《原著》あたらしい眼科34(11):1622.1624,2017c非典型的な経過をたどった原田病と考えられた1例多田篤史西村智治町田繁樹獨協医科大学越谷病院眼科CAtypicalCaseofVogt-Koyanagi-HaradaSyndromewithSpontaneousResolutionAtsushiTada,TomoharuNishimuraandShigekiMachidaCDepartmentofOphthalmology,DokkyoMedicalUniversityKoshigayaHospital目的:漿液性網膜.離(SRD)と脈絡膜の肥厚が認められたが,Vogt-小柳-原田病(原田病)の診断に至らず,経過観察した症例を報告する.症例:症例はC29歳女性で出産後C8カ月の授乳婦である.1カ月前からの視力低下を主訴に紹介受診した.眼外症状なし.初診時の矯正視力は両眼C1.0で,光干渉断層計(OCT)では,両黄斑部のCSRDおよび脈絡膜肥厚が認められた.蛍光眼底造影では本症の典型的所見はみられなかった.原田病を疑ったが,授乳婦であったため,ステロイド全身投与は行わず厳重に経過観察した.SRDおよび脈絡膜肥厚は,それぞれ初診からC1およびC2カ月で消失した.自覚症状は改善したが,夕焼け状眼底を呈した.初診からC17カ月まで炎症の再燃はなく経過した.結論:本症例は,経過観察中に脈絡膜肥厚の改善および夕焼け状眼底が観察されたことから,軽症で非典型的な原田病と考えられ,ステロイド治療なしでも寛解が得られた.CPurpose:WeobservedacaseinwhichVogt-Koyanagi-HaradaSyndrome(Harada’sdisease)washighlysus-pectedCbecauseCofCtheCpresenceCofCbilateralCmacularCdetachmentCandCchoroidalCthickening.CCasereport:A29-year-oldfemalevisiteduscomplainingofblurredvisioninbotheyes.Shehadserousretinaldetachmentsandchoroidalthickeningthatdidnotshowtypicalangiographic.ndings.AlthoughHarada’sdiseasewassuspected,shewasCobservedCwithoutCsystemicCadministrationCofCcorticosteroidsCbecauseCsheCwasClactating.CTheCserousCretinalCdetachmentsandchoroidalthickeningdisappeared1and2monthsaftertheinitialvisit,respectively.Sunsetfundidevelopedwithoutleavingintraocularin.ammatorychangesonthefollowingvisits,until17months.Conclusions:CSinceimprovementofchoroidalthickeninganddevelopmentofsunsetfundiwereseenduringobservation,shewasdiagnosedashavingHarada’sdisease.TherecanbecasesofHarada’sdiseasewithmildin.ammationinwhichsys-temicadministrationofhigh-dosecorticosteroidsmaynotbenecessary.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(11):1622.1624,C2017〕Keywords:Vogt-小柳-原田病,漿液性網膜.離,脈絡膜肥厚,夕焼け状眼底,授乳婦.Vogt-Koyanagi-Haradadisease,serousretinaldetachment,choroidalthickening,sunsetfundus,lactating.CはじめにVogt-小柳-原田病(以下,原田病)は,全身のメラノサイトに対する自己免疫反応による汎ぶどう膜炎である.症状は,前駆期に感冒様症状が多く,眼外症状では,耳鳴り,難聴,頭皮違和感などが認められる.急性期所見では,肉芽腫性の前眼部炎症,毛様体の浮腫と脈絡膜.離による浅前房,両眼性の胞状・多房性の漿液性網膜.離および視神経乳頭の浮腫がみられ,回復期の所見として,夕焼け状眼底および眼底周辺部の斑状網脈絡膜萎縮病巣などがあげられる1).治療としてはステロイド大量投与あるいはステロイドパルス療法が行われ,治療後の視機能は良好である.今回筆者らは,両側の漿液性網膜.離と脈絡膜の肥厚が認められたが,典型的な造影所見を呈さず,軽症の原田病と考えられた一例を経験した.授乳婦であったため,ステロイド全身投与を行わず経過観察したところ,夕焼け状眼底を呈して治癒した.眼所見,経過および原田病の国際診断基準2)から,probableCVogt-Koyanagi-HaradaCsyndromeと思われた原田病と考えられた.〔別刷請求先〕町田繁樹:〒343-8555埼玉県越谷市南越谷C2-1-50獨協医科大学越谷病院眼科Reprintrequests:ShigekiMachida,M.D.,DepartmentofOphthalmology,DokkyoMedicalUniversityKoshigayaHospital,2-1-50Minamikoshigaya,Koshigaya,Saitama343-8555,JAPAN1622(138)0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(138)C16220910-1810/17/\100/頁/JCOPYI症例患者:29歳,女性.主訴:1カ月前から両眼の霧視感.既往歴:橋本病(経過観察),授乳婦,アレルギー歴や常用の内服薬なし,妊娠高血圧症などの既往はない.現病歴:数日前から両眼の霧視感で近医を受診した.両眼底の視神経乳頭から黄斑にかけて漿液性網膜.離が認められ,ピット黄斑症候群の疑いで当院へ紹介受診となった.頭痛,難聴,感冒様症状などの全身症状はなかった.初診時所見:視力は,右眼C1.0(1.0C×.0.75D),左眼C1.0(1.0C×.1.00D),眼圧は両眼11mmHgであった.細隙灯顕微鏡検査では前房および硝子体内に炎症所見はなく,眼底所見として,両眼の黄斑部に漿液性網膜.離が認められたが,視神経乳頭に乳頭小窩は観察されなかった(図1a,b).また,図1初診時の眼底所見とフルオレセイン蛍光眼底造影の後期像右眼左眼初診時初診から1週間後初診から2カ月後図3初診時,初診から1週および2カ月の光干渉断層像矢印は脈絡膜と強膜との境界を示している.眼底の色調は正常であった.前房隅角所見では,周辺虹彩前癒着はなく,軽度の色素沈着が観察された.フルオロセイン蛍光眼底造影(fluoresceinCangiography:FAG)(図1c,d),およびインドシアニングリーン蛍光眼底造影検査(indocya-ninCgreenCangiography:ICGA)でも,後期の低蛍光斑を含めた特徴的な所見は認められなかった(図2).光干渉断層計(opticalCcoherenceCtomography:OCT)検査では,両眼の黄斑部の網膜.離が認められ,脈絡膜の肥厚が疑われた(図3).全身検査所見:採血結果はASTC17U/l,ALT11U/l,ALPC165CU/l,LDH367CU/l,gGTPC17CU/l,CNaC140Cmmol/l,KC4.1Cmmol/l,CUNC9Cmg/dl,CrC0.7Cmg/dl,WBCC7300/ul,RBCC464万/ul,PLT33.5万/ul,CRPC0.06Cmg/dl.HLA検査ならびに髄液検査は患者から同意が得られず,施行しなかった.経過:難聴,頭痛,皮膚症状などの身体症状に乏しかったが,漿液性網膜.離および脈絡膜肥厚疑いの眼底所見およびOCT所見から原田病を疑った.鑑別診断として,中心性漿液性網脈絡膜症,後部強膜炎,uvealCe.usionCsyndromeおよび妊娠中毒症があげられたが,FAGおよびCICGAでこれ図2初診時のインドシアニングリーン赤外蛍光眼底造影上段:初期像,下段:後期像.C図4初診から3カ月後の眼底所見(139)Cあたらしい眼科Vol.34,No.11,2017C1623らの疾患を示唆する所見は認められなかった.原田病の確定診断に至らず授乳婦であり,ステロイドの全身投与が授乳に与える影響を考慮し,患者と相談のうえ,無治療で厳重に経過観察とした.また,前眼部の炎症も認められなかったため,ステロイド点眼も行わなかった.初診からC1週間後,視力は両眼C1.2(n.c.)となり,霧視感は改善した.OCTでは両眼とも漿液性網膜.離は減少していた(図3).漿液性網膜.離は初診からC1カ月後で消失した.初診からC2カ月後,漿液性網膜.離の再発はなく,脈絡膜と強膜の境界線が明瞭となり(図3,矢印),脈絡膜の肥厚が改善していた.初診からC3カ月後には眼底の色素は脱失し,いわゆる夕焼け状眼底を呈した(図4).初診からC17カ月まで漿液性網膜.離の再発ならびに炎症所見はみられずに経過している.経過中に皮膚白斑や白髪などの全身所見はみられなかった.CII考按本症例は,経過観察のみで治癒した軽症型の原田病と考えられる.原田病は診断後早期にステロイド全身投与することが多い3).ステロイドにより経過が修飾され,本来の重症度の評価が困難である3).また,軽症例の明確な基準はなく,報告も少ない3).筆者が調べた限り,無治療で緩解した報告は非常に少なく3,4),本症例は貴重なC1症例と考えられる.本症例は授乳婦であり,ステロイド全身投与を回避した.ステロイドの母乳への移行は,母体血中濃度のC5.25%程度と報告され5),ステロイドが乳児に移行する場合,乳児の成長障害が問題となる5,6).したがって,授乳婦に対して大量ステロイド療法を行う場合は,ステロイド投与と授乳の間隔を設けることや,母乳からミルクに切り替えることを考慮する必要がある.本症例の初診時では,漿液性網膜.離および脈絡膜肥厚疑いの所見が原田病に合致したが,炎症所見がなく,造影所見は典型的所見を呈さなかった.初診時に原田病の診断に至らなかったが,経過中に夕焼け状眼底を呈したことで原田病と確定診断できた.本症例のように,夕焼け状眼底により原田病と確定診断した症例は報告されている7).一方で,速やかに消炎した場合,回復期に夕焼け状眼底を呈さないことがある3).夕焼け状眼底は必ずしも無症状ではなく,コントラスト感度の低下あるいは後天性色覚異常が報告されている7).ステロイドパルス療法を行った場合,夕焼け状眼底の頻度が少なく視力予後が良好であったとの報告があり6),速やかな消炎により夕焼け状眼底を回避できると考えられ,本症例のように経過観察のみの軽症例が夕焼け状眼底を呈しやすいのかもしれない3).本症例が軽症型として発症した原因として,妊娠もしくは授乳が要因の可能性がある.免疫寛容状態にある妊婦は原田病に罹患しにくいとういう報告もある6).過去の報告では,妊娠中に発症した原田病に対し,ステロイドパルス療法もしくはステロイドCTenon.下注射など局所治療により,いずれも緩解し,比較的良好な経過をたどっている8.11).原田病が妊娠を契機に自然軽快あるいは妊娠中に自然治癒したとの報告がある12).授乳期における原田病の発症は,筆者が調べた限りその報告はなく,授乳と原田病の経過との関係は不明である.しかし,ぶどう膜炎と月経との関連を指摘する報告では,エストロゲンやプロゲステロンなどの性ホルモンとぶどう膜炎の消長との間の関連を推察しており12),月経直前から月経中に症状が悪化する症例が報告されている.授乳期では月経が休止するため,原田病の自然経過に好影響を与えた可能性がある.文献1)丸尾敏夫,本田孔子,薄井正彦ほか:ぶどう膜,眼科学第2版(大鹿哲郎編),p307-310,文光堂,20112)RussellCWR,CCaryCNH,CNarsingCARCetCal:RevisedCdiag-nosticCcriteriaCforCVogt-Koyanagi-HaradaCdisease:reportCofCanCinternationalCcommitteeConCnomenclature.CAmCJOphthalmolC131:647-652,C20013)早川むつ子,穂積沙紀,小沢佳良子ほか:原田病軽症例の臨床所見.眼臨C87:637-644,C19934)NoharaCM,CNoroseCK,CSegawaCK:Vogt-Koyanagi-HaradaCdiseaseCduringCpregnancy.CBrCJCOphthalmolC79:94-95,C19955)蕪城俊克:眼科におけるステロイド大量全身投与目的,薬剤選択と投与量,投与前検査,注意すべき症例.眼科C58:285-291,C20166)小林崇俊,丸山耕一,庄田裕美ほか:妊娠初期のCVogt-小柳-原田病にステロイドパル療法を施行したC1例.あたらしい眼科C32:1618-1621,C20157)安積淳:Vogt-小柳-原田病(症候群)の診断と治療1.病態:定型例と非定型例.眼科47:929-936,C20058)奥貫陽子,後藤浩:【眼科薬物療法】ぶどう膜Vogt-小柳-原田病.眼科54:1345-1352,C20129)MiyataCN,CSugitaCM,CNakamuraCSCetCal:TreatmentCofCVogt-Koyanagi-Harada’sCdiseaseCduringCpregnancy.CJpnJOphthalmolC45:177-180,C200110)松本美保,中西秀雄,喜多美穂里:トリアムシノロンアセトニドのテノン.下注射で治癒した妊婦の原田病のC1例.眼紀C57:614-617,C200611)正木究岳,林良達,劉百良ほか:トリアムシノロンアセトニドCTenon.下注射が奏効した妊婦の原田病のC1例.あたらしい眼科C28:711-714,C201112)高橋任美,杉田直,山田由季子ほか:ぶどう膜炎と月経との関係に関する調査.臨眼C63:1281-1283,C2009***(140)