症したPosterior Reversible Encephalopathy Syndrome の1例

2016年6月30日 木曜日

《原著》あたらしい眼科33(6):909.914,2016c細胞性急性リンパ性白血病治療中に発症したPosteriorReversibleEncephalopathySyndromeの1例鈴木貴英武居敦英宮川由起子上林功樹取出藍岩竹彰横山利幸順天堂大学医学部附属練馬病院眼科ACaseofPosteriorReversibleEncephalopathySyndromewithT-CellAcuteLymphoblasticLeukemiaTakahideSuzuki,AtsuhideTakesue,YukikoMiyagawa,KokiKanbayashi,AiToride,AkiraIwatakeandToshiyukiYokoyamaDepartmentofOpthalmology,JuntendoUniversityNerimaHospital目的:T細胞性急性リンパ性白血病(T-ALL)治療中に発症した可逆性後頭葉白質脳症(PRES)症例の報告.症例:T-ALL治療中の34歳,男性が朝からの急激な視力障害で受診した.視力は右眼矯正1.0,左眼矯正0.7,対光反射と中心フリッカー値の低下を認めたが,前眼部,中間透光体,眼底は異常なかった.頭部MRIではFLAIR(fluidattenuatedinversionrecovery)画像およびADC(apparentdiffusioncoefficient)MAPで両側前頭葉および両側後頭葉に高信号域を認め,血管原性浮腫が疑われた.また,当日朝から160/90mmHgの血圧上昇を認めていた.経過からPRESと診断し,当時の使用薬剤を中止し,降圧薬を内服投与したところ,加療から9日目に両眼矯正視力1.2と視力障害が改善され,1カ月後の頭部MRIでは高信号域の消失が認められた.結論:化学療法中の視力障害では,視力低下をきたす基礎疾患があっても,PRESを念頭に置いて検査・加療を行う必要がある.Purpose:Toreportacaseofposteriorreversibleencephalopathysyndrome(PRES)withT-cellacutelymphoblasticleukemia(T-ALL).Case:A-34-year-oldmalereferredtouscomplainingofsuddenvisualloss.Hiscorrectedvisualacuitywas1.0righteyeand0.7left.Lightreflexandcentralflickerfusionflequencywerediminished.Therewerenoocularabnormalfindings.Magneticresonanceimaging(MRI)ofthebrainshowedhyperintensityinthebioccipitalandbifrontalregions.MRIshowedhigh-intensityregioninapparentdiffusioncoefficient(ADC)MAPandfluidattenuatedinversionrecovery(FLAIR)images,suggestingvasogenicoedema.Bloodpressurewas160/90mmHgatthattime.ThosefindingsledtothediagnosisofPRES.Afterstoppingchemotherapyandtreatinghypertension,visualacuityimprovedwithin9days;hyperintensitiesonMRIimprovedin1month.Conclusion:WeshouldassumePRESforvisuallossduringchemotherapyevenifthepatienthasabasicdiseasecausingvisualloss.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(6):909.914,2016〕Keywords:可逆性後頭葉白質脳症,T細胞性急性リンパ性白血病,メトトレキセート,高血圧,化学療法.posteriorreversibleencephalopathysyndrome,T-cellacutelymphoblasticleukemia,methotrexate,hypertension,chemotherapy.はじめに可逆性後頭葉白質脳症(posteriorreversibleencephalopathysyndrome:PRES)は,頭痛を伴う症候群の一つで,RPLS(reversibleposteriorleukoencephalopathysyndrome)と同義で用いられることもある.1996年にHincheyらが,高血圧性脳症や子癇,免疫抑制剤の使用を原因として可逆性の臨床所見を呈した15症例をもとにして提唱した疾患概念である1).おもには急激な血圧上昇に続く血管透過性亢進や血管内皮細胞障害に起因する血管原性浮腫を呈すると考えられている.症状は頭痛,意識障害,痙攣,麻痺,視〔別刷請求先〕鈴木貴英:〒177-8521東京都練馬区高野台3-1-10順天堂大学医学部附属練馬病院眼科Reprintrequests:TakahideSuzuki,M.D.,DepartmentofOpthalmology,JuntendoUniversityNerimaHospital,3-1-10Takanodai,Nerima-ku,Tokyo177-8521,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(149)909 力・視野障害などが知られている.好発部位は頭頂後頭葉を中心に,前頭葉,側頭葉,視床,小脳,脳幹,基底核で,MRI検査で高信号域として描出される.一般的には可逆性の脳症であるが,非可逆性変化へと至る場合もあり,Grelatらは腰椎穿刺後に右片麻痺,意識障害,皮質盲,痙攣症状を呈するPRESを発症し,右片麻痺が後遺症として残存したPRESの症例を報告している2).また,皮質盲など視機能異常の原因となるため,眼科領域でも重要な疾患である.PRESには高血圧性以外にも,各種免疫疾患性,薬剤性などが知られており,これらの場合,血圧管理,痙攣管理,原因薬剤の中止などが治療となる.適切な治療により数日のうちに症状が軽快するとの報告3,4)が多い.今回,T細胞性急性リンパ性白血病(T-cellacutelymphoblasticleukemia:T-ALL)に対する化学療法中にPRESを発症したと考えられる1例を経験したので報告する.I症例患者:34歳,男性.主訴:視力障害.現病歴:2013年6月に頸部リンパ節腫脹から悪性リンパ腫を疑われ,8月に咽頭部腫瘤の生検にて,T-ALLと診断された.髄液細胞診では陰性であったものの,腰椎造影MRI所見ではL5/S1レベルに神経根に沿った多発する濃染が認められT-ALLの坐骨神経根浸潤が疑われた.9月より寛解導入療法を開始し,12月10日より地固め療法3クール目としビンクリスチン(2mg/日),アドリアマイシン(49mg/日)およびメトトレキサートの大量静注(90mg/日)とメトトレキサートの髄注(15mg/日)で加療されていた(表表1治療経過中の化学療法9月10月11月12月寛解導入地固め①地固め②地固め③VCR○○○DNR○CPA○HDAra-C○VP-16○DEX○○HDMTX○ITMTX○○○○ADR○VCR:vincristine,DNR:daunorubicin,CPA:cyclophosphamide,HDAra-C:highdosecytarabine,VP-16:etoposide,DEX:dexamethasone,HDMTX:highdosemethotrexate,ADR:adriamycin,ITMTX:intrathecalmethotrexate.PRES発症時には,12月10日より地固め療法3クール目としてvincristine,adriamycin,methotrexateの3剤が投与されていた.1).同年12月25日朝から両眼の急激な視力低下を自覚したため,同日当院当科初診となった.既往歴:特記なし.初診時所見:12月25日初診時の視力は右眼(1.0×sph.4.75D(cyl-0.50DAx175°),左眼(0.7×sph.3.75D(cyl-1.25DAx180°).眼位,眼球運動,眼圧は正常.頭痛および眼痛なし.前眼部から眼底にかけても異常所見を認めなかった.対光反射は正常からやや減弱していた.中心フリッカー値は右眼21-27Hz,左眼23-31Hzと両眼とも軽度低下が認められた.同日の頭部MRIではT1造影画像(図1)で両側後頭葉中心に小さな結節性増強効果を認め,fluidattenuatedinversionrecovery(FLAIR)画像(図2)では両側前頭葉,両側後頭葉に高信号域を認めた.Apparentdiffusioncoefficient(ADC)MAP画像においても高信号域を認めたため,血管原性浮腫であると考えられた.また,同日朝は160/90mmHgと血圧の上昇を認めていた.経過:初診時の頭部MRI検査結果および髄液検査結果から,ウイルス性脳炎,ALLの両眼視神経への浸潤,脳梗塞,炎症性/脱髄性疾患は否定的であると考えられた.ALLの髄膜播種の可能性は否定できないものの,抗癌剤などによる薬剤性PRESが原因である可能性がもっとも高いと判断し,地固め療法3クール目を中止とした.同日よりデキサメタゾン内服(20mg/日),グリセオール静注(400mg/日)およびアムロジピン内服(5mg/日)による加療を開始した.診療時間外の診察依頼で視能訓練士が不在であったため,Goldmann動的視野検査および蛍光眼底造影検査は翌日の施行とした.翌26日再診時は,眼底所見(図3)および光干渉断層計,蛍光眼底造影検査では異常所見は認めなかった(図4,5)が,両眼視力は指数弁(矯正不能)に,中心フリッカー値は右眼7-15Hz,左眼15-25Hzに低下しており,Goldmann動的視野検査は測定できなかった(図6).28日の頭部MRI検査結果では,FLAIR画像(図7)およびADCMAP(図8)で両側後頭葉,両側前頭葉の高信号域の拡大を認め,ALLの両眼視神経への浸潤は認められなかった.翌年1月6日,再診時視力は右眼(1.2×sph.4.75D(cyl.0.50DAx175°),左眼(1.2×sph.3.75D(cyl.1.25DAx180°)へ,中心フリッカー値は右眼35Hz,左眼33Hzへと改善を認めた.1月29日の頭部MRI検査結果では,T1造影において両側後頭葉の結節性増強効果の消失,およびFLAIR画像において両側前頭葉,両側後頭葉の高信号域の消失が認められた.以後,1年間以上,正常視機能を維持している.910あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016(150) 図112月25日T1造影MRI画像図212月25日FLAIR画像頭部MRIではT1造影画像で両側後頭葉中心に小さFLAIR画像では両側前頭葉,両側後頭葉に高信号域な結節性増強効果を認めた.を認めた.図312月26日眼底写真視力,中心フリッカー値の著明な低下を認め,GPは測定不能であったが,眼底,OCT,FAGでは異常所見は認めなかった.図412月26日OCT所見(151)あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016911 図512月26日FAG所見図612月26日Goldmann動的視野検査所見図712月28日FLAIR画像図812月28日ADCmap画像頭部FLAIR画像において両側後頭葉,両側前頭葉の頭部ADCmap画像において両側後頭葉,両側前頭高信号域の拡大を認めた.葉の高信号域の拡大を認めた.912あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016(152) II考按今回の症例では,初診時の両眼視力低下の原因として,PRESのほかにも脳梗塞,ALLの両眼視神経への浸潤,ウイルス性脳炎,その他炎症性/脱髄性疾患,ALLの髄膜播種などが鑑別疾患にあげられたが,初診時の頭部MRI検査結果より,両側後頭葉白質の血管原性浮腫,すなわちPRESであると考えられた.MRIで画像診断する際,脳梗塞との鑑別が重要となる.両者ともT1造影画像およびFLAIR画像で高信号となる.一方でADCMAPにおいては,血管原性浮腫を呈するPRESは高信号となるが,細胞毒性浮腫である脳梗塞は低信号を呈する.本症例においては,MRI初診時のT1造影画像,FLAIR画像,ADCMAP画像にてPRESの好発部位である両側の前頭葉および後頭葉に高信号域を呈していたことから,脳梗塞は否定的と考えられた.また,両側の視神経所見は正常であり,ALLの両眼視神経への浸潤も否定的であった.髄液検査においては,検査数値に有意な異常値はなく,HSV,VZV,HHVも陰性であり,細胞診でも腫瘍細胞は検出されなかったため,ウイルス性脳炎および炎症性/脱髄性疾患は否定的と考えられた.経過中使用していた化学療法は表1のとおりであり,PRESの原因薬剤としては,12月10日より地固め療法3クール目として投与されていたビンクリスチン,アドリアマイシン,メトトレキサートの3剤いずれの可能性も考えられた.ただし,今回のPRES発症以前には,メトトレキサート大量投与48時間後の血中濃度が3.0×10.6mol/lと,投与48時間後の血中危険濃度とされる1.0×10.6mol/lを超える濃度で検出されているため,今回のPRESがメトトレキサートの大量投与に起因したものだと推測するには蓋然性がある.メトトレキサートの主たる副作用は,薬剤添付文書によると,ショック,アナフィラキシー,骨髄抑制,肝・腎不全などがあげられるが,頻度不明ながら,白質脳症含む脳症との記載もある.個別の症例に関しては,B細胞リンパ腫の患者に対しメトトレキサートの髄膜内注射後に発症したPRESの報告5)や,同じくB細胞リンパ腫に対しメトトレキサート大量静脈注射後に発症したPRESの報告6)があるが,本症例においても,メトトレキサートの髄注と大量静注の併用が行われていた.本症例では両眼視力低下発症時に投与していた3剤の迅速な中止と対症療法により軽快が得られているが,3剤同時の投与中止のため,原因薬剤の断定には至らなかった.一方で,本症例においては,過去に腰椎MRI画像よりALLの髄膜播種が疑われており,今回の視力低下出現においても髄膜播種が原因の一つとして考えられたため,PRESによる視力低下と髄膜播種による視力低下の鑑別も必要であ(153)った.しかし,両眼視力低下の発症が急性であったことは,過去の報告2)と一致し,PRESによる視力低下を疑う一助となった.また,過去の報告7)では,PRESの好発部位は前頭葉(78.9%)および後頭葉(98.7%)であり,今回の症例の初診時MRI所見において両側前頭葉かつ両側後頭葉の高信号域が認められたこと,そして原因薬剤の中止と対症療法で症状の軽快が得られたことは,PRESによる両眼視力低下を示唆する.PRESの病態ついてはいまだ議論されており,血圧が脳血流の自動調節能の閾値を超えて上昇するときにBBB(bloodbrainbarrier)が破綻し血管原性浮腫を生じるとするbreakthrough説の他にも,脳血管攣縮に伴う脳虚血により神経症候が出現するとするvasospasm説がある.両説はこれまで対立的に論じられてきたが,現在は両説が混在した病態,すなわち,内因性・外因性の要因がBBBを傷害し,さらに脳血管攣縮による虚血がそれに拍車をかけるという病態が指摘されている3).本症例においては,初診時の朝に160/90mmHgと血圧の上昇を認めていた.過去の報告8)では,PRES発症時の血圧について,120症例のうち86%にあたる97症例で,軽度高血圧とされる140/90mmHg以上の急性の血圧上昇を認めていたとされており,本症例においても血圧上昇が病態に関与していた可能性は否定できない.本症例での初診時の血圧上昇については薬剤起因性の可能性もあるが,両眼視力低下が発症した当時,ALL病状の進行による全身の疼痛の自覚もあったため,疼痛に伴う血圧上昇の可能性もある.今回のPRESにおいて,高血圧の治療と原因薬剤の使用中止で軽快に至った点から,PRESの原因としては,一過性の高血圧と,抗癌剤の使用の両方が考えられた.化学療法中の視力障害ではPRESを念頭において診断治療する必要があると考えられる.文献1)HincheyJ,ChavesC,AppignaniBetal:Areversibleposteriorleukoencephalopathysyndrome.NEnglJMed334:494-500,19962)GrelatM,DebauxJB,SautreauxJL:Posteriorreversibleenchepalopathysyndromeafterdepletivelumbarpuncture.JMedCaseReports8:261,20143)HobsonEV,CravenI,BlankSC:Posteriorreversibleencephalopathysyndrome:atrulytreatableneurologicillness.PeriDialInt32:590-594,20124)ItoY,KawaiM,YasudaT:Don’tforgetreversibleposteriorleukoencephalopathysundorome(RPLS)/posteriorreversibleencephalopathysyndrome(PRES).JJpnSocIntensiveCareMed15:480-484,20085)GulerT,CakmakOY,ToprakSKetal:Intrathecalmethotrexate-inducedposteriorreversibleencephalopathysynあたらしい眼科Vol.33,No.6,2016913 drome(PRES).TurkJHematol31:109-110,2014sibleencephalopathysyndrome:incidenceofatypical6)PapayannidisC,VolpatoF,IacobucciIetal:Posteriorregionsofinvolvementandimagingfindings.AmJRoentreversibleencephalopathysyndromeinaB-cellacutegenol189:904-912,2007lymphoblasticleukemiayoungadultpatienttreatedwith8)FugateJE,ClaassenDO,CloftHJetal:Posteriorreversapediatric-likechemotherapeuticschedule.HematolRepibleencephalopathysyndrome:associatedclinicaland6:5565,2014radiologicalfindings.MayoClinProc85:427-432,20107)McKinneyAM,ShortJ,TruwitCLetal:Posteriorrever***914あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016(154)