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Wavefront-guided Laser In Situ Keratomileusis による回折型多焦点眼内レンズ挿入眼における屈折誤差矯正:術前波面収差解析装置の比較

2016年6月30日 木曜日

《原著》あたらしい眼科33(6):895.897,2016cWavefront-guidedLaserInSituKeratomileusisによる回折型多焦点眼内レンズ挿入眼における屈折誤差矯正:術前波面収差解析装置の比較中村邦彦*1,2大木伸一*2田中みちる*2弓山里穂*2ビッセン宮島弘子*2南慶一郎*2*1たなし中村眼科クリニック*2東京歯科大学水道橋病院眼科Wavefront-guidedLaserInSituKeratomileusisRefractionCorrectionfollowingImplantationofDiffractiveMultifocalIntraocularLenses:ComparisonofWaveformAberrometerExaminationsKunihikoNakamura1,2),ShinichiOki2),MichiruTanaka2),RihoYumiyama2),HirokoBissen-Miyajima2)andKeiichiroMinami2)1)TanashiNakamuraEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollegeSuidobashiHospital回折型多焦点眼内レンズ挿入眼のwavefront-guidedlaserinsitukeratomiluesis(WFG-LASIK)による屈折誤差矯正において,波面収差解析装置による違いを検討した.波面収差解析装置iDesignとWaveScan(AbbotMedicalOptics)を用いて術前検査を行った.WFG-LASIK可能率,術中に虹彩紋理認証(IR)ができた率(IR率)を調べた.術後の自覚屈折,視力,コントラスト感度に差がないか比較した.対象は,iDesign検査症例は24例32眼,WaveScan検査症例は25例32眼であった.IR下でWFG-LASIK可能率は,iDesign検査症例(62.5%)がWaveScan検査症例(15.6%)より有意に高かった(p=0.0001).術後の自覚屈折,視力,コントラスト感度には差はなかった.新しい波面収差解析装置を用いたWFG-LASIKは乱視矯正には有効であると考えられた.Inwavefront-guidedlaserinsitukeratomileusis(WFG-LASIK)refractioncorrectionsfollowingimplantationofdiffractivemultifocalintraocularlenses,twowavefrontaberrometers,iDesignandWaveScan(AbbotMedicalOptics)werecompared.RatesatwhichWFG-LASIKwasselectedinpreoperativeexaminationsandirisregistration(IR)wasactivatedduringablationswerecalculated.Manifestrefractions,visualacuitiesbeforeandafterWFG-LASIK,andpostoperativecontrastsensitivitywerecompared.InusesofiDesign,WFG-LASIKwithIRcouldbeconductedin62.5%ofeyes,asignificantlyhighernumberthanwithWaveScan(15.6%,p=0.0001).Therewasnosignificantdifferenceinmanifestrefractions,visualacuitiesorcontrastsensitivity.WFG-LASIKwithuseofthenewwavefrontaberrometerwaseffectiveforrefractivecorrections.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(6):895.897,2016〕Keywords:回折型多焦点眼内レンズ,屈折補正,wavefront-guidedLASIK,波面解析装置.diffractivemultifocalintraocularlens,refractioncorrection,wavefront-guidedlaserinsitukeratomiluesis,wavefrontaberrometer.はじめに可能となり,多くの臨床成績が報告されている1,2).良好な回折型多焦点眼内レンズ(intraocularlens:IOL)を挿入遠近裸眼視力を得るためには,術後の屈折誤差を最小にするすることにより,術後に良好な遠方および近方の裸眼視力がことが求められる.IOL度数による屈折誤差や残留角膜乱視得られ,患者の術後QOL(qualityoflife)が改善することががある場合には,laserinsitukeratomiluesis(LASIK)によ〔別刷請求先〕中村邦彦:〒101-0061東京都千代田区三崎町2-9-18東京歯科大学水道橋病院眼科Reprintrequests:KunihikoNakamura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollegeSuidobashiHospital,2-9-18Misaki-cho,Chiyoda-ku,Tokyo101-0061,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(135)895 る屈折誤差矯正が行われることが多い.とくに,LASIKによる視機能の低下を最小限にするために,波面収差解析結果を用いたwavefront-guided(WFG)LASIKが選択される.WFG-LASIKの優位性は広く知られており,回折型多焦点IOL挿入後の屈折誤差矯正にも使用されている3).また,このWFG-LASIKでは眼球回旋の影響を抑制するため,虹彩紋理を使ったaxisregistration法であるirisregistration(IR)が用いられる4).IRの効果は,術前に行う波面収差解析機器の性能に依存し,虹彩紋理の認識率が重要となる.VISXレーザーシステム(AbbotMedicalOptics:AMO)では,波面収差解析装置WaveScan(AMO)を用いて波面収差測定していたが,近年,測定精度が向上した波面収差解析装置iDesign(AMO)が開発された.波面収差の高精度化に加えて,虹彩紋理の認識率の増加も期待される.しかし,国内外で両機器の比較を行った報告はほとんどない.本研究では,回折型多焦点IOL挿入眼に対してWFGLASIKによる屈折誤差矯正を行った症例の診療記録から,2種類の波面収差解析装置の虹彩紋理認識率,術後の視力と屈折値を比較検討した.I対象および方法回析型多焦点IOL挿入後に,2012年以降に東京歯科大学水道橋病院にてWFG-LASIKを用いて屈折誤差矯正を行った.2012年1月.2013年7月には,波面収差解析装置WaveScanを用いて術前検査を行い,2013年8月.2014年6月には波面収差解析装置iDesignを用いた.対象を使用した波面収差解析装置により2群に分けた.波面収差解析装置iDesignとWaveScanは,ともにHartman-Shack式の波面収差装置であり,その解析点数はそれぞれ1,275点,240点と,iDesignのほうが,高精度の収差測定が可能となった.さらに,虹彩紋理と角膜輪部の認証性能も向上された.LASIK術前に,2つの波面解析装置で検査を行い,両解析機器において,WFG-LASIKが可能となった割合(WFG可能率)を検討した.表1WFG-LASIK術前後の自覚屈折と視力iDesign群WaveScan群(n=24)(n=16)術前:.0.29±0.82術前:0.06±1.31自覚等価球面度数(D)術後:.0.23±0.31術後:.0.24±0.36術前:.1.07±0.64術前:.0.97±0.78自覚円柱度数(D)術後:.0.36±0.34術後:.0.30±0.34平均遠方視力術前:0.56/1.22術前:0.48/1.17(裸眼/矯正)術後:0.97/1.19術後:0.95/1.16平均近方視力術前:0.46/0.68術前:0.49/0.72(裸眼/遠方矯正下)術後:0.78/0.71術後:0.62/0.70896あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016LASIK手術は,フェムト秒レーザーIntraLaseRFSレーザー(AMO)にてフラップを作製した.WFG-LASIK可能眼に対しては,IRを試みた後に,エキシマレーザーSTARS4IR(AMO)を用いて正視狙いでレーザー照射を行った.WFG-LASIKが可能でなかった眼に対しては,conventionalLASIK(C-LASIK)照射を行った.WFG-LASIK可能眼に対して,IRが使用可能であったか割合(IR可能率)を調べた.WFG-LASIK可能眼に対して,術後1カ月における検査結果を調査した.検討事項は,自覚屈折(透過球面度数と円柱度数),遠方視力(裸眼,矯正),近方視力(裸眼,遠方矯正下),コントラスト感度とした.コントラスト感度は,CSV-1000(VectorVision)を用いて輝度85cd/m2下で測定した.術前後の比較にはWicoxon符号順位和検定,両群の比較には,Mann-WhitneyU検定を用いた.p<0.05を有意差ありとした.結果は,平均±標準偏差で表示した.II結果対象症例は49例64眼で,WaveScanを用いた症例は25例32眼(平均年齢:64.7±7.3年,以下,WaveScan群),iDesignを用いた症例は24例32眼(平均年齢:65.1±12.5年,iDesign群)であった.挿入IOLの内訳は,アポダイズド回折型多焦点IOLReSTORR(Alcon)が34眼,TecnicMultifocalR(AMO)が26眼,それ以外が4眼であった.WFG可能率は,iDesign群は75.0%,WaveScan群は50.0%だった.WFG-LASIK照射時にIRができたIR可能率は,それぞれ,83.8%,31.3%と,iDesign群が有意に高かった(p=.0012,Fisher直接確率).この結果から,各群の全症例に対して,IR下でWFG-LASIK可能であった割合を求めると,iDesign群は62.5%に対してWaveScan群は15.6%と,iDesign群が有意に高かった(p=.0001).WFG-LASIK可能であった症例(iDesign群24眼,WaveScan群16眼)における,術前後の自覚屈折と視力の結果を表1に示す.自覚等価球面度数と自覚円柱度数において,両群で術前後の有意に変化がみられた(p<.03,<0.001)が,術後において群間差はなかった.視力においては,遠方,近方とも両群で裸眼視力は術後に有意に改善した(p<.001,<.003)が,術後において群間差はなかった.術後のコントラスト感度を図1に示す.測定可能症例数は,iDesign群は11眼,WaveScan群は15眼であった.全空間周波数において,群間に差はなかった.III考按回折型多焦点IOL挿入後のLASIKによる屈折誤差補正の効果を,2種類の波面収差測定装置で比較した.iDesign群(136) は,IR下でのWFG-LASIK照射がより高い割合で実施できた.しかし,自覚屈折,裸眼視力,コントラスト感度において,波面収差測定装置による差異はみられなかった.LASIKによる屈折誤差補正は,回折型多焦点IOLでは有効であったことは,Jendritzaらも報告している3).Muftuogluらは,アポダイズ回折型多焦点IOLの屈折誤差補正において,conventionalLASIKとWFG-LASIKによる術後視力の差がないと報告している5).一方,多焦点IOL挿入眼において,IRとWFG-LASIKを使用することで術後収差に有意な改善はみられないが,大きな劣化はないことが報告されている3).本検討でも,WFG-LASIKによる屈折誤差が有効であると示唆された.iDesign群では,IR有のWFG-LASIKが62.5%の症例で可能であった.屈折誤差のうち球面度数成分はLASIKにより比較的安定して矯正できるが,円柱度数成分では度数に加えて軸ずれが問題となる.仰位への姿勢変化による眼回旋(平均4.4±2.8°程度)により生じた軸ずれにより,1°の軸ずれに対して約3%,乱視矯正効果が低下する6).IRにより眼回旋の影響を最小限にすることが可能であるが4),本検討では,WaveScan群は84.4%でIRが行われていなかったにもかかわらず,自覚円柱度数に差はなかった.これは,矯正度数が,比較的低かったためと考えられた.混合乱視症例の検討では,IR機能有無効果は,高次収差,術後視機能に影響することが検証されている7).多焦点IOLへの適用となる角膜乱視度数は,トーリック多焦点IOLの開発に伴って拡大しつつある.高度な角膜乱視を有するためにトーリック多焦点IOLを挿入した場合,IRなどのaxisregistration法を用いたLASIK乱視矯正を選択することが必須になると予想される.より度数の高い円柱度数を矯正する場合は,IR機能が重要となるため,IR可能率が高いiDesignの使用が望ましいと考える.【文献】1)AgrestaB,KnorzMC,KohnenTetal:Distanceandnearvisualacuityimprovementafterimplantationofmultifocalintraocularlensesincataractpatientswithpresby2.01.51.00.50.0空間周波数図1iDesign群とWaveScan群のコントラスト感度全周波数において有意な群間差はなかった.opia:asystematicreview.JRefractSurg28:426-435,20122)deVriesNE,NuijtsRM:Multifocalintraocularlensesincataractsurgery:literaturereviewofbenefitsandsideeffects.JCataractRefractSurg39:268-278,20133)JendritzaBB,KnorzMC,MortonS:Wavefront-guidedexcimerlaservisioncorrectionaftermultifocalIOLimplantation.JRefractSurg24:274-279,20084)MoshirfarM,ChenMC,EspandarLetal:EffectofirisregistrationonoutcomesofLASIKformyopiawiththeVISXCustomVueplatform.JRefractSurg25:493-502,20095)MuftuogluO,PrasherP,ChuCetal:Laserinsitukeratomileusisforresidualrefractiveerrorsafterapodizeddiffractivemultifocalintraocularlensimplantation.JCataractRefractSurg35:1063-1071,20096)SuzukiA,MaedaN,WatanabeHetal:Usingareferencepointandvideokeratographyforintraoperativeidentificationofastigmatismaxis.JCataractRefractSurg23:1491-1495,19977)KhalifaM,El-KatebM,ShaheenMS:Irisregistrationinwavefront-guidedLASIKtocorrectmixedastigmatism.JCataractRefractSurg35:433-437,2009対数コントラスト感度iDesignWaveScan3cpd6cpd12cpd18cpd***(137)あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016897

回折型多焦点非球面眼内レンズ挿入眼の薄暮でのコントラスト感度

2012年7月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科29(7):1019.1021,2012c回折型多焦点非球面眼内レンズ挿入眼の薄暮でのコントラスト感度清水恒輔*1河原温*1吉田晃敏*2*1札幌徳洲会病院眼科*2旭川医科大学ContrastSensitivityunderMesopicConditionsafterDiffractiveMultifocalAsphericIntraocularLensImplantationKosukeShimizu1),AtsushiKawahara1)andAkitoshiYoshida2)1)DepartmentofOphthalmology,SapporoTokusyukaiHospital,2)AsahikawaMedicalUniversity目的:回折型非球面多焦点眼内レンズ(IOL)であるZMA00(AMO社)の薄暮でのコントラスト感度を検討した.方法:屈折異常と白内障以外に眼疾患を有せず術中術後合併症がない症例,ZMA00挿入眼12例12眼とZA9003(AMO社)挿入眼(20例20眼)を比較した.術後6カ月でCGT1000(タカギセイコー社)を用いて薄暮(照度10lx)でのコントラスト感度,グレア付加コントラスト感度を測定した.結果:コントラスト感度は各視標サイズで有意差を認めなかったが,グレア付加コントラスト感度は,視角1.6°の視標のみ多焦点群が有意に低値であった(p<0.05).結論:ZMA00挿入眼のコントラスト感度は悪条件下のみわずかに低下がみられるが,単焦点IOLとほぼ同等である可能性がある.Purpose:Toevaluatecontrastsensitivityineyeswithadiffractivemultifocalasphericintraocularlens(IOL)undermesopicconditions.Methods:AdiffractivemultifocalasphericIOL,theZMA00(AMO),wasimplantedin12patients(12eyes).Servingascontrolswere20eyesof20patientswithamonofocalIOL,theZA9003(AMO),ofthesamematerialandasphericdesign.Nopatientshadoculardiseaseexceptingametropiaandcataract.At6monthsafterimplantation,thecontrastsensitivitywasmeasuredundermesopicconditionswithandwithoutglare.Results:Thetwogroupsshowednosignificantdifferenceincontrastsensitivitywithoutglare,atanytargetsize.MeasurementofcontrastsensitivitywithglareshowedthatthemultifocalIOLgrouphadsignificantly(p<0.05)lowercontrastsensitivityonlyatthetargetsizeof1.6degreesofarc.Conclusion:ThediffractivemultifocalasphericIOLcanprovidecontrastsensitivitysimilartothatprovidedbythemonofocalasphericIOL,exceptunderadverseconditions.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(7):1019.1021,2012〕Keywords:回折型多焦点眼内レンズ,非球面眼内レンズ,コントラスト感度,薄暮視.diffractivemultifocalintraocularlens,asphericintraocularlens,contrastsensitivitymesopicvision.はじめに白内障手術の進歩に伴い視力以外の視機能の向上のために付加価値眼内レンズ(IOL)が注目されている.近年登場した新世代の多焦点IOLは術後良好な視力が得られている1.6).しかし,日常生活では明所から暗所まで変化し,目標物のコントラストもさまざまであることから,高コントラスト視標で得られる視力だけではQOV(qualityofvision)を評価することはできず,コントラスト感度測定の重要性が高まっている.回折型多焦点IOLは良好な遠方,近方視力を得られる1.6)が,入射光を遠方と近方に分配するために構造上コントラスト感度の低下が懸念される7).特に低照度下ではコントラスト感度が低下するため8),回折型多焦点IOL眼では薄暮条件下でさらにコントラスト感度が低下する可能性がある.非球面IOLは角膜の球面収差を補正するため,瞳孔径の拡大に伴い球面収差が増大する低照度下でのコントラスト感度が良〔別刷請求先〕清水恒輔:〒004-0041札幌市厚別区大谷地東一丁目1番1号札幌徳洲会病院眼科Reprintrequests:KosukeShimizu,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SapporoTokusyukaiHospital,1-1-1Ooyachihigashi,Atsubetsu-ku,Sapporo-shi004-0041,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(143)1019 好である9,10).今回筆者らは,球面収差を低減するために非球面構造を用いた回折型多焦点IOLと,同形状,素材である単焦点IOLの薄暮での視機能を評価するために両者のコントラスト感度を比較検討した.I対象および方法1.対象対象は白内障と屈折異常以外に眼疾患がなく,術中術後合併症がない患者とした.症例の内訳は多焦点群(ZMA00,AMO社)12例12眼(平均年齢64.1±9.6歳,47.79歳)と,単焦点群(ZA9003,AMO社)20例20眼(平均年齢70.8±7.2歳,57.83歳)である.2.術式手術はすべて同一術者が施行した.術式は2.8mm強角膜切開にて超音波乳化吸引術を施行し,両群とも同インジェクター(アンフォルダーエメラルドAR,AMO社),同カートリッジ(エメラルドカートリッジ,AMO社)を使用しIOLを水晶体.内に挿入した.3.IOLII結果1.患者背景年齢,IOL度数に両群間で有意差を認めなかった(表1).2.視力術後の遠方裸眼視力はlogMAR(小数視力)で多焦点群.0.03±0.07(1.09),単焦点群.0.05±0.07(1.13)でどちらも良好で有意差を認めなかった.遠方矯正視力も各.0.10±0.07(1.26),.0.09±0.08(1.24)と同様に有意差を認めなかった.多焦点群の近方視力も裸眼,遠方矯正下でいずれも良好であった(表2).3.コントラスト感度コントラスト感度はいずれの視標サイズでも単焦点群のほうが高い傾向にあったが,両群間に有意差は認めなかった.グレア付加コントラスト感度は視標サイズ1.6°のみで多焦点群が単焦点群と比べ有意に低値であったが,その他は有意差を認めなかった(図1,2).表1年齢,眼内レンズの比較今回使用したZMA00とZA9003は両者ともスリーピース構造で,光学部は非球面構造を採用しており直径6.0mm,全長13.0mmである.素材はアクリル製である.多焦点IOLのZMA00は光学部後面に32の回折構造を有しており,多焦点群単焦点群p値年齢64.1±9.670.8±7.20.0761IOL度数18.8±5.120.6±0.50.1977年齢や挿入IOL度数に有意差は認めなかった(Mann-Whitney回折現象を利用することで入射光を遠方と近方に41%ずつU検定).分配する.さらに散乱光として18%が失われてしまうため,単焦点IOLと比較し理論上コントラスト感度の低下が懸念表2術後視力(logMAR)される.また,回折構造が全面に配置されていることにより入射光は瞳孔径にかかわらず遠方と近方に均等に分配される.4.検査項目術後6カ月目に両群の遠方裸眼,矯正視力,多焦点群では,近方視力(裸眼,矯正,遠方矯正下),および両群のコ多焦点群単焦点群p値遠方裸眼視力.0.03±0.07.0.05±0.070.0628遠方矯正視力.0.10±0.07.0.09±0.080.7107近方裸眼視力0.15±0.22遠方矯正下近方視力0.11±0.13近方矯正視力0.06±0.08遠方裸眼,矯正視力は両群間で有意差を認めなかった(Mannントラスト感度を測定した.コントラスト感度測定には,WhitneyU検定).多焦点群の近方視力も良好であった.CGT1000(タカギセイコー社)を用いた.本装置はボックス100型コントラストグレアテスターの一つで,薄暮(照度10lx)でのコントラスト感度と,グレア付加コントラスト感度の測定が可能である11).視標のサイズとコントラストが自動的に:多焦点群:単焦点群80コントラスト感度変化して表示され,被検者は認識した時点でスイッチを押し測定される.視標はダブルリング視標でサイズは視角6.3°から0.7°の6種類ある.5.統計解析604020各群間の比較はMann-WhitneyU検定を用いp<0.05を統計学的有意差ありとした.16.34.02.51.61.00.7視標サイズ(degofarc)図1コントラスト感度全視標サイズで有意差は認めなかった(Mann-WhitneyU検定).1020あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012(144) グレア付加コントラスト感度100806040201:多焦点群:単焦点群*6.34.02.51.61.00.7視標サイズ(degofarc)図2グレア付加コントラスト感度視標サイズ1.6degofarc(視角1.6°)のみで有意差を認めた(Mann-WhitneyU検定,*p<0.05).III考察多焦点IOLと単焦点IOLのコントラスト感度を比較した報告は多数ある.今回筆者らが用いたIOLと同形状のものの報告ではシリコーン製多焦点非球面IOLのZM900と単焦点IOLのZ9000を比較したものがあり,どの照度でも両者に差はないとする報告1,2)や,薄暮視,暗所視で低周波,高周波数領域で低下していたとの報告3),明所視で中間から高周波数領域で低下していたとの報告4)など結果はさまざまである.今回使用したZMA00については,他の多焦点IOLと比較し薄暮視での中間周波数領域でのコントラスト感度が良い傾向にあったという報告がある5).本研究での薄暮視のコントラスト感度は,多焦点群が低い傾向を認めるものの,有意差を認めたのはグレア付加時の一部の視標サイズのみであった.今回単焦点と比較し,コントラスト感度低下が少なかった原因の一つとして,非球面構造が球面収差を低減している可能性がある.単焦点IOLでは薄暮条件下では非球面のものが球面のものよりコントラスト感度が良好であるとする報告9,10)もあり,多焦点IOLにおいても同様の効果が得られた可能性がある.その他の原因としてCGT1000で測定する周波数領域の範囲があげられる.CGT1000の視標は視角6.3.0.7°の範囲であるが,これは他のコントラスト感度測定機器の6.12cpdの中間周波数の範囲である11).高周波数領域でのコントラスト感度低下の報告と比較し中間周波数でのコントラスト感度低下の報告は多くはない.視覚系全体における空間周波数特性は中間周波数で最も高いことが知られており,それによる影響も考えられる12).さらに,本研究で両群間のコントラスト感度の差が小さかったことや,統計学的有意差は出なかったが年齢が多焦点IOL群で低い傾向にあったことについては,サンプル数が少なかったことが要因の一つとなった可能性がある.今後症例数を重ね検討していきたい.今回筆者らは,多焦点IOLであるZMA00と同形状・同素材の単焦点IOLの薄暮でのコントラスト感度を比較検討した.ZMA00は大きなコントラスト感度の低下もなく,コントラスト感度を低下させる他の疾患を考慮すれば有効なIOLであると考えられた.文献1)片岡康志,大谷伸一郎,加賀谷文絵ほか:回折型多焦点非球面眼内レンズ挿入眼の視機能に対する検討.眼科手術23:277-281,20102)CillinoS,CasuccioA,DiPaceFetal:One-yearoutcomeswithnew-generationmultifocalintraocularlenses.Ophthalmology115:1508-1516,20083)MartinezPalmerA,GomezFainaP,EspanaAlbeldaAetal:Visualfunctionwithbilateralimplantationofmonofocalandmultifocalintraocularlenses:aprospective,randomized,controlledclinicaltrial.JRefractSurg24:257264,20084)MesciC,ErbilHH,OlgunAetal:Differencesincontrastsensitivitybetweenmonofocal,multifocalandaccommodatingintraocularlenses:long-termresults.ClinExperimentOphthalmol38:768-777,20105)GilMA,VaronC,RoselloNetal:Visualacuity,contrastsensitivity,subjectivequalityofvision,andqualityoflifewith4differentmultifocalIOLs.EurJOphthalmol22:175-187,20116)YoshinoM,Bissen-MiyajimaH,OkiSetal:Two-yearfollow-upafterimplantationofdiffractiveasphericsiliconemultifocalintraocularlenses.ActaOphthalmol89:617621,20117)大沼一彦:回折型多焦点眼内レンズの光学特性.あたらしい眼科24:137-146,20078)PuellMC,PalomoC,Sanchez-RamosCetal:Normalvaluesforphotopicandmesopiclettercontrastsensitivity.JRefractSurg20:484-488,20049)森洋斉,森文彦,昌原英隆ほか:非球面眼内レンズ(TECNISZA9003)挿入眼の収差とコントラスト感度.あたらしい眼科25:561-565,200810)OhtaniS,MiyataK,SamejimaTetal:Intraindividualcomparisonofasphericalandsphericalintraocularlensesofsamematerialandplatform.Ophthalmology116:896901,200911)高橋洋子:コントラストグレアテスター.IOL&RS15:192-199,200112)魚里博,中山奈々美:視力検査とコントラスト感度.あたらしい眼科26:1483-1487,2009***(145)あたらしい眼科Vol.29,No.7,20121021

近方加入+3.0 D 多焦点眼内レンズSN6AD1 の白内障摘出眼を対象とした臨床試験成績

2010年12月31日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(105)1737《原著》あたらしい眼科27(12):1737.1742,2010cはじめに2007年に3mm以下の小切開から挿入可能な単焦点眼内レンズ(IOL)と同じ素材および形状で光学部に回折デザインを加えた多焦点IOL(SA60D3:アルコン社,ZM900:Abbott社)がわが国で承認を受け,翌年に白内障摘出眼における多焦点IOL挿入が先進医療として認められた.わが国におけるこれら多焦点IOLの良好な臨床成績はすでに報告されている1~3)が,近方加入度数は+4.0diopter(D),角膜面で3Dのため最適近見距離が30cmであった.近年,近方視は読書のみならず,コンピュータの普及により,30cmよ〔別刷請求先〕ビッセン宮島弘子:〒101-0061東京都千代田区三崎町2-9-18東京歯科大学水道橋病院眼科Reprintrequests:HirokoBissen-Miyajima,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollegeSuidobashiHospital,2-9-18Misaki-cho,Chiyoda-ku,Tokyo101-0061,JAPAN近方加入+3.0D多焦点眼内レンズSN6AD1の白内障摘出眼を対象とした臨床試験成績ビッセン宮島弘子*1林研*2吉野真未*1中村邦彦*1吉田起章*2*1東京歯科大学水道橋病院眼科*2林眼科病院ClinicalResultsof+3.0DiopterNearAddPowerMultifocalIntraocularLens:SN6AD1forEyesfollowingCataractExtractionHirokoBissen-Miyajima1),KenHayashi2),MamiYoshino1),KunihikoNakamura1)andMotoakiYoshida2)1)DepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollegeSuidobashiHospital,2)HayashiEyeHospital目的:白内障手術時に近方加入+3.0Dの回折型多焦点眼内レンズ(IOL)を挿入し,安全性および有効性を検討した.対象および方法:対象は,東京歯科大学水道橋病院,林眼科病院にて本臨床試験に同意した,角膜乱視1.5D以下の両眼性白内障64例128眼,平均年齢68.8歳であった.IOLはアルコン社の近方加入+3.0D回折型アクリル製シングルピースSN6AD1を用いた.術後1年までの遠見,近見(40cm),中間(50cm,1m)視力,コントラスト感度,眼鏡装用状況,グレア,ハローを検討した.結果:術後1年での平均logMAR(logarithmicminimalangleofresolution)視力は,遠見裸眼0.03±0.14,矯正.0.06±0.09,近見裸眼0.04±0.12,遠方矯正0.00±0.11,矯正.0.08±0.08,両眼にて50cmは裸眼0.10±0.14,遠方矯正0.07±0.11,1mは裸眼0.11±0.13,遠方矯正0.09±0.11であった.明所視コントラスト感度は遠方,近方とも正常範囲内,76.2%がまったく眼鏡装用せず,日常生活に影響する重篤なグレア,ハローを訴える例はなかった.結論:+3.0D加入多焦点IOLは遠方から近方40cmの裸眼視力,眼鏡依存度,グレア,ハローの面で安全性および有効性が確認され,+4.0D加入IOLに加え有用なIOLと思われた.Theefficacyandsafetyofanewlydevelopeddiffractivemultifocalintraocularlens(IOL)with+3.0diopternearaddpower(SN6AD1:Alcon)wereevaluatedin128eyesof64patientsfollowingcataractextraction.Visualacuities(VAs)atdistance,near(40cm),andintermediate(50cm,1m),contrastsensitivity,spectacleusage,andglare/halowereexamineduntil1yearpostoperatively.UncorrecteddistanceVAwas0.03±0.14logarithmicminimalangleofresolution(logMAR),correcteddistanceVAwas.0.06±0.09logMAR,uncorrectednearVAwas0.04±0.12logMAR,distancecorrectednearVAwas0.00±0.11logMAR,correctednearVAwas.0.08±0.08logMAR,bilateralintermediateuncorrectedVAsat50cmand1mwere0.10±0.14logMARand0.11±0.13logMAR.Photopiccontrastsensitivitiesatbothdistanceandnearwerewithinnormalrange,and76.2%ofthepatientsdidnotrequireanyspectacles.Noneofthepatientscomplainedofsevereglareandhalo.ThenewdiffractivemultifocalIOLwith+3.0dipoternearaddpowerprovidespreferableVAfromdistancetonearat40cm.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(12):1737.1742,2010〕Keywords:回折型多焦点眼内レンズ,近方付加,中間視力,近見視力,コントラスト感度.diffractivemultifocalintraocularlens,nearaddpower,intermediatevisualacuity,nearvisualacuity,contrastsensitivity.1738あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(106)り離れた距離でモニターを見る機会が増えている.また,回折型多焦点IOLでは近方と遠方が見えるため,中間距離での視力低下が単焦点IOLより明らかである.最適近見距離を延ばす目的で,近方加入度数を+4.0Dから+3.0Dに減らした多焦点IOLが開発され,その良好な臨床成績は,すでに米国および欧州の多施設研究として報告されている4~6).今回,わが国において施行された経過観察1年の臨床試験結果を報告する.I対象および方法1.対象本研究は厚生労働省へ承認申請のための臨床試験として施行されたもので,東京歯科大学水道橋病院および林眼科病院の2施設において,各施設の治験審査委員会で承認を受け,対象患者に臨床試験の目的,使用するIOLの特徴および挿入後に予想される利点,問題点を十分説明し,同意を得た.対象は,超音波水晶体乳化吸引術およびIOL挿入を予定している20歳以上の両眼性白内障患者で,挿入予定IOL度数が16から25Dの範囲で,術後矯正視力0.5以上が期待でき,角膜乱視が1.5D以下,同意説明文書を理解し,術後経過観察に協力を得られるという選択基準を満たし,本IOLの有効性,安全性評価に影響すると考えられる眼疾患,重篤な術中合併症を伴わない64例128眼であった.性別は男性4例8眼,女性60例120眼,平均年齢は68.8±6.2歳であった.2.方法使用したIOLはSN6AD1(アルコン社)で,すでに承認を受け市販されているアクリル素材のワンピース形状で非球面構造をもつ回折型多焦点IOL:SN6AD3(アルコン社)と同じ素材および形状で,光学部前面の中心3.6mm径に回折デザインを有することも共通している.違いは,SN6AD3は12本の回折リングにより+4.0D近方加入であるが,SN6AD1は9本の回折リングにより+3.0D近方加入である.したがって,従来の+4.0D加入IOLでは30cmの距離で良好な近見視力が得られるが,本IOLは40cm前後において良好な近見視力が期待される.手術は,医療機関ごと同一術者が行い,2.0~2.65mmの角膜ないし強角膜切開から超音波水晶体乳化吸引術にて白内障摘出を行い,IOLを専用のCまたはDカートリッジとインジェクターを用いて水晶体.内に挿入した.第2眼の手術は,第1眼の術後1~2日の経過観察で問題ないことを確認してから施行された.経過観察は,術後1日,1週,1カ月,6カ月,1年の5回にわたり,おもな検査,観察項目および実施時期を表1に示す.近見視力は,本IOLの特徴から欧米の臨床試験と同じ40cmとし,わが国で使用されている30cm近見視力表で測定した結果を40cm視力に換算した.中間視力は,各施設で50cm視力表(はんだや)および新井氏1m視力表(はんだや),または全距離視力表AS-15(KOWA)を用いて測定,遠見コントラスト感度は各施設でVCTS(visioncontrasttestsystem:Vistech社),CSV-1000(VectorVision社)にて測定,近見コントラスト感度はFACT(FunctionalAcuityContrastTest:StereoOptical社)にて測定した.グレア,ハローはなし(障害の自覚なし),軽度(障害の自覚はあるが,視覚の障害とはならない程度),中等度(視覚の障害となるが,日常生活で許容できる程度),重度(視覚の障害となり,日常生活に支障がある)の4段階に分類した.測定結果の経時的な推移の評価にはFriedman検定,隣接する検査時期間の比較にはWilcoxonの符号付順位和検定を用い,有意水準5%で有意差ありとした.1例2眼のみ術後1年の経過観察時期に脳梗塞で入院し検査が行えなかったため,遠見,近見視力など術後1年の平均値,標準偏差の算出から除外した.表1おもな検査,観察項目と実施時期(片眼および両眼視)検査・観察項目1日1週1カ月6カ月1年遠見視力裸眼・矯正○○○○○近見視力(40cm)裸眼・矯正○○○○○遠方矯正○○○近見視力(最適距離)裸眼・遠方矯正○○○○○中間視力(50cm)※裸眼・遠方矯正○○中間視力(1m)※裸眼・遠方矯正○○コントラスト感度(遠見)※○コントラスト感度(近見)※○焦点深度※○眼鏡装用状況○○○○※両眼視のみ.(107)あたらしい眼科Vol.27,No.12,20101739II結果1.屈折術後1日から1年までの,最良遠見視力を得るために要した球面,円柱,等価球面度数を図1に示す.各検査時期の球面度数平均は0.16D以下,等価球面度数は.0.11D以下で,予定どおり正視に近い状態が得られていた.各観察時期による差は,球面,等価球面度数とも術後1日と1週,1週と1カ月で有意差を認めたが,円柱度数は全経過観察期間において有意差を認めなかった.2.視力術後1年における遠見裸眼logMAR(logarithmicminimalangleofresolution)視力の平均は0.03±0.14,矯正視力は.0.06±0.09で,術翌日から1年後までの経過観察期間において,裸眼視力は術後1カ月と6カ月,矯正視力は術後1日と1週,1カ月と6カ月で統計学的に有意差を認めた(図2)が,全観察期間において小数視力で裸眼0.8以上,矯正1.0以上と良好な結果であった.両眼logMAR視力の平均は,術後1年で裸眼.0.05±0.13,矯正.0.12±0.09であった.近見視力も遠見視力同様,経過観察期間において一部統計学的な有意差を認めたが,術後1年における裸眼logMAR視力の平均は0.04±0.12,遠見矯正下0.00±0.11,最良矯正.0.08±0.08と良好な結果で,全観察期間において小数視力で裸眼0.7以上が得られていた(図3).また,両眼視力は,術後1年で裸眼.0.04±0.08,遠見矯正下.0.07±0.08,最良矯正.0.12±0.07であった.両眼視における近見最適距離は,裸眼で平均37.4cm,遠見矯正下で平均38.0cmであった(図4).最適距離における近見裸眼視力,遠見矯正下視力は経時的に向上する傾向を認めたが,術後1年における裸眼logMAR視力の平均は0.03±0.11と良好な結果であった(図5).中間視力は両眼視で測定され,術後1年において50cmは裸眼0.10±0.14,遠見矯正下0.07±0.11,1mは裸眼0.11±0.13,遠見矯正下0.09±0.11と良好で,術後6カ月の結果と有意差を認めなかった(図6).3.02.01.00.0-1.0-2.0-3.0度数(D)1日1週1カ月6カ月1年経過観察時期球面円柱等価球面n=1260.160.030.100.080.11-0.33-0.27-0.310.00-0.11-0.29-0.30-0.05-0.05**-0.07**図1屈折変化術後1日から1年までの最良矯正視力に必要な球面,円柱,等価球面度数の変化を示す.円柱度数は全経過観察期間で有意な変化を認めなかった.*p<0.05(Wilcoxon検定).0.01.00.30.50.60.251.00.1小数視力logMAR0.090.070.040.03-0.02-0.06-0.05-0.06-0.061日1週1カ月6カ月1年経過観察時期0.06***裸眼矯正n=126図2遠見視力術後1日から1年までの裸眼および矯正遠見視力の変化を示す.一部経過観察期間内で有意差を認めたが,全体を通して良好な結果であった.*p<0.05(Wilcoxon検定).0.140.070.070.040.010.010.040.000.01-0.03-0.04-0.05-0.080.01.00.30.50.60.251.00.1小数視力logMAR1日1週1カ月6カ月1年経過観察時期****裸眼遠方矯正下矯正n=126図3近見視力術後1日から1年までの裸眼,遠方矯正下,矯正近見視力の変化を示す.遠方矯正下のみ術1カ月以降のみの測定である.*p<0.05(Wilcoxon検定).72302223137117102010303132333435363738394041424344454647眼数(cm)303132333435363738394041424344454647眼数(cm)裸眼20602331156163410001遠方矯正下n=63図4近見最適距離各症例の最適近方視が得られる距離を測定した結果である.裸眼,遠方矯正下とも38cm付近が最も見やすい距離であった.1740あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(108)3.焦点深度曲線両眼視における焦点深度曲線は,付加球面度数0.0Dと.2.5Dにピークをもつ二峰性で,最低値でも0.68を保ち,.2.5から.3.0D加入においても0.89以上となだらかな曲線であった(図7).4.コントラスト感度明所視(100~180cd/m2)での両眼での遠見コントラスト感度測定は,両施設で用いたコントラスト感度測定装置が異なるが,両検査結果とも全周波数領域において正常範囲内であった(図8).近見コントラスト感度の平均も同様に,全周波数領域で正常範囲内であった(図9).5.眼鏡装用状況術後1年での眼鏡装用状況は,76.2%の症例がまったく眼鏡を使用せずに生活しており,17.5%が近用,3.2%が遠近両用を使用していた.0.01.00.30.50.60.251.00.1小数視力logMAR1日1週1カ月6カ月1年*****0.140.080.060.050.030.110.050.020.030.00裸眼遠方矯正下n=126図5最適距離における近見視力図4に示される最適近見距離における術後1日から1年までの裸眼および遠方矯正下近見視力の変化を示す.*p<0.05(Wilcoxon検定)2.0D1.0D0.0D-1.0D-0.02-0.10-0.01-0.00-2.0D-3.0D-4.0D-5.0D付加球面度数n=640.470.300.140.110.170.030.050.160.310.420.560.01.00.30.51.00.1小数視力logMAR図7焦点深度曲線術後6カ月で測定された結果で,0Dおよび.2.5Dにピークをもつ,なだらかな二峰性曲線である.0.140.100.100.070.130.110.00.110.091.00.30.50.60.251.00.1小数視力logMAR6カ月1年経過観察時期裸眼(50cm)遠方矯正下(50cm)裸眼(1m)遠方矯正下(1m)n=63図6中間視力術後6カ月および1年における両眼視での50cmおよび1m中間視力の変化を示す.両経過観察期間で有意な変化を認めず,安定した結果である.3210361218logcontrastsensitivity3210logcontrastsensitivityn=321.5361218空間周波数(cycles/degree)n=321.882.071.701.231.691.991.931.520.93図8遠見コントラスト感度2施設における術後6カ月に両眼で測定されたコントラスト感度で,上段がCSV-1000,下段がVCTSの結果である.平均値は全空間周波数領域で正常範囲内(灰色部分)である.1.5361218空間周波数(cycles/degree)n=641.841.911.781.370.923210logcontrastsensitivity図9近見コントラスト感度術後6カ月に両眼で測定されたコントラスト感度で,全空間周波数領域で正常範囲内(灰色部分)である.86%13%2%グレア59%41%□:なしハロー■:軽度■:中等度■:重度n=63図10ハロー,グレア日常生活に支障のある重度の訴えはなかった.(109)あたらしい眼科Vol.27,No.12,201017416.グレア,ハロー術後1年におけるグレアまたはハローの訴えを図10に示す.いずれも,日常生活に問題になる重篤な訴えはなかった.III考按本臨床試験において,術中および術後にIOLに起因する合併症は認められなかった.すでに+4.0D近方加入IOLが承認を受け臨床使用されているが,+3.0D近方加入でも同等の良好な結果が得られるか,+4.0D近方加入IOLに比べ最適近見視の距離が異なっているか,中間距離での見え方が異なるか,それによって眼鏡装用状況が異なるかを検討する必要がある.まず,屈折についてであるが,円柱度数は術翌日から1年まで統計学的に有意差を認めず,安定した結果であった.これは,SN6AD1が2.65mm以下の切開創から挿入可能で,手術による惹起乱視が最小限におさまっていたためと考えられる.多焦点IOLにおいて,角膜乱視が少ないほど裸眼視力が良好で満足度も高くなるので,本臨床試験のように,術前の角膜乱視1.5D以下で選択した症例の角膜乱視が術後に増大していなかったことが,良好な視力結果につながったと考えられる.球面度数は術後1カ月まで変動があったが,全経過観察期間を通じて0.16D以下,最終観察である1年後の等価球面度数が.0.05Dと予定術後屈折値の正視に非常に近い結果であった.これは,両施設において,すでに同じタイプの単焦点IOLであるSN60WFおよび+4.0D近方加入多焦点IOLであるSN6AD3の挿入経験があり,A定数を含むIOL度数計算の精度が高かったためと思われる.通常,白内障手術後の視力測定前にオートレフラクトメータにて他覚的屈折値を測定し,この値を参考に矯正するが,多焦点IOL挿入後では注意が必要である7).今回の矯正視力検査は,視力測定する者が多焦点IOL挿入術後であることを把握して矯正視力測定を行っているので,円柱および球面度数の値は信頼性が高いと思われる.つぎに視力についてであるが,遠見,近見,中間と3種類に分け,海外の同じIOL挿入報告(表2)および近方加入+4.0Dの臨床成績と比較検討した.遠見視力は,術後1年における裸眼が0.03logMAR,両眼で.0.05logMARと,ヨーロッパ多施設およびアメリカにおける結果と同等の良好な結果であった4,5).また,経過観察時期によって有意差を認めたが,どの経過観察時期の結果も小数視力で0.8以上と良好で,術後屈折のわずかな差および測定結果のばらつきが少ないため,有意差がでたと考えられる.以前筆者らが報告した+4.0D加入多焦点IOL挿入眼の術後1年における裸眼視力0.7,矯正視力1.0の結果と比較しても1),同等以上の結果であった.以上より,SN6AD1挿入眼の遠見視力は従来の多焦点IOLと比較して劣ることがなく,同じIOLの海外における報告と比較しても,良好な結果であることが確認できた.近見視力は,このIOLの近方加入度数から40cmで最も良好な視力が期待されるため,欧米の臨床試験同様40cmで評価した.わが国における近見視力は30cmでの測定が基準で,海外で使用されている近見視力表がアルファベット表示であるため,本臨床試験では30cm視力表で得られた数値を40cmに換算した.すでに40cm視力表が開発され,今後普及することが予想される.近見視力は,裸眼,矯正とも遠見視力同様,海外の同じIOLを挿入した報告と比較しても非常に良好な結果であった.わが国における+4.0D近方加入多焦点IOL挿入眼における30cmでの近見裸眼視力は0.4以上が100%で1),今回の臨床試験においても同じく30cmの距離で測定しているが,術1年後で全例裸眼視力0.4以上が得られている.このことより近方加入度数が少ないIOLでも40cmより手前においても良好な視力が期待できる.最適近見距離は,実際の症例における測定結果において裸眼,遠方矯正下とも37から38cmと理論値である40cmとほぼ一致していた.この距離における視力も全経過観察期間を通して良好であった.中間視力について,定義は統一したものがなく,多焦点IOLが導入されてから従来の遠方および近方視力測定範囲以外での見え方が注目されるようになり,中間視力という言葉が使用されている.多くの報告は50cmから1mにおける視力をintermediatevisionとしており4~6),今回の臨床試験では50cmと1mを中間視力として検討した.SN6AD1挿入眼は,従来の+4.0D近方加入表2+3D近方加入SN6AD1の海外報告との比較両眼裸眼logMAR視力Kohnenら4)(n=82)USclinicaltrials4)Alfonsoら6)(n=20)本報告(n=63)遠見.0.03±0.130.040.001±0.100.0.05±0.13中間(1m)0.20±0.14(70cm)─0.165±0.111(70cm)0.11±0.13中間(60cm)0.13±0.150.120.082±0.141─中間(50cm)0.05±0.180.06.0.080±0.0920.10±0.14近見(40cm)0.04±0.11─.0.035±0.060.0.04±0.081742あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(110)多焦点IOL挿入眼で,遠方と近方が見えるため,その間の見えにくさを訴える症例があり,加入度数を減らすことで自覚的な中間での見えにくさの改善が期待されている.+3.0Dおよび+4.0Dの異なる近方加入度数多焦点IOLを比較検討した臨床報告でも,+3.0D加入のほうがより良好な中間視力が確認されている5).この点については,焦点深度曲線でも特徴が確認できる.+4.0D加入では,付加球面度数0Dと.3Dに明らかなピークをもつ二峰性であったが,+3.0D加入では0Dと.2.5Dにピークをもち,かつ.2Dから.3Dを付加しても0.9以上,0~.3Dの間で最も低い値が.1.5Dの0.68である.このことから,中間距離における視力の低下が少なく,自覚的に見えにくさを訴える例が少なくなっていると思われる.回折型,屈折型多焦点IOLと単焦点IOLにおける焦点深度曲線についての報告で,屈折型多焦点IOLが中間距離で回折型多焦点IOLより良好な視力が期待できる8)が,期待される.2.0から.2.5Dにおいての視力の立ち上がりが症例によってばらつきがあり,回折型で近方加入度数を減らすほうがより安定した結果が出やすいと思われる.回折型多焦点IOLは,光学デザインからコントラスト感度低下が危惧されている.今までの報告でもコントラスト低下が指摘されている9~11)が,本臨床試験において,2施設で異なる測定装置を用いたが,どちらも平均値は正常範囲内で,重篤な低下例は認めなかった.近方コントラスト感度も同様に正常範囲で,コントラスト感度においては良好な結果であった.IOLが球面から非球面になったことで,より良好なコントラスト感度が期待されている.以前の球面タイプで得られたコントラスト感度より,今回の非球面タイプでの結果のほうが良好だが,この差は,今回の明室における検査時の瞳孔径から球面,非球面デザインの差が出るとは考えにくく,それ以外の要素を含めて,今後さらなる検討が望まれる.眼鏡装用状況について,8割近くの症例がまったく使用していず,残りの症例も常用する例はなく,日常生活における眼鏡への依存性は軽減していた.以前の報告でも同様の結果であるが,+4.0D加入との大きな違いは+4.0D加入ではコンピュータや楽譜を見るときに眼鏡を必要とする例があったのに対し,+3.0D加入では,この距離で必要とする例はなかったが,長時間読書する場合に必要とする例があり,近方加入度の差が影響していると思われた.グレア,ハローは自覚的に4段階に分けて評価したが,以前の単焦点IOL後の結果と比べても多焦点IOLではこれらを訴える症例の率は高かった1).適応判断,および術前説明時にこの点については十分把握しておく必要がある.以上の臨床成績から,+3.0D近方加入多焦点IOLであるSN6AD1は,すでに承認を受けている+4.0D近方加入多焦点IOLと比べて同等あるいはそれ以上の遠方視力を保ちつつ,中間および40cm付近で良好な視力が得られ,コントラスト感度,グレア,ハローの面でも問題になるような症例がないことから,挿入後の安全性および有効性が確認された.術後に患者が望む最適近見距離,中間での見え方への希望によっては,+3.0D近方加入多焦点IOLの選択が可能と思われた.文献1)ビッセン宮島弘子,林研,平容子:アクリソフRApodized回折型多焦点眼内レンズと単焦点眼内レンズ挿入成績の比較.あたらしい眼科24:1099-1103,20072)平容子,ビッセン宮島弘子,小野政祐:アクリソフRApodized回折型多焦点眼内レンズ挿入例におけるアンケート調査による視機能評価.あたらしい眼科24:1105-1108,20073)YoshinoM,Bissen-MiyajimaH,OkiSetal:Two-yearfollow-upafterimplantationofdiffractiveasphericsiliconemultifocalintraocularlenses.ActaOphthalmol,2010(inpress)4)KohnenT,NuijtsR,LevyPetal:Visualfunctionafterbilateralimplantationofapodizeddiffractiveasphericmultifocalintraocularlenseswitha+3.0Daddition.JCataractRefractSurg35:2062-2069,20095)MaxwellWA,CionniRJ,LehmannRPetal:Functionaloutcomesafterbilateralimplantationofapodizeddiffractiveasphericacrylicintraocularlenseswith+3.0or+4.0diopteradditionpower.Randomizedmulticenterclinicalstudy.JCataractRefractSurg35:2054-2061,20096)AlfonsoJF,Fernandez-VegaL,AmhazHetal:Visualfunctionafterimplantationofanasphericbifocalintraocularlens.JCataractRefractSurg35:885-892,20097)Bissen-MiyajimaH,MinamiK,YoshinoMetal:Autorefractionafterimplantationofdiffractivemultifocalintraocularlenses.JCataractRefractSurg36:553-556,20108)大木伸一,ビッセン宮島弘子,中村邦彦:多焦点眼内レンズの焦点深度.日本視能訓練士協会誌36:81-84,20079)KohnenT,AllenD,BoureauCetal:EuropeanmulticenterstudyoftheAcrySofReSTORapodizeddiffractiveintraocularlens.Ophthalmology113:578-584,200610)AlfonsoJF,Fernandez-VegaL,BaamondeBetal:Prospectivevisualevaluationofapodizeddiffractiveintraocularlenses.JCataractRefractSurg33:1325-1343,200711)SouzaCE,MuccioliC,SorianoESetal:VisualperformanceofAcrySofReSTORapodizeddiffractiveIOL:Aprospectivecomparativetrial.AmJOphthalmol141:827-832,2006***

放射状角膜切開後の白内障に回折型多焦点眼内レンズを挿入した1例

2010年6月30日 水曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(125)839《原著》あたらしい眼科27(6):839.843,2010cはじめに回折型多焦点眼内レンズ(intraocularlens:IOL)は,欧米のみならずわが国でも良好な術後遠方および近方裸眼視力が報告され1.3),今後,今まで適応とされなかった症例にも挿入が検討されることが予想される.そのなかで,屈折矯正手術を受けた症例は,正確なIOL度数と術後コントラスト感度の低下,グレア,ハローといった視機能の面から,慎重に適応が判断される必要がある.すでに,laserinsitukeratomileusis(LASIK)後に回折型多焦点IOLを挿入した報告4),放射状角膜切開術(radialkeratotomy:RK)に単焦点IOLを挿入した報告5,6)はあるが,今回,老視経験のない年齢で,RK施行15年後に片眼のみ白内障による視力低下をきたし,回折型多焦点IOLを挿入し,1年の経過観察ができた症例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕西村麻理子:〒101-0061東京都千代田区三崎町2-9-18東京歯科大学水道橋病院眼科Reprintrequests:MarikoNishimura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollegeSuidobashiHospital,2-9-18Misaki-cho,Chiyoda-ku,Tokyo101-0061,JAPAN放射状角膜切開後の白内障に回折型多焦点眼内レンズを挿入した1例西村麻理子ビッセン宮島弘子吉野真未中村邦彦東京歯科大学水道橋病院眼科ACaseofCataractSurgerywithDiffractiveMultifocalIntraocularLensImplantationfollowingRadialKeratotomyMarikoNishimura,HirokoBissen-Miyajima,MamiYoshinoandKunihikoNakamuraDepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollegeSuidobashiHospital症例は放射状角膜切開術(RK)後,片眼のみ白内障による視力低下をきたした43歳,男性,眼鏡依存度を減らすため多焦点眼内レンズ(IOL)挿入を希望し,回折型IOLを挿入,術後1年経過観察できたので術後経過を報告する.術前視力は右眼0.02(矯正不能),左眼1.2(矯正不能),右眼は水晶体混濁のため光干渉法で眼軸測定できず超音波法を用い,屈折力は屈折矯正手術後に推奨される方法で決定し,SRK/T式で度数計算した.白内障摘出後,回折型IOLは.内固定され,術後視力は翌日から1年まで遠方裸眼1.2,近方0.4と安定,角膜内皮細胞数の減少はなく,コントラスト感度は全周波数領域で正常範囲内だが左眼より低下していた.自覚的な視力の日内変動,夜間グレア,ハローはなく,眼鏡を必要とせず満足度は高かった.RKを含む屈折矯正手術後は,正確なIOL度数決定および視機能面で多焦点IOL挿入が危惧されているが,症例によって慎重な検討を行うことで適応拡大が可能と思われた.Wereporttheclinicalresultsfor1yearfollowingtheimplantationofamultifocalintraocularlens(IOL)ina43-year-oldmalewhohadpreviouslyreceivedradialkeratotomy.Weemployedbiometry,whichisrecommendedforeyesthathaveundergonerefractivesurgery.CataractsurgerywasperformedontherighteyeandadiffractivemultifocalIOLwasimplanted.Postoperativeuncorrectedvisualacuityimprovedfrom0.02to1.2fordistanceand0.4fornear,withnosignificantendothelialcelllossobservedforupto1year.Contrastsensitivitywaslowerthanthatofthefelloweye,butremainedwithinthenormalrange.Thepatientdidnotcomplainofglareornighthalos,andwasverysatisfiedwiththeoutcome.Inaneyethathasundergonerefractivesurgery,multifocalIOLimplantationisamatterofconcern;however,favorableresultscanbeobtainedifcareistakeninselectingthepatient.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(6):839.843,2010〕Keywords:回折型多焦点眼内レンズ,白内障,放射状角膜切開術,裸眼視力,コントラスト感度.diffractivemultifocalintraocularlens,cataract,radialkeratotomy,uncorrectedvisualacuity,contrastsensitivity.840あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(126)I症例患者:43歳,男性.主訴:右眼の視力障害.既往歴:15年前に,近視矯正目的で国内で両眼にRKを受けた.現病歴:1年前から右眼の視力低下を自覚し近医受診,白内障の診断を受けた.術後にできるだけ眼鏡装用したくない希望があり,多焦点IOL挿入の可能性につき,平成20年7月に当院を紹介された.初診時所見:視力は右眼0.02(矯正不能),左眼1.2(矯正不能),眼圧は両眼とも12mmHg,細隙灯顕微鏡検査にて,角膜に光学径3mm,角膜輪部近くまで12本のRKが両眼に施行されており,右眼水晶体は前.下と皮質混濁が主体で成熟白内障に近い状態であったが,左眼は透明であった.眼底検査は右眼が水晶体混濁のため透見できなかったが,超音波エコーにて網膜.離を示唆する所見はなく,左眼は正常であった.角膜内皮細胞密度数はノンコンロボ(コーナン社)にて右眼2,801個/mm2,左眼2,433個/mm2,角膜厚はオーブスキャンにて中央が右眼560μm,左眼559μmであった.経過:白内障手術適応のため,多焦点IOLに関して,屈折型と回折型の違い,RK後のためIOL度数ずれ,視力の日内変動,コントラスト感度低下,夜間グレア,ハローなどが起こりうることを説明し,職業はタクシー運転手だが,眼鏡依存度を減らすことを優先し,回折型多焦点IOL挿入を希望した.IOL度数決定は,眼軸長は光干渉法のIOLマスター(Zeiss社)で測定困難なため,Aモード(Alcon社)を用い27.81mmであった.角膜屈折力(K値)はオートケラトメータARK700A(NIDEK社)にて40.04D,角膜形状解析装置TMS4(TOMEY社)のリング3で39.29D,ハードコンタクトレンズ装用前後の屈折力から計算するハードコンタクトレンズ法7)で39.27Dであった.IOL度数計算はSRK/T式を用い,屈折矯正手術後に用いる角膜形状解析およびハードコンタクトレンズ法で得られたK値を用い,両者ともZM900(AMO社)の場合13.5Dとなり,この度数を選択した.白内障手術は,点眼麻酔下,RK切開の間で耳側やや下方の角膜2.0mm切開から行った.手術までに水晶体混濁が急速に進行し,成熟白内障となり水晶体が膨隆しているため,前.をトレパンブルーにて染色,ヒーロンRV(AMO社)で水晶体前面を十分に平坦にしてチストトームで前.切開を開始したが,水晶体穿刺と同時に一部前.に亀裂が入った.角膜内皮保護目的で,分散型と凝集型の粘弾性物質を用いたソ術後観察期間1日1週1カ月3カ月6カ月1年遠方視力裸眼1.21.21.21.01.01.2矯正1.51.21.21.21.21.5近方視力裸眼0.40.30.50.40.50.4遠方矯正下0.60.30.60.70.70.9矯正0.70.70.70.80.81.0012等価球面度数3(D)図1等価球面度数および視力の経時的変化ab図2術後細隙灯顕微鏡写真a:RK切開線,白内障に用いた耳側角膜切開(8時から9時の位置)が観察できる.b:眼内に挿入された多焦点IOLの回折リングが観察される.(127)あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010841フトシェル法を用い,超音波乳化吸引術を行った.水晶体前.の亀裂はあるが,IOLの.内固定は問題ないので,切開創をRK切開線と交差しないよう注意しながら3.0mmに広げ,専用インジェクターでIOLを挿入した.術中,RK切開創の穿孔,離解はなく,角膜切開創の自己閉鎖が良好であったため,無縫合で手術を終了した.術後の屈折(等価球面度数)と遠方および近方視力の経時的変化を図1に示す.等価球面度数は術後3カ月まで遠視化傾向を認めたが,遠方裸眼視力は,術翌日から1年まで1.0以上で安定していた.近方裸眼視力は0.3から0.5で,術後1週以外,遠方矯正により向上していた.経過観察期間中,自覚的な視力の日内変動は認めなかった.術後細隙灯顕微鏡写真を図2に示す.角膜に焦点を合わせた図2aで角膜切開がRK切開の間となる8時から9時に観察され,IOL面に焦点を合わせた図2bで瞳孔領に回折リングが観察される.角膜形状解析では,術前と同様に,RKによると思われる中央の平担化が認められるが,切開創部分の変化はなかった(図3).CSV-1000(VectorVision社)によるコントラスト感度測定を術6カ月後に行い,右眼は白内障手術を受けていない左眼に比べ全周波数領域で低下していたが,正常範囲内であった(図4).グレア,ハローの訴えはなく,夜間もタクシーの運転を行っており,日常生活に問題はなく,術後の満足度は高かった.II考按わが国においてRKの症例数が限られているため,RK後の白内障手術については1例報告のみである5,6).近年,多焦点IOLが普及し,眼鏡依存度が減ることが報告されるなか,RKを受けた症例が白内障手術を受ける際,もともと眼鏡やコンタクトレンズ装用を好まないで屈折矯正手術を受けた背景から,多焦点IOLを希望する確率が高いことが予想される.本症例も,近医で多焦点IOLの説明を受けたところ興味をもち,当院を紹介され,いくつか起こりうる問題点を理解したうえで,眼鏡依存度を減らす多焦点IOLを選択した.RK後の白内障手術においては,エキシマレーザーを用いた屈折矯正手術同様,正確なIOL度数決定がむずかしいことと,術後に起こりうる視機能の問題を十分に理解してIOLの種類を検討すべきである.まず,IOL度数決定についてであるが,RK後に加え8,9),近年,エキシマレーザーが急速に普及したため,PRK(レーザー屈折矯正角膜切除術)やLASIK後に関する報告が増えている10,11).どの屈折矯正手術後においても共通している問題点は,通常,角膜の前後面の曲率半径比が一定とされているが,近視矯正後は角膜前面のみ中央が平坦化して曲率が変化している12).このため,一般に使用されているオートケラトメータの値をそのまま使ってIOL度数計算すると,術後図3術後の角膜形状解析中央にRKによると思われる平坦化(色の濃い部分)が認められる.耳側切開位置での変化はほとんど認められない.:右眼(術眼):左眼:両眼図4術6カ月後のコントラスト感度右眼(術眼),左眼とも全周波数領域で年齢の正常範囲内であるが,右眼のコントラスト感度はやや低下していた.842あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(128)予想外の遠視になる危険性がある.特に,術後良好な遠方のみならず近方裸眼視力を期待して,欧米では自費手術,わが国では先進医療で多焦点IOL挿入を希望した患者にとって,術後屈折がずれると,遠方のみでなく近方視力も落ちるため,高額な医療費を支払ったのに結果が期待はずれのため不満の原因となる.屈折矯正手術後のIOL度数計算は,屈折矯正手術を受ける前の角膜屈折力,屈折矯正度数があらかじめわかっている場合と,これらの情報がない場合によって種々の方法が紹介され,術後成績もさまざまである.筆者らの施設では,以前より屈折矯正手術後の単焦点IOL挿入に対し,コンタクトレンズ法を用い,術後に良好な成績が得られていることから,多焦点IOL挿入に対しても,同様の方法を用いた.近年,角膜形状解析のリング3の値,あるいは3mm径の平均値も推奨されており,これらの方法も導入して角膜屈折力を確認しているが,本症例では,コンタクトレンズ法と角膜形状解析のリング3で近似した値が得られた.IOL度数計算に関して,筆者らの施設では,単焦点および多焦点IOLともSRK/T法で安定した結果が得られていることと,屈折矯正手術後眼は長眼軸例が多いためSRK/T法が推奨されている13)2つの理由からSRK/Tを用いた.現在,屈折矯正手術後眼の角膜屈折力測定の研究が進んでいるが,将来,さらに精度の高いIOL度数決定が可能になると思われる.つぎに術式であるが,RK後の白内障手術において,RK切開の深さにもよるが,創の離解に注意すべきである.筆者らの施設ではRK後の単焦点IOL挿入,この症例後にも多焦点IOL挿入例を経験しているが,1例のみRK切開創が超音波乳化吸引術中に離解し縫合を要した例を経験している.強角膜切開を選択する方法もあるが,術者が慣れている角膜切開を用いる場合,RK切開と白内障の切開が交差しないよう注意すべきである.本症例では,2本のRKの間,すなわち8時から9時の位置で2mm切開を行い,IOL挿入時に3mmに切開創を注意深く広げ,創に圧力をかけないようにIOL挿入を行い,術中合併症はなかった.IOL挿入に必要な切開創が今後さらに小さくなることで,この問題は少なくなることが予想される.またRK後における白内障手術例の眼内炎の報告があり14),屈折矯正手術後は角膜形状が変化しているため,角膜切開を用いる場合,創閉鎖に何らかの疑問があれば,縫合すべきである.本症例では,縫合の準備もしておいたが,IOL挿入後に粘弾性物質を吸引除去し,灌流液を前房内に注入し,切開創からの漏れがなく十分に閉鎖していることが確認できたため無縫合とした.IOL挿入に関して,多焦点IOLでは計算された度数がずれないよう,水晶体.内固定が基本である.本症例は水晶体がかなり膨隆していたため,前.染色と粘弾性物質を十分用いて前.切開を開始したが,最初の穿孔部位から周辺に向かって亀裂が入った.水晶体核が比較的軟らかく,超音波乳化吸引が容易であったため,亀裂がさらに広がることなく水晶体摘出が可能であった.このため,IOLは予定どおり.内固定し,術終了時のセンタリングは良好であった.近年,超音波乳化吸引装置および手術手技の進歩で白内障手術中の破.が非常に少なくなっているが,IOLが水晶体.内固定できない状況,センタリングが困難な状況では,予定したIOLの挿入を断念し単焦点IOLに変更,あるいは日を改めて毛様溝用IOL挿入を検討すべきと思われる.術後視力について,裸眼視力は術翌日から1年後まで遠方は1.0以上,近方は術1週後を除き0.4以上と,眼鏡に依存しない視力として良好な結果で,自覚的にも,タクシーの運転手ということで領収書を見たり,日常生活の読書では問題なく,満足度が高かった.しかし,矯正に用いた等価球面度数は,術1週から6カ月まで遠視化傾向がみられ,遠方矯正下で近方視力がほぼ2段階向上していることから,今後,症例を増やし,長期の経時的変化を確認したうえで,この変化をIOL度数決定に反映すべきか検討することが望まれる.コントラスト感度は,両眼にRKを受けているが,低周波数から高周波数領域まで年齢の正常範囲内で良好な結果であった.しかし,自覚的に差はないものの,測定値では回折型IOL挿入眼のほうがやや低下していたことから,今後,RKに限らず,屈折矯正手術を受けた症例では,起こりうる可能性として十分に説明しておく必要があると思われる.グレア,ハローは,RKやPRK後15),さらに多焦点IOLそのものもグレア,ハローの原因となりうるため,本症例のように職業がタクシー運転手では,夜間運転時の対向車のライトが心配された.RKは光学径3mm,輪部近くまで12本切開されているが,RK後に夜間グレア,ハローは自覚していず,多焦点IOL挿入後に出現する可能性は説明したが,術後も同様に自覚していない.回折型は屈折型に比べグレア,ハローの出現は少ないが,RK後にグレアやハローを自覚している症例では増悪する可能性があることを考慮して,適応判断は慎重にすべきと思われる.角膜内皮細胞に関して,RK後の白内障手術で著明に減少した例があり5),本症例では,角膜内皮細胞への影響をできるだけ少なくするようソフトシェル法を用い注意深く行った.術後1年で減少傾向はなかったが,今後さらに経過観察を続ける予定である.RK後の単焦点IOL挿入ないしは屈折矯正手術後の多焦点IOL挿入の報告はあるが,RK後に多焦点IOLを挿入し,1年間経過観察された報告は,筆者らが調べた範囲ではなかった.わが国においてRKが積極的に施行されていなかったため,RK後の白内障例は少なく,かつ,多焦点IOL挿入となると,かなり症例が限定される.今回の症例は,術前に十分な説明を行い,術後の見え方への満足度は非常に高いが,術(129)あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010843後屈折に遠視化が認められ,コントラスト感度が多焦点IOL挿入眼で低下していることから,今後,症例を増やし,長期の経過観察が必要と思われた.文献1)ビッセン宮島弘子,林研,平容子:シングルピースアクリソフapodized回折型多焦点眼内レンズと単焦点眼内レンズ挿入成績の比較.あたらしい眼科24:1099-1103,20072)HayashiK,ManabeS,HayashiH:Visualacuityfromfartonearandcontrastsensitivityineyeswithadiffractivemultifocalintraocularlenswithalowadditionpower.JCataractRefractSurg35:2070-2076,20093)YoshinoM,Bissen-MiyajimaH,OokiSetal:Two-yearfollow-upafterimplantationofdiffractiveasphericsiliconemultifocalintraocularlenses.ActaOphtalmologica,2010,AprilE-pub4)JoseFA,DavidMC,AranchaPL:Visualqualityafterdiffractiveintraocularlensimplantationineyesmyopiclaserinsitukeratomileusis.JCataractRefractSurg34:1848-1854,20085)塙本宰,川上勉,林大助:放射状角膜切開後の白内障手術の1例.眼科手術13:451-455,20076)須藤史子,赤羽信雄:放射状角膜切開後の超音波白内障手術の1例.IOL&RS12:160-164,19987)HofferKJ:Intraocularlenspowercalculationforeyesafterrefractivekeratotomy.JRefractSurg11:490-493,19958)ChenL,MannisMJ,SalzJJetal:Analysisfointraocularlenspowercalculationinpost-radialkeratotomyeyes.JCataractRefractSurg29:65-70,20039)AwwadST,DwarakanathanS,BowmanRWetal:Intraocularlenspowercalculationafterradialkeratotomy:Estimatingtherefractivecornealpower.JCataractRefractSurg33:1045-1050,200710)FeizV,MoshirfaM,MannisMJetal:Nomogram-basedintraocularlenspoweradjustmentaftermyopicphotorefractivekeratectomyandLASIK.Anewapproach.Ophthalmology112:1381-1387,200511)MackoolRJ,KoW,MackoolR:Intraocularlenspowercalculationafterlaserinsitukeratomileusis:theaphakicrefractiontechnique.JCataractRefractSurg32:435-437,200612)飯田嘉彦:屈折矯正手術後の白内障手術.IOL&RS22:39-44,200813)HofferKJ:IOLcalculationafterpriorrefractivesurgery.MasteringrefractiveIOLs(ChangDF),546-553,SLACK,Thorofare,NJ,200814)長野悦子,忍足和浩,平形明人:放射状角膜切開術施行眼に生じた白内障手術後眼内炎の1症例.眼臨101:902-904,200015)ChaithAA,DanielJ,StultingDetal:Contrastsensitivityandglaredisabilityafterradialkeratotomyandphotorefractivekeratectomy.ArchOphthalmol116:12-18,1998***