《原著》あたらしい眼科36(4):544.547,2019c硝子体内注射1カ月後に診断された外傷性白内障の1例加納俊祐*1,2清崎邦洋*1福井志保*1久保田敏昭*2*1国立病院機構別府医療センター眼科*2大分大学医学部眼科学講座CACaseofTraumaticCataractDiagnosed1MonthafterIntravitrealInjectionShunsukeKano1,2)C,KunihiroKiyosaki1),ShihoFukui1)andToshiakiKubota2)1)DepartmentofOphthalmology,NationalHospitalOrganizationBeppuMedicalCenter,2)DepartmentofOphthalmology,OitaUniversityFacultyofMedicineC目的:硝子体内注射C1カ月後に診断した外傷性白内障のC1例を経験したので報告する.症例:85歳,男性.別府医療センター眼科(以下,当院)でポリープ状脈絡膜血管症と診断し,抗血管内皮増殖因子(vascularCendothelialCgrowthfactor:VEGF)薬硝子体内注射を施行した.4回目の注射からC1カ月後に当院を受診した際に治療眼の視力低下を訴えた.後.下白内障を認めたが,後.の亀裂の有無は不明だった.硝子体内注射を原因とした外傷性白内障に対して水晶体再建術を施行した.術中,後.破損が判明したが,これは術前から生じていたものと考えられた.術後は,滲出性病変の再発を認めた際に抗CVEGF薬硝子体内注射を施行している.結論:硝子体内注射C1カ月後に判明した外傷性白内障に手術を施行した.合併症には十分注意して硝子体内注射を行う必要がある.CPurpose:WeCreportCaCcaseCofCtraumaticCcataractCdiagnosedConeCmonthCafterCintravitrealCinjection.CCase:An85-yearColdCmaleCwasCdiagnosedCwithCpolypoidalCchoroidalCvasculopathyCatCBeppuCMedicalCCenterCDepartmentCofCOphthalmologyandreceivedintravitrealinjectionsofanti-vascularendothelialgrowthfactor(VEGF)drug.Hevis-itedourhospitalonemonthafterthefourthinjection,complainingofvisualloss.Weobservedposteriorsubcapsu-larcataract,butthepresenceofposteriorcapsulerupturewasnotclearlyobserved.DuringlensreconstructionfortraumaticCcataract,Chowever,CposteriorCcapsuleCruptureCwasCnoticed.CAfterCtheCsurgery,CuponCrealizingCtheCrecur-renceofexudativelesion,weagainperformedintravitrealinjectionofanti-VEGFdrug.Conclusion:Weperformedsurgeryontraumaticcataractobservedonemonthafterintravitrealinjections.Weshouldtakecareregardinglenscomplicationsfollowingintravitrealinjectionsofanti-VEGFdrug.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C36(4):544.547,C2019〕Keywords:外傷性白内障,硝子体内注射.traumaticcataract,intravitrealinjection.はじめに近年,黄斑疾患に対して,ペガプタニブ(マクジェンCR),ラニビズマブ(ルセンティスCR),アフリベルセプト(アイリーアR)といった血管内皮増殖因子(vascularCendothelialCgrowthfactor:VEGF)阻害薬や副腎皮質ステロイドの硝子体内注射が承認され,さらに適応が次第に拡大していくことでわが国における硝子体内注射の施行数は増加している.その一方で,硝子体内注射は侵襲的な治療であり,硝子体内注射の合併症として眼内炎,無菌性眼内炎,外傷性白内障,網膜.離,眼圧上昇などが知られている.硝子体内注射施行数が増加していくにつれ,これらの合併症が増加することが予測される.しかし,硝子体内注射を契機に発症した後.損傷に対して手術を施行した報告は少ない1).筆者らは硝子体内注射からC1カ月後に外来受診した際に水晶体後.に混濁を認め,硝子体内注射を契機に発症した外傷性白内障と診断した症例に,硝子体手術併用の水晶体再建術を施行したので報告する.CI症例患者:85歳,男性.既往歴:喘息.主訴:右眼視力低下.〔別刷請求先〕加納俊祐:〒879-5503大分県由布市挾間町医大ヶ丘C1-1大分大学医学部眼科学講座Reprintrequests:ShunsukeKano,DepartmentofOphthalmology,OitaUniversityFacultyofMedicine,1-1Idaigaoka,Hasama-machi,Yufu-shi,Oita879-5503,JAPANC544(122)現病歴:2015年C10月,近医で両眼白内障の経過観察中に右眼加齢黄斑変性を疑われ,精査加療目的に当科へ紹介となった.経過:当科にて,右眼ポリープ状脈絡膜血管症と診断し,ラニビズマブ硝子体内注射(intravitrealCinjectionCofCranibi-zumab:IVR)を導入し,3回連続投与を行った.最終投与からC5カ月後,漿液性網膜.離および.胞様黄斑浮腫を認めた.視力はCVD=0.1(0.9C×sph+3.0D(cyl.1.0DAx90°),CVS=0.4(1.0C×sph+2.5D(cyl.1.0DAx100°)であった.ポリープ状脈絡膜血管症の再発に対して,4回目のCIVRを試行した.IVRの方法は,ポリビニルアルコールヨウ素液(PAヨードR)で消毒後,ドレーピングを行い,リドカイン塩酸塩(2%キシロカインR)で点眼麻酔を行った.角膜輪部よりC3.5mmの位置を計測し,19CmmのC30CG針でラニビズマブ(ルセンティスCR硝子体内注射用キットC10Cmg/ml)0.5Cmg(0.05ml)を硝子体内注射した.注射後,オフロキサシン眼軟膏(タリビッド眼軟膏CR)を塗布した後,ガーゼを貼付して終了した.注射翌日から視力低下を自覚していたが眼科受診はせず,1カ月後の定期受診時に視力低下を訴えた.受診時の右眼視力はC0.3(0.4C×sph+3.5D)であり,右眼眼圧は17mmHgであった.3.9時方向にかけての水晶体後.に扇型の混濁を認めた(図1).水晶体後.の亀裂の有無は不明であった.水晶体融解による炎症や眼圧上昇は認めなかった.眼軸長は,右眼はC22.50Cmm,左眼はC22.62Cmmであった.水晶体厚は術後に左眼のみ測定したが,5.93Cmmであった.硝子体内注射を原因とした右眼外傷性白内障と診断した.患者本人には硝子体内注射の合併症として白内障が発症したこと,視力回復のためには手術が必要なことを説明し,患者の同意のうえで白内障手術を施行した.水晶体後.の状態が不明であったため,経毛様体扁平部硝子体切除術(parsCplanavitrectomy:PPV)を行う準備をしたうえで,コンステレーションRビジョンシステムにて超音波乳化吸引術(phacoemulsi.cationandaspiration:PEA)および眼内レンズ挿入術(intraocularlens:IOL)を併施することとした.角膜輪部のC2時およびC10時方向に角膜サイドポートを作製し,粘弾性物質で前房を置換した後,26CGチストトームで作製した前.フラップを前.鑷子で把持して連続円形切.(continuousCcurvilinearcapsulorrhexis:CCC)を施行した.11時方向から経結膜強角膜切開を施行した.後.損傷の可能性があったため,少量のオキシグルタチオン液(BSSplusR)で前房圧を上げないようにChydrodissectionを施行した.ボトルの高さを低く設定し低吸引流量でCPEAを行ったが,核処理中に核落下を認め,術前から後.が破損していたことが判明した.硝子体脱出およびこれ以上の水晶体核落下を予防する目的でヒーロンCVCRを水晶体核の後方に注入して(図2),ヒーロンCVCRを吸引しないように吸引流量を下げ,低灌流下で残存核を処理した.落下した水晶体核を処理するため,25CGトロカールでポートを作製した.前部硝子体切除後,水晶体.に付着した水晶体皮質は硝子体カッターで吸引処理した.Corevitrectomy後,トリアムシノロンアセトニド(マキュエイドCR)を散布し後部硝子体.離を生じさせた.落下した水晶体核を硝子体カッターで破砕し,処理した(図3).周辺部硝子体切除を行ったのち,眼内レンズ(参天製薬,モデル:NX70,レンズパワー:+24.0D)を挿入した.CCCは完全であったため,術後の屈折を安定させ,遷延性の眼内炎を予防することを目的に,IOLopticcapture法を試みたが2),困難だったため光学部も.外固定とした(図4).硝子体ポートを抜去し,8C.0絹糸で創を縫合した.アセチルコリン塩化物(オビソートCR)で縮瞳させ,硝子体脱出のないことを確認し,手術終了とした.手術後に,後.破損のために眼内レンズを.外固定したことを説明し,とくに医師患者関係のトラブルは生じなかった.術後早期に網膜病変の再燃はなく,経過順調のため退院となった.手術からC4週間後に滲出性病変の再発に対してCIVRを施行した.その後は,滲出性病変の再発を認めた場合は,抗CVEGF薬硝子体内注射をCprorenata(PRN)投与している.最終視力はCVD=0.7(1.0C×sph.0.5D(cyl.1.5DAx100°)であった.CII考察抗CVEGF薬硝子体内注射(ベバシズマブ,ラニビズマブ,アフリベルセプト)の合併症としての外傷性白内障の発症率はC0.0.8%と報告されており3.6),服部の報告では,硝子体内注射による水晶体損傷は注射針の抜去時に生じたとされている7).後.への注射針の接触は,突発的な眼球運動,注射刺入位置および角度のずれが原因として生じると考えられる.既報では角膜輪部からC3.5.4.0Cmm後方において注射針の刺入を行うとされており8,9),今回の症例で筆者が施行した角膜輪部からC3.5Cmm後方からの注射については,一般的な位置である.今回の症例は,軽度ではあるものの短眼軸長の遠視眼であり瞼裂幅は狭小であった.また,僚眼の検査結果から考えると加齢に伴い水晶体は軽度膨隆していたものと考えられる.これらの要素から,この患者にとって適正な刺入位置から注射針を刺入できなかったこと,また,針を抜去する際に角度が水平方向に近くなったことで注射針が後.に接触した可能性がある.現在,合併症予防策として,硝子体内注射用の針を本症例で使用したC19mmのC30G針からC12mmのC31G針に変更した.以前より細く,短い針を用いることで患者の疼痛の軽図1硝子体内注射1カ月後の後.混濁水晶体後.に扇型の混濁を認めた.亀裂の有無は不明だった.図3術中写真:落下した水晶体核の処理落下した水晶体は硝子体カッターで処理した.減,針の操作性の向上が得られている.刺入位置については,安全を期して,現在は偽水晶体眼では角膜輪部からC3.5mm,有水晶体眼では角膜輪部からC4.0Cmmの位置から刺入している.また,刺入角度に関しては施術者の技量,患者の眼球運動に左右されるものではあるが,強膜に垂直よりもやや深部に向けて刺入し,角度を保ったまま抜去している.本症例以後,硝子体内注射による水晶体.損傷は経験していない.また,網膜裂孔や網膜.離の発症も経験していない.本症例では,術中所見から考えると,術前から後.破損が存在していたと思われた.水晶体後.に認めた扇型状の混濁は破.部位だと思われるが,術前には確定できなかった.既報において,針で経角膜的にマウスの水晶体前面に損傷を与図2術中写真:破.判明後の水晶体核処理術前から破.しており,術中に水晶体核落下を認めた.水晶体核の後方にヒーロンCVCRを注入し,それ以上の核落下と硝子体脱出を予防しながら核処理を行った.図4術中写真:眼内レンズの.外固定CCCは完全だった.眼内レンズは.外固定とした.えた場合,損傷数日以内に線維芽細胞が増殖して傷口周辺に充満して前房に突出,傷口前面を被覆する.その後,損傷C7.10日程度で増殖細胞が紡錘形に変化し,損傷C15日になると損傷部周辺上皮細胞の分裂活動はほぼ停止し,損傷部は線維芽細胞様の紡錘形細胞が密に接し合うようになる10).本症例でも,このような水晶体.の創傷治癒機転が働いたものと考えられ,傷口の周辺には混濁を認め,これにより後.に亀裂が生じているのか,後.下皮質白内障が生じているだけなのかの鑑別は術前には不可能だった.また,傷口が増殖細胞で被覆されているためか,水晶体融解による前房炎症,硝子体混濁,眼圧上昇などの合併症は生じなかった.注射により後.損傷を生じた場合,白内障手術を施行する際には硝子体手術が必要となる可能性があることを念頭に置いて手術に臨む必要がある.また,硝子体切除術後には硝子体内注射した薬物の薬物動態は変化し,半減期が短縮することが報告されている11).加齢黄斑変性などの原疾患への治療効果も減弱し,注射回数が増える可能性があり,患者側の負担が増大する恐れがある.これらの点から,患者に多くの不利益を与える合併症であり,硝子体内注射導入の際には必ず説明を行う必要があると考える.現在までにも,硝子体内注射による合併症として,外傷性白内障以外にも眼内炎,無菌性眼内炎,外傷性白内障,網膜.離,眼圧上昇などは一定の割合で報告されている7,12).外傷性白内障の発症については予防できる可能性があり,今後予測される硝子体内注射施行数の増加に比例して,外傷性白内障の発症数も増加していかないように,眼科医の技術研鑽が必要である.CIII結論硝子体内注射後,視力低下と後.下白内障の出現を認めた症例に対して,硝子体手術併用白内障手術を施行した.現在,抗CVEGF薬硝子体内注射の適応拡大に伴い,硝子体内注射の試行数は増加している.治療にあたっては,安全面に十分に配慮し,不要な合併症を生じさせない努力が必要である.文献1)安井絢子,山本学,芳田裕作ほか:硝子体注射後の水晶体後.破損に対する硝子体手術併用水晶体再建術を施行したC1例.臨眼69:457-460,C20152)GimbelHV,Debro.BM:Intraocularlensopticcapture.JCataractRefractSurgC30:200-206,C20043)NguyenQD,BrownDM,MarcusDMetal:Ranibizumabfordiabeticmacularedema:resultsfrom2phaseIIIran-domizedtrials:RISECandCRIDE.COphthalologyC119:789-801,C20124)CampochiaroCPA,CHeierCJS,CFeinerCLCetal:RanibizumabCforCmacularCedemaCfollowingCbranchCretinalCveinCocclu-sion:six-monthCprimaryCendCpointCresultsCofCaCphaseCIIICstudy.OphthalmologyC117:1102-1112,C20105)HaslerCPW,CBlochCSB,CVillumsenCJCetal:SafetyCstudyCofC38503intravitrealranibizumabinjectionsperformedmain-lyCbyCphysiciansCinCtrainingCandCnursesCinCaChospitalCset-ting.ActaOphthalmolC93:122-125,C20156)RosenfeldPJ,BrownDM,HeierJSetal:RanibizumabforneovascularCage-relatedCmacularCdegeneration.CNEnglJMedC355:1419-1431,C20067)服部知明:抗CVEGF薬硝子体注射による眼合併症.あたらしい眼科31:1003-1004,C20148)FrankelRE,HajiSA,LaMetal:Aprotocolforthereti-naCsurgeon’sCsafeCinitialCintravitrealCinjections.CClinCOph-thalmolC4:1279-1285,C20109)小椋祐一郎,髙橋寛二,飯田知弘ほか:黄斑疾患に対する硝子体内注射ガイドライン.日眼会誌120:87-90,C201610)宇賀茂三,西本浩之:外傷に対する水晶体上皮細胞の反応水晶体.の創傷治癒を中心にして.眼科手術C3:227-235,C199011)MoisseievCE,CWaisbourdCM,CBen-ArtsiCECetal:Pharama-cokineticsCofCbevacizumabCafterCtopicalCandCintravitrealCadministrationinhumaneyes.GraefesArchClinExpOph-thalmolC252:331-337,C201412)永井博之,平野佳男,吉田宗徳ほか:硝子体内薬物注射に伴う合併症の検討.臨眼64:1099-1102,C2010***