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硝子体内注射1カ月後に診断された外傷性白内障の1例

2019年4月30日 火曜日

《原著》あたらしい眼科36(4):544.547,2019c硝子体内注射1カ月後に診断された外傷性白内障の1例加納俊祐*1,2清崎邦洋*1福井志保*1久保田敏昭*2*1国立病院機構別府医療センター眼科*2大分大学医学部眼科学講座CACaseofTraumaticCataractDiagnosed1MonthafterIntravitrealInjectionShunsukeKano1,2)C,KunihiroKiyosaki1),ShihoFukui1)andToshiakiKubota2)1)DepartmentofOphthalmology,NationalHospitalOrganizationBeppuMedicalCenter,2)DepartmentofOphthalmology,OitaUniversityFacultyofMedicineC目的:硝子体内注射C1カ月後に診断した外傷性白内障のC1例を経験したので報告する.症例:85歳,男性.別府医療センター眼科(以下,当院)でポリープ状脈絡膜血管症と診断し,抗血管内皮増殖因子(vascularCendothelialCgrowthfactor:VEGF)薬硝子体内注射を施行した.4回目の注射からC1カ月後に当院を受診した際に治療眼の視力低下を訴えた.後.下白内障を認めたが,後.の亀裂の有無は不明だった.硝子体内注射を原因とした外傷性白内障に対して水晶体再建術を施行した.術中,後.破損が判明したが,これは術前から生じていたものと考えられた.術後は,滲出性病変の再発を認めた際に抗CVEGF薬硝子体内注射を施行している.結論:硝子体内注射C1カ月後に判明した外傷性白内障に手術を施行した.合併症には十分注意して硝子体内注射を行う必要がある.CPurpose:WeCreportCaCcaseCofCtraumaticCcataractCdiagnosedConeCmonthCafterCintravitrealCinjection.CCase:An85-yearColdCmaleCwasCdiagnosedCwithCpolypoidalCchoroidalCvasculopathyCatCBeppuCMedicalCCenterCDepartmentCofCOphthalmologyandreceivedintravitrealinjectionsofanti-vascularendothelialgrowthfactor(VEGF)drug.Hevis-itedourhospitalonemonthafterthefourthinjection,complainingofvisualloss.Weobservedposteriorsubcapsu-larcataract,butthepresenceofposteriorcapsulerupturewasnotclearlyobserved.DuringlensreconstructionfortraumaticCcataract,Chowever,CposteriorCcapsuleCruptureCwasCnoticed.CAfterCtheCsurgery,CuponCrealizingCtheCrecur-renceofexudativelesion,weagainperformedintravitrealinjectionofanti-VEGFdrug.Conclusion:Weperformedsurgeryontraumaticcataractobservedonemonthafterintravitrealinjections.Weshouldtakecareregardinglenscomplicationsfollowingintravitrealinjectionsofanti-VEGFdrug.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C36(4):544.547,C2019〕Keywords:外傷性白内障,硝子体内注射.traumaticcataract,intravitrealinjection.はじめに近年,黄斑疾患に対して,ペガプタニブ(マクジェンCR),ラニビズマブ(ルセンティスCR),アフリベルセプト(アイリーアR)といった血管内皮増殖因子(vascularCendothelialCgrowthfactor:VEGF)阻害薬や副腎皮質ステロイドの硝子体内注射が承認され,さらに適応が次第に拡大していくことでわが国における硝子体内注射の施行数は増加している.その一方で,硝子体内注射は侵襲的な治療であり,硝子体内注射の合併症として眼内炎,無菌性眼内炎,外傷性白内障,網膜.離,眼圧上昇などが知られている.硝子体内注射施行数が増加していくにつれ,これらの合併症が増加することが予測される.しかし,硝子体内注射を契機に発症した後.損傷に対して手術を施行した報告は少ない1).筆者らは硝子体内注射からC1カ月後に外来受診した際に水晶体後.に混濁を認め,硝子体内注射を契機に発症した外傷性白内障と診断した症例に,硝子体手術併用の水晶体再建術を施行したので報告する.CI症例患者:85歳,男性.既往歴:喘息.主訴:右眼視力低下.〔別刷請求先〕加納俊祐:〒879-5503大分県由布市挾間町医大ヶ丘C1-1大分大学医学部眼科学講座Reprintrequests:ShunsukeKano,DepartmentofOphthalmology,OitaUniversityFacultyofMedicine,1-1Idaigaoka,Hasama-machi,Yufu-shi,Oita879-5503,JAPANC544(122)現病歴:2015年C10月,近医で両眼白内障の経過観察中に右眼加齢黄斑変性を疑われ,精査加療目的に当科へ紹介となった.経過:当科にて,右眼ポリープ状脈絡膜血管症と診断し,ラニビズマブ硝子体内注射(intravitrealCinjectionCofCranibi-zumab:IVR)を導入し,3回連続投与を行った.最終投与からC5カ月後,漿液性網膜.離および.胞様黄斑浮腫を認めた.視力はCVD=0.1(0.9C×sph+3.0D(cyl.1.0DAx90°),CVS=0.4(1.0C×sph+2.5D(cyl.1.0DAx100°)であった.ポリープ状脈絡膜血管症の再発に対して,4回目のCIVRを試行した.IVRの方法は,ポリビニルアルコールヨウ素液(PAヨードR)で消毒後,ドレーピングを行い,リドカイン塩酸塩(2%キシロカインR)で点眼麻酔を行った.角膜輪部よりC3.5mmの位置を計測し,19CmmのC30CG針でラニビズマブ(ルセンティスCR硝子体内注射用キットC10Cmg/ml)0.5Cmg(0.05ml)を硝子体内注射した.注射後,オフロキサシン眼軟膏(タリビッド眼軟膏CR)を塗布した後,ガーゼを貼付して終了した.注射翌日から視力低下を自覚していたが眼科受診はせず,1カ月後の定期受診時に視力低下を訴えた.受診時の右眼視力はC0.3(0.4C×sph+3.5D)であり,右眼眼圧は17mmHgであった.3.9時方向にかけての水晶体後.に扇型の混濁を認めた(図1).水晶体後.の亀裂の有無は不明であった.水晶体融解による炎症や眼圧上昇は認めなかった.眼軸長は,右眼はC22.50Cmm,左眼はC22.62Cmmであった.水晶体厚は術後に左眼のみ測定したが,5.93Cmmであった.硝子体内注射を原因とした右眼外傷性白内障と診断した.患者本人には硝子体内注射の合併症として白内障が発症したこと,視力回復のためには手術が必要なことを説明し,患者の同意のうえで白内障手術を施行した.水晶体後.の状態が不明であったため,経毛様体扁平部硝子体切除術(parsCplanavitrectomy:PPV)を行う準備をしたうえで,コンステレーションRビジョンシステムにて超音波乳化吸引術(phacoemulsi.cationandaspiration:PEA)および眼内レンズ挿入術(intraocularlens:IOL)を併施することとした.角膜輪部のC2時およびC10時方向に角膜サイドポートを作製し,粘弾性物質で前房を置換した後,26CGチストトームで作製した前.フラップを前.鑷子で把持して連続円形切.(continuousCcurvilinearcapsulorrhexis:CCC)を施行した.11時方向から経結膜強角膜切開を施行した.後.損傷の可能性があったため,少量のオキシグルタチオン液(BSSplusR)で前房圧を上げないようにChydrodissectionを施行した.ボトルの高さを低く設定し低吸引流量でCPEAを行ったが,核処理中に核落下を認め,術前から後.が破損していたことが判明した.硝子体脱出およびこれ以上の水晶体核落下を予防する目的でヒーロンCVCRを水晶体核の後方に注入して(図2),ヒーロンCVCRを吸引しないように吸引流量を下げ,低灌流下で残存核を処理した.落下した水晶体核を処理するため,25CGトロカールでポートを作製した.前部硝子体切除後,水晶体.に付着した水晶体皮質は硝子体カッターで吸引処理した.Corevitrectomy後,トリアムシノロンアセトニド(マキュエイドCR)を散布し後部硝子体.離を生じさせた.落下した水晶体核を硝子体カッターで破砕し,処理した(図3).周辺部硝子体切除を行ったのち,眼内レンズ(参天製薬,モデル:NX70,レンズパワー:+24.0D)を挿入した.CCCは完全であったため,術後の屈折を安定させ,遷延性の眼内炎を予防することを目的に,IOLopticcapture法を試みたが2),困難だったため光学部も.外固定とした(図4).硝子体ポートを抜去し,8C.0絹糸で創を縫合した.アセチルコリン塩化物(オビソートCR)で縮瞳させ,硝子体脱出のないことを確認し,手術終了とした.手術後に,後.破損のために眼内レンズを.外固定したことを説明し,とくに医師患者関係のトラブルは生じなかった.術後早期に網膜病変の再燃はなく,経過順調のため退院となった.手術からC4週間後に滲出性病変の再発に対してCIVRを施行した.その後は,滲出性病変の再発を認めた場合は,抗CVEGF薬硝子体内注射をCprorenata(PRN)投与している.最終視力はCVD=0.7(1.0C×sph.0.5D(cyl.1.5DAx100°)であった.CII考察抗CVEGF薬硝子体内注射(ベバシズマブ,ラニビズマブ,アフリベルセプト)の合併症としての外傷性白内障の発症率はC0.0.8%と報告されており3.6),服部の報告では,硝子体内注射による水晶体損傷は注射針の抜去時に生じたとされている7).後.への注射針の接触は,突発的な眼球運動,注射刺入位置および角度のずれが原因として生じると考えられる.既報では角膜輪部からC3.5.4.0Cmm後方において注射針の刺入を行うとされており8,9),今回の症例で筆者が施行した角膜輪部からC3.5Cmm後方からの注射については,一般的な位置である.今回の症例は,軽度ではあるものの短眼軸長の遠視眼であり瞼裂幅は狭小であった.また,僚眼の検査結果から考えると加齢に伴い水晶体は軽度膨隆していたものと考えられる.これらの要素から,この患者にとって適正な刺入位置から注射針を刺入できなかったこと,また,針を抜去する際に角度が水平方向に近くなったことで注射針が後.に接触した可能性がある.現在,合併症予防策として,硝子体内注射用の針を本症例で使用したC19mmのC30G針からC12mmのC31G針に変更した.以前より細く,短い針を用いることで患者の疼痛の軽図1硝子体内注射1カ月後の後.混濁水晶体後.に扇型の混濁を認めた.亀裂の有無は不明だった.図3術中写真:落下した水晶体核の処理落下した水晶体は硝子体カッターで処理した.減,針の操作性の向上が得られている.刺入位置については,安全を期して,現在は偽水晶体眼では角膜輪部からC3.5mm,有水晶体眼では角膜輪部からC4.0Cmmの位置から刺入している.また,刺入角度に関しては施術者の技量,患者の眼球運動に左右されるものではあるが,強膜に垂直よりもやや深部に向けて刺入し,角度を保ったまま抜去している.本症例以後,硝子体内注射による水晶体.損傷は経験していない.また,網膜裂孔や網膜.離の発症も経験していない.本症例では,術中所見から考えると,術前から後.破損が存在していたと思われた.水晶体後.に認めた扇型状の混濁は破.部位だと思われるが,術前には確定できなかった.既報において,針で経角膜的にマウスの水晶体前面に損傷を与図2術中写真:破.判明後の水晶体核処理術前から破.しており,術中に水晶体核落下を認めた.水晶体核の後方にヒーロンCVCRを注入し,それ以上の核落下と硝子体脱出を予防しながら核処理を行った.図4術中写真:眼内レンズの.外固定CCCは完全だった.眼内レンズは.外固定とした.えた場合,損傷数日以内に線維芽細胞が増殖して傷口周辺に充満して前房に突出,傷口前面を被覆する.その後,損傷C7.10日程度で増殖細胞が紡錘形に変化し,損傷C15日になると損傷部周辺上皮細胞の分裂活動はほぼ停止し,損傷部は線維芽細胞様の紡錘形細胞が密に接し合うようになる10).本症例でも,このような水晶体.の創傷治癒機転が働いたものと考えられ,傷口の周辺には混濁を認め,これにより後.に亀裂が生じているのか,後.下皮質白内障が生じているだけなのかの鑑別は術前には不可能だった.また,傷口が増殖細胞で被覆されているためか,水晶体融解による前房炎症,硝子体混濁,眼圧上昇などの合併症は生じなかった.注射により後.損傷を生じた場合,白内障手術を施行する際には硝子体手術が必要となる可能性があることを念頭に置いて手術に臨む必要がある.また,硝子体切除術後には硝子体内注射した薬物の薬物動態は変化し,半減期が短縮することが報告されている11).加齢黄斑変性などの原疾患への治療効果も減弱し,注射回数が増える可能性があり,患者側の負担が増大する恐れがある.これらの点から,患者に多くの不利益を与える合併症であり,硝子体内注射導入の際には必ず説明を行う必要があると考える.現在までにも,硝子体内注射による合併症として,外傷性白内障以外にも眼内炎,無菌性眼内炎,外傷性白内障,網膜.離,眼圧上昇などは一定の割合で報告されている7,12).外傷性白内障の発症については予防できる可能性があり,今後予測される硝子体内注射施行数の増加に比例して,外傷性白内障の発症数も増加していかないように,眼科医の技術研鑽が必要である.CIII結論硝子体内注射後,視力低下と後.下白内障の出現を認めた症例に対して,硝子体手術併用白内障手術を施行した.現在,抗CVEGF薬硝子体内注射の適応拡大に伴い,硝子体内注射の試行数は増加している.治療にあたっては,安全面に十分に配慮し,不要な合併症を生じさせない努力が必要である.文献1)安井絢子,山本学,芳田裕作ほか:硝子体注射後の水晶体後.破損に対する硝子体手術併用水晶体再建術を施行したC1例.臨眼69:457-460,C20152)GimbelHV,Debro.BM:Intraocularlensopticcapture.JCataractRefractSurgC30:200-206,C20043)NguyenQD,BrownDM,MarcusDMetal:Ranibizumabfordiabeticmacularedema:resultsfrom2phaseIIIran-domizedtrials:RISECandCRIDE.COphthalologyC119:789-801,C20124)CampochiaroCPA,CHeierCJS,CFeinerCLCetal:RanibizumabCforCmacularCedemaCfollowingCbranchCretinalCveinCocclu-sion:six-monthCprimaryCendCpointCresultsCofCaCphaseCIIICstudy.OphthalmologyC117:1102-1112,C20105)HaslerCPW,CBlochCSB,CVillumsenCJCetal:SafetyCstudyCofC38503intravitrealranibizumabinjectionsperformedmain-lyCbyCphysiciansCinCtrainingCandCnursesCinCaChospitalCset-ting.ActaOphthalmolC93:122-125,C20156)RosenfeldPJ,BrownDM,HeierJSetal:RanibizumabforneovascularCage-relatedCmacularCdegeneration.CNEnglJMedC355:1419-1431,C20067)服部知明:抗CVEGF薬硝子体注射による眼合併症.あたらしい眼科31:1003-1004,C20148)FrankelRE,HajiSA,LaMetal:Aprotocolforthereti-naCsurgeon’sCsafeCinitialCintravitrealCinjections.CClinCOph-thalmolC4:1279-1285,C20109)小椋祐一郎,髙橋寛二,飯田知弘ほか:黄斑疾患に対する硝子体内注射ガイドライン.日眼会誌120:87-90,C201610)宇賀茂三,西本浩之:外傷に対する水晶体上皮細胞の反応水晶体.の創傷治癒を中心にして.眼科手術C3:227-235,C199011)MoisseievCE,CWaisbourdCM,CBen-ArtsiCECetal:Pharama-cokineticsCofCbevacizumabCafterCtopicalCandCintravitrealCadministrationinhumaneyes.GraefesArchClinExpOph-thalmolC252:331-337,C201412)永井博之,平野佳男,吉田宗徳ほか:硝子体内薬物注射に伴う合併症の検討.臨眼64:1099-1102,C2010***

明らかな前眼部炎症を生じずに水晶体内に留まった眼内ステンレス片の1 例

2012年1月31日 火曜日

0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(131)131《原著》あたらしい眼科29(1):131?134,2012cはじめに穿孔性眼外傷により金属異物が眼内に飛入した場合,異物残存部位によっては視機能に重篤な影響を及ぼす合併症をもたらすため,早期診断,早期治療を行うことが重要である1).眼内異物は,網膜内,または二重穿孔により眼窩内に認められることが多く,視力予後は前房,水晶体,硝子体,網膜の順に悪くなる2).水晶体内に留まることはまれである3)が,水晶体内異物では角膜損傷部位は開放創となり,前房の消失,外傷性白内障を生じ,強い前眼部炎症とともに視力障害,充血,疼痛などの強い自覚症状を示す.異物飛入により水晶体物質が?外に脱出することにより惹起される水晶体起因性ぶどう膜炎,続発緑内障,感染を惹起することも少なくない.異物が小さく,高速で眼内に飛入した場合,組織損傷は少なく,受傷後の自覚症状も違和感程度で軽微であること〔別刷請求先〕高山圭:〒359-8513所沢市並木3-2防衛医科大学校眼科学教室Reprintrequests:KeiTakayama,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NationalDefenseMedicalCollege,3-2Namiki,TokorozawaCity,Saitama359-8513,JAPAN明らかな前眼部炎症を生じずに水晶体内に留まった眼内ステンレス片の1例高山圭佐藤智人桜井裕竹内大防衛医科大学校眼科学教室ACaseofIntralenticularForeignStainlessSteelBodywithoutApparentAnteriorInflammationKeiTakayama,TomohitoSato,YuuSakuraiandMasaruTakeuchiDepartmentofOphthalmology,NationalDefenseMedicalCollege目的:角膜刺入創は自己閉鎖し,明らかな前眼部炎症はなく,外傷性白内障もごく軽度であった水晶体内ステンレス片の1例を経験したので報告する.症例:58歳の男性.解体業の仕事中に右眼に違和感を自覚.2週間後に近医を受診したところ,外傷性角膜裂傷,水晶体内異物の診断にて当科紹介となる.右眼の矯正視力0.4,眼圧15mmHg,角膜に刺入痕があり水晶体内異物を認めたが,角膜創は自己閉鎖しており前房深度は正常,明らかな前眼部炎症はなく水晶体混濁はその周囲のみで後?破損は認めなかった.2×1×0.2mmの水晶体内異物を除去した後に超音波乳化吸引術を施行し,現在矯正視力1.0で経過良好である.異物はステンレスであった.結論:眼内異物がステンレスであり,角膜穿孔創が自然閉鎖している水晶体内異物の場合,前?損傷も軽度であれば異物に伴う眼内炎症も軽度であり,炎症が自然消退する可能性が示唆された.Purpose:Toreportacaseofintralenticularforeignbodywithoutapparentanteriorinflammation.Casereport:A58-year-oldmalefeltanoddsensationinhisrighteyeduringdemolitionwork.Twoweekslater,hevisitedourdepartmentwithadiagnosisoftraumaticcorneallacerationandintralenticularforeignbodyinhisrighteye.Best-correctedvisualacuity(BCVA)inhisrighteyewas20/50;intraocularpressurewas15mmHg.Thecornealwoundhadclosedspontaneously,andnoanteriorinflammationwasapparent.Althoughtheintralenticularforeignbodywasobservedintheeye,cataractformationwasconfined.Theforeignbody,2×1×0.2mminsize,wassurgicallyremovedandtheusualcataractsurgerywasperformed.PostoperativeBCVAwas20/20,andtheforeignbodywasfoundtobestainlesssteel.Conclusion:Ifaforeignbodyisstainlesssteelandthecornealwoundclosesspontaneously,theforeignbodycanoccasionallyremaininthelenswithoutsevereocularinflammation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(1):131?134,2012〕Keywords:水晶体内異物,外傷性白内障,ステンレス,眼内異物,外傷性角膜裂傷.intralenticularforeignbody,traumaticcataract,stainless,intraocularforeignbody,traumaticcorneallaceration.132あたらしい眼科Vol.29,No.1,2012(132)が多い4).長期間放置された後に白内障手術時や検診時などに発見された報告はあるが,外傷性白内障は通常外傷後急速に進行し,また,眼内異物の種類によっては重篤な視力障害につながる金属症が出現することがあるため,水晶体内異物でのこのような報告は少ない2,5?7).眼内異物については,76?90%が鉄片であり3,8),ステンレス片による水晶体内異物の報告は筆者らが検索した限り今まで認められない.今回,明らかな前眼部炎症を生じずに水晶体内に留まった眼内ステンレス片の1例を経験したので報告する.I症例患者は58歳の男性.平成23年5月10日,家屋の解体作業中,右眼に違和感が出現し,軽度の視力障害を自覚したが,疼痛もないため放置していた.しかし,症状の改善がみられないため5月19日に近医受診.右眼の角膜裂傷の診断にてレボフロキサシン点眼薬を処方されたが,5月27日の再診時,右眼水晶体内異物を指摘され当科紹介となった.右眼視力低下を主訴に同日初診となり,右眼視力0.4(矯正不能),右眼眼圧は15mmHgであり,家族歴・既往歴に特記すべきことはなかった.充血,流涙,眼痛などの症状はなく,細隙灯顕微鏡検査で右眼の結膜に発赤はみられず,角膜耳側瞳孔領に穿孔創が認められたが,創からの前房水の漏出はなく自己閉鎖していた.前房深度に左右差はなく,前房内に浸潤細胞はみられなかった(図1).水晶体前?下に金属異物が認められたが,異物は水晶体皮質下にあり,水晶体混濁は異物周囲のみで,全体的な水晶体混濁は左右同程度であっ図1初診時の右眼前眼部写真右眼の角膜瞳孔領のやや耳側に自己閉鎖された穿孔創が認められた(矢印).水晶体内の瞳孔領近くに金属異物が認められた.前房内に炎症細胞は認められず,水晶体後?に異常は認められなかった.異物は水晶体皮質下にあった.図2初診時の反対眼前眼部写真外傷眼と同程度の白内障を認め,左右差はなかった.図3初診時のCT写真水晶体内に異物を認めたが,それ以外の部位に異物を認めなかった.(133)あたらしい眼科Vol.29,No.1,2012133た(図2).眼底に特記すべき異常はみられず,CT(コンピュータ断層撮影)検査においてもその他眼球内,眼窩内に異物は認められなかった(図3).外傷性穿孔による眼内異物では感染や炎症,眼球鉄症が生じる可能性があるため早期手術が基本であるが,検眼鏡的に明らかな炎症所見がみられず,外傷性白内障も進行していなかったため,翌週の6月1日に入院,6月2日に右眼水晶体内異物除去,超音波乳化吸引術,眼内レンズ挿入術を施行した.手術は点眼麻酔下にて術創2.2mmの極小切開白内障手術に準じて施行した.粘弾性物質にて前房を形成後,前?創部をきっかけとしてcontinuouscurvilinearcapsulorrhexisを作製し,鑷子で水晶体内金属異物を手術創から摘出した.摘出物は大きさ2×1×0.2mm,重さ3.1g,比重7.8,磁石に付着しない金属片であり,ステンレス製の釘を使っていた部分の解体中に生じたとの患者の報告から,ステンレス片と断定した(図4).その後,通常の超音波乳化吸引術および眼内レンズ挿入術を施行し,手術終了時にデキサメタゾン0.3mlとトブラマイシン0.3mlの結膜下注射を行った.術中合併症はなく,術翌日からのモキシフロキサシン4回/日,0.1%ベタメタゾン4回/日,ブロムフェナクナトリウム水和物2回/日の点眼加療により術後炎症は速やかに消退した(図5).術後右眼の矯正視力1.0,眼圧12mmHgと良好であり,その後の異常も認められていない.II考按眼内異物は外来でしばしば遭遇する疾患であり,眼内異物の種類としては鉄片が76?90%と最多である3).眼内異物の侵入部位は角膜が63%,強膜が32%,強角膜が5%,眼内異物の存在部位では硝子体が50%,続いて網膜あるいは前房の順であり,水晶体内は9%3,8)とされる.穿孔性外傷による水晶体内異物では,視力低下や疼痛,充血などの自覚症状がみられ,角膜混濁や前房内炎症も強く,眼圧の変化を伴うことが多い1).その25%に後?破損を伴い9),水晶体損傷による外傷性白内障は急速に進行しやすく,さらなる視力低下をきたす.しかし,自覚症状がほとんどなく,本症例のように眼科を受診しても見落とされた眼内異物の報告もみられる5).白石ら7)は,①鉄片が小さく角膜損傷部位が瞳孔領中心から外れていること,②前?損傷がわずかで異物が水晶体中央部に留まり後?破損を伴わない,③経過内に合併症を生じない場合,眼内異物による症状は比較的少ないと述べている.また,水晶体自体が異物の毒性を防ぐためのnaturalbarrierとして働くことが知られており10),2mm以下の小さい異物であれば損傷部位周囲の残存水晶体上皮細胞が増殖し,コラーゲン線維などにより異物を被覆することが報告されている11,12).今回の症例では,①2×1×0.2mmと過去の報告と比較して同程度かやや大きめだが厚さが薄く,侵入部位が角膜中央からやや耳側で創が自己閉鎖していたこと,②前?損傷は小さく後?破損を伴っていなかったこと,③合併症を伴っていなかったことから,白石らの見解と矛盾はない.また,水晶体起因性ぶどう膜炎の発症に至らなかった理由としては,水晶体前?の破損がわずかであり混濁も異物周囲のみであったこと,水晶体皮質下に異物全体が存在したことから,上述の水晶体上皮細胞によるnaturalbarrierが生じていた可能性が考えられる.金属片が鉄や銅の場合,眼内に飛入すると眼球鉄症13)や眼球銅症14)といった金属症が出現する.眼球鉄症は眼内組織に広範囲に鉄が沈着し,白内障,緑内障,虹彩異色,瞳孔散大,色素上皮萎縮,網膜電図の振幅低下がみられる.眼球銅症は角膜や網膜に銅沈着,線維性の硝子体混濁をきたす.今回の症例のようなステンレス片による眼症の報告はなく,緑内障手術の際に用いられるex-pressdevice,裂孔原性網膜?離の手術資材であるretinaltackなどには眼組織への毒図4眼内異物摘出物は大きさ2×1×0.2mm,重さ3.1g,比重7.8,磁石に付着しない金属片であり,ステンレス製の釘を使っていた部分の解体中に生じたとの患者の報告から,ステンレス片と断定した.図5術後前眼部写真術後7日目.術後炎症は軽度であり矯正視力1.0,眼圧15mmHgと視力改善した.134あたらしい眼科Vol.29,No.1,2012(134)性が低いステンレスが使用されている15,16).今回の症例では,眼内異物がステンレスであったことから金属症を生じず,炎症反応が軽度であったと考えられる.III結論自覚症状に乏しく,明らかな検眼鏡的な前眼部炎症を生じなかった水晶体内異物の1例を経験した.眼内異物がステンレスであり,角膜穿孔創が自然閉鎖している水晶体内異物の場合,前?損傷も軽度であれば異物に伴う眼内炎症も軽度であり,炎症が自然消退する可能性が示唆された.文献1)谷内修:眼内異物.眼科診療プラクティス15,眼科救急ガイドブック,p228-231,文光堂,19952)来栖昭博,藤原りつ子,長野千香子ほか:28年間無症状であった眼内鉄片異物の症例.臨眼51:1169-1172,19973)樋口暁子,喜多美穂里,有澤章子ほか:外傷性眼内異物の検討.眼臨96:60-62,20024)下浦やよい,佐堀彰彦,井上正則:長期間無症状で経過した金属性異物の1例.臨眼85:56-59,19915)竹内侯雄,大黒浩,山崎仁志ほか:発見が遅れた水晶体鉄片異物の1例.眼科44:1379-1381,20026)松本行弘,馬場賢,筑田眞:5カ月以上経って発見された水晶体内鉄片異物の1例.眼臨紀1:1084-1089,20087)白石さや香,上山杏那,岡崎光彦ほか:20年間無症状で経過した水晶体内鉄片異物の1例.日眼会誌112:882-886,20088)ColemanDJ,LucasBC,RondeauMJetal:Managementofintraocularforeignbodies.Ophthalmology94:1647-1653,19879)GrewalSP,JainR,GuptaRetal:RoleofScheimpflugimagingintraumaticintralenticularforeignbodies.AmJOphthalmol142:675-676,200610)LeeW,ParkSY,ParkTKetal:Maturecataractandlens-inducedglaucomaassociatedwithanasymptomaticintralenticularforeignbody.JCataractRefractSurg33:550-552,200711)宇賀茂三,西本浩之:外傷に対する水晶体上皮細胞の反応.眼科手術3:227-235,199012)渡名喜勝,平岡俊彦:白色家兎水晶体上皮細胞の性状─形態学的変化とその影響(紡錘形細胞を中心として)─.日眼会誌100:192-200,199613)KurzGH,HenkindP:Siderosislentisproducedbyanintralenticularforeignbody.ArchOphthalmol73:200-201,196514)KurnF,MesterV,MorrisR:Intralenticularforeignbodies.OcularTrauma,p235-263,Thieme,NewYork,200215)FeoDF,BagnisA,BricolaGetal:Efficacyandsafetyofastealdrainagedeviceimplantedunderascleralflap.CanJOphthalmol44:57-62,200916)JaveyG,SchwartzSG,FlynnHWJretal:Lackoftoxicityofstainlesssteelretinaltacksduring21yearsoffollow-up.OphthalmicSurgLasersImaging40:75-76,2009***