———————————————————————-Page1(101)8250910-1810/09/\100/頁/JCLS19回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科26(6):825828,2009cはじめにエタンブトール視神経症は,典型的には視力低下,中心暗点を特徴とする.したがって,通常,エタンブトール視神経症が緑内障に合併しても,その認識や鑑別は比較的容易である.しかし,エタンブトール視神経症のなかには,まれに周辺視野狭窄を生ずるものも報告されている.その認識がないと,エタンブトール視神経症を緑内障と診断する可能性がある.さらに,緑内障にそのようなエタンブトール視神経症を合併すると,あたかも緑内障が急速に進行したようにみえ,点眼追加や手術加療など,誤った治療を選択する可能性がある.今回筆者らは,実際に経過観察していた緑内障患者に,周辺視野に視野欠損を生じるエタンブトール視神経症が合併し,あたかも緑内障の視野の悪化のようにみえた症例を経験〔別刷請求先〕井上由希:〒889-1692宮崎県宮崎郡清武町木原5200宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学Reprintrequests:YukiInoue,M.D.,DepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicine,UniversityofMiyazaki,5200Kihara,Kiyotake,Miyazaki889-1692,JAPANエタンブトール視神経症が合併し,急速に進行したようにみえた正常眼圧緑内障の1例井上由希*1中馬秀樹*1河野尚子*1中馬智巳*1直井信久*1沖田和久*2*1宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学*2国民健康保険中部病院眼科ACaseofNormal-TensionGlaucoma(NTG)withApparentlyRapidProgressionduetoComplicationofEthambutol-ToxicOpticNeuropathyYukiInoue1),HidekiChuman1),NaokoKawano1),TomomiChuman1),NobuhisaNao-i1)andKazuhisaOkita2)1)DepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicine,UniversityofMiyazaki,2)DepartmentofOphthalmology,KokuhoTyubuHospital緑内障に,周辺視野に視野欠損を生じる非典型的なエタンブトール視神経症を合併し,あたかも緑内障が急速に進行したようにみえた症例を報告する.症例は65歳,女性.近医にて緑内障を指摘され,外来にて経過観察されていたが,眼圧コントロール良好にもかかわらず急速に視野が悪化したとして紹介された.結核の既往があり,エタンブトール内服中であった.緑内障に対してはラタノプロストが点眼されていた.Humphrey静的視野にて上下に弓状に広がる視野欠損を認め,4カ月前と比較してMD(meandefect)値で右眼は2.74Dから17.46D,左眼は4.0Dから17.81Dへ悪化していた.エタンブトール内服を中止し,7カ月後右眼は5.82D,左眼は4.36Dへ改善した.典型例ではないエタンブトール視神経症では,周辺視野の狭窄をみる例がある.緑内障に周辺視野の狭窄が重なれば,あたかも緑内障が悪化したようにみえるため,注意が必要である.Wereportacaseofglaucomathatappearedtoprogressrapidlybecauseitwasassociatedwithatypicalethambutolopticneuropathy.Thepatient,a65-year-oldfemale,wasreferredtoourhospitalforevaluationofrap-idlyprogressingvisualelddefectinglaucoma,despitegoodcontrolofintraocularpressure.Shehadbeentreatedwith750mg/dayethambutolfortuberculosis.Humphreystaticvisualeldexaminationshowedanerveberbun-dletypedefect,whichwasconsistentwiththelocationoftheopticdiscrimdefect.Themeandefect(MD)wors-enedfrom2.74dBto17.46dBoculusdexter(OD)andfrom4.0dBto17.81dBoculussinister(OS)overthe4-monthevaluationperiod.MDrecoveredto5.82dBODand4.36dBOSat7monthsafterethambutoldis-continuation.Ethambutoltoxicopticneuropathyrarelydevelopsasaperipheralvisualelddefect.Inglaucomapatientswithethambutoltoxicopticneuropathy,thevisualelddefectappearstoprogressrapidly.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(6):825828,2009〕Keywords:正常眼圧緑内障,エタンブトール視神経症,周辺視野狭窄.normal-tensionglaucoma,ethambutol-toxicopticneuropathy,constrictionofperipheralvisualeld.———————————————————————-Page2826あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009(102)したので報告する.I症例および臨床経過症例は,65歳,女性.2006年末頃より両眼のちらつきを自覚していた.2007年4月,近医眼科を受診した.眼圧は両眼14mmHgであったが,緑内障性視神経乳頭所見を認め,それに一致した視野欠損を呈していたため,両眼の正常眼圧緑内障と診断された.このときの中心フリッカー値は右眼47Hz,左眼48Hzであった.ラタノプロスト点眼が開始され,外来にて経過観察されていた.同年10月,眼圧コントロールが良好であるにもかかわらず,急速に視野が悪化してきたとして宮崎大学眼科(以下,当科)紹介初診となった.この間自覚症状には変化はなかった.既往歴として,40歳頃肺結核を指摘され,1998年よりエタンブトールを断続的に投与されていた.2000年に右肺上葉を切除され,2006年8月からエタンブトール750mg/day内服中であった.高脂血症を指摘されていたが,高血圧や糖尿病は指摘されていない.また,片頭痛や急速な血圧低下の既往もなかった.当科初診時,視力はVD=0.5(1.2×sph+3.50(cyl1.50DAx50°),VS=0.5(1.2×sph+3.25(cyl1.25DAx95°)であった.瞳孔は正円,同大.対光反応は迅速,完全で,RAPD(relativeaerentpupillarydefect)は陰性であった.眼球運動は正常で,眼位は正位.眼圧は,両眼16mmHgであった.隅角は両眼とも開放隅角で,Shaer分類でGrade4,Scheie分類でGrade0であった.色覚は石原式色覚検査表ですべて正答した.中心フリッカー値は,右眼37Hz左眼38Hz.前眼部,中間透光体は,両眼とも軽度白内障を認めた.眼底では,視神経乳頭が両眼ともに垂直C/D(cup/図1本症例の眼底写真視神経乳頭は垂直C/D比0.8.特に下方のリムの菲薄化を認めた.左:右眼,右:左眼.図2当科初診時の静的視野MD値は右眼17.46dB,左眼17.81dB.〔左眼〕〔右眼〕———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009827(103)disc)比0.8で,下方のリムの菲薄化を認めた(図1).Hum-phrey静的視野検査にて上下に弓状に広がる視野欠損を認め(図2),当科受診4カ月前の視野(図3)と比較すると,MD値で右眼は2.74dBから17.46dBへ,左眼は4.0dBから17.81dBへと悪化していた.静的視野検査の結果は視野の信頼係数も良好で,また,再現性も認められ,有意な視野欠損と考えた.2007年4月に前医を受診して以来,本人の自覚症状に変化はなかった.図4エタンブトール中止7カ月後の静的視野MD値は右眼5.82dB,左眼4.36dBと改善している.〔左眼〕〔右眼〕図3当科受診4カ月前の静的視野MD値は右眼2.74dB,左眼4.0dB.〔左眼〕〔右眼〕———————————————————————-Page4828あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009(104)エタンブトール視神経症の可能性を考え,エタンブトール中止としたうえで経過観察を行った.抗緑内障薬の追加やその他の点眼,内服の追加は行わなかった.エタンブトール中止後,静的視野検査の結果は次第に改善し,エタンブトール中止7カ月後にはMD(meandefect)値は右眼が17.46dBから5.82dBに,左眼が17.81dBから4.36dBに改善した(図4).II考按本症例では,当科初診時の静的視野(図2)における視野欠損の形態からは,一見緑内障が進行したかのようにみえた.しかし,眼圧コントロールが良好であったにもかかわらず,きわめて急速に視野障害が進行していること,視野障害の進行に一致した緑内障性視神経乳頭陥凹所見を認めないこと,2006年8月以来1年以上にわたってエタンブトール内服中であり,前医初診時と比較すると中心フリッカー値の著明な悪化を認めたことなどから,非典型的ではあったが,エタンブトールの関与を考えた.そのほか,アーチファクトや,心因性のものも考慮された.しかし,視野検査の再現性が良かったこと,視野の信頼係数も良好であったことから,アーチファクトや,心因性のものは除外した.加えて,抗緑内障薬の追加をせず,エタンブトール中止のみで,視野は次第に改善したことから,本症例においてみられた視野の悪化は,緑内障によるものではなく,エタンブトール視神経症の合併によるものであったと考えた.現在でも結核治療の主要薬剤として使用されているエタンブトールは,Carrら1)による最初のエタンブトール視神経症の報告以来,数多くの報告がなされており2),眼科領域では中毒性視神経症の原因薬剤として広く認識されている.典型的な臨床症状としては視力低下,中心暗点,色覚異常,中心フリッカー値の低下を特徴とする.一方で,こうした典型的な臨床症状を呈さないタイプのエタンブトール視神経症も数多く報告されている.Leibold3,4)はエタンブトール視神経症を中心暗点型と周辺視野狭窄型の2つに分け,そのほかに特殊なタイプとして視神経乳頭の発赤・腫脹をきたす乳頭網膜障害型があることを報告している.近年でも,頻度は少ないながら,両耳側半盲や周辺視野感度が低下する症例も報告されている5).通常,典型的なエタンブトール視神経症が緑内障に合併しても,視力低下や中心暗点が表現され,その認識や,鑑別は比較的容易であることが多い.しかし,本症例のように,緑内障に,周辺視野狭窄を生ずるエタンブトール視神経症を合併すると,あたかも緑内障が急速に進行したようにみえる可能性がある.エタンブトール視神経症では早期発見し薬剤を中止することにまさる治療法はなく,発見が遅れ高度に視力低下が進んだ症例では,視機能の改善がみられない,あるいは視機能障害が残存することが報告されている6).緑内障および他疾患にて経過観察中の場合でも急激な視力低下,視野欠損をみたときには,エタンブトール視神経症を念頭において内服の有無を確認する必要があると考えられた.本症例では,あたかも緑内障が進行したかのような弓状暗点の増悪をみた.この点については,エタンブトールは網膜神経節細胞(RGC)に有害であるとの研究報告もあることから7),緑内障眼にエタンブトール視神経症が合併した場合,Bjerrum領域のRGCが傷害されやすい可能性が示唆されると考えられた.近年opticalcoherencetomography(OCT)による視神経線維層厚の解析はさかんに行われており,エタンブトール視神経症についても,エタンブトールの中止および視機能の改善に伴い,浮腫の軽減などによると思われる視神経線維層厚の減少を認めることが報告されている8,9).今回はOCTによる視神経線維層厚の解析を行っていないが,今後の経過観察をするにあたってはこうした点にも留意していく必要があると思われた.また,本症例ではエタンブトール中止7カ月後の静的視野でも投与前のMD値まで回復していない.エタンブトール中止を継続していくが,緑内障が進行している可能性も否定できない.今後も注意深く経過観察を継続する必要があると思われた.文献1)CarrRE,HenkindP:Ocularmanifestationofethambutol.ArchOphthalmol67:566-571,19622)BarronGJ,TepperL,IovineG:Oculartoxicityfromethambutol.AmJOphthalmol77:256-260,19743)LeiboldJE:Theoculartoxicityofethambutolanditsrelationtodose.AnnNYAcadSci135:904-909,19664)LeiboldJE:Drugshavingatoxiceectontheopticnerve.IntOphthalmolClin11:137-157,19715)比嘉利沙子,塩川美菜子,深作貞文ほか:エタンブトール視神経症の耳側感度低下.臨眼62:473-478,20086)横山哲朗,田川博,菅野晴美ほか:高度に視力低下したエタンブトール視神経症.あたらしい眼科9:1623-1626,19927)HengJE,VorwerkCK,LessellEetal:Ethambutolistoxictoretinalganglioncellsviaanexcitotoxicpathway.InvestOphthalmolVisSci40:190-196,19998)ZoumalanCI,SadunAA:Opticalcoherencetomographycanmonitorreversiblenerve-verlayerchangesinapatientwithethambutol-inducedopticneuropathy.BrJOphthalmol91:839-840,20079)ChaiSJ,ForoozanR:Decreasedretinalnerveberlayerthicknessdetectedbyopticalcoherencetomographyinpatientwithethambutol-inducedopticneuropathy.BrJOphthalmol91:895-897,2007