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若年発症2型増殖糖尿病網膜症の予後不良例

2016年1月31日 日曜日

1246101,23,No.3《第20回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科33(1):124.128,2016cはじめに近年,増殖糖尿病網膜症(proliferativediabeticretinopa-thy:PDR)に対する硝子体手術は,手術機器の進歩や手術手技の向上に伴い手術成績が向上している1).また術前の抗血管内皮増殖因子の硝子体内注入などにより,手術の安全性も向上している2).しかし一方で,なお治療困難例や予後不良例が存在することも事実である.2型糖尿病患者においては,40歳未満の若年者のPDR例は比較的少ない.今回筆者らは,PDR発症時年齢および初回手術時年齢が40歳未満の2型糖尿病患者で,PDRに対し複数回の手術を施行したが,予後不良であった症例を4例経験したので報告する.I対象および方法対象は2007年1月.2012年2月の6年間に,2型糖尿病によるPDRに対し初回硝子体手術を行い,PDR発症時年齢および初回手術時年齢が40歳未満の連続症例4例8眼である.全症例とも初回硝子体手術後,経過観察が可能であり,複数回の追加手術を要した.手術はすべて同一術者が施行した(ND).白内障手術および硝子体手術は,アキュラス(日本アルコン社)もしくはコンステレーションビジョンシステム(日本アルコン社)を使〔別刷請求先〕藤原悠子:〒892-0824鹿児島市堀江町17-1公益財団法人慈愛会今村病院眼科Reprintrequests:YukoFujiwara,DepartmentofOpthalmology,FoundationJiaikai,ImamuraHospital,17-1Horie-cho,Kagoshima892-0824,JAPAN若年発症2型増殖糖尿病網膜症の予後不良例藤原悠子*1,2土居範仁*1坂本泰二*2*1慈愛会今村病院眼科*2鹿児島大学大学院医歯学総合研究科眼科PoorOutcomeofProliferativeRetinopathyCasesamongYoungInsulin-independentDiabeticsYukoFujiwara1,2),NorihitoDoi1)andTaijiSakamoto2)1)DepartmentofOphthalmology,JiaikaiImamuraHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KagoshimaUniversityGraduateSchoolofMedicineandDentalScience若年発症の増殖糖尿病網膜症は,活動性が高く治療困難例も少なくない.多くは1型で,若年発症2型糖尿病患者の治療成績や転機についての報告はほとんどない.筆者らは2型糖尿病の指摘時年齢および初回硝子体手術時年齢が40歳未満で予後不良であった症例を4例経験した.糖尿病診断時年齢は平均21歳.4例中3例で長期間(平均5.8年)無治療放置期間があり,当科初診時には全例両眼とも増殖糖尿病網膜症であった.平均手術回数は6.1回.8眼中6眼は最終的に増殖硝子体網膜症となり網膜復位が得られなかった.最終視力は,0.1以下が4眼,光覚を失ったものが4眼であり,きわめて予後不良であった.Amongyounginsulin-independentdiabeticpatients,asignificantnumberdevelopthesevereformofdiabeticretinopathy,althoughtheyaremoreoftenreportedastype1(insulin-dependent)diabetesthanastype2(insulin-independent)diabetes.Wedescribe4patients(8eyes)diagnosedastype2diabeticswho,whentheyunderwentinitialvitreoussurgerybeforetheageof40,hadfinalvisualacuityrankedaspoor.Theiraverageageatdiabetesdiagnosiswas21years.In3ofthe4,duringalongperiodoftimetheyreceivednotreatment.AllwerediagnosedwithPDRatfirstvisittoourdepartment,andrequiredanaverageof6.1surgeriesduringthecourse.Ofthe8eyes,6eventuallydevelopedproliferativevitreoretinopathy,withnorepairofretinaldetachment.Finalvisualacu-itieswere0.1orlessin4eyesandnolightperceptionin4eyes;allpatientshadextremelypooroutcomes.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(1):124.128,2016〕Keywords:増殖糖尿病網膜症,早期発症2型糖尿病,硝子体手術,予後.proliferativediabeticretinopathy,ear-ly-onsettype2diabetes,vitreoussurgery,prognosis.124(124)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《第20回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科33(1):124.128,2016cはじめに近年,増殖糖尿病網膜症(proliferativediabeticretinopa-thy:PDR)に対する硝子体手術は,手術機器の進歩や手術手技の向上に伴い手術成績が向上している1).また術前の抗血管内皮増殖因子の硝子体内注入などにより,手術の安全性も向上している2).しかし一方で,なお治療困難例や予後不良例が存在することも事実である.2型糖尿病患者においては,40歳未満の若年者のPDR例は比較的少ない.今回筆者らは,PDR発症時年齢および初回手術時年齢が40歳未満の2型糖尿病患者で,PDRに対し複数回の手術を施行したが,予後不良であった症例を4例経験したので報告する.I対象および方法対象は2007年1月.2012年2月の6年間に,2型糖尿病によるPDRに対し初回硝子体手術を行い,PDR発症時年齢および初回手術時年齢が40歳未満の連続症例4例8眼である.全症例とも初回硝子体手術後,経過観察が可能であり,複数回の追加手術を要した.手術はすべて同一術者が施行した(ND).白内障手術および硝子体手術は,アキュラス(日本アルコン社)もしくはコンステレーションビジョンシステム(日本アルコン社)を使〔別刷請求先〕藤原悠子:〒892-0824鹿児島市堀江町17-1公益財団法人慈愛会今村病院眼科Reprintrequests:YukoFujiwara,DepartmentofOpthalmology,FoundationJiaikai,ImamuraHospital,17-1Horie-cho,Kagoshima892-0824,JAPAN若年発症2型増殖糖尿病網膜症の予後不良例藤原悠子*1,2土居範仁*1坂本泰二*2*1慈愛会今村病院眼科*2鹿児島大学大学院医歯学総合研究科眼科PoorOutcomeofProliferativeRetinopathyCasesamongYoungInsulin-independentDiabeticsYukoFujiwara1,2),NorihitoDoi1)andTaijiSakamoto2)1)DepartmentofOphthalmology,JiaikaiImamuraHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KagoshimaUniversityGraduateSchoolofMedicineandDentalScience若年発症の増殖糖尿病網膜症は,活動性が高く治療困難例も少なくない.多くは1型で,若年発症2型糖尿病患者の治療成績や転機についての報告はほとんどない.筆者らは2型糖尿病の指摘時年齢および初回硝子体手術時年齢が40歳未満で予後不良であった症例を4例経験した.糖尿病診断時年齢は平均21歳.4例中3例で長期間(平均5.8年)無治療放置期間があり,当科初診時には全例両眼とも増殖糖尿病網膜症であった.平均手術回数は6.1回.8眼中6眼は最終的に増殖硝子体網膜症となり網膜復位が得られなかった.最終視力は,0.1以下が4眼,光覚を失ったものが4眼であり,きわめて予後不良であった.Amongyounginsulin-independentdiabeticpatients,asignificantnumberdevelopthesevereformofdiabeticretinopathy,althoughtheyaremoreoftenreportedastype1(insulin-dependent)diabetesthanastype2(insulin-independent)diabetes.Wedescribe4patients(8eyes)diagnosedastype2diabeticswho,whentheyunderwentinitialvitreoussurgerybeforetheageof40,hadfinalvisualacuityrankedaspoor.Theiraverageageatdiabetesdiagnosiswas21years.In3ofthe4,duringalongperiodoftimetheyreceivednotreatment.AllwerediagnosedwithPDRatfirstvisittoourdepartment,andrequiredanaverageof6.1surgeriesduringthecourse.Ofthe8eyes,6eventuallydevelopedproliferativevitreoretinopathy,withnorepairofretinaldetachment.Finalvisualacu-itieswere0.1orlessin4eyesandnolightperceptionin4eyes;allpatientshadextremelypooroutcomes.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(1):124.128,2016〕Keywords:増殖糖尿病網膜症,早期発症2型糖尿病,硝子体手術,予後.proliferativediabeticretinopathy,ear-ly-onsettype2diabetes,vitreoussurgery,prognosis.124(124)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY 用した25ゲージ(G)経結膜小切開硝子体手術を施行した.方法は3-portsystemによる経毛様体扁平部硝子体切除術(parsplanavitrectomy:PPV)で,初回硝子体手術時,全例後部硝子体未.離であったため人工的に後部硝子体.離を起こし,増殖組織を除去し,可能な限り周辺部まで硝子体を切除した後,眼内光凝固を行った.また周辺まで硝子体を切除するため,初回硝子体手術時に水晶体摘出を併施した.II結果表1~3に全症例の背景・結果を示す.4例中3例は男性,1例は女性.2型糖尿病診断時年齢は平均21歳.加療開始まで平均5.8年の無治療放置期間があり,4例中3例に治療中断歴があった.内科加療開始時の平均HbA1C(JDS)は11.5%であった.当科初診時年齢は平均29歳で,内科加療開始から平均1.75年後で平均HbA1C(JDS)は8.3%,4例中3例が血圧コントロール不良もしくは高血圧加療開始後であった(表1).当科初診時全例両眼ともPDRであり,8眼中3眼は血管新生緑内障(neovascularglaucoma:NVG)を併発していた.網膜光凝固術の既往があるのは8眼中2眼のみであったが未完成であり,それ以外の症例は硝子体出血(vitreoushemorrhage:VH)のため術前に網膜光凝固を施行することが困難であった.初回硝子体手術時,8眼中5眼表1全症例の当科初診時の全身状態背景症例性別診断時年齢(歳)加療開始までの期間(年)糖尿病加療中断の有無家族歴内科加療開始時HbA1C(%)(JDS値)内科加療開始からの期間(年)HbA1C(%)(JDS値)当科初診時HbCr血圧(mmHg)降圧薬内服の有無1M258.+9.909.915.70.6154/100.2M165++11.858.613.01.01160/92+3F1310+.12.619.012.60.39117/70.4平均M312105.8++11.611.511.755.68.312.11.8613.40.96128/79139/85+JDS:JapanDiabetesSociety.表2全症例の当科初診時眼状態および初回硝子体手術内容症例年齢(歳)DR病期当科初診時状態視力眼圧(mmHg)PRPの有無年齢(歳)手術適応所見術式初回硝子体手術タンポナーデの有無と種類増殖膜の象限数意図的・医原性裂孔の数レーザー数術中網膜1右眼左眼右眼33PDRNVGPDRNVGPDR0.5360.3220.713…343427NVGVHNVGVHVHSF62SF62.30401,5871,5711,400234平均左眼右眼左眼右眼左眼26243229PDRPDRPDRPDRNVGPDR0.5160.1180.01150.04270.81920.8…未完成未完成272424323229.3PPLPPVVHTRDVHTRDVHTRDNVGNVGTRDSO4.4SO4.3SO33.125002021復位1,8141,0461,0821,2591,3731,329DR:糖尿病網膜症,PDR:増殖糖尿病網膜症,NVG:血管新生緑内障,PRP:汎網膜光凝固術,VH:硝子体出血,TRD:牽引性網膜.離,SF6:六フッ化硫黄,SO:シリコーンオイル,PPL:経毛様体扁平部水晶体切除術,PPV:経毛様体扁平部硝子体切除術.(125)あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016125 表3全症例の最終結果症例観察期間(月)手術回数(回)眼所見最終視力最終眼圧(mmHg)1右眼左眼8545293247.87695451126.1PVR・眼球癆PVR・眼球癆PVRPVRPVRPVRNVGNVG光覚なし光覚なし光覚弁光覚弁光覚弁光覚なし0.08光覚なし..991612151192右眼左眼3右眼左眼4右眼左眼平均PVR:増殖硝子体網膜症,NVG:血管新生緑内障.図1症例3の初診時所見24歳,女性.両眼ともに硝子体出血と牽引性網膜.離を伴う増殖糖尿病網膜症.網膜光凝固術の既往はない.はタンポナーデを要した(表2).平均観察期間は47.8カ月で,平均手術回数は6.1回であった.初回手術後,全症例で複数回の再手術を施行した.再手術内容は,網膜.離の再発または術後非復位に対しては,4眼にガスまたはシリコーンオイル(siliconeoil:SO)によるタンポナーデを用いたPPVを施行した.NVGに対しては,当科初診時にNVGを併発していた症例は3眼,経過観察中に中に発症した症例が1眼あり計4眼にPPVの際に毛様体光凝固を併施した.3眼に円蓋部基底結膜切開による線維柱帯切除術もしくはエクスプレス緑内障フィルトレーションデバイス(日本アルコン社)挿入を施行した.8眼中6眼は最終的に増殖硝子体網膜症(proliferativevitreoretinopathy:PVR)となり網膜復位が得られなかった.最終視力は,0.1以下が4眼でそのうち3眼は光覚弁,また光覚を失ったものが4眼で,きわめて予後不良であった(表3).III症例呈示〔症例3〕24歳,女性.13歳時に学校検診で尿糖を指摘され入院加療を受けるが,退院後通院していなかった.16歳時,下肢骨.腫手術の際に糖尿病を指摘され,内科加療を再開したが自己中断した.2010年23歳時に倦怠感で近医を受診し,HbA1C12.6%(JDS値)と高値で加療を再開したが,不定期受診であった.2011年10月急に視力低下を自覚し,近医眼科を受診,両眼ともPDRを指摘され,網膜光凝固術を予定していたがVHを発症し,2011年11月28日当科紹介受診となった.初診時所見:VD=(0.1×sph.2.25D(cyl.2.25DAx5°),VS=0.01(n.c.),Tod=18mmHg,Tos=15mmHg.両眼ともにVH・牽引性網膜.離(tractionretinaldetachment:TRD)を伴うPDRであり光凝固の既往はなかった(図1).HbA1C9.0%(JDS値),血圧は117/70mmHgであった.初診後,内科加療を再開した.経過(右眼):網膜光凝固術はVHのため困難であり,2012年1月5日経毛様体扁平部水晶体切除術(parsplanalensectomy:PPL)+PPVを施行した.その後VHとTRDが再燃し,2012年1月12日硝子体手術+SO注入術を施行(126) 図2症例3の最終時所見両眼ともに網膜切除を要した.右眼は部分的な網膜.離が残存している.左眼は増殖硝子体網膜症となり,網膜復位は得られなかった.したが,その後も強固な増殖膜とTRDが再燃し,同年2月9日輪状締結術+PPV+網膜切除(耳・鼻側周辺2象限)+SO注入術,同年3月29日PPV+網膜切除(下方周辺1象限)+SO注入術を施行した.その後NVGとなるが,薬剤で眼圧コントロールが得られている.部分的な網膜.離は残存している.経過(左眼):右眼と同様,網膜光凝固術はVHのため困難であり,2011年12月13日PPL+PPV+SO注入術を施行した.その後も強固な増殖膜とTRDが再燃し,2012年2月2日PPV+網膜切除(下鼻側周辺1象限)+SO注入術を施行,その後も強固な増殖膜とTRDが再燃し,同年3月1日輪状締結術+PPV+網膜切除(上鼻側周辺1象限)+SO注入術,同年5月22日PPV+SO注入術,2013年2月19日PPV+網膜切除(耳側周辺1象限)+SO注入術を施行したが,増殖硝子体網膜症(PVR)となり,網膜復位は得られなかった(図2).IV考察若年発症PDRの報告は,1型糖尿病に比べて2型糖尿病では少ない.Steelら3)は血糖コントロールが良好であったにもかかわらず,2型糖尿病と診断されてから数年以内に急速にPDRに進行し,予後不良であった40歳未満の症例を報告している.同じ若年発症でも1型糖尿病は加療中断により身体症状を伴うのに対し,2型糖尿病は身体症状が発現しにくいため,内科加療開始が遅れやすく治療の自己中断にもつながりやすい.それに伴い眼科受診も遅れやすい.今回筆者らが経験した症例でも,糖尿病の診断から内科加療開始まで平均5.8年の放置期間があり,その後も症例1以外で治療中断歴があった.眼科定期受診もほとんど行われていない状況であった.当科初診時すでに全例がPDRで,網膜光凝固術の既往があるのは症例4のみであったが未完成であり,それ以外の症例はVHを認め術前に網膜光凝固を施行することが困難であった.また初回硝子体手術時8眼中7眼はNVGやTRDを併発しており,8眼中5眼は初回手術時にタンポナーデを必要とした.10代で糖尿病を発症した症例では,親の理解不足もあり内科加療が中断されていた時期があった.網膜光凝固術を勧められても拒否していた例もあり,コンプライアンス不良であることが網膜症進行を助長し,術後視力転帰に影響した可能性がある.30歳未満の若年発症2型糖尿病患者では,糖尿病罹患期間だけではなく,わずかな血圧上昇もPDRへの進行のリスクファクターであるとの報告がある4).筆者らの症例でも4例中3例が血圧コントロール不良もしくは高血圧加療開始後であった.本症例のうち2例は10代で糖尿病の指摘を受けている.欧米では小児の糖尿病のほとんどが1型糖尿病であり,20歳以下の2型糖尿病の発症は数%に過ぎないのに対し,わが国では小児期発症2型糖尿病患者が多い特徴がある5).2型糖尿病では,発症年齢が18.45歳未満の若年発症群のほうが,45歳以上の発症群と比較して,微小血管障害を2倍起こしやすいという報告がある6).また発症年齢が40歳未満群と40歳以上群では,40歳未満群のほうが糖尿病発症から10年後,20年後のいずれも有意に糖尿病網膜症の発症率が高かったという報告もある7).(127)あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016127 小児期に糖尿病を発見する有用な手段として学校検尿検査での尿糖検査があるが,それでの2型糖尿病の発見は,1981年以前は1年間で10万人につき1.74人であるのに対し,それ以降は2.76人と1.5倍に増加している8).また15歳未満発症の2型糖尿病患者では,同年代の1型糖尿病患者と比較してPDRが多い傾向にあり,糖尿病治療の1980年代初診群と1990年代初診群の比較では,1990年代のほうがPDR発症頻度が増加している5).またRajalakshmiら9)は10.25歳に糖尿病を診断された若年発症患者では,視力に影響する糖尿病網膜症の罹患率は糖尿病発症から15年を超えると急増し,1型糖尿病では44.1%,2型糖尿病では52.5%と2型で多く,さらに1型糖尿病では発症から10年未満は同様の網膜症発症患者の罹患率は0%なのに対し,2型糖尿病では5年未満でも14.3%であったと報告している.これらから若年発症2型糖尿病患者は増加することが懸念されており,今回報告したような難治例が増加することが考えられる.今回経験した4症例は,いずれも当科初診時点で全例PDRであり,それ以前の眼科受診歴も乏しいものであった.若年発症例では,糖尿病発症時点で家族を含めた病気への理解を深める必要があるとともに,内科・眼科の連携がより重要であると思われた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)鎌田研太郎,臼井嘉彦,坂本純平ほか:増殖糖尿病網膜症に対する早期硝子体手術の成績.臨眼101:385-390,20072)澤田英子,安藤伸朗:増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術後の視力経過.日眼会誌111:407-410,20073)SteelJM,ShenfieldGM,DuncanLJ:Rapidonsetproliferativeretinopathyinyounginsurin-independentdiabetics.BMJ2:852,19764)OkudairaM,YokoyamaH,OtaniTetal:Slightlyelevatedbloodpressureaswellaspoormetaboliccontrolareriskfactorsfortheprogressionofretinopathyinearly-onsetJapanesetype2diabetes.JDiabetesComplications14:281-287,20005)奥平真紀,内潟安子,大谷敏嘉ほか:80年代と90年代に初診した15歳未満発見糖尿病患者の合併症頻度の比較.糖尿病47:521-526,20046)HillierTH,PedulaKL:Complicationinyoungadultswithearly-onsettype2diabetes.DiabetesCare26:2999-3005,20037)SongSH,GrayTA:Early-onsettype2diabetes:highriskforprematurediabeticretinopathy.DiabetesResClinPract94:207-211,20118)岩本安彦,田嶼尚子,西村理明ほか:若年発症2型糖尿病調査研究委員会報告─若年発症2型糖尿病の実態に関する予備的調査─.糖尿病51:285-287,20089)RajalakshmiR,AmuthaA,RanjaniHetal:PrevalenceandriskfactorsfordiabeticretinopathyinAsianIndianswithyoungonsettype1andtype2diabetes.JDiabetesComplications28:291-297,201410)AhmadSS,GhaniSA:Floriddiabeticretinopathyinayoungpatient.JOphthalmicVisRes7:84-87,201211)LeNguyenTD,MilesR,SavagePJetal:Theassociationofplasmafibrinogenconcentrationwithdiabeticmicrovascularcomplicationsinyoungadultswithearly-onsetoftype2diabetes.DiabetesResClinPract82:317-323,2008***(128)

増殖糖尿病網膜症を発症し手術治療を行ったPrader-Willi症候群の2症例

2015年2月28日 土曜日

286あたらしい眼科Vol.5102,22,No.3(00)286(114)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《第19回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科32(2):286.289,2015cはじめにPrader-Willi症候群(PWS)は,15番染色体長腕の異常に起因し,新生児の筋緊張低下,哺乳障害,幼児期からの過食による高度肥満,精神発達遅滞,外性器発育不全を特徴とする疾患である1,2).眼科領域では,斜視,弱視,屈折異常,脈絡膜の低色素,白内障などの合併症が報告されている3.5)が,成人例では,糖尿病網膜症の合併が問題となる.本症の発生頻度は約1.2万人に1人といわれている1,2)が,眼科医がPWSをもつ症例に遭遇する機会は少なく6.9),増殖糖尿病網膜症(PDR)まで至った報告や,治療の報告は少ない.〔別刷請求先〕嶋千絵子:〒573-1010大阪府枚方市新町2-5-1関西医科大学付属枚方病院眼科学教室Reprintrequests:ChiekoShima,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUnivercity,2-5-1Shinmachi,HirakataCity,Osaka573-1010,JAPAN増殖糖尿病網膜症を発症し手術治療を行ったPrader-Willi症候群の2症例嶋千絵子山田晴彦石黒利充有澤章子吉川匡宣城信雄髙橋寛二関西医科大学眼科学教室TwoCasesofPrader-WilliSyndromewithProliferativeDiabeticRetinopathyTreatedbyVitrectomyChiekoShima,HaruhikoYamada,ToshimitsuIshiguro,AkikoArisawa,TadanobuYoshikawa,NobuoJoandKanjiTakahashiDepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity増殖糖尿病網膜症を発症し手術治療を行ったPrader-Willi症候群(PWS)の2症例を報告する.症例1は29歳,女性.2009年10月に右下腿蜂窩織炎の加療時に糖尿病を指摘され,当院眼科を初診した.矯正視力は右眼0.15,左眼0.15で,右眼は単純糖尿病網膜症,左眼は増殖糖尿病網膜症であった.左眼は汎網膜光凝固(PRP)後,2010年4月に全身麻酔下で硝子体・白内障手術を施行.その後右眼の網膜症も進行したため2012年3月全身麻酔下で右眼の同手術を施行した.術後矯正視力は右眼0.04,左眼0.06となった.症例2は40歳,男性.右眼の視力低下のために2009年9月に当院眼科を初診.矯正視力は右眼0.02,左眼0.8で,右眼は増殖糖尿病網膜症,左眼は前増殖糖尿病網膜症を認めた.両眼にPRPを行い,同年11月に局所麻酔下で右眼の硝子体・白内障手術を施行.翌年左眼に硝子体出血を生じ,12月に同手術を施行した.矯正視力は右眼0.3,左眼0.2となった.PWSは精神発達遅滞を伴い,若くして網膜症が進行するため,早期発見,早期治療に努めるべきである.Wereport2casesofPrader-Willisyndrome(PWS)withproliferativediabeticretinopathytreatedbyvitrecto-my.Case1,a29-year-oldfemale,wasdiagnosedasdiabetesmellitus,withsimplediabeticretinopathyinherrighteye(OD)andproliferativediabeticretinopathy(PDR)onherlefteye(OS).TheOSwastreatedbyvitrectomyundergeneralanesthesiaafterpanretinalphotocoagulation(PRP).TheODdevelopedPDR,andwastreatedbythesameoperationastheOS.Finalvisualacuitywas0.04ODand0.06OS.Case2,a40-year-oldmale,presentedwithvisuallossintheOD.PDRwasidentifiedintheOD,prePDRintheOS.AfterbilateraltreatmentforPRP,theODunderwentvitrectomyunderlocalanesthesia.VitreoushemorrhagelateroccurredintheOS,andwastreatedbythesameoperationasfortheOD.Finalvisualacuitywas0.3ODand0.2OS.Becauseofthementalretardation,patientswithPWSneedearlydetectionandtreatmentofdiabeticretinopathy,whichcouldeasilydeveloptoPDRinyouth.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(2):286.289,2015〕Keywords:Prader-Willi症候群,増殖糖尿病網膜症,硝子体手術,糖尿病,精神発達遅延.Prader-Willisyn-drome,proliferativediabeticretinopathy,vitrectomy,diabetesmellitus,mentalretardation.(00)286(114)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《第19回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科32(2):286.289,2015cはじめにPrader-Willi症候群(PWS)は,15番染色体長腕の異常に起因し,新生児の筋緊張低下,哺乳障害,幼児期からの過食による高度肥満,精神発達遅滞,外性器発育不全を特徴とする疾患である1,2).眼科領域では,斜視,弱視,屈折異常,脈絡膜の低色素,白内障などの合併症が報告されている3.5)が,成人例では,糖尿病網膜症の合併が問題となる.本症の発生頻度は約1.2万人に1人といわれている1,2)が,眼科医がPWSをもつ症例に遭遇する機会は少なく6.9),増殖糖尿病網膜症(PDR)まで至った報告や,治療の報告は少ない.〔別刷請求先〕嶋千絵子:〒573-1010大阪府枚方市新町2-5-1関西医科大学付属枚方病院眼科学教室Reprintrequests:ChiekoShima,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUnivercity,2-5-1Shinmachi,HirakataCity,Osaka573-1010,JAPAN増殖糖尿病網膜症を発症し手術治療を行ったPrader-Willi症候群の2症例嶋千絵子山田晴彦石黒利充有澤章子吉川匡宣城信雄髙橋寛二関西医科大学眼科学教室TwoCasesofPrader-WilliSyndromewithProliferativeDiabeticRetinopathyTreatedbyVitrectomyChiekoShima,HaruhikoYamada,ToshimitsuIshiguro,AkikoArisawa,TadanobuYoshikawa,NobuoJoandKanjiTakahashiDepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity増殖糖尿病網膜症を発症し手術治療を行ったPrader-Willi症候群(PWS)の2症例を報告する.症例1は29歳,女性.2009年10月に右下腿蜂窩織炎の加療時に糖尿病を指摘され,当院眼科を初診した.矯正視力は右眼0.15,左眼0.15で,右眼は単純糖尿病網膜症,左眼は増殖糖尿病網膜症であった.左眼は汎網膜光凝固(PRP)後,2010年4月に全身麻酔下で硝子体・白内障手術を施行.その後右眼の網膜症も進行したため2012年3月全身麻酔下で右眼の同手術を施行した.術後矯正視力は右眼0.04,左眼0.06となった.症例2は40歳,男性.右眼の視力低下のために2009年9月に当院眼科を初診.矯正視力は右眼0.02,左眼0.8で,右眼は増殖糖尿病網膜症,左眼は前増殖糖尿病網膜症を認めた.両眼にPRPを行い,同年11月に局所麻酔下で右眼の硝子体・白内障手術を施行.翌年左眼に硝子体出血を生じ,12月に同手術を施行した.矯正視力は右眼0.3,左眼0.2となった.PWSは精神発達遅滞を伴い,若くして網膜症が進行するため,早期発見,早期治療に努めるべきである.Wereport2casesofPrader-Willisyndrome(PWS)withproliferativediabeticretinopathytreatedbyvitrecto-my.Case1,a29-year-oldfemale,wasdiagnosedasdiabetesmellitus,withsimplediabeticretinopathyinherrighteye(OD)andproliferativediabeticretinopathy(PDR)onherlefteye(OS).TheOSwastreatedbyvitrectomyundergeneralanesthesiaafterpanretinalphotocoagulation(PRP).TheODdevelopedPDR,andwastreatedbythesameoperationastheOS.Finalvisualacuitywas0.04ODand0.06OS.Case2,a40-year-oldmale,presentedwithvisuallossintheOD.PDRwasidentifiedintheOD,prePDRintheOS.AfterbilateraltreatmentforPRP,theODunderwentvitrectomyunderlocalanesthesia.VitreoushemorrhagelateroccurredintheOS,andwastreatedbythesameoperationasfortheOD.Finalvisualacuitywas0.3ODand0.2OS.Becauseofthementalretardation,patientswithPWSneedearlydetectionandtreatmentofdiabeticretinopathy,whichcouldeasilydeveloptoPDRinyouth.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(2):286.289,2015〕Keywords:Prader-Willi症候群,増殖糖尿病網膜症,硝子体手術,糖尿病,精神発達遅延.Prader-Willisyn-drome,proliferativediabeticretinopathy,vitrectomy,diabetesmellitus,mentalretardation. あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015287(115)今回筆者らは,両眼の硝子体手術を要したPWSの2例を経験したので報告する.I症例〔症例1〕29歳,女性.主訴:左眼視力低下.現病歴:仮死産で出生.その後精神発達遅滞を認め,15歳で斜視手術時にPWSが疑われていた.2009年29歳時に右下腿蜂窩織炎のため他院へ入院中に,Hb(ヘモグロビン)A1C(JDS値,以下同様):14%と高値で初めて糖尿病(DM)を指摘された.2009年11月,血糖コントロールのために当院内科へ紹介.眼底精査目的に当科紹介となった.既往歴:2型DM,高血圧(HT),高脂血症,精神発達遅滞,斜視手術(詳細不明),扁桃腺摘出術があった.初診時所見:視力はVD=0.05(0.15×cyl.2.0DAx100°),VS=0.05(0.15×cyl.1.75DAx70°).眼圧は両眼ともに12mmHgであった.眼底は右眼には網膜点状出血が散在しており単純糖尿病網膜症,左眼は網膜新生血管と硝子体出血を認め,PDRの状態であった(図1:A-1,2).全身所見としては,身長149cm,体重68kg(bodymassindex:BMIは30.63),染色体検査で15番染色体長腕q11-q13の欠失を認めた.PWSとして,①筋緊張低下,②性腺発育不全(21歳に生理開始,頻度は1.2回/年),③精神発達遅滞,④肥満,⑤2型DM(HbA1C7.3%,腎症I期,食事療法困難)という特徴が認められた.臨床経過:糖尿病網膜症の進行に著明な左右差があるために,頸部エコー検査を行ったが,異常所見は認めなかった.内科で血糖コントロールを行いながら,ただちに左眼に汎網膜光凝固術を開始した.光凝固術中に厚い増殖膜と硝子体出血を生じたため2010年4月,全身麻酔下に左眼の水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術+硝子体手術を施行した.術後施行したフルオレセイン蛍光造影検査(FA)で右眼の無灌流領域が広範になり,乳頭新生血管が出現してPDRへ進行していたため(図1:B-1,2),2010年11月から右眼にも汎網膜光凝固術を施行した.2011年12月には右眼にも硝子体出血を生じたため,2012年3月に全身麻酔下で右図1症例1A-1:初診時眼底所見.右眼)網膜点状出血が散在左眼)アーケード血管に沿った新生血管.A-2:初診時フルオレセイン蛍光造影検査(FA)所見.右眼)無灌流領域をわずかに認める.左眼)広範な無灌流領域,乳頭上新生血管.B-1:左眼術後眼底所見.右眼)乳頭上新生血管が出現.左眼)新生血管は消失.B-2:左眼術後FA所見.右眼)乳頭上新生血管が出現.左眼)新生血管は消失.C-1:最終受診時眼底所見.両眼)漏出を伴う新生血管は消失.C-2:最終受診時FA所見.両眼)漏出を伴う新生血管は消失.A-1A-2B-1B-2C-1C-2あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015287(115)今回筆者らは,両眼の硝子体手術を要したPWSの2例を経験したので報告する.I症例〔症例1〕29歳,女性.主訴:左眼視力低下.現病歴:仮死産で出生.その後精神発達遅滞を認め,15歳で斜視手術時にPWSが疑われていた.2009年29歳時に右下腿蜂窩織炎のため他院へ入院中に,Hb(ヘモグロビン)A1C(JDS値,以下同様):14%と高値で初めて糖尿病(DM)を指摘された.2009年11月,血糖コントロールのために当院内科へ紹介.眼底精査目的に当科紹介となった.既往歴:2型DM,高血圧(HT),高脂血症,精神発達遅滞,斜視手術(詳細不明),扁桃腺摘出術があった.初診時所見:視力はVD=0.05(0.15×cyl.2.0DAx100°),VS=0.05(0.15×cyl.1.75DAx70°).眼圧は両眼ともに12mmHgであった.眼底は右眼には網膜点状出血が散在しており単純糖尿病網膜症,左眼は網膜新生血管と硝子体出血を認め,PDRの状態であった(図1:A-1,2).全身所見としては,身長149cm,体重68kg(bodymassindex:BMIは30.63),染色体検査で15番染色体長腕q11-q13の欠失を認めた.PWSとして,①筋緊張低下,②性腺発育不全(21歳に生理開始,頻度は1.2回/年),③精神発達遅滞,④肥満,⑤2型DM(HbA1C7.3%,腎症I期,食事療法困難)という特徴が認められた.臨床経過:糖尿病網膜症の進行に著明な左右差があるために,頸部エコー検査を行ったが,異常所見は認めなかった.内科で血糖コントロールを行いながら,ただちに左眼に汎網膜光凝固術を開始した.光凝固術中に厚い増殖膜と硝子体出血を生じたため2010年4月,全身麻酔下に左眼の水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術+硝子体手術を施行した.術後施行したフルオレセイン蛍光造影検査(FA)で右眼の無灌流領域が広範になり,乳頭新生血管が出現してPDRへ進行していたため(図1:B-1,2),2010年11月から右眼にも汎網膜光凝固術を施行した.2011年12月には右眼にも硝子体出血を生じたため,2012年3月に全身麻酔下で右図1症例1A-1:初診時眼底所見.右眼)網膜点状出血が散在左眼)アーケード血管に沿った新生血管.A-2:初診時フルオレセイン蛍光造影検査(FA)所見.右眼)無灌流領域をわずかに認める.左眼)広範な無灌流領域,乳頭上新生血管.B-1:左眼術後眼底所見.右眼)乳頭上新生血管が出現.左眼)新生血管は消失.B-2:左眼術後FA所見.右眼)乳頭上新生血管が出現.左眼)新生血管は消失.C-1:最終受診時眼底所見.両眼)漏出を伴う新生血管は消失.C-2:最終受診時FA所見.両眼)漏出を伴う新生血管は消失.A-1A-2B-1B-2C-1C-2 288あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015(116)眼の水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術+硝子体手術を施行した.術中・術後の合併症もみられず,経過は良好であったがDMについての治療のコンプライアンスは不良であった.HbA1Cは7.8%で経過し,眼底は安定して増殖停止網膜症となった.2013年5月最終受診時の矯正視力は右眼(0.04),左眼(0.06)である(図1:C-1,2).〔症例2〕40歳,男性.主訴:右眼視力低下.現病歴:仮死産で出生.精神発達遅滞を認めていたが,5歳時に停留精巣精査加療目的で入院した際に,PWSと診断された.26歳でDMを指摘されるも治療の中断が多く,入退院を繰り返し,HbA1Cは12.14%で経過していた.2年前の近医眼科の初診時には糖尿病網膜症を認めなかったが,眼科通院を2年間中断した.1カ月前から右眼視力低下を自覚したために近医を受診し,右眼の硝子体出血と両眼のPDRを認め,2009年9月当科を紹介受診した.既往歴:DM,高脂血症があった.初診時所見:視力はVD=0.02(0.02×sph+3.0D),VS=0.4(0.8×sph.0.75D(cyl.2.0DAx75°).眼圧は右眼10mmHg,左眼12mmHg.眼底は右眼には硝子体出血と増殖膜を認めPDR,左眼は網膜しみ状出血が散在しており,FAで広範な無灌流領域を認めたため(図2:D-1,2),前増殖糖尿病網膜症と診断した.全身所見としては,身長153cm,体重92kg(BMI:39.8)で,アーモンド様眼裂の顔貌があった.染色体検査で15番染色体長腕(q11-q13)の欠失を認めた.PWSとして,①精腺機能低下,②精神発達遅滞,③肥満,④2型DM(HbA1C:11.8%,腎症IIIb期,食事療法困難)の特徴がそれぞれ認められた.臨床経過:右眼の硝子体手術を行うために,まず内科にて血糖コントロールを行い,同時に左眼の汎網膜光凝固術を開始した.2009年11月,局所麻酔下で右眼の水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術+硝子体手術を施行.左眼の光凝固は十分に入り,右眼の光凝固は術中・術後合わせて合計2,156発施行した(図2:E-1,2).ところが2010年6月,右眼に血管新生緑内障を発症し,右眼の眼圧は40mmHgに上昇した.ただちに光凝固を追加して経過を観察したところ,眼圧は点眼や内服なしで15mmHgに下降し安定した.2010年10月,左眼に硝子体出血を生じたため,同年12月局所麻酔下で左眼の水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術+硝子体手術を施行.以後,インスリン療法を行って血糖コントロールは良好となり,HbA1Cは5.6%で安定した.2013年5月最終診察時,矯正視力は右眼(0.3),左眼(0.2)で眼底は安定している.II考察従来,PWSの生命予後は悪く,肥満によるDM,心不全,無呼吸などのために25.30歳を超えて生存することはまれであった2).ところが近年,診断技術の向上と内科治療の進歩により,従来よりも寿命が長くなり10),糖尿病の罹患期間が延びた結果,PDRを合併する症例の割合が高くなることが予測される.PWSに特徴的な過食が誘因となった2型DMの合併頻度図2症例2D-1:初診時眼底所見.右眼)硝子体出血と増殖膜が一部みられた.左眼)網膜のしみ状出血が散在.D-2:初診時FA所見.右眼)硝子体出血と新生血管を認める.左眼)広範な無灌流領域を認める.E-1:右眼術後眼底所見.右眼)硝子体出血は残存していた.E-2:右眼術後FA所見.両眼)無灌流領域が残存しており,両眼に光凝固を追加した.D1D2E2E1(116)眼の水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術+硝子体手術を施行した.術中・術後の合併症もみられず,経過は良好であったがDMについての治療のコンプライアンスは不良であった.HbA1Cは7.8%で経過し,眼底は安定して増殖停止網膜症となった.2013年5月最終受診時の矯正視力は右眼(0.04),左眼(0.06)である(図1:C-1,2).〔症例2〕40歳,男性.主訴:右眼視力低下.現病歴:仮死産で出生.精神発達遅滞を認めていたが,5歳時に停留精巣精査加療目的で入院した際に,PWSと診断された.26歳でDMを指摘されるも治療の中断が多く,入退院を繰り返し,HbA1Cは12.14%で経過していた.2年前の近医眼科の初診時には糖尿病網膜症を認めなかったが,眼科通院を2年間中断した.1カ月前から右眼視力低下を自覚したために近医を受診し,右眼の硝子体出血と両眼のPDRを認め,2009年9月当科を紹介受診した.既往歴:DM,高脂血症があった.初診時所見:視力はVD=0.02(0.02×sph+3.0D),VS=0.4(0.8×sph.0.75D(cyl.2.0DAx75°).眼圧は右眼10mmHg,左眼12mmHg.眼底は右眼には硝子体出血と増殖膜を認めPDR,左眼は網膜しみ状出血が散在しており,FAで広範な無灌流領域を認めたため(図2:D-1,2),前増殖糖尿病網膜症と診断した.全身所見としては,身長153cm,体重92kg(BMI:39.8)で,アーモンド様眼裂の顔貌があった.染色体検査で15番染色体長腕(q11-q13)の欠失を認めた.PWSとして,①精腺機能低下,②精神発達遅滞,③肥満,④2型DM(HbA1C:11.8%,腎症IIIb期,食事療法困難)の特徴がそれぞれ認められた.臨床経過:右眼の硝子体手術を行うために,まず内科にて血糖コントロールを行い,同時に左眼の汎網膜光凝固術を開始した.2009年11月,局所麻酔下で右眼の水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術+硝子体手術を施行.左眼の光凝固は十分に入り,右眼の光凝固は術中・術後合わせて合計2,156発施行した(図2:E-1,2).ところが2010年6月,右眼に血管新生緑内障を発症し,右眼の眼圧は40mmHgに上昇した.ただちに光凝固を追加して経過を観察したところ,眼圧は点眼や内服なしで15mmHgに下降し安定した.2010年10月,左眼に硝子体出血を生じたため,同年12月局所麻酔下で左眼の水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術+硝子体手術を施行.以後,インスリン療法を行って血糖コントロールは良好となり,HbA1Cは5.6%で安定した.2013年5月最終診察時,矯正視力は右眼(0.3),左眼(0.2)で眼底は安定している.II考察従来,PWSの生命予後は悪く,肥満によるDM,心不全,無呼吸などのために25.30歳を超えて生存することはまれであった2).ところが近年,診断技術の向上と内科治療の進歩により,従来よりも寿命が長くなり10),糖尿病の罹患期間が延びた結果,PDRを合併する症例の割合が高くなることが予測される.PWSに特徴的な過食が誘因となった2型DMの合併頻度図2症例2D-1:初診時眼底所見.右眼)硝子体出血と増殖膜が一部みられた.左眼)網膜のしみ状出血が散在.D-2:初診時FA所見.右眼)硝子体出血と新生血管を認める.左眼)広範な無灌流領域を認める.E-1:右眼術後眼底所見.右眼)硝子体出血は残存していた.E-2:右眼術後FA所見.両眼)無灌流領域が残存しており,両眼に光凝固を追加した.D1D2E2E1 は7.75%と報告によって差がみられる1,11).その理由の一つはPWSに特徴的な過食にあると考えられている.また,PWS患者では精神発達遅滞や行動異常により,食事,運動,投薬という糖尿病血糖コントロールすべての治療法に対してのコンプライアンス不良から血糖コントロールは不良となる1,10).このような全身的な条件に加えて本人が視覚障害の症状を訴えることが少ないこと,眼科検査や治療に協力を得にくいことから,糖尿病網膜症の発見は必然的に遅れることになる.その結果,若年であってもPDRにまで進行していることがある6.9,12).今回筆者らが報告した症例においても,症例1は29歳で初めて糖尿病と診断を受け,そのときすでに左眼はPDRとなっていた.症例2も26歳で初めてDMを指摘されたが治療を中断することが多く,眼科通院も2年間完全に途絶えたため,初診時には両眼ともに網膜症を認めなかったが,再診時の右眼はPDRとなっていた.眼科治療においては,精神発達遅滞と高度の肥満のために長時間の仰臥位が困難で局所麻酔下の硝子体手術や術後の腹臥位安静,通常の方法での光凝固が困難であったという報告がある12).全身麻酔においても,短頸,小顎症などのため挿管困難や呼吸器合併症を引き起こすリスクが高い13,14).PDRに進展し,手術治療が必要となった場合,全身麻酔は身体への負担が大きくリスクが高いため,局所麻酔による治療の可能性も検討したうえで,内科や麻酔科との緊密な連携をとって手術に臨む必要がある.症例1は,検査や治療には協力的であったため,光凝固治療は外来通院中に局所点眼麻酔のみで通常どおり施行できたが,硝子体手術に要する約1時間を仰臥位安静にすることは困難であると判断した.そのため2度にわたる硝子体手術はいずれも全身麻酔にて施行した.症例2は,診察や光凝固の際に十分な協力が得られたために,硝子体手術も局所麻酔で可能と判断し,早期に硝子体手術を行うことができた.また,両症例ともに若年であったが,完全な硝子体郭清のために両眼の水晶体摘出を併用した.最終受診時の矯正視力は,症例1は右眼(0.04),左眼(0.06),症例2は右眼(0.3),左眼(0.2)であった.両者の視力予後の差は,2症例ともに網膜症の進行はそれほど大きな差がなかったことから,手術が施行できた時期が症例1では遅くなってしまったことと関連があると思われた.最終的な予後改善のためには適切な時期での手術加療が大きく影響する場合がある.症例1では糖尿病自体の発見も遅く,全身麻酔が必要であったことなど,症例2と比較して精神面で不安定であったため,速やかな加療を行いにくかった点があった.硝子体手術を要するような進行したPDRがある場合,全身麻酔を要する症例であればなおさら,担当科と連携をとって早期に手術可否の判断を行い,治療にあたる必要があると思われた.今回筆者らは両眼の硝子体手術を要するPDRを発症した(117)PWSの2例を報告した.治療によって2例とも失明を免れることはできたが,PWSは生存期間が延長してきており,PDR,ひいては失明のリスクが高まると思われる.そのため眼症状の有無にかかわらず早期から眼科を受診してもらうなどの啓発と網膜症の早期発見・早期治療に努めるべきである.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)永井敏郎:Prader-Willi症候群の自然歴.日小児会誌103:2-5,19992)山崎健太郎,新川詔夫:Prader-Willi症候群(PWS).日本臨床別冊領域別症候群シリーズ36骨格筋症候群(下巻).日本臨床社,p481-483,20013)HeredRW,RogersS,BiglanAW:OphthalmologicfeaturesofPrader-Willlisyndrome.JPediatrOphthalmolStrabismus25:145-150,19884)WangX,NoroseK,SegawaK:OcularfindinginapatientwithPrader-Willisyndrome.JpnJOphthalmol39:284289,19955)BassaliR,HoffmanWH,Tuck-MullerCMetal:Hyperlipidemia,insulin-dependentdiabetesmellitus,andrapidlyprogressivediabeticretinopathyandnephropathyinPrader-Willisyndromewithdel(15)(q11-q13).AmJGenet71:267-270,19976)渡部恵,山本香織,堀貞夫ほか:硝子体手術を施行したPrader-Willi症候群の1例.日眼会誌110:473-476,20067)板垣加奈子,斉藤昌晃,飯田知弘ほか:増殖糖尿病網膜症に至ったPrader-Willi症候群の2例.あたらしい眼科25:409-412,20088)坂本真季,坂本英久,石橋達朗ほか:糖尿病網膜症に対して観血的治療を施行したPrader-Willi症候群の1例.臨眼62:597-602,20089)堀秀行,佐藤幸裕,中島基弘:両眼局所麻酔で増殖糖尿病網膜症に対する早期硝子体手術が施行できたPrader-Willi症候群の1例.日眼会誌116:114-118,201210)堀川玲子,田中敏章:Prader-Williと糖尿病.内分泌糖尿病15:528-536,200211)児玉浩子,志賀勝秋:二次性糖尿病.小児内科34:15911595,200212)中泉敦子,清水一弘,池田恒彦ほか:Prader-Willi症候群による糖尿病網膜症に対して双眼倒像鏡用網膜光凝固術を施行した1例.眼紀58:544-548,200713)川人伸次,北畑洋,神山有史:術中気管支痙攣を起こしたPrader-Willi症候群患者の麻酔管理.麻酔44:16751679,199514)高橋晋一郎,中根正樹,村川雅洋:Prader-Willi症候群患者の麻酔経験─拘束性換気障害を呈した成人例─.日臨麻会誌22:300-302,2002あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015289

増殖糖尿病網膜症硝子体手術既往眼の血管新生緑内障に対するチューブシャント術の成績

2013年10月31日 木曜日

《第18回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科30(10):1441.1444,2013c増殖糖尿病網膜症硝子体手術既往眼の血管新生緑内障に対するチューブシャント術の成績植木麻理小嶌祥太杉山哲也鈴木浩之佐藤孝樹石崎英介池田恒彦大阪医科大学眼科学教室AhmedTMGlaucomaValveImplantationforNeovascularGlaucomaafterVitrectomyforProliferativeDiabeticRetinopathyMariUeki,ShotaKojima,TetsuyaSugiyama,HiroyukiSuzuki,TakakiSato,EisukeIshizakiandTsunehikoIkedaDepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege目的:増殖糖尿病網膜症(PDR)硝子体手術(PPV)既往眼の血管新生緑内障(NVG)に対するAhmedTMglaucomavalve(PC-7)による経毛様体扁平部挿入型チューブシャント手術(シャント手術)の成績を報告する.対象および方法:大阪医科大学においてシャント手術を施行し6カ月以上経過観察できた6例6眼の視力・眼圧変化を検討する.結果:術前平均眼圧は37.0mmHgであったが,術後6カ月まで全例が21mmHg以下となり全期間において有意な眼圧下降が得られていた.2段階以上の視力低下があった2眼はシャント手術後に再増殖によりシリコーンオイル注入併用の硝子体手術が行われていた.結論:PC-7によるシャント手術はPDRに対するPPV後NVGの眼圧下降に少なくとも6カ月後までは有効である.Purpose:ToreportoutcomesofparsplanaAhmedTMvalve(PC-7)implantationforthemanagementofneo-vascularglaucoma(NVG)associatedwithproliferativediabeticretinopathy(PDR)aftervitrectomy.Methods:Theauthorsretrospectivelyreviewedtherecordsof6consecutiveNVGpatients(6eyes)withPDRaftervitrectomy,whounderwentPC-7implantationandwereobservedformorethan6months.Intraocularpressure(IOP)andvisualacuitywereevaluatedduringthefollow-upperiod.Results:MeanpreoperativeIOPwas37.0mmHgandIOPsigni.cantlyreducedtolessthan21mmHginallpatientsduringthepostoperative6months.Visualacuitydecreasedby2stepsin2caseswhounderwentvitrectomywithsiliconeoilinjectionduetore-proliferativemem-brane.Conclusions:PC-7implantationwase.ectiveforIOPreductioninpatientswithNVGassociatedwithPDRaftervitrectomy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(10):1441.1444,2013〕Keywords:増殖糖尿病網膜症,硝子体術後,血管新生緑内障,経毛様体扁平部チューブシャント手術.prolifera-tivediabeticretinopathy,aftervitrectomy,neovascularglaucoma,parsplanaAhmedTMvalveimplantation.はじめに血管新生緑内障(NVG)は,増殖糖尿病網膜症(PDR)に対する硝子体手術(PPV)後,3.10%に発症するとされており1.3),他の緑内障病型と比較して難治性で線維柱帯切除術(LET)による眼圧コントロ.ルも他の病型より困難である.LETに代表される濾過手術は房水を非生理的流出経路で結膜下に導く術式であり,結膜瘢痕化が著しい症例では不成功となることも多く,PPV後眼はLET成功の危険因子である4,5).一方,チューブシャント手術は人工物の眼内挿入によって房水流出促進経路を確保し眼圧下降を図る手術で,結膜の瘢痕化が著しい症例においても濾過効果が期待される.わが国においてもBaerveldtRGlaucomaImplantによるチューブシャント手術が平成24年4月に認可された.筆者らは通常のLETが困難と思われる症例に対して,大阪医科大学倫理委員会の承認を得て,平成21年より〔別刷請求先〕植木麻理:〒569-8686高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:MariUeki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-cho,Takatsuki,Osaka569-8686,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(97)1441AhmedTMglaucomavalveによるチューブシャント手術を行っており,無硝子体眼に対しては経毛様体扁平部挿入型AhmedTMglaucomavalve(PC-7)を挿入している.今回,PDRに対するPPV既往眼のNVGにおけるPC-7によるチューブシャント術の手術成績を報告する.I対象および方法平成22年1月から平成24年3月に大阪医科大学眼科においてPDRに対するPPV後のNVGに対し,経毛様体扁平部挿入型AhmedTMglaucomavalve(PC-7)によるチューブシャント術(以下,経毛様体チューブシャント術)を施行し,6カ月以上経過観察できた6例6眼を対象とした.男性4例4眼,女性2例2眼,年齢38.78(54.3±15.4)歳,経過観察期間7.33(23.0±9.1)カ月であった.術前,術後の視力,眼圧,抗緑内障薬スコアについてレトロスペクティブに検討した.統計学的検討にはWilcoxonの符号付順位検定を用いた.抗緑内障薬スコアは点眼1剤を1ポイント,内服は2ポイント,配合剤は2ポイントとした.PC-7による経毛様体チューブシャント術の基本術式は球後麻酔,fornixbaseにて結膜切開.6×6mm強膜半層弁作製.25ゲージ(G)のinfusion設置.直筋の間,輪部より8.10mmにてPC-7を赤道部強膜に縫着.毛様体クリップの位置を調整し,implanttubeを角膜輪部より2mm角膜側にて切短.輪部より3.5mmに23G針にて強膜穿刺し,implanttubeを挿入.強膜床に毛様体clipを10-0ナイロン糸にて固定.自己強膜弁にて毛様体クリップを覆い,10-0ナイロン糸にて6針縫合.結膜を8-0バイクリル糸にて端々縫合.PC-7はvalveを有するためチューブの結紮やripcord,ventingslitの作製などは行わなかった.本体挿入は症例1では耳下側,症例2.6では耳上側に行った.症例の背景については表1に示す.症例4,5は繰り返す硝子体出血を合併しており,経毛様体チューブシャント手術時にPPVにて硝子体出血の除去,強膜創新生血管を認めたため切除,焼灼を行った.症例3は有水晶体眼で白内障手術も同時に施行となった.症例1,4,5ではLETや濾過胞再建術が複数回施行されていた.II結果術前平均眼圧は37.0mmHgであったが,術1週間後は9.3mmHg,1カ月後16.3mmHg,3カ月後11.8mmHg,6カ月後14.0mmHg,および最終受診時までの全期間において有意な眼圧下降が得られていた(図1).個々の症例では6眼中2眼に一過性眼圧上昇を認めたが,2眼とも内服・点眼の追加,インプラント挿入と,対側を強膜をゆっくりと圧迫する濾過手術後の眼球マッサージと同様に眼球マッサージを行うことによりコントロール可能であり,マッサージの継続により術後6カ月では点眼のみで21mmHgとなった.他の4眼は投薬なしでのコントロールが可能であった(図2).視力については6眼中4眼で不変であったが症例4,5の2症例では2段階以上の低下があり,症例4では術後6カ月の時点で脳梗塞のため光覚なしとなっていた(図3).この2眼は経毛様体チューブシャント手術施行後に硝子体出血を繰り返し,術後2カ月でシリコーンオイル注入術が必要となった.その際,シリコーンオイルのチューブを介した脱出を危惧し,硝子体挿入していたチューブを前房内に再挿入したがその後も眼圧は安定していた.角膜内皮細胞密度は術前1,733.8±680.9/mm2が術6カ月後で1,678.4±742.4/mm2であり,減少率は5.1%.統計学的に有意な変化はなかった(図4).6例中5例が術前に炭酸脱水酵素阻害薬を内服しており,表1症例の背景初診時の眼底所見内眼手術既往年齢(歳)性別術前矯正視力術前眼圧(mmHg)PASindex(%)投薬スコア症例1PDR+NVGPPV+PEA+IOL+LETLET1回,濾過胞再建術2回77女性0.1281005症例2VH+DME+NVGPPV+PEA+IOL78男性0.0142705症例3EMTRD+VHPPV38女性0.229305症例4MTRD+VHPEA+IOL+PPVLET1回,濾過胞再建術41男性指数弁411005症例5MTRD+VH+NVGPEA+IOL+PPVPPV,LET2回43男性手動弁421005症例6EMTRDPEA+IOL+PPV49男性0.0123305投薬スコア:点眼1剤1点(合剤は2点),内服2点とした.PDR:増殖糖尿病網膜症,NVG:血管新生緑内障,VH:硝子体出血,EMTRD:黄斑外牽引網膜.離,MTRD:黄斑牽引網膜.離.PEA+IOL:水晶体再建術(眼内レンズ挿入を含む),LET:線維柱帯切除術,PPV:硝子体手術,DME:糖尿病黄斑浮腫,PEA:水晶体乳化吸引術,IOL:眼内レンズ.1442あたらしい眼科Vol.30,No.10,2013(98)1.00.1眼圧(mmHg)視力0.01術前術後術後術後術後null1週1カ月3カ月6カ月術前術後術後術後経過期間1カ月3カ月6カ月経過期間図1平均眼圧の推移n=6(平均±SD).*:p<0.05(Wilcoxonの符号付順位検定).図3視力変化指数弁手動弁光覚弁503,0002,5002,000角膜内皮細胞密度(cells/mm2)0術前術後眼圧(mmHg)4030201,5001,000500術前術後術後術後術後6カ月1週1カ月経過期間3カ月6カ月図4角膜内皮細胞密度の変化n=6(平均±SD).図2症例ごとの眼圧推移(Wilcoxonの符号付順位検定).投薬スコアは術前3.2±1.8であったが,術後6眼中4眼は点眼なしで21mmHg以下に眼圧コントロールが可能であり,術6カ月後では投薬スコアが0.8±1.3となった.III考按今回の術後2眼において術1カ月後に点眼,内服にてもコントロール困難な眼圧上昇があったが,眼球マッサージを行うことで一時的な眼圧下降が得られ,術3カ月後には2眼とも点眼のみで21mmHg以下の眼圧となっていた.チューブシャント手術ではhypertensivephaseというチューブシャント手術後数週間.数カ月の早期に起こってくる眼圧上昇が約半数に認められるといわれている.機序として本体周囲の組織が術後炎症,浮腫の軽減により密度が高くなることで房水の流出抵抗が高くなり眼圧が上昇するとされている7,8).術後1カ月くらいで発症してくることが多く,無治療時には30.50mmHgの高眼圧となる.どのタイプのインプラントでも報告があるが特にAhmedTMglaucomavalveで多いと(99)いわれており,発症率は56.82%とされている6.9).炎症やうっ血の軽減で下降することがあるが,hypertensivephase自体が手術不成功のリスクファクターでもある.この時期には積極的に眼球マッサージを行うことで術後の点眼を減らすことができるとの報告もある9)が,今回の2症例では術後1カ月時では点眼,内服にても眼圧コントロール不良であった.しかし,眼球マッサージを行うことで3カ月後には内服を中止しても眼圧がコントロール可能となっており,hyper-tensivephaseでの眼球マッサージが眼圧維持に有効であることを示唆するものであった.チューブシャント手術はLETとの多施設比較試験において眼圧下降率では差がないものの合併症が少なく,点眼や内服を併用した症例も含めれば成功率が高いと報告された10).前房内に挿入するインプラントでは浅前房,角膜内皮損傷,虹彩癒着などの合併症があるが,今回,使用した経毛様体扁平部挿入型インプラントはこれらの合併症を避けるように開発されたものである.NVGは緑内障のなかでも眼圧コントあたらしい眼科Vol.30,No.10,20131443ロールが困難な病型とされており,従来のLETの眼圧コントロール率はおおよそ60%程度とされている4,5).それに比較して経毛様体チューブシャント手術のNVGに対する手術成績は1年後の眼圧コントロール率は90%近い良好な成績が報告されている11.13).今回の症例でも6カ月間という短期間ではあるが全例において眼圧が21mmHg以下にコントロールされており,角膜内皮細胞数の減少率は5.1%.統計学的に有意な変化はなく,チューブによる重篤な合併症は認めなかった.毛様体チューブシャント手術の長期報告は現時点ではまだ少なく,今後もさらに長期にわたる経過観察が必要と思われるが,PDRに対するPPV後のNVGに対し有用な術式になりうると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)HelbigH,KellnerU,BornfeldNetal:Rubeosisiridisaftervitrectomyfordiabeticretinopathy.GraefesArchClinExpOphthalmol236:730-733,19982)植木麻理:続発緑内障に対する手術治療─血管新生緑内障を中心に─.眼紀54:849-853,20033)光藤春佳,杉本琢二,辻川明孝ほか:虹彩隅角新生血管を伴う増殖糖尿病網膜症に対する硝子体術後の長期経過.眼紀50:637-640,19994)KiuchiY,SugimotoR,NakaeKetal:TrabeculectomywithmitomycinCfortreatmentofneovascularglaucomaindiabeticpatients.Ophthalmologica220:383-388,20065)TakiharaY,InataniM,FukushimaMetal:Trabeculecto-mywithmitomycinCforneovascularglaucoma:prog-nosticfactorsforsurgicalfailure.AmJOphthalmol147:912-918,20096)AyyalaRS,ZurakowskiD,SmithJAetal:AclinicalstudyoftheAhmedglaucomavalveimplantinadvancedglaucoma.Ophthalmology105:1968-1976,19987)AyyalaRS,ZurakowskiD,MonshizadehRetal:Compar-isonofdouble-plateMoltenoandAhmedglaucomavalveinpatientswithadvanceduncontrolledglaucoma.Oph-thalmicSurgLasers33:94-101,20028)Nouri-MahdaviK,CaprioliJ:Evaluationofthehyperten-sivephaseafterinsertionoftheAhmedGlaucomaValve.AmJOphthalmol136:1001-1008,20039)McllraithI,BuysY,CampbellRJetal:OcularmassageforintraocularpressurecontrolafterAhmedvalveinser-tion.CanJOphthalmol43:48-52,200810)GeddeSJ,Schi.manJC,FeuerWJetal:TubeVersusTrabeculectomyStudyGroup:Three-yearfollow-upofthetubeversustrabeculectomystudy.AmJOphthalmol148:670-684,200911)FaghihiH,HajizadahF,MohammadiSFetal:ParsplanaAhmedvalveimplantandvitrectomyinthemanagementofneovascularglaucoma.OphthalmicSurgLasersImaging38:292-300,200712)足立初冬,高橋宏和,庄司拓平ほか:経毛様体扁平部挿入型インプラントで治療した難治緑内障.日眼会誌112:511-518,200813)ParkUC,ParkKH,KimDMetal:Ahmedglaucomavalveimplantationforneovascularglaucomaaftervitrec-tomyforproliferativediabeticretinopathy.JGlaucoma20:433-438,2011***1444あたらしい眼科Vol.30,No.10,2013(100)

増殖糖尿病網膜症患者の受診背景と治療経過の関連

2013年9月30日 月曜日

《原著》あたらしい眼科30(9):1330.1334,2013c増殖糖尿病網膜症患者の受診背景と治療経過の関連楠元美華平田憲沖波聡佐賀大学医学部眼科学講座ProliferativeDiabeticRetinopathy:RelationshipbetweenPatientClinicalBackgroundandClinicalCourseMikaKusumoto,AkiraHirataandSatoshiOkinamiDepartmentofOphthalmology,SagaUniversityFacultyofMedicine目的:定期的眼科受診の有無による糖尿病網膜症の臨床像,治療経過への影響を検討した.対象および方法:2009年1月から2011年12月までに増殖糖尿病網膜症に対し,佐賀大学医学部附属病院眼科で加療を行った175例を,受診までの眼科受診の有無をもとに,定期受診群,未受診群,受診中断群に分類し,臨床像および治療後経過を後ろ向きに検討した.結果:眼科定期受診群,未受診群,受診中断群はそれぞれ49,18,33%であった.患者年齢は未受診群および受診中断群で有意に低かった.ヘモグロビン(Hb)A1C値は未受診群が定期受診群に比して有意に高値であった.未受診群および受診中断群では牽引性網膜.離の割合が有意に高く,手術時間が有意に長かった.術後視力は3群間で差を認めなかった.結論:定期的な眼科受診は網膜症の進行,HbA1C値,牽引性網膜.離の頻度,手術時間に影響した.治療後視力には差を認めなかった.Toevaluatetheeffectofregularproliferativediabeticretinopathy(PDR)checkupsonclinicalfeaturesandvisualprognosis,175patientswhohadreceivedtreatmentforPDRatSagaUniversityHospitalfromJanuary2009toDecember2011wereretrospectivelyclassified,basedontheregularophthalmiccheckup,intocompliant,never-examinedornon-compliantgroups;theirclinicalfeaturesandvisualprognosiswerethencompared.Astopatientgrouping,49%belongedtothecompliantgroup,18%tothenever-examinedgroupand33%tothenon-compliantgroup.Patientmeanagewassignificantlyyoungerinthelattertwogroups,whichalsoshowedsignificantlyhighhemoglobinA1c(HbA1c)level,highincidenceoftractionalretinaldetachment(TRD)andprolongedoperationtime.ComplianceinregularPDRcheckupsaffectsPDRprogress,controlofbloodglucose,incidenceofTRDandoperationtime.Visualprognosisdidnotchangeamongthegroups.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(9):1330.1334,2013〕Keywords:増殖糖尿病網膜症,硝子体切除,HbA1c,牽引性網膜.離.proliferativediabeticretinopathy,vitrectomy,HbA1c,tractionalretinaldetachment.はじめに糖尿病網膜症は現在でも眼科領域における重要な疾患の一つである.2006年の厚生労働省研究班の統計によれば,糖尿病網膜症は緑内障に続き中途失明原因の第2位に位置し,重大な社会的問題であることに変わりはない1).増殖糖尿病網膜症(PDR)は牽引性網膜.離,硝子体出血,血管新生緑内障など,治療が不十分であると短期間に不可逆的な視力障害をきたす病態であり,早期の眼科受診が重要であることは言うまでもない.また,糖尿病網膜症の進行を予防するうえで,的確な血糖コントロールに加え,網膜光凝固をはじめとする早期の眼科的治療介入が重要である2).一方,大学病院を受診する患者の多くは早期の治療介入の時期を逸した活動性の高いPDR症例が数多くみられる.糖尿病網膜症患者の早期眼科受診を促すうえで,眼科受診時の糖尿病の管理状況や大学病院受診までの眼科受診状況を把握することは,糖尿病網膜症の診療,特に病診連携を考えるうえで重要である.今回,筆者らは,佐賀大学医学部附属病院眼科(以下,当科)を受診したPDR患者において,大学病院受診までの眼〔別刷請求先〕平田憲:〒849-8501佐賀市鍋島5丁目1-1佐賀大学医学部眼科学講座Reprintrequests:AkiraHirata,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SagaUniversityFacultyofMedicine,5-1-1Nabeshima,Saga849-8501,JAPAN133013301330あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(130)(00)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY 科および内科における受診状況と,受診状況別にみた治療予後との関連について検討した.I対象および方法2009年1月から2011年12月の間に当科を受診したPDR患者のうち,加療を行った全症例175例(男性115例,女性60例),平均年齢60.9±12.9歳を対象とし,後ろ向きに調査した.片眼のみが治療対象であればその眼について,両眼ともに治療対象であった場合,最初に加療した眼を対象眼とした.診療録の記載から当科受診までに複数回の定期的な眼科受診歴がある患者を定期受診群,当科受診直前の近医受診以外に一度も眼科受診歴のない患者を未受診群,過去に1年以上の受診中断歴のある患者を受診中断群と分類した.検討項目として,1.当科受診までの眼科受診状況と内科受診状況との関連,2.眼科受診状況の地域差,3.眼科受診状況ごとの臨床所見,4.眼科受診状況ごとの治療内容の差,5.眼科受診状況ごとの初診時と最終受診時の視力を調査した.当科受診時の臨床所見の比較項目として平均年齢,ヘモグロビン(Hb)A1C値(JapanDiabetesSociety:JDS値)眼底所見(黄斑浮腫,硝子体出血,牽引性網膜.離,血管新(,)生緑内障の有無)を用いた.治療内容の比較項目は汎網膜光凝固術単独療法,硝子体切除術,線維柱帯切除術,ベバシズマブの硝子体腔内注射,トリアムシノロンのTenon.下注射の施行割合を用い,さらに硝子体手術については硝子体手術時間も調査した.統計学的検定は,眼科受診状況別の内科受診状況,各臨床像の割合および治療内容はchi-squaretestを,佐賀県内各地域の眼科受診状況はFisher’sexacttestを,平均年齢,HbA1C値および硝子体手術時間はANOVA(analysisofvariance)を,術前後の視力変化はMann-Whitneytestを,群間の視力の比較はKruskal-Wallistestを用いて検定した.有意差の基準はp値0.05未満を採用した.II結果1.当科受診までの眼科受診状況と内科受診状況との関連当科受診に至るまでの眼科および内科受診状況を表1に示す.全症例175例のうち当科受診までに他院で眼科診察を定期的に受けていた定期受診群は85例(49%),一度も眼科受診歴がない未受診群が32例(18%),当科受診までに1年以上の眼科受診中断歴がある受診中断群が57例(33%)であった.一方,内科受診状況は,当科受診までに定期的な内科受診歴がある患者が144例(82%),一度も内科受診歴がない患者が13例(8%),一度は内科受診歴があるものの1年以上の受診中断歴がある患者が18例(10%)であった.内科受診状況を眼科の受診歴の違いにより調査すると,眼(131)表1佐賀大学医学部附属病院受診患者の眼科および内科の受診状況の内訳定期受診群未受診群受診中断群p値症例数853258性別(M/F)患眼(R/L)内科受診状況(%)定期受診未受診受診中断56/2943/4282(96)03(4)23/915/1718(56)11(34)3(10)26/2223/3544(76)2(3)12(21)0.22†0.44†<0.0001‡†Fisher’sexacttest,‡chi-squaretest.EBCDAFG定期受診群の割合(%)A:唐津地区14/22(64%)B:佐賀市地区29/56(52%)C:鳥栖・三養基・神埼地区3/7(43%)*D:伊万里・有田地区3/15(20%)*E:小城・多久地区14/31(45%)F:武雄・杵島地区11/19(58%)G:嬉野・鹿島・太良地区13/22(59%)図1患者の居住地区別にみた定期受診群の割合*:定期受診群の最も高い地域(A:唐津地区)に比べ定期受診群の割合が有意に低かった.科定期受診群では内科定期受診が82例(96%),受診中断3例(4%)で,内科定期受診例が大多数であるのに対し,眼科未受診群では内科定期受診18例(56%),未受診11例(34%),受診中断3例(10%)と内科未受診例の割合が高くなり,眼科受診中断群では内科定期受診44例(76%),未受診2例(3%),受診中断12例(21%)と内科受診中断例の割合が高くなった(p<0.0001,chi-squaretest).あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131331 2.眼科受診状況の地域差眼科受診状況の地域差の有無について,佐賀県内の患者の居住地区別にみた眼科受診状況の割合を図1に示す.居住地を図のように7つの地区(唐津地区/佐賀市地区/鳥栖・三養基・神埼地区/伊万里・有田地区/小城・多久地区/武雄・杵島地区/嬉野・鹿島・太良地区)に分類し,各々の地域における未受診群および受診中断群の割合を比較した.図1のごとく,地域により定期受診群の割合は20%から64%と2倍以上の開きを示した.眼科的受診の最も低い地区は上位の地区に比べ有意に低かった.3.眼科受診状況ごとの臨床所見眼科受診状況各群の平均年齢および血糖コントロールの指標であるHbA1Cの平均値を表2に示す.平均年齢は定期受診群が63.8±12.1歳,未受診群が59.2±11.7歳,受診中断群が58.0±13.8歳と未受診群および受診中断群は定期受診群に比べ有意に低かった(p=0.023,ANOVA).各患者のHbA1C値は当科初診時の紹介状に記載されていた他院での採血結果,もしくは当科で初診時に施行した採血結果の値を採用した.定期受診群が7.4±1.8%,未受診群が8.4±2.1%,受診中断群が8.0±2.0%と3群間で有意な差を認め(p=0.020,ANOVA),特に未受診群は定期受診群に比べ有意に高値であった(p<0.05,Turkey’smultiplecomparisontest).眼底に黄斑浮腫,硝子体出血,牽引性網膜.離,血管新生緑内障を認めた症例の割合を眼科受診状況別に評価した(表2).所見が重複する場合はそれぞれ独立して数えた.黄斑浮腫の有無は光干渉断層計(NIDEK社製RS-3000)で中心窩網膜厚を計測し,350μmを超えるものを黄斑浮腫とした.黄斑浮腫を認めた症例は定期受診群が29例(34%),未受診群が12例(38%),受診中断群が17例(29%)であった.牽引性網膜.離を認めた症例は定期受診群が4例(5%),未受診群が4例(13%),受診中断群が11例(19%)であり,未受診群,受診中断群が定期受診群に比べ有意に高い割合を示した(p=0.025,Fisher’sexacttest).同様に硝子体出血を認めた症例は定期受診群が44例(52%),未受診群が18例(56%),受診中断群が28例(48%)であり,血管新生緑内障を認めた症例は定期受診群が6例(7%),未受診群が0例,受診中断群が5例(9%)であった.黄斑浮腫,硝子体出血,血管新生緑内障では定期受診群,未受診群,受診中断群間に有意差を認めなかった(表2).4.眼科受診状況ごとの治療内容の差眼科受診状況別に汎網膜光凝固術,硝子体切除術,線維柱帯切除術,ベバシズマブの硝子体腔内注射またはトリアムシノロンのTenon.下注射を施行した症例を調査した.複数の治療を行った場合,それぞれ独立して数えた.結果を表3に示す.汎網膜光凝固術を施行した症例は定期受診群が781332あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013表2眼科受診状況ごとの臨床所見定期受診群未受診群受診中断群p値年齢(歳)63.8±12.159.2±11.758.0±13.80.023*HbA1C(%)7.4±1.88.4±2.18.0±1.90.020*眼底所見(%)黄斑浮腫29(34)12(38)17(29)0.706‡牽引性網膜.離4(5)4(13)11(19)0.025†硝子体出血44(52)18(56)28(48)0.766‡血管新生緑内障6(7)05(9)0.250†年齢およびHbA1Cは平均±標準偏差で表示した.*ANOVA,‡chi-squaretest,†Fisher’sexacttest.表3眼科受診状況ごとの治療内容の比較定期受診群未受診群受診中断群p値汎網膜光凝固術(%)78(92)32(100)57(98)0.073†硝子体切除術(%)67(79)28(88)43(74)0.398†線維柱帯切除術(%)5(6)1(3)2(3)0.720†IVB,TA-STI(%)12(14)6(19)8(14)0.790‡IVB:ベバシズマブ硝子体内注射,TA-STI:トリアムシノロンアセトニドTenon.下注射.‡chi-squaretest,†Fisher’sexacttest.例(92%),未受診群が32例(100%),受診中断群が57例(98%),硝子体切除術を施行した症例は定期受診群が67例(79%),未受診群が28例(88%),受診中断群が43例(74%),線維柱帯切除術を施行した症例は定期受診群が5例(6%),未受診群が1例(3%),受診中断群が2例(3%),ベバシズマブの硝子体腔内注射またはトリアムシノロンのTenon.下注射を施行した症例は定期受診群が12例(14%),未受診群が6例(19%),受診中断群が8例(14%)であった.未受診群で線維柱帯切除術を施行した1例は原発開放隅角緑内障を合併しており血管新生緑内障には至っていなかった.すべての治療において3群間に差はなかった.硝子体手術を施行した138例中,同一術者で硝子体手術を行った108例において眼科受診状況別に手術時間を比較した.手術時間は診療録の麻酔記録から硝子体切除術のみ(ポート作製から創閉鎖)の時間を用いた.定期受診群(48例)の平均手術時間は38.6±12.0分であるのに対し,未受診群(24例)および受診中断群(36例)では平均手術時間がそれぞれ51.1±18.6分,50.0±22.9分と,3群間で有意な差を認めた(p=0.0035,ANOVA).特に未受診群および受診中断群は定期受診群に比べ有意に長時間であった(いずれもp<0.05,Turkey’smultiplecomparisontest).5.眼科受診状況ごとの初診時と最終受診時の視力治療前後(外来受診時および最終受診時)の視力経過を,全症例,定期受診群,未受診群,受診中断群に分け図2に示した.全症例では治療前相乗平均視力0.11から治療後相乗(132) ab110.010.010.0010.0010.0010.010.110.0010.010.11治療前視力治療前視力cd11治療後視力0.1治療後視力0.1治療後視力0.1治療後視力0.10.010.010.0010.001治療前視力0.010.1図2治療前後の視力変化0.00110.001治療前視力0.010.11当科初診時視力を治療前視力,最終受診時視力を治療後視力としてa:全症例,b:定期受診群,c:未受診群,d:受診中断群ごとに表示した.指数弁/5cm以下の視力を0.001として表示した.平均視力0.39,定期受診群では治療前視力0.09から治療後0.33,未受診群では治療前0.11から治療後0.47,受診中断群では治療前0.13から治療後0.43といずれの群も有意に視力改善を認めた(おのおのp<0.0001,p<0.0001,p<0.0001,p=0.0002,Mann-Whitneytest).3群間で術前,術後視力いずれにおいても差は認めなかった(おのおのp=0.449,p=0.070,Kruskal-Wallistest).III考按当科で加療を行った増殖糖尿病網膜症患者のうち51%は定期的な眼科受診を行っていないという結果であった.植木らは硝子体手術を施行した増殖糖尿病網膜症194例のうち71例(約36.5%)が眼科受診をせずに放置していたと報告しており3),Itoh-Tanimuraらは硝子体手術をした増殖糖尿病網膜症128眼を眼科受診状況別に分類し,未受診群,受診中断群を合わせると79%であったと報告している4).今回の報告では定期的眼科受診が行われていない割合は他施設と同程度であることがわかる.また,今回検討した患者の約35%は定期的に内科を受診しているものの,眼科の受診状況は(133)不良であった.眼科受診状況別に内科受診状況を比較すると,眼科未受診群では内科未受診の割合が高く,眼科受診中断群では内科受診中断の割合が高いという傾向がみられた.内科-眼科間の連携が良好であると考えられる一方,定期的受診の必要性の啓蒙が今後も必要であると考える.佐賀県内の眼科受診状況の地域差について検討を行い眼科的受診の最も低い地区は上位の地区に比べ有意に低いという結果であった.各地域の施設数,眼科医および内科医の数,配置などが影響しているとも考えられるが,県内の医療体制の整備の不均衡の是正が急がれる.過去の結果では増殖糖尿病網膜症を増悪させる因子として糖尿病罹患期間が長期間であること,HbA1Cの高値,高血圧があげられた5.7).またBrownらは,早期の糖尿病診断と,より厳格な血糖管理,血圧管理が糖尿病網膜症の発症を遅らせると報告している8).今回の結果でも定期受診群は患者の平均年齢が高く,HbA1Cの値は低値であった.定期的に眼科を受診している患者はより良好な血糖コントロールを得られており,その結果増殖糖尿病網膜症への進行を遅らせあたらしい眼科Vol.30,No.9,20131333 ることが示唆される.眼底所見では眼科未受診群,受診中断群において牽引性網膜.離の発生率が高かった.血管新生緑内障や比較的急激に視力低下をもたらす硝子体出血・黄斑浮腫の発生率は差がみられなかった.Itoh-Tanimuraらは定期的に眼科受診している増殖糖尿病網膜症患者は黄斑部牽引性網膜.離の発生率が低く,黄斑部牽引性網膜.離を伴わない硝子体出血の発生率が高かったと報告しており4),対象群に黄斑浮腫例が除外されているため筆者らの結果とは厳密な比較はできないが,同様の結果といえよう.今回の検討では眼科受診状況と治療内容に有意な差は認められなかったが,同一術者で行った硝子体手術時間には有意な差を認めた.牽引性網膜.離例や硝子体の付着が強い例など手術手技が煩雑な症例が,未受診群,受診中断群に多いことが示唆される.一方,視力経過は3群間で有意差はみられなかった.術後視力については有意差を認めないものの,定期受診群が他の群に比して悪い傾向がみられた.理由として,定期受診群が他の群に比べやや高齢であることや,いずれの群も黄斑浮腫を主体とする症例が含まれており,治療後に大きな視力改善が得られなかった症例が一定の割合で含まれること,さらには紹介元の病医院から当科に紹介される段階で症例の選別がはかられ,一定の重症度以上の症例が当科に集まっていることが考えられる.硝子体手術が早急に行える施設であるため,術後視力が良好となる症例が多く含まれることも,術後視力に差が生じなかった理由であるとも考えられる.しかしながら,手術時間の差や眼底所見の差が明確であること,さらに今回提示しなかったが,当科受診時にすでに他眼が失明している割合が眼科未受診群で高いことを考えると,眼科定期受診の重要性は今後も周知されるべきである.文献1)厚生労働科学研究費補助金難治性疾患克服研究事業.網脈絡膜・視神経萎縮症に関する研究.平成17年度総括・分担研究報告書,p263-267,20062)池田恒彦:糖尿病網膜症:最近の動向増殖糖尿病網膜症.眼科52:163-171,20103)植木麻理,佐藤文平,大西直武ほか:硝子体手術に至った糖尿病網膜症患者背景の検討.眼紀55:479-482,20044)Itoh-TanimuraM,HirakataA,ItohYetal:Relationshipbetweencompliancewithophthalmicexaminationspreoperativelyandvisualoutcomeaftervitrectomyforproliferativediabeticretinopathy.JpnJOphthalmol56:481-487,20125)HenricssonM,NissonA,GroopLetal:Prevalenceofdiabeticretinopathyinrelationtoageatonsetofthediabetes,treatment,durationandglycemiccontrol.ActaOphthalmolScand74:523-527,19966)Ismail-BeigiF,CravenT,BanerjiMAetal:Effectofintensivetreatmentofhyperglycaemiaonmicrovascularoutcomesintype2diabetes:ananalysisoftheACCORDrandomizedtrial.Lancet376:419-430,20107)KleinR,KnudtsonMD,LeeKEetal:TheWisconsinEpidemiologicStudyofDiabeticRetinopathy:thetwenty-five-yearprogressionofretinopathyinpersonswithtype1diabetes.Ophthalmology115:1859-1868,20088)BrownJB,PedulaKL,SummersKH:Diabeticretinopathy:contemporaryprevalenceinawell-controlledpopulation.DiabetesCare26:2637-2642,2003***1334あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(134)

血管新生緑内障に対する一眼Bevacizumab硝子体内投与の両眼への効果

2010年8月31日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(141)1153《原著》あたらしい眼科27(8):1153.1156,2010cはじめに抗VEGF(血管内皮増殖因子)抗体bevacizumab(AvastinR)は米国において結腸および直腸への転移性腫瘍に対する癌治療薬としてFDA(食品医薬品局)により認可された薬剤である1).眼科領域で2005年にRosenfeldらがbevacizumab硝子体注入によって,加齢黄斑変性や網膜中心静脈閉塞症による黄斑浮腫の治療に有効であることを報告して以来2,3),同様の報告が相ついでおり4,5),近年わが国でも眼内新生血管や網膜浮腫の治療に使用されている4).Bevacizumabの局所投与による重篤な副作用の報告は少ない6)が,女〔別刷請求先〕菅原道孝:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3医療法人社団済安堂井上眼科病院Reprintrequests:MichitakaSugahara,M.D.,InouyeEyeHospital,4-3Kanda-Surugadai,Chiyoda-ku,Tokyo101-0062,JAPAN血管新生緑内障に対する一眼Bevacizumab硝子体内投与の両眼への効果菅原道孝大野尚登森山涼井上賢治若倉雅登井上眼科病院UnexpectedEffectsintheUntreatedFellowEyeFollowingIntravitrealInjectionofBevacizumabasTreatmentforFundusNeovascularizationMichitakaSugahara,HisatoOhno,RyoMoriyama,KenjiInoueandMasatoWakakuraInouyeEyeHospital緒言:血管新生緑内障の患者に抗VEGF(血管内皮増殖因子)抗体bevacizumab(AvastinR)硝子体内投与を施行し,注入眼のみならず,他眼に対しても効果のあった症例を経験した.症例:患者は59歳の男性.2年前近医で増殖糖尿病網膜症にて両眼汎網膜光凝固術を施行された.その後両眼視力低下し当院初診.初診時視力は右眼(0.2),左眼(0.2),眼圧は右眼30mmHg,左眼26mmHg.両眼ともに隅角に新生血管,漿液性網膜.離,視神経乳頭上に増殖膜を認めた.右眼は視神経乳頭上に新生血管を認めた.両眼に網膜光凝固の追加を行うとともに,右眼に対しbevacizumab1.0mg/40μlを右眼に硝子体内投与した.1週後には光干渉断層計で右眼のみならず左眼の漿液性網膜.離も軽快し,蛍光眼底造影でも両眼とも蛍光の漏出が減少した.結論:Bevacizumabは注入眼から,血流を介して血液房水関門破綻を有すると考えられる他眼へも移行し,効果が波及した可能性がある.Background:Toreporttreatmenteffectintheuntreatedfelloweyeafterintravitrealinjectionofbevacizumab(AvastinR)inapatientwithneovascularglaucoma.Case:A59-year-oldmalewhocomplainedofbilateralblurredvisionhadatwoyears-agohistoryoftreatmentforproliferativediabeticretinopathy,withlaserpanretinalphotocoagulationinbotheyes.Hisbest-correctedvisualacuitywas20/100bilaterally.Intraocularpressurevalueswere30mmHgrighteyeand26mmHglefteye.Gonioscopydisclosedneovascularizationattheanteriorchamberangleinbotheyes.Fundusexaminationshowedsignificantserousretinaldetachmentandproliferationofthediscinbotheyesandneovascularizationofthediscinrighteye.Additionallasertreatmentwasgivenandbevacizumab(1.0mg/40μl)wasintravitreallyinjectedintotherighteye.Oneweekafterinjection,opticalcoherencetomographyclearlyshowedimprovementoftheserousretinaldetachmentinboththeinjectedeyeandtheuntreatedfelloweye.Theleakageoffluorescentdyefromtheareaofneovascularizationinthefundusalsodecreasedsubstantiallyinbotheyes.Conclusions:Wespeculatethatthebevacizumabmigratedtotheuntreatedfelloweyeviathesystemiccirculation,followingbreakdownoftheblood-aqueousbarrier.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(8):1153.1156,2010〕Keywords:bevacizumab,僚眼,増殖糖尿病網膜症,網膜血管新生,血管新生緑内障.bevacizumab,felloweye,proliferativediabeticretinopathy,retinalneovascularization,neovascularglaucoma.1154あたらしい眼科Vol.27,No.8,2010(142)性患者における月経異常の報告7)もあり,局所投与ながら全身に対しても少なからず影響を及ぼす可能性がある.今回筆者らは両眼の血管新生緑内障の患者にbevacizumab硝子体内投与を施行し,投与眼のみならず,非投与眼に対してもbevacizumabの作用が認められた症例を経験したので報告する.I症例患者は59歳,男性で,両眼視力低下を主訴に平成19年4月井上眼科病院(以下,当院)を受診した.30年前より糖尿病,高血圧があり,糖尿病網膜症が進行したため,平成17年10月近医にて両眼汎網膜光凝固術を施行した.その後自己判断で通院中断していた.視力が徐々に低下したため精査目的で当院を受診した.家族歴は特記すべきことはなかった.当院初診時所見:視力は右眼0.06(0.2×sph.1.0D(cyl.2.0DAx80°),左眼0.05(0.2×cyl.3.0DAx80°),眼圧は右眼30mmHg,左眼26mmHgであった.虹彩上には新生血管は認めなかったが,両眼隅角に新生血管を認めた.眼底は右眼視神経乳頭上に新生血管・増殖膜を認めた.左眼も図2蛍光眼底造影所見Bevacizumab投与前は右眼(A),左眼(B)ともに後期相で著明な蛍光漏出がみられた.投与後1週間で右眼(C),左眼(D)とも蛍光漏出は後期相でも減少した.投与前投与後1週521μm263μm282μm263μm右眼(投与眼)左眼(非投与眼)投与前投与後1週中心窩網膜厚図1OCT所見投与前は両眼とも漿液性網膜.離を認めたが,投与1週間後両眼とも漿液性網膜.離は改善し,中心窩網膜厚も減少した.(143)あたらしい眼科Vol.27,No.8,20101155視神経乳頭上に増殖膜を認めた.両眼ともに汎網膜光凝固後であったが,全体的に光凝固が不十分であった.光干渉断層計(OCT)で右眼は黄斑下方に漿液性網膜.離を,左眼は黄斑浮腫と漿液性網膜.離を認めた(図1).中心窩網膜厚は右眼521μm,左眼282μmであった.蛍光眼底造影(FA)で,右眼は視神経乳頭からの蛍光漏出を(図2A),左眼は増殖組織,周辺新生血管からの旺盛な蛍光漏出を認めた(図2B).以上の所見から両眼増殖糖尿病網膜症・血管新生緑内障と診断した.経過:両眼に網膜光凝固の追加をし,カルテオロール,ブリンゾラミド,ラタノプロスト点眼を開始し,1週間後の眼圧は両眼16mmHgに下降した.新生血管の範囲が左眼に比べ右眼が広いため,bevacizumab1.0mg/40μlを右眼に硝子体内投与した.投与翌日右眼眼圧は28mmHgと上昇したが,2日目以降は12mmHgと下降し,以後眼圧上昇は認めていない.投与翌日眼底所見に変化はなかったが,投与1週間後には隅角の新生血管が消退し,漿液性網膜.離も軽減しており(図1),中心窩網膜厚は263μmと減少し,FAでも蛍光漏出が改善していることが確認できた(図2C).さらにbevacizumabを投与していない左眼でも隅角新生血管が消退し,漿液性網膜.離が軽減し,中心窩網膜厚は263μmと減少し,蛍光漏出の改善が認められた(図1,2D).経過観察中両眼視力は(0.2)のままで不変である.II考按血管新生緑内障は,眼内虚血を基盤とし,虹彩表面および前房隅角に新生血管が発生する難治性の緑内障である.本症は眼内虚血が生じると血管内皮増殖因子(VEGF)に代表される血管新生因子が産生され,新生血管が惹起される.虹彩,隅角,線維柱帯に生じた新生血管が房水流出路を閉塞するために眼圧上昇をきたし,治療に難渋することが多い.糖尿病網膜症はVEGFなどの作用により血液眼関門の破綻をきたし,破綻の程度は糖尿病の病期に相関があるため,増殖糖尿病網膜症では血液眼関門の破綻が有意に顕著であるとされる8).Bevacizumabは眼科領域では眼内新生血管と黄斑浮腫の治療に使用されている.Bevacizumabを硝子体内に投与する量は癌治療の数百分の一とごく微量であるが,Fungらの合併症の報告によると,局所投与における全身合併症には血圧上昇,深部静脈塞栓,脳梗塞などの合併症もあり,死亡例も報告されている6).Averyらの文献によれば,糖尿病網膜症で網膜もしくは虹彩に新生血管を伴う32例45眼に対しbevacizumab(6.2μg.1.25mg)を硝子体注射したところ,bevacizumab1.25mgを投与した2例で非投与眼の網膜新生血管や虹彩新生血管が減少していた.そのうち1例は2週間で新生血管が再発したが,もう1例では11週間経ても再発を認めていない9).Bakriらはbevacizumab1.25mgを20匹の健常家兎に硝子体注射し,投与眼で硝子体中の半減期が4.32日,30日後に10μg/ml以上認め,非投与眼でも硝子体中で4週間後に11.17μg/ml,前房中では1週間後29.4μg/ml,4週間後には4.56μg/ml認めたと報告している.非投与眼での濃度は前房水のほうが硝子体より高く,bevacizumabが脈絡膜循環より前房へ入ると考えている10).以上から,今回の症例では増殖糖尿病網膜症により,VEGFなどの作用で血管の透過性が亢進し,さらに血管新生緑内障も合併していたことから,血液眼関門が高度に破綻していたと思われる.そのため体循環を介して,僚眼へ到達したbevacizumabが透過性亢進により僚眼の眼内に移行しやすくなり,隅角新生血管ならびに網膜からの蛍光漏出を軽減させたと考えた.網膜光凝固も追加しており,その影響も考えられるが,一般に網膜光凝固による効果の発現には一定期間を要すること,bevacizumabはAveryらの報告9)では投与後1週間以内で全例FAでの蛍光漏出が消失もしくは減少したことから,bevacizumabのほうが効果発現に即効性があると考え,投与後の浮腫の改善の経過からbevacizumabの影響が強いと判断した.今後bevacizumab硝子体内投与後は両眼の注意深い経過観察が必要と考えた.文献1)YangJC,HaworthL,SherryRMetal:Arandomizedtrialofbevacizumab,ananti-vascularendothelialgrowthfactorantibodyformetastaticrenalcancer.NEnglJMed349:427-434,20032)RosenfeldPJ,MoshfeghiAA,PuliafitoCAetal:Opticalcoherencetomographyfindingsafteranintravitrealinjectionofbevacizumab(AvastinR)forneovascularage-relatedmaculardegeneration.OphthalmicSurgLasersImaging36:331-335,20053)RosenfeldPJ,FungAE,PuliafitoCAetal:Opticalcoherencetomographyfindingsafteranintravitrealinjectionofbevacizumab(AvastinR)formacularedemafromcentralretinalveinocclusion.OphthalmicSurgLasersImaging36:336-339,20054)OshimaY,SakaguchiH,GomiFetal:Regressionofirisneovascularizationinjectionofbevacizumabinpatientswithproliferativediabeticretinopathy.AmJOphthalmol142:155-158,20065)IlievME,DomigD,Worf-SchnurrburschUetal:Intravitrealbevacizumab(AvastinR)inthetreatmentofneovascularglaucoma.AmJOphthalmol142:1054-1056,20066)FungAE,RosenfeldPJ,ReichelE:TheInternationalIntravitrealBevacizumabSafetySurvey:usingtheinternettoassessdrugsafetyworldwide.BrJOphthalmol90:1344-1349,20067)ShimaC,SakaguchiH,GomiFetal:Complicationsin1156あたらしい眼科Vol.27,No.8,2010(144)patientsafterintravitrealinjectionofbevacizumab.ActaOphthalmol86:372-376,20088)WaltmanSR:Quantitativevitreousfluorophotometry.Asensitivetechniqueformeasuringearlybreakdownoftheblood-retinalbarrierinyoungdiabeticpatient.Diabetes27:85-87,19789)AveryRL,PearlmanJ,PieramiciMDetal:Intravitrealbevacizumab(AvastinR)inthetreatmentofproliferativediabeticretinopathy.Ophthalmology113:1695-1705,200610)BakriSJ,SnyderMR,ReidJMetal:Pharmacokineticsofintravitrealbevacizumab(AvastinR).Ophthalmology114:855-859,2007***

前眼部光干渉断層計を用いて観察した糖尿病角膜症

2009年2月28日 土曜日

———————————————————————-Page1(109)2470910-1810/09/\100/頁/JCLS14回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科26(2):247253,2009cはじめに糖尿病を有する患者の眼に手術を行ったり点眼薬を用いたりすると,角膜上皮障害がなかなか改善しないことを経験する.糖尿病角膜症とよばれるこの病態は平時には無自覚で経過しており,所見はあってもわずかで軽度の点状表層角膜症を有する程度で見過ごされているが,眼表面へのストレスを契機に顕性化,重症化する14).強い角膜上皮障害による霧視感や視力低下が生じ,視機能に影響を与え,ときに再発性角膜上皮びらんや遷延性角膜上皮欠損に移行しきわめて難治となることがある.光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)は,光の波としての性質であるコヒーレンス(可干渉性)に着目し,反射波の時間的遅れを検出し画像化する新しい光断層画像解析装置である.OCTは後眼部の形態観察装置として広く認められ,その優れた画像解析能力は網膜疾患の解剖学的理解を深め,診断・治療に欠かせない要素の一つとなった5).前眼部領域においても,角膜や前房の形態描出に優れ6),角膜手術の術前後の評価7)や緑内障の診断治療8)に用いられ,〔別刷請求先〕花田一臣:〒078-8510旭川市緑が丘東2条1丁目1-1旭川医科大学医工連携総研講座Reprintrequests:KazuomiHanada,M.D.,DepartmentofMedicineandEngineeringCombinedResearchInstitute,AsahikawaMedicalCollege,2-1-1MidorigaokaHigashi,Asahikawa078-8510,JAPAN前眼部光干渉断層計を用いて観察した糖尿病角膜症花田一臣*1,2五十嵐羊羽*1,3石子智士*1加藤祐司*1小川俊彰*1長岡泰司*1川井基史*1石羽澤明弘*1吉田晃敏*1,3*1旭川医科大学医工連携総研講座*2同眼科学教室*3同眼組織再生医学講座CornealImagingwithOpticalCoherenceTomographyforDiabeticKeratopathyKazuomiHanada1,2),ShoIgarashi1,3),SatoshiIshiko1),YujiKato1),ToshiakiOgawa1),TaijiNagaoka1),MotofumiKawai1),AkihiroIshibazawa1)andAkitoshiYoshida1,3)1)DepartmentofMedicineandEngineeringCombinedResearchInstitute,2)DepartmentofOphthalmology,3)DepartmentofOcularTissueEngineering,AsahikawaMedicalCollege増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術後に角膜上皮障害を生じた3例3眼について,Optovue社製のRTVue-100に前眼部測定用アダプタ(corneaanteriormodule:CAM)を装着した前眼部光干渉断層計(OCT)で角膜形状と角膜厚を観察した.OCT像は前眼部細隙灯顕微鏡所見と比較しその特徴を検討した.前眼部OCTによって硝子体手術後の角膜に対して低浸襲かつ安全に角膜断層所見を詳細に描出でき,病変部の上皮の異常や実質の肥厚が観察できた.再発性上皮びらんを生じた症例では上皮下に生じた広範な間隙が観察され,上皮接着能の低下が示唆された.本法は,糖尿病症例にみられる角膜上皮障害の病態の把握に有効である.Wedescribetheuseofanteriorsegmentopticalcoherencetomography(OCT)inevaluatingcornealepithelialdamageaftervitrectomyforproliferativediabeticretinopathy(PDR).ThreecasesofcornealepithelialdamageaftervitrectomyforPDRwereincludedinthisreport.AnteriorsegmentOCTscanswereperformedwiththeanteriorsegmentOCTsystem(RTVue-100withcornealanteriormodule;Optovue,CA).TheOCTimageswerecomparedtoslit-lampmicroscopicimages.TheanteriorsegmentOCTsystemisanoncontact,noninvasivetech-niquethatcanbeperformedsafelyaftersurgery.Theimagesclearlyshowedvariouscornealconditions,e.g.,epi-thelialdetachment,stromaledemaandsubepithelialspaces,ineyeswithrecurrentepithelialerosion.OCTimageshavethepotentialtoassesstheprocessofcornealwoundhealingaftersurgeryandtohelpmanagesurgicalcom-plicationsindiabeticpatients.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(2):247253,2009〕Keywords:糖尿病角膜症,増殖糖尿病網膜症,硝子体手術,角膜上皮障害,前眼部光干渉断層計.diabetickeratopathy,proliferativediabeticretinopathy,vitrectomy,cornealepithelialdamage,anteriorsegmentopticalcoherencetomography.———————————————————————-Page2248あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(110)その有効性が多数報告されている.今回筆者らは糖尿病網膜症患者に硝子体手術を行った後にみられた角膜上皮障害について,前眼部OCTを用いて経過を観察した3例3眼を経験し,若干の知見を得たので報告する.I対象および方法対象は増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術後,遷延性角膜上皮障害を生じた3例3眼である.これらの症例の角膜上皮障害について前眼部光干渉断層計(前眼部OCT)を用いて測定し修復過程を観察した.筆者らが用いた前眼部OCTはOptovue社製のRTVue-100である.後眼部の計測・画像解析用に開発された機種であるが,前眼部測定用アダプタ(corneaanteriormodule:CAM)を装着することで前眼部OCTとして用いることができる(図1).測定光波長は後眼部用の840nm,組織撮影原理にはFourier-domain方式が用いられており,画像取得に要する時間が最短で0.01秒とtime-domain方式と比べ1/10程度に短縮されている.今回,角膜上皮層と上皮接着の状態,角膜実質層の形態および角膜厚について,前眼部OCTで得られた角膜所見と前眼部細隙灯顕微鏡所見を比較検討した.II症例呈示〔症例1〕32歳,女性.右眼の増殖糖尿病網膜症と白内障に対して硝子体切除術と超音波乳化吸引術および眼内レンズ挿入術を同時施行,手術所要時間は4時間34分,術中視認性確保のため角膜上皮掻爬を行っている.術後角膜上皮びらんが遷延し,2週間たっても上皮欠損が残存,容易に離する状態を呈していた(図2a).術前の角膜内皮細胞密度は2,848/mm2,六角形細胞変動率は0.35であった.術後2週間目の眼圧は24mmHg,前房内に軽度の炎症細胞を認めた.前眼部OCTでは接着不良部の上皮肥厚と実質浮腫を認めた(図2b).OCTで測定した角膜厚は中央部で675μmであった.この時点まで点眼薬はレボフロキサシンとリン酸ベタメタゾンが用いられていたが,リン酸ベタメタゾンを中止,0.1%フルオロメトロンと0.3%ヒアルロン酸ナトリウムを用いて上皮修復を促進するよう変更,治療用ソフトコンタクトレンズを装用して経過を観察した.術後4週間目で上皮欠損は消失したが,上皮面は不整で一部混濁を伴う隆起を生じていた(図3a).前眼部OCTでは上皮肥厚は残存し,修復した上皮基底に沿って1層の低信号領域が認められた.実質浮腫には改善傾向が認められた(図3b).術後6週間目で上皮混濁は減少し,軽度の点状表層角膜症を認める程度に改善した(図4a).前眼部OCTでは上皮肥厚は消失,上皮基底に沿った低信号領域も消失した.実質浮腫もさらに改善がみられ(図4b),OCTab250μm2症例1a:32歳,女性.硝子体手術後上皮びらんが遷延し,2週間後も上皮が容易に離する.b:前眼部OCT.接着不良を起こした部位の上皮肥厚と実質浮腫を認める.図1前眼部OCTOptovue社製RTVue-100.前眼部測定用アダプタ(corneaanteriormodule:CAM)を装着して前眼部光断層干渉計として用いる———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009249(111)で測定した角膜厚は中央部で517μmであった.〔症例2〕59歳,男性.右眼の増殖糖尿病網膜症と白内障に対して硝子体切除術と超音波乳化吸引術を同時施行,術中視認性確保のため角膜上皮掻爬を行っている.広範な牽引性網膜離があり,増殖膜除去後に硝子体腔内を20%SF6(六フッ化硫黄)ガスで置換して手術を終了,手術所用時間は1時間54分であった.術前の角膜内皮計測は行われていない.経過中に瞳孔ブロックを生じ,レーザー虹彩切開術を追加,初回術後3週間目に生じた網膜再離に対して2度目の硝子体切除術を行っている.手術所用時間は1時間12分.2度目の硝子体手術後4週間目に角膜上皮離が生じた(図5a).点眼薬はレボフロキサシン,0.1%フルオロメトロン,0.5%マレイン酸チモロール,1%ブリンゾラミドおよび0.005%ラタノプロストが用いられていた.術後4週間目の眼圧は17mmHg,前房内に軽度の炎症細胞を認めた.前眼部OCTでは接着不良部の上皮肥厚と実質浮腫を認め,上皮下には大きな間隙が生じていた(図5b).OCTで測定した角膜厚は中央部で793μmであった.治療用ソフトコンタクトレンズを装用し,経過を観察したところ,2週間で上皮欠損は消失したが,上皮面は不整で混濁を伴っていた(図6a).前眼部OCTでは上皮肥厚は残存し,修復した上皮基底に沿って1層の低信号領域が認められた.実質浮腫には改善がみられた(図6b).OCTで測定した角膜厚は中央部で527μmであった.その後も上皮びらんの再発をくり返し,術後12週間目で角膜上は血管侵入を伴う結膜で被覆された(図7a,b).ab250μm3症例1:上皮修復後①a:術後4週間.上皮欠損は消失したが,上皮面は不整で混濁を伴う隆起を生じている.b:前眼部OCT.上皮肥厚は残存し,修復した上皮基底層に沿って1層の低信号領域を認める.実質浮腫には改善傾向がみられる.ab250μm図4症例1:上皮修復後②a:術後6週間.上皮混濁は減少し,軽度の点状表層角膜症を認める程度に改善.b:前眼部OCT.上皮肥厚は消失,角膜上皮の基底層に沿った低信号領域が消失.実質浮腫もさらに改善がみられる.———————————————————————-Page4250あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(112)〔症例3〕48歳,女性.左眼の増殖糖尿病網膜症と白内障に対して硝子体切除術と超音波乳化吸引術および眼内レンズ挿入術を同時施行,術中視認性確保のため角膜上皮掻爬を行っている.黄斑部に牽引性網膜離を生じており,増殖膜除去後に硝子体腔内を空気置換して手術終了,手術所要時間は2時間3分であった.血管新生緑内障に対して2%塩酸カルテオロール,0.005%ラタノプロスト点眼を用いて眼圧下降を得た.術後3日で角膜上皮は一度修復したが.術後4週間目に強い疼痛とともに上皮欠損が生じた(図8a).上皮離時の角膜内皮細胞密度は2,770/mm2,六角形細胞変動率0.29,眼圧は23mmHg,前房内に軽度の炎症細胞を認めた.点眼薬はレボフロキサシン,0.1%フルオロメトロン,0.5%マレイン酸チモロール,1%ブリンゾラミドおよび0.005%ラタノプロストが用いられていた.前眼部OCTでは上皮欠損とその部位の実質浮腫を認めた(図8b).OCTで測定した角膜厚は中央部で580μmであった.治療用ソフトコンタクトレンズを装用,術後7週間目で上皮欠損は消失し,軽度の点状表層角膜症を認める程度に改善した(図9a).前眼部OCTでは上皮肥厚は消失し実質浮腫も改善がみられた(図9b).OCTで測定した角膜厚は中央部で550μmであった.III考察糖尿病角膜症14)とよばれる病態は,眼表面へのストレスを契機に顕性化,重症化する.強い角膜上皮障害による霧視感や視力低下が生じ,視機能に影響を与え,ときに再発性上ab250μm図5症例2a:59歳,男性.2度目の硝子体手術後4週間目に生じた角膜上皮離.b:前眼部OCT.接着不良を起こした部位の角膜上皮肥厚と実質浮腫.上皮下には大きな間隙が生じている.ab250μm6症例2:上皮修復後①a:術後6週間.上皮欠損は消失したが,上皮面は不整.b:前眼部OCT.角膜上皮の肥厚は残存し,修復した上皮の基底層に沿って1層の低信号領域が認められる.実質浮腫には改善がみられる.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009251(113)ab250μm7症例2:上皮修復後②a:術後12週間.角膜上は血管侵入を伴う結膜によって被覆されている.b:前眼部OCT.肥厚した上皮によって角膜実質が覆われている.ab250μm図8症例3a:48歳,女性.術後4週間目に強い疼痛とともに上皮欠損が生じた.b:前眼部OCT.上皮欠損とその部位の実質浮腫を認める.ab図9症例3:上皮修復後a:術後7週間目で上皮欠損は消失.b:前眼部OCT.上皮肥厚は消失し実質浮腫も改善がみられる.250μm———————————————————————-Page6252あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(114)皮びらんや遷延性上皮欠損に移行しきわめて難治となる.この病態の基礎には,角膜知覚の低下911),アンカーリング線維やヘミデスモゾームなどの密度低下による上皮接着能の低下12),上皮基底膜障害13),上皮下へのAGE(advancedgly-cationendproducts)の沈着14),上皮のターンオーバー速度の低下15,16)があるとされる.糖尿病網膜症に対する治療の際,手術侵襲や点眼薬の多剤使用,長期使用で上皮の異常が顕性化,重症化するといわれている1720).加えて,角膜内皮細胞の潜在的異常21),手術を契機とする内皮障害に伴う実質浮腫,術後高眼圧も角膜上皮にとってストレスとなりうる.今回検討した3症例いずれについても,内眼手術と角膜上皮掻爬の施行,術後高眼圧とその対応としての点眼薬の多剤使用が上皮障害の背景にある.この病態を把握し治療にあたるには角膜の様子を生体内でいかに的確に捉えるかが重要である.前眼部OCTは角膜・前房の形態観察装置として開発され,その優れた画像解析能力は種々の角膜手術の術前後の評価や緑内障の診断治療に役立つよう工夫されてきた68).再現性の高い角膜厚測定や形状解析とともに前房や隅角を捉える能力が必要とされ,そのためには混濁した角膜下の様子や結膜や強膜といった不透明な組織の奥にある隅角の所見を得るために見合った光源の波長が選択される.OCTに多く用いられる光源波長には,840nmと1,310nmという2つの帯域が存在する.多くの前眼部OCTは組織深達度の点を考慮して1,310nmを採用して混濁した角膜下の様子や隅角所見の取得を可能にしている.一方,網膜の観察を目的としたOCTでは,軸方向の解像度を優先して840nmを採用しているものが多い.網膜は前眼部の構造物と比べ薄く比較的均一で,光を通しやすいからである.筆者らが用いたOptovue社製のRTVue-100は,後眼部の計測・画像解析用に開発されたOCTであるが,CAMを装着することで前眼部OCTとして用いることができる.測定光の波長は後眼部用の840nmであり,網膜の観察にあわせた光源波長が選択されている.前眼部専用の機種ではないため,光源の特性から組織深達度が低いが逆に解像度が高いという特徴がある22).角膜の形態については詳細な描出が可能で,上皮と実質の境界がはっきりと識別できる.この特徴からRTVue-100とCAMの組み合わせは,糖尿病患者にみられる角膜病変の観察と評価に適しているといえる.筆者らが経験した糖尿病患者の硝子体手術後角膜上皮障害では,OCT画像で接着不良部の上皮の浮腫や不整の様子,上皮下に生じた広範な低信号領域が検出できた.これらは上皮分化の障害と上皮-基底膜間の接着能の低下を示唆する所見である.このような微細な所見は細隙灯顕微鏡ではときに観察や記録が困難であるが,RTVue-100とCAMの組み合わせは高精細な画像所見を簡便かつ低侵襲で取得することにきわめて有効であった.上皮修復過程を経時的に観察,記録することも容易であり,この点は病態の把握に有効で,実際の治療方針の決定にあたってきわめて有用であった.今回の3症例では上皮-基底膜間の接着が十分になるまでの保護として治療用コンタクトレンズの装用を行ったが,OCT画像でみられた上皮下低信号領域の観察はコンタクトレンズ装用継続の必要の評価基準として有用であったと考えている.前眼部OCTを用いて角膜画像所見とともに角膜厚を測定したが,いずれの症例も上皮障害時には角膜実質の浮腫による肥厚があり,上皮修復とともに改善する様子が観察された.上皮障害が遷延している糖尿病患者の角膜では,欠損部はもちろん,上皮化している部位でも,基底細胞からの分化が十分ではなくバリア機能が低下して実質浮腫が生じる.糖尿病患者の角膜内皮細胞については形態学的異常や内眼手術後のポンプ機能障害の遷延が知られており21),さらに術後遷延する前房内炎症や高眼圧がポンプ機能を妨げ角膜浮腫の一因となる.角膜上皮下に形成された低信号領域は上皮-基底膜接着の障害に加え,内皮ポンプ機能を超えて貯留した水分による間隙の可能性も考えられる.糖尿病症例においては十分に上皮-基底膜接着が完成しないことと角膜実質浮腫の遷延とが悪循環を生じて簡単に上皮が離し脱落してしまい,びらんの再発を生じやすい.前眼部OCTでは角膜形態と角膜厚の計測を非接触かつ短時間で行うことができるが,これは糖尿病症例のような脆弱な角膜の評価にきわめて有用である.今回筆者らは,糖尿病網膜症患者に硝子体手術を行った後にみられた角膜上皮障害について前眼部OCTを用いて経過観察することにより,生体内における糖尿病角膜症の形態学的特徴を捉え,従来の報告と比較することでその治癒過程について理解を深めることができた.この3例3眼の経験を今後の糖尿病症例に対する治療方針決定と角膜障害への対応の参考としたい.前眼部OCTの活用についても,引き続き検討を重ねていきたい.文献1)SchultzRO,VanHomDL,PetersMAetal:Diabeticker-atopathy.TransAmOphthalmolSoc79:180-199,19812)大橋裕一:糖尿病角膜症.日眼会誌101:105-110,19973)片上千加子:糖尿病角膜症.日本の眼科68:591-596,19974)細谷比左志:糖尿病角膜上皮症.あたらしい眼科23:339-344,20065)HuangD,SwansonEA,LinCPetal:Opticalcoherencetomography.Science254:1178-1181,19916)RadhakrishnanS,RollinsAM,RothJEetal:Real-timeopticalcoherencetomographyoftheanteriorsegmentat1,310nm.ArchOphthalmol119:1179-1185,20017)LimLS,AungHT,AungTetal:Cornealimagingwith———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009253(115)anteriorsegmentopticalcoherencetomographyforlamel-larkeratoplastyprocedures.AmJOphthalmol145:81-90,20088)RadhakrishnanS,GoldsmithJ,HuangDetal:Compari-sonofopticalcoherencetomographyandultrasoundbio-microscopyfordetectionofnarrowanteriorchamberangles.ArchOphthalmol123:1053-1059,20059)SchwartzDE:Cornealsensitivityindiabetics.ArchOph-thalmol91:174-178,197410)RogellGD:Cornealhypesthesiaandretinopathyindiabe-tesmellitus.Ophthalmology87:229-233,198011)SchultzRO,PetersMA,SobocinskiKetal:Diabeticker-atopathyasamenifestationofperipheralneuropathy.AmJOphthalmol96:368-371,198312)AzarDT,Spurr-MichaudSJ,TisdaleASetal:Decreasedpenetrationofanchoringbrilsintothediabeticstroma.Amorphometricanalysis.ArchOphthalmol107:1520-1523,198913)AzarDT,Spurr-MichaudSJ,TisdaleASetal:Alteredepithelialbasementmembraneinteractionsindiabeticcorneas.ArchOphthalmol110:537-540,199214)KajiY,UsuiT,OshikaTetal:Advancedglycationendproductsindiabeticcorneas.InvestOphthalmolVisSci41:362-368,200015)TsubotaK,ChibaK,ShimazakiJ:Cornealepitheliumindiabeticpatients.Cornea10:156-160,199116)HosotaniH,OhashiY,YamadaMetal:Reversalofabnormalcornealepithelialcellmorphologiccharacteris-ticsandreducedcornealsensitivityindiabeticpatientsbyaldosereductaseinhibitor,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増殖糖尿病網膜症硝子体手術後の血管新生緑内障

2008年9月30日 火曜日

———————————————————————-Page1(123)13110910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(9):13111314,2008cはじめに最近,硝子体手術の進歩に伴い,増殖糖尿病網膜症に対する手術成績は向上してきているが,糖尿病がもつ特有な,術後感染,出血,縫合不全など外科的合併症のほかに,眼科的合併症も数多く報告されている.増殖糖尿病網膜症に対して行う硝子体手術の最も重篤な合併症の一つに,血管新生緑内障がある.この硝子体手術後の血管新生緑内障は,術後に網膜離を合併している症例に多いとされている.しかし,解剖学的に復位が得られているのにもかかわらず,早期または晩期にも血管新生緑内障に発展し,予後不良な症例となってしまうことを経験する.今回筆者らは,硝子体手術初回手術後に新たに血管新生緑内障に至った症例を,眼科局所的の因子のほかに,全身的因子の関与についても検討したので報告する.〔別刷請求先〕渡辺博:〒143-8541東京都大田区大森西7-5-23東邦大学医学部眼科学第一講座Reprintrequests:HiroshiWatanabe,M.D.,&Ph.D.,TheFirstDepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySchoolofMedicine,7-5-23Omori-nishi,Ota-ku,Tokyo143-8541,JAPAN増殖糖尿病網膜症硝子体手術後の血管新生緑内障渡辺博土屋祐介田中康一郎小早川信一郎杤久保哲男東邦大学医学部眼科学第一講座NeovascularGlaucomaFollowingVitrectomyforProliferativeDiabeticRetinopathyHiroshiWatanabe,YusukeTsuchiya,KoichirouTanaka,ShinichirouKobayakawaandTetsuoTochikuboTheFirstDepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySchoolofMedicine目的:増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術後に新たに血管新生緑内障に至った症例を,眼科局所的の因子のほかに,全身的因子の関与についても検討したので報告する.症例:対象は15症例16眼で,最終視力が0.01未満のA群(8眼)と0.01以上のB群(8眼)に分けて検討した.結果:硝子体手術後に血管新生緑内障がみられた時期は131カ月(平均10.2カ月)であった.最終眼圧が21mmHg以下にコントロールされたのは75%で,視力改善は38%,不変は19%,悪化は43%であった.A群とB群との間に有意差がみられた危険因子は,最終眼圧と低アルブミン血症であった.結論:硝子体手術後に血管新生緑内障を発症した場合,眼圧コントロール不良症例と低アルブミン血症の予後は特に悪く,また術後31カ月に発症した症例もあり,長期の眼圧の経過観察が必要であると考えられた.Oneofthemajorcomplicationsofvitrectomyfordiabeticretinopathyisthepostoperativedevelopmentofneo-vascularglaucoma.Weretrospectivelyreviewedtheresultsoftreatmentandserumriskfactorsin16eyesof15patientswithneovascularglaucomafollowingvitrectomyforproliferativediabeticretinopathywhohadbeentreat-edfrom1999to2006.The16eyesweredividedintotwogroups:GroupA:nalvisualacuitylessthanlightpro-jection,GroupB:nalvisualacuitymorethanlightprojection.Neovascularglaucomadevelopedatanaverageof10.2months(from1Mto31M).Intraocularpressure(IOP)wasnallycontrolledunder21mmHgin75%.Visualacuitywasimprovedin38%,unchangedin19%,worsein43%.IOPandhypoalbuminemiaweresignicantlyasso-ciatedbetweengroupAandgroupB.However,nosignicantassociationcouldbefoundregardinghypertension,renalfunction,hemoglobinA1coranemia.Theprognosisforneovascularglaucomafollowingvitrectomyforprolif-erativediabeticretinopathywaspoorineyesassociatedwithIOPandhypoalbuminemia.IOPshouldbefollowedupforanextendedtime,sinceoneofthesecasesexperiencedneovascularglaucomaonset31monthsaftervitrec-tomyfordiabeticretinopathy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(9):13111314,2008〕Keywords:増殖糖尿病網膜症,硝子体手術,血管新生緑内障,合併症,危険因子.proliferativediabeticretinopa-thy,vitrectomy,neovascularglaucoma,complication,riskfactor.———————————————————————-Page21312あたらしい眼科Vol.25,No.9,2008(124)I対象および方法1999年から2006年の間に東邦大学大森病院医療センター眼科で増殖糖尿病網膜症に対して初回硝子体手術を施行し,経過を10カ月以上観察された症例のうち術後に血管新生緑内障に至った15症例16眼(4.6%)を対象とした.術前に血管新生緑内障や緑内障の既往のあるものは除外した.症例は男性11例12眼,女性4例4眼,年齢は3482歳(平均57.7歳),経過観察期間は1063カ月(平均25.3カ月)であった.最終視力が0.01未満のA群(8眼)と0.01以上のB群(8眼)に分けて,全身的因子として年齢,ヘモグロビンA1c(HbA1c),腎機能(クレアチニン),高血圧,貧血(ヘモグロビン,ヘマトクリット),アルブミン,局所的因子として視力,眼圧,増殖膜,牽引性網膜離,手術方法を検討した.有意差検定は,Mann-WhitneyU検定,Fisher変法を用いた.II結果血管新生緑内障は硝子体手術後131カ月(平均10.2カ月)に発症した.硝子体手術後に血管新生緑内障に発展した16眼の増殖糖尿病網膜症の病態は,硝子体出血のみが3眼(19%),増殖膜が7眼(43%),牽引性網膜離は6眼(38%)であった.手術術式はトラベクレクトミー+マイトマイシンC(MMC)併用2眼(13%),トラベクレクトミー+MMC併用+網膜冷凍凝固9眼(55%),毛様体冷凍凝固2眼(13%),経強膜毛様体破壊術3眼(19%)の手術を施行した(表1).トラベクレクトミーは全例MMCを併用した.2回以上の硝子体手術は5眼(31%),そのうち3眼(19%)はシリコーンオイルに置換した.最終眼圧が21mmHg以下にコントロールされたのは12眼(75%)で,視力の改善がみられたのは6眼(38%),変化なし3眼(19%),悪化は7眼(43%)であった(図1).最終視力が0.01未満のA群(8眼)と0.01以上のB群(8眼)において,全身的因子において有意差がみられたのはアルブミン(表2),局所的因子において有意差がみられたのは最終眼圧(表3)であった.他の危険因子には有意な差はみられなかった.III考按硝子体手術後の眼圧上昇はよくみられる合併症である.黄斑浮腫,黄斑円孔などの単純硝子体手術よりも,増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術は急性術後眼圧上昇を生じる可能性が5倍高く,単純硝子体手術を受けた約60%で,術後48時間以内に眼圧が5%以上上昇した1)という報告がある.しかし術後眼圧が上昇する患者の多くは,薬物療法によりコントロールでき,外科的手術が必要になるのは11%といわれている1).今回の症例の検討で術後早期に一過性の眼圧上昇がみられた症例があったものの,薬物療法でコントロールできず外科的処置が必要になった時期は,早い症例で1カ月,遅い症例では31カ月とばらつきが大きかった.硝子体手術後にみられる血管新生緑内障の報告においては,硝子体手術と白内障との同時手術の危険因子に関して,図1視力予後縦軸に術後,横軸に術前の視力をlogMAR視力で表した.HM:手動弁,CF:指数弁,LP:光覚弁.10.10.01CFHMLP(+)LP(-)LP(-)LP(+)HMCF0.010.11術後視力術前視力表1手術方法・トラベクレクトミー(MMC併用)2眼13%・トラベクレクトミー(MMC併用)+網膜冷凍凝固9眼55%・毛様体冷凍凝固2眼13%・経強膜毛様体破壊術3眼19%表2グループA&Bリスクファクター(全身)・年齢p=0.674(NS)・HbA1cp=0.318(NS)・クレアチニンp=0.092(NS)・高血圧p=0.521(NS)・ヘモグロビンp=0.752(NS)・ヘマトクリットp=0.752(NS)・アルブミンp=0.033表3グループA&Bリスクファクター(眼)・視力p=0.281(NS)・初診時眼圧p=0.212(NS)・硝子体手術前眼圧p=0.172(NS)・最終眼圧p=0.016・増殖膜p=0.614(NS)・牽引性網膜離p=0.102(NS)・術式p=0.408(NS)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.9,20081313(125)以前より賛否両論あるが,最近では硝子体手術中に網膜最周辺部,硝子体基底部までの,硝子体の処理と徹底した網膜光凝固が可能なため,同時手術を選択する術者が多いような印象である.当院では硝子体手術後にみられる白内障の進行例が多いこと,無硝子体眼の白内障手術は難易度が高くなること,超音波プローブを前房内に入れた瞬間に水晶体が硝子体に落下した苦い経験があることなどより,今回の検討をする前より,全例白内障同時手術としているため,白内障手術の有無による血管新生緑内障の発症率の検討は実施できなかった.血管新生緑内障の治療の基本は病態生理より考えて,網膜最周辺部に至るまでの徹底した網膜光凝固によるルベオーシスの消退にあり,網膜虚血を改善させるべきである.最周辺部網膜まで汎網膜光凝固術を施行しても眼圧が下降しない場合には,線維柱帯切除術,毛様体破壊術,Seton手術が選択肢として考えられるが,代謝拮抗薬を併用した線維柱帯切除術により眼圧下降が得られればある程度視機能を温存しうる.線維柱帯切除術により眼圧下降が得られなければ,毛様体破壊術を選択することである2,3).今回の筆者らの手術方法(表1)は,初回硝子体手術後に小瞳孔や小さめな前切開の症例があったため,網膜最周辺部は網膜冷凍凝固を用いた症例がやや多いが,これに準じて術式を選択した.術後の眼圧コントロール不良の原因は,網膜離を含む虚血であるが,当院でも前記の方法に準じて硝子体手術前,術中に可能な限り光凝固を施行し,術後足りなければ追加をしている.手術方法による術後結果の差をA群とB群との間で検討してみたが,有意な差はみられなかった.ほぼ同一術者が手術を担当したが,時期による技量の質の変化,手術時間,症例数の増加などが考慮されれば,群間に差がでたのかもしれない.ただ当院での手術方法は,前述したスタンダードな方法で施行されているので,最終眼圧が21mmHg以下にコントロールされたのは75%で,視力の改善がみられたのは38%という結果は,他施設4,5)と比べて遜色ないものと思われた.硝子体手術後の血管新生緑内障は網膜離の残存が4383%57)危険因子といわれているが,今回筆者らの検討では網膜離が6眼(38%)に対して,有さない症例10眼(62%)でも血管新生緑内障を発症した.A群とB群との間に,牽引性網膜離を伴った症例は,血管新生緑内障を発症しやすい傾向はみられた(p=0.124)が,統計学的有意差は認められなかった.しかし,網膜離が復位していても血管新生緑内障を発症することがある.汎網膜光凝固術(PRP)が完成していても,離がなくても血管が狭小化,白線化し,網膜は萎縮しており,結果的には虚血によるものは,予後が悪い(治らない).これらの原因は牽引性網膜離,線維性増殖,網膜硝子体癒着など眼内の形態学的変化が,硝子体手術によって改善していても,慢性の虚血性網膜循環障害が進行するような長年にもわたる全身的危険因子が存在していると,つぎのような,術後31カ月に血管新生緑内障を合併した症例を経験することがある.症例は82歳の女性で,初回硝子体手術前眼圧17mmHg,術後16mmHgと眼圧の上昇はみられなかった.HbA1c6.5%,アルブミン3.7mg,クレアチニン1.5,ヘモグロビン10.8mg/dl,ヘマトクリット32と血液結果に異常がみられたが,汎網膜光凝固が十分施行されており,網膜症は沈静化しているようにみえていた.31カ月後に来院時虹彩の血管新生と眼圧37mmHgと上昇がみられた.薬物療法にて眼圧のコントロールができず,経強膜毛様体レーザー光破壊術とその後トラベクレクトミー+MMC併用+網膜冷凍凝固を追加し,最終眼圧は19mmHgと安定している.高齢者で,糖尿病網膜症が一見沈静化しているようでも,このような症例もあり注意を要する.血液結果で予後不良になる諸因子の数を多く有するものは,血管新生緑内障発症のリスクが高いという報告8,9)に一致した.術後の眼圧コントロール不良の原因を全身的因子で検討した結果,最終視力が0.01未満のA群(8眼)と0.01以上のB群(8眼)において,有意差が出たのは,最終眼圧と低アルブミン血症だけであった.糖尿病腎症で生じる低アルブミン血症は硝子体手術後の眼圧上昇を介して術後視力を悪くするという報告10)がある.アルブミンは血液の浸透圧を高く保つ働きをしており,その低下は浮腫をきたすといわれており,その結果として網膜が光凝固施行をかなり追加しても,なかなかドライにならず,ウエットのままで,網膜症の活動性が高い状態が継続する症例があるために,視力予後が悪くなるのではないかと考えられた.最近注目されている治療は血管内皮増殖因子(VEGF)であり,第61回日本臨床眼科学会でも,血管新生緑内障の房水中のVEGF濃度は高い(山路英孝:第61回日本臨床眼科学会抄録,2007),増殖糖尿病網膜症に対してbevacizumabを硝子体に投与したところ,ルベオーシスが退縮し,87%で眼圧が20mmHg以下にコントロールされた(山口由美子ほか:第61回日本臨床眼科学会抄録,2007)との発表があった.また,同様に増殖糖尿病網膜症に対するbevacizum-abを投与で,虹彩新生血管における完全寛解は82%であった11)などの報告より,今後血管新生緑内障の新しい治療の選択肢が広がってきている.緑内障治療をメインテーマにした検討であれば,治療効果判定を眼圧ですべきであるが,今回は予後不良(視力)になった症例の種々のリスクファクターを検討することを目的としたため,眼圧は一つのファクターとして考え,最終視力で判定をした.今後は症例数を増やし,治療のターゲットを眼圧としたさらなる検討が必要と考えられた.———————————————————————-Page41314あたらしい眼科Vol.25,No.9,2008(126)おわりに増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術後に新たに血管新生緑内障に至った症例を,眼科局所的の因子のほかに,全身的因子の関与についても検討したが,今回検討した症例は,すべて血管新生緑内障に至った重症例のみであり,一般的にいわれている,危険因子をどの症例もいくつかもち合わせている群間比較である.眼圧コントロール不良の因子を検討し,最終眼圧以外に有意差がみられたものはアルブミンだけであったが,他の検討項目も血管新生緑内障発症の危険因子にならないということではない.増殖糖尿病網膜症が,単一な眼科疾患ではなく,全身疾患の一つの合併症であるという原点に戻り,血糖だけではなく全身的危険因子と増殖糖尿病網膜症の関係について,多元的にさらに検討が必要であると思われた.危険因子と血管新生緑内障の発症率について結論を下すためには,さらなるエビデンスの蓄積が必要と思われた.また硝子体手術後31カ月に発症した症例もあり,長期の眼圧の経過観察が必要であると考えられた.文献1)HannDP,LewisH:Mechanismsofintraocularpressureelevationafterparsplanavitrectomy.Ophthalmolgy96:1357-1362,19892)大鳥安正:緑内障手術の限界血管新生緑内障に対する手術の限界.眼科手術17:27-29,20043)野田徹,秋山邦彦:血管新生緑内障に対する網膜硝子体手術.眼科手術15:447-454,20024)池田恒彦:硝子体手術のワンポイントアドバイス糖尿黄斑浮腫に対する硝子体トリプル手術後の血管新生緑内障.あたらしい眼科23:67,20065)赤羽直子,三田村佳典,松村哲ほか:増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術後の血管新生緑内障.あたらしい眼科17:1295-1297,20006)佐藤幸裕,島田宏之,麻生伸一ほか:硝子体手術に関する臨床的研究(その8),重症糖尿病網膜症に対する硝子体手術における術後合併症の検討.眼臨80:1880-1884,19867)WandM,MadiganJC,GaudioAR:Neovasucularglauco-mafollowingparsplanavitrectomyforcomplicationsofdiabeticretinopathy.OphthalmicSurg21:113-117,19908)大木隆太郎,栃谷百合子,田北博保ほか:硝子体手術後の糖尿病血管新生緑内障による失明例の検討.臨眼56:973-977,20029)KimYH,SuhY,YooJS:Serumfactorsassociatedwithneovascularglaucomafollowingvitrectomyforprolifera-tivediabeticretinopathy.KoreanJOphthalomol15:81-86,200110)安藤文隆:糖尿病網膜症硝子体手術成績と糖尿病腎症.眼紀51:1-6,200011)AveryRL,PearlmanJ,PieraminiciDJ:Intravitrealbeva-cizumabinthetreatmentproliferativediabeticretinopa-thy.Ophthalmology113:1695-1705,2006***

増殖糖尿病網膜症患者の硝子体手術における抗凝固療法の術後合併症発生への影響

2008年8月31日 日曜日

———————————————————————-Page1(111)11570910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(8):11571161,2008c〔別刷請求先〕松下知弘:〒990-9585山形市飯田西2-2-2山形大学医学部情報構造統御学講座視覚病態学分野Reprintrequests:TomohiroMatsushita,M.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,YamagataUniversity,2-2-2Iidanishi,YamagataCity990-9585,JAPAN増殖糖尿病網膜症患者の硝子体手術における抗凝固療法の術後合併症発生への影響松下知弘*1,2,3山本禎子*1菅野誠*1川崎良*1芳賀真理江*1,3神尾聡美*1佐藤浩章*1金子優*1,4鈴木理郎*1,2江口秀一郎*2高村浩*1山下英俊*1*1山形大学医学部情報構造統御学講座視覚病態学分野*2江口眼科病院*3済生会山形済生病院眼科*4山形県立河北病院眼科AnticoagulantTherapyInuenceonPostoperativeComplicationsinProliferativeDiabeticRetinopathyPatientsTreatedwithVitrectomyTomohiroMatsushita1,2,3),TeikoYamamoto1),MakotoKanno1),RyoKawasaki1),MarieHaga1,3),SatomiKamio1),HiroakiSato1),YutakaKaneko1,4),MichiroSuzuki1,2),ShuichiroEguchi2),HiroshiTakamura1)andHidetoshiYamashita1)1)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,YamagataUniversity,2)EguchiEyeHospital,3)DepartmentofOphthalmology,SaiseikaiYamagataSaiseiHospital,4)DepartmentofOphthalmology,YamagataPrefecturalKahokuHospital目的:硝子体手術を施行した増殖糖尿病網膜症患者において,抗凝固療法の有無による術後合併症への影響について検討した.対象および方法:増殖糖尿病網膜症に対して硝子体手術を施行された50例50眼について検討した.対象症例を抗凝固療法内服群(維持量)と非内服群に分け,ヘモグロビンA1c(HbA1c)や全身合併症の有無について,また,術後合併症として網膜離,硝子体出血,その他の合併症の発生について両群で比較検討した.結果:抗凝固療法内服群11例11眼,非内服群39例39眼であった.HbA1c値は両群間に有意差はなかった.高血圧,高脂血症,心疾患,脳血管疾患は,抗凝固療法内服群で有意に多く合併していた.術後合併症はいずれの項目でも両群間に有意差は認められなかった.結論:増殖糖尿病網膜症に対して硝子体手術を施行するにあたり,抗凝固療法(維持量)を続行しても,合併症の発生頻度に差は認められなかった.Weanalyzedtheinuenceofanticoagulanttherapyonpostoperativeresultsandcomplicationsin50patients(50eyes)withproliferativediabeticretinopathytreatedwithvitrectomy.Thesubjectswereclassiedinto2groups:thosewhounderwentvitrectomyusinganticoagulanttherapyatthemaintenancedose(GroupI;11patients),andthosewhounderwentvitrectomywithoutanticoagulanttherapy(GroupII;39patients).Wecom-paredtheclinicalbackgrounddatabetweenthegroups;itincludedhemoglobinA1c(HbA1c),pasthistoryofsys-temicdisease,andcomplicationsofvitrectomy(retinaldetachment,vitreoushemorrhageetc.).TherewasnosignicantdierenceinHbA1cvalueorpostoperativecomplicationsbetweenthetwogroups.ThoseinGroupIsueredfromhypertension,hyperlipidemia,heartdisease,andcerebrovasculardiseasesignicantlymorethandidthoseinGroupII.Therewasnodierenceinincidenceofpostoperativecomplicationsbetweenthegroups,evenifwecontinuedtheanticoagulanttherapyforproliferativediabeticretinopathypatientstreatedwithvitrectomy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(8):11571161,2008〕Keywords:増殖糖尿病網膜症,硝子体手術,術後合併症,抗凝固療法.proliferativediabeticretinopathy,vitre-ctomy,postoperativecomplications,anticoagulanttherapy.———————————————————————-Page21158あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(112)はじめに増殖糖尿病網膜症(proliferativediabeticretinopathy:PDR)に対する硝子体手術は,以前は吸収されない硝子体出血例や黄斑部牽引性網膜離例に行われていた1,2)が,手術器具の開発や手技の向上に伴って,手術時間は短縮され,手術適応は拡大している.現在では,超音波水晶体乳化吸引術(PEA)および眼内レンズ挿入術(IOL)が多く併用され3),糖尿病黄斑症4),若年者のPDR57),血管新生緑内障の合併例8,9)など,10年前には禁忌とされていた症例も手術適応となっている.さらに,早期に硝子体手術を行うことの有効性も報告されてきている1,1013).その一方で,術後の視力予後には大きな差異があり,依然として予後不良な経過をたどる症例もみられる.また,糖尿病以外の全身疾患を合併している患者に対しても手術適応が拡大され,そのような症例での背景因子が手術結果に影響する可能性が危惧されている.すなわち,心疾患や脳血管疾患の既往のある患者は抗凝固剤や抗血小板剤などを内服する抗凝固療法を行っていることが多く,術中および術後合併症に少なからず影響を及ぼしていると考えられる.術前に抗凝固剤や抗血小板剤を一定期間休薬することで術中術後への影響が減少すると考えられるが,術前の抗凝固療法休止の必要性については,眼科領域ではこれまでに信頼できるエビデンスは示されておらず,特にPDRで検討された報告は非常に少ない.今回,筆者らは山形大学医学部付属病院眼科(以下,当科)でPDRに対する硝子体手術を施行した患者において,抗凝固療法の有無による術後合併症発生への影響を検討し,硝子体手術を行ううえでの問題点について考察した.I対象および方法2002年10月から2004年6月の間に,当科にて初回硝子体手術を施行したPDRのうち術後経過が少なくとも1カ月以上観察可能であった50例50眼を対象とし,retrospectiveに検討した.対象症例の内訳は,男性:35例35眼,女性:15例15眼で,年齢は3180歳(平均59.1±12.1歳)であった.術後経過観察期間は132カ月(平均8.4±7.4カ月)であった.対象症例を抗凝固療法内服群(以下,内服群):11例11眼,平均年齢:61±8.9歳と抗凝固療法非内服群(以下,非内服群):39例39眼,平均年齢:59±13.0歳とに分けた.対象患者の背景因子としてヘモグロビンA1c(HbA1c),高血圧,高脂血症,心疾患,脳血管疾患,糖尿病性腎症,糖尿病性神経障害の7項目について検討した.全症例とも高血圧,高脂血症,心疾患,糖尿病性腎症,糖尿病性神経障害については内科で,脳血管疾患については脳神経外科で診断,治療されていた.糖尿病性腎症については当科術前検査にて尿中微量アルブミンあるいは持続性尿蛋白陽性,あるいは血清クレアチニン値が腎不全期の基準である2.0mg/dlを上回る例も含めた.術後合併症としては,網膜離,硝子体出血,続発緑内障の発生について検討し,術前および術後1カ月,6カ月の時点での上記合併症の発生の有無について両群間で比較検討した.初回硝子体手術の方法は,20ゲージ3ポートシステムによる経毛様体扁平部硝子体切除(PPV)とし,後部硝子体未離の症例に対しては人工的後部硝子体離を作製した.さらに,可能な限りの周辺部硝子体切除と強膜創の硝子体処理および周辺部まで眼内網膜光凝固術を施行した.対象例で,白内障は内服群のうち10例10眼,非内服群で21例21眼に認められた.硝子体手術施行に伴い白内障の進行が予想されたので,術前より白内障を認める症例,あるいは増殖組織が周辺部にまで及んでおり,その処理のために水晶体の摘出が必要であると判断された症例は白内障手術を併用した.統計学的検討では,患者背景因子における2群間の比較にMann-Whitney’sUtestを,合併症についての2群間比較でFisher’sexactprobabilitytestを用いた.すべての解析において危険率5%未満を有意とした.II結果1.患者背景因子(表1,2)高血圧症,高脂血症,心疾患,脳血管疾患は内服群で有意に多く認められたが,HbA1c,血中尿素窒素(BUN),血清クレアチニン値(Crea),糖尿病性腎症,糖尿病性神経障害は両群間で差はなかった.表1患者背景因子内服群(n=11)非内服群(n=39)p値性別(男/女)10/125/14HbA1c(%)6.52±0.767.15±1.42p>0.05BUN(mg/dl)29.61±8.3320.11±9.49p>0.05Crea(mg/dl)2.06±1.060.96±0.79p>0.05BUN:血中尿素窒素,Crea:血清クレアチニン値.[平均値±標準偏差]<Mann-Whitney’sUtest>表2患者背景因子内服群(n=11)非内服群(n=39)p値高血圧症11例(100%)23例(57.5%)p=0.022高脂血症10例(90.9%)19例(48.9%)p=0.036心疾患7例(63.6%)7例(17.5%)p=0.008脳血管疾患6例(54.5%)7例(17.5%)p=0.035糖尿病性腎症10例(90.9%)23例(59.0%)p>0.05糖尿病性神経障害11例(100%)38例(97.4%)p>0.05<Mann-Whitney’sUtest>———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081159(113)2.抗凝固療法に使用した内服薬の種類今回,内服されていた抗凝固剤および抗血小板剤は,内服群の11例中,ワルファリンカリウム(1mg/日)+アスピリン・ダイアルミネート配合(81mg/日)の併用が2例,アスピリン・ダイアルミネート配合(81mg/日)が5例,アスピリン(100mg/日)が3例,塩酸チクロピジン(200mg/日)が1例であった.全身への影響を考慮し,抗凝固剤と抗血小板剤およびその他の内服は,術前,術中,術後を通して継続された.3.初回手術の術式初回手術でPPVのみを行ったものが20例20眼,PPV+PEA+IOLを行ったものが30例30眼であった.また,50例50眼の全例で眼内網膜光凝固術を併施した.術中において,内服群は非内服群に比べて止血に時間がかかる傾向にあったが,問題なく止血され,手術に支障をきたすことはなかった.4.術後合併症(表3,4)術後合併症を発生時期により分類し,術後1カ月以内に発症したものを早期合併症,術後1カ月以降に発症したものを晩期合併症とした.早期合併症は内服群と非内服群で有意差はなかった.非内服群で硝子体出血を認めた症例が5眼(13%)あったが,そのうち4眼(10%)は出血量が少量であったため経過観察とし,出血は自然に吸収された.残りの1眼(3%)は再出血をきたし自然吸収が期待できなかったため,再度硝子体手術を施行して出血を除去した.晩期合併症も内服群と非内服群で有意差は認められなかった.内服群で血管新生緑内障が1眼(14%)に認められた.この症例は,HbA1cは6.5%であったが,高血圧,高脂血症,心疾患,脳血管疾患,糖尿病性腎症,糖尿病性神経障害のすべての全身合併症を有していた.さらに,両側内頸動脈に狭窄を認めていたが,網膜の虚血は無灌流領域があるも特別ひどい状態ではなく,術前には虹彩新生血管や高眼圧は認められなかった.しかし,術後3カ月目に虹彩新生血管を認め眼圧上昇をきたしたため,術後4カ月で線維柱帯切除術を施行した.一方,非内服群では術後に新たな硝子体出血を認めた症例が5眼(20%)あった.全例経過観察のみで硝子体出血は吸収されたが,術後8カ月で虹彩新生血管を認めた症例が1眼(4%)あった.この症例は,HbA1cは6.8%であったが,高血圧,高脂血症,心疾患,脳血管疾患,糖尿病性神経障害の全身合併症を有していた.新たな硝子体出血の出現と消退をくり返し,その後,眼圧が上昇し血管新生緑内障となったため線維柱帯切除術を施行した.全症例のなかで,前部硝子体線維血管増殖(anteriorhyaloidalbrobascularprolifera-tion:AHFVP)を生じた症例はなかった.III考按近年,糖尿病網膜症に対する硝子体手術は手術手技や器械の改良により安全に行われるようになってきた118).その一方で,症例によっては重篤な合併症が生じることも報告されている.術後合併症に関しては,網膜離315%3,19,20),硝子体出血411%3,20),緑内障6%19)で,再手術を要した症例が8.510%3,20)と報告されている.とりわけ視力予後を不良にする因子の一つとして血管新生緑内障があるが,本検討では50眼中2眼(4%)と過去の報告より低く21,22),その他の術後合併症については過去の報告とほぼ同様の結果となった23,24).糖尿病患者は網膜症のほかにも全身の合併症を有していることが多く,合併症の治療および予防目的で抗凝固療法を行っていることが多い.今回の検討では,抗凝固療法を行っている症例は50症例中11症例(22%)であったが,他施設では541症例中67症例(12.4%)との報告25)もあり,当院における割合は比較的多いと思われた.一方,江川らは糖尿病網膜症に対して手術を施行した患者のなかで,36%にBUN高値,29%に血清クレアチニン高値,63%に高血圧,27%に腎障害,5%に心筋梗塞,7%に脳梗塞がみられたと報告している26).本検討では,BUN高値が29%,血清クレアチニン高値が29%,高血圧が68%,腎障害が66%,心筋梗塞が28%,脳梗塞が26%の患者にみられた.BUN高値,血清クレアチニン高値,高血圧では江川らの報告26)とほぼ同様の結果であったが,腎障害,心筋梗塞,脳梗塞は他の報告26)に比べても高頻度であった.糖尿病性腎症,糖尿病性神経障害は内服群と非内服群で差はなかったが,高血圧,高脂血症,心疾患,脳血管疾患は内服群で多く認められた.以上の結果は,脳血管疾患および心疾患の頻度が全国平均より高い表3早期合併症(術後1カ月以内)合併症眼数内服群非内服群合計網膜離000硝子体出血055血管新生緑内障000なし113445合計113950表4晩期合併症(術後1カ月以降)合併症眼数内服群非内服群合計網膜離000硝子体出血055血管新生緑内障112なし61925合計72532———————————————————————-Page41160あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(114)とされる山形県での検討であるという地域性も関与していると考えられる.外科および整形外科領域における手術の場合,抗凝固療法を行っている患者では基本的には周術期に抗凝固剤および抗血小板剤の休薬を行っている.内服薬の種類によって作用機序が違うとともに効果持続時間が異なるため,術前の服薬中止日数はそれぞれ異なっている.アスピリン,アスピリン・ダイアルミネート配合,塩酸チクロピジンは術前1014日間,ワルファリンカリウムは術前57日間が休薬の目安となっている.歯科口腔外科領域では,抗凝固療法中の患者に対する歯科治療における出血管理として,出血時に十分な止血をすることにより,周術期に抗凝固剤あるいは抗血小板剤の休薬は必要ないとする考えもあり31,32),この場合は,凝固機能の指標となる「PT-INR(prothrombintime-Interna-tionalNormalizedRatio):プロトロンビン時間」の値が3.0未満での手術が望ましいとしている31,32).今回の報告では「PT-INR」についての検討は行っていないが,眼科領域でも「PT-INR」の値が2.5未満であれば術中および術後合併症で重篤なものは起こりにくいとの報告32)がある.しかし,外科や整形外科領域における手術のように最初から周術期の出血量が多いことが予想される場合は,抗凝固療法を休止することはやむをえないと考えられるが,休止したことによる全身合併症の発症の可能性は否定できない.たとえば,心血管疾患を合併した胃癌症例に対する胃切除術や股関節手術,あるいは頭頸部癌再建術では,抗凝固療法の休止を行ったことから脳梗塞や肺梗塞を起こしたとの報告2729)がある.さらに,腎生検のため抗凝固療法を休止したところ腎梗塞を発症したという報告30)もある.眼科領域では,白内障手術で易出血性の軽減のため術前に抗凝固療法を休止,あるいは内服薬の減量を行った症例において,術後に脳梗塞によると思われる言語障害を発症したとの報告34)もあり,欧米の報告では,抗凝固療法を休止したことによる全身合併症の発生を危惧し,一般に眼科手術では抗凝固療法を休止しないとするものが多くみられた3537).その一方で,特にワルファリンカリウムの内服による抗凝固療法中の症例では,術中および術後に脈絡膜下出血や硝子体出血などの重篤な合併症を生じたとする報告25)もあり,抗凝固療法中の症例では十分な注意が必要であると思われる.今回の検討では,PDRに対する硝子体手術において,抗凝固療法の有無で術後合併症に有意差がなかったという結果が得られた.しかし,易出血性の症例の手術では術中の止血を確実に行うことが重要であり,止血を容易にするためには術中の血圧を厳格に管理することが肝要であると考えられる.以上をまとめると,全身合併症を有するPDR患者の硝子体手術において抗凝固療法の有無で術中および術後合併症に有意差は認められなかった.もし,術前に抗凝固剤および抗血小板剤の投与調節をする必要がなければ,PDRの手術を行ううえで適切な手術時期を逸することなく手術を行うことができると考えられる.しかしながら,今回の研究はretro-spectivestudyであることや,対象症例が少数で偏りがあることなど,統計学的解析上の問題もある.また,抗凝固療法を行っている症例の眼科手術中に高度の出血を生じた報告25)もあるので,安易に結論を導くことはできない.今後,より症例を蓄積し,さらなる検討が必要であると考えられる.文献1)TheDiabeticRetinopathyVitrectomyStudyResearchGroup:Earlyvitrectomyforseverevitreoushemorrhageindiabeticretinopathy.Two-yearresultsofrandomizedtrial.DiabeticRetinopathyVitrectomyStudyreport2.ArchOphthalmol103:1644-1652,19852)SmiddyWE,FeuerW,IrvineWDetal:Vitrectomyforcomplicationsofproliferativediabeticretinopathy.Func-tionaloutcomes.Ophthalmology102:1688-1695,19953)LaheyJM,FrancisRR,KearneyJJ:Combiningphaco-emulsicationwithparsplanavitrectomyinpatientswithproliferativediabeticretinopathy.Ophthalmology110:1335-1339,20034)舘奈保子,荻野誠周:糖尿病黄斑浮腫に対する硝子体手術の成績.眼科手術8:129-134,19955)齋藤桂子,櫻庭知己,吉本弘志ほか:若年発症の増殖糖尿病網膜症の硝子体手術成績.眼紀47:1353-1357,19966)大西直武,植木麻里,池田恒彦ほか:若年者の増殖糖尿病網膜症硝子体手術成績.眼紀55:214-217,20047)渡辺朗,神前賢一,林敏信:40歳未満の増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術成績.眼科手術18:279-281,20058)松村美代,西澤稚子,田中千春ほか:虹彩隅角新生血管を伴う増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術.臨眼47:653-656,19939)野田徹,秋山邦彦:血管新生緑内障に対する網膜硝子体手術.眼科手術15:447-454,200210)五味文,恵美和幸,本倉雅信:糖尿病網膜症に対する早期硝子体手術の術後経過.臨眼48:1933-1937,199411)池田華子,高木均,大谷篤史ほか:活動性線維血管増殖を伴う糖尿病網膜症に対する早期硝子体手術の成績.眼科手術14:241-244,200112)本倉雅信,恵美和幸,竹中久ほか:増殖糖尿病網膜症に対する早期硝子体手術の意義.臨眼46:233-236,199213)恵美和幸:糖尿病網膜症の早期硝子体手術.臨眼49:1513-1517,199514)田野保雄:硝子体手術の適応と実際.あたらしい眼科3:773-782,198615)佐藤幸裕:糖尿病網膜症に対する硝子体手術.眼科28:903-912,198616)樋口暁子,山田晴彦,松村美代ほか:増殖糖尿病網膜症の硝子体手術成績─10年前との比較─.日眼会誌109:134-141,200517)小田仁,今野公士,三木大二郎ほか:糖尿病網膜症に対する硝子体手術─最近5年間の検討.日眼会誌109:603———————————————————————–Page5あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081161(115)612,200518)村松昌裕,横井匡彦,大野重昭ほか:増殖糖尿病網膜症の硝子体手術成績と手術適応の検討.日眼会誌110:950-960,200619)BlankenshipGW,MachemerR:Long-termdiabeticvit-rectomyresults.Reportof10yearfollow-up.Ophthalmol-ogy92:503-506,198520)BrownGC,TasmanWS,BensonWEetal:Reoperationfollowingdiabeticvitrectomy.ArchOphthalmol110:506-510,199221)茂木豊,北野滋彦,堀貞夫ほか:増殖糖尿病網膜症硝子体手術後の虹彩新生血管と血管新生緑内障.臨眼50:801-804,199622)DiolaiutiS,SennP,SchmidMKetal:Combinedparsplanavitrectomyandphacoemulsicationwithintraocularlensimplantationinsevereproliferativediabeticretinopa-thy.OphthalmicSurgLasersImaging37:468-474,200623)桐生純一,松村美代,高橋扶左乃ほか:60歳未満の糖尿病網膜症に対する硝子体手術成績─周辺部硝子体徹底廓清の有無による検討.臨眼94:1137-1140,200024)花井徹,小柴裕介,吉村長久ほか:50歳未満の増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術成績.臨眼55:1195-1198,200125)NarendranN,WilliamsonTH:Theeectsofaspirinandwarfarintherapyonhaemorrhageinvitreoretinalsurgery.ActaOphthalmolScand81:38-40,200326)江川勲,後藤寿裕,田澤豊ほか:網膜硝子体手術を必要とした糖尿病網膜症患者の全身状態.眼紀54:130-134,200327)門田英輝,木股敬裕,山崎光男ほか:頭頸部癌再建症例における術後全身合併症の検討.頭頸部癌31:570-575,200528)高田秀夫,加畑多文,富田勝郎ほか:股関節手術後の肺塞栓の頻度.HipJoint31:645-647,200529)青柳慶史朗,今泉拓也,白水和雄ほか:心血管疾患合併胃癌症例の検討とくに血液凝固阻止剤使用例について.臨床と研究82:15351539,200530)井上紘輔,吉田俊則,橋本浩三ほか:腎生検のため抗凝固療法休止中に腎梗塞を発症したネフローゼ症候群の一例.日本腎臓学会誌47:637,200531)森本佳成,丹羽均,峰松一夫ほか:抗血栓療法施行患者の歯科治療における出血管理に関する研究.日本歯科医学会誌25:93-98,200632)牧浦倫子,矢坂正弘,峰松一夫:抗凝固療法中患者の抜歯時の出血管理.脳卒中27:424-428,200533)DayaniPN,GrandMG:Maintenanceofwarfarinantico-agulationforpatientsundergoingvitreoretinalsurgery.TransAmOphthalmolSoc104:149-160,200634)SaitohAK,SaitohA,AmemiyaTetal:Anticoagulationtherapyandocularsurgery.OphthalmicSurgLasers29:909-915,199835)FuAD,McDonaldHR,JumperJMetal:Anticoagulationwithwarfarininvitreoretinalsurgery.Retina27:290-295,200736)HirschmanDR,MorbyLJ:Astudyofthesafetyofcon-tinuedanticoagulationforcataractsurgerypatients.NursForum41:30-37,200637)MorrisA,ElderMJ:Warfarintherapyandcataractsur-gery.ClinExpOphthalmol28:419-422,200038)鈴間潔:糖尿病網膜症の分子メカニズム.日本の眼科77:269-272,200639)WatanabeD,SuzumaK,MatsuiSetal:Erythropoietinasaretinalangiogenicfactorinproliferativediabeticretinopathy.NEnglJMed353:782-792,200540)FunatsuH,YamashitaH,NomaHetal:Increasedlevelsofvascularendothelialgrowthfactorandinterleukin-6intheaqueoushumorofdiabeticswithmacularedema.AmJOphthalmol133:70-77,200241)CunninghamETJr,AdamisAP,AltaweelMetal:AphaseⅡrandomizeddouble-maskedtrialofpegaptanib,ananti-vascularendothelialgrowthfactoraptamer,fordiabeticmacularedema.Ophthalmology112:1747-1757,2005***

Bevacizumab の硝子体内注射で硝子体手術時期が延期できた増殖糖尿病網膜症の1例

2008年6月30日 月曜日

———————————————————————-Page1(135)8850910-1810/08/\100/頁/JCLS《原著》あたらしい眼科25(6):885889,2008cはじめに活動性の高い増殖糖尿病網膜症(proliferativediabeticretinopathy:PDR)患者において,硝子体および前房水中の血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)濃度が上昇している1,2).近年,適応外使用であるが,眼科領域において抗VEGF薬であるbevacizumab(Avas-tinR)の硝子体内注射の効果が多く報告36)されており,PDRに対しても有用性が報告79)されている.しかし,硝子体手術の時期を延期する目的で,bevacizumabの硝子体注射を行った報告は見当たらない.今回,筆者らは両眼の増殖糖尿病網膜症で,右眼は硝子体手術後にシリコーンオイル下で重篤な再増殖が起こり,追加手術が必要で安定した状態になるには時間がかかると予想され,左眼も活動性が高く,硝子体出血や牽引性網膜離の発生が危惧される症例を経験した.この症例の左眼に対し,高度な視力低下が出現する前にbevacizumabの硝子体内注射を3回施行して,手術時期を延期することができたので報告する.I症例患者:31歳,男性.主訴:右眼視力低下.現病歴:2006年2月に他院で右眼の硝子体出血,牽引性網膜離を伴う増殖糖尿病網膜症のため,硝子体手術およびシリコーンオイル・タンポナーデが施行された.しかし,右〔別刷請求先〕北善幸:〒153-8515東京都目黒区大橋2-17-6東邦大学医療センター大橋病院眼科Reprintrequests:YoshiyukiKita,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityMedicalCenterOhashiHospital,2-17-6Ohashi,Meguro-ku,Tokyo153-8515,JAPANBevacizumabの硝子体内注射で硝子体手術時期が延期できた増殖糖尿病網膜症の1例北善幸佐藤幸裕北律子八木文彦富田剛司東邦大学医学部眼科学第二講座IntravitrealInjectionofBevacizumabtoDelayTimingofVitrectomyforProliferativeDiabeticRetinopathyPatientYoshiyukiKita,YukihiroSato,RitsukoKita,FumihikoYagiandGojiTomitaSecondDepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySchoolofMedicine高度な視力低下が出現する前にbevacizumabの硝子体内注射を複数回施行して,手術時期を延期できた症例を経験したので報告する.症例は31歳,男性.両眼の増殖糖尿病網膜症で,右眼は硝子体手術後に重篤な再増殖が起こり,追加手術が必要で安定した状態になるには時間がかかると予想された.左眼も活動性が高く,硝子体出血や牽引性網膜離の発生が危惧された.左眼の高度な視力低下が出現する前にbevacizumabの硝子体内注射を3回施行して,手術時期を延期することができた.Wereportontheeectivenessofrepeatedintravitrealinjectionsofbevacizumabinordertosustainvisualacuitywhiledelayingtimelysurgeryinpatientswithproliferativediabeticretinopathy.Thepatient,a31-year-oldmalewithbilateralproliferativediabeticretinopathy,requiredanadditionalvitrectomyowingtodevelopmentofrecurrentsevereproliferationafterinitialvitrectomyinhisrighteye,butaperiodoftimewasneededforstabiliza-tionoftheeye’scondition.Activitywasalsohighinthelefteye,withriskofdevelopingvitreoushemorrhageandtractionalretinaldetachment.Toforestallvisualacuitydeterioration,3intravitrealinjectionsofbevacizumabweregiveninordertoenabledelayofappropriatetimingforvitrectomy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(6):885889,2008〕Keywords:増殖糖尿病網膜症,血管内皮増殖因子,bevacizumab,黄斑偏位.proliferativediabeticretinopathy,vascularendothelialgrowthfactor,bevacizumab,macularheterotopia.———————————————————————-Page2886あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(136)(0.7×0.75D).眼圧は両眼19mmHg.両眼とも前眼部に異常なく,虹彩隅角新生血管なし.中間透光体は,右眼シリコーンオイル注入眼,左眼に異常なし.眼底は右眼鼻側に再増殖による牽引性網膜離があった.左眼は,乳頭新生血管(neovascularizationofthedisc:NVD),網膜新生血管,黄斑浮腫,網膜前出血があり,汎網膜光凝固(panretinalpho-tocoagulation:PRP)が施行されていた(図1).経過:右眼は再度の硝子体手術が必要であり,安定した状態になるには時間がかかると予想された.左眼はPRPが完成しているにもかかわらず,NVDは活動性があり,硝子体出血や牽引性網膜離が発生して,さらに視力が低下してくると予想された.そのため,右眼が安定した状態になるまでの間,左眼の網膜症の悪化と視力低下を防ぐ目的で,本院倫理委員会の承認を得て文章によるインフォームド・コンセントを取得のうえ,6月2日にbevacizumab1.25mg(0.05ml)の硝子体内注射(intravitrealinjectionofbevacizumab:IVB)を施行した.IVBは,局所麻酔下で,角膜輪部から3.5mm後方に32ゲージ針で行った.注射の前に前房水を採取した.採取した前房水のVEGF濃度はhumanVEGF抗体(R&DSystems)を用いて,enzyme-linkedimmunosor-bentassay(ELISA)法にて測定し,1,680pg/mlであった.注射後,NVDは徐々に減少し,50日後にはほぼ消退した.また,黄斑浮腫も改善し,矯正視力(1.0)になった.そのため,8月7日に右眼の硝子体再手術を施行した.手術は,シリコーンオイルを抜去し,増殖膜を処理したが,医原性裂孔が生じたのでSF6(六フッ化硫黄)ガスタンポナーデを行った.その後,左眼のNVDが再度増悪し(図2),右眼も軽度の硝子体出血が出現した.そのため,9月22日に左眼に対し2回目のIVB1.25mg(0.05ml)を施行し,NVDは再び消退した(図3).さらに,左眼に光凝固の追加(650発)を眼の鼻側にシリコーンオイル下で網膜上の再増殖が出現したため,同年5月23日に東邦大学医療センター大橋病院を紹介され受診した.既往歴:18歳より2型糖尿病.初診時所見:視力は右眼0.02(0.1×+6.00D),左眼0.3abc1初診時眼底写真a,b:右眼はシリコーンオイル注入眼で,鼻側に再増殖による牽引性網膜離がある.c:左眼は乳頭新生血管,網膜新生血管,黄斑浮腫,網膜前出血がある.図22回目のIVB前の左眼眼底写真NVDは一時的にはほぼ消退したが,その後,再度出現した.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008887(137)時点で硝子体手術の適応はないが,網膜症の悪化による視力低下が予想されるPDR患者に対し,IVBを施行して硝子体出血などの発症を遅らせ,硝子体手術の時期を延期できた症行った.右眼の白内障が進行してきたため,2007年1月26日,右眼超音波水晶体乳化吸引術と眼内レンズ挿入術を施行した.術後視力は右眼(0.1)であった.2月には左眼のNVDが再度増悪し,さらに硝子体出血と軽度の黄斑偏位が出現し視力が(0.3)に低下した(図4).本人の希望もあり,3月26日に3回目のIVB1.25mg(0.05ml)を施行した.その後,NVDはほぼ消退し,硝子体出血も改善したが,黄斑偏位のため視力は(0.4)までしか改善せず(図5),6月14日に左眼硝子体手術を施行した.術後,黄斑偏位が改善し視力(1.0)となった(図6).その後,外来で経過を観察しているが,2007年11月の時点で矯正視力は右眼(0.08),左眼(0.9)で安定している.II考按今回,筆者らは,硝子体出血や牽引性網膜離がなく,現図6最終眼底写真a:右眼視力(0.1).b:硝子体手術により黄斑偏位が改善し左眼視力(1.0)となった.ab32回目のIVB後の左眼眼底写真NVDはほぼ消退している.図43回目のIVB前の左眼眼底写真NVDが再度出現し,線維血管膜や硝子体出血,黄斑偏位がある.図53回目のIVB後の左眼眼底写真硝子体出血とNVDは消退し,線維血管膜と黄斑偏位がある.———————————————————————-Page4888あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(138)本症例は,右眼が重症のPDRで治療に時間がかかると考えられ,右眼が安定化する前に左眼の硝子体手術が必要になれば,患者は両眼の視力低下によって日常生活も困難になると予想された.このため,左眼にIVBを行って手術時期を延期し,患者のqualityofvisionを維持した.このような使用方法は,今後,硝子体手術が必要になる可能性がある症例で全身状態が不良で手術ができない場合に,IVBを用いて硝子体手術の時期を延期し,全身状態を改善する時間的余裕を作れる可能性もある.ただし,PDRの程度によっては牽引性網膜離が悪化する可能性はあるため,今後,どの程度のPDRに対して施行するか検討する必要があると考えられる.今回は,眼内炎などの合併症はみられなかったが,beva-cizumabの硝子体注射は1,000人に1人の確率で眼内炎などの危険が伴うと報告されている13).また,複数回投与による薬剤毒性など不明な点もあるが,症例を選んで慎重に対応すれば,非常に有用な薬になると考えた.文献1)AielloLP,AveryRL,ArriggPGetal:Vascularendothe-lialgrowthfactorinocularuidofpatientswithdiabeticretinopathyandotherretinaldisorders.NEngJMed331:1480-1487,19942)FunatsuH,YamashitaH,NomaHetal:RiskevaluationofoutcomeofvitreoussurgeryforproliferativediabeticretinopathybasedonvitreouslevelofvascularendothelialgrowthfactorandangiotensinII.BrJOphthalmol88:1064-1068,20043)RosenfeldPJ,MoshfeghiAA,PuliatoCA:Opticalcoher-encetomographyndingsafteranintravitrealinjectionofbevacizumab(Avastin)forneovascularage-relatedmacu-lardegeneration.OphthalmolSurgLaserImag36:331-335,20054)DavidorfFH,MouserJG,DerickRJ:Rapidimprovementofrubeosisiridisfromasinglebevacizumab(Avastin)injection.Retina26:354-356,20065)MasonⅢJO,AlbertJrMA,MaysAetal:Regressionofneovascularirisvesselsbyintravitrealinjectionofbevaci-zumab.Retina26:839-841,20066)IlievME,DomigD,Wolf-SchnurrburschUetal:Intravit-realbevacizumab(Avastin)inthetreatmentofneovascu-larglaucoma.AmJOphthalmol142:1054-1056,20067)SpaideRF,FisherYL:Intravitrealbevacizumab(Avas-tin)treatmentofproliferativediabeticretinopathycompli-catedbyvitroushemorrhage.Retina26:275-278,20068)MasonⅢJO,NixonPA,WhiteMF:Intravitrealinjectionofbevacizumab(Avastin)asadjunctivetreatmentofpro-liferativediabeticretinopathy.AmJOphthalmol142:685-688,20069)AveryRL,PearlmanJ,PieramiciDJ:Intravitrealbevaci-zumab(Avastin)inthetreatmentofproliferativediabeticretinopathy.Ophthalmology113:1695-1705,2006例を報告した.PDRの活動性が高いほど,前房水中および硝子体中のVEGF濃度は上昇し,硝子体中のVEGF濃度が高いと硝子体手術後に再増殖しやすいと報告されている1,2,10).まず,本症例のPDRの活動性について検討すると,数カ月前に他院でPRPが完了しているにもかかわらず前房水のVEGF濃度が1,680pg/mlであり,既報1)と比較して非常に高いグループに属すると思われ,網膜症が悪化する可能性が非常に高いと考えた.最近,PDRに対するIVBは新生血管を消退させると報告8,9)されている.また,Spaideらは硝子体出血を伴うPDRに対し,IVBの有効性を報告7)している.この報告では,合計2回のIVBを施行し,硝子体出血が消失し,硝子体手術が回避できている.しかし,重症のPDRに対しIVBを行うと,膜の収縮を増強し牽引性網膜離が5.2%に生じた11)と報告されている.ただ,これらの症例は,硝子体手術が必要なPDR症例であり,本症例では,新生血管は認めるが,検眼鏡的に線維血管膜や牽引性網膜離がない状態で,硝子体手術が必要な状態ではなく,IVBにより牽引性網膜離が発症し,緊急に硝子体手術になる可能性は低いと判断し,IVBを行った.今回,合計3回のIVBを施行した.1回目と2回目のIVBはNVDを消退させる目的で,3回目は,硝子体出血の減少に有効7)とされていたので,硝子体出血を減少させる目的で施行した.IVBによるNVDの消退は一時的なもので,再度増悪したが,IVBの再施行で減少した.1回目のIVB後に減少した新生血管が再度増加したので,2回目のIVB後も減少した新生血管が再度増加する可能性を考え,網膜虚血を改善させるため,網膜光凝固を追加した.しかし,網膜症を沈静化することはできなかった.そのため,もし,初診時に光凝固の追加のみをしていた場合,結果論ではあるが,網膜症の沈静化は得られなかったと考えられる.3回目のIVBの際には,硝子体出血とともに黄斑偏位が生じていた.IVBは硝子体出血には有効であったが,黄斑偏位が残存したので,最終的に硝子体手術を施行した.本症例では患者本人の希望もあり,3回目のIVBを施行した.しかし,この時期には,右眼は白内障手術が終了して安定化しており,左眼には線維血管膜の収縮による黄斑偏位が生じていた.黄斑偏位の持続期間と視力予後が関連するとの報告もあり12),また,線維血管膜も出現してきており,牽引性網膜離が生じる可能性も1回目や2回目のIVB時よりも高い確率と考えられ,本症例では黄斑偏位に対する硝子体手術後,幸いにも視力障害は残らなかったが,3回目のIVBをせずに,硝子体手術に踏み切るべきであったとも考えられる.しかし,最終的に硝子体手術を回避することはできなかったが,初回注射から硝子体手術まで約1年間,手術時期を延期できたと思われ,当初の目的は達成できたと考えた.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008889thy.BrJOphthalmol92:213-216,200812)SatoY,ShimadaH,AsoSetal:Vitrectomyfordiabeticmacularheterotopia.Ophthalmology101:63-67,199413)JonasJB,SpandauUH,RenschFetal:Infectiousandnoninfectiousendophthalmitisafterintravitrealbevaci-zumab.JOculPharmacolTher23:240-242,200710)FunatsuH,YamashitaH,ShimizuEetal:Relationshipbetweenvascularendothelialgrowthfactorandinterleu-kin-6indiabeticretinopathy.Retina21:469-477,200111)ArevaloJF,MaiaM,FlynnHWJretal:Tractionalreti-naldetachmentfollowingintravitrealbevacizumab(Avas-tin)inpatientswithsevereproliferativediabeticretinopa-(139)***