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在宅中心静脈栄養療法中に生じた壊死性強膜炎の1 例

2022年1月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科39(1):95.99,2022c在宅中心静脈栄養療法中に生じた壊死性強膜炎の1例長野広実伴由利子多田香織水野暢人京都中部総合医療センター眼科CACaseofNecrotizingScleritisthatOccurredDuringHomeParenteralNutritionHiromiNagano,YurikoBan,KaoriTadaandNobuhitoMizunoCDepartmentofOphthalmology,KyotoChubuMedicalCenterC在宅中心静脈栄養療法中に生じた壊死性強膜炎のC1例を報告する.症例はC75歳,男性.左眼の眼脂,充血,上方の強膜潰瘍と前房内炎症があり,京都中部総合医療センターに紹介となった.初診時,左眼の視力低下,眼球結膜充血,上方の結膜欠損,強膜菲薄化,結膜下膿瘍があった.経口摂取不良に伴う低蛋白血症や貧血があり,全身状態は不良であった.中心静脈ポート周囲の発赤・腫脹があり,抜去後のカテーテル先端の培養検査から真菌が検出された.真菌感染を疑い,抗菌薬の内服・局所投与に加え,抗真菌薬の点滴を開始したが奏効せず,結膜下膿瘍が増悪したため,2回にわたり結膜切開洗浄を施行した.2回目の切開時の培養検査でコアグラーゼ陰性ブドウ球菌が検出され,抗菌薬の点滴開始と抗菌薬の結膜下注射後より改善したことから,細菌感染が原因と考えられた.ただし,真菌感染を併発していた可能性もある.感染性強膜炎には,診断的・治療的意義のある外科的処置が有効である.CWehereindescribeacaseofnecrotizingscleritisthatoccurredduringhomeparenteralnutrition.A75-year-oldmalepresentedwithdischargeandhyperemiainhislefteye.HewasreferredtoourhospitalforscleralulcerandCin.ammationCinCtheCanteriorCchamber.CInitialCexaminationCrevealedClossCofCvisualCacuity,CscleralCthinning,CandCsubconjunctivalabscess,andhisoverallgeneralconditionwaspoor.Rednessandswellingwerenotedaroundtheinsertionsiteofthecentralvenousaccessdevice,andfungiweredetectedinthecathetertipculture.Despiteanti-fungaltreatment,therewasnoimprovement.Conjunctivalresectionandwashingwereperformedtwotimes.Coag-ulaseCnegativeCStaphylococciCwereCisolatedCfromCaCsubconjunctivalCsampleCofCtheCsecondCbiopsy,CandCin.ammationCwasresolvedafterintravenoustreatmentandsubconjunctivalinjectionofanantibiotic.Thus,wesuspectedabac-terialinfection,althoughthepossibilityofafungalinfection-relatedcomplicationcannotberuledout.Our.ndingsrevealedthatsurgicaltreatmentise.ectiveforinfectiousscleritis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C39(1):95.99,2022〕Keywords:壊死性強膜炎,感染性強膜炎,結膜切開,在宅中心静脈栄養療法,コアグラーゼ陰性ブドウ球菌.nec-rotizingscleritis,infectiousscleritis,conjunctivalincision,homeparenteralnutrition,coagulasenegativeStaphylococ-ci.Cはじめに強膜炎はおもな眼炎症疾患の一つであり,充血と眼痛を主症状とする1).関節リウマチや抗好中球細胞質抗体(antineu-trophilCcystoplasmicCantibody:ANCA)関連血管炎,再発性多発軟骨炎などの自己免疫疾患に伴って発症する非感染性強膜炎の頻度が高く,感染性強膜炎は強膜炎全体のC5.10%とまれである1,2).感染性強膜炎の背景には,翼状片の手術後や眼外傷歴,化学療法などの既往があることが多い2).また,臨床所見から前部強膜炎と後部強膜炎に分けられ,さらに前部強膜炎はびまん性,結節性,壊死性に分けられる3).そのなかで,壊死性強膜炎は強膜穿孔に至ることもあり,視力予後不良で重篤な病態である4).今回,筆者らは在宅中心静脈栄養療法中に生じた細菌感染による壊死性強膜炎の患者を経験し,診断に苦慮しながらも良好な転帰を得たので報告〔別刷請求先〕長野広実:〒629-0197京都府南丹市八木町八木上野C25京都中部総合医療センター眼科Reprintrequests:HiromiNagano,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KyotoChubuMedicalCenter,25YagiUeno,Yagi-cho,Nantan,Kyoto629-0197,JAPANC図1左眼前眼部所見の経過a:初診時,眼球結膜充血,上部に結膜欠損があり,結膜欠損部の付着物を除去すると強膜が菲薄化していた(X日).b:抗真菌薬治療は奏効せず,前眼部所見は改善しなかった(X+15日).Cc:術中写真.結膜切開洗浄を施行した(X+20日).Cd:耳側の結膜下膿瘍の拡大と結膜融解が出現した(X+33日).Ce:抗菌薬治療が奏効し,前眼部の炎症所見は改善傾向となった(X+40日).Cf:強膜の菲薄化は広範囲に残存した(X+5カ月).する.CI症例患者:75歳,男性.主訴:左眼の眼脂,充血.既往歴:5年前に胃癌で胃全摘,3年前に絞扼性イレウスで小腸部分切除を施行され,3年前より在宅中心静脈栄養療法を受けていた.右眼のみC11年前に白内障手術を施行されているが,左眼の眼科手術歴や外傷歴はなかった.現病歴:XC.7日に左眼の充血,眼脂が出現し,近医眼科を受診した.ノルフロキサシン点眼が開始されたが改善なく,X.1日に前医へ紹介となった.左眼上部の強膜潰瘍と前房内炎症があり,埋め込み型中心静脈ポート(CVポート)からの血行性感染を疑われ,X日に京都中部総合医療センター(以下,当院)へ紹介となった.初診時所見:視力は右眼C0.7(1.2C×sph+0.50D(cyl.1.25DAx90°),左眼C0.1(0.4C×sph+0.50D(cyl.2.5DAx70°),眼圧は右眼8mmHg,左眼3mmHgであった.左眼に眼球結膜充血,上部には結膜欠損があり,白色の付着物がみられた.付着物を除去したところ,強膜が菲薄化しており,結膜欠損部周囲の隆起を認めた(図1a).前房内の炎症細胞浮遊,硝子体混濁がみられたが,眼底に異常はなかった.右眼は眼内レンズ挿入眼で,前眼部および眼底に異常はなかった.発熱はなかったが,倦怠感の訴えが強く,経口摂取は不良であった.血液検査では総蛋白C6.5Cg/dl,Alb2.8Cg/dlと低蛋白血症があり,CRPはC3.3Cmg/dlと軽度上昇,白血球数はC6,050/μlと正常値であった.また,赤血球数C295C×104/μL,Hb9.9Cg/dlと貧血を呈していた.Cb-Dグルカンは陰性であった.経過:X日よりモキシフロキサシン点眼,セフメノキシム点眼,0.1%フルオロメトロン点眼各C6回/日,オフロキサシン軟膏1回/日を開始した.左胸部のCCVポート周囲の発赤,腫脹があったため,当院の外科に紹介したところ,感染が疑われ,翌日入院となり,CVポート交換が施行された.初診時に採取した眼脂の培養検査は陰性であったが,CVカテーテル先端の培養検査でCTrichosporumが検出され,外科でミカファンギンC150mg/日の点滴とメトロニダゾールC250Cmg×4錠,分C4の内服が開始された.当科でも抗真菌治療として,ミカファンギン点眼C4回/日とピマリシン眼軟膏4回/日を追加した.X+5日目に眼内移行性を考慮し,ミカファンギン点滴をアムホテリシンCB点滴C150Cmg/日に変更した.しかし,前眼部所見は改善なく(図1b),硝子体混濁の増悪があり,網膜に白色病変が出現したため(図2),X+20日目に結膜切開洗浄を施行した.強膜菲薄部周辺の隆起部を切開し,結膜下の組織を採取後,6倍希釈したポリビニルアルコールヨウ素(PA・ヨード)点眼・洗眼液で菲薄部および隆起部の結膜下を洗浄した(図1c).病理組織検査では,ヘマトキシリン・エオジン染色(HE染色)で好中球,形質細胞浸潤を伴う肉芽組織の形成を認めた.血管炎や類上皮肉芽種の所見はなかった.PAS染色で真菌やアメーバは検出されなかった(図3).形質細胞浸潤があったため,IgG4染色も行ったが陰性であった.著明な好中球浸潤があったことから感染が疑われたが,培養検査は細菌・真菌ともに陰性であった.X+20日目に行った免疫血清学的検査では,抗核抗体はC40倍未満と陰性だったが,リウマチ因子はC72CIU/mlと上昇しており,血清補体価もC12.0CCH50/ml以下に低下していた.しかし,膠原病を疑う全身症状や既往はなく,膠原病の合併は否定的と考えた.抗真菌治療の効果が乏しかったため,X+23日目にアムホテリシンCB点滴を中止し,メロペネム点滴C0.5CgC×2/日を開始した.X+26日目にC38.3℃の発熱がみられたため,外科でミカファンギン点滴C150Cmg/日が再開され,バンコマイシン点滴C600CmgC×2/日が追加された.同日施行の血液培養検査は陰性であったが,再度カテーテル感染が疑われたため,X+29日目にCCVポートが抜去され,4日後に熱型は改善した.この際のCCVカテーテル先端の培養検査も陰性であった.その頃から前房内炎症,結膜充血は軽快したが,耳側の結膜下膿瘍の拡大と結膜融解がみられた(図1d)ため,X+34日目に再度,結膜切開排膿を行った.その際,検体の採取のほか,セファゾリンC0.1Cgの結膜下注射とCPA・ヨードによる洗浄も施行した.病理組織検査は前回と同様の結果であったが,培養検査で初めてコアグラーゼ陰性ブドウ球菌が検出された.使用していた抗菌薬すべてにおいて,薬剤感受性は良好であった.その後,抗菌薬治療を継続したところ,前眼部炎症所見は改善し(図1e),網膜の白色病変も消失した.点眼治療のみとなり,X+43日目に退院となった.外来で徐々に点眼を漸減した.強膜の菲薄化は広範囲に残存しているものの(図1f),X+5カ月後には硝子体混濁はほぼ消失し,左眼矯正視力も(1.0)まで改善した.CII考按強膜炎の治療には非感染性か感染性の鑑別が重要で,さらに,感染性であれば病原体は何であるかを同定する必要がある.本症例では,CVカテーテル先端の培養検査結果からTrichosporumが検出されたため,まず真菌感染を疑ったが,抗真菌治療の効果が乏しく,初診時の眼脂やC1回目の結膜切開時の培養で真菌・細菌ともに菌体は検出されなかったため,診断に苦慮した.抗真菌薬治療から抗菌薬治療へ転換することで改善傾向となった経過(図4)と,結膜切開時の病図2X+19日目の眼底写真硝子体混濁が増悪し,網膜に白色病変(→)が出現した.図3結膜切開時(1回目)の病理組織検査HE染色で,好中球,形質細胞浸潤を伴う肉芽組織の形成を認めた.血管炎や類上皮肉芽種の所見はなかった.PAS染色で真菌やアメーバは検出されなかった.図4治療経過のまとめメロペネム点滴の開始,セファゾリンの結膜下注射後から視力が改善傾向となっている.理組織検査で好中球浸潤が著明であったこと,2回目の結膜切開時の培養検査でコアグラーゼ陰性ブドウ球菌が検出されたことを踏まえて,最終的に細菌感染の診断に至った.しかし,CVカテーテル先端からは真菌が検出されており,発熱があったこと,硝子体混濁や網膜の白色病変の出現があったことから,真菌性眼内炎を併発していた可能性は否定できない.厚見ら5),馬郡ら6)は,術後に発症した緑膿菌による壊死性強膜炎の症例を報告している.充血,結膜下の膿瘍病巣や強膜菲薄化といった所見が本症例と類似していたが,緑膿菌感染に特徴的な病巣部のCcalci.cationplaqueは認めず,培養検査で緑膿菌が検出されることもなかった.また,当院初診時の眼脂培養検査やC1回目の結膜切開時の培養検査で菌体が検出されなかったのは,すでに抗真菌薬,抗菌薬の全身投与がされていたことも一因として考えられる.感染性強膜炎は,強膜層の膠原線維が強固に結合していることで抗菌薬の浸透が悪く,病原体が強膜内層に長期間留まるため,管理が困難とされている7).そのため,治療には抗菌薬点眼や抗菌薬の病巣部への結膜下注射などの局所的治療と全身的な抗菌薬投与に加えて,外科的処置による病変部強膜の開放と抗菌薬を混ぜた生理食塩水や希釈したポビドンヨードでの洗浄が推奨されている5,8).外科的処置により抗菌薬の浸透性が上がり,また病原体自体を減らす効果がある.同時に生検を施行できるため,診断的役割もある.強膜穿孔のリスクもある侵襲的な処置であるため,本症例では抗真菌薬による治療経過を観察したあとの施行となったが,診断の補助となり,結果的に良好な転機をもたらした.過去の報告では,感染性強膜炎の診断目的に強膜生検でのPCR検査を用いている症例がある9).PCR検査はウイルスなどのスクリーニングだけでなく,細菌と真菌のそれぞれに特有のCDNA配列(細菌C16CSrRNA,真菌C18CS/28CSrRNA)に対する定量的CPCRを行うことで,細菌または真菌の感染の有無を証明できる10).今回は実施しなかったが,PCR検査を用いることで,細菌性か真菌性かを鑑別でき,より早期に有効な治療を選択できた可能性もある.感染性強膜炎の危険因子として,翼状片,白内障などの手術,マイトマイシンCCの使用,異物・植物・土壌の混入などの眼外傷,化学療法や後天性免疫不全症候群に伴う免疫抑制状態があげられる2).本症例では患眼の手術歴や外傷歴はなかったが,経口摂取不良や低蛋白血症をきたしており,低栄養状態であった.蛋白質・エネルギー低栄養(proteinCenergymalnutriton:PEM)では,一次および二次リンパ系器官の萎縮,Tリンパ球の増殖能の低下が起こり,おもに細胞性免疫の機能が低下することで,感染症の発生頻度が高くなるとされている11).本症例では,低栄養による免疫機能の低下が感染リスクとなり,健常人では病原性を示さない弱毒菌であるコアグラーゼ陰性ブドウ球菌が感染を引き起こしたと考えられる.全身状態の改善にともない経口摂取量が増加した結果,低栄養状態が是正され,強膜炎の改善へとつながった.感染性強膜炎では,単巣性・多巣性の強膜膿瘍が結膜下に黄色がかった結節として現れ,角膜輪部に沿って弧状に広がる特徴がある.一部の患者では強膜が菲薄化し,消炎後に感染拡大の軌跡を示す黒色の帯が確認される2).本症例でも,上部に同様の強膜菲薄化が残存しており,脆弱性があるため,今後も外傷や感染に注意が必要である.今回の経験から,中心静脈栄養療法を受けている患者では低栄養状態に伴う感染リスクがあること,また感染性強膜炎において,診断と治療の両方の役割を果たす外科的処置が有効であることを実感した.診断が困難で,現行の治療が奏効しない場合は,治療方針の転換が診断につながる可能性がある.文献1)平岡美紀:強膜炎の診断.眼科C60:669-674,C20182)RamenadenCER,CRaijiVR:ClinicalCcharacteristicsCandCvisualCoutcomesCinCinfectiousscleritis:aCreview.CClinCOphthalmolC7:2113-2122,C20133)WatsonCPG,CHayrehSS:ScleritisCandCepiscleritis.CBrJOphthalmolC60:163-191,C19764)Sainz-de-la-MazaM,MolinaN,Gonzalez-GonzalezLAetal:ClinicalCcharacteristicsCofCaClargeCcohortCofCpatientsCwithCscleritisCandCepiscleritis.COphthalmologyC119:43-50,C20125)厚見知甫,明石梓,下山剛ほか:病巣の切除およびポビドンヨードによる洗浄が奏効した緑膿菌による壊死性強膜炎のC2例.あたらしい眼科C36:1312-1316,C20196)馬郡幹也,戸所大輔,岸章治ほか:翼状片手術のC30年後に発症した緑膿菌による壊死性強膜炎のC1例.あたらしい眼科C34:726-729,C20177)HsiaoCCH,CChenCJJ,CHuangCSCCetal:IntrascleralCdissemi-nationCofCinfectiousCscleritisCfollowingCpterygiumCexcision.CBrJOphthalmolC82:29-34,C19988)LinCCP,CShihCMH,CTsaiCMCCetal:ClinicalCexperiencesCofCinfectiousCscleralulceration:aCcomplicationCofCpterygiumCoperation.BrJOphthalmolC81:980-983,C19979)AgarwalM,PatnaikG,SanghviKetal:Clinicopathologi-cal,CmicrobiologicalCandCpolymeraseCchainCreactionCstudyCinCaCcaseCofCNocardiaCscleritis.COculCImmunolCIn.amm,2020.Cdoi:10.1080/09273948.2020.177029910)SugitaCS,COgawaCM,CShimizuCNCetal:UseCofCaCcompre-hensivepolymerasechainreactionsystemfordiagnosisofocularCinfectiousCdiseases.COphthalmologyC120:1761-1768,C201311)MarcosCA,CNovaCE,CMonteroCACetal:ChangesCinCtheCimmuneCsystemCareCconditionedCbyCnutrition.CEurCJCClinCNutrC57:S66-S69,C2003***

強角膜移植術後の高眼圧症に対して マイクロパルス波経強膜毛様体光凝固術を行った1 例

2021年10月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科38(10):1212.1215,2021c強角膜移植術後の高眼圧症に対してマイクロパルス波経強膜毛様体光凝固術を行った1例織田公貴*1子島良平*1小野喬*1,2森洋斉*1大谷伸一郎*1岩崎琢也*1宮田和典*1*1宮田眼科病院*2東京大学大学院医学系研究科眼科学教室CACaseofMicropulseTransscleralCyclophotocoagulationforOcularHypertensionAfterSclerokeratoplastyKimitakaOda1),RyoheiNejima1),TakashiOno1,2),YosaiMori1),ShinichiroOhtani1),TakuyaIwasaki1)andKazunoriMiyata1)1)MiyataEyeHospital,2)DepartmentofOphthalmology,UniversityofTokyo,GraduateSchoolofMedicineC緒言:壊死性強膜炎と真菌性角膜炎の治癒後に強角膜移植術を行い,マイクロパルス波経強膜毛様体光凝固術(MP-CPC)により良好な眼圧コントロールを得られた症例を経験した.症例:63歳,男性.糖尿病網膜症の加療中に両眼の特発性壊死性強膜炎を発症し,強膜の菲薄化が進行していた.強膜炎治療中に両眼の真菌性角膜炎を発症し,抗真菌薬の点眼・内服および角膜クロスリンキングで加療し軽快したが,視力は両眼とも光覚弁となった.角膜が周辺部まで菲薄化していたため全層角膜移植術は困難と判断し,視機能回復のため左眼の強角膜移植術を行った.術後に眼圧が上昇し,抗緑内障薬でコントロール不良であったため,MP-CPCを行った.強角膜移植術後C15カ月現在で,左眼の矯正視力は(0.08),眼圧はC16CmmHgであり,角膜の透明性は良好である.結論:トラベクレクトミーやチューブシャント術が困難な強角膜移植術後の高眼圧症に対し,MP-CPCは有効な治療法の一つである.CPurpose:WeCreportCaCcaseCthatCunderwentCsclerokeratoplastyCafterCnecrotizingCscleritisCandCfungalCkeratitisCandCachievedCgoodCintraocularCpressureCwithCmicropulseCtransscleralcyclophotocoagulation(MP-CPC).CCaseReport:Thisstudyinvolveda63-year-oldmalepatientwhohadbilateralnecrotizingscleritiswithdiabeticreti-nopathyandathinsclera.Hecontractedfungalkeratitisbilaterallyduringtreatmentofscleritis.Althoughantifun-galeyedrops,oralmedicine,andcornealcross-linkingimprovedthekeratitis,hisvisualacuitywaslightsensationinbotheyes.Sincepenetratingkeratoplastywasconsidereddi.cultinhislefteyeduetoathinperipheralcornea,sclerokeratoplastyCwasCperformed.CSinceCpostoperativeCintraocularpressure(IOP)increaseCwasCdi.cultCtoCcontrolCwithananti-glaucomadrug,MP-CPCwasadministered.At15-monthspostsclerokeratoplasty,hisbest-correctedvisualacuitywas0.08andtheIOPwas16CmmHgwithatransparentcornea.Conclusion:MP-CPCisoneofthee.ectiveCtreatmentsCforCpatientsCwithCocularChypertensionCinCwhomCtrabeculectomyCorCtubeCshuntCsurgeryCpostCsclerokeratoplastyisinapplicable.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)38(10):1212.1215,C2021〕Keywords:壊死性強膜炎,真菌性角膜炎,強角膜移植術,マイクロパルス波経強膜毛様体光凝固術.necrotizingCscleritis,fungalkeratitis,sclerokeratoplasty,micropulsetransscleralcyclophotocoagulation.Cはじめに強角膜移植術は,強膜と同時にドナー角膜を移植する手術であり,広範囲にわたる角膜病変や通常の全層角膜移植術が不可能な症例に対して行われる1,2).強角膜移植術は重症症例の視機能を維持する有効な術式であるが,術後の眼圧上昇,感染症,拒絶反応などの合併症が認められる3).とくに眼圧上昇は起こりやすく,眼圧コントロールが困難な症例に対してはチューブシャント術や毛様体光凝固術が行われるが,予後不良であることが多い2,3).近年,緑内障に対する新しい治療法としてマイクロパルス〔別刷請求先〕織田公貴:〒885-0051宮崎県都城市蔵原町C6-3宮田眼科病院Reprintrequests:KimitakaOda,M.D.,MiyataEyeHospital,6-3Kurahara,Miyakonojo,Miyazaki885-0051,JAPANC1212(80)波経強膜毛様体光凝固術(micropulseCtransscleralCcyclopho-tocoagulation:MP-CPC)が行われている.MP-CPCは点眼治療で眼圧下降効果が乏しい症例や,従来の手術治療に対して抵抗性を示す症例に用いられ,その高い臨床効果が示されている4).全層角膜移植術後の高眼圧症に対してCMP-CPCが有効であったと報告されているが5,6),強角膜移植術後のMP-CPCの有効性はこれまでに示されていない.今回筆者らは,真菌性角膜炎後の角膜混濁に対して強角膜移植術を行い,MP-CPCを用いて術後の眼圧コントロールを行った症例を経験したため報告する.CI症例患者:63歳,男性.主訴:両眼の視力低下,充血および疼痛.職業:養鶏業.既往歴:糖尿病網膜症(両眼).現病歴:2015年C11月から両眼の糖尿病網膜症に対し宮田眼科病院(以下,当院)にて治療中に,特発性壊死性強膜炎を発症し,強膜の菲薄化が進行していた.0.1%ベタメタゾン点眼による治療を行っていたところ,2017年C10月に左眼の角膜穿孔,虹彩脱出,実質内膿瘍を認め(図1a),角膜擦過物の塗抹検査で糸状真菌(後の培養検査でCPaecilomycesspecies陽性)が検出された.抗真菌薬の点眼と内服では十分に改善が得られず,11月中旬に角膜クロスリンキングを行ったところ鎮静化した(図1b).さらに,2018年C1月に右眼の角膜に浸潤巣を認め,培養検査でCPaecilomycesCspe-ciesが検出された.抗真菌薬による治療を開始したが真菌性角膜炎は増悪し,角膜クロスリンキングにより鎮静化した.その後,感染の再燃はなかったが強膜の菲薄化および角膜混濁を認め,視力は両眼とも光覚弁となった(図1c,d).経過:2018年C10月,視機能回復目的に左眼の角膜移植術を検討したが,前眼部光干渉断層計による評価で角膜周辺部の菲薄化を認めた(最菲薄化部位の角膜厚:171Cμm)(図2).全層角膜移植は困難と判断し,患者に十分な説明と同意のもとで,直径約C12Cmmの強角膜移植術を行った.全身麻酔下で,菲薄化した角膜を輪部まで切除したのち,10-0ナイロン糸を用い強角膜切片を端々縫合した.術後はC1.5%レボフロキサシン,0.1%リン酸ベタメタゾン,アトロピン,トロ図1真菌性角膜炎時の前眼部写真a:角膜穿孔時の前眼部写真(左眼).瞳孔領下方に角膜穿孔,虹彩脱出,および実質内膿瘍を認める.のちに糸状真菌が検出された.Cb:真菌性角膜炎に対する角膜クロスリンキング後の前眼部写真(左眼).広範に菲薄化した角膜を虹彩が圧迫している.前房は消失している.Cc:真菌性角膜炎鎮静化後の前眼部写真(左眼).壊死性強膜炎に認められた強膜の菲薄化がさらに進行し,角膜混濁も認められる.Cd:真菌性角膜炎鎮静化後の前眼部写真(右眼).左眼と同様に,壊死性強膜炎による強膜の菲薄化,真菌性角膜炎後の角膜混濁,角膜の菲薄化が観察される.171μmab図2強角膜移植術前の左眼の前眼部写真a:強角膜移植術前の前眼部写真(左眼).真菌性角膜炎後の角膜混濁を認め,菲薄化した角膜を虹彩が圧迫しており前房が消失している.Cb:強角膜移植術前の前眼部光干渉断層計像(左眼).角膜が大きく前方に突出し,周辺部の著しい菲薄化が認められる.Cab図3強角膜移植術後の左眼の前眼部写真a:強角膜移植術後C1カ月時の前眼部写真(左眼).移植片の接着は良好であり,角膜の透明性は維持されている.Cb:強角膜移植術後の前眼部光干渉断層計像(左眼).前房が形成されており,中心角膜厚はC671Cμmである.ピカミド・フェニレフリン点眼を使用・漸減した.また,プレドニゾロンの内服をC30Cmgから開始し,2018年C11月末にはC5Cmgまで漸減した.以降も壊死性強膜炎の再燃予防のために内服継続とした.術後C1カ月における角膜の透明性は良好で,角膜内皮細胞密度はC1,550Ccells/mmC2であった(図3).糖尿病黄斑症のため左眼の矯正視力は(0.05)であった.術後早期から眼圧が上昇したため,トラボプロスト・チモロールマレイン酸とリバスジル点眼を使用し,アセダゾラミドを内服していたが,術後C1カ月の時点で眼圧は28CmmHgと高値であった.明らかな虹彩前癒着は観察されなかった.強膜の菲薄化によりトラベクレクトミーやチューブシャント術は困難と判断し,MP-CPC(CycloG6:TOMEY)(power:2,000CmW,dutycycle:31.3%,80秒C×2)を行った.術直後に眼圧はC22CmmHgまで下降したが,術後C8カ月および12カ月に眼圧が上昇したため,再度CMP-CPCを行った.いずれの処置後においても,前房内の炎症の増悪は認められず,下方の一部角膜上皮欠損以外にCMP-CPCによる明らかな合併症は認めなかった.強角膜移植術後C15カ月現在で,左眼の矯正視力は(0.08),眼圧はC16CmmHgであり,角膜の透明性は良好で角膜内皮細胞密度C1,634Ccells/mmC2を維持している.CII考按特発性壊死性強膜炎と真菌性角膜炎後の強膜菲薄化と角膜混濁に対して強角膜移植術を行い,術後の眼圧コントロールにCMP-CPCが有効であった症例を経験した.角膜移植後の眼圧上昇は,全層角膜移植術後でC10.30%7,8),強角膜移植術後でC56.5%2)に生じると報告されている.本症例では角膜移植時にチューブシャント術の併施を検討したが,強膜の菲薄化により困難と予想された.加えて,患者が高齢であるためブレブ管理が困難であると予想され,術後にCMP-CPCを行った.術後C15カ月経過後も,強膜炎と真菌性角膜炎の再燃はなく,強角膜移植片は透明であり良好な眼圧コントロールが得られている.MP-CPCの眼圧下降効果について,TanらはC40眼の検討で術前眼圧C39.3CmmHgから術後C12カ月時点でC26.2CmmHgまで眼圧が低下し,38.0%の眼圧下降効果を報告している9).わが国においても,光田らはC20眼の検討で術前眼圧C32.6mmHgから術後C6カ月時点でC22.2CmmHgまで眼圧が低下し,29.7%の眼圧下降効果を認めている10).本検討においても同様に眼圧低下が得られ,MP-CPCの有効性が確認された.さらに,MP-CPCは繰り返し行うことが可能であり10),本症例でも眼圧の再上昇に対して計C3回のCMP-CPCを行い最終的に良好な眼圧コントロールが得られた.従来行われてきた毛様体光凝固術は,毛様体を破壊し房水産生を減少させる方法であり,術後に眼内の炎症,前房出血,眼球瘻への進行などの合併症が問題であった11).一方,MP-CPCは毛様体扁平部を刺激し,組織間隙を拡大することでぶどう膜強膜流出路の排出を促進しているため,眼組織への侵襲が少ないと考えられている4).本症例でも,術後に前房内に炎症は認められず,特筆すべき合併症は生じなかった.術後の経過観察中,角膜の透明性も維持されており,角膜内皮細胞への影響も小さいことが推察された.強角膜移植術は術後に拒絶反応が起きやすく,ShiらはC17眼の検討でC1カ月以内にC70.5%で拒絶反応が生じたと報告している12).強角膜移植片には角膜,角膜輪部上皮,強膜が含まれるため,抗原性の高い上皮細胞が直接血管の豊富な結膜に接触することにより,拒絶反応のリスクが高くなる13).しかしながら,本症例では術後C15カ月経過した時点で明らかな拒絶反応は観察されなかった.壊死性強膜炎の再発予防目的にプレドニゾロン内服を継続していたことが拒絶反応の予防に寄与した可能性がある.一方で,ステロイドの長期使用によりさらなる眼圧上昇が生じる可能性があり,今後も慎重な経過観察が必要である.今回筆者らは,特発性壊死性強膜炎と真菌性角膜炎の治療後,強角膜移植術を行い,MP-CPCにより良好な眼圧コントロールが得られたC1例を経験した.トラベクレクトミーやチューブシャント術が困難な強角膜移植術後の高眼圧症に対し,MP-CPCは有効な治療法の一つであると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)CoboCM,COrtizCJR,CSafranSG:SclerokeratoplastyCwithCmaintenanceCofCtheCangle.CAmCJCOphthalmolC113:533-537,C19922)HirstCLW,CLeeGA:CorneoscleralCtransplantationCforCendCstageCcornealCdisease.CBrCJCOphthalmolC82:1276-1279,C19983)ThatteCS,CDubeCAB,CDubeyCTCetal:OutcomeCofCsclero-keratoplastyCinCdevastatingCsclerocornealCinfections.CJCurrOphthalmolC32:38-45,C20204)AquinoMC,BartonK,TanAMetal:MicropulseversuscontinuousCwaveCtransscleralCdiodeCcyclophotocoagulationCinrefractoryCglaucoma:aCrandomizedCexploratoryCstudy.CClinExpOphthalmolC43:40-46,C20155)SubramaniamCK,CPriceCMO,CFengCMTCetal:MicropulseCtransscleralCcyclophotocoagulationCinCkeratoplastyCeyes.CCorneaC38:542-545,C20196)LeeJH,VuV,Lazcano-GomezGetal:ClinicaloutcomesofCmicropulseCtransscleralCcyclophotocoagulationCinCpatientsCwithCaChistoryCofCkeratoplasty.CJCOphthalmol2020:6147248,C20207)杉岡孝二,福田昌彦,日比野剛ほか:近畿大学眼科における全層角膜移植術後の続発緑内障.あたらしい眼科C18:C948-951,C20018)池田和敏,福岡詩麻,臼井智彦ほか:角膜移植術後の続発緑内障に対する線維柱帯切除術の成績.あたらしい眼科C25:219-221,C20089)TanAM,ChockalingamM,AquinoMCetal:Micropulsetransscleraldiodelasercyclophotocoagulationinthetreat-mentCofCrefractoryCglaucoma.CClinCExpCOphthalmolC38:C266-272,C201010)光田緑,中島圭一,谷原秀信ほか:マイクロパルス波経強膜毛様体光凝固術の短期成績.あたらしい眼科C36:C1078-1082,C201911)PantchevaMB,KahookMY,SchumanJSetal:Compari-sonCofCacuteCstructuralCandChistopathologicalCchangesCinChumanCautopsyCeyesCafterCendoscopicCcyclophotocoagula-tionandtrans-scleralcyclophotocoagulation.BrJOphthal-molC91:248-252,C200712)ShiCW,CWangCT,CZhangCJCetal:ClinicalCfeaturesCofCimmuneCrejectionCafterCcorneoscleralCtransplantation.CAmJOphthalmolC146:707-713,C200813)YamagamiS,YokooS,UsuiTetal:Distinctpopulationsofdendriticcellsinthenormalhumandonorcornealepi-thelium.InvestOphthalmolVisSciC46:4489-4494,C2005***

壊死性強膜炎に合併した両眼性のPaecilomyces真菌性角膜炎の1例

2020年11月30日 月曜日

《原著》あたらしい眼科37(11):1444.1448,2020c壊死性強膜炎に合併した両眼性のPaecilomyces真菌性角膜炎の1例子島良平木下雄人森洋斉岩崎琢也宮田和典宮田眼科病院CACaseofBilateralPaecilomycesKeratitisAssociatedwithNecrotizingScleritisCRyoheiNejima,KatsuhitoKinoshita,YosaiMori,TakuyaIwasakiandKazunoriMiyataCMiyataEyeHospitalC目的:壊死性強膜炎の治療中に両眼性のCPaecilomyces角膜炎を発症したC1例を経験したので報告する.症例:59歳,男性.糖尿病網膜症の加療中に両眼の充血・疼痛を自覚し再診した.壊死性強膜炎と判断し精査を行ったが原因は不明,ステロイド点眼で治療を開始した.5カ月後に左眼の角膜穿孔・膿瘍を認め,塗抹検鏡で糸状菌が,培養検査でPaecilomyces属が検出され真菌性角膜炎と診断した.右眼は強膜の菲薄化が進行していた.入院のうえ,左眼はステロイド点眼を中止し抗真菌薬を投与するも増悪,角膜クロスリンキングを行ったが視力は光覚弁となった.右眼には免疫抑制薬,ステロイド内服を追加,軽快し退院となった.退院後の再診時に右眼にも膿瘍を認め,培養でCPaecilomy-ces属が検出された.抗真菌薬で加療するも右眼も光覚弁となった.結語:壊死性強膜炎の治療中には真菌性角膜炎の発症に注意すべきである.CPurpose:ToreportacaseofbilateralPaecilomycesCkeratitisinapatientundergoingtreatmentfornecrotizingscleritis.Casereport:A59-year-oldmanwhowasundergoingtreatmentfordiabeticretinopathypresentedwithhyperemiaandpaininbotheyes.Althoughdetailedexaminationsfailedtoidentifytheunderlyingcause,necrotiz-ingscleritiswassuspected,sotreatmentwithsteroideyedropswasinitiated.Fivemonthslater,weobservedcor-nealperforationandanabscessinthelefteye,andasmearexaminationandculturetestdetected.lamentousfun-gusandPaecilomyces,respectively.Finally,thepatientwasdiagnosedwithfungalkeratitis,withadvancedscleralthinningintherighteye.Afterhospitaladmission,theeye-droptreatmentwasstopped,andtheadministrationofanCantifungalCdrugCwasCinitiatedCinCtheCleftCeye.CHowever,CtheCconditionCworsened.CDespiteCcornealCcrosslinkingbeingperformed,hisleft-eyevisualacuity(VA)waslightperception.Therighteyewastreatedwithimmunosup-pressantsandoralsteroids,andthepatientwasdischargedafteralleviationofthecondition.However,anabscesswasobservedinhisrighteyeduringafollow-upexamination,andculturetestsdetectedPaecilomyces.TheVAinthateyewasalsolightperception,despitetreatmentwithantifungaldrugs.Conclusion:Strictattentionshouldbepaidwhentreatingnecrotizingscleritis,asfungalkeratitiscandevelop.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)37(11):1444.1448,C2020〕Keywords:壊死性強膜炎,真菌性角膜炎,Paecilomyces属,ステロイド,免疫抑制薬.necrotizingscleritis,fun-galkeratitis,Paecilomyces,steroids,immunosuppressants.Cはじめに壊死性強膜炎は前部強膜炎の一形状であり1),日本においては強膜炎全体のC10%程度を占めると報告されている2,3).強膜炎の原因は自己免疫疾患や感染であることが知られているが,原因不明であることも多い.そのため,治療方針を決定するうえではまず感染か否かの鑑別をするとともに,血算,生化学,血液像などの臨床検査により潜在する全身疾患を特定することが重要である4,5).壊死性強膜炎は臨床所見から原因を特定することは容易ではないが,両眼性であれば感染以外の原因が示唆され,結節病変を伴う場合には自己免〔別刷請求先〕子島良平:〒885-0051宮崎県都城市蔵原町C6-3宮田眼科病院Reprintrequests:RyoheiNejimaM.D.,Ph.D,MiyataEyeHospital,6-3Kurahara,Miyakonojo,Miyazaki885-0051,JAPANC1444(112)疫性の可能性が高い.感染が否定された場合にはステロイドの眼局所投与を中心に,症状,重症度によりステロイドの全身投与や免疫抑制薬の併用による治療を検討することとなる.一方で,ステロイドの副作用である眼圧上昇の発現や,ステロイドや免疫抑制薬の長期の連用により免疫不全状態となることに注意が必要である.今回,壊死性強膜炎の治療中で免疫不全状態にあったと思われる患者に生じたCPaecilomyces真菌性角膜炎のC1例を経験したので報告する.CI症例患者:59歳,男性.主訴:両眼の充血および疼痛.職業:養鶏業.既往歴:もともと両眼の糖尿病網膜症による黄斑浮腫に対して宮田眼科病院(以下,当院)で加療中.現病歴:2017年C6月に両眼の充血,疼痛を主訴に当院を再診,結膜炎を疑いC0.1%フルオロメトロン点眼を処方し経過観察としたが,改善なく,7月に再度受診した.7月受診時所見:矯正視力は右眼C0.6,左眼C0.7,眼圧は右眼C16CmmHg,左眼C14CmmHgであった.両眼ともに強膜の充血および菲薄化を認めた.前房内,眼底に異常はなかった.前眼部所見から両眼の壊死性強膜炎を疑い精査するも原因は特定できず,点眼をC0.1%ベタメタゾンに変更した.経過:0.1%ベタメタゾン点眼をC1日C4回で継続したが,強膜の菲薄化が進行した.10月中旬に左眼の視力低下を自覚し,また家族から左眼が白くなっていると指摘され,11月初旬に再診となった.矯正視力は右眼C0.1,左眼は光覚弁と両眼ともに著しく低下し,眼圧は右眼がC20CmmHg,左眼はC8CmmHgであった.左眼の瞳孔領やや下方に角膜穿孔と膿瘍が認められ,前房は消失していた.所見,患者背景,ステロイド点眼の長期使用から感染症を疑い,膿瘍から検体を採取しグラム染色・ファンギフローラCY染色にて検鏡した.グラム染色ではグラム陽性桿菌が認められ,ファンギフローラCY染色にて真菌は陰性であった.同日入院のうえ,0.1%ベタメタゾン点眼を中止,1.5%レボフロキサシン点眼およびC0.5%セフメノキシム点眼のC1時間毎頻回投与を開始した.その後,膿瘍が増大したため,再度の塗抹検鏡検査をしたところ糸状真菌(図1)が検出された.このため治療をC1%ボリコナゾール点眼,0.1%アムホテリシンCB点眼のC1時間毎頻回投与,1%ピマリシン眼軟膏およびC1.5%レボフロキサシン点眼C1日C6回投与に変更し,ボリコナゾールC400Cmgの内服を開始した.培養検査ではCPaecilomyces属が検出された.抗真菌薬による治療を開始するも反応せず悪化したため,11月中旬に角膜クロスリンキングを施行した.その後感染は鎮静化し,点眼薬を漸減することができたが視力は光覚弁となった.図2に左眼のC2017年C7月.2018年C5月までの経過を示す.右眼は,11月初旬の時点で強膜の炎症が遷延し,菲薄化も進行していたため,0.1%ベタメタゾン点眼を増量のうえ,0.1%ブロムフェナク点眼,0.1%タクロリムス点眼を追加した.11月中旬にメトトレキサートC8Cmgの内服を追加するも症状が悪化,さらにプレドニゾロンC30Cmg内服を追加した.これにより菲薄化は残存するものの軽快し,12月下旬に退院となった.2018年C1月初旬の再診時,右眼角膜のC7.8時方向に浸潤巣および上皮欠損を認め,塗抹検鏡検査にて糸状真菌が検出された.再入院のうえ,左眼と同様の点眼治療に変更し角膜クロスリンキングを施行した.培養検査では右眼からもCPaecilomyces属が検出された(図3).加療後も症状が悪化したため,メトトレキサート,プレドニゾロンの内服を中止し抗真菌薬の内服を開始した.その後,抗真菌薬の実質内注射を行うも角膜穿孔をきたし,2月下旬よりC0.025%ポリビニルアルコールヨウ素液の点眼を開始,感染は鎮静化した.しかしC2018年C5月には視力は左眼同様,右眼も光覚弁となった.図4に右眼の2017年7月.2018年5月までの経過を示す.CII考按壊死性強膜炎の合併症として強膜の菲薄化や周辺部角膜潰瘍などがあり,改善しない場合には強膜や角膜の穿孔をきたし予後不良となる5,6).そのためステロイド点眼による治療を中心に,改善が得られない場合には眼局所および全身の感染を否定したうえで,ステロイドの全身投与が長期間投与される.ステロイドの全身投与を行っても改善のない症例では,免疫抑制薬が併用されることもある.ステロイドや免疫抑制薬の投与により壊死性強膜炎の改善は得られる可能性があるものの,宿主の免疫反応は抑制されるため感染症に罹患しやすい状況となる.プレドニゾロンの全身投与では用量依存的に感染率が増加することが示されており,真菌による感染は大量に,かつ長期間継続された場合に生じやすい7).今回,壊死性強膜炎に合併した両眼性のCPaecilomyces属による真菌性角膜炎を経験した.わが国で実施された真菌性角膜炎多施設スタディにおいて,真菌性角膜炎から検出されたC72株のうちもっとも多くを占めたのはCCandida属でC32%,ついでCFusarium属C25%,Alternaria属8%の順であり,Paecilomyces属は3%と頻度は少ない8).Paecilomyces属は土壌や空気中など環境中に多く存在する糸状真菌である.眼感染症に関与するのはおもにCP.lilacinusであり,手術や外傷,コンタクトレンズの使用を契機とした角膜炎や眼内炎の起因菌と報告されている9.11).川上ら9)がCPaecilomyces属による眼感染症について既報および自験例をまとめたC18例C19眼の報告によると,P.lilacinusが起因菌と考えられたのが83%を占め,また患者背景では糖尿病の既往があったのは42%,ステロイドの点眼や内服が使用されていたのはC50%,眼手術歴や外傷があったのはC53%であった.経過中にはC42%が角膜穿孔をきたし,最終矯正視力はC60%で指数弁以下,11%で眼球摘出に至るなど一般的に予後は不良である.治療にはボリコナゾールが用いられることが多く9,12),アムホテリシンCBなどの従来の抗真菌薬よりも高い感受性を示すが,治療に反応しない症例では重症化しやすい.その理由として,P.lilacinusが産生するパエシロトキシンとよばれるきわめて強力な低分子毒素が関与していると考えられる13).このパエシロトキシンは眼感染分離株からも産生されることが確認されており,症状が重症化する一端を担っていることが報告されている14).図1左眼のファンギフローラY染色で検出された真菌像(×1,000)本症例では,壊死性強膜炎の症状が進行したため,ステロ図2左眼の前眼部所見a:2017年C7月.強膜の充血および菲薄化を認める.Cb:11月初旬.瞳孔領やや下方に角膜穿孔および膿瘍.前房は消失.のちに糸状真菌が検出された.Cc:11月中旬.角膜クロスリンキング施行前.Cd:12月中旬.角膜クロスリンキング施行C1カ月後.感染は鎮静化した.Ce:2018年C5月下旬.視力は光覚弁.イドの点眼・内服に加えて,免疫抑制薬の点眼・内服を長期に行っていた.経過観察中に発生した角膜穿孔および膿瘍から真菌感染の併発を疑い塗抹検鏡検査を実施したところ,糸状真菌が検出された.通常,ステロイドの投与下で発症しやすいのはカンジダなどの酵母菌による感染である15).糸状真菌が角膜に感染を起こすには角膜への外傷が契機となっている場合が多いが,本症例ではそのような事象は確認できなかった.患者が気づかないうちに角膜に傷がついて感染した可能性はあるものの,Paecilomyces属による感染では非外傷性の場合も少なからずあり,これらの症例では当初は強膜炎やぶどう膜炎,眼内炎などと診断されていることから感染は内因性のものである可能性が指摘されている16).しかし,血液検査などで菌体が特定されたものはほとんどなく,感染の図3右眼のファンギフローラY染色で検出された真菌像メカニズムは明確ではない.(×1,000)cf図4右眼の前眼部所見a:2017年C7月.強膜の充血を認める.Cb:11月中旬.強膜の菲薄化がさらに進行.Cc:12月初旬.プレドニゾロン内服により菲薄化は残存するも軽快.Cd:2018年C1月初旬.角膜に浸潤巣および上皮欠損.糸状真菌が検出された.Ce:4月中旬.その後感染は悪化,角膜穿孔をきたしヨード点眼を開始.Cf:5月下旬.視力は光覚弁.本症例の患者背景および治療予後は既報9)と同様であり,菌種は同定できていないがCP.lilacinusである可能性が高いと考えられた.また,本症例が難治性であり重症化した理由として,糖尿病の既往および壊死性強膜炎の治療のためステロイドおよび免疫抑制薬を点眼・内服している免疫抑制状態であったこと,Paecilomyces属には抗真菌薬が奏効しがたいこと,またこれは推測の域を出ないがCPaecilomyces属特有のエンドトキシンの毒性の強さなどが考えられる.本症例の経験から,免疫抑制状態の患者で真菌感染が疑われる場合は,早期の塗抹検鏡検査にて起因菌の予測を立て,治療に着手することが重要と考えられた.Paecilomyces属が原因の真菌性角膜炎はまれとされており,本症例ではこれに有効とされるボリコナゾールを用いたものの奏効しなかったが,こうした症例報告の積み重ねにより有効な治療アプローチが確立されることを切に望む.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)WatsonCPG,CHayrehSS:ScleritisCandCepiscleritis.CBrJOphthalmolC60:163-191,C19762)KeinoH,WatanabeT,TakiWetal:ClinicalfeaturesandvisualCoutcomesCofCJapaneseCpatientsCwithCscleritis.CBrJOphthalmolC94:1459-1463,C20103)TanakaCR,CKaburakiCT,COhtomoCKCetal:ClinicalCcharac-teristicsandocularcomplicationsofpatientswithscleritisinJapanese.JpnJOphthalmolC62:517-524,C20184)堀純子:強膜炎の診断と治療.臨眼65:354-357,C20115)山口沙織:壊死性強膜炎.眼科C60:675-680,C20186)目時友美:強膜炎.臨眼73:112-116,C20197)川人豊:リウマチ性疾患におけるステロイドの功罪.臨床リウマチC21:106-111,C20098)砂田淳子,上田安希子,井上幸次ほか:感染性角膜炎全国サーベイランス分離菌における薬剤感受性と市販点眼薬のpostantibiotice.ectの比較.日眼会誌110:973-983,C20069)川上秀昭,犬塚裕子,望月清文ほか:Paecilomyces属による眼感染症における診断,治療および予後についての検討.日眼会誌116:613-622,C201210)MondenY,SugitaM,YamakawaRetal:Clinicalexperi-encetreatingPaecilomyceslilacinusCkeratitisinfourpatients.CClinOphthalmolC6:949-953,C201211)柴玉珠,山崎広子,渡辺哲ほか:眼内レンズ縫着術後に生じた外傷性CPaecilomyceslilacinus眼内炎のC1例.臨眼68:1631-1637,C201412)ChenCY-T,CYehCL-K,CMaCDHKCetal:Paecilomyces/Pur-pureocilliumkeratitis:ACconsecutiveCstudyCwithCaCcaseCseriesandliteraturereview.MedMycol58:293-299,C202013)新井正:免疫学的諸問題.真菌と真菌症C28:50-54,C198714)MikamiCY,CFukushimaCK,CAraiCTCetal:Leucinostatins,CpeptideCmycotoxinsCproducedCbyCPaecilomycesClilacinusCandtheirpossiblerolesinfungalinfection.ZentralblBak-teriolMikrobiolHygAC257:275-283,C198415)日本眼感染症学会感染性角膜炎診療ガイドライン第C2版作成委員会:感染性角膜炎診療ガイドライン(第C2版).日眼会誌117:467-509,C201316)TurnerCLD,CConradD:RetrospectiveCcase-seriesCofCPae-cilomyceslilacinusocularmycosesinQueensland,Austra-lia.BMCResNotesC8:627,C2015***

病巣の切除およびポビドンヨードによる洗浄が奏効した緑膿菌による壊死性強膜炎の2例

2019年10月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科36(10):1312.1316,2019c病巣の切除およびポビドンヨードによる洗浄が奏効した緑膿菌による壊死性強膜炎の2例厚見知甫明石梓下山剛徳永敬司原ルミ子加古川中央市民病院眼科CTwoCasesofNecrotizingScleritisDuetoPseudomonasAeruginosaCChihoAtsumi,AzusaAkashi,TsuyoshiShimoyama,TakashiTokunagaandRumikoHaraCDepartmentofOphthalmology,KakogawaCentralCityHospitalC症例1:78歳,男性.2013年C4月に左眼の翼状片手術を受け,6月より左眼痛と充血が出現しステロイドおよび抗菌薬点眼にて治療が開始されたが改善せず,当科を紹介受診となった.抗菌薬全身投与後も改善がなく,結膜・強膜融解部分を切開し培養提出を行ったところ,融解した鼻側強膜よりCPseudomonasaeruginosaが検出された.まずC0.02%クロルヘキシジングルコン酸塩で連日洗浄を開始したが,経過中,他部位に結膜下膿瘍を認めたため,洗浄液をポビドンヨードに変更し,病巣の切除,洗浄を繰り返したところ病巣部は徐々に縮小し,瘢痕治癒した.症例2:69歳,男性.2011年に硝子体出血に対して左眼の水晶体再建術および硝子体切除術が施行された.2016年C10月に左眼痛と充血が出現しステロイドおよび抗菌薬点眼にて治療後も改善せず,当科紹介となった.融解した鼻側強膜からCPseudo-monasaeruginosaが検出され,症例C1と同様に病巣の切除およびポビドンヨードによる洗浄を行い,最終的に瘢痕治癒した.CPurpose:ToCreportC2CcasesCofCnecrotizingCscleritisCdueCtoCPseudomonasCaeruginosa.CaseReports:Case1involvedCaC78-year-oldCmaleCwhoCwasCreferredCafterCsteroidCandCantibioticCdropsCwereCfoundCine.ectiveCforCtheCtreatmentofpainandhyperemiainhislefteyethatoccurred2monthsafterpterygiumsurgery.Anasalconjunc-tival/scleralCtissueCsamplesCwereCobtainedCforCculture,CandCtreatmentCwithCsystemicCantibioticsCwasCinitiated.CTheCculturesCwereCfoundCpositiveCforCP.Caeruginosa.CTreatmentCwithCsystemicCantibioticsCwasCdiscontinued,CandCdailyCwashingCwithCpovidoneCiodineCwasCinitiated.CHowever,CaCsubconjunctivalCabscessCdevelopedCinCaCdi.erentCarea.CAfterCresection,CtheCdailyCwashingCwithCpovidoneCiodineCwasCresumedCandCtheCsymptomsCwereCresolved.CCaseC2Cinvolveda69year-oldmalewhobecameawareofpaininhislefteye5yearsafterundergoingvitreousandcata-ractCsurgeryCforCaCvitreousChemorrhage.CScleritisCwasCdiagnosed,CandCsteroidCandCantibioticCeyeCdropsCwereCpre-scribed.However,hewasreferredtoourinstitutionafterhissymptomsdidnotimprove.P.aeruginosawasisolatedfromnasalnecrotizingsclera.AsinCase1,dailywashingwithpovidoneiodinewasinitiated,whichresultedintheresolutionofsymptoms.Conclusion:Dailywashingwithpovidoneiodinewasfounde.ectiveforthetreatmentofnecrotizingscleritisduetoP.aeruginosa.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)36(10):1312.1316,C2019〕Keywords:緑膿菌,壊死性強膜炎,ポビドンヨード,結膜下膿瘍,結膜切開,排膿.Pseudomonasaeruginosa,necrotizingscleritis,povidone-iodine,subconjunctivalabscess,conjunctivalincision,abscessdrainage.Cはじめに類されている1).今回,筆者らはまれな緑膿菌による壊死性壊死性強膜炎はしばしば強膜穿孔をきたす難治性疾患であ強膜炎のC2例を経験し,繰り返し病巣の切開,排膿,16倍る.病因として,自己免疫性疾患に合併するもの,ウイルス希釈ポビドンヨードによる洗浄を施行し,病勢を終息させるや細菌などによる感染によるもの,および特発性のC3群に分ことができたので報告する.〔別刷請求先〕厚見知甫:〒675-8611兵庫県加古川市加古川町本町C439加古川中央市民病院眼科Reprintrequests:ChihoAtsumi,DepartmentofOphthalmology,KakogawaCentralCityHospital,439Kakogawacho,Honmachi,Kakogawa-city,Hyogo675-8611,JAPANC1312(90)〔症例1〕78歳,男性.主訴:左眼痛と充血.現病歴:2013年C6月より左眼痛,充血が出現し近医を受診した.モキシフロキサシン,ベタメタゾン点眼が開始されたが改善せず,精査加療目的に同年C7月某日加古川中央市民病院(以下,当院)紹介となった.既往歴:糖尿病,膵臓癌(手術後).眼科手術歴:2013年C3月左眼白内障手術,2013年C4月左眼翼状片手術(マイトマイシン使用については不詳).初診時所見:視力は右眼(1.0C×sph+1.0D(cyl.1.5DCAx80°),左眼(0.4C×sph.0.5D(cyl.1.5DAx90°),眼圧は右眼C10CmmHg,左眼C18CmmHgであった.左眼に膿性白色の眼脂と毛様充血および前房蓄膿を認め(図1),眼底には上方と耳側に脈絡膜.離を認めた.血液検査ではCRPは2.01Cmg/dlと軽度上昇,白血球数はC6,040/μlと正常値であった.血沈はC1時間値C59mmと亢進していたが,リウマチ因子は9CIU/ml,抗核抗体はC40倍未満と陰性で,自己免疫性疾患を疑わせる所見は認めなかった.経過:臨床所見から細菌感染によるものを疑い,同日より入院のうえ,モキシフロキサシン,セフタジジム,バンコマイシンの点眼,チエペネムC0.5CgC×2/日の点滴治療を開始した.また,白内障術後C3カ月であったため術後眼内炎の可能性も考え前房洗浄を施行し,前房水を提出したが培養検査の結果は陰性であった.治療開始後も病状に改善傾向がなく,また,鼻側結膜下に白色の膿瘍病巣を認めたため排膿目的に同部位の切開を行ったところ,病巣の底部には硬い板状Ccalci.cationplaque(図2)を認め,周囲の強膜は壊死性変化を伴い菲薄化していた.16倍希釈ポビドンヨードで病巣を洗浄後,切開部は強膜を露出したままとし翌日から連日C0.02%クロルヘキシジングルコン酸塩を用いてC1日C1回洗浄を行った.入院C1週目に眼脂および切除したCcalci.cationplaqueの培養からCPseudomonasaeruginosaが検出され,薬剤感受性を参考に,点眼液をバンコマイシンからトブラマイシンに変更した.いったんは改善傾向にあったが,入院C3週目に他部位にも同様の結膜下膿瘍(図3)が出現したため,病巣部結膜を切開し排膿を行ったうえで,今回はC16倍希釈ポビドンヨードを用いてC1日C1回の創部洗浄を連日行ったところ,徐々に病巣は縮小した.入院約C6週目で洗眼を中止し,点眼治療のみ継続したところ瘢痕化が得られたため,治療開始からC9週目に退院となった(図4).その後点眼を漸減し中止したが,強膜の強い菲薄化は残存するものの再発は認めていない(図5).〔症例2〕69歳,男性.主訴:左眼痛と充血.現病歴:2016年C10月初旬に左眼痛が出現し近医を受診し図1症例1:初診時前眼部写真結膜毛様充血,前房蓄膿を認める.図2症例1:左眼鼻側融解した結膜下にCcalci.cationplaqueを認める.図3症例1:新たに出現した上方の結膜下膿瘍点眼点滴モキシフロキサシンセフタジジムバンコマイシントブラマイシンチエペネムセフタジジム入院1W3W4W6W9W退院クロルヘキシジン(洗眼)ポビドンヨード(洗眼)切開排膿★★★★図4症例1:治療経過モキシフロキサシン,セフタジジム,バンコマイシンの点眼,チエペネムの点滴治療を開始した.病状に改善傾向がなく,鼻側結膜下に認めたCcalci.cationplaqueを切除し,0.02%クロルヘキシジングルコン酸塩で病巣を連日洗浄した.入院C1週目に眼脂および切除したCcalci.cationplaqueの培養からCPseudomonasaeru-ginosaが検出され,感受性を参考に抗菌薬の点眼,点滴を変更した.入院C3週目に他部位に結膜下膿瘍が出現したため,そのつど病巣を切除しC16倍希釈ポビドンヨードによる洗浄を入院C4週目からC6週目まで繰り返し行った.図5症例1:治療1年後の前眼部写真図7症例2:結膜切開後結膜下にCcalci.cationplaqueを認める.図6症例2:初診時前眼部写真結膜毛様充血,鼻側結膜に白色病巣を認める.た.左眼結膜充血と前房内炎症を認め,モキシフロキサシン,ベタメタゾンの点眼加療が開始されたが,眼痛の増悪と所見の悪化があり,精査加療目的にC10月某日当院紹介となった.既往歴:糖尿病,慢性腎不全(透析中),狭心症.眼科手術歴:2011年左眼硝子体出血に対し白内障手術および硝子体手術.初診時所見:視力は右眼(1.0C×sph.2.0D(cyl.1.5DCAx90°),左眼C0.03(矯正不能),眼圧は右眼C10mmHg,左眼12CmmHgであった.左眼は全周性に球結膜充血と毛様充血があり,鼻側結膜に一部膿状の黄白色病巣(図6)を認めた.角膜には既往の腎不全に伴うと推測される帯状角膜変性部位があり,前房内に軽度の炎症細胞を認めた.眼底には既存のトブラマイシンセフタジジムシプロフロキサシン点眼点滴内服入院1W2W3W4W5W6W7W8W9W10W再入院退院退院ポビドンヨード(洗眼)切開排膿★★★★図8症例2:治療経過モキシフロキサシン,セフメノキシム塩酸塩,トブラマイシンの点眼,セフタジジムの点滴治療を開始した.入院C6日目,結膜下に認めたCcalci.cationplaqueを切除し,16倍希釈ポビドンヨードで洗浄した.眼脂およびCcalci.cationplaqueの培養からCPseudomonasaeruginosaが検出された.いったんは改善がみられ退院となったが,退院後再度疼痛と下方の結膜充血の悪化をきたしたため,再入院のうえ同様の処置を行った.その際に採取した強膜の膿瘍病変からもCPseudomonasaeruginosaが検出された.その後,多発する結膜下膿瘍に対し切開・洗浄を繰り返し行った.図9症例2帯状角膜変性部に角膜障害を認める.図10症例2:治療開始1年半後の前眼部写真糖尿病網膜症を認めるのみであった.血液検査ではCCRPは0.86Cmg/dlと軽度上昇,白血球数はC6,690/μlであった.リウマチ因子はC9CIU/ml,抗核抗体はC40倍未満と陰性で自己免疫性疾患を疑わせる所見は認めなかった.経過:感染性強膜炎を疑い,同日より入院のうえ,モキシフロキサシン,セフメノキシム塩酸塩,トブラマイシンの点眼,セフタジジムC0.5Cg48時間毎(透析中のため)の点滴治療を開始した.治療開始後も自他覚所見の改善が得られなかったため,入院C6日目に病巣の切開排膿およびC16倍希釈ポビドンヨードによる洗浄を行ったが,その際症例C1と同様に強膜に癒着したCcalci.cationplaqueを認めた.また,周囲の強膜は軟化し,強い壊死性変化も伴っていた(図7).後日,眼脂およびCcalci.cationplaqueの培養からCPseudomo-nasaeruginosaが検出され,薬剤感受性を参考にシプロフロキサシンの内服を追加した.症例C1の経験からC16倍希釈ポビドンヨードで病巣の洗浄を続け,いったんは改善がみられ治療開始C4週目に退院となったが,退院後再度疼痛と下方の結膜充血の悪化をきたしたため,退院後C1週目に再入院のうえ,同部位に対しても再度同様の処置を行った.同部位の強膜は融解し膿瘍を形成しており,その際に採取した,壊死した強膜片からもCPseudomonasaeruginosaが検出されたが,Ccalci.cationplaqueの形成はなかった.その後,切開・洗浄を繰り返したところ,徐々に病巣部が縮小し,瘢痕化が得られたため,発症C10週間で退院となった.当院での治療経過を図に示す(図8).複数回に及ぶ希釈ポビドンヨード洗浄により,帯状角膜変性部に角膜障害が遷延したが血清点眼などで治療を行い,徐々に改善した(図9).治療開始後C1年半が経過し,強膜の菲薄化は残存し,ぶどう膜が透見されているII考按一般的に壊死性強膜炎の病因は感染性自己免疫性,特発性の三つに大別できる1)が,自己免疫性疾患に伴うものが圧倒的に多い.感染性そのものは強膜炎のC5.10%を占める2)と報告されており,とくに緑膿菌による壊死性強膜炎は翼状片切除後の報告が多く,Huangら3)は翼状片切除後の壊死性強膜炎C16例中C13例で培養により緑膿菌が検出されたと報告している.硝子体手術や斜視手術後でも報告はあるが,眼科手術歴と発症までの時期は一定でない4,5).今回のC2症例でも,症例C1は白内障手術後C3カ月,翼状片手術後C2カ月で発症しているが,症例C2では眼手術後C5年が経過してからの発症であった.緑膿菌による壊死性強膜炎の発症機序については明らかではないが,2症例とも既往の手術創と病巣が一致しており,手術後に局所的な強膜の軟化が起こり易感染性の状態が継続していた可能性が高い.また,両者とも既往に糖尿病があり,全身的に免疫機能の低下があったことも影響したと推測される.緑膿菌感染では特徴的なCcalci.cationplaqueを強膜に認めることがあるとされ6),今回のC2症例ともに病変部に同所見が確認され,後日培養で緑膿菌が検出された.緑膿菌感染による壊死性強膜炎は薬物治療のみでは治療に難渋することが多いが,これは菌が産生するプロテアーゼが組織を破壊しバイオフィルムを形成することで,薬剤が病巣部に到達しにくい環境となり,感染の遷延化,難治化に関与している7,8)と考えられている.Calci.cationplaqueはバイオフィルムの結果生じる所見であり,緑膿菌感染を疑う有力な所見となりうる.いったんバイオフィルムが形成されると薬剤は到達しにくくなるため,緑膿菌による強膜炎では外科的治療が有効とされ,その一つに病巣部の膿瘍切除,殺菌作用のあるポビドンヨード液・生食による洗眼9)がある.今回のC2症例でも結膜を切開,排膿し,calci.cationplaqueを切除したうえで洗浄することにより,薬剤の浸透性が増し,殺菌作用が向上したことが病勢の鎮静につながったと考えられた.また,2症例とも初発の病巣と隣接した部位に新たな病巣が出現し,結果的に複数回の外科的治療を要した.これは初回治療の時点で切開部隣接の結膜下に緑膿菌が残存し,感染を再燃させた可能性が高く,初回の切開排膿や病巣切除をできるだけ広く行うことが重要と考えられた.ポビドンヨード液には細菌,ウイルスに幅広く有効で,耐性ができにくいという利点があるが,一方で粘膜障害,角膜障害が生じるリスクもある9)ため,ポビドンヨードによる治療中は角膜障害に注意が必要であると考えられた.他の外科的治療方法として病巣部への保存強膜移植や大腿筋膜移植などの報告があり良好な成績を納めているが10,11),手技の簡便さや薬剤入手の容易さを考慮すると,長期治療期間を要するもののポビドンヨードによる洗浄はどの施設でも施行でき,有効な治療方法と思われる.薬物治療に抵抗し,融解した強膜にCcalci.cationCplaqueを伴う場合は緑膿菌感染の可能性を念頭におき,早期に広範囲の切開・排膿,病巣切除ならびにポビドンヨード液を用いた洗眼などの外科的治療を検討すべきである.文献1)RaoCNA,CMarakCGE,CHidayatAA:Necrotizingscleritis:CAclinic-pathologicstudyof41cases.Ophthalmology92:C1542-1549,C19882)RamenadenCER,CRaijiVR:ClinicalCcharacteristicsCandCvisualCoutcomesCinCinfectioussclerosis:aCreview.CClinCOphthalmolC7:2113-2122,C20133)HuangCFC,CHuangCSP,CTsengSH:ManagementCofCinfec-tiousscleritisafterpterygiumexcision.Cornea19:34-39,C20004)RichRM,SmiddyWE,DavisJL:Infectiousscleritisafterretinalsurgery.AmJOphthalmolC145:695-699,C20035)ChalDL,AlbiniTA,McKeownCAetal:InfectiousPseu-domonasCscleritisCafterCstrabismusCsurgery.CJCAAPOSC17:423-425,C20136)DunnCJP,CSeamoneCCD,COstlerCHBCetal:DevelopmentCofCscleralCulcerationCandCcalci.cationCafterCpterygiumCexci-sionandmitomycintherapy.AmJOphthalmol112:343-344,C19917)亀井裕子:細菌バイオフィルムとスライム産生.あたらしい眼科17:175-180,C20008)戸粟一郎,久保田敏昭,松浦敏恵ほか:緑膿菌による壊死性強膜炎の一例.臨眼57:25-28,C20039)松本泰明,三間由美子,河原澄枝ほか:緑膿菌性壊死性強膜炎のC1例.あたらしい眼科22:1253-1258,C200510)SiatiriCH,CMirzaee-RadCN,CAggarwalCSCetal:CombinedCtenonplastyCandCscleralCgraftCforCrefractoryCPseudomonasCscleritisCfollowingCpterygiumCremovalCwithCmitomycinCCCapplication.JOphthalmicVisRes132:200-202,C201811)児玉俊夫,鄭暁東,大城由美:壊死性強膜炎に対して大腿筋膜移植が奏効したC3例.臨眼65:647-653,C2011***

翼状片手術の30年後に発症した緑膿菌による壊死性強膜炎の1例

2017年5月31日 水曜日

《第53回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科34(5):726.729,2017c翼状片手術の30年後に発症した緑膿菌による壊死性強膜炎の1例馬郡幹也*1戸所大輔*1岸章治*2秋山英雄*1*1群馬大学大学院医学系研究科脳神経病態制御学講座眼科学*2前橋中央眼科ACaseofNecrotizingScleritisduetoPseudomonasAeruginosathatDeveloped30YearsafterPterygiumSurgeryMikiyaMagoori1),DaisukeTodokoro1),ShojiKishi2)andHideoAkiyama1)1)DepartmentofOphthalmology,GunmaUniversityGraduateSchoolofMedicine,2)MaebashiCentralEyeClinic緑膿菌による壊死性強膜炎は翼状片手術後にまれに生じ,しばしば強膜穿孔や眼内炎をきたす予後不良の疾患である.筆者らは,翼状片手術の30年後に発症した緑膿菌による壊死性強膜炎を経験した.患者は78歳,女性で,30年前の左眼b線照射併用翼状片手術の既往がある.2015年7月に左眼の鼻側に痛みを伴う白いものができ,近医を受診した.ステロイドの点眼・内服治療に反応せず,群馬大学医学部附属病院を紹介された.左眼の鼻側に結膜下膿瘍および強膜の菲薄化を認め,前房内細胞および虹彩後癒着を伴っていた.後眼部の炎症所見はなかった.病変部強膜の生検を施行し病理検査と細菌培養を行ったところ,細菌培養にて緑膿菌が検出された.緑膿菌による壊死性強膜炎と診断し,抗菌薬の点眼・点滴治療および壊死組織の外科的切除を施行した.約4カ月で強膜の菲薄化を残し治癒した.本症例では細菌培養および壊死組織の切除が診断・治療に有用だった.NecrotizingscleritisduetoPseudomonasaeruginosaisoneofthelate-onsetcomplicationsofpterygiumsur-gery,andoftencausesscleralperforationorendophthalmitis.WedescribeacaseofnecrotizingscleritisduetoP.aeruginosa30yearsafterpterygiumsurgery.A78year-oldfemalewithahistoryofpterygiumexcisionandpost-operativebeta-rayradiationinherlefteyecomplainedofapainfulwhiteplaqueinherlefteyeandwasreferredtoourhospital.Examinationrevealedasubconjunctivalabscessandscleralthinningonthenasalsideoftheeye.Theposteriorsegmentwasintact.Undersuspicionofinfection,scleralbiopsywasperformedandthebacterialcul-tureshowedgrowthofP.aeruginosa.Thepatientwastreatedwithantibioticsandsurgicaldebridement.In.ammationwasresolvedinabout4months,resultinginscleralthinning.Inthiscase,scleraldebridementandbacterialcultureofnecrotictissuewase.ectiveindiagnosisandtreatment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(5):726.729,2017〕Keywords:翼状片手術,緑膿菌,壊死性強膜炎,強膜生検.pterygiumsurgery,Pseudomonasaeruginosa,necro-tizingscleritis,scleralbiopsy.はじめに壊死性強膜炎は自己免疫によって生じることが多いが,まれに感染によっても生じる.強膜炎の病態としてはもっとも重症であり,ときに強膜穿孔や眼内感染をきたし失明する可能性もある.感染性強膜炎は真菌,細菌,ウイルスなどによって起こり,適切な治療を行うには起因菌の鑑別が重要である.今回,筆者らは翼状片手術の30年後に発症した緑膿菌による壊死性強膜炎を経験したので報告する.I症例患者:78歳,女性.既往歴:高血圧症,高脂血症,虫垂炎手術,30年前に左眼の翼状片手術(b線照射併用).現病歴:2015年7月,左眼の鼻側結膜に白いものができ〔別刷請求先〕馬郡幹也:〒371-8511群馬県前橋市昭和町3-39-15群馬大学医学部眼科学教室Reprintrequests:MikiyaMagoori,M.D.,DepartmentofOphthalmology,GunmaUniversityGraduateSchoolofMedicine,3-39-15Showamachi,Maebashi-shi,Gunma371-3511,JAPAN726(124)図1初診時の前眼部所見左眼鼻側の強膜菲薄化がみられ,calci.cationplaqueを形成している(.).白色沈着の切除壊死組織切除プレドニゾロン内服レボフロキサシン500mg/day内服トリアムシノロンアセトニド球後注射ジベカシン結膜下注射ステロイド点眼1.5%レボフロキサシン点眼トブラマイシン点眼1%アトロピン点眼ピペラシリン4g/day点滴図2強膜生検病変部結膜を切開したのち,バイポーラで止血しながらスプリング剪刃で削ぐようにしてスポンジ状に脆弱化した壊死強膜を切除し,白点線で囲われた範囲の壊死強膜組織を病理および培養検査へ提出した.図3治療経過のまとめ前医および当院における外科的処置および薬剤の投与歴を示す.診断から約4カ月後にすべての点眼薬を終了した.痛みがあり近医を受診した.近医にて白色沈着の切除を施行し,1.5%レボフロキサシン(LVFX)点眼,0.1%リン酸ベタメタゾン点眼,プレドニゾロン内服投与を受けたが増悪したため,10月に群馬大学医学部附属病院(以下,当院)へ紹介となった.初診時所見:矯正視力は右眼0.6,左眼0.3,眼圧は右眼16mmHg,左眼11mmHg,左眼の毛様充血,鼻側に結膜下膿瘍および強膜菲薄化がみられた(図1).角膜は透明で,前房内細胞,虹彩後癒着がみられた.皮質白内障があり,眼底に異常を認めなかった.右眼には皮質白内障以外の異常を認めなかった.経過:左眼の自己免疫性壊死性強膜炎および虹彩炎としてトリアムシノロンアセトニド30mg球後注射を施行し,前医より処方された点眼薬を継続した.しかし,所見の改善がみられないため,1週間後に当院角膜外来を受診した.感染性強膜炎を疑い,強膜生検および培養検査を行った.4%キシロカインで点眼麻酔後,ポビドンヨードで洗眼し,病変部結膜を切開した.その後,バイポーラで止血しながらスプリング剪刃で削ぐようにしてスポンジ状に脆弱化した壊死強膜を切除し,病理および培養検査へ提出した(図2).病変部強膜は結膜で覆わず開放とした.病理組織ではGrocott染色で真菌を認めず,培養検査にて緑膿菌(Pseudomonasaerugi-nosa)が検出された.血液検査では白血球数9,600/μl,C反応性蛋白0.08mg/dlと全身的な炎症所見はみられなかった.【診断1週間後】【診断2週間後】【診断1カ月後】【診断2カ月後】【診断3カ月後】【診断4カ月後】図4前眼部所見の経時変化抗菌薬投与および壊死組織の切除により徐々に炎症所見は改善し,約4カ月で強膜菲薄化を残し治癒した.緑膿菌による壊死性強膜炎と診断し,ステロイドを中止して抗菌薬による治療に変更した.1.5%LVFX点眼6回,トブラマイシン(TOB)点眼6回,1%アトロピン点眼1回,ジベカシン結膜下注射,ピペラシリン(PIPC)点滴4g/日,疼痛に対してロキソプロフェン内服頓用とした(図3).薬剤感受性試験ではPIPC中等度耐性,LVFX感受性だった.治療変更の5日後に前房内炎症が増悪し硝子体混濁が出現したため,壊死強膜の外科的切除(2回目)を施行した.初回は膿瘍形成が疑われる部位のみ強膜切除としたが,2回目は感染が波及していると考えられた鼻側から上方の結膜,Tenon.,および壊死強膜組織を広範囲に切除した.病変部強膜は開放とした.培養検査で再度緑膿菌が検出された.薬剤感受性試験の結果よりPIPC点滴をLVFX500mgの内服に切り替え,充血,炎症は徐々に改善したが,加療から1カ月半経過した時点で上耳側の充血が悪化したため,1週間ごとのジベカシン結膜下注射を計6回施行した.その後,所見の改善に伴い加療から2カ月経過した時点で1%アトロピン点眼,3カ月経過時点でTOB点眼,4カ月経過時点でLVFX点眼も終了とした(図3).鼻側強膜の菲薄化を残し,左眼の最終視力は0.5と改善した(図4).抗菌薬の終了から6カ月後の現在も再発はみられない.II考按本症例は感染性強膜炎を疑い,強膜生検および培養検査を行うことにより診断できた.翼状片手術後晩期の感染であり,b線照射による強膜軟化が感染の誘因となった可能性がある.診断後まもなく炎症の悪化がみられたが,壊死組織の切除を併用することで徐々に鎮静化し,加療開始より約4カ月で治癒した.感染性強膜炎の起因菌としては緑膿菌の頻度がもっとも高く,67.81%を占める1).感染性強膜炎は翼状片手術後,線維柱帯切除術後,バックリング術後,斜視手術後などさまざまな術後感染として起こりうる2.4).各手術において強膜に軟化,菲薄化などが起きるため,感染のリスクが上がると考えられる.さらに緑膿菌は菌体の侵入を容易にするために,外毒素と蛋白分解酵素を細胞外に分泌して宿主細胞を障害するため5),緑膿菌の強膜感染は重篤化の危険がある.本症例は前医でLVFX点眼を約3カ月間投与されたが改善しなかった.過去の報告では強膜に病原微生物が侵入すると長期間定着し,抗菌薬の浸透が不良になるとされている6).また,松本らは膿瘍切除が緑膿菌の菌量を減らす目的で有効だったと報告している7).本症例においても壊死組織を切除したことで菌量を低下させ,病変部強膜への抗菌薬の移行性が改善したことで,強膜穿孔などへの進展を防ぐことができたと考えられる.緑膿菌による壊死性強膜炎の報告例は少ないが,戸栗らは抗菌薬点眼,点滴を施行し入院21日目に切開排膿,治療開始2カ月の時点でcalci.cationplaqueの除去を行い,2カ月半で青色強膜を残して治癒した症例を報告している8).また,寺田らは抗菌薬点眼,全身投与に加えて結膜切開,膿瘍切除,結膜下組織切除を行い,約2カ月で軽快治癒が得られた2例を報告している9).本症例でも抗菌薬の点眼,点滴治療に加え病変部切除を併用し,約4カ月で治癒した.緑膿菌による感染性強膜炎では少なくとも治癒までに2,3カ月はかかるので,根気よく治療を続ける必要があると思われる.本症例では強膜菲薄化部位にcalci.cationplaqueがみられた.Calci.cationplaqueは損傷された異常組織においてカルシウム,リン酸の異常が生じることで形成され,おもに慢性炎症,感染症,外傷後において観察される10).戸栗らの報告でもcalci.cationplaqueが存在しており,特異的所見とはいえないまでも,calci.cationplaqueは感染性強膜炎を示唆する所見としてよいと思われる.壊死性強膜炎は,多くが自己免疫による非感染性によるものが多い.中原らは結膜擦過物の鏡検,培養検査は陰性であったが,強膜生検で多核白血球の浸潤がみられたことにより急性化膿性炎症による感染性強膜炎と診断できた症例を報告している11).自己免疫疾患などによる非感染性によるものか,感染性強膜炎かを鑑別するのに強膜生検は有用であると考えられる.しかし,実際は侵襲手技であるため強膜生検に踏み切るタイミングはむずかしい.ステロイド投与で改善がない,もしくは病変部にcalci.cationplaqueがみられる場合には積極的に感染性強膜炎を疑い,強膜生検を施行するべきであると考える.緑膿菌による壊死性強膜炎は強膜穿孔,眼内炎をきたすと眼球内容除去などが必要になる可能性が高い疾患である.ステロイド治療に反応しない壊死性強膜炎を診た場合,疾患発症の背景を考慮して感染性強膜炎も含めた鑑別診断を行い,適切かつ早期に治療することが肝要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)HuangF-C,HuangS-P,TsengS-H:Managementofinfectiousscleritisafterpterygiumexcision.Cornea19:34-39,20002)RamenadenER,RaijiVR:Clinicalcharacteristicsandvisualoutcomesininfectiousscleritis:areview.ClinOphthalmol7:2113-2122,20133)ChaoDL,AlbiniTA,McKeownCAetal:Infectiouspseu-domonasscleritisafterstrabismussurgery.JAAPOS17:423-425,20134)TittlerEH,NguyenP,RueKSetal:Earlysurgicaldebridementinthemanagementofinfectiousscleritisafterpterygiumexcision.JOphthalIn.ammInfect2:81-87,20125)TwiningSS,KirschnerSE,MahnkeLAetal:E.ectofPseudomonasaeruginosaelastase,alkalineprotease,andexotoxinAoncornealproteinasesandproteins.InvestOphthalmolVisSci34:2699-2712,19936)AlfonsoE,KenyonKR,OrmerodLDetal:Pseudomonascorneoscleritis.AmJOphthalmol103:90-98,19877)松本泰明,三間由美子,河原澄枝ほか:緑膿菌性壊死性強膜炎の1例.あたらしい眼科22:1253-1258,20058)戸栗一郎,久保田敏昭,松浦敏恵ほか:緑膿菌による壊死性強膜炎の1例.臨眼57:25-28,20039)寺田裕紀子,子島良平,南慶一郎ほか:外科的療法が奏効した翼状片術後感染性強膜炎の2例.眼臨紀5:574-577,201210)ChenKH,LiMJ,ChengWTetal:Identi.cationofmono-cliniccalciumpyrophosphatedihydrateandhydroxyapa-titeinhumansclerausingRamanmicrospectroscopy.IntJExpPathol90:74-78,200911)中原亜新,鈴木潤,臼井嘉彦ほか:強膜生検にて診断された感染性強膜炎.眼科53:259-262,2011***

インフリキシマブが有効であった関節リウマチによる壊死性強膜炎の1例

2014年4月30日 水曜日

《第47回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科31(4):595.598,2014cインフリキシマブが有効であった関節リウマチによる壊死性強膜炎の1例小溝崇史*1寺田裕紀子*1子島良平*1宮田和典*1望月學*1,2*1宮田眼科病院*2東京医科歯科大学大学院歯学総合研究科眼科学分野NecrotizingScleritisSecondarytoRheumatoidArthritisSuccessfullyTreatedwithInfliximabTakashiKomizo1),YukikoTerada1),RyoheiNejima1),KazunoriMiyata1)andManabuMochizuki1,2)1)MiyataEyeHospital,2)DepartmentofOphthalmology&VisualScience,TokyoMedicalandDentalUniversityGraduateSchoolofMedicine関節リウマチ(rheumatoidarthritis:RA)に伴う壊死性強膜炎が発症し,一眼は強膜穿孔により眼球摘出に至ったが,後に発症した僚眼の壊死性強膜炎はインフリキシマブで治療できた症例を経験したので報告する.症例は71歳,女性.右眼の霧視と疼痛を自覚した.右眼に強い強膜炎と,硝子体脱出を伴う強膜穿孔があった.左眼に異常所見はなかった.RAに伴う壊死性強膜炎による強膜穿孔と診断し,翌日に強膜穿孔を閉鎖する目的で,保存角膜と羊膜を用いて強膜補.術を行った.しかし,移植片と強膜の融解は進行し眼球摘出に至った.術後7カ月,左眼に壊死性強膜炎を発症した.右眼の経過より,難治性と判断し,副腎皮質ステロイド薬の内服に加えて,インフリキシマブ加療を開始した.現在,左眼の強膜炎発症後3年経過するが,強膜穿孔には至らずに強膜炎は消炎されている.難治性の壊死性強膜炎には,インフリキシマブが有効であると考えられた.A71-year-oldfemalewasreferredtoourclinicduetosevereocularpainandblurringofvisioninherrighteye.Ocularexaminationrevealedseverescleritisandscleralperforation,withvitreousprolapseintherighteye.Thelefteyewasnormal.Systemicexaminationrevealedthatthepatienthadbeensufferingfromrheumatoidarthritisformorethan20years.Thescleralperforationwascoveredwithgraftsoffrozenpreservedcorneaandamnioticmembrane.However,thescleralandcornealgraftsmeltedwithinaweekandtheeyewasenucleated.Sevenmonthsafterenucleation,scleritisoccurredinthelefteye.Inconsiderationoftheclinicalcourseoftherighteye,thescleritisinthelefteyewastreatedwithinfliximab(3mg/kg)togetherwithprednisolone(15mg/day),whichsuccessfullyresolvedtheseverescleritisofthelefteye.Infliximabisthereforerecommendedforrefractorynecrotizingscleritis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(4):595.598,2014〕Keywords:壊死性強膜炎,関節リウマチ,インフリキシマブ,免疫抑制療法,強膜穿孔.necrotizingscleritis,rheumatoidarthritis,infliximab,immunomodulatorytherapy,scleralperforation.はじめに壊死性強膜炎は強膜炎の5%を占める稀な疾患であるが,予後はきわめて不良である1,2).重症例では,強膜穿孔し眼球摘出に至ることも少なくない.また,強膜炎は関節リウマチ(rheumatoidarthritis:RA)などの全身性の自己免疫性疾患を合併することがあるが,壊死性強膜炎では45.80%と高率に合併する1,2).抗ヒトTNF(腫瘍壊死因子)-aモノクローナル抗体であるインフリキシマブは,RAやCrohn病,眼科領域ではBehcet病などの治療に最近承認された免疫抑制薬であるが,海外では,強膜炎に対しても良好な治療効果が報告されている3,4).しかし,わが国でその報告は少ない.今回筆者らは,関節リウマチに伴う壊死性強膜炎を発症し,一眼は強膜穿孔により眼球摘出に至ったが,後に発症した僚眼の壊死性強膜炎はインフリキシマブで治療できた症〔別刷請求先〕小溝崇史:〒885-0051宮崎県都城市蔵原町6-3宮田眼科病院Reprintrequests:TakashiKomizo,M.D.,MiyataEyeHospital,6-3Kurahara-cho,Miyakonojo,Miyazaki885-0051,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(117)595 例を経験したので,患者に理解と同意を取得したうえ,報告する.I症例患者:71歳,女性.主訴:右眼の霧視と疼痛.既往歴:1990年にRAを発症,内科においてブシラミンとロキソプルフェンで治療されていた.1998年より増悪したため,追加治療として関節内ステロイド注射を頻回に受けていた.疼痛コントロールは良好であったが,RAに伴う肘・膝・肩関節の拘縮と心不全もあるため,日常生活動作(activitiesofdailyliving:ADL)は不良であった.また,2006年に両眼の白内障手術を受けた.現病歴:2009年11月,右眼の霧視と疼痛を自覚し,同日に近医を受診した.強膜穿孔があり,翌日に宮田眼科病院(以下,当院)を紹介受診した.初診時所見:視力は右眼0.02(0.04×+3.00D),左眼0.5(1.5×.0.50D(cyl.1.25DAx150°)眼圧は右眼測定不能,左眼9mmHgであった.右眼に強い充血あり,強膜は上方が菲薄化しており,菲薄化した中央部は穿孔し硝子体の脱出があった(図1).前房にはfibrinを伴う強い炎症がみられた.眼底は透見不能であったが,超音波Bモード断層検査にて全周に脈絡膜.離,下方に漿液性網膜.離があった.左眼は前眼部・中間透光体・眼底に異常所見はみられなかっ毛様(,)た.経過:RAに伴う壊死性強膜炎による強膜穿孔と診断し,翌日に強膜穿孔を閉鎖する目的で,保存角膜と羊膜を用いて強膜補.術を行った.術後早期の移植片の生着は良好であったが,移植術後11日目より移植片と強膜の融解が生じた(図2).経過から感染の可能性は低いと考え,0.1%ベタメサゾン点眼6回/日に加え,プレドニゾロン20mgとアザチオプリン50mgの内服を開始した.しかし,内服開始後も移植角膜片の融解は軽快せず,移植片と強膜の融解部位はさらに広く深くなった.移植術後50日目に,眼球温存は困難と判図2強膜補.術後11日目の前眼部写真移植片と強膜に融解がみられる(矢印).図1初診時の右眼前眼部写真(下方視)点線で囲まれた黒い部分は,壊死融解し穿孔した強膜と脱出した硝子体である.図3再診時の左眼前眼部写真(下方視)強膜の菲薄化がみられる(矢印)が,穿孔はなかった.596あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(118) 図4最終受診時の左眼前眼部写真(左:正面視,右:下方視)上方強膜が菲薄化している(矢印)が,充血はなく,強膜炎は消炎されている.断し,眼球摘出術を行った.その間,左眼に異常所見はなかった.右眼球摘出術後の2カ月後より,肺水腫で内科に入院したため,当院への通院が途絶え,プレドニゾロンとアザチオプリンは中断していた.内科入院中,左眼に強膜炎を発症し,入院した病院の眼科で0.1%ベタメサゾン点眼により治療されていた.右眼球摘出7カ月後,肺水腫が軽快し内科を退院したため,当院を再診した.再診時所見(2010年8月):右眼は義眼が挿入され炎症所見はなかった.左眼は視力0.2(1.5×.0.25D(cyl.1.50DAx90°),眼圧は12mmHg,強膜深層血管に拡張あり,上方強膜は菲薄化していたが穿孔はなかった(図3).前房中にcell2+程度の虹彩炎がみられたが,中間透光体,眼底に異常所見はなかった.右眼の経過より,左眼も難治性の壊死性強膜炎と診断した.0.5%レボフロキサシン点眼4回/日,0.1%ベタメサゾン点眼4回/日,0.1%タクロリムス点眼2回/日に加えて,プレドニゾロン15mgの内服と内科に依頼してインフリキシマブ2mg/kgの点滴静注を行った.その後,骨粗鬆症の合併症のリスクを考慮し,プレドニゾロンを2カ月ごとに2.5mgずつ減量し,プレドニゾロン10mg/日に減量した時点でメトトレキセート8mg/週を併用し,1年6カ月かけてプレドニゾロンを中止した.現在までインフリキシマブ(2mg/kg)は継続している.インフリキシマブ導入前は,5.0であったCRP(C反応性蛋白)は導入後には1.0前後と減少し,関節リウマチのコントロールは良好である.2013年8月29日現在,壊死性強膜炎は消炎され,強膜の菲薄化はあるものの穿孔はなく(図4),視力も0.3(0.6×.0.5D(cyl.2.50DAx90°)と良好である.II考按強膜炎は,原因により感染性と非感染性に大別され,解剖学的には前部強膜炎(94%),後部強膜炎(6%)に分けられ,さらに,前部強膜炎はびまん性(75%),結節性(14%),壊死性(5%)に分類される2).このように壊死性強膜炎は稀な疾患であるが,強膜穿孔や眼球摘出に至り,予後が不良な例が少なくない1,2).本症例でも,右眼は壊死性強膜炎により強膜穿孔し,保存角膜と羊膜の移植による強膜補.術を行ったが,術後比較的短期のうちに眼球摘出に至った.壊死性強膜炎による強膜穿孔に対しては,大腿筋膜を用いた補.術で眼球温存が可能であったとの報告5)があるが,本例と異なり強膜穿孔前より免疫抑制薬を使用していた.本例では,強膜穿孔時,抗リウマチ薬と副腎皮質ステロイド薬点眼だけであり,強膜補.術後もしばらくの間,免疫抑制薬治療を行っていなかった.強膜補.術後の経過では,移植片の融解だけでなく,強膜の融解も進行したため,移植片の脱落の原因は,おもに拒絶反応でなく強膜炎の活動性が高かったことであると思われ,移植片の生着には免疫抑制薬治療を用いた強膜炎の十分な消炎が必要であると考えられた.壊死性強膜炎の治療は,局所治療のみでは不十分なことが多く,全身治療が必要である.全身治療の第一選択は副腎皮質ステロイド薬の内服だが,それ単独で治療可能なのは約3割であり,多くは免疫抑制薬の併用が必要であると報告されている1).さらに,すべての壊死性強膜炎で副腎皮質ステロイド薬と免疫抑制薬の併用が必要であるとしている6)との報告もある.さらに,免疫抑制薬の併用でも治療に難渋する症例では,インフリキシマブなどの生物学的製剤が有効との報告がある3,4,6).本例では,右眼摘出後,内科入院中に左眼に(119)あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014597 も壊死性強膜炎を発症したが,治療は当院再診までの間,ステロイド点眼による局所治療のみであった.当院再診後速やかに,副腎皮質ステロイド薬,メトトレキセート,インフリキシマブの全身治療を行ったところ,右眼の経過とは異なり,左眼は強膜穿孔に至らずに強膜炎は沈静化した.また,RAに関しても,当院初診時,CRPは5.0で関節内ステロイド注射を頻回に受けるほどに関節炎は強く,肘・膝・肩関節の拘縮と心不全のためADLは不良であったが,当院最終受診時にはADLは変わらないもののCRPは1.0と低下し,RAのコントロール状態も改善した.以上のように,本例ではインフリキシマブが壊死性強膜炎の消炎とRAの療法に有効であったと考えられる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)TuftSJ,WatsonPG:Progressionofscleraldisease.Ophthalmology98:467-471,19912)SainzdelaMazaM,MolinaN,Gonzalez-GonzalezLAetal:Clinicalcharacteristicsofalargecohortofpatientswithscleritisandepiscleritis.Ophthalmology119:43-50,20123)GalorA,PerezVL,HammelJPetal:Differentialeffectivenessofetanerceptandinfliximabinthetreatmentofocularinflammation.Ophthalmology113:2317-2323,20064)DoctorP,SultanA,SyedSetal:Infliximabforthetreatmentofrefractoryscleritis.BrJOphthalmol94:579583,20105)生杉,前川,福喜多ほか:Wegener肉芽腫症による強膜穿孔に対し自己大腿筋膜移植術を行った1例.臨眼54:381384,20006)SainzdelaMazaM,MolinaN,Gonzalez-GonzalesLAetal:Scleritistherapy.Ophthalmology119:51-58,2012***598あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(120)

P-ANCA(抗好中球細胞質抗体)が高値を示した壊死性強膜炎の1例

2012年2月29日 水曜日

《第45回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科29(2):239.243,2012cP-ANCA(抗好中球細胞質抗体)が高値を示した壊死性強膜炎の1例中安絵理横山利幸順天堂大学医学部附属練馬病院眼科ACaseofNecrotizingScleritiswithPositiveP-ANCAEriNakayasuandToshiyukiYokoyamaDepartmentofOphthalmology,JuntendoUniversityNerimaHospitalP-ANCA(抗好中球細胞質抗体)が高値を示した壊死性強膜炎の1例を経験した.症例は71歳,女性,左眼の強膜に充血と無血管領域の壊死性病変を観察した.P-ANCAは63EUと高値を示した.ステロイドの局所投与を試みたが,黄斑浮腫,網膜血管炎,硝子体混濁が併発したためステロイドの内服投与を追加したところ,強膜所見,後眼部所見ともに改善しP-ANCA値も正常化した.Weobservedacaseofnecrotizingscleritiswithpositiveperinuclearanti-neutrophilcytoplasmicantibody(P-ANCA).Thepatient,a71-year-oldfemale,hadhyperemiaandanonvascularnecrotizinglesionatthesclerainherlefteye.ThetiterofP-ANCArevealed63EU.Despitetreatmentwithtopicalsteroid,macularedema,retinalvasculitisandvitreousopacitywerecomplications.Thepatientthereforeunderwentoraladministrationofsteroid,whichimprovedthescleritisandposterioreyelesions,andnormalizedtheP-ANCAtiter.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(2):239.243,2012〕Keywords:抗好中球細胞質抗体,壊死性強膜炎,黄斑浮腫,ANCA関連血管炎.ANCA(anti-neutrophilcyto-plasmicantibody),necrotizingscleritis,macularedema,ANCAassociatedvasculitis.はじめに非感染性強膜炎の発症には,免疫複合体による血管炎とそれに伴う強膜組織の破壊壊死を主体とする自己免疫機序の関与が示唆されており,非感染性強膜炎患者の約半数に膠原病,全身的血管炎性疾患の合併がある.関節リウマチ,Wegener肉芽腫症,顕微鏡的多発性血管炎,全身性エリテマトーデスなどはその代表的疾患である.一方,1982年Daviesら1)によって発見された抗好中球細胞質抗体(anti-neutrophilcytoplasmicantibody:ANCA)が腎や肺の細小血管,毛細血管の壊死性および肉芽腫性血管炎の原因抗体であることが見出され,これらの疾患はANCA関連血管炎症候群と総称されている2.4).ANCAは間接蛍光抗体法で好中球細胞質にびまん性に染色されるcytoplasmicANCA(C-ANCA)と核周辺のみに染色されるperinuclearANCA(P-ANCA)に分類される.C-ANCAの対応抗原はproteinase3であり,P-ANCAの対応抗原の大部分はmyeloperoxidaseであることから,C-ANCAをPR3-ANCA,P-ANCAをMPO-ANCAとよぶこともある5.7).今回筆者らは,全身性血管炎の合併は明らかではないもののP-ANCAが高値を示した強膜炎に網膜血管炎,黄斑浮腫を併発した比較的まれな1例を経験したので報告する.I症例患者:71歳,女性.現病歴:前医にて平成20年1月左眼,同年2月右眼の白内障手術を施行された.術後の経過は良好であったが,平成21年3月頃左眼に充血を認め,左眼上強膜炎の診断にてリン酸ベタメタゾン点眼を1日4回,4カ月間処方された.しかし,改善を認めないため精査加療目的にて平成22年7月7日当院紹介受診となった.既往歴:高血圧.家族歴:特記すべきことなし.〔別刷請求先〕中安絵理:〒177-8521東京都練馬区高野台3-1-10順天堂大学医学部附属練馬病院眼科Reprintrequests:EriNakayasu,M.D.,DepartmentofOphthalmology,JuntendoUniversityNerimaHospital,3-1-10Takanodai,Nerima-ku,Tokyo117-8521,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(91)239初診時検査所見:視力は右眼0.5(0.8×IOL(+1.00D(cyl.1.75DAx90°).左眼0.3(0.7×IOL(cyl.2.75DAx95°).眼圧は右眼14mmHg,左眼22mmHg.前眼部は左眼の強膜上方に深在性強膜血管の充血と浮腫を認めた.鼻側には,白色無血管領域と思われる所見を認めた(図1).また,前房内に軽度の炎症細胞を認めたが,眼底には黄斑を含め,特記すべき所見は認めなかった.眼位,眼球運動にも異常は認めなかった.全身的には末梢血液検査,生化学検査ともに異常は認めなかったが,赤沈29mm/hr(基準値20mm/hr以下)および抗核抗体80倍(基準値40倍未満)の軽度亢進を認めた.さらにP-ANCAが63EU(基準値20EU未満)図1初診時左眼前眼部写真上方の強膜血管の充血,結膜浮腫,鼻側に無血管領域を認める.と上昇していた.一方,C-ANCAは正常であった.尿検査では潜血(1+)であった.膠原病内科にANCA関連血管炎の検査を依頼したところ,明らかな内科的所見は認めなかったので,糸球体腎炎などの発症に十分考慮しながら,2カ月ごとの定期観察となった.経過:当院初診時7月7日より左眼前部壊死性強膜炎の診断のもと,リン酸ベタメタゾン点眼を左眼6回/日に増量した.さらにブロムフェナクナトリウム点眼を左眼2回/日追加した.約1週間後の7月16日,虹彩炎の他,硝子体混濁,網膜血管炎,黄斑浮腫を発症(図2)し,左眼矯正視力(0.4)に低下した.フルオレセイン蛍光眼底造影では造影後期に黄斑部の過蛍光と網膜血管からの漏出を認めた(図3).コンピュータ断層撮影(CT)では後部強膜の肥厚は認めず,強膜厚に左右差もなかった.網膜血管炎および黄斑浮腫に対し7月26日トリアムシノロンアセトニド20mgのTenon.下注射を施行したが,改善は認められなかった.また,強膜炎に対し初診時よりリン酸ベタメタゾン点眼とブロムフェナクナトリウム点眼を投与するも改善なく8月9日よりシクロスポリン点眼を追加した.しかし,依然として改善傾向は認めなかった.そこで,9月17日より約1カ月間プレドニゾロン1日30mgの内服投与をしたところ,強膜の一部は菲薄化したものの強膜の充血所見は著明な改善を認めた.10月22日よりプレドニゾロンを5mg/週で漸減し12月3日中止とした.その後はリン酸ベタメタゾン点眼とブロムフェナクナトリウム点眼のみで強膜の充血はさらに改善をし,黄斑浮腫も改善傾向を認めた(図4,5).これらの所見,症状の改図27月16日左眼光干渉断層計(OCT)写真黄斑浮腫を発症.240あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012(92)図37月16日フルオレセイン蛍光眼底造影造影後期に黄斑部の過蛍光と網膜血管からの漏出を認めた.善に伴いP-ANCAも10単位未満と正常化した.その後,強膜炎,虹彩炎,網膜血管炎,黄斑浮腫などの再発は認めず,ブロムフェナクナトリウム点眼も中止し,リン酸ベタメタゾン点眼1日4回のみで経過良好である.また,平成23年2月に後発白内障に対し両眼YAGレーザー後.切開を施行し,左眼矯正視力(0.7)と改善されている.II考察ANCA関連血管炎について,C-ANCAはWegener肉芽腫に特異性が高く,P-ANCAは壊死性半月体形成腎炎,顕図412月24日左眼前眼部写真プレドニゾロン中止約3週間後強膜の充血は改善を認めた.微鏡的多発性動脈炎との関連性が高いと報告されている5).しかし,Matsuo8)はP-ANCA陽性で眼疾患および全身疾患をともに有する自験例4例および過去の文献例27例の合計31症例についての報告でP-ANCAとともにC-ANCAも陽性の重複例1例,Wegener肉芽腫1例を示している.また,Laniら9)はC-ANCA陽性患者7例中5例がWegener肉芽腫と診断されていたが,P-ANCA陽性患者7例中にも2例のWegener肉芽腫症例があったと報告している.以上のようにC-ANCA,P-ANCAともに陽性となる重複例がみられる点,全身疾患との対応が必ずしも100%ではなく,特にWegener肉芽腫はC-ANCAのみならずP-ANCA陽性例に図512月24日左眼光干渉断層計(OCT)写真黄斑の視細胞内節外節接合部(IS/OS).外顆粒層にかけてやや肥厚しているものの,黄斑浮腫は改善傾向を認めた.(93)あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012241黄斑厚(μm)6784330.7視力(左眼)2%シクロスポリン点眼(回/day)0.1%ブロムフェナクナトリウム点眼(回/day)プレドニゾロン(mg/day)0.1%リン酸ベタメタゾン点眼(回/day)も認められる点などに留意する必要があると考えられた.P-ANCA陽性患者の眼科的合併症について,これまで結膜炎,上強膜炎,強膜炎,網膜静脈閉塞症,周辺部角膜潰瘍,視神経症,乳頭血管炎,後部強膜炎などの症例報告10)がある.Matsuo8)は31症例のP-ANCA関連血管炎のうち強膜炎は6例,視神経疾患は7例,網膜疾患は7例であったと報告している.また,奥芝ら11)はMPO(P)-ANCA関連血管炎の8症例の眼所見を検討し,4例に網膜綿花状白斑,5例に結膜炎,1例に上強膜炎を認めたとし,強膜炎は1例も確認していない.これらの報告からP-ANCA陽性患者の眼合併症として強膜炎は少なく後眼部疾患が比較的多いと考えられた.なお,C-ANCAとの関連の強いWegener肉芽腫の眼合併症では強膜炎が最も多く16.38%と報告されている12,13).本症例でも壊死性強膜炎の加療中に硝子体混濁,網膜血管炎,黄斑浮腫の後眼部所見を観察した.CT検査で後部強膜の肥厚はみられず後部強膜炎は否定的であり,これらの所見は前眼部壊死性強膜炎に併発した網膜血管炎による後眼部合併症と推測された.強膜炎のタイプについて,Laniら9)はP-ANCA陽性例の強膜炎は7例全例前眼部びまん性強膜炎であったとしている.長田らの報告14)したP-ANCA関連腎炎に併発した症例も壊死性ではなくびまん性強膜炎と思われる.本症例のような壊死性強膜炎の合併はこれまでの報告には見当たらず,まれなタイプと思われる.しかし,ANCA関連血管炎の発症機序を考えると壊死性タイプの強膜炎が合併することは十分に考えられることであり,今後症例を重ねて検討すべきと思われた.1992年Stankusら15)が,また1993年Dolmanら16)が抗甲状腺薬であるプロピオチルウラシル(PTU)の副作用としてP-ANCA関連血管炎を報告している.その後,同じく抗371360↑0.70.6後.切開術図6全体の治療経過プレドニゾロン内服投与後,視力も黄斑浮腫も改善している.TAsubT:トリアムシノロンアセトニドTenon.下注射.甲状腺薬であるチアマゾール(MMI)でもP-ANCA関連血管炎を発症することが報告され,わが国においても現在までにPTUおよびMMIによると思われるP-ANCA関連血管炎症例が多数報告されている.筆者らの症例では,既往症として高血圧があり降圧剤を内服していたものの甲状腺疾患はなく,上記のような薬剤の服用歴はなかった.しかし,P-ANCA関連血管炎の原因を考えるうえで薬剤の服用歴の聴取も重要と思われた.また,本症例では,強膜炎発症の約1年前に両眼の白内障手術を施行されている.眼科手術後に発症する壊死性強膜炎(surgicalinducednecrotizingsclero-keratitis:SINS)の可能性も示唆される.SINSは手術翌日から数十年後に発症し,何らかの自己免疫疾患に伴うことが多いとされている17,18).SINSの発症原因としてANCAが関与していることも考えられ,今後検討する必要があると思われた.本症例では,高齢であること,全身合併症が認められなかったことから当初ステロイド薬,非ステロイド性消炎薬および免疫抑制薬(シクロスポリン)の局所投与を施行した.しかし,十分な効果が得られず,プレドニゾロン30mgから漸減内服投与を試みたところ強膜炎所見,黄斑浮腫ともに軽快し,視力も改善した.P-ANCAも正常に復した.全身的なANCA関連血管炎を発症している症例に対しては生命予後の悪い疾患もあり,ステロイド薬,免疫抑制薬などの長期にわたる全身投与が必須8,9,11)である.しかし,本症例のように全身合併症の発症していない症例に対してもANCA陽性である場合には,早期からステロイド薬などの全身投与を試みるべきであった.近年,ANCA関連血管炎に伴う眼科疾患の報告は,疾患概念の普及により増加している.しかし,その多くは全身疾患を伴うものであり,本症例のように全身疾患に先立って眼242あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012(94)科疾患が最初に発症した症例は少ない.強膜炎を診断した場合,その原因としてANCA関連血管炎の可能性を考え,早期にANCAを測定すべきと思われた.文献1)DaviesDJ,MoranJE,NiallJFetal:Segmentalnecrotis-ingglomerulonephritiswithantineutrophilantibody:Pos-siblearbovirusaetiology.BrMedJ285:606,19822)FalkRJ,JennetteJC:ANCAsmall-vesselvasculitis.JAmSocNephrol17:254-256,19973)吉田耕治:ANCA関連血管炎症候群.リウマチ科19:575-586,19984)長沢俊彦:ANCA関連血管炎.病理と臨床16:262-266,19985)有村義宏,長沢俊彦:抗好中球細胞質抗体.臨床病理41:866-875,19936)Ho.manGS,SpecksU:Antineutrophilcytoplasmicanti-bodies.ArthritisRheum41:1521-1537,19987)SavigeJ,GillisD,BensonEetal:Internationalconsensusstatementontestingandreportingofantineutrophilcyto-plasmicantibodies(ANCA).AmJClinPathol111:507-513,19998)MatsuoT:Eyemanifestationsinpatientswithperinucle-arantineutrophilcytoplasmicantibody-associatedvascu-litis:Caseseriesandliteraturerevieu.JpnJOphthalmol51:131-138,20079)LaniTH,LyndellLL,BrianVetal:Antineutrophilcyto-plasmicantibody-associatedactivescleritis.ArchOphthal-mol126:651-655,200810)月花環,渡辺朗,神前賢一ほか:脈絡膜新生血管が認められたP-ANCA関連血管炎に併発した後部強膜炎の一例.眼臨100:688-691,200611)奥芝詩子,竹田宗泰,阿部法夫ほか:ミエロペルオキシダーゼ抗好中球細胞質抗体関連血管炎に伴う眼所見の検討.眼紀51:138-142,200012)FauciAS,HaynesBF,KatzPetal:Wegener’sgranulo-matosis:Prospectiveclinicalandtherapeuticexperiencewith85paitientsfor21years.AnnInternMed98:76-85,198313)ThorneJE,JabsDA:Ocularmanifestationsofvasculitis.RheumDisClinNorthAm27:761-769,200114)長田敦,篠田和男,小林顕ほか:MPO-ANCA関連腎炎に併発した強膜炎の一例.眼臨98:878-881,200415)StankusSJ,JohnsonNT:Propylthiouracil-inducedhyper-sensitivityvasculitispresentingasrespiratoryfailure.Chest102:1595-1596,199216)DolmanKM,GansRO,VervantTJetal:Vasculitisandantineutrophilcytoplasmicautoantibodiesassociatedwithpropylthiouraciltherapy.Lancet342:651-652,199317)O’DonoghueEO,LightmanS,TuftSetal:Surgicallyinducednecrotizingsclerokeratitis(SINS)-precipitatingfactorandresponsetotreatment.BrJOphthalmol76:17-21,199218)SainzdelaMazaM,FosterCS:Necrotizingscleritisafterocularsurgery:aclinicopathologicstudy.Ophthalmology98:1720-1726,1991***(95)あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012243